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2020年7月 9日 (木)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 48 ~ 国立コンピューティング博物館<その2:真空管まつり>

 

11_0r4a0294前回の記事で例を示したように、初期のコンピューターにとって真空管は必要不可欠な重要パーツだった。
私が子供の頃のテレビはスイッチを入れてから画像が出て来るまで何分もかかるのが普通だった。
スイッチを消すと長い間白い点がブラウン管の中央に残っていた。
そもそも白黒の番組が当たり前だったなんて信じられないよね。
カラーの番組が放送されるようになると、新聞のテレビ番組欄ではカラーの番組に「カラー」という印が付されるようになったが、その後、カラーの番組が主流になると、今度は反対に白黒の番組にボーリングのスペアのような記号が付けられてカラー番組ではないことを示すようになった。
最近は「テレビっ子」なんて言葉もメッキリ聞かなくなったね。
今はどうなんだろう?
「ユチュバっ子」か?
子供の頃は「どうして大人はニュースを見たがるんだろう?」と不思議に思ったが、何のこたぁない、今では報道番組以外に定期的に見る番組がほとんどなくなっちゃったな。
「激レアさん」ぐらいか?
関係ないけど、あのボードに書く太マジックの文字ね。
アレはあの司会の女性が書いているのだろか?
ものすごい達筆だと思わない?
アレを真似て太いマジックを使ってみても、絶対にああはならない。
 
…ということで、真空管。
「国立コンピューティング博物館」の片隅にこんな展示を見つけた。
 
熱電子管
コレは国立コンピューティング博物館の会員が様々な電気機器から取り外して集めたコレクションの期間限定の展示です。
トランジスターやシリコン・チップスが出現する以前、真空管はアンプ、オシレーター、また国産のラジオやレコード・プレイヤーやテレビにも使われていた標準的な電気パーツだったのです」
 
わかってる、わかってる。
今、私は真空管なしでは成り立たない仕事に就いているけど、この日、向こう数年間分の真空管を見た気になったわ。

11_0r4a0239そして、ココのコーナーをジックリ見ていたのは私だけだった。

11_0r4a0234アレ…見覚えのあるKT66。
Vintage ModernかASTORIAから引っこ抜いて来たんじゃないの?

30特に解説もなかったので、お好きな人は写真だけ見て楽しんで下さいまし。

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80私は真空管のマニアではまったくないけれど、人間が古いせいかこのデザインにすごく惹かれるよね。

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130レトロなハコのデザインがまたいいんだよね~。
90こんな基板の類もゾロゾロと展示してあった。

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11_0r4a0253イギリスFerranti(フェランティ)社のArgus 400。
工業用コンピューターで、元々は軍用に設計されたモノ。

11_0r4a0254コレもスゴイな。
前回やったEDSACの一部。160おお~、こんなモノも!
昔のコンピューター、計算尺。
コレってスゴいよね。
高校の数学の授業で使い方を教わって感動した。
もちろん今では使い方なんてナニも覚えていないけど…。
180気になって調べてみた。
英語の呼び名は「Slide rule」。
ナンダナンダ、コレもイギリス人の発明だってよ!
1622年、ウィリアム・オートレッドというバッキンガムシャーの人。
バッキンガムシャーはMarshallの本社やココがあるところと同じ行政区。

昔、Yesの曲の複雑さを表現するのに「彼らは計算尺を使って作曲している」なんてことが使われていたけど、そんなワケはない。
今なら「コンピューターを使って作曲している」という感じか?…イヤイヤ、本当にそうなっちゃってるじゃん!

190さて、ココからが本番!
シリーズの最後を飾る一大ロマン!
ブレッチリ―・パークの記事で、アラン・チューリングが「ボンベ」という機械を作り、エニグマ暗号の解読を容易にした…ということを述べたが、それもつかの間、ブレッチリ―・パークのスタッフはドイツ軍が発信する暗号に再び頭を抱え込むことになった。
ドイツ軍がエニグマ暗号より強力な暗号を使い出したのだ。
その暗号を作っていたのがこの「Lorentz SZ42(ロレンツ)」。
どうよ、悪そうな顔をしてるでしょ?
ギザギザが何ともズル賢そうな感じだ。
現存するロレンツの数は極めて少なく、超激レア。
コレはノルウェイの軍隊から長期間にわたって博物館が借り受けているモノだそうだ。

