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2018年12月

2018年12月30日 (日)

Marshall Blogの2018年を振り返る

 
やっぱりアホだわ…私。
イヤね、みんなココへ来てやたらと「平成最後の」って言うじゃない?
てっきり2019年の元旦から元号が変わるものと思い込んでいたんです。
どうも「新しい元号は何ぞや」みたいなことが盛り上がっていないので不思議に思っていたんだよね。
そしたら5月1日からなんですってね~。
だから、数回前の記事のFrankfurt Musik Messeの記事のスピンオフで「平成最後の大脱線」なんて書いちゃったけど、完全に取り消しね。
来年の4月末まで一体何回大脱線するかわかったもんじゃないから。
さて、2018年も終わろうとしていますな~。早かった…本当に早かった。
今年はMarshall Bolgの開闢以来続けてきた「毎日更新」が少々滞ってしまったけど、その穴を埋めて年単位では限りなく「毎日更新」に近い状態にこぎつけたのではないか…と。
ココまで何とか来れたのも、ひとえにMarshall Blogにご協力頂いているアーティストやスタッフの皆様、そして、毎日ご覧頂いて下さている読者の皆様のおかげです。
どうもありがとうございました。
そこで、今年のMarshall Blogは一体何をやったのか…を振り返ってみようかと思い、「Marshall Blogクロニクル2018」を作ってみました。
ゼヒご覧あれ!
BGMは今年(多分)最多登場となったであろうD_Driveの「Attraction 4D」を使わせて頂きました。
また、登場する写真は今年のMarshall Blogに掲載したモノだけで構成してあります。
 
今日で2018年のMarshall Blogの更新は終了します。
来年もMarshallファミリー商品並びにMarshll Blogを何卒よろしくお願い申し上げます!

 

200_3

2018年12月28日 (金)

Marshallの2018年

 
世の中は今日が仕事納めなのかな?
私はまだ明日と明後日、六本木でかなり気合いを入れて臨むお仕事が入っておりましてな、気力満々、張り切っているのでござる。
ところで2018年もアッという間だったけど色んなことがありましたな~。 
さて、Marshall…創業から56年目の年が終わろうしている…って、私も同じ歴史があるんだった。
今年のMarshallはまず「MARSHALL.COM」の元年となって、ウェブサイトのドメイン名も変わり、今までバラバラだったNATALやEDENが「MARSHALL.COM」の名の元に統一された。
豊臣秀吉の心境が今わかったような気がする。 
そして、NAMMで発表したORIGINシリーズがリリースされて、夏ごろになって上陸して来た日本でもおかげさまで大好評だった。
それにビールがありましたな。まだ正式には日本に入って来ていないんだけど…早く飲ませろ!
ORIGINの他にもDSLやMGのリニューアルがあり、Marshallが「LIFESTYLE」と呼んでいるBluetoothスピーカー等もますます好調だった。
そして、本国イギリスではいよいよNATALの認知度も高まり、EDENもTerra Novaシリーズが順調でとても賑やかさが増している。
そんな56年目を振り返ってMarshallがこの1年を振り返り、『Best of 2018』と題したクロニクル・ビデオを制作したのでゼヒご覧くだされ。

今ご覧になって頂いたBGMはMarshall RECORDSアーティストのPress to MECO。
いつかMarshall Blogでも紹介した若いトリオね。LPとCDが届いたので聴いてみたんだけどすごくいい。
さすが若いのに「Frank Zappaが好き!」というだけのことがあるサウンドだ。
今、日本で好きなミュージシャンを訊かれ、Frank Zappaの名前を口にする若いミュージシャンって果たしているのだろうか?やっぱり「ロックの国」の「Rock」だ。
このジャケットもすごくいいよね。

90r4a0691なんでもバンドの友人が制作したとのこと。
イカしたコラージュ具合は、何となくFrank Zappaのジャケット・デザインを担当していたCal Schenkelの作風を思わせる。

90r4a0694そして左上のMarshall RECORDSのロゴ。
そうだ!
Press to MECOだけでなく、REWSやBad Touch、King Creatureらが活動し出してMarshall RECORDSが本格的に軌道に乗り出したのも2018年のMarshallの大きな成果だわ。
いつか日本のバンドもMarshall RECORDSから作品を発表することを期待している。
でも人と同じことをやっていたらいつまで経ってもムリだよ。
連中はそういうところはすごくキビしいから。

90r4a0697そしてMarshallはこんな言葉で2018年を締めくくっている。
 
We've had a busy year in 2018, but we're only just getting started... Stay tuned for more Marshall in 2019.
 
来月のNAMMでは新商品を発表するであろうし、6月1日にはMarshallの地元のMarshall ARENAで『Marshall LIVE』が開催されるし、日本でも来年はMarshall GALAを開催することが決まった。
また2019年もMarshallの2019年は色々とにぎやかになりそうだ。
とにかく早くビール送ってこい!

92com_logo

 

DON BROCO PLAYS NATAL 2018


チョット前の「フランクフルトのポスター」の時にも触れたけど、「洋楽vs.邦楽」の話。
私がとても若かった頃、レコード(CD)の売り上げの比率は洋楽がかなり大きかったように見えても50:50が関の山だった…と書いた。
もうチョット書き足させて頂く。
調べてみると…1980年から2014年の年間アルバム売上ランキング上位50位に入っている作品の数を比較していくと、80年代の終盤から90年代の前半にかけてかなりの落ち込みを見せてはいるが、ビックリするほどの差はないと言ってよさそうなのね。
問題はその「1980年の終盤」で、1988年頃から日本の音楽業界が急速に活性化し、邦楽が力をつけ出した。
つまり「ロック」が完全に日本国民の間でマジョリティ化して国産化が進んだということでしょうな。
そうした瞬間にお手本であり、先生であった洋楽がスミに追いやられたのは何とも非情な話ではあるまいか?
というのは、ベスト50圏内の洋楽のアイテム数が近年も変わらないとはいえ、ベスト10に食い込むアイテムがLady Ga Gaを除いてはほとんど無くなってしまったのだ。
笑ったのは、その34年の間に日本のレコード売り上げ上位50に食い込んだ洋楽のアイテムがビートルズ関連以外、ウチにはただの1枚もなかったのだ。
人が夢中になっているモノには手を出さないで生きて来た成果がココに来て開花したといえよう…ナニ言ってんだか。
とりわけ音楽に関するヘソは曲がりまくってるからね。おかげさまでロックの枠に囚われることなく、クラシックから民族音楽までを楽しんでおります。
そうでもなきゃMarshall Blogもココまでできなかった。
で、そんなアマノジャクでも気になるのがその「洋楽vs.邦楽」の現在の売り上げの比率。
昔は50:50。
レコード会社の友人なんかに訊くと、チョット前まではよく20:80と言っていて、洋楽が「20」を切る日も近いと分析していた。
今はどうだと思う?
2017年の統計では11:89だってよ!
もう日本の洋楽文化は絶滅間近だよ。
ああ、今10ccだの、Yesだの、UFOだの…メンバーの顔とレコード・ジャケットが走馬灯のように脳裏を横切ったわ。
巷間では「クイーン、クイーン」と中学生のチョーキング(今は「ベンド」って言うようになったのかな?)みたいなことを言っているけど、洋楽人気の復活とまではいかないだろうナァ。
年の瀬に暗鬱な話をしてしまって、私の同輩のようなオールド・ファンには申し訳ありまへんな。
 
そんなこんなで今日は久々の外タレ。
Don BrocoというMarshallの本社があるブレッチリ―から東へ15kmほど行ったベドフォード出身のバンド。
今月来日し、18日(大阪)&19日(東京)に『ONE THOUSAND MILES TOUR 2018』というイベントに出演した。
Marshall Blogには2回目の登場となる。
10Rob Damiani

20vSimon Delaney

30Tom Doyle

40今回はキーボーズ奏者も加わった。

50そしてドラムスはMatt Donnelly。

60MattはNATALなんですよ~。

70今回Mattが使用したのはNATAL Originalのメイプルのキット。

80v本国イギリスでの人気はかなり高いそうだ。
いつかMarshallの工場に行った時にシアターと呼ばれているホールでリハーサルをしていたことがあってね、このチームには何となくかつ一方的、個人的に親近感を持っているんだけど、今回も観に行かれなかった。
とういうのは前回も不幸が重なって行かれなかったの。
待てよ…新橋に「ドン・ブランコ」というメキシコ料理店があってね、親近感が湧くのはそのせいかも知れない。

90やっぱりこういう舞台に「NATAL」のロゴが鎮座しているのを見るとうれしいね。

100Don Brocoは今年の2月に『Technology』というニュー・アルバムを発表していて、そのレコ発来日としての側面もあったようだ。
下がその『Technology』。
法衣をまとった犬が手にしているのは「¥」。
で、早速このアルバムを聴いてみる。
アルバムにはドンズバで「¥」という曲も入っている。
歌詞をチェックしてみると…
「みんな仕事に一生懸命 みんな贅沢をしたがってる その世界を変えるつもりはない 週末なんだからノンビリしなよ」
ん~、わかってないな。
今、日本はそんな状況じゃないってば。皆さんが思っているよりゼンゼン状況が悪い。
どんなに働いたってラチが開かないほど世の中がおかしくなっちゃってるのですよ。
イヤ、働く人すらいないんだから。Techでもね、サウンドはとてもいい。
どう良いのかと言うと「ロック」なんだよね。
当然ギター・リフもギター・ソロもない。
音作りが新しくて70年代のロックで育った私のようなジジイにシックリとハマるサウンドではないんだけど、「ロック」かどうかと言えば「ロック」を感じるよね。
そこがJ-POPというのが、今の日本の若いバンドさんと大きく異なる点だろうな。
まずシンガーの声がいいの。「ロック」の声なの。
それと、連中の奥底には「ロック」のしっかりした潮流が流れていて、「ロック」という音楽が今風にポップに変化しただけということが感じられるんだけど、今の日本のロック・フェスに出ているようなバンドが演っている音楽は「ロック」が歌謡曲になってしまったようなモノに聞こえるんだよね。
「声」はその辺りを決定づける大きな要素だと思う。
日本のロックの土台はGSだから。
やっぱりルーツが違うと子孫も大きく違ってくるということだ。
コレなら「観てみたかった」と思うわ。

Fyd_6118この人がMatt Donnelly。

120s「ボクは自分のNATALが持つパワーが大スキだ。
キミがどんな音楽を演ろうとも、NATALは完璧な支柱となっていつも助けてくれるよ」

130いいこと言うわ~、Matt。

110次回はゼヒ!

140 

200 

(一部敬称略 2018年12月18日&19日撮影 ※Photo:Daisuke Sakai Twitter:@ImDaisukeSakai ※協力:H.I.P.)

2018年12月27日 (木)

平成30年度 D_Drive Yuki殿 誕生日記念公演

 
昨年に引き続き、D_DriveのYukiちゃんのバースディ・コンサートが高田馬場 音楽室DXで過日開催された。
チケットは完全ソールドアウト。
「バースディ・コンサート」というと、色んなゲストがケーキやプレゼントを携えて出てきて「おめでと~!」と、誕生日の儀式が延々と続くというのが従来のお定まりのパターン。
ところがYukiちゃんのバースディ・コンサートは違った。
「お誕生会」とは趣を全く異にする、徹底して演奏に集中する超シリアスな内容だったのだ。
若い人たちは特にそうだけど、いつの間にか「ロックのコンサートは暴れてストレスを発散するところ」みたいになっちゃったでしょ?
ハロウィンの渋谷じゃあるまいし、ライブ会場がおおよそ音楽を聴いて楽しむ場所でないのが普通になってしまった。
コブシを上げて観るD_Driveもいいが、せっかく緻密に作り上げた音楽を演ってるんだもん、こうしてイスに座ってジックリ聴くD_Driveもいいものである。
この日のお客さん…ラッキー!
そして、Marshall、NATAL、EDENとMarshallのファミリー製品がステージに集結しているので私はハッピー!

10あとは冷蔵庫か…。
ちなみにMarshallのフル・スタックのことを「冷蔵庫みたい」と言ったのはかのJimi Hendrixですからね。

Fridge コチラは冷えないMarshall、イヤむしろあたためちゃう方。
SeijiさんのJCM2000 DSL100ECと今日は1960BX。まっすぐのヤツね。

20vYukiちゃんのJCM2000 TSL100と1960A。

30vToshiくんのEDEN WT-800とD210XSTとD410XST。
いわゆるワン・ハーフというヤツ。

40vそしてChiikoちゃんのNATAL。
今日は2種混合。
タムとスネアはウォルナット。
フロアタムとバスドラムはCafe Racer。

50さぁ、始まるよ~!

60始まった~!
今日のオープナーは「Advance and Attack」。

70Seiji

80vToshiyuki

90vChiiko

100vそして、今日の主役、Yuki。

110vこの曲はYukiちゃんが「進撃の巨人」をイメージして作ったのだとか。
ナンダYukiちゃんは~、またマンガか!
本を読みなさい、本を。
チャンとした本でありさえすれば、本は読んで読み過ぎるということはありません。
そして、人間の知性は絶対に読書でしか高めることができません。
私をご覧なさい。
若いころに本を読まないから人生もブログも脱線ばかりしとる!

120_aaaそして、おなじみのアクション。

140_m14曲は「M16」だ。
そういえば、D_Driveのレパートリーってタイトルの由来を訊いたことがないんだけど、「M16」ってのはやっぱりライフルのことなんですか、Seijiさん?
M16 Assault Rifle。
小学生の時、MGCのM16のモデルガンがメッチャ欲しかった!

150Seijiさんが作った名リフのひとつ「Attraction 4D」。

160_4d今日もギター人は右手も左手もイキがピッタリ!

170「今日は私のためにありがとうございます!」…去年も言った、コレ。
「こうして無事にバースディ・ライブを迎えることができてうれしいです!ファーストとセカンドのステージの間の休憩…じゃないや、フリータイムも含めてタップリ楽しんで行こうと思っていますのでよろしくお願いします」

180v次もYukiちゃんの曲で「Drive in the Starry Night」。

190_dsn…といえばこのルーティン。
Chiikoちゃんの振りかぶりがダイナミック!

200_2おお!続けてもYukiちゃんの曲!「Now or Never」だ!
あるハードロック・バンドが最近リリースしたアルバムに同名異曲が入っていてビックリ。

210v_nn前にも書いたけど、この曲ムズカシイんだって。
今度誰か「居酒屋」でSeijiさんパートを演ってどう難しいか解説して!
「チョロい」とか言われちゃったらSeijiさん、どうする?!

220v私は最近この曲がすごくいいの…「Champagne」。
普段のイベントの持ち時間じゃまず演らないからね。今日はいいぞ!

230_cpココはウネるようなリズム隊の熱演を味わう。

240

250「♪ドンドコドンドコ」とGene Krupaもビックリのフロアタムのプレイが楽しい。
そういえば、ドラマーだったJim Marshallは「Gene Krupaが大スキ」って言ってたナァ。

260v「ありがとうございます!
今日はバースディ・ライブということで私から皆さんにプレゼントをご用意しました。
ご入場の時にお渡しした私のサイン入りのブロマイドです。
Marshallのシゲさんが撮ってくれたんですよ!」

270………………………………………………あ、オレか!
そうなんです。
最近のYukiちゃんの記事にチラホラ出て来るあのポートレイトです。

280そしてもうひとつYukiちゃんが紹介したのはYoung Guitarの12月10日売り号。
Paul Gilbertなんかと一緒の特集にYukiちゃんが登場していたのね。
チョット前にMarshall Blogでもレポートした通り。
そうだ、この記事を掲載したのは、50年前に「3億円事件」が起こった日で、事件のことを調べていたら俄然おもしろくなっちゃって、文章をどうまとめるかエラく苦労したんだった。290曲は続く。
Seijiさんのソフトなイントロ…青い照明。

300_urコレもYukiちゃんの曲で「Unkind Rain」。
Yukiちゃんのギターが無情な雨をブッタ斬る。

310ガラっと変わってD_Driveのハード・ワルツ「Lost Block」。

320地を這う蛇のように、途切れることのないToshiくんの低音がこの曲を印象づける。
340vそして起伏に富んだChiikoちゃんのドラミングがあざやかだ!

330コレもSeijiリフの真骨頂、「The lat Revenge」。

350_lrスリル満点!ジェット・コースターに乗っているかのような1曲を堪能した後は休憩。Yukiちゃんが言うところの「フリー・タイム」。
英語の「free time」はもちろん「自由時間」だけど「ヒマ」という意味もあるからね。
「無料の時間」ではないからね…っていうのは、以前。日本語を勉強中のアメリカ人に週末の予定を尋ねたところ「週末はタダです」って言ってたからね。
「free=無料」って思い込んじゃっていたのね。
もっとも私の英語なんかこんな勘違いザラだけどさ。

360さて、フリー・タイムを利用して…。
SeijiさんとYukiちゃんが愛用しているギターのブランドのPRビデオに出演するよ。
先日、撮影現場にお邪魔してきた。

400媒体は人気の「デジマート」。
もちろんMarshallも一緒ね。
航海は1月15日だそう。
楽しみだね!

390さて、フリー・タイムが終了してステージに戻った4人。
Seijiさんのギターが「♪ハッピバ~スデ~」を奏でると…Yukiちゃんへのプレゼント・コーナー。
まずはSeijiさんから。
410リーダーからのプレゼントを手にしたYukiちゃん。
「うれしい~!中はナニかな?」

420v「チッ、ナンや、現ナマやあらへんがな…。ちょっと早めのお年玉を期待ててんやけどな~」
エ、今Yukiちゃん、何か言った?

9s41a0466 「ありがとう~!」
コレはナニ?歯医者さんセット?…あ、ツメだ!
ツメのお手入れセットね。
ツメはギタリストの大事な商売道具だからね。
さすがリーダーの気配り…いい音楽はまず良好な体調から!

9s41a0468_2 Chiikoちゃんからも。

440「蒸気でアイマスク頂きました!」

450最後はToshiくん。
「Yukiちゃん、いつもギターばっかり弾いているから…コレで新しい曲を作ってくれたら、と思って」

460_2 Toshiくんのプレゼントは「オタマトーン」。
なるほど、コレってオタマジャクシだけじゃなくて、おタマにも引っ掛けてるのね?
ちなみにオタマジャクシのことを英語で「tadpole」といいます。
偉大なる穐吉敏子のオーケストラのレパートリーに「The March of Tadpoles(オタマジャクシの行進)」という曲があります。コレで覚えた。
「All the Things You Are」という有名スタンダード曲の複雑なコード進行が土台になっていて、サックスやトロンボーンの超絶技巧技がドンドン出て来る最高にカッコいい曲。
興味を持った人はゼヒ聴いてみてくだされ。

470ってなワケで第2部も今日の主役の曲からで「The Shape of Your Life」。

480v_syl_2続けて「Peach Fizz」。

490_pfそうか、コレも6/8だったね。

500そして、ドライブ感満点の~「Mr.Rat Boots」!

510v_mrbココはもうToshiくんの独壇場。

520v今日も出張しております!

530ステージではSeijiさんがワウ・ペダルを踏みながら留守番中。

540帰って来た、帰って来た!

550「あのな…どんなに遠くまで行ったかて出張手当は出さへんで」

560メンバー各人のMC。
Yukiちゃんが、Seijiさんが今日はキャビネットがいつもとは異なり、1960BXを使っていることについて触れてくれた。
続いてChiikoちゃんがフロアタムとバスドラムの紹介。
「ワーゲン・バスみたいでメッチャかわいいんですよ!」
あ、そう言われてみると!
590こういうヤツね。
でもね、車と楽器の塗装って実はすごく近くて、アメリカの有名なギター・ブランドがギターに吹きつけていた塗料は昔、車の塗装に使っていたものだったとか。

9wb すかさずToshiくんもイードゥンの紹介をしてくれた。

570さらにYukiちゃん、間髪入れず自分の愛用のMarshallと紹介。
前回ね~、怒られちゃったのね~。
ついでに私もご紹介頂きました。
ムリヤリ機材の紹介をさせているワケでは決してありませんからね。
自主的にやってくれています…いい人たちだ。もう完全にA_Drive。
580それとこの日、部分的にChiikoちゃんはNATALのアルミ・スネアを使ってくれたんだぜ。

625vココでまた雰囲気を変えて「Voices」。

600v_vもう知っている人もおおいでしょうけど、キムタクが出ている(?)ゲーム。
コレにYukiちゃんが登場しているんだよね。

610コレコレ!
ホラ、道路の突き当りの広告。
XperiaのYukiちゃんになってる。
あのテレビCMからもう1年経っちゃったよ!あの時、CMに何人かの人が出演していたけど、Yukiちゃんだけこうしてゲームに登場したのです。
Xperiaにしてヨカッタね~!

620ギターを換えたところでお誕生会も終盤に入る。

630_atdまだまだ出て来る魅惑のDナンバー!

640v「Among the Distraction」だ!

650vね~、スゴイでしょう。
冒頭に書いた通り、「バースデイ・コンサート」というより徹底したD_Driveミュージック・ショウ。

660vさらに「Gradation」までつなげちゃった。
いつものようにMCは挟み込んでいるものの、「演奏ファースト」感が強く、息をつくフリー・タイムがない!

670vいよいよ最終セクション。
これまたYukiちゃんナンバーで「GEKIRIN-逆鱗-」。

680_grニギニギしく本編を締めくくったのは「Screw Driver」。
ホントに盛りだくさんでした!

690

700

710「皆さんと一緒にライブができて、そしてギターが弾ける環境があって私はシアワセです!
これからも私はますます弾いていきますのでよろしくお願いします!」

720…と主賓の挨拶があってアンコールで「Cassis Orange」を演奏してすべてのプログラムを終了した。
Yukiちゃんお誕生日おめでとうございました!
 
なんかスゴイね、D_Drive。
長いことD_Driveを観て来ているけど、ココのところますます演奏に磨きがかかってバンドのステージを上げた感じがするね。
来年は10周年。
2019年はD_Driveにとって大きな飛躍の年となることを期待している。

730さて、2018年のD_Driveはもうひと仕事残っているんだって。
大みそかの大阪のHard Rock Cafeのカウントダウン・ライブ。
おつかれさまです。

740s 

200_3 
(一部敬称略 2018年12月7日 高田馬場 音楽室DXにて撮影)

出てこい、ポン・ガン・ノン!~Gotwee3登場!

 
あのカプセルを投げると怪獣が出て来るのナンだったっけ?…ウインダムとかのヤツ。ウルトラセブン?
なんかアレを想像しちゃうのが今日のセッション・バンドの面々。
最初のカプセル怪獣がPON。
2つめがGAN。
3つめがNON。
3体揃ってPONGANNON。「ポンガンノン」…ま、英語読みして「ポンガノン」でもよかろう。
どうよ、強そうでしょう?
キングギドラか、ケルベロスか…そんなロックの怪獣のようなゴツイ3人が集まったその名も「Gotwee3」というチーム。

10山口"PON"昌人

20v小笠原"OGAN"義弘

30v島"NON"紀史

40vこの3人が集まるとなると、だいたい演ることは想像がつくけど、どんな「音」かはわからない。
結果…「ヨカッタ!」って言いたいところだけど、こんなのね、ハナっから良いにキマってんだよ。

50またそれぞれの楽器の音がヨカッタのよ~。
完全生音だったからね。
PONさんはNATAL。

60Cafe Racerというシリーズ。

65シーフォーム・グリーンというパステルのフィニッシュが美しい!

66スネア・ドラムもNATAL。

80Beaded/Hammered Steel Snareというモデルの14"×7”。
見た目はそれこそゴツイが、サウンドはかなりウォーム。

90vこういうヤツ。

93bhs今、PONさんはこのモデルの13"×7"を愛用している。
こんな感じ。

92pos OGANちゃんの巨体で後が完全に見えてないけど…

100vOGANちゃんはEDEN。
TerraNova TN501とD410XST。

110vそしてNONちゃんももちろんMarshall。

120vORIGIN50C。
やっぱいいね~、この出で立ち!

1301曲目は…さっそくキタキタ~!

140_wtn間違いなくNONちゃんセレクションの「Wring That Neck」。

150vこうした3連の曲はOGANちゃんの独壇場だ。
OGANちゃんが弾き出すとバンドが猛然と動き出す。
低音の威力ってスゴいのだ。

165PONさんもスティックを盛大に回して気合いが入る!

160「みなさん、悪フザケにお付き合い頂きましてありがとうございます。
ゴッツイ人にゴッツイ音でやってみたいと思います!
つぎ、歌ってみます」

170v2曲目はVan Halenの「Somebody Get me a Doctor」。
お~、コレか。
この曲って2枚目に入ってたのね?
アルバムが出た高校2年の時に聴いて以来かも知れない。41年ぶり?
しかし改めて聴くと、Van Halenってのはやっぱりカッコいいね。

180vPONさんの声もゴッツイからな~。
すごくいい感じ!

190v_scd続いてもVan Halen。
♪ゴッ、ゴッ、ゴッとヘヴィなベースで始まるのは…

210v_rwd「Runnin' with the Devil」。
ナンカPONさんの声が聞こえてくるようじゃん?

220「♪ラーニンウィッザデッボ~」のコーラスもバッチリ!200PONさんが新しいバンドを結成して「誰かいいギタリストはおらんかな?」と探していたら、たまたま高田馬場のバズーカ・スタジオで一緒になったNONちゃんに声をかけたのがキッカケだという。
コレがバズーカ・スタジオ。
PON「チョット、島くん、ギター弾いてくれへん?」
NON「あ~、エエですよ」
ま、だいたいコレだけでキマりでしょう。

80_2バズーカ・スタジオにはNATALのドラム・キットが常備されているからね。
NATALをお試しになりたい方はゼヒ高田馬場へ!
 
バズーカ・スタジオの詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト

50_2続いてもDeep Purple…とくれば担当はNONちゃん。

0r4a3489 NONちゃんが「Mandrake Root」を歌ったの!

265v中間部のインプロビゼーション・パ―トが圧巻だった。
こういう所はサスガだね。

270PONさんのドラム・ソロ。

290vNATAL Cafe Racer、音いいな~。
生音だから楽器そのものの音がバンバンすっ飛んでくる!
終演後、お客さんに言われちゃった「NATALって本当に音がいいですよね~」って!うれしい~!
ま、叩き手がよろしいので…。

300いつものコレも交えてのド迫力のドラム・ソロだった。
このハデさがいいんだナァ~、PONさんは!
Tシャツもありがとうございます!

305vこのパート、「the Third Stone from the Sun」まで出て来てこの3人のゴツさがいい風に表れていた。
そのまま最後はCozy Powellの「Dance with the Devil」で終了。

280vPONさんが「The Third Stone from the Sun」を初めて聴いたのは大谷令文さんの演奏でした」なんてところから、令文さんだけでなく三宅庸介さん達のお名前まで出て来てアット・ホーム感満点!
「大谷令文一門って誰がおりますのん?」とOGANちゃん。
320v「親方(普通「師匠」ですから。「親方」は「一座」!)がいて、中間さん、三宅さん、そしてボクです」
ゴッツイわ~。Marshallの権化のようなご一門様です。ありがたい。
「『黒いギターの音がする』っていうのがその一門です」
そういえば中間さん以外はみんな黒いストラトだな。
ああ、令文さんのMarshallの音が聴きたいね!

310トークで盛り上がった後は、シットリと「Parisienne Walkways」。
期せずして今日もゲェアリー・モー(←コレがわからない人は昨日のブログを読んでください)。
大きなお世話だけど、バップ・ピア二ストの最高峰、偉大なるBud Powellの代表曲に「Parisian Thoroughfare」という名曲がある。
「walkways」は「歩道」、「throughfare」は「大通り」。
ゲェアリーはBud Powellのこの曲を知っていたのであろうか?
どうでもいいか?

330v_ptNONちゃんの熱演に聴き入るOGANちゃん。
そう…

340だってORIGIN、メッチャいい音なんだもん!
ま、コレも弾き手がよろしいので…。

350「この曲は何人もの人と演りましたが、島さん、最高ですね!いい音ですね~。
島さんのこと1週間ずっ~と調べてたんですわ~!」
そう、2人は初顔合わせなのだ。
リハを始める前、2人が話しているのを聞いていて吹き出してしまった。
しばらく話した後で、OGANちゃんが「島さんって、ナンでそんなに関西弁なんですか?」って真剣に訊くんだもん。
本当にお互いに何も知らなかったのだ。
「あ、尼崎なんですよ」
「ほな、近くじゃないですか!」
とか言って盛り上がっていた。
OGANちゃんが触れていたけど、この日、全員暗譜で譜面はまったく使用せず…というより、もう昔から聴いて身体の一部のようになっているような曲ばっかりだったんだね。
そんなだからノビノビとしたおおらかな演奏になったのだ。

S41a3615 さらに続けてゲェアリーもので「Sunset」。

360v_ssこの曲も人気のある曲だよね~。

370vこうした落ち着いたナンバーもしっかりこなせるのが名手が名手たる所以だろう。

380vMCで「Gary Driscoll」の名前が出て来た。
Ronnie James Dioが在籍していたElfのドラマー。
この人はRitchie Blackmore's Rainbowのファースト・アルバムのレコーディング・メンバー…なんてことは考えたこともなかったですよ!
そこから話がつながって、初顔合わせのステージの最後を「Still I'm Sad」で締めくくった。
コレ、The Yardbirdsの曲ですからね。ゼンゼン違う。
こんな風にアレンジしてしまうぐらいなら、Ritchieも自分で1曲作ればヨカッタのに!と思うぐらいの仕上がり。問答無用でカッコいい。

390_susハードに続くインプロビゼーション!
最後までPONGANNONはGotweeだった!
 
小笠原義弘の詳しい情報はコチラ⇒DANCIN' FUNKY BASS!!!

400v島紀史の詳しい情報はコチラ⇒CONCERTO MOON Official Site

410v山口昌人の詳しい情報はコチラ⇒facebook

420vこの3人、「また演って欲しいな~」と思っていたら…やるわ。
 
Marshall Blogでもおなじみの三宅庸介のシリーズ企画『Sound Experience』の29回目に出演するのでお見逃しなく。
2019年2月18日(月)で場所は三宅さんのホーム、三軒茶屋のGrapefruit moon。
三宅さんのStrange,Beautiful and Loudもベースに河野充生さんを迎えての新体制だからね。
とても楽しみだよ!
(あ、三宅さんのfacebookの告知、「ボーカル」がちゃんと「vocals」って複数形になってる!コレは「赤尾一門」ということにしておこう)
詳しくはコチラ⇒三宅庸介facebook

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200
(一部敬称略 2018年11月14日 渋谷Terra Planeにて撮影)

2018年12月26日 (水)

私のフランクフルト <vol.5:スピンオフ~後編>

 
「スピンオフ」…つまり「番外編」だからネェ、展示してあったポスターをツラっと並べて、「ああ、思い出、思い出」で簡単に終わらせようと思ったんだけど、そうはいかなかった。
書き出すとダメなんよ。止まらなくなっちゃって…。
どうでもいいことばかりなんだけどね~。書き出すと色々なことが目に付いて気になり出しちゃう。
それで内容が膨らみ過ぎて図らずして2本立てになっちゃった。
ま、平成最後の大脱線&ウンチク大作ということで…。
<後編>いきます!

