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2023年1月12日 (木)

Jeff BeckのMarshall 2010

 
ニュー・アルバム『EMOTION & COMMOTION』を発表し、ますます精力的な活動を繰り広げるジェフ・ベック。
東京の2日目の公演に行ってきた。2010 今回も友人であるジェフのギター・テクのスティーブから色々と話を聞いてきたが、秘密にしている部分もあり、すべてをレポートできないことをご了承いただきたい。
前回の来日公演はツアーの前半がカスタム・メイドのMarshall。
後半はクラプトンとの共演時も含めて1987Xと1960BXの組み合わせだった。
そして、今回ステージに上がっていたマーシャルはJCM2000 DSL100と…

Dsl_21960BXだった。

1960bx ジェフといえば昔から50Wマーシャルという印象がもっぱらだが、今回は100Wでこれまでとはセッティングが大きく異なっていた。
本番の時、1960BXにマイクが立っていないことに気がついた人も多かったと思う。
代わりにDSLのお隣さんのコンボにマイキングされていたことにも気がつきましたね?
それでは下手側座席に座っていた方々はステージの後方に1960がセットされていたことに気がつきましたか?
前回とはまったく違うバックラインに驚いたことをスティーブに告げると、ジェフはいつも前進していて、頭の中に理想のギターサウンドが鳴り響いているのだそうだ。
ギター・テクの彼はジェフの頭の中の理想のサウンドに実際のサウンドが少しでも近づくよう日夜アイデアを練っているとのこと。
ところがジェフは音のイメージを伝えるだけなので、ドンズバの音を作るのが至難の業だとか。
彼らは安定した電力の供給に並みならぬ配慮をしていた。
世界中どこで演奏しても同じサウンドが得られるように電圧と周波数を絶えず一定にする機械を採用していた。
電圧が異なると音質が変化することはよく知られているが、周波数も同じ。
50Hzと60Hzでは倍音の出方に差が出てしまい、演奏に支障をきたしてしまう。
そして、ジェフはその微妙な違いをたちどころに見破ってしまうらしい。
他にも色々とおそわったんだけど、ギター・テクから許可をもらった部分だけ記しました。
写真もなくてスミマセン。
ひとつだけ漏らすと、Marshallが昔生産していたあるラック式の機材を使っていたのには驚いた。
 
さて、肝心のライブ。みなさんいかがでしたか?
やっぱカッコいいナァ~!
「Stratus」演ってたね。
そういえばこれもスティーブから聞いたんだけど、前日はジェイムス・テイラー&キャロル・キングで来日中のリーランド・スクラーも会場に観に来ていたそうだ。
「Stratus」が収録されているビリー・コブハムの『Spectrum』のベーシストね。
また、ナーラダ・マイケル・ウォルデンがよかった。
豆絞りがすっかり似合っちゃって!
三社さんになると浅草はああいうおじちゃん達であふれかえります。
「Led Boots」も素敵だった。
そして、「How High The Moon」には驚いたわ!
それとアンコール2の「'Cause We've Ended As Lovers」!
人間なかなかここまでカッコよくできるもんじゃありませんよ。
 
ジェフもギターがよく似合う人だ。
そしてやっぱりマーシャルがよく似合う!
マーシャルをバックにテリーを引っ提げた姿はもうクールそのものだった。
 

200 (初出:2010年4月14日)

2022年11月18日 (金)

【I REMEMBER 令文】高円寺ShowBoat18周年記念ライブ~大谷令文

 
大谷令文さんの追悼特集の最終回は、2011年7月14日に開催された高円寺ShowBoatの18周年を記念するライブのレポート。
イベントの正式な名称は『ShowBoat18周年記念・ギターリスト プロデュースナイト』だった。
つまり、よくお店に出演する人気ギタリストたちがそれぞれ独自のライブをプロデュースするという企画。
音楽や生演奏が好きな人であれば誰しも「こういうライブがあったらオモシロイなぁ~」なんて思うモノ。
それをやっちゃおう!というまさに『Marshall GALA』みたいなイベントだった。
そのオハチが令文さんに回って来た!ということでお邪魔させて頂いた。
令文さんの企画は名づけて『これでいいのだ2011』!

Sb0714 「18周年」ってのはずいぶんハンパだな~、とこの時は思ったナァ。
昔は5年とか10年をひと区切りにしていたけど、今は皆さん「周年」と銘打って毎年記念してるもんね。
海外ではあと「25」で区切るよね。
それを知らなかったので、昔シンバルのジルジャンが「375周年」を祝った時はすごく不思議に思った。
10開演前のBGMのひとつがクリス・スクワイアの『Fish Out of Water』。
イヤ、急に思い出した!
数日前、『ライブ・アルバムの魅力~大谷令文とBEAT SOUND』という追悼記事を公開したが、そういえばこの取材の時、令文さんはこのアルバムもお持ちになっていたわ。
「ライブ・アルバムを聴く」という企画だったのに!
30cdまずステージに上がったのはNIGHT BUZZ。
30藤井重樹40v藤岡幹大50v森川肇60vそして、板倉淳。70v Trick Boxの前から幹大ちゃんにはずいぶんMarshallの仕事を手伝ってもらったことは以前にも書いた。
そんな幹大ちゃんの音楽性を知っていたのでこのチームのポップさには意表を突かれた。Img_0399今にして思うとこのチームは「藤藤」コンビだったのね?
100vポップとはいえ、当然幹大ちゃんのギターは超鋭角的だ。80それが藤重さんのド迫力な声と絡んで何とも魅力的な世界が展開する。
藤重さんはこの後に登場するSBLの金光さんらとMOONSHINEというバンドを新しく立ち上げてもうすぐお披露目をする。
Img_0396「ちょっとヒトコト言わせて!」とマイクを握ったじゅんぺーさん。
今回の追悼特集で記事を復刻したが、ココShowBoatは2009年3月に『また逢う日まで2009~板倉ジョン・ラスト・ライブ・イン・トーキョー』と題したじゅんぺーさんの壮行ライブを開催した場所。
つまり、じゅんぺーさんにとって思い出深いハコだが、この時ナニをしゃべったのかは忘れた。
90v2回ほど観たかな?…NIGHT BUZZも聴かせどころの多いチームだった。Img_0394幹大ちゃんが亡くなってからもうすぐ5年か…。
日本のロック・ギター界はスゴイ才能を次々と失い続けて来ていることを実感するナァ。Img_0405令文さん企画のイベント。
次にステージに上がったのが三宅庸介率いるYosuke Miyake's Strange,Beautiful and Loud。
この頃は「Yosuke Miyake's」と接頭辞を付けていたのね? 
まずは三宅さんがジャラ~ンと弾いたのは…ジョン・コルトレーンの「A Love Supreme」の「Acknowledgement」。
ウ~ムそうか、昔から「supreme」という形容詞に「a」が付くのはおかしいな~、と思っていたんだけど、コレ、元は「A supreme love」で、フランス語やラテン語の用法のように倒置して形容詞を名詞の後に持って来ているだけなのね?
だから「神への愛」とかいうムズカシイことではなく、スッと「最高の愛」という意味に捉えてやればいい。
だから「至上の愛」というのはけだし名訳なんですネェ。Img_0638そこからスッと「Stratify」に入る。
110三宅庸介120v山本征史130v金光健司140v三宅さんはこの時もDSL100と1960BVを使用した。Img_0461_22曲目。
記録を見ると「New Song」となっている。
150コレはナニを演奏したのであろうか…。
セカンド・アルバム『Orchestral Supreme』に収録された「Petal」ではなかったか?
160昔のMarshall Blogを読むと、三宅さんの音楽について聞いた風なことをゴタゴタと並べている私。
ケーデンスがどうの、モードがどうの…フ~ム、こんなことを考えて三宅さんの音楽に接していたのか…スゲエな私も。170そしてそのセカンドアルバムからSBLのリード・チューン「if」。190続けて「Solitary Past」。
最近はこうしてうるさくない爆音でギターをジックリと味わうライブってメッキリ少なくなったナァ。
180vこの時も「Fantasia」を演った。
この後、スッカリこの曲を取り上げなくなるのだが、その理由を三宅さんに伺ったことがある。
その時は「ずいぶん繰り返し演ったので…」というお答えでした。
そ、そんな…きっと他にもっと重要な理由がおありなのだろう。
210v三宅ミュージックをバックアップするこの2人もいい加減スゴイ。
220vこうしたフレキシブルにしてパワフルなリズム隊があるからこそ三宅さんの音楽も息吹を得るのだ!(原文ママ) 230そして、「virtue」で燃え尽きた!235v前回もお伝えした通り、三宅さんは現在活動再開に向けての準備中。
Marshallを使った今まで誰も聴いたことがないような音楽を引っ提げて我々の前に帰って来てくれることだろう。
幼稚化と高齢化が同時に進む一方の日本のロック界に、小さいながらも希望の灯がともる日が近いことをうれしく思う。240v令文さんプロデュースのイベントのトリはもちろん令文さん。
この日は「レイブン・アキ&リョウ」というチームでの出演だった。
260大谷令文
270v斎藤亮280v渡辺ナベオ320v再び板倉淳340v今回の令文さんはレスポール・カスタムでスタート。
300vその音をアンプリファイするのはもちろんMarshall。
いつもの1959に1960BX、コーラスエコーという布陣。
やっぱり令文さんや三宅さんのようにズ~っと同じ機材で自分の音楽を作り続けている人ってカッコいいよね。
楽器はミュージシャンにとってもっとも大切な相棒だからね。
そうした信頼できる相棒に巡り合えるミュージシャンはラッキーだ。290vインスト曲で固めてきた令文さんのステージの前半。310ギロ~リ…350vギロギロ…。
360vギロギロギロ。
ステージにの一番前からお客さんを睥睨する「令文ニラミ」。
令文さんのステージではおなじみの光景だったけど、この時は一体何をアタマに思い浮かべていたのであろうか。
ナンカとてもなつかしい。
もうこのニラミも永久に見ることができないのだ。
Img_0757ステージ下手では切れ味鋭いテクニックで令文さんと渡り合う亮さん。
特にニラんだりはしない。
仙台出身の亮さんはこの年の3月に発生した「東日本大震災」の被災者で、このイベントより前に伊藤広規さんが主催するチャリティ・イベントでご一緒させて頂いた。
そのチャリティ・イベントでは被災の体験を臨場感豊かに語られて、集まった人々を驚愕させていた。370v今日はその時とは打って変わって令文さんと素晴らしいギター・パフォーマンスを見せてくれた。
390「Target」、「Shimokitazawa」等のインスト曲を披露。
415「Shimokitazawa」といえば、下北沢に行くと令文さんによく出くわしたナァ。
私は取材でライブハウスに赴く時以外、下北沢にはまず行くことはないんだけど、行くと大抵令文さんに行き合った。
私が手にしているモノにMarshallのロゴを見つけると「ナニそれ、ナニそれ?」と好奇心を爆発されていた姿が忘れられない。Zzz_2 歌ではオハコの「Don't Believe a Word」をひとウナリ。380vココででも2人の灼熱のギター・ソロが炸裂した。400

410そして、チーム名通りココでジョインしたのがボーカルズの深澤AKI。
Img_0782後半はAKIさんを交えてロックのスタンダードや令文さんのオリジナル曲を演奏した。420もちろん2人のギターはフィーチュアされっぱなし。
450vナニせ令文さんのプロデュースだから!
500「Wishing Well」 かぁ…。430v令文さん、「Wishing Well」をよく演っていたナァ。480vそれからコレは覚えていなかったんだけど、Led Zeppelinの「Over the Hills and Far Away」を取り上げていたんだね。
490v好きだナァ~、この曲。
令文さんの演奏で今聴きたいわ!440v またレスポール・カスタムに持ち替えた令文さん。
今回、一連の記事を書き直していて認識を新たにしたんだけど、令文さんがこんなに頻繁にギターを持ち替えていたとは!
何となくだけど、今日はストラトキャスター、今日はレスポール、と毎回1本しか使っていなかったイメージがあったのです。
460v気合の入った魂のフレーズの連続に観客も大喜び。
音はバカでかいがちっともうるさくない!
470vアンコールではジョン・レノンの名曲「Jelous Guy」をシットリと…。
令文さんは「Jelous Guy」もよく演っていたっけ。
455アンコールも含めて全8曲。
全編を通じてとてもいいショウだった!510「翔平」がいくらホームランを打とうと、三振を取ろうと「大谷」といえばウチでは絶対的に「令文」だ。
その「大谷令文」さんを追悼するために過去の分の復刻も含めて11本の記事を掲載した。
今日の記事の後は現在のMarshall Blogで閲覧することができるので『私の令文さん』の<前&後編>をご参照頂きたい。
それで全部である。
そうした記事の中にある情報はMarshall Blogにおける「大谷令文の全記録」だ。
ご本人にも何度か記事にご登場頂いているが、記事の執筆、復刻に当たっては大谷一門会の門下生である三宅庸介さんに何度もアドバイスを頂戴した。
私がその三宅さんのライブの様子をMarshall Blogで記事にするたびに、三宅さんは昔から必ず「残して頂いてありがとうございます」というメッセージを送ってくださる。
最初は「一体ナンのコッチャ?」と思ったが、今ではエリック・ドルフィーの有名な言葉を思い出す。

When you hear music,after it's over,it's gone in the air.  You can never capture it again
つまり「音楽を聴いていて、それが終わった時、その音楽は空中へ消えてしまう。それを捕まえることは誰にもできない」ということ。
 
Marshall Blogは決してそんな大層なモノではないが、音はムリにしても写真と文章でやったことを記録することはできる。
あるライブに感動してその時のことを覚えていても、しばらくすればほとんど忘れてしまうのが人間の常だ。
一方、コンピューターの類の一番の取り柄は記録を半永久的に残しておけることだ。
三宅さんはこれらのことをよくご理解されていたのだろう。
翻ってこうして「大谷令文」という稀代のロック・ギタリストの片鱗を形に残すことができたのは我ながら価値のあることだと思う。
令文さんはMarshall Blogの中でも生き続ける。
私はそれを誇りに思う。
皆さんも令文さんに会いたくなったらいつでもMarshall Blogを訪ねて欲しい。
 
令文さん、色々とありがとうございました。
どうか安らかにお眠りください。
 
最後は令文さんが「Marshallと聞いて思い浮かべる」というジミ・ヘンドリックスでお別れしましょう。
250cd 

200(一部敬称略 2011年7月14日 高円寺SHOWBOATにて撮影)

2022年11月17日 (木)

【I REMEMBER 令文】Sound Experience vol.1

 
大谷令文さんの追悼特集。
まずはお詫びから…。
数日前に公開した令文さんの一連の追悼記事の中に「令文さんは三宅庸介さんのシリーズ企画、『Sound Experience』に何度かご出演されているが、いつもゲストとして三宅さんのStrange,Beautuful and Loudに参加される格好で、ご自分のバンドを率いて出演したことはなかった」…みたいなことを書いた。
ゴメン、あったわ。
しかも、「あった」どころじゃなかったわ。
それは2010年11月2日の三軒茶屋のGrapefruit Moonでのこと。
三宅さんと電話でこの時のことを話していて初めて知ったのだが、実は『Sound Experience』というイベントの名前は令文さんがキメてくれたというのだ。
当時、三宅さんはこのイベントの名前をどうしようかと迷っていた。
長く続けていきたいと考えていたので、適当な名前を付けることだけはどうしても避けたかったのだ。
すでに第1回目のゲストは令文さんに決まっていたので、腹案だった『Sound Experience』という名前を令文さんに提案した。
すると、「三宅!それメッチャいいやんけ!」と令文さんはとても満足気な反応を示してくださったという。
こうして「ツルの一声」…イヤ、「カラスの一声」でキマったというワケ。(ココはシャレですよ~。英語の「raven:レイヴン」」は「ワタリガラス」というカラスの一種を意味します
もちろんその時、令文さんがニヤリとしながら例の「グー・サイン」をされたことはココに書くまでもなかろう。
その第1回目に令文さんが当時取り組んでいたBLACK TIGERを率いて出演された…というのだ。
つまりバンド編成だった。
2019年7月で止まってしまってはいるが、その後31回も続けたイベント『Sound Experience』の記念すべき第1回目のレポートを今日は復刻する。
 
開演前のようす。
日本を代表するMarshall弾きのステージにふさわしくハーフ・スタックがズラリと並んだ。

10_2まずはBLACK TIGERからスタート。
大谷令文と…20盟友・高橋ロジャー知久と某ベーシストからなるトリオ。30令文さんは愛用のMarshallを持ち込んだ。40vヴィンテージの1959と1960BXのハーフスタックにコーラスエコー。
そしてスライダック。50v足元のようす。
今回は初代The Guv'norが入っている。60令文さんは歌と…
70vギターの両方でフル回転。
「令文ニラミ」…この表情がなつかしい!80vこの時も本当にスゴイ音だった。90v耳をつんざく凄まじい爆音なのにちっともうるさくない。
100vコレぞまさにMarshall浴。
身体の芯まで温まる。110vそして、令文さんの気合の入ったプレイに呼応するロジャーさんの日の打ちどころのないドラミング!
150vレスポールに持ち替え。125vギターは替わっても丸っきり令文さんの音。
こういう演奏に接すると、ホントにギターという楽器は指から音が出しているということを実感する。130それと顔…間違いなく顔からも音が出てる!
ギター・サウンド云々の前に飲まれてしまう。140vそして、またストラトキャスターに戻って最後まで突っ走った。160v全9曲、まさに人とギターが「一体」となった姿を目の当たりにしたような感動的なパフォーマンスだった。180v自分の持ち時間を終えてご挨拶される令文さん。
この後、30回以上にも及んで開催される長寿イベントのトップ・バッターにふさわしい出演者だった。200vそして、すぐさまホストのStrange,Beautiful and Loudがステージに上がった。210三宅庸介220vこの頃の三宅さんは自分のJCM2000 DSL100と1960BVを持ち込まれていた。
三宅さんのDSL100は1997年製のかなり早い製造ロット。
DSLを背後に従わせた三宅さんの姿もなつかしい!
230v足元のようす。
人様のペダルボードだけど、この見た目はとても思い出深い。
高円寺のShowBoatで、ある理由で仕方なく左下のヤツを取り除いた。
するとギターの音が完全に別物になったのだ。
アレは本当に見事な変わりようだった。
235征史さんもMarshall。240v今でもAmber Lumberで活躍している1992 SUPER BASSのハーフ・スタック。
このMarshallとプレシジョン・ベースが組み合わさったサウンドがこのチームの音楽に実にマッチしていた。
250vそして金光健司。
この頃はまだNATALが日本には入って来ていなかった。360 1曲目は「Fantasia」。270この曲は後年スッカリ演らなくなっちゃた。
好きなんだけどナァ。280vベースが裸になるパートが実にカッコいい!290ドラムスが奔放に動き回るイントロは2曲目は「Bloom」。
300そして独特なメロディとともに展開していくこの曲はずっと演奏され続けていた。

Img_1783 この頃はファースト・アルバムの『Lotus and Visceral Songs』しかリリースされていなかったのでそのアルバムからレパートリーになると思っていたら…Vs_2 3曲目で「if」をプレイ。310vこの曲は2014年に発表したセカンド・アルバム『Orchestral Supreme』のオープナー。
この頃から演っていたんだね~。
Os続いてファースト・アルバムのオープナーの「Stratify」。320「Kakine」でおなじみの「Solitary Past」から愛奏曲のひとつ「Virtue」を演奏して3人は出番を終えた。340

350v

Img_1766 自分のシリーズ・イベントの第1回目の出番を終えて満足気な三宅さん。
370vアンコールはSBLに令文さんが合流して1曲。
コレは「Diamond Dust」かなんかを演ったんだっけかな?
何しろ昔のMarshall Blogってセットリストを載せていなかったものだから…。
380令文さん、今度はゴールド・トップを引っ提げての登場。
後ろの三宅さんの表情にもご注目。390vこの後の回の時もそうだったが、三宅さんは令文さんと共演する時はいつも大変うれしそうだった。
何しろ三宅さんの人生をキメた人と同じ舞台に立つワケですからね。400v令文さんがニラミをきかせ始めた。
視線の向け先は客席だ。
一体誰をニラんでいたんだろう?410ニラまれた人は相当コワかったことだろう…でも、とてもいい思い出になっているハズだ。420vそこへ行くと三宅さんのニラミはこの程度だから安心だ。430v2人だけの会話。4602人で何を笑っているんだろうね。
とにかくギターで音楽を奏でることがどうしようもなく楽しいのだ。
そして、2人の間にはMarshallがある。470そんな2人の会話を、これまた2人の名手がリズムで見守る。480v

490vそしてクライマックスがやって来る。510v2人とも思いの丈を6本の弦に託して最後まで弾き切る!520v2つのバンドが出ただけのとてもシンプルな内容であったが、全編を通じてギターの魅力が溢れ切った素晴らしいショウだった。530令文さんのひと言があって、記念すべき第1回目の『Sound Experience』が終了した。550さて、コロナ以降しばらくご無沙汰だった三宅さん…いよいよ動き出すそうです!
令文さんの分までMarshallとストラトキャスターで暴れてくれることだろう。
Img_1669次回は令文さんの追悼特集の最終回です。 

200(一部敬称略 2010年11月2日 三軒茶屋GRAPEFRUITS MOONにて撮影)



2022年11月16日 (水)

【I REMEMBER 令文】『祝・生誕50周年ぬぁう』小川文明メデタイム!

 
大谷令文さんの追悼特集。
今回は2010年7月14日に開催された故・小川文明さんの50歳の誕生日を祝うライブのレポート。
当時、私は文明さんとは全く接点がなく、この時も令文さんからご誘いを受けてお邪魔させて頂いた。
10vその後、田川ヒロアキさんが参加していた和佐田達彦さんのSPICE FIVEというバンドを通じて文明さんとも親しくして頂いた。
文明さんもカメラがお好きで、ご自慢のカメラを私に渡しては「今日も撮ってくれへん?」と依頼されて来られた。
コレが単焦点レンズがついたコンパクトカメラで、ライブ撮影では使いにくいのなんのって!
それでも毎回「さすが、さすが!」と私が取った写真をご覧になってはお世辞をおっしゃってくれたっけナァ。
B_img_0641ブックオフでこんな本を見つけて読んでもみた。
よくこの本が上梓されたな~…という内容がいかにも文明さんらしく微笑ましい。Bmbs文明さんのお人柄が窺える、たくさんのゲストをお迎えするライブ。
文明さんは私より2歳年上だったのだが、この時は「50歳」という言葉自体にかなり年配の印象を受けたが、ナンのことはない。
「50歳」なんて若いじゃん!
 
ショウの前半は弾き語りを交えながらしっとりと…。Img_0418 「おおっ!」とひとりで声を上げてしまったのはボブ・ディランの「My Back Page」。Img_0423文明さんはこの曲を歌のないキース・ジャレットの『Somewhere Before』バージョンの「My Back Page」に乗せて歌ってくれたのだ。
この曲はキースのバージョンの方が断然好きだったので、まるでカツカレー状態!
美味しいモノに美味しいモノが乗っかってうれしいなったらうれしいな!というワケ。Img_0415歌だけでなく、鍵盤を叩く手にも感情がこもる!Img_0420チェロの斎藤孝太郎さんとのデュエット。Img_0432ココでもソウルフルな歌声を聴かせてくれた。
Img_0431そして、メスカリン・ドライブ、ソウル・フラワー・ユニオンの'うつみようこ'さんが登場して文明さんがタスキを渡した。Img_0433「お誕生日おめでとう」のタスキ…「今日の主役」だからね。Img_0435 その'うつみ'さんが素晴らしい声で熱唱。Img_0450 とにかく盛りだくさんなプログラム。
今度は高橋竜と大谷令文のアコースティック・ギター・デュオが登場。
Img_0502竜さんの張りのある歌声が冴えわたる。Img_0499令文さんはこんなシチュエーションにはもってこいのMARINOの名曲「おやすみ」を大熱演!Img_0489文明さんが鍵盤ハーモニカで加わる。
これがまたドナルド・フェイゲンみたいでカッコいいのよ!Img_0521今にして思うと、アコースティック・ギターをステージで弾く令文さんを見たのはこの時だけかも知れない。
残しておいてヨカッタ!
Img_0513_2ショウは後半に入り賑やかなバンド・パフォーマンスへと突入する。
Img_0531バンドのメンバーはベースに竜さん…
Img_0656ドラムスに高橋ロジャー知久という布陣。
ロジャーさんはこの時、令文さんと「BALCK TIGER」というトリオ・バンドを組んでいた。Img_0528 このイベントを企画したカントリー&ローラーのM.M.KING。
盛り上がる~!
Img_0534M.M.KINGさんのにぎやかなパフォーマンスに鋭いギター・ソロを遠慮なく放り込む令文さん。
Img_0532令文さんも楽しそう!Img_0550M.M.KINGさんから文明さんにバースデイケーキのプレゼント。
ローソクは5本。Img_0553インスト・ナンバーでの超絶プレイ。
もちろん令文さんの極上のロック・ギター・サウンドを出しているのはMarahall。Img_0566キーボーズはRobinさんが同流して2人体制に。Img_0562文明さんも力のこもったプレイで激情ぶりを発揮!
Img_0591この日、礼文さんはストラトキャスターとレスポールを行ったり来たり何度も持ち替えていた。Img_0619バックにMarshallが控えている限り、どっちのギターを使っても出て来るのは「令文サウンド」。
Img_0622またレスポール。Img_0693竜さんは愛用の1992 SUPER BASSを持参してくださった。
そのベースのサウンドがまた令文さんのギターに完璧にマッチするのだ。Img_0678令文さんと…Img_0697文明さんによるスリリングなバトルのシーンは見応え充分!Img_0684うつみさんも再度登場してゴキゲンな歌を聞かせてくれた。Img_0700そしてショウのクライマックスでは文明さんが歌に徹して会場を大いに盛り上げた。
Tシャツはザッパでも歌はソウル!
Img_0717バック陣が「完璧」以上の演奏で文明さんの歌を盛り立てる!
Img_0741もちろんオハコの「Feelin' Alright」は欠かせない。Img_0735竜さんもスーパー・ボイスをタップリ聞かせてくれた。Img_0755令文さんのソロも最後までキレッキレだったナァ~!Img_0613本編最後の熱唱!
そして…
Img_0725ダウン!
ハハハ!Hard working man!!
コレがやりたかったのね?Img_0761アンコールでは出演者全員がステージに上がり、50歳の誕生日に熱唱する文明さん大いに祝った!
このレポートにご登場頂かなかったゲストも交えての3時間の豪華なロック・ショウ。
アッという間だった!Img_0787文明さんはこの時から約4年後の2014年6月25日、満54歳の誕生日を目前に控えてこの世を去った
そして、令文さんもいなくなってしまった。

Img_0794

200(一部敬称略 2010年7月14日 高円寺SHOW BOATにて撮影)

2022年11月15日 (火)

【I REMEMBER 令文】大谷令文、Marshallを語る

 
 大谷令文さんの追悼特集。
2010年1月14日に公開した令文さんとのインタビュー。
今回の再録に当たっては、もちろんご発言の内容をイジることなく現在のMarshall Blogの慣例にしたがって表記のみ訂正し、関連の情報を追加させて頂いた。
昔のMarshall Blogは1本が短かったので2本立てでお送りしたが、今回の再掲に当たっては1本に集約した。Img_0945  
マーシャルとの出会い
Marshall(以下「M」):みなさんへお尋ねしている共通の質問です。
思い出して頂くに、Marshallとの出会いはどんな風でした?
大谷令文(以下「R」):ウ~ン……(考え中)……リッチー・ブラックモアが好きだったので、ミュージック・ライフ誌のグラビアを見たり…、イヤ、『ライブ・イン・ジャパン』のジャケットかな…?
M:でもアレって外も内側もあんまりマーシャルは写っていない…。
R:輸入盤だったのかな?
M:『Made In Japan』?
R:レインボー・シアターの…。
あのジャケットの写真は「レインボー・シアター」で撮影したものだからね。
 
令文さんがおっしゃっているのはコレ。イアン・ギランが叩いているコンガはNATAL製。Mij写真はロンドンのフィンズベリー・パークにあるレインボー・シアターの現在。Img_9626_2M:それからのマーシャル歴といえば?
R:ジミー・ペイジなり、ヘンドリックスなり、やっぱり好きになったギタリストは全員Marshallだったからね。
それに『Focus at the Rainbow』かな?
M:お、またレインボー・シアター?!
R:ヤン・アッカーマンもあのときはMarshallだよね。
やっぱりMarshallってスゴイんだナァ…って思った。
M:Focusはご覧になったんですか?
R:2回目に来た時に見ました。
M:2回目って、フィリップ・キャサリンが来た時?
R:イヤ、ヤン・アッカーマンだったんだけど、もう『Mother Focus』の頃だったから音楽が…。
M:メロウ?
R:そうそうそうそう!アンプもMarshallじゃなかった。
ナンかロータリー・スピーカーとか使ってた。
だから見てもあんまり感動しなかったな…。Img_0953_2    
マーシャルのギタリスト
M:他に「Marshall」で連想する名前ってどんな名前が出てきます?
R:やっぱりLed Zeppelin。
今ではもういろんな情報が入って来て、「レコーディングの時は違うアンプを使っていた」とか知っているけど、当時のイメージとしては映画で見た三段積みにしていないMarshallだよね…すごく印象的だった。
M:あの人は積みませんね。こないだもそうだった。
R:あ、あの再結成の時?
M:そう…ドンドン積んでもらいたいんですけどね。
あと「Marshall」と聞いて無条件で出てくる名前と言えば…やっぱりリッチー?
R:イヤ、ヘンドリックス。
M:あ、そうですか?
そういえばさっきからゲイリー・ムーアの名前が全然出て来ないのが少々意外なんですけど…。
R:ゲイリー・ムーアはもっと後になってからかな。
音楽を聴き始めたころはまだそんなに出て来てなかった。
M:初めにゲイリー・ムーアの名前を意識したのは?
R:ん~、Colosseum II。
M:やっぱり。『Electric Savage』?
R:そう。
レコード屋へ行って「Colusseumの新譜」を見つけたら「II」になってたの!
んで、ギタリストの名前を見たら「ギャリー・ムーア」って…
M:そうそう、当時は「ギャリー」って表記してた。
R:どっかで聞いた名前だなって思った。
知識として、名前だけ知っていたのかもしれない。
M:令文さんはよくゲイリーの曲を演るからかなり初めの方に名前が出てくるのかと勝手に想像していたんです。
R:ん~、彼の場合、意外とアルバムごとに音色が変わっているからそんなに強烈なトーンのイメージってないんだよね。大好きだけど…。
でも、「Marshall」っていうサウンドで印象が強いのはヘンドリックスであったり、リッチーであったり…いわゆるゲイリーよりひと世代前のギタリストたちだよね。
M:なるほど。エリック・クラプトン、つまりCreamは?
R:やっぱりいい音だなって思う。
でも、ボクが聴き出した頃にはもうクラプトンはレイドバックしてた。
Creamは後になって聴いたんだけど、ライブなんかはすごい音だよね。
M:『Goodbye』とか?
R:そうそう。Img_0950 
最初のMarshallとMarshall歴
M:一番最初に入手したMarshallって覚えていますか?
R:ええ…19か20歳の時、知り合いから譲ってもらった50WのMarshallでしたね。
多分1973年か1974年製だっと思いますけど。
M:キャビネットも?
R:ウン。ひとつ。
M:それにエフェクターをつないで使ってた?
R:結局オーバードライブみたいなものを使わざるを得なかった。
初めて弾いたときは「エエっ!?こんなに歪まないの?」ってビックリした!
M:皆さんそうおっしゃいますね~。
それからのマーシャル歴と言えば…。
R:100Wに買い替えた。
やっぱり新品ではなくて「オールドで(筆者註:ギターやアンプが本格的に大量生産の時代に突入した1970年代の半ば頃から“古い楽器の方が現行品より音も質もいい”という風潮が猛烈に強まった。その当時はそういった古い楽器の呼称としては、まだ”ビンテージ”という言葉は全く使われておらず、”オールド”と呼ばれていた)、1973年製くらいのものだった。
そのまましばらく、MARINO時代もずっとそれを使っていましたね。
何台か100Wも買ったり交換したりもしたけど、全部70年代前半のモノだったな。
ここ10年位は1969年の100Wです。
M:いつも使ってるヤツですね?
R:そうそう。イヤ、もう15年位になるか…。
※上段が当該の1959。
20v M:というと、もう初めからずっとスタックになるワケですね?
R:そうですね。それしかなかったし…。
M:その昔、Marshallのコンボが日本に上陸した時、やっぱりスタックの印象が強すぎてコンボの普及はムリと思われたらしいです。
R:でもBlind Faithのジャケットにはリハーサルの時の写真が載っていて、クラプトンがコンボのMarshallを使っているんだよね。
Bluesbreakerじゃないモデル。(筆者註:現在の紙ジャケ見開きCDの内側に写っているのは1959 SUPER TREMOLOのハーフスタック
M:ブラインド・フェイスは69年でしたっけ?
第3の声(令文さんの友人、以下「3」):69年頃のコンボって1962しかなかったハズ…。Bluesbreakers時代のあの1962はジョン・メイオールの備品だったらしいですからね。
R&M:備品?!
3:だからピーター・グリーンも同じMarshallを使った。
M:じゃピーター・グリーンもMarshallだったワケ?
3:あの時はそうですよね。
R:バンドの持ち物だから…。
M:その最初のMarshallを手に入れたのは30年位前のことですか?
R:もう、そうだね~。
M:その頃はメチャクチャ高かった時代ですねよネ。
R:ウン、新品で買ったらもう大変だよね。
M:待てよ…もしかしてずっとワン・ボリュームのモデルをお使いで、マスター・ボリューム付きのモデルを使ったことないとか?
R:イヤイヤ、弾いたことはもちろんありますよ!
でも…確かに持っていたことは一度もないな。
言い換えるとMarshallもピン・スイッチのモデル以外は所持したことがないですね。Img_0943 
思い出のMarshall
M:何か思い出のMarshallってありますか?
例えば「アレ欲しかったな~」とか、持っていたけど「手放さなきゃヨカッタな~」とか。
R:イヤ、特にないかな。
いつも自分が一番気に入ってるMarshallが手元にあるからね。
その時、その時自分の持っているモノは手放したくない。
M:それは幸せですね。
R:でも最初の50Wはとても気に入ってたんだけど、お金がなくて売っちゃった…。
M:お持ちのギターを見ていてもそうだけど、元来バンバン楽器を買い替えるようなタイプではいらっしゃらないんですね?
特に新しいモノ好きでもない?
R:うん、そういうタイプではないね。
いまだに1959のプレゼンスを上げるとどう音が変わったとか、スピーカー・ケーブルで音がどうなったとか、そういう発見が多いんですよ。
だからボクには新しいモノは特に必要ない。Img_0944 
セッティングについて
M:セッティングに関して特別なこだわりってあります?あまりイジらない?
R:基本的にはいつも同じ。
M:ミドルは10にしなきゃ気が済まないとか…?
R:ハハハ!確かにミドルは10だな~。
プレゼンスも上げめ。
M:やっぱり1959が一番?
R:一番!…音といい、見た目といい、ワン・アンド・オンリーですからね。
自分のギター・スタイルも、ピッキングといい、ボリューム・コントロールといい、1959とともに成長してきたからね。
他のブランドのアンプを使うと特にピッキングが自分のモノではないような感じがする。
M:でも世の中にはアンプをジャンジャン取り替える方もいらっしゃる…。
R:ウ~ン、そういう人は不思議で不思議でしょうがないな~。
常にボリュームは10、ピッキングの力も10で弾いているのかな?
M:なるほどね!
R:1959に限らず基本的にナチュラルな歪みが出ないアンプでは右手でニュアンスを出すのが難しいと思う。
自分のスタイルがもうそうなっちゃてるからね。
 
弾いてみたいMarshallImg_0959M:弾いてみたい夢のMarshallって何かありますか?
もし自由に古今東西のMarshallが選べたら…。
R:ジミヘンが『Are You Experienced?』で弾いたヤツ!
誰か持ってへんのかな~?
M:実際にジミヘンが使っていたMarshallって工場に行った時に見せてもらったことがあります。
ただのうす汚れた1959だった!
でも、アンプの上面に「JH EXP」だったかな?白いステンシルが入っていたのがカッコよかった…っていうかメチャクチャ感動しました。
※コレがその1959。Marshallの本社に行った時、「シゲ、シゲ、早くおいで!」と工場の他の場所にいた私をワザワザ呼び出して見せてくれた。Srimg0183R:さっき「メイオールのバンドの持ち物」って話があったけど、Soft Machineの持ち物だったMarshallも弾いてみたい!
アラン・ホールズワースもジョン・エサーリッジも使ったMarshallなんだよね。
筆者註:基本的にSoft Machineにはレギュラーのギタリストがいなかったので、この「バンドの持ち物」とされているMarshallはもしかしたら「マイク・ラトリッジが所有していたキーボーズ用のアンプ」ではなかったのではあるまいか?…というのは勝手な想像はいかがなものか?
M:ええっ、そうなんですか?
あの頃はみんなMarshallですよね~。
ジェフ・バーリンなんかもMarshallでしたもんね…ディ・メオラもそうだ。
R:そうだね、アル・ディ・メオラもMarshallだ!
Soft MachineのMarshallは、ホールズワースのインタビューで読んだ記憶があるんだけど、『Bundles』のころのレコーディングはそのMarshallで録ったって。
M:その後のホールワースは?…Lifetimeの頃はどうだったんだろう?
R:やっぱりMarshallだったみたいだよ。
少し新しいモデルだったらしいけど。
UKの時もMarshall。
ま、自分の持ち物ではなかったのかも知れないけど、あの頃はどこへ行ってもMarshallだったからレコーディングも全部Marshallになっちゃう。
M:ベースもですよね。
R:そう。弾いてみたいな~、Soft Machineのバンドの持ち物だった50WのMarshall!
絶対あんな音は出ないだろうな!
それと、マクラフリンもMarshallだった。
M:そう!だから『Jack Johnson』や『Live Evil』もMarshallで弾いていているのかと想像すると興奮します。
R:絶対そうだよッ!
M:「音がデカイ!」ってマイルスに怒られたとかね!
R:そうやって考えるとジャズ/フュージョン系のプレイヤーもMarshallが多かったよね。
ディ・メオラの『Elegant Gypsy』の音なんか大好き!Img_0961 
Marshallの素晴らしさ
M:ま、いまさらお訊きするのもナンですが…Marshallの素晴らしさを言葉に表すと…?
R:レスポンスが恐ろしくピッキングに忠実ということ。
左手についても弦がフレットをこする音まで表現してくれる。
M:でも、他のブランドのアンプだってそうなんじゃないですか?
R:イヤ、こんな反応はないんだよね。
なんかもっとオブラートに包まれた感じになっちゃう。
そこへいくとMarshallは一番ダイレクトな本当に「素」の音を出してくれる。
M:なるほど。
R:トーンもそうだね。
ウォームな音からエッジが効いた音まで両極端な音が1本のギターで出せる。
これがすごくいいことだと思う。
ボクはMarshallって意外に器用なアンプだと思ってるんですよ。
M:Marshallのクリーン・トーンってどう思います?
R:もう大好き!
M:Marshallといえば「歪み」というイメージが定着していますよね…。
R:違う違う!だからダメなんだよ!
M:さすが!…そう、案外「Marshallのクリーンが好き!」という人が多いんですよね。
R:ヘンドリックスだってそうでしょ?
「Little Wing」なんか最高にビューティフルだし!
M:ウリが言ってましたが、実際のヘンドリックスのMarshallの音ってメチャクチャ大きくてクリーンだったんですって。
R:そうだろうな~。ポール・コゾフなんかもそうだよね。
ソロももちろん素晴らしいけど、コードワークの音。
アレってアンプに直だもんね。
M:ピーター・バラカンさんの『ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック(ミュージック・マガジン社刊))』という本を読むと、彼はデビュー前のコゾフが楽器屋で高価なギターの試奏をしているところをよくみかけたそうです。
さしてうまくはなかったらしい。
R:うまくなかったって?!
3:子供の頃の写真を見るとジャズとか習ってそうだけど…お父さんは有名な俳優ですよね?
R:デヴィッド・コゾフ。
3:その写真を見ると七三に分けてレスポールとか箱物を持ってるんですよ。
スゴイ高そうなヤツ…だから多分ジャズを習ってたんじゃないかと思った。
R:クラシック・ギターも習ってたらしい。
3:そうじゃないとあのコード・フォームはロックでは考えられない。
M:そういう話ってアメリカへ行って現地の人と話してもあまり盛り上がらないんですが、その点イギリスは何度言っても非常にワクワクさせられます。
Marshallの連中と話をしていてもすごく盛り上がるんですね。
それが実に生々しくてオモシロい!
ビートルズを見ているおジイさんなんかは当たり前ですからね~。
3:マサシ(筆者註:原マサシさんのこと。当時ロンドンで活動していたブルース・ロック・ギタリスト。ビンテージの1962を愛用。2018年10月逝去)が言ってたけど、ロンドンはせまーい世界にものすごくたくさんの人がひしめき合っててオモシロいって。
M:まさにそれです!