200ロレンツで作られた暗号文はこのテレプリンターで発信された。
このテレプリンターの値段は£10(今の為替レートで1,400円ぐらい)。
博物館の職員がebayで見つけ、専用ケース付きでこの値段で手に入れた。
元の持ち主はコレが何のための機械か皆目見当がつかず、70年もの間ほったらかしにされていてボロボロの状態になっていた。
その後、買い取った博物館のスタッフが綿密な分解掃除を施してこの状態に戻したそうです。
210で、ロレンツはヒトラーと将軍たちの通信専用に使用された暗号機だった。
ローターがついているところあたりはエニグマ機と似ているが、実際に仕組みも似通っていた。
しかし、その複雑さはエニグマの比ではなかったそうだ。
11_0r4a0271しかし、ブレッチリ―・パークのジョン・ティルトマンとビル・タットという2人がロレンツ暗号の解読に道筋をつけ、ヒトラーのメッセージを読むことに成功した。
しかし、ロレンツはあまりに強力で、ボンベが持つ能力では太刀打ちできず、人力で解読に努めたが、どうにも時間がかかってしまいラチが開かなくなってしまった。
11_0r4a0273しかし、マックス・ニューマンという人がチューリング・ボンべの概念を継承しつつ、ロレンツに対抗するプログラム可能なコンピューターの設計図を描き上げた。
当初、技術的に実現不可能と一旦はその設計図が棚上げになったが、トミー・フラワーズという人が10ヶ月の時間をかけてとうとうそのコンピューターを作り上げた。

11_0r4a0272_2 そのコンピューターがコレ。
デカッ!
名前は「Colossus(コロッサス)」。230「コロッサス」なんて聴くと、もうすぐに頭の中はコレになっちゃうんだけど、「colossus」というのは「巨像」とか「巨人」という意味。Sc使用されている真空管の数は1,500本。
ボンベとは比べ物にならない処理速度を誇っていたが、コロッサスの重要性は処理能力ではなくて、プログラミングが可能であることだった。
プログラミング能力を擁していないとロレンツの複雑な暗号に対応ができなかったというワケ。
「必要は発明の母」だったのね。
そして、その「プログラミング可能」という能力こそが「コンピューター」を意味するのだそうです。
例によってこの展示品もレプリカです。

2401996年に「His Royal Highness the Duke of Kent(ケント公爵エドワード王子)」がココへ来てコロッサスのレプリカの点灯式を行った。
エドワード王子は、エリザベス女王のお父さんのジョージ6世の弟のジョージ(ややこしいんじゃい!)の息子つまりエリザベス女王のイトコ。
やはりアタマが薄いというか、もうツルツルなのさ。
人のことは言えんが、ウインザーさんの家系の男子チームは髪の毛が気の毒だネェ。235ボンべ同様、終戦直後にチャーチルの命にしたがってコロッサスは設計図はもちろんのこと、本体も手のひらより小さなサイズに砕かれてこの世から消えてしまい、「世界初のコンピューター」の栄誉はトミー・フラワーズではなく、他の科学者のモノになってしまった。
260一方、1945年、ペンシルヴァニア大の研究者が18,000個の真空管を使用した「ENIAC」というコンピューターを開発。
それがその後何十年にもわたって「コンピューターの母」と言われるようになってしまった。
コロッサスを作り上げたフラワーズが、自分の栄誉を逃したことを悔しがって「あのブルドッグめ!」と言ったかどうかは知らない。
いずれにしても、20世紀後半の暗号の発展に道筋をつけ、現在のコンピューターの源になったのがこのコロッサスだった。270時間も比較的遅かったので、お客さんが極端に少ない中、目を引いたのはこの家族。
何だか知らないが、ココの家族はお母さんがやたらと積極的で、係りの人に矢継ぎ早に質問を浴びせかけていた。
係りの人もヒマなのか、それらの質問に嬉々として受け答えているように見えた。
お父さんは「いいぞ、カアちゃん!」と思っていたのだろう、そのシーンをスマホで撮影していた。
250また真空管のディスプレイ。

11_0r4a0294_2今度は真空管2,400本だ~!
320コロッサスのマークII。
325マークIの5倍の速度で仕事ができるそうだ。

310vこの真ん中のデカいヤツも「BY1144L」という三極管。
「PF Power Triode」というタイプで57kgもあるんだって。
一方、右側の小さいヤツは「EF36」という五極管で実際にMKIIに使用されているモノ。

11_0r4a0304しかし、実物も設計図も全くなかったのに一体どうやって復元したのか?
コロッサスMKIIに関して言うと、当時の技術者の膨大な量のノートが主にアメリカに現存していたのだそうだ。
不明の箇所もあったが、元々の設計者が生きていて再現した。
MKIIの組み立てはこの博物館で行われた。
330パソコンのコーナー。360結局はコレか。