折角のブーム到来を記念して<後編>はQueenから始めるか。
今日も人名とバンド名の固有名詞は全て原語で書き記します。
 
PLフィルターを持っていなかったので場内の照明やら非常灯が盛大に写り込んでおりますが…。
1980年のドイツ公演時のポスター。
Queenは1980年に2枚のアルバムを発表している。
『The Game』とサウンドトラック盤の『Flash Gordon』で、その関係でFreddie Mercuryは「FLASH」のロゴTシャツを着ているのだろう。
しかし…ナンでこんな写真を使うかね~。
Brian Mayのギターは暖炉のヤツじゃないし、そもそも写真自体がカッコ悪い。Freddieも力いっぱいドラムスのライザーから飛び降りているせいか思いっきり変な顔になってる。
今回もこの後、普段見慣れているアーティストのイメージとはかけ離れたビジュアルを採用しているポスターがゾロゾロ出て来るが、バンド・メンバーが載っているとはいえ、コレもそんな1枚と言えるでしょうな。

440別の記事に書いたように、私はQueenに関しては中学生だった頃からアンチだった。
今でも決してファンではないけれど、避ける必要もなく、アルバムはほとんど持っているし、タマにベスト盤を聴いたりするようになっていた。
ところが!
最近のあの「ボヘラ熱」のおかげで、「ガリレオ」にすらウンザリして来たぞ。
でも、折角だからQueenで思いっきり脱線しよう。(「ボヘラ熱」なんて言うと、ホントにありそうな疫病の名前みたいだ)
アルバム『The Game』からのヒット曲といえば「Crazy Little Thing Called Love」でしょう?
それと「Another One Bites the Dust」。
映画『ボヘラ』でもディーコン・ジョンがメンバーの前であのベース・リフを誇らしげに披露して盛り上がっていた。
この「Another One~」をシングル・カットするように勧めたのはアメリカ・ツアーのLA公演を観に来ていたマイコーなんだってね。
なんかマイコーの気持ちがすごくわかるような気がするな。「フォウ!」って。
で、Queenのアルバムのジャケットには「No Synthesizers!」という断り書きが入っていたのだが、とうとう使っちゃったんだね~。
『The Game』からこの「No Synthesizers!」の断り書きが消えたのだそうだ。
下は実際の『A Night at the Opera』のジャケットの内側にあるクレジット。
健気だな~、Queenは!ね、チャンと「No Synthesizers!」って記してある。
ナンカQueenが好きになってきた。
アータ、シンセサイザーがナニよ!
チョットFreddie、今のバンドさんたちを見てこらんよ!
桜じゃあるまいし「同期」とか言って、ステージに弾き手が居ないのにもかかわらず、ピアノやアコギの音が聴こえて来るんだぜ!
「♪ママ~!」じゃ済まされませんよ。
ま、アナクロニズムと思わば思え。私はロックが本当にロックだった時代の美徳と魅力を忘れないようにしているだけなのだ。
ところで、このアルバム、「TRIDENT AUDIO PRODUCTIONS LTD」のロゴが入っている割にはTrident Studioを使ってないのね?
Trident Studioは『名所めぐり』でやったのでコチラをご覧あれ。
↓ ↓ ↓
【イギリス-ロック名所めぐり】 ソーホー周辺 その2

9naoクレジットの「Recorded at」のところにある「Sarm」というのは、アンティークのマーケットが開かれることでその名前がよく知られているポートベロー・マーケットにほど近いラドブローク・グローヴというところにあるレコーディング・スタジオ。
下がその「Sarm West Studios」。「♪ママ~」もココで録音された。元は教会だった建物。
だからあの映画でRogerが「ガリレオって誰?」ってのもココでやったことになる。
私はそれよりも~…Jethro Tullの『Aqualung』やLed Zeppelinの『Four Stickers(「IV」のこと)』がココで録音されたということを知っていて、訪れた時はチョット感動したよね。
Queenは「We Are the Champions」を含む『News of the World』をこのスタジオで録音した。

9img_0472「Roundhouse」はコレ。
元々は列車の円形操車場だったカムデン・タウンに近いチョーク・ファームにあるホール。
ココを借り切ってレコーディングしたんだね。
この2つはいつか『名所めぐり』で詳しくやるつもり。

9img_1615チョット話は戻って…。
『The Game』なんだけど、前にも書いたけど、当時一部の連中は「メンコ」って呼んでたな。
メンコにもいろいろと種類があって、「丸メン」、「蝋メン」、そして『The Game』みたいにピカピカ光っているヤツを「銀メン」と呼んでいた。
あ、そんなことはどうでもいい。
このアルバムのヒット曲「Another One Bites the Dust」ね。
「もうひとりが砂を噛む」…どういう意味なのかズッと謎に思っていた。
すごくよく覚えているんだけど、あるアコギ・メーカーの仕事でサンディエゴに行った時のこと。
この曲がカーラジオから流れて来て、現地の人がそれに合わせて歌っていたので、そのタイトルの意味を教えてくれと頼んだ。
「ブッ倒れる」という意味であることはわかったんだけど、どうして砂を噛むのかがわからなかった。
その人の説明によると、「倒れると地面に顔がくっつくだろ?その時に砂を噛んじゃうんだよ」みたいなことを言っていた。
そして、フランクフルト。
このシリーズのどこかで書いたと思うんだけど、私はFrankfurt Musik MesseのMarshallのブースに常駐して雑用を手伝う傍ら、ネイティブしか使わないナマのイギリス英語を色々と教わるのを常にしていた。
教わったことを私が首から下げたメモ帳に熱心に書き記しているのを見ているウチに、みんなもそれを面白がって色々と積極的に教えてくれるようになった。
残念ながらナニを教わったのかはほとんど覚えていないんだけどね…。
それでも印象に残って頭に刻み込まれた表現がいくつかあって、そのひとつが「shit faced」という表現。
コレはアメリカでも言うのかな?
下品ですが、「shit」といえば「お小水」のこと…イヤ、本当は「ションベン」という意味でしょ?
すると「shit faced」は「ションベンの顔をした」という意味の形容詞になる。「ションベンづら」というヤツ…失敬。
どういう意味かというと、「ベロンベロンに酔っ払っている」という意味。
ナゼそういう意味になるんだろう?
教えてくれたヤツの説明によると、「ベロンベロンに酔っ払って倒れるだろ?それでオシッコまみれになっちゃうんだよ」って「Another one bites the dust」と同じじゃん!
「shit」がいいか、「dust」がいいか、それはアナタ次第です。
いずれにしても私はこうやって英語の勉強をしてきました。
ちなみに「bite the dust」は「死ぬ」という意味もあるからね。
 
ところで私は今、上機嫌であ~る。
それはまたまたロンドンのロック名所をいくつか発見したからであ~る。
またそれらを訪れるのが楽しみなのだ。
Queenおわり。

Tgコレと来たら一体ナンだ?
どうしてコレがThe Whoなのでしょうか?
1976年2月のミュンヘンのショウ。
例によってスペシャル・ゲストという名の前座はSteve Gibbons Band。
Steve Gibbonsは60年代から現在まで活動しているバーミンガム出身のシンガーソングライター。Jeff Lynneがいなくなった後のThe Idle Raceに在籍していた。
この1976年頃はThe Whoの元のマネージャーが面倒をみていた関係で、Steve Gibbons BandはThe Whoと行動を共にさせてもらっていたようだ。
キャリアを見るとスゴイよ、アメリカにも行っていてLittle Feat, Lynyrd Skynyrd, Electric Light Orchestra, The J. Geils Band, Rufus, Nils Lofgrenなんかと同じステージに立っていたっていうんだから。
そういえばニルス・ロフグレンなんてどうしてるのかね?
The Whoはこのポスターのコンサートの4ヶ月前に『The Who by Numbers』を発表しているので、そのレコ発公演ということになろうか?

380vThe Whoがこの時期に何回ヨーロッパ・ツアーをしたのかはわからないが、この1976年の後、Pete Townshendは家族と一緒に時を過ごした。
その頃、ビートルズやThe Rolling Stonesの元マネージャーのAllen Kleinが自分の曲の権利を買っていたことを発見。
当然モメたが、何とか問題は解決。でもまたいつKleinの魔の手が伸びるともわからず、Peteは精神的におかしくなっちゃったそうだ。
そんな折、オックスフォード・ストリートの有名なライブハウスSpeakeasyに行ってSex PistolsのメンバーやThe Whoのファンとワイワイ楽しくやっていたが、Peteがヘロヘロだったんろうね。
そこにいた警官にこう咎められた「ダレだ、お前は?」。
このことが『The Who by Numbers』以来3年ぶりにリリースすることになった1978年のアルバム『Who Are You』のタイトル・ソングができたキッカケとなったそうだ。
1977年の9月にはPeteが近い将来はThe Whoがライブ活動をしないことを発表。Roger Daltreyもそれに同意。
Keith Moonの健康状態が思わしくなく、とてもツアーなどできる状態ではなかったのだ。
しかしこの年、1回だけライブを演ったのが12月15日のこと。
場所はもう何回もMarshall Blogに登場しているロンドン、キルバーンのThe Gaumont State Cinema。

180v_2その模様がドキュメンタリーになったのが『The Kids Are Alright』。
字幕にはなっていないが、Jim Marshallのお店のことをPeteがテレビ・インタビューで口にしていることも過去に何度か書いた。
Kaaその『The Kids Are Alright』の撮影のライブのひと月後、The Whoは『Who Are You』の制作に取り掛かるが、keithのドラミングが非常にマズく、RogerとJohnはKeithをクビにするつもりだったらしい。
「Music Must Change」という曲の6/8拍子が叩けなかったというのだ。
その後、『The Kids Are Alright』のために行った撮影がKeithの最後のパフォーマンスとなった。
『Who Are You』のジャケット。
Keithが座っているディレクター・チェアの背もたれには「NOT TO BE TAKEN AWAY」と書いてある。

Way1978年9月7日、『Who Are You』のリリースから20日後、Keithはハイドパーク・コーナーにある下の写真のフラットで32年の生涯を閉じた。
「NOT TO BE TAKEN AWAY(持ち出し禁止)」とイスに書いてあったのに…。
 
最終的に何が言いたかったのかというと、1976年のツアーのThe Whoを観た人は超ラッキーだったな…と。

260v次はJack Bruce。
しかし、ヒドいイメージだよね~。
コレのどこがJack Bruceなんだろうか?しかも、コレってギターだぜ。
<前編>にも書いたけど、こういう催し物の告知ポスターやチラシって、開催の日付は入っているんだけど、案外「年」が入っていないことが多いんだよね。
コレなんかはヒドイことに、日付すら入っていない。
こんなんで告知の役割を果たせるのかね?
でも、いい名前が入ってる。
「Introducing」として、Niemen(ニーメン)が登場しているのだ。
Jack BruceとNiemenって何か関係があったのかな?
Jackファンの方々には申し訳ないのですが、話はNiemenに移らせて頂きます。

330vCzesław Niemenは1960年代から活動するポーランドのシンガーソングライター&キーボーズ奏者。ファースト・ネームは「チェズロー」とか「チェスワフ」と文物には表記されている。
「c」、「j」、「k」、「z」だらけでポーランド人の名前を解読するのは本当に難しい。この人の場合、そもそも「l」に斜め横棒が入った「ł」なんて馴染みのない文字が入ってるもんね。
大文字が「Ł」で小文字が「ł」。
やはり「L」の親戚なんだけど「w(ワ)」って発音するんだって。だから「Czesław 」は「チェスワフ」が正しいのだろう。
この斜めの横棒は「クレスカ」といって、「´」が正しい表記。
「Ć」、「Ń」、「Ś」、「Ź」、「Ł」と5つの文字にだけ付いて発音に変化をもたらすのだそうだ。
チョットごめんね、こんな脱線するつもりじゃなかったんだけど、こういうの好きなもんで…。
このポーランド語っていうのは音だけ聞いていればロシア語にソックリだよね。
ロシア語を少し話すことができるアメリカ人の友人がいて、「英語のネイティブ・スピーカーがロシア語を勉強するのは比較的ラクなんだよ。文法であまり苦労せずに、単語を覚えさえすれば結構イケるんだ」と言っていた。
でも、Ф、Щ、Жとかあのキテレツなキリル文字ってヤツがね~。大黒屋光太夫は、江戸時代、10年のロシアでの抑留生活で読み書きまでマスターして帰って来たんだからスゴイ。
その点、ポーランド語はアルファベットに毛の生えたようなものだからまだとっつき易い感じがある。
そこで!
Effective Language Learning」というウェブサイトの中に「Language Difficulty Ranking(言語の難易度ランキング)」というモノを発見。
調査の対象は英語のネイティブ・スピーカーなので、我々の感覚からはチョットずれるところがあるかも知れないがおもしろい。
習得するまでのおおまかな時間を週で表してその難易度を比較しているんだけど、一番チョロイヤツが23~24週間のコースで、マスターできそうなのは;
デンマーク語、オランダ語、フランス語、イタリア語、ノルウェイ語、ポルトガル語、ルーマニア語、スペイン語、スウェーデン語…だって。
マジかよ。
ま、使っている文字が基本的に同じということからして我々とはスタート地点が大きく違うからね。
言語自体が英語に近く、関連性も高いのだそうだ。そもそも英語はこういう外国の単語をたくさん吸収してできているので、我々に比べれば語彙で苦労することが少なく、ある程度勘で喋ることもできるだろう。
次が30週間で、意外にもドイツ語。
それでも「英語に似ている」として難易度を低くとらえている。まぁ、そうでしょう。
その次が36週かかるとして、インドネシア語、マレーシア語、スワヒリ語だって。
英語とは言語体系と文化が違うのだそうだ。見りゃわかる。
そして、同じランクが圧倒的に多いのが44週間コース。
モンゴル語だのタガログ語、シンハラ語、ベンガル語に混ざって、ロシアをはじめとした東ヨーロッパからバルカン方面の国々の言語がズラリとランクされている。
もちろん、ポーランド語も入ってる。
そんなもんなのか。
さて、我が日本語はどうかというと…。
88週間ということで見事、「英語のネイティブ・スピーカーにとってもっとも習得が厄介な言語」のひとつにランクされました~!
「もう例外的にムズカシイ」って言われている。
パチパチパチパチパチ!ざまぁみろ、ネイティブ!
このランクには他に、アラビア系言語、中国語、韓国語が入っているんだけど、その中で日本語はとりわけ「習得がズカシイ言語」になっている。
つまり、英語を母国語、あるい共通語として話している人口が世界で一番多いとすれば、世界一ムズカシイ言語は日本語ということになる。
それを自由に話している我々って…天才?
その天才が何年勉強していても英語で苦労しているってのはどういうことだ?
イヤ、理由は簡単。
日常の生活で英語を使う機会がまったくなく、「必要がない」から習得する努力をしていないだけの話………おいチョット待てよ!英語のネイティブにとって日本語ってシンハラ語よりムズカシイのかよ!
シンハラ語ってコレだぜ!スリランカの言葉。
文字のデザインが丸っこくて実に可愛いらしい。

Sh でもね、文法的に世界で一番ムズカシイ言葉はフィンランド語だという話を聞いたことがある。
時制や目的語に合わせて動詞の格変化が100通りあるとか。
日本語が一番いいわ。
だから「ハンパない」なんて汚い言葉は使っちゃイケません!
 
さて、Niemenさん、お待ちどうさまでした。
Niemenはプログレッシブ・ロックのカテゴリーで紹介される人で、この1970年の『Enigmatic』というアルバムがよく知られている。
でもそんなにプログレっぽくはなくて、むしろNiemenのソウルフルな声を味わう感じ?
チョット驚いたのはこのアルバムにヴァイオリニストのMichael Urbaniakが参加しているんだよね。

9nm2Michael Urbaniak(マイケル・ウルバニアク)に詳しいワケではないんだけど、Larry Coryellと共演した『A Quiet Day in Spring』というアルバムが好きでしてね。
コレの1曲目「 Rue Gregoire Du Tour(リュ・グレゴワ・デュ・トゥワ)」というLarryの曲が究極的に美しい。
コレはパリのどこかの通りの名前なのかな?
今から30年チョット前、香津美さんとLarry Coryellが演奏しているのをラジオで聴いて一発で好きになった。
Urbaniakは他にも何枚かSteepleChaseにストレートアヘッドなジャズのリーダー・アルバムを吹き込んでいるけど、マァ取り立てて書くほどの内容ではないかな。

Mulc_2またNiemenに戻って…コレは1969年の『Czy mnie jeszcze pamiętasz?』…読めない。
コレなんかももうゼンゼンR&Bとかオールド・ポップスという感じでプログレのテイストは全く感じさせない。
でもね…

Anmコレはやり過ぎだろう~!
コチラがオリジナルですよ。
Albert Aylerの1967年のライブ盤『In Greenwich Village』。
こっちはコッテコテのフリー・ジャズね。

AaそんなNiemenなんだけど…。
ナニが起こったのかは知らないが、この1975年の『Niemen Aerolit』というアルバムが非の打ちどころがない最高のプログレなのだ。
カッコいいことこの上なし。
正直、今回コレを書いていて初めて聴いた。
ここ数年、現代&近代クラシックの楽しみを知ってからというもの、あんなに大好きだったプログレッシブ・ロックが全くツマらなくなちゃっていたんだけど、コレにはブッ飛んだ!
「オジさん、チョット教えて…プログレッシブ・ロックってどういうの?」と訊かれたら胸を張ってこのアルバムを推薦してもいいわ。
「Aerolit」というのはバンド名なのか…。

Nmこのアルバムの前、1973年頃までNiemenのバック・バンドを務めていたのがSBB。
SBBは「Serch, Break & Build」の略らしい。まるでゼネコンだな。
ポーランドを代表するプログレッシブ・ロックのトリオ・チームなんだけど、このバンド、ベースレスなんだよね。
夢中になるほど好きなワケじゃないんだけど、気になって何となく買っちゃうんだよね。

9s41a0004このライブ盤なんかはジャケ買いに近いかな。
だって、ギタリストの後ろ…JCM900 4100と1960Aなんだもん。
絶対この人たちいい人たちだよ。
そして、驚いたことに、どういう風の吹き回しかはわからないが、このバンドにはかつてPaul Werticoが在籍していたようだ。
WerticoはPat Metheny Groupのドラマーだった人。何回か観たけど、とてもいいドラマーだった。
 
ポーランドといえば、ショパンの国だもんね…というか、私にとってはクシシュトフ・ペンデレツキの国なんだな。
アウシュビッツも見学したいと思っていて、いつか行ってみたい国のひとつだ。

9s41a0006さて、話はJack Bruceのポスターに戻る。
もう一回出すか。
コレね。
このポスターのデザインは<前編>で紹介したGunther Kieserという人。
上のThe Whoも同様。確かにタッチが同じだ。
330vこの人、売れっ子だったようで、こんなポスターも手掛けている。
1969年のシュトゥットガルトのJimi Hendrix Experience。
ドイツには行ったんだね。
ジミヘンとプレスリーは日本には来なかったもんね。でもビートルズが来ているのはスゴイ。

Jhe_1これもそそう。
『Rough and Ready』の時かね?

Jhe_2The Tubesもあった。
1978年だから『What Do You Want from Live』のレコ発か?
「ハマースミス」の時にも書いたけどThe Tubesだけは観ておけばヨカッタ。
来たんだもん、日本に~!

490vこっちは1977年の初来日公演を観た。
実は、LPもCDもKISSの音源はウチには1枚もない。人生で買ったことがないのだから当然だ。
私が中学2年の時、「Detroit Rock City」が流行していたんだけど、私はちょっとダメだった。
決してキライではなかったんだけど、もっとこう、ヒネッたヤツがいいというか…、ムズカシイ方がいい…というか。
そう、わかり易すぎたんだね。
でもコンサートは違った。
最高にキレイでカッコよかった。
KISSの音楽には何の興味も湧かなかったが、KISSはロック・コンサ―トの楽しさを教えてくれた。
このポスター、「The American Supergroup」なんてドイツ語式のキャッチ・コピーが入っているけど、そんなこと書かなくたって先刻承知でしょう?
1980年ですよ。
この感覚がおもしろい。

510v1985年のオッフェンバッハのGary Moore。
『Run for Cover』のレコ発ライブだったんだろうね。
Gary Mooreの名前を初めて知ったのはCollosseum IIの『War Dance』はリリースされた時だった。
だから1977年ぐらいか。
多分、秋葉原の石丸電気のレコード館店員のお兄さんに教わったんだろうな。
「このギャリー・ムーアってギタリストはスゴイよ」ってんで買って聴いたんだと思う。
確かに昔は「ギャリー・ムーア」って表記をしていた。
でも、イギリスではコレが正しくて、実際にMarshallにGaryという人が2人いるが、私は現地の方式に倣って「ゲェァリー」みたいにして名前を呼んでいる。「ムーア」は「モー」ね。
「ゲェアリー・モー」みたいな感じが正しい発音。
「コリャ、スゴイ!」ってんで『Back in the Street』が出た時は、その日に買いに行ったよね。
その後、私がジャズに偏って行ったこともあって、ゲェアリーがメタル路線になってからは全く聴かなくなっちゃったけど、ブルース路線は結構好きだった。
それで、20年以上ぶりにそのブルース・セットで来日した時、Marshall経由でGaryのスタッフから私に連絡が入った。
Garyの使っている1959の調子が悪いので修理をして欲しい…という。
JCBホール(現Tokyo Come City Hall )までよろこんで取りに行って、修理してもらって、またタクシーで配達した。
お礼にピックもらっちゃって…コレはうれしかったネェ。
しかし驚いたのはGaryのギターの音の大きさよ!
私の人生で一番デカいギターの音だった。Blue Cheerでも復活しない限り、この記録は誰も破れないだろう。
昔、Ted Nugentが「世界一音の大きなコンサート」とか言っていて、武道館で観たけど、あんなのGaryのギターの音量に比べればまさに「蚊のなくような音」だったよ。
役得で本番中にGaryのMarshallの真ん前で音を聴かせてもらったが、もうドラムスの音なんかほとんど聞こえなかった。
それどころか、脳みそがギターの音に共振してしまうのか、ギターの他にもうひとつ音が聞こえてきちゃう。
でも、クランチまで行くか行かないかの音に深めにリバーブをかけたそのサウンドは美しいとしか言いようがない。
言っておきますが、全く市販の1959SLPと同じですからね。
やっぱりいい音を作るのはアンプの改造なんかじゃなくて「指」なんですよ。
次回はハードロックのセットでまた日本に戻ってくる…なんて言われていたが、Garyはほどなくしてスペインで客死してしまった。
私はその7月前、ロンドンでGaryのハードロック・セットを観た。
やっぱり1959を並べていてね、音はデカかった。
その時のレポートはコチラ
Garyが住んでいたブライトンの行きつけの楽器屋ってのにも行ったっけ。
それはコチラ
 
しかし、ツマらないデザインのポスターだね。
これならGunther Kieserさんの妙なイラストの方がいいわ。
Mama's Boysというのは知らなかったけど、アイルランドのバンドだそうだ。Garyのキモ入りだったのかな?
ちなみに「Gary」って一般的なニックネームを「Gaz」っていうのよ。

520vゲェアリーでもうひとつ。
それはアルバム・タイトルの『Run for Cover』。
コレは「安全な場所にサッサと非難する」という意味らしい。
「らしい」いうのは、私が認識していた意味とズレがあったものだから…。
私はこの表現を下のヒッチコックの本で知った。
フランソワ・トリュフォーが尊敬するアルフレッド・ヒッチコックに色んな質問をするインタビュー本だが、何回かヒッチコックが「そういう時は『Run for Cover』じゃよ」みたいなことを言っている…ように記憶している。
何か失敗したり、行き詰ったりしたら必ず「Run for Cover」するべき。つまり「最初に戻って考える」ということを「Run for Cover」と言っていて、「なるほど、そういう意味か…」と覚えてしまったんだネェ。
「Too Close to Comfort」というジャズのスタンダードがあって、こんな箇所が出て来る;

One thing leads to another, too late to run for cover
 She's much too close for comfort now

これだと両方の意味に取れるんだよナァ。
すなわち、「一番最初が一番安全なところ」ということかね?
ヒッチコックで記事を書きたいナァ。でもMarshallは関係ないもんな~。
あ、でもヒッチコックは元々イギリス人なんだけど、確か生家がアールズコートだったような…そうするとFreddie Mercuryの家が近いので縁がある?…あ、QueenはMarshallじゃないんだった!助けてママ~!

Af_2ブースに展示してあるのはホ~ンの一部で、こうしてサムネイルにして自分のところの商品を紹介していた。
こういうのを見るとまずチェックするのは当然Frank Zappa。
この「Chunga」のヤツは欲しいナァ。
Frankie Miller、Genesis、Fleetwood Mac、Free…色んなバンドがイギリスやアメリカから日常的にジャンジャンとドイツに来ていたことがわかる。
こういうのを見ると、やっぱり日本は世界のハズレなんだと感じるナァ。

430v最後にそのFrank Zappaで〆ます。
1980年7月2日のフランクフルト。

9img_1023参加メンバーはこんな感じ。
Steve Vai(下段中央)が若い。
Vinnie(右下)もまだこんなだもん!
え、コレはナニかって?

9s41a0017この80年のツアーのプログラムなの。
もうコレもいつ買ったのかナァ?
やっぱり30年ぐらい前か?

9s41a0007このプログラムの内容が実に親切。
ロック史に残る大名盤『Shiek Yerbouti』のように、Zappaはライブで録音した音源に手を加えてスタジオ・アルバムを作る手法を採ったので、コンサートでは誰も聴いたことがない曲を演奏することが多かった。
そこで、このプログラムには「1980年のワールド・ツアーで演奏する新曲です」と曲のリストとその歌詞を掲載しているんだな。
この時の新曲は、後に『Tinseltown Rebellion』と『You Are What You Is』に収録された作品たち。
いくら歌詞を教えてもらっても、初めて聴く曲たちなので、少なくとも一緒に歌ったりすることは不可能なんだけどね。

9s41a0010プログラムの中はいかにもCal Schenkel風のデザインになっていて、どこから見つけて来たんだか、昭和30年代ぐらいの女性の下着の広告や「バストクリーム」とかいう商品の広告がコラージュされている。

9s41a0016…と、まぁこんな具合で、2003年から2011年まで、11年の間に経験した私のフランクフルトの思い出はコレでおしまい。
Jim Marshallと共に時間を過ごしたり、ポリツァイにお世話になったり、本当に色々なことがあった。
外国人とドップリ同じ時間を費やし、様々なことを教わったりもした。
ずいぶんみんなに可愛がってもらったし、とにかくいつも楽しかった。
もちろん人一倍仕事もした。

Polizeiでも、初めて行った時から16年近く経って、歳を取ったせいであろうか…もういいわ。
今アレをやっていたらもうツライ思い出ばっかりになってしまうかも知れない。
そういう意味では、若くもなく、さりとて年寄りでもない人生で最良のタイミングに参加させてもらったと思う。
それでもココに書けなかったことや、書かなかったことも結構あったんだけどね。
そういうのはバッサリとカットした形でMarshall Blogに半永久的に思い出を残しておくことになった。

540v最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。
さらばフランクフルト!

90_2記録完了。

200

(敬称略 2011年3月 Frankfurut Musik Messeにて撮影)

2018年12月25日 (火)

私のフランクフルト <vol.5:スピンオフ~前編>

 
前回まで4回にわたって『私のフランクフルト』をご覧頂き誠にありがとうございます。

自分で言うのもナンなんだけど…Marshall Blogを10年以上やって思うんだけど、何がしかの事件でも起こって終了しない限り、登場した人や事物が半永久的にココに記録&保管されるワケじゃない?
実際に「ああ、この時のライブはこうやった」みたいに子細な資料としてMarshall Blogをご利用頂いているバンドさんも少なくないと聞く。
普段はITの行き過ぎた進化をあまり快く思わないことが多い私だが、雑誌だと時期がくれば市場から姿を消してしまうし、バックナンバーを漁るのもそうたやすい作業ではないことを考えるとITの利便性を評価せざるを得ないであろう。
でも、簡単に公になる分、簡単に忘れ去られやすいよね。
だから、時折「昔の自分の記事を読んでかくかくしかじか」なんて話をミュージシャンから聞くととてもうれしくなる。
「ウェブログ」も日記の一種なんだから、読み返すことに意味があるのではなかろうかね?
「日記」ってそうでしょ?自分が読むにしろ、他人が読むにしろ、読み返された時に初めて価値を発揮するワケだから。
そのためにはまず記録。
それゆえ、限りなく公私混同に近い内容とはいえ、私の人生に大きな影響を与えるキッカケを与えることになった思い出のフランクフルトをこうしてMarshall Blogという場に半永久的に記録することができてヨカッタと思っている。
ナンカとてもスッキリした感じ。
実はそんな記録の他にフランクフルトの記事を連載したかった目的がもうひとつあったのね。
それが今日お送りする1本。
Marshall Blog、平成最後の「脱線&ウンチク大作」!

550それがナニかというと、このブース。
もしかしたら以前からあったのかも知れないが、この2011年の最後のMesseの時に初めて見た。
ナニかというと、早い話が「ポスター屋」さんのブースなの。

310正確に言うと、「メモラビリア屋」さんかな。
ポスター、写真、コンサートの半券、プライベート音源等々、ロックやジャズに関するレア・グッズを扱っているウェブサイトのPRブース。
会場では古今のドイツで開催されたコンサートの告知ポスターを展示していた。
コレがすごくおもしろかったのですよ…ワタシには。
それで個人的に気になったヤツを写真に収めておいたので、それらを並べてお見せしようというのが『私のフランクフルト』の<スピンオフ>というワケ。
それでは大いに脱線を交えて展示を覗いてみますよ~。
今日は地名を除く固有名詞は基本的にすべて原語表記にした。
まずは…

320vパッと見て文字がなかったなければ、まず何のバンドのコンサート告知ポスターかわかるまい。
The Rolling Stonesの1973年9月のフランクフルト公演のためのポスター。
イヤ、Stonesのコアなファンならわかるのかな?
少なくとも私はダメ。
メンバーの写真もなければあのベロ・マークもないとあってはお手上げだ。
「ルネ・マグリット展」かと思っちゃうよ。

Sonntag(日曜日)なので17:30と22:00の2回興行。
17:30の回はいいけど、夜の10時から始まるコンサートは絶対イヤだナァ。
しかしコレ、ドイツでは「17:30」のようにミリタリー・タイム表記をするのか…。
このひと月前に『Goats Head Soup』がリリースされているので、そのレコ発ツアーの一環だったのかしらん?
左端を見ると、スペシャル・ゲストとしてBilly Prestonの名前がクレジットされている。
しかし、どうしてコレがThe Rolling Stonesなんだろう。
ま、ズ~っと見てるとMick Jaggarに見えて来ないこともないけど…イヤ、ありませんね。
ホクロがあるところを見るとMonroeのイメージなんだろう。
他にも、こうしてアーティストのイメージとはおおよそ関係のないデザインのポスターがゴロゴロしているのにビックリ。
コレ、アーティスト・サイドに許可をもらっているのかナァ?もらってるんだろうナァ。

360vProcol Harumはネコか…。
このバンドで今ギターを弾いている人がすぐ近くでさっきまでデモ演してたよ。
ポスターには「A Whiter Shade of Pale」、「Grand Hotel」、「A Salty Dog」、「As Strong as Samson」等々、Procol harumの代表曲&人気曲のタイトルが刷り込まれている。
ナンカ演歌的だ。
1977年2月のフランクフルト公演のためのモノ。

350vHarumは同年の3月に9枚目のスタジオ・アルバム『Something Magic』をリリース。
ナゼか「Something Magic」が日本では『輪廻』というタイトルになっていた。
このアルバムが発表された時、私はまだ中学3年生だった。
当時はまだハードロックに夢中でProcol Harumには何の興味もなかったが、この『輪廻』という邦題がすごく印象に残った。
いまだにこのアルバムは聴いたこともないんだけど、一体どういうセンスでそんな仏教用語を引っ張り出してきたのだろうか?
とはいえ、この「変なアルバム・タイトル」ということだけで作品がアタマに刻み込まれた人間が実際ココにいるんだから、まずはこの邦題に効果があったということか…。
このアルバムがリリースされた後にベースのChris Coppingがグループを脱退。北アメリカのレコ発ツアーのベースはDee Murrayが務めたのだそうだ。
DeeはElton Johnの黄金期を支えた名ベーシストだったが、1992年に46歳で早逝した。

PhJohn Mayallはもうゼンゼンわかりませ~ん!
このポスターのデザインが彼の音楽作品に関係しているモノかどうかすら知らないのだが、いいデザインだな。
1971年9月のコンサートを告知するポスター。
バンドは「His Blues Group」となっているが、誰がギターを担当したのだろう?
調べて見ると、Mayallは71年の3月に『Back to the Roots』というアルバムをリリースしていて、そのアルバムに参加しているのは、Eric Clapton、Harvey Mandel、Gerry McGee、Mick Taylor等。
Gerry McGeeってこんなことやっていたとは知らなんだ。
それにヴァイオリンでDon "Sugarcane" Harrisが参加している…となると聴きたくなるじゃんね。
…と思って、早速自慢のSpotifyで聴いてみる。やっぱSpotify助かるわ。
ドワ~!ヴァイオリンが完全に『Hot Rats』~!
ゴキゲンです。
そして、Mayallは71年に『Memories』というアルバムをリリースしていて、こっちのギターはGerry McGee。
なので、この公演にもGerryが参加したのかも知れない。
GerryはもうThe Venturesを辞めてるんだね?
イヤ、それよりも!
このコンサート、The Groundhogsも出たんだね。
「&」で結ばれているところを見ると、コレはダブル・ヘッドライナー扱いだったのかな?
前座ということなんだろうな?
前座の方を観たかった。

370vMayallのポスターはもう1枚展示されていた。
コレもやはり1971年のモノで、ハーモニカ・メーカーのプロモーション・コンサートというかクリニック・ツアーだね。
デュッセルドルフ、ハンブルグ、ルードヴィヒスハーフェン、ミュンヘン、ハノーヴァー、ニュルンベルグでの6公演。
そういえば、この頃ってまだドイツが東西に分かれていたんだよね。
東ドイツの首都はベルリン。
では西はどこだったか覚えてる?
そう、天才バカ…〇〇。
当り~!
ちなみのこのブランド、ロックやブルース系の人にはハーモニカのメーカーとしておなじみだけど、メインはアコーディオンですから。
このシリーズで書いたように記憶しているが、アコーディオンはドイツの国民楽器なのだ。

9img_10251971年12月のフランクフルトのGrand Funk Railroad。
ゴメンチャイ!
私、Grand Funkダメなんです。
ま、Farnerさん、Marshallじゃないし。
アメリカのハードロックって、昔からどうもシックリこないんだよな~…飽きちゃうの。
お、スペシャル・ゲストでMott The Foopleが共演したんだ!
ヘヘヘ、前にも書いたけど、MottってGFRよりもっと苦手なの。
でも、コレはファンにはタマらない一夜だったんだろうね。

340vGFRは1971年に『Survial』というアルバムをリリースしているけど、このポスターは絶対に前年の『Live Album』を意識してのデザインだね。
まだトリオの頃のGFRか…タマには聴いてみようかな…。

Gl1977年、私が中学3年生だったある日、朝刊の死亡欄にMarc Bolanの訃報が載った時のことを覚えている。
Bolanは生前「自分は30歳で死ぬ」って言っていたんだってね。
1973年のアメリカ・ツアーで知り合ったグロリア・ジョーンズという黒人女性歌手が運転するミニ・クーパーの助手席に乗っていて、運転ミスにより車が横っ腹から街路樹に激突し、Bolanは即死だったらしい。
Marc Bolanの30歳の誕生日の2週間前の出来事だった。
それにしも「20th Century Boy」の定着ぶりには目を見張るものがあるよね~。
ナンだってこんなに誰もが演奏するようになっちゃったんだろう?
T.Rexは知らなくても「♪ジョコジョ~ン」なら知っている若者も大勢いることだろう。
このポスターはケルンでのコンサートの告知をしているんだけど、「年」が入っていないのでいつのことかはわからない。
「Bolan Boogie」と入っているのが手掛かりか?

