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2018年4月21日 (土)

HAPPENINGS TEN TIME YEARS AGO~Marshall Blogの10年

  
今日、「4月21日」は10年前にMarshall Blogの記事を初めて投稿した日。
現実的にはその3日前の18日にこんな調子で「予告編」を掲載した。
 

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かくして2008年4月21日の月曜日、Marshall Blogはスタートした。
第1回目の記事は当時Vintage Modernを使用していたポール・ギルバートのインタビューで、掲載の10日ほど前にポールにメールを送り、その中でMarshall Blogのコンセプトを説明して協力を乞うたのだった。
ポールは実に親切に、かつ丁寧にいくつかの設問に答えてくれて、内容の面白さも相まって興奮しながら翻訳したことを覚えている 。
  

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この日、投稿したのはこのポールのインタビュー記事だけではなかった。
スッカリ忘れていたのだが、手元にある原稿を調べてみると、フランクフルトMUSIK MESSEのレポートなど、驚いたことに総計9本もの記事をいっぺんに投稿していた!
いかに満を持してのスタートだったのかが窺える。
  
そもそもMarshall Blogは、私が以前Marshallのディストリビューターに勤めていた時、ウェブサイトに今のマーブロに投稿しているような情報を細々と載せたい…という私の希望から始まった。
ところが、私はこんなだから、もう載せたいこと…イヤ「書きたいこと」と言った方が適切か…が山ほどあって、その都度ウェブサイトをイジるのが大変だということで、「写真満載でブログの形式でやったらどうか?」という提案を受けた。
当時の私はといえば、「ハ?『ぶろぐ』ってナ~ニ?」という状態だった。
とにかく「そういうモノがある」ということだけを教わって、とりあえずチャレンジしてみることにした。
「おお~、これなら心置きなく文章が書けるやんけ!」とよろこんだ。
写真がポイントだということを知らされていたので、新婚旅行に備えて買った時以来ご無沙汰だった一眼レフのカメラを久しぶりに購入した。
Canonの「Digital Kiss2」というママさん一眼。
さすがにデジタルカメラ自体をイジるのは初めてではなかったが、一眼レフは初めてのことだったので、指南書を1冊買って、手探りでライブの撮影を始めることにした。
そして、そのカメラを使って最初に撮った写真を、ブログのアイデアを提案してくれたウェブサイト担当者に見せた。
彼女はその写真を目にして「ワ~ッ!」と言ってホメてくれた。
こちとら人間が単純にできているもんだから、スッカリその気になっちゃって、それ以来写真が面白くて仕方なくなっちゃった。
ちなみにその写真の被写体はCANTAの時のルークさんだった。
写真はとにかく面白かったね~。
教えてくれる人はいなかったが、お手本は頭の中にいくらでもあった。
子供の頃に穴の開くほど見ていたミュージック・ライフ誌に載っていた外タレのステージの写真だ(当時は「ライブ」という言葉を今ほどは使わなかった)。
そして、少しでもそのお手本のイメージに近づくように、自分なりに考え、ありとあらゆることを実地で試した。
でもそれだけでは他の人が撮る写真と同じになってしまうので、どうにかして自分のタッチが出せないものかと試行錯誤を重ねた。
それと図々しくも黒澤映画をいつも意識していた。今でもね。
もうひとつ写真を撮る時の心構えがあるんだけど、それは「企業秘密」。
そんなことをやっているウチにアッという間に10年が過ぎちゃった。
 
Marshall Blogを毎日更新するようになったのは…「9本もいっぺんに投稿するのはモッタイない。この先、ネタが無くなっても困るので、小出しに投稿した方がいい」というアドバイスを最初にもらったからだ。
そして、週末や盆暮れを除き、また東日本大震災の時と離職による休止期間を除いては毎日更新を続けた。
これまで10年間、ただの一度もネタに尽きるということはなかったナァ。
でも色々な意味でツライ時もあって、止めちゃおうか…と思ったことも少しはあった。
しかし、アクセス数がドンドン増えて行き、次第にMarshall Blogが定着してくると、ライブ会場などで見知らぬ方から「毎日マーブロ見てますよ!」とか「いつも楽しみにしていますよ!」などという励ましのお声をかけてもらえる機会が多くなっていった。
そうなるとヤル気が出ちゃうよね!
そうして前の会社を辞める2011年の末にまで約930回ほどの記事を投稿して脱稿した。
手元に当時のマーブロの原稿がすべて残ってはいるのだが、あまりの数ゆえ正確に記事の数を勘定したことがないので「約」をつけた。
それでも止めた時はホッとしたナァ。
 