Img_0948  
Marshallに期待すること
M:これは令文さんには愚問かもしれませんが、今後Marshallはどんな風になって行ってもらいたいですが?
どんなことを期待しますか?…1959の製造を続けろとか?
R:ああ、もうそれに尽きるね!(一同爆笑)
リバーブが搭載されるともっとうれしいんだけどな~。Img_0952
若い人たちへのメッセージ
M:若い方々にギターを弾くよろこびについて何かメッセージを頂戴できませんでしょうか?
ギタリストにとって一番の見せどころであるはずのギター・ソロが最近はひどく疎遠になってしまいましたよね?
R:そうですよね。
結局そういう曲を必要としていないということなんでしょうね。
でも、テレビなんかで流れているバンドものの音楽にはギター・ソロが必要じゃないかも知れないけど、もっとブルース寄りの音楽があったり、もっとフュージョン寄りの音楽があったりとか、世の中には色んなジャンルの音楽が同時に存在しているのが当たり前なワケです。
だから若い人たちはもっと色々な他のジャンルの音楽を聴いて、その要素を取り入れて自分たちの音楽に活かすということが大事なんじゃないかな?
M:そうですね。大賛成です。
令文さんは本当に色々な音楽を聴いていらっしゃいますもんね。
R:ウン。僕はクラシック・ギターを聴くのも、ジャズ・ギターを聴くのも大好き。
そして、ギターという楽器はメロディもコードも両方奏でることができて…しかも、ステージで走りまわりながら弾けるのもこの楽器の良さだし。
M:こんな楽器は滅多にないですよね!
R:ないない!しかも。歌いながら弾けるし!(笑)

Img_0958 
リズムは楽しい!
M:かなり昔、ジャンゴ・ラインハルトに関する文章を読んでオモシロいな…と思ったんですが、「ギターを見たことのない人に『ホラ、コレは楽器だよ』と言ってギターを渡したらどうなるか?
「そのギターを渡された人はメロディを弾くか、はたまたリズムを刻むか?」という質問があって、その人曰く、「ジャンゴにコレをやったらきっとリズムを弾くだろう」って。
R:わかるわかる!
ソロがウマい人はリズム・ギターもたいていウマいからね。
M:こうして第一線のプロの方たちと接していていつも思うのは皆さん、本当にリズム感がスゴイということです。
指が早く動くとかの前にとにかくリズム感が素晴らしい。
R:リズムってとても楽しいものなんだよね。
みんな「得意のリズム」っていうのを必ず持っていて、それを見つけられるかどうかっていうことが大事なんです。
M:令文さんの場合は?
R:ボクだったら三連系のシャッフルっぽいのが大好きで得意かも知れない。
M:確かに!「Razor Boogie」のイメージが強い!
R:(笑)三連は大好き。
ところが若い人たちにギターを教えているとみんなシャッフル系が苦手なんだよね。
最近は「ある」という話を聞いたけど、考えてみるとここ何十年もの間、シャッフル系のヒット曲ってなかったじゃないですか?
だから若い人たちは聞いたことがほとんどなかったんじゃないかな?(♪シャッフル・リズムを刻みながら)こんなヒット曲ってないでしょ?
M:確かにそうですね。
R:ボクはどうやって発見したのかな~?
たまたま得意なリズムを見つけられたからよかった。
得意なリズムを見つけることがギターを練習を楽しくさせる秘訣かもしれない。
M:それならいつでもStatus Quoに入れますよ!
R:入りテェ~!
M:いまでも本国ではものスゴイ人気ですからね。
相変わらず白いマーシャル並べちゃって!
R:イギリス人ってシャッフル好きなんじゃない?Nazarethとか。

Img_0947 ※コレは2012年の秋にロンドンで見かけたStatus Quoのコンサートの告知ポスター。
オープニング・アクトはボニー・タイラー。
The O2というアリーナのキャパは20,000人。
Status Quoとは本国イギリスではそういうバンド。
令文さんが加入していたらオモシロかったのにナァ…。Img_8349  
練習について
M:他に何かギターを練習している方々にメッセージはありませんか?
R:初めのうちはクリーンな音で練習するのがいいと思う。
余計な歪みはない方がいい。
M:音量については?
コレもかつて何かの雑誌のインタビューで読んだのですが、ウリは「なるべく小さい音」 で、一方、エディは「なるべく大きい音」で練習すべきと意見が分かれていましたが…。
R:(大笑)それはあるよね!
ま、ウリが言っているのは家でやる地味なスケール練習とかのことで、エディが言っているのはリフとかの練習ということでしょう。
3:イヤイヤ、音の大きさのスケールが欧米とかなり違うから参考にならないと思いますよ!(一同大笑)

Img_0953 
造詣の深い人
M:今までずいぶんとたくさんのプロ・ギタリストの方とお話をさせていただきましたが、令文さんの 聴いている音楽の幅広さはその中でもトップ・クラスですね。
Formula 3とかが出てきた時にゃノケゾった!
R:ウッシーもかなり詳しいよね。ジャズではゼンゼン敵わないし。
プログレ好きですね…でも、友達から教わるのが多いんですよ。
こないだもフィンランドの変なバンドを見に行った。
M:何てバンドですか?
R:アラマーイルマン・ヴァサラット…チェロが2本入ってんの。
M:ウワ、見たかった!
M:今日は色々と楽しいお話をありがとうございました。
R:いいえ、こちらこそ!Img_0949
インタビューに臨んで頂いた令文さんはステージの上で豪放磊落なMarshallサウンドを轟かせる令文さんとは異なり、ところどころ思慮深く、ひと言ずつ言葉を選ぶようにして発言される姿がとても印象的だった。
今となってこのインタビューを読み返してみると、「アレを訊いておけばヨカッタ!」とか「あの話をするべきだった!」とか、悔しく思う部分が少なくないのが残念!
でも、もう仕方ない。
世界規模で不世出であろう稀代のMarshall弾き「大谷令文」へのインタビューはもう永久にすることができないのだ。
その点、このインタビューは残されたMarshallギタリストの諸氏にとっては価値のあるモノではなかろうか?
そしてまた、令文さんが生涯愛してやまなかったMarshallについて語ったインタビューも他に2つはないであろうことを自負している。
Marshall Blogの意義を信じつつ推敲を終えて公開した。
 

200

2022年11月14日 (月)

【I REMEMBER 令文】GENKI SESSION 2009~夏休みだヨ!全員集合~

 
大谷令文さんの追悼特集。
今回は2009年8月26日開催された『GENKI SESSION 2009~夏休みだョ!全員集合~』のレポートの復刻。Dsc_6199この日のステージのようす。
会場は恵比寿のLIQUID ROOMだった。
もちろん超満員!Dsc_6172令文さんは自前のMarshallをガッツリと持ち込んだ。
Dsc_6307_2いつもの1959と1960BX。
それに今回は1962 Bluesbreakerも組み入れていた。
コーラス・エコーにアッテネーターはいつも通り。
一番いつもと違うのはバカボンのパパかな?
そう、コレでいいのだ!Dsc_6169足元のようす。
この青いバッファアンプ、なつかしいね。
後年、令文さんのエフェクター・ボードからは消えたけど、現在は大谷一門会の伝統を守るべくノンちゃんのボードに収まっている。Dsc_6165 この時も令文さんからお誘いを受けてお邪魔させて頂いた。
私はこの時が初めての『GENKI SESSION』で、開演前に令文さんが「ウッシー、今日は長いからね。シンドくなったら遠慮なく途中で帰っていいからね…」なんておっしゃってくれた。
そんな!Dsc_6207バックバンドのメンバーは、令文さんの他に難波弘之、高橋ロジャー和久、水野雅章という、この後まで変わることのなかった不動のラインナップ。
Dsc_6190演奏曲目は「GENKI SESSIONスタンダード」とも言うべき、このライブ定番のナンバーがズラリ。
コレがいいのだ!Dsc_6223「Hallelujah I Love Her So」、「Try a Little Tenderness」、「Gimmie Some Lovin'」といったR&B系ナンバー。Dsc_6301Montroseの「I Got the Fire」といったアメリカン・ハードロックも最高!Dsc_6319Deep PurpleやLed Zeppelin等のブリティッシュ・ハードロック・ナンバーでは令文さんが奏でるMarshallサウンドの魅力が炸裂した。Dsc_6314そんな時令文さんは必ずこうして思いっきりハードにキメてくれる。Dsc_6309_2マリオット・ナンバーも欠かせない。
Humble Pieの「30 Days in the Hole」や…Dsc_6212Small Facesの「All or Nothing」。
お客さんのコーラスを指揮する令文さん。
Dsc_6323Small FacesはThe Whoと並ぶMarshallの揺籃期の重要なバンドです。
ジムやケンが作るMarshallを代わる代わる片っ端から買ってくれた。
だからSmall FacesのMarshallとThe WhoのMarshallのシリアル・ナンバーは連番になっていたらしい。
お客さんの「♪オオラナッシン~」の大コーラスに「バッチグ~!」。
Dsc_6183ストラトキャスターも使用した令文さん。Dsc_6343ノリノリの令文さんはこんなことも!Dsc_6347ジャニスの「Move Over」はショウのハイライトだった。Dsc_6238右手を高く差し上げ天を指さす令文さん。
「我に力を!」とギターの神様を仰ぎ見ているようだ。Dsc_6239ライマックスのギターソロ!Dsc_6355モニターにストラトキャスターをこすりつけて…Dsc_6363_2 本当に何かに憑りつかれたように両手の指でフィンガーボードを叩く!Dsc_6364 この写真の構図でおわかりの通り、この時私はステージ上手のソデにいた。
令文さんはこの後ソデに下がり、そこにいたシンガーと向き合い、お互いの両手で相手の肩をムンずとつかむと、2人とも涙を流してヘナヘナとヘタリ込んでしまった
その時、そのシンガーが感極まって「れいぶん~」と叫んだのを私は聞き逃がさなかった。
感動の光景だった。
そして、こんな思いで歌を歌い、ギターを弾いている人たちがいることに驚いた。
Dsc_6356〆は「アッコちゃん」だったかな?
上演時間は4時間近く、確かに長かったけど「途中で帰る」だなんてトンデモナイ!
「ロックのダム」のようなドデカイ演奏をたっぷりと楽しませて頂いた。
そして、令文さんが出すMarshallのサウンドにはやはり誰も敵わないと思った。Dsc_6205※セットリストが手元に残っていないため、演奏曲目が実際と異なっていることがあります。

200 (一部敬称略、2009年8月26日 恵比寿LIQUID ROOMにて撮影)

2022年11月12日 (土)

【I REMEMBER 令文】ライブ・アルバムの魅力~大谷令文とBEAT SOUND

 
大谷令文さんの追悼特集。
今回は雑誌の話題。
冒頭にガッツリ脱線パートを加えて2009年4月1日に公開した記事とは別物にして復刻させて頂く。

私の経験だと今から46~47年前、ロックに夢中になり出した頃、高価だったレコードを買うことができるのはとてもマレなことで、聴きたくて聴きたくて仕方がないロックを楽しむにはFMラジオに頼るしかなかった。
レンタルCD屋なんてトンデモナイ…そもそもCDなんて想像したことすらなかったから。
今でもロックを愛でている私と同じ世代の皆さんは押しなべて同じ境遇だったことでしょう。
そこで重宝するのがいわゆるFM雑誌だった。
「FMレコパル」、「FM fan」、「週刊FM」なんてのがあって、私はカセットテープのレーベルのオマケがついていた「FMレコパル」をよく買った。
巻末の番組表をチェックして、聴きたいアーティストの新譜が紹介されるとなると、印をつけておいてエアチェックに臨んだ。
「エアチェック」なんて今では死語か?
この頃の私のオーディオ装置はお小遣いを貯めてやっとのことで買った下のSONYのSTEREO ZILBA'Pだった。
1976年当時で定価が57,800円。
調べてみると、この年の大卒の初任給が94,300円だって…コレ、スゲエ高かったんだな~。Zb当時、NHK FMなんかは新譜を1枚丸ごとオンエアしてしまうこともあって大変ありがたかった。
考えようによっては、コレって今のサブスクよりタチが悪いんじゃん?
で、ZILBA'P様に二礼二拍一礼してから、対座してトッド・ラングレンの『Ra』やらRoxy Musicのライブ盤辺りを録音していた。
ラジオをそう聴かない私でも、中学生の頃はこうしてFMラジオでロックの情報を少しずつ蓄えていった。
「ハンター」を知ってからはパタリと聴かなくなったけどね。
その「FMレコパル」。
インターネットで画像を拝借したんだけど、やっぱり昔はチャンとしていたね。
1977年の刊行なのでベイ・シティ・ローラーズが絶好調の頃かな?
一方ではスリーピー・ジョン・エスティスと憂歌団を取り上げている。
今の「完全一極集中主義」とは異なり「アレもあるけど、コレもある」という環境をまだ保っていたことがわかる。
すごく鮮明に覚えているのは。「アリス・ク―パー一家の休日」みたいな記事で、アリスや奥さんが家でフザけている光景を具にレポートしていた。
アリス・クーパーがそんな風に扱われていた時代があったなんでにわかには信じられないでしょう?
雑誌にはオーディオ機器にも多くの紙幅が割かれていた。
そのページを見ては「たっけェ~!」なんて驚いたものだ。
オーディオは楽器よりゼロがひとつ多い世界だからね。Fr 今は雑誌も大変ですよネェ。
そこで、チョット調べてみた…「本屋で見かけるものの一体誰が買っているんだ?」系の雑誌。
まずは軍事専門誌「丸」。
私は買ったことがないけど、今読むとかなりオモシロいかも知れないな。
それから「Gun」。
小学校の時にモデルガンに夢中になったことはあったけど、コレも本屋でみかけても開いたことがない。
「おお!コルト・ガバメントの新型が出た!」と喜んでみたところでホンモノを手にするワケにはいかないところがツラくはないか?
MrGun  
この「ラジオ技術」ってのは元はそのタイトル通りラジオ受信機の雑誌だったが、今はオーディオ誌になっているようだ。
「初歩のラジオ」なんてのもよく見かけた。
「CQ」なんてアマチュア無線の雑誌もあったな(今もある)…インターネットが普及した現在、アマチュア無線の世界ってどうなっているんだろう?
コレは知らなかった…「月刊むし」。
最新号の特集は「カミキリ虫」…コレは無視できんな。
コレら、ウェブサイトからお借りした画像はすべて最新号ですからね。
つまり今でも多くのファンを楽しませ続けている現役の雑誌たちだ。
この記事が少しでも宣伝の足しになればうれしい。

RgMs

一方、「オーディオ」関連の雑誌。
上のFMレコパルが栄華を極めていた時代はオーディオがひとつの趣味として立派に成り立っていた時代だった。
今、その辺りがどうなっているのかというと、「Stereo Sound」をフラッグシップ雑誌に据えたその名も「株式会社ステレオサウンド」さんが牙城を守り続けていらっしゃる。
書店では「HiVi(ハイヴィ)」なんてAV機器の専門誌もよく目にされると思う。
SsHv

同社が刊行している「管球王国」なんてのはタイトルからしてタマらんね。
「管球」というのは真空管のことね。
いまだに真空管を使ったオーディオ機器にこだわり続けていらっしゃる…って人のことは言えないか?
真空管のオーディオ・アンプと超高品質のスピーカーでアナログ・レコードを聴いたことってある?
間違いなくブッたまげるよ。
その音質たるや、Marshallとそこらのデジタルのギター・アンプぐらい違う。
最近は「アナログ盤復活ブーム」とか言って、レコードをBluetoothスピーカーで鳴らして「ああ、音があたたかい…」なんてやっている若い人がいるようだけど、おかしいでしょう、それは?
私もいつかは管球のオーディオで音楽を楽しみたいと思っていたけど…ま、いいか。Koさて、その「Stereo Sound」の別冊に「Beat Sound」という雑誌があった。
コレがとてもいい雑誌でしてね。
どういう風にいいのかと言うと、主役をオーディオと音楽の両方に据えて「いいオーディオ装置を用いて、いい音でいいロックを聴こう!」という趣旨なの。
0r4a0800 この雑誌には2006年に一度関わったことがあって、ある日、その時のことが縁になって編集部から連絡を頂戴した。
「大谷令文さんをご紹介してくださいませんか?」という依頼だった。9bs用件を伺って令文さんに伝えると、その仕事に大変ご興味を示してくださり、2009年3月某日、2人で六本木ヒルズの裏にあるStereo Sound社のスタジオにお邪魔した。Img_8846企画の内容は、ロックのライブ・アルバムを様々なスピーカーの名器で再生して、その臨場感を聴き比べるというものだった。
令文さんの相手を務めるパネラーはオーディオ評論家の細谷信二氏。
Img_8849アンプとCDプレイヤーは固定しておいて、次々にスピーカーを取り換えていき、その音質の違いを確認していく。
そして令文さんと細谷さんがその音質の違いについて語り合うという段取り。
視聴にはレコードを使用したような記憶があったんだけど、CDを使用したんだね。
この頃は今みたいに「レコード、レコード!」と騒いでいなかったからナァ。Img_8868事前に「令文さんが違いを聴いてみたいCDをご持参ください」という依頼があった。
すると、令文さんはお気に入りのライブ・アルバムのCDを10枚ぐらいご持参された。
Img_8871すべては記憶していないが、King Crimsonの『USA』とWishbone Ashの『Live Dates』が入っていたことはハッキリと覚えている。
Usリファレンスがどうあれ、こういう企画はオモシロイね。
とにかく、コワいぐらいスピーカーによって音が変わってしまうのだ。
あるスピーカーではボーカルズが一番前にいるのに、他のスピーカーから音を出すと、同じCDにもかかわらず今度はドラムのハイハットが一番手前に出て来たりしちゃう。
不思議だネェ。
ベースがもう少し欲しくなるモノもあれば、足の裏がムズ痒くなるくらい低音がリッチにしてしまうモノもある。
もちろんアンプの設定は一切イジらないでだ。Img_8866結果的に視聴したCDはほとんどが細谷さんのチョイスとなっていまった。
ところが両者のチョイスが一致したリファレンスが1枚あった。
Ld1それは令文さんが手にしているWishbone Ashの『Live Dates』。Ldこのうれしそうなお顔!
「ヘェ~、コレってこんなに音がヨカッタんだ~!」
元より「名録音」の誉れ高いライブ・アルバムの名作だけど、やはり良質なオーディオ・セットで聴くと尚更その良さが際立ったのだ。Ld2 ちなみにこのアルバムに収録されている「Warrior」、「Throw Down the Sword」、「Blowin' Free」の3曲はこのニューカッスルの「City Hall」で収録された。
Img_6844ELPの『展覧会の絵』もココでレコーディングされ、キース・エマーソンは備え付けのオルガンを使用したそうだ。
また、Roxy Musicの『Viva!』の一部もココ。
「Do the Strand」で、オリジナル・レコーディングでは「Chinese」と歌っているところをブライアン・フェリーが「Geordies!」と言い換えてお客さんが歓声をあげるのはそのため。
「Geordie(ジョーディ)」はニューカッスル出身者のアダ名。
そして、ニューカッスルはブライアン・フェリーの地元なのだ。
つまりブライアン・フェリーもジョーディなのだ。Img_6838 思い返してみると令文さんとこういう話をジックリしたことがなかったナァ。
令文さんは熱心なマーブロ読者でいらっしゃったので、私が何度も書いているこんなようなことはご存知であったろうが、こういう話題で直接おしゃべりをしておけばヨカッタ!…大後悔。Img_8867ギターの音もライブで聴いてみよう!ということで令文さんにギターを弾いて頂いた。
Img_8859使用したMarshallは当時新発売だった今の前の世代のMGシリーズからMG15FX。
初めて使うMarshallだったので、音質を確かめながら弾く令文さん。Img_8854途中から持参したiPodをMP3インプットにつないでバッキング・トラックに合わせて弾いてくださった。
曲はナンだったか忘れてしまったけど、令文さんはその音質と機能にビックリ!
この「ニンマリ」はそのニンマリ。Img_8858誌面用の写真撮影。
空模様が怪しくなって来て、カメラマンが「色が出なくなる!」と超大慌てでシャッターを切っていたのを覚えている。
そして「フ~ン、空が曇ると写真の色が出なくなるのか…」とこの時初めて知った私なのであった。Img_8842この対談は「音楽はライヴだ! Living Loving Live Sound ギタリスト大谷令文、JBLブルーバッフル・スピーカーを聴く──案内役:細谷信二」として編集され、2009年4月1日発売の『Beat Sound No.12』に掲載された。
また読みたいんだけど、どうしてもこの冊子をウチで見つけることができなかった。
よって、対談を横で見学していた記憶をたどってこの記事を書き上げた、
さほど大きな記憶違いはないと思う。
ハッキリ覚えているのは…この後令文さんと2人で食事に行った時のこと。
令文さんはこうおっしゃっていらした。
「ウッシー、あのサ……『好きなCDを持って来い』っていうから持って来たんだけどサ…結局ほとんどあのオッサンのチョイスだったよな~」
ハハハ、私も横で見ていてそう思いました~。
その細谷さんもこの対談の2年後の2011年に他界されていた。
今となってはとても貴重な企画となった。Bs_2 

200_2(一部敬称略)






2022年11月11日 (金)

【I REMEMBER 令文】また逢う日まで2009~板倉ジュン・ラスト・ライブ・イン・トーキョー

 
大谷令文さんの追悼特集。
今回の記事も昔のMarshall Blogには掲載されてはいたものの、今では見ることができなくなって一本の復刻。
 
「じゅんぺー」さんの愛称でおなじみの元MARINOのドラマー、板倉淳の「さよならライブ」のレポート。
開催は2009年3月9日、会場は高円寺SHOW BOAT。
「さよなら」といってもじゅんぺーさんが引退するワケでは全くなく、地元である大阪の箕面へお帰りになってしまうということで送別ライブというか、壮行ライブが企画されたというワケ。
じゅんぺーさんがご参加になっていたバンドのメンバーの皆さんが一堂に会してハデにじゅんぺーさんを送り出した。
まずはこの日の主役、板倉淳さんからご挨拶。
コラ~!誰だ!? マイクスタンドを高くしたのはッ?10v_2そして、この会の発起人であるMARINO時代の盟友、大谷令文さんからもひとことご挨拶。
「本日は板倉淳のためにかくもたくさんのお客様にお越し頂きまして誠にありがとうございます」
まるで保護者!20_2令文さんの後ろに見えているMarshall群。
じゅんぺーさんが携わって来た音楽がいかにMarshall寄りであるかということが一目瞭然でわかるというものだ。30令文さんの1959をはじめ、JCM900 4100が2台とJVM410H。
JVMは2007年の発売なんだけど、ずいぶん昔からあるような感じがするな~。
スピーカー・キャビネットも1960Bが2台。
この辺りにもこの日出演したギタリストたちのこだわりが見える。
40_2まずはITAKRAAZ(イタクラーズ)がステージに上がる。
ギターは三宅庸介。50v_2ベースは山本征史。60vそしてドラムスはもちろんじゅんぺーさん。
90v_2三宅さんはTerra Rosa時代のじゅんぺーさんの同僚。
この場で演奏したのは三宅さんのオリジナル曲だった。
80v実はこの時は三宅さんのことを存じ上げなかった。
前回も書いたけど、「ジャパメタ・ムーブメント」の外にいたのでTerra Rosaも知らなかったのです。
結果、三宅さんの音楽を耳にしたのもこの時が生まれて初めてのことだった。
正直、「ウワッ!ナンじゃコリャ?」と思ったね。100vま~、耳をつんざくような爆音でビックリしたネェ。
でも音楽としてはゼンゼンOK!
おっかなビックリでジックリと拝見させて頂いた。
コレが今のStrange,Beautiful and Loudにつながり、三宅さんにも仲良くして頂くキッカケとなった。
じゅんぺーさんのおかげなのだ。110続いてステージに上がったのは藤岡幹大率いるNIGHT BUZZ。
メンバーはボーカルズに藤井重樹さん、ベースが森川肇さん。120_2そしてドラムスはじゅんぺーさん。70vこの日もトリッキーなギター・プレイが冴えわたっていた。
幹大ちゃんとは『Marshallロードショウ』というクリニックを何度もやった。
2人で新潟や大阪に行ったこともあったし、ショッピング・センターの楽器店の店頭でやったこともあった。
その時はお客さんがショッピング・モールを行き交う人たちだったので、お客さんがゼロだったわ!
140「BRJ」という名義で日下部正則も出演した。
「BRJ」の「B」はBurnyの「B」。
「R」はベースの高橋竜さんの「R」。 150v「J」は当然じゅんぺーさんの「J」。220vこの時のBurnyは歌も披露する活躍ぶり!160_2もちろん、あのエモーショナルな王道ロック・ギター・プレイもタップリでBurnyの魅力を爆破させた。170v_2令文さんさんは竜さんと組んだデュオ「竜文」でアコースティック・セットを披露。
「おやすみ」を歌ったような記憶がある。180v_2杉征夫さんと市村知子さんのTHE LOWGUNSがステージに上がり、いよいよ令文さんのご登場。
190v_2令文さんはこの時もご自分のMarshallを持ち込んだ。200_2令文さんの1959とコーラス・エコー。
210令文さんのチームからジャムセッションにかけては、高橋"ロジャー"和久、出原卓、深沢アキ、関カツミ、山本征史らが合流。
じゅんぺーさんに心のこもったパフォーマンスを贈った。230v仲間の温かい気持ちに呼応するようなドラミングを披露して東京をベースにした活動の幕引きを惜しむじゅんぺーさん。Img_8067 ソロ・アルバム『RAVEN EYES II』やMARINOのレパートリーを激奏。
Img_8047この日もまさに鬼気迫るギター・プレイだった。240vセッションではじゅんぺーさんもギターで大暴れ!
V、ちっちゃ~!250vギターだけでなく歌も披露!
メチャクチャ盛り上がったナァ~。
そういえば、この日はカホンもプレイされていた。
270v最初から最後まで八面六臂の大活躍を見せてくれたじゅんぺーさん。Img_006424時間を超す長丁場を終え、最後は出演者がステージに全員勢ぞろい。
280そして、ご挨拶。
やっぱり令文さんがじゅんぺーさんの保護者みたいになってる?
それにしても、このじゅんぺーさんの人気が凄まじい!
出演者がMCでじゅんぺーさんの思い出を語る時、その内容のすべてが強力に面白かった。
じゅんぺーさんの人柄だけが成せるワザなのであろう。
だから長時間見ていてもまったく飽きなかった。
とにかく爆笑に次ぐ爆笑…そして大熱演だった!290【I REMEMBER 令文】はまだまだ続きます。 

200 (一部敬称略 2009年3月9日 高円寺SHOW BOATにて撮影)

2022年11月10日 (木)

【I REMEMBER 令文】JAPAN HEAVY METAL FANTASY 関西なぐり込みギグ 2008

 
大谷令文さんの追悼特集は続く。
今回からは前のMarshall Blogに掲載されていたが、現在では閲覧できなくなっている令文さん関連の記事を復刻する。
今回は2008年3月1日に中野サンプラザホールで開催された『JAPAN HEAVY METAL FANTASY 関西なぐり込みギグ 2008』の思い出。
以前、2回に分けて掲載した記事を1本にまとめてお送りする。
 
高校生の時、つまり1970年代の後半、「どうして日本のロックは関西方面の方が盛んなんだろう?」と思ったものだった。
今でもMarshallを通じてお付き合いさせて頂いているミュージシャンのウチ、関西以西ご出身の方の比率がすこぶる高い。
コレはなんでなのかネェ。
「ケンミンSHOW」じゃないけど、やっぱり東西の文化の違いなんだろうな。
歌詞なんかを読むと、物事に対する感じ方の違いみたいなモノが確かにあって、関西の人が持つ感覚の方がロックに適しているように思える。
関西の方がロマンチックで熱い、というかクサイというか…。
反対に東の方はクールでスマート、というかツマらないというか…。
歴史的に見ると関西の方が圧倒的にブルース臭の強いバンドが多いことも注目すべきであろう。
今は交通網が発達したり情報交換が容易になったことでロックの地域性が失われている…ということはいつも書いている通り。
ま、そんな音楽的、地域的な背景からか80年代に起こったヘヴィメタル・ブームメントでも関西勢のバンドが気炎を吐いていたんだろうね。
…と、他人事のように書いているのは、いつも言っているように1981年ぐらいから私はロックから遠ざかってしまったので、そうしたムーブメントを直に体験していないのです。
「知らないこと」は「知らない」とハッキリ言います。
 
そこで、今更ながらこのコンサートのことを調べてみると、「関西3大メタルバンド」と称されていたEARTHSHAKER、44MAGNUM、MARINOの3バンドが、1982年10月24日に新宿ロフトで『関西ヘヴィ・メタル東京なぐり込みギグ Vol.1』と銘打ったライブを開催した…とある。
今でいう「スリーマン」ってヤツか…当時はそんなみっともない英語はなかった。
英語で正しく言うのであれば「トリプル・ヘッドライナー」だ。
「なぐり込み」なんていう言葉を使ったところを見ると、この頃はまだやっぱり東西のロック・シーンの間に大きな隔たりがあったように感じるね。
それより前の1980年と81年、私も三文役者に入れてもらって反対に大阪、京都、名古屋を回ったけど、ゼンゼン「なぐり込み」ではなかったもん。
やっぱり東京以外の人から見ると「東京」ってのは特別な場所なんだろうね。
で、そのロフトへの「なぐり込み」から26年経って、中野サンプラザで再演したのがこのコンサートだった。
 
リハーサルの時のようす。
この頃はまだMarshall Blogを始める前で、写真にも興味がない時分だったので、画像のクォリティの低さはご辛抱願いたい。
令文さん、MarshallのTシャツをお召しになって、即座に爆音!
90v_1 その爆音を発しているのは上段のメインの1959と1960BX。
システムはいたってシンプル。
ま、見た目もシンプルだけど。
ギターと1959の間に歪み系エフェクターとテープエコーを通しているだけ。
アンプとスピーカー・キャビネットの間にはアッテネーターをつないでいる…と言ってもアッテネイトしているのは10段階のウチの2段階程度。
キャビネットのスピーカー・ユニットは何回か交換していたそうだ。
ちなみにこの時の令文さんのエフェクター・ケースにはオリジナルのMarshall Guv'norをはじめ、歪み系のペダルが4ケ入っていた。
20vリアはこんな感じ。
上段のメインの方のリア・パネルにはポラリティ・スイッチが付けられている。
また、インピーダンス・セレクターもオリジナルのピン式からロータリー式に改造されている。
こっちの方が安全。
下のサブで使用している1959は型番が削られていた。
元々は1970年製の1992 SUPER BASSだった。
もちろんギター用に改造してある。
30v
令文さんのリグのトレードマークのひとつだったスライダック。
今、この写真では110V付近まで上げられているが、令文さんは歪みやクリーンによって微妙な電圧の違いを使い分けていた。
コレは令文さんのようにMarshallを知り尽くした人だからできるテクニックであって、良い子も悪い子も絶対にマネしてはいけません。40 この日会場にお邪魔してすぐに気が付いたのは、ステージにMarshallが並んでいなかったこと。
『HEAVY METAL FANTASY』にしてはチョット寂しいな…と思っていたら、「おい、Marshallはどうしたんだ?!」という声が聞えて来た。
どうも手配がされていなかったようで、その声を聞いて私の方からから協力を申し出た。
その場でMarshallを保管している倉庫へ連絡し、車を仕立てて中野まで運んでもらったのだ。1959left_2大急ぎで積み上げたものの開場時間には間に合わず、お客さんが見ている前での設営作業になったが、そんな場面など滅多に見ることはできないだろうから、それをご覧になったお客さんにはかなりレアな機会となった。60_1もちろん開演前には無事セット完了。
MODE FOURキャビが並んでいるところに時代を感じるね。
80コレで『鋼鉄の幻想』のステージにふさわしいルックスとなった!70冒頭に書いたように、この時はMarshall Blogを始める約2か月前のことだったので「コンサート本番の写真を撮影する」なんてことは全く考えていなかった。
よってライブの写真はなし。
この日、トップで登場したMARIONOは全9曲を演奏し、会場を大いに沸かせた。
令文さん、この真空管のイラストが入ったTシャツがお気に入りでずいぶん長い間お召しになられていたっけナァ。10vこの年の末には5,000セット限定で各バンドのパフォーマンスをDVDとCDに収録した6枚組ボックスセットが発売された。
現在手に入るのかどうかは存じ上げないが、こうしてこのコンサートがキチンと記録されているのはとても喜ばしいことである。
ウチではこの時に頂いたセットリストの紙を添えて大切に保管している。0r4a0101

200(2008年3月1日 中野サンプラザホールにて撮影)
 

2022年11月 9日 (水)

【I REMEMBER 令文】Marshall Mania

  
大谷令文さんの追悼特集はまだまだ続く。
ウチの「大谷さん」は「翔平」ではなく、徹頭徹尾「令文」だから!
今回からは今のMarshall Blogでは見れなくなっていた記事を加筆訂正して、かつ新たに現像した写真を交えて紹介していく。
今日は私の手元に残っている一番古い令文さん関連の記録。
2006年に開催された『Marshall Mania』というイベントのレポート…と言っても、この記事は今のMarshall Blogにも復刻掲載していたことがあるので見覚えのある読者も少なくないと思う。
局面によって内容を書き換えていたのではジャーナリズムとして成り立たないことはわかっているけど、令文さんの追悼に主眼を置くとどうしてもリライトせざるを得ず、大幅に内容を書き換えて再々掲載させて頂くことにした。
つまり書下ろし!
 