400v『Bolan Boogie』は1972年にリリースされたシングルA&B面と未発表曲をコンパイルしたアルバム。
このアルバムのプロモーションのためのコンサートだったのであろうか?

Bbところで、T.Rexというと、もう悲しいぐらいにMarc Bolanばっかりだけど、言っておきますがこのチームは元々もうひとりMickey Finnというパーカッショニストのメンバーがいたんですよ!
そして、Mickey FinnはNATALのパーカッションを愛用していたんだから!
そこんとこヨロシク!

9percussion_group_1下は1978年、オッフェンバッハで開催されたTen Years Laterのコンサート告知ポスター。
Ten Years Afterじゃなくて「Later」ね。
我々の世代は、映画『ウッドストック』でAlvin Leeを知った人が多いのではなかろうか?
とにかくあの「I'm Going Home (by Helicopter)」の速弾きには本当にビックリしたものだった。
飛び起きたもんね。
私が『ウッドストック』を14歳で初めて観たんだけど、その時は『ウッドストック』はどうでもよくて併映の『バングラデシュ』がお目当てだった。
「ウッドストック・ムーブメント」なんてこともまだ知らないし、会場の設営シーンやインタビューやがダラダラ続くもんだからスッカリ眠くなっちゃって…。
そしてAlvin Leeが「アイムゴーインホーム…バイ……ヘリコプ(ゴニョゴニョ)」と曲名を告げた後に飛び出したアレ!
ビックリしたよ。
「そうか、このチョットこのシャクレたオッサンのグループはTen Years Afterというのか…」とさっそくアルバムを買いに行った。
多分『Ssssh』と『Watt』だったかな?『Stonedhenge』とか『Recorded Live』も持ってたけど、ロクに聴かないウチにいつの間にどれもなくなっちゃったナ。
Ten Years Afterの後に結成した、このポスターにあるTen Years Laterは1978年と79年にアルバムをリリースして終わったようだ。
昔、「Marshall祭り」というイベントを3回ほど開催したが、Marshallに頼んで外タレの派遣をお願いした時、Alvin Leeの名前が出てビビったことがあった。
ウッドストックの時もそうだったけど、この人Marshallだったんだよね。
しかし、右下の「+opening act」っていう表記が気になるね。
誰だったんだろう?

530vちょっとロック以外のアイテムも見てみようか?
Bob Marley & The Wailersの1980年のミュンヘン公演。
興味がないせいもあるんだろうな…日本にいるとそうでもないけど、ロンドンに行くとレゲエの影響力の強さを感じるんだよね。
「影響力がある」ということを感じたところでCDの1枚も買うワケじゃないんだけど。
イギリスはスペインの後のジャマイカの宗主国だからね。
1940年代の終盤から1981年までジャマイカからの移民を大量に受け入れた。
その関係なんでしょうな。
するとですよ、今、群馬のどこかがブラジル人一色とか、西葛西だかがインド人だらけなんて状況を見ると、日本からも何かおもしろい音楽が生まれやしないかな?なんて思ったりもするけど、日本人はまず無理だろうな。
9img_1024Bob Marleyと言えばやっぱり下のライブ・アルバムじゃない?
アレ?上のポスターって下のジャケットの写真を使っているのか。
さて、中学生の頃、このジャケットのレスポール・スペシャルを提げた黒人の写真を見て「この人絶対ジミヘンみたいにバリバリ弾くんだろうな…」と勝手に思い込んでいた。
今と違って何でも簡単に音源を聴ける状態ではなかったからね。
でも、レコードを買う勇気もなく、何かの拍子にBob Marley & The Wailersの音を聴く機会があった。
「何じゃ、この間の抜けた音楽は?全然ジミヘンじゃないじゃん!」と愕然としたのを覚えている。
当時はまだ「レガエ」と表記することも珍しくない時代だった。
それ以来、「現代音楽を聴きたい」と思うことは時折あっても、「レゲエを聴きたい」と思ったことは私の人生でただの一度もない。

Bml 下もコンサートの開催年が書いていないけど、さすがにアルバム『Get on the Good Foot』のレコ発ライブでしょうな。
となると1972年。
開催場所はベルリンになっている。
「ベルリンの壁」が崩壊したのが1989年だから、JBは冷戦のさなかに東側へ行ってコンサートを開いたのかしら?
来れこそ「冷や汗」。
そう、このアルバムには有名な「Cold Sweat」が再録されている。
そのアレンジをしたのが、なんとThe Manhattan Jazz Quintetで知られるDavid Matthewsらしい。
ジャズでは喰えないので、そんな仕事をしていたんだろうナァ。
私はファンク系の音楽も聴かないんだけど、タマにJBなんかを聴くとカッコいいね~。
でも1、2曲が限界。

390v次は『Jazz Ball 67』というジャズ・フェスティバルのポスター。
デザイナーはGunther Kieser(「ギュンター・カイゼル」って読むのかな?)という人。この人はまた後でご登場頂く。
Woody Hermanのオーケストラ、ニューオーリンズのフレンチクォーターにある有名なライブハウス「Preservation Hall」に因んで名づけられたPreservation Hall Jazz Band、そして、ディキシーランドの巨匠クラリネット奏者、George Lewisが出演したようだ。
だから後ろの2つはシデキだね。
シデキは聴かないんだよな~。
フェスティバルのタイトルにある「ball」というのは「楽しい時間」という意味のスラング。
久しぶりにイッパイやる相手に向かって「楽しもうぜ!」なんて時に「Let's have a ball!」と言ったりする。
何で「玉」が「楽しい時間」かって?
日本ではほとんど見かけないけど、由緒正しいホテルにはたいてい「Ball Room」という大きな部屋がある。
キューブリックの『シャイニング』で出て来るでしょ?ジャックがホテルの元支配人で幽霊のブレイディに会うシーンね。
ああいう「舞踏会」を開く設備を「ball」という。
だから「Have a ball!」なんて言うと「よい舞踏会を!」となって、「楽しい時間をお過ごしください」という意味になるワケ。
だから、Woody Hermanのところに「Tanz Mit」という黄色い吹きだしが付いてるでしょ?
コレ英語で「Dance with」という意味。
その昔、ジャズはダンスのための音楽でもあったからね。
さて、The Manhattan Transferの重要なレパートリーの「Four Brothers」でWoody Hermanの名前を知った人もいるかも知れない。
Zoot Sims、Serge Chaloff、Herbie Steward、そしてStan Getzという4人の人気のサックス奏者がWoodyのSecond Herdというオーケストラに集まって1947年に吹き込まれた曲が「Four Brothers」。

450vこの4人のソロに歌詞を付けて歌ったのがThe Manhattan Transferのヴォーカリーズ・バージョン。
収録アルバムは下の1978年の『Pastiche』。
「pastiche」とは「模倣作」とか「寄せ集め」とかいう意味で発音は「パスティーシュ」。
レコーディングのメンバーが多岐にわたっていてスゴイね。
Randy Brecker, Don Menza, Richard Tee, Steve Cropper, Jay Graydon, Donald "Duck " Dan, Steve Gadd, Jim Gordon, Jeff Porcaro,  Chrlie McCoy, Victor Feldman, ナゼかBuddy Emmonsまで参加している。
でも、一番のウリはその「Four Brothers」のサックス・セクションでしょうな。
Al Cohn, Jimmy Giuffre(作曲者), Lee Konitzという大御所にLewis Del Gattoという人を加えて「Four Brothers」を組んで見せた。
何かで調べたワケではないが、要するにオリジナルのWoody Herman Second Herdへのオマージュということなのだろう…と私は分析している。
そして、女性組のLaurel MasseはこのアルバムをもってThe Manhattan Transferを脱退。
Cheryl Bentyneを加えて翌年発表した『Extensions』が大ヒットして押しも押されぬ大スター・グループになった。
「Birdland」とか「Twilight Zone」が入っているアルバムね。
その後、1985年の『Vocalese』あたりまでは絶好調だったが、果たして今、The Manhattn Transferの名前を口にする人にここ数年会ったことがない。
特段私がこのチームのファンだというワケではないんだけど、人気を保つというのはいかに大変なことかと思ってサ…。
Weather Reportと共演したりするより、Laurel Masseがいた「Tuxedo Junction」なんかを演っていた時代の方がズッと好きだった。
80年代ってのは「音楽のイナゴの大群」みたいなモノだった。何も残さないでスゴイ勢いで通り過ぎて行った感がある。

Pasブレイク寸前にグループを辞めたLurelが地団太踏んで悔しがったかは寡聞にして知らないが、その後も歌手活動を続け、1984年にリリースした『Alone Together』というアルバムはメチャクチャ良かった。オススメ。

Lm一方のWoody Herman…私はほんの数枚しかアルバムを持っていないが、以前にも紹介したことがある下の『Thundering Herd』というアルバムはすごく好き。
「Thudering Herd」…さしずめ「雷組」ってとこか。
John Coltraneの有名な「Lazy Bird」をサックス・ソリにしてみたり、ナゼかFrank Zappaの「America Drinks and Goes Home」を取り上げてるの。
私はその渦中を大学生として、ロックよりもややジャズ寄りで過ごしたが、「美人ジャズ・ボーカル・ブーム」っていうのだけは全くヒドイと思っていた。
そもそも「ボーカル」じゃなくて「ボーカルズ」だし。
でもね、1986年ぐらいに富山の大きなコンサート会場の最前列で阿川泰子さんを観る機会があったんだけど、ステージ用の濃い目のメイクをしていたとはいえ、ものすごく美しい女性でかなり驚いたことがあった。

Th1972年のフランクフルト、Joe Cockerのコンサート。
ズラズラ色々と書いてある。
他に誰が出たのかな?
まず、Joeのバックを務めたのはChris Staintonのバンド。
StaintonはJoeの『Mad Dog & Englishmen』のツアーにも参加したJoeのお抱えキーボーズ奏者。Eric ClaptonやThe Who(『Quadrophenia』のレコーディングに参加)などとも仕事をしている。
おもしろいのはBoxerの『Below the Belt』以外のアルバム、つまり『Absolutely』と『Bloodletting』に参加していることか。
スペシャル・ゲストはHeads, Hands & Feet、Biggles、それに加えてサプライズゲスト。
Heads, Hands & FeetはAlbert Leeが在籍したイギリスのカントリー・ロックのバンド。ナンカ英語の童謡みたいなバンド名だ。
Bigglesというのはわからなかった…コレって「スペシャル・ゲスト」じゃなくて「前座」じゃないの?
それともドイツでは「前座」のことを「スペシャル・ゲスト」って言うのかな?
パッとこのポスターを見たらスゴイのがゾロゾロ出ていそうな感じがしたんだけどな…ハズレ。

460これまた完全にバンドのイメージとは関係なさそうなデザインのポスター。
このイラストだけでコレがEmerson, Lake & Palmerのコンサートの告知だと判別できる人がいたのかナァ?
残念ながら開催年が入っていないのでいつのモノかはわからないが「Super Group in Concert」となっているところを見ると、やはりドイツでもELPは大きな人気を誇っていたのでしょうな。
何度もMarshall Blogに書いているけど、2010年にロンドンでたった「1度だけ」の条件で再結成したELPを観たのは、ラスベガスで観たSummy Davis Jr.と並ぶ私の人生の宝物のウチのひとつだ。

420vエラく素直なデザイン。
でも、コレもダメだ。
上のELP同様、どこを見ても開催年が入っていない。
でも顔ぶれからすればMKIIなので1970年代の序盤ということになるのだろう。
この頃のことを調べていて驚いたのは、1972年の北米ツアーの時、ケベックでRandy CaliforniaがRitchie Blackmoreの代役を演ったことがあったとか…。
私が一番好きなアルバムは『Who Do We Think We Are』です。完全にCONCERTO MOONのノンちゃんの影響。
中学生の時、「Woman from Tokyo」しか好きでなかったが、ノンちゃんが「あのアルバムは『Woman from Tokyo』以外の曲がいいんです」とキッパリ言い切って、騙されたつもりで40年近くぶりに聴いてみたら…まったくその通りでスッポリとこのアルバムにハマってしまった。

470チッ!このポスターも年が入っていない。
でも、このデザインからすると、『The Dark Side of the Moon』と『Wish You Were Here』の間って感じかね?
すると、1973~1974年ってとこか。あるいは『Dark Side』のレコ発ヨーロッパ・ツアーだったのかしらん?
Pink Floydの人気っのは海外に行く度にいつもスゴイと思う。
今の日本のロックの状況を見ると、いよいよ攘夷が進み、まるで「ロックの鎖国状態」だ。
我々が若かった時分、すなわちロックの黄金時代の1970年代でも軽音楽のレコードの売り上げ比率の邦楽と洋楽の割合は、「洋」を大きめに見積もっても50:50だったらしい。
我々のようにずっとロック側にいる人間にとってこの数字は「洋」の比率が消極的のような感じがするが、幼稚園児からお年寄りまでが歌える流行歌がブンブン飛び交う「歌謡曲の時代」にあって、和洋の比率が50:50とは、「洋」の勢いがどれだけ大きかったかを逆に知るべきなのだ。
何しろ、YesのLP3枚組のライブ・アルバム『Yessongs』が売れて売れて、レコード会社の笑いが止まらなかった…という時代だった。
今、日本の若者に『狂気』を聴いたことがある人がどれぐらいいるんだろう?
ほぼゼロだろうな~?
イヤ、同じ質問を日本のロック・ミュージシャンにしてみるがいい。
同じく限りなくゼロに近い人数となるだろう。
『狂気』を聴いたことがない「ロック・ミュージシャン」なんて想像できる?最もビートルズのメンバーの名前さえ知らない人たちなのだからそれも不思議ではない。
海外の若いミュージシャンはと言えば…100%とは言わないが、「まったく聴いたことがない」という人はいないのではなかろうか?
日本が「ロックの後進国」たる所以はこういうところにあると感じている。
それにしてもこの頃のPink Floydのコンサートなんて…ホンモノを観てみたかったナァ~。

4801974年10月、フランクフルトのThe Sweet。
全盛期のSweetって観てみたかったナァ。
私はSweetや再結成後のAerosmithみたいなやり方を導入するのは日本の音楽界をおもしろく手法のひとつだと前々から思っている。
The Sweetは自分たちでもいい曲を作ったが、プロのソングライティング・チーム、Mike ChapmanとNicky Chinnの力を借りてヒット曲を世に送り出した。
同様に若いバンドさんたちは、キチンとクラシックまで勉強した音楽の専門家に作曲家に任せてはどうか?ということだ。作詞も同様。
もちろん編曲については何をかいわんやだ。
もう完全に出尽くしてしまった曲や詞のアイデアを乗り越えるには、昨日今日ギターを手にして作った曲がタマタマ当たった程度のにわか音楽家じゃ無理なんですよ。
上の『狂気』じゃないけど、勉強していないんだから無理だって。コレもインディーズや音楽の無料化の弊害なのだろうが、ナ~ニ、また時代を巡らせればよい。
クラシックの作曲家を目指した才能ある音楽家たちが、夢破れて腕によりをかけてティンパンアレイでミュージカルのためのヒット曲を作ったような状況にするのが今の音楽界を変える方法のひとつだよ。
私はコレを「ポップ・ミュージックの大政奉還」と呼んでいるが、
それでまた煮詰まったら、またそれをブチ壊すためのパンクみたいなムーブメントを起こせばいいじゃない。

410v1986年、コレもオッフェンバッハのStevie Ray Vaughanのコンサート。
私はSRVを全く聴かなかったのだが、この人は生前日本に来たことがあるのかしらん?
「Vaughan」といえばSarah Vaughan。Robert Vaughnという俳優もいたけど、最初は読めないよね~。「ヴァウガン」?みたいな。
アイルランドの名前らしい。
私がSRVについて言えるのはこんなことぐらいです。

500v<後編>につづく
本当は1本に仕立てようと思ったんだけど、脱線しているウチに長くなってしまったので2本に分けさせてもらいました。
<後編>の方がオモシロイと思う。Queenも出るし。
 

200

(敬称略 2011年3月 Frankfurut Musik Messeにて撮影)

2018年12月21日 (金)

I Don't Like Mondays. 2018 A/W TOUR "A GIRL IN THE CITY" 神奈川公演

 
これまでにも何回かMarshall Blogに書いているが、母と家内の出身地ということで私は幼い頃から横浜にはとても馴染みが深い。
それゆえ「みなとみらい」と呼ばれて久しい桜木町周辺の変わりようには驚きを感じざるを得ない。
ホントに変わっちゃった。
桜木町のお隣の関内駅前の横浜公園…下の横浜スタジアムがあるところね…ココなんか、「港崎遊郭(みよざきゆうかく)」という遊女町があったんだから。
もっともコレは安政年間にオランダ公使のリクエストを受けて作られたモノなので、サスガの私も見たことがない。

Ykでも、黒澤明の『天国と地獄』に出て来る昔の伊勢佐木町の光景なんかは結構覚えるナァ。
山崎努扮する誘拐犯が、被害者のひとり三船敏郎が演ずる「権藤さん」を見つけ接近し、タバコの火を借りる。
権藤さんはその火を借りた男が自分の人生を台無しにしようとしている誘拐犯だとは知らない。
尾行していた仲代達也の役どころの戸倉警部が、犯人のそのふるまいを目の当たりにして「正真正銘のチクショウだ!」と悔しがるシーンね。
その後、犯人は目印となる赤いバラ(カーネーションだったかな?)を胸に指して麻薬の売人に会い、ヘロインを入手し、黄金町のアヘン窟へと向かう。中毒患者に致死量の純度の高いヘロインを実際に投与してその効果を確かめるためだ。
あ~、こんなことをやっているとキリがなくなってしまう!…というぐらい好きな映画。
この作品は室内での撮影が多く、黒澤監督の好みのパンフォーカスで撮るためには膨大な量の照明を必要とし、撮影現場の室内は灼熱地獄と化したらしい。
画面の隅々までピントを合わせるためにはレンズを思いっ切り絞らねばならない。そうすると、カメラに入ってくる光の量が減り、暗い画質になってしまう、
そのために大量の照明器具を使用して被写体を思いっ切り明るくするのだ。
そのおかげで、役者さんたちはみんな目を傷めてしまったそうだ。
役者さんも大変ね。

Hlもうチョットやると、この映画の原作はエド・マクベインの『キングの身代金(King's Ransom)』という作品。
随分昔に読んでみたけど、映画の方がケタ違いにおもしろかった。
もし、まだ『天国と地獄』をご覧になっていない方がいらっしゃったら是非!
「観ずに死んでいくにはモッタイなさすぎる1本」です。

92kr今日はその横浜のランドマークタワーから。
このビルもオープンして25年も経つんだって。
そして、下の写真はランドマークタワーのショッピング・モール。
今年も東京ビッグサイトで10月に開催された楽器業界最大のイベント「楽器フェア」は4回前の2011年まではパシフィコ横浜で開催されていた。
池袋のサンシャイン・シティから移ってきたその初回は2003年のことで、まだ地下鉄が開通しておらず、会場のパシフィコ横浜から桜木町の駅まで下のモールを通って歩かなければならなかった。
元気な時なら何の問題もない距離なんだけど、朝から夕方まで丸1日立ちっ放しにした足腰に歩かせるにはあまりにもツライ距離だった。
だからこの光景を目にするとあのツラさを思い出しちゃうの。
翌年には地下鉄が開通し、その次の楽器フェアは大分ラクになった。

10そんなこんなで5回ほどの横浜の楽器フェアに通ったが、建物の5階にホールがあるなんてゼンゼン知らなかった。
その名も「ランドマーク・ホール」。
20今日はI Don't Like Monday.のワンマン・コンサートに訪れたのだ。
チケットはソールドアウト。

30ロビーに並んだオリジナル・グッズの数々。
ハハハ、「FRIDAY LOVERS」か…。
私は今の仕事をするようになって完全に曜日の感覚がなくなっちゃったからな~。

40

509月8日に配信リリースされた「A Girl in the City」のビジュアルをモチーフにしたツアーのオブジェ。

60ハイ、ジャンプはダメですよ~!
そんなにヤワな建物には見えないけどね。

70客電が落ち、ほぼ時間通りメンバーがステージに現れショウはスタートした。

80YU

90vCHOJI

100vKENJI

110vSHUKI

120vCHOJIくんはMarshall。
それこそ先日の楽器フェアで新製品のORIGINのデモンストレーションを担当してくれた。

130vCHOJIくんのMarshall。
ヘッドは1987X、スピーカー・キャビネットは小ぶりの2×12"、1922。
1922は元々はこうして使用するモノではなく、JCM900時代のコンボ・モデルのエクステンション・キャビネットだった。
だからチョット不思議なサイズになってる。
同じ2×12"の1936より小さい分よりコンパクトな鳴りになるのが特徴だ。

140オープニングは「So Bad」。

150「I DOn't Like Mondays.です!横浜、どうですか?オレたち調子いいんですよ!
横浜公演、楽しみにしていたんですよ!」
全国ツアーは2年ぶりなのだそうだ。

160総立ちの客席に向けて放った2曲目は「We Are Young」。

170_wayさらに3曲目は「Prince」。
おおよそMarshall Blogっぽくないシャレオツなサウンドが続く。

180vそして、モロにMarshall Blogっぽいギター・ソロ!

190続けて「Girlfriend」。
こういうサウンドをレッド・ツェッペリンと同じ楽器編成で演っちゃうところがいいんだよね~。
CHOJIくんはバックではレスポールでひたすらカッティング…

190_gfそして、ソロではハードにキメる。
このコンストラストが実にカッコいいのだ。
1987Xと1922のコンビネーションをすごくうまく使いこなしてくれているのもうれしい。

200v「オー、オッ!」と早くもお客さんとコール&レスポンスの儀式。
「男性陣どれぐらいいますか!」

220「オー、オッ!」
女性客が圧倒的に多いが、なんのなんの男性客も負けていない!

230続いて「Lemonade」。
ロマンチックな歌詞だな~。

240YUさんの前で英語の話題は禁物かもしれないけど、「レモネード」でひとつ脱線。
「レモネード」は「ラムネ」の語源…なんてことではなくて。
「When life gives you lemons, make lemonade」という英語の格言がある。
やや意訳すれば「人生、レモンに出くわしたら、それでレモネードを作っちゃえ!」ということなんだけど、日本では「さわやか~」ないいイメージの「lemon」は英語では「酸っぱいもの」として良い意味には使われず、「欠陥品」とか「不快なモノ」を表す単語として扱われる。
だから、「酸っぱいレモンは甘くレモネードにしておいしく飲んじゃえ!」という意味になって、コレ、格言の意味としては「七転び八起き」に近いモノがあるらしい。

240_2le6曲目の「Golden Life」ではメンバー全員がドラムを演奏。

250CHOJIくんもピックをスティックに持ち替えて完璧なドラミングを見せてくれた。

260vショウの中盤はゆるやかに展開した。
「My Girl」からお客さんの携帯電話のライトがきれいだった「Sing」。

310_si「最近ボクが感じたことを共有したいと思います。
近頃、絵を描いています。頭の中に想像したモノを描いているんですが、なかなかうまく行かなくて…描いては消し、消しては描いていました。
最近はイケてる絵が描けてきました。
すると、失敗しても何も心配しなくてもいいんじゃないか?と思えるようになってきたのね。
次はイケてる自分になれる…と思う。
だから、みんなも失敗を恐れず、ナンでもチャレンジしてみよう。
その方が楽しんじゃない?」
ちなみに偉大なるフランク・ザッパは幼い頃、音楽の譜面は絵だと思っていたそうだ。
それで音楽家になって、自分が描いた絵を何人かのミュージシャンに見せて好きに演奏させたところ、各々があまりにも違う音楽を演奏したためガッカリしたとか。

270しっとりと「Life」。

320v伴奏はCHOJIくんのピアノ。
芸達者だね~!

330_kiそして、ショウは後半に突入!
お待ちかねのノリノリのコーナーだよ!

350_tnまずは「Tonight」。

360ステージの上下をリズミカルに移動しながら熱唱するYUさん。

430CHOJIくんのギター炸裂!イケイケ~!

380v「Love Yourself」ではYUさんもギターをプレイ。

390vリズム隊も鉄壁のプレイでバンドをドライブさせる。
410v

400v「Freaky Boy」…

415おかしかったのは警備の方。
お客さんが飛びあがりそうになるとそこに走って行って下のボードを見せるワケ。
そんなに揺れるのかしら、このビル。
まぁ、25年も経ってるからナァ…そんなバカな。
ちなみに私たちが若い頃は、コンサートの時イスから立ち上がるのも禁止されていました。
「飛び上がる」だなんて、それこそ「飛んでもない」…お後がよろしいようで。

370KENJIさんのシャープなベース・ソロや…

280_mgSHUKIさんのスキルフルなドラム・ソロもフィーチュア!

S41a2892 曲は間断なく「A Girl in the City」…

420_fb「One Thing」へと続いた。
もちろん警備の人はあのボードを片手に大変忙しそうにしていた。

300v本編はこの後、「Tokyo Brothers」と「Don't Look Back 」の熱演で全16曲のプログラムを終了した。

470v

440v

450v

460vすごい歓声!

480アンコールは全員お揃いのTシャツをを着て登場。

490「A Girl in the City」の赤いバラ…この曲は本編で演ってしまったのでアンコールでは「Fire」と「On My Way」を披露。

500v

510v

520v

530v全18曲。
いつもコッテコテのヘヴィ・メタルやハードロックだからね~、とても新鮮な2時間でした。
そう、コンサートはこれぐらいの時間がちょうどいい。アンコールを含めて2時間。
「もうチョット聴きたいな~」というところで止めて「また観に来よう!」とお客さんに思わせるのがプロというものです。

540最後は記念撮影。
 
I Don't Like Mondays.の詳しい情報はコチラ⇒Official site
550

200 
(一部敬称略略 2018年11月3日 横浜ランドマークタワー・ホールにて撮影)

2018年12月20日 (木)

CONCERTO MOON~MESSAIAH WILL COME AGAIN TOUR 2018 <後編>


早くもショウは中盤にさしかかり「Between Life and Death」。
こうなると思ってたよ…大興奮の鹿鳴館。
バンドの声が代わろうがナニをしようが、そこにCONCERTO MOONの音楽がありさえすればこうなるのが必定なのだ。
でも、今、この5人でないと、この音楽は作れない。

10芳賀亘

20x島紀史

30vノンちゃんはMarshall 1967MAJORのフルスタック×2。

40三宅亮

50v中易繁治

60v河塚篤史

80v_2 前曲からそのままドラム・ソロへ。

65激しいながらも繊細なドラミングが大きな喝采を浴びていた。

90そして、定番のインストゥルメンタル・ナンバー「To Die for」へとつなげる。

100ココはコッテリとノンちゃんのギターを楽しむコーナー。

120しばらくのインターバルを吹き飛ばすかのような疾風にも似たギター・プレイ。

110きっと思いのたけを指が十分に語ってくれたことだろう。

130v亘くんが戻って「Noah's Ark」。

140_na相変わらず汗ひとつかかないクールな歌いっぷりがスゴイ。
しかし、細い。
人生で一度でいいから私もこういう体躯になってみたかった。

150vノンちゃんもハッシュタグを覚えたそうで…。
私もfacebookやTwitterの他に「marshallamps_shige」というアカウントでInstagramをやっていて、コレにだけハッシュタグっていうのを引っ付けているのね。
何なの、コレ?
サッパリわからんわ。
「#」の後のキーワードを通じて共通の投稿が集まるっていう意味はわかる。いいアイデアじゃんね。
でも、時々スゴイのあるでしょ?
「#ウォシュレットの水圧は弱い方が好き」とか…
「#昔はよくカレーライスにウスターソースをかけていたよね?」とか…
こんなの意味があるのかしらん?
マァ~よくわかりません。
そもそも、ブログを書いて、facebookやらTwitterやらInstagramに更新の情報をアップデイトして、面倒ったらありゃしない。
しかも、あのInstagramってやたらとフォロワーの数が上下するでしょ?
アレはやっぱり、上げられた写真を一枚一枚見て「ん~、チョット違うな…。フォローはやめよう」なんてやってるのですか?そんなにマジなの?
え?ガタガタ言うなって?イヤならヤメろ!ってか?
ヤメたいよ!
ITってある意味では確実に世の中を不便にしている部分もあると思うんだよね~。
そもそも携帯やパソコンがなければ手も足も出ない…なんて、不便なことこの上ないと思うんですけど。
パソコンは「電卓」さえあればいいような気がしないでもないんですが…。
コレはノンちゃんのMCじゃありませんからね。
私のボヤキ。脱線にもなりゃせんわ。
ノンちゃんが使うハッシュタグは「#野暮は言うな」だって。
 
ところで、2019年は「デビュー20周年」ということになっていて、ノンちゃんが発表したところによると…
「20年前の曲を知らない人もいて、新しいメンバーで録りなおしたベスト盤を作ろうと思う。『曲を作らなくてラクでいいね』とか言うなよ!」
 
#CONCERTO MOON #島紀史 #Marahall #野暮は言うな
 

「来年の春にリリースする予定で、ツアーもやります。
その時は3本とかではなくて、20周年にしかできないツアーにしたいと思っている。
イベントがあれば出ます!…イヤ、出させてください!」
 
#野暮は言うな
 
…あ、チガウカ!
イベントにはMarshallと一緒にドンドン出てください。

160ショウは最後のセクションに入る。

170「It's not Over」から…

180このイントロ!
待ってましたの「Savior Never Cry」!