370若い人たちがビンテージ・ゲームに夢中になっていた。

380後はジャンク品の展示コーナー。

390イヤ、「ジャンク品」なんて言ったらきっとバチが当たるようなレア・アイテムなんだろうね。
でも私には秋葉原の裏通りにしか見えなかった。

400ココもなんだかんだでオモシロかった~。
地元の人も、ブレッチリ―・パークには行ってもココには来ないらしいので、貴重な体験をしたわ。
さぁ、ホテルへ帰ろう。

405またブレッチリ―の駅まで戻って来た。

11_img_0668_2 駅前を通り抜けて…Img_0671 階段を下りたら左に曲がって電車の高架をくぐる。

Img_0673 そこにあるのがこの「THE PARK」というパブ。
ノドが乾いたのでココでエールを飲むことに…。
そしたらラガーしかないというので、アタマに来てテーブルをひっくり返して店を出て来た(ウソですよ~)。

420せっかくだからブレッチリ―の町をブラブラしておこう。

430ココにもGREGGSができたのか…。
残念ながら休み。
イヤ、この日は日曜日だったので空いている店は1軒もなし。

440恒例の「VOONG'S」詣で。

450ジムのお気に入りの中華料理店で、まだジムがいる頃はMarshallで会議があると1回はココで会食をするのが習わしだった。
ベトナム人が経営していて、我々が日本では経験でき得ないタイプの独特なお味の中華料理を出してくれた。460最近はメッキリ来なくなったので、なつかしいわ。
18年前に初めてMarshallの工場を訪れた時、ジムを除く重役とココに来て昼食をご馳走になった。
あの突き当たりとその手前のテーブルに座ったのをよく覚えている。
メッチャ緊張した。
私もまだまだ若かったからね。
その場で初めてお会いした方もいらしたので、一応自己紹介をした。
名前を言って、「1962年の生まれです」と振っておいてから、「Call me Bluesbreaker!」と言ったらドッカ~ンと受け…るハズだったんだけど、そこにいた人たち全員ポカーンとしてた。
私を含めて全部で6人だったかな?
もう今では私しか残っていない。470スーパーの入り口。
休みとはいえ汚いネェ。
日本の街の清潔さは素晴らしい。Img_0685 人っ子ひとり歩いていないし、たまに見かける若いヤツはいかにも物騒で、一度目を合わせたら後がないな…という感じだったので足早にこの場を去った。480あとはトコトコと歩いてホテルに帰るだけ。
ブレッチリ―・パークに行く時は雨に遭ったけど、結局天気のいい一日だった。

Img_0686 この高架の横に迂回路があってホントはそっちを歩かなきゃいけないんだけど、構わずまっすぐ進む。

490「THE ENIGMA TAVERN」…昔から「enigma」という言葉の意味は知っていたけど、暗号に関わる事だけは知らなんだ。
そして、今、こんなに興味を持つようになるなんて想像したことすらなかった。
いつか入ってみよう。

11_img_0584Marshallまで帰って来た。
誰かまだ残ってるな。

Img_0688 24時間オープンのASDAも日曜日の午後はお休みだ。
カートは外に置きっぱなし。500イギリスのATMってロンドンの街中でもそうなんだけど、平気でこうやって外に置いてあるんだよな。
CCTVが発達しているとはいえ、大丈夫かしら?といつも心配になっちゃう。
それに雨風にさらされて機械がダメにならないかね?510帰って来た~!
520Marshallアリーナは今度は『UKタトゥー・フェスト』だって!515まずはホテルのバーでエールを1パイント。

530今日はASDAがお休みなので買い食いも出来ないからホテルの横のレストラン街へ。
工場の周りも便利になったもんだ。
昔はホントに何にもなかったのよ。
コレはホテルの中にあるレストランの看板。
2週間チョット前に、Marshallのアジア・チーム(香港、ベトナム、日本)とD_Driveで会食をしたのがもう何年も前のことのようだ。Img_0696この日はチキンにした。
滅多にはいらないけど、実は「Nando's」好きなんどす。

540こんな感じの日曜日のディナーとなりましたとさ。
…ということでMarshall CODEにちなんだ「ブレッチリ―・パーク」の特集おしまい~!
 
まだまだこの時の旅のレポート・ネタが残っているのでお好きな人はどうぞお楽しみに!
ナニせライブがないもんだからサ、仕方ないでしょ!

550そして、近々CODEに関する新しいシリーズを始めますので乞うご期待!
現在、楽しみながら内容を制作中!

12code25

200

(2019年6月16日 イギリス バッキンガムシャー ブレッチリ―・パークにて撮影)