それでは早速はじめましょう。 
『Marshall Mania』が開催されたのは2006年4月16日のこと。
「昨日のことのよう」と言いたいところだが、ずいぶん昔の話だナァ。
会場は名古屋伏見の老舗ライブハウス『Heartland Studio』。
『Marshall Mania』は中京地区のMarshallファンの皆さんが自慢のMarshallを持ち寄って展示するという企画。
そして、ゲストの令文さんのギター・クリニック、さらに夜の部ではMarshallゆかりのミュージシャンが集ってのスペシャル・ライブ…というMarshallゾッキのイベントだった。
Marshall Blogが始まる2年前のことで、私は「Marshallの輸入代理店の担当者」としてVBA等、夜のスペシャル・ライブで使用する機材のサポートをする格好で参加させて頂いた。
この日、イベントが終了したのがかなり遅い時間で、お客さんが全員お帰りになった後に機材を地下の会場から人力で地上まで運び出すのがメチャクチャ大変だった。
また、よりにもよって、8x10"のベース・キャビネット「VBC810」を持って行っていたんだよね。
営業所の若者と2人で大騒ぎしながら何とか階段で運び上げた。
その後、松屋かなんかに食事に行った時は午前1時を過ぎていた。
16年前…私もまだ若かったんだネェ。
今じゃとてもそんなことできないわ。
 
さて…。
昼の開場と同時にお客さんがポツポツ集まりだした。
所狭しとズラリと並んだ新旧のMarshall。
右を見ても左を見てもぜ~んぶMarshall!
101959は当然のこと、JCM800 2203、JCM900 2100SL-Xや4100、JCM2000 TSL60、6100と様々なモデルが並んだ。
この当時はまだJVMが出る前だった。
よってフラッグシップ・モデルはまだJCM2000のTSLシリーズ。
この半年後ぐらいにVintage ModernとJVMシリーズが発表になったのです。
壁に貼ってあるジミヘンのポスターもなつかしいね。201974X、2061X等のハンドワイアード・シリーズに加えてJTM45 Offset(右端)まで並んでいた。
JTM45 Offsetは思い出のある商品でしてね~。
真相は恥ずかしくてとてもココに書くことはできないが、土壇場でアメリカに頼んで50セット分けてもらったんだよね。
コレは本当に素晴らしいアンプだった。
お金のことなら何とでもなる!…と、職権を濫用してマジで1台買おうかと思ったが、家に置くスペースがないので泣く泣く諦めた。
Marshallもコレを復刻するのが大変だったそうで、「もう二度とやらない」と以前言っていた。
買ったお客さんは「ラッキー中のラッキー」と言えよう。
30「White Special」も並んでいる。
白い1959、白い1960、そしてPower Brake PB-100まで白で揃えたラインナップはMarshallの35周年を記念するモデルだった。
40
ココは1959族がズラリ。
一番右は1994年に世界限定で200セットを生産し、発表とほぼ同時に完売した「Barney(バーニー)」とアダ名されたモデル。
紫色のカバリングをまとい、Bキャビが背高の1959のフル・スタックだ。
別名「The Hendrix Stack」。60「Barney」というのはアメリカの子供向けテレビ番組に出て来る紫色のティラノサウルスのこと。
当該のスタックはこのキャラクターと同様、紫色でサイズが大きいということから海外で「Barney」と呼ばれた。
コレは多分アメリカだけの話だと思う。
イギリスのMarshallが「バーニー」と言う時にはバーニー・マースデンだし、日本で「バーニー」と言えば日下部正則さんと相場がキマっとるからね。
 
9bd_2

目の玉が飛びだすようなウルトラ・レアなアイテムが並んだワケではないが、オーナーの皆さんが自分のMarshallに愛情を注いでいることが伝わって来るうれしい展示だ。
しかし、これはさぞかし設営/撤収が大変だったことだろう。
今更ながらに主催者に感謝を申し上げたい。
50Marshallを手に入れること、Marshallをステージにセットすること、Marshallを弾くこと…すべてが「ロック」ですからね。
その「ロック」に直結しているのがこの光景は圧巻だった。70楽屋に行くと、出番を控えた令文さんがウォーミングアップをしていた。
しばらくすると令文さんのギター・クリニックが始まるのだ。
追悼記事『私の令文さん』の中で触れた通り、この時に初めて令文さんと面と向かってお話をした。
もちろん私から声をおかけして、「〇〇の時の私です」と過去の接触事例を引き合いに出して自己紹介すると、とても気さくに対応してくれて、早速Marshallの話をしたのであった。
 
ほどなくして令文さんのギター・クリニックがスタート。
この内容がまたスゴかった。
こう言っちゃナンだが、「ギター・クリニック」とは名ばかりで、バッキング・トラックもナニもなしに令文さんがコアなロックの曲を好き放題に弾きまくるというスタイル。
グワ―ン!と弾いて「フリートウッド・マック…ピーター・グリーン…知ってる?」とやるだけ。
こんなの令文さんだからできるし、許される。
他にロビン・トロワ―の曲なんかを持ち出して「コレ知ってる?知ってんの?知らないだろうな~」なんてお客さんに向かってやってる。
そのようすが滅法オモシロかった。
80その代わりサウンドは抜群だった。
だって、この後のライブのためにご自分のMarshallを持ち込んでいたんだもん。
もちろんスライダック&コーラスエコー付きのフル装備。
ナンのことはない、令文さんが一番の「Marshall Mania」だったんだよ。Rimg0186 途中で加わったのがGEORGIE PIEの原マサシ。
当時マサシさんはロンドンのテムズ川南岸のパットニーというところにお住いで、この時がご縁となって翌年私が渡英した時にMarshallの工場にご案内した。Rimg0192_2 マサシさんもご自分のMarshallを持ち込まれていた。
フル・フェイスの1962。
その後ろに見えているのがVBC810。Rimg0185 マサシさんは「本当はトロロのブルースブレイカーが好きなんです」とおっしゃっていたナァ。
「トロロ」というのは下の写真のフレットクロスのこと。
「とろろ昆布」のトロロね。
トトロじゃないよ。Img_0905 そして、令文さんが「それじゃ、アイルランドの民謡でも一発やりますかな…」と言って2人で弾き出したのがThin Lizzyの「Black Rose」のあの真ん中のギター・アンサンブルのパート。
ココもバッキング・トラック全くなしのア・カペラ。
生身の人間が目の前であのパートを完璧に弾くのを見てビックラこいたわ!
だって、スコット・ゴーハムが「こんなもんできるかい!」と投げ出してしまったもんだから、あのパートはゲイリー・ムーアがひとりでレコーディングしたっていうんでしょ?
もう、音は十二分にスゴイいし…というか、鳴っている音がギターだけなのでそれはそれはスゴイことになった。
一生忘れることができないパフォーマンスだったな。
そして、この2人にはもう一生会うことができない。Rimg0202 この時から数年経って…。
Fairport Conventionは私のガラではないんだけど、勉強のために名盤と呼ばれているアルバムを大かた揃えて(ガマンして)聴いていたらビックリ!
『Liege & Lief』に収録されている「Medley: The Lark in the Morning」という曲に「Black Rose」のあのパートの最後の方のメロディがそのまま出て来るじゃないの!
きっとアイリッシュ・ミュージックを好んで聴く人には基本中の基本なんだろうけど、私は全く興味がなかったのでコレを見つけて結構感激した。
そして、さっそく令文さんに報告した。
令文さんもおおよそFairport Conventionは守備範囲でなかったらしく、私の報告を聴いて驚き、「ええ!聴きたい!」とおっしゃていた。
当時はYouTubeもSpotifyもなかったので、確か音源をCDに焼いてお渡ししたように記憶している。Ll そして、夜。
マーシャル弾きが集まって熱気あふれるライブ・パフォーマンスが繰り広げられた。
もう会場はこれ以上はひとりとして入れないような満員状態!90出演は令文さんの他に、トーベンさん、The Sons、Shigeo Rollover、マサシさん、メリケン・バンドのコヤマタケシさん等々の豪華メンバー。
Rimg0227コレだけのメンバーだからして当然最後は大セッション大会になるわな。
まぁ~みんな弾くわ弾くわ!
もう完全にコントロール不能になってしまい、まさしく阿鼻叫喚のギター地獄!
誰かが「Child in Time」に出て来る「♪A、C、E、Eb~」のフレーズを弾き始めたらセッション内で流行っちゃって、トーベンさんまでベースでそのフレーズを弾き出す始末。
楽しかったナァ~。
ところが、いっくら弾いても終わる気配を見せず、そのウチ終電に乗り遅れそうな人も出て来てしまい、会場のお客さんが少しずつ減り出して来た。
まさにジミ・ヘンドリックスが登場した時の月曜日の朝のウッドストック状態!
ま~、冗談抜きにゲップが出るほどギター聴かせてもらいました。Rimg0249セッション・リーダー的な存在だった令文さんも思う存分弾きまくっていた。Rimg0250しかし、人間ってナンだってこんなにギターを弾くかネェ?
答えはカンタン!…そこにMarshallがあるから。
Rimg0257とにかく素晴らしいイベントだった。170このイベントは翌年、『HeartLand 30th Anniversary HTV MARCYのロック道場 Presents Marshall Mania2 in NAGOYA』と銘打って再演され、令文さんも出演されたが私はお邪魔しなかった。Mm2

200_2(一部敬称略 イベントの写真は2006年4月15日、名古屋HeartLand Studioにて撮影)

2022年11月 8日 (火)

【I REMEMBER 令文】私の令文さん <後編>

 
令文さんが弾くギターの大きな魅力のひとつと言えば、Marshallとタッグを組んで出すその日本人離れした豪放な音色だろう。
Marshallがなければこの世に現れることがなかったであろう海外の音楽を十二分に吸収し、1959を自在に操る令文さんのようなギタリストは今後もう出て来ることはないだろう。
もし出て来たとしても、悲しいことにそんなギターのサウンドが活躍する場所がない。
三宅さんとそんな話をしていると言われることがある。
「シゲさんは令文さんのギター音の本当のスゴさを知らない」
三宅さんは高校生の時にライブハウスで令文さんの演奏を目の前で体験してギタリストになることを決心した人である。
一方、これまでも時折Marshall Blogで触れている通り、私は80年代に入ってしばらくした時点でロックから遠ざかってしまったので、いわゆる「ジャパメタのムーブメント」すら知らなかった。
当然MARINOすら存じ上げないワケで、その時分の令文さんのギター・プレイなどまったく体験していないワケだ。
フランク・マリノなら後楽園ホールで観たけどね。
そこで、今でも三宅さんからその当時の日本のロック界について色々と教わっている。
その中のひとつが令文さんの1984年のソロ・アルバム『Raven Eyes』。
スゴイよね~、その時代にロンドンに渡ってジェフ・ベック人脈のミュージシャンと組んでアルバムを作り上げたんだから。
Re今回もそんな話を三宅さんとしていたら、そのパーソネルを伝えるべく、アルバムの裏ジャケを送ってくれた。

Re1_2_2 フムフム…マックス・ミドルトン、クライブ・チャーマン、リチャード・ベイリー、マギー・ベルにスノウィー・ホワイト…なるほど、なるほど。
「Special Thanks」のクレジットに目をやると、「Manchester Sq. & Paddington Fire Brigade(マンチェスター・スクエアとパディントン・ファイア・ブリゲード)」とある。
んんん?
コレは令文さんご本人からの「スペシャル・サンクス」なのかな?
だとしたら、どうしてマンチェスター・スクエアに感謝しているんだろう?

Re2_2 コレがそのマンチェスター・スクエア。
隣りにはLittle Featの『Sailin' Shoes』のジャケットになった元の絵を展示している「ウォレス・コレクション」という国立博物館がある。
Img_0295下の写真では右がマンチェスター・スクエア。
そして、左の茶色い建物は以前EMIの本社だったビルで、ビートルズの赤盤と青盤のジャケット写真を撮影したところ。
この辺りでロックに関するポイントといえばそれぐらいのモノだろう。
どうしてスペシャル・サンクスされたのだろうか?Img_7568一方、こっちはパディントン駅。
ある熊がカバンひとつでアルゼンチンからやって来て、ココで保護されたのでその熊が「パディントン」と名付けられたという話なら知っている。
しかし、令文さんがスペシャル・サンクスでクレジットしたのは「Paddington Fire Brigade」、つまり「パディントン消防隊」だ。
一体、どうしてなのか謎が深まるばかり。
こんな時は本人に訊いてみるのが一番!…と思っても、もうそれができないんだった!
こういう時に猛烈に寂しくなるんだよね。Img_9214_2 私は『RAVEN EYES』はそうして後追いとなったが、その続編の『RAVEN EYES II』はリアルタイムで聴かせて頂いた。
このCDRは<前編>で触れた名古屋の『Marshall Mania』の時にご本人から頂いたモノだろう。
「Razor Boogie」という曲が好きだった。
令文さんは「最近はブギとかシャッフルといった『3』のリズムのロックが少なくなった」と嘆いていらっしゃったので、まさにそんな状況に対する「喝!」だったのではなかろうか?0r4a0145令文さんはプログレッシブ・ロックにも造詣が深かった。
私も大好きで、イタリアン・プログレの「Formula 3」かなんかの話で意気投合したのを覚えている。チッタ川崎のコンサートに2人で出かけたりしたな。
でも、チッタさんが招聘するイタリアン・プログレのコンサートに行ったことはなく、1回はアンディ・パウエルの方のWishbone Ashだった。
帰り道、焼肉屋に寄ってドップリとロックの話をした。
2010_8_20_hackett2人でチッタに出かけた機会がもう一度あったのだが、何のコンサートだったのかどうしても思い出せない。
Colsseumだったかナァ?
スティーヴ・ハケットだったような気がする。
令文さんとはGenesisの話もよくしたナ。
『The Lamb Lies Down on Broadway』が話の中によく登場した。
2010_9コンサートといえば、2008年のウリ・ジョン・ロートの中野サンプラザ。
この時はすごかった。
客席に令文さん、中間さん、三宅さん、ノンちゃん、ルークさん、Syuちゃん、マーティ…多分他にいらっしゃっていたのだろうが、「それ系」のギタリストがゾロリと揃った光景はまさに壮観だった。
Uliそのノンちゃんも「大谷一門会」の門下生だ。
私も「一門会に入りたい!」と三宅さんに願い出たことがあったんだけどね。
「メキシコ製以上の黒いフェンダー・ストラトキャスター」を持っていないと入れない…と、言われて諦めた。102 冒頭に書いた通り、三宅さんは高校生の時に令文さんの生のプレイを目前で体験して人生を決めてしまった人だ。
「大谷一門会」の会則を定めるぐらいの権限はあってもよかろう。
その三宅さんはMarshall Blogのインタビューでこうおっしゃっている。

三宅庸介(以下「Y」):「ストラト」っていうと、高校2年ぐらい?…そこそこギターが弾けるようになった時に見たんですよ…令文さんを京都で。
先輩が録音してきたテープなんかでそれより以前にも令文さんのギターを聴いてはいたんです。
Shige(=筆者、以下「S」):初めはテープだったんですね?いかがでした?
Y:「これは外国人だ!」って思いましたね。
こんなギターを弾く人がいることに驚きました。
「こりゃ観に行かないといけない!」って京都の「磔磔」に行ったんです。
最前列でね…もう令文さんの足が目の前にある。
当然真ん前はMarshallですよ。もうギターの音しか聴こえない!
S:ウワ~、それはスゴそうだ!
Y:はい。
それもボクが聴いてきた大好きなブリティッシュ・ロックのスゴいギタリスト達が出している音と同じだったんです。
令文さんが23~24歳の頃なのかな?
日本人でコレができる人がいるんだったら、自分も本気でやってみようかな?って思いました。
それぐらい令文さんにはインパクトを受けましたね。
ホント、あの時の令文さんを見ていなかったらギタリストにはならなかったかも知れない。
S:へェ~、MARINOの頃ですか?
Y:イエ、MARINOでのデビューの直前ですかね。00c_2一方、コチラも熱烈な令文さんの信奉者であるノンちゃんは、2008年に『From the Womb to the Tomb』というソロ・アルバムを発表した。
その中で1曲令文さんが客演した。
アルバムのリリースの際、昔のMarshall Blogでインタビューをしていて、ノンちゃんがその門下生ぶりを語っている個所を思い出したので、抜粋の上、加筆訂正してココに再掲する。Wtt2Shige(以下「S」=筆者):レコーディングでは令文さんはストラトをお使いになったんですか?
島紀史(以下「N」):はい。MARINOの時の黒いヤツ…ボクからお願いしたんです。
はじめレスポールで弾こうとされていたんですが、「師匠!ここは私が子供の頃に憧れた『ストラトキャスターの魔術師の令文さん』で弾いていただきたい!って。
すると「ほんならアレ持ってきて」と、一緒に来ていたローディに伝えて車から別のギターを持って来させてくれたんです。
もんのすごいボロボロのハードケースから例の「黒」が出てきましてね。
S:それはさぞかしうれしかったことでしょう。
令文さんはご自分のマーシャルでした?
N:ええ、メインのプレキシの1959で、ファズボックスだけを通して弾いてくれました。
S:令文さんはアイドルだった?
N:もちろん!あのアーミングに惚れましたよ。
もうレコーディングの時には単なるファンになってしまいましたね。
(中略)
S:使用ギターのリクエストはしたにしても、「こういう風に弾いてください」みたいなお願いはしたんですか?
N:一切しませんでした。
私が先に録音したんですけど、「ライブでこういうギタリスト(令文さんのこと)と一緒にやったらどうなるか…」というイメージで自由に弾いてください!という感じですね。
お願いは「ストラトキャスターの魔術師になって頂く」ということだけでした。

Wt下は2009年12月20日のCONCERTO MOONのライブの終演後に撮影した写真。
左から、令文さん、三宅さん、ノンちゃん、ジーノ・ロート、BLINDMANの中村達也さん。
みんなで観に来てくれた。
会場は新横浜の現在の「NEW SIDE BEACH」…まだ「SUNPHONIX HALL」という名前の頃だ。
2019_12_20その帰りに食事をしたのもとてもいい思い出だ。
私だけ帰る方向が別で終電に間に合ったのはいいが、どうしてもトイレに行きたくなってしまい、ギリギリまでガマンして泣く泣く途中下車し、残りの家路にはタクシーを利用せざるを得なかった。
もう少し早く店を出ればヨカッタのに…令文さんたちとの会食がよっぽど楽しかったのであろう。
(※写真提供:三宅庸介氏)
3g令文さんはロック以外にもありとあらゆる音楽をお聴きになっているようで、「マヌーシュ」に強いご興味をお持ちのようだった。
「マヌーシュ」というのはジャンゴみたいなジプシーの音楽ね。
私がジャズが好きだということから時々ジャズの話もたくさんしたな。
その中にベルギーのギタリスト、「フィリップ・キャサリン」の名前が出て来てサスガと思ったことがあった。
よっぽどのFocusファンでない限り、普通のロック・ギタリストは「フィリップ・キャサリン(Philip Catherine)」なんて知らないだろうからね。
昔は「フィリップ・カテリーン」と表記されていたベルギーのギタリストで、チャールズ・ミンガスをして「ヤング・ジャンゴ」と呼ばせしめた人。
実際、ジャンゴの相棒のステファン・グラッペリと活動を共にしていていたことがあって、良質なジャンゴ・ミュージックのアルバムを何枚か残している。
私は大学生の時にデクスター・ゴードンの『Something Different』というアルバムを聴いてからの大ファンで、レコードやCDをずいぶん買い漁っていた。
令文さんはやはりFocusの『Con Proby』というアルバムでキャサリンをご存知になったようだった。
誰も喜ばないであろうこのアルバムのことを口にしたのは、後にも先にも令文さんと三宅さんぐらいだったナァ。
令文さんは本当に音楽をよく知ってらした。
もちろん、裏話の類もお得意で、令文さんとのロック話はいつもとてもいい勉強になったし、色々なバンドをおススメを頂いた。
その中にJourneyがあった。
元より80年代のロックを全く聴いていない私は「商業ロック」の権化と思い込んでいるJourneyが大のニガテ。
そのことを令文さんに告白すると「アレ?…初めの2枚はプログレっぽくてスゴくいいから、ウッシーも絶対に気に入るよ!」と言われてすぐに買って聴いた…残念ながら全く受け付けなかった。
Journeyだけは令文さんと合わなかったナァ(Journeyに関しては三宅さんとの関係もうまく行っていない)。
9fcon_2令文さんは音楽以外のことも詳しかった。
映画に関してドップリと話をした記憶はないが、やはり『モンティ・パイソン』の話をしたナ。
ある時、ジョン・クリースの話になったことがあって、『Fawlty Towers』という1970年代にBBCで放映されていたコメディ・ドラマをススメてくださった。
もちろんそういう時の令文さんは、ニッコリとほほ笑んで少しだけ肩をすぼめ、右手の人差し指と親指で輪を作って「グー!」という仕草をされる。
私はその『Falty Towers』のことを知らなくて、予てよりMarshallの連中に「観ろ、観ろ」とススメられていた。
それを令文さんがご存知だったので、迷わずすぐにDVDのボックスセットを買った。
そして「オモシロかった」と令文さんに感想を伝えると、うれしそうにニッコリ笑って「オモシロかったでしょ?」と例の「グー・ポーズ」を取ってくれた。
下の後列真ん中のヒゲのオジさんがジョン・クリース。Ft_2 そういえば、令文さんは私が撮る写真もお気に召して頂いていたようで、コレは人づてに聞いた話だが、「ウッシーが撮るギタリストの写真はすごくいいね…でも、ギタリスト以外の写真はわからんな」とおっしゃってくださったそうである。
大きなお世話である…ウソウソ、この話を聞いてとてもうれしかった。
私がやっているのはMarshallのブログなのだから、最高のギタリストに自分が撮ったギタリストの写真をホメられるなんて、こんな栄誉はない!
私が撮った膨大な数の令文さんの写真のコレクションは私の宝物である。
しかし今、もっとオフ・ステージの姿を撮っておけばヨカッタナァ…と少しばかり後悔している。
そもそも令文さんと撮った自分の写真すらありゃしない!Img_0115 令文さんとの思い出に関しては、まだまだ忘れていることがきっとたくさんあるだろう。
子供の成長なんかが良い例なんだけど、結局、「覚えていること」って「写真やビデオになっていること」が多いんだよね。
Marshall Blogで令文さんの記録が残っているのは2006年からで、今日までたった16年程度の期間ではあったが、長く、密度の濃い不世出のギタリストのキャリアの一部を切り取って、出来る限りたくさんの記録をMarshall Blogに残すことができたのは有意義なことであると思う。
それでは<前編>に引き続き、今回も現在のMarshall Blogで閲覧できる大谷令文さんの記事を紹介していくことにする。
 

NEW AGE REVOLUTION <前編>~EROS→の巻
[2014年10月19日 横浜7th Avenue]
高橋ヨシロウさん率いるトリオ、「EROS→」のライブ・レポート。
コレは並々ならぬ緊張感と迫力に満ちたステージだった。
令文さんの「ACTION/100000VOLT」のフリがとても印象に残った。
「来るぞ、来るぞ」とサスケのような気持ちで、その瞬間を逃さないように集中したことを覚えている。
 
記事はコチラ⇒Marshall Blog

100 

BATTLE OF FORCE 2014 <後編> MARINO&MEDUSA
[2014年11月2日  目黒鹿鳴館]
立錐の余地が全くないほどの満員だった。
身動きを取るスペースが全くなかったので、ホールの中ほどの下手の壁際に脚立を置いて、そこから動くことなくすべてのステージを撮り切った。
8年前か…まだ私も若かったってか?今はもうそんなことできないかも知れない。
人生で2回目のMARINO。
この日は色々あったけど、何しろ汗まみれの凄まじいステージだった。
  
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235

 
EROS→TEAM ACTION 【ACTION! DEBUT 30th ANNIVERSARY】<後編>
[2014年12月21日 目黒鹿鳴館]
ACTIONのデビュー30周年を記念するライブ。 
2部構成で第1部のギターは原田喧太さん、2部が令文さんだった。
そして、後半では喧ちゃんが合流。
会場は鹿鳴館だったが、特殊効果が入ってすごくオモシロかった。
「筋金入りのロックの権化」のようなモノを見た気がした。
 
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210 
ROCK 'N' ROLL RESEARCH (マーシャル編)~<後編>THE KEY PROJECT & Tohben/Raven/Roger
[2015年1月10日 吉祥寺ROCK JOINT GB]
名古屋の「メリケンバンド」のジョーペリー小山さんの企画。
まず「ROCK 'N' ROLL RESEARCH」というタイトルがスゴかった。
出演者も強力でいかにも「マーシャル編」という名にふさわしいショウとなった。
 
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290_5 

GENKI SESSION 2015
[2015年8月22日 東京キネマ倶楽部]
前年に引き続いてのGENKI SESSION。
令文さんはご自身のMarshallフルセットを持ち込んで凄まじいプレイを披露してくれた。
曲良し、音良しの極上のロック・ショウ。

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60_2
【後日譚】 『アンプ大名鑑 [Marshall編]』のこと~あらためましてのありがとう!~
[2015年12月15日掲載]
私が監修したMarshallの本をイの一番でご購入頂いた。
も~、この仕事は苦労の連続でしてね、毎日夜中まで英文とニラメっこをした労作だったので、令文さんにお買い上げ頂いてとてもうれしかった。
その後、令文さんとこの本について話した記憶がないんだけど、令文さん読んだのかな?
 
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O_10 
POWER AND THE GLORY Vol.20 <前編>~MAD ROSE MIX & Moth in Lilac
[2015年9月27日 目黒鹿鳴館にて撮影]
今度は「MAD ROSE MIX」というバンド名義でのヨシロウさんとのステージ。
ヨシロウさんのデビュー35周年を記念して結成したチームで、当日の令文さんはJCM2000 DSL100をお使いになっていたが、恐らくこの時もあのスマイルで「ツマミが多い」とおっしゃっていたに違いなし。

 
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160 
ROCK 'N' ROLL RESEARCH (マーシャル編) vol.2~<後編>湯川トーベン、大谷令文&ロジャー高橋 and THE KEY PROJECT
[2016年1月9日 吉祥寺ROCk JOINT GB]
1年の間を空けて開催された「ROCK 'N' ROLL RESEARCH」第2回目。
このトリオも最高だった。
ところで、このイベントは「マーシャル編」以外のリサーチはしたのかしらん?
 
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150 
1000のMarshall Blog! <Day3>
[2016年10月25日掲載]
Marshall Blogの1000回更新を記念してたくさんの方にコメントをお願いした。
当然、令文さんにもひと言頂戴した。
最近、2000回&10周年をマークしたけどナニもしませんでしたわ。
 
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1_img_0376 
44605960(ヨシロー・ゴクロー)~人間万事塞翁が馬~ <後編>
[2016年9月28日 吉祥寺ROCk JOINT GB]
ドラマーの久嶋喜朗さんの「さよなら」ライブ。
私は久嶋さんもこのイベントのことも存じ上げなくて、令文さんから電話でお誘いを受けてカメラを持って駆けつけた。
「はじめまして」の出演者が多かったが、令文さんがご丁寧にひとりひとり紹介してくださった。
「いつもMarshall Blogを読んでます!」なんていう方もいらっしゃってうれしかったな。
ボカァはコレを言われるのが一番シアワセなんだ。
この時も最高に楽しかったナァ。 
 
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320_2 
GENKI SESSION ~Summer of Love~
[2019年8月23日  東京キネマ倶楽部]
どういうワケか3年もの間が空いてしまった。
久しぶりにMarshall Blogにご登場頂いたのは東京キネマ倶楽部での「GENKI SESSION」のレポート。
まさか、令文さんにお会いして生でギターを耳にするのが最後の機会になるなんてとても想像できなかった。
残念だけど観ておいてヨカッタと思っている。
そして、記録を残すことができたのはMarshall Blogの大きな財産となった。
 
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602
以上、Marshall Blogに残されている令文さんの記録を紹介した。
 
Marshallをお使い頂いているギタリストは日本にもたくさんいらっしゃる。
大変ありがたいことだ。
ギター演奏の技術も進化を極め、学校の普及により若い人でも驚くほ超絶的なプレイをすることが珍しくなくなった。
皮肉なことに、一方ではロックは誕生から約70年が経過し、その間に本来のロックが持っていた魅力をドンドン失い続けて来たように思う。
「時代の移り変わり」とはいえ、私のような70年代ロックの人間にはずいぶんと遠いところへ来てしまったナァ…と感じざるを得ない。
これが「一般化」とか「普及」の宿命なのであろう。
それでも誰かが、そうした古来のロックの魅力を伝えて行って欲しいと思っていたし、Marshall Blogとしてはそのお手伝いをして来ているつもりだ。
それでは「そのロックの魅力とはナニか?」と問われれば、答えは世代によって多岐を極めるであろうが、Marshallの人間として即座に答えたいのは「1960年代の後半から1975年あたりまでに生み出されたロック」と答えたい。
言い換えるのであれば、順列組み合わせでも、新鋭機材の競争でもなく、人様のコピーでもなく、「自分たちのオリジナリティを追求していた時代のロック」である。
この時代のロックを「ギターとMarshallのコンビネーション」という手段で伝承してくれていた最後の砦のひとつが令文さんだった。
つまり礼文さんは「70年代のロックの空気」を自然に包含していたのだ。
この「空気感」というモノは、その人が過ごして来た環境や時間だけが作り得るモノなので説明や教授をすることができない。
令文さんの場合は、Marshallで作った音楽をギタリストという立場でほぼリアルタイムに浴びて来た人の「空気感」ということになろうか。
最低でも爆音。
やっぱり耳にイヤホンを突っ込んで蚊の啼くような小さい音で演奏しているようでは、この空気感を漂わすことは不可能だ。
学校でギターを習って来た若いギタリストたちも令文さんのギターの音にブッたまげていたからね。
そうした若い子たちに薫陶を与えて頂く機会がなくなってしまったことは返す返すも残念である。
 
令文さんのギターの音を生で聴くことはもう永久にできないが、令文さんの業績や意志を理解し尽くしている三宅さんや島さん、そして他のMarshallのギタリストが少しではあるが、まだいる。
そうした優れたギタリストたちに令文さんが築き上げた「日本のロック・ギター」の伝統を引き継いで頂き、後世に伝えて行ってもらいたいと切に願う次第である。
 
令文さん、お疲れさまでした。
長年にわたりMarshallをご愛顧賜り心から御礼申し上げます。
安らかにお眠りください。Img_01443 以上が私の令文さんの思い出。
令文さんの追悼特集はまだまだコレから。
次回からはこれまで見ることができなかった昔のMarshall Blogの令文さん関連の記事を復活させて時系列にお送りします。
 

200 (一部敬称略 ※本記事の制作に当たりましては三宅庸介さん、並びに島紀史さんよりご協力頂きました)



2022年11月 7日 (月)

【I REMEMBER 令文】私の令文さん <前編>

 
「レイブン・オータニというギタリストはそんなにスゴイのか?!」
昔、スティーヴ・ヴァイやジョー・サトリアーニが来日した時、周囲のスタッフにそう尋ねたという。
私はこの話をとても誇らしく思うのだ。
 
大谷令文さんが亡くなった。
 
とても大きなショックだった。
一番最近令文さんにお会いしたのは、2019年の東京キネマ倶楽部での『GENKI SESSION』の時のことで、その時の令文さんは腰を痛めていて大変ツラそうにされていらっしゃった。
それでも楽屋で2人きりで以前のようにMarshallやマニアックなロックの話をして楽しかったことが思い出される。
そして、この春のある晩、突然令文さんからお電話を頂いた。
何ごとかと思って電話に出てみると、「DSL100Hってのはいいアンプだね~!でもツマミの数が多いんだよね~」と、いつもの調子だった。
イヤ、お声はキネマ倶楽部でお会いした時より断然お元気そうで、「ウッシー、今年はGENKI SESSIONをやるからさ、またカメラを持ってMarshall Blogの取材に来てよ!」とお誘い頂いた。
Marshall Blogを始めてからというもの、令文さんは私に会うたびに「毎日読んでるよ!」と励ましてくださり、「あの『旅のヤツ』もオモシロくて大好きなんだよね」と、今は『私の〇〇』として展開しているカテゴリーを高くご評価頂いていた。
それゆえ今年の『GENKI SESSION』を心待ちにしていたのだが、やがて「中止」の情報が耳に入って来た。
それどころか、その春の電話が令文さんとの最後のコンタクトになってしまった。
 
結果、最後に令文さんにご登場頂いたMarshall Blogの記事は2019年の『GENKI SESSION』となってしまった。
しかし、それまでに何度もご登場頂いていて、過去の記事をヒックリ返してみてビックリ…出るわ、出るわ!
私の記憶以上に多数回ご登場頂いていたことを知り、今更ながら恐懼の至りである。
そこで、Marshall Blogは生前の令文さんのご厚情に対する感謝の念を込めて、『I REMEMBER 令文』と銘打ち、私個人の思い出をからめた追悼特集を組むことにした。
まずは、現在のMarshall Blogに掲載されたすべての記事に私の思い出とリンクを添えて紹介する。
加えて、現在では閲覧できなくなっている2008年から2011年までの古いMarshall Blogの記事を加筆訂正し、写真を新しくプリントした上で再掲する。
今のMarshall Blogは先日10周年を迎えたが、これだけ長い間やって来て「記録媒体」としての機能が増して来た。
となれば、Marshall Blog以外に誰がコレをできるというのだ!?
こうすることによって不世出のロック・ギタリストの偉業の片鱗を後世に伝え、Marshall Blogを通じていつでも令文さんに会えるようにしておくのだ。
コレでいいのだ!
 