190_snc高い人気を誇るCONCERTO MOONの最近のマスター・ピース。
高いのは人気だけじゃなくて、あのサビのメロディの音程だよね。
アソコを亘くんがどう歌うか…楽しみにしていた。
195コレもん。
サラっと演っちゃった!
210vそして、ノンちゃんの剛速球ソロ!
お客さんも伴宙太並みの捕球能力を持っているので問題なし。
え、結局「『巨人の星』が好きなんじゃん!」って?
イヤイヤ、でも登場人物の名前はヤケクソにカッコイイよね。
花形満とか、左門豊作とか、アームストロング・オズマとか(ベーシストのオズマさんじゃないよ、中日ね)、星一徹とか。
昔のマンガの主人公の名前ってのはステキなのが多かった。
伊達直人とか、力石徹とか、一条さゆりとか、飛葉大陸(ひばだいろく)とか、ハッチとかドロンパやP子ちゃんなんてのもスゴクよかった。
220vさすがに亘くんはまだ若干緊張や遠慮をしているようにも見受けられたが、重責をこなすその姿を見守るノンちゃんの表情は温かい。

225本編の最後!
締めくくりは「Time of Revenge」。
この写真は今回もっとも気に入っている1枚なの。

230_tor興奮のるつぼと化した客席に向かって怒涛のパフォーマンスをブチかました5人!

240v

250v

260v

270v

280v信じられないぐらいの大喝采で新生CONCERTO MOONはファンに迎え入れられたのであった!

290ノンちゃんもホッとしたことでしょう。
何と言ってもエンタテインメントはお客さんがあって初めて成り立つもの。
皆さん景気づけに「お前ら~!イケんのか~!」なんてやってるけど、お客様がもっとも神様に近い産業はエンタテインメントだと思うよ。
お客様ひと柱、ひと柱を大切にするべきです。
それにはいい音楽を作るのが一番。
それにしもノンちゃん、生まれ変わった自分のチームに対するお客さんの反応がこれほど良いなんて、アーティスト冥利に尽きるモノだったのではなかろうか。

300アンコール。
「今日はどうもありがとう!
あ~、今後もメンバーが変わらない…とは言えない。できない約束はしない!
でもこのメンバーでやっていきたいと思っている」
と挨拶をして2曲を演奏した。

310「Father to Son」と新作から「Tears of Messiah」。

320一旦ステージを降りた5人ではあったが、鳴りやまないアンコールに応え、衣装替えをして再登場。
「歴代のボーカリストが歌って来た」というナンバー。

330曲は「Change of Heart」。
CONCERTO MOONの20年の歴史が更に緊密につながった瞬間だった。

340v

350v

360v

370v

380vそして、エンディング!

390ノンちゃんのおなじみのエンディングのルーティン炸裂!

400vやっぱりコレがないと終われない!

9s41a2450 <前編>の冒頭に戻るワケじゃないけど、ホント、ナンカ格闘技ひと試合を終えた感じの迫力に満ちていた。

430CONCERTO MOONの詳しい情報はコチラ⇒Official Site

440お疲れさまでした~!
みんな汗ダク!
しかし、亘くんは最後まで汗かかず…このことを話すと、それどころか「会場のエアコンがよく効いていて寒かったです」だって。
エエ~!?
ますます新生CONCERTO MOONへの興味が募った。

450

200 
(一部敬称略 2018年10月27日 目黒鹿鳴館にて撮影)

2018年12月19日 (水)

CONCERTO MOON~MESSAIAH WILL COME AGAIN TOUR 2018 <前編>

 
元々スポーツが好きな方ではないせいか、マンガひとつ取っても私は子供の頃から「巨人の星」のような「根性もの」があんまり好きではなかった。
でも「ド根性ガエル」は好きだったナ。
しかし、最近は「根性」なんて言葉自体あんまり耳にしなくなったよね。
「根性」といえば格闘技。
それで何でも「格闘技」にしちゃう傾向があるでしょ?
アレがまた気に喰わない。
「アイスホッケーは氷上の格闘技だ!」はまだいいにしても、「将棋は頭脳の格闘技だ!」とか…そんなワケねーだろ!
他にも「柔道は畳の上の格闘技だ!」とかね…あ、コレは正しいわ。
さて、今日の主人公はそんな格闘技のような音楽人生を送っている人…島紀史と彼のバンドCONCERTO MOON。
ま、本人自身も尋常ではない「プロレス博士」なワケだけど、度々発生を余儀なくされるメンバー・チェンジにもめげず、七転び八起き、まさに「格闘技の根性ものドラマ」ようなバンド人生はまさに骨の折れる思いであろう。
…と思ったらホラ。
いくら骨が折れてもチャンと大丈夫なようになっていた。
ちなみにこの「島接骨院」、南千住にある「プロレスの神様 カール・ゴッチ」のお墓にほど近いところにあります。
コレも何かの因縁か?…関係ないか。

10キーボーズにメンバー・チェンジがあり、その後、7年に渡って活動を共にしたシンガーの久世敦史さんが脱退。
やはりバンドの音を大きく作用する「声」の変更は痛い。
しかし、CONCERTO MOONは少しのインターヴァルを経て帰って来たのだ!
「エエ~!まだやっていたの?」と思わざるを得ないアルバム『Messiah Will Come Again Tour』のレコ発ライブが新しいシンガーを迎えてついに締めくくられた。
ウォルト・ディズニーがこう言ったってよ。
The flower that blooms in adversity is the rarest and most beautiful of all.
どういうことかと言うと、「逆境で咲く花は、どの花よりも貴重で美しい」
いいこと言うわ~。
 
いつものオープニングSEが流れ終わり、従来の4人のメンバーがステージに現れた。

20そして…出て来た。出て来た!

30CONCERTO MOONの新しいボーカリスト、芳賀亘。

40vそして、従来のメンバーたち。
島紀史

50v三宅亮

60v中易繁治

70v河塚篤史

80vおお~っと、もうひとつ…CONCERTO MOONといっしょに帰って来たノンちゃんの後のヤツを忘れちゃイケねえぜ。

90Marshall 1967MAJORのフルスタック。
やっぱコレがないとね!

100足元のようす。

110記念すべき1曲目はナンだったか!
人気の「Dream Chaser」だったよ。
「記念すべき」と言っても、すでに大阪と名古屋でこの5人のメンバーでステージには立っている。

120_dc前任者とは全く違うシャープで伸びやかな声。
コレが新しいCONCERTO MOONの音だ!
しかし、「はがわたる」なんて、まず名前がいいね。何せ私は「ジェスロ・タル」の大ファンなのだ。

130この表情!

140このピッキング・スタイル!

144そして、このMarshallトーン!
何も変わっていなくて、自分の方が古巣に帰ってきたような感じがするわ。

145続いて最近作『Tears of Messiah』から「Light in the Shadow」。

150_lts_2リズム隊も水を得た魚のようなみずみずしい演奏。

160この一体感…あたかも、もういきなりピークに上り詰めたかのようだ。

170亮くんもメッチャ新しいメンバーなのにもう完全にハマっちゃってる。

180ノンちゃんのご挨拶。
「オレはめげないぞ!」…いいぞ、いいぞ!
「みんなに歓迎されているようでうれしい」…歓迎してるって!みんな待ってたんだから。
「とにかく早く帰って来たかった!」…そりゃそうでしょう。Marshallが置かれたステージこそがアナタの居場所なのだから。
そういえばこの日、会場へはリハーサルが終わった頃の時間にお邪魔したんだけど、楽屋に挨拶に行ってまず聴こえて来たのがノンちゃんの話声。
もちろん話題はディープ・パープル。
アレが一番CONCERTO MOONが帰って来た感じがしたわ。

190vガツンと時間を巻き戻して1998年のデビュー・アルバム『From Father to Son』から「Surrender」。

200_sr大変だね~、新しいメンバーさんは。
とくにCONCERTO MOONのような歴史を持つバンドは山のような過去のレパートリーを頭に叩き込まなければならないからね。

210…ってなことはおかまいなしにガンガンいっちゃう総帥。
とてもうれしそうにプレイしているノンちゃんの姿を見るのがコッチとしてはうれしい。

220v2人のコンビネーションもいいんじゃない?
ノンちゃん、こんなだもん。

240_rtsコレも1998年の『Fragments of the Moon』から「Run to the Sky」。

250v_やっぱりコレは格闘技か?
荒れ狂うノンちゃんのソロがスゴイわ!

260おお~、やっぱりいい感じ。
お気に入りの1枚。
仲良くやってださいよ~!

270_slmしかし、さっき「レコ発」って書いちゃったど、そうでもないんだネェ。
つまり『Tears of Messiah』の曲でセットリストを固めるのではなくて、コレは新しいCONCERTO MOONのショウケースだね。

280とにかく早くステージに帰って来たかったというノンちゃん。
「この鹿鳴館はCONCERTO MOONのオウン・グラウンドです。できればココで復活ライブを演りたいと思っていたんですが、ありがたいことに鹿鳴館さんが土曜日を空けてくれました。
もう大感謝!」
さすが鹿鳴館!
「オイオイ、『CONCERTO MOONの第ナン期』とか数えるんじゃない!パープルだって4期以降は数えないだろ!」
なるほど。
しかし、考えてみると後づけにしろ、メンバーが替わるたびに「マーク〇」とか「第〇期」なんて数えられているバンドってDeep Purple以外にないね。
イヤイヤ、他はそんなにメンバー・チェンジしないってか?

290MCの後は「Take You to the Moon」。

300_tumノンちゃんはサンバーストに持ち替えだ。

310vそして、コレも人気の一編、「Black Flame」。
アーティスト写真撮ったね~。

320_bf久しぶりのフォーメンション。
バッチリとキマっていたね。

330この表情!
気合いのカタマリ…でしょ?

340vココで亮くんのキーボーズ・ソロ。
そう!ノンちゃんは亮くんを紹介する時に「オン・キーボーズ!」って言ったの。
コレはうれしかったね。
ノンちゃんがちゃんとロックのライブ・アルバムを聴いている証拠。
いつもMarshall Blogに書いているように、ボーカル、キーボード、ドラムがパート名を示す時は、「ボーカルズ」、「キーボーズ」、「ドラムス」と複数形にするのが正しい…ハズ。
Frank Zappaのライブ盤を聴いてごらん。
ザッパのライブ・アルバムにはたいていメンバー紹介のコーナーが収録されていて、必ず上の3つのパートは複数形にしているから。
でも実はこの間、Quincy JonesのA&M盤『Walking in Space』で「Vocal」という表記を見つけてしまったんだけどね…イヤ、とにかく複数形にしましょう。

350_ksこの「♪ムイ~ン」というムーグのサウンドが丸っきりCONCERTO MOONで落ち着くね。
昔のハード・ロック・バンドのキーボーズ・ソロはみんなこうだった。
そして、コレでいいのだ。

360vまた『Fragments of the Moon』に戻って「Holy Child」。

370_hcココまで歌って汗をかくどころか、吐息ひとつ乱さない亘くん。
コレはスゴイわ!

380vそして、この4人の凄まじく気合いの入った演奏!
後半も楽しみだ!

390v

400v

410v

420vCONCERTO MOONの詳しい情報はコチラ⇒Official Site

430<後編>につづく

200 
(一部敬称略 2018年10月27日 目黒鹿鳴館にて撮影)

2018年12月18日 (火)

Far From Perfectワンマン・ライブ~ARISE

 
ああ~、コレはまさしく私のことですな…「FAR FROM PERFECT」。
完璧にはほど遠い「Perfect」に「Imperfect」なのがワ・タ・シ。
おおッと、今日は英語の話は控えておくことにするぜ。

10今日ライブ・レポートはPerfectにお若く元気な「Far From Perfect」というバンドを紹介する。

20Aimie

30vKent

40vyu-ki

20vKUH

50vRin

60vRinくんはNATALのアッシュのツーバス。
フィニッシュはブラック・スワール。

70カッチョいい~。
Rinくんは以前活動していたOz Ram Indioの時代からNATALを愛用してくれているのだ!

80オープニングSEに包まれてステージに姿を現したFAR FROM PERFECT。
本格的に活動を開始したのは2012年。
EMO/POPロック界の注目株だ。

90オープニングは2014年にリリースしたシングル『Novo』から「The Answer」。

100v強烈なビートをたたき出すRinくん。
やっぱNATALスゲエな~、音抜けが尋常じゃない!
そうか、こういうのがEMO/POPロックか…。

110続いて「Time Bomb」
ボーカルズのAimieちゃんはカナダのお方。
ギターのyu-kiくんもシンガポールからの帰国子女というので、今日は英語の話題は一切なしだ。
しからばどちらかというと得意の日本語で一発ディレイルすると…「帰国子女」という言葉は、どうして男女を問わず「子女」か?
不思議に思ったことない?
答えは「子女に両方入っている」なの。つまり「子」は「息子」を指し、「女」は「娘」を指しているので「帰国子女」という言葉は「帰国した息子や娘」という意味になるんだね。
そして、この言葉は親の都合で本人の意思とは関係なく海外に渡航してしまった子供を指す言葉で、子供が自分の意思で海外の学校に行って帰ってきた時は「帰国子女」ということばは使えない。
こういう時は何というか…「留学生」という。
もうひとつ。
「姉妹都市」ってあるでしょ?
コレはナゼ「兄弟都市」と言わないか?
長くなるのでこの話はまたいつか…。

120昨年リリースのシングル『Lost and Found』から「Jaded」。
さらに「Shut Up!」、「You'll Be Okay」、「This City」と毎年リリースしてきたシングルの曲を立て続けに演奏する。

130ガッチリとNATALとタッグを組んでバンドをエモさせる(←こんな言葉を使ってみました)Rinくんのドラミングが気持ちいい!

140vそしてメンバーが着座してのアコースティック・セクション。

.Believe(アコースティック ver)
8.Sometimes(アコースティック ver)
9.My Army(アコースティック ver)

150このセクションではRinくんはカホンをプレイ。

170あのね、NATALにもカホンあるんよ。
海外ではすんごい評判がよくて、ガンガン売れているらしい。

9natal_cajon_hero_image1_2ステージ中央にドッカとあぐらをかいて座るAimieちゃん。
サマになるな~。
アコースティック・バージョンにアレンジした「Believe」、「Sometimes」、「My Army」を熱唱。
日本語のMCが若干べらんめぇ調なのがナゼかシックリくる。

160衣装をお召替えして後半に入る。
会場はもう熱気で大変なことになってる~!
「Everything」、「Space to Breathe」、「Look At Me Now」…

180「Alive」、「Leave Out All The Rest」、「You Are Not Alone」と新旧のナンバーを立て続けに演奏し…

190v「LIFE」で本編全16曲を締めくくった。

200さて、この本編の最後から2曲目に演った「You Are Not Alone」のビデオが公開された。
これは新体制になって最初のビデオ、すなわちRinくんが加入してはじめてのビデオだからして、NATALも出~て~る~!
Rinくん、ありがとう。
是非ご覧あれ!


そして、アンコールは、「D.A.D」と「Tonight」。
盛り上がりに盛り上がったFAR FROM PERFECTのワンマン・ショウ。
EMO/POPロックでもNATALがガツンとカマした夜でもあった!

210FAR FROM PERFECTの詳しい情報はコチラ⇒Official Website

S41a2470

200_2 

(一部敬称略 2018年10月28日 渋谷厚TSUTAYA O-CRESTにて撮影)

2018年12月17日 (月)

私のフランクフルト <vol.5:2011年>

 
2011年、コレが「最後のフランクフルト」になってしまったことを認識して臨んだかどうかは全く覚えていない。
MUSIK MESSEは今も毎年開催されているが、もうMarshallがブースを出していない以上、事実上この時が私にとって最後の「メッセ」となった。

05ロック楽器の展示棟に入ると有名ギター・メーカーとその向かって左に我がMarshallのブースがあるのがお定まりの光景だった。
当時、この展示会はピークを迎えていたんじゃないかな~。
このロック系楽器の展示棟は4階まであって、この入り口に入ったすぐのところが一番いい場所なのね。
Marshallはそのロケーションを長年にわたってキープしていたんだから大したもんです。
それで、以前はこの建屋の4階あたりまで行くと、展示の数も少なく、スッカンスッカンだった。
イヤ、ズッと以前は3階までだったような気もするな…。
でも、この年は全館パンパンとまではいかないまでも、今までに見たことがない数の展示ブースが設置されていて、実際に来場者の数も目に見えて多かった。
この後、数年して檜舞台は上海に移ってしまったんだネェ。
9img_0964この年のMarshallのブース。

10目を惹くClass5のユニオンジャック。

30_2少しずつ造作に変化はあるものの、以前のように2年に1回大幅に展示設備を変えるという方法を採らなくなった。

20変化がないのでブースの造作については書くことがないな…。
こうして何度も海外への出張をしたけど、おかげさまで旅先で寝込んだり、怪我をしたり…なんてことはなかったナァ。
でも、あの時は相当疲れていたのか、ココへ来て口の中を思いっきり噛んでしまったことがあった。
みるみるウチに口の中で血豆が大きくなって、それが破けて口の中が血だらけになり…もうしばらくの間、痛くて痛くて…なんてことはあった。

23そうして幸いなことに一度も病院やお医者さんのお世話になったことがなかったフランクフルトだったが、警察のお世話になったことが一度だけあった。
ドイツ語で警察は「Polizei(ポリツァイ)」。
この独単語は一発で覚えた。
勘違いしないでよ、犯罪を犯したワケじゃない。
このMarshallが入っている展示棟の4階のハジっこに目立たないドアがあって、そのドアをくぐるとビルの事務所エリアになっている。
その一角にあるんだな…ポリツァイが。
閉会の翌日にホテルからスーツケースを携えて空港に行くのが普通の段取りだったのだが、どういういきさつだったのか思い出せないのだが、この時は開催の最終日にMarshallのブースにスーツケースを持っていくことになった。
多分、フランクフルトの後にMarshallの本社に行くことになっていたので、陸路でイギリスに帰るスタッフに頼んで、そのスーツケースを車に乗せて本社まで運んでもらおうとしたのだと思う。
朝、ホテルの前でタクシーを拾い、トランクにスーツケースを入れた。
同僚と車に乗り込み、つい車中でおしゃべりに夢中になってしまった。
コレがいけなかった。
メッセ会場の前にタクシーが止まり、料金を支払い、車を降り、Marshallのブースに向かってスタスタと歩き出した。
そして、「アレ?今日は荷物を持って出て来たような…」としばらくしてから気がついた。
そう、まんまとスーツケースをタクシーのトランクに置き忘れて来たのだ!
もちろん「ヤッベ~!」とは思ったものの、幸いパスポートや財布は別のカバンに入れて身に着けていたし、スーツケースの中にはそれ以降の少量の着替えと汚れた下着ぐらいしか入っていなかったので、下着とバッグはロンドンで買えばいいや…ぐらいにまずは考えた。
とはいえ、もしそのタクシーを捕まえることができて、愛用のスーツケースが戻ってくるのであれば、それに越したことはない。
そこで、古い知り合いのドイツのディストリビューターに努めるウーヴァに相談してみた。
会議では絶対に自分の意見を曲げることのないドイツ感丸出しの強豪な論客だが、こういう時には極めてやさしい。
「そいつぁ大変だ!」と言って、すぐに4階のポリツァイに連れて行ってくれた。
コレが私の人生初のポリツァイ体験。
担当してくれたのはとても若いおまわりさんで、ほとんど英語が話せないのでウーヴァがドイツ語⇔英語の通訳をしてくれた。
同じゲルマン語系言語だからといってドイツ人が皆英語がうまいと思ったら大間違い。日本人ほどではないにしろ、英語ができないドイツ人って結構いるよ。
で、どうしたか?まずはタクシー会社を探すわね。
運転手からもらったレシートをその若いおまわりさんに渡すと、そこに書いてある会社にすぐに連絡してくれた。
電話を切った後の表情が冴えない。
ウーヴァが「どうしたんですか?」と状況を尋ねると、「どうもこんな会社はないようだ」と言うのだ!
一度は諦めようとしたスーツケースだったけど、わざわざポリツァイまで来たとなると、おめおめと手ぶらで帰るのもモッタイない気持ちになって来る。
しかし、その若いおまわりさんがまたとてもいい人で、何やら片っ端からタクシー会社に電話をかけてくれたようで、しばらくしてウーヴァの通訳を介して私にこう伝えてくれた。
「今、そのタクシーは近くにいないが、運賃さえ払ってくれれば4時にこのメッセ会場まで持ってきてくれるそうだ」
私のスーツケースを積んだまま走り回っているタクシーを見つけてくれたのだ!
「ダンケシェーン」しか言えない自分が実に悔しかったが、そのおまわりさんには盛大にお礼を伝えた。
「東南アジアだったら絶対にこうはいきませんよ。ココがドイツでヨカッタですね」って!
そして、4時になって会場の車両専用の出入り口でタクシーが来るのを待っていると、少し遅れて見覚えのあるドライバーが運転するタクシーがやって来たので、約束通りメッセ会場に来るまでの運賃を支払ってスーツケースを返してもらった。
大した金額ではなかった。
スーツケースをMarshallのブースに持って帰ってウーヴァに見せ、丁重にお礼を言った。
「おお!ヨカッタね~!」とウーヴァも一緒に喜んでくれて、私にこう訊いた。
「シゲ、ところで運賃を支払ったのか?」
「そりゃ払ったよ、ココまで持って来てくれたんだから」
「どうして支払っちゃったんだ!」…と、ウーヴァはにわかに不機嫌になった。
彼が言うには、「その運転手はシゲがタクシーを降りるときに『忘れ物がありませんか?』と確認したか?しなかったんだろ?だったらシゲがスーツケースを下ろし忘れたのはその運転手のせいじゃないか!だから断じてシゲが運賃を支払う必要はない!」っていうのよ。
「ス、スミマセン…」と、ま、ウーヴァに謝ったりはしなかったものの、「コレがドイツ流なのか!」と考え方の違いに驚いたのは確かだった。
今、コレを読んでいる日本人の皆さん、どう思いますか?
「お前が忘れ物を確認しなかったからヒドイ目に遭ったんだぞ!」と、仕事を中断してワザワザ会場まで戻って来てくれたタクシーの運転手に言えますか?ま、お金をもらったてスーツケースを運んだ以上、それは割りのいい仕事だったことには間違いないんだけど。
コレが私の唯一のポリツァイ体験。
1polizeiそういえばこの年、前年にロンドンで開催された『HIGH VOLTAGE』というお年寄りのためのロック・フェスティバルに感動した私はMarshallに頼んで、会場に来ていたそのフェスを主催する「CLASSIC ROCK」という出版社の人を紹介してもらったっけ。
その年の夏に再び開催されるそのフェスをMarshall Blogで取材させて欲しいと申し入れたのだ。
建物の中は大層うるさいので、外のベンチに座って打ち合わせをした。
なんでそんなことを覚えているのかというと、すごく温かい日で、ブースに来ていたバーニー・マースデンがアイスクリームをペロペロ舐めていたのが可愛かったからなの。
結局、そのフェスには行かなかったので影も形も残っていない。フェス自体も2回開催してなくなってしまった。
実際、初年度のいい出演者を集めすぎて、2回目のラインナップがあまりもショボくて評判を落としてしまったと聞いた。 
私が行ったHIGh VOLTAGEはホントにすごかった。Emerson, Lake & Palmerや亡くなる直前のGary MooreやArgentを見たのは一生の思い出だ。
そのレポートはコチラ;
HIGH VOLTAGEの思い出 <その1>
HIGH VOLTAGEの思い出 <その2>
HIGH VOLTAGEの思い出 <その3>
HIGH VOLTAGEの思い出 <最終回>

26しかし、この光景なつかしいナァ。

65まだまだシグネチャー・モデルが盛んだった。
ザック、ムスティン、ケリー…

40vレミー、ランディ、スラッシュ…「時の流れ」を感じ得ない。
80v前年に亡くなったロニー・ジェイムス・ディオへの追悼モデル。

50v1942-2010って、ロニーって享年68歳だったのか…。
戦中の生まれだったんだね。
それでも1976年に武道館で観た時は34歳か…。「34」なんて言うとエラく若い感じがするな。私は14歳だった。
歳取ったな~、オレも。

60おお、入り口にJMD:1!
私はこのモデルが好きで、一生懸命プロモーションをした。
発売してから間もない頃、ポール・ギルバートがソロで来日して、このモデルを薦めると気に入ってすぐに使ってくれた。
25
実際にこのモデルを使っていた田川ヒロアキさん等にお願いして、まだそれほど盛んでなかったデモ動画をウェブサイトに載せたりした。
もう知らない人の方が多いだろうから少しだけ話をさせてもらうと、デモンストレーターの皆さんには好きなチャンネルを3つ選んでそれを活用した短いオリジナルのデモ曲を3つずつ書き下ろして頂いた。
その3曲に私が「J」と「M」と「D」が最初に来る曲名を勝手に付けさせてもらった。こういうことをするのが好きなんですよ、私は。
残念ながらもうそのタイトルは忘れてしまったが、ひとつハッキリ覚えている題名がある。
それは「Denbigh Road Run Down」と題したヒロアキくんがクリーン・トーンを使って作ったバウンス・ナンバー。
実はコレはテナー・サックスの巨人、ソニー・ロリンズのImpulse時代の『East Broadway Run Down』というアルバムのパクリなのです。
で、この「East Broadway Run Down」という英語を「イースト・ブロードウェイを駆け降りる」と訳していたのが、かの植草甚一さん。
「Denbigh Road(デンビー・ロード)」というのは、Marshallの工場の前に通っている道路の名前。
お昼になると工員たちはこの道路を通って、みんなでおしゃべりをしながら近くのTESCOというスーパーに買い出しに出かけるワケ。
ヒロアキくんの作った明るい曲が、その楽しそうな姿にマッチすると思ってまさに「デンビー通りを駆け降りる」というイメージだったのね。
ところが、大分後になって気がついたのは、このロリンズのアルバム・タイトルにある「run down」というのはダブル・ミーニングになっていて、「rundown」に「概要報告」という意味があることを知った。
「デンビー・ロード概要報告」という意味で取ってもいいんだけど、ヒロアキくんにはチョット悪いことをしちゃったかな?と思って…。
ああ、スッキリした。
長い間このことをどこかで懺悔しようと思っていたのだ!

Ebrd そうした効果が少しはあったのかどうかは知らんが、日本ではJMD:1の売り上げが他の国より大きかったらしい。
それで会議の時に、世界から集まったディストリビューターの前で「どうやってJMD:1をPRしたか」を演説させられたことがあった。
何の前触れもなく会議中に急に振られてチョット困ったが、マァ笑いは取ったかな…と。
英語で笑いが取れれば上出来、上出来!

70v「SHRED ZONE」か…これからもその面積をキープ、あるいは拡大し続けて欲しいものだ。

75vサイン会の時間が近づくとワサワサと人が集まって来る。

90In Flamesのビヨルン・イエロッテ。
この人、いい人なんだよ~。
何回か一緒になっていて、来日時に滞在していた赤坂のホテルの部屋にお邪魔したこともあった。
このフランクフルトの数年後に幕張で再会した時も「ヤアヤア!」と私の方を抱き込んで挨拶してくれたっけ…私のことなど覚えていないのに。
110vこの年のデモ・ルームのようす。
ジャ~ン、NATAL登場!
この時はまだEDENはMarshall傘下には入っていなかった。

120バーニーがブルースを演ってたけど、ギターも歌もメチャクチャかっこよかったな~。
こんなにコロンコロンになっちゃったけど、ひと度ギターを弾き出したらもう大変。
やっぱり日本人のロック・ミュージシャンが演るブルースとは、トーンやアーティキュレーションが全く違うんだよね。
こういうチョコっとしたパフォーマンスにこそ、向こうの人たちと日本人の間の音楽の歴史や食べ物に大きな差があることを発見するね。
歌もうまいんだよな~。
私のバーニー・マースデンはBabe Ruthであって、Whitesnakeのバーニーは知らない。
どちらかというと、「いつもニコニコしながらアイスクリームを舐めているオジさん」というイメージだっただけに、この時すごく感動したのを覚えている。

130vこの年からMarshallのブースとは別棟にある打楽器エリアにNATALのブースが開設された。

140結局、翌年以降はフランクフルトに行かなかったので、コレが最初で最後の私が見たMESSEのNATALのブースということになる。
こうして見るとエラく立派だったんだナァ。

160vNATALの原点であるパーカッション類もズラリ。

170エルトン・ジョンのバンドでドラムを叩いているというスイス・クリスというドラマーがデモンストレーションをしていた。
なかなかのコワモテさんだったけど、クリスはある理由で大変な日本ビイキで、私にはやたら親しくしてくれた。

180v1965年創業のイギリスの名門パーカッション・ブランドはいえ、当時日本に入って来なかったため、この頃はNATALの名前を知る人といえば、私をはじめとしたMarshallの関係者と私の家内ぐらいだった。
それがおかげさまで、今となってはドラマーさんたにちはもちろんのこと、ドラムスを演奏しない一般のロック・ファンの間にもその名前が浸透してきて、本当にうれしい限りなのです。

150ビックリしたのはヴァイオリンの武藤さん。
当時、和佐田竜彦さん、そうる透さん、小川文明さん、田川ヒロアキさんらと組んでいたSPICE FIVEというセッション・バンドに参加していたのがヴァイオリニストの武藤祐生(ひろお)さんで、何の予告も情報もなく本当にいきなり会場でバッタリと出くわしたのだ。
武藤さんはお使いになられているエレクトリック・ヴァイオリンのデモンストレーターとしてメッセに参加されていた。
バッタリ出くわした武藤さん、すかさず「ドイツ人のお友達はいませんか?」とおっしゃる。
この時は東日本大震災の発生から2週間ほどしか経っていなかった。
武藤さんはその犠牲者や被災者に捧げる詩のドイツ語訳を持参していて、現地在住のネイティブのドイツ人にその詞を朗読してもらい、録音して自分のステージで流したい…ということだった。
ドイツで困ったらすぐウーヴァ…ということで、ポリツァイの所で登場したウーヴァに頼んでみた。
彼は話を聞くと即座にOKしてくれて、武藤さんが持って来たレコーダーにその詞を吹き込んだ。
そして、武藤さんのヴァイオリンとともにウーヴァの朗読が会場に響き渡った瞬間が下の写真。
コレがよくヒロアキくんが時々思い出したようにステージで歌っている「♪ドイツでバッタリ~!」の真相。
「♪ドイツでバッタリ~!」は大変感動的なシーンだったのだ。

190vこの時は珍しく夕方からフランクフルトの繁華街に出かけた。
Marshallではないメーカーのパーティがあって、その会場に出向いたのだ。
ホラ、またロッキー・ホラーをやってる。
ホントに向こうの人はロッキー・ホラー好きだよ。

200vミュージカルの『Tommy』もフランクフルトに来たんだね。
日本は演らなかったでしょ?

210v桜のような木が美しい薄暮のフランクフルトの繁華街。
でも、どこか冷たい感じがする街なんだよな~。

220パーティの会場はなかなかのモノだった。

230昔は食料品の貯蔵庫、戦時中は防空壕というところかね?

240なんかドイツ感満点?

