【姉妹ブログ】
【Marshall Official Web Site】
Marshall Blogに掲載されている写真並びに記事の転載・転用はご遠慮ください。

Marshall Chronicle Feed

2019年8月 6日 (火)

Fury of Fear 西村守のSTUDIOシリーズ・デモンストレーション <STUDIO VINTAGE編>

  
前回に引き続いてFury of Fear 西村守によるSTUDIOシリーズのデモンストレーション。

0r4a0107今回は1965年に誕生し世界中で数えきれない名演、名盤を作りだしてきた100Wヘッド、1959をパワー・リダクトしたSTUDIO VINTAGEシリーズ。
ホラ、守くんの愛器が「早くSTUDIOで弾いてくれ~!」って言ってるよ…知らんけど。

0r4a0077 

<SV20H+SV212>
今回もSCの時と同じ手順で進めるよ。
まずは20WのヘッドSV20Cと…

420_22x12"スピーカー・キャビネットのSV212

530では、守くん、張り切ってどうぞ!

Marshall(以下:「M」)今度は1959ベースのSTUDIO VINTAGE。どうだった?まもちゃんは普段は1959だもんね。
通常の1959に比べてどうですか?
西村守(以下:「N」、文中は「まもちゃん」):はい。1959を弾くのってある意味「恐ろしい部分」があったりするんですけど、その時の緊張感が受け継がれていますね。
M:ハハハ!そんな物騒な!凶器じゃないんだから。
STUDIO CLASSICと比べるとどう?
N:やっぱりビンテージ感が強いし、音のレスポンスが速さが1959っぽいと思います。
それとハイの出方も1959っぽいし、EQがSCほど効かないのも1959っぽい!っていうか、EQなんかイジらなくてももう1959っぽいいい音がしてるんです!
M:やっぱり気に入ったか…。
N:ハイ!もうギターをつないで音を出した瞬間にその緊張感とビンテージ感が出るんですよ。
M:アレ?コレEQってほとんど全部ゼロじゃん?
N:ストラトでノーマルHIGH(INPUTの向かって左上)につなぐとハイがどうしてもキツすぎるので、1959の時もTREBLEとPRESENCEはゼロにしています。

0r4a0079 でも、コレ、全然違和感のない音ですよね。
M:まったく問題ない。
今はバッキングの音量に合わせて弾いてもらうためにアンプのボリュームを下げてブースターをつないで弾いてもらいました。
その前に、アンプ直で思いっきりボリュームを上げて試してもらったワケですたが、アレはいかがでした?
N:イヤ~、もう「コレがMarshall!」っていう音でしたよね。音の張りや圧力、適度な自然の歪み…そのままではシュレッド向きではありませんが、「極上のクランチ」とはあのことですよね。
アレが1959のいいところで、やっぱり音量を上げてこそ…ではないでしょうか?
音量を上げて得られる自然なゲインこそが最高のサウンドです。
繰り返しになりますが、レスポンスの速さが尋常ではない!

0r4a0057M:ルックスはどう?あんまり気にしない?
N:カッコいいですよ~!ボクは1959のルックスがMarshallの中で一番好きなんです。
M:キャビネットはスピーカーがさっきのSC212と同じなんですが、ヘッドが変わったことによってどんな変化があったと思う?
N:レスポンスが速くなったように感じました。言い換えるとヘッドの違いが忠実に出たという感じかな?
 
<スタンバイ・スイッチをLOWに変える>
SV20Hでもパワー・リダクションの様子を見てみよう!

470_2ではお願いします。
途中でスタンバイ・スイッチをLOWにするよ!

M:こっちのパワー・リダクションの様子はどう?
N:ボクはLOWの方が弾きやすいです。
M:あ、そう。
N:コレってパワーを切り替えてもゲインが下がらないんですよね。
M:収録音の波形の入力の幅をを見ていると3/5ぐらいになってるんよ。
「弾きやすい」ってどういう風に弾きやすくなるんですか?
N:音は小さくなってもゲインはそのままで…うまく言えないんですけど、ちょっとコンプがかった感じがして弾きやすい。
音の張りが抑えられるというか、トゲの部分がチョット引っ込むというか…とにかく弾きやすくなります。
でも、やっぱりあの直でつないで音量を上げたサウンドが一番ですね。
もしボクがシュレッドをやっていなかったら間違いなくあの音を使います。
M:コリャ、マズイことしちゃったかな?
 
<SV20H+SV112>
今度はキャビネットを換える。
ヘッドはそのままSV20Hで…

420_3スピーカー・キャビネットは1x12"のSV112というコンビネーション。

500_2Take it away, Mamoru!

N:ボクはコレが一番好きですね。
M:あ、そうなの?
N:はい。1959の良さがすごく出ていると思うんです。
キャビが1x12”になったせいかどうかはわからないんですが、音のレンジがチョットせまくなって、中域に張りがでてくる感じが「まさに!」って感じです。
で、ストラトキャスターとの相性がバッチリ。
M:アンプの出力とキャビネットの入力の関係があって、1959を何かのスピーカー1発入りのキャビネットで弾くことって普通ないもんね。

0r4a0064N:そうですよね。スピーカー1発キャビネットで1959系のモノを弾くのって初めてです。
M:そうだよね~。2発キャビはあるけどね。
N:それなのに1959っぽいサウンドが出ているのがすごく不思議な感じがします。
ボクはGreenbackを乗せた1936(2x12”キャビネット)も持っているんですけど、それに近い感じはします。
M:なるほど。
N:それとストラトキャスターとの相性ですよね。2x12”より暴れないし、ハイのヌケもいい意味で落ち着いているのでもうベスト・マッチだと思います。
M:スッカリお気に入りですな?
N:はい!もうこのまま家に置いておきたいです!
 

<SV20C>
それでは今回のトリ!
1x10"コンボのSV20C

340_2さっきのSCではコンボはシュレッダーには不向きという意見もあったけど、1959系の20Wコンボではどうかな?

N:ウワ~!コ~レはホントに1959を小さくしてコンボにした感じがしますね。
ボクの人生で一番いいコンボだと思います。
M:コレがホントの「まもちゃん号泣」?…ナンチャッテ。
N:イエほんと!張りがあって、サイズが小さくなったからか、音に粘りがあるんです。
もう「極上のコンボ」ですよ!
ミドルもあって、やっぱりストラトキャスターとの相性がすごくいいです。
音量も大きいですね!
M:SCの時の「スタックとコンボの差」と比べてコチラはどうですか?スタックとコンボの共通項が多いような…。
N:そうなんです!SCのコンボみたいに筐体全体がギンギンに鳴っている感じがしません。
なんか余裕を感じさせます。「スタック感」があるって言ったら変かな?
M:だったらスタックを使った方がいいんじゃないの?
N:(爆笑)でも、スタックに引けを取らないと思いますよ。

0r4a0086M:でも反対にスタックではこのサウンドは出せない。
N:粘り気ですよね。だから、本当にスタックとコンボのいいトコ取りしていると思います。
とにかくメチャクチャいいです!
M:アレ?チョット待って!それじゃ今日はコレが優勝?
N:ハイ、優勝です!さっきのSV20HSV112の組み合わせが絶対一番だと思っていたんですけど…コンボは粘りがあるから。
M:「粘り勝ち」かよ!
N:(爆笑)ボク、コンボは好きじゃなかったんですけど…今、すごく好きになりました。
M:持ち運びもラクだもんね…時代は変わるもんね。
でも、こうして形は変わってもロック・ギターのサウンドを作った1959や2203のサウンドが時代を超えて受け継がれているというのはとても良いことだし、Marshallにしかできないことだと思うんだよね。
N:Marshallならではですよね!
M:やっぱりコピーと違って、何事もオリジナルっていうのは計り知れないパワーを持っているもんだよね。
N:まったく。

0r4a0100_3 
<最後に(事務連絡)>

記事内で「1959系」とか「2203系」という表現を使っているけど、「系」とわざわざ付けているのは、STUDIO CLASSICやSTUDIO VINTAGEは1959でもなければ2203でもないから。
それでは、ナニが1959を1959たらしめているのかというと…
◎100ワット
◎マスター・ボリュームなし
◎4インプット
この3つの仕様が揃っていないモデルは見た目が似ていても「1959」と呼ぶことはできないし、反対にこれらの条件を満たしていれば赤かろうが、白かろうが、形が三角だろうが、丸だろうが「1959」を名乗る権利を持っている。
コレがMarshallが定めた「1959」というモデルの定義。

121959同様に2203の仕様は…
◎100ワット
◎マスター・ボリュームあり
◎2インプット
ということになる。
 
このあたりのことに興味がある人はコチラをどうぞ⇒フィル・ウェルズ・インタビュー~その3

122203守くん、どうもありがとうございました!
来る8月10日、Fury of Fearは『VILLAGE WEST! VOYAGE EAST!』というイベントに出演する。
コレは札幌か。
いいな~、涼しくて…と言いたいところだけど、最近の北海道の夏はヘタすりゃ東京より暑いもんね。
気をつけて行って来てね!
優也くんによろしく!
会ったらSTUDIOシリーズのことを話してあげて!彼も絶対好きなハズだから。
 
西村守の詳しい情報はコチラ⇒Fury of Fear official webite

12190810 <編集後記>
イヤ~、思い立ってやってみたのはいいけど、この2本の記事を作るのは並大抵のことじゃなかったですわ!
収録した音源のチェックはまもちゃんに納得のいくように任せたけど、他は全部ひとりでやっているので普段の記事の何倍もの時間がかかるのです。
でもオモシロかった。
評判が悪くなければまたやってみたいと思っています。
  

200 
(一部敬称略 2019年7月都内某スタジオにて撮影)

2019年8月 5日 (月)

Fury of Fear 西村守のSTUDIOシリーズ・デモンストレーション <STUDIO CLASSIC編>

 
ハイ、今日は時代遅れの新企画。
Marshall Blogも全面的に動画を導入してみました~!ジャコジョ~ン(←A)!
 
まぁ~、最近はなんでもかんでも動画じゃない?
何しろCDを作るよりMVを作る方が先決だっていうんだからね~。
「シゲさん、CDなんかアトアト!後でいいんスよ!まずは動画を作らないと!」…ジャラ~ン(←E7b9)
大分前、ウチに来る若いミュージシャンからそんな話を聞いた時は仰天したけど、今は平気。
今時の若い人たちはテレビも見ないし、雑誌や本も読まない、免許も要らない、選挙も行かない…YouTubeさえあればいいっていうんでしょ?
そりじゃいきなりCD作ったって誰も注目なんかしてくれないわな。
どうせビデオでも作ってYouTubeで宣伝しなきゃならないなら、最初からMVを作った方が手っ取り早いもんね。
でも、そんな状態で音楽を聴いてもらったところでどうすんの?…って感じもするけどね。
「音楽」と「動画」は違うモノだもん。コレもアニメの影響なんだろうね。音楽がオマケになっちゃってる。
でも先日、Marshall GALA2の紙芝居動画を作ったでしょ?
なるほど、ああいう動画の使い方はとっても便利だということはわかった。
 
でも今日はアレとは違う使い方。
何かMarshall Blogと動画を自然にからませるやり方はないもんかと考えていて、思いついた。
それは「動くカタログ」、ジャンジャーン(←G7b5⇒CM7)。
商品の魅力をアッピールする際に説明やインタビューだけより効果的なのはわかりきっているので、デモンストレーション動画を文章の間に入れてみた。
商品のデモ動画ってそう長い時間は見ていられないでしょう?
私なんかすぐに飽きちゃうもんね。絶対にみんなも飛ばし飛ばし見ているハズ。
そこでシンプルで短いデモンストレーション動画をいくつも作って、文章と合わせて読むと絵本を見ているような…そんな感覚になるような記事を目指してみた。
それだけのことなんだけど、「動画の間に文章を入れた」つもりではないことをわかってチョーダイ。
  
記念すべき本企画の最初の「犠牲者」…じゃない、記念すべき「第1回目のデモンストレーター」に任命させて頂いたのはFury of Fearの西村守。
守くんは日頃からイングヴェイ・スタイルのヘヴィメタルの復興と伝承に並々ならぬ熱意を注いでいる若きシュレッダーだ。
コピーではなく、あくまでFury of Fearのオリジナル曲で臨んでいるところが何ともうれしくも頼もしい。
そんな守くんがこのデモンストレーションのために短い曲を4つ書き下ろしてくれて、その中からSTUDIO各モデルのイメージに合った曲でデモ演奏をしてくれた。
まもちゃん、ありがとう!

0r4a0107さて、STUDIOシリーズ。
いつも書いているけどありがたいことに世界中で大ヒットしているようだ。
5月の終わりにMarshallの工場に行って来たけど、もうSTUDIOシリーズばっかりガンガン作っていた。
やっぱりみんなホンモノの真空管が作り出すギター・サウンドがいいのね?
そうにキマってる。
「似ている」とか「ソックリ」というのは「違う」と言明しているのと同じだからね。550vがSTUDIOファミリー。
1959、2203、Silver Jubilee2555をそれぞれ20W(5W)にパワー・リダクトしたSTUDIO VINTAGE、STUDIO CLASSIC、そしてSTUDIO JUBILEE。
守くんにはこの中から2203系のCLASSICと1959系のVINTAGEのヘッド、キャビネット、コンボをそれぞれデモンストレートしてもらった。
 
※STUDIOシリーズの概念を表現する時に、今まで「ダウンサイジング」という言葉を使っていたけどヤメた。Marshallがそんな言葉を使っていないから。Marshallは「Power reduction」としているので、Marshall Blogはコレからこの表現を使うことにします。(「reduction」は「削減」とか「縮小」とかいう意味ね)
へへへ、うるさいでしょう?細かいでしょう?でもMarshigeとしては、こういうことが大事だと思っているのですわ。

50_3今日はSTUDIO CLASSIC編。
 
<SC20H+SC212>
まずは20WヘッドのSC20Hと…

1802x12"スピーカー・キャビネットのSC212

321では守くん、お願いします!


Marshall(以下:「M」)どうだった?
西村守(以下:「N」、文中は「まもちゃん」):ハイ、感触的には…弾いた瞬間に「あ、コレはいいアンプだ!」と思いました。もうホントにいい!
M:まぁ、まもちゃんみたいなタイプだったらまずはそう来ると思ったよ!
N:(笑)「JCM800感」云々というより、とにかく弾きやすいアンプだと思います。
M:「2203のパワー・リダクト」という触れ込みになっていますが、ホンモノの2203に比べてどう思う?
N:シッカリと歪むんですけど、2203みたいなザラつき感がないと感じました。
ですから、コレはJCM800に似ているとか、似ていないとか、そんなことは全く関係なしに「このモデル」としてシッカリ使える「いいアンプ」です。

0r4a0021 M:EQはどんな感触?
N:EQの効きも2203に比べるとすごく敏感ですね。
そういう意味ではまるっきり『新しいモデル』として捉えても差し支えない。
M:なるほど。スピーカー・キャビネットはどうですか?まもちゃんはつも4x12”の1960を使ってるよね?
今弾いてもらったモデルは12インチのスピーカーがタテに2発入ってる。
N:ん~、1960と比べても何ら遜色ないと思います。ナンのストレスもなく弾けました。
M:スピーカーの種類も1960とは違うんだけど…。
N:ココでこうして弾いている分には何の違和感もなかったです。音圧も十分にあるし、「1960が大きすぎる」なんていう人にはピッタリなんじゃないでしょうか。
M:今の曲については?
N:ん~、特にないんですが、速いテンポの曲よりも、しっかりリズムがある曲にしたいと思ったんです。
 
<スタンバイ・スイッチをLOWにする>
STUDIOシリーズのスタンバイ・スイッチはパワー・リダクション・スイッチを兼ねていて、HIGHで20W、LOWにすると5Wの出力になる…だいたいよ。音の大きさがこのスイッチでカッキリ1/4になるなんてことは期待しちゃイヤ。
それを守くんが見せてくれるから。

240_2はい、守くん、途中でスタンバイ・スイッチをLOWに変えてくださいね。

…とまぁ。こういう感じ。
ご覧になった方は「そんなに小さくなりませんな…」と思うかもしれない。
そう、ビックリするほどは小さくなりはしないが、この差が宅録の時なんかに大変有効なのだそうだ。守くんの感想は次回の<STUDIO VINTAGE編>
 
<SC20H+SC112>
今度はヘッドはSC20Hのままで…

180_2スピーカー・キャビネットを1x12"のSC112と組み合わせる。

280_2守くん、お願いします!


M:今度はヘッドはそのままでキャビネットが1x12”になりました。
N:音圧的な違いはありますが、ヘッドのキャラクターが出るような感じがしましたね。
ヘッドのいい部分が目立つっていうのかな…音圧にゴマかされずにヘッドの特長がストレートに出ている感じ。
M:好みとしてはどう?
N:ボクはこの1x12”の方がいいですね。
M:オープンバック(SV112)とクローズドバック(SV212)の違いで気になるところはあった?
N:オープンとクローズの違いから来るものなのかどうかはわかりませんが、このSV112の方が音に空気がたくさん含まれているイメージがあるんです。
音の膨らみ方っていうのかな?
M:三宅さんの「ミルフィーユ」みたいなことを言うね~。

0r4a0005 N:ハハハ!ホントですか?
M:さては読んだな~?
N:え、読んでないですよ!
M:コラァァァ!Marshall Blogは毎日読みなさい!
N:あ、読んでます!
M:ウソつけ~!(2人とも爆笑)で、「空気」がなんだって?
N:あの、2x12”の方はバリ~ンって音が速いんです。
反対に1x12“は速くはないんですが空気を含んでいる感じがして、その分音が丸い。
M:どっちが好き?
N:ボクは1x12”が好きかな?
M:『速い』というのはレスポンスのこと?
N:そうです。2x12”の方がレスポンスは速いと思います。かといって1x12”が遅いとかいうことはゼンゼンないんですよ!十分に速いです。
M:まもちゃんは尊敬するギタリストの影響が強いせいか必ずストラトキャスターだよね。
N:ハイ。
M::そして、まもちゃんだけでなく、もう世界中の人がMarshallとストラトキャスターを組み合わせて弾いているじゃない?
もちろん人それぞれ好みがあるのはわかっているけど、今「Marshallとストラトキャスター」のコンビネーションということを考えた時、この2つのキャビネットのどちらが魅力的だと思う?
N:はい。もう大好きな組み合わせです。
ボクが思うには、ストラトキャスターは基本的にサウンドがトレブリーなので、空気を含んでいる丸いサウンドのキャビネットの方がいいと思いますのでSC112ですね。
ミッドがシッカリしているハムバッキングのギターなんかですと、レスポンスの速さもあってSC212の方が向いていると思います。
それと、「ストラトキャスター」ということで言うと、2203との相性はそんなにいいとはボクは思っていないんです。両方ともジャリジャリしますので。
そこへ行くとこのSC20Hはそのジャリジャリ感が薄いので、ストラトキャスターとの相性がものすごくいいと思います。
ですから、ボク、このSV20H…すごく好きです。
 
<SC20C>
最後に1x10"コンボのSC20Cを弾いてもらった。

70下に降ろして…と。
Mamoru, you're on!

M:今度はコンボです。
N:ん~、ボクはチョット難しかったです~。
M:フーム、『難しい』…それでどこをどう処理しましたか?
N:GAINが強い感じがしたんですね。
M:曲によるところも大きかったんじゃない?
N:そうですね。あとEQの効き方がヘッドと違うように感じました。
なので、ヘッドではMIDDLEを6~7にしていたのを4に下げました。
3だったTREBLEはゼロ。BASSはヘッドと同じで3です。
M:ずいぶん控えめなのね?
N:はい。でも、もうアンプ全体が鳴っている感じで…。割と音が暴れるので弾くのが難しかったです。
でも、音量的には調節しやすいので、そういう意味では使いやすいかも知れません。

0r4a0020M:ま、今日いきなり曲に合わせて弾いてもらったからね~。三宅さんなんかはコンボになるとBASSをイジるっておっしゃってた。
N:ボクはMIDDLEですね。MIDDLEの効き方がすごく違うのでビックリしました。
M:やっぱり同じアンプ、同じギターのモデルでもスタイルが違うと音の作り方がゼンゼン違うからおもしろいね。
N:今の曲も結構弾きまくり系でしたので、弾きやすくするために少しGAINを上げたんですね。そういう調整はすごくしやすいです。
M:まもちゃんみたいなシュレッダー・タイプのギタリストでコンボ・アンプを使っている人っている?
N:ボクは見たことがないナァ。
M:え、ゼロ?全くいないかな?
N:はい、全く見たことがないですよ!(2人とも大爆笑)
M:じゃ、シュレッダーのまもちゃんが今コンボを弾いてみて「だからコンボはな~」みたいに敬遠したくなる部分ってある?
N:ホントにこの箱全体がものすごく鳴りますでしょ?すると音が濁るんです。
M:濁る?
N:「濁る」という表現ではないかもしれませんが、スタックの方が音がクリアなんです。それとさっきみたいにスタックはレスポンスが速いのでシュレッドに向いているんです。
M:私もコンボ・アンプでシュレッドしている人は思い浮かばないけど…じゃ、シュレッダーの皆さんが「いつもスタックを使っているけど、コンボを使ってみるとすごくいいな…」なんてことはあり得ないワケね?
N:ん~、実際にステージでやってみたらまた違うのかな?
M:やってみる?
 
西村守の詳しい情報はコチラ⇒Fury of Fear official webite

0r4a0040<STUDIO VINTAGE編>につづく
 

200
(一部敬称略 2019年7月都内某スタジオにて撮影)

2019年7月18日 (木)

Marshall工場見学 2019 <後編>

 

27nb
 イヤ~、コレには驚いたよ。
話には聞いていたけど、事務所の中がスッカリ変わってしまった。
下の写真はレセプションからあのアン王女のスタックの前を右に曲がって階段を上り、事務所に入ってすぐのところ。
4年前まではこのガラスの部屋はなくて、経理のセクションが陣取っていた。
その昔はデリバリーの女性が忙しそうに電話の対応をしていた。そういえば電話があまりにも多いのと、両手を自由にして端末機を操作するためにヘッドセットを装着していたナァ。
今はこのガラスの部屋の中で、そのデリバリーとか、輸出だとか、購買だとか、営業関係の事務仕事をしている。

280あ~あ~、ココも。
建屋の中ほどにできた会議室。
この辺りにはかつてナニがあったかな~…もう忘れちゃった。
Marshall Liveの前日、ひと通りやることを済ませたD_Driveとココで昼食を摂った。
「昼食」と言っても、私のリクエストで近くのGREGGSへ買い出しに行っただけなのだが…。

290ドワ~!
パスティ屋さんのGREGGS、改装中でお休み~!とガッカリしたのは1日目の話。
この数日後、すぐに営業を再開してD_Driveのみんなと買い物をして会議室に戻って昼食にした。
GREGGSが近くにできたのはうれしかったな。
この後、Marshall BlogかShige Blogのどこかの回に出て来るけど、コレで「PRET A MANGER(プレタマンジェ)」が出来れば言うことなし。

300以前にも紹介したことがあったけど、GREGGSはイギリス全土に2,000に及ぶ店舗を展開するパスティのチェーン店。
1939年にニューキャッスルで開業しているというからかなりの老舗。
スキなんですよ。
安くておいしい。
パスティだけでなくて甘いモノもイケる。
そして、一番うれしいのは商品が「温かい」ということ。
「食べ物がマズイ」と日本人はよくイギリスのことを嗤うけど、そんなことはゼンゼンない。
値段を安くするために化学調味料を山ほど突っ込んで強引にウマ味を引き出す日本の食べ物よりはるかに美味しいし、安全だ。
ファストフード店までオーガニックを推進している。
「マズイ」というよりも「質素すぎる」って言うのかな?
質素はいいんだけど、私なんかにしてみると、「チョット温めてくれればグッとおいしくなるのに…」と思わせるモノは確かに多い。
温かくてもポーリッジのように、感覚的に受け付けにくい「味」というのもあるけど、ま、それはお国が違えば当然のこと。
それとスープ系のものがなさすぎるのが難点か。
あ、そうだ!
このGREGGSの袋に「break fast to go」って書いてあるけど、英会話の本なんかで、お店で食べるのは「Here」、持ち帰りは「To go」って書いてあるでしょう?
日本のファストフード店で、そこで食べて行くのを「Eat in」、持ち帰りを「Take out」と言うのは誤りとされているでしょ?
イギリスでは何て言うか…お店で食べて行く時「Eat in」と言います。でも残念ながら「Take out」とは言わない。
「Take away」と言うんだな。
「Here」とか「To go」というのは完全にアメリカ英語。
だから言わないようにしているんだけど、アメリカで生活したことなんかないクセに、つい「Here!」とか言ってしまうんですよ。
しかも店員が「Eat in or take away?」とワザワザイギリス式に尋ねているのに「To go」とか答えてしまう。
ゴメン、イギリス!次回までには完璧にしておきます。

310この日は「Stake Bake」という、ビーフシチューをパイ生地みたいなヤツに包んで焼いたヤツを食べた。
牛肉の風味が濃くてとてもおいしいです。
コレで£1.50だから220円ぐらい。
オーガニックのせいなのかな?イギリスのコーヒーってどこで飲んでも少し風味が薄い感じがするんだよね。
日本で言う「アメリカン」的な意味合いではなくて、何となく深みに欠けるっていうのかな?
スターバックスですらそうなんだよな。

320ところで、上で「パイ生地みたいなヤツ」と書いたけど、これは「パスティ(Pasty)」であってパイではないのね。
下がその原型。
イギリスの一番下の左端に位置するコーンウォール地方を発祥としていて、「コーニッシュ・パイ」とか「コーニッシュ・パスティ」と呼ばれているけど、パイではない。
自家製のパン屋に行くと「ペストリー」という菓子パンを見かけるでしょう?
ペストリーというのはあの生地自体のことで、丸いペストリーに具を乗せて半分に折ってオーブンで焼いたモノがパスティ。
元々は炭鉱夫の食べ物だったんだって。

330…と教えてくれたのは経理のボスのアンドリュー。
ハジッコには具が入っておらず、分厚い生地だけになってるでしょう?
坑道の中で手を洗うことができない炭鉱夫たちがこのハジッコの耳の部分を持って口に運んでいた。
そして、ハジッコの部分は具は入っていないし、汚れているしで、捨ててしまう。
そういうデザインなんだって。
アンドリューは私がイギリスの文化や習慣に強い興味を持っていることを知っていて、ある日「今日のお昼…」と言って見せてくれたのがコレ。
Ginstersというブランドの市販のコーニッシュ・パスティ。
340中身は牛肉、タマネギ、薄切りのジャガイモ、ルタバガと呼ばれるカブのような根野菜が入っている。
日本でも手に入るかと思ってインターネットで調べてみたけど、見つからないかった。
ところで、確認はしていないんだけど、多分この日のアンドリューのランチはこのパスティに飲み物だけだろう。
ダイエットしているワケでも節約しているワケでもない。
向こうの人の普段の食事ってそんなものなのだ。
ね、質素でしょ?
日本みたいに、たぬきそばにミニカツ丼、半チャンラーメン、パスタにサラダにデザート…なんてトンでもない。
朝はシリアル、昼はスーパーのサンドイッチにWalkersのポテチ、夜は冷凍食品をチンして食べて終わり…というが普通。
はじめから皿にセットされている冷凍食品であれば食器を洗う必要もない。
 
そういえば、ミルトン・キーンズからマンチェスターへ行く電車の中で、通路を挟んで座っていたキレイな身なりをしたOL風の女性は、電車が動き出すとバッグからタッパーウェアを取り出して、フタをパコっと開け、携帯電話を見ながらその日のランチを摂り始めた。
見るともなしにタッパーの中から取り出したモノを横目で確認すると、それはカチンカチンにしか見えない、昨日あるいはそれ以前に一度オーブンで温めただけであろう冷凍食品のピザだった。
それを2、3切れ口に運んで終わり。
日本のOLさんやサラリーマンはこんなことしないし、もっと美味しいモノをおいしく食べようとするのが普通でしょう?
もちろんロンドンのような街中にお勤めの人はレストランや少しは気のきいたファストフード店に入ってマシなモノを食べたりはするんだろうけど。
生野菜に接する機会が圧倒的に少なく、「コレで栄養のバランスがとれるのだろうか?」と心配したくなるほど普段の食事はシンプルだ。
でもね、現地の人は多分我々日本人より美味しいモノを食べていると信じ切っていると思うよ。

345廊下には色んなモノが飾ってある。

360

370

380そこら中の壁に薄型テレビがかかっていて、Marshallのプロモーション動画が始終流れている。
コレはなんの効果があるのだろう?
少なくとも従業員の誰かが見ているようには思えない。

400マーケティング・チームのエリア。

350スゲエ広くて若いスタッフがゾロリと揃っている。
このチームが一番大きく変わった。
時代についていこうとする会社はどこでも同じであろうが、インターネットの普及が仕事のやり方と陣容を大きく変えてしまったのだ。

410突き当りのミーティング・ルーム。
今回の私の執務室。
この部屋の向こうに台所と食堂、男子トイレがある。
写真の壁が強烈でしょ?

420この写真の壁も事務所のイメージを大きく変えることにひと役買っている。

430

440カスタマー・サービスのエリア。
460ココは全く変わっていなかった。
相変わらず日本では滅多にお目にかかることのできないレアなモデルが修理の順番を待っていた。

450従業員用の駐車場も変わりなし。
この右にあるシアターは大きな変化があったけどヒミツ。

470工場の中の製造部門もさしたる変化はなかったけど、中に入れなくなっちゃった。

480以前はほぼ自由に見学できたんだけどね。
特に木工の工程は全く立ち入り禁止。
法律が変わってどうもそういうことに相成ったらしい。

490ココはシャシを作る工程。
このあたりも変わらない。

500工員用の休憩コーナー。
チョット前まではNATALの倉庫だった。

510その前はハンドワイアードの基板を作る工程が入っていて、30人近くの若者がハンダごてを手に一生懸命作業に勤しんでいたが、もはやその形跡は皆無だ。
そのチームの親分がキャシーという女性で「シゲ、シゲ」とココを訪れるたびに親しく接してくれたけど、彼女どうしてるかナァ。
私もいい加減古いもんだから、以前からいる工員さんとは大抵顔見知りなの。

520インスタント・コーヒーの自動販売機は以前からあったけどコレは初めて見た。
ずいぶんグレードアップしたナァ。

530仕上げの工程もそのまま。

540STUDIOシリーズが世界的にヒットしているので、流れて来る商品はSVとかSCばっかり!

550vR&Dのセクションもガラリと変わってしまった。

560以前は小さなオフィスがゴテゴテ並んでいたんだけど、それをドカッとワンフロアにしていい感じ。

570仲良しのジョナサンのオフィス。
今流行りのデジタル・アンプについて色々と話をしたけどオモシロかった。
内容は企業秘密。

580今回、工場を案内してくれたアーティスト担当のジョール(Joel)。
一番最初に書いたように、これまで数え切れないほど工場見学をしてきて勝手知ったるところだったけど、今回は彼に案内してもらわなかったらナニがナンだかわからなかったな。
最後にオフィスで見せてもらったジョールの宝物のひとつ。
ジョールは私が新しいロック・バンドを知らないことを知っていてジェフ・ベックで話題を作ってくれたに違いない。

590v2016年3月に発売されたジェフ・ベックのオフィシャル・ブック『BECK01』。

615ジェフのサインとシリアル・ナンバーが入ったバージョンは350冊限定。
早めのオーダーした人は巻末のスペシャル・サンクスに名前が入ったそうだ。
£595だって…今なら87,000円ぐらいか。
もちろんジョールは買ったワケではない。
ジェフ・サイドからのプレゼント。

610それはそれは見事な写真集だった。

620チッ、私だって日本に来ると毎回Marshallで面倒みてるんだけど送ってこなかったナァ。
ま、そんなに欲しいワケではないけど。

630もうチョット…。
下の写真の手前のオジちゃんはデザイン・ストア担当の仲良しのスティーブ。
スティーブは私とほぼ同じ年齢なので、やっぱりブリティッシュ・ハードロックの薫陶を強く受けている。
でもパンク・ロックなんかも好きなようで、ロックに対する柔軟性は私より格段上だ。
で、2人で古いロックや昔のロンドンのロック・シーンの話をしていたら、何となくローリング・ストーンズの話になった。
お気づきのマーブロ読者もいらっしゃると思うが、こんなイギリス好きの私なのに、誌面でまったくローリング・ストーンズを取り上げないでしょう?
私は子供の頃からローリング・ストーンズがすごく苦手なんです。
さすがに長いこと生きているので曲は沢山知っているけど、どうしても受け付けない。
今まで万単位でレコードやCDを買ってきたが、家にあるストーンズのアイテムはベストと『Exile on the Main Street』と『Beggers Banquet』と『Love You Live』だけかな?
そんなことをスティーヴに伝えた。
ストーンズとえば、イギリスの国民的バンドだ。
もちろんお詫びの言葉も添えた。
するとスティーブは大慌てで、「イヤイヤイヤイヤイヤ…シゲ、そんな…オレに謝られても…。実はオレもダメなんだよ、ローリング・ストーンズは!」と私に向かって言ったのだ!
いるんですよ~、イギリス人でもそういう人が…。
あのスティーブの慌てぶりがすごくオモシロかった!
 
ある日のお昼休みの風景。 
スティーブがWalkersのポテチのチーズ&オニオン味を食べているところ。
ね、Walkersのポテチはイギリスの国民食だから。
もちろん「アミノ酸(調味料等)」は入っていない。日本と違って法律で国は使用を禁止しているから。
Walkersに食べ慣れておいて日本のポテチを食べてごらん。
スゴイよ、おいしくて。
土台、あんなにおいしいワケがないんですよ。
もちろん舌には妙な味が残るけどね。(←コレはしばらくの間、「アミノ酸(調味料等)」を断っていないとわからない)
Walkersのポテチ(クリスプス)は〇〇ビーとか△△屋のモノに比べてシンプルな味なんだけど、ジャガイモの風味が格段に異なる。
いかにも「ジャガイモで作ったお菓子」というおいしさ。元のアメリカのLay'sより絶対おいしい。
もちろん食後は舌に変な味が残ることはない。
660スティーブが貸してくれたティー・カップ…というかボウルというか…とにかくデカい。
こうして紅茶を飲むでしょう?
おいしいんだわ。
日本で飲む紅茶より明らかに風味がいい。

670ハイ、飲んだ後はコレ。
凄まじいまでの茶渋!
コレが全部身体の中に入る。
日本で飲む紅茶ってこうはならないでしょ?
イギリスで買って来た紅茶を実際に日本で飲むとコレほど茶渋が出ることはない。
コレは水の違いらしい。
ご存知の通り、イギリスの水はカルシウムやマグネシウムの含有量が多い「硬水」と呼ばれているモノだから日本とは水が質が違う。
この茶渋を英語で何と言うか事務所の女性に尋ねてみた。
「tea dirt」とでも言うのかと思っていたら、特にそういう意味の英単語はないらしく、強いて言うならば「tea stainかな?」だって。
あ~、「stain」ね~!
こういう感覚は現地に住んで日常的に英語に接する環境にいないとなかなか身につかないね。
ちなみに紅茶は「Balck tea」と言う。

680The Kinksの1971年のアルバム『Muswell Hillbillies』に「Have a Cuppa Tea(ハヴァカパティ―)」という曲が収録されている。
コレは「Have a cup of tea」のことだけど、イギリス人の決まり文句みたいなモノで、「ハヴァカパティ⤴」と語尾を上げれば「紅茶飲みますか?」という意味になる。
実際、上の紅茶も「シゲ、ハヴァカパティ⤴」と私に訊いて、ジェイという若いスタッフが入れてくれた。
コレがネイティブ同士だと「カッパ⤴」だけで済ませるのだそうだ。 

Mh今回も色々と学ばせて頂きました!
ありがとう、工場!

710ホテルへの帰り道で見つけた看板。
イプスイッチで8月に開催されるエド・シーランのコンサートの告知。
前座のひとつがThe Darknessだって…そっちが観たい!
だってエド・シーランの曲はひとつも知らんもん!ハイ、コレが言いたかっただけです。
イプスイッチはCelestionの本社がある所ね。
工場見学終了。

720

さて、11月9日の『Marshall GALA 2』。
まだお席がございます。
近いうちにソールドアウトとなることが予想されますチケットはお早めにお求めください。

Marshall GALA 2の詳しい情報はコチラ⇒Marshall GALA 2の詳細を発表します! <マーガラ情報 vol.1>
27nb_3 

200_3 

(2019年5月28日~6日17日 Marshallにて撮影)

2019年7月17日 (水)

Marshall工場見学 2019 <前編>

  

27nb 

まだまだ続くイギリス・ネタ。
ナンのナンの!D_Drive関連のレポートが終わったところで、コレからが本番よ。
何せ好奇心丸出しで3週間もカメラを担いで方々ほっつき歩いたワケだから!
これからShige Blogと合わせてThe Kinksだの、10ccだの、産業革命だの、スタンリー・キューブリックだの、ウィンストン・チャーチルだの、またジミヘンだの、トックリやっていきますのでお好きな方はお楽しみに!
お好きでない方には…ゴメンね。
 
まずはおヒザ元、我がMarshall本社の最新工場見学から…。
しかし、これまでに一体何回工場見学したかナァ~。
9回目までは数えていたんだけど、それももう大分昔のことで、もうサッパリわからない。
はじめてココに来てから17年が経つんだけど、この光景はガンとして変わらん。
ま、この写真はチョット珍しいけどね。
ナニが珍しいかと言うと、車が全く停まっていないでしょ?
とある日曜日の午前中に撮影したモノ。
天気悪いな~、でもこの数分前は青空だったんだよ。

102012年に「50周年」のエンブレムが付いたりしたものの、この正面の光景も変わらない。

20すぐ上の写真と下の写真ではかなりの時間差がある。
下はMarshall Liveの告知ポスターが貼ってあるでしょ?
もはや相当なつかしい!