尚、本特集はご遺族の意志を受けて、令文さんの訃報から十分に間を空けての掲載となるように配慮したことを申し添えておく。
また、私が無案内であったり記憶が危うい個所については、正確さを期すために「大谷一門」の門下生のひとりであるギタリストの三宅庸介氏にご協力を賜った。
この場をお借りして厚く御礼申し上げる次第である。200v さて、思い返してみるに、私が令文さんとお近づきになったのはいつことであったか…。
初めて令文さんにお会いしたのは、2001年10月の「楽器フェア」の時に開催した『マーシャル祭り2』というイベントの打ち上げの時のことだった。
ギタリストの谷川史郎さんがお連れになったのだ。
しかし、この時は下り悪く他に避けられない問題が起こってしまい、本当にご挨拶だけで会話をすることができなかった。9matsuri当時はMarshall Blogを始める前で、ライブハウスに行くことも滅多になかったので、しばらくの間は令文さんと接する機会がなく、4年後、今は無き渋谷のBOXXで開催した『Marshall Nite vol.2』というイベントで再会することになった…と言っても、この時も特に会話を交わすことはなかった。
コレは当時Fuzzy Controlをプッシュするべく、所属レコード会社のビクターエンタテインメントが企画したイベントの第2回目で、その前の回はSHEENA & THE ROKKETSをヘッドライナーに迎え、他にDMBQを渋谷のタワー・レコードの地下のホールへお招きして開催された。
したがって、この2回目のイベントもビクターエンタテインメントから令文さんにご出演の依頼をした次第。
この時はFuzzy Controlがホスト・バンドになって、入れ代わり立ち代わりギタリストが入れ替わるという段取りで、令文さんは「Don't Believe the World」を取り上げていた。
ナゼこれを覚えているのかというと、ドラムスのSATOKOちゃんが「♪ドビリブ、ドビリブ」と口マネをしていたのが印象的だったから。
9mntその約1年後、2006年の4月に名古屋の伏見で開催された『Marshall Mania』というイベントで令文さんと御一緒する機会がまためぐって来た。
この時、楽屋でひとりでウォーミング・アップをされている令文さんをお見かけし、私から話しかけた。
「マーシャル祭りの打ち上げウンヌン…」、「Marshall Nite vol.2ウンヌン…」
令文さんは「ああ、あの時の!」みたいなリアクションで、多分、この時からお近づきになることができたような気がする。
この時の内容は、今のMarshall Blogに再掲していたが、内容をリニューアルして今回の追悼特集の中で再々掲する予定にしている。
802そうした経緯があり、2008年には中野サンプラザへ機材の写真を撮りにお邪魔したことがあったし…10v_2 Marshall Blogを始めた約1年後にはインタビューでMarshallについて語って頂いたりもした。
このインタビューも今回10年以上ぶりに公開する予定にしている。Img_0950_2続きはより個人的な思い出を綴った<後編>で…。
 
それでは現在のMarshall Blogで読むことができる令文さん関連の記事にその時の思い出を書き添えて時系列に沿って紹介していくことにする。
今のMarshall Blogが始まったのは2012年10月26日で、その2か月後にはご登場頂いている。
 

Strange Beautiful & Loud~Sound Experience 6
[2012年12月19日 三軒茶屋Grapefruit Moon]
三宅庸介さんのシリーズ企画『Sound Experience』。
コロナ以降開催から遠のいているのが残念。早期の復活を期待している。
この企画は三宅さんのチーム、Strange,Beautiful and Loudに対バンをひとつお招きしてダブルヘッドライナー・ショウの形式を採り、最後にジャム・セッションをするのがスタンダードな内容だ。
令文さんの場合はバンドではなく、三宅さんのバンドに個人で共演されるケースが多かった。
この三宅さんのうれしそうな顔!
 
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450_2
 
Meet You at Crawdaddy Club~Trio the Collagens
[2013年2月11日 新宿Crawdaddy Club]
一時期、令文さんはベースの佐藤健一さんとドラムスのロジャー高橋さんとで「Black Tiger」というトリオを組んでいらした。
「エビみたいやな…」なんてステージでよくやっていらしたが、そのトリオがいつの間にか終了し、ベースが小笠原義弘さんに入れ替わった格好で始まったのが「Trio the Collagens(トリオ・ザ・コラーゲンズ)」だった。
レパートリーの守備範囲が広く、オガンちゃんの歌で「21世紀の精神異常者」なんかも演っていたな。
でも私はコピーよりカッコいい彼らのオリジナル曲の方が好きだった。
 

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400
 
Trio the Collagens in Nagoya
[2013年8月6日 名古屋ell.SIZE]
DYNAGONとコラーゲンズのダブル・ヘッドライナーということで、カメラを持って名古屋まで足を伸ばしたこともあった。
この時のレポートは全てモノクロ写真を使用した。
スモークが濃すぎてカラーでは現像することができなかったのだ。
 
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100_2

 
Trio the Collagens~これでいいのだ これがいいのだ 2013~
[2013年8月9日 高円寺SHOWBOAT]
そのコラーゲンズのツアーの千秋楽。
後半でゲストに故原マサシさんが登場し、Thin Lizzyの「Black Rose」をプレイ。
大感動してしまった。
原さんはロンドンに在住している時、一緒にMarshallの工場へ行った仲。
この時は久しぶりの再会だった。
ボーカルズの藤本朗さんもゲストで参加し、X-Rayの曲を演奏した。
 
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300 

大谷一門会~ギターバカ一代<後編>
[2013年9月14日 秋葉原Club Goodman]
大谷一門会の発表会。
島紀史さんが参加していた山本征史さんのSTAND、三宅庸介さんのStrange,Beautiful and Loudがそれぞれ演奏し、後半で家元の令文さんがステージに上がって門下生とお手合わせする充実のプログラム。
コレも忘れられないライブのひとつ。
何が忘れられないって、ショウの内容は当然のこと、家元と一緒に演奏した時の三宅さんとノンちゃんのうれしそうな顔ったらなかった!
それと、異常なまでのスモークの濃さ。ナンだってあんなにモクモクにするかネェ?
さながら悪天候時の富士山頂での撮影のようだった…富士山登ったことないけど。
 

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390

Trio the Collagens~ゆく年来る年2013
[2013年12月6日 代々木Zher the Zooにて撮影]
この時は原さんが自己のトリオを率いて出演したダブル・ヘッドライナーの形式だった。
後半、原さんがコラーゲンズに加わるシーンもあって見応え満点なショウ。
令文さん、とっても原さんを可愛がっていらっしゃる感じだったナァ。
もう2人ともいないなんてとても信じられない。
 

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320 

Sound Experience 11
[2014年3月8日 三軒茶屋Grapefruit Moon]
「Sound Experience vol.6」に続いてのゲスト出演。
やっぱりこの時も令文さんは個人でのご参加だった。
JVMをお弾きになって、「1959みたいな音も出るんやね」と、とても気に入っていらした様子だった。
三宅さん、令文さんと一緒の時はいつも本当にうれしそうだ。
自分のバンドの時は絶対にこんなにニコニコしないからね。
でも令文さんも楽しそうだ!
 
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250_6 

ROUGH & DANGEROUS! ~ TRIO the COLLAGENSのライブ・アルバム
[2014年7月10日掲載]
TRIO the COLLAGENSがライブ・アルバム『ROUGH & DANGEROUS!』を発表。
タイトルはThin Lizzyのモジリだったんですな。
私が撮った写真をジャケット・デザインにご採用頂いてとてもうれしかった。
今でも頂いたサンプル盤は大事に保管してある。
マーブロの記事は一瞬ライブ・レポートと混同しているのかと思ったら、ライブ・レポート風にアルバムの収録曲を解説する…という内容になっている。
  
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20cd 

Trio the Collagens~Live Album Release tour 『Rough&Dangerous』君に逢いたい2014
[2014年7月26日 高円寺SHOWBOAT]
そのアルバムのレコ発ツアーの千秋楽。
たまたま出張でイギリスから来ていたMarshallの連中を連れて行った。
第2部では人気のシンガーも登場して、その演奏にMarshallの連中も大満足のようだった。
開演前に高円寺の駅の近くでしこたま飲んでネェ…時差ボケもあって帰りの車の中で大爆睡してやがんの。
しかし、この時もホントに素晴らしいショウだった。
 

記事はコチラ⇒Marshall Blog

330 

GENKI SESSION~Summer of Love 2014
[2014年8月  東京キネマ倶楽部]
初めてお邪魔したのは2009年の8月、まだ恵比寿のリキッド・ルームで開催していた頃だった。
多分、令文さんからお誘いを頂戴したのだろう、5年ぶりに拝見した『GENKI SESSION』。
令文さんの気合の入った鬼気迫る演奏をタップリと堪能させて頂いた。
 

記事はコチラ⇒Marshall Blog

130_2<後編>につづく

Img_0096

200(一部敬称略)

2022年3月12日 (土)

【Marshall Blog Archive】A Tribute To Randy Rhoads~ランディ・ローズ追悼イベント

 
ヤングギターの編集部から久しぶりに電話を頂戴したのが約2週間前のこと。
「またギタリストの連絡先の問い合わせかな?」と思ったら全然違う用件だった。
 
次号で「ランディ・ローズ没後40周年」という特集を編むので、12年前に開催したトリビュート・イベントの写真を使わせて欲しい…とおっしゃる。
アレってもう12年も前か!
しかし、よく私があのイベントの写真を撮っていたことを知っているな…と思ってその電話の主に理由を尋ねてみた。
すると…前のMarshall Blogに掲載したレポートをシッカリ読んで覚えていてくれたのかと思ったらさにあらず。
当日、私と一緒にいらっしゃったのだそうだ…アタシャ完全に忘れていたわ!
ま、12年も前のことだから是非もない。
何しろ今ではたった5分前にやったパソコンの操作法が思い出せないんだから!
Img_0625下がそのYOUNG GUITARの4月号。
100ページを超えるランディ・ローズの大特集だ!
しかし、日本人ってのはつくづくランディが好きですナァ。
『Blizzard of Oz』で彼がブレイクしたのは私が大学1年生の時だった。
こんな私でも正直カッコいいと思ったし、コピーもした。
この時はまさか将来自分がランディ・ローズのモデルのMarshallを取り扱うようになるだなんて夢にも思わなかったよ。Img_0621見本誌を頂戴して驚いた!
お渡しした写真がその時の雰囲気を伝えるためにチョコチョコと使われている程度かと思ったら、ベースの人の写真で1ページ丸ごと割いているじゃないの!
ベースの人とは元Quiet Riotのケリー・ガルニ。
4ページにもわたるインタビューが掲載されているのだ。Img_0623…ってんで、コリャいい機会だと思い、今となっては見ることができなくなってしまった12年前の記事を復活することにした。
と言っても、いつも通り昔の記事は写真も文章も見れたものではないので、98%ぐらい書き直し、写真も再度レタッチをして記事を組みなおすことにした。
「2022年マスタリング・バージョン」ということでご覧くだされ。
    ☆    ☆    ☆ 
ステージの上には当然ランディ・ローズのシグネチャー・モデル1959RRがセットされた。
Marshallのダニー・トーマスがアメリカのローズ家の倉庫で保管していた実際にランディが使っていた改造済の1959をスミからスミまで精査して忠実にコピーして組上げたモデル。
なつかしいな…取説に載っていたランディがMarshallの工場からルディ・サーゾに送った絵葉書の翻訳をしたりした仕事は楽しかった。
2008年の発売か…まだデジタル製品が跋扈する前で、まだギターの音が真空管のアンプから出されていたいい時代だった。

Img_0150この日は、まずDESTROSEと中間英明さんのバンドが登場してランディゆかりの曲を演奏した。
その後に登場したのが当時10歳だった宮澤佑門(ゆうと)くん。
まずはトークでのご登板。Img_0153オジーと共演した時のことやランディのお墓参りに行った時のことを熱く語ってくれた。
何しろ2008年8月4日に「世界最年少のプロギタリスト」としてギネスブックに登録された人ですからね。
Img_0159まぁ、この年でアメリカをツアーしちゃうぐらいの人だから、人前でしゃべるなんてことはナンでもない。
うまいのはギターだけじゃなくて、トークも絶品なワケ。
かつてのゴルフの石川遼くんとか、チョットぬるめだけど将棋の藤井くんとか、芦田愛菜ちゃんとか、何か一芸に超秀でた人は年齢に関係なくシッカリしゃべることができるね。
「えっとね~」だの「でもね~」だの、トロトロしたことは子供でも絶対に言わない。
こういう子は学者みたいに考えていることがアタマの中でガッチリと組み上げられているんだろうな。

Img_0154えっとね~…あ、私の場合はボケているだけです。
このイベントの数日前、佑門3月15日付けの日刊スポーツでもドカンと紹介されていた。
彼はギターだけではなくて、油絵や歴史にも興味があるとのことで、好きな武将は徳川家康なのだそうだ。
当時ね。
今は誰だろう?
こんど本人に訊いてみよう。
…というのは、このイベントの後、祐門くんとは長い間没交渉になっていたのだが、数年前にSNSを通じて祐門くんが連絡をしてくれて、今でも時々連絡を取り合っているのだ。
現在、祐門くんは学業にいそしんでいて音楽活動の第一線からは退いているものの、ギターの腕を磨き続けている。
最近もSNSにELPの「Karn Evil No.9」のキース・エマーソンのソロをギターで弾くビデオを投稿していた。
そして、今回の記事に絡めてこんなビデオを紹介してくれた。
2年前に録ったモノ。


さて、ショウの方はというと…。
祐門くんのトーク・コーナーに続き、ランディへの黙祷を経て始まったのがお兄さんのケル・ローズのバンドのステージ。

Img_0162ケル・ローズ

Img_0168ロニー・ノース

Img_0165ケリー・ガルニ

Img_0175演奏するのは当然ランディゆかりの曲たち。Img_0208ケルはボーカルズだけでなく、2日前のイベントではキーボーズの腕前も披露した。
Img_0188魂を込めてランディのパートを弾くロニー。
Img_0166メンバーたちの気合の入れようは、天国ランディに届けるために演奏しているかのようだ。
Img_0191とりわけケルの渾身の歌声は観る者の感動を誘った。Img_0244子供の頃からランディとバンド活動していたというQuiet Riot時代の盟友、ケリー。
YOUNG GUITARのインタビューでしみじみとランディとの思い出を語っている。Img_0190もちろん演奏は超エキサイティング!

Img_0211ケルはケルで客席に降りての大熱演!

Img_0212そして、スペシャル・ゲストとして佑門くんが登場!Img_0221曲は「Crazy Train 」。

Img_0219ギターだけじゃなく、歌も歌っちゃう。
もちろん英語よ。Img_0230そして、ソロ。
見よこの勇姿!さすがオズボーンと共演を果たしただけあってまったく物オジーしない!Img_0224ケリーとの息もピッタリだった!

Img_0232_2佑門くんは今でもローズ家との関係を絶やさずにいて、3年前にWhisky A Go Goで開催されたランディのトリビュート・イベントでケルとお姉さんのキャシーと合流した。
その時の様子がコチラ。


さて、もう1人のスペシャル・ゲストは中間英明!Img_0246さすが中間さん、まるで以前からこのバンドで活動していたかのような溶け込みよう!Img_0258今回はストラトキャスターではなく、会の趣向に合わせてフライングVで暴れまくってくれた。
右手にはMarshallのリスト・バンド!

Img_0250ロニーともパートを分かち合い互いのランディへの想いをギターに語らせた。Img_0242ケリーのベース・プレイにも力が入る!
Img_0189最後の最後まで力のこもったパフォーマンスを披露したケル。

Img_0169中間さんとはも~こんな調子!

Img_0260中間さんは今月の21日、『Woman on the Moon』というショウに出演する。
ファンの皆さんはお見逃しなく!
 
詳しい情報はコチラ⇒月見る君想フ公式ウェブサイト

Wom中間さんの登場で盛り上がりも最高潮に!

Img_0261この日、何回「Crazy Train」を耳にしたかわからないが、出演者や集まった観客のランディ・ローズへの想いが伝わってくる心温まるイベントだった。Img_0178

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 200(一部敬称略 2010年3月18日 SHINJUKU HOLIDAYにて撮影)

 

2021年10月16日 (土)

ミュージック・ジャケット・ギャラリー ~ コミック・ジャケット・コレクション <vol.2>

 
この国においては絶滅寸前の状態にある洋楽のロックの魅力を「ジャケット」という側面からお伝えする正義のシリーズ。
その『コミック・ジャケット』特集の第2回目。
展示の2番目のセクションに移動します。Img_0236§2-a
ココはザッパものが入っていていい感じだぞ。

Img_0238
コレはそれこそモロにザッパが喜びそうなB級怪獣映画風イラスト!…と思ったらこの『Amazing Kathy Dalton』はザッパのDiscReetレーベルからのリリース。
プロモーションのためだったのだろう、実際このキャシー・ダルトンは1973年にニューヨークとボストンで2度ほどザッパのオープニング・アクトも務めた。
この人はロサンゼルスのGas Companyという「東京ガス株式会社」みたいな名前のフォーク・グループの出身。
知らんナァ。
このアルバムには「Cannibal Forest(食人の森)」なんて物騒なタイトルの曲も収録されていて、ジャケットの雰囲気にピッタリの内容が期待されるが、音源を聴いてみると、ところどころバフィ・セイント・マリーの歌い方を思わせるマジメでソフトな曲が並ぶ。
一体どこが「Amazing」なのかがサッパリわからない。
このアルバム、オリジナル盤はかなりレアで、状態が良いとかなり高い値段が付くらしい。

Img_0338裏面に記載されているクレジット。
完全に映画風の作りになっていて、通常「Musicians」とするところを「Co-starring(共演)」とシャレこんでいる。
この共演者達がタダモノではない。
「Lowell George、Paul Barrere、Bill Payne、Sam Clayton、Kenny Gradney、Richard Hayward」…要するにLittle Feat。
そうか、コレが「アメイジング」ということか!
ザッパがローウェルに「チョット、ウチの子の伴奏してやってくんない?」って頼んだのかね?
Little FeatだけなくAlso Starringとして「Van Dyke Parks」の名前も見えるし、Guest StarsのクレジットではThe Beach Boysの「Carl Wilson」の名前も確認できる。
まさにアメイジング!ってか?
ところが、演奏を聴くに、コレのどこがLittle Featなの?って感じなのよ。
残念ながら「Dixie Chicken」でもなければ「Time Loves a Hero」でもない、無味無臭のただの演奏がウマいバンドがバックを務めている…という感じ。
まさかLittle Featが演奏しているのにLittle Featらしくないのが「Amazing」ってワケでもあるまい?

Img_0339 「ケッ、エラそうに!オマエにLittle Featのナニがわかるんだ?」って?
オウ!1978年に中野サンプラザでホンモノを観たからよ。
まぁ、コレは行っておいて良かったコンサートのひとつだったわ。

70r4a0205 この『Amazing Kathy Dalton』というアルバムは、オープニングの「Lomg Gone Charlie, Hit & Run」という曲を「Boogie Bands & Night Stands」という曲に差し替え、タイトルもその1曲に差し替えて翌年にリリースし直された。
だから元の方は1年の短命だったということになる。
これがレア度を高めているのだろう。
しかし、ナンだってそんなことをしたんだろうね?
それも「アメイジング」だ!

7kd 
他の回の展示ではセカンド・アルバムの『Little Red Record』が出展されていたMatching Mole。
今回はそのファースト・アルバム。
『そっくりモグラ』という邦題だった。
モグラが相対しているからか…。
この「Matching Mole」というバンド名は、ご存知の方も多いだろうけど、ワイアットが在籍していたSoft Machineのフランス語訳「Machine Molle(マシーネ・モレ)」を英語っぽく読んで付けられているんだよね。
 
2匹のモグラが向かい合っている姿が実に愛らしい。
イラストはアラン・クラックネル(Alan Cracknell)という人。
内容も美しいことこの上ない。
息詰まるような「美」を湛えた「Sea Song」なんかにしてもそうだが、ロバート・ワイアットには他の人が決して到達することのできない美的音感覚が備わっていると思う。
ドラミングも素晴らしいが、そういうタイプの音楽こそ彼の持ち味であり、静謐な中に途轍もないパワーを感じてしまう。
これが音楽のすごさというヤツであろう。(でも、退屈な作品は退屈よ)
静かな曲だけではなくこのアルバムの「Part of the Dance」のようなブッ壊れる寸前のようなインスト・ナンバーも実に魅力的だ。
怪我をする前のワイアットのドラミングは実に緻密でテクニカルだった。
もうひとつ、このMatching Moleの魅力はその諧謔精神だ。
グループ名からしてイカしてるもんね。
1曲目の「O Caroline」はThe Beach Boysの「Caloline No」のパロディ?
メッチャいい曲だよね。
「Signed Curtain」の歌詞なんかこんな具合…。
「♪これがイチバ~ン/これがイチバ~ン/これがサビ~、ここが多分大サビってヤツ/そして次のパートへ~… / これがニバ~ン/これがニバ~ン/これがサビ~、ここが多分大サビってヤツ~/そして他のキーへ転調~…」
こんな調子なのである。
こうしたいいバンドが短命に終わったのは残念至極である。
『Little Red Record』のジャケットもシリアスさとユーモアを交えた傑作だった。

Img_0340 
ここでザッパ。
あ~、ホッとするわ~。
家に帰って来た感じ?
契約をめぐってモメにモメた結果、ワーナー・ブラザーズが勝手にリリースしてしまった3部作の一角が『Orchestral Favorites』。
イラストはゲイリー・パンタ―(Gary Panter)。
ゲイリーはザッパのアートディレクターであったカル・シェンケル(Cal Schenkel)の影響を受けていることを明らかにしている。

Img_0341モメた3作のウチの残りの2作、『Studio Tan』と『Sleep Dirt』もパンターの作品だ。

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Sdtこのレッチリのデビュー・アルバムもパンターの作品。

Chcp  
次…。
このユニークなイラストはドナルド・ローラー・ウィルソン(Donald Roller Wilson)によるもの。
チンパンジーや犬や猫にアンティークな衣装をまとまわせて描く作風がトレードマーク。
この『Them or Us』の犬は全然まともな部類に入るだろう。
他の作品を見ると…結構ヤバイ感じ。
この人の作品はニューヨークやシカゴ、サンフランシスコ等の美術館にも展示されており、アーカンソー大学で教鞭をとったこともあるそうだ。
ま、誰もやらないことをやっているのだけは確かだ。
ザッパの作品では他に『Boules Conducts Zappa : The Perfect Stranger』、『Francesco Zappa』なども手掛けている。
どれも犬系でおとなし目のタッチだ。
大好きなザッパの作品なんだけど、どうもこのアルバムは苦手であんまり聴かなかったナ。
ナンカおもしろくないんだよね。
タイトル・ロゴがチョットヒプノシスっぽいような気もするが、このアルバムのグラフィック・デザインはガブリエラ・ラウムバーガー(って読むのが近いのかな?Gabrielle Raumberger)というアメリカのデザイナーの仕事。Img_0342この人はAerosmithの『Pump』のデザインも手掛けている。Pp  
もうひとつ展示されていたザッパのアルバムは『The Man From Utopia』。
「Chop a line now!」と始まる1曲目の「Cocaine Decision」は名曲だけど、コレもあまり聴かない作品だナァ。
ザッパの小品集ってとこかしらん?
「The Dangerous Kitchen」や「The Jazz Discharge Party Hats」あたりのしゃべるギターはスティーヴ・ヴァイのファンにはタマラナイんじゃないの?
国内盤を買いそびれてしまって、大阪に住んでいた時に神戸の中古レコード屋でゲットした。
あの頃…35年ぐらい前かな?…ちょっとしたザッパ・ブームみたいになっていて、国内盤なんかは東京で結構高い値段が付いていた。
その点、関西ではそれほどでもなくて、京都や神戸でいくらか安く買い込むことができた。
以前、マーブロでZappaの『Filmore』のオリジナル盤をヨボヨボのお婆さんが店番をしている京都の民家のような中古レコード屋さんで1,000円でゲットしたことを書いたが、その記事をご覧になった三宅庸介さんが連絡してきてくれた。
ナントその店をご存じだったのである。ビックリしたね。
 
ジャケットのマッチョなザッパはイタリアのコミック「RanXerox」のパロディ。
見ての通りザッパがスゴイ形相で蚊を叩き落としている。
海外にもハエたたきがあるんだネェ。
ちなみに「ハエ叩き」を英語で「Flapper」というそうです。
イギリスでは「Swatter」…でもイギリスには蚊はいないそうです。
あ、セミもいないのかな?
以前リバプールの人に「夏になると木にくっついてギャー!って騒ぐ虫はナンていう名前だっけ?」と尋ねられたことがあった。
「Cicada(シケイダ)」といいます。
 
これは1982年、このアルバムがリリースされる前の年のミラノの近くで開かれた野外コンサートでの出来事をイラストにしている。
演奏中にものスゴイ数の蚊がステージに紛れこんできて演奏しづらかった…の図。
つまり実話。
『You Can't Do That on Stage Anymore vol.1』に収録されている「Zomby Woof」がこの時の同じ場所での2日後の演奏。
蚊のことはどうでも、この『Zomby Woof』の演奏はすさまじいのひとことに尽きる!

Img_0343 
さて、ココは今回のハイライト…かな?
もうこのパートが書きたくてウズウズしていたのです。
 
まずはビートたけしから。
下は昭和55年(1980年)に日比谷野音の楽屋でツービートにサインしてもらった色紙。
同時に『わっ毒ガスだ!』という本にもサインをしてもらったんだけど、アレはどっか行っちゃったナァ。
この頃からオールナイトニッポンで活躍している頃のたけしが好きだった。
オモシロかったもんね~。
その頃の好きなネタの中にこういう小噺があった。
下品なヤツね。
 
ある罪人が死んで、地獄に落ちてエンマ大王から有罪の判決を受ける。
そして、鬼から「自分の好きな地獄を選べ」と言われる。
いくつかの選択肢があって…
まずは針の山…コレはいかにも痛そうなのでパス。
火炎地獄…コレは熱くてツラそうなのでパス。
血の池地獄…コレも気持ち悪いのでパス。
更にもうひとつの地獄を見ると、ウ〇コの池から罪人が顔を出してコーヒーを飲んでいる。
すると罪人は「コレが一番ラクそうだ」ということでこの「ウ〇コ池地獄」を選ぶ。
服を脱いでウ〇コの池に身を沈め、顔だけ出してコーヒーを飲んでいると、鬼がやって来てこう言った。
「ハイ、休憩終わり!みんな頭のテッペンまで潜って~!」
 
こんなような噺。
いいですか~、コレ覚えておいてくださいよ~。
70r4a0210話はMJGに戻って…
次は「イギリスのChicago」とも称されるブラス・ロックの雄、IF。
「ジャズ・ロック」という切り口でも取り上げられることも多いバンド。
それもそのハズ、初代ギタリストだったTerry Smithはギンギンのビ・バッパーだった。
ビッグ・バンドと共演した『Fall Out』ではとてつもなく骨太なギターを聴かせてくれたし、『Terry Smith with the Tony Lee Trio』も渋めのスタンダードをプレイした好盤で、双方今でも時々聴いている私の愛聴盤なのだ。
でも、彼が参加していた頃のIFの最初の2枚はどうにも退屈で私は苦手。

Terry1

Terry2 
で、下の『Tea Break Over - Back on Your 'Eads』は1975年発表のIFの8枚目にして最後のアルバム。
前述のギタリスト、Terry Smithはもう参加していない。
この前年に発表したのアルバム『Not Just another Bunch of Pretty Faces』からジェフ・ホワイトホーン(Geoff Whitehorn)に交代しているからだ。

さて、このアルバムのタイトルにある「'Eads」というのは「Heads」、つまり「頭」のこと。
で、ジャケットはIFのメンバーが風呂みたいなモノに使ってお茶を飲んでるところ。
ネズミがいて、鼻を洗濯ばさみでつまんでいるのが気になるでしょ?
 
ココでもうひとつアメリカのジョークを披露させて頂く。
よくある「Good news and bad news」というパターン。
 
ある男が死んで3つのドアがある部屋で悪魔に会った。
悪魔が言うには…
「今日は良いニュースと悪いニュースがあるぞ。
まず、悪いニュースは、この後オマエは未来永劫この3つのドアの中のひとつで過ごさねばならないこと。
一度決めたらもうそこから出ることはできない…いいか?

良いニュースは、ドアを決める前にオマエはそのドアの中を見ることができる…ということじゃ。
早速男は第一のドアを開けてみた。
すると部屋の中は人でイッパイで、みんなコンクリートの床の上に頭を接して逆立ちしていた。

コレはメッチャ頭がシンドそうだ…と男は考えた。
次に2番目のドアを開けて中を覗くと、やはり中は逆さになった人でイッパイになっていたが、床が木で出来ていた。
コレはさっきよりは大分マシだな。
でも最後のドアを見てみないとイカン…と男は考えた。

そして、男は最後のドアを開けてみた。
すると今度も中は人でイッパイだったが、今度はみんな排泄物の水槽の中に腰まで浸かり、コーヒーをすすっていた。
「コレだ!3つのウチだったらコレがいい!」
男はそう言って水槽の中に歩いて行き、悪魔がドアを閉めている時に飲み物を注文した。
何分かするとまたドアが開いて悪魔が顔を出してこう言った。
「ハイ、休憩終わり!逆さになって~!」

この最後の悪魔のセリフ、つまり落語で言う「サゲ」が『Coffee break' over, back on your heads!』という一種の決まり文句になっているのだそうだ。
『大山詣り』の「お怪我なくてよかった」とか、『火焔太鼓』の「半鐘はおよしよ、オジャンになるから」みたいなもんね。
もう一度このアルバムのデザインをチェックすると…『Tea Break Over - Back on Your 'Eads』という吹き出しのセリフの主は悪魔だったというワケ。
そして、IFはイギリスのバンドだから「Coffee break」ではなくて「Tea break」になっているのね。
だからイラストもコーヒー・カップではなくてティー・カップが描かれている。
「'Eads」と「H」を落としているのもイギリス流。
例えばコックニーの人たちは「h」を発音しない。
反対に「h」を「ヘイチ」なんて発音する人もいるな。
ネズミが洗濯ばさみで鼻をツマんでいる理由もコレでわかったでしょ?
コレは風呂ではありませんでした。Img_0344ジャケットをヒックリ返して見ると…悪魔の言いつけ通り、みんな逆さになってる。
休憩が終わったから。
欧米の人がコレを見ると「ジャンジャン!」というワケね。
私はこういう話がタマらなく大好きなのです。

7bifこのアルバムのジャケットのデザインを担当したのはThe Rolling Stonesのベロマークを考案したジョン・パスケ。

7rsjp
それにしてもショックだったのはたけしの小噺がパクリだったこと。
まぁ、日本のお笑いネタは古来、欧米からの移植が多かったからね。
ヒゲダンスのグルーチョ・マルクスのようにクレイジーとかドリフがやっていたことの多くが欧米の喜劇の借用だ。
マルクス兄弟の他にも。お手本はビング・クロスビーとボブ・ホープの「珍道中シリーズ」とかディーン・マーチンとジェリー・ルイスの「底抜けシリーズ」とかいいモノが沢山あった。

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もうコレは何回もMarshall Blogに書いていることは自分でもよくわかっているんだけど、マルクス兄弟が出てきたら書いとかないと…というのは、Queenの『オペラ座の夜』と『華麗なるレース』のタイトルはマルクス兄弟の『A Night at the Opera』と『A Day at the Races』から拝借しているということね。
マルクス兄弟の映画なんて観てみるといいですよ。
メチャクチャ面白いから。
Q1

Q2

そういえば、拝借したのはお笑いのネタだけでなく、昔は音楽も欧米のネタを盛んに取り入れていた。
先日フト気が付いたのは「スーダラ節」。
イントロにバーンスタインのミュージカル『Wonderful Town』の中の「Pass the Football」という曲のメロディがそのまま使われているではないの!
それに「One Hundred Easy Ways」という曲の「♪A sure sure sure way to lose a man」という箇所の「sure, sure, sure (シューア、シューア、シューア)」と歌う所はいかにも「スーダラ節」の「♪スースースーダラダッタ」を思わせる。
「スーダラ節」を作った青島幸男と萩原哲晶はバーンスタインを聴いて勉強したことは間違いないだろう。
何しろこのミュージカルは日本未公開だったのだから余計に都合が良かったハズだ。
でもね、こうして昔は「すごく良いモノ」をマネしていたからまだ「良いモノ」を作ることができた。
今は映画も音楽ももう完全に迷走状態だ。
出がらしから美味しいお茶を淹れることは絶対に不可能なのよ。
  
バーンスタインといえば金科玉条に『ウエストサイド物語』だけど、この『Wonderful Town』やオペレッタの『Candide』なんかか本当に名曲揃いで皆さんにもゼヒ聴いてもらいた…くない。
ひとり占めにしておきたい!…という気持ちの方が強いナ。
こんなに素晴らしい音楽は人から教わって楽しむもんじゃありませんよ。
時間と金をタップリかけて自分で探すがよい!

7

7wft  
調べてみると1987年の発売だったというから、もう34年も前のことになるのか…。
『スーパーショウ』というビデオが出て、レンタルビデオ店へ借りに行ったことがあった。
当時は昔のLed Zeppelinの姿が収録されていることで話題になっていたようであったが、私は動くローランド・カークが見たかったのだ。
バート・バカラックの「I Say a Littler Prayer」にショパンの「英雄ポロネーズ」を混ぜたような演奏でヤケクソにカッコよかったが、他の内容は全くと言っていいほど覚えてない。
このコンサートが収録されたのが1969年3月25&26日で、『Supershow The Last Great Sixties Musical Event』というタイトル通り、60年代の最後を飾る豪華イベントだった。
何しろ出演者が。CREAMの解散から4ヶ月後のエリック・クラプトン(だから1959のフル・スタックがズラリ!)やジャック・ブルース、デビュー2ヶ月後のLED ZEPPELIN、ジョン・ハイズマンのColosseum、スティーヴン・スティルス、バディ・マイルス、バディ・ガイ、ナゼかMJQまで出演している。

7ssv ステージの模様はロンドンにあった工場跡に少数の観客を迎えてTV番組用にで撮影された。
そして、その映像は『SUPERSHOW』として映画化され、同じ年の11月にロンドンはウォータールー橋の北詰にある「ライセウム劇場(Lyceum Theatre)」で公開されたという。
下がそのライセウム劇場。
Led Zeppelinはココでコンサートを開いたこともあるのよ。

7img_7661それよりもライセウム劇場はボブ・マーリーの『Live!』が収録されたことでよく知られている…ハズ。
私がレゲエを聴くことはまずあり得ないが、ロンドンへ行くと当時のレゲエのムーブメントがいかにスゴかったかを窺い知ることができる…といつも思う。

Bobそして、本題。
Juicy Lucyの1971年の『Get a Whiff a This』。
コミック・ジャケットの王道を往くようなデザイン。
タイトルは「コレ、クッサ~!」みたいな意味なのかしらん?
Juicy Lucyは解散したアメリカのThe Misunderstoodというバンドのグレン・ロス・キャンベルという人やBluesbreakersのサックス、クリス・マーサーらが中心になって結成されたバンド。
「グレン・キャンベル」といってもあのOvationからシグネチャー・モデルを出していた歌手のグレン・キャンベルではありませんよ。
こっちの「グレン・キャンベル」はスティール・ギター弾き。
結成は1969年。
つまり、上の「Supershow」に出演して意気投合した連中で組んだバンドなのだ。
コレが言いたくて『Supershow』のビデオを担ぎ出したのです。
Juicy Lucyは、デビュー・アルバムに収録したボ・ディドリーの「Who Do Ya Love」が全英チャートの20位となり大きな注目を浴びた。
そして、ポール・ウィリアムスとミッキー・ムーディが参加し、セカンドアルバム『Lie Back and Enjoy it』をリリース。
そのアルバムでザッパの「Willie the Pimp」を演ってる。
そして、更なるメンバー・チェンジを経て発表したのがこの3枚目。
1曲目の「Mr. Skin」ってのはSpiritのランディ・カルフォルニアの曲。
また、オールマンの「Midnight Rider」なんかも取り上げている。

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「I'm Old Fashioned」じゃない方の「ポール・ウィリアムス」というと、我々の世代だと「Tempestやアラン・ホールズワースのバンドのシンガー」ということになるのが普通でしょう。
この人、ズート・マネーのベース/ボーカルズだったのよ。
ズート・マネーというのはブリティッシュ・ロックの歴史を勉強すると必ず出て来るシンガー/キーボード・プレイヤーで、ジミ・ヘンドリックスがロンドンに到着した日、チャス・チャンドラーに連れられて最初行った場所がズート・マネーの家だったっていうんだよね。
この辺りのことはココに書いておいたので興味がある方はどうぞ!➡【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 58 ~ジミ・ヘンドリックスのロンドン <vol.1>

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このバンドでのこの人の歌はスゴクいいね。
で、ご参考…。
ポール・ウィリアムスはこのアルバムがリリースされたのと同じ1971年にエインズリー・ダンバーのソロ・アルバム『Blue Whale』でザッパの「Willie the Pimp」を歌っている。
そして前述した通り、Juicy Lucyはその前年にリリースした『Lie Back and Enjoy It』でこの曲を取り上げている。
だからポール・ウィリアムスは違うバンドで2回「Willie the Pimp」をレコーディングしているというワケ。
歌い方は両方ともオリジナルのキャプテン・ビーフハートのマネっこ。
エインズリー・ダンバーはザッパのところのドラマーだし、一体誰が選曲したんだろう?

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グレン・キャンベルのスライド・ギターが効いていて、やっぱりスゴくいいバンドだな。
裏ジャケはこんな感じ。
吹き出しの中はクレジット。
表のイラストとどういうつながりになっているんだろう?