250トイレに行く通路もこの通り。

260このシリーズの最初の方の回で…フランクフルトという街は、「世界でも最も多くの人種が交錯している危険な街なので、夜のひとり歩きは厳禁」とMarshallのベテラン・スタッフに諭された…と書いた。
そんなことがあったので、仲間が滞在するホテルから離れた繁華街を夜間にひとり歩きするようなことは一切しなかったが、この時はひとりではなかったので酔い覚ましに少し夜の街の散歩を楽しんだ。
私のような品行方正な人間にとって、明るいうちに見ておもしろくない街は、夜もおもしろくないワケで…。
でも、この建物は昼夜を問わず目を惹いたな~。
「旧オペラ座(Alte Oper Frankfurt)」は1880年だからそう古いモノではない。
…と言いたいところだが、元の建物は1944年の連合軍の空爆によって廃墟と化してしまい、一時は撤去されそうになったが、「ドイツ一美しい建物」の呼び声も高かったため、市民の抗議や寄付金によって外部を完全に復元する形で1981年に復活した。
その際、内部は従来の歌劇場の様式ではなく、多用途に使える普通のコンサート・ホールにしたそうだ。

2701880年のオープン時のコケラ落としはモーツアルトの『ドン・ジョヴァンニ』で、時のドイツ皇帝ヴィルヘルム1世と皇太子(のちのフリードリヒ3世)らが客席にいたそうだ。
その後、ワーグナーの最新作や、リヒャルト・シュトラウス、プッチーニなどの著名なオペラが次々に上演された。
カール・オルフの『カルミナ・ブラーナ』も1937年にココで初演されたんだって。
『カルミナ・ブラーナ』もサ、初めて聴いた時は「カッコいい!」と思ったけど、テレビのそこら中で安易に使われているもんだから、最も聴きたくないクラシックの曲の筆頭になっちゃったよ。
「それではお答えいただきます!」みたいな大決心のシーンでは必ず「カルミナ」じゃん?…ウンザリ。
ロックでは「B〇〇n」、ジャズ/フュージョンでは「S〇〇〇n」、クラシックでは「カルミナ」。
コレが私の「3大耳タコ曲」。家では絶対に自発的に聴かない。
世の中、他にもいい曲がいっくらでもあるんスけどね~。

280下は駅前にあった中華料理店でのひとコマ。
ホテルの近くにも中華料理屋があって、以前ニコ・マクブレインなんかと食べに行ったことがあったんだけど、マ~ズくて、マズくて…。
ある時駅前を歩いていて、ゼンゼン中華風ではない出で立ちのこのお店を見つけて入ってみた。
餃子が恋しかったんだね。
お店に入って早速餃子を注文すると、中国人のウエイトレスが「大丈夫ですか?」と訊いてくるんだよね。
「ハ?ナニが?」と尋ね返すと「量が多い」と言う。
こっちは腹ペコだったし、恋しい餃子がもうすぐ食べられるとあって「ゼンゼン大丈夫!」と答えたものの、出で来た餃子を見て驚いた。
直径5cmはあろうかという真ん丸でキツネ色の物体がすき間なく皿一杯に乗っかっている。
数えると19個!
それでも行けちゃうような餃子ラブ。
しからば醤油に、ラー油タップリとお酢少々…と。
ところが!ないのよ…それが。
テーブルの上に乗っていのは、大きめの醤油さしのようなガラス容器に入った黒酢のみ。
この黒酢だけで喰えっていうワケよ。
「エ~!酢は苦手なんですけど~!」と思ったけど、食べてみたらとてもおいしくて19個ペロリ。
 
…ということがあったので、この年も予定が空いていたので「世界中どこへ行ってもやっぱり餃子とビールでしょ」なんて言いながら、その中華料理店に行った。
予定通り、ビールで餃子を流し込んでいると、若い女性が「あの~、おひとりですか?」といきなり声をかけてきた。
流ちょうな日本語だったので「はい、そうですよ」と答えると、「ボク、日本語の勉強をしているんです。日本語の練習をさせてください」と、その女の子が勤め先の名刺の漢字表記の自分の名前にカタカナで読みがなを振って私に差し出してきた。
名刺を見ると、メッセに出展している台湾の会社の方々だった。
そして、「一緒に飲みませんか?」と誘ってくれるので、ホテルに帰っても寝るだけだし、ありがたくお誘いを受けることにした。
そしたら、盛り上がっちゃって、盛り上がちゃって!
ナニでそんなに盛り上がっちゃったのはサッパリ覚えていないけど、日本語と英語が飛び交って、メチャクチャ楽しかったナァ。

290もうとにかく飲め!飲め!とエライ騒ぎになっちゃって、最後にお勘定の一部を支払おうとしたら、ガンとして一銭も受け取らない。
押し引きしていても仕方ないので、お言葉に甘えてこの場はありがたくごちそうになった。
翌日、この方々のブースを探し出して、余分に持って来ていたお土産をお渡ししてお礼に代えさせてもらった。
下の写真以外にも全員とツーショットまで撮っちゃいましてね。あまりにも恥ずかしいのでココには載せない。

300コレで「私のフランクフルト」は終わり。
ま、酒席の写真で終わるのもナンなので、ゴメンナサイ、「スピンオフ」と称してもう1編だけ記事を上げさせてください。
それはオールド・ロックファンに、多分、楽しんで頂けるような内容になるハズ。

285<次の『スピンオフ』でおわり>
 

200 
(一部敬称略 2011年 Frankfurt Musik Messeにて撮影)

2018年12月13日 (木)

月夜の演奏旅客団2018 <後編>~D_Drive

 
シンガリの「演奏旅客団」、転換中。
組んではバラし、バラしては組み…一体今まで何回この作業をしたことだろう。
そりゃ面倒だけど、自分の音楽を自分の音で演るためだから仕方ない。

05そして今日も4人は舞台に立った!

10『月夜の演奏旅客団 2018』のトリを務めたのはD_Drive!
オープニングは「Attraction 4D」。

20Seiji

20vYuki

30vToshiyuki

40vChiiko

50v今日もサビのメロディが華麗に響き渡る!

55Seijiさん作のD_Driveのマスターピースのひとつ。

0r4a0337 次いで迎え撃つは…イヤ、別に勝負をつけているワケではないのだが…Yukiちゃん作の「Drive in the Starry Night」。

60v_dsn_2コレを2曲目に持って来るのは比較的珍しいのでは?
80何と言っても曲後半のタメのフォーメーションが見もの。
今日もピッタリ合わせました。

70リズム隊は今日も絶好調のドライブっぷり!

85vイヤ~、やっぱNATALの音が素晴らしいね。
D_Driveサウンドを間違いなくアクセルレイトしてる。

86v「皆さん、こんばんは~!ザ・ヒーナキャットと、exist♰traceと、D_Driveと、こうしてこのイベントを開催することができてとてもうれしいです!
楽しみにしていてくれましたか?
残りはもう少しですけど最後まで楽しんでいってください!
盛り上がっていることとは思いますが、ココでバラードを1曲お送りしたいと思います」

90vそのバラードとは「The Shape of Your Life」。

100_solYukiちゃんがお姉さんをイメージして作った曲。

110vそれだけに指先に込められた情感も豊かだ。

120ガラっと変わって「The Last Revenge」。

130_lrコレもD_Driveのマスターピースのひとつといえよう。
この曲はね、ハードロック然としたオールド・スクール風のギター・リフに耳が行きがちなんだけど、Aメロの旋律がいいんですよ。
まるで詞が乗っているかのような歌心なのね。
しかし、Seijiさん、細くなったな~。

140vテキパキと寸分の狂いも出さない精密機械のようにリフをキメるChiikoちゃん。
その所作は見ていてとても気持ちいい。

150vココでMCメンバーからのコメント。
「政府が科学研究の補助金を削減しているので、これから日本人はノーベル賞が取れなくなる」とか、「たくさんの部品を納入しているHUAWEIの事件は日本経済にとってシリアスな問題だ」とか、「岩手の雫石町は民間企業が水道管理をしていて、水道料金の値上げを認めなければ来週から水道を止めると住民を揺さぶっている」とかいう話…はなかった。
イヤ、なくていいんですよ。
「ボクはサンダースネイクが3回目」とか、「前回から3年経っていて驚いた」とか、「再びこの3バンドでできてうれしい」とか、そんな感じ。
しかし…東日本大震災以降、IT技術の進歩と並行して、本当に世の中がおかしくなったように思う。
私利私欲とズルばかり。食べ物もおかしいし、子供を産んで幸せに暮らすことが一番難しいようなこの国の近い将来の行く先が心配で心配でしょうがない。
こういう時こそ言えばいいんだよ…「OK、ゴーグル、もっと明るい未来が期待できる世の中にして!」って。
ひとつだけ皆さんに覚えておいて頂きたいのは山下達郎さんの言葉…「平和でなければ音楽もできやしない」
 
といいつつ、次はスッカリ攻撃なナンバー。

170_grYukiちゃん作のドラゴンボールのテーマソング(仮想)、「GEKIRINー逆鱗ー」だ。

180vこの曲はよく育ったね。
最初の頃と曲の聴こえ方が違うんだよ。

190きっとD_Driveの重要レパートリーのひとつとして演奏され続けていくことだろう。

200vそしてコレ。

210_hpすなわちコレ。

220最後は「1,000,000 hp」で大暴れ!

230前にも書いたけど、踊り狂うSeijiさんをサポートする他のメンバーも実は面白い。

240余裕のチーさま。

250vそれとは対照的にひと時たりとも力を緩めないToshiさま。

260vそして、大勢の観衆の手を心を鷲掴みにするSeiさま。

245Seijiさんは踊りだけじゃなくて、チャンとギターも弾いてますからね~。

270vやっぱりナニをどうしたってコレは盛り上がるな~。
こんなの海外でやったらウケたりするかね?
こんなことやってるインスト・バンドは世界広しと言えどもD_Driveだけじゃん?

246vアンコールは「Voices」。

280ご存知SONY XperiaのCMソング。
この曲のビデオはココ、Thunder Snakeで撮影された。
もうあれから1年経ったもんね~。
そんな思いで演奏に集中する4人なのであった…かどうかはわからない。

290v

300v

310v

320vさて、そんな年の瀬、D_Driveの2019年のカレンダーが出来したよ~!
ワタクシが撮ったおサシンがたくさん使われています。
ありがとうD_Drive!

90r4a0891 おっと!
今日はヘンだと思ったでしょう?
そう、機材の紹介がなかったよね~。
今からやりますよ~。
と言ってもほぼいつもと同じ。

330まずはSeijiさん。

340Marshall JCM2000 DSL100EC。
昔むかし、私が日本限定50台でMarshallに特別注文して製造したうちの1台。
そしてスピーカー・キャビネットは1960BX。

350v続いてYukiちゃん。

360vJCM2000 TSL100と1960A。

370vToshiくん。

380vEDEN WT-800とD410XSTが2台。

390v一番上に乗っているTerra Nova TN501はスペア。

400最後にChiikoちゃん。

410vナタ~ル!
そういえば、ToshiくんはライブでEDENのことを「イードゥン」と正しい発音で紹介してくれることで有名だが、この「NATAL」という名前もひと癖あって、私の耳にはネイティヴの人の発音が「ナタール」と頭に小さい「ン」が付いているように聞こえて仕方ないのだ。
本当は、「タ」は「タ」と「ト」の中間ね。コレは日本の文字では書き表すことが出来ない音なので「タ」にしておいた。

420スネアもマッチド。
シェルの材質はウォルナット…つまり「くるみ」。

430D_Driveの今週は14日の金曜日に『D_Drive 感謝のワンマン祭り』と題した単独公演。
場所は大阪心斎橋はBig♰win Diner SHOVEL。
今年最後だそうですので平成最後のD_Driveをお見逃しなく!

D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive Official Web Site

90r4a9644 

200_2 

(一部敬称略 2018年10月13日 厚木Thunder Snakeにて撮影)

2018年12月12日 (水)

月夜の演奏旅客団2018 <前編>~exist♰trace & ザ・ヒーナキャット

 
『月夜の演奏旅客団』というイベント。
あ、今日も「団」だな…。
「団」といっても、新聞を取るようしつこく食い下がったりすることはしないのでご安心を。
実力派が会するトリプル・ヘッドライナー・イベントだ。
前回は2015年だったというから3年ぶりの開催だ。
 
まず手旗を携えてステージに上がったのはザ・ヒーナキャット。

10_2ひーちゃん

20v_2ちの

30vいのちん

40v_2ザ・ヒーナキャットはD_DriveのChiikoちゃんのドラムスで2016年の『NAONのYAON』に出演した時のレポートで一度だけMarshall Blogにご登場頂いたことがあった。
残念ながらMarshallをお使い頂いていないでご登場の機会がないのだが、今日はドラムスがNATALということで…。

50_2野音の時は「オープニング・アクト」としての出番だったので、持ち時間が少なかったんだよね。
しかし、今回はタップリとその魅力を爆発させてくれた。
70_2実はMarshallをお使いでないので、大変失礼ながら「このレポート用に写真を数枚撮っておけばいいや」ぐらいの気持ちで臨んだワケ。
ところがですね、出て来る曲、出て来る曲、どれもが魅力的でマンマとハマっちゃったんだよね~。
最後までジックリ拝見させて頂いてしまった!
60_2例えばこの「♪ランランリリン」ってフリを交えて演る曲。
いいね~、実にいい。

80我々世代だと金井克子を思い出さないこともなかろうが、そんな懐かしさとわかりやすさが実にシックリくるのだ。
言い換えると「一緒に歌える」ということかな?

90_2そしてこのゴシックな出で立ち。
「このアンバラス加減がいい」なんてことを安直に言いたくはない。
メタルばかりがゴシックじゃない。
そもそも「ゴシック(Gothic)」は昔むかし、12~15世紀にヨーロッパで重用された建築様式だからしてトラディショナルな歌ってもなんらアンバランスなことはないのだ。
しかし、耳に付いたわ~、この曲のメロディ。

100ひーちゃんはピアノでも1曲。
音程が実に正確な歌いっぷりは聴いていてすごく気持ちがいい。

110_2そして、フロントの2人をバッチリと引き立てるNATALのドラム・サウンド。

115影MCが「今日は3つのバンドそれぞれが、別の世界を持っております。ヒーナキャットの世界にドップリと浸かってみませんか?」ってやってたけど、浸かったわ~。
そう、やっぱり他と同じことをやっていたのではラチがあきません。
今の若いバンドさんたちは「人と同じことをやる」のに一生懸命になっているように見えるからね。

120_2楽しい時間が過ぎるのは早いもので…最後は「恋がしたい」。
この曲、レコーディングのドラマーは浩二さんだったのか…聴いてみたいな。

125この曲は野音でも演っていたのを覚えている。

135そうそう、このタッピングが印象的だった。

130_2スッカリ震えて楽しませて頂きました!

140続いてステージに上がったのはexist♰trace。
Marshall Blog久しぶりのご登場!

150ジョウ

170miko

180mikoちゃんはMarshall。
愛用のJVM410Hと1960Aだ。

190_2乙魅

200今日は乙魅ちゃんもMarshall。
JCM2000 DSL100と1960A。

210_2猶人

220そしてMally。
このチームはメンバーが長い間変わらなくていいね。
とってもいいことです。

230_2「さぁ一緒に創造しよう!私たちと君たちとの最高のショウを!」とスタートしたオープニング曲は「WORLD MAKER」。

160続けて「DREAM RIDER」。
しばらくぶりのイグはアンサンブルが信じられないぐらい強固になっててビックリ!
すごい音圧なのだ!

250「どれぐらいぶり?2015年?
皆さん、お久しぶりですね。D_Driveとの対バンもそれぐらいぶりかな?
さまざまな壁を乗り越えてココに帰って来ました。
今のexist♰traceを見てください。そして楽しんでください。
みんなも演奏旅客団の一員です。一緒に奏でて行きましょう!」

2603曲目はブっ飛ばして「GET BACK」。

310_2お客さんの迫力の声も混ざって大盛り上がり!

360そして、4曲目の「SHOOTING STAR」へとつなげた。

280メンバーの名前を呼ぶお客さんの絶叫がスゴイ!
そうだ、イグはビジュアル系ガールバンドだった。
久しぶりだな~、こういうの!

290少し落ち着いて「selection」。

300そしてドカンとぶっ放す「THIS IS NOW」!

320そういえばずいぶん前にMallyちゃんにNATALを叩いてもらったのもこの舞台だったな~。
汗ダクの激演!
バスドラのヌケがスゴイ。

330イグ名物のツイン・ボーカルズの片翼を務め、ギターもバリバリのmikoちゃん。
時にパワフルに、時にヒラヒラと…カッコいいわ~。

340「今日はステキな夜をありがとう!だからステキという言葉だけで終わらせたくないんですね。最高の時間を過ごした証をこのステージに残していきましょう!
ひとりひとりのパワーをブツけて来てください!」と最後のセクションに突入。

350_2すさまじいパワーで「POWER OF "ONE"」、「RAZE」、「SKY」の3曲をお見舞いして持ち時間を終了した。

270exist♰traceは年明けの1月19日、渋谷TSUTAYA O-WESTで単独公演を開催する。
その前にも「Connect to EXIST♰TRACE」と題したライブがいくつも予定されているのでよろしく!
 

exist♰traceの詳しい情報はコチラ⇒exist♰trace Official Web Site

370<後編>につづく

200 
(一部敬称略 2018年10月13日 厚木Tunder Snakeにて撮影)

2018年12月11日 (火)

犬神サアカス團単毒公演 『ケルベロスの狂宴』

  
あああああああああ~、もうかよ~!もう楽園かよ~!…と毎回驚かざるを得ない早さでやってくるこの『バカエキスポ』。
Marshall Blogで他にもいくつかのアニュアルなイベントを取材していて、巡ってくるたびに1年の早さに辟易しているのだが、ナゼかこの『バカスポ』は群を抜いた恐ろしいまでのスピードでやってくる。
今年の単毒公演のタイトルは『ケルベロスの狂宴』。

10「ケルベロス」というのは、ヘシオドスによるとテュホンとエキドナの子供で、レルネーのヒュドラやゲーリュオーンの牛の番をしているオルトロスの兄弟だ…ってオマエ一体誰だ?!
本当にこの神話に出て来るキャラクターってのは洋の東西を問わず、複雑怪奇で覚えるのに大変厄介なシロモノだ。
最近、「古事記」を読んだが、もうダメ。
恥ずかしながら幼稚園生に読み聞かせるような「日本メッチャ昔ばなし」みたいなバージョンで読んだんだけど、日本は八百万の神の国でしょ?
もう神様がやたらと出てくる。
ナニせ滑っても、転んでも、はたまたウンコをしても、ゲロを吐いてもそれが全部神様になっちゃう。
そして、その神々の名前がすべて複雑でとても一回では覚えられない。
加えて変なクスリでもやってるんじゃないか?と思いたくなるほど、ストーリーが無責任で荒唐無稽すぎるのね。
日本国歌の「君が代」の「キミ」が、「イザナギ」の「ギ(=キ)」と「イザナミ」の「ミ」だってことは知ってるでしょ?
とにかく、この話の根底にあるのは、「子孫繁栄」ですな。
人間も動物。
子孫を絶やさないことが「生まれてくる一番の目的」ということを言っているんだと思う。
ところがですよ!
驚いちゃったんだけど、「少子高齢化対策大臣」ってポストができて15年になるんだって。
その間に大臣を務めた人の数ってナント!22人にもなるんだってサ!
テレビでやっていたんだけど、どうも政府は「もうナニをやっても無駄」と、「少子化対策」にはサジを投げたらしい。
ハイ、政治に関することはこれ以上はもう書かない。
 
で、ケルベロス。
ギリシアやローマ神話のキャラもホントにムズカシイ。インドもスゴイ。
英語を勉強していると、そうした神話に語源を持つ単語に時折出くわすが、この神話キャラの英語名ってのが読み方がまた大変にムズカシイ。
何の知識もなく英語圏の人とその辺りの話をすることは恐らく不可能であろう。
というのは、コレも以前に書いた話だが、かつて「ケンタウロス」をアメリカ人に伝えようと、あの手この手で発音をしてみるが、一向に伝わらない。
仕方ないのでその時は話を切り上げたが、30分後ぐらいにその話の相手が私のところに来て「シゲ、さっきのヤツ…もしかした『セントワ』のことをいっていたのか?」と言う。
今度はこっちがわからない。
ま、銭湯は大スキだが「セントワ」とはナンダ?とチョット考えて「ケンタウロス」に思い当たった。
だからこの「Kerberos」も大変なことになるのでは?と期待して調べたところ、「ケーベロス」的な普通の発音だった。
大変なのはコイツの出で立ち。仕事は「冥界の番犬」。
人相…イヤ、犬相の悪いこと、悪いこと。
アタマが3つあるんだって。
胃袋はひとつなのかな?ダイエットが大変だぞ。「オイ、お前喰うなよ!オレたちはガマンしてんだからよ~!」なんてアタマ同士でケンカになったりしてね。
胃袋がひとつだとしたら、どれかのアタマが痛くなってバファリンを飲んだらアタマ全部に効くのかしら?
…なんてことはどうでもいいか?
昔、金沢に「ケルベロス」っていうなかなかいいバンドがいたんだけどね。ギターのアキラくん、どうしてるかな?

9cerさて、「ケルベロス」がわかったところで単毒公演。
まずはおなじみ「お笑い劇団 あぁナルティックシアター」主宰の橋沢進一からご挨拶。
20v目の前でカメラのシャッターを切る私を「ブログの写真を撮る写真屋さん」と呼んで頂いて、大学同窓生4人組を紹介してくれた。
すなわち、橋沢さん、ジョニーちゃん、ジン兄とブログ写真屋の4人。
橋沢さんは私の大学の後輩…ということは何年か前に知ったんだけど、学部も同じだったとは知らなんだ。
学科はゼンゼン違うけどね。
実は今回その4人で記念撮影をしようと思っていたんだけど、思いっきり忘れて帰って来ちゃった。

0r4a9143 そして恒例のコント・コーナーへ。
今回はココ何回か続いた「いつ・どこで・だれが即興芝居」と趣向を変えて、「〇〇〇〇ゲーム」。
こういうのナンて言うの?
予め橋沢さんのジェスチャーにキーワードを結び付けて置いて、選手(?)は橋沢さんが取るポーズについているキーワードを即座に言い当てる…というシンプル極まりないルール。
まぁ、原理的には「赤上げて、赤下げないで白上げない」みたいなヤツ。

30キーワードはカンテラ、カステラ、バッテラ、バッテリーと似たような言葉を並べる他に、頭なんてそのままの単語や、静岡なんてゼンゼン関係ない言葉もいれておくからサァ大変!

50そして、橋沢さんのこの激演!さすが演劇!

40v気転の利くジョニーちゃんもしどろもどろに…。

60大変だったのは、予想通り凶子姉さん。

70キーワードを増やして余計ややこしくしちゃえ!

80v真剣に取り組む凶子姉さん!

90当然のマイペースが笑いを誘う。

100vハイ、お疲れさまでした~。
第1部終了。

110そして休憩を挟んで第2部がスタート。

120今日も犬神さんのサポートをするのはMarshall、NATAL、EDEN。

130犬神凶子

140v犬神情次2号

150v情次兄さんはJCM800 2203に2×12"スピーカー・キャビネット1936。

160v犬神ジン

170vジン兄はEDEN Terra Nova TN501に4×10"スピーカー・キャビネットのD410XST。

180v足元のようす。
ペダルボードがかなり遠慮がちに壁にピッタリと接している。
コレ、本番でもこのポジション。
おバアちゃんに相談したワケではないが、「生活の知恵」が生み出した究極の省スペース・セッティングなのだ。

190犬神明

200v明兄さんはNATAL。
ナタール、ナタールって10回言ってみて。
ナタール、ナタール、ナタール、ナタール、ナタール、ナタール、ナタール、ナタール、ナタール…ハイここはどこ?
そう、ステージの上。
犬神サアカス團のライブ会場にはNATALのドラム・サウンドに満ち溢れているのだ!
イヤ、「ナタール」を10回も口にすれば名前を覚えてもらえると思ってサ。
今、来てるからね、NATAL。
来年ぐらいにはドッカ~ンじゃないの?

210今日の1曲目は「新宿ゴーゴー」。

220_ggソリッドな犬神式ハードロック・サウンドが今日も小気味よい。

230『新宿ゴーゴー』もこないだ出たばっかりだと思っていたのに、ナンカこの曲なんてもうすっかりスタンダードみたいだもんね。

240vこの4人の旺盛な創作意欲がそうさせるのだ。
2曲目も同じ。

250_eh『新宿ゴーゴー』から「栄光の日々」。

260v「あらためましてこんばんは!毎年恒例…と言っても、もう何回目なんだろう?10回はやったよね?」
橋沢さんから「11回目です!『バカスポ』が今年11回目で犬神さんは最初から出て頂いているから」
スゴイね。
イベントを10回続けるってスゴイよ。
来年の11月に開催する予定の「日本のMarshallの祭典」あるいは「動くMarshall Blog」、Marshall GALAなんてようやく2回目だからね。
でも数え切れないぐらい多くの皆さんから「またやってください!」というリクエストを頂戴して来ていて、うれしい限りなのだ!

270v次は旧作コーナーで、まずは「運命のカルマ」。

290vそして、「赤猫」。

300v_anジョニーちゃんのソロの傍らで行われるルーティン。

310そして「自殺の唄」。

320_juアリス・クーパーに「I Love the Dead」という死体愛好家の曲があって、初めて歌の意味を知った時は驚いたけど、この曲も初めて聴いた時はビックリしたね~。
「入水」っていう言葉は、自殺に使う時は「じゅすい」って読むんだよ。
他に「入内(じゅだい)」なんて言葉もあるよね。「スターウォーズ」じゃないよ。

330v「立て板に水」のごとくおなじみの曲を演奏して単毒公演は中盤に差しかかる。

340v「9月の26日に新しいアルバムが出ました。もう聴いてくれましたか?今日は発売後初のライブです」
そうか…そうだったんだ。
ということで、(当時)新曲のコーナーに突入した。

350もうレコ発ツアーも終わってしまったけど、とにかく新しいアルバムは『東京2060』。
犬神サアカス團が近未来を切々と歌い上げる佳作。
しかし、2060年なんて、バカスポたった42回分でしょ?そんなのアッという間に来ちゃうよ。

360cdまずは「ロックンロールを唄いきれ」。

370v_rruホントに歌の通りだよね~。
仕方ない。芸人とはそういう商売なのだ。
イヤならサラリーをなさい。試験を受けて公務員をなさい…という犬神のテーマ曲とも言えそうな心にしみる1曲。
ちなみにレオ・セイヤーに「The Show Must Go on」という有名な曲があるけど、あれは「ショウを続けなければならない」という歌なんだけど、「ツラくてもうできない!」という弱音の歌ですからね。
決して「でもがんばるぞ!」という歌ではありません。

380今日も2203の乾いた音が素晴らしい。
正統派のハードロックには正統派のギター・サウンドを!
つまり、Marshallが出すギターの音だ。

390vホラ、腕章が『2060』バージョンになってるんだよ。

400続けて「月夜に踊れ」。

410vさらに「奪え」と続けた。

420vしかし、今度のアルバムにも今後の犬神スタンダードになりそうな曲がたくさんツマってるよね。

430「月夜に踊れ」で使うキラキラのヤツの話から、また物販んで「ひと儲け」の話に。
ホントもう少しミュージシャンが音楽で喰えるような世の中になってもらいたいよネェ。
元来自分の好きなことをやって生計を立てようというのだから、そりゃ売れなくても文句のひとつも言えた義理でもないのが芸術家ってもんですよ。
でもあまりに格差がスゴすぎる。ロックがビジネスになっちゃったので余計そうなんだよね。
とにかくミュージシャンは曲を作ってCDを売るのが仕事で、グッズ屋じゃねーんだからよ~!
誰がこんな世の中にしてしまったのか…スティーヴか?元を正せばアランか?
今思いついた!
アルフレッド・ノーベルは自分が発明して大儲けしたダイナマイトが兵器に使われてしまったことを悔いて私財を供して「ノーベル賞」を始めたワケでしょう?
しからば、音楽をタダにしてしまったIT屋は多くのミュージシャンに詫びるべく、何かミュージシャンに富を還元するイベントでもやったらどうかね?
音楽をタダにした分、間違いなく大儲けしているヤツがいるんだから。
その名も「ゴメンねロック・フェスティバル」…略して「ゴロ・フェス」。
でもドームでコンサートをやっているような連中は一切出さない。
無名ながらも本当にいい音楽、自分たちだけの音楽をクリエイトしているバンド、もしくはロックの本質をアッピールしているようなバンドをかき集めてにぎやかに開催する。
いくらでもMarshallは手伝うよ。
無名のバンドでは動員がムズカシイって?
そんなの金を使えばいくらでも人なんて集められるってば!

440もう1曲、新作から「おやすみ」。

450_oyウツボ柄の足袋がかわいい凶子さん。

460この日は10月10日。
「テンテン」だからだそうです。
「テンテン」はどちらかと言うとお囃子ですな。「天突く、天突く」ってね。

465それで、ドラムの日を記念して明兄さんの血と汗が染み込んだ、メンバーのサイン入りコントロール・サウンド・スネア・ドラム・ヘッド(14")がお客さんにプレゼントされた。

466さて、ショウは後半!
「盛り上がっていくぞ~!」

470_arrrまずは「暗黒礼賛ロックンロール」でドカンといった!

480vココでもジョニーちゃんのトラディショナル・スタイルのソロが炸裂。

490vハイ、ステージ下手はまたコレ。

500コレも名曲だよね…「花嫁」。

510v_hyそして最後は…やった、「ドグマの呪い」だ~!

520疾駆する明兄さんのドラム。
575vキリリと引き締まった凶子姉さんの歌声。

540vベース・アンプに上るジン兄さん。
EDENのキャビネットはアホほど丈夫だから大丈夫よ!

550vそして、思いっきりドライブするギター!
この曲好きなの。

560そして、ジン兄ジャ~ンプ!

570vそしてアンコール。
「この曲を全力で演奏します!」

580演奏したのは「ロックンロール・ファイヤー」。

590この日、ジン兄のアクションがスゴすぎて、それを見ていた凶子さんと目を合わせて笑ってしまったのだ。
ジン兄はいつもスゴイけどね。

600今日も盛り上がって~…

610ペロリンチョ。

620vあのね~、あのデスね~。
実はこの日、すごくうれしいことがあったのです。
会場で私に声をかけてくださるお客さんの数はバンドさんによってすごく差があるということを何回かココに書いているんだけど、犬神さんのライブはゼンゼンだったの。
ところが、私が安全でノーマルな普通のオジちゃんであることが伝わり出したのか、何人かの方がご支援の声をかけてくださるようになってきたのね。
コレ、とてもうれしいんです。
やっぱりたくさんの方に楽しんで頂いていることがわかれば、やっていて張り合いも出るからね。
でね、この日「あの浅草のヤツどうなったんですか?」と、「続編が楽しみ」というお客さんが何組かいらっしゃったのだ。
コレはかなりうれしかったね~!
アレ書くの大変なんですよ。チョット書くにもたくさんの文章を読まなくてはならないもんだから。
実はもう止めちゃおうかと思っていたんだけど、楽しみにしていてくださる方がかくもいらっしゃるということであればまた張りきっちゃうよ!
今回はお休みするけど、次回は続きを掲載したいと思っております。
どころか、新しい取材もして来たんよ。
どうかお楽しみに!
 
最後に橋沢さんからご挨拶。
「毎年ありがとうございます。凶子さんがお休みの時もありました。
私が長いことやっている間に結婚して、離婚しました!」
と身体を張った笑いを取って今年の単毒公演もみんなで楽しく過ごしたのであった。
 

犬神サアカス團の詳しい情報はコチラ⇒公式家頁

630 

200  
(一部敬称略 2018年10月10日 下北沢楽園にて撮影)

2018年12月10日 (月)

私の講義に、ついてこれる?~Yuki先生の『ギターとテクニック』

 
今日は何の日かご存知か?
今からちょうど50年前の1968年12月10日、府中で「三億円事件」が発生した日だそうだ。
オジちゃんは当時小学校1年生。まだ、校舎が木造だった。
6歳の子供には世間でナニが起きたのかシカとはわからなかったが、何しろ上へ下への大騒ぎだったことはよく覚えている。
「3億円」なんて言ってもそもそも一体いくらかがわからない。
今の価値だと「20億円」にも上るらしい。
いつもこのモンタージュ写真を見ると、本当にこの写真に似ている人は長い間相当迷惑したのじゃないかと思う。
…と思ったら、この写真ってモンタージュではなくて、実在した人の写真だったんだってね。

3oku事件を知らないであろう若い人のために簡単にあらましを書いておくと、今から50年前の今日、現金輸送車が偽装した白バイに停められ、積んでいた東芝(当時、東京芝浦電気)の従業員のボーナス約3億円が強奪された事件。
この出来事って、事件そのもので死傷者が出たワケではないし、再保険が何重にもかけられていて、事件の翌日には東芝の従業員にボーナスが支給されるなど、血なまぐさく悲劇的なシーンがないところがまたスゴかった。
以前にも書いたことを覚えているが、後に望月三起也の『ワイルド7』の「緑の墓」の中で、「私があの三億円事件の一部を担当した」と、頭脳明晰な受刑者が言うシーンがある。
子供ごころに、「うわ~、アタマのいい人なんだな~」なんて思ったりしたものだ。
『ワイルド7』とか『秘密探偵JA』とか面白かったよね~。
望月さんは2年前に亡くなったそうだ。
一方、『ワイルド7』の悲劇は少年キングの連載だったことではなかろうか?「少年画報社」だもんな~。
アレがマガジンとかサンデーだったら、もっと人気が出ていたんじゃないの?
それでもテレビ・ドラマにもなったし、人気は十分だったのかな?

