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2018年4月

2018年4月21日 (土)

HAPPENINGS TEN TIME YEARS AGO~Marshall Blogの10年

  
今日、「4月21日」は10年前にMarshall Blogの記事を初めて投稿した日。
現実的にはその3日前の18日にこんな調子で「予告編」を掲載した。
 

1_2mb
かくして2008年4月21日の月曜日、Marshall Blogはスタートした。
第1回目の記事は当時Vintage Modernを使用していたポール・ギルバートのインタビューで、掲載の10日ほど前にポールにメールを送り、その中でMarshall Blogのコンセプトを説明して協力を乞うたのだった。
ポールは実に親切に、かつ丁寧にいくつかの設問に答えてくれて、内容の面白さも相まって興奮しながら翻訳したことを覚えている 。
  

1_2mb2

  
この日、投稿したのはこのポールのインタビュー記事だけではなかった。
スッカリ忘れていたのだが、手元にある原稿を調べてみると、フランクフルトMUSIK MESSEのレポートなど、驚いたことに総計9本もの記事をいっぺんに投稿していた!
いかに満を持してのスタートだったのかが窺える。
  
そもそもMarshall Blogは、私が以前Marshallのディストリビューターに勤めていた時、ウェブサイトに今のマーブロに投稿しているような情報を細々と載せたい…という私の希望から始まった。
ところが、私はこんなだから、もう載せたいこと…イヤ「書きたいこと」と言った方が適切か…が山ほどあって、その都度ウェブサイトをイジるのが大変だということで、「写真満載でブログの形式でやったらどうか?」という提案を受けた。
当時の私はといえば、「ハ?『ぶろぐ』ってナ~ニ?」という状態だった。
とにかく「そういうモノがある」ということだけを教わって、とりあえずチャレンジしてみることにした。
「おお~、これなら心置きなく文章が書けるやんけ!」とよろこんだ。
写真がポイントだということを知らされていたので、新婚旅行に備えて買った時以来ご無沙汰だった一眼レフのカメラを久しぶりに購入した。
Canonの「Digital Kiss2」というママさん一眼。
さすがにデジタルカメラ自体をイジるのは初めてではなかったが、一眼レフは初めてのことだったので、指南書を1冊買って、手探りでライブの撮影を始めることにした。
そして、そのカメラを使って最初に撮った写真を、ブログのアイデアを提案してくれたウェブサイト担当者に見せた。
彼女はその写真を目にして「ワ~ッ!」と言ってホメてくれた。
こちとら人間が単純にできているもんだから、スッカリその気になっちゃって、それ以来写真が面白くて仕方なくなっちゃった。
ちなみにその写真の被写体はCANTAの時のルークさんだった。
写真はとにかく面白かったね~。
教えてくれる人はいなかったが、お手本は頭の中にいくらでもあった。
子供の頃に穴の開くほど見ていたミュージック・ライフ誌に載っていた外タレのステージの写真だ(当時は「ライブ」という言葉を今ほどは使わなかった)。
そして、少しでもそのお手本のイメージに近づくように、自分なりに考え、ありとあらゆることを実地で試した。
でもそれだけでは他の人が撮る写真と同じになってしまうので、どうにかして自分のタッチが出せないものかと試行錯誤を重ねた。
それと図々しくも黒澤映画をいつも意識していた。今でもね。
もうひとつ写真を撮る時の心構えがあるんだけど、それは「企業秘密」。
そんなことをやっているウチにアッという間に10年が過ぎちゃった。
 
Marshall Blogを毎日更新するようになったのは…「9本もいっぺんに投稿するのはモッタイない。この先、ネタが無くなっても困るので、小出しに投稿した方がいい」というアドバイスを最初にもらったからだ。
そして、週末や盆暮れを除き、また東日本大震災の時と離職による休止期間を除いては毎日更新を続けた。
これまで10年間、ただの一度もネタに尽きるということはなかったナァ。
でも色々な意味でツライ時もあって、止めちゃおうか…と思ったことも少しはあった。
しかし、アクセス数がドンドン増えて行き、次第にMarshall Blogが定着してくると、ライブ会場などで見知らぬ方から「毎日マーブロ見てますよ!」とか「いつも楽しみにしていますよ!」などという励ましのお声をかけてもらえる機会が多くなっていった。
そうなるとヤル気が出ちゃうよね!
そうして前の会社を辞める2011年の末にまで約930回ほどの記事を投稿して脱稿した。
手元に当時のマーブロの原稿がすべて残ってはいるのだが、あまりの数ゆえ正確に記事の数を勘定したことがないので「約」をつけた。
それでも止めた時はホッとしたナァ。
 
で、イザ止めてみると、今度はどうにも文章が書きたくてしょうがない。
活字ってのは読む方だけでなく、書く方も中毒になるんだね。
そこで、自分の名前を冠した私設のブログを始めた。
Marshallとは直接関係のない話題について今でも時折更新している「シゲ・ブログ」のことね。
バナーは梅村デザイン研究所の梅村昇史さんにお願いした。
季節に合わせて色を変えようということで、私のラッキー・カラーのオレンジとブルーのバナーを作って頂いた。
思い返してみると、当時はゲンを担がなければならないほど先行きに対する不安感があったのかもしれないな…。

1_shigeblog_top_orange_finalシゲ・ブログをスタートさせたのは2012年4月17日。
最初の記事を読み返してみる。
ん~、本当にこの時ご協力頂いた皆様には改めて感謝したい気持ちでイッパイだ。
この「♪シゲ・ブログはじめました~」というタイトルはあの「冷やし中華」からだ。
多分この頃ハヤっていたのだろう。
長いことやっているとこういう歴史的な楽しみも加わって来ますな。
この最初の記事の翌日、今はMarshall Blogに繰り入れてある「I remember Jim」と題したジム・マーシャルの逝去に関する文章を書いた。
ジムが息を引き取った2012年4月5日はまだシゲ・ブログが始まっていなかったからね。
このジムに関する記事が書きたくて慌ててシゲ・ブログの準備をしたのかも知れない。
当時、Marshallから離れることを余儀なくされてはいたものの、自分なりのジムへの感謝の気持ちを表したかったのだ。
1_shigeblog_top_blue_w_lそう間を空けないウチに今のMarshall社の社長、Marshall Blogでもおなじみのジョナサン・エラリー(以下ジョン)から連絡が届いた。
繰り返すが、当時は「Marshallと何の関係もなくなっていた」ワタシへの連絡だ。
それは、2012年の5月末に工場の近くで開催される『ジム・マーシャルの生涯を祝う会』への招待の知らせだった。
「ジムにもしものことがあった時には『シゲに必ず連絡する』と約束しただろ」とジョン。
その心づかいがとてもうれしかった。
こちとら浪人の身。
経済的な余裕などあるワケがなく、イギリスへの渡航費を捻り出すことなどそう簡単なことではない…。
しかし、お世話になったジムとのお別れの会だ…。
さらに私のことを忘れずに誘ってくれたジョンのせっかくの行為を無碍にしたくない…。
こういう時は男はダメだね。「イヤ、お金が…」なんてビビっちゃう。

6a0163044657d3970d0163068e205c97_4そんな私の背中をドカンと押してくれたのが家内だった。
「バカじゃないの?ナニつまらないことを言ってんのよ!お世話になったジムのためでしょ!お金なんで後でどうにでもなるわよ!」と思いきり背中を押してくれたのだ。
コレは家内がお金を出してくれたワケではないのよ。
結局、その当時持っていたギターのほとんどを売って旅費を工面した。
このセレモニー、日本からの参加したのは私だけで、以前の仲間たちから大歓迎されて、思う存分ジムの感謝の気持ちを告げて来た。
そしてこの時、先ごろ亡くなったMarshallの創設メンバーのひとりであるケン・ブランにもお会いすることができた。
ジャズ歌手のクレオ・レーンにお会いすることもできたし。
楽しかったな~。今にして思うと無職でも絶好調だったわ。

6a0163044657d3970d01676781dade97_4この時「もう2度とイギリスに行くことはないかも知れない」と覚悟を決め、家内の了解を得て、このセレモニーの後しばらくイギリスの残り、スコットランドまで行って来た。
その間はちょうど「Diamond Jubilee」というエリザベス女王の在位60周年を記念するお祭りの最中でね。
タマタマ時を同じくしてベースの伊藤広規さんが私の滞在期間に合わせてロンドンを訪ねてくれた。
広規さんといえばMarshall。
そのMarshallで山下達郎サウンドを長年にわたってサポ―トされきたワケだからして、イギリスに来て工場に行かない手はない。
何度も書くが、その時の私は職務上はMarshallとは何の関係のない立場ではあったが、ジョンは快く広規さんを工場に迎えてくれた。
初めてコレを書くのだが…私の記憶の限りでは…工場に着いて、まずかつてのジムの執務室で顔合わせをした。
マーシャルの工場はドアのカギの暗証番号を知っているほど私は勝手知ったるところで、最初は広規さんには私が工場を案内するつもりでいた。
ところがジョンからは「案内は他のモノに頼むからシゲはココに残りなさい…キミにはチョット話があるんだ」と言われた。
広規さんたちを工場見学ツアーに送り出し、ジョンと2人きりになると、彼はこう切り出した。
「シゲ、コレを持ってMarshallで働かないか?」ということだった。
「コレ」とジョンが私に見せたのは下の当時のMarshallの名刺だった。
「キタキタキタキタキタキタ~!」
そりゃもう最高にうれしかったね~。
そして、ジョンはこう言ってくれた。
「あの『Marshall Blog』をまたやったらいいじゃないか!」
これも信じられないぐらいうれしかったね。
「見ている人は見てくれている」…ということを感じ入りざるを得なかったよ。

1_ncそして、2012年10月26日、現在のMarshall Blogがスタートした。
一番最初の記事で再開のご挨拶をさせて頂き、またしてもポール・ギルバートからコメントを頂戴し、ジョン社長からの祝辞へと記事をリレーした。
  
当初は下のようなデザインのバナーを使っていた。
後にMarshallからイメージの統一令が発布され、このバナーは姿を消さざるを得なかったが、コレも梅村デザイン研究所の仕事で大の私のお気に入りだった。
こうして、現在のMarshall Blogになっても毎日更新を続け、今日の記事を含めてその更新回数は1,349回となった。
と言っても、最近はどうしても記事の制作に割く時間が足りなくて「完全な毎日更新」がツラくなって来てはいるが、ま、気持ちとヤル気は以前と変わらない。
  
ココでひとつ触れておきたいのが「脱線」のこと。
コレは今に始まったことではなくて、かなり昔から脱線し続けて来た。
私の人生そのものが「脱線」だから。
時折、こんなこと書いてイヤがられはしないかな?と心配になることもあるのだが、存外に読者の皆さまからのご評価が高く、現在では24時間脱線ネタを考えている。
イヤ、ネタはいくらでも出て来るのだが「どれをどこに組み込もうか?」ということに腐心しているのです。
このことは「オープニング・トーク」と呼んでいる(「トーク」ではないのだが…)前書きもしかり。
前書きがうまく書けるとその回の記事は割とスラスラと筆が進むんだよね。
この「脱線」と「オープニング・トーク」でとてもいいカタルシスになっているのだ。コレを書いている今の今もそう。
だからこれからも双方ジャンジャンぶっ込んでいきます。

まぁ、文章を書くのは好きだけど、ムズカシイですよ。
「ムズカシイ」というのは、「人に読んで頂く」ということがムズカシイのね。
マーブロに載せている文章の最大のモットーは「初見で暗譜」。
一回スラッと読んで意味が通って、読み返す必要がなく、なるべく読んだ人の印象に残る文章を書いているつもり。
それを達成するのはやっぱり「笑い」だと思う。
「マーブロの文章なんか面白くない」という人もたくさんいらっしゃるだろうが、私はこれでも自分でも気に入ったお笑いネタがありましてね…やっぱり自分が面白いと思わないモノは人が読んでも面白いワケがないもんね。
品性を保ちつつユーモアを交えて行くことに努めているのです。
 
今コレを読んでいる多くの方がご存知だと思うが、Marshall Blogにしょっちゅう出てくれている田川ヒロアキのCODEのデモ動画が今週MarshallのSNSで公開された。
現時点で、facebookで7万6千回。Twitterで7千回。さらにInstagramでは15万6千回の再生回数をヒットした。
Twitterの回数が少ないのは、ヨーロッパはfacebookやTwitterに比べ利用者が少ないかららしい。
たった4日の間に世界で24万の人が田川ヒロアキのMarshallでの演奏を目にしたワケだ。
ホントにスゴイ世の中だと思う。
もちろんコレはひとえにヒロアキくんの実力によるところなんだけど、元はといえば彼が頻繁にMarshall Blogに出ていたおかげで、Marshallの社内でも「変な弾き方をする盲目のギタリスト」としてよく知られた存在だったことが土台にあった。
実は今もMarshall Blogがキッカケとなって始まったプロジェクトが進行している。
Marshall Blog、ヘヘヘ、実はバカにできたモンじゃないんですぜ。
だからもっともっとミュージシャンの方に利用してもらいたいと思ってるんだ。
1_marshall_blog_2bこの業界に入って、初めてジム・マーシャルとお近づきにさせて頂いて今年でちょうど20年。
そして、今日でマーシャル・ブログを初めて10年。
ずいぶん色んなことがあって世の中も変わった。
本当にアッと言う間で、「幻のような10年」だった…ということで今日のタイトルを付けてみた。
「Happenings Ten Years Time Ago」…唯一ジェフ・ベックとジミー・ペイジがリード・ギターを弾いた1966年のThe Yardbirdsのヒット曲。
YbThe YardbirdsもMarshall Blogに出たことあるんだゼ!
やっぱり私は昔のロックが好き。
でも、流行も追いかけないとMarshallの商売に差し支えるからね。
その辺りのバランスを考えて、新旧のミュージシャンやリスナーの架け橋となるような内容づくりを目指してで11年目に入りたいと思っています…写真と脱線タップリでね!
皆さん、これからもMarshall Blogをお引き立てのほど何卒よろしくお願い申し上げます。

 
(一部敬称略)

2018年4月20日 (金)

ベトナムへ行ってきた!~私のホーチミン vol.4

  
今日は種々雑多に…。
コレはホテルの電気のコンセント。
フランスの植民地だったのにナゼかイギリス式が威張っている。
イギリスと同じ220Vだからかな?
日本もコレにすればいいのにナァ。
向かって右の上の丸2穴はフランス式。
その下には日本式の2ピンのプラグも差し込めるアメリカ式アース付き3ピンが付いている。
プラグを差し込むことができても電圧が高いので、変圧器がついていない日本製の電化製品はイチコロだ。
ベトナムの一般の家はどうなっているのだろう?

10_2 街には多くの日本人が歩いていて、そこら中から日本語が聞こえて来る。
同時にヨーロッパあたりから来ている白人もメッチャ多い。
「海の家のラーメン効果」などと言っては大変失礼だが、暑さでピンク色に火照った白人女性の美しいことよ。
でも、みんな通りを渡るのに四苦八苦してる。
下の人たちはマァ慣れている方なのだろう。
比較的ズズイズズイと通りを渡っている。

20_2下の写真。
赤い線で囲った白人のカップル。
面白いのでしばらく観察してみた。
恐らくホーチミン初日かなんかだったのではなかろうか?
もう、長いこと同じ場所に立ったままだ。
私と目が合って苦笑いしていたから…。

1_wk1意を決してスタート!
急な動きは自殺行為だからね。
ユックリ行きなさい!
ソロリソロリと道路の中央まで歩み出た。

1_wk2ココで急いじゃうと命取り。
もうホントに数センチというところをバイクが通過していくからね。
最後までユックリユックリ動くことが肝要だ。
我々は交通量の多い交差点に差しかかると、習慣で自然とそこで立ち止まる。
つまり比較的大きな交差点には信号があるのが当たり前で、放っておいても歩行者用の信号はやがて青に変わり、安全に道路を渡ることができる…ということが身体に染み込んじゃってる。
ところがココではそうはいかない。
まず大きな交差点でも信号がないところが多い。
ま、あったところでバイクは信号なんて守りゃしないんだけど…。
初めのウチはありもしない信号機の色が変わるのを待って、ボーっと交差点で突っ立ってる…なんてことを繰り返してしまった。
ハッと「あれ?信号ないじゃんか!」と気が付いて恥ずかしくなる。
そこからが勝負。
何がどうあっても歩行者のために車やバイクが止まってくれることはない。
となると、バイクとバイクの間隙を縫って、自分で自分の道を切り開かなければ永久に道路を渡ることもできない。

1_wk3街を歩いていると興味をひかれる食べ物屋がたくさんあったんだけどね。
ヤメておきました。

60ブライダル・サロンだってあるよ。
このキンキラがベトナムの花嫁さんの憧れの衣装なのだろうか?

70_2お!駐輪場なんてあった!
あれだけ表に野放図に駐車している大量のバイクをのを目にすると、一体どういう人がココへ入れているのかが謎に思えて来る。

80_2建物はホントにナンの脈絡もなく色々な形状のモノが立ち並んでいるんだけど、時々面白いのに出くわすね。

90v何やら測定している。
騒音と空気の状態なんだろうけど、ムダムダ!
そんなの大層な測定機なんかを使うことない。
結果は「うるさいし、空気も悪い」だ。

100


さて、少し夜の部いってみましょう。
コレは既に何回か出て来ているホーチミン最大のマーケット、ペンタイン市場。

103そのすぐ横の通り。

105反対側から見るとこんな感じ。
コレが夜になると…

110_2こんな感じに早変わり。
さっきまで露店なんて1軒もなかったのに、ドバ~っと夜店が並んでワイワイやってる。
あんまり昼間と様変わりしているのでココがどこか即座にはわからなかった。
こんな時間なので、店じまいをしているのかと思ったら…どうもそうではなさそうだ。
どの店でもまだナニもない展示台の上に商品を忙しそうに並べているのだ。
130_4地元の人に尋ねたところ、夕方の6時に店を出して夜中12時まで営業している「ナイト・マーケット」なんだって。
地元の人のためのものかと思ったら、これまた違っていて、観光客を目当てにしているのだそうだ。
確かにね、ココは日が落ちだすと風が盛大に吹いて、あんなに蒸し暑かったのが丸でウソにように快適になる。
東京はこんなことないもんね。
これだけの風が吹くなら、部屋の窓を開けてエアコンなしで眠れるかも…。
140_2も~、こんな人ごみの中にもおかまいなしにバイクが入って来るんだゼ!

120気温が下がるせいか悪臭も控えめになる。
ウン、この街は夜の方がいいかも知れない。
…となると、例の市庁舎とかのライトアップを見に行っとけばヨカッタな。

150_3この通りなんか日本みたいだもんね。…ウソウソ!
コレ浅草です。

1_img_6075ネオンもこじんまりしている。
良く言えばロンドン風。ロンドンの繁華街なんかゼンゼン暗いからね。
ネオンサインがなくて、灯りといえば、街灯と建物を照らすわずかな照明だけ。
何回か前に書いた通り、もっとも白人は我々より暗いところでも目が見えるらしいからね。
それにしたって、震災直後の節電ムードはどこへ行ったのやら、東京の夜の繁華街は異常だと思うよ。

160_2お腹が空いたのでナニか食べることに…。
「フード・マーケット」か…チョット覗いてみることにした。

170コレもスゴかった。
何しろ、どこもかしこも殺人的にいいニオイなのよ!
観光客向けの屋台村なワケ。
滞在中に「道の屋台で売っているカエルの揚げ物には気をつけてください」とご親切な忠告を送信してくださった方がいらっしゃったが、私は「食のアドベンチャー」はしないことにしているのでまず大丈夫。
でも、この屋台はいいでしょう。
中は白人が多く、見るからに観光客しかいない。

180vいいニオイがしすぎてガマンできない!
どれを食べようか迷ってしまう。
ところが、漂ってくるいいニオイが混ざってしまって、お目当てのいいニオイがどこから漂っているのかサッパリわからない!

190v_2ココはかなりいいニオイだぞ!
アタシャ犬か?!
ポークリブっていうのかな?

200_2こっちのエビがまた新鮮でおいしそうなんだ!
でも、お姉ちゃんの愛想が悪いことこの上ない。
他にも食べてみたいモノがたくさんあったんだけど、エエイ、コレに決めた!

210_2…とこんだけ頼んでみた。
焼いた豚肉をごはんの上に乗せたヤツとエビ2尾、それにタイガー・ビール。
これで1,000円チョットぐらいかな?
マァ、ベトナム通の人に言わせれば「メチャクチャ高い!」ということになるんでしょうな。
いいの、いいの。
豚肉は風味が強くて柔らかくて実においしい。
米もタイ米のような長粒米ではなくて、日本で食べるジャポニカ米っていうの?
だから臭みもなくておいしい。
エビはごく普通だった。

220_2よほどおいしそうに食べているように見えたのか、ハス前に座っていた東洋人の女性から「ナニ、それ、そんなにおいしいんですか?」と訊かれてしまった。
「メッチャおいしいかったですよ!アナタのは?」と焼きそばのようなモノを食べていた彼女は「ま、期待通りかな…」とやや消極的に答えた。
アレ、あんまりウマそうじゃなかった。
帰りがけにさっきのお店のお姉ちゃんに「おいしかったよ~!」と声をかけると、ニコ~!と笑って「ありがとう!」と返してくれた。
どうせやらなければならない仕事はニコニコ気持ちよくやりましょう!