Jl2
ちなみに…「ジューシー・ルーシー」というのは、チーズが中に入ったハンバーグを挟んだハンバーガーのことだそうです。
最近はこういうモノを食べたいとあんまり思わなくなって来たナァ。

Jlb_2フランク・マリノはカナダ人。
カナダのギター・ヒーローといえば、まずはこのフランク・マリノとパット・トラヴァースか?
Mahogany Rushではなく、1981年のFrank Marinoソロ名義のアルバム『The Power of Rock and Roll』。
映画『バック・トゥ・ザ・フーチュア』の冒頭のシーンのようなイラストはボブ・グロスマンという人の作品。
この人の作品は、TIMEやNewsweek、Esquireといったメジャーな出版物の表紙を500回以上飾っている。
まさにアメリカを代表するイラストレーターのひとりがグロスマン。

アルバムに収録されている音楽はというと…。
1981年…この手のロック、すなわち前時代的なハード・ロックの最後の時代か。
この頃まではこういう音楽を「ロック」と呼んでいた。
タイトルの通り「パワー」みなぎるロック。
まさにジャケットのイラスト通りの音楽がこのアルバムに詰め込まれている。
お国柄なのか、私の先入観なのか、このアルバムを聴いた瞬間に何となくBTOを連想してしまった。
ロックという音楽は、この後急速に一般大衆の間に入り込んだと同時にオリジナリティとパワーを失って現在に至っている…と思っているのは60と70年代の洋楽で育ったガンコな年寄りだけか?
  
先日三宅庸介さんと話していてビックリしたんだけど、このフランク・マリノって1954年の生まれで、あのライブ盤を出した時ってまだ24歳だったっていうんだよね。
勉強しないでギターばっかり弾いていたんだろうナァ…あ、私もだわ。
それでこの違い!
Img_0346フランク・マリノは高校の時に後楽園ホールに観に行った。
ギターの調子が悪いとか言って、開演が40分ぐらい遅れたんだよね。
上演中、私が投げた紙テープが彼の肩に当たっちゃって「ギロッ」ってにらまれたことは以前にもどこかに書いた。
コワかった。
そうえば紙テープって全く見かけなくなったな。
今はコンサートでの使用が禁止されているのかな?
我々世代にはとにかくMahogany Rushのライブ盤が人気で、ジミヘン・フォロワーということよりも、「スッゲェ~速弾き!」ということに耳を奪われたものだった。
「Purple Haze」を演っている…と言うこと以外には特段ジミヘンの影響がどうの…なんてことはわからなかったわ。
『California Jam』ってテレビで放映したんだっけ?
それでフランク・マリノを観た記憶は一切ないんだけど、「ギター・ソロの中でアームダウンをした時にコンサート会場の上空を飛んでいるセスナ機が会場に向かって落ちて来る演出は実にスリリングだった」なんてライブ・レポートだったかライブ盤のライナー・ノーツだっかを読んで興奮したものだった。70r4a0206 
案外ありそうでないのがこの手の浮世絵調のデザイン。
ELPのベスト盤。
このデザインが気に入ってジャケ買いした。
収録されているのは、どれも昔よく聴いた曲なのでレコード盤には針を降ろしたことが一度もない。
ジャケットのデザインを制作したのは右下に「リチヤド・エバンズ」と署名がある通り、イギリスのRichard Evansという人。
何となく「やっつけ仕事」のような感じがしないでもないが、実は結構凝っている。
開け放した窓から海と富士山が見えていて、手前には三味線。
女性はどこかの宿場の「飯盛り女」なのかしら?…でも、コレは品川宿ではなさそうだな。
立ってファースト・アルバムを持っている真ん中の女性、左手で袖をピラリと持ち上げているでしょう?
持ち上げた袂には「鳳凰」が描かれていて、それを男性に見せながら「アチキの袖と同じでありんす」と言っているところ。
ウソ、「アチキ」とか「ありんす」という廓言葉は地方出身者の遊女の訛りを隠すための吉原の工夫であって、宿場の飯盛り女がこうした言葉を使うことはなかった。
残念なのは、この女性…土足なんだよ。
下駄を履いたままなの。
コレはね、まさにイギリス人の感覚なんだよね。
実際に靴のままこの事務所に入って来てしまったイギリス人の女性がいたんですわ。
それと、障子の枠がおかしなことになっているのがオモシロい。Img_0347リチヤド・エバンズの署名の下にある落款。
ね、「ELP」になってるんだよ。
ココは「エバンス」じゃなきゃおかしい。
でも、こういう細かい仕掛けは楽しいね。7re コレは私が高校生の時に南青山の洋書屋まで行って買ったヒプノシスの図録。
あまりに繰り返し見たのでもうボッロボロになってる。
他にもヒプノシスの本がいくつか出ているけど、コレが一番好き。
上梓されたのが、Pink Floydが『Animals』をリリースする前ぐらいの時期で、ヒプノシスがまだクリエイティブな仕事をしていた頃だったから。
いや、まだロックがクリエイティブな時代に上梓されたから…と言った方が適当か?7war この本のヒプノシスのスタッフ紹介のページに目をやると…リチヤド・エバンズが出てるでないの~!
そう、この人、ストーム・ソーガソンやオウブリー・パウエルと一緒に仕事をしていたのです。7re2va そうして手掛けた多数のレコード・ジャケットだけでなく、この人、その前はナイツブリッジ(ハロッズがあるところ)に「Daisy Roots Shoes」という靴屋を開き、オリジナル・デザインのブーツを販売していた。
そのブーツはエルトン・ジョン、ジョージ・ハリソン、ロキシー・ミュージック、ロリー・ギャラガーなどに愛用されたのだそうだ。

Reb 裏ジャケも気に入ってる。
このベスト盤、「Tarkus」からの選曲がないんだよね。
裏ジャケットは世界の人々がELPのアルバムを手渡しでリレーするというコンセプト。
バックは渡し手にまつわる風景があしらわれている。
そのひとつひとつのシーンで収録曲を提示していくという趣向。
1曲目は「Hoedown」で、表からの続きで、緑の着物を来たオジサンが色黒の人に『Trilogy』を手渡す。
すると2曲目の「Lucky Man」の舞台は南国で、その色黒の人がファースト・アルバムをネイティブ・アメリカンに手渡す…というアイデアね。
ハイ、ココでエヴァンスがひとつ仕掛けをしていると思われるのが最後のところ。
砂漠で『Brain Salad Suegery』を手渡されているのはスーツを来た紳士。
つまりイギリス人のこと。何しろ「背広」の語源を持つ国だから。
このシーンの曲は「Jerusarem」…ポイントはココです。
そして、最後の収録曲の「Peter Gunn」ではテムズ川の向こうに見えるウエストミンスター、タワーブリッジ、セントポール寺院をバックに最初の日本人に「In Concert」が渡される。
コレで世界一周(一部、宇宙)。
ナゼ、イギリス紳士が出て来た場面の曲が「Jerusalem」なのか…?

Img_0348ご存知の通り、「Jerusalem」はELPのオリジナル曲ではない。
18世紀イギリスの詩人、ウィリアム・ブレイクの詩に、サー・チャールズ・ヒューバート・パリーという人が曲を付けたのが1916年。
第一次世界大戦中にイギリス国民の愛国心を高揚させようとこの曲を浸透させたためにイギリス人なら誰もが歌える「第二の国歌」と言われるようになった。
それぐらいイギリス人に密接した曲なのだ。
「オマエが第二の国家だぁ~?」
そこで物言いを付けたのがエルガーの「威風堂々」の中の「Land of Hope and Glory」。
何かというとやたらとこの曲を演奏し、歌いたがるのもイギリス人。
我こそは「第二の国家じゃい!」と「Jerusalem」の独断に待ったをかけた。
アメリカの「第二の国歌」はホーギー・カーマイケルの「Stardust」と相場がキマっているが、イギリスの場合は厄介なのよ…。
果たしてこのイギリスの「第二の国歌」論争の結末はいかに!?(ホントはそんな論争はありませんからね。私がオモシロがって勝手に騒いでいるだけです)
で、実際に数人のイギリス人に訊いてみた。
私としては「エルガーの勝ち」と読んでいたのだが、結論としては「Jerusalem」の方が優勢だった!ハッキリしてるのは…もう若い人は両方とも歌わないってよ。
 
結果…毎年夏に開催されるイギリスのクラシック音楽の大イベント「Proms」や年末のニュー・イヤー・コンサートなんかでは「Jerusalem」、「Land of Hope and Glory」そしてイギリス国歌の「God Save the Queen」の3曲を演奏いて公平を期しているとか。
下は「Proms」開催中のロイヤル・アルバート・ホール。

7img_0595_2 この項の最後に…。
このベスト・アルバムの最後にも収録されている「Peter Gunn」についてひとつ。
ELPのバージョンって、ヘンリー・マンシーニのオリジナル・リフと音がひとつ違うんだよね。
コレが昔から気になっていた。
オリジナルの方は管楽器が入るからか、キーが「F」。
一方、ELPバージョンのキーが「E」なのでこっちに合わせて言うと、フレーズの最後の音が「G」なのね。
でも、オリジナルは「Ab」なの。
これだけでずいぶんリフの雰囲気が変わってELPの方はロックっぽく聞える。
どちらをカッコいいと思うかはアナタ次第です。
 
2010年、私はEmerson, Lake & Palmerをロンドンで観ましてね。
このチームはもうカール・パーマーしか残っていないので、とても貴重な経験をしたと思ている。
Marshallのスタッフとして会場に入ったので、楽屋エリアへの出入りが自由だった。
楽屋のキャビンから目と鼻の先にあるステージまで、仲が悪そうに3人別々のカートに乗って出て行った様子が忘れられない。7img_0114さてさて、今度はロジャー・チャップマンが出て来た。
Streetwalkersの1975年のセカンド・アルバム『Downtown Flyers』。
ロジャー・チャップマンといえばFamily。
Familyといえば、「ジョン・ウェットンが在籍していたバンド」ということと、あの変形ジャケットの『Bandstand』ぐらいしか知っていることはなかった…ということは、ロジャー・チャップマンを聴いたことがなかった。
ロジャー・チャップマンに興味を持ったのもFamilyでも何でもなくて、かつてMarshallのデモンストレイターを務めていたギタリストのジェフ・ホワイトホーンがキッカケだった。
だからゼンゼン最近の話…といっても20年以上は経ってるか…。
そこでジェフが参加しているチャップマンのアルバムを何枚かディスクユニオンで見つけてまとめて買ってみた。
左上の1979年のファースト・ソロ・アルバム『Chappo(「Chappo」はこの人のニックネーム)』を除いて、ジェフはギターどころか、プロデュースや作曲でもクレジットされている。
で、聴いてみて驚いた!
も~、バフィ・セイント・マリーもビックリの「ちりめんビブラート」。
でも、声質は実にカッコいい。
例えていうならアレックス・ハーヴェイと中島みゆきを混合したような感じか?
まさに「混ぜるな危険!」な個性的な歌声はまさにひとつの「楽器」のよう。
チャップマン…Lone StarやUFOのギタリストや、イギリス大使館に勤めていた友達の苗字も「チャップマン」だったが、この名前はアメリカ人に言わせると、ものすごくイギリスっぽい名前なのだそうだ…とアメリカ人の友人が言っていた。
同様に「ミューラー」は猛烈なドイツ臭がするらしい。
 
今、久しぶりにコレらのアルバムを聴いてみたけど、ひどくカッコいいな。
でも、どれもジャケットがあまりに気の毒だ。
ちなみに「ちりめんビブラート」に相当する英語表現があるかどうかイギリス人に尋ねてみたが、特にないようだった。70r4a0222コレは脱線。
今、バフィ・セイント・マリーなんてエラそうに名前を出したが、知っているのはジョニ・ミッチェルの「The Circle Game」のカバーだけ。
この曲が使われた映画『いちご白書(The Strawberry Statement)』が日本で公開された時、私はまだ小学校2年生だったし、その後も結局この作品を観ることはなかったが、一生忘れない曲のひとつなにです。
恐らく後年、映画に夢中になってからラジオの映画音楽特集かなんかで聴いて覚えたんだろうけど、歌詞も歌っている人の顔もわからないのに、ナンカこう、子供の心にグサっと刺さったのね。
その理由のひとつは間違いなくバフィの「ちりめんビブラート」。
それまで聴いたことのない歌声で「こんな声で歌ってもいいのか?」と驚いてしまったのだ。
大分後になってジョニの『Ladies of the Canyon』の美しい歌声のオリジナルを聴いてもちっともグッと来なかった。
下は私が持っている『いちご白書』のサントラ盤。
2枚組なんだけど、A面を除いた他の面は10分チョットぐらいずつしか収録されていない。
ほとんどがクロスビー・スティルス&ナッシュとニール・ヤング。
「ウッドストック」の翌年ということもあるけど、この頃のCSN&Yの人気ってのはスゴかったんだな~、と思わせる盤。
私は全くその辺りを通らないもんですから、ただただ関心するのみ。
それより私は根っからの大英帝国派…ロジャー・チャップマンよ!

70r4a0228ロジャーは1973年にFamilyが解散した後、同バンドのギタリスト、チャーリー・ホイットニーと「Chapman=Whitney」というチームを結成し、翌年ヴァーティゴから『Streetwalkers』というアルバムを発表。
このアルバム名がそのままバンド名になって発表したのが1975年の下の『Downtown Flyers』。
このバンドのドラムスって誰だか知ってる?
Iron Maidenのニコ・マクブレインなんだよ。
ジェフ・ベック一家からはボブ・テンチがギターで、そしてマックス・ミドルトンも参加しているときてる。
内容はどうかって?
コレが大変よろしいんですよ。
「ロックって大人が聴く音楽」だったことを思い出させてくれるような硬派なロック。
私はこのアルバムは持っていないんだけど、『Red Card』と『Vicious But Fair』というアルバムを持っていて、始めて聴いた時は「おお!」と声を上げてしまったものです。
ホネのあるピュアなブリティッシュ・ロックがお好きな方にはおススメのバンド。
 
このアルバムはまたジャケットがすこぶるいいね!
マイケル・ファレルという人の仕事。72swdfま、「女性のおみ足」のジャケットとくれば、まず思い浮かべるのがソニー・クラークの『Cool Struttin'』でしょう。
ジャズ・アルバムの名ジャケットを代表する1枚だからね。Csとか、ジャズにはこういうのもあるよ。
デイブ・ブルーベックのコールポーター作品集。
キレイなおみ足だこと!

DbpcpStreetwalkersのアルバムはゲイトフォールドになっていて、見開いて縦にするとこうなる。
コ、コレは…『Cool Struttin'』も敵わない!?
Img_0351 
The Pretty Thingsの1974年の『Silk Torpedo』。
このバンドも昔からあるけど、「プリティ・シングス大好き!」なんて人にはいまだかつてお目に罹ったことがないな…。
中心人物のフィル・メイが昨年亡くなられて活動を停止した…っていうんだけど、「今までやってたのかッ?」と驚きが隠すことができない。
私も名盤の誉れ高い『S.F. Sorrow』やその次の『Parachute』は持っているけど、どうもピンと来ない。
最後までイギリスで人気あったのかな?…なきゃ続かなかったわナァ。
この『Silk Torpedo』は、Led Zeppelinのスワン・ソング・レーベルから『Bad Company』に続いて2番目にリリースされたバンドの第7作。
『Silk Torpedo(絹の魚雷)』なんて実にいいタイトルだ。
そういう曲を作ったのかと思うと、ドンズバのタイトル・ナンバーは入っておらず、「Singapole Silk Torpedo」という曲が収録されている。
「シンガポールの絹の魚雷」…ナンだろう?と思って調べてみたけど、特別な意味があるようではなかった。
歌詞を見ると、「オレは荒くれ航海士、胸のSea Dogの刺青はダテじゃない」みたいな歌い出し。
「Sea dog」というのはアザラシのことだけど、「老練の船乗り」という意味があるようだ。
そして、その船乗りが出会ってビビビと来たのが「シンガポールの絹の魚雷」。
「♪She's my Singapole silk torpedo」と歌うこの曲はなかなかにカッコいい。
 
何とも素晴らしいジャケット・デザイン!
ヒプノシスですから。7pt2_2ガバっと見開くとこういうことになる。
甲板で手を振っているのが例の航海士か?
そして魚雷に横乗りしているのが「シンガポールの絹の魚雷」というワケね。
まるで『博士の異常な愛情』のコング機長みたいだ。
7pt2_1ヒプノシスは次のアルバム『Savage Eye』のジャケット・デザインも手掛けている。
これらのスワン・ソングからリリースされたThe Pretty Thingsの2作は、ヒプノシスの代表作に数えられるモノと言ってもいいのではないか?
だってどこにでも出てくるんだもん。
ま、このヒプノシスの2枚は私もジャケ買いしたわ…聴かないのわかっていて。
Septところで、「Silk」とくれば連想するのが「Stockings」よ。
コレもコミカルなジャケットなので、ついてに紹介させて頂くのは…1957年のミュージカル映画『絹の靴下(Silk Stockings)』。
アステアのダンスとシド・チャリシの美しさとコール・ポーターの音楽を楽しむ映画。
ピーター・ローレやジュールス・マンシンの脇役陣も実によろしい。
映画の音楽監督はアンドレ・プレヴィンが務めている。
 
この作品からはジャズでは絶対に欠かすことのできない「All of You」というメガトン級の名曲が生まれている。
こういう半音の動きを上手に使った曲ってのが今の日本の音楽界から消えたね。
巷間の音楽に耳を傾けるとピアノの白鍵だけで作ったような曲ばかりだ。
だからちっとも面白くない。
コール・ポーターのこの甘美極まりないメロディをあのアステアの声で歌われた日にはロシアの美女(シド・チャリシの役どころ)もイチコロだわな。
「All of You」の他にも、ステレオ音響効果の素晴らしさを歌った「Stereophonic Sound」やストッキングがいかにロマンスに重要かを歌った「Satin and Silk」など、楽しい曲がイッパイ!

The Pretty Thingsのフィル・メイはこの映画を観て「Singapole Silk Tornado」を思いついたんじゃないだろうな…。Sst

さて、こうなると「torpedo」の語源が知りたくなりましてネェ。
というのは「-pede」というのはラテン語の接尾辞で「足」を意味するでしょ?
例えば「100(centi)」と「足(-pede)」を合わせて「centipede」でムカデじゃない?
綴りがチョット違うけど、もしや何か魚雷の語源が「足」に関係してやしないかと想像したワケ。
そしたら、やはり綴りが違えばハイそれまでよ…というワケで「足」にはゼンゼン関係なかった。
元々「シビレエイ」のことを「torpedo」っていうんだって。
きっと形がコイツに似ていたんだろうね。Torp

リバプール出身のバンド、Nasty Popの1975年のファースト・アルバム。
イイねェ、妖しげなイラスト。
コレはどういうストーリーなんだろう?
カワイコちゃんが腰かけているベッドで横になっているのは5体の宇宙人?
バンドのメンバーということなのかな?
そして、この女の子はコールガール?…ナニしろ「nasty」だから。
ベッドの下にはワニが口を開けていて、枕もとのラジオが鳴り響く。
その横には『Deaf's Cool(deafは耳が不自由な人のこと)』というレコード盤と5つあるヘッドホンのウチひとつだけが無造作にサイドボードの上に置かれている。
イスの上には焼きトマトにウインナに目玉焼きのイングリッシュ・ブレックファスト。
床にはネックの折れたギターとケースに入ったビール、それに回転式拳銃が落ちている。
奥の壁には『Sgt. Pepper's~』の内ジャケットのビートルズを連想させるような絵がかかっている。
ハハ~ン、これはビートルズの『Revolver』を暗喩しているのか…。
こういうグチャグチャっとしたジャケット・デザインはいいね。
 
イギリスの関連ウェブサイトでこのバンドを説明しているページを見ると、Stackridge、Pilot、Steely Dan、10cc等の名前が引き合いに出されている。
アルバムを聴いてみると…コレがいいのよ!
どういう風にいいのか?と訊かれれば、引き合いに出されているバンドの要素が入り混じった感じ…と言っておけば間違いないだろう。
コレはアナログで欲しいな。Img_0350ジャケット・デザインを担当したのはリチャード・エックフォード(Richard Eckford)。
この人はHumble Pieの『Smokin'』のジャケット・デザインをデザインしている。Hpsハイ、展示棚が下に移って§2-b。
悪いね、長くなっちゃって…書いている方は最高に楽しいわい。

Img_0240_2まずはGreatful Dead。
相当昔の話…中学3年ぐらいかな?
フィルム・コンサートで「One More Saturday Night」を観た。
「オワッ!カッコいい!」と思って、すぐにその曲が収録されている『Europe '72』を買った。
LP3枚組ですぜ。
当時は(今でも)大変な出費でしたよ。
そういえばコレもマンガのジャケットだったナ。
こういうヤツ。Dead 結果!
聴いたのは「One More Saturday Night」だけだった…3枚組なのに!
当時Spotify音楽配信があればあんな散財もしないで済んだのによ…。
他の曲はサッパリ受け付けなかった。
なんか「ダラ~っとしてるナァ」というのだけはわかった。
 
しばらくしてあのドクロのデザインに惹かれて『Steal Your Face』を買った。
だって問答無用でカッコいいじゃん?
あんなデザインだからサ、もしかしたらカッコいいハード・ロックでもやってないかな?って思ったワケ。Syf 結果!
ほとんど聴かなかったね。
やっぱいダラ~っとしてて。
それがデッドの味であり、楽しみだったんだろうけど、中学生だった当時はそんなことまったくわからなかった。
 
またしばらくして…今度は『Live/Dead』の「Dark Star」のギター・ソロがスゴイ!って言うじゃない?
買って聴いてみた。Livedead 結果!
どこをどう楽しめばいいのかがわからない。
ギター・ソロがスゴイって言うけど、ヘタするとジェリー・ガルシアよりフィル・レッシュのベースの方に耳が行っちゃったりして…。
バラカンさんがあれほど絶賛されているのがサッパリ理解できない。
もっともバラカンさんの本を読むと好みが真っ向から対立するのでそれもムリはないか…。
  
デッドのライブは長いことで有名だよね。
かつてボブ・ウィアとフィル・レッシュの楽器の面倒をみていた仲のよいアメリカ人の友達がライブに誘われるのはかなりの恐怖だとか言っていた。
誘われたら行かないワケにはいかないでしょ?
開演前に楽屋に顔を出して「来たよ~!がんばってね~!」と挨拶して、会場を離れまずは映画館へ…。
念のために別の映画館でもう1本観て時間を潰しておく。
その頃にはメッキリとハラも減ってくるので、レストランへ食事に行く。
ま、ワインの2~3本も空けて、「そろそろ戻るか…コンサートが終わっちゃうとヤバイからな」…とかつぶやきながらライブ会場へ戻ってズルッ!
「ドワ~!まだライブの中盤やんけ~!」
…というのはさすがに大ゲサに決まっているが、本当にこんなノリだったらしい。
私にはムリです。
 
でもね、ウチのCD棚に目をやると、ファースト・アルバムの『The greatful Dead』から、『Anthem of the Sun』、『Aoxomoxoa』、『Workingman's Dead』、『American Beauty』、『Skull and Roses』、『Europe '72』、『Blues for Allah』、『Steal Your Face』、『Terrapin Station』までと、少し飛んで『In the Dark』…と、結構持ってんのよ、デッド。
どうなってんだろうね?
買った時に1回しか聴いてないんだよ。
考えてみるにデッドもジャケットのほとんどがイラストだ。
しかも、それぞれどれも趣味がいい。
で、今回のMJGで展示されていたのは1977年の『Terrapin Station』。
デッドのライブも含めた1977年の14枚目のアルバムで、アメリカではゴールド・ディスクを獲得している。
 
ジャケットはコミカルに踊るカメが描かれており、今回のMJGのテーマにピッタリだ。
中身はというと、レゲエで始まるA面はまぁ、こんなものでしょ。
ところが!
B面を占める16分22秒のタイトル・チューン…ナンだコレはッ!?
もうヤケクソにカッコいい!
オーケストラや合唱隊の使い方が規格外に効果的で素晴らしい。
7/4の変拍子もバッチリで、これなら十分「プログレッシブ・ロック・バンド」として通用するぞ!…という感じでしょうか。
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ところで「カメ」というとまず思い浮かべる英単語は何か?
「タートル(turtle)」?
「トータス(tortoise)」?
「テラピン(terrapin)」?
  
「タートル」はカメを指すときのオールマイティな呼び方。
「トータス」は陸に住むカメ。
そして「テラピン」はアメリカの沼に住む水陸両棲のカメを指すそうです。
下の左はテラピンちゃん。
右は今問題になっているワニガメ…ブッサイクだナァ。
カメだって第一印象が大切だな。
しかも、テラピンは食用なんだって。
「ゲゲ!」って思ったけど、考えてみれば日本人だってスッポン食べるもんね。Wg_2

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一方、こちらはデッドの総帥ジェリー・ガルシア、1982年の4枚目のソロ・アルバム『Run for the Roses』。
「薔薇に向かって走れ」…なんてカッコいい!
内容は、私みたいなデッドの門外漢が聴くと、「一体本体と何が違うんだろう?」と思ってしまうが、「ガルシアが歌う」というところが喜びなのか?
「I Saw Her Standing There」や「Knockin' on Heaven's Door」をレゲエで演ったりもしている。
要するにジェリー・ガルシアがGrateful Deadから離れて自由に好きなことをやったアルバム…ということか。
そもそも、それがソロ・アルバムを制作する目的だもんね。

ジャケットがいい…競馬ならぬ競竜?
ティラノザウルスがトラ模様になっちゃってる。
イラストはスペインのデザイナー、ヴィクター・モスコソ。
モスコーソって言うのかな?
サイケデリック時代にソラリゼーションを効果的に使ったポスターをたくさん作ったことで知られているらしい。Img_0352レコード・ジャケットではSteve Miller Bandの『Children of the Future』やハービー・ハンコックの『Head Hunters』などを手掛けた。

Cof

7hhhh

さて、このアルバム。
「Run For The Roses」というのは「ケンタッキー・ダービー」のことを指すそうだ。
アメリカの競馬のクラシック三冠(Triple Crown of Thoroughbred Racing)の一角で歴史も人気も高いレースだそう。
優勝した馬には真っ赤なバラのレイが掛けられることから「The Run For The Roses」とアダ名されることになった。
私は全く賭け事をしないので実際の競馬については何の知識も持ち合わせていないが、競馬もイギリスが発祥であることぐらいは知っている。
何しろ「ダービー(Derby)」というのはイングランド中部の地名なんだからして…でも、13世紀に競馬が初めて登場したのはダービーではなくてチェスターだったのです。
日本では「競馬=ダービー」という感じで使われているこの言葉はヘンリー7世(あのヘンリー八世のお父さん)が1485年に創設した「伯爵」号。
競馬は英語ではそのまま「Horse race」という。
で、そのダービー伯の第12代目とバンベリー準伯爵という人が発案して1780年に始まったのが「ダービーステークス(Derby Stakes)」という馬のレース。
ダービーさんは当時のジョッキークラブの会長だったバンベリーさんの名前を付ける提案をしたが、地方競馬にすぎないレースに自分の名前を付けられるのをバンベリーさんがイヤがった。
そんじゃ「Heads or tailes?」ということでコイントスで決めようということになり、「ダービー」の名が冠されることになった。
この場合、ダービーさんは勝ちなのか負けなのかわからんな。
重要なことをコイントスで決めるなんてジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのドラムスみたいですな…このことはココに詳しく書いておいた➡【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 61 ~ジミ・ヘンドリックスのロンドン <vol.4>
それで、このダービー・ステークスはロンドンのエプソム競馬場(Epsom Downs Racecourse)というところで開催されるというのだから、地名のダービーはほとんど関係ないんよ。
下がそのエプソム競馬場。
周囲の景色がキレイだね~。
大井競馬場とは大分違うな。
でもアソコの近くには「鈴ヶ森刑場跡」っていう史跡があって…あ、危ない、危ない。
コレをやると話が終わらなくなっちゃうのでまた今度。7epsomさて、サッカーやら、テニスやら、ゴルフやら、ラグビーやら、イギリスは数々のスポーツ競技の発祥の地とされているけど、コレはイギリス人が古来スポーツ好きだからというワケではなく、ご存知の通り、イギリスは「世界一ズル賢い国」でその悪知恵を駆使して世界を征服したためにコレらのスポーツが各地で普及しただけの話。
レガッタとか、ポロとか、野球の祖先のクリケットもイギリスだ。
でもコレだけじゃなくて、スヌーカー(ビリヤードの兄貴みたいなヤツ)とか、ダーツとかのインドア競技もとても盛んで、その季節になると選手権をテレビで延々と放送してる。
そして競馬。
競馬はスポーツじゃないか?…でも、『マイ・フェア・レディ』に出て来ることで知られる「ロイヤル・アスコット」なんかはテニスのウィンブルドン、ボートのヘンリー・ロイヤル・レガッタ、ゴルフの全英オープンに肩を並べる夏の人気スポーツ・イベントの一角なのだ。
開催は6月の末。
エリザベス女王が出席して自ら優勝関係者を表彰するこのレースに、毎回女王はウィンザー城から馬車でお見えになるという。
何てラブリーなんでしょう!
下は6月の上旬ぐらいに地下鉄のコンコースやエレベーターの壁に張り出される「ロイヤル・アスコット」の告知ポスター。
「Like Nowhere Else」…他の場所とは違う。
まるでThe Kinksの「I'm not like anybody else」じゃあ~りませんか!

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スイマセン…ついドップリと脱線してしまった。
ジェリー・ガルシアが完全にどっかに行っちゃった。
こんなのイギリスの興味のない人には退屈極まりないでしょうナァ。
ゴメンね。
 
さ、軌道を元に戻してもうひとつ「カメ」行ってみましょう!
1974年リリースのThe Turtlesのベスト・アルバム『Happy Together Again』。
これは可愛いジャケットですな。
表ジャケはアツアツのカメのカップル…。Img_0356裏面はこの通り。Img_0357拡大するとこう。
説明は不要ね?
何とも細かい描写が愛くるしい!
タイトルも『Happy Together Again』だからね。
この2匹も久しぶりに会ったのだろうか?
イラストを描いたのはカール・ラムゼイという南サンディエゴの画家。Kame_2「画家」としたのは、この人のポートフォリオを見るとかなりシリアスな油彩ばかりで、プロフィールには「レコード・ジャケットのデザインの仕事もした」ぐらいしか書いていないから。
「Honey Hush」がうれしいFoghatの『Energized』や高校の頃に聴いたWest, Brice & Laingの『Live'n'Kickin'』のジャケットをデザインしているようだ。

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「Happy Together」ね…私は中学の時、Zappaの『Filmore East - June, 1971』で聴いたのが初めてだったけど、いい曲だと思ったね。
このザッパ・バージョンもいいけど、オリジナルの方もいいね。
ギターのボイシングがタマんない。
作詞と作曲はThe Magiciansというバンドのメンバーだったゲイリー・ボナーとアラン・ゴードンという人たち。
知らんわ~。
2人はデモを作って数々のレコード会社に持ち込んで聴いてもらったが、ゼンゼンダメ。
そして、流れ流れてこの曲はThe Turtlesのところにやって来たという。
その時にはそのデモ音源を収録したアセテート盤がほとんど擦り切れていたという…ホンマかいな?
でも実際にいい曲だもんね。
その証拠に1967年1月にシングルとして発表されてその年の3月末からビルボードのチャートで3週連続1位を記録した。
イギリスでは8位、カナダでも1位をマークしたそうです。
ヨカッタね~、マジシャンズ。
そんなだから「Happy Together」だけを集めたコンピレーション盤ってのもあるんよ。
ザッパとタートルズのオリジナルと「ポップ・バージョン」としてシチズン・ジェーンとかいう人と、タートルズのライブ・バージョンの4パターンが収録されている。
買った時にしか聴いていないんだけど、今、またウチのCD棚から引っ張り出して聴いてみた。
聴き慣れているせいか、ザッパのバージョンが一番ヨカッタ。

Hptt_2 
モメにモメたオリンピック/パラリンピックが終わった。
長い間応援して来た「田川ヒロアキ」がパラリンピックの開会式に出演し、一気にスターダムにのし上がってくれてうれしい限り。
さて、1980年に動物のオリンピックをテーマにした『Animalympics』とかいうアニメーションがあったそうだ。Anm
その音楽を10ccのグレアム・グールドマンが担当してリリースされたのがこのサウンドトラック盤。
10ccに会いに行く』なんて記事まで書いたぐらい私は10ccが好きなんだけど、コレはまったく知らなかった。
「好き」といっても『Deceptive Bends』までだから知らなくても無理はない。
「なんだよ~、天下の10ccのメンバーが、ナニが悲しくて動物のオリンピックの仕事なんかしてるんだよ~」…と思ってガッカリした気持ちで聴くと、コレが抜群にいいのよ!
バンドは、リック・フェンやポール・バージェス等、ほぼエリック・スチュアートを除く10ccの残党。
歌は当然グラハムだから「ほとんど10cc」の印象。
やっぱり「Bus Stop」だの、「No Milk Today」だの、特級のソングライターが作る音楽だからして曲のクォリティが高い!
このままの内容で「10cc」名義にしちゃったらどうですか?
私は10cc時代だったらゴドレー&クレーム派なんだけど、このアルバムを聴いてグレアムも味方をしてあげたくなった。
グレアムは5ccになった時にエリックに付いたけど、そもそもはゴドレー&クレーム組に入るべきだった人なのよ。
ナゼそう思うかを述べてこの項を終ると…

Img_0355それは…
ゴドレー&クレームが作ったジェットコースターに乗っているように景色がコロコロと変わっていく名曲「The Dean and I」(ファーストアルバム収録)をエリック・スチュアートは「hate」という言葉を使って否定した。
ところが、グレアムは「10ccの要素が詰め込まれた名曲」と評しているのだ。
実際、彼ひとりがオリジナルメンバーの10ccで来日した時にもこの曲を取り上げていた。
その時、私はチョット不思議に思ったんだけど、すでに紹介した『10ccに会いに行く』を書くために彼のインタビューを聞いてその理由を知った。
「I'm not in Love」だけが10ccじゃゼンゼンありませんのよ!

10cc 
ココでナゼかDon Cherryの『Brown Rice』。
1975年、イタリアでのリリース。
Donはフリージャズ界の大物トランペッター。
10年前に比べてフリー・ジャズもずいぶん聴くようになったけど、ドン・チェリーはほとんど聴かないナァ。
でもこのアルバムは持っていて、タマに聴くと1曲目のタイトル・チューンがザッパの「Deathless Horsie」に似てるな~と思うのです。
このパッチワークのジャケットはドンの奥さんの手によるもの。
イタリア・プレスだとこのジャケットなのかな?