25vMarhsall本社の出で立ちは変わらずとも、周囲の状況はずいぶん変わった。
あんなに何にもなかったのに、いつの間にか工場の向かいの奥にはIKEAができ、それももうスッカリおなじみの光景になってしまった。

12ikmk そして今回4年ぶりに行ってビックリ。
ハス向かいに「ALDI(アルディ)」が出来ていた!
ALDIと言っても日本の方々には馴染みが薄いかも知れない。
それと「Lidl(リドル)」。
ALDIもLidlもドイツ資本のディスカウント・スーパー。
以前、社長が騒いでいたのでよく覚えているが、この2つのスーパーマーケット・チェーンがイギリスに上陸して来たおかげで、TESCO、Sainsbury's、ASDAといった在来のイギリスのスーパーマーケット・チェーンがズタズタになってしまったという。
イギリスのスーパーマーケットにしてみればドイツから来たアリゲーター・ガーみたいなモノだ。
あるいはカミツキガメか?
…ということで、様子を見に行ってみた。
確かに値段は安いが、この店舗に限って言えば品数はそう多くなく、どちらかというとまとめ買いをさせて値段を下げる商法と見た。
結構な賑わいで、お客さんは皆、信じられない位大量のアイテムをショッピング・カートに入れていた。
私はやっぱりSainsbury's とかTESCOとかのイギリス在来種の方がいいナァ。

715コレもおなじみのエントランス。
D_Drive特別出演。

40このJVM、昔はJCM900のフル・スタックだったんだよ。
ん?ヘッドとAキャビが少しズレてるじゃん。

45vヘッドの横に飾ってある額縁にはアン王女が来社した時の写真が入っている。
その時のようすはコチラ⇒【英王室アルバム】Her Royal Highnessがお見えになりました!

46vこの棚の中身はMarshallのアクセサリー類を展示しているんだけど、いつの間にかBluetoothスピーカーやヘッドホン等のLifestyle商品ばかりになっちゃった。
そうだ!思い出した!
ものスゴイどうでもいいことをひとつ。
この棚の裏にトイレがあるんだけど、そこでひとつ英語の勉強をさせて頂いた…トイレだけにね。

50誰がやるんだか、最近またfacebookで「コレを何と呼びますか?~ミュージシャンなら知っておきたいモノの名前」みたいなクイズを見かけるようになった。
その中ですごく気になるのが下の写真のアイテム。
正解はチェックしていないんだけど、クイズは三択方式。
答えの候補の中に「シールド」というのがあって、他の2つの候補はお呼びもつかないモノだったのでそのまま「シールド」が正解なのだろう。
で、この名称に関する問題…もうマーブロで何回も取り扱っていて恐縮なんだけど、この後のトイレで学んだ英語を紹介するためにもう一回やらせて頂く。
 
約45年前、私がギターを始めた中学生の頃、このギターとアンプをつなぐ線のことを「コード」って呼んでいたと思う。場合によっては「線」かな?
ある時楽器屋のお兄さんがそれを「シールド」と呼んでいることに気づいた。
「シールド?コードじゃないのか?シールドねぇ…なんかプロっぽくてカッコいいナァ」と思った。
「コード」を「シールド」って呼ぶだけでギターがウマくなる気すらした。
だってあの当時、楽器屋の店員さんは「神」だったからね。
まさに「シールド」という言葉は神のお告げだった。
楽器や英語の知識がつくにしたがって、「シールドってのも変な言葉だな?」と思うこともあったが、それから何十年もの間、そのギターとアンプをつなぐ線のことを「シールド」と呼んでいた。
そして、初めてMarshallの工場に行った時、「シールド」というのは極東の島国の方言であることを確信した。
確かに内部の導線が金属や組みひもで被覆(シールド)してあるのでコレ自体を「シールド・ケーブル」と呼ぶのは決して間違いではないんだけど、「ギター用のコード」としてこれを「シールド」とだけ呼ぶのは日本だけなのではないか?
だから海外の現場で「シールド貸してください」とクラブの人に頼むと「Haaaa? What do you mean by 'shield'?(シールドってどういう意味?)」と言われるのではないだろうか?
「Shield cable」と言えば、相手が気のきいた店員さんなら対応してくれるかも知れない。
やったことがないのでわからないけど…今度Marshallに行ったらやってみよう。
では海外では日本で言うところの「シールド」を何と呼ぶか…。
イギリスでは「Guitars leads(ギターズ・リーズ)」と言う。
「ギターズ・リーズ」…この言葉も最初は口にするのが恥ずかしかった。
同様に電源用のコードのことは「Mains leads(メインズ・リーズ)」という。
こっちはナゼかそう恥ずかしくなかったので、「リーズ」の世界にはコチラから入ることにしたし、実際に仕事でこの言葉をよく使った。
一方、実はいまだに「Guitar leads」って言うのが恥ずかしくて、私は「Guitar cable」って言うようにしている。
コレは海外どこでも全く問題なく通じます。
そんなこんなで、今では「シールド」という言葉は「ツーマン、スリーマン」ぐらい恥ずかしい言葉になっちゃった。
だから若い女の子のギタリストが「私のシールド」なんてチョット専門家ぶって口にしているのを耳にすると不憫でネェ。
ね、私のお友達のギタリストさん…私はゼッタイに「シールド」って言葉を使わないでしょ?
地下鉄工事のシールド・マシンを指す時はは別よ。
ご参考までにイギリスの人たちは「ギター・ピック」のことを「Plectrum(プレクトラム)」と言います。
コレはイギリスの方言なので「Pick」でもOK。

Glココで疑問が湧いてくるのが、じゃ一体「コード」ってなんだ?ということ。
その答えは、このMarshallの工場のレセプションのトイレが示してくれた。
ココのトイレってナゼか電気のスイッチが壁に埋め込まれておらず、よく日本家屋で見かける電灯についているヒモを引っ張って電気をつけたり消したりするようになっている。
そして、正確な表現ではないが、そのトイレの壁に貼ってある紙に「Pull down the code to light」ぐらいのことが書いていある…写真を撮っておけばヨカッタ。
「おお!こんなところにCodeが!」
ああいう「カッチン」ってやるヒモのことを「Code(コード)」って言うんですよ。
タメになるな~。
 
現地で生活することなく、こうやってひとつひとつ英語を学んでいるワケだから、コリャ一生かかってもマスターできんわな。
だから留学ってのは効率がいいワケだ。
私もクラウドファンディングで留学させてもらおうかな?

Codeハイ、次。
CODEやEDEN…

60NATALの展示も相変わらず。
アイテムはさすがに替わっているけどね。

70ロンドン名物の電話ボックスも据え付けられた。

75Marshall仕様の黒。

80vJVMの洋服ハンガー。

90vそして目下の自慢はコレ!

100Marshall仕様のジュークボックス。
昔は人が集まるところではどこでもよく見かけたよね。

105ロッカー・スイッチにゴールド・トップ&ブラック・ボディのノブ。

110スピーカー部分にはECフレットが使われている。
よ~やるわ。
130ちょっとダブついてはいるけど、ちゃんとレヴァントのカバリングが貼ってある。

120vしかし、この中にドーナツ盤を入れて実際に回して音楽を再生するんだからスゴイ。
あまりにも前時代的だけど、最高にカッコいい。
今の若い人はジュークボックスなんて知ってるのかな?
音楽がタダでなかった佳き時代の産物だ。
音楽をかけるのに「2曲100円」とか、だなんて想像すらできないんじゃないかね?
イヤ、音楽ってのはそもそもそういうモノなんですよ。
音楽を作って生計を立てている人がいるんだから。タダじゃマズイ。

140入っていた曲のリストはほんの数曲。
「Rock around the Clock」やバディ・ホリーが数曲。
バディ・ホリーってのはそれこそ「Legend」としてイギリスでの地位が高いね。
日本とはゼンゼン認識が違う。
かの有名なハマースミス・オデオンが、バディ・ホリーの生涯最後(1959年、23歳の時に飛行機事故で死亡)のイギリス公演をそこで演ったことを自分で称えているぐらいだから。
詳しくはコチラ⇒【イギリス-ロック名所めぐり】vol.33~ハマースミスが好きだった <後編>

145vベトナム工場の写真。
私も写っているんだけど、この時帽子をかぶっていないので拡大は厳禁!ハゲハゲだから!

150こんなのやっていたのか…2017年10月19日。
「Theatre」と呼んでいる工場内のホールで開催した『Joseph and Amazing Technicolor Dreamcoat』というミュージカル。
「£5」って…800円ぐらいだよ。
というのは、1966年に設立された障害を持つ児童を援助する「Maclntyre Charity」という団体によるのチャリティ・コンサートだったから。160v演目はティム・ライスとアンドリュー・ロイド・ウェバーが学生時代に作ったミュージカルで、2人の作品が1968年に初めて公に上演された記念すべき作品。
下は今回サウス・ケンジントンの駅で見かけたポスター。
今でもこうして上演されている。

165v私もウェバーが好きなので、ロンドン・パラディアム・キャストのCDを持っているんだけど、ん~、ちょっとソリが合わないんだな。
何回聴いても入り込めん。
『ヨセフと不思議なテクニカラー・ドリームコート』として2016年に来日公演があったようだ。

170ココは社長室の応接間。

180v目に付くのはMarshallビールと…

190Marshall仕様のアコーディオン。
ビラっと蛇腹を広げるとジョンの顔が出て来そうだな。

200レセプション2階のミュージアム。

210去年、日本は『スパイナル・タップ』ブームだったからね…一部では。

210v先日、こんな動画に出くわした。

昨年の3月に亡くなったMarshallの創設時メンバーのひとり、ケン・ブランが所有していたJTM45。
息子さんのマシューにより、2014年に当ミュージアムに寄贈された。

220ウワ~!
コレは!
チョットここには書けん。
私にとっては、いい思い出とイヤな思い出がべったり背中合わせにくっついた幻系モデル。

240コレは最近仲間入りしたスコット・ゴーハムが愛用していた1959。
Thin Lizzyの黄金時代を作ったMarshallだ。

2501962BluesbreakerのSERIES I。

2601965年以前の製品。
コレは前からあったかな?
ミュージアムは4年前と大きな変化はなかった。

270<後編>につづく。
次回はあまりの様変わりに私もビックリした「事務所棟」へご案内します。
 
さて、11月9日の『Marshall GALA 2』。
まだお席がございます。
近いうちにソールドアウトとなることが予想されますチケットはお早めにお求めください。

Marshall GALA 2の詳しい情報はコチラ⇒Marshall GALA 2の詳細を発表します! <マーガラ情報 vol.1>
27nb_3 

200_3 

(2019年5月28日~6日17日 Marshallにて撮影)

2019年6月26日 (水)

三宅庸介 MEETS STUDIOシリーズ <後編>


前回に引き続いての三宅庸介によるSTUDIOシリーズの試奏レポート。
今日はMarshallの代名詞とでも言うべき伝統のモデル、1959をダウンサイズしたSTUDIO VINTAGEのシリーズ。
イヤ~、おもしろかったね~。

Group_sv 

<SV20HとSV212>
まずはSTUDIO CLASSICの時と同じく、ヘッドと2x12"キャビネットのコンビネーションから。

0r4a0104三宅庸介(以下「Y」):あ~~、シゲさん…コレはもうダメです、ダメ
Marshall (以下「M」):ハハハ、ナニナニ…「ダメ」って一体ナンですか?いつも冷静な三宅さんにしては珍しく興奮されていますね!どうですコッチは?
Y:「どうです」って訊かれても、ひと言で…「ダメです」。

(SVによって破壊されてしまった三宅さん恍惚の図 ↓ ↓ ↓ )

0r4a0335(そして、弾きまくり! ↓ ↓ ↓ )

0r4a0336 M:そう来ると思っていましたよ!
Y:ボクにこういうのを弾かせたら絶対にダメです!
欲しい!ホントに欲しい!
(長い間)
で、ナニを言えばいいんですか?
M:へ?インタビューですから…コレについてナニか語って頂かないと…。
Y:………。
M:言うことなし?
(ショックのあまり三宅さんがナニもしゃべろうといないので私からアノ手コノ手で水を向けた)
ところで、折角ご持参頂いたのにさっきからペダル類を全くお使いになる素振りさえお見せになりませんね。
Y:ハイ。例えいつも使っているようなオーバードライブのようなモノをつないだとしても、ナンノ違和感もなくマッチするのはわかりきっていますから。ワザワザつなぐ必要なんてありません。

0r4a0343 M:三宅さんは以前1959もお使いだったワケで…で、このSTUDIO VINTAGEは1959のダウンサイズ版を標榜していますでしょ?
音が似ているとかそういうことではなしに、Marshallのアイコニックなモデルのひとつである1959の魂を受け継いでいるところはどういう点だとお思いになりますか?
Y:手元を下げた時のゲインの上がり下がりだったり、それでトーンが変わって来るサマがそのままだったり…。
今、HIGHの1にインプットしてLOUDNESS1をフルにしています。
リンクはしていませんが、干渉するのでワザとLOUDNESS2もフルにしました。
そうすると少しだけ低域が膨らむ感じになるんです。

0r4a0381 M:1959の場合、使っていない方のチャンネルのボリュームは第2のEQになるとか言われていましたからね。
Y:で、こういうことをホンモノの1959でやったら普通手に負えませんよね?
特に新しい1959なんかですと、パーツも新しいので、元気がありますからピュアに100Wの音が出て来るワケです。
そんな状態で色々なことをコントロールしようとなると、ステージでもレコーディング・スタジオでも…ムリですよね。
人の多いところではまずそんなことできません。
M:ホント…現場によっては大音量に気をつけなければマズイですよね。
Y:でも、コレだとそういうことができてしまうワケです。
ま、音量をこうして上げると、アンプと近距離で弾いているので、弾いていない時には当然ノイズが出て来ますが、ゼンゼン問題にならない。
ホントにコントロールしやすいし、トーンがすごくいい雰囲気で効いてくるんです。
M:「いい雰囲気」?
Y:はい。その辺も割とうまいこと当時のまま…というか…昔のMarshallって、「コレ、ホントにトーンが効いているのか?」なんてことがよくあって、結局EQを全部フルにするのが一番よかったりして。
このSCもそんな感じで、さっきのSCとは違って「トーンで音を作ってください」とかいうほどではない。
イヤ、もちろんEQをイジれば音は変わってきますよ。でも、どこをどうやってもいい音がしています。

0r4a0348 M:なるほど…(しめしめ、大分落ち着いてき来て、だんだん語り出して来たぞ)。
Y:コレはちょっと…ボクのイメージなんですが、音が周波数ごとにミルフィーユみたいになっていて、隙間を感じるんですよね。

Mf M:わかんね~わ!
Y:(笑)層になっているその間に空気感があるというか…そこに色んなモノ、例えば倍音だとかが詰まっている感じなんです。
M:じゃSCの方は?広島風お好み焼きみたいな?コッテコテ?
Y:SCの方はもっと密度が濃いんです。ギッチリ詰まっている感じ。

5_ M:そういう風に言われるとわかるような…わかんないような…。
やっぱりわかりませんな。
Y:SVの方は弾いていても、ピッキングした時にホントにチョット親指に力を入れるだけでミルフィーユの層の中に違う倍音が入ったりとか…そういうことをものすごく認識しながら弾けるから、も~~~メッチャたまらないです!
M:フィードバックする時もいかにも1959ですよね?
Y:そう!音が裏返ってキレイに何度、何度と音程が変わっていく。その裏返る時の感じがもう完全に1959なんです。
M:もともと1959のようなアンプがあったからフィードバックなんて方法が出て来たワケですもんね。
Y:そうなんです。JCM800のフィードバックとはまた違うんです。
M:よくわかります。
Y:も~~~!コレはアカンですよ!(←コレばっかり)

0r4a0377_2 M:スタンバイ・スイッチをLOWにするとどうですか?
(スタンバイ・スイッチをLOWにして弾く)

0r4a0124 Y:あんまり変わらないですね。
M:音の張りが変わって来る。
Y:ウン、そうですね。LOWにした時の方が弾きやすいですよ。
(弾き続ける)
あ~~~!コレはアカンですよ!(←あ!また!)


<SV20HとSV112>
今度はヘッドはそのままに1x12"キャビネットのSV112につないで弾いて頂いた。

0r4a0077 Y:SCの時ほどの違いはない感じで、2x12”から移っても違和感が全くないですね。
アンプのコントロールをイジる必要なない。

0r4a0368 でも、アンプの前で弾いている分には2x12”の方が気持ちいいですね。
でもさっきのSCと同じでレコーディングの時は1x12”の方がマイキングはしやすそうですね。

<SV20C>
そして、最後にコンボのSV20C。

0r4a0001Y:当たり前ですけど、コレはスタックとの違いが出ますね。
さっきSCの時にアンプの形式よりもスピーカーの数の違いを意識すると言いましたが、こっちはキャビネットにスピーカーだけが入っているモノとアンプのシャシとスピーカーが一緒に入っているモノとの違いを割りとハッキリ意識させられます。
このSVのコンボは明らかに「コンボ感」が出ています。
M:確かに…。
Y:そういえば、1959のコンボって馴染みがありませんよね。
M:2159。2159って日本には入って来なかったのか、ホントに少数しか輸入されなかったのか…。確かMarshallの本社のミュージアムで見たことがあったと思いますが、日本では見たことはありません。。
Y:1987のコンボはありましたよね?
M:はい、2187ね。大分前に私がMarshallに提案して日本限定50台で作ってもらいました。
「19-」アタマがヘッド、「21-」アタマがコンボの型番だったんです。

0r4a0397 Y:なるほど。で、最初は何となく聴き馴染みのないサウンドという感じがしました。
でも、弾いているうちにキャビネットの一番共振するポイントに合わせてベースを下げたり、プレゼンスやトレブルを上げて調節することで違和感はなくなりましたね。
そもそも、「いい音」って大抵そうなんですけど、弾いているウチに自分の方が慣れないとダメなことが多いんですよね。
M:自分を慣らす?
Y:誰でもこういうことはあると思うんですけど、パッとギターをプラグインして音を出してみて、気に入らないとか、抵抗があったりする…こういうのは「気に入らない」というより、そのアンプを鳴らせていないということだと思うんです。
だから自分の方が変わるべき…ということがあるのではないでしょうか?
M:なるほどね~。そういうギタリストばかりだとラクだな。でも、昔はそういう感じでしたよね。
Y:で、SV20Cはコンボ独特のスクエアに低域が全部出きってしまっているイメージがあります。
スタックだと低域の角がチョット丸かったりするんですね。ボクはそっちの方がコントロールしやすい感じがします。
コンボの音ってチョット「台形」っぽくて…。

5__2 M:今度は算数ですか!
Y:(笑)コンボはローが「面」で鳴っている感じなんです。
それとまずはやっぱり床に置いて鳴らすべきですよね。
鳴らしていないキャビの上なんかに置くとダメです。それも共振して鳴ってしまう。音を出しているのならともかく、鳴っていないのはマズイ。
M:大地にシッカリ足を付けておけ!ということですな?
Y:人と一緒ですよ!
M:ゴメンなさい!

0r4a0395 Y:コレもやっぱりレコーディングの時は、実際に鳴っている音をマイクで拾った音との共通点を探しやすいと思いますよ。
M:やっぱり。
三宅さんはASTORIAの時、最後までスタンダードな黒いMarshall伝統のデザインにこだわった方のウチのお1人ですが、このシリーズのルックスについてはいかがですか?
ま、おっしゃりたいことはないと思いますが…?
Y:ないですよ。
M:出て来る音や細かいデザインは別にして、Marshallってサイズそのものがすごくいいと思いませんか?
何と言うか、それぞれ大きすぎることもなく、小さすぎることもなく…。
Y:すべてが絶妙ですよね。
M:偶然ですけどね。
Y:マジックには偶然が必要ですからね。
M:でも偶然が起きるでろうことをそれまで積み重ねているんですって。
Y:必然なんですね。
そうそう!ひとつ「オオ!」と思ったのは、SV212のハンドルはメタルなんですね?
M:そうそう。さすが!

0r4a0157 Y:しかし、シゲさん…コレはダメですよ!(←最後もコレ!)

0r4a0440こうして新商品が発表されるたびに三宅さんに試奏して頂くようになってからどれぐらい経つかナァ?
Vintage Modernの時ぐらいからか?
Marshall弾きとして、長い間に色々なご経験を積んで来られた方だけあって、良い点についても、劣る点についても、都度色々と適切なご意見を聞かせてくれるのがとても面白いし、勉強になる。
従来型のMarshallに与する伝統支持派で、どちらかといえば辛口なわけ。
しかし、今回はいつもと様子が違ったね。
こんなにトロけてしまった三宅さんを見たのは初めてのことだった。ASTORIAの時も結構トロけさせたつもりだったけど、アレは三宅さんに対してはルックスがマイナスした。
今回は、何と言うか…何度挑戦しても絶対に勝てない相手との対局で「負けました」と言わせたような…。
実際には将棋を指す趣味が私にはないので、この例えはふさわしくないかもしれないが、タイトルをもぎ取った時の棋士の気持ちはこんな感じなのではなかろうか?
ま、別に三宅さんと「Marshall勝負」をしているワケではないんだけどね。
やっぱり自分の音で自分だけの音楽を作っているようなアーティストから「欲しい!」なんて言われればそりゃうれしいもんです。
また、文中で太字でフォントを大きくした演出で三宅さんの興奮具合が少しでも伝わるといいんだけどナ。
とにかくこういう時は、この仕事をしていて本当にヨカッタ!と思える瞬間のひとつなのだ。
実は、今日のSTUDIO VINTAGEはゼ~ッタイに三宅さんがハマるという自信があったの。
だからワザとさきにJCM800系のSTUDIO CLASSICを先に試してもらった…というチョットした作戦があったのです。
さて、今回の2編をお読み頂いてSTUDIOシリーズにご興味を持った方は是非楽器店に足を運んでお試しになってみてください。
もし、ミルフィーユや広島風お好み焼きのお味がお気に召さない場合のご意見は三宅さんにお願いします!

50 

200 
(一部敬称略 2019年4月都内某スタジオにて撮影)

2019年6月25日 (火)

三宅庸介 MEETS STUDIOシリーズ <前編>


今年の1月のNAMMショウで発表したSTUDIOシリーズ。
おかげさまで世界的大ヒットになったようです。

50…というのも、先週のアタマまでMarshallの工場に行っていたんだけど、工場のラインで流れているのはSTUDIOシリーズばっか!

0r4a0044_2コレは最終工程のベルトコンベア。
真ん中は違うけど、向かって左のキャビネットと右側から流れ出て来るのは全部STUDIOシリーズ。

0r4a0046_2出て来る、出て来る…うれしいなったら、うれしいな!
ナニがそんなにうれしいのかというと、世の中まだそんなに捨てたもんじゃないと思ってサ。
時代が時代ゆえ、デジタル・テクノロジーを駆使したターミネーターのような「機械」も仕方ないけど、チャンと真空管を使ってギターの音を美しく増幅させる「楽器」としてのアンプがまだまだ愛でられていることがうれしいのです。

0r4a0045_2ということで、Marshall BlogはまだまだSTUDIOシリーズの魅力を皆さんにお伝えしようと思っているのです。
そこで今日はMarshall Blogでは相当おなじみ、Strange, Beautiful and Loudの三宅庸介にSTUDIOシリーズからまずはSTUDIO CLASSIC各種をお試し頂いたレポートをお届けする。
今日の<前編>はCLASSIC、次回の<後編>はVINTAGEで構成するよ。
しかし…この動画全盛の時代に写真と文章だけで商品の魅力をお伝えしようなんて、いい度胸してるでしょ?
ダメよ、人間少しぐらい字を読まないとバカになっちゃうぞ!…といいつつ、ビデオも●●●●してますのでよろしく。
とにかく今日と次回のところは、Marshallとストラトキャスターを食んで生きているようなギタリストの含蓄に富んだコメントを楽しんで頂きたい。

Group_sc_2ではまずコレから…
 
<SC20HとSC212>

0r4a0249_2Marshall(以下「M」):三宅さん、いかがでしたか?
三宅(以下:「Y」):ビックリしました。メッチャいいですね~…ホンマに。
新品って何でもそうですけど、「こなれていない」っていうのがありますよね。ギター・アンプで言えばスピーカーのコーン紙が硬いとか…。
コレはそういうことを感じさせませんね。
同じJCM800でも80年代後半の「ハイ・ゲイン戦争」時代のJCM800ではなくて、Marshall本来のクリアな部分が残っているJCM800という感じ。
ものすごく状態の良いJCM800を「今やっと弾けた!」というイメージです。

0r4a0218_2 M:現在手に入る材料でオリジナルのJCM800を作ってしまったみたいな…?
Y:そうです、そうです。ラインナップを見てもう少しモダンな感じだと思っていたんですけど、違いましたね…コレはうれしいですよ!
JCM800ってこういう音だったですもんね。

0r4a0270_2M:よくわかります。ボリュームを下げた時のクリーンの美しさがまたすごくいい。
Y:4とか7とかフルとか、自分でアンプを試す時のプリアンプのゲインの設定があるんですが、6~8の間にサウンドが激変するゾーンがあるんですね。
その辺りの境目で気に入ったサウンドを見つけるのがいいと思いました。
0r4a0240_2M:ギターのボリュームとの兼ね合いは?
Y:手元のボリュームを下げただけでホントに…多分ヨダレが出ていたと思うんですけど…。
M:いえ、でも三宅さん、弾いてて思わずバッと立ち上がっちゃいましたもんね!
マスター・ボリュームの設定も色々とお試しになられていましたが、やっぱりフルだと粗すぎますね。
Y:はい。音量が変わるだけでなく、そうなると音質が変わってしまいますからね。ボクは4ぐらいがすごくいいと思いました。
M:4でも音量的には十分ですよね?
Y:ゼンゼン大丈夫ですね。バンドの中で使っても、dBという観点からすれば全く問題ない鳴り方をしていると思います。
ゲイン感とか、身が詰まったコンプがかった強い歪が欲しい…ということであればマスターを6ぐらいにするといいかも知れません。
M:なるほど…。

0r4a0210Y:今日ボクはコントロールをすべて「0」にしてから始めました。いいアンプって、アンプにインプットして、音が決まるまでの時間って早いんですよ。
さっきからズッとシゲさんは見てくれていましたけど、今日は音を決める時間がメッチャ短かったでしょ?
M:現場で音を作る時、三宅さんはいつもそんなに時間をかけていない印象がありますけど、確かに今日は早かった。
Y:大体のところをキメてしまうと、後はチョコチョコ触ってもそんなに印象は変わらない。
M:それでも何かEQでの音作りに関して何かありませんか?
Y:いつもの自分のデフォルトのカーブのままですイケましたね。ベースが4で、ミドルが7、トレブルが2.5~3の間。
M:プレゼンスが2ぐらい?
Y:ボクにしては珍しくプレゼンスを上げています。ちょっと上げてやった方が、手元を下げた時の「ベル感」みたいなモノがチャンと残るし、ピッキングの音の一番早いところが先に出て来る感じがするんですね。
もう少し上げても大丈夫だと思います。
0r4a0262_2M:パワー・スイッチをLOWにした時はいかがでした?
Y:「LOW」という言葉があんまり好きじゃないんです…ボクは要らないかな?でもそんなに変化なかったですよね?

0r4a0258_2M:ガクンと音が小さくなるのではなく、サウンドが小ぢんまりする感じでしたね。
Y:そう。家でレコーディングする時にマイクを立てた場合にどうか…っていう感じですよね。
M:三宅さんがコレを宅録で使うとなるとどういう手法を採ります?
Y:ボクは近代的な手法のレコーディングをほとんどやらないし、否定派でいたいんですね。例えやったにしても結果があまり好きでないんですね。
だからアンプの設定を「LOW」にして、最良の音質のまま家で出せる限界の音量にセットして、あとはマイクの音量を調節して、実際に聴こえている音と同じ音で録音できるように注意深く設定する…ということになりますね。
M:完全に従来方式ですね?
Y:そうです。
ま、家で録音する時には2x12”である必要はありませんけどね。
M:そうそう、SC212はいかがでした?Aキャビネットをタテに半分にした格好ですよね。

0r4a0253_3Y:ボクの場合はアングルが付いているとかストレートであるとかよりも、ズッとスタックを使って来たので、そういう意味では何の違和感は何もなかったです。
やっぱりひとつの筐体にシャシとスピーカーと入れたモノとセパレートしているモノとではゼンゼン違いますからね。
その点、ひとつのスタックとしてとても気持ちよく弾けました。
 

<SC20HとSC112>
ヘッドのSC20HはそのままにキャビネットをSC112につないで弾いて頂いた。

0r4a0217_2Y:ボクはキャビネットの大きさ云々より、搭載されているスピーカーの数の方が弾いていて大きな違いを感じるんですね。
レコーディングの時も、一番いいポイント、すなわち聴いている音と同じ音がマイクで拾えるところを狙うということが重要で、その場合スピーカーが1発の方がやりやすいんですね。
だから制作の面から考えるとスピーカー1発の方が向いているかも知れませんね。
2発の方はそれぞれのスピーカーのコーンの動きが完全に一致しないハズなので、チョットしたそのズレが弾いて気持ちのいい部分であったりするワケです。
それが2発入りとか4発入りとかの特長だと思うんです。

0r4a0281_2M:いつか1936の内部スピーカー・ケーブルの長さを変えているという話を思い出します。
Y:そうです。あの効果ですね。
1発の場合は当然そういうことがないのでストレートに鳴っている感覚が強いですよね。
それで、コンボと違ってスピーカーだけが筐体に入っているワケですから、ボクなんかはレコーディングの時などとても音作りがしやすいと思います。
ちゃんとローも出てますし、SC112のトーンのバランスは最高だと思いました。
 

<SC20C

最初、撮影時のルックスを考慮してコンボをSC112に上に乗せていたが、三宅さんはホンノ少し弾いて「コレではダメです」と言って、SC20Cを床に降ろした。
0r4a0179_2M:今度はコンボ…。
Y:思ったより違和感がないですね。セッティングは少しベースを下げて、ハコの振動を抑えるといいんじゃないかな…。
スタックと違って、割と床の材質とかの影響を受けやすいので、ボクがコンボを使う場合はジュータンを用意してアンプの下に敷きます。
そうするとスタジオでもライブ会場でも同じ状態で使うことができる感じがします。
でも…こうして弾いてみると、ナンカあんまりさっきのスタックと変わらない感じがしますよ。

0r4a0294_2M:ウン…何かね~。おかしいな、もっとコンボ感があったつもりだったんですけど…。三宅さんが弾くとそうでもないな…というか、三宅さんの音になっちゃった。
Y:このシリーズが発表になって、海外のデモの動画を色々とチェックしたんですが、それを見る限り、ワッテージも小さいし、コンボが一番トーンのバランスがいいな…と思っていたんですけど…

0r4a0301_3M:けど…ナニ?
Y:…けど、スタックを先に弾かせて頂いて、もう最高だったし、コンボもそのままの流れですね。
さっき言いましたように、ボクの場合はスタックかコンボか…というより、「スピーカーの数」なんですね。SC212のようにスピーカーが2台入っているものはお互いに持ちつ持たれつ、「夫婦」のように鳴っているワケです。
その点、キャビネットにしてもコンボにしてもスピーカーが1台の場合は全部ひとつでこなさなければいけない。

0r4a0313_2M:スピーカーの単身赴任ですね?
Y:(笑)そう。だから負担が大きい。その分鳴り方がハデになると思うので、出過ぎないようにトーンを抑えてやる必要があると思うんです。少しだけベースを下げたりとか…。
ゲイン感とかボリューム感は同じセッティングならばあまり変わらない。聴いている耳の位置や距離の違いぐらいですね。
M:それとインプットの「LOW」の話を…。

0r4a0321_2Y:LOWにつなぐと、すごくクリーンな感じですよね。
ボクは普段「LOW」のインプットにケーブルをさすことはまずないんですが…コレ、いいですね。
たとえば…レコーディングの時にHIGHのインプットで完璧に音を作っておいて、クリーンっぽいサウンドが必要な時に、そのままLOWにインプットしてやるなんていう使い方もいいかも知れない。
いわゆるトランジスタのライン的なクリーンではなくて、真空管を通して作った、まさに「Marshallのクリーン」ですよ。
近代的なアンプの「クリーン・チャンネルです」というのとは全く違うクリーン・サウンド。
M:コレにスタンバイ・スイッチの方をLOWにするとどうなります。
Y:(弾く)…あんまり。やっぱり変わりませんね。
でもすごく太くていいですよ。ゲインを下げるとエレアコまでイケるんじゃないですか?
何だかLOWインプットに新しい可能性を見出した感じですよ!

0r4a0328_2本当に気持ちよさそうに弾く三宅さんなのであった!

<後編>につづく

200 
(一部敬称略 2019年4月都内某スタジオにて撮影)

2019年5月14日 (火)

BURNY PLAYS STUDIO RANGE~日下部正則STUDIOシリーズを弾く

 
おかげさまで大好評のSTUDIOシリーズ。
この週末に大阪で開催されたサウンド・メッセでもD_Driveのデモンストレーションで大注目を浴びたようだ。

1250 さて、そのSTUDIOシリーズ…日下部"BURNY"正則(以下、バーニー)に試してもらった!
 
いいわ~。いいんだわ~。
普通であれば単に「STUDIOシリーズがいいんだわ~」となるんだろうけど、私の場合はそうはいかない。
「いいんだわ~、バーニーのギターとSTUDIOシリーズ!」となる。
「ロック・ギターはこう弾け!」と言わんばかりのプレイを最上のサウンドで満喫するゴキゲンな午後になった。
「アレレ?そんなこと言ってるけど、キャビは1936じゃん?」って言うんでしょ?
20そうなの。
このキャビはバーニー愛用の1936。
スピーカーはCelestionのCreambackが搭載されている。いいんだよね~、Creamback。
音に厚みがあって、暖かくて、でも甘すぎない。
バーニーは1987Xの傍ら、このキャビネットを21Wのブティック・アンプと共に使用している。
で、「Marshall」から20Wのフル・バルブ・モデルが出たと知って、「それじゃ実戦さながらに」と、試奏に際してはいつも現場で使っているこのキャビネットを持参してくれたのだ。
つまり、ステージでの即戦力候補としての試奏。
「キミ!こんなアンプ、一体どこで!」…そんなモデルがこの「ビズリーチ」なのだ。
違う!…「STUDIOシリーズ」なのだ!
30vまずはSTUDIO CLASSICのヘッドSC20Hから。
ナントならば、バーニーはかつてJCM800 2210を愛用していたからだ。

180 ん~、いいナァ~。
さすが勝手知ったるところ、チョチョチョとセッティングしてアッという間に素晴らしいロック・サウンドを作って見せてくれた。
バーニーの音なんだけど、JCM800の音…でもJCM800の音なんだけどバーニーの音なのよ。
それがいい優れたギタリストといいアンプのステキな関係。

Oa_0r4a0027続いてはSTUDIO VINTAGE、SV20H。
バーニーのお目当てはコチラ。420 そのポイントはマスター・ボリューム。
え?1959ベースのSV20Hにはマスター・ボリュームなんかついてないじゃないか!って?
そう、付いていないからバーニーは興味を持ってくれたの。
マスター・ボリュームとセンド&リターンがなければないほど音はよくなるからね。
ジェフ・ベックはここのところ1959SLPか1987Xでしょ?理由はそれらしい。

50vストラトキャスターでトライ。
リンクは一切使わず。
ごく小音量でSV20Hを試すと、HIGHがカリンカリン、LOWはモッサモッサでどうにもならない。
そこでリンクの出番となるワケだけど、今度はLOUDNESS1とLOUDNESS2のミックス具合が殺人的に難しい。
チョット触っただけでサウンドが激変してしまうのだ。
私が大学の時に使っていた70年代中盤製のJMP1959を思い出す。
ところが、ボリュームをガッと上げるとアータ、リンクなんてとんでもないよ!
HIGHもLOWも単体で信じられないぐらい素晴らしいサウンド!
そういうことなんだよね~。
バーニーご持参の1936とは相性バッチリ。
つまり実戦で何ら問題なしということがわかった!