230弾き語りのライブなんかもあったりしてものスゴイ賑わいを見せていた。

240_2コンビニは結構そこら中にあるよ。

250_2これだけ買って63,000ドン。
え、300円ぐらい?
一番安い真ん中のビールが11,000ドンだから50円ぐらい。
鉄火巻きとかっぱ巻きのイラストが不気味ではあったが、「のり塩味」ということなのでポテチを買ってみた。23,000ドンだから100円チョット。
「Poca」という銘柄のポテチ。
パッケージのデザインがアメリカのLay'sやイギリスのWalkersと同じではないか!
ナゼだ…。
どうしてポテトチップス(イギリスではクリスプス)のパッケージ・デザインはこれほどまでに国際的に酷似しているのか…。
コレはただのパクリなのか…。

260_2私はポテトチップが大スキでしてね。
「棺桶に入れてもらう食べ物は?」と訊かれたら「ポテトチップ」と答えるかもしれない。
そこで、この酷似ブランドのことがとても気になったので、脱線してポテチ・ブランドについて調べてみた。
でもね、最近は昔ほど頻繁にポテチを食べないようにしている。
で、イザ食べる時はジャガイモと塩だけで作ったヤツを取り寄せてそれを口にしている。
つまり、アレほど好きだったそこらへんで売っている国産のポテチはきれいサッパリと止めた。
さて、この各種のポテチ・ブランド、元はアメリカのLay's。
製造元はフリトレー。

Fritolay_logo


フリトレーはペプシ・コーラの「ペプシコ」社のブランドのひとつ。
我々は「フリトレー」と何の気なしに一気にこのブランド名を口にするが、上のロゴを見ると「F」と「L」が大文字なっているでしょう?
つまり、Frito(フリト)とH.W.Lay(H.W.レイ)という会社が合併してできた会社なの。
多分、ネイティブの人たちは「フリトオレイ」と発音するんだと思う。
フリト社の看板商品は「フリトス」というらしいのだが、コレは日本では見たことないかな?
少なくとも私は食べたことはない。

Fritos_2そして、Lay's社の看板商品は、もうおわかりですな?…。
はい、ご明解。
「レイズ」ポテトチップス。
ドンキなんかに行くとフリトレーの日本法人「ジャパンフリトレー」名義で販売しているLay'sのポテチがあるけど、アメリカ製のモノとは明らかに味が違う。

Laysこの商品をワールド・ワイドに展開して、それぞれの国でオリジナルの商品名をつけているというのがこの「ポテチ・パッケージ酷似事件」の真相だった。
イギリスに行けば「ウォーカーズ」。

Iwalkersイギリス人はフライド・ポテトを「チップス」、そしてポテチのことを「クリスプス」と呼んでとてもよく食べる。
ジャガイモが美味しいせいかナァ?
実際にイギリスのジャガイモはホントにおいしい。
そんなだから、スーパーに行ってもこの通り。
この両サイドに展示されている商品はほとんどポテチと言ってもさほど過言ではない。
私はLay'sよりWALKERSの方が好き。
ジャガイモの風味がすごく濃いの。
ただ、塩味が強すぎるんだよね。つまりチトしょっぱい。
何しろイギリスでポテチは昼食の「おかず」だから。
スーパーでサンドイッチと飲み物とWALKERSの小袋を買って来てサラっと食べて終わり。
自分が知っているイギリス人の「食」についてはまたいつか別のところで書きたいと思っているんだけど、とにかく簡素だ。

1_img_0729 袋を手にしているのは家内。こんなサイズでも売られている。
小柄な家内がポテチの袋にスッポリ収まってしまいそうだ。

1_img_0505エ~、「ラム&ミント」味なんてあるの?
見たことないな~。
たとえ見つけても絶対に手を出さないけど…。
でも、「肉の中ではラムが一番おいしい」とするイギリス人もいるらしい。
何でも子羊の肉汁が一番味がいいんだって。
この話もまたいつか「イギリスの食」のお話の時に…。1_l_m さて、真相がわかったところで、世界のLay'sを見てみようか?
Lay'sがオーストラリアに行くと…Smith's。

Smiths2_2コレは右から読むのかナァ?
何かを調べようと思っても、アルファベットを使わない言語って、結局インターネットでも調べようがないんだよね。
エジプトのLay'sだとすると、Chipsyというらしい。

1_chipsy コレは…「南米かッ?」
コロンビアの美女が食べてるヤツ。イヤ、カロリーが高いからポテチなんて食べないか?
「Pollo」はスペイン語で「鶏肉」という意味。
だからフライドチキンの写真がパッケージに載ってる。

Margarita Sabritasはメキシコ。
「ドン・タコス」にはならない。

Sabritas2 コレはヘブライ語か…。カケラも読めんな。
イスラエルのLay'sでTapuchipsというそうだ。

Tapuchips コレは中国でしょうな。
フレイバーは「法国脆香鶏翅味」。
「法国」はフランスのこと。
「フランス風手羽先うす味テイスト」ってところかね?
漢字ならなんとかなる。

Cl_2そしてベトナムのPoca。
そう、上に出て来た巻き物のポテチはLay'sのニセモノなどではなく、親戚だったのだ。
ところが、最後の日までどうにも食べるタイミングがなくてホテルに置いて来てしまった。
アレ、どんな味だったんだろうな~。
ポテチ終わり。

Poca_3こういうのは地元の人が入る食べ物屋さん。
安くて美味しいんだろうね~。
比較的キレイなのでフラっと入ってみたくもなるが、やめておいた。

270コレもそう。
興味はあるんだけどね~。

280_2その食べ物屋にかかっていた掲示板。
パッと見て中盛りとか大盛りとかの一覧表かと思ったんよ、食べ物屋の店先だからね。
「でもどうも違うな」ということだけはわかる…で、調べてみた。
答えは携帯電話関連の広告。
「Mobi」はMobifone、「Vina」は「Vinaphone」、そして「Vittel」…コレらはベトナムの3大携帯キャリアの名前だった。
数字はプリペイドカードかなんかの値段だろうか?
「KHUYEN」というのは「助言する」という意味のようなので、ま、「ご不明な点はお尋ねください」ってなところだろうかしら。
最後のMAIの「A」にチョコンとナニか付いてるでしょ?
このチョコン、ゴミでも汚れでもなくて、ベトナムの人はコレがないとエライことになる(のではなかろうか?)。
実際にこの「MAI」という単語をチョコッと調べてみた。
290v_2そもそも、カンボジアとかタイとかラオスとか、この近辺の国はみんなオリジナルの文字を使っているでしょ?
អក្ខរក្រមខេមរភាសみたいのやら、ไม้ทัณฑฆาตみたいのやらຣ ຣົຖ/ຣະຄັງみたいのやら、まったく読めないヤツ。
そこへいくとベトナムがアルファベットを使っているのがすごく不思議じゃない?
え、思わない?
私は思うのよ。
だからまずこのことから調べてみた。
ベトナムという国は長い間中国に支配されていたので、古来より漢字を使っていた。
その後、「チュノム」なる日本でいうひらがなみたいに漢字と混用するオリジナルの文字を導入したが、第二次世界大戦の終結でベトナム民主共和国が成立して漢字もろとも使われなくなった。
代わりに「クオック・グー」と呼ばれる17世紀にフランスの宣教師が考案した、アルファベットを用いてベトナムの言葉を表記する方式に移行したんだと。
下の押しボタン式信号についている注意書きなんか、一瞬アルファベットだから読めそうな感じだけど、まったく歯が立たない。
「HOUND DOG」かと思った。
アルファベットにやたらと色んな記号が付いてるでしょ?
ベトナムの言葉は6通りの発音のバリエーションがあって、コレらの記号が発音を表しているのだそうだ。
日本語も同音異義語が多い言葉で、「は」と「し」という二文字に異なる発音を当てて「橋」、「端」、「箸」と3つの意味を表すじゃない?
我々は漢字を使ってどの「はし」かを表せばよい。漢字さえ知っていれば簡潔だし、表意文字だけあって視認性が抜群に高い。
一方、ベトナム語は漢字を使わなくなった代わりにアルファベットにチョンだの、ピョロンだの、ピロッだのの記号をつけて発音を区別して意味を明確にしている…ようだ。
だから、上の「MAI」も発音の記号によって「研ぐ」、「屋根」、「明日」とか意味がガラっと変わってしまう…ようだ。
こういうのを「声調文字」という…ようだ。

Img_6034 クリーニング屋さん。
コレで9時ぐらいだったかな?ゼンゼン普通に営業してる。

300v_2ね、こうして建物に照明を当てているのはロンドンも同じ。
日本の繁華街みたいにギッタギタのネオンサインを飾ったりしない。

310v_2そして、朝…また暑くなりそうだ。

320_2ある日の朝食。
海外のホテルは卵をその場で好みのスタイルに調理してくれるところが多い。
私はいつも「Sunny side up」。
片面だけ焼いた半熟の目玉焼きね。
両面を焼くのは「Over easy」。
海外の卵ってどうしてこんなに風味が豊かなんだろう。
すごくおいしい。
日本の卵は過酷な環境で卵を産まされているせいか、ひどく味が薄いように思う。
ま、このベトナムの卵だってどういう状況で産卵させているのかわからないけど、味が濃い。
卵は「平飼い卵」といって、鶏にストレスを与えないように放し飼いにして自然に任せて生ませるのが一番いいらしい。
ウチはそれを取り寄せて食べてるんだけど、確かに美味しいし安心。
ただし、産卵の状況は完全に鶏任せなので、卵を産まなくなると供給されなくなっちゃう。
でも、それが「自然」というモノでしょう。

340_2ある日、オーストラリアの友達と朝食を同席した。
早速、トーストに「江戸むらさき」のようなモノを塗って食べていた。
そう、恐怖のマーマイト!彼の場合はオーストラリア人だからベジマイト。
やっぱり大スキなんだって。
私はとてもムリです。

370滞在したホテルは日本人客が多いせいか、白米やのり、かまぼこ、みそ汁なんてのも用意されていて助かったよ~。
だから今回はNAMMの時のように朝食ゲンナリすることはなかった…むしろ楽しみだった。

330_3フォーもその場で作ってくれる。
でも、コレはサッパリおいしくなったナァ。

350_2ナンダカンダで結局毎朝同じか…。
でも米があれば何とかなるんよ。

360うれしかったのはデザート!
ナニを食べてもおいしい!
ベトナムはカカオが獲れるせいか、チョコレート系のモノが特においしい感じがする。
果物もバッチリ。
左の「クルミのタルト」ってのもすごくおいしかった。
そう、ベトナムは木の実、特にカシューナッツが得意なんだって。
「ミックス・ナッツ」っていう色々なナッツが入ってるおつまみあるでしょ?アレに入ってるカシューナッツってベトナム産かインド産が多いんだよ。

380左の紫のヤツはベトナム特有の果物(名前は忘れた)を使ったパイ。
コレはムニュムニュしていて私にはNG。
一方、このヨーグルト!ヤケクソに美味しかった!
毎日2個ずつ食べた。

390酸っぱくなく、さりとて甘くもなく、ヨーグルトの風味が豊かで、下に潜んでいるイチゴやアンズのネタがまたいいお味ときてる。
加えて舌触りがとてもいい。
あまりにも美味しかったので、ウェイトレスさんに「コレ、美味しいね~!」と伝えたら、訊いてもいないのにどこで売っているか懇切丁寧に教えてくれた。
ゴメンね、せっかくだけど持って帰れないの。
ベトナムの人もみんな大好きなんだって!

400<イヤかも知れないけど、まだ続く!…というか、本題はまだ先!>

200 
(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)

2018年4月19日 (木)

NATALでストライク!

 
場所は渋谷の宮益坂付近の明治通り沿い。
昔からボーリング場があるのは知っていたけど、今回初めてお邪魔したのがその「シブヤボウリング」。
1965年の開業なんだね~。ビックリ!
でも、ボウリングをしに行ったワケではなくて、実際にお邪魔したのは「シブヤボウリングカフェ」という地下にある喫茶店。
「ボウリング」ってどうして「ボウリング」っていうのかナゾだったのでこれを機に調べてみた。
だって、「bowl」じゃない?
いわゆる料理なんかで使う「ボウル」…ビートルズなんかで有名な「ハリウッド・ボウル」の「ボウル」ね。
アレは劇場の形がお椀みたいになっているからそう名付けられていて、アメフトの「スーパー・ボウル」なんかも同じ。
それがナゼ、球で棒を倒すゲームの名前に使われているのか…?
  
コレね、語源は英語の「bowl」じゃないんだって。
元は「球」を意味する「boule(ブール)」というフランス語なんだと。
フランス語でパン屋さんのことを「boulangerie(ブーランジェリー)」と言うけど、フランスパンって丸いじゃん?
なるほど、フランスではパンというモノは丸くてしかるべきモノなんですな。
赤ちゃんが食べる「卵ボーロ」の「ボーロ」なんてのも同じ。
よって「四角い卵ボーロ」なんてのは撞着になる。
もうチョット調べて見てわかったんだけど、この言葉スゴイな~。
ドンドン派生していって、我々が普段の生活の中で使っているたくさんの言葉になってる。
またいつか触れたいと思う。その時には「ボロ」がでないようにしないと!

10若い人は想像もつかないだろうけど、ボーリングって昔ものすごく流行ったんだぜ~。
私が小学校の低学年ぐらいの時のことだから45年以上も前の話。
友達と何回か行ったナァ。
全盛期には3時間待ちなんてのはザラだったらしいが、確かにいつボウリング場に行ってもものすごくにぎやかだった。
そこら中にボウリング場ができて、ブームが去り、アッという間に潰れて行った。
知ってる?
ボウリング場がたくさんツブれると、いいギターが増えるんだって。
というのはあのレーン、あれにはメイプルが使われていて、しかも重い球をガンガン受け止められるぐらいの良質なメイプルなんだって。
ボウリング場が解体されると、あのレーンを分解して、ネック材に使うという話を聞いたことがある。
下は「シブヤボウリングカフェ」の入り口に飾ってあったボード。
「BITTER VALLEY」…最初ナニかと思ったけど「渋谷」か!

20私はこんな雑な性格なもんで、若い頃はボウリングをどちらかというと「力を競う競技」と捉えていた。
点数なんかはどうでもよくて、どれだけ速く球を投げて、豪快にピンをスッ飛ばす。またそれによって見ている人の笑いを取る競技だったのね。
湯河原のボウリング場では、思いっきり投げた球がハネて、隣のレーンに入っちゃったこともあった。
隣のお客さんは若い男性で「マズい!怒られる!」と思ったけど、もうその人も大笑いしちゃって、「イヤ~、ありがとうございます。あんなの生まれて初めて見ましたよ!」なんてお礼を言われたこともある。
でもね、ピンをニラんでただひたすら思いっきり力を入れて投げるだけだと、腕の動きがブレてしまって全く思うように当たらないんだよね。
レーンに打たれている点を見て球を投げる…なんてことを知ったのはかなり後になってからのこと。
知ったところで球を回転させて、曲げてピンに当てるなんて芸当ができるワケがない。
それである時、試しに腕をホンの少しだけ後に引いて、狙った場所に置き届けるようにして優しく投げてみた。
ゴルフのフォロースルーよろしく、球を離した後もそのまま投げた方向に腕を残しておいてやる。
電光石火でレーンの上を暴れまくっていた今までの私の球とは異なり、「ゴロリン、ゴロリン」と悠長に転がる球はほぼ100%狙ったところに行くようになった。
豪快感はゼロ。
しかし、スペアなどまず取ることができない第2投はことごとくウマくいくようになり、スコアには黒い直角三角形が並んで、オープン・フレームがなくなった。
それを試した会社のボウリング大会では2位になったのかな?
どちらかというと、やっぱり点数がいい方が面白いということも併せて知った。
 
コレは「シブヤボウリングカフェ」の店内のようす。

30大きな喫茶店の横にレーンが3本横たわっている。
昔は全部レーンだったんだろうね。

40以前の職場に「プロ・ボウラ―を目指していた」という人がいた。
当然、社内のボウリング大会では軽く優勝してしまうので、いつも模範演技というか、別枠で出場させられて気の毒だった。
そういえば、吉村昭を知ったのはこの方が『高熱隧道』を読んでいたのがキッカケだった。
で、話を聞いて驚いたのがボウリングのプロ・テストの内容。
実技のテストは2回あって、第一次で男子は1日15ゲーム×4日間、合計60ゲーム投げたアベレージが195以上でなければならないっていうんだよね。(女子は48ゲームで185以上)
必要とされるスコアの高さも厳しいけど、15ゲーム投げるって…。
もちろんプロを目指す人は、毎日何十ゲームと投げる訓練をしているのだろうから「1日15ゲーム」ぐらいへのカッパなんだろうけど、それを聞いただけでも右手の腱鞘炎が疼くわ!
第二次のテストでも同じことをやるのだそうだ。
第一次を通過すれば第二次も同じだと思うのは素人らしい。そううまく行くとは限らないらしくて、第二次で落ちる人も少なくないらしい。
そういう受験者は次回の第一次テストは免除される。
ちなみに両方のテストを通じて、ゲーム毎に異なるレーンで投球するのだそう。
もちろん、受験者がレーンのクセを知って有利になることを防ぐためだ。
そして、筆記テストを研修会を受けて全テストを終える。
合格率は男子で22%だって。
「個人タクシー」を開業するのも大変だということを知って驚いたこともあったが、プロ・ボウラーもなかなかじゃない?

50vアレ?
レーンの傍らに白いドラム・キットが!

55vそうなの、NATALなの。

60「SHIBUYA BOWLING CAFE NIGHT LIVE」と銘打って、時折バンドの生演奏をお送りしている。
「バンドの生演奏」っての古い表現か…。
ま、我々の言い方をすると「ハコバンが入る」ぐらいの感じかな?

70そこでこの晩はNATALのアッシュ・キットが使われた…というワケ。

80使い手はこの人。
NATAL大スキ!

90定刻通りにショウはスタート。
ひと晩に2セットだ。
バンドは「house shoes」。100ボーカルズは池真衣。

110vギターが酒井俊光。

120vベースがTOME。

130vそしてドラムスがヨコピーTHEグルーブマスター。

140vご覧の通りのルックスでオールディーズを演るのかな?と思ったら…

1501曲目は「ルージュの伝言」。
なるほど、オールディーズといえばオールディーズっぽい。
1975年の曲だから…オイオイ、40年前かよ!
あ、今の人はジブリで知ってるのかな?

160いつもは気が狂ったような激しいドラミングを見せるヨコピーだが、今日はヒッソリとおとなしめ。
まさかこんな場所でドシャメシャできないからね。
そういう時のヨコピーを「若き日本のキース・ムーン」とホメ過ぎを承知で形容している。
でも、彼が事務所に来た時、The Shaggsを聴かせたところ、一発で気に入ってしまって自分でCDを買いに行ったっていうのよ。
The Shaggsを「コピーしようと思ってる」とも言ってた。
音楽への探求心が旺盛なのだ。
そんな話を聞くと、返す返すもメランコリック写楽の解散はモッタイなかった!

1702曲目はドリカムの「IT'S SO DELICIOUS」という曲。
ゴメンナサイ!もうわかりません!
でもね、真衣ちゃんの声がすごくいいの。
変にカッコをつけず、スコーンと声を出す民謡にも似たストレートな歌い方は聴いていて実に気持ちがいい。

180v続いてはS.O.S. Bandの「Take Your Time」という曲。
コレも知らないナァ~…と思ったら1980年にヒットしたディスコ・ナンバーだって。

190こうした曲ならヨコピーに任せておけ!何しろ「グルーブ・マスター」だからね…と言いたいところだけど、力を入れて叩くことができない!
苦しいヨコピー。

200vソロリソロリとなでるようにしてプレイしていたが、ココはさすがNATAL!
例えどんなにソフトに叩いてもガッツリと芯のあるクリアなサウンドを出してくれる。
やっぱりいいな、NATALは。

210v続いてもソウルのナンバー。
ダメなんだって、だから私は!ソウルやらR&Bは全くの門外漢なの。
「ソウル・セダカ」とか「アンカ・グルーヴ」なんてのだったらわかるかも…そんなのない!
でもオールディーズについてはいつかジックリ書きたいナァ。
X最後締めくくったのは、ナント、マリさんの曲!
金子マリとバッグスバニーで「或る時」。

220最後まで律儀にバックに徹するヨコピー・ドラミング!
ま、タマにはいいでしょう、こういうのも。

230vこういう選曲でいいの?みたいな意外展開が面白かったナァ。
今度はボウリングも絡めて遊びに行こうかな?
でも2ゲームまでね。
それ以上やると腕の腱鞘炎と腰、それに3日後ぐらい後にナゼか内股に発症する筋肉痛がツライので…。
ボロボロじゃんか!

240

200 
(一部敬称略 2018年3月29日 シブヤボウリングカフェにて撮影)

2018年4月18日 (水)

創造と革新の週~Hiroaki Tagawa in WCIW 2018

  
もう過ぎちゃったけど、「4月15日」ってなんの日だか知ってる?
1900年にパリ万博が開幕した日?
1912年にタイタニックが沈没した日?
1929年に阪急百貨店が開店した日?
1983年に東京ディズニーランドが開園した日?
どれも4月15日に起きた出来事かも知れないけど、今日のこの記事には関係ない。
「4月15日」は今から566年前の1452年、レオナルド・ダ・ヴィンチが生まれた日なのだ。

S1_leo_2 そして、「4月21日」。
この日は国連が定めた「創造と革新の日(World Creativity and Innovation Day)」。
よって国際連合では4月15日から21日までを「創造と革新の週(World Creativity nd Innovation Week)」と定め、世界規模のキャンペーンを展開している。

Sslogo2相手は国連だし、ナンカものすごく仰々しい感じがするけど、家や職場や学校や地元のコミュニティにおいて思い浮かんだ新しいアイデアを出し合って、世界を良くしていきましょう…というキャンペーンなのね。
何のために?かというと…貧困や飢餓の撲滅、健康の増進、教育の品質向上、男女平等、安全な水と衛生の普及、新エネルギーの獲得、労働時間の短縮と経済の成長、様々なインフラの整備、格差社会の根絶、大都市一極化の防止と地方の活性化、食糧需給の適正化、地球温暖化や海洋汚染、砂漠化の抑制と森林の保護、平和と正義と順法精神の強化…等を目標に掲げている。
やっぱり固いけど、すべて我が日本でも普段から問題視していることばかり。
世界中がこういう状態に陥っていることがよく認識できるね。
ただし「水と衛星」に関しては日本はバッチリだ。
ベトナム帰りなのでよくわかる!
 
そして、「創造と革新」と来ればダマっちゃいられないのがMarshall。
1962年、独創的なギター・サウンドを「創造」し、当時の、そして未来のロックに「革新」をもたらしたギター・アンプ・ブランドなのだから。
そこでMarshallもこのキャンペーンに一枚加わった!

1_img_5980_2MarshallではWorld Creativity and Innovation Weekの間、世界のギタリスト/シュレッダーから腕自慢のビデオを募集し、コンテストを開催することにしたのだ。
お題は「あなたのベスト・リフを見せてください」。
そして、最も優秀だった応募者2名には、賞品としてCODE50がプレゼントされる。
発表は金曜日…GMT、グリニッジ世界標準時。要するにイギリス現地時間。

1_mcode50さて、ここからが2つめの本題。
Marshall Blogにしょっちゅう出てくれている田川ヒロアキ。
今回のキャンペーンでMarshallがヒロアキくんに目をつけた。
Marshallの本社では毎日Marshall Blogをチェックしてるからね…好き嫌いは別にして。

1_20r4a8077上の写真にあるようにヒロアキくんは普段のステージではJVMを使っている。
一方、家での練習やチョットした録音にはMGシリーズの一番小さいヤツ、MG2FXを長~い間愛用してくれていた。
そして、最近「CODEとどんなモンじゃろかいな?」ということを思い立ちさっそくウチの事務所で試してみることになった。
CODE25だ。
1_3code25_right_2
ご存知の通り、CODEの大きな特長はGATEWAYというアプリを使ってスマホでアンプのセッティングが出来るし、そのセッティングのデータを持ち歩くことができるということ。
ところが、目の不自由な方にとってスマホのようなタッチパネルは厄介なシロモノ。
それだけでなく、最大の問題は「読み上げソフト」といって、掲載の画面の内容を音声に変換するアプリがGATEWAYに対応できるかということだった。
残念ながらコレはNG。
ま、ヒロアキくんはそんな状況をとっくに見越していたのでへのカッパ。
そういえば「へのカッパ」ってのも最近聞かなくなったな…。
で、課題がCODEのパネルで不自由なく操作ができるかということに代わった。
何しろスマホで視覚的に操作できるのがウリの商品なワケだから、私はこのフロント・パネルでの操作に究極的に疎かった。
それでもプロ・ギタリストに失礼があってはマズイと思って、慌てて操作の方法をおさらいしたのです。
その甲斐あって、スラスラっと操作方法をヒロアキくんに説明しようと思ったらトンデモナイ!
1_2img_6078私がフロント・パネル上のノブの位置とその機能だけ説明したら、もう勝手にスイスイかつラクラクとイジり出しやがんの!
しかも1回で全部覚えちゃう。
しまいにゃアベコベにこっちが教わる始末!
長い付き合いで、こんなこと今に始まったワケじゃないんだけど、驚いたね。
この人アタマの中は一体どういう風になってるんだろう?

1_mhc それどころか、見ている前でジャンジャンとカッコいいプリセットを作っちゃう。
これにもビックリ、ドイツでバッタリ。
反対に操作法を教えてもらっちゃったりなんかして。
でも、もっと驚いたのは、ヒロアキくんのCODEの気に入りよう。
ほぼ即決で導入決定! 
で、商品が集いた翌日、頼みもしないのにCODEのデモンストレーション音源を作って送ってくれた。
本当に気に入ってくれたのが一聴瞭然な仕上がり。
音質だけでなく、CODEのバーサタイルな魅力を余すところなく伝えてくれていると思ったので、その音源をイギリスに送っておいた。
1_2img_6081すると、今度はMarshallの本社の連中がビックリ仰天!
Marshall Blogでこの姿はおなじみでも音を聴く機会はなかった。
「そうだHiroaki TagawaをWorld Creativity and Innovation Weekでフィーチュアしよう!」ということになって、動画の作成依頼が来た。
今時こんな弾き方をしている人は見かけない独創性があるし、CODEの革新性もバッチリとアッピールしてるし…ということね。
そして、尺に収まるようにヒロアキくんが動画を作り直してくれた。
その動画が今朝(日本時間)アップされたのだ!

1_thm2 動画を見るにはMarshallのfacebookのアカウントへアクセスしてくださいまし。
ココをクリック⇒Marshall Amplification Offcial facebook

 
田川ヒロアキ、シレっと世界デビュー。
朝起きたらアララ!のシンデレラ・ボーイ(「ボーイ」という年齢ではない)って感じ?
ヒロアキくんのガラスの靴はCODEだったというワケ!

1_mfb2 しかし、この「世界」の規模ってのはスゴイもんだね。
ジャンジャンとアクセス数が上がっていく。地球の裏側のギター好きがヒョンなことから「Hiroaki Tagawa」の存在を知る…。
コメントも面白い。
はじめは「ジェフ・ヒーリーじゃん?」ってな調子。
んなこと言われんのはこちとら百も二百も承知だよ。
ところが、段々風向きが変わって来て「感動した!」とか、「日本のウリ!」とか、「サトリアー二はこのギタリストをG3に入れるべき」とか好意的なモノに変化していく。
面白いな~。
でも、やっぱり考えさせられるのは、海外の芸能というのは、いかにオリジナリティを重視しているかってこと。
「誰もやらないこと」、「他にないモノ」で勝負するか?ということを痛感した思いですわ。
やっぱり人と同じことをやっていては認められないんだな。
そういう観点からもヒロアキくんは「World Creativity and Innovation Week」のMarshallからの大使としてふさわしかったのではなかろうか?
それと!
どうしてもヒロアキくんのプレイに目や耳が集まりがちだけど、忘れて頂きたくないのはCODEのヴァーサティリティとプレイアビリティね。
CODEには人様が作ったモノではなく、長い年月をかけてMarshallが自分で作り出してきた独創的なサウンドが詰まってるのだ。
 
田川ヒロアキの詳しい情報はコチラ⇒FretPiano

Logo1World Creativity and Innovation Weekの詳しい情報はコチラ(英語版)⇒Official Website

2018年4月17日 (火)

LAZY 40th Anniversary Special Live Slow and Steady supported by Rock Beats Cancer <後編>

 
ゲスト・コーナーも終了し、ショウは後半に突入。
まだまだテンションが上がりそうなステージと観客席!
何しろ曲は1998年の再結成時のヒット曲、「ULTRA HIGH」。
 
影山ヒロノブ

10v高崎晃

20v井上俊次

30v_2高崎さんの「♪ウルトラ~」も聴きどころ!

