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2022年5月

2022年5月31日 (火)

【Marshall60周年記念イベント】Marshall HOOTIE


去る5月6日、予てよりレポートしていたMarshallの60周年を記念するイベントのひとつ『Marshall HOOTIE』が大盛況のうちに終了した。
今年で10年目を迎えたMarshallの生まれ故郷である「Hanwell(ハンウェル)」のフェスティバル、『HANWELL HOOTIE』の中での開催だった。10vイギリスで大人気のFrank Carter and the Rattlesnakesをヘッドライナーに迎えたラインナップ。
「hootie」というのは「パーティ」みたいな意味だそうだ。

Mh 開演前のステージのようす。
ステージのそでにはMarshallのロゴや60周年のロゴがあしらわれて「60th Anniversary」雰囲気を盛り上げる。
Img_5488会場はハンウェルの「Viaduct Meadow(ヴィアダクト・メドウ)」というところ。
「viaduct」というのは「陸橋」のこと。
下の写真の左の真ん中あたりに見える国鉄の陸橋がそれ。
一方、「meadow」というのは「牧草地」という意味。
キレイなところだわな~。
イギリスにはロンドンから数十分行ったロケーションにこんなところがいくらでもあるんだよね。
ビートルズの『With the Beatles』の中にポールが歌う「Till There was You」という曲がある。
あの歌詞の中の「sweet fragrant meadows(甘くてよい香りの草地)」の「meadow」がコレ。
ヤケクソにいい曲だよね~。
ちなみにあの曲はビートルズのオリジナル曲ではありませんからね…残念!
Img_5570
   
CRASHFACE(クラッシュフェイス)
 
「破壊した顔」?
おお!柳亭痴楽かと思ったゼ!Rt2 
さて、CRASHFACEのステージ…天気が良くてヨカッタね~!Stage CRASHSHFACEは2020年に活動をスタートさせたチャーリー・ヒントンとオットー・バルフォアのデュオ・チーム。Crash_face3パンク、ハードコア、そしてロック/メタルをミックスしたサウンドをクリエイトしている。Who6 音源を聴いてみると、芯の部分にどうしようもないぐらいダークな部分を感じる。
しかし、かなりバラエティに富んだ曲調がオモシロイ。Who1 影響を受けたのはNINE INCH NAILSとBRING ME THE HORIZON。
デヴィッド・ボウイとDEFTONES、とりわけMY CHEMICAL ROMANCEからの影響が大きく、「彼らはオレが最初で最後に夢中になったアーティストだ」とチャーリーは語っている。Crash_face1 パフォーマンスはもちろん大ウケ!Crash_face2 

HOT MILK(ホット・ミルク)
 
マンチェスター出身のエモ・パワー・ポップ・バンド。
フロントマンのジム・ショウとハン・ミーが2016年にマンチチェスターのノーザンクォーターで知り合ったのがバンド結成のキッカケ。
下がそのマンチェスターのノーザンクォーター。
なかなかにゴチャゴチャした楽しいエリアだった。Img_0404HOT MILKは「悲しい歌をハッピーなメロディで歌う」、「家族と親切第一」、「誰をも招くことができるオープンでウォームな地球づくり」を標榜するありがたいバンド。

Hot_milk3 中心人物のジムとハンのツイン・ボーカルが特徴。
ジムのパンキッシュな歌声とハンののびやかな歌声のコントラストが素晴らしい。Who5 「I Just Wanna Know What Happens When I'm Dead」なんて曲はとてもいいな。
なるほど「私が死んだ時になに起こるか知りたいだけ」か…「悲しい歌をハッピーなメロディで歌う」を実践している感じ?
このバンドはいいな。
写真を見ての通り、このバンドも盛り上がりに盛り上がったようだ。

Hot_milk1 Marshallのイベントだからして、もちろんステージ上のギター・アンプはMarshallしばり。

Hot_milk2  
朝晩はメッチャ寒いけど、5月のイギリスは気持ちいいからな~。
6月の20日あたりに向かってドンドン日が長くなっていく。

Img_5581_2  
次は…The Emmas。
曲は「Cheers!」。
  
ウソウソ、バンドではありません。
2人ともお名前を「エマ」さんとおっしゃる。
上のエマはこの写真他を提供してくれたゲイリーの奥さん。
かつてエマはジム・マーシャルの秘書をしていた。
2001年に『マーシャル祭り2』というイベントを開催した時、ジムが来日する予定だった。
ところが直前にニューヨークの同時多発テロが発生し、安全を期して急遽来日を中止することになってしまった。
その時に急いで電話をくれたのがエマだった…という思い出がある。
今でも会った時は大抵その話をします。
下のエマも社長秘書であり、「庶務」っていうのかな?…イギリスに行った時など、ありとあらゆる細かい世話をしてくれるありがたいお方。Img_5578  
LYONESS(ライオネス)

 
ハートフォードシャー出身のバンド。
「ハートフォード」といえば…『マイフェアレディ』でしょう?
「Hartford, Hereford, Hampshaire hurricanes hardly happen(ハートフォード、ヘレフォード、ハンプシャーでは滅多にハリケーンは起こらない)」ですよ。

Mfl我々世代は「ライオネス」なんていう名前を聞くとたとえ綴りは違っていたとしても、すかさず「♪ラララ ライオネスコーヒーキャンディ~」のメロディが口からでてくるのではあるまいか?
そして、「♪キャンキャンキャンロップ」、さらに「♪ほ~らチェルシーもひと~つチェルシー」と続くハズ。

Lc
LYONESSはGallowsとThe Ghost Riders in the Skyというバンドが母体となって結成されたチーム。Img_5496シンガーはギリアン・マクスェル。Lyoness2ギターはステファン・カーター。
ギリアンとステファンが中心となって音楽を作っている。Lyoness1 「カッコいいリフと極上のグルーヴが自慢」ということになっているようだが、なかなか凝った音作りをしていて、私なんかにはパンクパンクしていないところがとてもいいな。
ところどころハッとさせられるようなクラシックなロックのテイストが散りばめられているサウンドづくりもこのバンドの魅力だ。Who3 もちろんステージのドラム・キットはNATALね!Natal

向かって左が写真を提供してくれたゲイリー。
右はアメリカのライアン。
もう2人とも私ももう20年のお付き合いだ。
こういう写真を見ると無理をしてでも行っておけばヨカッタかな?なんて思っちゃう。

Img_5594_2 ライアンはなかなかの超絶ギタリストでしてね。
もうこんなの覚えている人も少なくなってしまったかも知れないが、下はMarshallが2000年にAVTシリーズとエフェクターを発売した時に制作したCD。
コレ、今にして思うに…名盤だわ。
大事に保管しておいてヨカッタ。
当時MarshallのインストラクターだったProcol Harumのジェフ・ホワイトホーンがオリジナル曲を用いてデモンストレーションしているんだけど、1曲だけライアンが自作の「dorkus malokus」という曲でAVT50Hのデモを演っている。
コレがスゲエんだ!
煙が出るようなシュレッディングで、当時はまだ会ったことがなかったので、「一体このライアン・ローズってどちら様?」と当時のMarshallの担当者に問い合わせたことを覚えている。

0r4a0536 

Frank Carter and The Rattlesnakes(フランク・カーター & ザ・ラトルスネイクス)
 
「rattlesnake」というのは「ガラガラ蛇」のことね。
ウチの下のセガレが大学の時に所属していたアメリカン・フットボールのチーム名も「ラトルスネイクス」だったわ。Rs3日もスッカリ暮れていよいよトリの登場と相成った!Img_5555フランク・カーターはLYONESSのところで出てきたGallowsのフロントマンだった。
このGallowsというバンドはイギリスではスゴイ人気だったんだね~。
ところが2011年に惜しまれつつ解散。
その後のフランクの動向は業界の注目を集めた。
フランクは音楽の趣向を変化させつつ、いくつかのバンドを経た末、The Rattkesnakesと共に2015年にハードコア・シーンに帰って来たというワケ。 

Fc1 その激しく熱情的な演奏はMarshall Hootieの最後を飾るにふさわしいモノだった。Img_5534私なんかがこのバンドの音を聴くとパンク・ロックの大きな影響を感じるんだけど、どうなんだろう?

Who4 それはフランクの歌い方によるモノか。
ロンドンのパンク・ムーブメントというモノがいかに強力だったかを実感する。
実際に私と同年代のイギリスの連中はいまだに大好きだもんね。
やっぱり本場はスゴイわけよ。
Img_5549Marshallの生まれ故郷にフランクの絶叫がこだまして興奮の「Marshall Hootie」が幕を下ろした。

Fc2 同じ「若手のバンド」といっても演ってる音楽が日本とは全く違うね。
HOT MILKなんてのはスゴくヨカッタ。
ホンモノを観てみたいと思ったよ。
日本人は昔のようにもう少し洋楽を聴けばいいのにナァ。
 
ひとまずコレでMarshallの60周年を記念するイベントのレポートは完了。
またナニかあったらお知らせします!
Img_5553

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2022年5月30日 (月)

【Marshall60周年記念イベント】Marshall60周年記念展

 
今日のテーマは「Marshallと美術館」、あるいは「Marshallと博物館」…とくれば、記事の書き出しとして、これまでに何度かご登場頂いている福島の「郡山美術館」にまたしてもお出まし頂くしかない。

10_2_42010年の5月~7月まで郡山美術館で開催されていた『スウィンギン・ロンドン 50's-60's ビートルズたちが輝いていた時代』展。
もう12年も前か…私の「Marshall仕事」の思い出に残る仕事のひとつ。
 
その時のようすはコチラ⇒【SHEENA & THE ROKKETS 35周年記念特別企画】鮎川さんとMarshallとわたし

51_2ロンドンが最もにぎやかだったとされる1950~60年代に巻き起こった「スウィンギン・ロンドン」のムーブメントを考察す返る展示だ。
この展示会は郡山を皮切りに全国の博物館や美術館を周った。
 
我がMarshallからは、Marshallアンプ第1号の「JTM45 Offset」と…

140v世界初の100Wギター・アンプ「JTM45/100」のリイシューを出展させて頂いた。
壁にはThe Whoのアルバム、ヨコにはリッケンバッカーが展示されているが、1965年ごろ、ピート・タウンゼンドがステージでブッ壊したリッケンバッカーはジム・マーシャルが修理していたそうだ。

150_2_2そのジムのインタビューはコチラ。


さて、イギリスはMarshallの本社工場があるバッキンガムシャーのミルトン・キーンズ。
もう何十回も行っているにもかかわらず知らなかったんだけど、そこには「ミルトン・キーンズ博物館」という施設があるらしい。
ゼンゼン知らなかった!
…と言いたいところだが、2017年に書いた「ミルトン・キーンズの開発50周年記念」の記事の中に名前だけ登場していたわ。
恐るべし、Marshall Blog!Img_0615 ココで脱線…。
一方、Marshallの本社工場は同じミルトン・キーンズの中の「ブレッチリー」という行政区画にあるんだけど、ココには世界的に有名なスゴイ博物館が2つある。
ひとつは映画『イミテーション・ゲーム(The Imitation Game)』の舞台となった「ブレッチリー・パーク(Bletchkey Park)」。Ig 『イミテーション・ゲーム』は難攻不落のドイツの暗号「エニグマ」を解読したイギリスの数学者のアラン・チューリングの活躍を描いた物語。
チューリングは下の写真のブレッチリー・パークでその偉業を達成した(実は、チューリングより前にポーランドの学者が「エニグマ」の解読にほぼ成功していたんだけどね)。
420_2で、その偉業を称えて、チューリングは昨年、イギリスの最高額の紙幣である50ポンド札の顔になっちゃった。
偉人変人が引きも切らないイギリスのこと、紙幣の顔になる有名人はいくらでもいうだろうに、ナゼにチューリングが選ばれたのか…。
私が勝手に想像するに、ひとつは、第二次世界大戦の終結を2年早めたと言われている「エニグマの解読」に成功した功績。
もうひとつは、同性愛者だったチューリングを歴史から抹殺したイギリス政府の罪滅ぼしではないか?…と。
50noteココでサブ脱線。
コレはどこたったのか忘れてしまったんだけど、見ての通り駐車場の普通の精算機。
この中で私が感動した部分がひとつある。
さて、どこでしょう?Thumbnail_img_0865それはですね、「紙幣」を挿入するスロットの表記なのです。
アメリカの自動販売機は「紙幣」を「bill」と表現しているハズ。
だから「INSERT BILL FACE UP」。
「Face up」なんていいね。コインは「Head」なのにね。
紙幣には顔が印刷されているからかしらん?
Bill コチラはイギリス。
ロンドンの地下鉄の自動券売機。
コレには「Insert notes here」と書いてあるでしょ?
そう、イギリスでは紙幣のことを「Note(ノート)」というワケ。Uk そして、もう一度さっきの駐車場の精算機に目をやると…おお!「NOTE」って書いてある!
うれしいな~。
アメリカ英語に毒されたこの国で見かけるイギリス英語…貴重です。
どうでももいいことをスミマセン。
アタシャこういうことが大好きなのです。

Thumbnail_img_0864_2 脱線終了。
ブレッチリーにあるもうひとつのスゴイ博物館が「国立コンピューティング博物館(The Natipnal Museum of Computing)」。
このルックスで「国立」だぜ。

50_3 その2つの博物館を訪問した時のレポートがコレ。
調べたワケではないけれど、この2つを連続してココまで詳しくレポートしている媒体は恐らく日本には2つとないじゃないかしらん?…なんて思っていますのでゼヒご覧あれ。

★【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 46 ~ ブレッチリー・パーク <その1>
★【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 47 ~ ブレッチリー・パーク <その2>
★【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 48 ~ 国立コンピューティング博物館<その1>
★【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 49 ~ 国立コンピューティング博物館<その2:真空管まつり>