Img_0360というのはこのアルバム、こういうジャケットが普通みたいなんだよね。
私が持っているのもコッチ。
上の奥さんのパッチワークのデザインの方が断然魅力的だ。Cdbr
Buddy Miles Expressの『Booger Bear』。
「Booger」って鼻クソのことでしょ?
ザッパにも「Booger Man」って曲あるもんね。
私はこの手の音楽を聴くことがないので何の知識もないんだけど、The Tubesの、イヤ、ディメオラのところのミンゴ・ルイスが参加しているのね。
「You Really Got Me」を演っている。
でも、コレ、別の曲名を付けてオリジナル曲にした方がいいんじゃないの?…っていうぐらいのフェイク。
コレ自体をカッコいいか悪いかで言ったらカッコいいよ。
でも「You Really Got Me」として聴いたら、オイオイ、いい加減にしてくれたまえ!という感じかな?、私には。
Img_0361ジャケットはユーモラス。
コレも上に出て来たカール・ラムゼイの作品。
裏面を見ると着ぐるみの背中が裂けちゃってる!
着ぐるみの中はバディ・マイルスで「太りすぎ注意!」ってことかしらん?
Img_0362 

スティーブ・ハケット、1978年のソロ第2作『Please Don't Touch』。
マザーグースの挿絵に出来そうな薄気味悪いイラストはキム・プアというブラジル出身の女性イラストレーターの作品。
2、3の例外はあれど、ハケットはソロ・アルバム第1作の『Voyage of the Acolyte』からジャケットはずっとキム・プアのイラストをジャケット・デザインに依頼しているようだ。
10年前に書いた記事を読んだところ、「超久しぶりにレコード棚から引っ張り出して聴いてみたら実によい」とあった。
それからこのアルバムのことはスッカリ忘れていた。
それで、先日ギタリストの三宅庸介さんと話をしていて、ヒョンなことから話題がこのアルバムになった。
そこで超久しぶりにレコード棚から引っ張り出して聴いてみたら実によい!…って、何回も!
このアルバムに対して失礼だろ!
でも、ホントにいいのよ。
曲のクォリティも高いし、参加メンバーがスゴイ。
何せザッパ一家からベースのトム・ファウラーにドラムスのチェスター・トンプソン。
ナゼかリッチー・ヘイヴンス。
そしてKansasのスティーブ・ウォルシュ。
豪華といえば豪華。
メチャクチャといえばメチャクチャ。
スティーブの狙いは「黒人音楽と白人音楽、イギリスの音楽とアメリカの音楽を混ぜた音楽を作りたかった」のだそうだ。
ん~、混ざってるかどうかはわからないけど、ジャケット・デザインも含めてとにかく良質でゴージャスなポップ・アルバムに仕上がっていると思う。
この人、とてもおとなしそうなイメージで、実際に会って話をしても(私は2回ほどお会いしたことがあるのだ)、もう紳士ムードに満ち溢れている。
ところが、その印象とは裏腹にチャレンジ精神が旺盛で結構実験好きなのではなかろうか?
Van Halenよりゼンゼン前にあの手のタッピングをやっていたしね。
それと、ブルース・ハーモニカがヤケクソに上手いんだよ。
今、またこのアルバムを聴きながらこの文章を書いているんだけど、やっぱりいいわ。
Img_0367 
コレは特にジャケットがコミックなわけでも、デザインがおもしろいワケでもない。
この「NATIONAL LAMPOON」というのは1970年から1998年まで刊行されていたユーモア雑誌のこと…つまり、ホンモノのコミック。
ジャケットのデザインはその雑誌が並んでいるところ。
出版元はマサチューセッツにある有名なハーバード大学の在学生たちだった。
「lampoon」というのは「風刺」という意味。
写真のアルバム『Goodbye Pop 1952 - 1976』は雑誌から派生したパロディ曲集のアルバム。
コレがですね、なかなかバカにできない内容で、コ・プロデューサーがポール・シェイファー。
この人はデヴィッド・レターマンの「Late Show」の音楽監督で、番組の中でキーボードを弾いているあのスキンヘッドの人。
ドラムスにはラス・カンケルのクレジットがあるし、1曲目のサックス・ソロがカッコいいと思ったらマイケル・ブレッカーでやがんの!
でも一番驚いたのは、クリストファー・ゲストが複数の曲でベースを弾いている!
この人誰だか知ってる?Img_0369そう!
『Spinal Tap』のナイジェル・タフネルね。900_2  
West, Bruce & Laing!
なつかしいナァ。
今、この3人のフルネームを言える若い人がいるだろうか?
さて、この3人のフルネームはLeslie West、Jack Bruce、Corky Laingだね。
前と後ろの2人が元Mountain、真ん中が元Creamというスーパートリオだ。
スーパー・グループの宿命なのか、このトリオも1972~1974年と短命だった。
高校の頃『Live 'n' Kickin'』というライブ・アルバムをよく聴いたっけ。
このアルバムは1973年、2枚目の『Whatever Turn You On』。
「何があなたを魅せようとも」みたいな意味かな?
3人のメンバーが夢中になっているモノが描かれている。
レスリー・ウエストはハンバーガー、つまり食べ物。ジャック・ブルースは音楽と楽器、そしてコーキー・レイングはシモ。
ちなみのこのトリオ、2009年に「Bruce」のところをジャックの息子のマルコムが埋めてWest, Bruce Jr. and Raingとして再結成している。
このジャケットのイラストはジョー・ペタグノ。
Img_0368ペタグノは数えきれないぐらいのロックのレコード・ジャケットのアートワークに携わっている。
1972年にアメリカを離れて、イギリスに渡りヒプノシスと仕事をした。
下のNazarethの『Rampant』はペタグノのイラストを使ってヒプノシスがデザインを施している。
このアルバム、かつて『競獅子(きおいじし)』とかいう歌舞伎の演目みたいな邦題が付いていた。
「Rampant Red Lion」というスコットランドの家系の紋章から来ているらしい。
Nazarethはスコットランドのバンドだからね。
また、Captain Beyondの『Sufficirently Breathless』もそう。
ジャケットのクレジットを確認すると、上に出て来たカール・ラムゼイとの共同作業のようだ。
どちらがナニを担当しているのかまではわからない。

Nazaretu

Cb

The Kinksの『Soap Opera』やSweetの『Give us a Wink』。
Sweetは『Strung Up』もペタグノの作品。

Kinks

Sweet 
なついかしな、Heavy Metal Kids。
このアルバムいいんだゼ~。
このバンド、今でも活動しているらしい。
Black Oak Arkansasの『High on the Hog』もペタグノのイラスト。
このアルバムもゴキゲン。
ジム・ダンディはすこぶるカッコよろし。

Hmk

Bla  
そして、この人の最も有名な…というか、重要な仕事はMotorheadのビジュアルだろう。Mh さて、『Whatever Turn You On』の裏ジャケ。
ジャック・ブルースもコーキー・レイングもグビグビと酒をあおっているのに、レスリー・ウエストはまだ食っている…というオチが付いている。
レスリーもジャックももうこの世にいない。
7wb2l<つづく>

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200

2021年10月 6日 (水)

【Marshall Blog Archive】PRAY FOR THE EARTH~We're with you!~富士スピードウェイのSHOW-YA


過日Marshall Blogで3本立てでレポートした通り、去る8月29日のコンサートでSHOW-YAは35周年イヤーを締めくくった。
7img_0008その記事の巻末に、2011年1月29日に初めて撮影したSHOW-YAのライブの写真を掲載させて頂いた。
そして、今年はその時からちょうど10年…げに時の流れは早いものである。
ところで、Marshall Blogは2008年4月21日にスタートしているので(第1日目はナント9本立てだった!)、その時の様子も当然レポートされていたのだが、私が転職したためにそのブログ自体が消滅し、当時の記事がすべて見れなくなってしまった。
でも大丈夫…消滅した約900本全ての記事と写真はチャンと保存されているから。
昔の記事を見ているとホントに驚くよ。
「ああ、そういえばこういうバンドがいたナァ!」とか「この人のライブはよく取材したナァ!」いう記事が次から次へと出て来る。
バンドが解散したり、ひとたび活動を休止したりすると、この業界ではアッという間に存在自体忘れ去られてしまうことを思い知る。
その「生き馬の目を抜く」ような世界で35年もの間、第一線でバリバリ活躍して来たSHOW-YAはやっぱりスゴイ!
そして、10年もの長い間、ライブの写真を撮らせて頂いている私はそれをとても誇りに思っている。Img_0658 さて、その見れなくなってしまった昔のMarshall Blogの記事の中に、どうしても公に残しておきたい思い出深い2011年のSHOW-YAの記事がありましてね。
今日は「SHOW-YA & ME 10th Anniversary」として、その時の記事を新しく作り直して再掲させて頂きたいと思う。
もうね、昔に書いた文章はダメなのよ~…ヘタクソで我ながら読んでいて恥ずかしくなる。
よくミュージシャンが昔の音源に照れまくっちゃうのを見かけるが、あの気持ちがよくわかります。
その「残しておきたい記事」というのは、2011年7月17日に富士スピードウェイでSHOW-YAが演奏した時のレポートなのだ。
それでは10年前に"Let's do the time warp!"(←『Rocky Horror Show』より)
 
早朝、事務所の皆さんと待ち合わせをして、mittanとさとみさんの家に迎えに行き、御殿場へ向かった。
この日、さかのぼって調べてみると3連休の真ん中だったのね?
東名高速は大渋滞。
とにかく最初っから最後までノロノロだった。
車中mittanが、景色が良い所に差し掛かると突然カバンからカメラを取り出してサッと写真を撮ったり、「渋滞どうなってんだ?」ということになれば、今度はタブレット端末を取り出して即座に渋滞情報をチェックしたりと、「女性なのに何てメカ好きな人なんだろう!」と感動したのを覚えている。

05高速を降りてからはスイスイで、結果的に何ら問題なく現場に到着した。
20_2天気が良くて暑い日だったな~。
でも、富士山の写真がただの1枚も残っていないんだよね…というか、結局一度も富士山を見なかったような記憶がある。10到着して早速会場の近くにある駐車場でリハーサル。

40カンカン照り!

60v本番に演奏する曲をひと通りさらってリハーサルは終了。

70この日は『2011年全日本選手権フォーミュラ・ニッポン第3戦』の決勝レースということだった。
観客スタンドのようす。
暑いもんだからお客さんは直射日光を避けてみんな後ろの席の日陰に入っちゃってる。
そして、レース終了後にSHOW-YAとEARTHSHAKERが登場し、『PRAY FOR THE EARTH~We're with you!』と銘打った東日本大震災復興応援ライブが開催されるという寸法。
この時、「東日本大震災」はたった4ヶ月前の出来事だったからね。
80コースには出場するレーシング・カーが並び、エンジンの音と排気ガスのニオイで否が応でもレースの雰囲気が高まってくる。90コチラはバンドのファンの皆さん。
手を振っている人もいる。
SHOW-YAやEARTHSHAKERのメンバーの皆さんがスタート前のシーンを見届けようとコースを挟んだこっち側の展望デッキに並んでいるのだ。100スタート5分前。
コースの中央にはマイクが2本セットされている。110発走の前に恵子さんとMARCYさんが「君が代」を斉唱したのだ。
そして2人の「Start your engine!」の掛け声。
恵子さん、楽屋で練習してたっけ。
この「Start your engines」というのは「インディ500」由来のレースのオープニングの決まり文句だそうで。
インディでは「Gentlemen, start your engines」と、「Gentlemen」をくっつけて「engines」と複数形にするそうな。
120vそしてレースがスタートした!130…と言ってもわかんないんだよね。
この時の他にも、ココ富士スピードウェイに来ているし、筑波サーキットに何回も行ってレースに接しているんだけど、ナニをやっているのかがサッパリわからないんだよね。
もちろん車が走って速さを競っているのはわかるんだけど、そのドラマが読みほどけないワケ。
ナンカいつも知らないウチに終わっちゃう。
140ただ、エンジンの爆音と目の前をすっ飛んで行くレーシング・カーの疾走感は筆舌しがたい魅力があることはわかる。
それを写真に撮るのは結構オモシロい。
シャッター速度を少々遅めにしてカメラを車の動きに合わせて動かす「流し撮り」ってヤツ。
150今回も知らない間にレースが無事終了。
さっきのコースのスタート地点にステージ・トラックが設置される。
コースがアリーナ席に早変わり。
170レース用の観客席からもライブを観ることができる。
ライブだけを観たいファンのために、夕刻から入場できる入場券が発売されたそうだ。
160そして開演の時間となる。
SHOW-YAの出番は最初だ…と、どこからともなく車のエンジン音が…。180コースの彼方から走り寄って来る5台の車!
そう、この車の中にメンバーがひとりずつ乗っているのだ。190そして、SHOW-YAの100万馬力のエンジンがスタート!200寺田恵子210v五十嵐☆sun-go☆美貴

220v中村"captain"美紀

230v仙波さとみ240v角田"mittan"美喜250v1曲目は「限界LOVERS」だった。270v屋外の開放的な雰囲気に包まれてノッケからハジけるような演奏が飛び出す。280sun-goさんはもちろんMarshall。
今と同じセットだ。290v「Start your engne!」…2曲目は「Out of Limits」。320v_ool すさまじいドライブ感!340昼間のレーシング・カーの疾走感と何ら変わらない!330vもう1曲続けて「TROUBLE」。
360vこれまたmittanが叩き出すストレートなビートが最高に気持ちいい!

350_tr鮮やかなブレイクの後、sun-goさんのソロ炸裂!

380vキャプテンの分厚いキーボーズのキメ・フレーズがそれに続く。

Img_0550 MCを挟んで…「欲しいモノは……奪いとれ~!」390v_ubtアタマ4曲、まだレースが続いているかのような激しい猛攻が続く。400いつものことではある。

410おかげでアリーナ席は大盛り上がり!420_2MCをはさんでキャプテンの「手回しオルガン」…もしかしららこのパートは演らなかったかも知れない。
最初の頃はスキップしていたからね。

430v_rsそして、sun-goさんが♪ゴンゴロゴンゴロと刻み込む。440_2曲は「流星少女~Shooting Star 196X~」。
いつも書いているけど、私にとってとても思い出深い1曲。
ナントならばSHOW-YAさんとお付き合いさせて頂き出して、一番最初の新曲だったから。
700v東京キネマ倶楽部でのビデオの撮影にもお邪魔した。
思い込みってのは恐ろしくて、このビデオが先にありき…かと思っていたら、ナント、撮影したのはスピードウェイの半年後、2012年になってからだった!460_2mittanのドラムからスタートするのは「Get ny Beat」。

470_gmb_2コレも『Denuine Diamond』に収録された当時の超新曲。480vメチャクチャ「攻め」のセットリストだったんですな~。
コレがSHOW-YA魂!490v続けて「Metallic Woman」。500_mwさとさんのヘヴィな低音が富士の裾野に鳴り響く。
間違いなく須走口までは届いたことだろう。510v恵子さんもスゴいテンションでハード&へヴィなチューンを歌い上げる。
屋外、しかもカーレース場ということで普通の屋内の会場で演るより気分が高まっていたのかな?

520しかし考えてみると、こうして10年間ご一緒させて頂いていて、野外のステージって『Aurora』リリース時のチッタ以外はコレだけかな?
何かもっとあっても良さそうなものなんだけど…ホントにコレだけかな?
いいんですよ~、私は完全にインドア派だから。

610_2最後のセクション前のMC。
恵子さんはこの富士の裾野から、震災で被害に遭った地域の皆さんを励まし、被災地以外の方々も含めてみんなで助け合っていくことを呼びかけた。
とても力強いメッセージだった。530_mcMCを挟んだらもう最後のセクション。
sun-goさんが弾き出したのは「私は嵐」!

540v_wa人気のナンバーが飛び出して更に盛り上がりを増した!Img_0667 sun-goさんのソロから~…
Img_0923さとみさん!580そして…

590嵐ポーズ!
キマった~!

600v10年前も今も全く変わらないカッコよさなのだ!

620v続いて「BATTLE EXPRESS」。630しかし、濃いセットリストだな~。
もう1回この場に戻りたいな。640中盤のキャプテンと…

650vsun-goさんの掛け合い!

6602人とも気合の入ったフレーズの応酬でスリリングなバトルが展開した。

670v

680そして、10曲目。
最後の曲は「Fairy」!

690_frこの特別な機会を締めくくるにふさわしい5人の情熱的なパフォーマンス!
450v

570v

720v

Img_0790

730vFairyポーズもバッチリとキマった…って写真はそういう風には見えないね。
コレがホントの「I can't see」。

735最後の追い込み!

740そして、富士の裾野でサオ回し。
ヘッドが富士山に当たらないように注意して…

760バッチリ回りました!77010の珠玉のナンバーでつづられたゴージャスなロック・ショウ。
問答無用で素晴らしかった!Img_0913帰りも大渋滞!
も~、東名高速に乗った瞬間から車動かず。
でも、車内は楽しかったナ。
帰りは恵子さんも一緒で、「今では使われなくなった言葉シリーズ」みたいな話で盛り上がった。
「衣紋掛け(えもんかけ)」とか「チリ紙」とか…。
私は恵子さんと同じ世代なので意見はバッチリ同じ。
私なんかヘタをすると今でも「ハンガー」とは言わずに無意識に「衣紋掛け」って言っているかも知れない。
お母さんがそう言っていたからね。
そして、車の中が静まり返った時、スタッフのお1人が「♪降り注ぐ光浴びて…」と小声で「Fairy」を口ずさみ、続けてつぶやくようにこうおっしゃった。
「『Fairy』ってステキな曲ね…」
私は助手席に座っていて後ろから聞こえて来たこの言葉に強く感動してしまった。
そりゃ自分の事務所のアーティストの曲なのだからして、作品をホメることはごく当たり前のことかも知れないが、そういうのとは全く違ってスタッフが心からSHOW-YAの音楽を愛でている気持ちがロマンティックに私の心に伝わって来たのだ。
今日の記事を再掲したかった理由のひとつは、どうしてもこのことが書きたかったから。
 
この後、用賀までズッ~と渋滞!
予定では朝集合した場所で解散することになっていたが、終電に乗り遅れる危険性が出来たため、途中の渋谷で高速から降りて頂いて、最終的に地下鉄で家路に着いた。
長く、楽しい、忘れ難い10年前の夏の1日だった。
そして、この貴重な富士スピードウェイのSHOW-YAのライブが半永久的にMarshall Blogに記録されることになった…めでたし、めでたし。

780さて、全編英語詞による新譜『SHOWDOWN』が11月に世界発売も決定したSHOW-YA。
意気揚々と世界を狙う今後の動向が楽しみだ!
 
SHOW-YAの詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YAオフィシャルサイト790cdSHOW-YAファンの皆さん、この後も見てね!
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下のバナーに使用されている写真は1985年にSHOW-YAが出演したロンドンのMarquee Clubの現在の姿です。
この時の様子を語ったsun-goさんのインタビューはコチラ

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200(一部敬称略 2011年7月17日 富士スピードウェイにて撮影)

2021年10月 2日 (土)

ミュージック・ジャケット・ギャラリー ~ コミック・ジャケット・コレクション <vol.1>

 

正直もうネタがなくてね。
数日前に緊急事態宣言が解除になったものの、ココのところ行けるライブもメッキリ減ってしまっていたでしょ?
Marshall Blogって70%がライブのレポートだったので、そりゃネタも尽きるワケよ。
でもナントカ更新せねば…ということで、今ではもう見ることの出来なくなった昔のMarshall Blogの記事から出来のいいのを見繕って「アーカイブ記事」を公開しようとしているんだけど、コレはコレでまた大変なの。
10年以上も前に作った記事でしょ?
まず、写真も文章も気に入らなくてね…。
とてもじゃないけどそのまま右から左へ出すことができない。
そんな中で比較的やりやすいのがレコード・ジャケットの魅力を紹介する『ミュージック・ジャケット・ギャラリー(以下、「MJG」)』。
最近はレコード・ジャケットや昔のロックの存在感がますます小さくなってきている感じもしてるしね。
記事を復活させるにはちょうどいい機会だと思って…。
 
で、今回は今から10年前の2011年12月5日 に掲載した記事を再掲することにした。
「再掲」といっても70%ぐらい書き換えてしまったのでほぼ原型を留めていない。
写真や文章が気に喰わないだけでなく、書いてある内容が時流に合わなかったのです。
「TTP問題」がどうのとか言っていたりしてね…今、チョット中国が騒いでいるけど「TTP問題」なんて誰も覚えていないでしょう?
新しい自民党の総裁が選出されたけど、だいたい今日の記事のオリジナルが掲載された10年前の12月の時の総理大臣って誰だったか覚えてる?
そう、野田さんよ。
え、野田さん自体も覚えていない?…というぐらい時の流れが早いね。
でもどんなに時代が変わっても昔のロックとレコード・ジャケットの魅力は変わらない。
でもひとつ…この音楽のメディア関連で10年のウチに大きく変わったことがある。
今回それが記事の内容の書き換え作業を強くプッシュしたのね。
それはナニかと言うと、SpotifyとYouTube。
10年前に記事を書いた時にはそれらがまだ無いか普及していなかったので、聴いたことがないレコードはジャケットの紹介をするにとどまっていたんだけど、今ではどちらかを検索すれば記事に登場するレコードのほぼすべての音源を聴くことができるようになった。
だから、10年間にはジャケットの紹介しかできなかったアルバムも、今回は音源を探し当て、片っ端から聴いて感じるところがあれば簡単な感想を付け加えることにした。
こういう作業をする時のSpotifyやらYouTubeは限りなく便利である。
反面、レコードは本来そこに収められている音楽を聴くためのモノであって、「その音楽を聴けさえすれば満足」ということであれば、レコードをコレクションする必要が全く無くなってしまったことを実感する。
実に恐ろしいことだ。
このシリーズを始める時に「利便性が風情を殺す」なんて書いたものだったが、10年チョット経って我々レコードやCDで育った世代の人類が直面した現実はそんなナマ易しいものではなかったネ。
あと何十年かして、生まれた時からSpotifyやYouTubeがある世代の人たちだけになった時、レコードやCDはこの世から姿を消しているのだろうか…なんてことは以前から取り沙汰されてきたけど、少し真剣に考えてみてしまったよ。
 
さて、「MJG」と来れば大田区は鵜の木にある音楽パッケージ印刷の老舗、「株式会社 金羊社」さんの4階のギャラリー。
Img_0221懐かしいな~。
ココへは三月に1回、展示アイテムが入れ替わるたびにお邪魔させて頂いていた。
展示品は日本屈指のレコード蒐集家、植村和紀さんのプライベート・コレクションだ。
Img_0440今回のテーマはイラストものを中心としたコミカルなジャケット。

「笑い」はいつの時代にも必要かつ不可欠なもの。
「笑い」には癒しの効果があり、人間関係を円滑にさせるばかりでなく、肉体的な面からも本来人間が持っている免疫力や自然治癒力をアップさせるっていうからね。
今の日本はとても笑える状況にはないが、こうした社会状況を少しでも変えていくためには、「笑い」が持って来いなのだ。
今回登場する数々のコミカルなジャケットを見ることによって、是非とも「笑い」の勢いを感じ取って心身ともにパワーを蓄えてもらえればうれしいね。Img_0430_2 ところで、『雨に唄えば』って映画観たことあるでしょう?
若い人たちは知らないか…。
名曲がテンコ盛りのミュージカル。

Sgir

 
あの中に「Make 'em Laugh(笑わせちゃおう)」という曲が挿入されている。
ドナルド・オコーナーの超絶ダンスが見もののハッピー・チューンで「Make 'em laugh. Make 'em laugh. Don't you know everyone wants to laugh?(笑わせちゃえ、笑わせちゃえ、みんな笑いたがっているのを知らないのかい?)」と歌う。
そう!みんな笑いたくてしょうがないのだ。
ちなみにこの映画のヒロインを演じているデビー・レイノルズって誰のお母さんか知ってる?
答えは「レーア姫」を演じたキャリー・フィッシャー。
『スター・ウォーズ』のね。
『ブルース・ブラザーズ』ではジョン・ベルーシを追っかけまわしてマシンガンをぶっ放す謎の女性ね。

7dr

7cf 

似てる?
お母さんの方がカワイかったかな?
「カワイかった」…と過去形で言わなければならないのは、2人ともお亡くなりになっているから。
2016年12年27日、ロンドンからLAに向かう飛行の中で娘のキャリーが心臓発作で息を引き取った。
すると翌日の28日、あろうことかそのショックでお母さんのデビーが脳梗塞で亡くなってしまったのだ。
コレにはホント驚いたよ。
この記事の初出は2011年12月なので、その時には2人ともご存命だった。
  
さて、話題は変わって「笑い」といえば…。
欧米人に言われてもっともうれしいお世辞は何か?
以前は「How many years were you in the States?(アメリカにどれぐらい住んでいたの?)」だった。
つまり「あなたは英語が滅法うまい」というホメ言葉だ。
ココでチョット自慢ね。
一昨年Marshallに行った時に、本社の近くの定宿の少々長逗留をしたんだけど、最後の日に「今までありがとう。今日帰ります」とレセプションで応対してくれた東南アジア系の女性に言ったら「どちらにお帰りなんですか?」と訊いてきた。
「今晩の飛行機で東京に帰ります」と私が答えると、「エエエッ?東京にお住まいなんですか?お話になる英語を聞いていたら私はてっきりロンドンにお住まいなのかと思いましたよ!」って言うワケよ。
やっぱりロンドナーに見えるんだな~…コレはさすがにうれしかったけど、今にして思うと「日本人向け接客マニュアル<おだてれば調子に乗るバカなヤツ編>」の通りだったのかも?
実際、大した英語は話していませんからね。

Dt 向こうの人って外国人が話す英語のお世辞を言う時、「Your English is very nice!(英語がお上手ですね~!)」って言っておいて、「Your English is much better than my Japanese(アナタの英語は私の日本語よりゼンゼンお上手だ)」ってよく言うんだよね。
そう付け足されたらこっちの英語をほとんど評価していないと思っていいでしょう。
コレ、社交辞令とは言え失礼だと思うんですよ。
だってこっちは中学から大学まで一応10年間も勉強していることになっているし、少なくともそうして外国人と接する機会がある仕事をしていれば、真剣に英語を勉強しているのが普通じゃない?
それにひきかえ、向こうはナンだ?
日本語なんてマジで勉強したことないでしょ?
そんなアナタのヘッポコ日本語といっしょにされちゃこっちは困るワケよ。
でも、日本人で英語が話せる人って人口の2%ぐらいなんだってね。
6年、あるいは10年も学校で学習しているのに…全くの無駄ということですからね。
いくら英語を使う環境が他国と違うとはいえ、こんな惨状は日本ぐらいのもんじゃないかしら?
  
で、英語のお世辞については考え方を変えた。
「You have sense of humor」…これが英語を話す欧米人からの最高のお世辞とした。
「ユーモアのセンスがおありですのね、愉快なお方!」みたいな。
欧米人は人を笑わせる能力を持っている人をとても尊敬する。
もちろん下品なネタはダメですよ。
英語で冗談を言うのは実にムズカシイ。
まず英語が通じなければ絶対にウケない…コレ当たり前。
そして、冗談というのは話すスピードが命なのだ。
ダラダラ、「ア~ア~」だの「ユーノー」だの言っていると相手は笑ってくれないどころか話しを聞いてももらえなくなる。
多少無理をしてでも自分なりの最高速度で一気に英語をしゃべりきるのがコツ。
それと何と言っても文化。
映画でも、音楽でも、文学でも、歴史でも、食べ物でも、テレビのネタでも、とにかく彼らが日常に接している事物を広く知らないと冗談を言うチャンスは訪れない。
実際に相手の文化的なバックグラウンドを絡めて放つ冗談が一番ラクなんだよね。
私の場合は映画と音楽だ。
政治や宗教や人種をネタにするのはあまりにも危険なので、とにかくコレに徹している。
向こうの人たちは我々が想像するよりもはるかにそういったエンターテインメントが生活の中に入り込んでいるし、よく知っているから何を言っても受け止めてくれる。
すると、共通の話題も増えるし、冗談を言う機会も増えるというワケだ。
先日、Marshallの若い女性に「刑事コロンボ」が話す英語をマネしてメールをしたら完全にシカトされたけどよ。Shika_2 そして、冗談がウケれば自動的に英語力も認められているということになる。
意味が通じてるんだから当然だ。
だから、「You have sense of humor」は最高のお世辞であり褒め言葉だと思うワケです。
エ、お前そんなこと言ってるけど実際にそう言われたことあるのかよ?って?へへへ、ご想像にお任せします。
ま、何度か言われていなけりゃこんなこと書かんわね。
 
そうそう、コレで思い出した。
昔ヒースローの待合室にいた時、東京に向かう見知らぬイギリスのオジさんに声をかけられて、お互い同じ便だったので搭乗時間まで世間話をしたことがあった。
何でも海底掘削工事のエンジニアとか言っていた。
で、話題がイギリスの天気になって、私が「You have all seasons in one day」と形容したら、その人「おお~!素晴らしい!アナタは詩人だ!」とか言いながら握手を求めて来て、ものすごく感激されて驚いたことがあった。
コレはユーモアではありませんけどね…ポエムです。
下は昔のヒースロー空港の待合室。545 なかなか本題に入らなくてゴメンナサイ、前からどうしても書きたかったことがあるんです。
「コミック」という今回のテーマを利用して書かせてもらっちゃおう。
 
私の世代は残念ながらロックの黄金時代、つまりレッド・ツェッペリンやディープ・パープルの時代にはちょっとばかり間に合わなかった。
中2の時に『ホテル・カリフォルニア』がリリースされた世代。

Hc クラスの普通の子が聴く音楽といえば歌謡曲が当たり前で、その頃からロックに夢中になっていたのは私の他にはほとんどいなかった。
だから、もう6~7年早く生まれていればJethro Tullも、Pink Floydも、Humble Pieも、Freeも、BBAも、ELPも、YESも余裕で観ることができたですよ…でもできなかった。
ところが、我々の世代は思いっきりアニメとかヒーローの黄金期に当たってるのね。
鉄腕アトム、鉄人28号、エイトマン(←主題歌の歌詞って前田武彦が書いてたって知ってた?)あたりからはじまって、ひょっこりひょうたん島、ケロヨン(木馬座)。
ケロヨンなんてモノスゴイ人気だったんだよ~。
母がよくサンケイホールに観に連れて行ってくれた。
ちなみに同じ歳の家内は、私との別れ際にはいまだに「バハハ~イ」と言うことが多い。

Ky_2

テレビアニメに至っては枚挙にいとまがない。
ジャングル大帝、リボンの騎士、メルモちゃん、マッハGo Go Go!、妖怪人間べム(何故か舞台がヨーロッパ)、サイボーグ009、スーパージェッター、タイガーマスク、巨人の星、アッコちゃん、サリーちゃん、おそ松くん、もーれつア太郎、ハリスの旋風、あしたのジョー、いなかっぺ大将、みなしごハッチ、ハクション大魔王、オバケのQ太郎、ウメ星デンカ、花のピュンピュン丸(これ好きだった)、狼少年ケン、アタックNo.1、鬼太郎、河童の三平、ライオン丸(顔がライオンだもんね。ミノタウロスもビックリだぜ)、デビルマン、マジンガーZ!あ~ダメだ、キリがない!
 
怪獣系ではウルトラマンやウルトラセブンはもちろん、マグマ大使(ネーミングのセンスすごし)、ジャイアントロボ、ミラーマン等のテレビ番組に加えて、ゴジラ人気に便乗して各映画会社がジャンジャン怪獣映画を制作していた。
大映の「ガメラ」や「大魔神」は今でも人の口に上ることが多いが、松竹の「ギララ」、日活の「ガッパ」とかはほとんど耳にしないよね。
「マタンゴ」は古いか…「ゴケミドロ」なんてのもあったな。

Grr

Gappa 

今考えると、クリエイティビティに満ち溢れていた本当にスゴイ時代だったと思う。
「ど根性ガエル」なんてスゴイぜ。
一体、誰がカエルがシャツに貼ッ付いちゃうなんてことを考えるよ?
 
音楽で例えれば、手塚治虫はデューク・エリントンぐらいスゴイし、赤塚不二夫なんてジミ・ヘンドリックスかオーネット・コールマンぐらい偉大だよ。
私はレッド・ツェッペリンもディープ・パープルも観ることはできなかったが、星飛雄馬や伊達直人や鮎原こずえ達を時を同じくして十二分に楽むことができた。

Dk

この頃のアニメはエロも過度な暴力もなくて実に愛らしかった。
そして、我々の世代がもうひとつラッキーだったのは、これらのアニメの主題曲もリアルタイムで経験したことだ。
上に挙げたほとんどの作品の主題歌は今でもほとんどソラで歌えるもんね。
それぞれが際立っていい曲だった。
妖怪人間べムはビッグバンド・ジャズだったり、アッコちゃんの最後の歌「スキスキ」はブルースだったり、演歌調もありゃ、準クラシックもあった。
鉄腕アトムのイントロはホールトーン・スケールがガッツリ使われていたり、いろんなタイプの音楽を知らず知らずの内に体験していたことなる。
ま、ウチの家内なんかは「魔女っこメグちゃん」を平気で「ケロっこデメタン」のメロディで歌っていたりもするが…。
今みたいな一石二鳥のヒット狙いのタイアップ曲なんかではなくて、クラシックを下地にキチンと音楽を勉強した作曲家が曲を作り、腕利きのミュージシャンがそれを奏でるのだからそりゃいいモノができるにキマている。
だから世代を超えて長持ちしてるんでしょうね?
作曲に関して言えば、富田勲や山本直純だもんね。
映画も音楽もアニメも、テイストが変化するのはまったく構わないと思うけど、一体ナニが美しいのか、ナニがスゴイのか、ナ二が面白いのか…の適切な基準だけは無くさないでいて欲しいことを願う。
 
展示のテーマを象徴するブローアップ・ジャケット。
今回選ばれた2枚のウチの1枚はジャニスの『Cheap Thrills』。
Img_0258もうひとつは昔の山止たつひこのマンガにでてきそうなキャラをあしらえたカナダのニール・メリーウェザー(Neil Merryweather)という人の『Kryptonite』。Img_0261 ではいつものように、気になった作品を展示棚ひとつずつ見ていきましょう!

Img_0229まずは最初のセクション…§1-a。Img_0232 数々のフォロワーを生んだ名ジャケット・デザインを手がけたのは、アンダー・グラウンド・コミックスの創始者といわれているロバート・クラム(Robert Crumb)。
それほど熱心に聴いたアルバムではないが、印象に残っているアルバムのひとつ。
残念ながらそれはジャケットのおかげではない。
その理由は値段…といってもおわかかりになる方はほとんどいらっしゃらないでしょう。

Ct_2 中学の時の話し。
当時もLPレコードの値段は全て2,300円から2,500円だった。
現在のCDとそう変わらないけど、コレは45年ぐらい前の話ですからね。
当然新品のLPを1枚買うのには、清水の舞台から真っ逆さまに飛び降りるような決心が要ったワケです。
そこへ出て来たんですよ。
CBS/SONYの名盤と言われていたレコードが1,500円均一で!
いわゆる「廉価盤」ってヤツね。
こんなの今では何ら珍しいことではないどころか、音楽なんてもうタダ同然になっちゃったけど、子供の頃の1,000円の差っつったら大変なモンですからね。
ま、今でも大変なんだけど…。
「1,500円でレコードが買える!」と狂喜乱舞したのです。
しかし、いくら安いと感動してみたところでこっちはビートルズを卒業してまだそう間もない頃でしょう。
アル・クーパーだの、ジョニー・ウインターだの、Blood, Sweat & Tearsだの、Chaseだのといわれてもネェ…まだこっちはオコチャマで、海のモノとも山のモノともつかないアイテムばかり。
どれを買っていいのかサッパリわからないワケ。
で、ひと際目を引いたのがこの『Cheap Thrills』だった。
こんなモロに漫画のジャケット見たことなかったからね。
でも結局、その時に私はこのLPを買わなかった。
仲のいい友達が買ったので借りて聴いた。
「ナンて変な声の女の人だろう!」だと思ったけど「Piece of My Heart」が気に入った。
当時、よく「Summertime」の絶唱が賞賛されていたように記憶しているけど、年月を経る間にエラ・フィッツジェラルドやカーメン・マクレエのジャズ版や、オリジナルのオペラの『Porgy & Bess』を聴いてしまうと、ジャニス・バージョンはかなりツライ。
今となってはガーシュインの最高傑作のひとつを改悪しているようにしか聞こえないんだよね。
ジャニスのフェイクっぷりもツラいけど、原因の1/3ぐらいはあのギター・ソロによるものかも知れない。
70r4a0088 その後、九段会館で開催された『Monterey Pop Festival』のフィルム・コンサートに行き、床を踏み鳴らしながら「Ball and Chain」を激唱する動くJanisを見た。
オイルをかけてストラトキャスターに火をつけるジミ・ヘンドリックスにも感動したが、ジャニスも負けていなかった。
下はその時に買ったプログラム。
同時上映は『Wattstax』だったんだけど、ゴメン、途中で出て来ちゃった。

70r4a0098_2これは植村さん所有のRobert Crumbの作品集。
Img_0263ページを繰ってみると…ホラ、『Cheap Thrills』が出てる。

Img_0264他に有名な作品はこの『Fritz the Cat』や『Mr. Natural』などがあり、どちらもやや年配の方なら「ああ、コレね」と思うだろう。
他にはエッチなマンガが盛りだくさん。

Img_0266 上に書いたように、このジャケット・デザインは数々のフォロワーを生み出していて、コレはその中のひとつ。
犬神サアカス團の2007年のシングル「たからもの」。952  
次…これはユカイ!
『liverpool 1963 - 1964 volume two』というコンピレーション・アルバム。
収録されているのは、Beryl Marsden、The Big Three、The Dennisons、The Mojos等…って全然知らんわい!
ちょっと気になるのはThe Pete Best Fourとかいうグループ。
もちろん、ピート・ベストとはRingoの前のThe Beatlesのドラマー。
この人今でも演奏しているみたい。
ジャケットはもちろん『With the Beatles』のパロディ。
元も方は、アストラッド・キルヒャーというドイツ人の女流写真家が使った一般的に「ハーフ・シャドウ」と呼ばれる手法をビートルズのメンバー達が大変気に入り、ロバート・フリーマンというイギリス人カメラマンに依頼して同じタッチで撮った写真を『With the Beatles』のジャケットに使った。
アストラッドはこれまた元ビートルズのメンバー、スチュアート・サトクリフ(ポールの前のベーシスト)と婚約したが、彼の死によって別れ別れとなってしまった。このあたりは有名な話で映画にもなったんじゃなかったっけ?
フリーマンは他にも『For Sale』、『Help!』、『Rubber Soul』なんかのジャケ写を撮った人ね。

Img_0302 裏面にはモップの写真が…。
このモップが実際に使われたのかしらん?