50v_2「ULTRA HIGH」が収録されたLAZYの17年ぶりのアルバム『Happy Time』から「My Rest Pose」。40v_2MCでは「LAZY昔ばなし」で盛り上がった。
デパートの屋上でよく演奏したとか…。
ベイ・シティ・ローラーズの映像の後に登場して客席からおにぎりが飛んできたこともあったとか…。
ナンてことをするんだッ!…というか、そういうモノを観に行く時、その時代はお客さんがおにぎりを持って行ってたんだね。映画館に冷やしトマトを持って行った人は知ってる。
「フィルム・コンサート」ってヤツですな…私もよく行きました。
タマ~にテレビで放映させる以外に動いている外国のロック・バンドを見るには、ホンモノの来日公演に行くか、フィルム・コンサートに行くしかなかった。
YouTubeもDVDもビデオすら珍しい時代だからね。
中学3年生の時にお金持ちの友人の家がナショナルのビデオ・デッキを買ったというので、みんなで見せてもらいに行った時代だった。
フィルムコンサートといえば…その中学時代のこと…今にして思うとアレはかなりプライベートな企画だったんだろうナァ。
客席が盛り上がっていないことに主催者が業を煮やし、「こっちはせっかくやってるんだからもっと盛り上がれよ!そんなにツマらないんだったらこの場で中止するぞ!」とお客さんに向かって怒声を浴びせかけたフィルム・コンサートがあったっけ…お客さんはお金を払って行ってたのに。
仕方ないのでお客さんは1曲終わるごとに小さなスクリーンに向かって渋々拍手してた。
私は子供ながら「何じゃ、この空間は?」と思ったわ。
    
コチラはホンモノ中のホンモノ!
割れんばかりの歓声の中から飛び出す重厚なギター・イントロ。
しっかし、いい音だな~。

60v_mmwそう、高崎さんの背後にはMarshall!

70曲は2002年の『宇宙船地球号II』から高崎さんの歌で「Make me Wonder」。

2_img_0390 『宇宙船地球号II』を制作する際には合宿レコーディングを敢行。
その時、毎晩樋口さんがお好み焼きを作ってくれたのだそうだ。

90 同アルバムから影山さんがシットリと歌い上げる「Young & Innocent」。

70vそして、超ドラマチックな泣きのギタ~!
タマりまへんな~。

80vいよいよショウも最後のセクション。
昨年の12月、すなわちこのコンサートが開催された月の初めにリリースしたニュー・シングル、『Slow and Steady』からの曲を披露した。

100_1977曲はまず「1977」。
「16歳に戻ったつもりで聴いてください」
<前編>に書いた通り、1977年は「Hey! I Love You!」でLAZYがデビューした年。
40年か~。
スゴイな~。

110v今回のシングル盤には3曲が収められているが、3人のメンバーがそれぞれ1曲ずつ作曲している。
この「1977」は高崎さんの作品。
高崎さんのメッチャ幅広い音楽性を思い知らされる1曲!

120v_2続けて「Wandering Soul」。

130_3バラードの導入部からスタートして、力強いビートを刻む壮大なこの曲は井上さんの作品。

180ギター・ソロも大爆発!

140v「1曲じゃナンだから2曲。せっかくやるなら3曲…。10曲集まればアルバムが作れるじゃん!」と、3曲が作られたとか…。

150_2その3曲の最後は影山さん作の「Happiness~二人ですごすX'mas~」。
コレまたちょっと意外な雰囲気な16ビート・チューン。

160v40年というと、翌年還暦を迎える人が白寿を迎えるという年月だからね…スゴイ歴史ですよ。
こうして1977年のデビュー曲からズラ~っとレパートリーを並べてもらうと、どうしても途中トビトビになっている部分もあるかもしれないが、日本のポップ・ミュージックの歴史そのものを見るような気になった。
考えてみると、歌謡曲全盛時代からハードロックの隆盛期を経て、現在に至っても活動しているバンドって他にないんじゃないのかしら?
LAZYは「歴史」なのだ。

190そしてアンコール。

200「♪S-A-T-U-R-D-A-Y Night!」
ドワ!おにぎりへのリベンジかしら?

210ベイ・シティ・ローラーズの「Saturday Night」をホントに演っちゃった!

215vコレには私も一緒に歌ってしまったよ。
この曲が大流行したのは私が中学2年の時かな?
硬派な私はベイ・シティ・ローラーズなんて絶対に聴いたりしなかったけど、メロディはチャンと歌える。
「きんざNOW!」のおかげかね?
でも、昔のヒット曲ってそうだったんだよね。
ヒット曲の定義は「年寄りから子供までみんなが歌える曲」だと思う。
ウチの事務所に若いミュージシャンが入れ代わり立ち代わりしょっちゅう遊びに来てくれて、色んな音楽を聴かせてあげてるんだけど、ベイ・シティ・ローラーズに感激している子がいたよ…「曲がいい!」って。

220最後のMCを挟んでおなじみのリフ!
「Burn」だ~。

230v_2LAZYとDeep Purpleは切っても切れない関係。
それこそ燃え上がる!
ベースは柴田さん。

240当然柴田さんも完全燃焼。
井上さんのキーボーズのソロではお定まりのアクション!

250そして、完璧なギター・ソロ。
それにしもいい音~。

260vやっぱり名曲は盛り上がりますな。

270vもうひとつ名曲!

280盛り上がりのクライマックスを演出したのは「感じてKnight」!

290本当にバラエティに富んだセットリストで40年分のLAZYの魅力を披露してくれた3人!

295

310v

2_img_0651コレはベテランのファンも新しいファンも大満足の「LAZYショウ」だったに違いない!
今後もあるようなのでその活動が楽しみだ!

320LAZY40周年の詳しい情報はコチラ⇒40th Anniversary Site
高崎晃の詳しい情報はコチラ⇒LOUDNESS Official Website
影山ヒロノブの詳しい情報はコチラ⇒OFFICIAL SITE

330_2  

200

(一部敬称略 2017年12月27日 六本木EXシアターにて撮影)

2018年4月16日 (月)

LAZY 40th Anniversary Special Live Slow and Steady supported by Rock Beats Cancer <前編>

 
昨年末、デビュー40周年を記念して新しいシングルをリリースしてファンを狂喜させたLAZY。
Marshall Blogでもレポートし、想像をはるかに超える大きな反響を頂戴した一昨年の公演に引き続き、昨年末もそのニュー・シングルの発売に合わせて「Rock Beats Cancer」のサポートの元、LAZYは再びEXシアターの舞台にその雄姿を現した。

10今回は前回と異なる単独の公演だ。
大阪、東京ともにチケットは完売!
ふたたびその人気の根強さを見せつけてくれた。

1_img_0029 影山ヒロノブ

30v高崎晃

40v井上俊次

50vそして、リズム隊はベースに山本直哉、ドラムスに村石雅行という布陣。

1_img_0015 高崎さんの背後には…

60vMarshall!
やっぱりコレに尽きますな…ロックのステージは!

70対してステージ下手。
井上さんの背後もMarshallに引けを取らない!

80レスリー・スピーカーをズラリと4台もセットしたのだ!
こんなの初めて見た!

90気になるオープニングは1977年のデビュー曲、「Hey! I Love you」。

1_img_01651977年…私は中学校3年生だったか…。
リアル・タイムでは曲を存じ上げないが、思いっきり素直にポップでいいナァ。

110キチンと盛り込まれるギター・ソロ!

120v2曲目はガラっと変わって「フルカウント」。

140堰を切ったような勢いのある滑り出しにステージの皆さん全員、ノリノリだ~!

130続けて1979年のシングル、「愛には愛を」。

160今、こういう曲って本当になくなっちゃったね。
このサビ!一度耳にしたら忘れないような、いかにも「歌謡曲」という風情が私はスキ。

150アタマ3曲、ケタはずれの歓声に応える高崎さん!
その熱気にあおられてジャケットが暑そう!

170v「再結成をしてから20年経ちました!今日はほぼ時系列に沿ったセットリストでお送りします」と影山さんからご挨拶があり、次のセクションへとコマを進める。
曲は1980年のシングル「Midnight Boxer」。
「横須賀」という言葉に「日本の歌」として歌詞にパワーを感じるナァ。
「横浜」、「長崎」、「札幌」、そして「横須賀」…歌謡曲が盛んなりしころの強力なキーワード。
「浅草」とか「上野」は出て来ない。

180_mbファンキーな高崎さんのギターもまたよき哉。
ね、すぐにジャケットを脱いじゃった。
場内はそれほどの熱気なのだ。

200v「地獄の天使」が続く。

190vこの曲は昨年のステージでも演奏したね。
歌詞がすごく印象に残ってる。
コレもシングル。1978年のリリースだった。

230v「ベイビー・アイ・メイク・ア・モーション」も1979年のシングル。
LAZYってやっぱりこういうポップ・チューンがいいナァ。
今、こういう曲を演るバンドがいないもんね。
当時高校生だった私が、今聴いてものすごく新鮮。

290v1979年となると私は高校生。Marshall Blogで時折触れる機会があるが、奇しくも高崎さんと同じ高校に通っていた。

260名盤の誉れ高い1980年の『宇宙船地球号』から「僕らの国でも」。
このあたりから『宇宙船地球号』コーナーに入った。

270_bk続けて同作から「EARTH ARK」をハードにブチかます!

1_img_0338ココでベースにANTHEMの柴田直人が加わる。

300_dr柴田さんの強力な低音を得て「DREAMER」!

300vロック魂あふれるドライビング・チューンで高崎さんと柴田さんの絶妙のコンビ―ネーションが編まれまくる!
340そして、オープニングSEに使用されていたLAZY唯一のインストゥルメンタル・チューン、「遥かなるマザーランド」。
330タップリと情感が注がれた高崎さんのギターにみんなウットリ!

320v柴田さんを迎えての3曲目は「LONELY STAR」。

340vこれまたノリノリのハード・チューンでお客さんのボルテージは上がるばかり!

360vLAZY40周年の詳しい情報はコチラ⇒40th Anniversary Site
高崎晃の詳しい情報はコチラ⇒LOUDNESS Official Website
影山ヒロノブの詳しい情報はコチラ⇒OFFICIAL SITE

350<後編>につづく
 

200 

(一部敬称略 2017年12月27日 六本木EXシアターにて撮影)

2018年4月13日 (金)

ベトナムへ行ってきた!~私のホーチミン vol.3

 
暑いのをガマンして歩き続ける。
こんなのロンドンを歩く時に比べればまったく大した距離ではないんだけど、ウルトラマンが地球で3分しか持たないように、前回述べた理由で急激に体力が失われて歩くのが大層ツライ!
もうヘロヘロなのよ~。
でも、「ココだけは見ておこう」と思って歯を食いしばって歩き続けた。
向かったのは「戦争証跡博物館」。
40,000ドンの入場料を払って中に入る…エ、40,000?高い!
イヤ、安い。
200円もしないわ。
まだ全然ベトナムドンに慣れない。

60_3
イギリスに行った時なんかもそうなんだけど、海外へ行った時、戦争に関する博物館があればなるべく見学するようにしている。
もちろん戦争が好きでそんなことをやっているワケではない。
戦争の悲惨さと人間の愚かさ、そして人間が人間にどういうヒドイことをしたのかを勉強するために訪れるのだ。
フランクフルトでは「ゲットー博物館」なんていうのも観たよ。
マァ、数多く訪れているワケではないんだけど、この戦争に関する博物館ってのは戦勝国と戦敗国で内容の取扱いがエラク異なるんだよね。
イギリスなんかはもう戦争を賛美してる感じだもんね。そこには「正義」しかなく、「戦争の悲惨さ」をくみ取ることはムズカシイ。
もっとも昔のイギリスの貴族の間においては、「戦争は紳士のスポーツ」扱いされていたらしいからね。
翻ってこのホーチミンの博物館…悲惨だったよ。

70_3博物館の前庭には大型の兵器が陳列されている。
陳列されているのはもちろん戦争マニアや武器マニアのためでは断じてない。
これらの兵器はすべてアメリカのモノで、「こういうモノを使っていかにアメリカがベトナムを苦しめたか」…ということを示唆しているのだ。
どんなモノがあるかというと…
  
M.41 Tank。
1965年にベトナムの戦場に現れた。
以前にも書いたけど、機会があれば戦車に触ってごらん。
金のニオイがプンプンするよ。
「戦車」を1両作るのに、それこそ「千社」が絡んでくるらしい。
そんなシロモノをバンバン作っていたら笑いが止まらないヤツがジャンジャン出てくるわな。
もっともそれが戦争の一番の目的だからね。

1_0r4a6067 コチラはM.48 A3 Tank。
アメリカ軍はこのタイプの戦車を1969年の7月までに370両投入したそうだ。

80_3CH-47 Chinook。
「Chinook(チヌック)」というのはいちアメリカ先住民部族の名前。
このボーイング製のヘリコプターのベトナムにおける最大の任務は、いかなる手段を持ってしても入り込むことができない危険な山岳地帯に砲台を築き、そこに弾薬を運搬することだった。
チヌックは飛行したまま他の航空機に燃料を供給することができた。

90_2U-17 Plane。
偵察と観察に活躍したセスナ社製飛行機。100_3UH-1H HUEY 双発ヘリコプター。
移動、救急、輸送、偵察、並びに攻撃機の支援を任務とした。
どんな複雑な地形でも滑走路なしで離着陸できるジャングルの多いベトナムには最適のヘリコプターだった。
1969年の4月には2,202機がベトナム戦争に従事していたそうだ。

120_2HUEYには6銃身の7.62砲が2機搭載されていた。
こんなん映画ではチョクチョク見かけるけど、実際にホンモノを目にするとコワいもんだよ。

130vA-1 Skyraider、「空の侵略者」。
戦闘と爆撃に使われたダグラス社製の飛行機。

140_3M132 A1 Flame Thrower。
「Flame Thrower」というのは自走火炎放射器のこと。
最高で32秒間点火し続けることが可能で、200m先まで炎を放射したという。

150_3105mm Howitzer。
「Howitzer」は日本語で「榴弾砲」というらしい。
コレでガス弾から照明弾までありとあらゆる砲弾をブッ放した。

160_3こんなモノも展示されている。
爆弾ね。
手前のドデカイやつは「BLU-2 Seismic Bomb(地震爆弾)」という。
通称「Daisy Cutter(デイジー・カッター)」。
コレは軍事スラングで、地上の構造物を吹き飛ばす爆弾のことを指すらしい。
ベトナム戦争では、ヘリコプターが着地する場所を確保するためにこの爆弾を落とし、ジャングルの木々を一瞬にして吹き飛ばしたという。
2008年からは使用されていない。
ナゼなら、アメリカ軍はその後もっと強力で優秀な爆弾の開発に成功したからだ。

190_2ところで、ナンだってベトナム戦争が起こったか知ってる?
私が小さい時は「ベトナム=戦争」というイメージがあった。
でも、子供だったので戦争の理由など気にするワケはなかったし、大人になってからも気にかけることはなかった。
でも、今にして思うとそんな状況が当のアメリカ国内にもあったことが『ウッドストック』を観るとわかる。

1_1_2woodstock『ウッドストック』についてはさんざん書いてきたので内容が重複してしまうのが申し訳ないが、せっかくベトナムに行って来たのだからまた書かせて頂く。
ご存知のようにウッドストックが開催されたのは1969年の8月。
ベトナム戦争が泥沼中の泥沼と化していた頃で、「反戦」がこのロック・フェスティバルのテーマになっていることは皆さんもご存知の通り。
そこへ登場するのがカントリー・ジョー・マクドナルド。
カントリー・ジョーがギター1本で歌う「I'm-Fixin'-to-Die Rag」に合わせて50万人が歌うシーンはこの映画のハイライトのひとつだ。
歌詞はこう歌っている。
「俺たち一体何のために戦っているんだ?
文句は言いっこなしだ
お次はベトナムだ
真珠の門(Pearly Gates=天国の門)を開けろ
考えてるヒマはないぜ
みんなおっ死んじまうだ」
ね…「戦争なんて意味がない」ということもあるんだろうけど、ナンだってアメリカがベトナムで戦争をしているのか知らないヤツがいたハズなんよ。
そして、間奏でカントリー・ジョーは観客にこう呼び掛けている。
「聞いてくれ!ココにいる中の一体何のヤツが戦争が終わることを期待しているかはわからない。うまく歌えなくてもいい。やらないよりはマシだ。30万のクソ野郎が集まってるんだろ!歌い始めてもらいたいんだよ!」
ウッドストックがベトナム戦争を終結させたワケではないが、そのキッカケになったと言われているのも事実のようだ。
そして、アメリカ軍がベトナムから撤退した時と同じくして徴兵制度が廃止された。
そのカントリー・ジョーの感動のシーンはコチラ。

あ、それと映画には出て来ないけど、サントラ盤に収録されているジョーン・バエズとジェフリー・シャートレフという人ガ歌う「Drug Store Truck Drivin' Man」という曲もスゴイよ。
当時カリフォルニア州知事だったロナルド・レーガンを「KKK」呼ばわりしてメッタ斬りにしている。
昔の向こうのミュージシャンはやることがいちいちスゴイ。
  
ではココで歴史のお勉強。
なんでベトナム戦争が起こってアメリカが入り込んでいたのか…。
ベトナムという国は第二次大戦の前はフランスの植民地だった。
歴史的に中国とフランスという2大グルメ国の支配を受けていたので、ベトナムの食べ物がおいしいのだという説もあるらしい。
で、第二次世界大戦が勃発してドイツがブイブイ言わせるようになり、パリが陥落してフランスが降伏。
それにスライドして日本軍がベトナムに入り込んだ。
しかし、日本もボロンチョンに負けてしまい、1945年9月、終戦の翌月ですな、ベトナムの北部に例のホー・チ・ミンが「ベトナム民主共和国」を樹立して独立を宣言する。
「オイ、チョット待てよ、ホーおじさんよぅ。戦争は終わったんだからよ、勝手にはさせねーぜ」とフランスはゴ・ディン・ディエムをいうオッサンを大統領に仕立てて、南部に「コーシチナ共和国」という国を勝手に作っちゃった。
そもそも人の国なのに…。
「傀儡(かいらい)政権」ってヤツね。ようするにフランスの舎弟みたいなモノ。
コレが北のホーおじさんのベトナム民主共和国とドンパチおっぱじめた。
1946年から1954年まで8年間続いたこの戦争を「第一次インドシナ戦争」という。
結果はフランスの負け~。
そして、1954年7月にジュネーブ協定で、北緯17度を境にしてベトナムが分断されることになった。
ココでわからないのは、フランスが負けたのなら南ベトナムをホーおじさんに返してやりゃいいじゃん…と思うワケ。
でも、そうはならずに南ベトナムには引き続きゴ・ディン・ディエムを大統領にして「ベトナム共和国」が樹立される。
ココに入り込んでくるのがアメリカだ。つまり、「ベトナム共和国」はアメリカを後ろ盾にしたんだね。
ところが、このベトナム共和国は汚職まみれのヒドイ政府で大多数を農民が占める国民から支持を得ることができなかった。
「しからば武力でベトナムを統一したれ!」とホ―おじさんが「南ベトナム解放民族戦線」という組織を立ち上げて内戦が始まった。
また戦争だよ。
このホーおじさんの組織は「ベトナム・コンサン」と呼ばれた。「コンサン」というのは「共産」ということ。
コレがよく映画に出て来る「ベトコン」というヤツね。
さて、今度はそうなるとダマっていられないのは「ベトナム共和国」をバックアップしていたアメリカ。
何しろベトコンにはソ連が後についてるじゃんか?
もし、ホーおじさんの方がこの内戦に勝利してベトナムが共産主義国として統一されてしまうと、「ドミノ効果」で東南アジア全域の国々が共産主義化してしまう。
「OMG!」
と焦ったのがJFK。
1961年、この状況を目の当たりにしたケネディ大統領は4,000人の特殊部隊をベトナムに送り込んだ。
でも、この頃はまだ小手調べ程度だったのだが、1964年に「トンキン湾事件」が起きる。
コレは北ベトナムの警備艇がアメリカの軍艦を攻撃した…という事件。
「イヤイヤ、ウチらそんなことしてないけんね!」
「ザケンなよ!オメェらが先に手を出してきたんだからなコラァ!」
…とアメリカは自分たちがやられたのだから…とか言っちゃって翌年南アメリカに軍隊をドバっと派遣して北ベトナムに大規模な爆撃を行った。
要するにとにかくアメリカは戦争がしたくてしょうがないもんだから、こういう事件をデッチ上げた…と言われているそうだ。
どこかで聞いた話ですな。
そう、まるで柳条湖事件と東京大空襲をくっつけたような話。
「北爆」と呼ばれるこの空襲がまたヒドイ。
255万トンもの爆弾を落としたっていうんだよね。太平洋戦争で日本が落とされた爆弾の量は13万トンだから気合いが入りすぎてる。
こんなにヒドイことをされても北ベトナムは必死に踏ん張った。
ジャングルに入り込んでゲリラ戦を展開したりしたんだね。
一方アメリカ軍は、そのジャングルが邪魔だというのでダイオキシンを盛大に散布してジャングルの木々を枯らしてしまった。
アメリカ人の合理主義がモロに悪い方に出たような話。
もちろん、政府と軍と製薬会社が手を組んでその枯葉剤の実地試験がしたかったこともあったのだろう。
今、海外では使用が禁止されているMSGという化学調味料を日本人が好んで口にしているのと全く同じ構図。
結果は北ベトナムの粘り勝ち。
アメリカ軍はジャングル内への兵站が十分にできず、思ったような戦闘ができなかったことや、上のウッドストックのようにアメリカ国内で反戦の機運が高まり、最大時には54万人も投入したもベトナムから軍を引き揚げ、1975年4月、ベトコンが南ベトナムの大統領官邸を占領してベトナム戦争は終結した。
ま、にわか勉強で見方が間違っている部分もあるかもしれないけど、アメリカの関わり方はこういうことだった。
そして、もうひとつ知ったのはホー・チ・ミンというのは第一次インドシナ戦争に勝利して独立を成し遂げる際の立役者であって、アメリカが入り込んでのベトナム戦争で勇躍したワケではないということ。 

1_0r4a5910 それにしても、広島の原爆記念館同様、アメリカ人はこの博物館をイヤがるだろうナァ。
「戦争戦争証跡博物館」という名前の通り、名指しでアメリカ人がベトナムにしでかしたヒドイことの証拠を並べた博物館なんだから。
この枯葉剤で丸裸になったジャングルとそこに佇む裸の男児の写真は有名だよね。
コレがバカでかいパネルになって展示されている。
書いてはいないけど「アメリカはこういうことをやりました」と訴えているようなものだ。

180_3館内には色々なモノが展示されている。
コレは1945年のホーおじさんの独立宣言の文書。

210_2その中にこういう文章があるらしい。
チョット訳出してみると…「ベトナムには自由と独立を楽しむ権利があり、そして本当に自由と独立の国になった。すべてのベトナムの民衆はその自由と独立を堅守するために、肉体的、精神的に強靭となり、生活や財産をも犠牲にすることをいとわない決心をした」
この後フランスがまたチョッカイを出しておかしくなっちゃうんだけどね。
ホント可哀そうなんだよ。

200_3実際に使用された小銃や砲弾の展示。
全部アメリカ製。
1_0r4a6089コレはベトナム戦争にいかに多くの国々や軍隊が関わっていたかを示す地図。
もうシッチャカメッチャカ。

220v_2こうして館内にはベトナム戦争に関わるデータが色々と展示されているが、圧倒的に力を入れているのが、戦争の惨状を報道した写真の数々だ。

1_0r4a6097_2 日本人の報道カメラマンの活躍ぶりもタップリ紹介されているのだが、「Canon」だの「Nikon」だののロゴが写真の説明文にくっついててサ、日本人としてチョット恥ずかしい。
ナニもこんなところで宣伝しなくても…と思わざるを得ないすさまじい写真ばかりなのだ。
特にスゴかったのは枯葉剤、すなわちダイオキシンの猛毒の被害を受けて生まれて来た子供の写真がゴマンと展示されているのだ。
シャム双生児や無頭児、ありとあらゆる先天性奇形児の写真がドバ~っと並んでいる。
目を逸らしたい気持ちを抑えて私は全部見て来たよ。
アレを見たら「戦争さえなければこの子たちだって…」と誰しもが戦争の愚かさを思い知るだろう。
他にもアメリカ兵の苦闘を捉えた写真もあるが、圧倒的にベトナムの被害や被害者の写真が多い。
たとえば下の写真…空爆を受けて破壊された家の壁に書いてあるのは…「ニクソンよ、我々から奪った血を返せ」。

230_2こうして歴史を知ってみるとですよ、さんざん見て来たアメリカ製のベトナム戦争に関する映画も見方が変わって来るね。
そう思って、ベトナムから帰って真っ先に観たのがマイケル・チミノの『ディア・ハンター』。
中学生の時にロードショウ公開でテアトル東京で観たのが最初だった。
その後も何度か観ているけど、今回はエラク印象が違ったな~。
ホーチミン市だけとはいえ、実際にベトナムに行き、この博物館を訪れた後にこの映画を観た時、単なる「マイケルとニックの友情物語」として鑑賞することはムズカシイ。
まずアメリカのポジション。
あの「マオ!」という叫び声が印象的な、ジャングルでのロシアン・ルーレットのシーン。
「かわいそうにナァ」、「ベトナム人ってヒデェことするナァ」なんてかつては思ったけど、アメリカが勝手に戦争に入り込んだんじゃん!というアタマで観ると大分感覚が変わって来る。
インディアンに頭の皮を剥ぐことを教えたのが白人であったように、あのロシアン・ルーレットだってきっと白人がベトナム人に教えたに違いない。
ま、あのシーンが事実かどうかは知らないけど。
でも、ベトナムに行く直前まで鹿狩りに行って友人と楽しい時間を過ごしていた若者があんなにヒドイところに送り込まれて悲惨な目に遭っているのを見るのもまたツライ。
ナゼなら今はベトナムのあの暑さを知ってるから!
戦争なんてするもんじゃありませんよ。
ホンの一部の悪どい連中の儲けのためにベトナムの若者もアメリカの若者もこんな悲惨な目に遭わなければならないのか!とづくづく感じさせられたわ。

320だからオリバー・ストーンってのは実にいい仕事をしてると思うね。
『ルーツ』じゃないけれど、アメリカ人ってのは自分でこういうことをするからまた面白い。
この『天と地』という作品もとてもヨカッタ。
今ではすっかり宇宙人になってしまったトミー・リー・ジョーンズの演技がすこぶる充実していた。

51om0sy3csl_sy445_『フルメタル・ジャケット』もスゴかった。
あれ後半の舞台がベトナム中部のフエなのかな?
でも実は、キューブリックはあのシーンをロンドンで撮影したんだよ。

Fmj街中にはこんな看板も。
1968年はナンだったんだろう?
アルファベット表記なのにベトナムの言葉だから読めんのじゃ!
一瞬マッチング・モールかと思ったぞ!