 
さて、今日の本題。
コレがそのミルトン・キーンズ博物館。10_2_3ココで去る4月9日から5月2日までの約ひと月にわたって「Marshallの60周年」を記念して『60 YEARS OF MARSHALL』というMarshallの特別展が開催された。20_3開催にあたって、おなじみ社長のジョナサン・エラリーが寄せた言葉。
「今やMarshallはひとつのブランドのもと、音楽を創造し、鑑賞し、そして楽しむイクイップメントのすべてを取り扱っています。
我々はこの画期的な瞬間とブランドの歴史を刻んだアイテムを音楽ファンと分かち合うことができてとてもうれしく思っています。しかもそれが我々の記念すべき年に実現できたことは喜びもひとしおです。
ボリュームを上げて、名声の向こうにいる男の名前を思い出してもらえれば完璧です。
ジムは自分のしたことがミルトン・キーンズ博物館に祝福されていることを知って興奮していることと思います。
ミルトン・キーンズは彼の家なのですから」Sje では展示を拝見させて頂きましょう。
 
ただいま絶賛設営中。
25前回紹介したデイヴ・ムスティンのサイン入りJVMのハーフ・スタック。23おお、「マーシャル牛」!
捨ててなかったんだ?!40_22017年にミルトン・キーンズ開発50年を記念(前出)して地元の企業が制作した牛のオブジェのひとつ。
牛はミルトン・キーンズのシンボルなのだ。Cow ココは「周年モデル」のコーナー。
25周年のJubilee、30周年の6100、40周年のJaguar Bluesbreaker、50 周年の1Wチビッコ・モデル他が並んでいる。
50_2コレはOriginのOne-off(一点モノ)。60_2何人かのアーティストがOrigin50Cのボディにペイントを施した。
これらのモデルは2020年のNAMMで大きくフィーチュアされた。
 
その時のようすはコチラ⇒NAMM2020レポート vol.2~MarshallブースとD_Driveデモ初日
70_2ココはシグネチャー・モデル・コーナー。
ジミ・ヘンドリックス、ランディ・ローズ、ザック・ワイルド、ポール・ウェラー、スラッシュ…どれも懐かしいな。
100_2その中でも特別扱いされていた感のあるのがコレ。80_2レミーのフル・スタック。
コレも懐かしい。
向かって右下の赤いコーナー・ガードが話題になったっけナ。90_2スパイナル・タップのコーナー。
何でも映画の<続編>が出て来るらしいね。105CODEのコーナー。
やっぱりいまだに世界中の人気の的だ。110_2ココはSTUDIOシリーズの展示。
親と子が並んでいる。
やはりSTUDIOも世界的に大きな支持を得続けているそうだ。
CODEのすぐ後でこんなことを書くのもどうかとは思うが、デジタル機器にあふれているシーンの中にあって、「音がいい」という評価がそのキメ手らしい。
やっぱりホンモノは残っていくな。

120_2ココは商品開発の場面…ということかな?130_2Marshallの工場に行くと、秘密の小部屋があって(社内ではゼンゼン秘密になっていない)、その中でいろいろな試作機の制作が行われているのね。
その小部屋のイメージ。
ああ、このコンセント…イギリス行きたいな~。140_2ありとあらゆる外観の素材を詰め込んだサンプル・モデル。
キャビネット・バージョンもあるよ。

150_2ジョンが挨拶で触れていた通り、Marshallはアンプ以外にもビジネスの幅を広げていることは皆さんもご存知の通り。
ココはその一部として、
Marshall Records(レコード・レーベル)
Marshall Live Agency(ブッキング屋)
Marshall Studio(レコーディング・スタジオ)
を紹介している。
D_Driveの世界デビュー・アルバム『Maximum Impact』もチャンと展示されている。

160_2右端の「EDUCATION」というのは、MLC(Music Learning Collective)という音楽学校のサポートに取り組んでいることに触れている。
MLCについてはコレね。


そして、アクセサリー関連。165Tシャツやビール。
BMWとのコラボやジュークボックス。170_2冷蔵庫ももちろん。
しかし、改めてこうして見てみると色んなことやってんな~。180_2オーディオ機器も世界的に絶好調だ。

190_2この辺りは工場のレセプションから持ち出してきたメモラビリア。
昔、Marshallはプレミアムリーグのミルトン・キーンズのフランチャイズチームである「MK DONS」のスポンサーをしていたからね。200_2MK DONSはミルトン・キーンズに元からあったチームとウィンブルドンのチームが合併してできたチーム。
MK DONSの「ドン」はウィンブルドンの「ドン」。
結成した当初はこんな立派な冊子も出していた。
中はMarshallのスクリプト・ロゴのついたユニフォームに身を包んだ選手たちの熱戦を伝える写真がたくさん載っている。0r4a0388 Marshallはジム・マーシャルの意志を引き継いで数々のチャリティ活動に参画している。
昔から私もそれを知らないワケではなかったが、ジムのお別れの会にお呼ばれした時、そのチャリティ活の規模が想像をはるかに上回るモノであったことを知って驚いた。
 
その時のようすはコチラ⇒ジム・マーシャルの生涯を祝う会
 
ココはそうした分野の記念品の展示。210Marshallに関するビデオを上映するコーナーも設けられていたようだ。

220当然壁もバッチリ展示。
こうして大盛況のうち、5月2日に展示は終了した。

230 

 
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2022年5月27日 (金)

【Marshall60周年記念イベント】『爆音の父の日』のオープン工場


ココはMarshallの本社工場がある英ミルトン・キーンズの「Campbell Park(キャンベル公園)」というところ。
キレイだネェ。
コレがロンドンから電車で1時間ぐらいのところにあるんだから恐れ入る。
もっとも1時間も離れなくてもロンドン市内には大きくて美しい公園がいくらでもあるんだけどね。10_2_2 その公園の西の端に「Milton Keynes Rose(ミルトン・キーンズ・ローズ)」と呼ばれる一角がある。
「一角」といっても形は円形で、上から見るとバラの花のようなデザインになっている。
バラはイギリスの国花だ。
下の写真がその「ローズ」。
作者はイギリスでは「パブリック・アーティスト」と呼ばれる、公共の場に設置されるオブジェのデザインを手掛けることで知られているゴードン・ヤングという人。
黒い丸いオブジェを囲むように林立しているのは、「Pillars(ピラー=柱)」と呼ばれている地元や国の名士、世界的に活動した人たち、また世界的&歴史的にの重要な出来事の「記念碑」の数々だ。
ピラーにはその人や出来事の内容だけではなく、それにまつわる年月日が記載されている。
例えば、1月27日の「Holocaust Memorial Day(ホロコースト犠牲者を想起する国際デー)」、2月14日の「St. Valentine's Day(ヴァレンタイン・デイ)」、8月6日の「Hiroshima Day(広島の日、9日の「長崎」の碑はない)」、最近の出来事では5月25日の「Black Lives Matter」の碑が設置されている。
設置されているピラーのリストにザっと目を通してみたが、どちらかというと、世界的に有名な事件の方が多い感じ。
その中にあって、(行ったことはないけど)ひと際目を惹くのが4月5日を記念するピラー。20何の日か…。
4月5日は「Father of Loud Day(爆音の父の日)」…そう、ジム・マーシャルの命日なのだ。
このピラーに寄せられている文を読むと…
地元の名士、爆音の父ジム・マーシャルOBEに贈る。彼は音楽の分野において最も名の通ったブランドのひとつであるMarshall Amplification plcの創設者にして会長だった
としてあって、デザイナーのゴードン・ヤングが…
『爆音の日』のことをインターネットでチェックしたのだが、世界中からジム・マーシャルへの敬意が寄せられていた。ジム・マーシャルが亡くなったこの日は、今でも世界のファンが長時間にわたって関連する音楽をダウンロードしている。これがファンがやり続けていることだ」と、コメントしている。
 
上に書いたように、このピラーは他にも5月1日の「メーデー」とか「初めてティー・バッグが作られた日(1953年7月5日)」とか、出来事に関するモノが多く、『爆音の父の日』のように個人を称えて設置されたピラーは極めて少ない。
ミルトン・キーンズというイギリスで一番歴史の浅い町の発展に貢献したという「地元ビイキ判定」が働いていたにしてもジム・マーシャルのピラーが建てられているのは大変誇らしいことだと思う。30v_2 ココ、ウィリアム王子も訪れているんだって!
ジムのピラーとパチリ。
 
現在68の碑が設置されていて、あと38基設置することができるそうだ。Will_2 さて、去る4月5日、Marshallは創業60周年とジムの没後10年を記念して、100人を超える一般の方々を招待して工場を開放した。
「オープン・マイク」って盛んにやってるでしょ?
Marshallの場合は「オープン工場」というワケ。

40まずはレセプションに集合して出席の確認。60正面のフル・スタックのデコレーションも「60周年記念」使用になっている。70階段を上がってミュージアム見学。
やはりシリアルナンバー#1のJTM45が注目を集めたようだ。80続いて工場見学。
ココは木工のパートね。90「フムフム、オレのMarshallもこうなっているのか…」

100工員さんのTシャツも60周年記念バージョンだ。110シャシ製作の工程に置かれていたJVM410Hと1960BDM。
1960BDMはMegadethのデイヴ・ムスティンのために作られた「Marshall初のスピーカー・キャビネットのシグネチャー・モデル」。
SHOW-YAのsun-goさんが愛用しているスピーカー・キャビネットね。
この写真に写っているJVMにはデイヴ・ムスティンのサインが施してある。

115コチラは電気回路まわりの説明。120「え~、ハンド・ワイアードというモノは~」なんてやっているのかな?140コチラは最終の仕上げ工程だ。
このマスクをしたおジイさんと赤い上着を着た人、熱心だナァ~。
130場所をMarshall Studioに移したよ。
スタジオのマネージャー、アダムの説明を聞く。150壁があれば当然記念撮影でしょ。160そしてお待ちかねの「お楽しみタイム」!

170思う存分爆音でどうぞ!
180今日は「爆音の父の日」だから!190この日、残念ながら「オープン工場」に参加できなかった方…安心してください!
50コチラで体験できます!
 
①Marshallの工場を見学しよう!

②マーシャル・スタジオへようこそ!

あ~あ、イギリス行きたいナァ。

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2022年5月26日 (木)

【Music Jacket Gallery】プロモーション・アルバム特集 <後編>

 
<後編>はいつも通りギャラリーの平面展示のアイテムをご紹介。
今回の『プロモーション・アルバム特集』では、ただでさえ一般の人の目には触れる機会が少ない宣伝用素材をご覧頂いたが、それの変形や立体のアイテムだからしてレア度はアップ!
お楽しみあれ。
解説は植村さんのオリジナル原稿に私が勝手に書き足しております。Img_0205  
★VARIOUS ARTISTS / AN INVITATION OF HEART OF VILLAGE GREEN  (1989、1990)
シュガー・ベイブの初代マネージャー、元パイドパイパー・ハウスの店主で現在も様々な企画・監修者として知られる長門芳郎氏が設立したレーベル「ヴィレッジ・グリーン」のプレゼンテーション用CD。Img_0045_2レーベルのコンセプトである人間味溢れるあたたかさ、アコースティックでシンプルな音楽にフィットした手作り感のあるデザインのブックレットやレーベルが印象的だ。
Vol.2はケース入りの2枚組だ。Img_0049「ヴィレッジ・グリーン」なんてレーベル名はやっぱりThe Kinksからかしらん?
キンクスはいいよナァ。
コレはレイとデイヴの生家の前にある「クリソルド・アームズ」というパブ。
2人はココで初めて人前で演奏した。

0r4a0051店内に飾ってあるパネル。
「Fortis Green(フォーティス・グリーン)」というのはこのパブの近く、すなわちレイとデイヴが育った町の地名。
0r4a0114コレが『Village Green Preservation Society』の着想の原点なのかな?…と思って。
「The Kinksのロンドン」という特集を【名所めぐり】でやるつもりなんだけど、準備がゼンゼン進まん!Img_9697 
★VARIOUS ARTISTS / ビートルズ企画CD (1990)
ビートルズを擁する東芝EMIならではのトリビュート企画『ALL WE NEEDS IS LOVE~愛こそすべて~』のために作成されたプロモCD。
この当時、再結成していたサディスティック・ミカ・バンドの高橋幸宏・小原礼・桐島かれんと、高野寛によるカバー4曲が収録されている。
60年代に流行した4曲入りのコンパクト盤を模したレトロなデザインが秀逸。
Img_0053  
★ナーヴ・カッツェ / 歓喜   (1991)
NAV KATZE (神経質な猫)とネーミングされた女性のトリオは、ブレイクこそしなかったがその独自の音楽性によってコアなファンを獲得した。
このプロモCDは1991年4月のデビュー・アルバム用のもの。
Img_0055リーダー格の山口美和子の手書きの歌詞やファンタジー風味あふれるメルヘンチックなイラストを用いたブック仕様のプロモCDは、彼女たちの音楽性をアピールする最適なツールといえよう。

Img_0055

Img_0054 
★FUNKAHIPS LIVE SHOW / FUNKAHIPS ALL STARS SONY MUSIC ENTERTAINMENT (1989)
日本を代表するR&B/ソウル・シンガー、久保田利伸を中心にGWINKO、AMAZONS、富樫明生、ブラザー・トム / コーンなどで結成されたFUNKAHIPS ALL STARSのライヴを業界向けにプレゼンしたCD(シングル発売のみで、アルバムは未発売)。
Img_0057_2三面見開きのロング・サイズの特殊パッケージの内側は、Pファンクやファンカデリック・テイストのイラストレーションに彩られ絶妙な味わいを醸し出している。

Img_0056

★VARIOUS ARTISTS / THE MUSIC PEOPLE  (1972)]
1968年に創立されたCBSソニー の5周年記念に製作されたプレゼン用の3枚組LP。
クラシック篇、ポピュラー篇、邦楽篇に分かれ、それぞれのライナーノーツに5年間の歩みとヒットのエピソードなどが綴られている。
Img_0058ジャケットのイラストは和田誠氏によるもの。
このLPは当時ヒットしたギフト・パック・シリーズで販促のアルバイトをしていた植村氏が社員の方に頂いたものだそうだ。
大事に保管しておいたんだね。