9w7gg そして、また話は飛んで今日発売のYOUNG GUITAR。
チョット~、ヤンギさんも50周年なのだそうですよ。
おめでとうございます!
特集は「ギターとテクニック」。
技巧派ギタリストが誌面に登場し、長い間に培われて来たロック・ギターの主要なテクニックの数々をデモンストレーションするという「教則」っぽい内容がメイン特集。

70v_2「教則」といえば、もう我々の世代はコレに尽きるよね~。
インターネットから画像を拝借したんだけど、Grecoのギターを買うと付いてきた成毛滋さんの教則本とカセット・テープ。
私が14歳の時に朝日無線で初めて買ったエレキ・ギターはGrecoの60,000円のサンバーストのストラトキャスター・モデルだった。80この教則本を読んでもサッパリだったな~、こっちは子供だったから。
「エイトビート・ピッキング」なんて言っても、何しろ「エイト・ビート」の意味がわからないんだからラチがあかない。
そんな状態だったので、あんまり一生懸命取り組んだ記憶はないけどなつかしいな~。
赤いカタログを飽きずにボロボロになるまで見ていた。
それとGibsonの茶色いタテ長の豪華なカタログね。
フラット・マンドリンまで載ってた。

90s私がギターを始めた頃にはロックは日本ではまだまだマイノリティだったし、ロック・ギターの教本なんてモノはそうなかった。
それに「コピーが一番の教科書」なんて言われていたので、そうしたチュートリアル・グッズを買うことは私はほとんどなかった。
そもそも、その頃は「耳コピ」なんて言葉も存在しなかった。
でもその後、ロックが盛んになり、恐らくたくさんの教則本が出ては消えて行ったことだろう。
 
ジャズが好きになってからは結構買ったな。
右の白いヤツの著者は渡辺香津美さん。
ジャズのスタンダードのコード進行がアナライズしてあって、アヴェイラブル・スケールと香津美さんやジャズ・ジャイアンツの模範演奏が採譜してあるだけのシンプルな内容。
音源はまったくなし。
左の青いのは高橋信博さんという方が著したヴォイシングの教則本。
コードをドンドン展開させていくテクニックとアレンジ例が載っている。
残念ながら両方とも奥付けに上梓日が入っていないので、いつ出された本かはわからないが、大学のクラブで青い方の本を使って実際に演奏した記憶があるので35年以上前のものであることは間違いない。

100それから教則グッズはビデオの時代を迎えた。
私はこの仕事をしていたので詳しいよ。
 
話とは別に、私の宝物のビデオを1本紹介しちゃおう。
コレはジャック・ウィルキンスという本当に超絶のジャズ・ギタリストの教則ビデオ。
The Manhattan Transferの初来日の時にバンマス/ギターで来日した人。
このビデオが日本に入って来た本数はかなり少ないんじゃないかな?
私はジャックのファンで、しかもプロとして教則ビデオの仕事をしていたのにその存在を知らなかった。
どうやって入手したのかと言うと… 

110本人にもらったの。
下はマンハッタンのジャックの家にお邪魔した時の写真。
ジャックのBenedettoを抱えてゴキゲンな私。
このギター、スゴかったよ。
もう「鈴を鳴らすような音」とはまさにこのことで、チョット触っただけでギター全体が震えて鳴り響くような感じ?
ジャックはイヤな顔ひとつしないて「枯葉」かなんで私の相手をしてくれた。
それがもうスゴくて!
「コレはね、ビル・エヴァンスのヴォイシングなんだよ」…なんて解説をしてくれてね~。
最高にシアワセな時間を過ごしたよ。

120 教則ビデオはその後、DVD時代に突入したが、インターネットの普及は大きな誤算だったに違いない。
本当にインターネットというのは世の中のすべてを変えてしまったよね~。
 
その点、意外にも「本」はモノによっては健闘しているんじゃないかしら。
特に海外は楽譜類の充実度が日本とは比べ物にならないからね。
教則本も「How To Play Guitar」だとか、「Guitar Basics」とか、今でもその数や種類たるやスゴイものがあるんじゃないかしら?
彼らは「シート・ミュージック」という歴史があるせいか、楽譜に至ってはもうスゴイ。
「音楽出版社」っていう言葉があるでしょ?
アレを「音楽関係の書籍を作って販売している会社」なんて思っていたらそれは見当違い。
楽譜を出版する権利を持っていて、実際に楽譜を作って販売する会社のことを「音楽出版社」という。
コレは昔、蓄音機が普及する前、音楽は自分たちで演奏して聴いて楽しむしかなかった。
それで「シート・ミュージック」とか「ミュージック・ピース」とかいって、楽譜を買って来てはお父さんやお母さんがその楽譜に沿ってピアノを演奏して、みんな歌って音楽を楽しんだんだね。
今の音楽の供給体制とはまるで別の星の出来事のように遠くかけ離れているでしょう?
その時代に活躍していたのが、いわゆる「ティン・パン・アレイ」の作曲家と言う人たち。
ガーシュインとか、コール・ポーターとか、アーヴィング・バーリンとか、クラシックの作曲家を目指していた人たちがブロードウェイでのヒットを狙って腕にヨリをかけて多くの名曲が作られていたワケ。
チョット毛色は違うけど、クルト・ワイルなんかもこの口だ。
今の世の中、この時代の音楽から遠ざかり過ぎていると思うんだよね。
ポール・マッカートニーだって、レイ・デイヴィスだって、こういう音楽を相当研究していたに違いない…と私は観ている。
誰がどうやっても突き崩すことができないポピュラー音楽全体の基礎だと思う。コレをないがしろにしてはイケない。
 
話はディレイルしたけど、とにかく今でも海外の楽譜の層の厚さはスゴイ。
ジャズ系の楽譜なんかはもうエグイのが目白押しなんだよね。
「エ~!こんなのあんのッ?!」ってな具合で私も演りもしないワリには結構持ってる。

130ザッパだけでもこんなに出てるよ。
こないだようやく「Montana」のキメをさらった。
楽しいなったら楽しいな!

140それと、人気ミュージシャンのソング・ブックがまたスゴイ。
何だか知らんがウチにはSteely Danだけでこんなにある。
やれ、ピアノ・バージョンだの、ギター・バージョンだの、色んなバージョンが出てるワケ。
ギターのマイナス・ワンのCDが付いているのもある。
ご年配で楽器を嗜む方々は、こんなのを見ると「日本でも売れるんじゃないの?」なんてことをお思いになられるかも知れない。
売れないよ…まったくダメ。
こういうのを前に置いて、「楽器を弾きながら歌を歌う」という文化が日本ではないに等しいのです。
ね、いつも書いている通り、「音楽と生活の関わり」が日本と欧米ではゼンゼン違うのよ。
そして、聴かれている音楽の幅がこれまたケタ違に異なる。
日本はもうチョットでいいから、西洋の音楽に興味を持つべきだと思うんだけどナァ。

150ミュージカルの楽譜だってこの通り。
ブロードウェイなんかは、ミュージカルを上演している劇場のすぐ横にショップがあって、Tシャツやらキーホルダーやらに混ざって、そのミュージカルの楽譜が大抵売られている。
…ということは、そのミュージカルを観て感動して、楽譜を買って、ウチへ帰ってピアノを弾きながら歌ってみよう…という人がいるワケよ。
下は『My Fair Lady』を除いて全部ブロードウェイで買って来たモノ。
一切使っていないんだけどね。
『My Fair Lady』はイギリスのバーミンガムの楽器屋さんから頂戴したモノ。

160…とマァ、「教則」からかなりディレイルしてしまったけど、ここらで話を本題に戻すよ。
イヤ、今日の記事は本題がシンプルなものだからサ。

 
さて、この週末も関東にやって来たD_Drive。
私もそのうち2本のを観て来たよ~!10Marshall、NATAL、EDENの轟音で相変わらずの素晴らしいライブ・ステージを披露してくれた。
「詳しくは後日マーブロ」ってヤツ。

20v

30v

40v

50v

そして、今日!50年前に「三億円事件」があった日。
その日に出たYOUNG GUITARに我らがYukiちゃんが登場しているのです。
ポールや恭司さん、それにマティアス・エクルンドと並んで「Yuki(D_Drive)」の名前が表紙に挙がってんだよ。

180Yuki先生が基本的なテクニックを解説してくれる内容。
もちろんYOUNG GUITARのお家芸、動画も用意されているよ。

190この撮影にYukiちゃん、イヤ、Yuki先生が使用したアンプはもちろんMarshall。
50W、1×12"コンボのJVM205Cだ。

200そう、あの谷原章介さんと「焼きキムチーズ焼売」を作った時と同じモデル。140_2 誌面にはデモンストレーションだけでなく、Yukiちゃん、イヤ、Yuki先生の「ギター・テクニック観」に関するインタビューも掲載されている。
ゼヒ、ご購入のうえご覧あれ!

210ポールのページでは背景の黒板に自筆と思われるチョークで描いた1959の絵がうれしいね。
それとマティアス、いいよね。
昔、NAMMのどこかでデモンストレーションをしていて、ズ~っとフランク・ザッパの曲を演奏していたので、こっちもズ~っとまん前にいて、弾く曲弾く曲、すべて題名を当てて差し上げた。
コレには彼も喜んでくれた。
マティアスがすごくいいな…と思うのは、自分が持てるテクニックを使って、「ギター云々」よりも「他の人とは違う『自分だけの音楽』」をクリエイトしようとしていることを感じさせてくれるところ。
姿勢としては亡くなった幹大ちゃんや三宅さんに通じるものを見出すことができると思う。
ま、「ザッパ愛好家同志」といったらおこがましいが、Freak Kitchenあたりは新しめのロックの中では最も楽しみながら聴くことができる音楽なのです。
この号、買いです。

70v_2D_Driveの今週は14日の金曜日に『D_Drive 感謝のワンマン祭り』と題した単独公演。
場所は大阪心斎橋はBig♰win Diner SHOVEL。
今年最後だそうですので平成最後のD_Driveをお見逃しなく!

 

D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive OFFICIAL WEBSITE

220v

200_2 
(一部敬称略 動画撮影時ステール写真:Takumi Nakajima)

 

2018年12月 6日 (木)

居酒屋でぃ~どらいぶ <2018年10月の巻>:ちょっとだけ「私のパブ」

 
前回、ロンドンのハマースミスの記事でビールやらパブをフィーチュアしてお気に入りの記事が書けたことに気を良くして、もうチョットだけつなげておこう。
イヤイヤ、「つながり」と言えばそれどころじゃなかったんだ!
Marshall Blogがスタートして以来、毎回欠かさずご覧頂いているギタリストの三宅庸介さんが、そのハマースミスの記事の中にご登場頂いた私の思い出の人物を偶然ご存知でいらして、facebookでつないでくだすったのだ。
30年ぶりのサイバー再会!
Marshall Blogなんてやっている割に私は、ITテクノロジーの過剰にして無謀な進歩を快く思わない者のひとりだが、こういう使い方はいいね。
「OK、facebook、座布団1枚あげる」と言いたい。
あ、ウチはアレだけは絶対にやりません。アレが将来どういう風に使われるのかを考えたらコワくてとても手を出せません。
Marshall Blogはコレだけではなくて、もうひとつスゴイことへの橋渡しをしてくれて、今、その案件の実現に向けて着々と準備を進めているところなのだ。
なんだなんだ、素晴らしいじゃないかITテクノロジーは!…ナンチャッテ。こう時だけは味方にしておくことにしよう。
 
ということで今日は「パブ」ではなくて「居酒屋」。
ユックリ座ってイッパイやりながらD_Driveの演奏を楽しむ『居酒屋でぃ~どらいぶ』の2回目のレポート。

10_2その前にもう1回ロンドンのパブの様子を『居酒屋』につなげておこう。
だって大スキなんだもん!
下はソーホーのパブ。
渋谷のライヴハウスのように、ソーホーには数え切れないほどのパブがある。
昼間の店内は完全に隠居したとおぼしきおジイさん数人がボ~~~っとしているだけだが、夕方になると全てのパブがこういう光景になる。
「黒山の人だかり」だ。
ココは庶民的なオッサンが多いな。

20次はカーナビ―・ストリートの脇道に入ったところにある店。
元々車は入って来ない通りとはいえ、堂々と道路の真ん中まで店舗を広げちゃう。
日本ではとても考えられないが、ロンドンではコレが当たり前のやり方。
この人たち何も好き好んで外に出て飲んでいるワケではないのよ。
もちろん中にはそういう人もいるけど、店内がもうパンパンで立錐の余地がないの。
勘定は基本的に全て「キャッシュ・オン・デリバリー」。
つまり商品と現金の引き換えで単純明快…というか、こんな状態だと後払いなんてことは到底不可能。
チップが要らないのがありがたい。
でも、割り勘のやり方が厄介と言えばチョット厄介。
何人かで飲みに行くと、全員の分を誰かが代表して順番で払うことになる。
どういうことかと言うと、全員の飲み物がなくなったのを見計らって誰かが「じゃ、今度はオレが払うわ!」とそこにいる全員分の飲み物を買いに行く。
そして、その飲み物がなくなると、今度は「んじゃ、今度はオレね!」といって次の人がカウンターへ行って全員分の飲み物を買ってくる。
じゃ、10人で飲みに行ったらどうなるか?
順番が回って平等に支払が済むまで飲み続ける。10人なら10パイント。1人当たり5.7リットル。中ビンあるいは500mlのロング間で6本。ビールばっかりそうは飲めんよ。
まぁ、10人でパブに繰り出すなんてことはまずないからコレは心配ない。
パブに来ている人たちを見ていると、普通はたいてい1人か2人。せいぜい4人連れぐらいまでかしらん?
以前フランクフルトで3人のイギリス人とパブに行ったことがあった。
3杯飲んだところでいよいよ次の支払いは自分か…と覚悟を決めたところでお開きとなり、私の支払いはなかった。
普通だったら「じゃ次回は私が!」というこうことになるんだろうな…ごちそうそうさま、気の毒だが次回はない!

30この美しいこと極まりないレドンホール・マーケットでも夕方になると…

36ワイワイガヤガヤ。
世界の金融の中心地、シティが近いとあってココはスーツ姿のビジネスマンの姿が目立つ。
みんなカッコいいんだわ~。
さっきのソーホーの様子とはゼンゼンちがうでしょ?
こうしてエリアによってお客さんが異なるのを観察するのも面白い。

37そして、ひとしきり飲んだ後はこの通り。
平気でグラスを置いて帰っちゃう。
コレは男性3人に女性が4人のグループだな。
というのは、女性はあんまりビールを飲まない。
ジン・トニックだとかワインを好んで飲むようだ。
ウチの家内はイングリッシュ・エールが大好きなのでそんなことはお構いなしにパブでオーダーしちゃう。
ウマいもんはウマいのだ。
もちろんパブの人は女性がビターを飲もうが、スタウトを飲もうがゼンゼン気にしない。

50外壁にはたいていこういう細い板が取り付けてあって、コレをテーブル代わりに使う。
やっぱりみんな飲んだら飲みっぱなしなので、事後にはこのでっぱりに空のグラスがズラ~っと並ぶことになる。
しかし、パブもいい加減すごい数のグラスを保有しているよナァ。

35次…トラファルガー広場から少しこのあたりはいつもお巡りさんが厳重に警戒している。
この写真じゃわかりにくいと思うけど、門扉の向こうに黒い壁の建物が見えるでしょう?

70vよくイギリスの総理大臣が記者会見を開いている場所がココ。
つまり、イギリスの首相官邸。
「ダウニング街10番地(Number10)」と呼ばれ、この名前は官邸またはイギリス首相の代名詞として用いられる。

92mayね、ドアに「10」って表示があるでしょ?
それとこのネコちゃん。
ダウニング街では昔から多くのネズミが住み着いており、16世紀初頭からネズミ捕り兼ペットとしてネコを飼うことが多かった。
首相官邸もその例にもれず。
そして、1924年からは「首相官邸ネズミ捕獲長(Chief Mouser to the Cabinet Office)」として正式にネコちゃんを「雇用」している。
今の捕獲長は「ラリー」というネコらしい。
ナント、身分は「公務員」で年100ポンド(=15,000円)の給料が支給される。
ネズミをたくさん捕るとボーナスが出る…かどうかは知らない。
こういうシャレっ気がいいんだよな~、イギリス人って。
くだらないことをマジメにやる。

10dそのすぐ近くのパーラメント・ストリートというところにあるパブも夕方になるとコレ。

60コレはリヴァプール・ストリートの駅前にある古いパブの店内。
こういう古いパブは空いている時は大変静かで実に落ち着く。
我が家もロンドンのパブ並みに古いので、まるで家に帰って来たようにくつろぐことができる。
ユッタリとイングリッシュ・エールの香りとノド越し、そして独特の苦みを味わうのだ。
中には博物館かと思わせるような古式ゆかしく、貫禄のある造作のお店もあって実に興味深い。
サッカーやクリケットの試合をテレビで流している店だったり、Witherspoonのように大型のチェーン店だとこうはいかない。

80このパブの文化っていうのはいいよね。
イギリスの家はみんな小ぶりなので、普段は人を招き入れることをあまりしない。
会社の同僚とちゃっとイッパイやろうにも日本の居酒屋のように食事をしながらワイワイ騒いで飲むスペースもない。
かといってレストランに行ったら勘定に目を回すことになるし、そもそも大声で話したりすることは禁物だ。
そこで、勤め先からの帰りがけにパブへ寄って、気の合う仲間と会社や上司の悪口を楽しむ。
「そうなんだよ、会社の給料なんてサ、7割は『ガマン代』なんだよな!」
「そうそう、オレなんか9割だぜ!」…なんてやっておいて、1パイントだけエールを飲んでサッサと家に帰って家族と食事をする。今の為替レートなら700円ぐらいか?
ロンドンの中心街にあるパブでは食べ物は扱っていない。
ああいう生活を見ていると、働き方や酒の文化が日本とオッソロシク異なることを思い知らされる。
日本は永久にマネできまい。

90コレはアールズ・コートのパブ。
この赤い天井ね、他のパブでもよく見かけるんだよ。
パブの天井の定番素材なのかしらん?

100そしてやっぱりコレだよね。
せっかくなので写真はFuller'sのものにした。
イギリス人はコレじゃないと「ビール」って認めないから。
いつも100%以上冷静なウチの社長が、アメリカでレストランに入った時、瓶ビールしか置いてないことを知ってメッチャ不機嫌になってたからね。
あ、それと地方のホテルで開催した社長の結婚10周年記念パーティに出席した時、会場のビールサーバーにはラガー・ビール(日本で普通に出て来るヤツ)しかなかったのね。
それを飲んでいた私を見つけた社長は、私がイングリッシュ・エールが好きなのを知っていて「シゲ!ビターは下の階だ!」、「シゲ!下の階に行けばビターがあるぞ」、「シゲ、下のビターは飲んだか?」、「シゲ、ビターはうまいか?」…わかったから!と言うぐらいしつこく…イヤ、親切に面倒をみてくれた。
それぐらいイギリス人ってビールにマジなんですよ。
そんな本場で飲むビールがうまくないワケないよね~。
 
110コレを書いていてフト気が付いたんだけど、パブでビールを頼むと、そのビールの銘柄のロゴが入ったグラスに注いでくれる。
例えば、上のハンドパンプ(ポンプ)でLondon Prideを注文すると下の写真のようにLondon Prideのロゴが入ったパイント・グラスを使うワケ。
もちろんHob Goblinを頼めばHob Goblinのロゴが入ったグラスを使う。
それを見て、「ずいぶんシッカリやってるナァ」といつも思うんだけど、こういうことをするのは全部が全部ではないかも知れないけど、ビール会社が経営しているパブだからなんだね。
宣伝のためにビール会社が自分の会社の製品のロゴが入ったグラスをパブに支給してるんだ。
イケね、こんなにイギリスのビールのことを持ち上げちゃったんで、この後がやりにくくなってしまった。

710ビールといえば本八幡ですよね~!
今日もこの4人と「ドライビング・ロック」で盛り上がろう!

120Seiji

130vYuki

140v_2Toshiyuki

150vChiiko

160v宴会らしくアタマっからハデに行くぞ~!(「宴会」ではないか?)
まずはSeijiさんのリフから!

170v_4d「Attraction 4D」だ!

180そのまま続けて「M16」。

190_m16もちろん今日もリズム隊は絶好調。

200v濃密なコンビネーションが気持ちいい!

210「M16」の見せどころ。
SeijiさんとYukiちゃんの押したり、引いたり。

220智にはたらけば角が立つ…情にサオさせば流される…

230意地を通せばキュウクツだ…とかくこの世は生きにくい。
…なんてこと考えてんのかね?
なんでやねん?イヤ、押したり引いたりしてるからさ。

240もう1曲続けて「Cassis Orange」。

250_co来るね~、今日も。

260vノッケからMarshallサウンド全開!

S41a9206 「こんばんは~、D_Driveです!
『居酒屋でぃ~どらいぶ』にお越し頂きましてありがとうございます。
今日も後でセッション・コーナーがありますからね、ご参加になる方は緊張して待っていてくださいね!
フリー・タイムの後にはジャンケン・コーナーもあります。
今日楽しい1日を過ごしましょう!」

280v_2ギターを持ち替え。

290_gr曲はYukiちゃん作の「GEKIRINー逆鱗ー」。
300vこないだ、コレを1曲目に演奏してヨカッタよね。
アレは意外な発見だった。
175v次のMCではSeijiさんが新しく作ったギターを紹介した。
ポジション・ドットが光るヤツね。

90r4a9737 するとToshiくんが「イードゥン」と正確なネイティヴ発音を交えてEDENを紹介!

330コレがToshiくん愛用のイードゥン。
今日はWT-800とD410XSTのフル・スタック。

340vすると、私が目の前にいるもんだから「コイツァいかん!」と思ったのか、Seijiさんも愛用のMarshallを紹介。

345v今日のSeijiさんは、ヘッドはいつものDSL100EC。
でもスピーカー・キャビネットは1960BX。いつもは1960AXね。

346vこうなるとダマっていられないのがChiikoちゃん。
「そんだったらワタシだって!」とNATALを紹介してくれた。

350ウォルナットのキット。

360コンフィギュレーションは10"、12"、16"、22"。

370スネアもマッチドの14"×5.5"。
このキット、手に負えないぐらい音がいい!
叩き手がいいからなんだけどね。

380ありがたいバンドだな~、D_Driveは!
さて、今度はYukiちゃんがMarshllを紹介する番だな?…と思ったらアララ?280v_3しからば、私が。
Yukiちゃんはいつも通りのバックライン。

390vTSL100と1960Aのコンビネーションだ。

400vでは、新しいギターで「Gradation」を!

410曲はガラリと替わって「Mr. Rat Boots」。

420_rat軽快なスピード・チューンでますます盛り上がれ!

425v定番のToshiくんフィーチュア。

430ディストーション・サウンドで思いっきりブチかます!

440vいつも通り後の方でSeijiさんがワウペダルを踏んでいま~す。

450「Rat」で大騒ぎした後はYukiちゃんフィーチュアのバラード「Unkind Rain」。

460vスローな曲でもビシっとキメるところはキメてくれるChiikoちゃん。
このメリハリがいい。

461「さて、あと2曲でセッション・タイムに入ります。ご参加になる方は心の準備をお願いします!」
なんか、やたらとプレッシャーをかけるYukiちゃん。
「いいニオイがしてきて若干お腹が空いてきましたよ!」

9s41a9513 で、「Lost Block」。

462sv_lbD_Driveのワルツ。

463v重要なナンバーだ。

465セッションの前のもう1曲は「The last Revenge」。
しつこいようだけど「居酒屋甲子園」のテーマ。

670コレも人気曲だでね。
大いに盛り上がった。

270v「それではセッション・コーナーいきます!まずは'Runaway Boy'から」」

470v別名「Seijiさんの休憩コーナー」。
Seijiさんの曲が選ばれると、どうしてもメイン・パートを担当しているSeijiさん役で出演する確率が高くなる。
それにYukiちゃんとツイン・ギター演りたいよね。

480_rbトップバッターでご登場頂いたのは中村さん。

490vホント、このコーナーに出て来る方々はみんなバッチリなんだよね。
ま、そうでなきゃ出て来ないだろうけど…。
中村さんも完璧にSeijiさんのパートを弾きこなされていらした!

500続いてはベース!
お、ベースでの参加者を初めて見た!
ハイ、Seijiさん戻って。Toshiくんは休憩。

510_hdh中野からお越しの沢さん。
Toshiくんのベースを拝借しての演奏。

520vコレまた完璧な演奏!
で、皆さん決まって「イヤ、練習して来なかったんですよ!」とおっしゃる。
どうせ完璧な演奏をされるんだから「バッチリやって来たぞ!お前ら少しでもミスったらブッとばすかんなッ!」とD_Driveにプレッシャーをかけちゃえばいいのに!
そんなファンはD_Driveにはいないか…。

530もうおひと方はまたSeijiさんパート。
ハイ、Seijiさんまた休憩。

540「Cassis Orange」を演奏されたのは「さいしょ」さん。
「最所」さんかな?「税所」さんかな?
いずれにしても「さいしょ」さんという方は九州に多くいらっしゃるようですな?
なかなか珍しいお名前でしょう。九州は珍名さんの宝庫だからね。
一番は「牛糞」さん。
この名字の方は戸籍上で改名してしまってもう「牛糞」姓は絶滅されたらしい。
私がお会いした中で九州最強は「上段」さんだ。字面はおとなしいが読み方でブッとんだ。その読み方は各自で調べてください。
最近では何と言っても富山からエントリーされた「瘧師(ぎゃくし)」さんだ。このお名前には本当に驚いた。
あ、ゴメンナサイ!珍名さんに目がなくて…。

550vさいしょさんも、何のよどみも引っ掛かりもなくスラスラと「Cassis Orange」のSeijiさんパートを披露してくれた。
しかし、皆さんホントにお上手ですよ。
このコーナー、他流試合をやったら絶対にオモシロイよ。
D_Driveで使われていない楽器の人が一緒に演奏するねん。
管楽器だとキーの問題があって実現はムズカシイかもしれないけど3管で「M16」のテーマなんかを吹いたらカッコいいんじゃん?
個人的にはマリンバとかで聴いてみたいナァ。
後は擦弦楽器。
ヴァイオリンもいいけど、チェロがいいな…ツイン・チェロ。
ええい!もうこうなったら2 CELLOSと一緒に演ったらどうなのよ!
エ?オマエ酔っぱらってるんじゃないのかって?いいえ、私は酔っていません。車ですから。

560お楽しみのフリー・タイム。570メンバーとファンの交流タイム!

580もちろん話題は政治経済と世界平和に関することだ。

590今回は盛りだくさんだな…。

600今度はじゃんけん大会だ!
640D_Driveのメンバーとジャンケンをして、勝ち残った人がそのメンバーが持参したグッズをもらえるよ。
620「最初はグー」
考えてみるとこの「最初はグー」って一体なんの意味があるの?
元はドリフなんだね。
いつの間にかやるようになったよね。私はやらないけど。
この後に続く文句があったが、今では「最初はグー」だけになったそうだ。
意味合いとしてはジャンケンのイントロみたいなもんらしい。
いきなり「ジャンケンポン!」とやるのではなくて、「さいしょはグー」と1小節加えることによって「ジャンケンポン」のタイミングをバッチリ合わせることができるんだと。
面倒じゃん?
そういえば「ジャイケンホイ」ってやる地方があるでしょ?
「ジャイケン」ってなんだろう?

610Toshiくんがスゴかった。
ジャイケンの勝者にストラップをプレゼントするのかと思ったら、ベース本体をあげちゃった!…ウソですよ~。

630最後にもう1曲。
「Champaign」を持ってきた。
私は最近この曲がお気に入り。

660_cpそしてアンコールで「Screw Driver」をプレイして演奏のコーナーを締めくくった。

0r4a9549

680v_2

690v_2

700v「Dの進撃」は続く…。
さて、今週のD_Driveはまた東京です。
明日7日のは今年も高田馬場DXでYukiちゃんのバースデイ・ライブ。
軽々と手にしているのはバースデイ・プレゼントではありません。

720v翌8日は西川口Heartsで真壁六郎太のところとダブル・ヘッドライナー+アルファ。
「ツーマン」でも「スリーマン」でもありません。
タイトルがいいよ!…「Valve Maniacs」だもん。「valve」はイギリス英語。
 
D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive OFFICIAL WEBSITE

Nh あ~、イングリッシュ・エール飲みたい。
この色!この泡!この温かさ!
タマりまへん。
そういえばMarshallビールどこへ行った?710 

200

(一部敬称略 2018年10月12日 本八幡Route Fourteenにて撮影)

2018年12月 4日 (火)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.33~ハマースミスが好きだった <後編>

 
今回の記事は、<前編>が我ながら納得の出来でスッカリ気を良くしている。
書いていてとても楽しかった。
こうして「うまく書けた!」とスカッとするのは、本編の内容がうまく書けた時はもちろんなんだけど、特に脱線がうまくいった時なんだよね。
そして「脱線がうまくできた!」と合点がいくのは、自然に本題から離れて、行き先の内容に意味があって、何やらタメになって、スムースに本題に戻れた時かな?
タマにコレがあるから止められない。
「誰かのタメになるか」なんてのは知ったこっちゃない。自分が興味を持って、楽しく調べることができる事柄ならなんでもいい。
ナンダカンダでこのMarshall Blogを10年やっているけど、文章を書くのがキライではない私でもサスガにウンザリしてしまうことがあるんですわ。
そういう時はどうするかと言うと…文章を書くに限る。
つまり書きたいことを自由に書いてウサを晴らす。
読まされる方はタマったもんじゃないでしょうけど、コレが最良のカタルシスなんですな。
だから脱線は許してね。
ところで、この「カタルシス」という言葉は「瀉血(しゃけつ)」を意味するんですってね。
瀉血というのは、中世ヨーロッパで流行した病気の万能治療法のひとつ。
とにかく血をジャンジャン流して、血液と一緒に病気の悪い成分を体内から放出しちゃおうぜ!…という、原始的かつ乱暴極まりない治療法のこと。
この施術を受けて出血多量で死んでしまった患者も少なくなかったとか…。
そりゃそうでしょう!
ハラ痛でトイレに駆け込むじゃあるまいし、「出せばいい」というもんじゃない。
瀉血については下の『代替医療のトリック』という本に詳しい。
この本、以前CODEの時に紹介した『暗号解読』というヤケクソに面白い本を書いたサイモン・シンというイギリス人が共著していたので買って読んでみた。
でも途中で挫折した。
読んでいるうちにムズかしくなってきてイヤになっちゃったの。
Ss_2昔はどんな本でも一旦読みだしたら、どんなに難しくても、内容がわからなくても、辛抱強く最後まで読んだものだけど、今はそんなことはしない。
読んでいてイヤになったら、なんのためらいもなくスパっと止めて他の本にとりかかる。
自分のプラスになるところまで読んで、マイナスになる部分は切り捨てた…と考えて潔く諦めちゃう。
内容の難度だけでなく、文章のリズムが気に喰わないとか、言葉遣いが性に合わないとか、字が小さいのに耐えられないとか、何でもいい。
イヤならサッサと止める。
もう人生の残された時間に余裕がないからね。
自分が買った本ぐらいは好きなように読ませて頂くさ。
しかし本というのは、思い浮かんだ本がいつでも即座に取り出せるようにしておかないと意味がないね。
1回で読んだ内容をすべて頭の中に入れることができるのであれば問題ないけど、そんなことは不可能にキマってる。
だから、調べごとをする時にかつて読んだ本の中から情報を引っ張り出さなければならないワケなんだけど、本を段ボールなんかに入れてしまい込んだりしたらもうダメね。
調べるのがイヤになっちゃう。
よく学者先生が書斎にドバーっと本を並べているでしょう?
アレは蔵書を自慢しているワケではなくて、ああしておいてお目当ての本がいつでも取り出せるようにしておかないと仕事にならないんだよね。
それじゃ、検索に便利であろう電子書籍を活用したらどうか?という意見も出てくるだろう。
ダメダメ。
本はどんなことがあっても紙で読むものです。
そんなコンピューターのディスプレイで文字を追ったところで内容が頭に入らないのよ…少なくとも私のようなジジイは。
紙とインクのニオイを味わいながら、指先でページを繰る作業をすることによって情報が頭に刻み込まれる。
…てな具合に好きなことを書いて気分を開放するというワケ。
でも今回はチョットやりすぎたわ!
 