240_2これが中国共産党のプロパガンダ・ポスターをパロッたマッチング・モールの『Little Red Record』。
名盤です。

1_mm 博物館の中も結構暑くてサ。
それでもまだ歩く。
歩いていると「ナゼ?」という店に結構出くわす。
コレは金庫屋。
ナゼか金庫屋が多い。

260_3コレらは徽章屋っていうのかな?
看板だとか、トロフィとか、盾とかを扱っている店がどういうワケか連なっている。

270_3で、ここまで来てある失敗をしでかしたことに気がついた。
NAMMの時のように、Marshall Blogに現地からの速報レポートを掲載しようと思ってPCを持って行ったんだけど、CFカード用のカード・リーダーを日本から持ってくるのを忘れてしまったのだ。
このままでは写真のデータをPCにを撮り込むことができないので記事を書くことも不可能だ。
…ということでカメラ屋、もしくはパソコン屋を探すことにした。
マァ、これだけ多くの人がスマホをイジくってるんだからパソコン屋のひとつやふたつはすぐに見つかるだろう…と思ったが、もうダメ。
暑くて歩けない。
ひとまずホテルに帰ってシャワーを浴びて、服を着替えて、少し休んで、コンシェルジュにカメラ屋の場所を調べてもらって出直すことにした。
もう下着まで汗でビチョビチョだ~!
ヘロヘロになりながら何とかホテルまで歩いて帰って予定通りの行動を取った。

1_0r4a6102 ホテルのコンシェルジュから教えてもらったエリアに向かう。
その前にお腹が空いたのでナニかを食べることにした。
ま、ココは無難にフォーだな。
ということで「PHO HUNG」というチェーン店に入ってみた(写真は実際に入った店ではない)。

470_3牛肉のフォーを頼んでみる。
おお~っと!ココで忘れてはいけないのは「ノー・コリアンダー・プリーズ!」ね。
私、パクチーが全くダメなんです。
で、出て来たのはコレ。
実にウマい!
ただ、ぬるいんだよね~。
予め茹でた冷たい麺にスープをかけるだけなので、どうしても温度が下がってしまう。
もっともこんなに暑いところでギンギンに熱い汁モノなんか食べられないんだろうね。
以前から書いているように、海外に行くと一番恋しくなるのがダシ系の食べ物。
ロンドンなんかでも、そういう時は迷わずホクストン辺りのベトナム料理店へ行ってフォーを食べる。
フォーのスープが美味しいのは、牛骨でダシを取ってるからなんだよね。
コクがあるワリにはアッサリしている。ドロドロの豚骨ラーメンよりフォーの方がゼンゼン好き。
でも、ど~こ~か~にパクチーがいるんだよ。
ラーメン・スープのダシを取る時にネギを入れるように、おそらくフォーもダシとしてパクチーを入れてるんじゃないかね?
でも大満足の350円。
ロンドンで食べたら軽くこの3~4倍。
でね、もっとうれしいのは、ベトナムはチップの習慣がないこと。
そうそう、テーブルの上には薬味として使う数種類のハーブを乗せたラップのかかった皿が置いてあるんだけど、アレが結構ヤバいという話を後で聞いた。
どういう水で洗っているかわからないので、慣れない人は敬遠した方が安全だというのだ。
私はハナから使う気はなかったけど。

480_3何じゃコリャ?!
まるでピカデリー・サーカスじゃん!

280_3当然ココも単車天国。

290_3面白いように次から次へと大量のオートバイが走り過ぎて行く。
しかし、ナント空気の悪いことよ!

300_3あ~!スゴイの発見!

310_3コレ。
オイオイもうチョット何とかしろよ~。
ダラしね~な~。
こんなのどう配線されているのかわかるのかね?

320v_2外人が東京へ来て驚くモノのひとつに電線がある。
こんなに近代的な大都市なのに、町を歩いていて見上げると電線だらけだから。
ロンドンやニューヨークなんかはCABで電線の類はすべて地下に埋まっているもんね。
ナゼいつまでたっても東京のCAB化が進まないのかというと、地震が多いから。
地面に埋めてしまうと「もしも」の時に復興するのが大変らしい。
それと、自分の家の前をほじくり返してもらいたくないという利己主義が強く、簡単に埋設の許諾が取れないらしい。
…というので…こんなんなってる。
コレは四谷で遭遇した電線のカタマリ。
発見した時は結構ビックリしたけど、ナンノナンノ。ホーチミンに比べれば実にキチっとしているではないか!

1_ydこっちはコレだかんね。

320v_2ギャハハ!
街からちょっとハズれたところではこんなのも見つけたよ。

1_0r4a6488_2 さて、ホテルのコンシェルジュから聞いたエリアに行ってもカメラ屋らしきものが1軒もない。
ダラダラ歩いていると、それこそすぐに汗がダラダラ流れて来るので、作戦を変更して勘を頼りに自力で探すことにした。

330_3しかし、スゲエ単車の数だナァ。
最初、昔の上野の昭和通りみたいにオートバイ屋がいくつも並んでいるのかと思ったのよ。

350_3そうではなくて、コレ全部駐車してるの。
よくもこんなにキレイにお揃いの単車が並ぶよね?

370_3それでひとつ気が付くのは店先にいる青い服を来たオッサン。

380_3店先に出したイスに座って日がな一日スマホをイジってるか、ボーっとしてる。

390_3こうしてガッツリ眠り込んでいるオッサンも多い。
この人たち、格好からもわかるように警備員なの。
チャンと行政から認可をもらって各店に貼り付いているらしい。
最初、店に不審者が入らないように門番をしているのかと思ったら、それだけではなくてお客さんの単車が盗まれないように見張ってるんだって。
小さい飲食店の前なんかでは私服の男が店先に停まっている単車に跨っているのをよく見かける。
ある時、ジッとその様子を見ていたら、なるほど、お店から出て来た客からお金を受け取っている。「白ガードマン」とでも言おうか、プライベートの単車見張り人だったようだ。

400_3ダメだ!
カメラ屋なんてゼンゼン見つからない!

410_3それどころか、街の様子がある通りを境にガラリと変わって、猛烈にローカル色が濃くなってきた!

420_3もうナニをやるにも単車。
それは軽トラかなんかで運べってば!

430_3こんな珍種も!
トロッコのように手でコキコキやって動かす三輪自転車。

450_2タイビン市場というマーケット。
チョット覗いてみたけど、薄暗くてとても入る勇気はなかった。
入ったが最後ナニも買わずに出て来れそうな雰囲気なし。
ウェブサイトの観光案内で調べてみると、「こんな人におすすめ」という欄に「バックパッカー街を訪れる人、ローカル体験をしたい人」とあった。
よかったゼ、入らなくて。

440_2そのすぐ横にある生鮮食品の市場。
確かにローカル感強し!

460_3結局カメラ屋は発見できず。
また下着まで汗でビチョビチョになっちゃったので諦めて一旦ホテルへ帰ることにする。
最後の手段。
ホテルの部屋でダメ元で「ホーチミンのカメラ屋」をキーワードにインターネットで調べてみた。
すると、あるんですよ、ナント、「カメラ屋街」ってのが!
「Huymh Thuc Khang通り」というところがそれに当たるらしい。
どうも「フィン・トゥック・カン」と読むようだが、地図で調べたところ存外に近いので、しばらく休んでから行ってみることにした。
外に出ると、もう日は大分傾いていて、間断なく吹き付ける風が実に心地よい。

490_2またココもチョット雰囲気が違っていて大都市の風情だ。

500_2単車に轢かれないように工事現場の壁沿いにユックリと歩く。
この街の路上での急な動作は自殺行為だ。
段々コレがわかってきた。
すると、自動的にガソリンスタンドの敷地内に入った。
見てよ、こんなんよ。

510_3コイツらここで給油したワケじゃないのよ。
人の敷地を遠慮なくブンブン通り抜けてんだよ。
アブね~っての!

520_3それでもひっきりなしに給油をする単車がスタンドに入って来る。
単車だからみんな3リッターぐらいしか入れて行かない。

530_3どれどれ、ベトナムのガソリンの値段はどうかな?
1リッターあたり18,340ドンか…90円弱。
今、東京で138円とかそんなもんでしょ?
コレ、結構高めなんじゃない?
あのフォーの値段が東京の半分だとすると、70円弱が妥当なところではないか?

1_0r4a6198 アレ?駅がある?…と思ったらバス停。

540_2なんかココだけヤケに都会的だな。
ところが、ホーチミンの路上を走る乗り物って、大きければ大きいほど融通がきかないの。
道を渡ろうとしても、バスって絶対に止まってくれないんだよ。
まるで歩行者に恨みでもあるかのように、あるいは怒り狂った巨像のように容赦なく突っ込んでくる。
日本では考えられない。
結構コワイよ。

550_3フィン・トゥック・カン通りに入って進んで行く。
コレは路上の時計修理屋。
こんなホコリっぽいところで精密機械の修理をやってる。

560_3コチラは中古家電販売店。
こんなの買う人いるのかナァ?

570_2ナニかの食堂街だと思うでしょ?
ナントこれこそがそのカメラ屋街!
数軒当たってみた。
まず、みんなゼンゼン英語ダメ。
SDカード用はあるんだけど、CFカードが入るカードリーダーなんてありゃしない。
困っていたら何軒目かで出くわした親切なオバサンが「アソコにならあるかも」と教えてくれた。

580_2その店がこの「HUY Camera」。
ま~店員のアンちゃんが不愛想なこと!
それでも確かに扱っていて、値段を尋ねると「Two fifty」という。
コレがわからない。
「Two fiftyだから250か…。250ということは250,000ドンだろ?10,000ドンが約50円だから…」なんてプロセスを経ないと値段がわからない。
結果、1,200円ぐらい。
吹っ掛けられたような気がしないでもないけど、値切ったところでわずかの金額だ。
そのまま売ってもらった。
最後まで愛想が悪かった、あのガキ。

620面白いのでフィン・トゥック・カン通りを少し見て回る。
どうやらこのエリアは秋葉原のようなところらしい。
590_2結構シッカリしたオーディオ機器なんかが展示されていたけど、一体誰が買うのか?
しかし、遠目だとどうしてもオートバイ屋にしか見えん。
600_2ついでにもう少し歩いて見るとまた商店街が…。

640ココは食料品のマーケットらしい。
アチコチから妙なニオイが漂ってくる。

650こんなところにもバイクがガンガン入って来るんよ。
アブねーな!
740ココもローカル感満点!

660どう見てもこのマーケットと不釣り合いな高層ビルが背後に突っ立っている。

670vココは地元の人が買い物をするところなのかな?
客引きがゼンゼンいないのでメンドくさくない。

690モノスゴイ騒ぎ!
何かと思ったら小学校だわ。
制服を着ているところを見ると私立なのかな?色がスゴイね。
でも、どこの国でも子供は可愛いわ。

700断りを入れて八百屋で写真を撮らせてもらった。

710見たことがあるのも、ないのも色々だ。
アーティチョークなんてどうやって使うんだろう?
さすがにグルメの国ってこと?

720肉屋。
こんなに暑いのにそのまま軒先に吊るしておいて大丈夫なのかしら?
そういえば、ホーチミンにいる間、犬と猫を1回も見かけなかったナ。
コレだけ暑いので、毛の生えてる連中は耐えられないのかな?…なんて思ったりもしたが、後で聞いたら、ベトナムには犬料理も猫料理もあるのだそうだ。
これ以上は書きません。

730さっきマーケットの背後に見えていたのはコレ。
「ビテクスコ・フィナンシャル・タワー」といって現在のところベトナムで最も高いビルなんだとよ。

750さて、約半日苦労してフィン・トゥック・カン通りのカメラ屋でついに手に入れた中国製のカード・リーダーがコレ。
おお~「多功能二代」だぜ!
結局、クタクタに疲れちゃって夜はバタンキュー。
全くコイツを使わなかったとさ…。

630v<まだまだネタあり>

200 
(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)

2018年4月12日 (木)

犬神サアカス團ワンマン『新宿ゴーゴー』レコ発巡業千秋楽~私のディープ浅草<その6>

  

大分遅くなってしまってかたじけない。
ナ、ナ、ナント4ヶ月も前の犬神サアカス團のライブ。
でも、それはそれは…内容の濃い素晴らしいモノだった。
しかし、最近は「イベントよりワンマンの方がお客さんの入りが良い」なんてことが当たり前のように言われるようになったじゃない?
我々が若い頃はライブハウスなんかホントに少なかったし、高価だったレコードを自由に買い込むなんてことはできなかったし、ましてやYouTubeなんてモノは当然あるワケないしで、対バンイベントで知らないグループを観たり聴いたりできるのはすごく得な感じがしたモノだったですよ。
逆にひとつのバンドしか出ないライブの方が当たり前だったからね。
つまり、音楽が無料ではなかった時代の話ね。
もう何回もこんなことを書いているけど、やっぱりあの時代はヨカッタと思うよね。
今では「CDを売っていることが信じられない」ぐらいのことが言われているけど、いいじゃないのCDぐらい。
買いなよ。
CDを買ってステレオで音楽を聴きなよ。
音楽ってそういうもんだよ。
確かに私も調べごとをする時にインターネットの力を借りて音を確かめたりはしますよ。
でも好きな音楽ぐらい「形のあるモノ」で持っておきたいとは思わないかね?
ハイハイ、若い人はそうは思いませんよね~。
生まれた時から音楽はコンピューターで聴くのが当たり前なんだから。
「レコード・ブーム再燃」なんて言われているけど、マァ、長続きはしないんじゃないかしら。
そもそもブームになっているようには見えないし。
「ブーム」なんてのは、「流行の終着駅」の私みたいな人間に「お~、ハヤってんね~」と言わせてこそ「ブーム」って言えるんだよ。
で、話を戻してそのイベントについて…今回はみんなが言っていることもわかるような気がしたわ。
イヤ、正直わかったわ。
ワンマンでなければ絶対に実現できないような最高に充実したレコ発ライブのプログラムを組んでくれたのだ。
マァ、これも肝心の新しいアルバムの内容がよいからこそそうなったんだけどね。
そこは犬神、過去の代表曲にしがみつくなんてことはしません。

10…ということで今日は最近作『新宿ゴーゴー』レコ発ツアーの千秋楽のレポート。

20cdステージにはデーンと「暗黒礼賛ロックンロール」のバックドロップ。

100幟も用意しちゃってヤル気満々!

25vそして、ズラリと並んだゴーゴー・グッズ。

30この時はまだ旧年中だったので今年の手帳もシッカリと用意されていた。
去年は「その日暮らしの手帳」だったんだよね。
後のMCでミスプリントが発表されたけど。

40ウワ!お数珠まで始めたのか!と思ったら「念じょいブレスレット」。
前からあるね。

50ベイビー缶バッジも大好評。
さて、誰でしょう?

60犬神印のハイテク・アイテム、携帯充電用バッテリー。

70コレはチェキ・アルバム。
名刺ホルダーにも使えるそうだ。

80犬神さんのグッズはよくできていて大変おもしろうございますな。

90ほぼ定刻通りに客電が落ち、「マクンバの夜」のオープニングSEに乗ってメンバーがステージに現れる。
呪殺魔術、マクンバ。

110オープニングは早速アルバムのタイトルチューン「新宿ゴーゴー」。

120犬神凶子

130v犬神情次2号

140vジョニーちゃんは今日も愛器を携えての登場。
JCM800 2203と1960A。

150vお足元のようす。

160犬神ジン

170vジン兄さんはEDEN。

180v人気のちっちゃいヘッド、Terra Nova TN501と4x10"キャビネットD410XSTが2台。

190お足元のようす。

200犬神明

210v明兄さんもいつものNATALのアッシュ。

220切れ味鋭いソリッドなナンバーで一気に会場の熱気が上がる!

230「犬神サアカス團です!今日は『新宿ゴーゴー』のレコ発ツアーのファイナルだぜ~!最後まで盛り上がっていくぜ~!」

2402曲目も『新宿ゴーゴー』から「毒虫」。

250_dm情次兄さんのギター・ソロ炸裂!そう、この曲はジョニーちゃんの作品。

260v先日、文豪・島崎藤村の出身地として有名な中山道第42番目の宿場、馬籠に行って来た。
藤村の実家は馬籠宿の本陣で、お母さんの生家がそのひとつ手前の妻籠宿の本陣の出だ。
この家屋はレプリカで、有料で開放されているが、見学時には注意が必要だ。

1_0r4a7743「カメムシ」が出るらしい。
…といってもカメムシって、どういうヤツ?屁をこくヤツだっけ?
ヤダな~、虫は苦手だ。
でも「毒虫」よりはマシか?
当日は4月にも関わらず雪がガンガン降るような寒い日だったせいか、幸いカメムシは出なかった。
カメムシ、出て来いや~!
屁なら負けんぞ!
木曽のお話の詳しくは後日Shige Blogで…。

1_0r4a7748 「今、ワタシ、できてた?歌詞は間違えなかったけど、わかんなくなっちゃった…。みんながワ~って言うからです」
そう、スゴイ盛り上がりようだったの。
「ファイナルっていうことでワタシ緊張してるのかな?ココに来て前髪を切ろうと思っていたんだけど忘れちゃった!
今日は元気よくがんばります!」

270v_mc3曲目は『地獄の子守唄』から「夜が終わっちまう前に…」。

280_yo_ud曲の舞台が新宿だからね。
私はこの曲が大スキなの。

300v数ある犬神さんのお気に入りの中でもベスト5に入るな。

310このどうしようもない絶望的でシアトリカルな展開がタマらないのよ!

320v「元気よくがんばります」という凶子姉さんの言葉じゃないけど、ホントにこの日は4人とも実に滑らかでノリノリの演奏を見せてくれた…と思う。
続けて「鬱病の道化師」。

290v「皆さん、『新宿ゴーゴー』聴いてくれたでしょうか?ミディアム・テンポの曲があっていい気分なんだけど、よく動くので大変なの!
でも売り上げ1位になったでしょ?もう、うれしくて!皆さんのおかげです!」
ヨカッタ!
実際内容がいいからね。
「アタイら20年以上もバンドやってんだよ。
筋金入りよ。
そんじょそこらのバンドとは違うのよ!
カッコいいだけの雑魚いバンドとは違うのよ!
アタイらのロックはね…
アタイらのロックはね…
アタイらのロックはね…
ガキの遊びじゃないのよ!」

330v_mcと、『新宿ゴーゴー』からこれまたソリッドに「昔みたいに」。

340_mm他のバンドとは違うことはよくわかってますから!
だからライブ会場に来るファンも若い人が少なくないのよ。
最近ね、音楽だけでなくどの分野も同じモノばかりになってしまって、消費者の一部はそういう状況に気付いて、他にはないオリジナリティを持っている事物を求めているのではないか?…と私は思っているのです。
まさに「♪昔みたいにドキドキしないの」だ。
このパートの凶子姉さんがいいんだ~。

350まだまだ続くニュー・アルバムからのレパートリー。
これでいいのだ!レコ発なんだから。
今度は「白昼夢」。

360v_hjm今度はチョット時間をさかのぼって『玉椿姫』から「邂逅」。

370_kk上っ張りを脱ぎ捨てた明兄さん。
ん~、やっぱりNATALのアッシュってのは気風のいい音がするね。
イナセなドラムスだ。

380『新宿ゴーゴー』に戻って「あだうち」。

390_auしょっちゅうMarshall Blogに出て来る私の大スキな吉村昭に「敵討」と「最後の仇討ち」という短編が収められた『敵討』という本がある。
また内容に及ぶと長くなっちゃうので今日は「作品がある」というだけに止める。
「仇討」と「敵討」は同じ。
「仇討」や「敵討」は江戸時代には制度として合法だった。
ヨーロッパの「決闘」みたいなイメージだよね。

Au キューブリックの『バリー・リンドン』にその決闘のシーンが3回ぐらい出て来る。
この映画、私が中学2年生ぐらいの時に封切られて映画館へ観に行ったけど、長くて辛かった。
でも、今観るとヤケクソに面白い。
ストーリーも、演技も、映像も、音楽も、衣装もすべてが素晴らしい。
さすがキューブリック!

Blまだまだ続く「ゴーゴー」レパートリー。
今度は「侮辱の傷」。

400_bk「さぁ~、身体も温まってきたところでもっと機敏に動いていきたいとおもいます!」

430_vaタンバリンを手にした凶子姉さんが歌いしは「ビバ!アメリカ」。
アメリカ、シリアでまたやりそうだね~。またロシアとおかしくなっちゃうんだろうか?
アメリカってのはホントに戦争で成り立っている国なんですな~。

435v続けておなじみ「平成デモクラシー」。
あと数年で「平成」も終わっちゃう。
その時、また何か新しく犬神さんの名曲が生まれてくるといいね!

440v_hd空間を切り裂く鋭いトーン。「音ヌケがいい」というヤツ。
コレはやっぱり真空管のアンプでないとムリ。
決裁書の改ざん、自衛隊日報の隠蔽…もうまやかしだらけの世の中じゃないか!
デジタル・テクノロジーへの要らぬ忖度など抜きにしてギターぐらいはホンモノの真空管が入ったアンプで弾こうじゃないか!