Img_0060この和田さんのイラスト、いいよね~。私にとってはナンといっても石丸電気のレコード用の黄色い紙袋。
アレ、途中でデザインがアップデイトされたんだよね。
考えてみると、LPの時代はお店の包装袋も大きくて楽しかったね。
滅多に買えないレコードだから紙袋まで大事に大事に取っておいたもんです。
石丸電気の紙袋も山ほど持ってたんだけど、いつの間にかなくなっちゃった。
ああ、またどうにかして手に入らないものか…と思っていたら近所の骨董品屋に置いてあったレコードの箱の中で発見した!
も~、どうにも欲しくて、欲しくて…。
箱の中の何がしかのレコードを買って、オマケにその袋を付けてもらおうと思ったんだけど、どうにも買いたいレコードがない。
そこで、ダメ元で「袋だけ売ってください!」と頼み込んでみた。
はじめ判断に困っていた店のオジちゃんが「ん~、袋だけ売って金を取るワケにもいくめぇ。ええい、持ってけドロボー!」と景気よく譲ってくれたのが下の袋。
コレはビニールだけど、昔は紙製だった。
 
表は、クラシックの人たち。
ブルーノ・ワルターとかカール・ベームとかマウリッツォ・ポリー二が出ているのが何となく時代を感じさせるナ。

S0r4a0385_2 裏はポピュラー音楽。
今回の<中編>で取り上げたけど、ジョージ・ベンソンの姿を見ると結構最近のモノというイメージがある。
イヴ・モンタンが出ているのが渋い。S0r4a0383 チョット、和田誠さんで脱線。
2019年の10月に亡くなってしまったのはとても残念だった。
ナゼ、お亡くなりになった時のことを覚えているのかというと、私はちょうど上海にいて、空港に向かう帰りのバスの中で見た携帯で知ったのでとても印象に残っているのです。
同行していた若い連中にその訃報を伝えたところ、ビクともしなかったことはチョットした驚きだった。
私は、イラストは言うに及ばず、和田さんが書いた映画に関する文章が好きなのね。
今、ちょうど姉妹ブログの『Shige Blog』に映画の思い出について書いているんだけど、私は音楽に狂う前は父の影響で幼い頃から洋画に夢中だった。
そんなだから、和田さんの異常なまでの記憶力に基づいた感想とも解説ともつかない文章を読んでいると何とも幸せな気分になるワケ。
私のキライな表現のひとつではあるが、今よく言う「愛を感じる」っていうヤツ。
私もどうでもいいことに関する記憶については、タマに人から驚かれるが、和田さんの記憶力は超ド級だ。(「超ド級」についてはコチラをどうぞ⇒FATE GEAR最新作『KILLERS IN THE SKY』MV撮影レポート~私の横須賀
やはり幼い頃に観ているからなのであろうが、スタッフにキャスト、役者の演技はもちろん、セリフからカメラワーク、音楽まで細かく覚えていて、まるで昨日観て来たかのようにイキイキと語るんだよね。
映画の中の名セリフを集めた『お楽しみはこれからだ』の最初の3冊(4冊目は大分後になってから上梓された)と下段の山田宏一さんとの対談集は夢中になって読んだ。
そして「映画ってこうやって観るものなのか…」と、映画の本当の楽しみ方を知ったような気になったのは1980年代に入った頃か、はたまたその前だったか…やっぱり私の記憶力はダメだね。
コレらの本は今でも時々引っ張り出しては読んでいる。
ちなみに「お楽しみはこれからだ」はガーシュインの「Swanee」でブレイクしたアル・ジョルスンの生涯を描いた『ジョルスン物語(The Jolson Story)』に出て来るセリフ。
オリジナルは「You ain't heard nothing yet!(あなたはまだナニも聴いていない)」という「ain't」と二重否定を使った下品な文章。
ジョルスンのペット・フレーズだったのかな?
けだし名訳!
余談ながら、1945年のジョージ・ガーシュインの伝記映画『アメリカ交響楽(Rhapsody in Blue)』にスターになってからのアル・ジョルソンが出て来るんだけど、コレがとてもいい感じ!
もうひとつ余談。
私はこの和田さんの手引きで『ジョルスン物語』を観て、後にヒッチコックの『引き裂かれたカーテン(Torn Curtain)』で重要な役を演じるルドヴィク・ドナス、あるいはルードヴィッヒ・デナートという俳優を覚えた。0r4a0387

 
★スピッツ / INTRODUCING スピッツ (1990)

スピッツの業界お披露目用のCDだそうだ。
スピッツは1990年3月に初のCD『ヒバリのこころ』でインディーズからデビュー。
デビュー半年前に制作されたこのプロモCDには、1989年9月にデモ・テープとしてレコーディングされた特別な音源が収録されている。
このインディーズCDが未だにかなりの高値で売られていることを考慮するとその貴重さは推して知るベしだ。Img_0062 

★BONNIE RAITT / “PROPER” PIZZA (1991)
1991年の『LUCK OF THE DRAW』発売時にEMIミュージック・ジャパンが独自に制作したプ
ロモーション用のCD。
そのアルバムからは5曲、前作の『NICK OF TIME』からは3曲を収録している。
Img_0063宅配ピザの箱を模したこのプロモCDは、「EIGHT HOT SLICE」といったメニューや、レーベル面がピザになっている凝りよう。
ヒット曲をすばやくデリヴァリーするというメッセージが込められているワケね。
ちなみに「luck of the draw」は「運任せ」、「nick of time」というのは「in the nick of time」という風に使って「ちょうどいい時に」という意味を表す。

Img_0067 

★FRANK ZAPPA / FORMULA EXPLOSIVA ZAPPA (1998) 
1993年に没してからも過去の貴重な音源が尚もアーカイヴとして精力的にリリースされ続けているフランク・ザッパ。
これまでに世に出た作品は彼の残した音楽マテリアルの2~3%にしかすぎないというのだからまだまだ楽しみだ。
この4枚組CDボックスは、1998年にRYKODISCとしてのカタログが完成したことを記念してブラジルのみの限定でプロモーション用に作成された極めてレアなもの。

Img_0068CDの他には、Tシャツ、ポスター、シール(アイロン・プリント用)、ポスト・カード、ピンバッチが洗剤(?)の箱に同梱されている。

Img_0070Tシャツのデザインは『We're Only in It for Money』のジャケット裏から。なんかいい加減な雰囲気もしないでもないな…。

Img_0071昔チューインガムについていた水に濡らして台紙をペロッと剥がすタイプのシール。

Img_0072これがその洗剤の箱。

Img_0074何だか色んなものを好き勝手に組み合わせて作っちゃった感じがするね。
それにしても肝心のCDのセレクションがサッパリわからん。
『Cheap Thrills(廉価ベスト盤)』に『Grand Wazoo』、『Zoot Allures』に『Sheik Yerbouti』だゼ。
まったく理解できん。
そこが無責任感丸出しでまた面白い!

Img_0075 

★PAUL McCARTNEY / JAPAN TOUR‘90 SPECIAL (1990)
ポール・マッカートニーの初来日を記念して日本だけで特別に作成されたプロモCDがコレ。
パッケージ自体はいわゆるプロモCDの典型だがこの収録音源はかなり貴重なもので、ポール本人が日本向けに来日ステージのことや曲作りのことなどをしゃべっている。
Img_0076「日本人は冷たい」とか言っているのかな?
当時の担当者がイギリスへの出張帰りにロンドンでポールに直接会ってテープ録音をして来たという。スゲエ。Img_0077コレはロンドンのソーホーにあるポールの事務所。
正確にはポールが運営する音楽出版社。Img_0669昔はカーテンが開いていて中で従業員が忙しそうにしていたんだけどね。
いつの頃からかこんなんなっちゃった。Img_0666  

★HINO TERUMASA / ON THE ROAD  (1989)
日野皓正の1989年『ON THE ROAD』の発売にあわせてプロモーション用に作成されたCD。

Img_0080このアルバムにはラテン・テイストに溢れる作品が多く収録されているので、それを印象付けるためにコーヒー豆などを入れる麻の袋にCDを収納している。
パッケージとしては非常に目立つが、やたらとCDが取り出しにくく、CDに麻の毛が付いてしまうとのこと。

Img_0082

 
★VARIOUS ARTISTS / 25 ANNIVERSARY  (1991)
日本の音楽出版社(音楽の原盤・出版権を持つ会社)の中でもトップ・クラスのフジパシフィック音楽出版の創立25周年を記念してプレゼンテーション用に作成された2枚組CD。
興味深いのは「CALENDAR SONGS」と題して、同社のもつ管理楽曲を季節や月といった括りでリストアップし、その中から25曲(25周年にあわせて)を収録している点だ。

Img_0084パッケージ・デザインも秀逸!

Img_0087今回も見応え充分のコレクションでありました。
ジャケットって本当に奥が深いですね~!
 
現在は休止しているが、MJGは予め閲覧を申し込んでおけば誰でもご覧になれます。
再開の暁にはゼヒ足をお運び頂き、レコード・ジャケットの楽しさと重要性を味わってくださいまし。
 
MJGの詳しい情報はコチラ⇒[金羊社]MJG常設展公式ウェブサイト

Img_0208
さて、最後に…。
このレコード・ジャケットを提供しているのは先ほどから何度もお名前を拝借している日本屈指のコレクター、植村和紀さん。
何度かMarshall Blogにも直接ご登場頂いてきた。

植村さんのコレクションの情報はコチラ⇒The Amazing Uemura Collection~Music Jacket Galleryの源

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その植村さんが西荻窪で経営されているカフェがその名もズバリの『MUSIC JACKET GALLERY』。
時折ココでしか聴けないライブも開催している最高の音楽空間。
やさしい植村さんが笑顔で迎えてくれます。
音楽好きの方はゼヒお立ち寄りください!
 
MUSIC JACKET GALLEYの詳しい情報はコチラ⇒公式Twitter

Doqqrc6uuay_lvy

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 200(一部敬称略 協力:植村和紀氏)

2022年5月25日 (水)

【Music Jacket Gallery】プロモーション・アルバム特集 <中編>

 
<中編>は4番目の展示棚から…え?いつもより進み方が早い?
そういう時もある。
 
§ 4-a

Img_0029_1またレゲエ。
今度は「Island」、日本では東芝EMI(当時)のバージョン。
門外漢だから余計感じるのかもしれないが、70年代はレゲエの普及が盛んだったんだね~。Img_0198解説に目をやると…「レゲエ・ミュージックは1970年代の音楽の新しい流れとなるだろう」とジョン・レノンが言っていたんだって。
<前編>でチョット触れた通り、ロンドンでは確かにスゴかったんだと思う。
ボブ・マーリーに関して言えば、日本でもあのロンドンのライシアム劇場で録音されたライブ・アルバムがナニかと注目されていたけど、どちらかというとあのヘアスタイルの方が話題になっていた感じがするナァ。
あと、ジミー・クリフの「Harder They Come」というのがよく露出されていた。
基本的には門外漢なのでサッパリわかりません。
Img_0199次はWarnerのサンプラー。
昔、「Hot-Dog Press(講談社刊)」という男性向け情報誌があった。
「昔」といっても2003年まであったのか…1回も買ったことないのでピンとこなかった。
失礼しました。
でも20年も前の話だから「昔」と言っても差し支えないだろう。
「講談社」は講談本を出版することからその名が付けられたことは以前どこかに書いた。
この「Hot-Dog Press」という雑誌は今でもある「POPEYE(マガジンハウス刊)」の向こうを張って発刊されたんじゃなかったっけ?
「マガジンハウス」って言ったって、我々の世代には「パンチ」が代名詞の「平凡出版」だがね。
こういうのは「男性向け一般情報誌」って言うの?
双方、ただの一度も買ったことがなかったナァ。
でも、なつかしい感じだけはするね。
その「Hot-Dog Press」の表紙のデザインをパロったジャケット。
放送局や大手レコード店のスタッフの目を惹くためなのか、アノ手コノ手で、あるいはやりたい放題でジャケットを目立たせようとするのがこのプロモ盤のおもしろいところのひとつなのかも知れない。
ところが、ココに出ているアーティストの名前に目をやると、私が興味を持っったことがない方々ばかり。
そりゃそうだよ、タイトルの下に「Music for City Boys」って書いてあるもん。

Img_0180しかし、「シティ・ボーイ」ってナンだ?…と、今頃になってその定義を調べてみる。
「都会風の感覚を身につけ、流行に敏感な若い男性。つまりアナタのような流行を絶対に支持しないヘソ曲がりの男性の反対」
やかましい、大きなお世話だ!
 
下は裏面。
当時はまだまだ洋楽が強かったんだろうな。
いつの時代もこういう音楽を聴いてくださっている皆さんが経済を回してくれているんですね。
<前編>に引き続いてお礼を申し上げさせて頂きます。
いつ頃の盤なんだろう?
ジョージ・ベンソンの『Give Me the Night』のPRをしてるところから察するに1980年あたりのようだ。
 
コレは聞いた話だけど、どこかの大手資本経営のライブハウスの杮落としにジョージ・ベンソンが出演した時のこと。
とあるサラリーマンが、「滅多に見れない貴重なライブ」としてお得意先のおエライさんをそのライブに招待した。
「キミキミ、今日の出演者はそんなにスゴイ人なのかね?」
「そりゃもう!アメリカではトップでございますからね。歌もギターも絶品ですから、お気に召して頂けること請け合いでございます!」
「ほほう、うれしいね、そんな機会に招いてくれて…。で、何て言ったっけね、その出演者は?」
「ベン・ジョンソンです!」
「そいつァ速そうだね!」
…コレ、本当の話らしい。
信じるか信じないかは、いかにMarshall Blogが好きかどうか次第。

Img_0181もうこの頃はジョージ・ベンソンも「歌のオジさん」で成功して、すっかり不動産屋の社長さんみたいになっていたけど、ギター、死ぬほどスゴイんですよ。
デビュー当時はウェス・モンゴメリーに匹敵する「10年に1人出るか出ないかの天才ギタリスト扱い」だったらしい。
ウェスが得意としたオクターブ奏法を踏襲した上で、そのオクターブの2音に5度の音を足し、3音でベン・ジョンソン並みの超高速で弾きまくるのがひとつのウリだった。
もちろんドーピングなしだ。
しかし、この変わりよう…2人が同一人物とはにわかには判別しにくいだろう。
若い方の時の写真…この右手の角度!逆アングル・ピッキング。
手足の短い日本人にはコレできないんだよね。