60さて、お次はシリーズ全モデルをお試し頂くよ。
まずはSTUDIO CLASSICから。

70今度はさっき試したSC20Hを2×12"キャビネットのSC212で弾く。

321 コレがまたいい。
バーニー持参の1936とのマッチングも素晴らしかったが、バランスの取れたサウンドのこのキャビネットも文句のつけようがない。

80ヘッドはそのままに今度は1×12"のSC112を試す。

280 ドワッ!なんだのこの低音!
1912なんかもそうだったけど、Marshallの1×12"の低音のリッチ加減はタマらんね。
それでいて音像が実にシャープだ。

100v1912はクローズド・バックだったけど、STUDIOシリーズの1×12"はハーフオープン。

310 そして、最後に1x12"コンボのSC20C。
「あ~!」と最初はコンボ感丸出しのサウンドにビックリ。
ところが不思議なことにすぐに耳が慣れちゃうんだな。
スタックとのサウンドの差はすぐに気にならなくなり、コンボのコンボたるサウンドを愉しむ。

120それぞれのモデルでスタンバイ・スイッチの上を押して出力5WのLOW状態にして試してもみたが、実戦で使うような音の大きさだと「あんま変わんないね!」って感じ。
音がまろやかになる…程度かな?
そもそも大きい音を出したくてボリュームを上げているワケだから、そこで出力の設定を下げるのはナンセンスなのだ。
やはり、このスイッチは家のような大きな音の出せない場所で、極端に音を小さくしたい時の方が有効だ。

240 次はお待ちかねのSTUDIO VINTAGEシリーズ。
情けないことに最近はスッカリ物覚えが悪くなって、いくら頭に叩き込んだつもりでも、どっちがVINTAGEでどっちがCLASSICかわからなくなっちゃう。
私なんかはオリジナルJCM800が現役で活躍していた時代の人間なモノだから、JCM800タイプのモデルをCLASSICと呼ぶのがシックリと来ないんだよね。
自分の方がよっぽどクラシックなんだよ。

130CLASSICシリーズの時と同様に20WヘッドのSV20Hを2x12"キャビネットのSV212につないでみる。

530 ボリュームを上げる。
ハイ、言うことなし。
この音の厚み!そしてやっぱりバランスがいい。
そして何たる芳醇なサウンド!デジタル・アンプには絶対にマネできまい!
爆音でもちっともうるさくない。
やっぱりこうなるとスゴイのはバーニーのプレイ!
出てくる、出てくる、ロックのカタマリのようなフレーズ!
バーニーは決して口に出して言わないけど、「ロック・ギターはこうやって弾くんだよ!」と指が言ってた。

150次に1×12"キャビネットのSV112で弾く。

500 当然、印象はSV112の時と同じ。
1×12"とは思えないリッチな低音が炸裂!

160今回のSTUDIOシリーズに搭載されているスピーカー、Celestion G12 V-TypeはVINTAGEもCLASSICも共通だ。

380 最後はコンボのSV20C。

340 当然だけど、コレも印象はCLASSICの時と同じ。
コンボ・サウンド愛好派の方にはバッチリのモデルだ。
今回、飽くまでも「実戦でイケるかどうか?」の見極めのための試奏で、バーニーは普段ステージで使っているペダル・ボードを持参してくれたんだけど、結局最初から最後までアンプ直でやっちゃった。
ひとつにはそれほど生音が素晴らしいということと、コレだけ生音がよければギターとアンプの間に何をつないでも心配なし…ということ。
結果、「大合格」~!
やっぱりロックやMarshallの酸いも甘いも知っているギタリストに良い評価をもらうのはうれしいね。
この仕事冥利に尽きるってもんだ。
そして、STUDIOシリーズのサウンドにも酔ったが、バーニーが弾く我々世代のロックのリフやソロ・フレーズも十分に楽しませて頂いた。
しかし、ビートルズも知らない今の若いギタリストさんたちって、こういう時にナニを弾いて試しているのかしらん?

170思う存分STUDIOシリーズを愉しんだ後は、事務所でお楽しみの打ち上げコーナー。
バーニーとイッパイやったのはずいぶん久しぶりのことで、前回は何年も前の渋谷でのことだった。
その時は、故藤岡幹大も一緒だった。
そんな話も交えつつ、昔の日本のロック業界や名古屋のロック・シーンの話、さらに70年代のロックの話で大いに盛り上がった。
音楽に詳しい人とのおしゃべりは本当に楽しい。
ん?こうしてバーニーがジムに会うのは2000年のMarshall祭り以来じゃない?
あれから19年も経ったんだ…。
 
バーニーの詳しい情報はコチラ⇒日下部 ”BURNY” 正則(guitar)The Official Website
180vSTUDIOシリーズの詳しい情報はコチラ⇒Marshall Blog

200_3

2019年4月19日 (金)

Marshallの造形美を愉しむ~STUDIOレンジ写真集

 

おかげさまでサウンドもルックスも大好評のSTUDIOシリーズ。
今日はですね、事務所で写真を撮ってみたので、そのSTUDIOシリーズからVINTAGEとCLASSICを取り上げてMarshallの造形美をジックリ味わってみようかという企画。
要するにSTUDIOシリーズ写真集。
「写真集」なんて初めてじゃない?
イヤ、毎回ヘタな文章を組み合わせた写真集みたいなものか?
今日は「写真集」なので、機能がどうだとか、音がどうとか…ということは書かないつもり。
あ、ひとつ…今日のタイトルのこと。
我々は何かの一連のカタマリをよく「シリーズ」って呼ぶでしょ?もちろん間違えではないんだけど、英語圏の人って同じ意味ではこの言葉をあんまり使わない気がするんだよね。
見ていると、我々が言う「シリーズ」のことを英語圏の人は「range(レンジ)」って呼んでる。
「連なり(series)」より「幅(range)」ということなのかしらん?
今日はこの言葉で統一してみるね。

10まずはVINTAGEレンジから。
1×12"コンボのSV20C。

20スモール・ゴールド・ロゴと美しいソルト&ペッパー・フレットを味わう。

30ゴールドのパイピングとビーディング、レヴァント・カバリングはビンテージの証。

40このプレキシ・グラス仕様のコントロール・パネルのツラ構えがまたいい。

50SVシリーズは4インプットということもあって1959の20Wバージョンという風に理解している人も多いようだけど、それは違う。
何回も書いている通り、1959というモデルは「100W、4インプット、マスターボリュームなし」…というのが厳然たる定義。
出力が20Wとなった途端、それは1959ではなくなる。
だから「1959タイプ」っていうことね。

60下から見上げたリア・パネル。

80次はSVレンジの1×12"エクステンション・キャビネットのSV112。
まず、フルフェイスのソルト&ペッパー・フレットが目を惹くよね~。
Marshallのフルフェイス・キャビネットって間違いなくカッコいい。

90エクステンション・キャビネットの天端はハンドルのみののっぺらぼう。
でもこの2本のゴールド・ビーディングがデザインを引き締めているね。

0r4a0061リアの様子。

100スピーカーはレンジ共通のCelestion製12"、70W…Celestion V。

110SV20CをSV112の上に乗せてみるとこういう感じになる。
この場合、アンプもキャビネットもインピーダンスが16Ωなので、2x16Ωというスピーカー・アウトプットに結線してやれば上下両方とも鳴らすことができる。
120v次に2×12"キャビネットのSV212。

130vリアの様子。

140vインプット・ジャックはもちろんビンテージ・タイプ。

150タテ長キャビ、いいよね。

160v_2 SV212にはメタル・ハンドルが採用されている。

170vキャビネットをひっくり返すとホラ…。

180別売りのキャスターを取り付けることができるようになっているのだ。

190SV20CをSV212に乗せる。
この場合、インピーダンス・マッチングが取れないので3つのスピーカーを全部同時に鳴らすことは不可能。
SV20CでSV212を鳴らすということになる。

245v続いてヘッドのSV20H。

200_2パッと見ると大きさからして2061Xみたいじゃんね。

225ところがドッコイ、同じ20Wでもこっちは4インプット。「1959タイプ」だから。
LOUDNESSという表示もうれしいね。

220ピン・スイッチとスクエア・パイロットランプもうれしい。

219ゴールド・メッシュをあしらったリア全体の様子は1959ゆずりだが、パネルは黒でその使い勝手も近代風。
1959が誕生した1965年には「センド&リターン」も「DI OUT」もなかったからね。230SV20HをSV212の上に乗っけてみる。

240v同じくSV112の上に乗せるとこういう雰囲気。

250v…と、ココまで来るとやってみたくなるのは三段積み。
SV20HとSV112とSV212を積み上げるとこうなった。
でも、これもインピーダンス・マッチングが取れないのでどちらかのキャビネット1台しか鳴らすことはできないのであしからず。

260v続いてCLASSIC。
同じようにコンボから。
コチラは1x12"のSC20C。

2701981年に発表されたJCM800レンジには2204のコンボ・バージョンの4010や2205の4210等の1×12"コンボがラインナップされていたが、やっぱり雰囲気はゼンゼン違うね。

280JCM800だからロッカー・スイッチ。
今のパーツは表面が曲線になっているけど、昔はカクッとしていた。

290この忠実に再現されたフォントがいいんだよね。

300リアのようす。
昨日はSVレンジと同じ。

310SCの1x12"エクステンション・キャビネットはSC112。

330コチラはエレファント・グレインのカバリング。

340リアの様子。

350インプット・ジャックは円錐形のタイプ。

360スピーカーはSVと同じCelestion製12"、70W…Celestion V。

370またSC20CとSC112を組み合わせてみると、こんな感じ。

380vSCの2x12"スピーカー・キャビネットはSC212。

390_2リアはこんな感じ。

400_2こちらのハンドルは1960と同じプラスティック製だ。
もちろんSV212同様に別売りのキャスターを取り付けることができる。

410vまたSC20CをSC212の上に乗せてみる。
何か上下で「他人同士」っていう感じがしないでもないな。
この場合もSCの時と同じく、インピーダンス・マッチングが取れないので3つのスピーカーを全部同時に鳴らすことは不可能。
SC20CでSC212を鳴らす、ということになる。

D_0r4a3100ヘッドはSC20H。
2203タイプ。
同じように言っておくと、2203の定義は「100W、2インプット、マスター・ボリューム付き」ね。
だからこれは「2203タイプ」ということになる。

4202203に見慣れていると、チョット窮屈な感じがしないでもないけど、この雰囲気はやっぱりステキ。

425パイピングを太い白にしたのも大正解だった。

4301981年にJCM800レンジが発表された時、この両側にまで延びたフロント・パネルのデザインは大きな反響を呼んだらしい。
大学生だった1981年当時、私は70年代製のJMPの1959と1960AXを持っていたけど、世間がそうなっていたことは知らなかったな。
私には「100Wか50W」、「三段積みか二段積」の別しかなかった。
それは今ではこんなことをしているんだから人生どうなるかわからない。

440リアの様子。

450SVと同じね。

460SV20HをSV212に乗せる。

470vSV112に乗せるとこう。
どうなの?
私の印象というか、好みというか、ヘッドと1x12"の組み合わせはSCの方がスキッとしていて、2x12"の場合はSVの方がビシっとキマっているような感じがするな。
きっとフレット・クロスの色の影響なんでしょう。
それと112キャビネットの縁の厚みだ!

D_0r4a3093こっちも三段にしてみると、こんな感じ。
この場合もSV同様、インピーダンス・マッチングが取れないのでどちらかのキャビネット1台しか鳴らすことはできないのであしからず。

0r4a0288いかがでしたでしょうか、黒と白と金のMarshallの世界。
やっぱり最高にカッコいいね。
いまだにストラトキャスターやレスポールが揺るぎないギターの王者の地位を確保している一方、ボタンひとつでどんなことでもできて、メンテもラクラク、そしてどんな音も出してしまうデジタル機材の登場でギター・アンプの世界はずいぶん様子が変わってしまった。
音の良し悪しについては、百歩譲って好みと用途で意見が分かれるところだと思うけど、機材のルックスのカッコよさが忘れられようとしているのではないか?大きな危惧があるんだよね。
今ではホンモノのMarshall三段積みを見たことがない若いミュージシャンがいるんだから。
でもね、デジタル・アンプに音のモノマネはできたとしても、そしてどんなに便利で手軽であろうとも、Marshallのようなルックスのカッコよさだけはマネできないでしょう。
え?外側だけ貸してくれって?ダメよ、ダメダメ!
どうしてこの黒と白と金で出来た箱がこれほどまでにカッコいいのか…。
コレは音楽を作り出した箱なのだ。
だからカッコいいのだ。
目覚めよ真のギタリストたち!
STUDIOレンジ好評発売中。
それにしても、Marshallをキチっと撮影するのは実にムズカシイ。

500

200_3

2019年2月 2日 (土)

レコードだ!CDだ!やっぱりモノだよ、モノ!


今日のタイトルにある「モノ」はステレオとかモノラルとかの「モノ」ではなくて、「物」ということね。
昨秋に導入したSpotifyが「便利」だの、「ラク」だの言ってきたけど、その感想に変わりはない。
でも、やっぱりダメだね。
最初はヨカッタんだけど、私のような古い人間には「音楽」を聴いているような感じが段々しなくなってきて、ナント言うか…ウ~ン、一種の「事務機器」に接しているみたいな感じ?
「アレを聴いてみようか?」とか、「コレはどうなんだろう?」と未知の音源に興味を持ってアクセスしていたのは初めのウチだけで、今現在、音楽的な活用法といえば何のことはない、昔から愛聴しているレコードやCDを引っ張り出すのが面倒だからSpotifyを使って聴いている…みたいな?
イヤ、「引っ張り出す」より「片づけなくていい」の方がありがたいかな。
未経験のアルバムを聴いた時にしても、チョット聴いて波長が合わないと「あ、ダメだコリャ…」ともう1分も経たないうちに打ち切っちゃう。
昔はサ、大枚2,500円も払って買ったレコードでコレは絶対にできなかったよね。
ウチのレコード棚には1回しか聴いたことのないアイテムが山ほどあるけど、1分聴いて止めた…なんてのはさすがに1枚もない。
中学生の頃は、不幸にして好みではなさそうなレコードにブチ当たった時でも好きになるまで意地で聴いたもんだったし。
とにかくタダ同然の音楽って頭に入って来てくれないんだよね。
何かインターネットで調べごとをする時に似ている。
ウェブサイトで何か調べるのはものすごく便利なんだけど、すぐ忘れちゃう。
反対に本を読んで、付箋を貼って得た知識の方がはるかに頭に残る。
ま、この年なので1回でナニかを覚えることが若い頃に比べで難しくなってしまったけど、本からの知識の方がどこか有機的で価値のあるように感じる…そりゃ本を買っているからね。
やっぱり音楽と同じだ。
でもコレも年寄りの古い感覚なんだろうね。
では、若い人はどうか…。
実際に尋ねてみた。
CD等の音楽商品を買ったり集めたりすることに魅力を感じない世代の子だ。
「ストリーミングやってるでしょ?」
「はい、音楽はストリーミングで聴いています」
「フフフン、オジさんも最近そうしているんだよ。でもさ、もし自分の聴きたいヤツがストリーミングで見つからなかったどうするの?お金を出してCDを買うの?」
「いいえ、CDは買いません。もしストリーミングで聴けなかったら、もう聴きません」
「え…」
このことである。
素人&年寄り考えで、タダ聴けちゃうそういうシステムにどうして手塩にかけた自分の大切な音楽をタダ同然で公開しちゃうのか不思議に思っていたけど、こういうことなのね。
そういう媒体に顔を出しておかないと、一生誰の耳にも止まらない可能性が高いんですよ。
とどのつまりはほぼ音楽でお金で取れない…ということじゃんね。
「オッサン、今頃ナニ言ってんだ?」と呆れられそうだけど、コレも実際にSpotifyを導入しなかったら最後まで理解できないことだったよ。
だって音楽ってそういうもんじゃないもん。
でもひとつ…Spotifyのカタを持つワケではないけど、こんな仕事をしていると「チョコっと聴いて調べたい音源」が必要な時なんかには途轍もなく便利だね。
コレには助かっています。
あ、更にもうひとつ。
数か月前に知り合った若いバンドさん。
ビデオの撮影でMarshallやEDENを使ってもらったんだけど、彼らビデオを作ってもCDを作らないのよ。
「それで大丈夫なの?ミュージシャンなのにCDなくていいの?」と訊くと、こういう答えが返ってきた。
「あ、いいんス。あの、いきなりCDを作っても1枚も売れないんッスよ。それよりビデオを作ってまずYouTubeにアップするんスよ。
それに引っ掛かってきて、ライブの動員が増えてくればCDを作るかも知れないス」
…だそうです。
世の中、そういうことになっています。
皮肉なもんでしてね、ロックが一般的になればなるほど、ロックで喰うのが難しくなる…という。
 
もうだいぶ前のことだけど、アメリカ人と話をしていて、「Physical Products」という言葉を初めて耳にした時はかなりショックだった。
寝ても覚めてもレコードだった青春時代を過ごした私には、その言葉が「悪魔の呪文」もしくは「この世の終わり」みたいに聞こえたもんだよ。
「やがてレコードやCDがこの世からなくなってしまうのか?」…けどマァ、なるようにしかならないね。
芸術よりも経済活動が優先だから…。
で、なるようにしてなったのが、レコードのリバイバルだっていうんだからこれまたフシギ極まりない。
さらに自分でもフシギに思っているのは、私がコレをあんまり快く思わないんだな。
だってそうでしょ?
1984年、CDが一般化し出した時、みんなどう言ったよ。
「最高の音質」って泣いて喜んで、座りションベンしたでしょうが…失敬。
「あ、そのアルバム持ってるよ。レコードじゃなくて、エヘン!CDで持ってるよ」なんてことを言ってたヤツがたくさんいたハズだ。
そんなヤツをうらやましく思うことなどなく、もちろん私は「レコードの貞操」を守っていたよ。
CDを凍らせるともっと音が良くなるなんて話もあった。
ところが、以前に何度か書いたように当時は転勤族でね、度重なる引っ越しの労苦に耐えかねて3,000枚以上のレコードを売ってCDに買い替えてしまったんだね。
音質に関してはどっちでもヨカッタ。
それから25年ぐらいは経ったか?
今度はレコード・ブームだってよ。ざけんなよ!…となるワケ。
もうね、Spotifyも経験したことだし…何でもいいわ。
とにかく死ぬまでに少しでも多くのいい音楽を聴きたいわ。
 
ハイ、結論!
とにかく、「音楽はモノで持っとけ」ということ。 
例の仏壇屋のキャチコピーこですよ。
「形は心をすすめ、心は形をもとめる」
ついでに言うと「性格は顔に出る。生活は身体に出る」…コレは関係ないか。とあるお寺の掲示板に書いてあった。
今日の話題はその「モノ」。
Marshall RECORDSのモノがしばらく前に届きましてね。
ようやくイジくる時間ができたので紹介させて頂く。

10まずは、BAD TOUCH。
現在Marshall RECORDSと契約しているアーティストはレコードとCDの両方をリリースしている。
収録曲数はレコードもCDも同じ。
あ、あの日本人が「ヴァイナル」っていう呼ぶのはイヤだな~。「レコード」って呼んで欲しいな~。
20コレがレコード・ジャケット。
いいね、デザインが!
コレをデザインしたのはこのバンドのギタリスト、Daniel 'Seeks' Seekings。ヤケに「求める」人だな~。

30裏はこんな感じ。

40そ~ら、「Marshall RECORDS」のロゴ。
70ダスト・ジャケットも付いてる。

60レコードのレーベルはこう。
ああ、いいニオイ。
輸入盤のニオイだよ。
こうして久しぶりに新しいレコードを手にしてみると…やっぱりレコードはいいな~。
考えて見ると、最後にレコードで新譜を買ったのはいつのことだろう?
Frank Zappaであることは間違いない。
そもそもレコードもCDもZappa以外は新品なんてまず買わなかったからね。

80こっちはCD。
デジパック仕様…悪いけど、小さくて頼りない感じがするナァ。
でも中身はいいよ~。
私がいつも言っている、古き良き伝統のハードロックを踏襲しつつ、今の世代のエキスが詰め込まれている感じ。
どうして日本の若いバンドってこういうのが出て来ないんだろう…それはロックのルーツが違うからなんだね。
イギリスの連中はブルース、もしくはブルース/ロック。
我々の国のロックのルーツはグループ・サウンズなんだよ。要するに歌謡曲だ。

90続いてはマーレコでは古株のコーンウェル出身、KING CREATUREの『VOLUME ONE』。
レコードはコレ。
ああ、コレもいいニオイ。
かつてウチの居間はディスクユニオンと同じニオイがするのが自慢だったんだよ。
だから便通がいいのなんのって!

100ク~「SIDE A」!タマらんね。
その下にMarshall RECORDSロゴ。

110コチラはCD。
コレもデジパック仕様。
KING CREATUREはシュレッド・ギターもふんだんに盛り込まれたマーレコの中では最もメタル寄りのバンド。
私あたりでも何の抵抗もなく聴ける。
先日のNAMMで演奏して来たようだ。

120コレはロンドンやベルファストをベースに活動を展開しているギター女子とドラム女子のデュオ・チーム、REWSの『PYRO』。
コレはCD。
REWSもNAMMで演奏して大きな反響を呼んだようだ。今度はニューヨークへお呼ばれだとか…。
いかにも「海外の女子ロック」という感じ。
不思議なんだよナァ。
イギリスは日本ほどガール・バンドが盛んではないんだけど、「英語で歌っている」とかいうことではなしに、女子でもチャンとこうして「イギリス風女子ロック・サウンド」になる。
やっぱり聴いている音楽が日本人と違うということなんだろうね。
そんな典型的な「海外の女子ロック」なんだけど、チョイとヒネった曲作りがとても魅力的だ。

140こっちがLP。
キャ~!カラー・レコード!
うれしいなったら、うれしいなッと!
1曲目のタイトルが「Let it Roll」っていうんだよ。
もちろん我々世代のアレとは違いますのであしからず。

130 REIGNING DAYSもマーレコでは古株だ。
ヘヴィだよ。
典型的な今の人のハード・ロックとでもいいましょうかね。
でも3曲目の「Chemical」という静かめの曲なんかおもしろいな。
短調の曲が多く日本の若いバンドなんかとはやっぱりゼンゼン雰囲気が違うね…Rockだ。

150今の西洋のロックと日本のロックの一番大きな音楽的な違いって、メロディのワザとらしさの違いだと思うんだよね。
こういうところにルーツの違いが出るね。
私なんかには、日本の若いバンドさんは無理してメロディを作り込んでいるように聞こえるんだよね。
そういうのは「歌謡曲」がやっていたことで、少なくとも「ロック」のやることではない。
でもね、奇妙なことにこの傾向が一番顕著に表れているのは、メロディのキャッチーさよりもパワーで押し切るはずのヘヴィメタル・バンドさんたちなんだよね。
あのサビ…一体誰があんな風にしちゃったの?
正直マーレコの中で一番印象が薄い感じだったんだけど、このバンド、一度見てみたいナァ。

1601989年に結成した北アイルランドのオルタネイティブ・ロックバンドのTherapy?のモノ。
アルバムは『CLEAVE』。
何となくHipgnosisを連想させるジャケット?
このアルバムがリリースされて初めて聴いた時、私にとってはちょっとパンキッシュで苦手な印象があったんだけど、聴き直してみると…いいね。

165「cleave」というのは「突き進む」とか「切り裂く」とかいう意味…まさにそんな感じ。
このバンドはドラムスがカッコいいな。

166最後のモノはコレ。
コレもまずジャケットがすこぶるよい。
Press to MECOの『Here's to the Fatigue』。
「fatigue」か…「出る単」に出てくるよね。「疲労」という意味。
このジャケットの絵はバンドのお友達かなんかが描いたらしいんだけど、Zappaの『Grand Wazoo』あたりのCal Schenkelの影響を受けているんじゃないかしら…なんて思ってしまう。
『Chunga's Revenge』の内ジャケにもイメージが似ている感じがする。

180若バンドなので「若い音」がするのは当然なんだけど、このチームはひと味違うな…と、大分前に初めて聴いた時に思った。
日本の若いバンドには絶対に出せないサウンド。
ハードだのヘヴィだの、とかいうことではなくて、メッチャ若い割には音楽が熟しているという感じがする。
そのカギはコーラスの多用と高度な演奏技術。
やっぱりそれなりの音楽を聴いていないとこうはならないワケで…Marshall RECORDSのプロデューサーに訊いてみたら大当たり。
3人ともFrank Zappaの大ファンなのだそうだ。
やっぱりね…「コーラスと高度な演奏技術」はZappaの影響を受けているに違いない。
それにCal Schenkelだって符合する。
でも音楽は『Freak Out』でもなければ『One Size Fits All』でも『Shiel Yerbouti』でも『Jazz from Hell』でもない。
Press to MECOの音楽なのだ。
コチラはCD。

190ガーンと見開くとThe Carpentersの『Now & Then』みたいになってるよ。
コレ、レコードでやればヨカッタのに!

200以上が現在のところのMarshall RECORDSのモノたち。
よろしくね!

今、音楽商材の和洋の売れ行きの比率はもう、9:1なんだって。
まぁ仕方ないよ、時代だから。
聞いた話によると、今の若い人にとっての「ロック」って「恋」の人なんだって?
松山千春じゃないよ!
まぁ仕方ないよ、時代に合わせて言葉の意味が変わることもある。
でも、このまんまの「ありがとロック」や「草食ロック」でいいのかね?
「仕方ない」じゃ済まされないんじゃないの~?
このまま放っておくと、日本のロックってこの後どうなって行くんだろう?
私が生きている間に顕著な変化が見られるかしら?チョット覗いてみたい気もするナ。
今日紹介したバンドは自分のところのバンドとあって正直ヒイキ目な聴き方をしちゃうんだけど、どのチームも、やっぱり「ロックのルーツ感」というものをシッカリ感じるんだよね。
ナント言ってもビートルズの国だからネェ。
そして、コレらのバンドには日本の「草食ロック」にはない、そしてロックには不可欠な強烈な「肉食」を感じるワケです。
そういえば、どなただったか忘れちゃったけど、Marshall Blogで以前から唱えていた、若い人のロックを指す「草食ロック」という言葉をごく自然に使っていた人がいらしてビックリしたよ。
私だけじゃなくて、やっぱり70年代あたりのロックを経験しているとそういう表現がごく自然に浮かぶんですな?
Marshall RECORDSのように我々も少しでいいから「肉食ロック」を取り戻して次の世代に「ロックはかくあるべき」を伝承したいものです。
え、「肉食ロックってどういうの?」かって?
Marshallをガツンとならす音楽のことよ。

10_2 

200

2019年1月 7日 (月)

明けましておめでとうございます

Marshall Blogの読者の皆様におかれましては幸多き新春をお迎えになられましたこととお慶び申し上げます。

Marshall、NATAL、EDEN、並びにMarshall Blogを本年も相変わらずご支援を賜り度くよろしくお願い申し上げます。

Marshall_logo_square

M_natal_square

M_eden_square

9marshallblognega_3 さて、昨年も何度書いたかわからないけど、やっぱり時の経つのが早すぎますな。
チョット前にMarshall Blogが1,000回目の更新を迎え、常日頃からご登場頂いているアーティストの皆様からの祝辞を交えて記念記事を掲載したばかりだと思っていたんだけどね~。
そうなんです。
今日のこの投稿が1,500本目の記事なのです。
早い~!
実はこの2019年最初の記事がちょうど1,500回目になるように、年末に記事の投稿頻度をチョット調節したんだけどね。
相も変わらず同じようなことを書いて、脱線しまくりのMarshall Blogですが、これからもお引き立てのほど何卒よろしくお願い申し上げます。
 
新年のご挨拶はおわり…。
今日はこの後、エッセイ風に文章だけでお送りします。
ロクなことが書いてありません。
時間の無駄になるので絶対に読まない方がいいでしょう。
 
ココで2018年を、自分の周辺のことでチョット振り返ってみたいと思うのです。
こんなこと旧年中にやるべきことなんだけど、年末はあの紙芝居動画の制作に夢中になってしまって書けなかったのです。
 
ナニからやろうかな?
まず触れるべきは…Spotifyでしょうな?
Marshall Blogで数え切れないほど何度もガミガミ書いて反対して来た音楽配信の類。
Spotifyってのを9月の末にとうとう始めてしまったよ。
「『ダウンロード』と『ストリーミング』は違うゼよ、オッサン」と言われるかも知れないけど、んなことはどうでもよい。
40年以上にわたってレコードやらCDやらに少ない財産と時間をつぎ込んで来たオッサンにとっては「目クソ」と「鼻クソ」ほどの違いもない。
Spotifyを導入したのは、Marshall RECORDSでの仕事でやがて必要になるであろうということがひとつ。
そして、もうひとつは田川ヒロアキ。
彼が出演する9月のチャリティ・イベントにお邪魔した時に「イヤ~、もう時代はストリーミングですよ!」と諭すように口にした彼の言葉が私の背中を強く押した。
日頃はこっちがダマしているので、タマにはヒロアキくんにダマされたと思ってSpotifyに加入してみた。
それでも最初は「チッ、ナンだいこんなの…結局は若者がハヤリの曲を追いかけるだけのツールじゃないの。モノによってはオレのコレクションの方がよっぽどマッシブじゃねーか」などとケチをつけてもみたが、Bluetoothのレシーバーという装置が存在することを知り、早速買って来てステレオに接続して試した瞬間にプカプカと「黒船」がやって来たよ。
ま、それでナニをやっているかというと、CD棚から聴きたいアルバムを探して引っ張り出すのが面倒なので、代わりにSpotifyで聴いている程度のことだったりもするんだけどね。
でもひとつ、私の生活に大きな変化をもたらしたことがあった。
それは「CDを買わなくなったこと」だ。
「CDが欲しくなくなった」と言い換えても差し支えない。
私はジャズのアルバムを中心に、長年にわたって月に20~40枚の中古CDを買う生活を続けて来た。
ところが、行きつけのお店が月1回のバーゲンを止めてしまい、去年の前半からCDをほとんど買わなくなっていたこともあったのだが、Spotifyが完全にそれにトドメを刺したのだ。
もう音楽のジャンルを問わず、楽しみとして聴くCDを欲することがなくなってしまった。
例えばこういうことだ…。
昨日の晩、テレビでラヴェルの「ピアノ協奏曲」を放送していた。
イヤ、コレがまたちょっとジャズがかっていてエラくカッコいい。
以前だったら翌日は中古レコード屋に足を運んでいるところ。
しかし今は違う。
マルタ・アルゲリッチの録音がSpotifyにあったので、それを聴きながらこの原稿を書いているとこと。
CDは要らない。ジャケットもなくても何の不自由もない。
元々そういうモノだもんね、コレは。
だって、Spotifyがあればいつでも聴けるじゃん。もうウォークマンもほとんど使わなくなったし。
私は事務所で仕事をしている間にしか自発的に音楽を聴かないので、ステレオからある程度の音質で聴ければもうコレで十分。
『ホワイト・アルバム』もSpotifyで聴いたよ。
レニーの『Candide』なんかはこの3か月で100回近くは聴いた。
それでもCDは欲しくならなかった。
その結果、2018年に買ったCDの数は、ダントツで「五代目古今亭志ん生」が一番だったわ。
志ん生の音源はSpotifyで検索しても出て来ないから。
私ですらこうだもん…そりゃCDなんか売れなくなるにキマってるわ。
それとね、Spotifyのおかげで「音の調べごと」がすごくラクになった。
Marshall Blogの記事を書いていると、色々と音源を確認しなければならないケースが多いのね。
そういう時に圧倒的に便利なの。
欲を言えば、アルバムの情報が付随していないので、こうなりゃWikipediaにリンクしちゃえばどうかね?どうせタダ同然同士なんだから。
『隠し砦の三悪人』の田所兵衛(たどころひょうえ)ではないが、「裏切りゴメン!」と攘夷はもう諦めるが、それでもミュージシャンの本来の仕事は「音楽を作って、CD(あるいは音の出る何がしかの物体)を発売する」ことだと信ずる佐幕派ではいるつもり。
しかし、我々だって生まれた時からこういうのがあったら「音楽ってタダで聴けるもの」って思うにキマってるわな。
クワバラ、クワバラ。
 
次…「レコード大賞」。
今回は「怖いもの見たさ」でトライしようとしたんだけど、撮影の仕事と重なって結局観ることができなかった。 
大賞が「シンクロニシティ」…おお~Policeか!ま、私は頭脳警察はバッチリだけど、Policeは全く知りませんが。
え?違う?
もうチョット受賞結果を見てみましょう。
最優秀新人賞は「辰巳ゆうと」。どちらさま?…演歌の方だそうです。
優秀作品賞として、「アンビバレント」、「いごっそ魂」、「Wake Me Up」、「サザンカ」、「勝負の花道」、「Teacher Teacher」、「Be Myself」、「Bedtime Story」、「U.S.A.」…。
やっぱり予想通りだったね~!
ウソコケ!
「U.S.A.」を除いてはどの曲も1小節もわからんわ。
「Bedtime Story」なんてHerbie Hancockかと思うわ。
元より私は世の中の流行からかなり距離を置いた人生を送って来ているので、ほとんどコレについて言う資格はないんだけれど、かつてはこんな私でもレコード大賞受賞曲ぐらいは口ずさめるのが普通だったわ。
今、あまりにも普遍性の高い曲、つまり「流行歌」がなさすぎるでしょう?
私が言う「流行歌」というのは、「幼稚園生からオッサンオバサンまでが歌える曲」のことね。
私が子供の頃はそういう曲がいくらでもあった。
だいたい「♪森(とんかつ)、泉(にんにく)、囲(んにゃく)まれ(天丼)」なんて、二次使用作品まで流行したからね。
それじゃいつから世の中の歌がわからなくなったのか?
ウィキペディアで大賞受賞曲をさかのぼってみる。
私が生まれる前、1959年の第1回目の水原弘の「黒い花びら」から始まって、「こんにちは赤ちゃん」から「天使の誘惑」から「また逢う日まで」。
「勝手にしやがれ」から「北の宿から」を経て「ルビーの指環」、「長良川艶歌」、「パラダイス銀河」、「おどるポンポコリン」、「愛は勝つ」、「キミがいるだけで」…今1992年ね。
完璧に歌えないまでも、ココまでは全曲わかった。
次の「無言坂」ってのは知らないな…演歌か?
そして、1994年からアルファベットのタイトルの曲が出始める。
「innocent world」…この辺りから全くわからない。
「Overnight Sensation」…お!「Camarillo Brillo」に「Montana」か?まさかね…。
「Don't Wanna Cry」、「CAN YOU CELBRATE?」、「wanna Be A Dreammaker」、「Winter ,again」、「TSYNAMI(コレは知ってる)」、「Dearest」、「Voyage」、「No way to say」…ココまでで2003年。
ココはどこだ?!公用語は英語か?
イヤチガウ!
先進国で英語力最貧国のウチのひとつがやっていることとは到底思えない。
まぁいい。
ハイ、じゃそこのオジサン、「wanna Be A Dreammaker」歌ってみようか~?
真理ちゃん自転車がなつかしい。
  
次、そのウィキペディア。
Marshall Blogを書く時に多くの場面でお世話になっているのがウィキペディア。
でも日本の事柄を調べる時以外は、まず日本語のウィキペディアをチェックしない。
つまり、海外のことを調べる時にはすべて英語版に当たっている。
だって情報の量が雲泥の差なんだもん。
アレどうして全部翻訳しないんだろう?
まぁ、「作り」の情報も多いといわれているWikipediaだけど、音楽に関することなんかは、ロマンがあっていいんじゃないの?…と私は思っている。
そしてもうひとつ、いつも思っていることがある。
それはね、中国語版のウィキペディアなの。
少しマイナーな海外の事柄や人物に関する記事には日本語版がないことが多いでしょ。
だから結果的に英語版を読まざるを得ないんだけど、そんな記事でもたいてい用意されているのが中国語版なんですよ。
どんなマイナーな記事でもかなり高い確率で「中文」っていう表記が出てる。
端的な見方ではあるけど、「一事が万事」…つまり、中国語を話す人たちに供給されている情報の量は何事も日本人へのそれより圧倒的に多いのではないか?ということ。
こういう所にも国の力の勢いの差を感じて怖くなっちゃうんだよね。
 