450やっぱりこのあたりはギンギンに盛り上がるね。

460『ゴーゴー』から「栄光の日々」。

470_eh80年代を話題にしたMCがはさまれた。
世良公則や沢田研二、荻野目ちゃんの名前が挙がっていたけど、レコード大賞受賞曲だけで探ると、80年代ってのはまだ「歌謡曲」が健在だったんだね。
90年代に入ると「レコード大賞」の形態が時代にそぐわなくなったのか、「演歌部門」と「ポップス部門」に細分化して、ポップスの方は「おどるポンポコリン」が大賞を獲得している。
ハヤったもんね~。
そして、このあたりからバンド形態あるいはロック系バンドを従えた歌手が興隆して一気に歌謡曲が駆逐されている。
そして、また93年から賞は一本化されてロック系の歌手しか受賞しなくなっているんだね。
私なんかはこのあたりからの曲は全くわからないわ。
言い換えると、コレって若者から年寄りまでが歌えるヒット曲ってのが消滅した瞬間なんだよね。
昔はね、お父さんやお母さんが口ずさむ歌は幼稚園生も大抵歌えたもんですよ。
「この先どうなっちゃうの?」なんて心配は無用。
時代が変わって、ゲームやパソコンの出現で、かつてはエンタテインメントの王者だった「音楽」の地位が格段に下がっただけの話。
または、「世代を超えたヒット曲」なんてものの存在を知らない世代が増えてそういう音楽が必要なくなっただけの話。
実はエンタテインメントの主役は「演じる方」ではなくて、お金を払って「楽しむ方」なんですな。
だから、作る方は映画でも音楽でも色んなモノを送り出して、楽しみ方の幅を広げて消費者の数を増やすべきなんだけど、何とかラクして儲けようとするもんだから同じようなモノばかりになってしまう。
こうなるとナニが起きるかというと、消費者の音楽を聴いたり楽しんだりする能力が衰えちゃうんだよ。
実はコレが一番怖い。
耳が貧しくなってしまうんだね。
「他とは違うモノ」…だから私は犬神さんをプッシュしてるワケ。
日本のロックに関して言えば、犬神さんみたいなのを聴いていればまず間違いないって。
凶子姉さんが…
「アタイら20年以上もバンドやってんだよ。
筋金入りよ。
そんじょそこらのバンドとは違うのよ!
カッコいいだけの雑魚いバンドとは違うのよ!
アタイらのロックはガキの遊びじゃないのよ!」
…と言っているのは当然なワケ。
アメリカみたいにロックがヒップホップにヤラれちまう前に何とかしなければ!…ということでその見本のような「暗黒礼賛ロックンロール」。
『新宿ゴーゴー』のリード・チューンだ。

490伝統的なリフ。

480シンプルなエイトビート。

520サラ・ヴォーンで有名な「Black Coffee」にも似た重くブルージーな歌メロ。

500_arrもちろんギター・ソロもカッチリとキメる。
アタシャやっぱりこういうロックが好きだナァ。
お客さんも一緒に歌って楽しかったね!

510vメンバーの皆さんのMC。
お題は「ツアーを振り返って」。
「ツアーでは美味しいモノを食べて楽しかったですね。でも今年、胃カメラを2回飲みました。十二指腸潰瘍の手前…食道もやっちゃいまして、1週間で体重が8kg落ちました。
その時に撮った写真が『新宿ゴーゴー』のジャケットです。

Img_0129ん~、そう言われてみると…。
20年前、初めて犬神のメンバーと出会った頃の貴重なショットが収められたとのこと。
でも、1ヶ月で8kg戻ったそうです。
ヨカッタ、ヨカッタ!

1_jin_ 情次にいさん。
「ツアー楽しかった!今年は色々あって胃の調子があまり良くなくて、胃カメラ飲みたくて飲みたくて!…で、胃カメラやったんだけど、チョット荒れていたぐらいでした。
犬フェスやったのはヨカッタね!
来年は戌年だし、ナニかやりたいですね!」
私はこれまでの人生で3回ぐらい胃カメラ飲んだかな?
大キライなの。
ま、胃カメラ好きなのはジョニーちゃんぐらいなもんか?
でも、バリウムが大好きっていう人いるよね。
「バリウムならいっくらでも飲めちゃう」ってヤツいたもん。
胃カメラを2回目にやった時かな?
長野の病院で、軽い麻酔をして、寝ている間にカメラを突っ込んじゃうっていうのをやったのよ。
ところが、麻酔が効かなくてゼンゼン眠くならないのよ。
どうするのかと思ったら先生が「仕方ないのでこのままカメラを飲んで頂きます」って言うワケ。
「チョチョチョ、それじゃこの病院に来た意味がないじゃないですか!」
「大丈夫、すぐ終わりますから!」
と言われて泣く泣く素の状態でカメラを飲んだ。
相変わらず辛かった。
「ハイ、お疲れさまでした。少し休んでいってくださいね」…と言われ、ベッドで横になっていたら麻酔が効いてきたのが、ガーガー寝込んでしまった。
次…。
3回目の胃カメラ。
ラクだというので、鼻から入れるヤツをやってみた。
コレは真っ向から口に入れるのより確かにラクですよ。
以前に比べてカメラの直径が格段に小さくなったこともある。
ところが、鼻からズズイとカメラが入り込んでくるのはいいんだけど、当然ノドを通過させなければならない。
この時、「タイミングを合わせてゴクンと唾を飲むようにカメラを飲み込んでください」って言うワケ。
「エ~、唾とカメラじゃ大分違うじゃないの~!」なんてことはカメラが鼻に突き刺さっているので口にすることはできない。
で、「セ~ノ」でゴクンとやると、カメラがメリッとノドを通過していく。
アッという間なんだけど、コレがメッチャ辛い。
おかげさまで毎回大した異状は見つからなくてヨカッタんだけどね。
私はバリウムを飲まないようにしているの。
ナゼかというと、大学の時に大きな病院でバイトをしていたんだけど、医者も看護婦も絶対にアレをやらないってその時聞いたから。
あの放射線が相当身体に良くないんだって。
だから私ももし検査をしなければならない時は胃カメラにしてる。
でも情次兄さんのように「飲みたい」と思ったことはないよ!

420v胃カメラファンの皆さんにもう1冊吉村昭の本を紹介しておこう。
胃カメラはオリンパスの発明品なんだけど、その開発ストーリー。
小型のカメラを作って、それをどうやって実験に供したのか?
犬に麻酔をかけて、コンドームに入れたカメラを寝ている間に口から突っ込んだっていうんだよね。
そうか…考えてみると、あの時の私は犬だったのか…。
犬とカメラを使ってこの世にないモノを作り出すという、サーカスのようにナニが起こるかわからない手探り状態。
すなわち「犬カメサアカス團」だったのだ。
これから読む人のためにこれ以上は書かないけど、メッチャおもしろいよ。

Hh「ツアー楽しかった!『次はアレをやらなきゃ!』と思いながらやっているので、あまり振り返ることができなかった。アッという間に終わっちゃいました!」
そして、『新宿ゴーゴー』に関しては…
「今までと違う感じにしたかったんだよね。衣装もパーッといこうと思って…。いろんなことがエスカレートしたね!」

426v凶子姉さんもツアーが楽しかったそう。
「久しぶりに広島にも行ったけどお客さんがたくさんでビックリした!」
やっぱりマーブロ効果かね?…んなことないかな?
「来年は健康に気を付けたいですね。差し入れを頂けるようであれば健康のヤツをお願いします!」

410いよいよ終盤。
ココもスゴかった!

530_sbrだってまず「スケ番ロック」じゃん?

540大好きな「ドグマの呪い」じゃん?

550vそして、最後に「命みぢかし恋せよ人類!」だもん。

560v代表曲の連続に大盛り上がりだった!

570v明兄さんのスティック・ベロンチョもバッチリ!

580vアンコールでは担当のジン兄さんがグッズを紹介。
内容は今日の記事の冒頭のアイテムね。

560この日はアンコールもスゴかった。
まず「運命のカルマ」と「Sleeping Beauty」を演奏。

Img_0348 でもそれだけでは収まらなくて2回目のアンコールで「死ぬまでROCK!」。

Img_0408 ココでこの日予定していたすべてのプログラムを演奏し終わったんだけど、ナント、もう一度アンコールに応えたのだ!
曲は「最後のアイドル」!

610

620v

630v

640v新譜の魅力を十分に伝え、さらにヒット・パレードを織り込む非の打ちどころのない最高の内容だった。
だから、最初にあんなことを書きたくなっちゃったのよ!
今週末から『ゴーゴー!ゴールデンウイーク!』と題した8本のツアーが始まる。
5月19日のココ高田馬場CLUB PHASEでの千秋楽では、約束通り『犬フェス』のコピーバンド大会で優勝した「犬っ子サーカス團」も登場するんだって!
楽しみだ!

660v見て、終演後の物販の行列!
書き入れ時ですナァ~!(「掻き入れ時」は誤り)

670犬っ子さんもこの通り。
690vカ~ッコいい~!
680v犬神サアカス團の詳しい情報はコチラ⇒公式家頁

700
(一部敬称略 2017年12月2日 高田馬場CLUB PHASEにて撮影)
  

さてさて、犬神サアカス團の「女火箸殺人地獄」に触発されて前回からスタートした「私のディープ浅草」シリーズ。
そう、まだやってるの。
アレから吉原に関する色んな本をチョコチョコ読んでるんだけど、やっぱり本によってずいぶん言ってることが違うんよ。
この先どうしようかと思ったけど、都度考えて書き進めることにした。
興味のない人はココでサヨナラ。
興味をお持ちの方は、下で切り離して前回の分と合わせて保存していつでも読めるようにしておいてくださいな。
--------------------------きりとりせん------------------------

さて、フランク・ザッパが吉原にやってきたことを前回お伝えした。
フランク・ザッパが記者会見を行ったのが下の写真の左側に写っている場所にあった「松葉屋」というかつての引き手茶屋。
そのすぐ横の通り。

1_0r4a4815この通りは吉原があった頃、「お歯黒どぶ」と呼ばれる堀だった。
幅は最大のところで9mmあったらしい。
もう一度書くと、下の写真で自転車に乗っているオジちゃんやおバアさんが歩いている場所はかつて水の中だった。
まっ黒の水。
「お歯黒どぶ」と呼ばれたように、お歯黒をするための溶液をそのまま流していたので水がまっ黒だったらしい。
信じられないよな~、ココにお堀があったなんて。

1_0r4a4819何がしかの痕跡が残ってはいないか?…と思っていたら本シリーズの第1回目に登場した「一葉記念館」の受付の方が教えてくれた。
堀の石垣のごく一部が残っているというのだ。
場所は上の写真の道をホンの少し行った左側。

570 コレ。
まず、マンションの建っている場所が階段6段分ほど高くなっているでしょ?
これは堀を掘った土砂で嵩上げされているかららしい。
そして、右下の石垣に注目。

1_0r4a4822_2この大谷石の部分はどう見ても新しいモノとすぐにわかる。
その下の黒い石の部分がその名残りで、お歯黒の溶液の黒い成分で石が黒くなっているっていうワケ。
エ~ッ?と半信半疑だったのは、新吉原が出来たのは1657年のことだからね。
今から361年前のことでしょう。
素人の私が見てもコレがそんなに古いモノとは思えない。
後に改修しているのかもしれないけど、それじゃ意味がない。

190…と、感動半分、疑惑半分で写真を撮っていたらアッと驚くタメゴロー!
昔、一緒にお仕事をさせて頂いた方にバッタリ出くわした。
その方は近くに倉庫を持っていて、タマタマそこを訪れたというのだ。
コレは千載一遇のチャンス!と思って、この石垣について尋ねてみた。
普段は「吉原見学ツアー」でチラホラ観光客も訪れるらしいのだが、答えは「否」らしい。
ナゼなら、古くからココに住むオバサンがいて、「アレは戦前はなかった」と明言しているのだそうだ。
浪漫失われたり~!
ま、仕方ない。
しかし、ココがお歯黒どぶであったことは間違いないのだ。
親切な私はワザワザ一葉記念館まで戻ってこのことを伝えた。
記念館の人は惜しげもなく大きな驚きと絶望の声を上げていた。
「もう一度調べてみます」ということだった。
どこかのテレビ番組で取り上げてくれないかな?

180_2同じ通りをそのまま進む。
ここもズ~っと堀だった。
ハイ、右。

170「カストリ」って言葉を最初に聞いた時、何とも変な印象を持った。
「カストロ」なら将軍なんだけど、「カストリ」ね~…カストリ後を濁さず、ナンチャッテ。
「カストリ」というのは、終戦直後に出回った粗悪な密造焼酎のこと。
元は酒粕が原料だったことから、「粕から取る」焼酎で「カストリ焼酎」といったのだそうだ。
酒粕から作るちゃんとした焼酎とはまた別のモノということになる。
そして、やはり戦後「カストリ雑誌」という大衆向けの娯楽雑誌が出回った。娯楽雑誌と言っても内容はエログロが中心で、赤線の情報などを掲載していたらしい。
で、そうした雑誌は刊行が長続きせず、3号も出したらコロっと潰れてしまうことが多かった。
つまり、「カストリ雑誌」という名称は「3合飲むとつぶれる」と言われた品質のよくないカストリ焼酎に引っ掛けたワケだ。
誰だ?こんなウマいことを言ったのは?
ちなみに、このカストリ雑誌の前の時代、つまり大正から昭和の初期にかけての「カフェー文化」と言われる時代が盛んなりし頃に出版された『グロテスク』とか『犯罪科学』なんてエログロ雑誌は、宮武外骨のような教養の高い筆者が揃っていてすこぶる面白いらしい。
読んでみたい。
この宮武外骨という人は『滑稽新聞』という刊行物を通じて政府批判や風刺を行った著作家・歴史家。
著作物を直接読んだことはないが、『府藩県政史』という本の中で、面白いことを指摘していることを知った。
というのは、今、県名と県庁所在が異なる県が東京と沖縄を除いて全国で17あるらしんだけど、そのうち14の県は明治維新の時に幕府を味方した藩が勢力を持っていた県である…ということを指摘いているのだそうだ。
今の総理大臣は?私にも山口県や鹿児島県出身の親友がいるのでこの先のことは書くまい。

200_2このカストリ書房さんは別に焼酎を作っているワケでも、雑誌の出版をしているワケでもない。
看板にあるように遊郭に関する書籍を専門に扱っている本屋さんなのだ。
見ての通り普通の家屋で、中に入ってみても普通の家屋。
そこにありとあらゆる遊郭に関する本が展示してある。
確かチョット前まで違う場所にあったよね。
興味のある方はゼヒ。

205さっきの道路を進んで突き当たった道。
ココもかつては堀だった。
この左側、すなわち吉原遊郭の中と通りの右側のエリアは通りの向きがズレていることがすぐにわかる。
それは碁盤の目状に作られた吉原遊郭へ来たお客さんや住人たちが、床に入った時に北枕にならないように方位を考慮しているからだ。

210v今、お歯黒どぶがあった場所をグルリと一周しようとしているのね。
遊郭の入り口である大門の方と両サイドはどこが堀だったかすぐにわかるんだけど、反対側がわからない。
この左手にある吉原神社のロケーションを考えると、多分この細い道がそれに当たるのではないか?と思うのだ。
この遊郭の突き当りを「水道尻」といって、「秋葉常灯明」という常夜灯が建っていた。
「秋葉権現」はいつか『私の秋葉原』で説明したように火除けの神様だ。
井上ひさしの『四千万歩の男』に出て来るように何度も火事に遭っている吉原だけど、やっぱり火事がコワかったんだね~。

220大門から見て左側の堀はここを通っていた。
見てみたかったな~。
ところでこの堀を作ったのは、もちろん遊女たちが脱走するのを防ぐためだったのだが、反対に外部から不審者が入って来るのを防ぐ役割も果たしていた。
いくつかのハネ橋は設置してあったが、もちろん一般の人は使うことができなかった。
前回紹介した『吉原はこんな所でございました』の著者であり、吉原で育った福田利子さんは、そのハネ橋を渡って学校に通った…ということを述べている。

1_0r4a4814また樋口一葉の『たけくらべ』を引用すると…書き出しはこうある。
「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝(ドブ)に燈火うつる三階の騒ぎも手に取るごとく…」
コレは、お歯黒どぶがあるためにグルリと回り道をしなければならないから、見返り柳まで結構距離がある。
そして、「三階の騒ぎ」というのは、一葉がこの作品を著した明治時代の遊郭の建物は3階建てだったということが示されている。

240お歯黒どぶを1周して吉原大門に戻って来た。
ココがお歯黒どぶに囲まれた吉原遊郭の唯一の入り口だった。
この先はどんなにエライ人でも帯刀は許されず、医者以外は駕籠で入ることができなかった。
どんな様子だったかは、江戸時代、明治時代、大正時代とさまざまで、インターネットで調べれば錦絵や写真などでその姿が確認できる。
ま、今のコレは当時の影も形もござんせん。

250コレが吉原のメインストリートだった「仲之町通り」。

260現在は「台東区千束4丁目」。
色気もナニもあったもんじゃない。

270次回からは吉原の中に入っていくよ。

280<まだまだ続く>
 

200

2018年4月11日 (水)

私の南松本

  
今日はチョット変わった記事。
信州は松本駅のひとつ隣に「南松本」という駅がある。
その駅から線路に並走して国道19号線をホンのしばらく行くと、セメントのサイロが密集しているエリアに出くわす。

20そのウチのひとつがコレ。
向かって右側の大きいのが普通ポルトランドセメントを貯蔵している5,000tサイロ。
左が高炉セメントが入っている1,000tサイロ。
チョットわかりにくいけど、右の大きなサイロと建屋の間に付いている小さなサイロは早強セメント用で容量は100tだ。
詳しいでしょう?
ココへ何百回来たことか…。
こういうデカい入れ物に入っている粉末商品も棚卸し作業をするの知ってる?
どうやってやるかというと、サイロのてっぺんに棚卸し用の小さなハッチがいくつも付いていて、そこから先っちょに剣山のようなモノが付いた長~い巻尺をソロリソロリと降ろす。
するとその剣山が中に入っているセメントに当たったな?…と感じたところで巻尺の値を読んでハッチからの距離を記録する。
中に貯蔵されているセメントの量が多ければ当然その巻尺の値は小さくなるし、量が少なければその反対のことが起こる。
当然サイロの高さは予めわかっているので、計測した値をそのサイロの高さから引き算すれば、そのハッチの下にどれだけの高さまでセメントが詰まっているかが判明する。
ところが、サイロの中のセメントは絶対に真っ平らにはなっていないので、いくつもの場所でこの作業を繰り返して、それぞれ計測した値の平均値を取って容積を計算する。
最終的にはセメントは重さで量を表すので、この容積に比重をかけて重量にしてやる。
コレで棚卸しは終わり。
なんとプリミティブな!
サイロのてっぺんに上がって見渡す松本平のナント美しいことよ!
ところがコワいのなんのって…。
真ん中の渡り廊下を歩く時なんかもうヒザが笑いまくり。
どうして私がこんなことをしていたのかはご想像にお任せします。

30もうひとつ…駅の近くにあるのがこの「南部公演」という名前の公園。

50ちょうど桜がいい感じ。
しかし、日本っていうのは美しい国だよ。
敢えて政治のことを考えないようにすると、本当にいい国だと思うね。
みんな祖国が一番いいにキマっいるのでベトナムのことをどうこう言うつもりはないけれど、日本帰って来てからつくづく「日本」っていい国だって思うようになった。
今、コレを書いている瞬間でもそう思ってる。

60ココ、す~ごくいい公園なの。
40上に書いたように1988年から1996年にかけて、この辺りには何百回来たかわからないが、こんな公園があったなんてゼンゼン知らなかった。

70公園の入り口で写真を撮る私。
ナニを撮っているのかというと…

80コレ。
公園の表札。
ギターの形をしてるでしょ?
実はココはマツモク工業の工場の跡地なのだ。
ベテランのギター愛好者であれば「マツモク」、あるいは「松本木工」の名前にはきっと馴染みがあることだろう。
線路の向こうの国道19号線のそのまた向こうには「松本木工団地」という工業団地があるが、それとは関係ない。
マツモク工業は世界に誇る日本のギター製造の草分けだった。

90今年のNAMMのレポートでこんな写真を掲載した。
シカゴの通販会社のスタンドに飾ってあった日本製の楽器の数々。
「日本の楽器メーカーは100年の長きにわたって、その素晴らしい品質により世界中の信頼を得て来た」とそのクォリティを称賛していた。
ココに飾ってあるバーニー・ケッセルがまさにVenturaブランド名義のマツモク製。

120v 私は国内の楽器製造の知識に疎いし、当時のご関係者が現在も業界にいらっしゃることも珍しくないので、知ったかぶりはキレイに避けることにする。
つまり、日本でのギター製造が盛んなりし頃の状況は各自でお調べ頂きたいということ。
 
ホンの少しだけ誰にも怒られないようなことを書いておく。
マツモク工業は元来「シンガー日鋼株式会社」というシンガーと日本製鋼所の合弁企業の子会社だった。
つまり、アメリカのシンガーの孫会社に当たる。
あ、もちろんこんなことは全く知りませんでしたよ。今回調べた。
「シンガー(Singer)」なんて会社知ってる?
19世紀に創業したアメリカの名門ミシン・メーカー。
ナンだってミシン会社の孫会社がギターなんかを作り出したのか?…ミシンの構造が時代と共に変化して、木工部分のパーツが減少したため、ギターの製造に乗り出したのがキッカケだったのだそうだ。
木工の技術を持っているからね。家具の製造業との共通点も多いようだ。
反対に現在では高級車の室内に使われる木工パーツを製造しているギター・メーカーなんかもあるもんね。
しかし、「ミシン」ってすごく変な言葉だと思わない?「鰊」みたいで。
もちろん「ソーイング・マシン(Sewing Machine)」が転化したものなので、絶対に海外では通用しない…と、言うより果たして今、ミシンを使える若い人なんているのかしら?
そこで出番が回って来るのが私の母。
実は私の実家にはビンテージのシンガー製のミシンがあった。
母は洋裁学校を卒業していて、カタンカタンとそのミシンのペダルを踏んでは裁縫をしていた。昔は自分の洋服を自分で作っていたっけ。家のカーテンと同じ柄の服があったもんね。
そして、私が小さい頃、こう言ったのをハッキリ覚えている。
「このミシンはね、お母さんがこの家にお嫁に来る時に持って来たのよ。『シンガー』というアメリカ製のミシンでとても大事にしているの」
だから私は「シンガーのミシン」というのをかなり小さい時から知っていた。
下の写真はウチのモノではないが、今こうして見るとなるほど…ボディは木でできていたんだね。
大変にゴージャスなルックスだ。
こうして考えてみると、あのミシンのボディは松本木工製だったのかもしれない。
ペダルと回転軸を連結するベルトなんかは丸い形状の革でできていた。
こうなると居ても立っても居られない。
ウチのシンガー・ミシンの写真を撮らねば!
早速母に電話してみた。

100知らない間に母もスッカリ歳を取り、来年傘寿を迎えるに至るが、おかげさまでとても元気にしている。
横浜生まれの横浜育ちながら、ナゼが時折「ヒ」と「シ」がひっくり返ってしまう。浅草生まれ浅草育ちの父よりもよっぽど江戸っ子気質だ。
「お母さん、あのミシンってまだウチにある?」
「んなもん、あるワケないじゃない!もうずいぶん前に捨てちゃったわよ!」…と、相変わらずの気風の良さでスッポ~ンとした答えが返って来た。
考えてみれば「お嫁に来る時に持参した」ということであれば、60年前に作られたモノなワケで、それを長年ガンガン使っていたということになれば、どんなに良いモノであっても寿命は尽きるだろう。
「あんなに大事にしてたのに捨てちゃったの?!」と私が言うと、「そうね~…どこもかしこもスリ減っちゃって使い物にならなくなっちゃったのよ…」とホンの少しだけ寂しそうな口調で答えていた。
その愛器の後、電気ミシンを買ってはみたが、全く気に入らず、結局ミシンからは遠ざかってしまったとのこと。
やはり、足でペダルを踏みながら感覚的に操作できないといい裁縫仕事が出来ないのだそうだ。
まさか今頃、自分がMarshall Blogに登場しているだなんて夢にも思っていまい。
下の写真は50年以上前の母。
本当は車全体をフレーミングした横組みの写真で、今は亡き父が撮った。
まだオートフォーカスも自動露出もない時代の写真だが、ピントもキチンと送れているし、露出もすこぶる適正だ。
ウチの父は写真を勉強したワケではないが、母のポートレートをナニかのコンテストに送って賞を獲ったことがあったと言っていた。
カメラに凝ったという話しは父が生きている間、ただの一度も聞いたことがなかったが、あれだけの映画狂だけに写真は好きだったようだ。
こんなことまで親子ってのは似るものか…。
もちろん母が抱えている可愛い子はワタシ。

1_4cmm さて、話を松本に戻す。
南部公園の表札の裏には碑文が刻まれていた。

120読みにくいといけないので、文字起こしをしておくと…
「マツモク工業株式会社は約30年間この地でギターを生産してきたが、1987年2月、工場を閉鎖し解散した。
当時の職場を末永く偲ぶため、これを建立する

平成3年3月20日 同社有志162名」(読点並びに句読点の使い、算用数字への変換は筆者)

130マァ、1987年といえば私が長野に赴任して来る年の前年だからそう古い話ではない…と言いたいところだが、オイオイあれからもう30年も経ってんのかよ…フザけんなよ!早すぎるわ。
私が中学2年の時に初めて手にした6万円のストラトキャスターのコピー・モデルもココで作られていたのかな?…なんて思い出しつつこの碑文を読んだらジ~ンと来ちゃってサ。
ココで作られたギターの多くをMarshallが鳴らしたに違いない。

135冒頭に書いたようにホントに変な記事になっちゃった。
最後にひとつ…マツモク工業はギターの販売が不振で解散したのではなく、むしろギター製造の部門は業績がヨカッタらしい。
親会社のシンガー日鋼の意向を受けてスコンと解散してしまったとのこと。
その親会社もすでに2000年に解散している。

150(一部敬称略 2018年4月 南松本にて撮影)

2018年4月 6日 (金)

まぼろしのHANWELL!