Sgb2_2 でも、そのギターをフィーチュアした「硬派でいいアルバム」があんまりないんだよナァ…というのが私の不満。
CTI時代もナァ。
ジャック・マクダフ時代のアルバムなんかはいいんだけど、コテコテもそうは聴いていられないし…。
そんな中、ベンソンのギターを「ジャズ・スタンダード」というフォーマットでタップリ楽しめるのが下の2枚のライブ盤。
「ナニもそこまで弾かなくても!」というぐらい弾きまくっている。
ところが!…録音が悪いのよ。
それでも、聴いたことがない人は「歌のオジさん」や「不動産屋」のイメージは吹っ飛ぶこと間違いなし。
不動産屋さん、失礼しました。0r4a0377 
Journeyの来日に合わせて制作されたサンプラー。
エライ豪華な装丁だ。
もう完全に売り物のLPと変わりませんナァ。

Img_0152ジャケット裏面のようす。
「未来派ハード・ロック・グループ」だそうです。
あの~、このブログは決して私の音楽の好き嫌いについて書く場ではないことはわかっているんですけど、私、Journeyって全く知らないんですよ。
以前にも書いたけど、大谷令文さんに「初期のアルバムならウッシーでも絶対にイケるって!」とおススメを頂き、早速ファーストとセカンド・アルバムを買って聴いてみたけど…どうにもソリが合わなかった。
だからJoueneyについて残念ながら書けることはナニもないんです。
以前ニール・ショーンに1960を貸したことがある、ということぐらいかな?
そうだ!思い出した!
その関係で一度コンサートへ行ったことがあったわ。
シンガーはスティーヴ・ペリーではなかったし、ドラムスもスティーヴ・スミスではなかった。
Img_0153「ロッキュペイション'79」ですよ!
ウドー音楽事務所さんが展開していた来日アーティストのコンサート・シリーズ。
KISSもAerosmithもみんなこのシリーズで来日したんだぜ。
懐かしいナァ~、ロッキュペイション。

Img_0155で、「サブ・シリーズ」っていうのかどうかは知らないけど、「スーパーギタリスト」と銘打ったコンサートのシリーズがあった。
その第1弾は、1976年にBlackmore's Rainbowで来日したリッチー・ブラックモアだった。
第2弾は誰だと思う?
ロビン・トロワ―だった…コレを見逃したのを今でも悔しく思ってる。
次がAerosmith。
続いてKISS。
そして、第5弾がデイヴ・メイソンだったのです。0r4a0379  

コレもヤタラメッタラ豪華なソウルのコンピレーション。
「SPECIAL DJ COPY」となってる。

Img_0168removebgpreview


スティーヴィー・ワンダー、O.V.ライト、ダイアナ・ロス、アル・グリーン等々の錚々たるメンツ。
それぞれのアーティストのロゴがカッコいいじゃん?
ゴメン、そんだけ。
何しろソウル系の音楽はからっきし聴かないの。

Img_0169  
コレもVan Halenの来日に合わせたプロモーションモ盤。
Img_0190この帯!…インチキなの。
いかにも帯がかかっているようだけど印刷なのよ。
まだ東京の市内局番が3ケタ!
コレが4ケタになったのは1991年からだって。
携帯電話が出回りだしてからは電話番号のケタ数なんて全く関係なくなったもんね。
昔は友達の家の電話番号をいくつもソラで言えたもんだったけどナァ。
今でもいくつか言えるわ。

Img_0191 

1980年のCBSソニーのサンプラー。

Img_0194アル・ディ・メオラ、ボブ・ジェイムス、ラムゼイ・ルイスなどのクロスオーバー…イヤ、もうこの頃は「フュージョン」かな?
その辺りの音楽が爆発的に売れてた時代のアイテム。

Img_0195注目したいのは右端の上下2作。
上はレイ・ゴメスは『Volume』。
レッツゴー三匹の長作、イヤ、スタンリー・クラークやロイ・ブキャナンのサポートなんかをやっていた人(「長作=スタンリー・クラーク」は小川文明さんの受け売りです。それと、生前の文明さんはよく「桂三枝=ブライアン・フェリー」を唱えていらしゃった)。
リーダーアルバムはコレだけなのかな?
それどころか、コレのCDって見たことがないような気がするな。
ジャズっぽいフレーズをチョコチョコと挟み込むプレイがやたらとカッコいいんだけど、この自分のリーダー・アルバムでは出し惜しみしているのか、あまりソロを弾いていないのが実に残念。
そこで乾坤一擲、爆発的に弾きまくる曲が「West Side Boogie」。
コレはどうにもならないくらいカッコいい。
ショーン・レーンなんかもカバーしていますな。
今、この人どうしているんだろう?

0r4a0513その下はテリー・ボジオやパトリック・オハーンによるバンド、GROUP87。
私だってテリー・ボジオが好きだった頃があったんですよ。
でも、一般的に名前が知られるようになってしまったのでだいぶ前に卒業させて頂きました。
しかし…コレほど期待を裏切られたレコードも珍しいナ。
てっきり『Zappa in New York』のようなサウンドをイメージしていたものだったから。
このバンドはこの後Missing Personsになっていくのだが、Zappa、UK、The Brecker Brothers、あとジェフ・ベック以外のボジオって、結局ピンと来なかったな、アタシには…。
『Bongo Fury』とか『Sheik Yerbouti』あたりの素晴らしさがアダになった。
でも、UKの来日公演の時のドラム・ソロはブッたまげました。
テリー・ボジオって、ジャズ・トランペッターのウディ・ショウのバックをやっていたことがあるらしいんだけど、その音源って残ってないのかな?
もしあればそれだけは絶対聴いてみたい(涎)!

0r4a0517  
§4-b

Img_0030_1 

まずはSly。Img_0165removebgpreview 

『Small Talk』発売時のプロモ盤。
『Small Talk』にだけでもこんなに費用をかけて宣伝したんだね。
ソウル門外漢の私でも『Small Talk』までは買って一度は聴いております。Img_0167 
ガラっと替わって、これは「Chrysalis(クリサリス)」レーベルのコンピレーション盤。Img_0118このジャケット、完全に『Gilgamesh』の流用じゃん?
Gilgameshってバンドもすごくいいんだけど、ギターがモッタイなかったね。
チョットした腕の立つスター・プレイヤーを採用していればひと山当てていたような気がする。

Ggm クリサリスは1968年に発足したイギリスのレコード・レーベル。
「chrysalis」とは蝶の「サナギ」のことね。
だからロゴ・マークに蝶をあしらってある。
また、創始者はChris Wright(クリス・ライト)とTerry Ellis(テリー・エリス)という2人で、その2つの名前を合体させた「Chris +Ellis」から「Chrysalis」とした。
このレーベルはJethro TullやTen Years After、Procol HarumやUFOといったブリティッシュ・ロックの歴史を作った名バンドやアーティストを抱えていた。
だから私なんかは「クリサリス」なんて聞くと「キュンです」。
このプロモーション・アルバムはそれから時代が下って、パット・ベネターやMichael Schenker Group、Blondie等の1980年あたりの曲がコンパイルされている。
他に収録されているIcehouse、Linx、Charlie Doreなんてのは全く知らないナァ。
そうなると「シュンです」。
ドルが上がっても下がってもあのテレビCMはイヤだナァ。

Clogos下は昔買ったレコードに入っていたチラシ。
「サナギが蝶になる」というのは、クリサリス・レーベルがアメリカに進出するので応援よろしく!ということを言ってるのね。
そんなクリサリスも1985年にクリス・ライトがテリー・エリスの権利を買収し、1991年にレコード部門をEMIに売却。
音楽出版事業だけを「クリサリス・ミュージック 」として手元に残していたが、2010年にはコレもBMGに売却してしまったそうだ。Css 

§ 5-a

Img_0035_1 
The Beach Boysのコンピレーション盤。
ジャケットの印刷はこのMJGのギャラリーがある金羊社さんのお仕事だそうです。
実はジャケットの隅っこの方に「ある印」がしてあって、後でどこの印刷業者が手掛けたかがわかるようになってるんだって!

Img_0184 

REO Speedwagonも全く通らなかったナァ。
80年代にものすごく人気が出たよね。
「ベストヒットUSA」にしょっちゅう登場していたような…それじゃ私がるワケがないわな。Img_0185東京の地下鉄の路線図をモチーフにしているジャケットがとてもステキ!

Img_0188 
コチラはDavid Bowieのディスコ・ミックス。
嗚呼、「Major Tom」や「Ziggy Stardust」はどこへやら…ということでパス。

Img_0124removebgpreview
コレは惹かれるな…1969年版のワーナー/リプライズの2枚組サンプラー。
リリースは1970年。
何ともバラエティに富んだ内容!
Jethro Tull、The Pentangle、Family、The Mothers of Invention、The Fugs、The Kinksのバンド勢から、ワイルドマン・フィッシャー、ヴァン。モリソン、ニール・ヤング、ヴァン・ダイク・パークス、タイニー・ティム、ジョニ・ミッチェル他、23アーティスト、40曲というまさに「サンプル盤!」の神髄!
自分で「Amazing」だの「Delightful」だの訴えている。
ジャケットをデザインしたのは「Hy Fujita」とかいう人。
日系の人なんだろうね。
まさか藤田嗣治の血縁かなんかじゃないだろうな?
ポートフォリオを見るとジュディ・ガーランドとかクレオ・レーンとか、ジャズ系の作品が多いみたい。Img_0127
 
このBilly Joelのサンプラーも豪華極まりない。2枚組。
後にも出てくるのでここはこれだけにしておこう。Img_0136removebgpreview


コレは「プロモ盤」と呼んでいいのか…?。
皇太子殿下(当時)と美智子妃殿下が伯刺西爾を訪れた際の現地制作の記念盤。
「伯刺西爾」ってど~こだ?
ブラジルね。
植村さん何だってこんなの持ってるんだろう?
そのおかげで皇室の方々には初めてマーブロご登場頂けることとなった。

Img_0139SPではなくてLP。
だからそう古いアイテムではなくて1967年のリリース。
レーベルは「SAKURA」レコード。Sakura裏ジャケには殿下のご挨拶などが収録されている。
しかも、全文が記載されているのでレコ―ドは必要ないような気もするが…ま、お声を拝聴するとありがたみも増すということか。
時の皇太子殿下は現在の上皇さま。
こんなご挨拶をされたようだ。
 
「(前略)59年前、笠戸丸で渡航した方々を初めとして、日本から最も遠く離れたこの地に移住された皆さんは、長年にわたり、あらゆる困難を克服して、今日各方面に確固とした基盤を築き上げられました。
私は皆さん方のここに至るまでの苦労を偲び、その努力に対して心からの、敬意を表すると共に、又ブラジル官民の方々の御協力と御厚情に対し心から感謝いたします(後略)」
Img_0141コレね、殿下がご挨拶の中で触れている「この時から59年前」というのは1908年(明治41年)のこと。
この年、アメリカとの間に「日米紳士協約」というものが締結され、アメリカへの新規の移民が大幅に規制されることになった。
「紳士協約」で移民が制限されるなんて、ナンカ嫌な感じじゃん?
調べてみると、日本が初めてハワイへ移民を送り出したのは1868年(明治元年)のこと。
その13年後、日本に来たカラカウア大王が天皇陛下に積極的なハワイへの移民を要請する。
そうして、サトウキビを作るために10年間に3万人近い日本人をハワイに送り出した。
そして、1900年にハワイがアメリカの属領になると、ハワイの日本人移民がアメリカ本土やカナダに移住するようになる。
すると、当然のごとくサンフランシスコあたりを中心に猛烈な人種差別や日本人への襲撃事件が頻発した。
そういうの、昔は今よりずっとキツかったからね。
その結果、アメリカ・サイドから「悪いことは言わないから、移民の皆さんが可哀そうだから、自発的に移民を止めるって言っちゃいなよ」といつものアメリカの論法を掲げられ、覚書ベースでアメリカへの移民を中止することにした協約。
そこで日本政府は移民の向け先を南米へスイッチし、笠戸丸という船で781人を日本から地球の裏側まで運んだ。
コレがブラジルへの最初の移民となった。
その後もブラジルへの移民は続き、最も盛んだった昭和の初期には2万数千人の日本人がブラジルに渡ったのだそうだ。
そして、1967年、時の皇太子殿下が初めてブラジルを訪れ「パカエンブー大スタジアム」というところで式典が開かれると8万人もの日系人が集ったという。
こうして記念切手も発行された。

Sstamp_2 その時の様子が上のレコードに収録されているワケよ。
どうよ、聴きたくなったでしょう?
私は聴きたい。
ナンとならば、私夫婦には「リリアン」ちゃんという日系3世のブラジル人の大の仲良しがいるからだ。
とても優秀な女性で、Marshall Blogにもご登場頂いたことがある。
ヨカッタら見てやって!
ウユニ塩湖からのレポートだよ。
   ↓   ↓   ↓
私のボリビア(行ったことないけど)

80_3コレは犬山の明治村に展示されている大正8年に建てられたブラジル移民の方の住居。
スパニッシュ様式に和のスタイルをフュージョンさせているそうだ。0r4a2662そして、こうした道具でコーヒーの栽培をしていたんだね。
移民の話というのは、行き先を問わず悲惨なモノばかりだね。
みんな政府にダマされて塗炭の苦しみを味わった。
リリアンの実家も「コーヒー農家」ではあるが、大成功して暮らし向きはとても豊かだったそうだ。0r4a2657   
「Dawn」は1969年に設立された英「Pye」傘下のレーベル。
「Pye」所属のマイナー・レーベルを掻き集めて「Dawn」ができたという系譜が記されている。
インディーズの隆盛後はこうした「レーベル意識」みたいなものが消滅してしまった感じがするね。
自分が新しい音楽を聴かないので、そういうイメージがあるだけなのかも知れない。
とにかく、70年代前半ぐらいまでは「新しいロックの創出」を標榜したオリジナリティ溢れる小さな音楽レーベルが群雄割拠していた。
Img_0144さて、この『Now Rock/Jazz Series』と題された「Dawn」レーベルのサンプラー、収録されているのはフォーク・ジャズとしてジョン・サーマンやAtlantic Bridge、ロックとしてTitaus Groan、Demon Fuzz、更にフォーク・ロックとしてMungo Jerryやマイク・クーパーなどを紹介している。
コレ…いくらPRしても「夜明け」は来ないような気がするんですけど。