Img_0303 「Bummie(ブラミ―)」が集まって結成されたバンドがThe Move。
「ブラミ―」というのはバーミンガム出身者のこと。
ニューカッスル出身者が「ジョーディー」、マンチェスター出身者が「マンキュリアン」、リヴァプール出身者が「スコーサ―」というのと同じ。
バーミンガム訛りの英語はキツイぞ~。
Marshallの本社があるミルトン・キーンズはバーミンガムにほど近いこともあって、何人かのブラミ―がいる。
最近は少し慣れたけど…ココだけの話…最初の内はナニを言っているのかがわからず本当に困った。
マンキュリアンの英語も結構ツラい。
経験から言って、まだジョーディー弁の方がラクなような気がする。
 
さてこのThe Move、以前にも書いたことがあったが、どこに境目があるのかはわからないものの、イギリスでは「ロック」と「ポップ」の境界線が明確でThe Moveはどちらかというと「ポップ・バンド」の範疇に入れられているようだ。
確かにファースト・アルバムなんかを聴くと、ポップポップしていることは否定できない。
でもコレが実にいいんだな。
ま、どのジャンルに突っ込まれようとロイ・ウッドとジェフ・リンという才人を抱えたこのチームの音が悪かろうハズはない。
特にRoy Wood(後出)はいいナァ。
同じポップ・チューンを演るにしても、スルリと無難にいいメロディを聴かせるというのではなく、「アレ?そっちに行っちゃうの?」みたいな意外性を持ち合わせているところがタマらん。
初期には全英No.1となったシングル「Blackberry Way」や、同じく2位まで上昇した「Night of Fear」や「Flowers in the Rain」などのヒット曲があって、The Moveは日本でもっと名前が通ってもいいバンドだと思う。
このアルバム『Shazam(シャザム)』は1970年発表の2枚目のスタジオ・アルバム。
スーパーマンのような格好をしたメンバーのイラストがユーモラスだ。
Img_0306The Moveは1枚目も4枚目もイラストのジャケット。
メンバーの写真を表に出すことがなかった。
恥ずかしがり屋だったのかしらん?

Move

7mc 

唯一、3枚目の『Looking on』だけが写真を使ったデザインだった。
この写真がまた妙で、頭のテッペンがツルツルにハゲたおっさんを並べて俯瞰で撮ったもの。
パッと見ただけでは何かわからないようなシャレのきいた写真を使っていた。
イカンね、ハゲはオモチャじゃないぞ!
コレね。
このジャケットも十分コミック的だ。
Loところで、「Shazam」というのはナニか?
最近ではそういうアプリもあるようだが、「ジャーン!」という擬音なのだそう。
手品師が最後にワザを使って見ている人を驚かす時に「シャザム!」と言うらしい。
ドッキリカメラだったら「♪テッテレ~!」だ。
 
ココでの「Shazam」は違う。
私はこういうマンガ関係のことは全く門外漢なのでもし間違っていたらゴメンよ。
「シャザム」というのは、1930年代のアメリカのヒーロー・コミック『Captain Marvel』に登場する魔法使いのことだとか…。
このシャザムが「Shazam!」と呪文を唱えると、稲妻が轟き、主人公のビリー少年が6人分のパワーを持ったヒーローに変身する。
ここから転じて『キャプテン・マーベル』自体のことを『シャザム』と呼ぶようになった…とか?
だからMOVEのメンバーもスーパーマンみたいな格好をしているというワケね。
でもこれはスーパーマンではなくてキャプテン・マーベルなんですな…知らんがな。

「キャプテン・マーベル」でよく知ってるのはコレ。
Stan Getzの『Captain Marvel』…「Return to Forever」の前身ですな。
カッコいいことこの上なし。

Cm もうひとつついでにMOVEネタ。
写真はロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(Victoria & Albert Museum、通称「V&A」)に飾ってあったThe MoveのMarquee出演時の告知ポスター。
何ともカッコいいデザインではあ~りませんか!
でも「JULY 11 MARQUEE」としか書いていない…何年のライブだったんだろう?

7img_2251 ということで、早速ウチにある『LONDON LIVE』という本でMarqueeの出演者記録を調べてみると…あった、あった!
1967年の7月11日のことだった。Tb この日のThe Moveの対バンはWinston's FumbsというThe Small Faceのキーボーズ、ジミー・ウィンストンのバンド。
スゴイよ…その前日の出演者はTen Years Afterにロジャー・チャップマンのFamily。
翌日はアル・スチュアート(後出)だもん。
いいよナ~、人生不公平だよナ~。
もっとも1967年じゃまだ私は5歳だったけど。70r4a0144アーチー・シェップの『The Magic of Ju-Ju』にも「Shazam」という飛び切りカッコいいバッピッシュな曲が収録されている。
この『The Magic of Ju-Ju』も今回の展示に出てきてもおかしくない充分コミカルなデザインで好き。花柄の骸骨なんて実にステキな意匠だ。
内容も素晴らしい。シェップは素晴らしい。

JujuThe Move関連のネタが続くよ。
ロイとジェフが在籍していたNightridersが発展して生まれたIdle Race。
結成は1967年と古い。
これはファースト・アルバム『The Birthday Party』。
英米でジャケット・デザインが異なるが、これはイギリス盤。
誰かはほとんどわからないが、この宴席に座っている紳士たちはイギリスの有名人らしい。
で、ところどころにバンドのメンバー紛れこんでいるところが楽しいけど、このアイデアって考えてみれば完全に『Sgt. Peppers~』じゃんね?
それもそのハズ、ジェフは大のビートルズ・ファンで、何かのインタビューで目にしたんだけど家ではビートルズとバルトークしか聴かないとか。
いいチョイスだ…バルトークはカッコいいですよ~。
このアルバムはゲイトフォールド・ジャケット(見開き)になっているんだけど、その仕様のジャケットってビートルズの『Sgt. Peppers~』とストーンズの『Their Stanic Majesties』以来なんだって。
そこまでマネしたかった!
Img_0311元の表1はこういうデザイン。
Bpコレを開くと、上のモノクロ写真とこの下の写真が見開きになっていた。
7abこんな感じ。
知っている人いる?
よく見ると、かなり強引なコーラージュもあって、ステンド・グラスにも顔写真が埋め込まれている。
一番左にリンゴが座っていて、他のビートルズの3人は奥の方に立っているよ。

7inside そういえば…これはホントの話しなんだけど、昔、英語版ビデオの日本語対訳書の校正の仕事をしていた時、音楽をまったく知らない翻訳家の過去のダイナミックな所業を発見して興奮したことがあった。それは…『Sgt. peppers Lonly Hearts Club Band』を何の疑いもなく堂々と『胡椒軍曹の寂しい心楽団』と訳していたのだ!
ま、間違いではないんだけどね~。
それじゃまるで王様だよ。
Sgt 一方、こちらはRoy Woodの『Mustard』。
大名盤。
ボブ・ディラン、ジョニ・ミッチェル、マイルス・デイヴィス、デヴィッド・アレン(後出)等、自分で描いた絵画なりイラストなりを自分の作品のジャケットに使うミュージシャンは決して少なくないが、この『Mustard』のイラストもロイ自身が描いたもの。
実にいい味を出しているでしょ?
このアルバ三だけ帯が付いてい文字もカラシになっているのを見せるためか。

しっかしこの絵のセンスはなんだろね?
あんなに美しい曲を書く人なのに。
もちろん大好きなジャケットなんだけど、諸星大二郎のマンガみたいだ。
マルチ・プレイヤーで知られるロイだけど、実際にこの人バグパイプを演奏しているんだよね。

Img_0319ココで楽器クイズ。
「電気の助けを借りずにこの世で一番デカイ音を出す楽器ってな~んだ?」
「ピアノ?」…いいえ。
「ドラムス?」…いいえ。
答えは「バグパイプ」と言われているそうです。
大分前に東京藝大の学祭(「芸祭」ってヤツね)の音校(音楽学部)で実際の演奏を見せてもらったことがあったんだけど、たった1人で吹いているのに信じられないぐらいの爆音だった!
音量もさることながら、クリーンでエラク抜ける音と音域なんだよね。
みなさんも一度ご体験あれ!
だからコレを目前で見たときはビックリした。7img_65232012年にエジンバラ城に行った時の写真。
も~、「ビャ~!」っとスゲエ音なんよ。7img_6525 キューブリックの『バリー・リンドン』に戦闘直前の軍隊行進でバグパイプの楽隊が演奏するでしょ?
戦場にバグパイプを持ち込まれたのは15世紀前半のことらしいんだけど、やっぱり勇猛な音のデカさで相手をビビらせる役目をバグパイプは負っていたらしい。
こんなんでビビるか?…と、今なら思うけど、当時は人間が作ったモノでそんなに大きな音を出す仕掛けが他になかったんだろうね、きっと。 
Bl 『バリー・リンドン』は中学生の時に映画館へ観に行った初めてのキューブリック作品。
子供の頃は長いばかりで退屈極まりなかったけど、今観るとすこぶるオモシロい。
そして、今気になっているのはリンドンの面倒をみるギャンブラー、「シュバリエ・ド・バリバリ」という名前だ。
ヘンでしょ、「バリバリ」って。チキンじゃあるました。
 
スタンリー・キューブリックがお好きな方はコチラをどうぞ⇒【Shige Blog】イギリス紀行2019 その12 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.1> か~ら~の~11連作!

Sb 裏ジャケはこんな感じ。
ヘンな絵。Img_0321 
日本人で映画の『ロッキー・ホラー・ショウ(原題は『Rocky Horror Picture Show』)』を観たことのある人ってどれくらいいるんだろう?
舞台は?
私は残念ながら舞台は観たことがないのだが、映画はスキだった。
海外でもいまだに人気は衰えていないようで、コレはもう10年前の写真だけどドイツのフランクフルトでもこうしてリバイバル公演が打たれていた。
こんな具合だからして、欧米の中年の方でこのミュージカルの挿入歌「Time Warp」を歌えない人は恐らくいまい。
7img_0496 浅草に住む年配者が「浅草の歌」を、横浜市民が「横浜市歌」を、極めて多くの長野県人が「信濃の国」をソラで歌えるように彼らは「Time Warp」を歌って踊れるのだ。
群馬でいえば「上毛かるた」だ。
欧米の人はたいていProm(学校を卒業する時に開催されるダンス・パーティね。映画『キャリー』とか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なんかに出てくるヤツ)でこの曲を踊るらしい。
アメリカで映画化されたのでオリジナルがブロードウェイだと思っている人がいるかもしれないが、これはロンドン・ミュージカルですからね。
実際にウチの社長の結婚10周年を記念するパーティの時も、DJが「Time Party」をかけると全員一糸乱れず踊り狂っていたわ。
このロック・ミュージカルは、1973年から80年までスローン・スクエアの「Royal Court Theatre」で上演された。
下のアルバムはそのオリジナル・キャスト・バージョン。
このバージョンは後の映画『Rocky Horror Picture Show』よりもロックっぽいアレンジになっている。
ジャケットは何だか日本のマンガみたいだね。
ゴチョゴチョしててステキ。
このロック・ミュージカルも濃いファンが実に多くて、色んな音源を詰め込んだボックス・セットが発売されていた。
私はこの中のリード・チューンである「Time Warp」をはじめて聴いたのは、渋谷の屋根裏のなぞなぞ商会のライブだった。
フランクフルター博士のようなボディ・スーツを身にまとったボーカルズの遠藤豆千代さんが「Sweet Transvestite」を日本語で歌い、「Time Warp」を演奏した。
その歌詞が強烈で「♪I remember doing the Time Warp / Drinking those moments when」のところを「♪すい臓、腎臓、そして子宮、肛門へ(腎臓じゃなくて心臓だったかもしれません)」と歌ったのだ。
なぞなぞ商会はフランク・ザッパと『Rocky Horror Show』の日本語バージョン(王様のような直訳ではないオリジナル日本語詞)を演奏するバンドで、ザッパの「Carolina Hardcore Ecstacy」なんてそれはそれは素晴らしい詞がついていた。
で、大阪の寺田町にある(あった?)「スタジオあひる」というライブハウスで対バンさせてもらったことがあった。
「Peaches en Regalia」とか演ってたのを覚えている。
どこかに録音したテープがまだ残っているかも知れない。
そのライブハウスの上の階にはサウナ風呂があって、出演者は無料か割引で入浴できたので、ひとっ風呂浴びさせて頂いたのもいい思い出だ。Img_0309コレは『The Rocky Horror Show』のソングブック。
1995年にニューヨークにへ行った時にブロードウェイのミュージカル・グッズ専門店で買った。
ま、別段珍しいモノではない。
海外へ行くとこういうスコア類が豊富でうれしくなっちゃうよね…買ったって読みゃしないんだけどサ。70r4a0105しかし、この『The Rocky Horror Show』ってのはナンだってこんなにビジュアルの統一感がないんだろうね?
下はロンドン・キャスとの他に私が持っている「Original Roxy Cast」というバージョンと映画のサントラ盤。
上のロンドン・キャスト盤といいソング・ブックといい、どれもみんな同じ曲が収録されているのに、見た目はそれぞれまるでアカの他人だ。0r4a0103 
Bonzo Dod Doo-Dah Bandは時折この『MJG』に時折登場しているような気がするが、それだけ間口が広いということか?
昔、他の特集で紹介したヴィヴィアン・スタンシャルとマイク・オールドフィールドの件には正直驚いたし、知っておいてヨカッタ。
コレについてはまた『メッセージ・ジャケット』特集という別の回を復活させるつもりなので、その時に改めて紹介しましょう。
で、こちらはその肝心のBonzo。
2枚目のスタジオ・アルバムで、ココからバンド名を短縮し、単に「The Bonzo Dog Band」と名乗るようになった。
『The Doughnut in Granny's Greenhouse』と同じ内容だがアメリカではイギリスでヒットした「I'm the Urban Spaceman」を加えて、このように『Urban Spaceman』として発売された。
Monty Pythonの一派だけあってトボけたテイストがたまらない。

Img_0312 何でもこのジャケット・デザインは下にあるThe Incredible String Bandの『The Hangman's Beautiful Daughter』のパロディなんだって。
なるほどね~。
「Beautiful Daughter」と聞いて思い出すのは前出のThe Moveでしょう?
『Shazam』の2曲目が「Beautiful Daughter」だ…いい曲なんよ~。 7isb Bonzoのアルバムは全部持っているけど、好きなフリをしているだけかも…ワタシ。
どうもよくわからない。何が面白いのかがわからない。
時折出てくるダイアログ、つまり英語の会話があまりにも「イギリス英語」なのをせいぜい楽しんでいるぐらいか?
タイトルの「Keynsham(ケインシャム)」というのはイギリス南西部のブリストルの近く町の名前。
海賊ラジオの放送局のひとつがあった場所。
この辺りの話は長くなるので今回はパス。
Img_0314_2Bonzo Dog Band、5枚目にして最後のオリジナルアルバム『Let's Make Up and Be Friendly』。
私にとってこのアルバムのキーワードは「外道」。
外道のファースト・アルバムに収録されているオープニングSE、あの笑い袋みたいなヤツね。
秀人さんは外道のショウのオープニングでは今でも必ずコレを流しているが、アレはこのアルバムの最後に収録されている「Slush」という曲。
ジャケット・デザインが可愛くてよろしいな。イギリス盤はバックが黒だった。
この犬が「ボンゾ」。

Img_0313うれしいな~、Gongが出て来たよ。
Gongは日本では「フランスのプログレッシブ・ロック・バンド」ということになっている。
ま、間違いはないんだけど。
コレは1973年発表のGongの代表作『Flying Teapot』。
サブタイトル(赤い吹きだし)に「Radio Gnome Invisible Part1」とあるのは、いわゆる「Radio Gnome Invisible三部作」の第1作だから。
この後、『Angel's Egg』、『You』と来て三部作が完結した。
「gnome」は地中の宝を守るとされる「地の精」。
「g」は黙字で、「ノーム」と読む。
ジャケットのイラストはGongのグル、デヴィッド・アレンによるもの。
誰でも描けそうに見えるけど、そうは簡単にいくまい。

Img_0317私が始めてGongのLPを買ったのは1977年か78年。
『Gong Live Etc』が発売された時だった。
今にして思うと数少ないジャケ買いのひとつだった。
タイトル・ロゴに切り抜かれた透かし彫りのようなデザインに惹かれてどうしても欲しくなった。
当時はプログレにハマり出した頃で、Gongもプログレだっていうことも手伝って買ってみた。
最初は何だかよくわからなかったな…。
サイケのようなジャズ・ロックのような…。
デヴィッド・アレンのヘンテコリンな歌が出てくるかと思えば、何やら凄まじいドラミングの超絶演奏も出てくる。
今でもそれがGongの魅力で、このライブ・アルバムはやたらと評価が低いようだけど私は大好き。

Gle デヴィッド・アレンがバンドを離れてドラマーのPierre Moerlenが主導権を握るとバンドは急速にジャズ・ロック・サウンドに傾倒していき、『Gazeuse!』、『Expresso II』、『Downwind』、『This is the Key』等を発表した。
これがまたいわゆる「フュージョン」ではないんだよね。
「プログレッシブ・ロック」で片づけるのもどうかと思うし…。
で、前者2枚にはアラン・ホールズワースが参加していて、かつ、マリンバだのヴィブラフォンのアンサンブルがこの上なくカッコよくて一時期聴き狂った。
『Pierre Moerlen's : Live』もヨカッタ。
そのPierre Moerlenも2005年に亡くなってしまった。
調べてみると、このMoerlen、リチャード・ブランソン(Virginグループの親分)に直々に頼まれて『Tublar Bells』のプレミア公演でパーカッションを演奏したんだって…ロバート・ワイアットの代役だったそうだ。
知らなかった~。
でも今Gongの音楽を聴くとなると、この辺りの後期のアルバムではなくて『Camembert Electrique』とか『Radio Gnome Invisible三部作』などのデヴィッド・アレン在籍時の作品の方がいいんだよね。
やっぱりGongってデヴィッド・アレンでできていたんですね。
 
それにしても困るのが「Moerlen」の読み方。
いまだにわからない。
昔はモエルランだった。
他にもムーラン、モーラン、モアレン…まさに「ゲオテとはオレのことかとゲーテ言い」っていうヤツ。
それで、フランス人の友達に訊いてみたのですわ。
確か「モエXアン」みたいな感じで「X」のところはあのフランス語特有のタンを切るみたいな発音で、そこにストレスが置いてあったような気がする。
また確認しておきます。
ということで今回は無難にアルファベット表記にさせて頂きました。

G1_1

G2

G3

G4

ドワ~!このジャケットは問答無用でカッコいいんじゃん! 
1969年から75年まで活動していたテキサス出身のバンド、Bloodrockの1971年発表の4枚目のアルバム『Bloodrock U.S.A.』。
他の作品のジャケットはどうしようなく垢抜けないっていうのに!
これは有名なイラストレーターの作品なのかしら?
デザインからすると何やら過激な音楽を演っていそうだが、聴いてみるとさにあらず。
毒にも薬にもならないようなハードロックちょっと手前の普通のロックといったところか…。

Img_0318 60年代パンクのコンピレーションだそうです。
タイトル通り野生的で荒削りな音楽が詰め込まれているらしい。
こういうマンガって、いっかにも海外風味だよね~。
これを見てすぐに思い出したのは「スーパー・スリー」っていうアメリカのアニメ。
マイクとフリーとコイルが出てくるヤツね。
「♪スーパースリーは~、チョ~ホーブ~イ~ン~、世界のためならエンヤコラどっこいしょ」とかいう主題歌でした。
海外のアニメなのに「エンヤコラどっこいしょ」だった。
昔の人はやることなすこと本当にクリエイティブだった。

Img_0322 §1-bに移ります。

Img_0234 Climax Blues Band、古くはThe Climax Chicago Blues Band。
Hipgnosisの回でも触れたけど、いいバンドなんだよね~。
ギターのピーター・ヘイコックがすこぶるよろしい。ウマい。
コレは彼らの1972年の5作目の『Rich Man』。
このロボットのようなオッサンが「Rich Man」なのだろうね。
デザインはHipgnosis。
髪型がいかにもHipgnosisのデザインっぽい。
前作『Tightly Knit』がHipgnosisだったので今作もそうしたのであろう。
幾何学的、金属的なタッチと原色を排した色合いがすごく親しみやすい。
音の方もいいんよ。
このアルバムも、なかなかにツボを押さえた曲作りとヘイコックの土臭いギターがいい味を出している。
でも日本では全く見向きもされないバンドだったよね?

Img_0323KISSこそコミックを具現化したかのようなロック・アーティストと言えるだろう。
ゴメンネ、KISSって1回もレコードを買ったことないし、一度たりとも興味を持ったことがないんです。
初来日公演は行ったけどね、ヘヘヘ…すごくヨカッタ。
ちょうど『Destroyer(地獄の軍団)』が出てきた頃、私はプログレにハマっててね。
King CrimsonとかYesとかいわゆるプログレのビッグ・ネームを追っかけまわしてた。
他にトッド・ラングレンとかフランク・ザッパのLPをはじめて買ったのもほぼ同じ頃。
掃除の時間にホーキでギターのマネをして「Detroit Rock City」を歌ってたクラスメイトもいたけど、私はKISSは新鮮味を感じなかったというか…まったく刺激されなかった。
今聴くと全然問題なんだけどね。
「Shout it, shout it, shout it loud」っていうのあるじゃない?
「♪シャ~リ、シャ~リ、シャリラッラ~」って米屋さんのテーマソングかと思ってたぐらい。(ウソです)。
ほらね、こうしてマンガにしても何ひとつ違和感がない。それがKISS!

Img_0324 コレさ、あまりにもジャケットがお門違いなんじゃないの?
アラバマ出身のWet Willieというグループの1973年のライブ・アルバム『Drippin' Wet』。
このアルバムは聴いたことはないが、他のライブ盤を聴くと「明るい良い子のサザン・ロック」といった風情でよろしいな。
何せレーベルがサザン・ロックの名門Capricornですからね。
アラバマ出身なんだからアラバマのレコード会社から作品をリリースするのはちっとも不思議ではないんだけど…このジャケットは変すぎるでしょう。
サザン感まるでなし!
もっと変なのが、1974年ごろ短期間とはいえ、バッキング・シンガーとしてイギリスのバンド、Vinegar Joeのエルキー・ブルックスが在籍していたってんだよね~。
ちなみにわが友、ジェフ・ホワイトホーンはよくエルキーと仕事をしていた。
それでこの女性の名前を知ったのです。
Vinegar Joeはメチャクチャかっこいいよ。

Img_0325 アル・スチュアートの『Year of the Cat』。
私は特段ネコが好きというワケではないが、コレ完全なジャケ買いをした。
デザインはヒプノシス。
ネコ・マニアの女性がネコの格好をして仮装パーティーに出かけるところなんだって。
鏡台の前にゴチャゴチャ置いてあるモノがすべてネコに絡んでいてすごく可愛いの。
アル・スチュアートといえば凡そ私が好んで聴くような音楽ではない。
実際にコレを買った時はひと針降ろしてすぐ上げたわ。
でも今聴くとホッコリしていて実にいいね。
ピーター・ホワイトとティム・レンウィックという人たちがギターを弾いているんだけど、実にうまい。
日本のギターキッズは速弾きをしないと「ウマい」とは思わないようだが、こういうギターを弾く人こそウマいと思うね。
ま、私も若い頃は速弾き好きだったけど…イングヴェイのフォロワーが出て来た以降は全くオモシロいと思わなくなっちゃった。7ascat アルはこのヒプノシスの意匠を2004年のベストアルバムに再利用した。
どうもネコの仮装をしていたお姉さんは怪盗になったようだ。
高飛びに備えてパスポートが用意してある。Asgh 次もHipgnosisの作品。
Genesisの看板スター、ピーター・ガブリエルが抜けちゃってハラホロヒレハラ、テンヤワンヤの大騒ぎ!
残った4人で「一体どうすんべか!」と踏ん張ったらアラ不思議、トンデモナイ名盤ができちゃった!…と、火事場のバカ力で作り上げたのが『A Trick of the Tail』。
おまけにフィル・コリンズが素晴らしいボーカリストだったという副産物まで飛び出した。
このマザーグースかなんかに出てきそうなイラストが魅力的で、それぞれが収録曲のキャラクターになっている。
おおよそHipgnosisらしくないタッチだよね。
でも中も外も本当に素晴らしい作品だと思う。
「Dance on a Volcano」、「Squonk」、「Los Endos」等、この後のGenesisの重要なレパートリーが収録されていて、通して聴くとコンセプト・アルバムを標榜しているワケでもないのにものすごいストーリー性を感じるでしょ?
1回通して聴いてまた振り出しに戻る…みたいな作りによるものか。
2010年のJapan Progressive Rock Festivalに出演したスティーヴ・ハケットはこのアルバムの中から「Los Endos」を演奏していたっけ。
きっとこの時のメンバーとっても思い出深い作品なのだろう。
ちなみにハケットはエディ・ヴァン・ヘイレンより先に同じ方向性のライトハンドをやってるかんね。
この作品のたったひとつの難点は、内ジャケに掲載された歌詞がカリグラフィで記載されていてちょっとやそっとじゃ読めん!
キレイなんだけどね、コレじゃ読めない。

Img_0328ちなみに私が大好きなイギリスの音楽雑誌、「Classic Rock」の姉妹誌、「Prog Rock(夢のような雑誌でしょ?)」。

70r4a0116 同誌が選ぶプログレッシブ・ロック・アルバム・ベスト30で第1位に選ばれたのは『Selling England by the Pound (邦題:「月影の騎士」)』だった。
このことはもう何回もMarshall Blogに書いた。
『Trespass』、『Nursery Cryme』、『Foxtrot』、『Selling England by the Pound』、『The Lamb Lies Down on Broadway』、そしてこの『A Trick of the Tail』…こうして考えてみるとGenesisは名作の山を築いた偉大なバンドだったよね。
『Invisible Touch』もいいけどサ…やっぱね~。
1977年の来日時、新宿厚生年金会館行っておいて本当にヨカッタ。
ところで、そのベスト30。
第1位は『Selling England by the Pound』で、その他のGenesisの作品としては『Boradway』が第12位に選出されていた。
しからば、他のグループはどうか?
Pink Floydが2位の『Wish You Were Here(ナント『狂気』より上!)』と6位の『Dark Side of the Moon(ナント『炎』より下!)』でGenesisと同じく2作品がチャートイン。
Yesも4位の『Close to the Edge(危機)』と22位の『Fragile(こわれもの)』の2作品。
ELPは5位の『Brain Salad Surgery』のみ。
King Crimsonは3位の『宮殿』と24位の『Red』のやはり2作。
イギリスの雑誌らしいのはFamilyとかNektar、Caravan、Van Der Graaf Generatorあたりが入っていることかな?
しかしサ、プログレのムーブメントってよく見てみると一般のリスナーにとってはGenesisやELPやYesやCrimsonらのビッグネームのみがシーンを席巻した恐ろしく狭小な世界だったんだね。
でも、この分野をイタリアやオランダ、北欧、果ては東ヨーロッパの辺境にまで広げるとそれはもうタマらなくおもしろいことになる。
南米あたりにも面白そうな連中がいるようだし、アメリカにはKansasなんかがいたりするけど、やっぱりプログレはクラシックの要素を感じさせないとことにはピンと来ない。
だから断然ヨーロッパなのだ。
あ、Spock's Beardは例外的にイイな。

70r4a0112 同じ号にHipgnosisのストーム・ソーガソンのインタビューが掲載されていた。
「The Man who gave prog a face」だって。
この雑誌は2007年ぐらいに出版されたモノなので、まだソーガソンがご存命だった。70r4a0110 なんじゃコリャ?「三輪車」だって。
いったいどういうコンセプトでこういうバンド名にしてLP作ってこんなジャケット・デザインにしちゃったんだろうね?
大切な自分たちの作品なのに…故意にカッコよさを追求していないような…。
さぞかし売れなかったんだろうな~。
しっかりとカットアウト盤だ。
今回の「コミカル」という観点でつっつけば充分エントリーの資格はあるのだが…。
どんなもんかと聴いてみると、ルックス通りの甘々ポップ。
「バブルガム・ポップ」っていうのかな?
コレがなかなかいいのよ!
結果的にはジャケットもコレでヨカッタ。
しかし、考えてみるとサウンドがおとなしいか、ヤカマシイかの違いだけで「青春パンク」とか呼ばれている類のロックはやっていることがコレと同じだな。

Img_0333Alvin and the Chipmunksはアメリカのアニメのバンド。
大変な人気で、数々のヒット曲を生み出しただけでなく、映画も制作された。
何しろ1959年から2011年の間に50枚にも上るアルバムを発表しているというのだからスゴイ。
コレって「じゃじゃ丸とピッコロとポロリ」が50枚もアルバム出しちゃうみたいなもんでしょ?
「のび太とスネ夫とジャイアン」でもいいんだけど、剛田は音痴だからナァ。
これは1982年のアルバム、『The Chipmunks Go Hollywood』。
ジャケットのイラストに見られるように、「Eye of the Tiger」、「Tomorrow」「E.T. and Me」の他、「9 to 5」、「Fame」、「Arthur's Theme」などが収録された映画主題歌集。

Img_0334ヘビメタほどではないにしてもグラム・ロックもマンガになりやすい素材のうちのひとつに違いない。見てこの美しいマーク・ボラン!
ボランの曲の権利を日本の会社が持っているために自由にコンパイルしたベスト盤。
それにしてもマーク・ボランというか、T-Rexの人気って根強いよね。
「21 Century Boy」と「Metal Guru」と「Get It on」だけだけど。
あとは「Solid Gold Easy Action」ぐらいか?
「グラム・ロック」といえば、そのギランギランのルックスばかりが取り沙汰されるけれど、さすが70年代の前半に栄えた文化だけあって、なんといっても曲がいいよね。
だからT-Rexの曲もこうして生き残ることができているに違いない。
実際『The Slider』とか『Electric Warrior』なんて名盤の誉れだけあっていいもんね~。
ちなみにマーク・ボランの相棒のミッキー・フィンが使っていたパーカッションはNATAL製です。

Img_0336 <つづく>

 

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2021年8月23日 (月)

【Marshall Blog Archive】厚生年金会館の思い出

 
コロナの影響の有無を問わず、東京の中~大型のライブハウスというか、ホールというか、そうした設備がドンドン閉鎖していってるでしょう。
チョットさかのぼると渋谷のBOXX、隣りにあったAX、横浜BLITZ、赤坂BLITZ、新木場COAST(来年1月末閉館予定)…まだ他にもあるかな?
みんななくなっちゃった。
そんなことを先日Zepp Tokyoへお邪魔した時にシミジミと思ってしまった。
そのZepp Tokyoも今年いっぱいで閉館してしまう。
そこで思い出したのが、昔のMarshall Blogの時に編んだ1本。
11年前に閉館した新宿の厚生年金会館のことをつづった記事。
仕事でお邪魔した上のホールたちとは異なり、厚生年金ホールはロックに夢中になっていた高校時代に足繁く通っていた私にとってのロックの「生地」であり「聖地」でもあったのだ。
今日は【Marshall Blog Archive】として2010年3月30日と31日にわたって2本立てで投稿した記事を下地に現在の情報や状況をカラめた大幅な加筆を施してお送りします。
 
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 
新宿駅からチョット遠いんだよね。
いつも往きは胸をワクワク、帰りは友達と「ああでもない、こうでもない」と興奮交じりに今観て来たコンサート評。
そうやって歩いていれば長いハズの距離もアッという間だった。
東京厚生年金会館ホールの話。
49年の営業に幕を降ろし、今月いっぱいでその歴史に終止符を打つという。
寂しいね~。7img_1727 開場前にこの階段で待っている時はいつもドキドキだった。
「あの曲演るかな~」とかいって…。7img_1728 初めて厚生年金に観に行ったコンサートは残念ながら覚えていないけれど、ずいぶん色んなのを観たわ。
…と言っても、何を観に行ったか思い出そうとしてもパッとは出てこないな。
半券も全部保存していたんだけど、昔父が誤って全部捨てちゃったし…。
結局、コンサート・プログラムが手元に残っているコンサートが一番間違いがない…ということになる。
そういうこともあって私は今でもなるべくプログラムを買うようにしている。
そう言えば、昔は「ライブ」なんて言い方はしなかったナァ…もっぱら「コンサート」だった。
歌謡系の人たちが定期的に開催するコンサートを「リサイタル」と呼んでいたイメージがあるけど、「リサイタル」なんて言葉ももはや死語でしょう。
「ライブ」という言葉は、今となっては「音楽」から遠く離れてしまった感じがして、とても安っぽく聞えるので正直あまり使いたくないんだよね。
昔は「あ~、ライブに行きたい!」なんてことは言わなかった。
さて、この記事を書くにあたって「新宿厚生年金出演者一覧」みたいな資料をインターネットで検索したんけどどうしても見つからなかった。
仕方なく調べついでに関連するブログをチェックしてみると、あるわあるわ、ご年配の皆さんの厚生年金会館の閉館を惜しむ想いが!
私なんぞ丸っきりヒヨッコよ。
ここに厚生年金の思い出を書き連ねるのもおこがましい。
そうした年配の方々がココでご覧になったコンサートとなると…
デビッド・ボウイ、スリー・ドッグ・ナイト、ハンブル・パイ、スレイド、フォーカス、そしてマイルス・デイヴィス…。
ハ~ッ…タメ息が出るじゃんね。
私だってもう5年ほど早く生まれていれば間違いなく片っ端から観に行ってたよ!
ごく普通に仕事で訪問するあの楽屋でマイルスやボウイやマリオットが出番を待っていたのか思うと鳥肌が立っちゃうよね。
そして、あのステージには延べ何千台ものマーシャルが並べられて来たワケですよ。
 
これ(下の写真)は1978年、ヴァン・ヘイレン初来日の時のプログラム。
まだファースト・アルバムの発表からそう時間が経っていなくて、アルバムから全曲演奏した。
それでも、1時間にも満たない尺だったためか、このころにしては珍しく前座が付いた。
東京公演はレッド・ショックというバンドで、後年このバンドのドラマーと知り合いになる機会があり、この時の話をして興奮したものだった。

70r4a0134 エディが「暗闇の爆撃(Eruption)」を弾いた時には感動したな~。
まだ「ライトハンド奏法」などという名前がなくて、我々の間では右手の人差し指を少し曲げ気味に立ててそれを回しつつ「アレ」とか「コレ」とか呼んでいた。
チケットは、S席3,000円、A席2,800円、B席2,500円、C席1,800円也…消費税なんてなかった。
 
エントランス脇には49年間の公演の歴史がダイジェストで展示されている。
思いのほか試写会が盛んに行われていたんですネェ。
見にくいですが、右のウインドウの上にはソニー・ロリンズの来日公演のパネルが飾られている。
コレ、私もココへ観に来たのよ(後出)。
ウインドウの中には落語公演の歴史が飾られていた。
とっくの昔に東横ホールもなくなってしまったし…志ん朝を観たっけ…ホール落語の様相もすっかり変わってしまったようだ。Board最近の話だけど、頭脳警察と四人囃子のダブル・ヘッドライナーなんかもよかったナ~。
コレは完全に客として拝見させて頂いた。
Z4
Procol Harumと四人囃子のダブル・ヘッドライナー。
この時は差し入れでギターのジェフ・ホワイトホーンに日本酒を持って行った。
私は『Grand Hotel』以外のProcol Harumって通っていないんです。
つまりほとんどナニも知らないに等しい。
そんなんで楽屋を訪れるとジェフの姿が見えない。
そこで、そこにいた白髪の品のいいおジイさんにジェフの居場所を尋ねると、「ココにはいないよ。外へ行った。イッパイやりに行ったんだろう」ぐらいの返事をしてくれた。
そして、本番が始まって驚いた。
ピアノの前に座って歌を歌っている人がさっきの白髪のおジイさん、すなわちゲイリー・ブルッカ―だったのだ!
「知らない」というのはげに恐ろしい。P4 この時、開演前に楽屋の廊下のベンチに座って岡井大二さんとおしゃべりをした。
初対面でね、相手は「四人囃子のドラマー」ですからね、かなり緊張した。
それが今となってはNATALのトップ・エンドーサー。
そして私のRock Guruにして、呑んだ時にはともすれば事務所にお泊り頂くこともある9つ年上の大先輩。
人とのお付き合いというモノは出会った時にはどうなるか全くわからないモノです。
大二さん、フジロックお疲れさまでした!7s41a0300 今は亡き井上堯之さんのコンサートにはすごく驚かされた。
井上さんはVALVESTATE VS100Rとごく普通のテレキャスターをお使いになっていたんだけど、その音の素晴らしいことと言ったら!
当時は私も同じアンプを持っていたので、家に買ってすぐに自前のテレキャスターで試したみたが、及びもつかないツマらない音がしてガッカリしたことがあった。
わかっちゃいるけど…道具じゃないんよ。

Vs100r2

DEENやCLASSIC ROCK JAMの取材もさせて頂いた。

Crj そういえばKANSASもご招待を頂戴して2回ぐらい観に行ったナ。
「Dust in the Wind」とか「Point of no Retuen」とか「Song for America」とか代表曲を演ってくれるんだけど、何しろ「Carry on~」に向けて他の曲も演奏しているような印象を受けたな…というか、受けざるを得なかった。

このFair Warningというバンド、私は全然知らなかったんだけど、Marshallのレンタルの話が舞い込んできて対応した。7img_1533 この人はサポート・メンバーだったのかな?
楽屋でもものすごく感じの良い人で、貸し出したJVMをすごく喜んでくれた。

7img_1552 コチラの方は、普段はMarshallを使っていないんだけど、この時はMarshallを弾いてくれた。
大層気に入った様子で、「本社の連絡先を教えてくれ」と言われ教えたが、その後どうなったことやら。7img_1563
そうそう、それからイングヴェイの取材も一度ココでしたことがあった。
それまでにもショウは何回も観ていたのだが、面と向かって会うのはその時が初めてのことだった。
ご存知の通り私は世代が古いので、イングヴェイのことはよく知らなかったのだが、ファンのみんなが親しみを込めて「インギー、インギー」と呼んでいることは知っていた。
そこで、ひと通りの挨拶した後に「アナタのことを『インギー』と呼んでいいですか?」と尋ねてみた。
もし失礼だったらヤバいからね。
でも「イエー、もちろん!『インギー』と呼んでくれ!」という答えが返って来るものばかりと思っていた。
とことが…彼は急にキッとした表情になってこう言った。
「オレのことを『インギー』と呼ばないでくれ。
オレの名前は『イングヴェイ』だ。『イングヴェイ』と呼んでくれ」
「インギー」と呼ばれるのをものスゴくキラっていることが十分に伝わって来た。
正直、この時は結構ビックリしたけど、私は少しも慌てず「オーケー、イングヴェイ!」とだけ答えた。
もちろん、それからイングヴェイと一緒になる機会が何回かあったが、絶対に「インギー」と呼ばなかったことは言わなくてもイイングヴェイ?
 