次、ガールパワー。
ウチの社長が「日本はゴーバンズが盛んだろ?」って言うので一体何のことかと思ったら「Girl Bands」のことだった。
Marshallの連中も日本のガール・バンドの隆盛には驚きを隠せないようでしてね。
他の国の連中に訊いてみると、コレはどうも日本特有の現象のようだ。
そしたら今、エレキ・ギターを中心としたロック楽器のお客さんというのは9割が女の子だっていうじゃんね。
amazon等の通販の普及により、コワくて行かれなかった楽器屋さんに行かずしてギターをゲットできるようになったことが大きな理由のひとつらしい。
顧客の年齢層が圧倒的に高校生で、学校の軽音楽部のおかげらしい。
Marshallも楽器メーカー…ビジネス的にはとても喜ばしいことなんだけど、「エレキ禁止令」が出た時代を知っている、70年代のロックで育った私なんかにはとても複雑な心境だ。
彼女たちは高校を卒業して、つまり、軽音楽部から離れるともうギターなんかほったらかしになっちゃうらしい。
そんなの当たり前じゃん。
ナゼかというと、「音楽」が先に来ていないからなんだよ。
若いバンドが簡単に解散しちゃうのも同じ。
昔は音楽が好きで、ロックがカッコよくて、どうしようもなくてギターを手にしたもんですよ。
「音楽」はファッションじゃない。
ギターは洋服ではなくて、人を感動させる美しい音楽だったり、時には人に涙を流させる音楽を奏でて楽しむための「道具」だから。
とにかくジャンルを問わず若い人たちに色々な音楽を聴かせてあげるべきだと思うんだけどな~。
Spotifyのようなツールが出て来た割には、聴かれている音楽の幅が昔と比べて極端に狭くなっているように見えるのがとても不思議だ。
 
次、それにちなんでQueen。
どういう風の吹き回しか、「ボヘラ」ブームがスゴイね。
若い人たちも盛んに映画を観に行っているようで、このブームを機に「ロックの先祖返り」を期待している音楽関係者もいるようだけど、残念ながら無理でしょう。
若い人が「感動しました。それにQueenの音楽があんなに素晴らしいものだって知りませんでした」なんて感想を漏らしているテレビのワイドショウのインタビューを見かけるけど、それで終わりでしょう。
あの後に「あの時代の音楽…70年代って言うんですか?その時代のロックをもっともっと聴いてみたいと思います」という発言を期待したいところだけど、そんな若い子は私がテレビを見た限りではひとりもいなかった。
そりゃそうですよ。時代が違うんだもん。
Deep PurpleやLed Zeppelinに夢中になっていた若者とポケモンだのニコニコだのスマホに夢中になっている若者は食べ物も違えば言葉も違う。
もっと言うと気候も違う…コレ、外国人と同じだから。
相容れ合うワケがない。
「イヤ、今の若い人は知らないだけでPuepleやZeppelinを聴かせてあげると必ず『カッコいい!』って言うんだよ」という話を時折耳にするけど、その場ではそう言うし、実際にカッコいいとも思うんだろうけど、家に帰れば全く忘れちゃう。
自分の時代に流布している音楽がいいにキマってる。
私だってプレスリーよりDeep Purpleの方がヨカッタもん。
で、そうしたトラディショナルなロックの将来を考えた時に、ひとつ思い当たった。
若い人たちが60年代や70年代のロックに興味を示さず、この先聴き手(演り手ではない)が全くいなくなってしまったら、その時代のロックはかつての「琵琶語り」や「ドドンパ」のように絶滅するのではないかと考えていたが、そうはならないね。
クラシックやジャズのように、トラディショナルなロックは「古典芸能」として子々孫々細々と生き永らえていくのではないだろうか…ということだ。
そして、そういう歴的な遺産から良質なエキスをうまいこと抽出して時代時代の感性とミックスして、自分たちだけの音楽を作る若いバンドがだけが最後は生き残っていくのではなかろうか…イヤ、それを期待している。
今はまだその前の段階であり、次のジャンプに備えてしゃがんでいるところだと思いたい。
あまりしゃがみ続けて、足がシビれてジャンプできないような気もするが…。

ハイ、ひとりごとは以上で終わり。
あ~、書いた書いた。気が済んだ。
ココまでご高覧頂きまして誠にありがとうございます。
1,501回目からは、以前の通り写真と脱線を交えた内容でお送りします。
まだ詳細は発表できませんが、今年は秋に2回目のMarshall GALAを予定しています。
ゼヒご期待ください。
 
それでは今年もよろしくお願い申し上げます。
 

200 
(一部敬称略)

2018年12月28日 (金)

Marshallの2018年

 
世の中は今日が仕事納めなのかな?
私はまだ明日と明後日、六本木でかなり気合いを入れて臨むお仕事が入っておりましてな、気力満々、張り切っているのでござる。
ところで2018年もアッという間だったけど色んなことがありましたな~。 
さて、Marshall…創業から56年目の年が終わろうしている…って、私も同じ歴史があるんだった。
今年のMarshallはまず「MARSHALL.COM」の元年となって、ウェブサイトのドメイン名も変わり、今までバラバラだったNATALやEDENが「MARSHALL.COM」の名の元に統一された。
豊臣秀吉の心境が今わかったような気がする。 
そして、NAMMで発表したORIGINシリーズがリリースされて、夏ごろになって上陸して来た日本でもおかげさまで大好評だった。
それにビールがありましたな。まだ正式には日本に入って来ていないんだけど…早く飲ませろ!
ORIGINの他にもDSLやMGのリニューアルがあり、Marshallが「LIFESTYLE」と呼んでいるBluetoothスピーカー等もますます好調だった。
そして、本国イギリスではいよいよNATALの認知度も高まり、EDENもTerra Novaシリーズが順調でとても賑やかさが増している。
そんな56年目を振り返ってMarshallがこの1年を振り返り、『Best of 2018』と題したクロニクル・ビデオを制作したのでゼヒご覧くだされ。

今ご覧になって頂いたBGMはMarshall RECORDSアーティストのPress to MECO。
いつかMarshall Blogでも紹介した若いトリオね。LPとCDが届いたので聴いてみたんだけどすごくいい。
さすが若いのに「Frank Zappaが好き!」というだけのことがあるサウンドだ。
今、日本で好きなミュージシャンを訊かれ、Frank Zappaの名前を口にする若いミュージシャンって果たしているのだろうか?やっぱり「ロックの国」の「Rock」だ。
このジャケットもすごくいいよね。

90r4a0691なんでもバンドの友人が制作したとのこと。
イカしたコラージュ具合は、何となくFrank Zappaのジャケット・デザインを担当していたCal Schenkelの作風を思わせる。

90r4a0694そして左上のMarshall RECORDSのロゴ。
そうだ!
Press to MECOだけでなく、REWSやBad Touch、King Creatureらが活動し出してMarshall RECORDSが本格的に軌道に乗り出したのも2018年のMarshallの大きな成果だわ。
いつか日本のバンドもMarshall RECORDSから作品を発表することを期待している。
でも人と同じことをやっていたらいつまで経ってもムリだよ。
連中はそういうところはすごくキビしいから。

90r4a0697そしてMarshallはこんな言葉で2018年を締めくくっている。
 
We've had a busy year in 2018, but we're only just getting started... Stay tuned for more Marshall in 2019.
 
来月のNAMMでは新商品を発表するであろうし、6月1日にはMarshallの地元のMarshall ARENAで『Marshall LIVE』が開催されるし、日本でも来年はMarshall GALAを開催することが決まった。
また2019年もMarshallの2019年は色々とにぎやかになりそうだ。
とにかく早くビール送ってこい!

92com_logo

 

2018年7月13日 (金)

私のフランクフルト <vol.2:2007年>

 
2007年。
2003年から毎年通ったFrankfurt Musik Messeもコレで5回目。
その間、パッと見では会場全体に何の変化もなし。
それにしても向こうの人たちの気温に対する感覚ってどうなってるんだろう?見て!…大抵の人はジャケットを着ているけど、半袖のアンちゃんもいるでしょう?
開催は例年通り3月の末だったが、ブルブル震えるような寒さではないものの、さすがに半袖はないと思いますよ。
シベリアあたりから来た人たちなのかな?あ、言っておくけど、「シベリア」は英語では「サイベリア」ですからね。
南の国から来た私は、多分厚手のジャケットを着こんでいたハズ。
ホント向こうの人って面白いよね、人それぞれで。
だからこのMesseでもNAMMでも、あるいはニューヨークでもロンドンでも、行き交う人たちを眺めていても飽きることがない。

10_2前回も触れたが、Frankfurt Musik Messeは、当時世界最大の楽器の展示会だった。
「ロックやジャズ等の軽音楽用楽器の展示会」ということになれば俄然NAMMが強い。
しかし、全体の規模では圧倒的にMesseなのだ。
そのココロは…まず、クラシック用の楽器が展示がスゴイ。
ピアノからヴァイオリンなどの弦楽器、管楽器、クラシック・ギター等々の品揃えがハンパない…じゃない、中途半端ではない。

20_2それにアコーディオンやリコーダー等のヨーロッパでの需要が大きな楽器。
リコーダーなんて日本では小学校の時に「フエ」として接するだけじゃん?
こっちはありとあらゆる大きさのリコーダーがウジャウジャ展示されていて、「まる子ちゃん」じゃあるまいし、そこら中でピーヒャラピーヒャラやってる。
それよりスゴイのがアコーディオン。
コレはいつかも書いたけど、アコーディオンはドイツの国民楽器なのね。
最近は見なくなったけど、飲み屋にいくと大抵壁に貼ってあった、ハイジみたいな恰好をした女の子が大きなジョッキをいくつも手にして微笑んでるポスターね。
ああいうシチュエーションでは必ず、アコーディオンに合わせてみんなで大合唱をするらしい。
そういえば、アコーディオンを使っているかどうかまでは覚えていないが、『シンドラーのリスト』にもそんなシーンがあった。
ドイツ人は合唱が好きなのかもしれない。
同じビール好きでもイギリス人にはこういうイメージが全くないもんね。
下の写真、コレ、つき当りまで全部アコーディオンのブースだよ。
コレだけじゃなくて、こういうのが何列も並んでる。
でもね、どんなに沢山集まっていてもアコーディオンやリコーダーの音ならおとなしくていいよ。
この建物の1階はいつも阿鼻叫喚の騒音地獄だからね。
ナニかというと、ドラムスを中心とした打楽器の展示スペースだ。

30vそれと、NAMMにないMesseの大きな特徴は楽譜の展示だ。
ヨーロッパとアメリカ中からありとあらゆる楽譜屋がやって来る。
もちろんクラシック中心。
楽譜なんてどれも一緒だと思うけど、その品揃えたるや尋常ではない。
ある時、Universal Editionという楽譜屋のブースに入ってみた。
ウィーンの会社なので「ウニヴェルザール・エディティョーン」みたいに読むようだ。
私はコンテンポラリーなクラシック音楽、いわゆる「現代音楽」がすごく好きで、そうした分野の作曲家たちの写真集がないか?とダメ元で訪ねてみたのだ。
こっちはMarshallのTシャツに汚いジーンズ…おおよそクラシックからは程遠く見えるオッサンにも大変ていねいな応対をしてくれた。
「写真集のようなものはありませんネェ…」という答えだったのだが、少し考えて…「ああ!チョット待って!」と控室に姿を消し、下の写真の冊子を手にして戻って来た。
「こんなモノでよろしければ…」とその冊子を渡してくれた。

40_2中を見ると、出てる出てる、バルトーク、ヤナーチェク、コダーイ、レスピーギ、ベリオ、リゲティ、ブーレーズ…。
写真集ではないし、中身はドイツ語でサッパリ読めないけど、どうにも欲しくなった。
「いくらですか?!」とその対応してくれた方に尋ねると、「ハハハ、お金なんて要りませんよ。どうぞご遠慮なくお持ち帰りください」
私も知っている限りの丁寧な英語でお礼を述べて謹んで頂いて日本に持って帰って来た。

50_2このUniversal Editionというのは1901年創業の老舗楽譜屋で、マーラー、シェーンベルク、ヴェ―ベルン、ワイル等々の版権を持っていた。
バルトーク、ヤナーチェク、ベリオ、リゲティも同様で、要するにこの冊子は、この会社が持っている版権に関するただのカタログなのね。
でも、私の宝物のひとつなのだ。
 
この会社のウェブサイトで見つけたカッコいい言葉をふたつ紹介しておきましょう。
まずはグスタフ・マーラー…「もし作曲家が何かを言葉で言い表わさなければならないとしたら、その作曲家が音楽で悩むことなどないでしょう
ん~、言ってみたい。
こちとら口先三寸で勝負だからね。
もうひとつはピエール・ブーレーズ…「始まりも終わりもなく、発見へと導く新しい道にあふれ、永遠に謎の解けない迷宮こそが音楽である
ロックも1975年ぐらいまではこのブーレーズの言葉がピタリと当てはまっていたように思いますな。その後、商売が絡んでロックの迷宮がスッ飛んじゃった。

60_2この年のMarshallのブースは大幅に様変わりをした。
まず、入り口でジムがお客さんを出迎えた。

70_2そして、アーティストを前面に押し出すようにした。

90_2ディスプレイの様式も以前のような平面的なセットではなく、立体的なデザインに変更。
そして、それぞれの商品の島ごとにイメージ・キャラクターの写真が取り付けられた。

110v_2イングヴェイはヴィンテージ・シリーズだったな。

120v_2ケリー・キングのディスプレイも立派だった。

130v_2以前のMarshallのブースのサイン会といえば、ほとんどジム・マーシャル一辺倒だったが、この頃からミュージシャンがカウンターの中に入るようになった。
ケリー・キングのサイン会はいつも長蛇の列だった。
このお客さんを整列させるのがサイン会の時の私の任務。

140実は、ジムがこの前年に心臓疾患で倒れてしまい、Messeに参加することができなかったのだ。
それでミュージシャンたちのサイン会を組み入れたというワケ。
ジムが来れないということもあってブースの入り口にジムの大きなポートレイトが取り付けられたのだ。

150v「早くよくなってね!」

160_2カウンターにはジムへ送るメッセージを記すノートが用意され、たくさんの人がMarshallの創始者への思いを綴った。
私はこのノートで「Get well soon」という表現を覚えた。

2_rimg0219この人なんか、自分が「get well soon」なのに…。

2_rimg0217 珍しくこんな写真。
これが初ケリーだったかな?
この時より以前、日本のテレビ番組にケリーが出演しているのを偶然見た。
番組のインタビューで「立派なタトゥーですね。身体の中でどのタトゥーが一番気に入っていらっしゃるんですか?」と訊かれると、ケリーは「ムゥゥゥ…そうだな…何だな…頭の後の女神だろうな…ムゥゥゥ、でもオレは一度も見たことがねーんだけどな…ムゥゥゥ」と答えていた。
コレが私にはすごくおもしろくて、こんなルックスだけど、案外ケリーってお茶目な人なんだなと思った。
そこで、控室でケリーと2人きりになった時に本人にこの話をしてみた。
「かくかくしかじか…あの話はとても面白かったですよ!」とケリーに伝えると、「ムゥゥゥ…そうか」…以上何も語らず。
お茶目かもしれないが、コワいルックスも手伝ってチョット取っつきにくいかな?
ケリーを良く知る人にこのことを話したところ知ったのは、ケリーってすごくシャイなんだって。
そうは見えないけどな~。
(※「ムゥゥゥ」はあくまでイメージです)

170_2デモ・ルームも一新。

180_2ココでニコ・マクブレインと2人でドラム・キットを組み立てたのは楽しい思い出だ。
こんなんだってヘタすりゃ下北沢の小ぶりなライブハウスぐらいのキャパはあるからね。

190_2ハイ、2007年のMesseも終了。
これから地獄の撤収作業~!
この人たちはイギリスから来てる大工さん。実際、Marshallの連中も「carpenter」って呼んでた。
大工さんったってみんなカッコいいんだよ、英語もベラベラだし。
さすがに毎年顔を合わせていると、大工さんたちともスッカリ仲良くなっちゃってね。みんなどうしてるのかな~。イギリスで大工さんやってるんだろうナァ。

200コレ、今やっているのはツライ撤収作業を始める前のルーティンなの。
日本とは反対で、作業の前にカンパイしちゃうの。
ま、「乾杯」というよりは「景気づけ」だろうね。
いつもはウィスキーを一杯グイっとやるんだけど、この年はケリーが愛飲しているというスウェーデンかどこかのやたらとアルコール度の高い強い酒だった。
妖しい緑色をしたビンの中身はどう考えても毒薬が入っているようにしか見えなかったが、飲んでみると、グェッ!…マズイ。
みんなも「何じゃ、こりゃ?」と顔をしかめつつ紙コップを傾ていた。

210前回紹介した地元の通訳のステファニー。
あれ以降、Marshallの指名により毎年Marshallのブースに就くことになったのだ。
いつもは撤収の時には帰っていなくなってしまうのだが、この年は名残惜しかったのかココまで付き合ってくれた。
この人はいつ会っても本当に快活で、感じがよくて、素敵な人だった。
チョコっとしたドイツ語をずいぶん教わったけど全部忘れちゃった。

220作業終了。
残っているMarshallは予めドイツ・マーケット用にイギリスから持って来たモノだから片付ける必要なし。コレが多いとゴキゲンなのさ!
壁に掛かっているMarshallはヘタに取り扱うと危険なのですべて大工さんが担当する。

230_2この年は帰りの飛行機の時間まで余裕があったのかな?
意を決して昼間に市中を見て歩くことにした。

370_2まずはフランクフルト中央駅。
「中央」といっても街の真ん中にあるワケではないそうだ。
ドイツ語で「Frankfurt Hauprbhanhof」ということは前回書いたが、「Haupt-」というのは「主要な」という意味。
ドイツのは115もの中央駅があるんだって!どれだけ中央なのよ~?

380駅前のサッカーのオブジェ。というか宣伝塔か?
今回のワールドカップのドイツは散々だったね。

385ヨーロッパのターミナル駅ってステキなんだよね~…と言ってもロンドンしか知らないけど。
ドイツ国内で最も乗降客数の多い駅であるだけでなく、ヨーロッパ最大級のターミナル駅なんだって。
1日の乗降客数は35万人。
それがどれぐらいかと思って調べてみると…お!新宿が36万人だって。次いで池袋で27万人。関西で言うと梅田が24万人。
エエ~!新宿や梅田より全然ユッタリしてるぞ~!一体なんなんだよこの違いは!
ちなみに下の写真は朝撮ったもので、ラッシュアワーの直前ぐらいかな?
ココもやっぱり改札がない。

390_2構内には軽食屋の他、色んなお店が並んでいる。
やっぱこうして見るとかなり大きいね。

400_2何回かお世話になった構内のマクドナルド。
この頃はまだ食べてた。
こんな箱に入って出て来る。
今は全くこういうモノを食べなくなった。もう何年食べてないかな~?
止めて最初の頃は時々食べたくなったけど、今はゼンゼンへっちゃら。

410_2ドイツのカップヌードル。
「カップ・ヌードルン」…でもコレはおかしい。ドイツ語で「cup」は「Tasse」のハズ。
麺類だけに英語とドイツ語のチャンポンになってる?
ドイツ人の友達が言っていたけど、ドイツ人でも若い人たちは英語の表記に憧れるんだって。同じアルファベットなのにね~。
そんなことやめなさい。自分の国の言葉を大切にしなさい。

420_2みんなと一緒に夕飯に行ったりするのが面倒な時は自室でディナー。
中央駅の地下にある店で惣菜を買って来る。
ハンバーグ、シュニッツェル、ウィンナー。これをビールで流し込めばディナー完了。
ところがコレがスゴイのだ!
何がスゴイって殺人的にしょっぱいのだ!
イヤイヤ、冗談じゃなくて、舌がシビれてくるぐらいしょっぱい。
私は辛いモノは大スキだけど、しょっぱいのはダメ。ウィンナーはまだいいんだけど、他の2つはとてもじゃないけど半分も食べられなかった。

430_2話を戻して…中央駅を背に駅前のメインストリート、「カイザー通り」を進む。
ドイツ語で「通り」は「Strasse」という。
そう、こんな時に口ずさむのはThe Sensational Alex Harvey Bandの「Action Strasse」ね。
そして「カイザー(Kaiser)」は「皇帝」という意味。「カイザー=カエサル」…ジュリアス・シーザーから来た言葉。

440後を振り返るとこんな感じ。右の奥の方にメッセ・タワーが見える。
やっぱ遠いな。

450ドイツ最大の駅でもこうしたホームレスの姿を見かける。
前回書いたようにジョンの「フランクフルトは危険な街だ」という言葉を思い出す。
駅前で下半身丸出しで歩いているオッサンを見たこともある。そのオッサンの目がコワかった。もう焦点がゼンゼン定まっていなかった。

445駅前で堂々と営業している巨大なポルノ・ショップ。
向こうの人はゼンゼン平気だから。女性もドンドン入って行っちゃう。
その代わりコンビニで自由にエロ本を見たりするなんてことはできない。
いつかドイツ人の友達が私にこう訊いたことがあった。
コレは以前に書いたかな?
「シゲ、日本には満員電車の中で女性の身体を触ったりするヤツがいるんだって?」
「ああ、molesterのこと?」
「痴漢」は英語で一応「molester」という。
「ナンダ、それ?molesterってナニ?」
彼は、会議の時にまた戦争でもおっ始まるのではないか?と思うぐらいの激しい舌戦をアメリカのディストリビューターと繰り広げるほどの英語の使い手なのよ。
「ナニ、ドイツにはmolesterがいないの?」と訊くと、彼はキッパリ「そんなヤツは1人もいない」と答えたよ。
「そういうヤツ」がいないので「molester」という単語を知らなかったのだ。
そして彼はこう付け加えた「日本の男性はそっちの方の欲求のハケ口がないって聞いたよ。だからそんなことをするヤツが出て来るんじゃないの?ドバ―っと開けっ広げにした方がいいんだよ」って。

460なるほど、このポルノ・ショップの大きさと主張は彼が指摘することのひとつの表れかも知らんな。
480店名の「Dr. Muller」ね。
「Muller」というのは超典型的なドイツの名字だとか?アメリカでもドイツ系移民の名前の代表は「Mullerさん」らしい。
私の母方の叔母が嫁いだ先のアメリカ人の家が「Muller」さんなのよ!
フランクフルトでこのことを口に出したことはない。

470お、変なポスター。
ドイツ語で「地下鉄」は「Andergraund」じゃないですからね~。

490vドイツ語で「地下鉄」のことは「U-Bahn(ウーバーン)」という。
「Bahn」は「鉄道」ということ。
「U」は何か?
「Untergrund」…つまり「地下」のこと。
なるほど。
だから同じく潜水艦のことをU-Boot(ウーボート)」というのか…と思うのはチト早い。
潜水艦の方の「U」は「海の下」を意味する「Untersee」の「U」。
元は「氷の下を進む船」ということらしい。
私は潜水艦が浮上したり潜航したりする動きが横から見ると「U」の字に似ているからかと思ってた。
アメリカ人だったら絶対コレが「U-Boat」の語源にしてるよ。

Ugjpちなみに、この本面白いよ。
また吉村昭。
戦争中に日本海軍が潜水艦でドイツまでレーダーを取りに行く話。

Ss さらに進んで中央駅の方を振り返る。
やっぱいいよね、ヨーロッパの街並みって…他にロンドンしか知らないけど。

500_2フランクフルトはヨーロッパ経済の中心地で「欧州中央銀行」の本店があるところ。

510_2しかし、EUもどうなっていくんだろうネェ。
米中間の貿易戦争が始まったけど、ホンモノの戦争が起こりやしないかと気が気じゃない。洋の東西を問わず、政治家や大企業家の頭の中では「経済」と「戦争」は「金」という等号で直結してるからね。

520_2カイザー通りを歩くのは初めてではないけれど、こんなところまで足を延ばしたのは初めて。

530_2こんなんなってるのか。

540_2イヤでも目に入って来るバカでかい建物は「聖バルトロメウス大聖堂」。
英語読みをすると「バーソロミュー」。

560v歴史は7世紀にまでさかのぼるらしい。
神聖ローマ帝国皇帝の戴冠式はココで行われたのだそうだ。
しかし、現在の建物は1950年代に再建されたものなので、ウチよりもよっぽど新しい。

570v「レーマー広場」と呼ばれる旧市街地。

580聖バルトロメウス大聖堂からすぐのところ。

590vこういうギザギザになっている屋根を「切妻屋根」という。
ユダヤ人の音楽は「クレツマー」だ。
この写真の真ん中の他よりチョット背の高い建物が旧市庁舎で「レーマー」といったことからここがレーマー広場と呼ばれるのだそうだ。

600広場に足を踏み入れると「おお~!」となるんだけど、それだけ。
どっかで見た景色だな…と思ったら長野の白馬の土産物屋。
なんだかペナントとか木刀とか熊の彫り物でも売ってそうじゃない?

610特に見るところもなさそうで、これなら名古屋の有松とか千葉の佐原の方がゼンゼン見ごたえがあるな…というのが正直なところ。
ゴメンな、レーマー。

620市内をユッタリと流れるマイン川。

630時折こんな建物に出くわすのは面白いけど、概して見るところがない。
「ゴエテとはオレのことかとゲーテ言い」でおなじみのヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの生家なんてのもある。「♪でもねボクにゃ詞なんてわからない」(←コレ知ってる人、チャンと日本のロックを聴いてる人)

640vコレが町の教会かな?
アラ、向こうに大聖堂のアタマが見えてるね。

550他にも「ゲットー博物館」というのがあって、入ってみたけど、コレはマァ見応えがあったな。
興味のある事物に関する博物館の類は、なるべく観ておくようにしている。

650コレだけ何でも手に入る東京にいて、どうしても自由に手入れることが不可能なのは、海外の芸術とエンターテインメントだと考えるているから。
やっぱり日本語で聴くグリザベラやエポニーヌの歌はどうかと思うから。

660<つづく>
 

※Instagramのフォローもよろしくね!Marshall Blogに未掲載の写真もチラホラ!⇒marshallamps_shige 

200

(一部敬称略 2007年 Frankfurt Musik Messeにて撮影)

2018年7月 7日 (土)

私のフランクフルト <vol.1:2003~2006年>

 
一応説明しておくと、よくMarshall Blogに掲載している「私の〇〇」っていうのは下の写真の本から拝借している。
1973年から雑誌『暮らしの手帳』に連載された、女優沢村貞子のエッセイ『私の浅草』の単行本。
沢村貞子は黒澤明の『七人の侍』の「七郎次」や『用心棒』の「新田の亥之吉」を演じた加東大介のお姉さんね。長門裕之や津川雅彦の叔母さんに当たる人。
生年は1908年(明治41年)。
歌舞伎系の家柄ゆえ、浅草は観音裏の猿若町に生まれている。
猿若町は「江戸三座」と呼ばれる舞台小屋があった江戸後期屈指の繁華街。それこそ『私のディープ浅草』で解説しているのでゼヒご覧頂きたい⇒コチラ
で、この『私の浅草』には、アメリカの文化に毒される前の日本人がまだチャンとしていた頃の暮らし向きがごく自然に記してある名エッセイなのね。
若い頃はチョコっと読んでほっぽり出してしまったけど、こうして歳を取って読んでみると、興味深いことが実にたくさん書いてある良著なのだ。
従前よりMarshall Blogでは、国内外を問わずどこかへ出張した際の紀行文やエッセイを掲載してきた。
自分で言うのもナンだけどコレが存外に好評でしてね。
それに気を良くして、とても沢村さんには及ばないものの、『私の浅草』に倣って自分のエッセイのタイトルに「私の〇〇」と勝手につけさせて頂いている次第。
それで今日から何回かにわたって、『私のフランクフルト』と題して『Frankfurut Musik Messe』、要するに「ヨーロッパのNAMMショウ」の思い出をつづらせて頂く。
ナンだって「いきなりフランクフルト?」ということになるが、先日掲載したドイツ大使館のレポートを書いていたらすごく懐かしくなっちゃってサ。
…と言うのも、9回ほど訪れたフランクフルトは、私の今のポジションの原点のひとつでもありましてね。
楽しい思い出ばかりでなく、Marshallや海外の文化に関する沢山のことをフランクフルトで学んだのです。

108_0r4a7635初めてフランクフルトの地に降りたのは2003年の春のことだから、さほど昔のことではない。
フランクフルトって、もちろんソーセージでおなじみのドイツの地名だけど、正式には「フランクフルト・アム・マイン(Frankfurt am Main)」っていうんだよね。
だから機内のアナウンスなんかでは「当機はあと1時間でフランクフルト・マイン空港に到着します」とか言ってるね。
「マイン」というのは川の名前。
だからイギリスでいう「ニューキャッスル・アポン・タイン(タイン川沿いのニューキャッスル)」とか「ストラッドフォード・アポン・エイヴォン(エイヴォン川沿いのストラッドフォード)」とかと同じなんでしょうな。
世界4大文明も示すように、人間が川のそばで文明を築いてきたことのひとつの証ですよ。

10フランクフルト空港は世界最大級のハブ空港でルフトハンザ航空のホームだ。
ヒースローに初めて行った時もそうだったんだけど、初めてこの空港に来て、飛行機の発着の掲示板を見た時はブッたまげたよ。
知らない地名やパッと見ではピンと来ないような地名がズラズラと並んでる。
成田では考えられない。
アフリカとか東ヨーロッパとか、成田から直行便が飛んでいないような国々なんだね。
こういうのを見ると「Far East」っていう言葉の意味を理解した気になる。
アッチからみると日本という国のロケーションは中途半端ではなく、「東のハズレ」なのよ。20入国審査のスタンプ。
飛行機のイラストが入ってるの。
ココの入国審査がかつては信じられないぐらいユルかった。
もう一切何も訊かないで、次から次へとスイスイだった。ヒースローとはエライ違いなの。
ところが、テロの予告だか、ヨソでテロが起こったかなんかの時に丁度出くわしたことがあった。
すると一変して、今度は入国の審査が「蟻の子一匹通させん!」みたいに不必要なまでに厳しくなっちゃって、「オマエら!今までは何だったんだよ?!」なんてこともあった。

30初めて行った時、ドイツに住む家内の友人の家族がお出迎えに来てくれた。
到着して早々、おいしいドイツ・ビールをしこたまごちそうになってしまって顔が真っ赤だわ。
ご主人のクラウスは音楽が好きで、以前日本に住んでいた時、Marshallのイベントを観に来てくれたことがあった。
音楽の話をすると面白いよ。やっぱりドイツ人なワケ。
ドイツの人は重厚な伝統を守り抜く精神とそれをガンガンぶっ壊す精神が同居していると聞く。
だからベートーベンやワーグナーを崇め奉る一方ではフリージャズが大人気だったりする。
だから、クラウスの口から出てくるバンドの名前となると、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンとか、アシュ・ラ・テンペルとかそんなんばっかりで、どんなに間違えてもスコーピオンズなんて名前は出て来ない。
ちなみに他のドイツの知り合いの口からも「スコーピオンズ」という名前が出て来るのを聞いたことがない。そのウチの1人は「ふ、古すぎる!」ってビックリした感じだった。
私はジャーマン・プログレが苦手なので、クラウスとの音楽の話はいつもすぐに終わっちゃうんだけどね。
Es tut mir Leid、Claus!
コレが15年前か…。
クラウスが捕まえている小さな女の子はお嬢ちゃんのYukoちゃん。

_2cmコレがクラウスの現在の日本の住まいで去年撮った写真。
一番左が家内の親友で、その隣が上の写真のYukoちゃん。
15年経つとこんなに大きくなる。
クラウスも大きくなってる?イヤ、私が縮んでるのか?
ドイツ人って男性も女性もすごく大きいんだよね。骨の頑丈さが日本人と全く違う感じがする。
それなのに…Yukoちゃんの後に少し見えてるオジちゃん。
この時、飲み過ぎて完全に正体を失っちゃって、みんなで担いで駅まで運んだ。
それが尋常ではない重さで、ドイツ人の体躯の良さを実感したわ。

2_2img_6829さて、フランクフルト。
私が知っている唯一のドイツ。
下はこないだのドイツ大使館の時にもチョット触れた「frankfurt Hauptbahnhof」、つまり「フランクフルト中央駅」の正面玄関。
空港から地下鉄ですぐ着いちゃう。
こっちの地下鉄って改札がないのよ。さりとて昇降している乗客を監視している駅員も見当たらない。
つまり、切符を買わずにいくらでもタダで乗れちゃう。
でも、「不正乗車を見つけたら、テメェ、タダじゃおかねーからな!」というお触れが駅や車内に掲げてある。
「タダよりコワいモノはない」とばかりに、コレにビビって不正な乗車をしている輩がいないようだ。
コレを日本でやったらどうなるかね~?
でも結局地下鉄で空港から市内に入ったのは1回だけだったな。いつもタクシーかホテルの送迎バスだった。
このタクシーがね~…コレはまた別の回で。

40フランクフルト中央駅前のようす。
「ヨーロッパ~!」って印象が強かったな。
ロンドンとはまたゼンゼン違う。

50初めて行った時に泊まったホテル。
Marshallの連中は「Park Hotel」と呼んでいたけど、正式な名称は「ル・メリディアン・パーク・ホテル(Le Meridien Frankfurt)」。
Marshallの定宿だった。
その後、何度も泊まっているウチにボーイさんとも顔見知りになった。
1階に(ヨーロッパ風に言えばG階)に「カサブランカ」というバーがあって、「King of Casablanca」というピアノの弾き語りのおジイさんがいてね。
よくジムはその人のピアノに合わせてジャズのスタンダードを歌っていた。
最近、その「King of Casablanca」の近況を耳にする機会があったのだが、もう引退したかと思ったら、何かが当たって今ではテレビに出てるっていうんだよね。
大したもんだわ。

605つ星ホテルなんだけど、部屋はお世辞にも広いとは言えない。
寝るだけなので何ら問題ない。

65v_2部屋からの眺めもこんな感じで面白くも何ともない。
ま、寝るだけだからね。

65駅前の惣菜屋で買ったドイツ式ホットドッグ。
カイザーとかいう丸いパンに長いウインナ・ソーセージを挟んで食べる。
ニューヨークのホットドッグのようなコッペパンは使わない。
頑固に丸いパン。
正式な食べ方をドイツの友人に訪ねたが、特に決まりはなく、大抵ははみ出しているウインナの部分をかじってから、パンの部分を残ったウインナと一緒にカジっているようだ。
ま、当然か…。
味はというと、ウインナが極端にしょっぱいんだよね~。
ホットドッグはマンハッタンの$1のホットドッグが一番おいしい。

66『Frankfurt Musik MESSE』の会場へはホテルから歩いて20分ぐらい。
コレは途中にある古いビル。
夜になると若い人がウジャウジャ集まってくる。
1階がディスコになってるの。

70市内を走る路面電車のレール。
葉っぱかなんか生やしちゃって…こんな大都市なのにノンビリした感じでしょ?