 
イギリス本国のMarshallのウェブサイトはご覧頂いたかしら?
以前は別々だったMarshall、NATAL、EDENといったMarshallのコア商品を「MARSHALL.COM」のドメインの下、ひとっ所に集結させたのね。
それだけではなくて、他のMarshallファミリー商品も同じサイトに掲載している。
実にいいことだと私は思っている。
「他のMarshallファミリー」のメンバーとは、ひとつが「Marshall RECORDS」。
そしてもうひとつは「LIFESTYLE」といカテゴリーで、スピーカーやヘッドホン、そして冷蔵庫などを指す。
今回はその中からスピーカーの話題。10ご存知の通り、Marshall HEADPHONESはその名の通り、ヘッドホンやイヤホンの他に…

15Bluetoothスピーカーを取り扱っている。
街でMarshallのヘッドホンを付けて歩いている人をチョクチョク見かけるせいもあって(ナゼか女性が多い)、私はスピーカーよりヘッドホンの方が人気が高いのかと思っていた。
ところが…Marshall HEADPHONESを輸入販売してくれているNAVYSに状況をお聞きすると、ヘッドホンの類よりスピーカーの方がどうもウケがいいらしいのだ。

16私もWOBOURN、STANMORE、STOCKWELLと大中小のスピーカーを使っているが、なるほど見た目といい、使い勝手といい、音といい、人気が集まることが容易に理解できる。
ま、大きな声じゃ言えないけどサ…他のブランドのヤツよりケタ違いにカッコいいもんね。

17ってんで、先日のNAMMでも新商品が展示されていたのは既報の通り

18もはやBluetoothの枠を超えてWi-Fiの域に突入した。

20ところで、この辺りの商品の歴史はどうなっているか?
ヘッドホン類が先に発売されていたんだよね。
2010年ぐらいに発売になったのかな?
理由は書かないけど、その頃の私は自分のMarshall人生の中で最も沈んでいた時期だったのでどうにも確かな記憶がない。
しかし、スピーカーに関しては覚えている。
2012年にロンドンのウェンブリー・アリーナで開かれたMarshallの50周年記念コンサートの頃だ。
あの時は私のMarshall人生で最もいい時のひとつだったから確かに記憶している。
下はその時のウェンブリー・アリーナのロビーの柱に掲げられていたスピーカー展示の告知パネル。
転換や休憩の時にもステージ両脇に取り付けられた巨大なスクリーンでガンガン宣伝していた。
そのスピーカーモデルは「HANEWELL(ハンウェル)」だった。1_img_8596 このスピーカーのシリーズにはそれぞれのモデルにイギリスの地名が付けられていて、第1号はMarshall発祥の地の名前が与えられた。
それがHANWELL。
ロンドン・パディントンからチョット行ったロンドンの西のはずれだ。
そのHANWELL駅からあるいて20分ぐらいかな?…Uxbridge Roadという通りに当たる。
50Marshallの歴史はジム・マーシャルがそこに開いたドラム・ショップから始まった。
今は床屋になってる。

55そして、その栄えある名前を背負ったスピーカーがこのHANWELLというワケ。
今はもう製造をしていない。
全世界に向けて10,000台限定で製造され、日本には300台が輸入された。
価格は税抜きで100,000円で、めでたく完売。
以上がHANWELLとともに始まったスピーカーの歴史。

40そして、今日紹介するスピーカーが…
ダララララララララララララララララ(NATALドラムスによるロール)…30ジャーン!
HANWELL!
ヘヘヘ…どういうことかというと、NAVYSさんがある取引先に預けてあった未使用の新品が戻って来たというのだ。
要するにスッカリ忘れていた「デッドストック」の権化!

40当時はまだBluetoothがなくてミニ・プラグだけの入力だった。
ギター・アンプ的に言えば、1959みたいなもので、余計な機能が何にもついていないので、音もいいし、Bluetoothのバージョン・アップなどにも気を遣う必要がない。

60台数はたった4台。
価格はアウトレット扱いで50,000円(税抜き)だそうです。
早いもの勝ち!
 
商品に関する詳しい情報はコチラ⇒モノとオト

1_marshall_hanwell_rgb_highres_03

  

200

べトナムへ行ってきた!~私のホーチミン vol.2

  
一体どれだけのオジサンに声をかけられてココまでたどり着いたことやら。
「オジサン」というのは例のバイク相乗りのオジサンね。
コレは後で気づいたことだが、あのオジサンたちの売り込みは朝のウチの方が積極的だったように思う。
もちろん、一日中彼らは観光客を見つけては手当たり次第に声をかけているのだが、夕方になってくるとかなり押しが弱くなってくるようだ。
暑さで疲れちゃうのかね?それとも諦めちゃうのかね?
それにしても、なかなかああいう風にはできないよ~。
ナニせ通りの向こうから「おお~!ハイハイハイハイ!」とか「オッハヨ~!ドコイクノ~?!」とか実に勇猛果敢に声をかけて来るワケ。
あまりにも馴れ馴れしいので、こっちは知り合いが自分のことを見つけたのかと思って、つい振り向いちゃうワケ。
で、その声の主の方を見ると、不自然にニコニコした色の黒い見ず知らずのオッサンなのよ。
もうだんだんウンザリして来ちゃってね。

10_2この洋風の立派な建物は、「ホーチミン人民委員会庁舎」。通称「ホーチミン市庁舎」。
1902年から1908年にかけて「サイゴン市庁舎」として建設された。

20_1美しいフレンチ・コロニアル様式で建設されているが、残念ながら中を見ることはゼンゼンできない。
ライト・アップされた夜の姿が美しいらしいが、見て来なかった。

30_2「ウィッス!」と親し気に右手を上げているオジちゃんは植民地時代からベトナム戦争まで、ベトナム革命を指導した建国の父、ホー・チ・ミン。

40_21990年にホー・チ・ミンの誕生100周年を祝して設置されたブロンズ像が2015年に現在の「ウィッス!」に置き換わったのだそうだ。
だからまだゼンゼン新しい。
「ホーチミンって人の名前なの?」なんて言ってた人がいたけど、我々が子供の頃、ベトナム戦争のことがテレビのニュースで流れる時、この街は「サイゴン」と呼ばれていた。
ビリー・ジョエルにも「グッドナイト・サイゴン」って曲があるでしょ?
この頃のビリー・ジョエルはスゴイよね。
どの曲も人知を超えた高いクォリティを示していた…んだけど、ことベトナム戦争に関してアメリカが何かを言う資格などあるのだろうか?…という気になるのは、ベトナム戦争をテーマにした映画がアメリカのしたことを美化していると理解するようになったから。
ベトナム戦争についてはまた別項で触れようと思う。
今は「ホーおじさん」。
1973年にアメリカ軍が全面的にベトナムから撤退し、最終的に南ベトナム軍vs.北ベトナム軍の戦いとなったベトナム戦争は、1975年4月にサイゴンが陥落して終結した。
ホー・チ・ミンは1969年9月(『ウッドストック』の約2週間後)に没しているので、このことを知らない。
その後、「ベトナム民主共和国」が主導して南北統一が実現し、1976年、「ベトナム社会主義共和国」が成立した。
そして、南ベトナムの首都だったサイゴンは、革命の父、ホー・チ・ミンにちなんで「ホーチミン市」と名前が変わったんだね。
実際にホー・チ・ミン氏は多くの国民から「ホーおじさん」と慕われていたらしい。
でもこの人、30年も祖国を離れていて、結構謎の多い人物だったという評伝もある。

90vところで、ホー・チ・ミン氏、国際的には「グエン・アイ・クオック」という名前でもよく知られているそうだ。
この「グエン」という名前。
ベトナムも日本と同じく名前は「姓→名」の順番で表す。
だから「グエン」は名字なのね。
で、にわか勉強でベトナムに関する本を読んでみると、やたらメッタラとこの「グエン」という名前の人が出て来るんですよ。
グエンは「Nguyen」と表記するんだけど、通りの名前にもガンガン出て来る。
「Nguyen Dinh Chieu」とか「Nguyen Thi Minh Khai」とか「Nguyen Hue」とか…。
これが読めないのよ~。アルファベット表記なのにもかかわらず、サッパリ読めん。
ベトナムの言葉についてもまた別のところで触れましょう。
この「グエン」さん。
驚いたことにベトナムの国民の40%弱が「グエンさん」なんだって!
日本は「佐藤」、「鈴木」、「高橋」さんをすべて足してもたったの4%。
日本のは名字が29万通りもあるのに対し、ベトナムはナント、250ぐらいしかないんだってさ!
ちなみに2位はグッと減って11%の「チャンさん」、3位が9.5%の「レ」さんだそうです。
韓国も名字のバリエーションが少ないことがよく知られているけど、一番多い「金(キム)さん」で22%だって。
続いて、「李(イ)さん」で15%、「朴(パク)さん」で9%。この3つを足しても46%。
恐るべしグエンさん!
100_2この市庁舎がある通りがそのグエン・フエ通り。

50_2かなり立派な通りなの。
0r4a6553花の名前はサッパリわからないが、とてもいい感じで通りに彩を加えている。

60_2日本にいると街に咲いている花に気を配るなんてことは全くしないけど、外国へ来ると結構気になるものなんだよね。

80_2コレはわかる。
ハスはベトナムの国花だ。
なぜハスかと言うと、国民の8割近くを占める仏教徒たちが愛する花だからだそうだ。
お釈迦さまが座っている台座はハスだもんね。
ハスは泥水の中で育ち、泥が濃ければ濃いほど大きな花を咲かせるんだって。
その花は泥の中から出てきて、しかも泥に染まらず美しく大きな花を咲かす。
泥水は煩悩や苦しみの世界を表し、美しい花を悟りの世界に見立てているのだそう。
また、普通の植物は花が咲き終わってから実を付けるけど、ハスはつぼみの時から、花弁の下の台に実を付けていて、コレを仏教では、「誰もが生まれながらにして、仏に成る性分をそなえている」ことを象徴しているということだ。
コレを華果同時(けかどうじ)と言って仏教で尊ばれているのです。

70_2前回触れた工事現場がここまで伸長していた。

110ココは清水と前建のJVの工区。

120コレ、ナニを作っているのかと思ったら鉄道だった。
シールドマシンが登場しているところを見ると地下工区があるんだね。
地下水が多そうだな…。

130あ、駐車場だ!
この時もバイクのオッサンがしつこくてね~。
「イチジカン、イチジカン」と執拗に食い下がって来るもんだから、見ろ!
スッカリ露出の設定がおかしくなっちゃったじゃねーか!
しかし、この駐車場、トンネルみたいだな。

140_2コレは市庁舎のすぐ近くにあるホーチミン市民劇場。通称「オペラハウス」。

150_2フランス植民地時代のフレンチ・コロニアル様式の建築物の1つ。
フランスの人建築家が「オペラ・ド・サイゴン劇場」として1897年に建築した。
ベトナムの観光案内を読むとやたら「フレンチ・コロニアル様式の建築物が美しい」って書いてあるんだけど…そうかぁ?…と訝しんでいるのは見た目のことではない。
たしかに市庁舎にしても、このオペラハウスにしても、古い建造物が好きな私なんかにはとても魅力的なんだけど、「それ」と思われる建物の数が滅法少ないのだ。
やっぱりベトナム戦争でなくなっちゃったのかしたん?
「コロニアル様式」っていうのは、17~18世紀のイギリス、スペイン、オランダ等の欧州列強の植民地に見られる建築様式。
植民地のことを英語で「colony(コロニー)」って言うでしょ…アレ。
正面にポーチがついていて、大きな窓やベランダがあるのが特徴なのだそう。

160_2建物のすぐ前に飾ってあったのがコレ。
魚を取るカゴ。
おとなしくコレを見ていたらまたアレだよ…バイクのオッサン!
もう、うっとうしいな~。
「オニーサーン、ニホンジンデショ?ドコ?トーキョー?オーサカ?」
「東京だよ」
「オー、トーキョー!スゴイネ、スゴイネ!アクシュ、アクシュ」
私が手を出さないでいると…
「アクシュグライ、イイジャナイノ~!アクシュシヨウヨ~」
渋々出した私の手をガッチリ握るとこのオッサン、手を離さないのよ!
「コンナノミテテモツマラナイヨ!イイトコイコウ!ウミイコウ、ウミ!サアサア、ウシロニノッテ!」
思いっきり手を振りほどいてシカトしても全然ヘッチャラ!
「イコウヨ、イコウヨ~!」って騒いでる。
ホントにイライラして来たわ!
絶対に目を合わさないようにしていたら諦めてどこかへ行っちゃった。
あの強靭な営業力は評価してあげたいところだけど、あんなオッサンと2人で海へ行ってどうすんのよ?
まさか、ベトナム名産のココナッツ・オイルの塗りっこか?
ジョーダンじゃね~よ!

200_2ココは脱線のコーナー。
ウチにこんなCDがあるの。
ベーブ・ルースじゃないよ。
ちなみにイギリスの「ベーブ・ルース」というバンドにはかつてバーニー・マースデンが在籍していた。ナゼかフランク・ザッパの「King Kong」なんかを演っていたんだよね。
このCDはナポリ出身のエンリコ・カルーソーというオペラ史上もっとも有名と言われる歌手のベスト盤。
1873年に生まれ、1921年、すなわち関東大震災の2年前、またジム・マーシャルが生まれる2年前に亡くなっているので相当に古い歌手だ。
しかし、カルーソーはレコードへの録音を盛んに行った最初の歌手と言われていて、彼のレコードを聴きたいということで蓄音機が大いに普及したらしい。
それほどの大歌手なのだ。
ナンでこんなの聴いているのかと言うと…普段からMarshall Blogで「最後はオペラを楽しむようになりたい」と書いているから…ではない。
私が「エンリコ・カルーソー」の名前を知ったのはかなり前のことで、『フィッツカラルド』という映画を観た時のことだ。

1_eccd『フィッツカラルド(Fitzcarraldo)』は1982年の西ドイツ映画。
私はドイツの映画なんてどこをどうやっても観ることなんかないハズなんだけど、ナゼかこの作品を観る機会があった。どうしてそういうことになったのかサッパリ記憶に残っていないんだけど。
しかも、2時間半を超す長大編。
19世紀の末、当時隆盛を極めていたゴムでひと山当てようと、ペルーのイキトスという所に入り込んでいたアイルランド出身の「ブライアン・スウィーニー・フィッツジェラルド」という男の話。
原住民は「フィッツジェラルド」という発音ができず、「フィッツカラルド」と呼んでいた。
このフィッツカラルドがエンリコ・カルーソーの歌を聴きたいがために、地元のジャングルにオペラハウスを作ろうとするストーリーなのね。
一番の見どころとされているのは、ジャングルの奥地に向かうため川を遡上する際、近道をしようとしたんだっけかな?危険な原住民が生息するエリアを避けるためだったかな?…船を人力で山越えさせて、隣の川に移動させるというシーン。
当時はCGなんてなかったので、40度の勾配の山の斜面に実際に320tの蒸気船を乗せて引っ張り上げて撮影した。
主役のフィッツカラルドを演じたのは…なぜゆえ父娘でこうもルックスが違うのか…ナスターシャ・キンスキーのお父さんのクラウス・キンスキー。
当初は名優ジェイソン・ロバーツが演じる予定であったが、赤痢に罹りドクター・ストップ。
ジャック・ニコルソンも打診されたが実現はしなかった。
何しろ撮影は過酷を極め、ミック・ジャガーも出演することになっていたが、予定が狂いまくって撮影に参加できなかったのだそうだ。

1_fcで、ナニが言いたかったのかというと、まずはオペラハウスね。
ニューヨークのメトロポリタン、ロンドンはコヴェント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウス、フランクフルトのオペラハウス…なんてのは行ったことがあるんだけど(入ったことはない)、シドニーをはじめとして、世界中にオペラ・ハウスっていうのがあるでしょ?
コレはナニかね?
日頃よりMarshall Blogでは「音楽芸術の最高はオペラらしい」ということを書いているが、そんなにみんな好きなのかネェ?
日本でも初台に「オペラ・シティ」という設備があるけど、ヨーロッパのものとは精神性が全く違う感じなんだな。
やっぱり日本は能楽堂とか歌舞伎座とかがシックリくる。
入植したフランスの連中も遠い故郷から離れて、ベトナムくんだりまで来て、自分たちの娯楽を求めるために作ったのがこのオペラ・ハウスなワケでしょう。
まさかベトナムの現地人にオペラを紹介するためにこんなものを作る道理がないんだから。
そんなことを考えていたら『フィッツカラルド』のことを思い出してしまったというワケ。

170_2この「aah!」、「ooh!」、「wow!」って席のグレードが面白いね。
値段は下から3,100円、5,000円、7,300円ってとこか…。

180_23月18日の公演だって。
ナニを演るのかな?
ハイ、出た、ショスタコーヴィチ。
曲は「祝典序曲」…コレ、メッチャいい曲だよ。
それからブルッフの「ヴァイオリン協奏曲」。昔、よく聴いた。これもいい曲。
サン=サーンスの「チェロ協奏曲第1番」にチャイコの「ロメオとジュリエット」。
デコボコと面白いセトリだナァ。
私は観たい!
しかし、このホーチミンにあって147万ドンを出してどういう人が観に来るのかね?

190vしかし、暑い。
あまりの暑さにいい加減歩くのがシンドくなってきた。
気温といい、湿度といい、完全に8月の日本の一番暑い時と同じ。
つまり我々が知っているおなじみの「暑さ」。
だから当然こういう時の最良の過ごし方を我々は知っている。
それは、「外に出ないこと」だ。
ところが、カンカン照りの太陽の下、ヘロヘロになって歩きまわっている…と言ってせいぜいまだ1時間かそこらなんだけどね。
でも、もうパンツまで汗でビチョビチョだ~!
オペラハウスから少し歩いて次の観光名所に移動。
220「サイゴン・ノートルダム大聖堂」。
「ノートルダム(Norte-Dame)」というのは「Our Lady」という意味で、聖母マリア様を指すことを以前テントウムシのところで書いた
250_2だからこうしてマリア様の像が建てられている。
1959 年にローマからサイゴンへ贈与されたものだそうだ。

240vハスのところで書いたようにベトナムは8割が仏教徒だそう。
残りの2割はキリスト教徒、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒が占める。
だからキリスト教はマイノリティだ。
もちろんこの大聖堂はベトナムがフランスの植民地だった時代、1863~1880年にかけて建設された。

1_0r4a5953 正面と側面についているバラ窓は、昔はステンドグラスでできていてそれは美しいモノだったらしいが、戦争で破壊され、現在は普通のガラスがハメられているそう。

1_0r4a5995 裏側はこんな感じ。
エライ立派だよね。

255_2コレは後日訪れた時のようす。

260_2ここの神父さんだったのだろうか?
何やら追悼のセレモニーが執り行われていた。

270_2こうして見るとなかなかにステキだよね…でも実際は灼熱地獄なのだ!

280_2ノートルダム教会のすぐ隣に移動。
上の写真の右端にも写っている黄色い建物は「サイゴン中央郵便局」。
1886年に建設を開始して5年後に完成した。
パリのオルセー美術館をモデルにしているそうで、鉄骨の設計を担当したのがエッフェル塔を作ったギュスターヴ・エッフェルなんだって。
あ、英語圏でエッフェル塔のことを「エッフェル・タワー」と言ってもまず通じませんからね。
どういう風に言うかというと「アイフル・タワー」と「ア」にアクセントを置いて発音する。
この郵便局、今でも現役で通常の郵便や通信業務をやってるのよ。
0r4a5988建物が黄色いのは、フランス人にとって「黄色」は「南方」を意味するんだって。
行ったことがないのでわからないけど、フランスは南に行くと黄色い壁の建築が多いそうで…。
でも、この建物は以前はピンク色だったらしい。
どういうことだ?

290_2柱の飾りつけにはフランスの偉い人の名前が刻まれている。
現地の観光ガイドの説明を盗み聞きしていたんだけど誰の名前って言ってたか忘れちゃった!
大統領って言ってたかナァ?

0r4a6616コレもフランス人たちが祖国への通信手段のためにと造られたのだそうだ。
マァ、そうだろうね。

0r4a6619中はこんな感じ。
ステキ!なんだけど、エアコンが効いていなくて、もう「青菜に塩」状態!
暑いよ~、暑いよ~。

330_2名物の電話ボックス。

300_2エントランスの左右の壁には1936年当時の南ベトナムとカンボジアの電信網の地図と…

310_21892年当時のサイゴンの地図がかかっている。
大変に保存状態がよく、オリジナルのままらしい。

320床のタイルが見事。

340天井も実に優雅で美しい。350_2正面にはお約束の「ホーおじさん」。

3_0r4a5972特に「スゴイ!」とか「キレイ!」とかいうことはないんだけど、日本ではお目にかかれない独特なッ風情がある。

360_2ナゼかお土産に力を入れているの。

370_2入り口の両サイドにも立派なお土産屋さん。
見てみようと思ったけど、暑くて、暑くて…「もうイイや!」って気になっちゃってパス。

0r4a5985で、外に出ると…アレ?こんなところに大戸屋!

380_2泣きたくなるぐらい暑いのをガマンしてまだまだ歩く。
もっとも身体中の水分が汗になって流れてしまって一滴の涙も出ないけどね。
街中を歩いていてとにかく目につくのは「ホーおじさん」。
そこら中にホー・チ・ミンの肖像が飾ってある。
420_2「FOOTBALL CLUB」って…こんな暑いところでサッカーやってんの?
ま、日本の夏も同じか…。
430_2それと、目についたのはコレ…「HAPPY NEW YEAR 2018」の飾りつけ。
ベトナムに行ったのは3月の中旬だったんだけど、瞬時にして旧正月を祝っているということはわかる。
しからばベトナムの旧正月っていつなんだろう?

390_2ベトナムの旧正月は「テト」といって中国と同じく新暦の2月の中旬ぐらいに当たるらしい。
「ぐらい」というのは、旧暦は盈虧(えいき)、すなわち月の満ち欠けを基準にした太陽暦に基づいているため毎年変わるからで、今年は2月16日だったんだって。
いずれにしても、1か月経ってもまだこの飾りつけ。
ノンビリしてるな~…というより、新年が明けてもしばらく飾り付けておく習慣なのだろうか?
ところで、この「旧正月」というのは、もちろん中国の慣習に倣っているワケだけど、新暦の正月、つまり1月1日だけをお祝いするのはアジアの国々で日本だけらしいよ。
日本でも「新盆」だの「旧盆」だのはよく耳にするけど、「旧正月」ってのはゼンゼン出て来ない。
それでも大正の終わりぐらいまでは旧正月を祝ったらしい。

400_2ブルーの大きな建物は「ロッテ・プラザ」。
かつての錦糸町みたいだな。
今は「ロッテ・シティ・ホテル」というのが錦糸町駅の横に建ってるけど、アレは昔「ロッテ会館」といってボーリング場が入っていたんよ。
チョット探し物をしていたので、ロッテ・プラザに入ってみた。
完全に近代的なデパートで、特段見るべきモノは何もないんだけど、寒い!
冷房効かせすぎ!