それではハマースミスの<後編>を始めますよ~! 
<前編>の最後に記した通り、<後編>は川からスタート。
 
この川…ナニ川だと思う?
もう一度書きますが、このハマースミスはロンドンの中心から地下鉄でたった20分ぐらい西へ来たところだからね。
それでこの景色。決して千曲川や犀川ではない。
この川は…
440この川の上流。
あるいは…

450この川の上流なのだ!
つまりテムズ川。

460まぁ、東京でも神田川や荒川をチョットさかのぼれば「え、コレが?」なんてことがあるけど、この差はスゴイ。
言っておきますが、下の写真にあるような船は漁船ではありませんからね。
イギリス全土に張り巡らされた水路(canal)を行き交うための船、つまり「ナロウ・ボート(Narrow Boat:細い船)」というヤツ。
下の写真の船はわからないけど、イギリスにはこのナロウ・ボートで生活している人がたくさんいる。
ヴァージン・グループの創設者、リチャード・ブランソンもヴァージン・レコードのマイク・オールドフィールドでひと山当てる前はナロウ・ボートで暮らしていたことがあったと自伝に書いてあった。490vそれでも川岸の景色は日本と全く雰囲気が違ってとてもステキなの。

470このTHE DOVEというパブは17世紀からココにあったという。
看板にあるように<前編>で紹介したビール会社のFuller'sが1792年にそれを買い取ったのだそうだ。
ロンドンにはこうしたパブがゴロゴロしているので、これぐらいでビックリしていては身体がもたないが、ココはFuller'sのお膝元ということで感心しておいてよいのかもしれない。
ちなみに1792年はロシアからアダム・ラクスマンが通商の交渉に日本にやって来た年。
アダムのお父さん、キリルはいつかやった大黒屋光太夫の面倒をみてくれた人。
アダムは1792年より前に光太夫が日本に帰って来る時にも来日している。

480写真の奥が下流。
向こうに立派な橋が見える。

500その橋のすぐ近くの川岸にはこれまたステキなパブが軒を連ねている。

510v下は「The Rutland Arms」というお店。
また「arms」。
「Rutland(ラトランド)」というのは、イギリスの中東部にある本土で最も小さい群の名前。
このパブは実際にそこから名づけられ、1849年頃にオープンした。
1849年は日本では嘉永2年…ペリーが黒船でやって来る4年前だぜ。
2階がはホテルになっているそうだ。
見た目も雰囲気もいいんだけど、ココもやっぱり運営母体は「FTSE 250 Index」というロンドン証券取引所の株価指数の算出対象となっている「Greene King」という大企業で、さらに調べてみると、このGreene Kingはサフォークに拠点を置くイギリス最大のパブ屋ということだ。
…とかいうと、金にあかして地元のパブを片っ端から買収する成り上がりの悪徳企業のようなイメージが付きまとうが、このGreene King、設立は1799年!
由緒あるパブ屋なのだ。
エエイ、またやっちゃえ。
大英博物館の展示品の目玉のひとつに「ロゼッタ・ストーン」ってあるでしょ?
あのヒエログラフとかいう。
アレが発見されたのって1799年なんだって!
つまり200年以上前に人様のところから持ち出したものを大事に保管して、ああして博物館に展示しているワケよ。
すごくない?
エジプトが自分のところから持ち出されたそうした貴重な文化遺産を返してくれ!とイギリスに頼んだら「ナニ言っちゃってんの?我々が持ち出したからこうして現在もキチンとした形で残ってるんじゃないの~。アンタらに任せておいたら全部オジャンだよ、オジャン!」と返還をキッパリ断ったとかいう話があるけど、パブひとつ取っても、コレはイギリスが正しいと思わざるを得ない。
520vそしてこのお店、Fuller's のお膝元にあって、あの赤い「Fuller's」や「London Pride」のロゴがついていない。
それもそのはず、このGreene Kingというのはパブ屋というわけでなく、普通のパブでよく見かける「Abbot Ale」とか「Old Golden Hen」を作っている大ブリュワリーなのだ。
コレは冗談なのかもしれないけど、このAbbot Ale、階級社会のイギリスの労働者階級において、「ビターを飲むヤツが上、マイルドを飲むヤツが中、アボット・エールを飲むヤツが下」…とか言われるそうである。
アボット・エールだけ名指し。
このエールはアルコール度数が強く、「ただ飲んで酔っちゃおう」という類のモノとされているようだ。
ま、おいしければ何でもいいんだけど、こうした裏パブ事情を知っていると「パブめぐり」をする時に楽しさが増すだろう。
パブめぐりはトイレに行く回数も盛大に増すけどね。
トイレに行くために次のパブに入って、またトイレに行くために次のパブへ…キドニーがフル回転である。

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下の写真の中の右手の白と青のパブは「Blue Anchor」。
このお店の開業はさらにさかのぼって1722年!
さすがにコレはロンドンでも最も古いパブのウチに入るらしい。
日本で言えば享保年間。
紀伊徳川家から偶発的に8代目の将軍の座についた吉宗が「贅沢はダメよ」と享保の改革に勤しんでいた頃だからいい加減古い。
財政を少しでも切り詰めるために、将軍になった吉宗が大奥の美女50人を集めてヒマを出したって話知ってる?
「お前たちは器量が良いのでどこへ行っても困ることはなかろう」…というワケ。
立派である…しかし、残された方もあんまりいい気分はしなかっただろうな。
吉宗はかなりの「デカ耳」だったらしい。
さてこのBlue Anchor、「惑星」で有名なグスタフ・ホルストがよく来ていたのだそうだ。
ホルストはこの辺の住民だったのかな?
というのもホルストは「Hammersmith」という作品を残している…聴いてみたけど、それほど面白くはなかった。
イギリスの作曲家というと、エルガー、ブリテン、ホルストぐらいしか名前が浮かばないな。
ロンドンのジミ・ヘンドリックスのフラットの隣に住んでいたヘンデルはドイツ人だし(当然時代はゼンゼン違うよ!)。
で、ホルストって完全に「惑星」ぐらいしか知られていないでしょう。それだって「火星」と「木星」以外の曲を最初っから最後まで歌える人なんてほとんどいないのではないかしら?
ところがこのホルストってものスゴイ数の歌曲を作っているんだよね。
それに「Hammersmith」の他に「St.Paul's Suite」なんて曲もあるし、「惑星」の創作活動を一時中断して、日本の民謡を取り入れた「Japanese Suite」なんていうバレエ組曲もあるのよ。
コレはね、なかなかにいい曲だよ。
「Dance under the Cherry Tree」という曲では「ねんねんころりよ」のメロディがそのまんま出て来る。
この他にも日本の民謡のメロディがふんだんに盛り込まれているんだけど、この辺りのメロディは作曲を依頼した伊藤道郎という日本舞踊家が、実際にホルストに歌って聴かせ、ホルストが耳コピして採譜したのだそうだ。
この伊藤道郎という人がスゴい人で、お父さんが伊藤為吉という三重の松阪出身の建築家で幸田露伴のご学友。そして、銀座4丁目の服部時計店のビルを設計した人。
1886年にサンフランシスコに留学し、帰国後、日本で最初のドライクリーニング店を開いたとされる。
ココのウチの家系がまたスゴイ。
長女は古荘幹郎という陸軍大将に嫁ぎ、長男は上に出て来た世界的舞踏家の道郎。道郎の奥さんがアメリカ人のヘイゼルという人で、その間に生まれたのがトワエモアで有名な「誰もいない海」を歌ったジェリー伊藤。資生堂の初代男性モデルを務めた人…ハーフだからね。
で、ココから伊藤家の親戚関係を書こうかと思ったけど、それだけで1本終わっちゃいそうなのでココで止める。
ひとつ言えることは、良家は良家とのみ交わり、金は金を呼ぶ、ということだね。
トランプの大富豪(大貧民)って、ゲームの初めに大富豪は一番弱いカードを選び、大貧民は一番強いカードを選んで互いに交換するでしょ?
アレに似ているような感覚がある。
今、世の中にゾウだかサイだかで大儲けしたようなIT長者がゴロゴロしているけど、こういう伊藤家とかヨーコ・オノの小野家とか、同じ金持ちでもゼンゼン違うんだよね…。
家柄と血だけはどんなに金を積んだところで手に入らない…と毒づいてみたところで我が家の財政は改善されんわな。

530vただひとつ解せないのが「ドライクリーニング」のこと。
日本で最初にドライクリーニングを始めたのは、五十嵐健治という人で、白洋舎を創設した人…と聞いていた。
でも、この伊藤為吉の来歴には必ず「日本で最初にドライクリーニングを始めた人」とある。
そこで、まだ読んでいない本を引き合いに出すののもナンだが、『夕あり 朝あり』という三浦綾子が著した五十嵐さんの自伝。
大分前に買ったんだけど、コレで読む楽しみが増えた。
松阪出身の伊藤為吉と同じ松阪が発祥の三越。五十嵐さんは三越の従業員。そして、2人とも敬虔なクリスチャン(三浦綾子も)。
この辺りでつながっているんだろうな。
何かわかったらまた報告します。

90r4a3291_2パブに戻る。
こうした古いパブには大抵店の外に沿革が記してある。
あんまり大したことは書いていなくて、「ウチはメッチャ古いんよ!」とか「ダレダレが常連だった」ってなことばっかりなのが普通。
しかし、日本では考えられないもんね。
こんなのを引っ付けてる居酒屋なんて見たことない。
せいぜい「当店は『美味しかったより楽しかった!』をモットーにしています」なんてのが関の山だろう。

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ね?映画を観た人ならピンと来るでしょう?
この辺りが映画『ボヘミアン・ラプソディ』の最初の方、Queenがマネージメント契約をするための打ち合わせをするシーンで出てきた場所。

540あのシーンで背景にこの橋が見えたのですぐにわかった。

550というのも、この橋がすごくカッコよくて、その姿が頭にこびりついていたからだ。
この緑の橋はその名も「Hammersmith Bridge」。
朝の通勤ラッシュ時間だったこともあるけど、見ての通りの凄まじい交通量。560v橋の入り口には「橋弱し」としてm g w7.5tと車両の重量規制を設けている。
「m g w」は「Maximum Gross Weight」の略。

570vテムズ川に架かる初めてのつり橋として、初代のHammersmith Bridgeは1827年に有料で開通したが、増加する交通量の荷重に耐えきれなくなり、仮設の橋を経て1887年に現在の橋に架け替えられた。

580_2橋とは思えない素晴らしく荘厳なつくり。
この橋も<前編>で紹介したThe Mawson's Armsと同じく「Gread II」の建造物で、当局の許可なくして壊したり、改造したりすることは固く禁止されている。
この金と緑の色合いがいいんだよね~。

590照明装置もカッコいい。
昔はガスだったんだろうな。

600vハマースミス駅へ歩いて向かう通勤する人たちも多い。
1919年の12月、チャールズ・キャンベル・ウッドという空軍の中尉が溺れる女性を助けるために橋から飛び込んだ。
12月のロンドンですよ!
ウッド中尉は女性を助けたものの、ケガを負ってしまい、それが原因で破傷風を罹患して亡くなってしまった。
そのウッド中尉の勇気を称えるプラークが手すりについているのだそうだ。
見て来ればヨカッタ。

610見て!このメイン・ケーブル!

615vケーブルと言っても鋼鉄の板が9枚束ねてある。620メイン・ケーブルの中央部。
左右から伸びて降りてきたメインケーブルを連結させている。
この部分がどういう風に働くのかは知らないけど、とりあえずカッコいい!
630ハマースミス橋は1939年、IRA(アイルランド解放軍)の破壊工作にあっている。
モーリス・チャイルズという美容師が夜中の1時に帰宅するために橋を歩いていると、歩道に煙と火花を出しているスーツケースを発見した。
チャイルズは、そのスーツケースを開けて中に爆弾が入っていることを確認するとそのケースを川に投げ捨てた。
川面からは18mもの水柱が立ったという。
その直後、橋の西側で橋ゲタを破壊するためのもうひとつの爆弾が炸裂し、近隣の家の窓が大いに震えたという。
後にチャイルズはこの時の咄嗟の行動が橋を救ったとしてMBE勲章を叙勲した。
MBE(Members of British Empire)はビートルズがもらった勲章ね。
時代は下って1996年、IRAが南側の土手にプラスチック爆弾を仕掛けた。爆弾は作動したが着火せず不発に終わった。
さらに2000年にもIRAが破壊工作を行ったそうだ。
かわいそうなハマちゃん…イジめられやすい橋なのね。

640v映画『ボヘミアン・ラプソディ』のロケ地を紹介したということで、薄いながらも強引に「ロック名所」にしておいて…と、通勤客よろしくハマースミス駅へ戻る。
ココから徒歩1分ぐらいのところにかつて「Hammersmith Palais」というライブハウスがあった。

1img_0086The Clashが伝説的なコンサートを開いたとか…。
しかし、2007年に閉店。
The Clashはココで開かれたレゲエのオールナイト・コンサートのことを歌った「(White Man)In Hammersmith Palais」というシングルをリリースしている…んだってね。
ゴメンね、ゼンゼン知らなくて。パンクは全くの門外漢なもんスから。
でもチョット調べて見ると、面白い歌詞だね。コレ、40年前か!
「音楽」としてとらえた時、私はパンクに与しないけど、こういうミュージシャンが今こそ出て来るべきだと思うんだけど…。
昔と違って、今はデジタル・テクノロジーを通じてレコード会社に頼らないで制作から宣伝、販売まで様々な好きなことができるようになったにもかかわらず「ありがとロック」が主流になってしまったことは皮肉以外のナニモノでもない。
やっぱりテクノロジーの進歩は人間を幼稚にすることは間違いない。

White_2コレは<前編>で紹介したハマースミスのメインストリート(イギリスでは「ハイ・ストリート」という)、キングス・ストリート。
駅を背にしてこの道に入る時に横切る道路の左を見る…。

1img_0085こういう景色。
今、突き当りに見えているのがロック・ファンの間に知らぬ者はいないであろう、「ハマースミス・オデオン」。
今はHMV Hammersmith Apollo…と思っていたら、また名前が変わったのか!
現在の名前は「Eventim Apollo」というのだそうだ。
でも、「CCレモンホール」ではなくて我々にはずっと「渋谷公会堂」だったように、やっぱり心の中では「ハマースミス・オデオン」でしょう。
以下、話の通りをよくするために「ハマースミス・オデオン」の呼称で統一して記事を書き進めるよ。

1img_0084ハマースミス・オデオンは数あるイギリスの古い劇場にあって、キャパが3,632席、スタンディングで5,039名と最も大きな部類に入り、オリジナルの形をよく保存している稀有な施設なのだそうだ。
このスタンディングの39名をどうやって割り出したのかが気になるな…ま、客席エリアの面積を立った時の人ひとり当たりの専有面積で割っただけか?
まさか、実際に人を5,000人以上連れて来て客席に詰め込んでみたワケではあるまい。
「ダメです!5,040人はどうやっても入りません!」
「チッ!しゃーねーな~。じゃスタンディングのキャパはハンパだけど5,039人にしとくか」みたいな?
650オープンしたは1932年。
キルバーンの回で紹介した「Gaumont State Cinema」と同じ、フランスの映画興行会社Gaumont(ゴーモン)が「Gaumont Palace Cinema」としてスタートした。
1932年…またやってみると、日本では五一五事件で犬養首相が暗殺された年。
細かい話だけど、総武線が両国から御茶の水まで延伸して、中央線に乗り入れたのがこの年だって。
総武線っていうのは両国が起点だったからね。
私が子供の頃は房総方面の急行や特急は両国が始発駅だった。
なんか、イギリスの時間に合わせていると、日本では「享保」とか「嘉永」とか、ゼンゼン時間の感覚が合わないんだけど、コレぐらいになるともう「最近」だね。
ハマースミス・オデオンなんて新しい、新しい!
だって1932年というのは「昭和7年」だもん。
イヤ、そんなことないわ!3年前に死んだウチの父の生まれる1年前だもん。

180v_2コケラ落としはイギリスのコメディ映画「A Night Like This (1932年)」と「Bad Company」という1931年のアメリカ映画。
この辺りはさすがにわからないな。
そうか…「Bad Company」という名前はポール・ロジャースやらミック・ラルフスが考えたバンド名かと思っていたら同名の映画があったのか…。
偶然かな?
イヤ、調べてみるとそれどころじゃない!「Bad Company」という映画はザっと見積もって古今で15本近くあるじゃんけ!
知らなかった。
 
ハマースミス・オデオンの建物を設計したのはロバート・クロミーという人。
この人は『Let It Be』のところで出て来たピカデリー・サーカスにほど近いPrice Wales Theatreを設計した人。

6a0163044657d3970d017d3cbb61fb97_2やっぱり今回はいい機会なので、ハマースミス・オデオンの名前がどういう風に変わって来たのか調べてみよう。
まず、最初は…
1932~1962年までGaumont Palace 。
1962~1992年までの30年間がHammersmith Odeon…やっぱりコレでしょうな。
1992~1996年がLabatt's Apollo。Labattというのはカナダのビール会社。
1996~2002年がHammersmith Apollo。
2002~2006年がCarling Apollo Hammersmith。Carlingもカナダのビール会社。
2006~2009年は、またHammersmith Apolloに戻る。
2009~2012年はHMV Hammersmith Apollo。この記事に出ている写真はこの時期とひとつ前の時期に撮られたもの。
2013年に改装工事が入って、その後は現在に至るまでEventim Apolloとして営業している。
 
このEventimというのはドイツのブレーメンが本拠地のヨーロッパ最大のチケット販売会社。
またドイツ!…というのは、イギリスは由緒あるスーパーマーケットなんかもドイツ資本の「ALDI」や「LiDL」ってのに軒並み席巻されていて、ウチの社長も「みんなドイツにやられちゃう」なんて言ってた。
しかし、コレはナニかね?
スポンサーがつかない時は「Hammersmith Apollo」に戻るってことなのかね?
 
ハマースミス・オデオンを横から見たところ。
この建物もGrade IIに指定されている。

66060年代にはルイ・アームストロング、エラ、エリントン、ベイシー、ウディ・ハーマン等、アメリカのジャズの大スターがこぞってステージに上がった。
ビートルズは1964の終盤から1965年の初めにかけて21夜の公演を通じて38回出演している。エルキー・ブルックスや、エリック・クラプトンを擁したThe Yardbirdsがゲストで登場したこともあったそうだ。
エルキー・ブルックスはイギリスのジャニス?Vinegar Joeのシンガー。
メッチャかっこいいよね。
私はかつてMarshallのデモンストレーターを務めていたジェフ・ホワイトホーンがエルキーのサポートを長年やっていることでその存在を知った。
ムムム!コレはスゴイ…1972年の10月28日にはガレスピー、モンク、ブレイキー、スティット、カイ・ウィンディング、アル・マッキボンだってよ!
日本人で出演したことのあるバンドって知ってる?
そう、1980年のYMOと1986年の我らがLOUDNESS!
アニメも何にもない時代、音楽だけでイギリスに乗り込んだんだからスゴイ。
今ではイギリス人も世代が代わってすっかりヤキが回っちゃったけど、「ビートルズを生んだ国イギリス」の人は自分の国とアメリカのロックしか聴かなかったんだから!
一番町のイギリス大使館に勤めている私の知人の女性はちょうどこの頃イギリスに滞在していて、ハマースミス・オデオンのLOUDNESSを観たそうだ。
音がバカでかくてメッチャかっこよかった!と言っていた。観たかったな~。
コレが入り口ね。670オールド・ファンならコレはご存知でしょう?
The Whoの『四重人格(Quadrophenia)』のブックレット。
上の写真のと同じ場所。
コレはかなり高いところから撮ってるね。

110r4a0705ハマースミス・オデオンが使われるのはコンサートや演劇のためだけじゃないよ。
Marshallも撮影でお借りしたことがある。
その時の写真がコレ。
コレ、合成でもCGでもないからね。

Jmho1992年、まだCGなんてない時代、創立30周年を記念して、ハマースミス・オデオンのステージに175個の1960Bを実際に積み上げて撮影した。

90r4a3284さてさて、「ロックの国イギリス」を代表するコンサート会場とだけあって、当然数え切れない程のライブ・アルバムが残されている。
独断と偏見でチョットだけ紹介してお別れしましょうか?
今回書いてて面白かったけど、エラく疲れたわ~。でも、この先まだ結構続くんだわ…。
 
まず、何はなくともFrank Zappa。
その名も『Hammersmith Odeon』。
ザッパは、1978年は1月24、25、26、27日と2月28日の5回、ハマースミス・オデオンの舞台に立った。
この3枚組CDには24日を除く演奏が収められている。
「下町のひとりヒプノシス」にしてザッパ研究家のデザイナー、梅村昇史氏によると、1978年と1979年のヨーロッパ・ツアーはロンドンでリハーサルをして、ハマースミス・オデオンに出演し、ツアーに出かけたという。
その後のツアーはドイツかオランダからスタートすることが多くなったとのことだ。
私的好みによれば、Roxyの頃に次ぐ黄金メンバー。
あまりにも素晴らしい演奏だ。

Aその演奏のスゴさは24日を除くハマースミス・オデオンでの音源が、ロック史に残る超名盤『Sheik Yerbouti』収録の多くの曲のベーシック・トラックに採用されていることが証明している。
となると、24日の初日にハマースミス・オデオンに行ったお客さんはかなり気の毒だな。
イヤ、それでもゼンゼンいいからこのメンバーの生の演奏を観てみたかったナァ。
ところで、奇しくも今日はフランクの命日なんだよ。
早いな~…25年前私は大阪に住んでいて、アノ朝、新聞の死亡欄を見て死ぬほど驚いたのを覚えてる。もちろんその記事もスクラップしてどこかにしまってある。
その日、いつもザッパのアイテムを買っていた梅田EST1のワルツ堂というレコード屋さんへ行って、仲のよい店員さんに会った。
「エライことになりましたな~!」っておっしゃっていたっけ。
アラ?ワルツ堂さんって倒産したの?
いいお店だったのに…エライことだ。

Bクラプトンの『E.C. Was Here』には1974年12月のハマースミス・オデオンでの演奏が収録されている。
ちなみに「I(アイ)」という調子は音楽にはない。

Cこのアルバムのタイトル『E.C. Was Here』って意味知ってる?
もちろん「E.C.がいたよ」という意味なんだけど、コレはパロディになってる。
何のパロディかというと、「Kilroy was here」という第二次世界大戦の頃にアメリカで流行した落書き。
色々な説や意味があるようなので、ここに詳しくは書かないが、映画『ショーシャンクの空に(Rita Hayworth and Shawshank Redemption)』にも出て来るでしょ?
長い間刑務所にいて、出所したのはいいけど、服役中に大きく変化してしまった社会について行けないブルックスというオジイちゃんが、首を吊るためのロープをかけた梁にナイフでこう刻んで死んでいく…「Brooks was here」って。
アレがコレなの。

112kilroy私がナンでコレを知ったかと言うと、The Moveなの。
他のバンドにもたくさん「Kilroy was Here」という曲があるんだけど、私がThe Moveが好きでね。
Roy Woodが大好きなもんだから…。
それで「コレ、いい曲だナァ」と思って「Kilroy was Here」ってのはどういう意味か調べたのね。
Marshallにいた年配の友人が「The Moveはロックではなくてポップだ」って言っていたのを思い出す。

Move2004年にリリースされた『461 Ocean Boulevard』のデラックス盤にはハマースミス・オデオンでのライブ音源がタップリ収録されているんでしょ?
「でしょ?」というのは、私、子供の頃からナゼかクラプトンって全く聴かないものですから…。

Dコレはよく聴いたよ。
Brand Xの1977年の『Live Stock』。
でも、ハマースミス・オデオンでの収録は2曲だけであとはソーホーの「Ronnie Scott's」とウォルド―・ストリートの「Marquee」の音源なんだよね。
なんでもいいわ!この頃にロンドンにいたかったわ!
しかし、最近は命日ということもあって、facebookでは乾物屋のように「ジャコ、ジャコ」とにぎやかだったけど、パーシー・ジョーンズもいいのにね。
でもね、やっぱりこの人はBrand Xどまりだったんだよな。
Tunnels(トンネルズ)なんて信じられないような名前のバンドのCDも買って聴いてるけど、やっぱ曲が…。
どんなに演奏が個性的でも曲がツマらないのは致命的であることのいい例。それでもCDを買ってしまう私は、「懲りないバカ」のいい例。

Eこのアルバムはスゴイ。
The Tubesっていいよな~!
映画を観てQueenが好きになったような新しいファンの神経を逆撫でするようことを言うけど、フレディ・マーキュリーを見逃したのは特段悔しくはない。
が、1979年のThe Tubesの来日公演を見逃したのは私の音楽人生におけるかなり大きな汚点だよ。
グヤジイ~!
来日するのは知っていたし、前座が話題のYMOだってのも聞いていた。
きっと、お金がなくて行けなかったんだろうな?
1978年リリースのThe Tubesのライブ盤もハマースミス・オデオン録音。
で、このライブのミキサーを現場で担当したがLOUDNESSの『Thunder in the East』のプロデューサー、マックス・ノーマンなんだよ。

FこのThe Tubesのライブ・アルバムにも収録されている「God Bird Change」というインスト曲ね。
アル・ディ・メオラが1982年『Electric Randzvous』の1曲目に取り上げている。
このアルバムにも参加しているディ・メオラのところのパーカッションのミンゴ・ルイスはThe Tubesのドラマーだったから。
さすが、「ディ・メオラ!カッコよく演ってるな~!」と言ってあげたいんだけど、The Tubesバージョンの方がカッコいい。

Erコレもハマースミス・オデオンだったんだ…イヤ、私も持ってるんだけどサ。
ああ、天ぷら食べたいけど、ハンバーグもステーキも食べたいナァ。唐揚げも食べたいし、トンカツもいいナァ。
炊きたての白いご飯は最高だけど、チャーハンや中華丼も久しく食べてないからナァ。
おお~!一口ずつ食べたいモノがセットになっている夢のような定食があるじゃんか!…というのがこのアルバム。
私にはそういう印象。
結局コレを聴いた後には『Brain Salad』やら『In the Court of 』やら『Back in the』やらを引っ張り出して来て「ああ、やっぱりコッチだな」とオリジナルの良さを再認識する
私にはそういう印象。
でも、グレッグ・レイクっていい声だよな~。
ホント、一度だけだったけど、ELPを観ることができて幸せだった。
もうアレで思い残すことはない…そうはいかない。

Gあ、そう。
Mottのライブ盤もハマースミス・オデオンなのか…もっともな話だ。
ゴメン!…Mott the Hoopleは苦手なの。
でも、いつかイアン・ハンターがAVTを使っているのを見てうれしかった。
イヤ、何枚か持ってますよ、もしかしたらこのライブアルバも持ってるかも知れないな…チョット探してくる。
-----ガサガサガサガサガサガサ------
CDがあったわ。
でも聴いた記憶が一切ない。
いっちょ聴いてみるか…Spotifyで。CDをプレイヤーに入れるのが面倒だから。
-----アクセス、検索、▶------
なんだよ、タイミングよくオープニングSEがホルストじゃないの!
フーン、クレジットは「The Odeon Theatre」になってる。「シアター」がイギリス綴りなのがうれしいな。
-----しばし聴く------
はい、次いきます。

HThe Sensational Alex Harvey band、1975年のライブ。
観たかったな~。
生でアレックス・ハーヴェイの声を聴いてみたかった。
このアルバムは「Justly, Skillfully, Magnaminously」とかいうファンファーレで始まるんだけど、コレを作ったデレク・ワズワースというイギリス人のトンロンボニストらしんだけど、この人がスゴイ。
コレ、ホントかな?
キャリアを見ると、アレンジを担当したミュージシャンの名前に… Judy Garland, Nina Simone, Kate Bush, Dusty Springfield, Shirley Bassey, Georgie Fame, Cat Stevens, Rod Stewart, The Rolling Stones, Manfred Mann, The Small Faces…その他ゾロゾロになってる。スゴすぎるでしょ、コレ?
そのファンファーレの後にアレックスのスコティッシュ英語が炸裂!
ホントにこのバンドが好きだ。
ギターはもう長年欲しいと思わなかったんだけど、今、SGが欲しいと思っているぐらい。
Hard Offで安くていいのを探すのがチョットした趣味になってる。

Iハイ、コレもハマースミス・オデオン。
『Bad Reputation』の成功に気をよくしたThin Lizzyは、再度プロデューサーにトニー・ヴィスコンティを起用して1978年の初頭に新しいスタジオ・アルバムをリリースしようとする。
ところが、売れっ子ヴィスコンティがあまりにも忙しくて制作に付き合っている時間がなく、しからばということで、現存していた音源を使ってアルバㇺを制作することになった。
ってんで、Thin Lizzyのメンバーとヴィスコンティは、アルバムに収録すべき良質のパフォーマンスを探すために30時間以上、録り貯めた過去のライブ音源を聴き漁った。
このアルバムのジャケットには、1976年11月14日のハマースミス・オデオンでの演奏(『Johnny the Fox』のレコ発ツアーの一部)、1977年10月28日のカナダはトロントでの演奏(『Bad Reputation』のレコ発ツアー)の録音がクレジットされているが、ほとんどの演奏の元はハマースミス・オデオンでの音源なのだそうだ。
「元」というのは、ヴィスコンティによれば、このアルバムの演奏って75%がダビングなんだって。
そう言われて聴いてみると「Are You Ready」あたりのフィルのボーカルズなんてショート・ディレイがすごく不自然にかかっているように聞こえるもんね。
ナニせオリジナルの音源はブライアン・ダウニーのドラムスと観客の歓声ぐらいらしいよ。
ちょっとガッカリ?
また、「Southbound」はトロントの1週間前のフィラデルフィアで録音していたサウンドチェックの時の音源なんだと。
ま、そんなもんですよ。
UFOのライブ・アルバムだってねェ、収録されている2曲がスタジオ録音だっていうんでしょ。
でも、「Cowboy Song」から「The Boys~」へのメドレー式につなげる手法や「Still in Love with You」のテンポ設定はこのアルバムで始まって、最後まで踏襲したというからThin Lizzyの最も良い時期を記録したアルバムであることは間違いない。

Jスゴイのはブライアン・ダウニーよ。
前からスゴいドラマーだと思ってたんだよね。
ブライアンはどこのドラムを使っているか知ってる?
そう!
NATALなんです。うれしいな~。

Bd1そして、今ブライアンは「Brian Downey's ALIVE AND DANGEROUS」というThin Lizzyのトリビュート・バンドをやっている。
こういうのこそトリビュート・バンドっていうんじゃない?
ホンモノのメンバーがいるんだからコレは決して「コピー・バンド」ではない。
反対に第三者が演るのは「トリビュート・バンド」という言う前に「コピー・バンド」という言葉が適用されるのが正しいと言葉の使い方だ思う。
もちろんブライアンはNATAL!
観たいな~!
なんかThin LizzyもWhishbone AshみたいにScott Gorhamの方と分派活動を展開しているけど、このブライアンのはすごくいいらしいよ。ブライアンはオリジナル・メンバーだし。
ドラマーの金光K健司の推薦だから間違いない!
そして、そのKKが使用しているドラム・キットがNATAL。
NATAL、近い将来きっと来るよ、コレ。
音の評判がものスゴくいいもん。

Bd21983年のThin Lizzyの「さよならツアー」を記録したのもハマースミス・オデオンだった。

K1985年のアイアン・メイデンのライブ盤もハマースミス・オデオンなのね?最後の5曲がそうなのか。
いつかMarshallからフィンズベリー・パークまで送ってもらった時、仲のいい運転手が、到着するチョット前ぐらいに「確かニコの家はこの辺りだったハズだよ」なんて言ったことがあった。
もちろん日本も同じなんだけど、アイアン・メイデンのドラマーが電車に乗ってハマースミスに行けるところに住んでいるというのがものスゴく面白く感じるんだよね。
かつてサウス・ケンジントンに住んでいたジミー・ペイジにしてもそう。
だからミック・ジャガーがダブルデッカーに乗って、「おつりが1p足りない!」と騒いだ…なんて話も信憑性があるね。

自慢のSpotifyで聴いてみると、このアルバム、カッコいいね。
「Never surrender!」というウィンストン・チャーチルの演説を使ったオープニングSEもいい。
チャーチルの演説では「Never give in!(負けるもんか!)」というスローガンが有名。
2曲目の「Aces High」…テンポがヨレて聴こえるのは私の耳のせいか、ニコのせいか…。

Lビデオの収録も大作ぞろいだ。
大コンサートを開いてるんだから当たり前か。
映画になったデビボの『Ziggy Stardust and the Spider from Mars』は1973年のハマースミス・オデオンでのステージを収録。

Zs 1994年にリリースされたケイト・ブッシュの『Libe at Hammersmith Odeon』は1979年3月のコンサートを収録した。

Mそして今回初めて知ったんだけど、アータ、今年The Darknessもハマースミス・オデオンでのライブ盤を出したのね?
自慢のSpotifyで聴いて楽しみました…こんな私でも一旦コレをやってしまうともうCDは買えないよ!
本当に音楽ってタダ同然になってしまったことを実感するわ。

NでもThe Darkness好きでね。
2006年に来日した時、Dan Hawkinsに一緒に写真に収まってもらった。
背の高さは違うけど、やっぱりファンだけあって、体つきとか、顔の大きさとか、足の長さとかがソックリだね!