80こんなヤツが走ってる。
かなりスリムな3両編成。

2_car MESSEの会場はもうすぐ。

90コレが国際展示場のシンボルのオブジェ。
「働くオジサン」というタイトルかどうかは知らない。

100vコレが入り口。

110vパスはこの名刺みたいなヤツ。
「O」とか「A」とかのアルファベットで「業者」や「ビジター」等の所属を表す。
ランヤードは無料。
で、このパス。
私が最後にMESSEに行ったのは2011年なんだけど、その時までこのパスで上の路面電車に乗れることを知らなかった。
Marshallの連中もそれを知らなくて、路面電車に乗らずにホテルから会場まで、毎年毎日エッチラオッチラ歩いて通ったんよ。
私も人から聞いて知ったんだけど、Marshallの連中に教えてやったところ、みんな遠慮なく路面電車を使うようになった。

95会場に入る。
「Musik Messe」が開催されるのはいつも3月末から4月の上旬の間で、そう寒くもなく、暑くもなく、日本の同時期と同じ気候。

120vやっぱり目に付くのはこのメッセ・タワー。
1997年までヨーロッパで一番高い建造物で、今でも2番目なんだって。63階建。

130vこの教会のような建物はホールになっていて、Musik Messeの期間中、数々のイベントが開催される。
一度だけドラムのイベントを観るために中に入ったけど、もんのスゴく広いの。

140v会場の中庭のようす。
四方を囲んでいる建物がすべて楽器の展示場として使用される。

150よくみんな「メッセ、メッセ」と言っているけど、「Messe」というのはドイツ語で「Fair」の意味ね。
日本の楽器業界で「メッセ」と言うと、自動的にこの「Musik Messe」を指すけど、ココでいろんな「メッセ」があるワケ。
コレは楽器の展示会だから「Musik Messe」ね。「Musik」はドイツ語で「音楽」という意味。
でもMarshallの連中は「Messe」なんてひとことも言わず、みんな「Frankfurt」と呼んでいた。
175v会場はクラシック関連の楽器と軽音楽関連の楽器で展示棟が分かれていて、その他にも照明だけの展示の棟、PA機器だけを展示している棟など、はるか向こうまでMusik Messeの会場になってる。

170「ナム、ナム」と仏壇屋のコマーシャルみたいなことを言ってるけど、この「Frankfurt Musik Messe」こそ世界最大の楽器の展示会だ…ったんですよ。
「だった」というのは、グローバル化が進む中、ビジネスの中心が中国にシフトして、多くの楽器メーカーが「上海メッセ」に重点を置くようになり、フランクフルトは急速に縮小しちゃったのです。
私が行っていた時は、毎回「過去最高の展示社数」を更新していて、その最もにぎやかだった時を体験させてもらった。 
NAMMなんかでもやってるけど、中庭には大きなテントが張られて一日中にぎやかな音楽が会場に鳴り響いていた。

160一応NAMMは「Traders Only」ということになっているけど、Musik Messeは初めから一般に開放している。
 
この左側の4階立てのビルが我がギター関連のブランドの展示場。
初めに行った頃、4階は結構ガラガラだったけど、2011年になると、その4階の展示場も結構パンパンになっていた。
それが今や…トホホらしい。

180ああ~、なつかしい~!2003年のMarshallのブース。
開始前日の様子。
ギターもしくは軽音楽関係の楽器の展示が集まる建物に入ってすぐの所にあったMarshallのブース。
となりは「Fダー」さん。
その2つはロック関係の展示で最大のブースだった。
どれぐらいの費用がかかるのかMarshallの仲良しに尋ねたことがあったが、「かるく家が1軒買えるほど」だとか…。

190展示してあるアイテムは全てホンモノなので重いのなんの。
1個や2個運んで終わりというワケにはとてもいかないので、腰にはとにかく要注意。
ま、Marshallの展示の設営が大変なのは百も承知済。
ところが思わぬ伏兵が潜んでいてね…それがコレ。
下のポスターとカタログを入れるためのビニールのバッグ。
コレがシンドイ。
まず、ポスターの束が信じられないぐらい重い。

440vそして、このビニールのバッグ。
中にはイギリスの工場で人海戦術で詰めたカタログとステッカーが入っている。
下の写真の段ボール箱の中に入っているのは全部このバッグ。
いくつあったんだか知らないけど、この倉庫がその段ボール箱でイッパイになっちゃう。
箱ひとつが結構な重量で、運び入れるのが地獄の苦しみだった。

450vコレは控室。
冷蔵庫や水道が完備されていて、お昼の前になるとMarshallの女子社員がサンドイッチを作ってみんなに配る。
先日来日した現社長夫人のエリーもよく作っていたっけ。
驚いたことに、当時は会場内は喫煙OKどころかタバコ売りの婆さんが「シガレッテン~」とか言って、会場を歩いて回っていた。
そんなだから、この控室も喫煙OK。
というのも、ジムが葉巻を吸っていたからね。
当時は私も吸っていました。
何でもない写真だけど、撮っておくもんだね~。こんなの忘れてた。

415この時MODE FOURを発表したんだよね。

200v皆さんもなつかしいでしょう?…AVT。
ザックが50Wのコンボを愛用していたように、いいアンプだったよね。

230この年の前年の2002年はMarshallの創立40周年記念だった。
だからこんな歴史っぽいディスプレイが取り付けられた。
F_2ff1JCM800 2203も40周年を記念して前年に復刻されてリバイバル・ヒットとなった。

240vで、私はココで何をしていたのかというと、搬入と撤収の手伝いに始って、ポスターを巻き巻きしたり、カタログの補充、サイン会の列の整理、ブースに立ってお客さんに案内をしたり…要するにMarshallのスタッフと丸っきり同じことをさせてもらった。
お客さんはMarshallのブースにスタッフとして東洋人が突っ立っているもんだから、少しギョッとしてたけど、ほとんどは何も気にしないで平気で私に声をかけて来てた。
でも、ドイツ語なのよ。
よくドイツ人は英語がウマいと言うでしょ?もちろん日本人とは比べ物にならないぐらい上手な人が多いんだけど、できないヤツもかなり多いよ。
そういう時どうするか…。
「English please!」…コレだけでいい。コレを言うと英語ができないヤツは「おお、ダンケ」とか言って立ち去って行く。こっちはホッとする。
だけど、中には「English please!」と言った途端、急にベラベラと英語で喋り出すヤツもいるんだよね。
まぁ、毎回いい経験になりましたよ。
私の体験で言うと、同じゲルマン語系民族ということもあって、オランダ人が一番英語がウマい感じがするな。
で、毎年行ってると、顔見知りのお客さんができるんだよね。
今でも顔を覚えているけど、何かがキッカケでそのお客さんとイングヴェイの話になってね。
どうも私が大の「イングヴェイ・マルムスティーン・ファン」だと思い込んじゃったんだろうね。
それ以来、その彼はMarshallのブースに来て私を見つけては「ヘイヘイ!イングヴェイ聴いてる?」とか「イングヴェイどうしてるかな?」とか近寄って来るワケ。
「あのね、私は特段イングヴェイ・ファンじゃないのよ!」とも言えなくていつも困っていた。

F_2ff3多くはなかったけど、ブースを訪ねて来るヨーロッパのミュージシャンに合うのも楽しみだった。
写真がもう色トビしちゃってるけど、コレはジョン・ポール・ジョーンズ。
ジムに挨拶に来たの。
実は、私はコレの前年に彼に東京で会っていたので、「私のこと覚えていらっしゃいますか?」と尋ねると「もちろん!扇子の彼だろ!」と即座に答えてくれた。

F_2jpj1その前年、JPJから要請を受けて、彼が出演するイベントにDSL100を貸し出した。
こっちもね、Led Zeppelinとお近づきになれるチャンスなんてそう滅多にあるもんじゃないので、挨拶に行った。
私は実際に4人のメンバーの中ではJPJが一番好きなのだ。大きさも手頃だし。
その時に手土産に持って行ったのが当時の販促品の「Marshall扇子」。
コレをプレゼントしたら大層よろこんでくれてね~。
それで私が「扇子の彼」なワケ。
この写真真っ暗だけど、昔の赤坂ブリッツ。まだ丘の上にあった頃。
そういえば、ココにタクシーでArch Enemyに4100を配達したこともあったっけな~。

F_2jpj2Focusのタイスなんかも来てたな。
下の女性はミュージシャンでもなんでもない。
ステファニーといって、現地で雇う通訳さん。
とても感じのいい人でね。
ドイツ語、英語、フランス語、スペイン語、そして少しだけイタリア語ができるって言っていた。
そして、こんなことを言っていた。
「私はこうして色んな会社に雇われて、ブースの通訳をしてきたの。今回初めてMarshallにお世話になるけど、今までこれほど家庭的な会社はなかったわ。
どこの会社も大抵すごく威張っている人がいて、みんなその人のご機嫌を窺って働いていたけど、ここはそういう人もいなくて、みんなすごく仲がいいわ!一緒に仕事をしていてとても楽しいの!」って。
ま、この頃はまだ「ジム・マーシャル」って大ボスがいたんですけどネェ。

_rimg0107右側はデモ・ルーム。
基本的には防音の環境が整ってないところで音を出してはいけないルールになっている。
昔、「爆音を出した、出さない」で主催者とモメたことがあったらしい。
Marshallが「じゃ、いいや。もう来年から出展しないわ」と切り出した途端、「チョチョチョチョチョチョ、それは困ります」ということで一気に主催者側が折れて解決した…という話を聞いたことがある。
Marshallはそれほど重要な出展者だった。

410中はこんな感じ。
この頃は現プロコル・ハルムのジェフ・ホワイトホーンとMarshall専属のプレイヤーがデモを担当していた。
で、ある時、ベース&ボーカルズのジャズ・ロウクリーがノドを潰してしまって声が全く出なくなってしまったことがあった。
そこでどうしたかというと、社員にものスゴク歌のウマいヤツがいて、その彼が代理で歌ったんだけど、ナント、上のステファニーもメッチャ歌が上手で、「Smoke on the Water」とか歌ってた。
「誰、誰、誰が歌ってんの?」
「ステファニーだよ!」
スタッフ全員でステファニーを応援して、クラスメイトみたいで本当に楽しかった。
「このままMarshallの社員になれたらいいのにな~」と思ったよ。

420朝はジムを囲んで…イヤ、特に囲んでいるワケではいないんだけど、スタッフ全員でホテルで食事をするのね。
夜は夜で予定のない人が集まってみんなで街に食事に出かける。
コレがまた楽しかった。

2_img_6908よく行ったのがマイン川を渡ったザクセンハウゼンというエリアにある「アドルフ・ヴァグナー」というドイツ料理店。

260かなり有名なお店。

270店内はこんな感じ。
とにかくいつでもギュウギュウに混んでる。

2_resこのレストラン、ドイツなのにビールを全く置いてないの。
ナニを飲むとかというと「Apfelwine」…ザクセンハウゼン名物のリンゴのお酒。
コレばっかり。
家庭で作った梅酒みたいに、手作り感が中途半端ではない。
写真にあるピッチャーに入っているアプフェルヴァインをコップに入れて、好みに応じてスパークリング・ウォーターで薄める。
炭酸水で薄めるのは、グイグイいっちゃって知らぬ間にベロンベロンになっちゃうのを防ぐためだとか。
でもアルコール度数がゼンゼン高くないので、そんな心配は無用。
それより酸っぱくて、酸っぱくて!でもおいしい。

280料理は完全にドイツ料理のオンパレード。
下は日本でもおなじみにシュニッツェルね。猛烈においしい。

290後はとにかく肉、肉、肉。
ステーキのような牛肉ものもあるけど、豚肉料理が多く、実際その肉の味が実によろしい。
ただし味付けはトコトン濃くて油っこい。
だからあの酸っぱくてサッパリしたアプフェルヴァインが合うのかもね。
サラダのドレッシングなんかも、「罰ゲーム」かと思うぐらい酢がキツい。
酢が苦手な私はとてもじゃないけど食べることができなかった。

300中庭もあって、夜空の下でワイワイやることもできる。

2_awo 下はその時のようす。
つまり、私が初めてドイツに行った時のこと。
ほとんどの人の顔にモザイクがかかってるでしょう?
そういう人たちはもうMarshallにいないということ。
モザイクがかかっていないのはIT関係の仕事をしているゲイリーと私だけ。
もうスッカリ古株なんですわ。
で、この時、この中の誰かが私にこう訊いた。
「シゲ、この『アドルフ』っていうドイツの名前を知ってるかい?」って。
私は「もちろん!コレでよく知られているからね!」と、まっすぐ伸ばした右手を斜め前に上げた。「ハイル・ヒトラー」のポーズだ。
すると、それまでワイワイ楽しそうにやっていた全員が私の仕草を見て、瞬時にして凍りつき、「Nooooo!!!!!!, Shigeeeee!!!!Don't do tha~t!!!!!!!!」と一斉に私に飛びかかって来た!
まぁ、ビックリしたよ。
ドイツで公衆の面前でこのジェスチャーをすることは法律で厳に禁じられていたのだ。
そりゃ私だって少しは歴史を知ってるから、人前でワザワザそんなことをしたりはしないよ。
訊かれたからやっただけなんだけど、まさか法律で定めてあるとは知らなんだ。
このことは、よっぽど連中にとっても驚きだったようで、翌年、ほぼ同じメンバーでこのレストランに来た時、その中の誰かが真っ先に「シゲ、去年ココでナニをやったか覚えてる?」と言われたよ。
それほど衝撃的だったというワケ。
でもね、コレは地球の裏側で暮らしている我々には計り知れないことでね。
ある会社のドイツの駐在員が、空港でお母さんを出迎えた時、ゲートから出て来た彼女にむかって「こっち!こっち!」と右手を斜めに上げて手招きした。こんなの誰でもするでしょ?
ところが、コレだけで周りの人からガンガン注意を受けたらしい。

F_2ff6ある日、みんなと会食に行かずに、夕方ひとりで地下鉄に乗って街に出てみた。
ともすれば、フランクフルトで見た景色がMarshallのブースとホテルの天井だけになりそうだったらね。
なんか殺風景なんだよ、街が。
何となくサメザメ~としてる感じがするの。シラけているというか…ロンドンなんかとは全く雰囲気が違う。
ココも大戦中、連合軍の空襲によって市街地の70%が破壊されたというからね。
新しい建物が多い。

310ドイツ人の友達が言っていた。
「シゲ、ドイツはとても美しい国なんだ。フランクフルトを見て、コレがドイツだなんて間違えても思わないでくれよ!」って。
その彼のお父さんは東ドイツのスパイで、西側に拘束された時の拷問が原因で発狂してしまった…とか言っていた。
そんな話をごく普通の友人から聞いてごらんよ。スゴいショックだよ。
我々、今の日本で暮らしていている限り、そんなこと考えたり、想像したりすることなんて絶対ないからね。

320vよって、好きな古い建物がもなくてツマらん!
デヘヘ、ウソ。
ココがツマらない理由は中古レコードが見つからなかったからだよ。
私にとっての「いい街」は「いい中古レコード屋」がある街なのさ。
翌朝、ブースで「昨日、シゲは1人で何をしてたの?」なんて訊かれて、「地下鉄に乗ってひとりで街を見に行ってきた」と伝えると、それを横で聞いていたジムの運転手を務めるジョンが怒り出した。
「シゲ!夕方に1人で街になんか出かけては絶対にダメだ!ココは世界で一番たくさんの人種が集まっているところで危険極まりない街なんだ!Marshallの連中も外では3人以上で活動するルールになっているんだぞ!」
私をからかっているのかと思ったら、ジョンは真剣に怒ってた。
でもそれを聞いてマジでビビったわ。

330最後のザッパのバンドのサポート・ギタリスト、マイク・ケネリーと1枚。
ベースのブライアン・ベラーと2人きりで「Inca Roads」とか「What's New in Baltimore」を演奏していて大感動。まさに超絶!
「Carolina Hardcore Ecstacy」の弾き方を教わっちゃったしてうれしかった。
マイクとはホテルが一緒で、朝食の時にマネージャーとザッパ談義をしたのがすごく楽しかった。
ふたりとも一番のお気に入りのアルバムが『One Size Fits All』ということで朝から盛り上がった。

_2mk_2翌2004年にはMarshallからご指名を受けた。
うれしかった。
一生懸命やったからね。見てくれている人は見ているもんです。
ブースの設営や解体はもちろん、ポスター巻き、会場の整理、お客さんへの応対等、「オレが、オレが」と何でもすすんでやった。
ナゼならそれがメチャクチャ楽しかったし、面白かったから。
でも一番彼らが感心していたのは…ゴミ拾いだったのではなかろうか?
朝、ブースに行くと、前日の来訪者のゴミが落ちているワケ。
掃除の業者が入ってそれらを片付けるんだけど、こっちはそんなこと知らないから、ゴミを拾って歩いたんだよね。
その私の姿を見て驚かれちゃったワケ。
「おい見ろよ、シゲがゴミを拾って歩いてるぞ」という声も聞こえてきた。
こないだのサッカーの日本チームの控室じゃないけど、我々ってそういうの何かイヤじゃない?
自分のゴミでなくてもつい片付けたくなっちゃう。
向こうの連中は格差社会の影響があるのか、そういうことをするのが信じられないみたいなんだよね。
それと、もうひとつみんなが感心して面白がってくれたのが英語の学習。
英語に浸かって過ごすなんて、こっちにしてみると生のイギリス英語を勉強する千載一遇のチャンスじゃない?
そんなチャンスを逃すまいと一計を案じたのは、小さなメモ長をいつも首からブラ提げておいて、知らない英語表現に出くわすたびに「今の英語ナニ?教えて!教えて!」と頼んで、都度そのメモ帳に記していった。
これが連中にも面白かったらしくて、しばらくすると、「シゲ、コレ知ってる?」と向こうから教えて来てくれるようになった。
今でも同じようなことをやってるんだけどね。しかし一向にウマくならん(I don't get any better)
 
替わって2005年。
どういうワケか、2004年の写真が出てこなかった。
Marshallのブースの模様替えは2年に1回。つまり、2回連続でブースが全く同じ造作になる。だから2003年と同じデザインだった2004年は写真を撮らなかったのかも知れない。

340ズラリと並んだ歴代のスタックのディスプレイ。

3502005年は100Wモデルの生誕40周年を記念してMarshall初の100WモデルJTM45/100が復刻された。
この8x12"のキャビネット、本当にスピーカーが入っていて、オッソロシク重かったの。
いくら屈強な白人でも、コイツを取り扱う時だけは、「おーい!」と仲間を呼んで数名で動かしていた。
そんなんだもん、ピート・タウンゼンドも諦めざるを得なかったワケよ。
このキャビネットは現在でも工場のミュージアムに飾ってある。

400コレはこの復刻モデルの取扱説明書。
「Go over big with Marshall」というのは当時使っていたキャッチ・コピー。
「go over big」というのは「成功する」という意味。
ま、「Marshallでひと山当てよう!」ってところ。
8x12"にしてしまうと、上に書いたようにデカいわ、重いわでニッチもサッチもいかなくなってしまうので初めから4x12"を2台重ねて8x12"に見える仕様にした。
日本に6台入れて、そのウチの1台は誰もがご存知の大人気ミュージシャンが即決で買ってくれた。

2_2jtm100 何回も書いてるけど、また自慢しちゃお。
このモデルを復刻するにあたって、1ヶ所回路に不明な点が見つかった。
実機を観れば一目瞭然なのだが、その時はリファレンス機が工場になかった。
それで、Marshallは実機が日本にあることを突き止め、オーナーに頼んでその不明な部分を写真に撮って送るように頼んでくれ…と言って来た。
そのオーナーこそ現Marshall Museum Japanの館長の竹谷和彦さんで、当時はまだ面識がなかったが、連絡を取ってこの作業をお願いした。
竹谷さんは快諾してくれて、すぐに対応してくださり、このモデルが完成したというワケ。
それで、Marshallはこの取扱説明書のスペシャル・サンクスに竹谷さんのお名前を掲載し謝意を示した。
ケン・ブラン、マイク・ドイル(マーシャル本の著者)、ジョン・エントウィッスル、ピート・タウンゼンドらの名前に並んで私の名前も入れてくれちゃったのだ。

2_2jtm100r MGとギターを組み合わせた「Rock Kit」という初心者向けの商品を発売したのもこの頃だった。
この商品には教則DVDが入っていて、日がな一日、ブースのディスプレイでそのDVDを流していた。
そのDVDのオープニングに使われていた音楽が「♪ビヨ~ン、ビヨ~ン」とかなりミョウチクリンなモノで、4日間、朝から晩までズ~っとそれを聞いていたもんだから耳にこびり付いてしまって、日本に帰ってからもそれがアタマから抜けるまで不快な思いをした。
それでもこのコーナーは若い子で大賑わいだった。

360Static Xのウェイン・スタティックがMGのイメージ・キャラクターだったんだよね。
この人も亡くなってしまった。
渋谷のO-EASTで生前の彼の演奏を観たんだけど、本当にMG100を使っていて、それまで聴いたことのないような、他に類を見ない独特のサウンドだった。
ホントに向こうの人は「人と違ってナンボ」が第一だからね。
そして、アンプが自分のサウンドを作る重要な楽器であることをよく認識していると感じた。
アンプに対する感覚や意識が根本的に日本人とは異なっているような気がする。

370ラック…なつかしいな。

380vAVTの島がこんなに小さくなっちゃった。
こういうの日本語で「島」って言うじゃない?コレ、英語でも「island」って言うんだよ。
ついでに…上の写真なんかで、アンプをラックに固定するために横に飛び出してる黒い部分があるでしょ?
我々はこういうの「耳」っていうよね?コレ、英語でなんて言うか知ってる?
「ear」っていうんよ。簡単じゃんね。

390グッズの販売コーナーは年々拡大して行ったな~。

430セット完了。
開場前のようす。
左下に写っているのはジム・マーシャル。
ジムの仕事は何といってもサイン会。
毎回、呆れるほどの長い行列ができた。
ジムはサイン会の時以外でも、コマゴマと色々な作業をしていたナァ。

500Messeの期間中、大抵2日目ぐらいの夜にMarshallの関係者が集まるパーティが催された。
いわゆる「Marshall Party」。
世界中から集まったディストリビューター、関係業者、ミュージシャン、ジムの友人等々、参加者が200人を優に超える大パーティだった。
興が乗ってくるとジムの出番となる。
よく「S'wonderful」とか「Somebody Loves Me」とかジャズのスタンダードをア・カペラで歌ったりしていた。
この時はまだジムもピンピンしていて、ドラムスを叩いたんだね。
左手の甲に黒いバンドしてるでしょう。
神経痛だったんだろうね、私にも「左手が痛くてネェ」なんてよくコボしていた。

510演奏しているのはもちろんジャズ。
ジーン・クルーパがジムのヒーローだから。
若い頃のジムのドラミングなんて見てみたかったナァ。

520最終日。
恐怖の撤収作業。
この作業は「空き箱との勝負」となる。
期間中、ココから少し離れたところにある倉庫に空き箱が保管してあって、まずそれを取りに行って来ないと作業が進まない。
これだけの量だから空き箱も中途半端な量ではないんよ。
それらをいかに早く取って来るかで明暗が分かれる。
いつか、5時かなんかにシヨウが終わって、空き箱が到着したのが9時ぐらいだったことがあったからね。
それから大急ぎで作業をしてアッと言う間に終わらせて帰ったんだけど、お隣さんは我々が現場を離れる時になってもまだ空き箱が到着していなかった。
皆さん、さぞかし怒り心頭かと思うと、車座になってみんなでギターを手にして(ギター屋さんだから)楽しそうに歌を歌ってんだよ。さすがアメリカ人!
もうひとつこの作業で厄介なのは、商品と空き箱に付いているシリアル・ナンバーを合致させて箱に入れなきゃならないのね。
誰かが空き箱のシリアル・ナンバーを読み上げるんだけど、当然ブッ速い英語でしょ?
コレを聴き取るのが結構大変なのよ。
ま、今なら何でもなく聞き取れると思うけど、今度は体力が追いつかん。
だって、この頃は今より最大15歳も若かったんだから!

_rimg01082006年。
ね、2005年とほぼ造作は同じ。

540違いといえばこんなのが登場したぐらいか?

108_rimg0002この年もとても楽しかったな~。
もちろん一生懸命働いた。

560<不定期につづく>

※Instagramのフォローもよろしくね!Marshall Blogに未掲載の写真もチラホラ!⇒marshallamps_shige 

200

(一部敬称略 2003~2006年 Frankfurt Musik Messeにて撮影)

2018年5月22日 (火)

ベトナムに行ってきた!~私のホーチミン vol.8 <最終回>

  
日本もだんだん暑くなってきたね~。
イヤだな~、夏。
でも今年は何となく気がラクなんだよね。
ナンとならば、まだ日本が寒い時期にすでにベトナムで激ヘビーな真夏を味わったからサ。
どんなに暑くなっても「あのベトナムに比べれば…」と思いさえすれば、日本の夏なんて乗り切れそうな気がするのだ。
それほど暑かったベトナムの旅もいよいよ最後。
ベトナムから日本へのフライトは夜の11時半発。最終日もタップリ1日現地をすごすことができる。
ありがたいような、迷惑のような…。
ま、ココまで来ればジタバタしても仕方ない。買い漏れているお土産をゲットするためにまた街へと繰り出した。
 
こんなおしゃれなレストランのディスプレイを発見。

05スーツやアオザイの1日仕上げなんてのも人気のお土産らしい。

15vこれ、前回登場した居眠りばあさんが扱っていたグリーティング・カード。
なかなかよくできていて、見つけた時は必ずお土産に買って帰ろう…と思ったが、どこでも売っていることが判明して止めた。

10「サイゴン・スクエア」というマーケット。
アメ横のガード下の店を数限りなくかき集めた感じ。
洋服やバッグ等、コピー商品を取り扱っている小さな店がギッチギチに詰まっている。

40そんな中で見つけたのがこの小さなお店。
「ナンだろう?」と思って立ち寄ると、若い店員さんが英語で声をかけてきた。
コレ、石鹸屋さんなの。
とても感じのよい2人の応対がうれしい。
最近、時々家内が天然成分だけを使った石鹸作りを楽しんでいることもあって少しお土産に買ってみた。

45マンゴー、レモングラス、はちみつ、ココナッツ、それにベトナムのオリジナル・フルーツ味ってのをを買ってみた。
「味」ったって石鹸だから食べられるワケではないんだけれど、すごくよくできてる。いい香り。
でも、それほど安くはない。

46実は旅の中盤からお腹がユルくなっちゃってね~。
前半は胃、後半は腸だ。
痛くはないんだけど、水より薄いやつがサラサラ~っとね。尻を緩めた途端、オットットット…みたいな。
そういう感じだから外に出るのもチョット怖かったの。
そんな時に大助かりだったのが、サイゴン・スクエアの向かいにあるこの高島屋。
「サイゴン・センター」という最新のビルに入っている。

70入り口には、おお~!ローズちゃん!
ベトナムに来ているとは思えないホーム感。
実はローズちゃん、Marshall Blogに登場するのコレで3回目なんだよね。
初登場はコレ⇒Music Jacket Gallery 2016
2回目はコレ⇒Marshall HEADPHONES~音のあるくらし

80v でも、男の子がいるのは知らなかった。
ローズ郎くんかなんかいうのかな?

90店内はスゴイよ。
最上階までズドーンと吹き抜けになっていて、新しい分少なくとも日本橋の髙島屋よりキレイ。

100そして、何よりもキレイだったのがココのおトイレね。
ウォシュレットこそ付いていないまでも、日本でもそうは見かけない清潔感漂う空間。
「ク~、これならいくらでもできる~!早くまたもよおさないかなッ!」なんてね。

110やっぱり入っているお店もシャレている。
ココは地下の食料品売り場。
家内に頼まれたチョコレート屋さん。

120こんなオシャレなパッケージなのよ。以前も書いたと思うけど、ベトナムはカカオがとれるのでチョコレートの生産が盛んなんだと。
で、この「Pheva」というお店が人気で、以前はハノイにしかなかったのだが、高島屋のオープンとともにホーチミンにも開店した。
いくらか買ったけど、チョコレートに色々と混ぜ込んだタイプのヤツが多くて、私の口にはチョットばかし合わなかった。
でも、家内に言わせると大変おいしいそうです。
そうそう、この売り場、支払いのシステムが変わっていて各店舗にはレジがないの。
どうなっているのかというと、フロアに何カ所か集中レジみたいのが設置されていて、どの店でも買い物をすると請求書みたいなモノを手渡される。
で、ソイツをその集中レジに持って行って支払いを済ますというシステム。
私が行った時は空いていたけど、このシステムだとお客さんが集中した時なんかは相当な待ち時間になるハズだ。

130さぁて、困ったのが子供たちへのお土産。
あまりお土産を買って帰ることはないんだけど、今回は「Tシャツ」というリクエストがバッチリ提示されていたので、数枚買って行くことにした。
なるべく変なTシャツがいい…という。
街を歩いていると怪しげなTシャツ屋がゾロゾロ並んでいるが、そういうところで買うのもどうかと思い、意を決してあのマーケットで買ってみることにした。
ホーチミン最大と言われるベンタイン市場だ。

140コレまでも冷やかしで幾度となく入ってはいるものの、「買い物をするぞ!」と決心して足を踏み入れたのはコレが初めてのこと。
ちなみに「冷やかし」は吉原から出た言葉。語源を知りたい人はコチラをどうぞ。
150入り口に設置してある注意書き。
コレがわからん。
「持ち物に注意」はわかるのだが、いくら考えても左右のピクドグラムが何を言おうとしているのかがわからない。
男性が両手を降ろしている緑の方はOKで、ナゼ後ろ手に組んでいる赤い方はNGなのか?
「両手をフリーにしておきなさい」ということなのか?
もしそうだとしたらもうチョット何か描きようがありそうなもんだけど…。
皆さん、コレどう思います?教えて~!

145どうせ奥へ入っても置いてあるものは同じなので、入ってすぐの店で買うことにした…というより、このオバちゃんの勧誘に負けた。
いつもなら完全シカトと決め込むところだけど、今日は買うつもりだからね。オバちゃんの言いなりになってみた。
オバちゃんと言っても私より大分若いな。
それがスゴくてさ。
私が会社をやったら恐らくは営業として採用するわ。
さて、こういうところは当然商品に値札を付けていない。最初は吹っ掛けてくることも知ってる。
となれば当然値段を訊くでしょ?
すると「どっち?」とすかさず日本語で訊き返して来る。
「どっちってナニが?」と尋ねると「円か~?ドンか~?」と来る。
こっちは残りのドンを限りなくすべて使うつもりだったので、ドンのほうが都合が良いと思い、ドンで頼むと、やっぱりわからないのよ。
オバちゃんはそんなマゴマゴしている私の様子を見て取ると、「あ、それ?100,000ドン!500円!!」とか「ハイ、それは400,000ドン、2,000円!!」とかズバズバ押し込んでる。
やっぱり値切ってみると当たり前のように値段が下がってくる。
「OK。じゃ6枚買うから〇〇円にしてよ」とか言ったら「さっき、その値段でいいって言ったジャン!」と注意されてしまった。
「チョット、写真撮らせて」と頼んだら、しっかり商品を宣伝してやんの。
でもオバちゃんゴメン!半目になっちゃった!

160例のドンコーイ通りのラッキープラザに出かけていくらか食料品を買い増した。
お腹が危なくなったら髙島屋へ駈け込めばいいから安心。

170_2家内のリクエスト通り、ココナッツ・オイル、ハス茶、ドライ・フルーツ、コショウ等々、ベトナムの特産品を買い込んだ。
やっぱり安いわ~。

196ことのほか「ライム塩胡椒」とかいう調味料が出色だった。
ライムとは言うものの、レモン風味の塩コショウ。
何にでもマッチしてすごくいい感じ。
1本60円。
でも、やっぱり好事魔多し…というほどではないけど、まず封を開けてないヤツを見て。
ナゼか中身が2/3ぐらいまでしか入っていない。
容器が大きいのか、内容が少ないのか…何か理由があるのだろうか?
次、黄色いキャップを開けると普通は付いているはずの穴の開いた内部キャップがない。
ドバっといっちゃう危険性大。
この穴の大きさと内容量からすると、ひと振りで全部なくなっちゃうかも?

S33173121_1495775433865555_77305943 ココナッツ・オイルは日本に比べて格安だというので2ビンほど買って行ったが、後にコイツがスーツケースの重量制限の大敵となった。
ココナッツやドライフルーツがお好みなら…と試しに買ってみたのが下のヤツ。
いかソーメンではない。
それこそココナッツのドライフルーツってヤツ。
これがかなり高レベルのズイマ。
ただ甘いだけなんだけど、変にココナッツの風味があって、噛むとジャリジャリと砂を噛んでいるようなイメージ。
ウチはもう食べないので、Marshallの事務所に来る若いミュージシャンたちに強引に食べさせちゃおう。

1_img_6582それとコーヒー。
以前、ウチの下のセガレがインドネシアの「コピ・ルアク」というジャコウネコのウンコから採取したコーヒー豆を私の誕生日にプレゼントしてくれた。
ジャコウネコが食べたコーヒー豆が消化されずに熟成され、ウンコと共に排泄される頃には豆のコクが著しく増しているというモノ。
一体誰がそんなモノを最初に試したかが気になるところだが、ジャコウネコだってそうそうウンコばっかりしてもいられないので、おのずから生産量が限られ、値段にハネ帰って来る。
要するに超高級品なワケ。
で、ラッキー・プラザのコーヒー売り場には「WEASEL」というラベルの付いたコーヒーがたくさん並んでいる。
「weasel」とはイタチのことね。
ベトナムでは「コピ・ルアク」と同じことをイタチを使ってやっていて、タヌキ・コーヒーなんてのもあるらしい。
お店の売り場にある日本語の説明書きにはすべて「ジャコウネコ」と記してあったが「weasel」は「イタチ」だ。
例のお店の女の子が「高級品です」というのでひとつ買ってみた。
200gで600円。
他のコーヒーに比べると2~3倍の値段だ。
さすが「イタチ野郎」!

197つまりこういうこと。
コレがやりたくてココまで引っ張った…というワケではなくて、このイタチ・コーヒー、一緒にベトナムに行った元同僚が後に調べてくれたんだけど、どうもそこらで売っているイタチ・コーヒーはすべてマガイものらしい…と言うのだ。
そこで私も合羽橋の老舗コーヒー問屋「ユニオン」に豆を買いに行くついでにそのあたりのことを教わって来た。
実はベトナムで獲れるコーヒー豆は「ロブスタ種」といって我々が普段飲んでいる「アラビカ種」というものと種類が異なるのだそうだ。
「アラビカ種」の方が品質が上らしいので、単純な比較はできないが、その店では例の「コピ・ルアク」50gを2,000円程度で販売していて、それでもかなりお買い得なのだそうだ。
つまり、上の200g入りに換算すればその値段は8,000円。
繰り返すが、私は上の商品を600円で買った。
やっぱりどうもクサイ思ったよ、ウンコだけに!
美味しかったかって?ウ~ン、次のチャンスがあっても買わないでしょうな。マズくはないんだけど、取り立てておいしいワケでもなかった。

198ナンダカンダで飛行機のチェックインの時間が近づき空港へ移動した。
受付の女性はすべてアオザイ姿。
すべて現地人スタッフ。
イヤ~、今回は久しぶりにスーツケースの重量の調整に苦労したよ。
こんなの23年前に初めてニューヨークへ行った時以来。あの時は本をいっぱい買っちゃったんだよね。
今回もそんなことになる予定はなかったんだけど、どうにも預け荷物の上限である23kgをクリアできない。
カメラとPCの重量でどうにもならないのだ。
ナゼかその元の同僚が秤を持っていてくれてね、大分助けられた。
とにかく少しでも重量のあるものをスーツケースから出さなければならない。
まずはカメラとPCだわね。機内持ち込みのバッグに突っ込む。
他にも携帯ウォシュレットも取り出してバッグに突っ込む。
すぐにバッグが満杯になってしまった。
いくらもしないのを知っているので、例のベンタイン市場にスポーツバッグを買いに外に出た。
「グェェェェ!あ、暑い!」
しばらくホテルの中にいたので外が酷暑であることをスッカリ忘れていたのだ。
これじゃ飛行機に乗る前に汗でビチョビチョになっちゃう!…ってんで、すぐに引き返した。
するとその元同僚が「これでよければ」…と、自分のパソコンを取り出して、空になったその取手の付いたケースを貸してくれた。
「ありがとう…」
それにも詰め込むだけ詰め込んで、何とか23kgをクリア!
そうして意気揚々と空港に向かったというワケよ。
おかげで機内持ち込みのバッグには、つまり私の背中にはカメラやらPCやらが移って来てこの世のモノとは思えないほどの重さになっちゃったけどね。
でもヨカッタよ~、見ていたらやっぱりカウンターで荷物を整理させられている人がいたもん。

200手荷物検査でチョット引っ掛かっちゃった。
X線検査の担当者から「何か『マシーン』が入っているのか?」と訊かれて、最初なんのことかと思ったが、すぐに携帯ウォシュレットのことだとわかった。
何て答えたのかは覚えていないが、「トイレで使うヤツ」ぐらいのことを言ったのかな?
その彼は「オ~、イエス!」とすぐに理解した。
今度は「見たい?」とこちらから訊くと「No thank you!」だって。
彼が携帯ウォシュレットを知っているところを見ると、多くの日本人が携行していることが容易に想像できる。
アレは確かによい。
別に紙でもいいんだけど、海外に行くとどうしても生活のリズムが崩れしまい、硬くなるか、柔らかくなるか…いずれにしても携帯ウォシュレットがあると大変便利なのだ。
おススメ。
 
空港のコンコースに並ぶ売店。
コレらの売店で流通している標準の通貨はナゼかドルなんだよね。
値段の表示にベトナム・ドンが見当たらないのだ。
最後の最後に持っているドンをすべて使ってお土産を買った。
それでもいくらか残ったけどね。
「全部使ってくれ」と店員さんに残ったドン札を差し出したところ、「ココで買えるモノはありません!」だって!

210出立を待つ搭乗客。11:00過ぎだよ。
ナイト・フライトってのはあんまりいいもんじゃないな。
乗るまでに疲れちゃって…かと言って飛行機の中でガンガン寝られるワケでもなし…

230…ということで、以前から観たいと思っていた『ラ・ラ・ランド』が飛行機のビデオの中にあったので、観てみた。
ジャズ・ピアニストと女優の卵のラブ・ストーリー・ミュージカル。
あまりにもスタンダードな物語の設定。
「ミュージカル作品」としては古いミュージカル映画を観慣れている私なんかにはどうも素直に入って来ないナァ。
挿入歌については、気持ちはよくわかる。
冒頭のフリーウェイを舞台にしたモノすごい長回しのダンス・シーケンスや夜中の山の上シーンのような撮影技術には圧倒されちゃうけど、アイリスやワイプをチョコチョコ使うところなんかは、古いモノを新しいテイストで強引に作り直した感じがあまりにも強いと思った。
でもね、ジャズ・ファンならニヤリとさせらるシーンが結構あって楽しい。
彼女が部屋に入ってきて何の気なしにイスに座ると「そこに座るな!それはホーギー・カーマイケルが座ったイスなんだぞ!」なんてシーン。
コルトレーン、エヴァンス、シドニー・ベシェ、チック・ウェッブ、カウント・ベイシーなんて名前がジャンジャン出てくる。
チャーリー・パーカーのアダ名がナゼ「Bird」か、なんてシーンもあったな。
主人公のセブが登場するライブのシーンも結構凝って作ってあって好感が持てる。
特にジャズ・コンボのシーン。
昔、『グレン・ミラー物語』で、トロンボーンを吹くことができなジェイムス・スチュアートが本人の役を演じた時、必死に練習してスライドのポジションを覚えたとか…1か所だけ間違えてしまったらしい。
セブがキーボーズを弾くシーンにはそんな丁寧さが感じ取れる。
そもそもチック・コリアとハービー・ハンコックを足してマッコイ・タイナーで割ったようなフレーズが信じられないぐらいカッコいいんだよね。
後で調べてみたら、あのピアノはセブを演じたライアン・ゴズリング本人が弾いているとか。
元々はピアニストじゃないのよ。
向こうの役者はホントにスゴイ。
途中で気が付いたのは『La La Land』というタイトルについて。
コレって、フランス語の定冠詞「La」とLos Angelsの「LA」、それに「Land」を組み合わせているんだな?
つまり、映画やジャズを題材にロサンゼルスという街の魅力を伝えようとしているのだろう。
ま、でもジャズはやっぱりニューヨークだからね~。
まばゆい陽光の下でコルトレーンやパーカーの名前が出てもどうもピンと来ない。
「La」は女性名詞に付ける定冠詞だから、ロサンゼルスは女性ということになろうか?
 