Img_0146 
お次は1988年にインストゥルメンタル・ミュージックを専門に制作するために発足した「I.R.S. No Speak」レーベルのサンプラー。
ナンカこう、この辺りまで時代が下ってくると、こうしたサンプラーのジャケットのデザインもかつてとは異なるような感じですね。Img_0125収録されているのはアルヴィン・リー、Spiritのランディ・カリフォルニア、Wishbone Ash、スチュアート・コープランドなど。
このレーベル、他にもヤン・アッカーマン、ロニー・モントローズ、ダリル・ウェイなんてクセのある連中を抱えていた。
ピート・ヘイコックの名前も見える。
この人はClimax Chicago Blues Bandのギタリスト…いいんですよ、この人。
そういえば、私も『Guitar Speak II』というコンピレーション・アルバムを持ってるわ。
Img_0126
§ 5-b

Img_0039_1  
このあたりはヘタをすると市販の正規盤よりよっぽどゴージャスなプロモ盤たち。
まずはKISS、Village People、ドナ・サマーという3大看板アーティストをフィーチュアした「Casablanca Records」の3枚組サンプラー。

Img_0163このYesの3枚組ライブアルバム『Yessongs』彷彿とさせるジャケットの作りが何ともゴージャス。
もう一度言っときますけど、売り物じゃないからね。
ゼイタク~!
ドナ・サマーなんてのも人気あったよね~。
今の若い人たちには「どなた様~?」かも知れないけど。
私なんかは鼻の穴の大きさに驚いたものだった。

Img_0161 
コチラもスゴイ。
完全に売り物レベルに達しているは2枚組のEarth Wind & Fireのサンプラー。
しっかりとした作りでジャケット・デザインも申し分なし。
ズラリと並んだ代表曲。
このまますぐに売り物になりますな。
Earthの初来日の時かな?まだロックに夢中だった私は「Earthが来る!」って音楽界が大騒ぎしていたのを思い出す。
それと『Spirit』というアルバムが出た時も大騒ぎしていたのを思い出す。

Img_0129 
これも超ゴージャスなビリー・ジョエルの1979年の来日に合わせたサンプラー。

Img_0131惜しげもなくヒット曲がギュウギュウ詰めにされている。
ものスゴイお金のかけ方だよね~。
来日するたびにこんなの作ってたんだから。
それだけ儲かっていたということか…。

Img_0134 
コレ怪しい。
南米のどっかの国のGenesisのコンピレーション盤なんだけど、まずジャケットの雰囲気がまったくGenesisじゃない!
プログレっぽくしたかったんだろうね。
でもコレじゃ、Enidのロバート・ジョン・ゴドフリーかクラウス・シュルツェみたいじゃない?

Img_0137下の2枚を合わせた感じ?
チガウカ?

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コレはブラジル製だわ。
選曲は欲張っていない…となると、それでサンプラーの役を果たすのか?

Img_0138 
『Superstars of the 70's』というコンピレーション・アルバム。
調べてみると限定販売で国内盤でもリリースされていて、「日本ではじめての"複合レーベル"による豪華な組み合わせ」なんて帯に書いてあるからそういうことなのだろう。

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ワーナー・パイオニアのハードロック・バンドを集めたのサンプラー。
1980年にリリースされた黒い方に収録されている音源は、Led Zeppelin、Van Halen、AC/DC、Saxon、Gamma、Deep Purple。
一方、1985年の第二巻に収録されているバンドは、Ratt、Motlry Crue、Twisted Sister、AC/DC、Night Ranger。
だそうです。
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<おまけ>
「軽罪新聞」。RCサクセションのPRマテリアル。

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Img_0101_2

昔はやたらと手が込んでいたね~。「ロッキンf」のロゴが泣かせるナァ。

Img_0102_21981年に制作されたアイテム。Img_0103removebgpreview_2「4月4日」というのも何か思わせぶり?
実は植村さん、このアイテムの存在をスッカリお忘れになられていて、RCとはゼンゼン関係ないジャケットから転がり出てきたのだそうだ。
こういうのがうれしいんだよね。
また、30cm×30cmのLPサイズはこういうことをするのにうってつけなんだよね。
私もしょっちゅうやっている。
来日コンサートの告知チラシとかをそのバンドのレコードと一緒にしておく。
そして20年ぐらい経ってそれを発見してタイムカプセル効果を楽しむというワケ。
捨てちゃっちゃあおしまいなのよ。

Img_0104_2
今回もとても楽しいコレクションだった。
次回は例によって「立体展示アイテム」のレポートをお届けします。
 
蛇足ながら…これはワタシのレコード棚からの出品。
Frank Zappaが主宰していたBIZARREレーベルの1970年のサンプラー。
アリス・クーパー、Captain Beefheart & His Magic Band、ティム・バックリー、ワイルドマン・フィッシャー、The GTO's他が収められている。
ザッパは1曲。『Hot Rats』収録の 「Willie the Pimp」。
初めて目にしたのは35年前。
大阪の梅田のレコード屋だった。
その時は10,000円を軽く超える値段が付いていたのでとても手が出なかった。
ジャケット違いの盤はもっと安く手に入ったんだけど、どうしてもこっちのジャケットのヤツが欲しかった。
結局、その時から大分経ってから手に入れた。
写真ではわからないが、ジャケットが汚れているため、かなりお買い得な値段だった。

Zapインナー・スリーブのデザインがまたイカしてる。
そこに書いてあるのは…「我々は少々風変わりなレコードを制作しています。
提供しているのは重要なレコード会社がアナタに聴かせることのない、音楽的、社会学的な内容です。
世界が必要としているもの…それはもうひとつのレコード会社なのです」とある。
ザッパが言う「体制は本当に民衆が欲しがるものは与えない」という洞察に沿ったポリシーなんでしょう。
もうそんなレコード会社はないでしょうな。
コレじゃ経済が回らないもんね。0r4a0382<後編>につづく
 

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Reigning Days(レイニング・デイズ)!

Reugniung_daysこのバンド、もう解散しちゃいましてね…なかなかいいバンドだったんよ。
音源はMarshall Recordsオンリー。

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200

2022年5月24日 (火)

【Music Jacket Gallery】プロモーション・アルバム特集 <前編>

 
今日のMJGは2011年6月27日に掲載した記事。
またタップリと加筆して更新の上再掲します。Img_0001今回の特集は一般消費者にとっては入手どころか、ほとんど目にする機会もないであろうプロモーションのためのアルバムのコレクション。
Img_0006展示品の中には市中で販売されていたコンピレーション・アルバムも含まれているが、大半のアイテムはその名の通り「LPやCDの販売促進」のために制作されたモノで、それらが放送局に配布されることによって収録曲がラジオでオンエアされ、ヒットへの足がかり、すなわち「商売」になる重要なツールだった。
今ではチョチョチョとCDRに音源を焼き付ければ簡単に作ることができるが、昔はレコードにするのだから大変な費用と作業だったろう。
だから展示品の中には、味も素っ気もない完全に資料的なアイテムも散見されるが、ヘタをすると本番の商品並みに立派で豪華な出来のモノも含まれている。
Img_0041_2 こういうアイテムを見るにつけ、昔はラジオがいかに重要な宣伝媒体であったかということ、LPレコードが非常に高価でステイタスの高い商品であったことを思い知らされる。
60年代にはいち押しの洋楽アーティストの曲を収録したダイジェスト盤を月ごとに制作して有力レコード店やラジオ局に配っていたこともあったらしい。
「月ごと」だぜ!
何しろ日本の洋楽マーケットにおいては、ローリング・ストーンズですらDECCA時代には儲からなかったらしいからね。
レコード会社はロックの普及に躍起になっていたんですな。
それにしても、いくら業界にいらっしゃったとはいえこの植村さんの膨大なコレクションには誰もが舌を巻かずにはいられまい。
Img_0043今回ブロウアップされていたのはEpic-sonyのサンプラー盤。
詳しくは後述。Sony もうひとつはFleetwood Macのコンピレーション盤。
みなさんはMacCのどの時代がお好き?
ヘソ曲がりの私でももちろん必殺の名盤『Rumours』はハズせないが、私はこのディスプレイの前の時期、『Bare Tree』だの『Mystery to Me』とかボブ・ウェルチがいた頃が好き。
私の周りでもスティーヴィー・ニックスが「可愛い!」ともてはやされた時期があったが、私はそれよりもクリスティン・マクヴィ(昔はクリスティン・パーフェクト)の芯の太い歌声が好きだった。
この人ってスタン・ウェッブのChicken Shackにいた頃のパフォーマンスもすごくいいんだよね。
「女にしておくのはモッタイない」…なんていうのは今となっては差別発言になるか?

Img_0004そんなワケで、宣伝用のサンプルに費用をかけてジャケットを制作するワケもなく、ほとんどが簡単なデザインであるため記事内にジャケットに関する言及が少ないこと予めご了承頂きたい。
それではいつも通り展示棚に向かって左端の上半分から…
 

§ 1-a
Aimg_0008左下のゲイトフォールドのアルバムは『Hot Menu』という1973年のWarner/Reprise/Atlanticのサンプラー。
私も持っているし、どこかの著名なミュージシャンがこのLPのおかげで音楽の知識が広がったみたいなことを言っていた。
それもそのはず、収録されているバンドがオッソロシク豪華でバラエティに富んでいる。
The Doobie Brothers、Tower Of Power、Greateful Dead、 The Allman Brothers Band、Van Morrison、Deep Purple、LedZeppelin、Black Oak Arkansas、Emerson Lake & Palmer、ダニー・ハサウェイ、ロバータ・フラックとスゴイ連中が目白押し。
1曲目からアリス・クーパーの「Elected」なのがうれしいねェ。
内側にはアーティストに関する簡単なコメントが記してあって、アリス・クーパーのところなんか、「病める現代にあって、人々の願望を具現化し観客に提示するショッキングなステージで…」とある。ずいぶんとおカタイ文章だな。
そんなことを考えてアリス・クーパーの音楽を聴いていた人が果たしていたのであろうか?
私だったら「ヘビがニョロニョロ、ギロチンバッコーンのステージのショッキングなステージ」って書くな。
「病める現代」か…。
1973年のアメリカというと前は一体どういう風に病んでいたんだろう?
少なくとも世の中は「今」よりはマシだったんじゃないかね?
そこで、このアルバムが発売された1973年(昭和48年)がどんな年だったか調べてみると、ボクシングで大場政夫がチャチャイ・チオノイを倒して5度目の防衛に成功したとあった。
何でこの出来事を引いたかというと、高校の時の数学の先生のアダ名が「チャチャイ」だったから。
「チャチャイ」なんていいアダ名だと思いませんか?
みんなオモシロがって、本物を知らないヤツまで「チャチャイ、チャチャイ」と騒いでいた。
いいアダ名を持っている人ってうらやましい。

7wsそれにしてもこのサンプラー、こんなにスゴイの入れちゃって大丈夫だったのかね~?
だって2枚組で¥980だったんだゼ!
コレをキッカケに正規のアルバムを買ってもらえれば御の字か。7980_2_2 
かつては「レガエ」なんて表記されていたレゲエ。
こうしたプロモ・アイテムを見ると、いかにレコード会社が当時この未知の音楽に期待を寄せていたかが窺い知れるというもの。
ラジオでオンエアしもらうためのLPだ。

7reggae_2収録曲を見ると、とにもかくにもボブ・マーリー推し。Img_0091これまで何度かMarshall Blogに書いているけど、私はレゲエを聴くことはまずあり得ない。
なので本当にボブ・マーリーとかピーター・トッシュの名前ぐらいしか知らない。
そんなだからイギリスに行って驚いた。
ボブ・マーリーがイギリスの連中にもたらした影響があまりにも大きかったことを実感したのだ。
「レゲエが当たり前」…みたいな。
何せこうして住んでいた家にブルー・プラークが付けられているぐらいなんだから!
ま~、それでもレゲエを聴くことは全くないんだけどね。
Bmb …と、言ってもいいたいところなんだけどナンにでも「例外」はある。
私にとってのレゲエの例外は「ビートルズ集」。
どういう風の吹き回しだったかスッカリ忘れてしまったが、3枚組のCDを中古で数百円で買った。
演奏している人やバンドは一切知らないし、知ろうとも思わないが、ひたすら意味もなく無責任に聴く音楽というのもタマにはいいもんだ。
ホントにタマに引っ張り出して数曲聴くだけだけど…結局すぐに飽きちゃうの。
だってリズムが全部レゲエなんだもん!…って、当たり前か。
0r4a0375 
「オッ、カッコいい!」と思わず目が止まるジャケット!
カッコいいギタリストはギター・ケースを持っているだけでカッコいい。
実際、ジェフ・ベックは自分でギターを持って会場にやって来てた。
ソフト・ケースだったけど。7img_0094気になる収録曲は下の通り。
ジャケットには「LIVE」と記されているだけで、その他のデータがナニも記されていない。
「Star Cycle」、「El Becko」、「Space Boogie」等が入っているところからして『There and Back』のプロモ盤なんだろうね。
アメリカ制作のDJコピー。
でもホントにライブ録音集なのか?
 