で、イザ止めてみると、今度はどうにも文章が書きたくてしょうがない。
活字ってのは読む方だけでなく、書く方も中毒になるんだね。
そこで、自分の名前を冠した私設のブログを始めた。
Marshallとは直接関係のない話題について今でも時折更新している「シゲ・ブログ」のことね。
バナーは梅村デザイン研究所の梅村昇史さんにお願いした。
季節に合わせて色を変えようということで、私のラッキー・カラーのオレンジとブルーのバナーを作って頂いた。
思い返してみると、当時はゲンを担がなければならないほど先行きに対する不安感があったのかもしれないな…。

1_shigeblog_top_orange_finalシゲ・ブログをスタートさせたのは2012年4月17日。
最初の記事を読み返してみる。
ん~、本当にこの時ご協力頂いた皆様には改めて感謝したい気持ちでイッパイだ。
この「♪シゲ・ブログはじめました~」というタイトルはあの「冷やし中華」からだ。
多分この頃ハヤっていたのだろう。
長いことやっているとこういう歴史的な楽しみも加わって来ますな。
この最初の記事の翌日、今はMarshall Blogに繰り入れてある「I remember Jim」と題したジム・マーシャルの逝去に関する文章を書いた。
ジムが息を引き取った2012年4月5日はまだシゲ・ブログが始まっていなかったからね。
このジムに関する記事が書きたくて慌ててシゲ・ブログの準備をしたのかも知れない。
当時、Marshallから離れることを余儀なくされてはいたものの、自分なりのジムへの感謝の気持ちを表したかったのだ。
1_shigeblog_top_blue_w_lそう間を空けないウチに今のMarshall社の社長、Marshall Blogでもおなじみのジョナサン・エラリー(以下ジョン)から連絡が届いた。
繰り返すが、当時は「Marshallと何の関係もなくなっていた」ワタシへの連絡だ。
それは、2012年の5月末に工場の近くで開催される『ジム・マーシャルの生涯を祝う会』への招待の知らせだった。
「ジムにもしものことがあった時には『シゲに必ず連絡する』と約束しただろ」とジョン。
その心づかいがとてもうれしかった。
こちとら浪人の身。
経済的な余裕などあるワケがなく、イギリスへの渡航費を捻り出すことなどそう簡単なことではない…。
しかし、お世話になったジムとのお別れの会だ…。
さらに私のことを忘れずに誘ってくれたジョンのせっかくの行為を無碍にしたくない…。
こういう時は男はダメだね。「イヤ、お金が…」なんてビビっちゃう。

6a0163044657d3970d0163068e205c97_4そんな私の背中をドカンと押してくれたのが家内だった。
「バカじゃないの?ナニつまらないことを言ってんのよ!お世話になったジムのためでしょ!お金なんで後でどうにでもなるわよ!」と思いきり背中を押してくれたのだ。
コレは家内がお金を出してくれたワケではないのよ。
結局、その当時持っていたギターのほとんどを売って旅費を工面した。
このセレモニー、日本からの参加したのは私だけで、以前の仲間たちから大歓迎されて、思う存分ジムの感謝の気持ちを告げて来た。
そしてこの時、先ごろ亡くなったMarshallの創設メンバーのひとりであるケン・ブランにもお会いすることができた。
ジャズ歌手のクレオ・レーンにお会いすることもできたし。
楽しかったな~。今にして思うと無職でも絶好調だったわ。

6a0163044657d3970d01676781dade97_4この時「もう2度とイギリスに行くことはないかも知れない」と覚悟を決め、家内の了解を得て、このセレモニーの後しばらくイギリスの残り、スコットランドまで行って来た。
その間はちょうど「Diamond Jubilee」というエリザベス女王の在位60周年を記念するお祭りの最中でね。
タマタマ時を同じくしてベースの伊藤広規さんが私の滞在期間に合わせてロンドンを訪ねてくれた。
広規さんといえばMarshall。
そのMarshallで山下達郎サウンドを長年にわたってサポ―トされきたワケだからして、イギリスに来て工場に行かない手はない。
何度も書くが、その時の私は職務上はMarshallとは何の関係のない立場ではあったが、ジョンは快く広規さんを工場に迎えてくれた。
初めてコレを書くのだが…私の記憶の限りでは…工場に着いて、まずかつてのジムの執務室で顔合わせをした。
マーシャルの工場はドアのカギの暗証番号を知っているほど私は勝手知ったるところで、最初は広規さんには私が工場を案内するつもりでいた。
ところがジョンからは「案内は他のモノに頼むからシゲはココに残りなさい…キミにはチョット話があるんだ」と言われた。
広規さんたちを工場見学ツアーに送り出し、ジョンと2人きりになると、彼はこう切り出した。
「シゲ、コレを持ってMarshallで働かないか?」ということだった。
「コレ」とジョンが私に見せたのは下の当時のMarshallの名刺だった。
「キタキタキタキタキタキタ~!」
そりゃもう最高にうれしかったね~。
そして、ジョンはこう言ってくれた。
「あの『Marshall Blog』をまたやったらいいじゃないか!」
これも信じられないぐらいうれしかったね。
「見ている人は見てくれている」…ということを感じ入りざるを得なかったよ。