Dan ところで、こんなに何回もハマースミス・オデオンに行ってて、ナニかショウを観たことがあるのか?と訊かれると…情けないことに答えは「No」なんですよ。
私だって入ってナニか観たいよ。
でも、ホントに一度たりとも観たいアーティストが出ているタイミングにロンドンにいたことがないのよ!
一度、トッドがかすったけど、やっぱり2、3日違いで観れなかった。
じゃ、今パッと行って見たらどうかな?と行く気になったつもりで予定を調べて見ると、やっぱりいいのがない!
2月にBlue Oyster Cultが出るようだけど、それは観たいナ…40年ぶりに!

9img_1020前掲の写真同じく、数年後に横から撮ったもの。
もうお店が出来て様子が変わってる。
「El Paso」?「Tex Mex」?メキシコ料理屋か?…いいね。

860この時はホラ…ポール・サイモンだった。
コレを観に行くガラじゃないもんな~。
TOTOも何回か観たからいいや…。

9img_1025_2おおおおおおお~!
コレなら行く行く行く行く行く、イヤ、来る来る来る来る来る!
…と思ったら残念でした~。
この時もタイミングがゼンゼン合わなかったの。

820vスティーヴ・マーチン、こんなところに出てるんだね。
この人も苦手なの。
でも『アウト・オブ・タウナーズ』というゴールディ・ホーンと演った、ニール・サイモン脚本の『おかしな夫婦(Out of Towners)』のリメイクはヨカッタ。
「モンティ・パイソン」や「Faulty Towers」のジョン・クリースがオカマの役で出てるところがまたヨカッタ。

830vハマースミス・オデオンを覗いてみる。
ロビーはこんな感じ。
「programmes」という綴りにイギリス感があってうれしい。
お、何やらプラークが付いているぞ。

840バディ・ホリーだ。
1958年3月25日、バディ・ホリーは2回ココのステージに立った。
そしてコレがイギリスにおける最後の公演となった。
約1年後の1959年2月3日、バディ・ホリーは飛行機事故でたった23年の生涯を閉じたのだ。

850イヤ~、今回の記事は書いていてとても楽しかったけど、かなり疲れたわ!
2回の記事で5本分以上書くぐらいの時間と労力を費やした。
いつもより格段に多く英語の文献に当たったからだ。
最後に…
Queenで始まったので、Queenで〆よう。
フレディの家があるアールズ・コートからココまでは、ウエスト・ケンジントン、ハマースミスと、地下鉄でたった2駅ということもあるからね。
重要なハマースミス・オデオンでのライブ・アルバムをもうひとつ。
2015年にリリースされ、往年のファンを狂喜させた1975年のQueenの音源。
私はファンでないので買わなかったけど、自慢のSpotifyで聴いた。
この音源はとてもいい。『Live Killers』よりゼンゼンいいんじゃない?
誰も作れない、イヤ作らなかったオリジナリティあふれる自分たちの音楽を若き日の4人がハジけるように演奏しているところが捉えられている。

Qno次回ロンドンに行くときにはいいのが出ていますように…。
もうスッカリ暗くなっちゃった。

9img_1962

 

200

2018年12月 1日 (土)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.32~ハマースミスが好きだった <前編>

  
しかし!
物事、何がどこでどうなるかわからないもんですナァ。
イヤね、Queenのことなの。
すごい騒ぎになっちゃったね~、「バヒーミアン・ゥラプソディ」。
特にfacebookが熱い。
私のお友達のことですから比較的Queen世代の人が多いんでしょうけど、それにしても出て~くる出てくる!
あの映画を観て涙を流すような熱心なファンがこんなに沢山いらっしゃったとはツユ知らなんだ。
チョット前までQueenの「Q」の字も見かけなかったのに…時々Quattermassを見かけることはあったが…。Quintessenceに触れている人は見たことない。
たいてい誰かが亡くなると数日間だけ一気にファンが増えるのが常だけど、映画が火を点けたこのQueenブームはどうやらホンモノっぽいね。
とても良いことだ。
未来に向かって過去のいいモノが見直されることは実に有意義だ。
ましてや今の音楽界は、過去を無視したまま前進することはまず不可能であろうから。
 
ところで、私の年上の友人に長いキャリアを持った女性ピアニストがいらして、最近クラシック音楽のことでチョットだけメールのやり取りをさせてもらっている。
その方は、1976年に日本を離れて単身オーストリアに乗り込み、「ウィーン国立音楽院」で世界レベルの音楽教育を受けた人。
言い換えれば、音楽といえばこれまでの人生で丸っきり「クラシック」しか知らないお方。
何しろジャズのことを「属七の音楽」と呼んでいらしたくらい。
「属七」というのは「ドミナント7th」のことね。
クラシックの人にはやっぱりあの音楽におけるドミナント・モーションの部分が相当強烈に聴こえるようだ。まさにそういう音楽だからいいんだけど。
で、その人がウィーンに行った頃は、市内を走る路面電車にカール・ベームが乗っていたっていうんだよね。
スピードが緩そうな路面電車だ。アルトゥーロ・トスカニーニが乗っていたら超特急だろうに。
また、最近私が騒いでいるレナード・バーンスタインは、当時は「猿」扱いされていたとか。
コレはわかる…一部のイギリス人はアメリカ人のことを完膚なきまでに蔑んでいるのを知っているから。
そして、その方が生まれて初めて最近テレビでQueenを見てビックリしちゃったんだって。
それで私にメールが送られて来た。
そのメールの内容がすごく面白かったので、その方には無断でほぼ原文のまま転載してみようか;

私は初めて知りました。
(Queenの)名前は聞いたことはありましたが、「ロック!?」…というだけで目を向けていませんでした。
毛嫌いはしていませんでしたが、それどころじゃない!…という(音楽の勉強に追われる)生活でしたから(笑)。

その映像は…イヤ、「音楽」は衝撃的でした。
「なんとかラプソディ」というタイトルでしたか?…「♪ママ~、ウ~ウ~」とかいう…。
まるでオペラの「レツィタティーヴォ」…そこからアリアが始まるような展開!
いや〜、残念ながら知らなかった!
もちろん大音響はノーサンキューですが、ロックの中にはこういう音楽があったのか…と、〇〇歳のオバさん、イヤ~、ホホホ、おバアさんですが、ビックリしました。
 
「レチタティーヴォ(recitativo)」とは、オペラ、オラトリオ、カンタータなどで歌われれる叙述的な独唱曲のこと。
「アリア」が旋律の美しさを重視した叙情的なものであるのに対し、レチタティーヴォは「叙唱」とも呼ばれ、言葉の抑揚に忠実で叙述的であるのが特徴。
まさに「なんとかラプソディ」。
私がその「ノーサンキューの大音響」を生み出す装置の会社に勤めているのをご存知かどうかはわからないが、Queenのスゴさを妙な形で思い知らされた。
テレビのレポートでも若い人たちがインタビューで「とても感動した!」という感想をたくさん寄せていた。
他のところにも書いたように私はQueenのファンではなかったし、皆さんが感銘を受けていらっしゃるシーンの『Live Aid』が開催された時にはもうジャズに夢中になっていたので思い入れが全くなく、また、アメリカが一番ヨカッタ時代の古いハリウッド映画にドップリ浸かって育った私のようなジジイには映画自体の作り方が薄っぺらくて、残念ながら感動も感涙もなかった。特段ファンでない私なんかが「映画」として観た時に、伏線の張り方が甘くて感情移入できないのね。
私が歳を取りすぎているってことなんでしょう。
でも、やはりQueenのことを出て来てきた時から見ている私より年長のミュージシャンの方々の感想も同様であることが多いようだ。
繰り返しになるが、こうしてQueenのことを何も知らない人や全盛期を知らない若い人たちに当時のロックのクリエイティビティが伝播するのはとてもいいことだと思っていて、この映画がそうした「温故知新」のムーブメントにキッカケになってくれればうれしい。
私はその時にこそナミダを流すよ!
ねぇ、ジョン・ディーコンって、昔は「ディーコン・ジョン」っていってなかった?
 
さて、さっきも出た他の記事にあの映画の最初の方のシーンがロンドンのハマースミスでロケされていることについて触れた。
ハマースミスのことなんかスッカリ忘れていたのに、アレを見たら懐かしくなっちゃって!
…なんて言うと、いかにもしばらく住んでいたような風に聞こえるけど、出張の時の定宿がハマースミスにあったというだけのこと。
でも何回行ったかナァ…ということで、強引に『イギリス-ロック名所めぐり』として1本仕立ててみた。
ほとんど「私のハマースミス」状態ですわ…。
でもロンドン好きは必読。
ロンドンの旅ガイドなんかには載っていない情報満載!…だと思うよ。
 
まずは、ドローンでハマースミスの街並みを見下ろしてみる…ウソですよ~。
定宿にしていたホテルの上の方の階でエレベーターを待っている時に撮影した写真。

10緑が多く、高い建物がほとんどなくていいよね~。
ロケーションとしてはロンドンの中心地、ウエストエンドから地下鉄で20分ぐらいの所。
何十回訪れても思うんだけど、イギリスは国土が日本の2/3、人口が半分。
東京の人口1300万、ロンドン700万…なんでこんなに街の混雑状態が違うかね~。
断然ユッタリしてる。
やっぱり人口が倍半分も違えば当然か?
でも、面積的には東京の方が格段に広いだろうにナァ。
最近は時々見かけるようになったけど、このホテルのエレベーターって、1階(現地ではG階)でエレベーターに乗る時、いちいちルームキーを操作盤にかざす必要があって、荷物が多いる時など、それが異常に煩わしく感じたっけ。

20この空!
倫敦の空だ。これでも雨はとりあえず降らないんだよね。
わかりにくいけど、写真の真ん中からチョット下に尖塔が見えるでしょ?それと左側にほんの少し堤防が見えてる。
後でそこらへ降りて行きますからね。

30vハマースミスはウエストエンドの中心の駅、ピカデリー・サーカスから地下鉄ピカデリー線で9つ目のところ。
以前紹介したアールズ・コートから2駅ほどヒースロー空港寄りの駅。
ピカデリー線、サークル線、ディストリクト線、そしてハマースミス&シティ線の4線が乗り入れる重要な駅だ。
ヒースロー空港へのアクセスがラクなのと、比較的安価なホテルがあったので、ロンドンに来るとよくココに泊まったというワケ。
メインの駅舎はすごく近代的よ。
チョットしたアーケードがあって、2階がバスターミナルになってる。
こんな建物は面白くもなんともない。

40こっち、こっち!
チョット横に入ると、もうひとつの駅舎がある。
コレもハマースミス駅。
今でも使われている旧駅舎なんだけど、古くていい感じでしょう?
それもそのハズ、ハマースミス駅に停車する、その名も「ハマースミス&シティ線」の内、パディントン駅とファリントン駅の区間は1863年に開業した世界最古の地下鉄なのだ。
確かにハマースミス&シティ線の駅はどこへ行ってもホームが古く、地上から浅いところにあることが多い。
つまり他の路線が推進工法だったのに対し、東京でいう銀座線のような開削工法だったんだろうな。
ちなみに私が生まれて初めて泊まったロンドンのホテルの最寄り駅は、ハマースミス&シティ線の「オルドゲイト・イースト」というタワーブリッジからすぐのところで、街全体が完全にナマステ状態でかなり驚いた。
その近くには夏でも黒いコートと帽子を身に付けて、もみ上げと後ろの髪を編み混んでいる人たちばかりの街で、あれもかなり驚いた。
ロンドンはこういうコミュニティによる街の違いがないと思っていたのに、ニューヨークよりはるかにあからさまだったから。
その後、東ヨーロッパ人の街やイスラム系の街のB&Bに投宿したこともあったが、おかげでその時はもう驚かなかった。
さて、そのインド人街の真ん中にある「City Hotel」という安宿(今は信じられないぐらい高くなっている)はレセプションにまで物乞いが入り込んでくるようなところだった。
その物乞いの英語がサッパリわからなくて、ホテルの人に普通の英語への通訳を頼んだら「金くれってサ!」と言われた…ということは以前にも書いた。
話を地下鉄に戻して…あ!
そうそう、先日Marshallとメールのやり取りをしていてすごくうれしい言葉を発見した。
地下鉄の話をしているのでココに書いてしまうが、この話の脱線ね。
辞書で相応の英単語を調べると「digression(ディグレッション)」と出ている。
この言葉は固いな~、と思っていたら、そのメールの相手の文章に「derail(ディレイル)」という単語を見つけた。
コレだ!と思った。
「de+rail」ね。「rail」はもちろん線路のこと。だからリアルで「脱線」という意味。
メールの相手のおかげでこの言葉が「列車の脱線」だけでなく、「話の筋道の脱線」にも使えるということがわかった。
コレが生きた英語~!
ハイ、ディレイル終わり。
話を地下鉄に戻して…しからば、1863年が日本ではどういう年だったのか調べて見ると…。
そうか、14代将軍徳川家茂が「公武合体」を目的に229年ぶりに上洛した年。家茂は歯が全部虫歯だったらしい。尊王だ、攘夷だ、公武合体だ、と激動する国情の治世に大きなストレスを感じ、第二次長州征伐の際、脚気が原因で21歳の若さで大阪に客死した。
その亡骸はイギリスから買った長鯨丸で江戸に移送された。山口県の人には悪いけど、長州征伐が成就していたら今の日本はどうなていたかね?歴代の総理大臣や内閣の重職はほとんど薩長土以外の人になっていただろうからね。
この年、さらに長州が馬関戦争を引き起こしてる。
そして薩英戦争…イギリスは極東のチョロい小国を相手に戦争をしている時に、ロンドンの地面の下に汽車を走らせていたのだ。
この駅舎はその頃からあるのだから恐れ入る。
50あ!もうひとつディレイルさせて!
日本初の地下鉄は1927年の銀座線浅草ー上野間だけど、アレって世界で13番目に古いアルゼンチンの地下鉄、すなわち1913年にブエノスアイレスの地下に開通した鉄道がお手本になっているんだって。そん私はてっきりイギリスのマネをしているのかと思っていた。
地上の鉄道は間違いなくイギリスが先生。キングスクロス駅にソックリの上野駅の駅舎のデザインなんかを見るとそれは一目瞭然だわね。東京駅やかつての万世橋駅の立派な駅舎もセントパンクラス駅やヴィクトリア駅を連想させる。
駅舎の中はこんな感じ。
ステキでしょう?

60v駅のそばにはこんな立派な教会が。
Marshallの本社・工場があるブレッチリ―から車でハマースミスへ来るとこの教会の横を通るんだよね。

65v駅前の目抜き通り、キング・ストリート。
ロンドン・パンク発祥の地とされる「キングス・ロード」はもっとロンドンの真ん中、スローン・スクエアの方。
一度行ったけど、パンクに縁遠い私は偶然見つけた国立陸軍博物館というのを見学して帰って来た。アレは存外に面白かった。
写真の右手には駅からすぐのショッピングモールがあって、バーガー・キングだの、セインズベリーだの、H&Mだの、PRIMARKだの、当たり前の店舗が軒を連ねている。
仕方なしにバーガー・キングの何回か入ったことがあるが、旅の後半に食べるチェーン店のハンバーガーのツラさには筆舌しがたいものがある。
どんなに好きなロンドンでも早く日本に帰りたくなる瞬間だ。
1img_0085_3駅を背中にズンズン進む。
この通り沿いにある某フライド・チキン屋に一度入ったことがあった。
先客で若い黒人の女性が買い物をしていた。
するとその女性がカウンターの奥にネズミが走っているのを発見。私もハッキリと見た。
その女性は「Rat!  A rat was running!!」とスティーヴン・タイラーもビックリの大声で叫び、まだ買い物が終わっていないのに、激怒しながら外へ出て行ってしまった。
順番が繰り上がった私はそのままチキンを買ってホテルで食べた。
ラッキーだった?!
それと、新古本屋さんがあってね。
売れ残った本をかき集めて安く売ってるお店ね。
もう無くなっちゃったけど、大英博物館の隣にも支店があって、この店に行って本を見るのが大きな楽しみだった。
今でも英語の調べものをする時にはそこで買った本が重宝している。
90さらに通り沿いにHoliday Inn Expressというホテルがあって、かつてはココを定宿にしていたのだが、他に安くて程度のいいホテルが見つかってからというもの、利用しなくなってしまった。
でもこのホテルはと~ても親切で、私が部屋に忘れたカメラをキープしておいてくれたり、Marshallから誤って持ち出してしまったカメラの三脚の部品を私に代わって送り出してくれたりした。
でも、このホテルの魅力は何といっても1階にあった「WHITHERSPOON」だったね。

100WHITHERSPOONというのはイギリス国内で広範囲に展開しているパブのチェーン。
安いのよ。
イギリスは日本と違ってどこへ行ってもビールの値段が同じということはなく、同じ銘柄のビールでも店によって結構値段が異なる。
下はロンドンの神保町、チャリングクロス・ロードにあるWHITHERSPOONが経営するパブなんだけど、やっぱり他の店より明らかに安い。
コレが地方へ行こうものなら、ロンドンで£5ぐらいする1パイントのギネスが£1.80ぐらいで飲めちゃう。ま、6年ぐらい前の話だけど。
110vさらにキング・ストリートを進むと左手に出て来る教会。
どんな街でもこういうのが必ずあるんだな。

120このビルが「Premier Inn」というホテルで私の定宿だった。

130vホテルの前はこんな感じ。

140同じキング・ストリートでもここまで来るとかなり静かになる。
どれぐらい「ここまで」かというと、地下鉄の駅ひとつ分。
どうしてそんなことが言えるのかと言うと、実際にディストリクト線の駅がホテルから歩いて数10秒ぐらいの所にあるの。

150コレがその駅。
駅の名前が他人事ではない。
「Ravenscourt Park Station」という。
「レイヴン」さんだ。
実際、線路の向こうが「レイヴンズコート」という公園になっている。

160さて、ある朝。
珍しく散歩に出てみた。
コレが冒頭の写真に見えていた教会。

170「ご注意あれ 近所の人は見てますよ~」
コレはイタチかね?カワウソかね?180vコレだ!ミーア・キャット。
でもなんでミーア・キャットなんだろう?
「見てみいや!」ってこと?そんなバカな!
やたらとキョロキョロしてるってことか。

Photo ホテルの周辺は本当に閑静な住宅街…なんだけど、何やら変なニオイがするの。

190ロンドンはこんな小道がまたステキなのよ。

200vナンて名前かは知らないけど、こういう細い道にもひとつひとつチャンと名前がついているのです。

210vどうしてドアノブを真ん中につけるの!?

220vエリアによっては金持ち感丸出しの家がゴロゴロしてる。
9img_1775ロンドンの高級住宅街というと、サウス・ケンジントンとかスイス・コテージとかが代表らしいんだけど、ハマースミスも割合ポッシュな方なのかな?
9img_1774ひと目で暮らし向きがわかる家が立ち並ぶ。

230vでもね、クサイのよ。
今まで嗅いだことのない、ナントも言えない妙なニオイ。
何のニオイか、何系のニオイか…それすら見当がつかないの。
「オイニーがサイク~」ってヤツ。9img_1777 上の写真の家々は見るからにリッチだけど、この辺りが住宅地として程度が低くないことを示しているモノがある。
ま、コレは私の思い込みということもあるけど。
私にそう思わせるのは、こうしてブルー・プラークがついている建物が散見されるからだ。
例えばコレ。

260v「サー・エメリー・ウォーカー」という人が住んでいた家。
ウォーカーさんは、このプラークでは活版印刷工にして「antiquary」…すなわち骨董品愛好家となっているが、彫刻家や写真家として大活躍した人。
1880~1920年にイギリスに端を発して、北米までをも巻き込んだ芸術のムーブメント、「アート・アンド・クラフト運動(Arts and Crafts Movement)」で重要な働きをした団体の中心人物だった。
そのアート・ムーブメントは日本にも伝播し、1920年ごろ「民芸」という形でブームが起きたのだそうだ。
朝早い散歩で扉を閉ざしていて気が付かなかったが、このウォーカーさんの家は「Emery Walker's House」というチョットした博物館になっていて一般公開されているようだ。
270すぐ近くにもうひとつ。
280vサー・アラン・ハーバートという人の家。
この人は作家、ユーモリスト、政治家。
要するに、こういう人たちが住んでいた所なので住宅地としては悪くないのでは?と思ったワケ。
でも、有名な国会議事堂の近くにカンタベリーの大司教がロンドンに来ると投宿するお城があって、その辺りをランベスというんだけど、19世紀の終わり頃でも殺人事件が頻発するようなモノスゴく治安の悪いエリアだったらしい。
そんなだから一概には言えないけどね。

290もうひとつ見っけ!
コレが飛びっきり私好みのネタと来てる!…と言っても後で知ったんだけどね。
この白い家にはかつてエドワード・ジョンストンというカリグラファー…日本風に言うと「書道家」になってしまうんだけど、「活字のデザイナー」っていう感じ?…が住んでいた。
日本にも勘亭流だとか、寄席文字とか、相撲文字とか筆文字にも色んな流派があるでしょ?
アレみたいなもんで、アルファベットは形が26個しかないので、欧米ではこのカリグラフィとかタイポグラフィという文字の装飾が昔から大変発達していた。

240vエドワード・ジョンストンというのは、「Jonston Sans」というフォントのデザインを作り上げた人。
上で触れた「アート・アンド・クラフト運動」でも活躍したそうだ。
チョットここで他の人のプラークを出すよ。
せっかくだからキース・ムーンにしよう。

9img_0275 今度は2枚上の写真に写っているエドワード・ジョンストンのプラーク。
見て…ね?
フォントのようすが違うでしょう?
ロンドンのブルー・プラークでこのフォントが使われているのはこの1枚だけ。
このフォントが「Johnston Sans」。
一般的にこういうサラっとしたフォントを「サンセリフ」と言うのだそうだ。
「サンセリフ(Sans-serif)」とはフランス語で、「ヒゲ(Serif)が無い(sans)」という意味。
ココでキース・ムーンの文字をチェックすると、文字のハジッコに全部チョロっとした棒がついているでしょ?
これが「セルフ」。
一方、ジョンストンのはツルッツル。日本で「ブロック体」と呼ばれるスタイルに似ている。
ジョンストン・サンズは文字は幅が少し広めで、大きな特徴としては小文字の「i」や「j」の点が●ではなくて、◆になっていること。
このフォントははナニに使われているか…?
ロンドンに行ったことのある人はピンと来るかも知れない。

250そう!
地下鉄のサインに用いられているあの文字なのです。2mg_2と、言いたいところなんだけど、今の地下鉄に使われているのは「New Jonston」といって、ナント、1979年から1980年にかけて河野英一という日本人がオリジナルのジョンストンのサンセリフ書体に倣ってデザインし直したモノなのだそうだ。
オリジナルのジョンストン・サンセリフはこんな感じ。

2jsで、どうもそのニュー・ジョンストンも2016年にまたデザインし直されたようだ。
今度ロンドンに行ったらよくチェックしてこよう。
ナゼそんなことをワザワザやるかというと、それらのフォントを使った媒体がドンドン変化していくからなんだって。
例えば技術が進歩して小さい文字がクリアに印刷されるようになると、そういう技術に耐えられるように文字形や線の太さに改良を施さなければならないというワケ。
だから、2016年にもフォントの改訂が必要だった。
理由はデジタル媒体の普及で、紙ではなく、パソコンや携帯電話のディスプレイを見る機会が圧倒的に増えたからだそう。
こんなところにもデジタル化の魔の手が!…ナンチャッテ。
で、このエドワード・ジョンストンの偉業はフォントだけでなく、おなじみの地下鉄のロゴマークも手掛けている。
この丸いデザインはBullseye(ブルズアイ:標的)と呼ばれているが、コレに四角を組み合わせるデザインは元からあって、それに手を加えて今の形にしたのがジョンストンなのだそうだ。

1be結局はこのデザインにジョンストン・サンセリフが組み合わっているからカッコいいデザインなんだよね。

9img_8352この文字がセリフ体だったらまた完全に別のモノのなっていたことだろう。

9img_8393 コレは?
「ロンドン・パディントン駅」のサイン。
「i」の点が◆でなくて●になっているでしょう?
それに文字が肉太で若干スリムだ。「o」なんかを比べれば一目瞭然だ。
そう、コレは実は地下鉄ではなく、国鉄の駅のサインなのです。

9img_8045コレも国鉄のサイン。
全然オシャレじゃない。
「Hanwell」というのはジム・マーシャルが最初に楽器店を出したMarshall発祥の地の最寄り駅。

9img_8051 …コレに興味を持ってしまって、3,000円(税抜き)も出してこんな本を買ってしまった!
CD1枚に3,000円を出すことは滅多にないが、本には寛容な私。
ナゼかと言うと、私が買おうとするような変な本は中古で安くゲットできる確率が少ないから、どうしても読みたい本は思い切って買っちゃう。
今、ワクワクしながら読んでる中。

90r4a3288コレは古い家なんじゃないかな~。
こうして入り口が小さい建物は概して長い歴史を持っていることが多いらしい。
小柄だった昔の人が使っていたことを示すからだ。
田舎へ行くと、モノスゴイ小さい入り口の古い家を見かけるからね。でも、コレはきっと冬の寒さ対策いうのもあったんでしょう。
それにしてもクサイ~。300v歩いていて偶然出くわしたのがコレ!

310FULLER'Sのビール工場。
いわゆるブリュワリー。

315vFULLER'Sといえば、ロンドンに行ってお酒を飲む人なら大抵一度は口にする「LONDON PRIDE」を作っているビール・メーカー。
今ではヒースロー空港にレストランを出店している。
以前空港にあったパブには「ホンモノのイングリッシュ・エールが飲める最後のポイント!」みたいな看板が付いていて、言われた通りそこでフライド・ポテトとエールを飲んで飛行機に乗り込むのがスキだった。
ヒースロー空港は行き慣れた昔の設備の方が愛着があって断然好きだけど、今のFULLER'Sのレストランに関してはそう悪くない。

3304人ぐらい集まると工場見学をさせてくれるようだ。
いつかは行ってみたいな~…といいたところだけど。

340くっさ~!
あのニオイの元はココだったのよ!

350ホテルに帰って受付のお嬢ちゃんに「あのニオイ、何かと思ったらFULLER'Sの工場のニオイなのね?」と言うと…「そうなの。ホップのニオイよ。いい香りでしょう?私はあの香りを嗅いで育ったの。あのホップの香りはハマースミスの住民の誇りなのよ」
「うん!そうだね!とてもいい香りだよね。ボクもLONDON PRIDEが大スキなんだ」…と答えおいた。
オレってワルだろ~?
360工場にはブリュワリー・ショップが併設されている。

370そこでビールを出しているワケではないが、看板はパブ風。
イギリスは「Licensed」といって、アルコール類を出すお店は特別な許可を得なければならない…日本も同じか?

380v中はこんな感じ。

390いい感じでしょう?

400昔の日本の酒屋さんもこんな感じだった。
実家の近くのセブンイレブンはかつて幼稚園の同級生のゆかりちゃんの家で、古い酒屋さんだった。
まさにこんな感じだった。
毎日夕方近くになると、汚なめのオジさんが大勢店先に集まって来て、タバコの煙の中で真っ赤な顔をしながらワイワイ騒いでいた。小さな子供にはその様子がコワかった。
そうだよ、昔は酒を飲ませる酒屋ってのがそこら中にあったよね。アレはLicensedだったのかな?

410工場のすぐ近くにあった「The Mawson Arms」というパブ。
「FULLER'S」の看板が付いている。
420vこの写真に並行して走っている通りが「Chiswick Lane Sounth」。
左の方へ行くとさっきの工場に当たる。
この辺りのエリアを「Chiswick」というが、コレ「チズウィック」と読みがちだけど、ほとんど「チズィック」と発音する。
よくパブの名前で「Arms」って付いている店を見かけるが、この「arms」は「腕」でも「武器」でもなくて「紋章」という意味。
だからこの店の名前は「モーソン(Mawson)の紋章」ということになる。
では、このモーソンとは一体誰か?
ホラ、ココにもブルー・プラークが付いている。

9img_1793_2Alexander Popeという詩人がココに住んでいたそうだ。
この人、1744年に没している…ということは、このビルは相当古いということになる。
この通りには他に5つの古い建物が立っていて、それらはイギリスの貴重な建物リストの2番目のグレード(Grade II)にリストアップされている。
それらの建物を1715年に作ったのがパブの店名になっているトーマス・モーソンさん。
そして、このモーソンさんこそがFULLER'Sの創設者なのだそうだ。
ココ、実際に入ってエールを飲んだんだけど、この辺りのことを知っていればもっと味わって飲んだのにな~。
もうひとつ…。

9img_1792ココに住んでいたというアレクサンダー・ポープという詩人。
この人、「世界で最初の辞書」とされている「Oxford English Dictionary(通称:OED)」で2番目に多くこの人の文章が引用されているのだそうだ。
どういうことかというと、この辞書を編纂する時、「掲載する言葉には実際に使われている証拠となる引用文を示すこと」をルールとして一般公募をしたのね。
「この言葉はこの本でこうやって使われていますよ!」と引用文献を示すことによって、使われていない古い単語や実用的でない言葉が載ってしまうことを避けたというワケ。
何でこんなことを知ったのかというと、前にも紹介したことがある下の写真の本を読んだから。
で、OEDにはこのポープさんの文章がたくさん引用され、その量が2番目に多いんだって。
ハイ、クイズ。
それでは、誰の文章がOEDで一番多く引用されているでしょう?
コレは簡単でしょ?それが問題か?
答えは…その通り。
ウィリアム・シェイクスピアだそうだ。
90r4a3278 散歩して出くわしたのがこののどかな風景。
繰り返しますが、ココ、ピカデリー・サーカスから地下鉄で20分ぐらいのところだからね。
次回はこの川から始めます。
今回はエドワード・ジョンストンの話で予想外に紙幅を費やしてしまったのでコレで終わり。
ゴメン…ゼンゼン「ロック名所」じゃなかった!
<後編>はハマースミスでバッチリとロックするぜ!

430<後編>につづく 
 
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