実はMJGの展示品の保有者である植村さんはオリジナル・コンフィデンス誌で元編集長を務められていたお方。
で、『There and Back 』の広告を獲った時、その代わりに「その広告に載せるキャッチ・コピーを考えてくれ」と広告主に頼まれた。
オリコンは業界誌だから広告する相手はレコード店のスタッフなワケ。
つまりレコード屋の店員さんがオリコンに出ている広告を見た時に「オ、こりゃ売れそうだ!」と思わせるようなコピーを考えなければならない。
そこで植村さんがひねり出したキャッチ・コピーがコレ…;
ジェフ・ベックが店頭を変えた!
そのコピーは広告主に大層気に入られ、予定では1ページだった広告が見開きでド~ン!(つまり2倍)になったというラッキーなオチがついた。
ん~、知らなかった!…ベックがギターという楽器の地位やギター・ミュージックのあり方を変えたのは充分に認識していたが、レコード屋さんの店頭まで変えていたとは!
ああ、今となってはレコード店がドンドン減って店頭すらなくなってしまった?!
全くいいコピーができてもこれじゃ本末転倒だわ。
レコード業界まで変えちまったのは誰だ?!Img_0096 
Richard Bransonの自伝を読んだ…途中まで。
だってスゲエ分厚いんだモン。
というか、Virginレコードを成功させるところまで読みたかったのね。
ブックオフで100円だったし、ツマらなかったり必要がない内容であれば、サッサと遠慮なく読むのを止めちゃうのが私流。
もう本ではガンバらない。
Rb日本で「Virgin」というと、一般の人たちには航空会社のイメージががもっとも強いのかな?
でも、もう数年前に日英間の航路は廃止しちゃったからね。
全部アメリカ線にシフトしちゃったんだって。
で、イギリスでは鉄道会社としても「Virgin」の名前は一般的だ。
イギリスは国鉄が線路を保有し、民間の会社が線路の使用料を国鉄に支払って自社の車輌を走らせるシステムになっている。
だから、行き交う電車の色も形もまちまちで、料金は距離程で統一されているが、サービスは車輌によって異なる。
その行き交う電車の中に「Virgin」のロゴ入りの車輌を頻繁に見つけることができるワケ。
コレがバッタみたいのが「Virgin」の車輛。
Img_0579電車だけに「脱線」します。
実は私は昔、セメントの仕事でJR貨物に関わる仕事をしていたことがあったんですわ。
今どうなっているのがは知らないが、工場の立地によって、かつて鉄道貨車はセメントの輸送手段の主力だった。
下の写真みたいなヤツね。「軍配」マークがカッコいい!
「タキ」の「タ」は「タンク車」、「キ」は25t以上の車輛形態を指す。
セメント・メーカーが何百輌とこういうセメント用の貨車を保有してJRの線路を借りて運行させるワケ。
つまり、イギリスの鉄道のシステムと同じなんだよね。
工場が近接していたりすると、線路の取り合いになっちゃう。
それで何年かに1回は管轄の鉄道管理局へ関係各社が集まって会議をしたりしたな。
もちろん会議は名目だけで、オジさんたちはその後の宴会のドンチャン騒ぎが目当てだった。
私はまだ22、23歳だったのでそれがイヤでね~。
それでも私が勤めていた会社は、JRの荷扱い量が全国で第4位かなんかで超VIP待遇だったわ。
で、JR貨物の運賃って料金を算出するのが殺人的にムズカシイんですよ。
複雑怪奇で結局最後までワケがわからなかった。
実際に会社の中で正確にその計算ができる人は「鉄道一筋何十年」というおジイさん(多分、当時は今の私より若かったハズ)ひとりだけだった。
そんな経験があったものだから、昔、鉄道好きで有名なキーボード・プレイヤーの方とイッパイご一緒させて頂いた時は音楽の話など一切せず、鉄道貨物の話で猛烈に盛り上がってとても楽しかったナ。2ks ハイ、復旧します。
 
つまり、イギリスではレコード会社の「Virgin」は知らなくても、鉄道を通じて一般の人々にも「Virgin」の名前がかなり浸透しているんじゃないかしら?
下はマンチェスターに行った時に乗ったVirginの車輛についていたプラーク。
「ペンドリーノ」はイタリアの車体傾斜式の高速列車の名称。
イタリア語で「振り子」のことは「pendolo(ペンドーロ)」というところからきている。
「振り子」は英語で「pendurlm(ペンデュラム)」だから似てるわね。
車体が振り子のように動く仕組みのおかげで高速で走ることができる…ってところじゃないの?
イギリスの電車ってモノスゴく速いから。Img_0612今では日本も同じかもしれないが、イギリスでは電車のチケットもインターネットで買うのが当たり前で、指定席を買うと該当する列車の座席にその席は販売済であることが表示される。
購買者の名前が出る車輛もある。
一見の乗客はその表示を見て、予約されていない席に座る。
下の写真は窓際は「マンチェスター・ピカデリーから先は販売済ですよ」と言っている一方、通路側は売れていないので座っても良いよと言っているワケ。
コレ、自由席車輛と指定席車輛を分ける必要がないので、すごく合理的だと思う。
よくあるでしょ?
「せっかく指定席を取ったのに自由席がガラガラでやがんの!」みたいな…イギリスではこういうことが起こらない。
そうした一般車輛の他に「ファーストクラス」の車輛が連結されている。

Img_0583さて、展示されていたのは『Virgin Original Series』と題された「Virgin」レーベルのサンプラー。

Img_0174私にとっての「Virgin」は何といってもMike Oldfieldの『Tubular Bells』です。
Virginレコードの記念すべき第1作。
一体何百回聴いたかな?…コレはオーバーか?
『Hargest Ridge』、『Ommadawn』、『Incantations』、『Platinum』、『QE2』、『Crises』なんかも買って聴いたけど『Tubular Bells』が強烈すぎてどれも受け付けなかった。
その『Tublar Bells』と切っても切れないのは『エクソシスト』。
ウィリアム・フリードキン作品としては、私はあんまり『エクソシスト』を評価していないんだよね。
もちろん「Tubular Bells」を効果的に使ったことはスゴイと思うけれど、映画としてあまり面白くないんだもん。
前半はいいんだけどナァ、特に「西洋コックリ」さんのあたりのシーンはすごくゾっとするじゃない?
でも後半になって宗教色が強くなるとチョット辛い…。
それでもあの映画が公開された時は「失神者続出!」ってスゴイ話題になったんよ。
東京では丸の内ピカデリーで上映されて失神者が担ぎ出されたとかで連日スポーツ新聞をにぎわしていたっけ。リンダ・ブレアどうしてるかね?
当時は賛否両論色々あったようだが、結果的には「Tubular Bells」が「エクソシスト」に使われたことはヨカッタのではないかと思ってる。
下は私の「お宝チラシ・コレクションから」。
この映画は日本では1974年に公開しているので、48年前のモノだ。0r4a0506 さて、この2枚組の「Virgin」のサンプラー、ナニが収録されているのかというと…Camelo Pardalis、Robert Wyatt、Henry Cow+Slapp Happy、Clear Light、Wigwam、David Allen、Daevid Bedford、Pekka等。WyattやらHenry Cow、Slapp Happy、Daevid Allenや Bedfordはもちろん好きな部類だけど後のは知らんねェ。
もったいないのはワイアットの「Sea Song」が入っちゃってるんだよね。
彼の事故の悲劇を知っていて聴いたからであろうが、この曲を初めて聴いた時はどうしようもない絶望感に襲われてビックリしたっけ。
本人はこの曲と事故のことは関係ないと言っているようだが…。
それにしてもこの曲の悲しくて切ない美しさはナンダ?
アルバート・アイラ―の『My Name Is Albert Ayler』を初めて聴いた時の感覚に似ているかもしれない。
「負の音楽の力強さ」とでも言おうか…。
Img_0175ジャズといえば、ワイアットは『The End of an Ear』というアルバムでギル・エヴァンスの「Las Vegas Tango」を取り上げているんだよね。
このギルのアルバム、エルヴィンが異常なまでにカッコいいことを申し添えておこう。

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§1-b

Bimg_0008Blue Oyster Cultをプッシュしていた時代もあったんだネェ。
好きだったナ、BOC。
新宿厚生年金へ観に行った。メチャクチャいいコンサートだった。
このLPでは「NEW YORK'S HEAVY METAL BAND」って括られているが、あの頃は彼らがニューヨークのバンドだなんて意識はまったくなかったな。

Img_0176で、ヒックリ返すとAerosmithが出てくる!
黄金のカップリングだ。

Img_0178Bob Jamesも一時期猛烈にはやりましたな。
「クロスオーバー」全盛期。
この『One on One』のプロモ盤はスゴイ。
ホンモノのマッチがズラリと詰め込まれてる。コレ持ってたら飛行機乗れないよ。

72bjs 
§2-a

Img_0016_1EXILEっていう日本のチームがまだ人気があるのかどうか知らないが、アメリカには1963年から同じ名前で活動しているバンドあった。
ココでザンゲ。
「exile」って「イグザイル」と発音するのかとばっかり思っていた。
でも発音記号は[egzail]でアタマは「エ」なんだね。
ただし、アクセントも「エ」なので日本人が「グザ」に強勢を置いているのも誤り。
グザイル」と発音するのが正しい。「ーシャル」や「フェンダー」「ブソン」と同じ。
それと、ストーンズの『メインストリートのならず者(Exile on Main Street)』のせいかどうか、「exile」という単語が「ならず者」とか「チンピラ」のような意味だろ思っている人がいるようだが、本来の意味は「亡命」とか「国外追放」、あるいは「亡命者」という意味だから。
余計なことを書くが、白人の先進国の連中は、同じ白色人種の人が国を捨てて国外に出ていく人のことを「asylum(アサイラム=亡命者)」と呼び、有色人種が同じことをすると「refugee(レフュジー=(難民))」と呼ぶ、と昔何かの本で読んだ記憶がある。
そんなことはどうでもいいか…。
 
で、取り出したるは グザイルの1979年「夜明けのライダー」というシングル曲をフィーチュアしたプロモーション盤。
このシングル曲、原題は「How Could This Go Wrong」。
チョット意訳すれば「ナンだってこんなことになっちゃったの?」ぐらいの意味なんだろうが、ナンだって「夜明けのライダー」になっちゃったの?
で、どんな曲か聴いてみる………絶句!
いわゆる懐かしの「ディスコ・サウンド」なのだが、どうにも古クサすぎてくて近寄ることすらできない。
1979年といえば、私は高校2年生のロック狂い。
当時こうしたサウンドがもてはやされていることに文句ばっかりつけていた。
今と全く変わらん。
 
しかし、「流行りモノ」の宿命だネェ。
でも、そういうモノやハヤリに飛びつく人たちこそが経済を回してくれているんです。
わかっているんですよ。
私みたいなアマノジャクやヘソ曲がりはそういう方々に感謝しなきゃイカン。
最近マジでそう思ってるの。
「鬼滅」や「ウルトラマン」を観に行ってくれてありがとうございます。Img_01721966年のSmall Facesのファースト・アルバムのジャケットを流用したキング・レコードのプロモーション・アルバム。12_img_0202「すべての若きロック・ファンに捧ぐ!これがブリティッシュ・ロックの根源音楽だ!」という見出しがついていて、「根源音楽」というところに「ルーツ・ミュージック」というルビが振ってある。
収録されているのはSmall Facesの他、Themやアラン・プライス、The Nashville Teens等。
他に収録されているバンドがかなりコアな内容で、「? and the Mysrterians」だの「Unit 4+2」なんてのは知りません。
1977年の制作らしい。
私が中学3年の時で、プログレッシブ・ロックに狂っていた頃なんだけど、こうしたバンドを若者に売りつけようとしていたところを見ると、世間ではまだまだロックが一般的な市民権を得ていなかったのだろう。
実際にそうだった。
『Hotel California』が大ヒットした後ではあったけど、クラスメイトの男の子たちはピンク・レディや百恵ちゃんに血道を上げていた。
まだまだいい時代だった。
 
このアルバムがチョットうれしかったのはBrian Poole & The Tremeloesの演奏が2曲ほど収録されていたこと。
12_img_0203何しろブライアン・プールはMarshall Blogに登場してくれていますからね。
詳しくはコチラをご覧あれ!
  ↓  ↓  ↓
【Marshall Blog】ビートルズに勝った男

下の写真の真ん中がブライアン・プール。

110 

§ 2-b

Img_0017_1 
The Allman Brothers Band、Marshall Tucker Band、エルヴィン・ビショップ、Hydraなどが所属していたサザン・ロックの名門レーベルがCapricorn。

Img_0158Lynard Skynard、ZZ Top、Charlie Daniels Band等、サザン・ロックって一時期ものすごい人気だった。
「ほとばしる男の匂い!」、「力強いロックの響き!」だもんね。
ギター・ソロがタップリでよ。
Img_01572枚組の大作サンプラー。
ジャケットのイラストは有名な人だよね?
しかし、いから「売らんかな」でもキャプリコーンのコンピレーション・アルバムを作っていたなんて信じられんな。

Img_0159§ 3
ここのセクションは濃い…というかエグイ。

Img_0023_1 
EPIC-sonyのプロモ盤。
これは一見してBillboard誌のパロディだとわかる。

Img_0105収録されているのは、ノーランズ、Cheap Trick、The Jacksons…あとは知らんな。
ミゲール・ホセとかトニー・シュートとかディック・セント・ニクラウスとか、おそらくは死ぬまで存じ上げなくても一切困らない方々。
一方、ノーランズ。
1979年に「I'm in the Mood for Dancing」ってヒット曲があったでしょ?
コレ、「ダンシング・シスター」っていう邦題だったのか…ヒデエな。
日本ではやたらとコレだけが知られているけど、イギリスに行くようになって、このチームが向こうではケタ違いに人気があることを知って驚いたことがあった。
しかし、「年末ハイライト集」なんて記載されているところを見ると、こういうのがしょっちゅう関係者に配布されていたのであろうか?