まったく上げてるんだか、下げているんだかわからない感想文になっちゃってるけど、この映画に関してどうしても書きたいことがある。
ひとつ胸に突き刺さるような印象的なシーンがあったからだ。
それはいつも私が考えていることに対する回答でもあり、賛同でもあり、反対に悩みを増長するものでもあり…。
それはセブが彼女に向かって悔しそうにこう言うくシーン。
「みんなは『ジャズは死にかけている』って言うんだ。そんなことない!でも彼らは『ジャズはもう十分に生きたじゃないか。だからもう死なせてやれ!』って。そうはさせない。ボクはジャズ・クラブを作ってまたジャズを盛り上げるんだ」
正確ではないが、ま、こんな感じ。
「もう死なせてやれ!」というところでヤラれた。

Lll私にはセブのセリフの「ジャズ」という言葉が「ロック」という言葉に聞こえたからだ。
「ロックはもう十分に生きた。ロックはもう死なせてやれ」って…そう聞こえたんだよね。
ジャズは進化に進化を重ね、最後は「何でもあり」のフリー・ジャズに行きついたところでやることがなくなりニッチも(ジャズだけに)サッチも行かなくなってしまった。
ところが、ウィントン・マルサリスあたりのスターを得て、「新主流派」というしかつめらしい名称のもと、見事先祖がえりを果たして生きながらえている…どころか若い優秀なミュージシャンが続々と現れている。
小規模ながら演る側、作る側、聴く側のすべてが若返り、バランス良く機能しているとも言えよう。
そこへ行くと、あれほど流行ったフュージョンはどうなったか?美人ジャズ・ボーカルズはどうなったか?
熱心なファンも多いことだろうから結果はご想像にお任せするが、やっぱり流行りものは必ず終わりがl来るということだ。
ちなみに落語もジャズ同様のことが起こっているらしい。両方とも何回死んでるかわからないからね。
少しぐらいじゃヘコたれない。
さて、今のロックはどうだろう?
ずいぶんとルーツから遠いところまで来てしまって…果たして「ロックは元気に生きている」と言えるのだろうか?
 
もう少し『ラ・ラ・ランド』から引用させていただく。
これもセブが友人からの意見。
「ケニー・クラークやセロニアス・モンクを相手にするな。伝統を守ってばかりじゃ革命はできない。若いヤツを相手にしなきゃダメだ」
ケニー・クラークは1940年代のビ・バップ・ムーブメントの時にジャズ・ドラミングのスタイルを進化させ、現在の奏法を確立したとされる大イノベーター。
セロニアス・モンクも、同時期にオリジナリティあふれる曲を数多く世に送り出し、また、独特な奏法でモダン・ジャズの創生に大きな足跡を残したピアニスト。
しかし、セブはケニーもモンクも手放すことができない…我々で言うとツェッペリンやパープルだ。
そして、やっぱり若い連中を視野に入れないと、芸能事はいずれ滅びるということをこの映画は言っているのだと思った。
さらに私がいつも言っている通り、伝統的なロックに今の若者にしかない感性を注いで新しいモノを作るしかロックには残された道はない…ということを再認したわ。
つまりロックの未来は過去にしかない。
だれか「未来は過去からやって来る」なんてこと言ってたな。同感である。
そして、この映画こそがそれを実践している…ということに気が付いた。
 
今、『スパイナル・タップ』の劇場での日本初公開に備えて、配給会社の方とチョコっと仕事をご一緒させて頂いているのだが、昨年の映画の興行収入はこの『ラ・ラ・ランド』のおかげで上々だったそうだ。
とてもいいことだ。
私には主人公の2人がフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの焼き直しに見えても、若い人たちの目にはさぞかし新鮮に映ったことだろう。
コレを機に、オリジナルのミュージカル映画やジャズに興味を持ってくれるとうれしいね。
そこにはLAどころか、アメリカの一番いい時代が詰め込まれている。
ネタバレになるので映画の結末については触れない、私には甘々のラブ・ミュージカルがロックを題材にした激辛の社会派ドラマに感じた。
おかげで飛行機の中ではゼンゼン眠れなかった!

Lllああ~、帰って来た~。
実際には早朝に成田に着いたんだけど…。
やっぱり日本が一番いい。

245vアレほど使い切ってしまおう!と決心したベトナムドンであったが、結果的には下の写真のように21,500ドンも残ってしまった!
あ~、損した!…と思って円に換算してみると、アラ?
104円だって!
ホーおじさん、オレの勝ちだな?

240さて、お土産後日譚。
上にも書いたように、私が滅多にお土産を買って来ないものだから子供たちは例のベンタイン市場で買い込んで来たTシャツに大喜び。
下の竜の刺繍のヤツ以外は大ウケ。

190どうせ買うならと思いっきりフザけたヤツにしようと思い、お世話になったフォー・ネタのモノを中心に選んでみた。
3枚ずつ渡して「さっそく着てみよう」ということになった。
すると、それぞれの部屋から叫び声が聞こえてきた。
180「ウワ~、ナンダこれ!」とか、「着れね~!」とか「脱げね~!」と叫んでいる。
どういうことかと思ったら、このTシャツ、紙のように全く伸び縮みがしないのだ!
素材がおかしいのかというと、綿100%で問題はない。
どうも生地自体の編み方が普通ではないようなのだ。
伸び縮みがするということは、面積が広がる分だけ糸を使っているワケで、このTシャツはその辺りを思いっきり節約しちゃってるのね。
だから本当に紙と同じなのよ。
サイズが小さかったらまず着ることはできないし、着れたとしてもそれがパンパンな状態だったら上半身を動かすことは不可能だ。
私も着てみたが、コレはヒドイよ。
そういえば、アソコで買った時、商品には一切触らなかったのを思い出した。
アレがホントの「やばいTシャツ屋さん」だったのね。

170『私のホーチミン』はこれにて終了!
ヨカッタですね~、皆さん。
長い間お付き合いくださいましてありがとうございました。
レポートをご覧頂いた皆様は、私がベトナムに対してあまり良い印象を持っていないとお思いかもしれない。
確かに2日目ぐらいはあまりの暑さに耐えかねて東京に帰りたくて仕方なかったけど、日本に帰っても4ヶ月もすればベトナムのことも言えなくなるし、街の様子にも比較的すぐに慣れたしで、今にしてみると満更でもないかと…イヤ、やっぱり東京がいいわ。
でもね、あのエネルギッシュなバイクタクシーのオッサンや必要以上に親切なホテルのスタッフ、ガッツリ居眠りしていたモノ売りのオバサン、そして、ヤバいTシャツ屋さん…今頃みんなどうしてるかな?なんて思っちゃうんだよね。
あの人たちは昨日も今日も、明日も10年後も同じことをしているんだろう。
本当に色んなことを見て、聞いて、考えて、学んだ1週間の旅だった。
しかし…私はまたベトナム工場に行くことがあるのだろうか…。
さらばホーチミン・シティ、その時まで!

250 

200 

(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)

2018年5月 9日 (水)

ベトナムに行ってきた!~私のホーチミン vol.7

 
…ということで、ナゼゆえ私がベトナムへ行ってきたのかは、前回の記事でよくおわかり頂けたと思う。
ネ、遊びに行ってきたワケではないの。
そして日本へ帰って来てまたチョット考えさせられててしまった…というのはコレ。
私はライブに取材に行く時、頂いたバックステージ・パスを下のようにして首からブラ提げている。
別に格好をつけているワケでも、さりとてMarshallの宣伝をしているワケでもない。
こういう風にしているのには理由がある。
だいぶ前の話になるが、かつてはパスを太ももに貼っていた。
ある夏、貼ってあったはずのパスを失くしてしまい往生したことがあったのだ。
知らない間に汗で剥がれてしまったんだね。
それ以来、下のようなパス・ホルダーを使用している。

1_2img_6377 ところが、タマにこのパス・ホルダーを忘れてしまうことがありましてね…。
先週、渋谷のライブハウスに行った時もそうだった。
そんな時は観念してパスをペロリと身体のどこかに貼り付けてしまうことが多いのだが、この時は違った。
長い間使っていたビニールのケースもボロボロになってしまっていたので、新しく作ることを思い立った。
東急ハンズへ行ってビニールのケースをゲット。
「コレで安心!」と東急ハンズを後にしたところで気が付いた。
あ!ランヤードを買い忘れた!
「ランヤード」とは首から吊るすヒモのことね。
そう思った瞬間、ハンズの斜め向かいのビルの地下にある100円ショップが目に入り、そこでランヤードを買い込んで下のようなパス・ホルダーを急ごしらえした。
こんなの東京に住んでいれば何でもないこと。
でも、「何でもない」ことについては普段考えたりしないのが当たり前。
そして、この時フト考えてしまったのです。
「もし、コレがホーチミンだったらどうなるんだろう?」って。
もちろん土地勘がないこともあるが、CFカードくんだりを探し求めて街をさまよい歩いたぐらいなのだ。
必要なモノが、必要な時にたちまち手に入るこの東京の利便性はあまりにもスゴい。
便利であることに文句をつける気はないんだけど、「果たしてこんなに便利でいいんかな?どこかで大きなしっぺ返しをくらんじゃないか?」と、少し怖い気すらしてしまったのだ。
その代表は「水」。
蛇口をヒネって出て来る水がそのまま飲める国が世界で15しかないとは…。
こんなことベトナムに言っていなければ絶対に考えないこと。
こんなジジイでもそういう発見があるんから、感受性が豊かな若いうちに何事も経験を積んでおくのが良いのだ。
イヤ、私もまだまだ若いということか…若いと思いたくなったのは年を取った証拠か?
ま、何でもいいや!

2img_6379まずは、また街で見かけたモノから…。
何かの食べ物の屋台、ガタガタの歩道、そしてその向こうには道路を埋め尽くすバイクの大群。
私のベトナムの印象を1枚の写真にまとめてみた…ウソ、偶然です。

10コレも商店ですからね。
またこのイス!
街中にあふれかえってる。
ものスゴイ売り上げに違いない。

20歩道でムキ出しになっている変圧器。
子供がよじ登ってイタズラできる高さになっている。

30v下は別の場所にあった変圧器に付いていた警告板。
ホラ!ガイコツもマイってるぐらいアブナイんだよ。
ま、おおよその検討はつくけど、「CAM SO!」ってのを調べてみた。
ギャハハハ!
この「cam」っての単語、発音によって10個も意味があるぞ!
しかも名詞はオレンジから、糠、罠、顎、楽器と何の脈絡もない!
動詞は、感じる、怨む、固定する、唖然とする…とこれまた余りにも意味がバラバラでコッチが唖然とするわ。
恐るべしクォック・グー。
その中に「禁じる」という意味があった。
「so」にも7つほど意味があるようだが、その中に「触る」というのがあった。
要するに「CAM SO!」は「触るな!」ということなんだな?
Img_6063
レトロ感漂うカッコいい消火栓。

Img_6056さて、この日は会議も終えた帰国の前日。いよいよ人生初の東南アジアへの旅も最後に近づいた。
旅の最後といえば…お土産。
億劫なんだよね~、お土産買うのって。
でも今回はこと細かく家内から指示をもらっていたのでラ~クラク。
指定のアイテムを手に入れに、汗をふきふき、またノコノコと街へ出かけた。

40何やら大きなイベントを控えているらしく、例の市庁舎の前には舞台のようなものが設営されていた。

50目指すはドンコーイ通り。
暑さにはもうスッカリ覚悟が出来ていたのでドンとコーイ!

55市庁舎の前のグエン・フエ通りをまた歩く。

70改めて見回してみると、なかなかいいもんですな。
この丸みを帯びたコーナーが終戦直後の東京の「カフェ建築」を連想させる。

0r4a6557 しかし、歩いていてフト思い出したんだけど、この国って社会主義国なんだよね。
そう、何回か前の記事に書いたように、なぜベトナム戦争が起こったかを考えれば当然のことだ。
今、「社会主義国」と呼ばれる国は世界で5つしかないんだってね。
中国、北朝鮮、キューバ、ラオス、そしてこのベトナム。
日本にいて「社会主義国」なんて聞くと、北朝鮮のような国情が真っ先に思い浮かぶけど、普通にしている限り、ホーチミン・シティが社会主義国の首都であるなんてことを感じさせられる局面は全くない。
しかし、調べてみると、刑法の第79条に「国家転覆罪」が謳ってあって、その縛りはかなりキツく、観光客とて公の場で政府を批判したりするとこの法律が適用されるのだそうだ。
街が「汚い」とか「臭い」とか言ってゴメンね!
また、政情は共産党の一党独裁で、個人資産に制限が課され、法律も簡単に変わってしまうらしい。
加えて警察の権限が大変強いとのことで、数日前に見た駐車違反者に向かって信じられないぐらいの剣幕で怒鳴っていた警官の行為もうなずける。

80ドンコーイ通りに来た。
まだあるのかどうか知らないけど、茅場町に「ドンコーイ」というエスニック料理店があったが、コレが元なのね。
それにしては、木曜日の夜のベリーダンスが呼び物になっていたのはナゼか?
アレはトルコかなんかでしょ?

90日本で言えば銀座の中央通り、ニューヨークなら五番街、ロンドンならオックスフォード・ストリートかリージェント・ストリートってとこか?

100通りには商店がビッシリと立ち並んでいて、歩道には物売り、マッサージの勧誘がひしめきあっている。

120こういうのもフレンチ・コロニアル様式の建物なのかしらん?

1402階部分が道路側にせり出していて、歩道の屋根の役割を果たしている。
コレ、いいアイデアじゃん?
イギリスのヨークなんかにも2階や3階部分がせり出している建物がたくさんあったが、アレは肉を干すためのスペースだと聞いた。

160なかなか小ジャレたお店が並んでいて観光客もワンサカ。
そういえば靴磨きがスゴかったナァ。
スニーカーだろうがナンだろうが、少しでも汚れているとしつこく観光客に声をかけて来る。
放っておくとひざまづいて勝手に磨きそうな勢いだ。
必要でなければ絶対に目を合わせないことだ。
それか、ビーチサンダルを履いておく。まさかビーサンを磨くことはあるまい。

210大きな建物はやはりコーナーが丸く作られている感じ。

130ハイ、ここ。
「ラッキー・プラザ」といって、1~2階が土産物店で3階がスーパー・マーケットになっている。
イヤ、3階も土産物屋か?

170観光客も多く、店内には日本語がバンバン飛び交ってた。
みんな「エ~っと、1万ドンが50円だから~」ってやってる。
家内からのオーダーは、調味料、ナッツ、ドライフルーツ、ココナッツ・オイルとかそういうヤツ。
どこに何があるのかサッパリわからないので、若い女性店員さんに助けを乞うた。
英語で話しかけると、「ニホンゴデオネガイシマス」と来たもんだ。
おとなしくて、とても感じの良いお嬢さんで、似たような商品を選ぶ時など、遠慮なくダメな商品はダメと言ってくれて、2人でケタケタ笑いながら楽しい買い物をした。

180ちなみに、今回の写真はすべて携帯電話での撮影。
もう一眼レフを持って歩くのがツラくなっちゃって…。

190v爆睡。
暑いからね~。疲れてついウトウトしちゃうよね~。
しかし、オバちゃん、それじゃまったく店番にならないじゃん!

205フォー屋。
笑っちゃったのは、こんなのにも「コンボ」のメニューがあるの。
「コンボ1」はフォーに飲み物がついて59,000ドンだから300円弱。
やっぱコンボは得だ~!?

206vこんなクラッシーなホテルもある。

220コレはドンコーイ通りを抜けたところにあるホテル。
320v思いっきり逆光でどうやってもうまく撮れないけど、周囲はこんな感じ。

240あ!大魔神!…なワケないんだけど、真ん中に写っている銅像。
近くへ寄って確かめることにした。
ところが、目の前の道路の交通量があまりにも激しくて、待てと暮らせどわたるチャンスがやって来ない。
それでも辛抱強く待ってみた。
でもダメ。
本当に車やバイクが切れないのよ。

250少し離れたところに押しボタン式の信号があることに気がつき、面倒だったがこのままでは一生道路が渡れなさそうだったので移動してボタンを押すことにした。
コレがそのボタン。
このホースは何だったんだろうナァ?

Img_6034 この銅像は大魔神ではなく、陳興道という大越の皇族にして武将。
「大越」とは昔のベトナムの国号。
ベトナム名をTran Hung Dao(チャン・フン・ダオ)という。
1257年にモンゴル軍が侵攻して来た時に完膚なきまでにやっつけた英雄だそうだ。
また、1282年に元が攻め込んで来た時、時の皇帝がビビって降伏しようと言ったが、「戦わずして降伏するぐらいなら私の首を差し出せ」と言って徹底抗戦の構いを見せた…男だね~。

260チャン・フン・ダオが指さしているのはサイゴン川。
こっちから元が攻めて来たのかね?

270ココはサイゴン川の水上バスの発着場なんだけど、風が強く吹いていてナント気持ちのいいことよ!
しばらく涼んでいったよ。

280もう一度ドンコーイ通りに戻ってさっきとは逆の向きで進む。
330なるほど、ココもなかなかに味わい深い建物が並んでるわ。

290

300v

310v高級ナイトクラブって感じ?
関係ないや…と思って通り過ぎようとした時、ハッと気が付いた。

340v目に入ったのはステージの写真。
ん、もしや…。

350心霊写真みたいだけど…赤い枠のところ。
おお~、Marshallじゃないの~!
コレなんだろうAVT100かなんかかな?
スゲエな…Marshall。
ドンコーイ通りも制覇している。
その強さ、チャン・フン・ダオ級!

1_nc 次回は涙の<最終回>。
 

200  
(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)

2018年5月 6日 (日)

ベトナムに行ってきた! vol.6 ~ MAV見学 <後編>

 
Marshallベトナム工場見学の<後編>。
エレクトロニクスのエリアから木工の工程を経て、カバリングを貼る前の段階ですること。

10それは、ケーシングへの黒塗料の塗布。
コレもイギリスの工場でやっている工程だ。

Bp この機械の内側の壁には水が流れているのね。
何のためかと思ったら、機械を汚さないようにするためだって!

20vイギリス式。

1_img_0069 長年やってると、この通り「まっくろくろすけ」になっちゃう。

1_img_8306 さて、カバリング貼りの工程に入る。
すべての作業の中でももっとも技術を要するとされている工程。
まずはカバリングの材料を切り出す。

40_2ケーシングには予め特殊な接着剤が塗布してあって、カバリングを材料をスッポリとかぶせる。50_2後は余分な素材を切り落として…

60_2キレイに切り落とすよ~。
女性は手先が細かいからこういう作業には有利だろう。

70_2スゴイ!人海戦術。
生産量が多いからね。
それでも機械化せず飽くまで手作りで対応している。
考えてみれば、多少のデザインの変更は避けられないが、初めからカバリングを貼り付けた化粧板を作っておいて、それを切って組み立てた方がはるかに作業効率がいい。
でもそれをやらないのが「Marshall Quality」…すなわち「伝統」だ。
56年前からこのやり方でやっているのだ。

80_2この工程、イギリスの工場では男性だけが従事しているが、どうだろう、MAVでは女性の数の方が多いのかな?

90_2イギリスのようすを見てみようか?
こちらもケーシングにカバリングをスッポリとかぶせて…

1_img_0396切ったり、貼ったりする。
まったく同じ。

1_img_1845手にする道具はカッター・ナイフとハサミとこの人が右手に持っている白い棒。
私はコレが気になって、気になって…何という道具がを尋ねてみた。

1_img_0053「あ~コレかい?オレたちは『ボーン(Bone)』って呼んでるゼ」
なるほど。
このボーン、狭い角っこなど指が入らない箇所に当ててしごき、カバリングをケーシングに完全に密着させるスグレモノ…ってほどのモンでもないか?

1_img_8307 ベトナムに戻って…とにかくみんなモクモクと作業をしている。
これだけ若い人が集まっていればたいてい笑い声のひとつも出そうなモノだけど、聞こえてくるのは「シャッシャッ」というカバリング素材を切る音か、「カツカツ」という素材を貼り付ける音だけ。

100_2みるみるうちにカバリングをまとった美しいケーシングが作り出されていく。

110_2完成品は厳重に保管され最終工程に送られるのを待つ。

120_2

130_2こちらはバッフル板にフレット・クロスを打ち付ける工程。

140_2ココも女性ばっかり。150_2「バチンバチンバチンバチン」というステイプラーの音が小気味よい。

160_2イギリスではやはりオジちゃんが担当している。

1_img_0088 場内は飲食も携帯も厳禁!
イヤイヤ、みなさん真剣でとてもそんなことできる雰囲気ではありません。

170_2さぁ、いよいよ仕上げ工程。

180_2コーナー・ガードを取り付けて…と。

190_2この辺りもイギリスの工場とまったく同じだ。

200_2クドイようだけど、こちらはイギリス工場のようす。

1_img_0082 コーナー・ガードを付けたり…

1_img_8265リアパネルを取り付けたり…。
イギリスで生産しているモデルは大きくて重いので、このセクションは男性でないとまず務まらない。

1_img_0044同様にこの工程はベトナム工場でも男性が多いが、女性がいないでもない。
シャシを取り付ける。
ベトナム工場の製品はトランスが小さいモデルだからね。女性でもOK。

210イギリスの工場で聞いたことだが、実はこうした最終段階に近い工程が一番大変なのだそうだ。

220理由はふたつ。
上で触れたように、最終段階に近づけば近づくほど、搭載された部品の数が増えて重量が増す…ということがひとつ。

230_2スピーカーなんかが取り付けられると格段に重量が増すからね。

260_2コレはリアパネルを作っているところ。

240_2前の工程でカバリングが貼られた部材にメッシュを取り付ける。250_2そして、今ひとつの理由は、取り扱っているモノに絶対にキズを付けないように細心の注意を払わなければならないということだ。
リアパネルをはめ込んで慎重にビスを埋めていく。
この段階でツルッなんて、電動ドライバーでカバリングを破いちゃったら台無しだからね。
コレが大変なんだって。

270出来上がったアンプが送られる先は…

280_2最終チェックの工程。

290回路的にはOKでも、イザ商品になって音が出ないなんて言ったらコトだからね。

300vそして、最後の製造部のセクションに到達。
検品済のステッカーを貼って…

310_2ビニール袋をかぶせて…
330_2オリャ~、段ボール箱への詰め込みだ~!

320_2ココも大変な作業だよ。
落としたりして商品にキズを付けたりしたら大変だからね。

325腰に気をつけれ~!
ココまでが製造の工程。

340_2一方、出来上がった商品を保管しておく倉庫はどうなってるのかな?

350_2世界中に送り出される直前のMarshallがパンパンに詰まってる。

360_2コレ、何の脈略もなく、雑然と積まれているように見えるでしょう?

370さすがにそんなことはなくて、列ごとに行き先がキマっていて、順番がくるとガバ~っと積みだして倉庫は毎日スッカラカンになる。
世界中に出荷しているからね。

380vちょうど外では20ftコンテナーが積み込みをしていた。

390_2南シナ海を横切ってこのコンテナーはどこへ行くんだろうね~。

400…ということで「ジョナサンの扉」を通って工場見学は終わり。

405v従業員の皆さんはお昼。
ホント、日当たりが強くてアツイ!
でも、女性の皆さんがさしているのは日傘ではなくて雨傘です。

410_2コレが従業員の食堂。
工場の周囲には食べ物屋さんなんて全くないからね。
天然のエアコンつき。

420_2従業員全員と一緒に記念撮影をしようということになった。
ベトナムの皆さん、とても小柄で私でもノッポの部類に入っちゃう。
みんなニコニコしてとても感じがいいんだよね。
以前、日本の企業がベトナムに進出し出した時、よくこんな話を聞いた。
「ベトナムの人は気立てがおとなしくマジメ。そして勤勉でとてもよく働く。まるで昔の日本人のようだ」って。
そんなこと聞くと今の日本人は「騒々しいばっかりで、まったく働かない」…みたいになってしまうけど、言わんとしていることはよくわかる。
終戦後、丸裸になってみんなで必死にナニかを作っていた時代があった。
今では世界的に産業の構造がスッカリ変わってしまい、日本における「モノづくり」の大切さが忘れられてしまった。
日本人が一番得意な分野なのに…。
工場の皆さんが脇目を振らず、一心不乱にモノづくりに取り組んでいる姿を見ていたらそんなことを考えてしまった。

430_2工場の女性事務員さんたち。
向かって左端の女性はイギリス本社から来ていたヘレン。

440_2心のこもったホスピタリティでとても充実した工場見学となった。
会議は大変だったけどね…いつものことなんだけど。
コレまでにも英語で知恵熱を何回出したことか。
450_2ご丁寧にこんなお土産まで頂戴した。
ベトナムの「こけし」ってところかな?
すごく気に入って事務所に飾っている。

590vさて、はじめてのベトナム工場。
<前編>の冒頭に書いた通り、私はイギリスの工場を何度も訪れているが、初めて見たベトナム工場の製造の光景はイギリスのそれと寸分たがわぬモノであった。
ジョンがビデオの中で述べているように、両工場の責任者の密接度が窺えるというものだ。
マァ、双方の工場で異なる点と言えば、ベトナムは女性従業員の比率が高いことぐらいかしら?
もうひとつ、コレもジョンが触れていたが、設計やエンジニアリングはすべてイギリスの本社工場で行っているということ…例えて言うなら、頭がイギリス工場。

1_img_5980身体がベトナム工場ってこと。
その管理体制は相当厳重なモノであることがヒシヒシと伝わって来た。
つまり、Marshallにはイギリスもベトナムもない…両方がMarshallなのだ。

1_0r4a6454そんな意識でもう一度ビデオをご覧くだされ!

ハイ、帰るよ~。
あ、そうだ!外はこの景色だったんだ。
長時間工場の中にいて忘れてた。

470_2ナニをやってるんだろうネェ?
ココでもあのイスが大活躍している。

480_2道路の間の空き地には何頭かの牛が草を食んでいた。

490_2出た~!
大スキ、この電線!

500_2またあの高速道路を通ってホーチミンへ帰ろう!

510_2一部にはバイク専用のレーンがあって。帰宅する人たちがワンサカだった。

530_2市街に入ってきた。

540_2グリーンベルトで見かけたオッサン。
鶏は後で食べる用。
チョット変なこと書いていい?
よくテレビで「ゲテモノを食べる罰ゲーム」なんかがあるでしょう?
アレ…肉系のモノって最初イヤがっていても、意を決して食べた時にキマって言うのが、「おいしい~!これイケますよ。ウン、鶏肉みたい」。
どんなにキテレツなモノの肉を食べてもみんな「鶏肉みたい」って言う。
決して「あ、牛肉の味ですね」とか「豚にソックリな味です」とは言わない。
ということは、逆に考えてみると我々が普段テッキリ鶏肉だと思って食べている肉が鶏肉ではない…ということがあるのかも知れないね…んなことないか。
もうひとつ、この手のゲテモノ食いの定番のリアクションに「おいしい~。すごく濃厚でクリーミー!まるで白子みたい!」というヤツ。
白子もよく出て来る…私は白子を食べないので関係ないけど。

550_2ギャハハ!
郊外へ向かう反対の方向はかなりの交通量だ。

560_2ドワ~!
まるで飛来するイナゴの大群のよう。
コレがホントのイナゴ・ライダー!

570_2帰って来た~、私のホーチミン!
ラッシュアワーだけあって市内はさすがに混み混みだわ。

580_2この後、みんなでバスに乗って市街から30分ほど離れたエリアに会食に出かけた。
ビックリしたよ、
そのエリアはベトナムでも最も富裕層が集まる高級住宅街で、暗くてよくは見えなかったんだけど「ナニこれ?寺か?」みたいなアホほどデカい邸宅が立ち並んでいたからだ。
そこには東京でもお目にかかることができないような豪奢なレストランがひしめき合っていて、ズルズルとフォーをたぐるのが当たり前のエリアと地続きだととてもは思えない。
我々の会食の会場はその中の1軒だった。
「THE DECK」というお店。

1_img_5892名前の通り、デッキになっている。
雰囲気満点で、さすが高級レストラン、生ガキを出していたよ。

1_img_5893傍らを流れるサイゴン川。
時折巨大な藻が流れて来てギョッとしちゃう。
何しろデッキなので空調設備は付いていないが、夜になると噴き出す風がとても心地よい。
デパートの屋上で汗をダラダラとかきながら大ジョッキと皮だらけの鳥の唐揚げを交互に口に運ぶのとはワケが違う。
東京の真夏はこうはいかない。
エアコンよりこっちの方がはるかに気持ちいい。

1_img_5894デザートのチョコレート・アイスクリーム。
ベトナムはカカオの生産が盛んでチョコレートがおいしい。
このアイスクリームもメッチャおいしかった!
でも早く食べちゃわないと、アッという間に溶けちゃうぞ!

1_img_5898会議は延べ3日にわたって催された。
600_21日目は工場の会議室。
2日目以降は『私のホーチミン』で紹介したホテルの会議室で行われた。
ホテルの会議室は冷房が効いていて今度は寒かったよ。こんなこともあろうかと、念のために長袖を持って行ってヨカッタ。

610_2 
★★★オマケ★★★
よく外人は日本人のマネをして半ばフザけて「〇〇サン」と「さんづけ」で我々のことを呼ぶんだよね。
ディストリビューターの中にダニエルという名前の人がいてね。
私のことを「シゲさん、シゲさん」と呼ぶワケ。
そうなるとこっちも「ダニエルさん」と「さんづけ」呼ばないと失礼じゃない?
で、「ダニエルさ~ん」と呼んでいたら彼も私もある時フト気が付いて、大笑いしながら相手のことを指さして同時にこう叫んだ!
「キャラリキー!!!!」
どうもどこかで聞いたことがあるな~…とお互いに思っていたんだな。
そう、『ベスト・キッド』のラルフ・マッチョの役名が「ダニエル」なんだよね!
もうコレがおかしくておかしくて!
『ベスト・キッド』の原題は『Karate kid』。アメリカ式に発音すると「キャラリキー」となる。
もちろん、私はダニエルにこう言ったよ。
「No no Daniel-san, I'm not Shige-san…Miyagi-san 」
そうしてダニエルさんと2人でケタケタ笑っていたら他の連中も集まって来て、「お~、ダニエルさん!」とか「ミヤギさん!」と言って喜んでいた。
この映画、そんなヒット作だったのか!
ン、チョット待てよ…もしかして外人が「〇〇さん」とやりたがるのは、まさかこの映画の影響なのかな?
今度誰かに訊いておくね。

1_bk
<つづく>
次回から『私のホーチミン』に戻ります。
でももうすぐこの『ベトナムに行ってきた!』シリーズもおしまいだよ…寂しいナァ。
  

200  
(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)

2018年5月 5日 (土)

ベトナムに行ってきた! vol.5 ~ MAV見学 <前編>

 
3月の末から『ベトナムに行ってきた!』と題して、ホーチミン市での滞在記を連載してきた。
初めて訪れた東南アジアの都市で見聞きしたことはどれもが大変刺激的で、良きにつけ悪しきにつけ、興味をそそられるモノばかりであった。
まだ記事2回分ほどの素材が残っているので、このままもう少し続けてベトナムを離れるところまでお届けしたいと思っている。
色々オモシロおかしくレポートを書いていはいるつもりなんだけど、決して遊びに行ったワケではありませんからね。
ベトナムには仕事で行ったんです。
そして、『ベトナムに行ってきた!』の第5弾にして、ようやくシリーズの本題である「仕事」の部分に移ることができる。
「仕事」というのは、Marshall社が所有するベトナム工場の見学と新商品に関する会議に出席することだ。
そして、今回から2回にわたってそのベトナムの工場見学のレポートをお送りさせて頂く。
記事の準備はできていたんだけど、ナンだってこのタイミングまで投稿を送らせたのかというと下のビデオの公開を待っていたから。
そこで、まずは皆さんにはそのビデオをご覧頂きたい。

Marshall Blogでもおなじみのジョナサン・エラリー社長がビデオの中で述べているのは以下の通り。
  
まずはじめに、平素よりご支援を頂いている世界中のマーシャル・ファンの方々に厚く御礼申し上げます。
今回このMarshallの内部を捉えたビデオをココにご紹介することをうれしく思います。とりわけイギリスとベトナムの両工場で我々の製品を製造してくれている高いスキルを持ったスタッフたちをご紹介できるのは喜ばしいことです。

ENGINEERING
 
ELECTRONICS
 
WOOD MILL
 
イギリスとベトナムにある工場は両方ともMarshall社が所有し、運営していることを強調して申し上げるのは重要なことです。
このことが意味しているのは、長年にわたって信頼を得続けている高い水準を確かなものにするためのすべての工程は我々が完全に監督しているということです。
 
両工場の責任者たちは毎日連絡を取り合います。そして、すべての製品はイギリスで発案、設計し、そしてテストされた後、生産の段階に至ります。
 
COVERING
 
FINISHING
 
QUALITY ASSURANCE
 
これからも両方の工場から新しくエキサイティングな製品が飛び立っていくことを楽しみにしています。

1_2je   
1週間の工場通勤を含めて、私はイギリスの工場に30回ほど行っていて、工場内のオートロックのドアの暗証番号まで知っているんだけど、この製造現場をフィーチュアしたビデオはとてもよくできていると思った。
まさにMarshall、つまりジョンが述べていることを的確に表現していると感じた。
  
Marshallを内部から見続けて20年…。
時代とともに色々なことが大きく変わった。
つい最近、世界に冠たるギター・メーカーの破産が喧伝されているけれど、ギターは大変だと思うよね。
オリジナルのアイデアを携えた新興のブランドをマーケットに食い込ませるのも本当に苦労するけど、皮肉なことに伝統を持っているブランドの方が苦労しているように見えるナァ。
そして、「伝統」にがんじがらめになってしまうことの恐ろしさを感じる。
その点、Marshallはエレクトロニクス技術の変遷のおかげで、常に商品に変化を加えて行く必要が出て来るところがかえってビジネスの強みになっている。
そりゃ、新規に何かを開発するのは大ごとだし、伝統も頑なに守っているけどどね。
このビデオでイギリスの工場をベトナムの工場のイメージを交錯させることで、Marshallというブランドの強みを上手に表現したと思う。
  
それでは、いよいよMarshallのベトナム工場へ皆さんをお連れするよ!
外は暑いから気をつけれ~。
ササ、まずは冷房の効いたバスに乗り込んで…と。

10vもちろんバスはMarshall号!
工場までの所要時間は1時間弱。

20ホーチミン市街から少し離れただけで景色がウソのように変わってしまう。

30スゴイよ、このマンションの新築ラッシュは!
ハジッコとはいえアジア大陸の一部だからね、ベトナムには地震がないのかと思っていたら、そうでもないんだってね。
50年に1回ぐらいはM6~7クラスのデカいのがあるらしい。ここ100年の間にM6クラスのヤツが32回もあったんだって。
こんなに高いビル建てちゃって大丈夫なのか?
ちなみに、上のジョンは、生まれてから現在までただの一度も地震を経験したことがないそうだ。
だからイギリスはああやって古い建築物が今でも使われているんよ。
もちろん古いモノをみんなで大切にするという国民性によるところも大きい。
しかし、あの市街の地元の皆さんの様子からして、一体どういう人がこういうところに住むのだろうか?

40こんなところに待ち時間の表示までついている立派な信号機が…。
そしてみんなキチンと信号の色に従っている。
ナンダ、ナンダ、やればできるんじゃないか!

45いかにも「最近できました!」という感じのキレイな道路。
その通りで、ジョンによると、道路がなかった去年は工場に行くまで2時間以上かかったのだそうだ。

50ETCまで完備。
道路の建設には日本の資本が入っている。

60郊外へ出ると道の両側は『地獄の黙示録』に出て来るような密林!

70渋滞はなし。
約1時間で着いたのは海が近いエリアだ。

80なんか、ベトナムの原風景みたいなところって感じ?

90…かと思うとこんなにキレイに整備された道路も。
どうもこの辺りは海外の企業を誘致した一種の工業団地になっているようだ。

95着いた~!
門柱にはおなじみのMarshallのスクリプト・ロゴ!
コレだけでかなりのホーム感だぜ!

100ド~ン!