410_2もうクタクタよ。
ロンドンだったら一日中歩いていても、まだ歩き回りたいところ。
ところが、今日はホテルを出てまだ2時間も経っていないというのにこの極度の疲労具合で戦意喪失!
原因は色々ある。
1. 暑さと湿気…コレは日本の夏と同じ。この気温と湿度の中これだけ歩き回ったらそりゃクタクタになるわ。
2.ニオイ…繁華街の悪臭にウンザリ。
3.バイク・タクシーの客引き…もう何しろしつこいし、そこら中にウヨウヨしているしで、本当にイライラする。
4.ノイズ…バイクや車のクラクションのけたたましいこと!コレも癪に触ってくる。
5.道路の横断…バイクの大群の往来でとにかく道を渡ることができないストレスと危険性。
それともうひとつはコレ。

460_2とにかく歩道の状態があまりにもヒドくてやたらと歩きにくい。
歩道のすべてというワケではないが、日本では考えられない。
女性がハイヒールを履いてあるくことは不可能と言っていいだろう。
十分に足元を注意しながら歩かなければならないストレス。
コレ結構ツライ。
加えて凸凹を乗り切るために足首の角度が目まぐるしく変わるでしょ?
コレもかなりシンドイ。

470_2いい加減、私もバイクで移動したくなって来たよ。
チョット待てよ…まさか、みんな歩道が歩きにくいからバイクに乗ってんじゃねーだろーなー。

480_2歩きやすいハズのILB(インター・ロッキング・ブロック)の歩道もこの通り。

490vILBは、平地に並べて隙間を砂で埋めるだけの構造だ。つまりブロックが固定されていないので、重量物が乗るとガタガタになってしまう。
それを、平気でバイクが勢いを付けて通過するもんだからブロックがズレてハガれちゃう。
そのブロックがハガれた部分に生コンを流しこんでいるんだろう。
コレは特段歩きにくいワケではないが、整然とした見た目が魅力のILB歩道にあっては大変に醜悪な光景だ。

500v「MURAYAMA」という文字が目に入った。
「村山」?
ザトペック投法の村山実か?

510_2…と思ったら元総理大臣の村山富市だった。
「JVPF」というのは「Japan Vietnam Peace and Friendship Promotion Council」の頭文字だって。

520_2ベトナムでの日本語の修学熱が高まっている環境下、日本への留学や就学がスムーズにいくように、事前学習ができる施設を目指して2007年に開校したんだって。
で、村山さんがこのJVPFの会長をやっているのだそうだ。

530_2工事現場、学校と日本とベトナムがこれほど密接な関係にあったとはゼンゼン知らなんだよ。
加えて、さっきの「大戸屋」をはじめ、日本の食品や外食企業がずいぶん進出していて驚いたわ。
和菓子屋さんじゃん?

540しゃぶしゃぶ食べ放題の「モーモーパラダイス」じゃん?

550_2「丸亀製麺」じゃん?

560_2名前は知らないけど、居酒屋や…

570すし屋もバッチリ。
チョット前まで東南アジアで生魚が食べられるのはシンガポールだけだと聞いていたけど、もうそうでもないようだ。
Marshallの会食の席で生ガキを食ってた猛者もいるけんね。

580日本の鉛筆ブランドも。

590それにしたって、ココまで来て浅草はないだろう~!

600<ガンガンつづく>

200 
(2018年3月12~18日 べトナム、ホーチミン市にて撮影)

2018年4月 5日 (木)

事務員G Birthday Live 2018 ~ じむいんさん、いろいろと大変ねぇ~

  
今の若い人は「驚き、桃の木、山椒の木」なんてこと言わないでしょ?
一応、説明しておくと、私のようなジーさんはビックリした時に「ええ~?それは驚き、桃の木、山椒の木だね~」なんて表現を使う。
イヤ、最近はトンと口にしなくなったか…。
こうして「踏韻(とういん)」することを別の言葉では「地口(ぢぐち)」という。
実はこの「驚き、桃の木、山椒の木」には、まだ「き」で韻を踏んだ続きがあって、「ブリキに、狸に、蓄音機」…というそうだ。
「蓄音機」を「洗濯機」と置き換えることもあるところから察するに、そう表現でないことがわかる。
調べてみると、案の定コレは『男はつらいよ』で広まったセリフらしい。
寅さんが的屋(てきや)仕事をする時に、こうした「地口」をふんだんに盛り込んだ口上を披露するでしょ?
ああして、見事な語り口でお客さんを惹きつけてモノを売る商法を「啖呵売(たんかばい)」という。啖呵売には地口が欠かせないんだね。
ついでに書くと、「子供のミルク代がないんです…買ってください」と泣き落としでモノ売りつけるのは文字通り「泣き売」と呼ばれる。
さて、もちろん英語でも踏韻は古くから盛んで、詩や歌詞にこの手法を取り入れることを「rhyming(ライミング)」といって、作者の知性や力量を表すバロメーターにもなっていた。
そして、この「地口」も日本語の大きな魅力のひとつだと思う。
ナンで、こんな話になった?
あ、それは私があることでビックリ仰天したからだった。
  
先日、Marshallのドラム・ブランド、NATALを使ってくれているドラマー、伊藤ショボン太一から連絡があって、あるライブへのお誘いを頂戴した。
ところが、会場の名前を尋ねるとまったく聞いたことがない。
ウェブサイトに載っている地図で場所を確認してみると、どうも以前よくお邪魔していた建物に近いようだ。
しかし、私が知っている限り、その建物や周辺にはコンサートを開くためのホールやライブハウスのような施設あったようには記憶していない。
「その場所」とは港区は白金のDHCの本社ビルの交差点を入ったところ。
ちなみに、化粧品なんかでその名を知られる「DHC」って何の略か知ってる?
「Daigaku Honyaku Center」…つまり「大学翻訳センター」!
「NHK」みたいに、ナント日本語だったんですね~。
コレを知った時も結構「驚き、桃の木、山椒の木」だったな。

10で、携帯に表示された地図に導かれてやってきたのがココ。
エ~~~、ココなの~?
やはり、私が10年ぐらい前にしょっちゅう来ていた建物だった!
でも、おかしいな…ココにはそんなホールなんてものは断じてない!
20「SELENE b2」…間違いなくココだわ。
ココは以前「三田スタジオ」といって、録音や映像関連の作業を行う施設だったの。
一体、何回ココへ来たかな?…輸入の楽器教則ビデオに日本語の字幕を入れる仕事をココでしてたんですよ!
それが、コンサート・ホールになっちゃって…コレが正真正銘の「驚き、桃の木、山椒の木」だったのです。
コレが書きたくて寅さんまで引っ張り出した!

30さて、いきなり4年前の3月に時間を戻す。
場所は横須賀芸術劇場。
「虹色オーケストラ」の『少年と魔法のロボット』という大コンサートがあり、その時に初めて本日のレポートの主役である事務員Gにお目にかかった。(実際にはその前のリハーサルの時)
私はその時まで「ニコニコ動画」の音楽の活動なるモノを全く知りませんでしてね。
何しろこっちは1970年代のロックで青春を過ごした文字通りの「ジーさん」だから…。
そういう世界があるということを初めて知って、結構「驚き、桃の木、山椒の木」だった。

50この時もショボンちゃんからのお誘いだった。
下はその時のショボンちゃん。2014年型。60その後、2016年の3月にはMarshallのコンサート、Marshall GALAにNeo-Zonkというプログレッシブ・ロック・トリオでご出演頂いた。

380ハイ、ココからが本題。
今日ココで開催されるのは『BirthdayLive 2018~じむいんさん、いろいろと大変ねぇ~』と題したピアニスト事務員Gさんのお誕生日コンサ―ト。
『ジブリな昼』と『ジャズな夜』の昼夜2回の公演が開催された。
ジャズ・マニアの私のこと、本当は夜の公演が観たかったんだけどスケジュールが合わず、昼の「地口」じゃない、「ジブリ」の方にお邪魔してきた。

40定刻通りに客電が落ち、ファンキーなサウンドに乗ってステージに現れた事務員Gさん。
オープニングは「Dirty Work」って…アレじゃん!

70まずはブルゾン式に上演中の注意事項をアナウンスして笑いを取る。
「始まりました!今日はマジメじゃないです。生放送のノリです。いっぱい楽しんでください」
とご挨拶。

80vさて、Gさんをサポートするバンドのメンバーは:
ギターは[TEST]。

100v[TEST]さんはMarshall派だ。
今日はJCM2000 DSL100と1960Aのハーフスタックを使用。
他にもビンテージ・モデルの1987Xもレコーディングなどでご愛用頂いている。

110vコレは「虹色オーケストラ」の時の[TEST]さん。
Marshallを愛するギタリストと再会できてうれしいわん!

120vベースは二村学。
曲によってアップライト・ベースを使い分けた。

130vサキソフォン各種は丹澤誠二。
ソプラノ、アルト、テナーを持ち替えて大活躍。

140vそして、我らが伊藤ショボン太一。

150vコレが2018年型。
メッチャ細くなった。

160ショボンちゃんはNATAL。

170コレはウォルナットのキット。
「ウォルナット」とはクルミの木ね。
まだ日本に1台しか入って来ていない。

180スネア・ドラムもNATALのウォルナット。
ショボンちゃんはNATALのバーチのキットを所有していて、仕事によって使い分けている。

190叩き手が良いせいも大きいんだけど、まぁ~、素晴らしいサウンドよ。
自分で言うのもナンだけど、言わなきゃ気が済まない…マジでいい音です。

200おなじみ、星野源の「恋」。

1_img_0064 「生放送でいつもやってるネタです。星野源とマツコ・デラックスの『オールナイトニッポン』!」
曲はハーブ・アルバート&ザ・ティファナ・ブラスの「Bittersweet Samba」…と言ってもほとんどの人がわからないでしょう。
でも、聞けば誰もが知っている…そう、「オールナイトニッポン」のテーマ曲ね。
Gさん、星野源どころかマツコ・デラックスのモノマネまでやっちゃう!
しかし、「オールナイトニッポン」なんて懐かしいな。
土曜日だったかな?…中学生の頃、笑福亭鶴光なんかはずいぶんと学校で話題になってた。
私は宵っ張りではないので、生で聞いたことはほとんどなかったけど、大学の頃、水曜日のタモリと木曜日のビートたけしは録音して翌日夢中になって聞いていた時期があった。
たけしがまだ若くて全盛の頃でね…確かに面白かった。

210「『ジブリな昼』なのにジブリの曲をまだひとつも演っていません。
今日は誕生日なんですが、遊べるようなライブにしようと思ってやってみました。今演ったのはいわゆる前説です」とアタマの3曲に解説を加え、その後のトークでは「楽器別疲れる身体のパーツ」で盛り上がった。
ミュージシャンって案外「腰」なんだよね。
重いギターを提げて何時間も突っ立っているのも大変だけど、イスに座って不安定な姿勢でドラムスを叩き続けるのも腰にいいワケがない。
それと、サックスは絶対に「首」。
重いサキソフォンをあんな細いストラップ1本で首からブラ提げてるんだもん。首が悲鳴を上げるにキマってる。
私は大学の時にジャズのビッグ・バンドに入っていたんだけど、もうバリトン・サックスのヤツなんか気の毒だったもんね。
ピッコロと比べてごらんよ。
  
そして、いよいよココでジブる。
曲は『魔女の宅急便』から「海の見える街」。
90ガラリと雰囲気が変わってGさんのピアノ独奏コーナー。
まずは『もののけ姫』から「アシタカとサン」。

220続いて『千と千尋の神隠し』より「ふたたび」。
私が子供の頃は、言うことを聞かずに遅くまで外で遊んでいると「神隠しに遭う」とお母さんに脅かされたものだった。
「かみかくし」っていう言葉の音が子供ながらにスゴク恐かったのを覚えている。
280『紅の豚』の「il porco rosso」とつなげた。
どの曲もGさんの歌うような、そして聴く者にやさしく語り掛けるような、感情がタップリと込められた演奏で曲を知らない私でも初めて耳にする「器楽曲」として十分に楽しむことができた。
320続けてバンドが加わって「風の通り道」…『トトロ』だよね。
コレは知ってる。
撒いた種が夜中に芽を出して、木になって、さつきちゃんとメイちゃんがトトロたちと至福の時を過ごすシーン。
『トトロ』だけはよく知ってるんだ。
ナゼかと言うと、ウチの下の子が小さい時に熱を出すと、毎回必ず『となりのトトロ』を見ていたから。
私にとって最も印象に残っているシーンは、行方不明になったメイちゃんを捜索している時にサンダルが見つかって、近所のバアさんがさつきちゃんにそのサンダルを見せると、彼女が「ちがう、メイんじゃない!」とキッパリ言うところ。
実にカッコいい。
そして、バアさんが安心しきって、力が抜けて「よがっだ~」って言うところね。
今頃さつきちゃんは絶対にいいお母さんになっていることだろう。
  
ところでこの曲、メッチャいい曲だよね。
映画では画面と音楽がチョット対位法的に組み合わされていて、うれしくもあり、悲しくもあり、懐かしくもあり…音楽が画面を一層引き立てた名シーンだと思う。
この後、もう1曲『トトロ』から「ねこバス」を演奏した。

240続くトークではジブリの作品に出て来る食べ物の話題となった。
ジブリ美術館でそういう特別展展示を開催していたとか。
Gさんがバンドの各メンバーにジブリの作品で印象に残った食べ物を尋ねたんだけど、スミマセン、私ゼンゼンわかりませんでした。
ナンでかって?
ジブリの作品で観たことがあるのは『トトロ』だけなのよ!スミマセン!
  
2年ほど前にMarshallの社長ご夫妻の結婚10周年記念パーティにお呼ばれされて家内とイギリスに行って来たの。
社長のお姉さんはスウェーデンに嫁いでいて、その関係でストックホルムから何人か親戚がお越しになっていた。
その中に若いお嬢ちゃんがいて満を持して我々に話かけて来た。
我々が日本から来ていることを知って、どうしても話がしたかったというのだ。
何の話かと思ったら、ジブリ。
彼女はジブリの大ファンで、本場からやって来た私も当然ジブリ作品を観ていると思い込んでいたんだね。
「トト~ロ」とか「ナウシ~カ」とか作品の名前を片っ端から挙げての一生懸命説明してくれるんだけど。私はこんな調子でしょ?ホンモノの「ジーさん」だから世代が完全に違うワケ。
ゼンゼン話し相手になってあげられなくて大変申し訳ないことをしたと同時に、スカンジナビア半島までその名を轟かせているジブリってスゲエな~って思ったよ。

230『トトロ』の中でさつきちゃんたちが湧き水で冷やしたキュウリやトマトにカジりつくシーンが実に美味しそうだった…という話題から期せずしてショボンちゃんの秋田の実家の話に…。
農家なのだそうだ。
「キュウリはうまぐね」と完璧な秋田弁を披露してくれたショボンちゃん。
でも、『トトロ』のあの場面は確かに魅力的だったよね。
実は私も経験したことがあったのです。
以前に勤めていた会社で、長野に転勤して間もない時。
東京生まれ東京育ちの私は、トウモロコシがどういう風に成っているのかも長野に行くまで知らなかった。
だって見たことがないんだもん。
先っチョに生えてる穂がトウモロコシの実になるのかと思っていて、まさかアレが根元に生えるとは想像だにしなかった。
その長野の黒姫で、道端で売っていた、まさに冷たい湧き水で冷やしたトマトを頂いた。
またまた「驚き、桃の木、山椒の木」…野菜が好きな方ではない私も、あの果物のように甘く、みずみずしいおいしさに大感動した。
ま、ショボンちゃんの言うようにキュウリではチョット…かな?
それと、「日本で一番甘い」と言われる黒姫のトウモロコシのおいしさは格別だった。
ハイ…「だからナンだ?」という話しでした。

2_img_0098 「ものまねコーナー」もあるよ。
お客さんからリクエストを募ると、山崎まさよし、福山雅治、桑田佳祐の3人の名前が挙がった。
すると、即座に「針すなお」張りの3人の似顔絵が後方のスクリーンに映し出される。
スゴイ!すぐに似顔絵が出て来た!(ナンチャッテ!)
イヤ、スゴイと言ったのは似顔絵のこと。
コレらの似顔絵もGさんの作品なんですってね~。
なんて器用な人なんだろう。

310そしてまたジブリにもどって『千と千尋の神隠し』から「あの夏へ」。

290次の曲でGさんはアコーディオンを取り上げた。
曲はアコーディオン奏者、桑山哲也の「哀愁のミュゼット」。

335いいね、こういう音楽は。
こうしたい~か~に~もヨーロッパ調のアコーディオンを使用した音楽を「ミュゼット」という。
こうした音楽に使用するアコーディオンはホンの少し調律を狂わせておいてやる。するとビブラート効果が出て何とも言えない哀愁含みの音色になる。
この調律法を「ミュゼット・チューニング」という。

340ミュゼットなんかを聴いてしまうと、アコーディオンってのはモロにフランスの楽器のように思えちゃうけど、この楽器が盛んなのはフランスだけではない。
イタリアなんかも盛んだけど、「驚き、桃の木、山椒の木」だったのはドイツよ。
ドイツにはHOHNERというアコーディオンのブランドがあって、日本ではハーモニカの名門ブランドとしても名前が通ってるのね。
で、たまたまドイツのMarshallのディストリビューターはHOHNERを取り扱っていてこの辺りの話になった。
彼が言うにはアコーディオンというのはドイツの国民楽器で、何かというとすぐにアコーディオンに合わせてみんなで歌う習慣があるのだそうだ。
こっちは「HOHNER」といえば即座にハーモニカを思い浮かべるけど、トンデモナイ!その売り上げの違いたるやケタ違いにアコーディオンの方が多いらしい。
「バンド・ネオン」なんて似ているヤツもあるけど、極端にムズカシイ楽器だからね~。
もちろんGさんは完璧に「ミュゼ」っていらっしゃいました。

330ショウも終盤。
『天空の城ラピュタ』から「シャルル」。
350そして、恒例となっているというボカロ曲、「Summer Rain」で本編の幕を降ろした。
どの曲もナチュラルな演奏で聴きどころが満載だった!

410アンコールを待つ時間がモッタイナイ…ということで本編を終了してピアノに戻ったGさん。
前半にバンドで演奏した「海の見える街」をピアノ・ソロで…。

420さらに『ハウルの動く城』から「人生のメリーゴーランド」。
Gさんの万感を込めた感動的な演奏!

430本当は今日のプログラムはココまでだったのだが大サービス!
バンド・メンバーをステージに呼び戻してもう1曲演奏した。
曲は『もののけ姫』から「アシタカせっ記」
400「これでもか!」とお客さんを喜ばせるためにキチっと作り込まれたこういうショウはいいもんだよね。
Gさんの美しいピアノをバックアップする4人の演奏の密度の濃さが素晴らしい!
「ジャズな夜」の方も観たかった!

250

360

380

390すべての曲を演奏し終わった後。こんな企画が発表された。
Gさん、麻婆豆腐がお好きなんですか?

440しかし、いいね…ショボンちゃんのドラムは。
何でも完璧に叩いて見せてくれるけど、私なんかには特に4ビートに魅力を感じるね。
もうシンバル・レガートだけでギンギンにスイングしちゃう。
なかなかこういう風には叩けませんよ…特に若いドラマーさんは。

450そんなショボンちゃんが「ヒロコマンBIG BAND」というオーケストラでジャズを演るっていうんだからコレは見逃せませんよ。
しかも、ドラムスはNATAL。

460メンバーを見ると、トランペットに「佐久間勲」の名前が!
一緒に演った時期はないんだけど、学校の後輩なのです。
4月16日、場所は高円寺のHIGH。
楽しみだ~。
ちなみにウチのこの日の夕食は「太陽」の煮干しラーメンか「天助」の天ぷら定食になる予定です。

470このチーム、まだまだ面白いことがありそうだ!

480事務員Gの詳しい情報はコチラ⇒事務員G Official Web Site

490 

200_2  
(一部敬称略 2018年3月31日 三田SELENE b2にて撮影)

2018年4月 4日 (水)

曾我泰久 Special Birthday LIVE~Let's GO! GO! <後編>

  
にぎやかなゲスト・コーナーが終わるとステージはガラリと様相を変えた。

10_df事務所のヤッチンの後輩、sourcesのメンバー、野津永恒のピアノと…

20_2加賀谷綾太郎と日高隼人のヴァイオリンに包まれて…

30ヤッチンがシットリと歌い込む「Dear Friend」。

40vジ~ックリとヤッチンの歌声に耳をそばだてているお客さんたちに向かってもう1曲バラード「ALUBUM」を…。
背後のスクリーンには数々の思い出の写真が映し出された。

50_ab甘く切ないギター・ソロ。
ん~、いい音!

2_s41a0584 ていねいに、ていねいに心を込めて歌った2曲のバラード。

60v_2そこからストリングスでつないで演奏したのは「Carry On」。

70Aのペダルトーンのイントロから展開していくこの曲もサビが素晴らしい。
いつもモーリス・ジャールの『アラビアのロレンス』を思い出しちゃうんだよね。
そういえば、いつかのライブのオープニングSEに『南太平洋』の「バリ・ハイ」が使われていたことがあったけど、ヤッチンはこういうクロマチック(半音)のメロディがお好みなのかな?
そうだとしたら同感。
音楽が人を感動させるひとつのカギはクロマチックのメロディにあると思ってるから。
80アコースティック・ギターで演奏している印象が私には強い「約束の場所で」。
あ、そういえば、今回アコギはまったく使われなかったね。
徹頭徹尾「エレキでGo! Go!」だったのだ!

90v_ngsヤッチンのハードなギター・ソロ!

100素晴らしい音を出すお手伝いをしているのはMarshallです!
現在のフラッグシップ・モデルのJVM410H。スピーカー・キャビネットは4x12"の世界一のシェアを誇る1960A。

110リズムと共に切り込んでくるのは田川ヒロアキのギター。

120v_2おなじみヒロアキくんのアンプもMarshall。
ヤッチンと同じJVMを愛用して頂いているが、こちら2チャンネルの100Wモデル、JVM210H。ヤッチンのは4チャンネルね。
スピーカー・キャビネットは1960BVといって少々お値段がお高いスピーカーが入ってるの。
ま、ナニを使っても結局は「田川ヒロアキの音」なんだけどね。
でもMarshallじゃないとこの音にはならないの!

130この曲のサビも知らず知らずのウチに口ずさんじゃうヤツだ。
それはどこかで聞いたことがあるなじみやすいメロディだからということもある…それでいい。
芸能ごとはいつの世も「売れ線狙い」が当たり前。
ところが、今の世の中に出て来ている音楽って、売れ線を狙い過ぎちゃって、サビで始まって、サビが続いて、ようやくサビが来て、結局どこがサビだかわからないような曲ばかり。
要するに聴きどころがないのだ。
だから夜中に「J-POPの曲がいかに素晴らしいか」なんて番組をやるようになっちゃう。
「題名のない音楽界」みたいなクラシックを解説するんだったらいいですよ。「シュトックハウゼンの創作の秘密」なんていったら私も興味津々だわ。
しかし、どうしてそんなポピュラー音楽に解説を加える必要があるのよ?
解説しなきゃ良さやスゴさがわからないポピュラー音楽なんておかしいでしょう?
ああ、このことは「書くまい、書くまい」と思っていたんだけど、ヤッチンの曲を聴いているウチにどうしても書かなきゃ気が済まなくなってしまった!
もう書かない…イヤ、またどこかで書いちゃうかも?…ということはあの番組を見てるってことか?
イヤ、見てません。
タマタマ前回の放送を見てあまりの異常さにブッタマげちゃったのよ。とても最後まで見ていられなかったけど。

140v少しボルテージを上げて「21st Century」。
コレもいいわ~。
150_21もちろん元のアイデアは瞬時にしてわかる。でもガッチリとヤッチンの音楽になってる。
私もずいぶん色んな音楽を聴いているし、聴いてきたけど、ナンダカンダ言って累計で一番聴いている時間が長いのはビートルズかも知れんな。
いつでも、今でも戻って行っちゃう。
170_2ヒロアキくんのテクニック爆発!
ちなみにピッキングはいつもアップから始めます。

160vファンキー末吉のドラムがリードするのは「流されて」。

180v_ngファンキーさんは携帯がMarshallなの。

190v_2切れ味鋭いファンキーさんのドラムスに絡むのは和佐田達彦のベース。

210v和佐田さんはEDEN。
ヘッドはWTP-600。キャビネットはD410XSTが2台。
和佐田さんの弾くベースっていい音なんだよな~。
何というか「ベースらしい音」なの。
キチッとしたテクニックに裏打ちされた王道スタイルがそうさせるんだと思う。
やっぱり奇を衒ったスタイルは奇を衒った音になるんよ。

220vさらにヒロアキくんが加わって…

230テナー・サックスの鍬田修一がジョイン。
スペクタクルなサウンドが飛び出した!

240v_pbm「流されて」は他の曲とチョット趣を変えた昭和風の雰囲気がいいんだよね。

200vしかし…和佐田さんのベース、スゲエな。
すごいグルーヴ感なのよ!

2_s41a0473 さぁ~、盛り上がって来たよ~!
曲は「Please Believe Me」。

250v中間部のヒロアキくんとのツイン・リード!
しかし、ヤッチンは余計なギターは絶対に弾かないからね。
曲全体を俯瞰して、必要な箇所に必要な分だけ弾く。
ギタリストってついピラピラ弾きたくなっちゃうもんだけどね。
ヤッチンは「ギタリスト」というより「音楽家」ということだ。

2_s41a0329 曲の最後にフィーチュアされるヒロアキくんのソロ。
ヒロアキくんもそうなの。
ソロの内容がド派手なもんだからいつでも弾き倒しているようなイメージが無きにしもあらずなんだけど、インプロヴィゼーションの音楽とそうでない歌モノの音楽をクッキリと仕分けしてスタイルを使い分けている。
ヒロアキくんも「ギタリスト」というより「総合音楽家」のひとりだ。

260vオラオラオラオラ、(←ヤッチンは絶対にこんなこと言いません)ギンギンに盛り上がって来たぜ~!