1_ncそして、2012年10月26日、現在のMarshall Blogがスタートした。
一番最初の記事で再開のご挨拶をさせて頂き、またしてもポール・ギルバートからコメントを頂戴し、ジョン社長からの祝辞へと記事をリレーした。
  
当初は下のようなデザインのバナーを使っていた。
後にMarshallからイメージの統一令が発布され、このバナーは姿を消さざるを得なかったが、コレも梅村デザイン研究所の仕事で大の私のお気に入りだった。
こうして、現在のMarshall Blogになっても毎日更新を続け、今日の記事を含めてその更新回数は1,349回となった。
と言っても、最近はどうしても記事の制作に割く時間が足りなくて「完全な毎日更新」がツラくなって来てはいるが、ま、気持ちとヤル気は以前と変わらない。
  
ココでひとつ触れておきたいのが「脱線」のこと。
コレは今に始まったことではなくて、かなり昔から脱線し続けて来た。
私の人生そのものが「脱線」だから。
時折、こんなこと書いてイヤがられはしないかな?と心配になることもあるのだが、存外に読者の皆さまからのご評価が高く、現在では24時間脱線ネタを考えている。
イヤ、ネタはいくらでも出て来るのだが「どれをどこに組み込もうか?」ということに腐心しているのです。
このことは「オープニング・トーク」と呼んでいる(「トーク」ではないのだが…)前書きもしかり。
前書きがうまく書けるとその回の記事は割とスラスラと筆が進むんだよね。
この「脱線」と「オープニング・トーク」でとてもいいカタルシスになっているのだ。コレを書いている今の今もそう。
だからこれからも双方ジャンジャンぶっ込んでいきます。

まぁ、文章を書くのは好きだけど、ムズカシイですよ。
「ムズカシイ」というのは、「人に読んで頂く」ということがムズカシイのね。
マーブロに載せている文章の最大のモットーは「初見で暗譜」。
一回スラッと読んで意味が通って、読み返す必要がなく、なるべく読んだ人の印象に残る文章を書いているつもり。
それを達成するのはやっぱり「笑い」だと思う。
「マーブロの文章なんか面白くない」という人もたくさんいらっしゃるだろうが、私はこれでも自分でも気に入ったお笑いネタがありましてね…やっぱり自分が面白いと思わないモノは人が読んでも面白いワケがないもんね。
品性を保ちつつユーモアを交えて行くことに努めているのです。
 
今コレを読んでいる多くの方がご存知だと思うが、Marshall Blogにしょっちゅう出てくれている田川ヒロアキのCODEのデモ動画が今週MarshallのSNSで公開された。
現時点で、facebookで7万6千回。Twitterで7千回。さらにInstagramでは15万6千回の再生回数をヒットした。
Twitterの回数が少ないのは、ヨーロッパはfacebookやTwitterに比べ利用者が少ないかららしい。
たった4日の間に世界で24万の人が田川ヒロアキのMarshallでの演奏を目にしたワケだ。
ホントにスゴイ世の中だと思う。
もちろんコレはひとえにヒロアキくんの実力によるところなんだけど、元はといえば彼が頻繁にMarshall Blogに出ていたおかげで、Marshallの社内でも「変な弾き方をする盲目のギタリスト」としてよく知られた存在だったことが土台にあった。
実は今もMarshall Blogがキッカケとなって始まったプロジェクトが進行している。
Marshall Blog、ヘヘヘ、実はバカにできたモンじゃないんですぜ。
だからもっともっとミュージシャンの方に利用してもらいたいと思ってるんだ。
1_marshall_blog_2bこの業界に入って、初めてジム・マーシャルとお近づきにさせて頂いて今年でちょうど20年。
そして、今日でマーシャル・ブログを初めて10年。
ずいぶん色んなことがあって世の中も変わった。
本当にアッと言う間で、「幻のような10年」だった…ということで今日のタイトルを付けてみた。
「Happenings Ten Years Time Ago」…唯一ジェフ・ベックとジミー・ペイジがリード・ギターを弾いた1966年のThe Yardbirdsのヒット曲。
YbThe YardbirdsもMarshall Blogに出たことあるんだゼ!
やっぱり私は昔のロックが好き。
でも、流行も追いかけないとMarshallの商売に差し支えるからね。
その辺りのバランスを考えて、新旧のミュージシャンやリスナーの架け橋となるような内容づくりを目指してで11年目に入りたいと思っています…写真と脱線タップリでね!
皆さん、これからもMarshall Blogをお引き立てのほど何卒よろしくお願い申し上げます。

 
(一部敬称略)