…と、このことを今まで軽く3、4回はMarshall Blogに書いた。
ところがfacebookなんかを見ていると、イングヴェイ・マルムスティーン本人がイヤがっているにもかかわらず平気で「インギー、インギー」と呼んでいる人を見かけると悲しくなる。
これほどまでにMarshall Blogが読まれていないのか!…とね。
ま、そういう人は実際にマルムスティーンさんに会った時に「インギー」と呼んでみるといい。
「なんだ、お前、Marshall Blog読んでないのか?」と言われるかどうかは知らない。7img_0189 元の記事はココから<後編>になっていた。
  *    *    *    *
本日、2010年3月31日…いよいよ東京厚生年金会館の最後の日が来た!
 
ヴァン・ヘイレン初来日の年と同じ1978年の11月にはジェネシスを観に行った。
これも初来日だったのね…もうスティーブ・ハケットもいなくて、ダリル・スチューマーがギターを弾いていた。70r4a0122 でも、フィル・コリンズとチェスター・トンプソンのツイン・ドラムスがカッコよかったこと、照明がすごくきれいだったことをよく覚えてる。
もっとも印象的だったのは、フィル・コリンズがタンバリンひとつでソロを演ったこと。
手のほかに、頭、足、お尻と身体のあらゆる場所にタンバリンを当てて色んな音を出していた。
ものスゴイ演奏だった。
正直を言うと、当時はGenesisは苦手だったんだ。
でも、演奏は照明スゴイし、特に照明が素晴らしいということを耳にして行く決心をしたのです。
今は超大好き。
イギリスに頻繁に行くようになってからメチャクチャ好きになった。
惜しむらくは、もっとチェスターをよ~く見ておけばよかった!
何といっても歴代ザッパ・バンドで一番好きなドラマーはテリーでもヴィニーでもなくてチェスターだからして。70r4a0117 下は布袋寅泰さんのバンドのイギリス人ドラマー、スティーヴ・バーニー。
もちろんNATALドラマーだ。
2019年の国内ツアーで来日した時にウチの事務所に遊びに来てくれた時の写真。
私が東京大空襲の話をすると、ものすごく熱心に耳を傾けてくれた。
スティーヴはGenesisの大ファン。
私よりも幾分年下で、いわゆるプログレ時代のGenesisを観たことがない…と、私が厚生年金会館で観たことを話すとこれまた熱心に聴いてくれた。
家内の手料理を喜んでくれて、2人で「Afterglow」のチェスターのドラム・フィルの話なんかをして大いに盛り上がった。
楽しかったな~、この時。
まだコロナの「コ」の字もなかった頃だ。7s2b エントランスを抜けるとロビーは案外狭いんだよね。終演後はいっつも大勢の人でゴッタ返していた。

7img_1730臨時ニュースを申し上げます!臨時ニュースを申し上げます!ゴジラが銀座方面に向かっています…。大至急避難してください、大至急避難してください!
1979年5月、Blue Oyster Cult(以下「BOC」)は忘れることのできない最高のコンサートを見せてくれた。
『Spectres』とライブ・アルバム『Some Enchanted Evening』収録の「Godzilla」が話題になってて、当然この時も演奏した…というか、日本で「Godzilla」演らないでどうすんねん。

70r4a0129 レーザー光線や照明がすごくて、カギ十字の形をしたギターを持ったリード・シンガーのエリック・ブルームがギターをマシンガンに見立てるアクションをすると銃声とともにストロボがたかれたりしてね。
とにかくカッコよかった!
曲も滅法よくてね。70r4a0132 ショウのクライマックス圧巻はファイブ・リード・ギター。
ドラマーまでフロントに出てきてメンバー5人全員でリード・ギターを弾いちゃう!
最近はライブ映像を収録したDVD付きのCDも発売された…はい、当然ゲットしています。 

70r4a0124 後年、Marshallの本社に行った時、事務所に1976年のBOCのヒット曲、「(Don't Fear) The Ripper」がインターネット・ラジオで流れていて、若い連中がそれに合わせて歌っていた。
私はそれを見てビックリしたね。
だって、その若い連中が生まれる20年以上も前の曲だからね。
たまらず彼らにどうして知っているのか訊いてみた。
「ヒットした曲だから、いつの時代もどこかで流れているので若い人も覚えちゃうんだよ」
「両親がよく聴いていたのよ」
ウーム、コレがベイ・シティ・ローラーズかなんかならわかるが、ブルー・オイスター・カルトだぜェ?
日本では絶対に考えられん。
しかもブルー・オイスター・カルトはイギリスではなくて、ニューヨークのバンドなのよ。Dfr BOCのプログラムの広告には5月のNazarethが載っていた。
コレも渋谷公会堂へ観に行った。
このコンサートは「観ておいてヨカッタ~」のウチのひとつ。
この年の6月の興行として2回目の来日となるScorpionsとUFOが掲載されている。
すべてS席3,000円也。
Scorpionsはウリが脱退した代わりにマイケル・シェンカーが来るというので大評判になっていた。
でも来なかった…。
その後、UFOでやって来たけど、ギターは元Lone Starのポール・チャップマンじゃん。
おかげで今の今までホンモノのマイケル・シェンカーなるモノを観たことない!
これには後日譚があって、もはや笑ってしまうのだが、このブログ記事を書いた年のフランクフルト・メッセのマーシャルのブースではマイケル・シェンカーのサイン会を開いたらしい。
それまで長年毎年参加したフランクフルト・メッセなのに、選りによってその年は行かれなかったのだ。
もうスティーヴ・ミラーとマイケル・シェンカーは一生見れないモノと決め込んでいる。

70r4a0138 廊下に据え付けられている時計。
右の灰皿みたいな丸いのはスピーカー。
上演中ここから場内の音を控えめに流していた。
そういえば、ここは1階廊下にも2階フロアにもイスがふんだんに置いてあったこともヨカッタ。

7clock2ソニー・ロリンズは厚生年金で2回観た。
ボビー・ブルームのギターとトニー・ウィリアムスのドラムが抜群にカッコいいアルバム『No Problem』を発表した直後の1983年のLive Under The Skyがすごくよくて、「今度ソロで来日したら観に行こう」と心に決めていてそれが実現したというもの。
ちょっと脱線するが、この時の『Live Under the Sky』のロリンズのバンド・メンバーがメッチャ豪華で、ギターがパット・メセニー、ベースがアルフォンソ・ジョンソン、そしてドラムスがジャック・ディジョネットという顔ぶれ。
おまけにダブル・ヘッドライナーということでチック・コリア、ミロスラフ・ヴィトウス、ロイ・ヘインズの3人が名盤『Now He Sings, Now He Sobs』を再演するというオマケつき。
よみうりランドEASTのクソ遠さを忘れてよろこんだものだった。70r4a0151 で、厚生年金でロリンズを観たのは1985年と86年の2回。
85年にはヴァイブラフォンの名手、ボビー・ハッチャーソンが、86年のにはギターのボビー・ブルームと電化マイルスのドラマー、アル・フォスターが出演した。
とにかく、豪快にバリバリ吹きまくるロリンズがやっぱりカッコよかったな。70r4a0147 それにしてもこの49年の間に一体延べ何台のマーシャルがステージに上がったことだろう?
先日のAC/DCの来日追加公演では後ろの方にほんの少々空席が認められたが、AC/DCのチケットが売れ残るのは世界広しといえどもナント日本だけなんだそうだ。そういった状況が外タレの日本離れ現象を引き起こしているとも聴いた。一体いつから日本は世界のロック後進国になってしまったんだろう?世界のアーティストから相手にされない国なんてイヤだ~!
もちろん色々な事情があったのであろうが、この名ホールの閉館もそんな状況のあおりを受けたような気もするし、ますます日本人を海外のロックから遠ざけてしまうような暗い気持ちにもなってしまう。

さらば厚生年金!

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 
…と、2010年の記事はこうして締めくくられている。
この時から11年。
今、何を思うかと言うと…コレは友人のジャズ・サキソフォニストと話していたことなんだけど、ロックに関してもジャズに関しても、私の世代は「レジェンドが生きていた時代」に生きたということ。
パソコンやスマホやゲームなんかなくても、こと音楽や映画等のエンターテインメントに関しては、とてもいい時代を過ごすことができたと思う。
冒頭に挙げたライブハウスは「我が青春の」では全くないが、厚生年金会館のように「なつかしいな~」と思い出す日が来るのだろう。 
 
ちなみに厚生年金会館の跡地はヨドバシカメラさんの本社になっている。

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2021年7月28日 (水)

【訃報】ジョーイ・ジョーディソンのこと

 
Slipknotのジョーイ・ジョーディソンが亡くなったという知らせを目にした。
 
私も歳が歳なだけに、Slipknotあたりの音楽を個人的に聴くことが全くない真正の門外漢なんだけど、コリー・テイラーが来日した時にMarshallでサポートしたことがあった。
確か、撮影の許可が「アタマ3曲」になっていて、コリーが4曲目からギターを弾き始めてズルっとなってしまった記憶がある。
また、Marshallの50周年のコンサートの時には、ロンドンのバーモンジーのリハーサル・スタジオで、彼が失くした携帯電話を一緒に探してあげたこともあった。
一方、ジョーイはSlipknotと並行して活動していたMurderdollsが来日した時に、やはりMarshallでサポートしたことがあった。
忘れもしない2011年3月10日のことだった。
 
その後、イギリスに行った時に偶然手にした音楽雑誌『Kerrang!』に興味深い記事を見つけた。
その記事については以前Marshall Blogで紹介しているのでゼヒご覧頂きたい。
    ↓    ↓    ↓
【Marshall Blog】I Thought I was Going to Die~英音楽誌が伝えた大震災

311_img_4792  
このMurderdollsのライブ・レポートは以前のMarshall Blogに掲載したが、現在では見れなくなっているので、ジョーイに捧げるべく再度写真に手を入れて、記事に大幅な加筆を施したうえでココに再掲することとした。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
 
2011年5月13日 (金)
Murderdolls Live in Tokyo
 
今日お送りするのはMurderdollsの2回の東京公演のうちの初日のレポート。
公演日は2011年3月10日。
もうひとつの公演はその翌日に開催される予定だった。
ある種、一生忘れることのできないライブになった。
会場は渋谷O-EAST。Img_1664 ナゼなら、今日ココに掲載する写真が今回8年ぶりの来日となったMurderdollsの日本でのステージの雄姿を伝えるほぼ唯一のモノとなってしまったからだ。
Img_1849ステージ上の造作。
コレ置かれちゃうとMarshallが見えないじゃないのよ~!
でも、うっすらと1960が透けて見える。Img_1662 ギター、Roman Surman(ローマン・サーマン)。Img_1858 RomanはJVM210Hを使用。

Img_1647 キャビネットは1960だ。Img_1650 ついたてをハズしたところ。
ごく普通に1960のAとBを積み上げている。Img_1658 ソリッドなギター・プレイと派手なアクションがカッコよかったな。Img_1869 
Img_1878
Img_1888
Joey Jordison(ジョーイ・ジョーディソン)。

Img_1968 スゴイ存在感!

Img_1925 JoeyはDSL100を使用していた。

Img_1653 キャビネットは同じく1960。Img_1652 無心にリフをかき鳴らすJoey。
バチっとキマッたプレイで観客を魅了する。

Img_1967 ベースのJack Tankersley(ジャック・タンカースレイ)。Img_1890 ドラムはJason West(ジェイソン・ウエスト)。Img_1958 Wednesday 13(ウェンズデイ13)…変わった名前ですな。
日本人だったら十三(じゅうぞう)さんだ。
大阪出身だったりして。Img_1934 この人いいネェ~!
この魅力的な声がロックだ!アリス・クーパーみたいで実にスタイリッシュだ!Img_1918 十分にカッコいいんだけど、真っ黒クロスケで顔の形が皆目わからない。
こんな感じ。Img_1985 なんというか…圧倒的な押しの強さでズンズンとショウが進んでいく。Img_1848 サービス満点のJoey!Img_1944 いいバンドだネェ。
Img_1910「ロックらしいロック」のDNAを感じた!

Img_1857(敬称略 2011年3月10日 渋谷O-EASTにて撮影)
 
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲ 
終演後、バンドにあいさつに行った時、楽屋のトイレに入ったんだけど、便器が真っ黒になっていたんよ!
このメイクは大変だよね~。
そして、この翌日の2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生した。
それから10年後の今、「復興五輪」を名ばかりに掲げたオリンピックが開催されている。
ジョーイ・ジョーディソン氏のご逝去はそんな中での出来事だった。
「I thought I was going to die」が「I died」になってしまった…。
 
才能ある音楽家の逝去を悼み心からお悔やみ申し上げます
 
 
□■■□■□■□■□お知らせ■□■□■□■□■□
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2021年4月12日 (月)

PROGRESSIVE ROCK FES 2010 IN TOKYO~Steve Hackett(スティーヴ・ハケット)編

 
【Marshall Blog Archive】
<2010年10月1日、旧Marshall Blog初出>
 
引き続いて『PROGRESSIVE ROCK FES 2010 IN TOKYO』のレポート。
加えまして、引き続き暑い夏の話し。
ロンドンの夏は暑いことは熱いけど、ダランダランに汗をかきまくるほど暑いという感じではなく、一般の家庭にはエアコンが付いていないのが普通だ。
マーシャルの工場の事務所も窓のある部屋には一切エアコンが付いていない。
空調ダクトすらない。
要するに建物を建てる前から「エアコンを取り付ける」という発想がないということだ(筆者註:コレを書いたのは11年年前のことで、最近ではイギリスの夏も暑さが厳しくなり、「ウチには何台もエアコンがある」とイギリスの友人に言うとすごく羨ましがられるようになった)。
身体を動した後に屋内に入ると確かに直後には暑いことは暑いのだが、窓を開けてジッとしているとサラ~と汗がひいて暑さを感じなくなる。
湿度の関係なのだろうが、羨ましい限りだ。
その代わり冬がね~。
 
何回も引っ張り出して来て甚だお恥ずかしい限りなのだが、先日レポートした通り、7月下旬にロンドンのヴィクトリア・パークで開催されたロック・フェスティバル『HIGH VOLTAGE FESTIVAL』に参加してきた。
そのレポの中で、「イギリスは夏でも涼しいのでロック・フェスもラ~クラク」的なことを書いた。
直射日光を浴びていると確かに暑いことは暑いのだが、もはや亜熱帯気候と化した日本に住んでいる人間にとってはマァ、大したことない。
それにひとたび日陰に入るとス~っと汗が冷えて上着をまといたくなる感覚ですらあるのだ。
ところがですよ…一緒に行ったMarshallの友人と後に話をすると、何と彼曰く、「アレはは暑くてシンドかった」って言うんですよ!
「シンドかった」ってア~タ…あれで「暑い」なんて言ってたら日本のロック・フェスどうすんのよ?そういう人は間違いなく夏の日本では生きて行かれませんな。
イギリスは5月ころからフェスティバルがスタートして、8月にはすべてを終わらせるんだってサ。
後は雨や曇りの毎日が続いて寒くなってしまい、野外フェスなんてとてもじゃないけどやっていられないというワケ。
 
さて、下はこのイベントのポスター&チラシ。
いいですね~。
YesやGreenslade、BudgieやUriah Heepなどのジャケットでおなじみのロジャー・ディーンを起用。日本だからサクランボなのかな?ハートの形をしている。
このフォントだけでプログレを感じさせちゃうからスゴイ!Prj この日トリで登場したのはスティーヴ・ハケット・バンド。Img_0285 いいナァ~。大英帝国の深い歴史の香りがプンプン漂う音楽とでも言いましょうか。
2日前にはCLUB CITTAで単独公演も行った。
ま、こんな暑い夜にジトっと汗をかきながら屋外で聴くような音楽ではおよそないような気もするが、タマにはこういうのもオツなもんか?
上述のイギリスの環境から察するに、バンドの方々もあの気温ではさぞかしシンドかったのでは?…などという心配をヨソに実に折り目正しい演奏を展開してくれたのであった。
Img_0290私自身はプログレが大好きなんスけど、歴史的を振り返るとプログレッシブ・ロックの舞台でのMarshallの出番は少ないことを認めざるを得ないのが残念。
その中でスティーヴは常にマーシャルを使用してきてくれてうれしい限り。
開演前に楽屋にお邪魔してそのお礼を申し上げました。
実際にお会いしてみると、スティーヴはこうしてステージや写真やでお見かけするのと同様、ものすごく気品漂う実直そうな紳士にして真摯な方だった。

120img_0378 今回はレンタルのJCM800時代の1959を使用。
右上、つまりLOUDNESS2のHighのチャンネルにインプットしていた。
「ホントは50Wで弾きたかったんだけどね…」と スティーヴ。
イエイエ、十分に素晴らしいサウンド!
バンドのアンサンブルの見事さもあるけど、「Ace of Wands」なんてレコードとまったく同じ音だった!
クリーンを基調とした美しい音色でした。
やっぱりマーシャルのクリーンはいいね。

02img_0366 ギターはレス・ポール・タイプを使用。Img_0352 トレード・マークのトレモロ・ユニットつき。Img_0496そんなスティーブをサポートするのは…ギターのアマンダ・レーマン。Img_0469 スティーヴとの息もピッタリ。Img_0312 多くの重要なパートをこなしていたところを見ると、スティーブは彼女に全幅の信頼を置いているのであろう。Img_0452ベースはリー・ポメロイ。Img_0332 「ポメロイ」さんというから有名なデイヴ・ポメロイのご兄弟かなんかかと思ったけど、デイヴはアメリカ人でナッシュヴィルのベーシスト。
リーはロンドンのベトナム人のコミュニティがあるホクストンの出身。
ホクストンで食べたフォーはおいしかった。
リーはTake ThatやJeff Lynne's ELOで活動している。
ギッチョでリッケンバッカーでピック弾き…ポール・ファンなのだろうか?Img_0391キーボーズはロジャー・キング。Img_0466 スティーブのような音楽でのキーボーズの役割はとても大きい。
集中してズッと鍵盤と向き合っていた。Img_0506ドラムスはゲイリー・オトゥール。Img_0423 次々に現れる変拍子もラ~クラクに叩きこなしていた。Img_0427そして、サックス&フルート他はロブ・タウンゼンド。

Img_0407管楽器が休みのパートもコーラスで大活躍。Img_0333…という6人編成で一糸乱れぬ濃密な演奏を繰り広げる。
 
またコーラス・ワークが途轍もなく美しいんだ!
私も暑さから逃れて楽屋で大二さんと話をしていたのだが、西洋人はこうしてコーラスをすると声が各人似て来て、キレイに混ざるようになるのだそうだ。
歌声の出し方をよく心得ているということか。Img_0286 見るからに几帳面そうなスティーブ。
細部にまでこだわった微細なギター・プレイがこの人の音楽に対する態度を表している。Img_0299ほとんどロックのイディオムを使用しないスティーヴのギターは独特だ。 Img_0375決して派手ではないが、かなりワン・アンド・オンリーなのではなかろうか?
下にも出て来るGenesisの傑作の1枚『Selling in England by the Pound』の1曲目「Dancing with the Moonlit Knight」等、ライトハンド奏法(今は「タッピング」っていうの?)をかなり早く取り入れていたしね。Img_04901975年のスティーブ初のソロ・アルバム『Voyage of the Acolyte』の最終曲「Shadow of the Hierophant」の4:45辺りから出て来る3連のトリル・フレーズなんてVan Halenの「Erruption」で出て来るあの有名なフレーズにソックリだからね。
エディはこのアルバムを聴いているのではなかろうか?
たとえこのアルバムを参考にしていたとしても、コレをアソコまでカッコよく昇華したエディはやっぱりスゴイ。
イヤ、もっと元のネタがあって2人ともそれを頂いてしまったのかもしれない…浅学にして真相はわかりません。Voaこの日、自身のソロ作品を中心にジェネシスの曲では『ブロードウェイ』から「Fly on a Windshield」や…

Img_0303人気曲の「Los Endos」などを演奏した。
Img_0500暑くてかなわなかったけど、演奏は素晴らしかった!12img_0285 またまた『HIGH VOLTAGE』の話になるが、初日の夜9:00過ぎ、帰り道にTransatlanticが出演中の「PROG ROCK STAGE」の前を通りかかると ちょうど「Mr. Steve Hackett!!」というアナウンスとともに大歓声が聴こえて来た。
そして始まった曲は「The Return of The Giant Hogweed」だった!
メッチャ観たかったけど、マーシャルの友達もいたし、マゴマゴしてると電車が大混雑してヤバいので涙を飲んで会場を後にしたのだった!
そして2日目にはスティーヴ・ハケット・バンドがその「PROG ROCK STAGE」に登場していた。
コレもガマン…だって電車がすごい混むんだもん!
  
さて、下は2007年に発刊されたマーブロではおなじみのCLASSIC ROCK MAGAZINEの別冊「PROG ROCK」という雑誌。120r4a0716 この号に『PROGRESSIVE ROCK BEST30』というチャートが掲載されていた。
プログレ発祥の地であるイギリスのロック関係者が選ぶ「プログレッシブ・ロックの名盤30選」。
チラリと上位だけ紹介すると(以下、珍しくアルバム・タイトルは故意に邦題を採用します);
 
5位 : Brain Salad Surgery (恐怖の頭脳改革)/ Emerson, Lake & PalmerBss 4位 : Close To The Edge (危機)/ YesCte_2 3位 : In The Court Of The Crimson King (クリムゾン・キングの宮殿)/ King CrimsonCk2位 : Wish You Were Here (炎) / Pink FloydWywh1位 : Selling England By The Pound (月影の騎士)/ GenesisSebp …と、Geneisが1位に選ばれていた。
「ピーター、スティーブ、マイク、トニー、フィルというメンツがもっとも充実した時期に作られたアルバム」と評されている。
それ以前にこのシリーズの『British Rock Best 100』で1位に選ばれたLed Zeppeinnの『Ⅳ』みたいな感じですな。
どういう基準で選んだのかは書いていないのだが、これを見て思うのは、プログレの超名盤として誉れ高い『宮殿』や『狂気』が妄信的に1位に選ばれていないこと。
日本だったらまず、『炎』より『狂気』だろうし、Genesisが5位以内にはいるかどうかも疑わしい。
仮にGenesisがランク・インしたとしても、『月影』が選ばれることはないのではないか?『フォックストロット』か『ブロードウェイ』になるのでは?
このあたりがイギリスの現場の感覚が漂ってくるようで実に興味深い。
「イギリス、量り売りします」なんてタイトルからしてイギリス人の好みにピッタリなのかもしれない。
ちなみに「Firth of Fifth」というタイトルのはエジンバラにある湾の名前(Firth of Forth)ののモジり。
  
中学から高校にかけてYesだのELPだのKing Crimsonだのはホントによく聴いた。
当時、こうしたメイン・ストリームの中では、私はKing Crimsonが一番好きでGenesisが一番苦手だった。
ところが、プライベートでロックを聴くことがあまりなくなってしまった今、例外的によく聴いているバンドの最右翼がGenesisなんだよね。
『Trespass』から『…And The There Were Three』の辺りまではライブ盤も含めどれもよろこんで飽きずに聴ける。
不思議なモノだ。
 
お、ソロソロ1時…昼ゴハンの時間だ!
それでは!Img_0351 
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 後日譚 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
 
スティーブを観たのはこの時が2回目だった。
その前は2003年、昔の赤坂BLITZで開催され、ジョン・ポール・ジョーンズがヘッド・ライナーを務めた『Guitar Wars』というイベントだった。
この時、スティーブはやたらブルース・ハーモニカを吹いていた。
そして、この野音で初めてご挨拶をさせてもらった。
その時、下のMarshallのバッグをお土産に持って行ったところ、スティーヴは大変喜んでくれた。0r4a0724レポートした野音の3年後、2013年にGenesisの曲を上演する企画でスティーブがまた日本にやって来た。
下がその時の写真。
1987Xと1960Aのハーフ・スタックが2セット。
今度は彼の希望通り50Wでプレイすることができたワケ。
Img_0700この時、リハが終わったスティーブとバック・ステージの廊下で遭遇。
するとSteveが私の顔を見るなりナニも言わず、スッと自分の楽屋に入って、すぐにまた廊下に戻って来てくれた。
彼の手にはナント、3年前に野音の楽屋でプレゼントした上のMarshallのバッグが握られていた。
「コレ、本当に便利なんだよ。いつも使っているんだ。改めて礼を言うよ!」…と言ってくれた。
うれしかった。
バッグを大切に使ってくれているのはモチロンだが、私のことを明確に覚えていてくれたのがもっとうれしかった!
アナタね~、「Watcher of the Skies」や「The Musical Box」、「Supper's Ready」や「I Know What I Like」、「The Lamb Lies Down on Broadway」や「Dance on a Volcano」…キリがないな…のギターを弾いた人が目の前にいて、自分のことを知ってくれているんですよ!
こんな感動はそうないでしょう?
Img_0823この時も撮影の条件が厳しくてね~。
かなり苦労してシャッターを切った。
しかし、『ストレンジ・デイズ』の2013年9月号に掲載されているライブ・レポートが私が撮った写真で埋め尽くされていたのを見た瞬間、その苦労はすべて報われましたとさ。0r4a0719

200(一部敬称略 2010年8月22日 日比谷野外大音楽堂にて撮影)




2021年4月 9日 (金)

PROGRESSIVE ROCK FES 2010 IN TOKYO~四人囃子編

【Marshall Blog Archive】
<2010年9月30日、旧Marshall Blog初出>
 

人間、夏になりゃ冬の寒さを忘れて涼しい秋冬が恋しいし、冬になりゃ夏の暑さを忘れて暖かい春夏が待ち遠しくなる。
1年という時の流れは実によくできたサイズですな。
さて、もうすっかり秋になってしまったけど、マーブロはまだ夏のレポートが結構残っている。
今日は臨場感を高めるために室内の温度を思いっきり上げて記事をご覧くださいまし。
というのも、お送りするのは真夏の野音のレポート。
暑かった~。
それも先週レポートした横田基地のイベントの翌日でしてね、2日間続けて朝から晩まで汗のかきっぱなしヨ!
これだけ汗をかいてちっとも痩せないんだからイヤになっちゃう。
よく野外コンサートのレポート評で「暑さに負けない熱いライブが繰り広げられた」なんて惹句が用いられるが、そりゃウソだ。
コリャ何をどうしたって暑いわ。この暑さに勝てる道理がない。
それにしても、いくら真夏とはいえ昔の野音ってこんなに暑くはなかったと思うんだけどな…。
まだ楽屋が木造でサ。
もちろん昼間は、特に日向の席は4時ぐらいまで死ぬほど暑くて汗ダラダラなんだけど、夕方になるといい風が入って来て、それこそ「熱い演奏」を客席から心地よく眺めたものだ。
その時分になるとスッカリ出来上がっちゃった連中がゲロ吐いて客席の上の方の踊り場で倒れていたりしてね。
 
さて、四人囃子。
今日の舞台は『JAPAN PROGRESSIVE ROCK FESTIVAL 2010』。
いいネェ~。
先日のロンドンの『HIGH VOLTAGE FESTIVAL』といい、プレグレ来てるんじゃないの~?(筆者註:この時から11年間…まったく来なかった。それどころか「プログレッシブ・ロック」という音楽の定義がドンドン歪曲して来ているように思う)
出演はSteve Hackett Band、いまだに綴りが正確に覚えられないRenaissance(ルネッサンス)、そして我らが四人囃子。

Img_0006森園勝敏はマーシャルを使用。
メインは1959HW。
キャビネットは1960HWの上下だ。
アレレ?と思った方もいらっしゃるかもしれない。
そう、向かって右のヘッドはスペアとして用意されたJMD100だ。
実際に使用されることはなかったが、森さんほどの名手に1959HWのサブとして指名されたのだから完全にその実力が証明されたようなものだ。Img_0003会場は超満員!
ああ~、日向の席の人、夕方までガンバって!水分摂ってよ!

Img_0012いよいよ演奏が始まる。
出番はトップだ。Img_0013もうメンバーは全員有名すぎてご芳名を記す必要もありませんが…一応やっておこう。
ギターは森園勝敏。12img_0089キーボーズは坂下秀実。

Img_0023ベースは佐久間正英。

Img_0214ドラムスは岡井大二。
(筆者註:この頃はまだNATALではなかった。
と言うより、まだNATALが日本に入って来ていなかった。
大二さんは、この時から数年後、日本に入って来てすぐに使い始めて頂いた譜代中の譜代ナタラーなのです)Img_0109「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」でスタート。Img_0064んん~、このギターの音!タマラン!

Img_00861959のボリュームはかなり小さめでクリーンなサウンド。
曲に応じてペダルを用いて歪みを作る伝統的なスタイル。
なんだかんだ言ってもこの方式が一番シンプルで一番いい。
でも、このスタイルでいい音を出すには、基本となるアンプのクリーンの音がしっかりしていることが必要条件。
その点、1959なら安心。ギター、アンプ、エフェクト・ペダル、それぞれの特長をしっかりと活かしてくれる。
マーシャルのクリーンって最高だ!

もうマーブロでも何回も書いているような気もするが、実際のジミ・ヘンドリックスの演奏を2回見たウリ・ジョン・ロートが言っていたことを思い出す…「ジミのサウンドは最高にクリーンだった」と。

この森さんの音!美しいことこの上ない!ああ、これがストラトキャスターの音か!って思い知らされるようなプレイ。
ストラトとマーシャルのコンビネーションも素晴らしい!

Img_0162森さんはギターの音色だけでなく歌声も渋くてカッコいい!Img_0078_22曲目は「泳ぐなネッシー」。
名曲だ~。
もうとにかく『ゴールデン・ピクニックス』って途方もない名盤だよね。
自分の中の日本のロックの名盤で必ずカウントされる1枚。
そして、あの名盤を四人囃子の方々は20歳ソコソコでペロっと作っちゃった。
昔の人(失敬!)は本当に偉大だ。
もちろん『一触即発』も大好きだけど、『ゴールデン・ピクニックス』の方がよく聴いた。
よく日本のピンク・フロイドと形容される四人囃子だけど、私などはあの凝り方など『ゴールデン・ピクニックス』に10ccの『How Dare You?』とかトッドの『A Wizard, A True Star』辺りが被ってしまうんですがね…どうだろう?
なんと言うか、1枚のアルバムが途轍もなく高価な宝石箱のような…。Img_0206そして「カーニバルがやってくるぞ」が続く。
これも 『ゴールデン・ピクニックス』からの1曲。
このイントロっていつもどうアレンジされているのか気になっていて、以前『From The Vaults』に収録されている渋谷屋根裏の満さんのバージョンをコピーしてみた。
でも、森さんの演奏を目にすると、これまた違うのね。
間にシャンソンの有名曲「パリ野郎」を挟むなんざ素晴らしいアイデア!Img_0187最高の名手が最高の素材を料理する。
『一触即発』と『ゴールデン・ピクニックス』からの曲が常に演奏されるが、何回聴いてもまったく飽きることはない。
しかも、いつも何がしかの新しいアイデアが封入されていて毎回新鮮だ。
これは、長年の風雪に耐えられるだけの良質の素材、つまりそういう曲がなければ絶対にできないことだ。
フランク・ザッパが何十年にもわたって、ひとつの曲を何度も何度もし直して演奏していたのと同じ。実は四人囃子は1976年のフランク・ザッパの来日時、今はなき浅草の国際劇場でオープニング・アクトを務めている。

Img_0174

Img_0132

 

Img_0183_2

Img_0222_2 ココで「ヴィオレッタ」登場。
「レディ・ヴァイオレッタ」ではありません「レディ・ヴィオレッタ」が正しい。
ところでこのギターの音!う、美しすぎるッ!
だから1959は好きだよ。
この至高の名曲がマーシャルで奏でられるこの幸せ!涙でファインダーも霞むゼイ!
楽しそうに演奏するお2人。イヤイヤ暑すぎちゃってもう笑うしかないのかも?!

Img_0224

Img_0117サングラスのお2人はクール。

Img_0128

Img_0076続いては『一触即発』から「おまつり」。
後日森さんと演奏したROLLYさんもMCでおっしゃっていたが、本当にこの歌詞の世界はスゴイ。
もちろん曲もスゴイ!Img_0192佐久間さんのリコーダー。
曲はもちろん「なすのちゃわんやき」だ。
ああ、今、日本のどこかにこんな曲を演奏するバンドはないかしらん?「自分でやれ!」って?できません、できません!Img_0241〆は当然のごとく「一触即発」。
イントロが始まると大きな拍手もすぐに止み、観客のすべての目と耳がステージに集中する。
ココから12分間、「空が落ち、海がせり上がってくる」ほどのスペクタキュラーを期待しているのだ!この日、真ん中のEmのパートをEmとC7に往復で弾いていたのがとても印象的だった。Img_0272今日は四人囃子について書けてヨカッタ…。

Img_0279 
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大分手を入れたが、以上が11年前に投稿した記事。
基本的には進歩ゼンゼンなしだった。
寸分もブレることなく、ズ~っと同じことをしております。
2012年末に前のMarshall Blogが終わってからというものお見せすることができないでおりましたが、「スピン・オフ四人囃子」の記事に合わせて復活させました。
 
今回の復活に当たり、チョット追補します。
それはウチの『From the Vaults vol.2』について。
この時の野音の楽屋でメンバーの皆さんにサインを入れて頂いた。
表紙には大二さんと佐久間さん。120r4a0195裏面には坂下さん。120r4a0198内側には森さん。
『ゴールデン・ピクニックス』時代の四人囃子のメンバーのサイン。
実はウチには『vol.2』がもう1セットあって、そちらには大二さんのメッセージとサインが入っている。
双方家宝です。
しかし、このセットがリリースされてから11年経つのか!
驚いたな…つい昨日のことのようなのに…。
そういえば、『Vol.1』が出た時に何かの機会で西山毅さんとご一緒させて頂き、そのセットの話をしたことを思い出した。
確か「買おうかどうか迷ってる」と私が言うと、「そんなに好きなら買っちゃいなよ!」とプッシュしてくれたんだっけ…。
あの時から10年以上経って西山さんが四人囃子に参加するなんてことになろうとは夢にも思わなんだ。
長いこと生きていると色んなことがあります。
四人囃子の音楽よ、永遠なれ!
120r4a0199四人囃子の詳しい情報はコチラ⇒Yonin Bayashi official Web Site

 
これまたせっかくの機会なので、この後、同イベントに出演したスティーブ・ハケットのレポートも蔵出ししちゃいます。
 

200

(一部敬称略 2010年8月22日 日比谷野外大音楽堂にて撮影)