120コレがMarshallのベトナム工場、Marshall Amplification Vietnam…略して「MAV」ね。

110ユニオン・ジャックがはためく~。

130コレが事務所棟。
え?暑くないのかって?
アツイ、アツイ!
安定の暑さですわ。日本の真夏ぐらい。

140なかなかに広々としている。
かなりの規模ですよ…Marshall社の商品だけ作っている工場だからね。

150我々はMarshallの社員と欧米のディストリビューターの一行だったんだけど、ナント、工場従業員たちの歓迎つき!
160ひとりひとりに花束が手渡されて…照れるわ~。
170早速事務所棟に入る。
2階にあるホール。
ココで新商品の試作機のデモが行われた…のはいいんだけど、エアコンがついてなくて玉の汗をかいてしまった。

155館内にはそこかしこにこの工場で生産されているモデルがズラリと展示されている。

157しかし、こうして見るとMGシリーズもずいぶんと歴史を重ねてきたな~。
私がMarshallに関わり始めた時はまた「Park by Marshall」だったからね。

1561階にある「ジョナサンの扉」。

180ジョナサンとはもちろんこの人。

190「ジョナサンの扉」を開けて工場の中に潜入~!

200まずは資材置場。

210vココで作っている製品のありとあらゆる材料が保管されている。
イギリスの工場と同じ。

230トランスや配線材類…

240段ボール…

250スピーカー類…

270vその他色々、必要なモノがすぐに取り出せるように、また材料の不足により製造が滞ったりすることがないようよう徹底した管理が施されている。

280製造ラインの部屋に移動。
どこもかしこもピッカピカ!

290v「パーツ部」…基板を製造する工程。

300ドヒャ~!スゲエ人数!
360向かい合った作業台の真ん中にベルトコンベアが設置してあって、ユ~ックリと流れている。

320ベルトコンベアで流れて来る基板に自分が担当するパーツを取り付ける作業。

330作業に誤りがないように、工程を詳しく記した作業指示票が各セクションに貼られている。

370vとにかく皆さん、ヨソ見やおしゃべりなど一切せず、モクモクと自分の仕事をこなしている。
我々見学者が気にならない、と言えばウソになろうが、それでもこの集中度合の高さは立派なものだ。

350コレがイギリスの工場だと家族の写真やグラビアの切り抜きが壁に貼ってあったりするんだけどね。
そんなモノは皆無。
とにかくマジメ!
そして、全員女性。

340コレはイギリス工場の同じ工程のようす。
やはり女性比率が高い。

1_img_0009コレはMS-2を組み立てているところ。

380ケースにパーツを取り付けて…

390ジャンジャン出来上がって来る。
MS-2は従前よりイギリスの工場では作っていなかったので、私は初めてこのシリーズを作っているところを見たことになる。

410こっちはCODE。

420CODEはやっぱり世界的に大ヒットしていて、製造に大あらわなのだそうだ。

430デジタル部が正常に作動するかのチェック。

440もちろんCODEだけでなく、各モデルとも厳重なチェックを受ける。

450

460検査を通過して完成した基板がズラリ。
コレはなんだ?
Originかな?

470コレらの基板はこの次のセクション、すなわち組み込みの工程に送られる。

480ココはイギリスの工場にない工程。

490何をやっているのかというと、トランスを作ってるの。

500コレは銅線を巻く機械。
軸に刺したトランスのコアが高速で回転して、銅線を巻いた回数がインジケーターに表示される。

510ココはワニスの含浸の工程。

550組み立ての終わったトランスをワニスの入った槽に漬け込む。
560ワニスを含浸させることにより、トランスの絶縁機能が強化され、機械的強度が増し、湿気やホコリの侵入を防ぐようになる。
トランスの製造をしていないイギリスの工場では見ることができない光景だ。

570最終的な仕上げをして…

530あとは基板に載せられるのを待つだけ。

540コチラはイギリスの工場でもおなじみの木工工程。

580材料を切り出して…
600必要なサイズに裁断していく。

590側板、天板や底板に使われるモノから補強材に至るまでサイズは様々だ。

605天板等の主材に補強材を貼り付けていく工程。

610チーズ・フォンデュをしているところ…なワケない!
材料を熱した接着剤に浸す。

620そして接着。
こうすることに寄って接着剤が固化する速度が飛躍的に上がるのだ。

630その部材を組み込んでいく工程。

640コレはCODEのケーシングだな?

645v組み込んだ部材の表面を滑らかにする。
角にRを付けたりするのもイギリスの工場とまったく同じ工程だ。

650コレはイギリス工場ね。
1_img_0107やっていることは全く同じ。
違うのはハラの出具合ぐらいか…。
おいしいエールを毎晩パブで飲んでるからね~。

1_img_0102 ズラリと並んだケーシング。

660次はカバリングを貼り付ける工程だ。

670<後編>につづく

200  
(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)

2018年4月20日 (金)

ベトナムへ行ってきた!~私のホーチミン vol.4

  
今日は種々雑多に…。
コレはホテルの電気のコンセント。
フランスの植民地だったのにナゼかイギリス式が威張っている。
イギリスと同じ220Vだからかな?
日本もコレにすればいいのにナァ。
向かって右の上の丸2穴はフランス式。
その下には日本式の2ピンのプラグも差し込めるアメリカ式アース付き3ピンが付いている。
プラグを差し込むことができても電圧が高いので、変圧器がついていない日本製の電化製品はイチコロだ。
ベトナムの一般の家はどうなっているのだろう?

10_2 街には多くの日本人が歩いていて、そこら中から日本語が聞こえて来る。
同時にヨーロッパあたりから来ている白人もメッチャ多い。
「海の家のラーメン効果」などと言っては大変失礼だが、暑さでピンク色に火照った白人女性の美しいことよ。
でも、みんな通りを渡るのに四苦八苦してる。
下の人たちはマァ慣れている方なのだろう。
比較的ズズイズズイと通りを渡っている。

20_2下の写真。
赤い線で囲った白人のカップル。
面白いのでしばらく観察してみた。
恐らくホーチミン初日かなんかだったのではなかろうか?
もう、長いこと同じ場所に立ったままだ。
私と目が合って苦笑いしていたから…。

1_wk1意を決してスタート!
急な動きは自殺行為だからね。
ユックリ行きなさい!
ソロリソロリと道路の中央まで歩み出た。

1_wk2ココで急いじゃうと命取り。
もうホントに数センチというところをバイクが通過していくからね。
最後までユックリユックリ動くことが肝要だ。
我々は交通量の多い交差点に差しかかると、習慣で自然とそこで立ち止まる。
つまり比較的大きな交差点には信号があるのが当たり前で、放っておいても歩行者用の信号はやがて青に変わり、安全に道路を渡ることができる…ということが身体に染み込んじゃってる。
ところがココではそうはいかない。
まず大きな交差点でも信号がないところが多い。
ま、あったところでバイクは信号なんて守りゃしないんだけど…。
初めのウチはありもしない信号機の色が変わるのを待って、ボーっと交差点で突っ立ってる…なんてことを繰り返してしまった。
ハッと「あれ?信号ないじゃんか!」と気が付いて恥ずかしくなる。
そこからが勝負。
何がどうあっても歩行者のために車やバイクが止まってくれることはない。
となると、バイクとバイクの間隙を縫って、自分で自分の道を切り開かなければ永久に道路を渡ることもできない。

1_wk3街を歩いていると興味をひかれる食べ物屋がたくさんあったんだけどね。
ヤメておきました。

60ブライダル・サロンだってあるよ。
このキンキラがベトナムの花嫁さんの憧れの衣装なのだろうか?

70_2お!駐輪場なんてあった!
あれだけ表に野放図に駐車している大量のバイクをのを目にすると、一体どういう人がココへ入れているのかが謎に思えて来る。

80_2建物はホントにナンの脈絡もなく色々な形状のモノが立ち並んでいるんだけど、時々面白いのに出くわすね。

90v何やら測定している。
騒音と空気の状態なんだろうけど、ムダムダ!
そんなの大層な測定機なんかを使うことない。
結果は「うるさいし、空気も悪い」だ。

100


さて、少し夜の部いってみましょう。
コレは既に何回か出て来ているホーチミン最大のマーケット、ペンタイン市場。

103そのすぐ横の通り。

105反対側から見るとこんな感じ。
コレが夜になると…

110_2こんな感じに早変わり。
さっきまで露店なんて1軒もなかったのに、ドバ~っと夜店が並んでワイワイやってる。
あんまり昼間と様変わりしているのでココがどこか即座にはわからなかった。
こんな時間なので、店じまいをしているのかと思ったら…どうもそうではなさそうだ。
どの店でもまだナニもない展示台の上に商品を忙しそうに並べているのだ。
130_4地元の人に尋ねたところ、夕方の6時に店を出して夜中12時まで営業している「ナイト・マーケット」なんだって。
地元の人のためのものかと思ったら、これまた違っていて、観光客を目当てにしているのだそうだ。
確かにね、ココは日が落ちだすと風が盛大に吹いて、あんなに蒸し暑かったのが丸でウソにように快適になる。
東京はこんなことないもんね。
これだけの風が吹くなら、部屋の窓を開けてエアコンなしで眠れるかも…。
140_2も~、こんな人ごみの中にもおかまいなしにバイクが入って来るんだゼ!

120気温が下がるせいか悪臭も控えめになる。
ウン、この街は夜の方がいいかも知れない。
…となると、例の市庁舎とかのライトアップを見に行っとけばヨカッタな。

150_3この通りなんか日本みたいだもんね。…ウソウソ!
コレ浅草です。

1_img_6075ネオンもこじんまりしている。
良く言えばロンドン風。ロンドンの繁華街なんかゼンゼン暗いからね。
ネオンサインがなくて、灯りといえば、街灯と建物を照らすわずかな照明だけ。
何回か前に書いた通り、もっとも白人は我々より暗いところでも目が見えるらしいからね。
それにしたって、震災直後の節電ムードはどこへ行ったのやら、東京の夜の繁華街は異常だと思うよ。

160_2お腹が空いたのでナニか食べることに…。
「フード・マーケット」か…チョット覗いてみることにした。

170コレもスゴかった。
何しろ、どこもかしこも殺人的にいいニオイなのよ!
観光客向けの屋台村なワケ。
滞在中に「道の屋台で売っているカエルの揚げ物には気をつけてください」とご親切な忠告を送信してくださった方がいらっしゃったが、私は「食のアドベンチャー」はしないことにしているのでまず大丈夫。
でも、この屋台はいいでしょう。
中は白人が多く、見るからに観光客しかいない。

180vいいニオイがしすぎてガマンできない!
どれを食べようか迷ってしまう。
ところが、漂ってくるいいニオイが混ざってしまって、お目当てのいいニオイがどこから漂っているのかサッパリわからない!

190v_2ココはかなりいいニオイだぞ!
アタシャ犬か?!
ポークリブっていうのかな?

200_2こっちのエビがまた新鮮でおいしそうなんだ!
でも、お姉ちゃんの愛想が悪いことこの上ない。
他にも食べてみたいモノがたくさんあったんだけど、エエイ、コレに決めた!

210_2…とこんだけ頼んでみた。
焼いた豚肉をごはんの上に乗せたヤツとエビ2尾、それにタイガー・ビール。
これで1,000円チョットぐらいかな?
マァ、ベトナム通の人に言わせれば「メチャクチャ高い!」ということになるんでしょうな。
いいの、いいの。
豚肉は風味が強くて柔らかくて実においしい。
米もタイ米のような長粒米ではなくて、日本で食べるジャポニカ米っていうの?
だから臭みもなくておいしい。
エビはごく普通だった。

220_2よほどおいしそうに食べているように見えたのか、ハス前に座っていた東洋人の女性から「ナニ、それ、そんなにおいしいんですか?」と訊かれてしまった。
「メッチャおいしいかったですよ!アナタのは?」と焼きそばのようなモノを食べていた彼女は「ま、期待通りかな…」とやや消極的に答えた。
アレ、あんまりウマそうじゃなかった。
帰りがけにさっきのお店のお姉ちゃんに「おいしかったよ~!」と声をかけると、ニコ~!と笑って「ありがとう!」と返してくれた。
どうせやらなければならない仕事はニコニコ気持ちよくやりましょう!

230弾き語りのライブなんかもあったりしてものスゴイ賑わいを見せていた。

240_2コンビニは結構そこら中にあるよ。

250_2これだけ買って63,000ドン。
え、300円ぐらい?
一番安い真ん中のビールが11,000ドンだから50円ぐらい。
鉄火巻きとかっぱ巻きのイラストが不気味ではあったが、「のり塩味」ということなのでポテチを買ってみた。23,000ドンだから100円チョット。
「Poca」という銘柄のポテチ。
パッケージのデザインがアメリカのLay'sやイギリスのWalkersと同じではないか!
ナゼだ…。
どうしてポテトチップス(イギリスではクリスプス)のパッケージ・デザインはこれほどまでに国際的に酷似しているのか…。
コレはただのパクリなのか…。

260_2私はポテトチップが大スキでしてね。
「棺桶に入れてもらう食べ物は?」と訊かれたら「ポテトチップ」と答えるかもしれない。
そこで、この酷似ブランドのことがとても気になったので、脱線してポテチ・ブランドについて調べてみた。
でもね、最近は昔ほど頻繁にポテチを食べないようにしている。
で、イザ食べる時はジャガイモと塩だけで作ったヤツを取り寄せてそれを口にしている。
つまり、アレほど好きだったそこらへんで売っている国産のポテチはきれいサッパリと止めた。
さて、この各種のポテチ・ブランド、元はアメリカのLay's。
製造元はフリトレー。

Fritolay_logo


フリトレーはペプシ・コーラの「ペプシコ」社のブランドのひとつ。
我々は「フリトレー」と何の気なしに一気にこのブランド名を口にするが、上のロゴを見ると「F」と「L」が大文字なっているでしょう?
つまり、Frito(フリト)とH.W.Lay(H.W.レイ)という会社が合併してできた会社なの。
多分、ネイティブの人たちは「フリトオレイ」と発音するんだと思う。
フリト社の看板商品は「フリトス」というらしいのだが、コレは日本では見たことないかな?
少なくとも私は食べたことはない。

Fritos_2そして、Lay's社の看板商品は、もうおわかりですな?…。
はい、ご明解。
「レイズ」ポテトチップス。
ドンキなんかに行くとフリトレーの日本法人「ジャパンフリトレー」名義で販売しているLay'sのポテチがあるけど、アメリカ製のモノとは明らかに味が違う。

Laysこの商品をワールド・ワイドに展開して、それぞれの国でオリジナルの商品名をつけているというのがこの「ポテチ・パッケージ酷似事件」の真相だった。
イギリスに行けば「ウォーカーズ」。

Iwalkersイギリス人はフライド・ポテトを「チップス」、そしてポテチのことを「クリスプス」と呼んでとてもよく食べる。
ジャガイモが美味しいせいかナァ?
実際にイギリスのジャガイモはホントにおいしい。
そんなだから、スーパーに行ってもこの通り。
この両サイドに展示されている商品はほとんどポテチと言ってもさほど過言ではない。
私はLay'sよりWALKERSの方が好き。
ジャガイモの風味がすごく濃いの。
ただ、塩味が強すぎるんだよね。つまりチトしょっぱい。
何しろイギリスでポテチは昼食の「おかず」だから。
スーパーでサンドイッチと飲み物とWALKERSの小袋を買って来てサラっと食べて終わり。
自分が知っているイギリス人の「食」についてはまたいつか別のところで書きたいと思っているんだけど、とにかく簡素だ。

1_img_0729 袋を手にしているのは家内。こんなサイズでも売られている。
小柄な家内がポテチの袋にスッポリ収まってしまいそうだ。

1_img_0505エ~、「ラム&ミント」味なんてあるの?
見たことないな~。
たとえ見つけても絶対に手を出さないけど…。
でも、「肉の中ではラムが一番おいしい」とするイギリス人もいるらしい。
何でも子羊の肉汁が一番味がいいんだって。
この話もまたいつか「イギリスの食」のお話の時に…。1_l_m さて、真相がわかったところで、世界のLay'sを見てみようか?
Lay'sがオーストラリアに行くと…Smith's。

Smiths2_2コレは右から読むのかナァ?
何かを調べようと思っても、アルファベットを使わない言語って、結局インターネットでも調べようがないんだよね。
エジプトのLay'sだとすると、Chipsyというらしい。

1_chipsy コレは…「南米かッ?」
コロンビアの美女が食べてるヤツ。イヤ、カロリーが高いからポテチなんて食べないか?
「Pollo」はスペイン語で「鶏肉」という意味。
だからフライドチキンの写真がパッケージに載ってる。

Margarita Sabritasはメキシコ。
「ドン・タコス」にはならない。

Sabritas2 コレはヘブライ語か…。カケラも読めんな。
イスラエルのLay'sでTapuchipsというそうだ。

Tapuchips コレは中国でしょうな。
フレイバーは「法国脆香鶏翅味」。
「法国」はフランスのこと。
「フランス風手羽先うす味テイスト」ってところかね?
漢字ならなんとかなる。

Cl_2そしてベトナムのPoca。
そう、上に出て来た巻き物のポテチはLay'sのニセモノなどではなく、親戚だったのだ。
ところが、最後の日までどうにも食べるタイミングがなくてホテルに置いて来てしまった。
アレ、どんな味だったんだろうな~。
ポテチ終わり。

Poca_3こういうのは地元の人が入る食べ物屋さん。
安くて美味しいんだろうね~。
比較的キレイなのでフラっと入ってみたくもなるが、やめておいた。

270コレもそう。
興味はあるんだけどね~。

280_2その食べ物屋にかかっていた掲示板。
パッと見て中盛りとか大盛りとかの一覧表かと思ったんよ、食べ物屋の店先だからね。
「でもどうも違うな」ということだけはわかる…で、調べてみた。
答えは携帯電話関連の広告。
「Mobi」はMobifone、「Vina」は「Vinaphone」、そして「Vittel」…コレらはベトナムの3大携帯キャリアの名前だった。
数字はプリペイドカードかなんかの値段だろうか?
「KHUYEN」というのは「助言する」という意味のようなので、ま、「ご不明な点はお尋ねください」ってなところだろうかしら。
最後のMAIの「A」にチョコンとナニか付いてるでしょ?
このチョコン、ゴミでも汚れでもなくて、ベトナムの人はコレがないとエライことになる(のではなかろうか?)。
実際にこの「MAI」という単語をチョコッと調べてみた。
290v_2そもそも、カンボジアとかタイとかラオスとか、この近辺の国はみんなオリジナルの文字を使っているでしょ?
អក្ខរក្រមខេមរភាសみたいのやら、ไม้ทัณฑฆาตみたいのやらຣ ຣົຖ/ຣະຄັງみたいのやら、まったく読めないヤツ。
そこへいくとベトナムがアルファベットを使っているのがすごく不思議じゃない?
え、思わない?
私は思うのよ。
だからまずこのことから調べてみた。
ベトナムという国は長い間中国に支配されていたので、古来より漢字を使っていた。
その後、「チュノム」なる日本でいうひらがなみたいに漢字と混用するオリジナルの文字を導入したが、第二次世界大戦の終結でベトナム民主共和国が成立して漢字もろとも使われなくなった。
代わりに「クオック・グー」と呼ばれる17世紀にフランスの宣教師が考案した、アルファベットを用いてベトナムの言葉を表記する方式に移行したんだと。
下の押しボタン式信号についている注意書きなんか、一瞬アルファベットだから読めそうな感じだけど、まったく歯が立たない。
「HOUND DOG」かと思った。
アルファベットにやたらと色んな記号が付いてるでしょ?
ベトナムの言葉は6通りの発音のバリエーションがあって、コレらの記号が発音を表しているのだそうだ。
日本語も同音異義語が多い言葉で、「は」と「し」という二文字に異なる発音を当てて「橋」、「端」、「箸」と3つの意味を表すじゃない?
我々は漢字を使ってどの「はし」かを表せばよい。漢字さえ知っていれば簡潔だし、表意文字だけあって視認性が抜群に高い。
一方、ベトナム語は漢字を使わなくなった代わりにアルファベットにチョンだの、ピョロンだの、ピロッだのの記号をつけて発音を区別して意味を明確にしている…ようだ。
だから、上の「MAI」も発音の記号によって「研ぐ」、「屋根」、「明日」とか意味がガラっと変わってしまう…ようだ。
こういうのを「声調文字」という…ようだ。

Img_6034 クリーニング屋さん。
コレで9時ぐらいだったかな?ゼンゼン普通に営業してる。

300v_2ね、こうして建物に照明を当てているのはロンドンも同じ。
日本の繁華街みたいにギッタギタのネオンサインを飾ったりしない。

310v_2そして、朝…また暑くなりそうだ。

320_2ある日の朝食。
海外のホテルは卵をその場で好みのスタイルに調理してくれるところが多い。
私はいつも「Sunny side up」。
片面だけ焼いた半熟の目玉焼きね。
両面を焼くのは「Over easy」。
海外の卵ってどうしてこんなに風味が豊かなんだろう。
すごくおいしい。
日本の卵は過酷な環境で卵を産まされているせいか、ひどく味が薄いように思う。
ま、このベトナムの卵だってどういう状況で産卵させているのかわからないけど、味が濃い。
卵は「平飼い卵」といって、鶏にストレスを与えないように放し飼いにして自然に任せて生ませるのが一番いいらしい。
ウチはそれを取り寄せて食べてるんだけど、確かに美味しいし安心。
ただし、産卵の状況は完全に鶏任せなので、卵を産まなくなると供給されなくなっちゃう。
でも、それが「自然」というモノでしょう。

340_2ある日、オーストラリアの友達と朝食を同席した。
早速、トーストに「江戸むらさき」のようなモノを塗って食べていた。
そう、恐怖のマーマイト!彼の場合はオーストラリア人だからベジマイト。
やっぱり大スキなんだって。
私はとてもムリです。

370滞在したホテルは日本人客が多いせいか、白米やのり、かまぼこ、みそ汁なんてのも用意されていて助かったよ~。
だから今回はNAMMの時のように朝食ゲンナリすることはなかった…むしろ楽しみだった。

330_3フォーもその場で作ってくれる。
でも、コレはサッパリおいしくなったナァ。

350_2ナンダカンダで結局毎朝同じか…。
でも米があれば何とかなるんよ。

360うれしかったのはデザート!
ナニを食べてもおいしい!
ベトナムはカカオが獲れるせいか、チョコレート系のモノが特においしい感じがする。
果物もバッチリ。
左の「クルミのタルト」ってのもすごくおいしかった。
そう、ベトナムは木の実、特にカシューナッツが得意なんだって。
「ミックス・ナッツ」っていう色々なナッツが入ってるおつまみあるでしょ?アレに入ってるカシューナッツってベトナム産かインド産が多いんだよ。

380左の紫のヤツはベトナム特有の果物(名前は忘れた)を使ったパイ。
コレはムニュムニュしていて私にはNG。
一方、このヨーグルト!ヤケクソに美味しかった!
毎日2個ずつ食べた。

390酸っぱくなく、さりとて甘くもなく、ヨーグルトの風味が豊かで、下に潜んでいるイチゴやアンズのネタがまたいいお味ときてる。
加えて舌触りがとてもいい。
あまりにも美味しかったので、ウェイトレスさんに「コレ、美味しいね~!」と伝えたら、訊いてもいないのにどこで売っているか懇切丁寧に教えてくれた。
ゴメンね、せっかくだけど持って帰れないの。
ベトナムの人もみんな大好きなんだって!

400<イヤかも知れないけど、まだ続く!…次回はいよいよ本題!>

200 
(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)

2018年4月13日 (金)

ベトナムへ行ってきた!~私のホーチミン vol.3

 
暑いのをガマンして歩き続ける。
こんなのロンドンを歩く時に比べればまったく大した距離ではないんだけど、ウルトラマンが地球で3分しか持たないように、前回述べた理由で急激に体力が失われて歩くのが大層ツライ!
もうヘロヘロなのよ~。
でも、「ココだけは見ておこう」と思って歯を食いしばって歩き続けた。
向かったのは「戦争証跡博物館」。
40,000ドンの入場料を払って中に入る…エ、40,000?高い!
イヤ、安い。
200円もしないわ。
まだ全然ベトナムドンに慣れない。

60_3
イギリスに行った時なんかもそうなんだけど、海外へ行った時、戦争に関する博物館があればなるべく見学するようにしている。
もちろん戦争が好きでそんなことをやっているワケではない。
戦争の悲惨さと人間の愚かさ、そして人間が人間にどういうヒドイことをしたのかを勉強するために訪れるのだ。
フランクフルトでは「ゲットー博物館」なんていうのも観たよ。
マァ、数多く訪れているワケではないんだけど、この戦争に関する博物館ってのは戦勝国と戦敗国で内容の取扱いがエラク異なるんだよね。
イギリスなんかはもう戦争を賛美してる感じだもんね。そこには「正義」しかなく、「戦争の悲惨さ」をくみ取ることはムズカシイ。
もっとも昔のイギリスの貴族の間においては、「戦争は紳士のスポーツ」扱いされていたらしいからね。
翻ってこのホーチミンの博物館…悲惨だったよ。

70_3博物館の前庭には大型の兵器が陳列されている。
陳列されているのはもちろん戦争マニアや武器マニアのためでは断じてない。
これらの兵器はすべてアメリカのモノで、「こういうモノを使っていかにアメリカがベトナムを苦しめたか」…ということを示唆しているのだ。
どんなモノがあるかというと…
  
M.41 Tank。
1965年にベトナムの戦場に現れた。
以前にも書いたけど、機会があれば戦車に触ってごらん。
金のニオイがプンプンするよ。
「戦車」を1両作るのに、それこそ「千社」が絡んでくるらしい。
そんなシロモノをバンバン作っていたら笑いが止まらないヤツがジャンジャン出てくるわな。
もっともそれが戦争の一番の目的だからね。

1_0r4a6067 コチラはM.48 A3 Tank。
アメリカ軍はこのタイプの戦車を1969年の7月までに370両投入したそうだ。

80_3CH-47 Chinook。
「Chinook(チヌック)」というのはいちアメリカ先住民部族の名前。
このボーイング製のヘリコプターのベトナムにおける最大の任務は、いかなる手段を持ってしても入り込むことができない危険な山岳地帯に砲台を築き、そこに弾薬を運搬することだった。
チヌックは飛行したまま他の航空機に燃料を供給することができた。

90_2U-17 Plane。
偵察と観察に活躍したセスナ社製飛行機。100_3UH-1H HUEY 双発ヘリコプター。
移動、救急、輸送、偵察、並びに攻撃機の支援を任務とした。
どんな複雑な地形でも滑走路なしで離着陸できるジャングルの多いベトナムには最適のヘリコプターだった。
1969年の4月には2,202機がベトナム戦争に従事していたそうだ。

120_2HUEYには6銃身の7.62砲が2機搭載されていた。
こんなん映画ではチョクチョク見かけるけど、実際にホンモノを目にするとコワいもんだよ。

130vA-1 Skyraider、「空の侵略者」。
戦闘と爆撃に使われたダグラス社製の飛行機。

140_3M132 A1 Flame Thrower。
「Flame Thrower」というのは自走火炎放射器のこと。
最高で32秒間点火し続けることが可能で、200m先まで炎を放射したという。

150_3105mm Howitzer。
「Howitzer」は日本語で「榴弾砲」というらしい。
コレでガス弾から照明弾までありとあらゆる砲弾をブッ放した。

160_3こんなモノも展示されている。
爆弾ね。
手前のドデカイやつは「BLU-2 Seismic Bomb(地震爆弾)」という。
通称「Daisy Cutter(デイジー・カッター)」。
コレは軍事スラングで、地上の構造物を吹き飛ばす爆弾のことを指すらしい。
ベトナム戦争では、ヘリコプターが着地する場所を確保するためにこの爆弾を落とし、ジャングルの木々を一瞬にして吹き飛ばしたという。
2008年からは使用されていない。
ナゼなら、アメリカ軍はその後もっと強力で優秀な爆弾の開発に成功したからだ。

190_2ところで、ナンだってベトナム戦争が起こったか知ってる?
私が小さい時は「ベトナム=戦争」というイメージがあった。
でも、子供だったので戦争の理由など気にするワケはなかったし、大人になってからも気にかけることはなかった。
でも、今にして思うとそんな状況が当のアメリカ国内にもあったことが『ウッドストック』を観るとわかる。

1_1_2woodstock『ウッドストック』についてはさんざん書いてきたので内容が重複してしまうのが申し訳ないが、せっかくベトナムに行って来たのだからまた書かせて頂く。
ご存知のようにウッドストックが開催されたのは1969年の8月。
ベトナム戦争が泥沼中の泥沼と化していた頃で、「反戦」がこのロック・フェスティバルのテーマになっていることは皆さんもご存知の通り。
そこへ登場するのがカントリー・ジョー・マクドナルド。
カントリー・ジョーがギター1本で歌う「I'm-Fixin'-to-Die Rag」に合わせて50万人が歌うシーンはこの映画のハイライトのひとつだ。
歌詞はこう歌っている。
「俺たち一体何のために戦っているんだ?
文句は言いっこなしだ
お次はベトナムだ
真珠の門(Pearly Gates=天国の門)を開けろ
考えてるヒマはないぜ
みんなおっ死んじまうだ」
ね…「戦争なんて意味がない」ということもあるんだろうけど、ナンだってアメリカがベトナムで戦争をしているのか知らないヤツがいたハズなんよ。
そして、間奏でカントリー・ジョーは観客にこう呼び掛けている。
「聞いてくれ!ココにいる中の一体何のヤツが戦争が終わることを期待しているかはわからない。うまく歌えなくてもいい。やらないよりはマシだ。30万のクソ野郎が集まってるんだろ!歌い始めてもらいたいんだよ!」
ウッドストックがベトナム戦争を終結させたワケではないが、そのキッカケになったと言われているのも事実のようだ。
そして、アメリカ軍がベトナムから撤退した時と同じくして徴兵制度が廃止された。
そのカントリー・ジョーの感動のシーンはコチラ。

あ、それと映画には出て来ないけど、サントラ盤に収録されているジョーン・バエズとジェフリー・シャートレフという人ガ歌う「Drug Store Truck Drivin' Man」という曲もスゴイよ。
当時カリフォルニア州知事だったロナルド・レーガンを「KKK」呼ばわりしてメッタ斬りにしている。
昔の向こうのミュージシャンはやることがいちいちスゴイ。
  
ではココで歴史のお勉強。
なんでベトナム戦争が起こってアメリカが入り込んでいたのか…。
ベトナムという国は第二次大戦の前はフランスの植民地だった。
歴史的に中国とフランスという2大グルメ国の支配を受けていたので、ベトナムの食べ物がおいしいのだという説もあるらしい。
で、第二次世界大戦が勃発してドイツがブイブイ言わせるようになり、パリが陥落してフランスが降伏。
それにスライドして日本軍がベトナムに入り込んだ。
しかし、日本もボロンチョンに負けてしまい、1945年9月、終戦の翌月ですな、ベトナムの北部に例のホー・チ・ミンが「ベトナム民主共和国」を樹立して独立を宣言する。
「オイ、チョット待てよ、ホーおじさんよぅ。戦争は終わったんだからよ、勝手にはさせねーぜ」とフランスはゴ・ディン・ディエムをいうオッサンを大統領に仕立てて、南部に「コーシチナ共和国」という国を勝手に作っちゃった。
そもそも人の国なのに…。
「傀儡(かいらい)政権」ってヤツね。ようするにフランスの舎弟みたいなモノ。
コレが北のホーおじさんのベトナム民主共和国とドンパチおっぱじめた。
1946年から1954年まで8年間続いたこの戦争を「第一次インドシナ戦争」という。
結果はフランスの負け~。
そして、1954年7月にジュネーブ協定で、北緯17度を境にしてベトナムが分断されることになった。
ココでわからないのは、フランスが負けたのなら南ベトナムをホーおじさんに返してやりゃいいじゃん…と思うワケ。
でも、そうはならずに南ベトナムには引き続きゴ・ディン・ディエムを大統領にして「ベトナム共和国」が樹立される。
ココに入り込んでくるのがアメリカだ。つまり、「ベトナム共和国」はアメリカを後ろ盾にしたんだね。
ところが、このベトナム共和国は汚職まみれのヒドイ政府で大多数を農民が占める国民から支持を得ることができなかった。
「しからば武力でベトナムを統一したれ!」とホ―おじさんが「南ベトナム解放民族戦線」という組織を立ち上げて内戦が始まった。
また戦争だよ。
このホーおじさんの組織は「ベトナム・コンサン」と呼ばれた。「コンサン」というのは「共産」ということ。
コレがよく映画に出て来る「ベトコン」というヤツね。
さて、今度はそうなるとダマっていられないのは「ベトナム共和国」をバックアップしていたアメリカ。
何しろベトコンにはソ連が後についてるじゃんか?
もし、ホーおじさんの方がこの内戦に勝利してベトナムが共産主義国として統一されてしまうと、「ドミノ効果」で東南アジア全域の国々が共産主義化してしまう。
「OMG!」
と焦ったのがJFK。
1961年、この状況を目の当たりにしたケネディ大統領は4,000人の特殊部隊をベトナムに送り込んだ。
でも、この頃はまだ小手調べ程度だったのだが、1964年に「トンキン湾事件」が起きる。
コレは北ベトナムの警備艇がアメリカの軍艦を攻撃した…という事件。
「イヤイヤ、ウチらそんなことしてないけんね!」
「ザケンなよ!オメェらが先に手を出してきたんだからなコラァ!」
…とアメリカは自分たちがやられたのだから…とか言っちゃって翌年南アメリカに軍隊をドバっと派遣して北ベトナムに大規模な爆撃を行った。
要するにとにかくアメリカは戦争がしたくてしょうがないもんだから、こういう事件をデッチ上げた…と言われているそうだ。
どこかで聞いた話ですな。
そう、まるで柳条湖事件と東京大空襲をくっつけたような話。
「北爆」と呼ばれるこの空襲がまたヒドイ。
255万トンもの爆弾を落としたっていうんだよね。太平洋戦争で日本が落とされた爆弾の量は13万トンだから気合いが入りすぎてる。
こんなにヒドイことをされても北ベトナムは必死に踏ん張った。
ジャングルに入り込んでゲリラ戦を展開したりしたんだね。
一方アメリカ軍は、そのジャングルが邪魔だというのでダイオキシンを盛大に散布してジャングルの木々を枯らしてしまった。
アメリカ人の合理主義がモロに悪い方に出たような話。
もちろん、政府と軍と製薬会社が手を組んでその枯葉剤の実地試験がしたかったこともあったのだろう。
今、海外では使用が禁止されているMSGという化学調味料を日本人が好んで口にしているのと全く同じ構図。
結果は北ベトナムの粘り勝ち。
アメリカ軍はジャングル内への兵站が十分にできず、思ったような戦闘ができなかったことや、上のウッドストックのようにアメリカ国内で反戦の機運が高まり、最大時には54万人も投入したもベトナムから軍を引き揚げ、1975年4月、ベトコンが南ベトナムの大統領官邸を占領してベトナム戦争は終結した。
ま、にわか勉強で見方が間違っている部分もあるかもしれないけど、アメリカの関わり方はこういうことだった。
そして、もうひとつ知ったのはホー・チ・ミンというのは第一次インドシナ戦争に勝利して独立を成し遂げる際の立役者であって、アメリカが入り込んでのベトナム戦争で勇躍したワケではないということ。 

1_0r4a5910 それにしても、広島の原爆記念館同様、アメリカ人はこの博物館をイヤがるだろうナァ。
「戦争戦争証跡博物館」という名前の通り、名指しでアメリカ人がベトナムにしでかしたヒドイことの証拠を並べた博物館なんだから。
この枯葉剤で丸裸になったジャングルとそこに佇む裸の男児の写真は有名だよね。
コレがバカでかいパネルになって展示されている。
書いてはいないけど「アメリカはこういうことをやりました」と訴えているようなものだ。

180_3館内には色々なモノが展示されている。
コレは1945年のホーおじさんの独立宣言の文書。

210_2その中にこういう文章があるらしい。
チョット訳出してみると…「ベトナムには自由と独立を楽しむ権利があり、そして本当に自由と独立の国になった。すべてのベトナムの民衆はその自由と独立を堅守するために、肉体的、精神的に強靭となり、生活や財産をも犠牲にすることをいとわない決心をした」
この後フランスがまたチョッカイを出しておかしくなっちゃうんだけどね。
ホント可哀そうなんだよ。

200_3実際に使用された小銃や砲弾の展示。
全部アメリカ製。
1_0r4a6089コレはベトナム戦争にいかに多くの国々や軍隊が関わっていたかを示す地図。
もうシッチャカメッチャカ。

220v_2こうして館内にはベトナム戦争に関わるデータが色々と展示されているが、圧倒的に力を入れているのが、戦争の惨状を報道した写真の数々だ。

1_0r4a6097_2 日本人の報道カメラマンの活躍ぶりもタップリ紹介されているのだが、「Canon」だの「Nikon」だののロゴが写真の説明文にくっついててサ、日本人としてチョット恥ずかしい。
ナニもこんなところで宣伝しなくても…と思わざるを得ないすさまじい写真ばかりなのだ。
特にスゴかったのは枯葉剤、すなわちダイオキシンの猛毒の被害を受けて生まれて来た子供の写真がゴマンと展示されているのだ。
シャム双生児や無頭児、ありとあらゆる先天性奇形児の写真がドバ~っと並んでいる。
目を逸らしたい気持ちを抑えて私は全部見て来たよ。
アレを見たら「戦争さえなければこの子たちだって…」と誰しもが戦争の愚かさを思い知るだろう。
他にもアメリカ兵の苦闘を捉えた写真もあるが、圧倒的にベトナムの被害や被害者の写真が多い。
たとえば下の写真…空爆を受けて破壊された家の壁に書いてあるのは…「ニクソンよ、我々から奪った血を返せ」。

230_2こうして歴史を知ってみるとですよ、さんざん見て来たアメリカ製のベトナム戦争に関する映画も見方が変わって来るね。
そう思って、ベトナムから帰って真っ先に観たのがマイケル・チミノの『ディア・ハンター』。
中学生の時にロードショウ公開でテアトル東京で観たのが最初だった。
その後も何度か観ているけど、今回はエラク印象が違ったな~。
ホーチミン市だけとはいえ、実際にベトナムに行き、この博物館を訪れた後にこの映画を観た時、単なる「マイケルとニックの友情物語」として鑑賞することはムズカシイ。
まずアメリカのポジション。
あの「マオ!」という叫び声が印象的な、ジャングルでのロシアン・ルーレットのシーン。
「かわいそうにナァ」、「ベトナム人ってヒデェことするナァ」なんてかつては思ったけど、アメリカが勝手に戦争に入り込んだんじゃん!というアタマで観ると大分感覚が変わって来る。
インディアンに頭の皮を剥ぐことを教えたのが白人であったように、あのロシアン・ルーレットだってきっと白人がベトナム人に教えたに違いない。
ま、あのシーンが事実かどうかは知らないけど。
でも、ベトナムに行く直前まで鹿狩りに行って友人と楽しい時間を過ごしていた若者があんなにヒドイところに送り込まれて悲惨な目に遭っているのを見るのもまたツライ。
ナゼなら今はベトナムのあの暑さを知ってるから!
戦争なんてするもんじゃありませんよ。
ホンの一部の悪どい連中の儲けのためにベトナムの若者もアメリカの若者もこんな悲惨な目に遭わなければならないのか!とづくづく感じさせられたわ。

320だからオリバー・ストーンってのは実にいい仕事をしてると思うね。
『ルーツ』じゃないけれど、アメリカ人ってのは自分でこういうことをするからまた面白い。
この『天と地』という作品もとてもヨカッタ。
今ではすっかり宇宙人になってしまったトミー・リー・ジョーンズの演技がすこぶる充実していた。

51om0sy3csl_sy445_『フルメタル・ジャケット』もスゴかった。
あれ後半の舞台がベトナム中部のフエなのかな?
でも実は、キューブリックはあのシーンをロンドンで撮影したんだよ。

Fmj街中にはこんな看板も。
1968年はナンだったんだろう?
アルファベット表記なのにベトナムの言葉だから読めんのじゃ!
一瞬マッチング・モールかと思ったぞ!