7img_0106こちらが裏面。
植村さんがオリコンの営業部長をしていた時代に「ロゴを貸して」と頼まれて出来上がったのがコレ。
「コンデンス」はもちろん「コンフィデンシャル」のシャレだが、「condense=濃縮する」という二重のシャレになっているのね?
表はBillboard、裏はオリコンとなんとも豪華な1枚。

Img_0107ココは怪しい南米産のビートルズ・ゾーン。
『Magical Mystery Tour Plus Other Songs』なんていうから、さぞかしヘンなことをやっているかと期待すると…

Img_0110ナンのことはない。
普通の『Magical Mystery Tour』だった。
それじゃ何でこんな装丁なんだ?
「ビートルズ全213曲中唯一のブルース」と言われている「Flying」がこのアルバムに収録されているけど、ビートルズにはもう曲ブルース形式があるんじゃない?
ナンだっけナァ。
忘れてしまったが、確かもう1曲ブルースがあるハズ。
思い出したらココへ書いておきます。7img_0111これはポルトガル語、つまりブラジル盤かな?Img_0112「A Hard Days Night」、「Long Tall Sally」、「Twist And Shout」、「You Can't Do That」、「All My Loving」他8曲とある。
そして右下には(Recorded Live)の表記。ホントかナァ?
ただの海賊盤かしらん?
Img_0113コレはベネズエラ盤。
「20 Exitis de Oro」というのは「20 Golden Hits」ということだって。
見ればわかるか。Img_0114曲名が原題と現地語のチャンポンになっている。現地の言葉だとナンの曲やら見当もつかないね。
ってんでインターネットでアタマの3曲だけ調べてみた。
「Ella te ama」は「彼女はあなたを愛してる」だから、「She Loves You」。
「Quiero tener tu mano」は「私はあなたの手を握っていたい」だから「I Wanna Hold Your Hand」。
次の「el dinero…no puede comprame amor」は「お金…私に愛を買うことはできませんは」だから「Can't Buy Me Love」。
ナンダ、どれも直訳なのね?Img_0117ジャズ評論家の草分けだった油井正一さんが講談調でブルーノートの1500番台のアルバムを紹介したコンピレーション・アルバム。
「非売品」なんだけど、中古レコード屋で時折見かけたので私も買った。12_0r4a0272ジャケットのデザインはバド・パウエルの『The Amazing Bud Poewll vol.1』と『vol.2』のパロディ。
こうして見ると大分違うな…。
このコンピレーション・アルバムの第2弾はソニー・クラークの『Cool Struttin'』をモチーフにしていた。12_bpコレ、うれしいのは裏ジャケも本家のブルーノート盤と同じフォントを使ってそれらしく仕上げているところ。
ブルーノートのコンピレーションCDって、「4000番台集」も併せて一時アホほどたくさん出ていたけど、一体アレは誰が買っていたのであろうか?…私です。
だって中古で2、300円で買えて、BGM代わりにかけておくにはちょうどいいじゃん?
12_0r4a0275<中編>につづく
 

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2022年5月21日 (土)

曾我泰久ソロ活動32周年記念LIVE「Now Here I am」 <後編>

『Now Here I am』レポートの<後編>いきま~す!
ところで、「Here I am」というのはもちろん「ココにいます」とか「(ココに)来ました」とかいう意味のキマリ文句。
ココに来ていなければ「there」を使って「I'm almost there!(もうすぐ着くよ!)」なんて言ったりしますな。実にシンプル。
しかしこの「Now here I am」、普通であれば「Now I am here」となるはず。
事実、Queenにそういうタイトルの曲があるじゃんね。
ココで倒置法を用いて「here」を最初に持ってきているのは、「here」を強調したいからなのね。
英語は自分が言いたいことを無作法に最初に言っちゃう。
反対に日本語の場合、日本人は大変つつましいので言いたいことは最後に持ってくる。
だから日本語は理知的で美しい。
地理的にその中間に位置するアラブ系の言葉は真ん中で言いたいことを言うという話を聞いたことがあるんだけど、一体どんなだろう?
さて、ヤッチンが強調したい「here」…コレはもちろん「ステージ」のことだろう。
今回のショウのタイトルである「Now Here I am」を「大きなお世話的」に訳すと、「皆さんのおかげで今こうしてステージに立つことができます。どうもありがとう」ということになる…と、私は読んでいる。
レポートの<後編>はヤッチンのMCから。
32年前にタイム・ワープするよ。
  
「チョットさ…32年前にどんなことしていたか、みんなに訊いてみましょう。
'のっつ'はその頃はまだ赤ちゃんで記憶がないと思うので…田川くんから。
何か1990年あたりの思い出がありますか?」
10v「その頃はまだ学生で将来どうするかを考えていました。
当時、盲学校に通っていたんですが、それはマッサージとか針灸のライセンスを取って卒業するカリキュラムでした。(透さんがすかさず後ろで「オレ、肩がこってるんだよね~!」)
免許は取得して、今でも一応持っているんですが、ペーパードライバーみたいなもんですね。
でも、当時は『自分は音楽をやりたいなぁ~』と思っていて、進路指導の先生や両親に相談したりしていました。
進路指導の先生が『周囲に音楽をやっている先輩がいないから…』とおっしゃるので、『前例がないならオレが前例になります!』…みたいな。
その頃、透さんのドラムスや和佐田さんのベースの音を耳にしていましたし、THE GOOD-BYEの存在も知っていました。
小学校の時に例のトリオの方々が1年ずつデビューされて、3人目の方がツイン・ボーカルズのバンドでデビューすると聞いて『すごくオモシロイなぁ!』と思いました。
色んなテレビで見た記憶もあります。
洋楽も聴いていましたし、『音楽をやっていきたいな~』みたいな90年代でした。
あと1、2年で卒業という時期だったので、結構揺れ動いていた32年前でした。
当時通っていた学校の先生や先輩が今でもすごく応援してくれています。
やっぱり本当にうれしいし、今日もこうやって素敵な記念のステージに出演させて頂いてとてもうれしく思ってます」Img_0071「前例になる」発言に感心してナゼそんなことが言えたのか?と尋ねるヤッチン。
 
「根拠なんてなかったんですが、やっぱり反発するようなタイプの生徒だったんで…。
その発言から出てきたモノは何もありませんでしたけど、『よく言ったなぁ~』と思います。
若いって、幼いって、こういうことなのかな~、と今さらになって思います』
私もそうでしたよ…悪い方の「前例」。「悪例」っていうの?
「こんな悪い子見たことない!」ってよく怒られました。
20透さんの32年前。
「1990年っていうと、アルバム・タイトルが『19901108』…。
まぁ、1990年11月8日と言ってるんですが、東京ドームで演ったCOMPLEX…その頃です。
あと、アルフィーのカウントダウン・ツアーが1990年にあったような気がします…ありましたね。
毎日ツーバス踏んでいました。
本編とアンコールが同じくらいの長さなんですよ、アルフィーとか。
コンプレックスを演った年にアルフィーを演っていたんですよ」
 
昔、透さんとフランク・ザッパの話をしていて、「オレ、本当にオーディションを受けにアメリカに行こうとしていたんだよね」とおっしゃっていた。
当時のアメリカでは、「ザッパと穐吉敏子のバンドにいたことがあるミュージシャンはオーディションの必要なし」というぐらい高度な技術的を必要とするバンドだった。
透さんが叩くザッパ・バンド見たかったナ。
そんな透さん…。
私が高校生の時、透さんが個人練習に使っていたスタジオ(目黒だったハズ)のスタッフと話をする機会があって、あこがれの東京おとぼけキャッツの透さんのことを尋ねたことがあった。
「透さんは練習の虫です」
ザッパのオーディションの話をお聞きした時、このスタジオのスタッフの言葉が瞬時に連結されたことを思い出した。
このスタジオの話は32年前よりも古い1980年の話。S41a0169和佐田さんの32年前。
「32年前は爆風スランプ…バリバリ、スーパースターだった男です。
イケメンベーシスト。
すごい気取ってた時で、どうやって自分を出したらいいかわからなかった時です。
爆風スランプで売れてはいたんですけど、『自分』というモノがなかったような感じです。
そういう年頃だったのなのかも知れませんが、『自分』を思いっきり出せなかった時代かもしれないです」
すると、「ヤッチンと和佐田さんは、その頃交流があったんですか?」とヒロアキくんから質問。
ヤッチンが答える。
「ありませんでしたね。
でも末吉さんはボクのソロ・コンサートがあるとよく見に来てくれたんですよ」
30_3「その頃、『伝説のロック・コンサート』があって、めちゃくちゃロックな人たちが出演したんです。
アナーキーとか、パンタさんとか、3つブロックがあって、ボクは最後のアナーキーのグループにゲストで出たんですよ。
もう1人のゲストは忌野清志郎さんでした。
で、ボクの出番までにすでに会場が温まってるワケですよ。
アナーキーの仲野さんが「では、世界最高のボーカリストを紹介します…THE GOOD-BYEの曾我泰久!」みたいな感じで紹介してくれたんです。
そしたら会場がザワザワってなって…そのザワザワが、ワァ~って盛り上がっていったんですね。
全然畑違いのボクがそこにいて、もうブーイングされたらどうしよう!って思っている時に1曲歌い終わって大喝采でした。
その時、末吉さんが「最高やったなぁ!」って。
アノ時のことは忘れられません!」
S41a0373_1さぁ、ヤッチンのソロ活動の32周年を記念するコンサート、ココからがまたスゴかった!
ヤッチンのステージは、後半にMCを挟まずに立て続けに曲を演奏することが多い。
コレはもうしゃべることがなくなってしまうのと、いっぺんに演奏した方が早く家に帰れるかららしいのだが…ウソですよ~!
コレはヤッチンの旺盛なショウマンシップがなせるワザに他ならない。
徹底的に演奏して「ヤッチンの音楽」でお客さんをノックアウトしちゃおうという段取りだ。
この日はナント8曲連続!
曲を適当な長さに端折ってつなげるメドレーとはワケが違うからね。
丸々1曲ずつ演っちゃう。
私もアーティストの洋の東西を問わず45年ぐらいの間様々なコンサートに足を運んできたが、曲を丸々8つ続けて演奏したバンドって記憶にないナァ。
…これだけ書いておけば来年の年明けには軽く10曲は続けて演奏してくれることだろう。
  
その1曲目はヤッチンのソロの作品で唯一カラオケに入っているという「君の歌」。
まずはおとなしくスタート。
ライブの間隔が空いてしまった時、ノドを作るために1人でカラオケに行ってこのバラードを歌うそうだ。

右手でマイクを、左手でギターのネックをつかんで歌い込むことに集中するヤッチン。
40v_ku
ヤッチンのギター・ソロ。
50そして、ヒロアキくんもソロを弾いてヤッチンのバラードをより一層ドラマティックに仕立て上げた。60v_2しかし「カラオケになった唯一の曲」っていうのはとても意外だな。
カラオケで歌って楽しそうな曲ばかりなのに…。
私はカラオケがニガテなので(それほど歌はヘタではない)、自発的に行ったりやったりすることは絶対にないのだが、どうしても歌え!と命令されたらヤッチンかThe Kinksの曲がいいわ。
「アポロ」か「約束の場所で」かな?Img_0124「怒涛の8曲」の2曲目は「Carry on」。
あ、コレもカラオケに欲しいな!70_co私の世代なんかはこのサビのメロディにグッと来ちゃうと思う。
最近、遅ればせながら観たアメリカ映画『グリーンブック』の最後の方のシーンにこのサビのメロディに共通することを偶然発見した…普通の人は気が付かないと思うけど。
この映画はとってもよく出来てます。90sourcesのヴァイオリンの2人が入ったバージョンがまたすごく良いのだが、今日はsourcesからは'のっつ'のみの参加で曲に厚みを加えた。
'のっつ'のソロのソロ活動だ。
80_2ヒロアキくんのソロが素晴らしい!
今回は後半で集中してフィーチュアされた感じ。
そういえば、ヒロアキくんにも『Fly Away』というソロアルバムがある。
「My Eternal Dream」というヒロアキくんのテーマ・ソングのようなカッコいい曲が入っているので、未聴の方はゼヒお聴き頂きたい。100vMarshallギタリストのヒロアキくんはいつも通り愛用のJVM210Hと1936を使用。140v_2一方、コチラは新しく導入したギター。
いい感じ!
ヤッチンがその青いギターをガツンと弾いて…
110_ybヒロアキくんの赤いギターで弾くメロディが乗っかる。
130_2「赤」だの「青」だの…。
そう、「約束の場所で」だ!
私の「架空カラオケ」のレパートリー。
次回はオレンジ色のギターもお願いします。
120この「Tomorrow Never Knows」を連想させるベースがまたいいんだ~。
でも不思議なことに、ビートルズの「Tomorrow Never Knows」はジョン・レノンが作った歌謡一部形式(「トロイメライ」みたいにサビが出てこない曲の形式)の強引なワンコードの曲で、ポール・マッカートニーは驚くことに全編でルートの「C」の音しか弾いていないんだよね。
それでも連想しちゃう。
190v_2さらに不思議なことには、ヤッチンはこの曲のインスピレーションを「Tomorrow Never Knows」ではない他のビートルズの曲から得ている。
音楽って本当にオモシロイね。
そして、つくづく思うのは、「いい音楽」を聴いている人からしか「いい音楽」は生まれない…ということ。
ま、当たり前なんだけどね。
 
しかし、この曲のサビはいいな~。
いつ聴いてもニコっとしちゃう!150_2その魅惑のサビのメロディにつけるヒロアキくんのコーラスが絶品!0r4a0201今日のヤッチンはいつもよりギター・ソロ多し。
喜んでいたファンも多かったのでは?
この青いギターを新たに導入したからかな?160_ybs一方、いつもと変わらないのはMarshall。
JVM410Hというフラッグシップ・モデルと世界中のギター・アンプ・メーカーがマネッコしている1960Aスピーカー・キャビネット。170v_2この曲でもヒロアキくんのギターがフィーチュアされた。
210お客さんも手を振り振り身体を揺らした「愛を育てよう」。240_2透さんが叩き出す軽快なグルーヴが小気味よい!230v_as「♪愛を育てよう 花を咲かせよう」
この曲もまたヤッチンの魅力がギッシリと詰まった代表作だと思う。
220v_2ガラリと変わってシンプルなロック・ビートで「Love Potion」。
ココは以前なら「エイト・ビート」という言葉を使うところだけど、恥ずかしながら英語圏の人が「フォー・ビート」とか「エイト・ビート」とかいう言葉を使わないことに最近気がついて今悩んでいるところなのです。
I-VI-II-Vの超定番のコード進行に乗せたイントロのメロディがとてもカワイイ!

260_lp『Super Rare Trax』の最新作に収録された楽しい1曲。270vギター2人が呼応してハーモニー・パートを弾く姿もカワイイ!280皆さん、これらの曲はすべて間断なく続けて演奏されていることをお忘れなく!287どうしてもリズム隊の2人のパフォーマンスに耳を奪われてしまう「流されて」。300もうこの和佐田さんはタマらんよね。
リズム隊の2人のプレイがバッチリとフィーチュアされた。
290v_nsこの曲は一番最初のソロ・アルバムに収録されているんだネェ。
でもヤッチンのバンド・フォーマットのステージでは必ずと言っていいほど取り上げられる1曲。
時の移ろいに流されることなく、32年もの歳月を経てもこうして愛唱されている一編なのだ。
今日の3曲目に演奏した「Steppin' Out」も同様だ。S41a0437_1 ハードなリズム隊には徹底的にハードなギター・ソロで迎え撃ったヒロアキくん。
コレが田川ヒロアキのギター<ハード編>だ!
音を出しているのはMashallです。S41a0598 そしてヤッチンもソロをキメた!
ん~、スゴイ盛り上がり感!3207thコードのかぐわしき香り漂うストレートなロック・ロール・ナンバーは「21st Century」。
こうしたクラシカルなロック・フィーリングを持っているのもヤッチンの魅力だ。
やはり聴いている音楽がいいのだ。
340配信でご覧の皆さんもブラウン管(←じゃないよね?パソコン?スマホ?それともLEDディスプレイ?)の前で身体を揺らしていることだろう。350会場はもう盛り上がりの極致!360vそしていよいよ8曲目にして本編最後の曲は…370「Stand Alone」!