270_yeコレはさすがに終盤戦の曲だわね。
「Yes! Yes!! Yes!!!」だ!
ハイ、皆さんアレを用意して!

280_2ホイッ!

290「待ってました」感満載のお客さんのハートを直撃!

300v_2もうね、このシーンは撮り逃さないよ。
でも一応、お客さんに「タオルはこの曲ですよね?」と確認してる。
すると、面白いことに訊かれたお客さんは「ハイ、3回やりますからね、3回!」と3回タオルをなげることを強調して教えてくれる。
「3回とも撮り逃すんじゃねーぞ!」という意味なのかな?
2回目まではバッチリ。

310ヒロアキくんのコーラスがまた強力なこと!

320ヤッチンのノリも最高潮!

330v_2ホイッ!
そして3回目。
最後はステージ横から。
見たか!
3回とも全部違うアングルだぞ!

340_2そして、エンディング!

350_2コレで終わりかと言うとそではない。
「こんなにシアワセでいいんだろうか」…とヤッチンからお礼の挨拶があって本編最後の曲。

360v_sa「Stand Alone」を大熱唱!

370_2やりたいことはすべてやり尽くした感じのヤッチン。
熱演は言うに及ばず、選曲も構成もとても見ごたえのあるショウだった!

380_2アンコールは赤いイベントTシャツにお色直ししての登場。
「今日はありがとうございました。日本一、世界一、宇宙一幸せでした!この時間がズッと続けばいいと思っています」

390_2そして、オール・キャストがステージに登場。
衛藤さんからはお誕生日恒例の花キャベツのプレゼント。

395全員で演奏したのは「愛を育てよう」。

400_2衛藤さん、声大丈夫だったかのかな?
最後まで激演を見せてくれた。

410vこういうみんなで歌える曲があるってのはいいよね~。
出演者全員と観客全員がひとつになった。

420v「もう1曲だけお付き合いください!」とアンコールの2曲目には「ハダカノココロ」を持って来た。

430_hkストレートなエイトビートに極上のメロディ、観てる方も演ってる方も楽しいにキマってる。
ヤッチンのこの表情を見ればすぐにわかる!

440v_2ヒロアキくんのギターソロをフィーチュアするヤッチン。
こうして2曲を演奏してステージを降りたが…

450_2「せっかくだからもう少し演りましょうかね!」と再び舞台に上がり「アポロでドライヴ」をプレイ。

460v_adヒロアキくんのハーモニカ。
恐ろしく便利な人です。

470v最後の最後!
曾我泰久55歳の誕生日を記念するライブ・コンサートは「Round & Around」で締めくくられた。

480v終始気合いの入った最高の演奏でヤッチンの熱唱を支えたコア・メンバーの4人!
やっぱいいな~。

490v

500v

510v

2_s41a0959 そして、極上の素材を最上の演奏とステージマナーで丹念に練り上げたヤッチン!

520お疲れさまでした~!

530_2あ、そうそう…「忘れてはいけないTHE GOOD-BYEの35周年は私が責任を持ってまとめます!今年もこのまま最後まで突っ走っていきますのでお力をお貸しください!」と宣言されておりました。
ファンの皆さん、ヨカッタね!

535v曾我泰久の詳しい情報はコチラ⇒【Soga21.com】

540…ということがDVDのDisc02に収録されています。

550_2DVDの発売は4月7日。
ヤッチンのオフィシャル・サイトとライブ会場で販売される。
ウェブサイトからのご購入はコチラ⇒公式オンラインショップ

 
ギターを嗜む人もそうでない人もDVDを観る時は「ギター・アンプはMarshall。ベース・アンプはEDEN」と意識してお楽しみください…そんなことしないか?

560dv

200_2 
(一部敬称略 2018年1月7日 日本橋三井ホールにて撮影)

2018年4月 3日 (火)

曾我泰久 Special Birthday LIVE~Let's GO! GO! <前編>

 
恐らく…ここ数年、年が明けて一番最初にお会いして「明けましておめでとうございます」とご挨拶させて頂く回数が一番多かったミュージシャンは曾我さんになるだろう。
年末のニュー・イヤー・コンサートなんかに行っていれば話は別だが、ああいうのはもう身体がもたん。
新しい年が来て、挨拶回りなどをしていると、アッという間に三ケ日が終わり、皆さんが会社に戻り始めた頃にやってくるのがヤッチンのバースデイ・コンサートなワケ。
今年はもう完全にこのパターンで、スッカリ「明けましておめでとう」させて頂いたのは1月7日のこと。
55歳…ヤッチンは若いな~。
いつかMarshall Blogに書いたことがあったと思うけど、11月生まれの私とは3ヶ月違いで同じ学年。
しかも同じ東京生まれの東京育ち。
音楽好きのギター好き。
傘直しだの、チクロだの、万博だの、光化学スモッグだの…「同世代あるある話」で盛り上がってみたいところだけど、今のところそういったチャンスはまだない。もしそういう機会があったらしっかりとMarshall Blogでレポートしたいと思っている。

10さて、今回のバースデイ・コンサートは『Special Birthday LIVE~Let's GO! GO! 』と銘打って、「55歳」の誕生日を記念すべく、ライブの様子がDVDに収められた。

20それがコレ。
何と2枚組のゴージャス盤!
実はもっと早くこのレポートを掲載しようと思っていたんだけど、このDVDの発売のタイミングを待っていたのさ。

40dv発売はもうすぐ。4月7日だ。
ヤッチンのオフィシャル・サイトとライブ会場にて販売される。
私はといえば、今回はこのDVDのジャケット用の写真を撮らせて頂きました。
ファンの皆さんは、発売となるまでの間、今日&明日のMarshall BlogでDVDへの期待を膨らまてドップリ「曾我浴」してくだされ!

50dv曾我泰久

60v大きい会場御用達のMarshall JVM410Hと1960A。

70vヤッチンをバックアップするのは…
ギターに田川ヒロアキ80vヒロアキくんは同じくJVMの2チャンネル・モデル、JVM210Hと1960BV。

90vベースは和佐田達彦

100v和佐田さんはEDEN。
ヘッドはWTP-600。キャビネットはD410XSTが2台の強力な布陣。

110vドラムはファンキー末吉
ファンキーさんはMarshall系の機材をお使いになっていない…って思うでしょ?

120vところがドッコイ~!
ファンキーさんのスマホはMarshall製なのだ。
コレ、スマホのケースにMarshallのロゴが付いている…なんてシロモノじゃないからね。
Marshallのスマートホンは「LONDON」というモデル名で、ファンキーさんは通信機器としてだけでなく、ステージでの音源再生などに活用して頂いている。
自分以外に日本でLONDONを持っている方に初めてお会いした。それがファンキーさんでうれしいわ!
LONDONの詳しい情報はコチラ⇒【Marshall Blog】LONDON ARRIVES IN TOKYO

130v「新年明けましておめでとうございました!本日めでたく55歳になりました~!年はじめの、一発目のライブ、思い切り楽しんでください!」…というヤッチンの挨拶の後…
150vファンキーさんの疾駆するエイト・ビート!

160v_up「UP BEAT」でショウは幕を開けた。

140いつもは後半で演奏する盛り上がり必死のナンバー。
それを最初に演っちゃうなんてヤッチンの気合いの入りようが窺い知れるというもの。
テンポも心なしかいつもより速いかな?

170ヒロアキくんのギターが切り込んで来る!

180vものスゴいテンションの幕開け。
いつも明るく楽しいヤッチンのステージだけど、今日は尚一層その魅力が爆発しそうだ!

190v間髪入れず「45RPM」。

200_45コレもいつもは後半に持って来て盛り上げを担当している曲。
210ココでサックスの鍬田修一と…

220v_lgtキーボーズの野津永恒が加わる。
野津さんはヤッチンの事務所の後輩、sourcesからの参加。
あ、Marshall Blogではパート名を表す「ボーカル」と「キーボード」という言葉は常に「ボーカルズ」、「キーボーズ」と複数形で書き表しています。なんでかっつーと、それが普通の英語の用法だから。

230v曲はコレまたゴキゲンの「LETS'S GET TOGETHER」。

240v観客をあおるヤッチン。
もちろん客席の感度は良好!

250今回の会場となった日本橋の三井ホールは50歳のバースデイ・コンサートを開催した場所。
この舞台はそれ以来なのだそうだ。
アレ?私はあの時が「初ヤッチン」だったのかな?
その時のレポートもあるよ。
コチラをご覧あれ⇒曾我泰久Special LIVE! LIVE! LIVE! <前編><後編>
でも、あんまりジックリ見ないでね…Marshall Blogはまったく進歩していないから。
「改めまして明けましておめでとうございます!2018年はバースデイ・ライブから始まってうれしい限りです。
あわただしい年末年始を迎えました。今日のライブにはビデオ・カメラが入るのでとても気を遣いました。
そして、2kgのダイエットに成功しました!」
ヤッチン曰く「たなぼたダイエット」なんだって。
どういうことかと言うと…
「年末の28日と29日、何やら熱っぽかったんですが、『ショウ・マスト・ゴー・オン』でナニがあってもライブはこなそうとしていました。
そして、29日のライブが終わって、身体が火照ってると思い病院に行ったら見事インフルエンザに罹っていて、その結果、2kg体重が落ちてしまいました」
大丈夫です。
そういうのはすぐにチャンと体重が元に戻りますから。
それより我々のお年頃にムリは禁物です。
ちなみにレオ・セイヤーのヒット曲、『ショウ・マスト・ゴー・オン』は「ナニがなんでもショウを続けなくては!」という「根性物語」ではなく、「もうシンドくてショウを続けることはできないよ!」という「泣き」の歌ですから!
それをアメリカのスリー・ドッグ・ナイトが勝手に「ショウは続けなければならない!」と歌詞を変えて演ったもんだからレオは大層怒ったそうだ。
ま、そうはいかないこともよく存じ上げておりますが…。

260_omkテナー・サックスとキーボーズが加わっての4曲目は「One more kiss you!」。

270vク~、和佐田さんのベース、タマらんわ。
音も最高。
でもね和佐田さんのスゴさが出るのはアップテンポの曲でのランニング・ベースなの。

280前曲までとはガラリと変わった「メジャー・セブンス系大人のおしゃれサウンド」にファンの皆さんはウットリ。

280vそして、またしても雰囲気を変えたのはビート・ナンバー「お気楽にいこう!」。

290_oki「親しみやすいメロディの権化」のような曲だよね。
実に楽しい!

300vsourcesからのメンバーをさらに迎える。
加賀谷綾太郎と…

310v日高隼人。
いい名前だな~。変身する前のヒーローみたい?

320vそして、待ってましたの~…

330v衛藤浩一

350vいや~、相変わらずのすさまじいパワー…なんだけど、どうしたの衛藤さん?!
声が出ない!
出番を待っている間にノドがおかしくなっちゃったんだって!

340フル・メンバーで伴奏を努める曲は当然「花のお江戸は華盛り」!

350何たって今日はこの曲の地元「日本橋」だからね。
気合いの入りようがハンパじゃない!

360バック陣は地道に演ってます。370衛藤さんが「ゴキゲ~ン!」と合いの手をいれたヤッチンのギター・ソロが炸裂!

2_s41a0705 またヤッチンのハモリがカッコいいんだよ。

380「あ、風流だ…ねぇぇぇ!」からの締め!
キマった~。

390「オイオイ、忘れ物~!」
まさに「台風一過」。
この後がやりにくい…

400なんてことは全くなく、またしても紙袋をかぶった人がヤッチンへのバースデイ・プレゼントを携えてステージに現れた。

410プレゼントは2枚のTシャツ。
しゃれたデザインにヤッチンもすぐにお気に召したよう。

420もちろん紙袋のお方は野村義男
となれば当然THE GOOD-BYEナンバーだ!

430_mtまずはストレート・アヘッドなドライビング・チューン「Midnight Train」。

440v野村さんとヒロアキくんのギター・バトル!

450ヒロアキくんは時計をハズして得意のスライド・ウォッチで応戦。
見ごたえ満点!

460続いては「いいんじゃない?」。
コレは野村さんとヤッチンのON&OFFのレパートリー。

470_iijココで衛藤さんがドラムスで登場!

480v_hkb曲は「Hong Kong Blues」。

490「夢のHong Kong」、「愛のHong Kong」ってどうして香港がこんなに崇め奉られているのかしらん。この時香港に何かあったの?
実際にこのパートのメロディが聴いてて実に気持ちいい。
この曲が収録されているアルバム『Revolution No.9』がリリースされた1989年当時って、まだ香港はイギリスだったんだよね。
ココで脱線。
「アメリカの第二の国歌」と言われている「Stardust」を作ったホーギー・カーマイケルにも「Hong Kong Blues」という曲があって、ジョージ・ハリスンがカバーしている。
チョット前に話題になった『ラ・ラ・ランド』ってミュージカル映画観た人いる?
あのジャズ・マニアの主人公が知り合ったばかりのガールフレンドを部屋に迎えるシーンがあったでしょ?
彼女は何も知らずにテーブルに組み合わさっているイスに座る。
すると主人公が「オイ、そのイスに座るな!それはホーギー・カーマイケルが座ったイスなんだぞ!」と言う。
こういうディテイルにこだわったエンターテインメントがスゴク好き。
この映画って大上段に構えて言えば、実は「アメリカ賛歌」なんだよね。「アメリカっていいだろう~?」っていう。(ま、私はそんな手には乗らんが…)
だから、「第二の国歌」を作ったホーギー・カーマイケルの名前を出したのではないか?…と。
この映画については、現在で連載している「私のホーチミン」と題したベトナムの紀行文の中で詳しく触れる予定。

500v_rgまだまだ続くTHE GOOD-BYEコーナー。
お次は「浪漫幻夢(Romantic Game)」。
この曲のサビ…いいナァ~。スキ。

510「衛藤浩一=秘密兵器」をめぐって衛藤さんの「アンタたちが勝手に言ってんじゃねーか!」で大笑いした後は…。
フザけてすぐにステージを降りようとする野村さんに向かって「この曲を演らないと帰れないでしょう!」…と「TAKE OFF」。
この曲から月を経て後半戦につながれる構成。

520_to2人のツイン・リード・パートは前半のクライマックスだ!

525ヤッチンも実に楽しそう!
素晴らしいお誕生日ですな~。

530徹底的に盛り上がりに上がって前半終了。

540v…ということがDVDのDisc01に収録されています。

550曾我泰久の詳しい情報はコチラ⇒【Soga21.com】

<後編>につづく

200
(一部敬称略 2018年1月7日 日本橋三井ホールにて撮影)

2018年4月 2日 (月)

D_Drive ワンマン・ライブ in 横浜

   
前回も書いたが、ホント、何でもなくシレっと単独でライブを演るようになったD_Drive。
今日は2月の16日の新横浜のワンマン公演のレポート。

10転換の要のないワンマンだからしてステージはガッツリとMarshall!
やっぱりMarshallに埋め尽くされた舞台ってのはいいね。

20今日のオープニングは「Cassis Orange」。

30Seiji

40vSeijiさんは愛用のJCM2000 DSL100EC…でも今日はフル・スタック仕様だ!
しかし、1960AXのフレット・クロスに年季が入りすぎていてBXを足してもお揃いには見えないな。50v足元のようす。

60Yuki

70vYukiちゃん愛用のJCM2000 TSL100。
こちらもフル・スタック!

80v足元のようす。

90Shimataro

100Shimaちゃんも愛用のEDEN WT-800。
今日はキャビネットもEDEN。D410XSTが2台。

120v足元のようす。

130そして、Chiiko。
いつもの4人、いつものD_Drive。

140v曲は「Attraction 4D」へと続く。

150ギター・チームの一糸乱れぬアンサンブルもいつも通り。

160

170vさらに「M16」。

180vギター陣を猛烈にプッシュするリズム隊もいつものD_Driveだ!
あ~、安心するわ~。

190「M16」の見せ場のギターの掛け合いもバッチリとキマった!

200「皆さん、こんばんは!平日なのに集まってくれてありがとう!突然言われた感じのワンマンによく来てくれました。今日はタップリとお届けしますよ~!
皆さんの終電に間に合うように空気読みますからね!」
そう、令文さんや三宅さんと新横浜でイッパイやって、終電に乗ったまではヨカッタけど、途中でトイレに行きたくなっちゃって…止むを得ず田町で途中下車して、その後タクシーで家に帰ったのは私です。

210v_mc次のセクションはまず、「Escape from...」
珍しい?

210私の思い出の曲、「Runaway Boy」。

230vもう一発「Peach Fizz」!

240vD_Driveも今年で9年目。来年10周年だよ。
「今日初めて来た人?」
手が結構上がった。間違いなくお客さんが増えているのだ。
「私がD_DriveのYukiといいます!」
それは間違い。

250vYukiちゃんのバラード「Unkind Rain」。

260v_ur「Advance and Attack」が続く。

270ココで場面は一変して、Yukiちゃんひとりがステージに残ってスポット・ライトを浴びる。

280弾いたフレーズは宮城道夫の「春の海」。
まだ正月気分ってか?
クリーン・トーンでおしとやかに弾いてから、ドッカ~ン!

2_img_0252D_Driveファンならすぐにピンと来たことだろう。
そう、Yukiちゃんが岐阜のショッピング・センターのテレビ・コマーシャルで演ってみせたヤツね。

Img_6127 そして、谷原章介さんもブッタマげたシュレッディングでソロを締めくくった。

290vこのフォーメーションは「Drive in the Starry Night」。
コラ~!Seijiさんだけやってない!

310ココでXperiaコーナー。
この時はまだ谷原さんの番組がオンエアされていなくて、まずはその告知。
収録の日、Marshallの用意をしたりしてお手伝いをさせてもたったのだが、YukiちゃんはステージでそのエピソードとMarshall Blogの記事を紹介してくれた。
  
関連の記事はコチラ  ↓  ↓  ↓
八面六臂のD_Drive~ランボッギーニと深夜食
謎の"美女"ギタリスト Plays Marshall and Enjoyed 焼売!!

  
ちなみに上の①に登場してきたランボルギーニは5,000万円。ベトナムなら10兆ドン弱だ。
ベトナムドンだとそんなに高くないような気がするな…。
でも、触らせてももらえなかったんだって!

4_img_0119 ココで演奏するのは当然XperiaのCM曲「Voice」。
今、ハーモニカのアレンジになっちゃったね。
私はこの曲の演奏を前回の高田馬場DXでのワンマンの時にも聴いたんだけど、正直言ってあの時は「ただパーツをくっつけただけ」という感じのプラモデルみたいな演奏に感じた…ゴメンね、D_Driveぅ。
しかし!
今回は自家薬籠中のモノにしたことがありありとわかるゴージャスな演奏だった!

320_vYukiちゃんのマイク・スタンドに装着したあるスマートホン。
もちろんXperiaだ!

325グッと時間をさかのぼらせて「Champagne」。

330_cYukiちゃん作の「Shape of Your Life」が連なる。

340v_sol前回のワンマン・ライブの時はYukiちゃんの誕生日だったが、今日はSeijiさん。
ということでメンバーから誕生プレゼントが贈られた。
ナニが贈られたか記録しておこう。
あ、そうそう、あのネ、Marshall Blogってズッと残るんよ。
私がやっている限りは(多分)続いていて、いつでもどこでも過去のライブの内容を調べることができる。
つまり、ミュージシャンの方々はポートフォリオとして使えるし、ファンの皆さんは思い出をいつでも検索することができるのです…と思ってやってください、
まず…
Chiikoちゃんからは温湿布とアイマスク。
Shimaちゃんからは祝儀袋に入ったアマゾン・カード。
Yukiちゃんからは腰に巻くとジンワリと温かくなるベルト。
おめでとうございました。385ココでSeijiさんのギター・ソロ。

350青いライトに照らされて緩急自在なフレーズが飛び出す。

360v予め内容は何も考えていなかったそうだが、スリリングなプレイとよくまとまった構成はサスガのひと言!

370「美味しかったより楽しかったを!」の居酒屋甲子園のテーマ・ソング「The Lat Revenge」!
何のことやらわからない人はコチラ ↓  ↓  ↓
だから私は、Marshall。~私の居酒屋について来れる?

380_lr今日は各メンバーのソロをフィーチュアするコーナーがハサミ込まれているんだぜ!
お次はChiikoちゃん!

390暴れろ、暴れろ!

400…と思う存分暴れてくれたChiikoちゃんだが、実によく計算されたドラム・ソロだった。

410vそのままソロ・コーナーはShimaちゃんへと引き継がれた。

420相変わらず豪放磊落なプレイ!

430vベースの可能性を色々と教えてくれるようなソロ!
ゴメン、Shimaちゃん!…LED照明でどうにもウマく撮れない!
イヤ~、LED照明のおかげで今回は肌色に撮れたのはMCの時の写真だけだったよ。

440v4人のソロが出そろったところで「Mr. Rat Boots」。

450_mrb続いてはニュー・シングルのコーナー。
しかし、ホントに今日は盛りだくさんだな。
去年の内から耳にしているのでもうずいぶん以前にリリースしたような気がしてしょうがないんだけど、正式な発売日は3月18日。
まだ2週間しか経っていない新曲なのよ。

460cdまずはSeijiさんがVan HalenのようなLAメタルをイメージして作ったという「Gradation」。

470_dgもう1曲はYukiちゃんの「GEKIRIN -逆鱗-」。
「ドラゴンボール」にちなんだ曲。
悟空だのべジータだの説明してくれたんだけど、Yukiちゃんゴメンね~、サッパリわからんわ。
ノーマン・ジュイソンの『ローラーボール』なら観に行ったけどナァ。
ライブでこの曲を演奏するのはこの日が初めてだったのだそうだ。
Yukiちゃん得意の極悪系ナンバー!
ド迫力!

480_g大阪のワンマンのの告知があって最後のセクション。
まずは「Russian Roulette」。

490_rr先月ベトナムへ行って来たじゃん?
それで日本に帰って来て『ディア・ハンター』をまた観たのよ。
考えさせられちゃって…「戦争って一体何だ?」って。
普段ナニをやっていてもいいけど、とにかく「日本が戦争参加しそう」という時だけは、みんなで一致団結して止めなきゃイカン。

320つい曲のタイトルに誘われて余計なことを書いてしまった!
そんなこととは関係なくリズム隊絶賛激演中!

500そしてクライマックスに向かう。

510vSeijiさん式メンバー紹介。
ユキユキ、シマシマ、チーコチーコのヤツね。
皆さん元気にご唱和して頂きました。

515本編の最後は「1,000,000hp」。

520出た~!
540コレって、スゴイと思った。
というのは、このSeijiさんのダンスのパフォーマンスを強引に曲にくっ付けた感じがまったくしないんだよね。
本当に盛り上がりが頂点に達し、もう「踊らなきゃどうにもおさまりがつかない!」という流れを感じさせる。

530またSeijiさんの芸の達者なこと!
ギターを弾いている時より明らかに楽しそうだ!

550「D_Driveの音楽や曲を好きなってくれてありがとう!」
アンコールで「Screw Driver」を演奏して新横浜のワンマン・ライブの幕を降ろした。

560v最後は記念撮影。

570え~、撮影コーナーもあんの?

580ありがとうございました~!

590さて、もう皆さんご存知のこととは思うが、3月31日をもって、D_Drive結成当初から活躍していたベースのShimatatoがバンドを脱退することになった。
つまり、次回のMarshall BlogにD_Driveが登場する時は、これまでの「いつものD_Drive」ではなくなる。
Shimaちゃんには長い間EDENのベース・アンプをご愛用頂き、その魅力を十分にアッピールしてもらった。
でも、アンプの話よりビールの話をすることの方が多かったかな?
もちろんShimaちゃんは音楽活動から退くワケではないので、ズバ抜けたテクニックや音楽性を持つベーシストとして益々のご活躍を期待申し上げている。
Shimaちゃん、長い間どうもありがとう!

600v替わってD_Driveの低域を受け持つのはToshiyuki。
CONCERTO MOONのベーシストだった彼とは8年ぐらい前に知り合ったのかな?
当時はMarshallの名ベース・アンプVBA400とVBC412で轟音をブっぱなしてくれていたけど、現在はEDENプレイヤーだ。
Marshall社的にはうまいこといった…とMarshallへ毎月送っている活動レポートに書いておきます。
Toshiくん、またよろしくお願いします!

620vD_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive Official Web Site

1_img_0039 

200_2
(一部敬称略 2018年2月16日 新横浜New Side Beachにて撮影)