240_2これが中国共産党のプロパガンダ・ポスターをパロッたマッチング・モールの『Little Red Record』。
名盤です。

1_mm 博物館の中も結構暑くてサ。
それでもまだ歩く。
歩いていると「ナゼ?」という店に結構出くわす。
コレは金庫屋。
ナゼか金庫屋が多い。

260_3コレらは徽章屋っていうのかな?
看板だとか、トロフィとか、盾とかを扱っている店がどういうワケか連なっている。

270_3で、ここまで来てある失敗をしでかしたことに気がついた。
NAMMの時のように、Marshall Blogに現地からの速報レポートを掲載しようと思ってPCを持って行ったんだけど、CFカード用のカード・リーダーを日本から持ってくるのを忘れてしまったのだ。
このままでは写真のデータをPCにを撮り込むことができないので記事を書くことも不可能だ。
…ということでカメラ屋、もしくはパソコン屋を探すことにした。
マァ、これだけ多くの人がスマホをイジくってるんだからパソコン屋のひとつやふたつはすぐに見つかるだろう…と思ったが、もうダメ。
暑くて歩けない。
ひとまずホテルに帰ってシャワーを浴びて、服を着替えて、少し休んで、コンシェルジュにカメラ屋の場所を調べてもらって出直すことにした。
もう下着まで汗でビチョビチョだ~!
ヘロヘロになりながら何とかホテルまで歩いて帰って予定通りの行動を取った。

1_0r4a6102 ホテルのコンシェルジュから教えてもらったエリアに向かう。
その前にお腹が空いたのでナニかを食べることにした。
ま、ココは無難にフォーだな。
ということで「PHO HUNG」というチェーン店に入ってみた(写真は実際に入った店ではない)。

470_3牛肉のフォーを頼んでみる。
おお~っと!ココで忘れてはいけないのは「ノー・コリアンダー・プリーズ!」ね。
私、パクチーが全くダメなんです。
で、出て来たのはコレ。
実にウマい!
ただ、ぬるいんだよね~。
予め茹でた冷たい麺にスープをかけるだけなので、どうしても温度が下がってしまう。
もっともこんなに暑いところでギンギンに熱い汁モノなんか食べられないんだろうね。
以前から書いているように、海外に行くと一番恋しくなるのがダシ系の食べ物。
ロンドンなんかでも、そういう時は迷わずホクストン辺りのベトナム料理店へ行ってフォーを食べる。
フォーのスープが美味しいのは、牛骨でダシを取ってるからなんだよね。
コクがあるワリにはアッサリしている。ドロドロの豚骨ラーメンよりフォーの方がゼンゼン好き。
でも、ど~こ~か~にパクチーがいるんだよ。
ラーメン・スープのダシを取る時にネギを入れるように、おそらくフォーもダシとしてパクチーを入れてるんじゃないかね?
でも大満足の350円。
ロンドンで食べたら軽くこの3~4倍。
でね、もっとうれしいのは、ベトナムはチップの習慣がないこと。
そうそう、テーブルの上には薬味として使う数種類のハーブを乗せたラップのかかった皿が置いてあるんだけど、アレが結構ヤバいという話を後で聞いた。
どういう水で洗っているかわからないので、慣れない人は敬遠した方が安全だというのだ。
私はハナから使う気はなかったけど。

480_3何じゃコリャ?!
まるでピカデリー・サーカスじゃん!

280_3当然ココも単車天国。

290_3面白いように次から次へと大量のオートバイが走り過ぎて行く。
しかし、ナント空気の悪いことよ!

300_3あ~!スゴイの発見!

310_3コレ。
オイオイもうチョット何とかしろよ~。
ダラしね~な~。
こんなのどう配線されているのかわかるのかね?

320v_2外人が東京へ来て驚くモノのひとつに電線がある。
こんなに近代的な大都市なのに、町を歩いていて見上げると電線だらけだから。
ロンドンやニューヨークなんかはCABで電線の類はすべて地下に埋まっているもんね。
ナゼいつまでたっても東京のCAB化が進まないのかというと、地震が多いから。
地面に埋めてしまうと「もしも」の時に復興するのが大変らしい。
それと、自分の家の前をほじくり返してもらいたくないという利己主義が強く、簡単に埋設の許諾が取れないらしい。
…というので…こんなんなってる。
コレは四谷で遭遇した電線のカタマリ。
発見した時は結構ビックリしたけど、ナンノナンノ。ホーチミンに比べれば実にキチっとしているではないか!

1_ydこっちはコレだかんね。

320v_2ギャハハ!
街からちょっとハズれたところではこんなのも見つけたよ。

1_0r4a6488_2 さて、ホテルのコンシェルジュから聞いたエリアに行ってもカメラ屋らしきものが1軒もない。
ダラダラ歩いていると、それこそすぐに汗がダラダラ流れて来るので、作戦を変更して勘を頼りに自力で探すことにした。

330_3しかし、スゲエ単車の数だナァ。
最初、昔の上野の昭和通りみたいにオートバイ屋がいくつも並んでいるのかと思ったのよ。

350_3そうではなくて、コレ全部駐車してるの。
よくもこんなにキレイにお揃いの単車が並ぶよね?

370_3それでひとつ気が付くのは店先にいる青い服を来たオッサン。

380_3店先に出したイスに座って日がな一日スマホをイジってるか、ボーっとしてる。

390_3こうしてガッツリ眠り込んでいるオッサンも多い。
この人たち、格好からもわかるように警備員なの。
チャンと行政から認可をもらって各店に貼り付いているらしい。
最初、店に不審者が入らないように門番をしているのかと思ったら、それだけではなくてお客さんの単車が盗まれないように見張ってるんだって。
小さい飲食店の前なんかでは私服の男が店先に停まっている単車に跨っているのをよく見かける。
ある時、ジッとその様子を見ていたら、なるほど、お店から出て来た客からお金を受け取っている。「白ガードマン」とでも言おうか、プライベートの単車見張り人だったようだ。

400_3ダメだ!
カメラ屋なんてゼンゼン見つからない!

410_3それどころか、街の様子がある通りを境にガラリと変わって、猛烈にローカル色が濃くなってきた!

420_3もうナニをやるにも単車。
それは軽トラかなんかで運べってば!

430_3こんな珍種も!
トロッコのように手でコキコキやって動かす三輪自転車。

450_2タイビン市場というマーケット。
チョット覗いてみたけど、薄暗くてとても入る勇気はなかった。
入ったが最後ナニも買わずに出て来れそうな雰囲気なし。
ウェブサイトの観光案内で調べてみると、「こんな人におすすめ」という欄に「バックパッカー街を訪れる人、ローカル体験をしたい人」とあった。
よかったゼ、入らなくて。

440_2そのすぐ横にある生鮮食品の市場。
確かにローカル感強し!

460_3結局カメラ屋は発見できず。
また下着まで汗でビチョビチョになっちゃったので諦めて一旦ホテルへ帰ることにする。
最後の手段。
ホテルの部屋でダメ元で「ホーチミンのカメラ屋」をキーワードにインターネットで調べてみた。
すると、あるんですよ、ナント、「カメラ屋街」ってのが!
「Huymh Thuc Khang通り」というところがそれに当たるらしい。
どうも「フィン・トゥック・カン」と読むようだが、地図で調べたところ存外に近いので、しばらく休んでから行ってみることにした。
外に出ると、もう日は大分傾いていて、間断なく吹き付ける風が実に心地よい。

490_2またココもチョット雰囲気が違っていて大都市の風情だ。

500_2単車に轢かれないように工事現場の壁沿いにユックリと歩く。
この街の路上での急な動作は自殺行為だ。
段々コレがわかってきた。
すると、自動的にガソリンスタンドの敷地内に入った。
見てよ、こんなんよ。

510_3コイツらここで給油したワケじゃないのよ。
人の敷地を遠慮なくブンブン通り抜けてんだよ。
アブね~っての!

520_3それでもひっきりなしに給油をする単車がスタンドに入って来る。
単車だからみんな3リッターぐらいしか入れて行かない。

530_3どれどれ、ベトナムのガソリンの値段はどうかな?
1リッターあたり18,340ドンか…90円弱。
今、東京で138円とかそんなもんでしょ?
コレ、結構高めなんじゃない?
あのフォーの値段が東京の半分だとすると、70円弱が妥当なところではないか?

1_0r4a6198 アレ?駅がある?…と思ったらバス停。

540_2なんかココだけヤケに都会的だな。
ところが、ホーチミンの路上を走る乗り物って、大きければ大きいほど融通がきかないの。
道を渡ろうとしても、バスって絶対に止まってくれないんだよ。
まるで歩行者に恨みでもあるかのように、あるいは怒り狂った巨像のように容赦なく突っ込んでくる。
日本では考えられない。
結構コワイよ。

550_3フィン・トゥック・カン通りに入って進んで行く。
コレは路上の時計修理屋。
こんなホコリっぽいところで精密機械の修理をやってる。

560_3コチラは中古家電販売店。
こんなの買う人いるのかナァ?

570_2ナニかの食堂街だと思うでしょ?
ナントこれこそがそのカメラ屋街!
数軒当たってみた。
まず、みんなゼンゼン英語ダメ。
SDカード用はあるんだけど、CFカードが入るカードリーダーなんてありゃしない。
困っていたら何軒目かで出くわした親切なオバサンが「アソコにならあるかも」と教えてくれた。

580_2その店がこの「HUY Camera」。
ま~店員のアンちゃんが不愛想なこと!
それでも確かに扱っていて、値段を尋ねると「Two fifty」という。
コレがわからない。
「Two fiftyだから250か…。250ということは250,000ドンだろ?10,000ドンが約50円だから…」なんてプロセスを経ないと値段がわからない。
結果、1,200円ぐらい。
吹っ掛けられたような気がしないでもないけど、値切ったところでわずかの金額だ。
そのまま売ってもらった。
最後まで愛想が悪かった、あのガキ。

620面白いのでフィン・トゥック・カン通りを少し見て回る。
どうやらこのエリアは秋葉原のようなところらしい。
590_2結構シッカリしたオーディオ機器なんかが展示されていたけど、一体誰が買うのか?
しかし、遠目だとどうしてもオートバイ屋にしか見えん。
600_2ついでにもう少し歩いて見るとまた商店街が…。

640ココは食料品のマーケットらしい。
アチコチから妙なニオイが漂ってくる。

650こんなところにもバイクがガンガン入って来るんよ。
アブねーな!
740ココもローカル感満点!

660どう見てもこのマーケットと不釣り合いな高層ビルが背後に突っ立っている。

670vココは地元の人が買い物をするところなのかな?
客引きがゼンゼンいないのでメンドくさくない。

690モノスゴイ騒ぎ!
何かと思ったら小学校だわ。
制服を着ているところを見ると私立なのかな?色がスゴイね。
でも、どこの国でも子供は可愛いわ。

700断りを入れて八百屋で写真を撮らせてもらった。

710見たことがあるのも、ないのも色々だ。
アーティチョークなんてどうやって使うんだろう?
さすがにグルメの国ってこと?

720肉屋。
こんなに暑いのにそのまま軒先に吊るしておいて大丈夫なのかしら?
そういえば、ホーチミンにいる間、犬と猫を1回も見かけなかったナ。
コレだけ暑いので、毛の生えてる連中は耐えられないのかな?…なんて思ったりもしたが、後で聞いたら、ベトナムには犬料理も猫料理もあるのだそうだ。
これ以上は書きません。

730さっきマーケットの背後に見えていたのはコレ。
「ビテクスコ・フィナンシャル・タワー」といって現在のところベトナムで最も高いビルなんだとよ。

750さて、約半日苦労してフィン・トゥック・カン通りのカメラ屋でついに手に入れた中国製のカード・リーダーがコレ。
おお~「多功能二代」だぜ!
結局、クタクタに疲れちゃって夜はバタンキュー。
全くコイツを使わなかったとさ…。

630v<まだまだネタあり>

200 
(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)

2018年4月 6日 (金)

べトナムへ行ってきた!~私のホーチミン vol.2

  
一体どれだけのオジサンに声をかけられてココまでたどり着いたことやら。
「オジサン」というのは例のバイク相乗りのオジサンね。
コレは後で気づいたことだが、あのオジサンたちの売り込みは朝のウチの方が積極的だったように思う。
もちろん、一日中彼らは観光客を見つけては手当たり次第に声をかけているのだが、夕方になってくるとかなり押しが弱くなってくるようだ。
暑さで疲れちゃうのかね?それとも諦めちゃうのかね?
それにしても、なかなかああいう風にはできないよ~。
ナニせ通りの向こうから「おお~!ハイハイハイハイ!」とか「オッハヨ~!ドコイクノ~?!」とか実に勇猛果敢に声をかけて来るワケ。
あまりにも馴れ馴れしいので、こっちは知り合いが自分のことを見つけたのかと思って、つい振り向いちゃうワケ。
で、その声の主の方を見ると、不自然にニコニコした色の黒い見ず知らずのオッサンなのよ。
もうだんだんウンザリして来ちゃってね。

10_2この洋風の立派な建物は、「ホーチミン人民委員会庁舎」。通称「ホーチミン市庁舎」。
1902年から1908年にかけて「サイゴン市庁舎」として建設された。

20_1美しいフレンチ・コロニアル様式で建設されているが、残念ながら中を見ることはゼンゼンできない。
ライト・アップされた夜の姿が美しいらしいが、見て来なかった。

30_2「ウィッス!」と親し気に右手を上げているオジちゃんは植民地時代からベトナム戦争まで、ベトナム革命を指導した建国の父、ホー・チ・ミン。

40_21990年にホー・チ・ミンの誕生100周年を祝して設置されたブロンズ像が2015年に現在の「ウィッス!」に置き換わったのだそうだ。
だからまだゼンゼン新しい。
「ホーチミンって人の名前なの?」なんて言ってた人がいたけど、我々が子供の頃、ベトナム戦争のことがテレビのニュースで流れる時、この街は「サイゴン」と呼ばれていた。
ビリー・ジョエルにも「グッドナイト・サイゴン」って曲があるでしょ?
この頃のビリー・ジョエルはスゴイよね。
どの曲も人知を超えた高いクォリティを示していた…んだけど、ことベトナム戦争に関してアメリカが何かを言う資格などあるのだろうか?…という気になるのは、ベトナム戦争をテーマにした映画がアメリカのしたことを美化していると理解するようになったから。
ベトナム戦争についてはまた別項で触れようと思う。
今は「ホーおじさん」。
1973年にアメリカ軍が全面的にベトナムから撤退し、最終的に南ベトナム軍vs.北ベトナム軍の戦いとなったベトナム戦争は、1975年4月にサイゴンが陥落して終結した。
ホー・チ・ミンは1969年9月(『ウッドストック』の約2週間後)に没しているので、このことを知らない。
その後、「ベトナム民主共和国」が主導して南北統一が実現し、1976年、「ベトナム社会主義共和国」が成立した。
そして、南ベトナムの首都だったサイゴンは、革命の父、ホー・チ・ミンにちなんで「ホーチミン市」と名前が変わったんだね。
実際にホー・チ・ミン氏は多くの国民から「ホーおじさん」と慕われていたらしい。
でもこの人、30年も祖国を離れていて、結構謎の多い人物だったという評伝もある。

90vところで、ホー・チ・ミン氏、国際的には「グエン・アイ・クオック」という名前でもよく知られているそうだ。
この「グエン」という名前。
ベトナムも日本と同じく名前は「姓→名」の順番で表す。
だから「グエン」は名字なのね。
で、にわか勉強でベトナムに関する本を読んでみると、やたらメッタラとこの「グエン」という名前の人が出て来るんですよ。
グエンは「Nguyen」と表記するんだけど、通りの名前にもガンガン出て来る。
「Nguyen Dinh Chieu」とか「Nguyen Thi Minh Khai」とか「Nguyen Hue」とか…。
これが読めないのよ~。アルファベット表記なのにもかかわらず、サッパリ読めん。
ベトナムの言葉についてもまた別のところで触れましょう。
この「グエン」さん。
驚いたことにベトナムの国民の40%弱が「グエンさん」なんだって!
日本は「佐藤」、「鈴木」、「高橋」さんをすべて足してもたったの4%。
日本のは名字が29万通りもあるのに対し、ベトナムはナント、250ぐらいしかないんだってさ!
ちなみに2位はグッと減って11%の「チャンさん」、3位が9.5%の「レ」さんだそうです。
韓国も名字のバリエーションが少ないことがよく知られているけど、一番多い「金(キム)さん」で22%だって。
続いて、「李(イ)さん」で15%、「朴(パク)さん」で9%。この3つを足しても46%。
恐るべしグエンさん!
100_2この市庁舎がある通りがそのグエン・フエ通り。

50_2かなり立派な通りなの。
0r4a6553花の名前はサッパリわからないが、とてもいい感じで通りに彩を加えている。

60_2日本にいると街に咲いている花に気を配るなんてことは全くしないけど、外国へ来ると結構気になるものなんだよね。

80_2コレはわかる。
ハスはベトナムの国花だ。
なぜハスかと言うと、国民の8割近くを占める仏教徒たちが愛する花だからだそうだ。
お釈迦さまが座っている台座はハスだもんね。
ハスは泥水の中で育ち、泥が濃ければ濃いほど大きな花を咲かせるんだって。
その花は泥の中から出てきて、しかも泥に染まらず美しく大きな花を咲かす。
泥水は煩悩や苦しみの世界を表し、美しい花を悟りの世界に見立てているのだそう。
また、普通の植物は花が咲き終わってから実を付けるけど、ハスはつぼみの時から、花弁の下の台に実を付けていて、コレを仏教では、「誰もが生まれながらにして、仏に成る性分をそなえている」ことを象徴しているということだ。
コレを華果同時(けかどうじ)と言って仏教で尊ばれているのです。

70_2前回触れた工事現場がここまで伸長していた。

110ココは清水と前建のJVの工区。

120コレ、ナニを作っているのかと思ったら鉄道だった。
シールドマシンが登場しているところを見ると地下工区があるんだね。
地下水が多そうだな…。

130あ、駐車場だ!
この時もバイクのオッサンがしつこくてね~。
「イチジカン、イチジカン」と執拗に食い下がって来るもんだから、見ろ!
スッカリ露出の設定がおかしくなっちゃったじゃねーか!
しかし、この駐車場、トンネルみたいだな。

140_2コレは市庁舎のすぐ近くにあるホーチミン市民劇場。通称「オペラハウス」。

150_2フランス植民地時代のフレンチ・コロニアル様式の建築物の1つ。
フランスの人建築家が「オペラ・ド・サイゴン劇場」として1897年に建築した。
ベトナムの観光案内を読むとやたら「フレンチ・コロニアル様式の建築物が美しい」って書いてあるんだけど…そうかぁ?…と訝しんでいるのは見た目のことではない。
たしかに市庁舎にしても、このオペラハウスにしても、古い建造物が好きな私なんかにはとても魅力的なんだけど、「それ」と思われる建物の数が滅法少ないのだ。
やっぱりベトナム戦争でなくなっちゃったのかしたん?
「コロニアル様式」っていうのは、17~18世紀のイギリス、スペイン、オランダ等の欧州列強の植民地に見られる建築様式。
植民地のことを英語で「colony(コロニー)」って言うでしょ…アレ。
正面にポーチがついていて、大きな窓やベランダがあるのが特徴なのだそう。

160_2建物のすぐ前に飾ってあったのがコレ。
魚を取るカゴ。
おとなしくコレを見ていたらまたアレだよ…バイクのオッサン!
もう、うっとうしいな~。
「オニーサーン、ニホンジンデショ?ドコ?トーキョー?オーサカ?」
「東京だよ」
「オー、トーキョー!スゴイネ、スゴイネ!アクシュ、アクシュ」
私が手を出さないでいると…
「アクシュグライ、イイジャナイノ~!アクシュシヨウヨ~」
渋々出した私の手をガッチリ握るとこのオッサン、手を離さないのよ!
「コンナノミテテモツマラナイヨ!イイトコイコウ!ウミイコウ、ウミ!サアサア、ウシロニノッテ!」
思いっきり手を振りほどいてシカトしても全然ヘッチャラ!
「イコウヨ、イコウヨ~!」って騒いでる。
ホントにイライラして来たわ!
絶対に目を合わさないようにしていたら諦めてどこかへ行っちゃった。
あの強靭な営業力は評価してあげたいところだけど、あんなオッサンと2人で海へ行ってどうすんのよ?
まさか、ベトナム名産のココナッツ・オイルの塗りっこか?
ジョーダンじゃね~よ!

200_2ココは脱線のコーナー。
ウチにこんなCDがあるの。
ベーブ・ルースじゃないよ。
ちなみにイギリスの「ベーブ・ルース」というバンドにはかつてバーニー・マースデンが在籍していた。ナゼかフランク・ザッパの「King Kong」なんかを演っていたんだよね。
このCDはナポリ出身のエンリコ・カルーソーというオペラ史上もっとも有名と言われる歌手のベスト盤。
1873年に生まれ、1921年、すなわち関東大震災の2年前、またジム・マーシャルが生まれる2年前に亡くなっているので相当に古い歌手だ。
しかし、カルーソーはレコードへの録音を盛んに行った最初の歌手と言われていて、彼のレコードを聴きたいということで蓄音機が大いに普及したらしい。
それほどの大歌手なのだ。
ナンでこんなの聴いているのかと言うと…普段からMarshall Blogで「最後はオペラを楽しむようになりたい」と書いているから…ではない。
私が「エンリコ・カルーソー」の名前を知ったのはかなり前のことで、『フィッツカラルド』という映画を観た時のことだ。

1_eccd『フィッツカラルド(Fitzcarraldo)』は1982年の西ドイツ映画。
私はドイツの映画なんてどこをどうやっても観ることなんかないハズなんだけど、ナゼかこの作品を観る機会があった。どうしてそういうことになったのかサッパリ記憶に残っていないんだけど。
しかも、2時間半を超す長大編。
19世紀の末、当時隆盛を極めていたゴムでひと山当てようと、ペルーのイキトスという所に入り込んでいたアイルランド出身の「ブライアン・スウィーニー・フィッツジェラルド」という男の話。
原住民は「フィッツジェラルド」という発音ができず、「フィッツカラルド」と呼んでいた。
このフィッツカラルドがエンリコ・カルーソーの歌を聴きたいがために、地元のジャングルにオペラハウスを作ろうとするストーリーなのね。
一番の見どころとされているのは、ジャングルの奥地に向かうため川を遡上する際、近道をしようとしたんだっけかな?危険な原住民が生息するエリアを避けるためだったかな?…船を人力で山越えさせて、隣の川に移動させるというシーン。
当時はCGなんてなかったので、40度の勾配の山の斜面に実際に320tの蒸気船を乗せて引っ張り上げて撮影した。
主役のフィッツカラルドを演じたのは…なぜゆえ父娘でこうもルックスが違うのか…ナスターシャ・キンスキーのお父さんのクラウス・キンスキー。
当初は名優ジェイソン・ロバーツが演じる予定であったが、赤痢に罹りドクター・ストップ。
ジャック・ニコルソンも打診されたが実現はしなかった。
何しろ撮影は過酷を極め、ミック・ジャガーも出演することになっていたが、予定が狂いまくって撮影に参加できなかったのだそうだ。

1_fcで、ナニが言いたかったのかというと、まずはオペラハウスね。
ニューヨークのメトロポリタン、ロンドンはコヴェント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウス、フランクフルトのオペラハウス…なんてのは行ったことがあるんだけど(入ったことはない)、シドニーをはじめとして、世界中にオペラ・ハウスっていうのがあるでしょ?
コレはナニかね?
日頃よりMarshall Blogでは「音楽芸術の最高はオペラらしい」ということを書いているが、そんなにみんな好きなのかネェ?
日本でも初台に「オペラ・シティ」という設備があるけど、ヨーロッパのものとは精神性が全く違う感じなんだな。
やっぱり日本は能楽堂とか歌舞伎座とかがシックリくる。
入植したフランスの連中も遠い故郷から離れて、ベトナムくんだりまで来て、自分たちの娯楽を求めるために作ったのがこのオペラ・ハウスなワケでしょう。
まさかベトナムの現地人にオペラを紹介するためにこんなものを作る道理がないんだから。
そんなことを考えていたら『フィッツカラルド』のことを思い出してしまったというワケ。

170_2この「aah!」、「ooh!」、「wow!」って席のグレードが面白いね。
値段は下から3,100円、5,000円、7,300円ってとこか…。

180_23月18日の公演だって。
ナニを演るのかな?
ハイ、出た、ショスタコーヴィチ。
曲は「祝典序曲」…コレ、メッチャいい曲だよ。
それからブルッフの「ヴァイオリン協奏曲」。昔、よく聴いた。これもいい曲。
サン=サーンスの「チェロ協奏曲第1番」にチャイコの「ロメオとジュリエット」。
デコボコと面白いセトリだナァ。
私は観たい!
しかし、このホーチミンにあって147万ドンを出してどういう人が観に来るのかね?

190vしかし、暑い。
あまりの暑さにいい加減歩くのがシンドくなってきた。
気温といい、湿度といい、完全に8月の日本の一番暑い時と同じ。
つまり我々が知っているおなじみの「暑さ」。
だから当然こういう時の最良の過ごし方を我々は知っている。
それは、「外に出ないこと」だ。
ところが、カンカン照りの太陽の下、ヘロヘロになって歩きまわっている…と言ってせいぜいまだ1時間かそこらなんだけどね。
でも、もうパンツまで汗でビチョビチョだ~!
オペラハウスから少し歩いて次の観光名所に移動。
220「サイゴン・ノートルダム大聖堂」。
「ノートルダム(Norte-Dame)」というのは「Our Lady」という意味で、聖母マリア様を指すことを以前テントウムシのところで書いた
250_2だからこうしてマリア様の像が建てられている。
1959 年にローマからサイゴンへ贈与されたものだそうだ。

240vハスのところで書いたようにベトナムは8割が仏教徒だそう。
残りの2割はキリスト教徒、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒が占める。
だからキリスト教はマイノリティだ。
もちろんこの大聖堂はベトナムがフランスの植民地だった時代、1863~1880年にかけて建設された。

1_0r4a5953 正面と側面についているバラ窓は、昔はステンドグラスでできていてそれは美しいモノだったらしいが、戦争で破壊され、現在は普通のガラスがハメられているそう。

1_0r4a5995 裏側はこんな感じ。
エライ立派だよね。

255_2コレは後日訪れた時のようす。

260_2ここの神父さんだったのだろうか?
何やら追悼のセレモニーが執り行われていた。

270_2こうして見るとなかなかにステキだよね…でも実際は灼熱地獄なのだ!

280_2ノートルダム教会のすぐ隣に移動。
上の写真の右端にも写っている黄色い建物は「サイゴン中央郵便局」。
1886年に建設を開始して5年後に完成した。
パリのオルセー美術館をモデルにしているそうで、鉄骨の設計を担当したのがエッフェル塔を作ったギュスターヴ・エッフェルなんだって。
あ、英語圏でエッフェル塔のことを「エッフェル・タワー」と言ってもまず通じませんからね。
どういう風に言うかというと「アイフル・タワー」と「ア」にアクセントを置いて発音する。
この郵便局、今でも現役で通常の郵便や通信業務をやってるのよ。
0r4a5988建物が黄色いのは、フランス人にとって「黄色」は「南方」を意味するんだって。
行ったことがないのでわからないけど、フランスは南に行くと黄色い壁の建築が多いそうで…。
でも、この建物は以前はピンク色だったらしい。
どういうことだ?

290_2柱の飾りつけにはフランスの偉い人の名前が刻まれている。
現地の観光ガイドの説明を盗み聞きしていたんだけど誰の名前って言ってたか忘れちゃった!
大統領って言ってたかナァ?

0r4a6616コレもフランス人たちが祖国への通信手段のためにと造られたのだそうだ。
マァ、そうだろうね。

0r4a6619中はこんな感じ。
ステキ!なんだけど、エアコンが効いていなくて、もう「青菜に塩」状態!
暑いよ~、暑いよ~。

330_2名物の電話ボックス。

300_2エントランスの左右の壁には1936年当時の南ベトナムとカンボジアの電信網の地図と…

310_21892年当時のサイゴンの地図がかかっている。
大変に保存状態がよく、オリジナルのままらしい。

320床のタイルが見事。

340天井も実に優雅で美しい。350_2正面にはお約束の「ホーおじさん」。

3_0r4a5972特に「スゴイ!」とか「キレイ!」とかいうことはないんだけど、日本ではお目にかかれない独特なッ風情がある。

360_2ナゼかお土産に力を入れているの。

370_2入り口の両サイドにも立派なお土産屋さん。
見てみようと思ったけど、暑くて、暑くて…「もうイイや!」って気になっちゃってパス。

0r4a5985で、外に出ると…アレ?こんなところに大戸屋!

380_2泣きたくなるぐらい暑いのをガマンしてまだまだ歩く。
もっとも身体中の水分が汗になって流れてしまって一滴の涙も出ないけどね。
街中を歩いていてとにかく目につくのは「ホーおじさん」。
そこら中にホー・チ・ミンの肖像が飾ってある。
420_2「FOOTBALL CLUB」って…こんな暑いところでサッカーやってんの?
ま、日本の夏も同じか…。
430_2それと、目についたのはコレ…「HAPPY NEW YEAR 2018」の飾りつけ。
ベトナムに行ったのは3月の中旬だったんだけど、瞬時にして旧正月を祝っているということはわかる。
しからばベトナムの旧正月っていつなんだろう?

390_2ベトナムの旧正月は「テト」といって中国と同じく新暦の2月の中旬ぐらいに当たるらしい。
「ぐらい」というのは、旧暦は盈虧(えいき)、すなわち月の満ち欠けを基準にした太陽暦に基づいているため毎年変わるからで、今年は2月16日だったんだって。
いずれにしても、1か月経ってもまだこの飾りつけ。
ノンビリしてるな~…というより、新年が明けてもしばらく飾り付けておく習慣なのだろうか?
ところで、この「旧正月」というのは、もちろん中国の慣習に倣っているワケだけど、新暦の正月、つまり1月1日だけをお祝いするのはアジアの国々で日本だけらしいよ。
日本でも「新盆」だの「旧盆」だのはよく耳にするけど、「旧正月」ってのはゼンゼン出て来ない。
それでも大正の終わりぐらいまでは旧正月を祝ったらしい。

400_2ブルーの大きな建物は「ロッテ・プラザ」。
かつての錦糸町みたいだな。
今は「ロッテ・シティ・ホテル」というのが錦糸町駅の横に建ってるけど、アレは昔「ロッテ会館」といってボーリング場が入っていたんよ。
チョット探し物をしていたので、ロッテ・プラザに入ってみた。
完全に近代的なデパートで、特段見るべきモノは何もないんだけど、寒い!
冷房効かせすぎ!

410_2もうクタクタよ。
ロンドンだったら一日中歩いていても、まだ歩き回りたいところ。
ところが、今日はホテルを出てまだ2時間も経っていないというのにこの極度の疲労具合で戦意喪失!
原因は色々ある。
1. 暑さと湿気…コレは日本の夏と同じ。この気温と湿度の中これだけ歩き回ったらそりゃクタクタになるわ。
2.ニオイ…繁華街の悪臭にウンザリ。
3.バイク・タクシーの客引き…もう何しろしつこいし、そこら中にウヨウヨしているしで、本当にイライラする。
4.ノイズ…バイクや車のクラクションのけたたましいこと!コレも癪に触ってくる。
5.道路の横断…バイクの大群の往来でとにかく道を渡ることができないストレスと危険性。
それともうひとつはコレ。

460_2とにかく歩道の状態があまりにもヒドくてやたらと歩きにくい。
歩道のすべてというワケではないが、日本では考えられない。
女性がハイヒールを履いてあるくことは不可能と言っていいだろう。
十分に足元を注意しながら歩かなければならないストレス。
コレ結構ツライ。
加えて凸凹を乗り切るために足首の角度が目まぐるしく変わるでしょ?
コレもかなりシンドイ。

470_2いい加減、私もバイクで移動したくなって来たよ。
チョット待てよ…まさか、みんな歩道が歩きにくいからバイクに乗ってんじゃねーだろーなー。

480_2歩きやすいハズのILB(インター・ロッキング・ブロック)の歩道もこの通り。

490vILBは、平地に並べて隙間を砂で埋めるだけの構造だ。つまりブロックが固定されていないので、重量物が乗るとガタガタになってしまう。
それを、平気でバイクが勢いを付けて通過するもんだからブロックがズレてハガれちゃう。
そのブロックがハガれた部分に生コンを流しこんでいるんだろう。
コレは特段歩きにくいワケではないが、整然とした見た目が魅力のILB歩道にあっては大変に醜悪な光景だ。

500v「MURAYAMA」という文字が目に入った。
「村山」?
ザトペック投法の村山実か?

510_2…と思ったら元総理大臣の村山富市だった。
「JVPF」というのは「Japan Vietnam Peace and Friendship Promotion Council」の頭文字だって。

520_2ベトナムでの日本語の修学熱が高まっている環境下、日本への留学や就学がスムーズにいくように、事前学習ができる施設を目指して2007年に開校したんだって。
で、村山さんがこのJVPFの会長をやっているのだそうだ。

530_2工事現場、学校と日本とベトナムがこれほど密接な関係にあったとはゼンゼン知らなんだよ。
加えて、さっきの「大戸屋」をはじめ、日本の食品や外食企業がずいぶん進出していて驚いたわ。
和菓子屋さんじゃん?

540しゃぶしゃぶ食べ放題の「モーモーパラダイス」じゃん?

550_2「丸亀製麺」じゃん?

560_2名前は知らないけど、居酒屋や…

570すし屋もバッチリ。
チョット前まで東南アジアで生魚が食べられるのはシンガポールだけだと聞いていたけど、もうそうでもないようだ。
Marshallの会食の席で生ガキを食ってた猛者もいるけんね。

580日本の鉛筆ブランドも。

590それにしたって、ココまで来て浅草はないだろう~!

600<ガンガンつづく>

200 
(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)