Img_0118 8曲を寸分の狂いもたるみも緩みもなく完走してヤッチンの音楽の魅力を最大限に引き出した4人!S41a0172

S41a0361

S41a0464

255v圧巻でした~!380vそしてアンコール。

「皆さま、私は本当に幸せ者でございます。
記念日をこんなにお祝いして頂けるなんて最高でございました。ありがとうございました!
今日は32周年で微妙な数字ですけれども、先ほども言いました通り、来年からは1年ごとに周年がやってまいります。
キチンと区切りのいい周年です。
いよいよ来年の1月の7日には私も60歳。
今年のバースデイ・ライブの時に言いましたけれども、来年の会場はまだ仮予約なんですけど、いつもの倍くらいの感じなんですよ!
皆さん、ホントにお願いしますよ!
60歳の門出を大いに盛り上げて頂けたらなと思います」
そして、Tシャツ他、オリジナル・グッズの紹介。
ここのところ恒例になっているデビュー当時の写真を採用した「アクリル・スタンドと缶バッジを探せ!」のコーナーも挟み込まれた。
390正解の発表です!
 
アクリルスタンドは…
500v'のっつ'のキーボード・スタンドのセカンド・タイアの上。
490そして缶バッジは…520和佐田さんの譜面台のウラでした~!
みんなは気が付いていたかな~?510vそして、この後、最後のメンバー紹介をしてアンコールの1曲目の演奏をスタートさせた。
お!また私のカラオケ曲「アポロでドライブ」だ!540やっぱりサビでグッと来ちゃう。550アポロ11号を叩き落さんばかりのヒロアキくんのソロ。
コンパクトだが説得力は十分!560それを見守るヤッチン。570v「最初のライブでも歌ったこの曲で終わりたいと思います」と紹介した次の曲は「Round & Around」。
580vヒロアキくんもドラムスの近くまでにじり寄って最後のギター・ソロに魂を注ぐ。590アンコールでもテンションの高い演奏でショウの最後を盛り上げてくれた4人!20r4a0359

610v

620v

630vこの曲は演奏の前にヤッチンが口にした通り「最初のライブで演奏した曲」であり、32年前の最初のソロ・アルバムに収めた曲であり、「アポロ」からつなげるクダリは55歳のバースデイ・ライブの時と同じ構成であり…きっとヤッチンの中でも重要な位置を占めているのであろう。640v演奏後のルーティンはヒロアキくんのエスコート。650「ありがとうございました!」660そして、ステージを下りた直後も1枚パチリ。
「ヤッチン、ソロ活動32周年おめでとう~!」
 
曾我泰久の詳しい情報はコチラ⇒soga21.com
690サ、あとは商売繁盛…ご利益、ご利益!

700v

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 200(一部敬称略 2022年4月2日 神田明神ホールにて撮影)




2022年5月19日 (木)

ROOTS of FORT $ KNOX

 
ココは浅草…ひさご通り。
「ひさご」というのは「ひょうたん」のこと。
このアーケードの手前、今のJRAの場外馬券売り場の場所にあった「ひょうたん池」にちなんでその名が付けられた。
「ひょうたん池」は昭和26年に埋め立てられてしまったので、さすがに私も見たことはないが、その埋め立てした土地に後に建てられた「新世界」という、今でいうアミューズメント施設は大好きだった。01かつては東洋で一番にぎやかだった浅草にあって、日本で初めてエレベーターが設置された「凌雲閣」を擁したこのエリアは町の中心地だった。
今ではスッカリ落ち着き払っていることはご存知の通り。02明治の昔、「すき焼き」のことを「肉なべ」と呼んだ。
その肉なべの老舗「米久本店」はこのひさご通りの中にある。
伊藤博文が総理大臣だった1886年の創業だというからスゴイ。
今年で136年目。Yk そのハス向かいにある「フルーツパーラーゴトー」。
今日は定休日で閉まっているけど、ココのパフェ類が殺人的にウマい!
ウマ過ぎて最早どうしていいかわからない。
プロ中のプロが選んだ超高品質の果物と自家製のシャーベットのコンビネーションが生み出すハーモニーは筆舌し難いほどに素晴らしい。
暑い季節ともなると大行列よ!
実はとあるライブハウスで知り合ったマスターとはフランク・ザッパつながりで仲良くして頂いているのです。

03そして、もう少し行ったところにあるのが、もんじゃ/お好み焼きの「ぽんちゃん」。

04残念ながら入ったことはないのだが、名前からしてウマそう!
何しろ「ぽんちゃん」だからね。

05ところ変わって、ココは長崎。
そして、長崎名物といえば…06「ちゃんぽん」!
下は長崎のガイドブックに必ず載っている人気店の名物ちゃんぽんなんだけど…私、ダメだったの。
ニオイがチト…。30もう1回ヒックリ返すと…こっちは好物の「PONちゃん」!A30我がNATALドラムスで景気よく各地で暴れて頂いております。80そのPONさんがかつて在籍していたFORT $ KNOXのメンバーが集まったライブが過日開催された。
ところが会場は大阪やんけ…行けへんがな。
ということでPONさんにお願いして当日の写真をお送りして頂いた。
今日はそんなレポートでんがな。
60v会場に所狭しと並べられたオリジナルグッズの数々。
130「GET READT TO HEAVY METAL」…いいこと言うね~。110v当然CDとDVDも。120vこの日のPONさん。131もちろん使用したドラムキットはNATAL。132シェルの素材にヌケのよい「チューリップ・ウッド」を採用したCafe Racer。
おかげさまで好評を頂戴しています。
144この日、ショウは3つのブロックに分けて上演された。
まず最初のブロックはスカっと「Making Love」でスタート。
 
ボーカルズはRayさん。
そしてベースにNoboruさん。
135続いてRonnyさんがブチかますギターリフから「Come on Girl」。
140vそしてドラムスはRYOさん。
もう1曲、「踊り明かそう」で最初のブロックの4人はステージを下りた。150続いてのブロックは「Together」から。
 
ボーカルズは替わってHirokiさん。160vギターはGokiさん。
Gokiさんはマイケル・ハマーさんの還暦イベント以来のMarshall Blogへのご登場。170v続いての曲は「3AM」。
 
ベースも替わってChanさん。180vドラムスはGachanさん。
「Too Late」をゴキゲンにキメて2番目のブロックも終了。190vそして、最後のブロック。
再びRAYさんがステージに上がった。
最初の曲は問答無用のドライビング・ナンバー、「My Foxy」。200ギターは引き続きGOKIさん。
GOKIさんが奏でるMarshallサウンドがさぞかし素晴らしいことだったろう。210vココで山口PON昌人登場。
「月と海賊」から、RYOさんとのドラム・バトルを披露して「Chicken House」へつなげた。
「♪クックドゥードゥルドゥ」がいい感じ!
240ベースは引き続きChanさん。
最後に「Southern Beat」を持ってきてこの3番目のブロックが本編を締めくくった。220vアンコールのセクション。
まずはアコースティックの「Too Late」をRAYさんとShinkroさんで。250そして、ギターのTamiyanさんが登場して「You Really Got Me」。260v歌はPONさん!230v最後の最後は「Dynamite」。235ファンにはタマらない一夜となった。265震えて聴いた感動の一夜の記念撮影。270楽屋でもパチリ。
お疲れさまでした!
280v 

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200(一部敬称略 2022年4月1日 大阪BIG JACKにて撮影 ※写真提供」山口PON昌人 PONさん、ご協力ありがとうございました!)

2022年5月18日 (水)

曾我泰久ソロ活動32周年記念LIVE「Now Here I am」 <前編>

 
春の神田明神。
朱色の山門に桜が重なって実に風情にある趣きだ。
ハイ、ブー!
この文章はおかしい…って自分で書いているんだけど。
神社には「山門」はない。
「鳥居」が「山門」と同等のモノとされているらしい。
それじゃ、この神田明神の境内の入り口に立っているのは何だろう?…見ての通り、「門」だ。
神社では「山門」ではなく「随神門(ずいしんもん)」と呼ばれ、悪神や鬼の侵入を防ぐ門番の働きをしている。
この神田明神の随神門は、昭和50年に昭和天皇即位50年の記念事業として再建され、平成10年に塗替えられたばかり。
だからピッカピカでマッカッカだわ。 
10しかし待てよ…。
どうして門がある神社とそうでない神社があるのかしらん?
三社祭で全国にその名を知られる「浅草神社」にこんな立派な門はない。
鳥居がポコンと立っているだけ。
よくこの鳥居の手前で神殿に向かってお辞儀をしている人を見かけるが、コレは正しい。
何とならば、鳥居から内側は神様のエリアだから、そこにダマって入るは失礼千万。
鳥居でのお辞儀は「おじゃましま~す!チョット入らせて頂きま~す!」という挨拶なのだ。
鳥居をくぐっても真ん中を歩いてはいけませんよ。
真ん中は「正中(せいちゅう)」といって神様がお通りになるところだからだ。
ところで、今年の三社祭はトラックではなくて人間が神輿をかつぐそうだ…ヨカッタ、ヨカッタ。
Aj千貫神輿で人気の「鳥越神社」にも門などない。
昔、長野に住んでいた頃、「善光寺」を指して「長野にはこんな立派なお寺があるのか」と感心していたバカがいたのにも驚いたが、「鳥越神社」を「しまこしじんじゃ」と読んでいる若者には仰天した。
ちなみに神社は「とりこえ」、地名は「とりごえ」だ。
20190620_162208860x645都内最古の稲荷神社とされる「下谷神社」にもない。
Sj廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く…
樋口一葉の『たけくらべ』に出て来る「千束稲荷神社」も鳥居だけよ。Iyo グッと小ぶりになって、我が家系発祥の地、群馬県太田市にある「牛沢神社」にも門はない。
Uj何しろ神社の大親分である「伊勢神宮の内宮」にもないぐらいなんだから神社には門がない方が普通なのでは?Img_0015しかし、有名な水戸天狗党が旗揚げをした「筑波神社」の随神門の立派なことよ!0r4a0061_2 長崎最大の祭り、「長崎くんち」のメイン会場となる「諏方神社」の手前の長い長い階段の参道とマッチした随神門も立派なモノだ。0r4a0120 コレは一体どうしたことか…。
 
どうもこういうことらしい。
江戸の昔までは神社と寺はハッキリ区別されていなかった。
ところが明治政府になると、明治元年に「神仏分離」というガイドラインに沿ってその2つを明確に分けてしまった。
ナンでこんなことをしたのかと言うと、「神道」をこの国の宗教に定めるためだったんだね。
仏教は中国から伝来した日本のオリジナル宗教ではないし、神道を普及させて国民に万世一系の天皇家を崇拝させることは、旧長州藩の野望を継続・推進するのにとても有益だと考えたのだろう。
そして、こういう思想が太平洋戦争の遠因になっていることは実に興味深い。
「神仏分離」では、仏像をご神体と仰いでいる神社などにその仏像を取り払ったりさせた。
しかし、明治以前に建てられた寺や神社も多く、仏教徒神道がゴッチャだった頃に建造された門がある神社も数多く残された…という背景があるみたい。
  
ナンてこととは関係なく、この日も多くの人が神田明神に参詣に訪れていた。
で、フト気になったのがあのお馬さん。
神田明神の御神馬神幸号(ごしんめみゆきごう)のことだ。
30ア~ッ!いなくなってる!ウッソ~!
楽しみにしていたのに!
ビックリして一体何があったのかを売店のスタッフの方に尋ねに行った。40すると、かつては御神殿の上手にあったハウスが下手に引っ越したということがわかってひと安心。

50みゆきちゃんも元気そうだった。
「神馬神幸号・明(あかり)」というのが本名で、「あかりちゃん」とするところだが、ウチでは家内に敬意を表し「みゆきちゃん」と呼んでいる。
信州は佐久の出身だそうだ。
鯉料理で有名なところね。60かつてはこんなに狭かった。
そういえば、この宮司さんも「みゆきちゃ~ん、コロコロしてごらん、コロコロ」って言ってたな。
写真は宮司さんに言われてみゆきちゃんが前足で石をコロコロしているところ。160_2みゆきちゃんとの再会を喜んでいたら背後から雅楽の音色が…。
80今日も結婚式をやっていたのだ。
110緋毛氈の上をユックリと歩く新郎と新婦、そしてご親族の方々。90今日は木遣りの皆さんも登場!
いいね~。100そして、御神殿に入って行く。
前回も書いたけど、ウチの両親も神田明神で結婚式を挙げたんだけど、こんなことをしたのかな?
イヤ、しないな。
きっと「行列なし」のもっと安いコースだったに違いない。115ご親族の皆さんが着席し…120新郎と新婦はおごそかにご祭壇に向かったのであった。
古くから伝わる日本の風習というのは実にいいモノだ。130神田明神ホールの2階へ上がる階段にはヤッチン・グッズを買い求めるお客さんの長蛇の列。
この大黒天って石像としては日本最大なんだってね。140…いうことで、今日は曾我泰久さんのソロ活動の32周年を記念するコンサート「Now Here I am」。
つい先日「48周年」を記念したのはヤッチンの芸能生活。
この48と今回の32を足して80周年!
今日はヤッチンのショウビジネス歴の「傘寿」なのだ!…そんなことはないか。150v♪ドコドン……ジャ~ン!
派手なかき回しでショウはスタート。160「ようこそいらっしゃいました!
32年間応援し続けてくれた方、途中離れてまた戻って来てくれた方、新しく出会ってくれた方、どうか最後まで楽しんでいってください!」170v曲は「UP BEAT」、
今日はアタマに持ってきた!180今回のバンド・メンバーは…
 
そうる透

190v和佐田達彦200vsoucesから野津永恒。

210v田川ヒロアキ

220vヒロアキくんは当然今日も愛用のMarshall JVM210Hと1936の組み合わせを使用。230vそして、曾我泰久。250vノリノリのアップ・テンポ・ナンバー。270和佐田さんとの気心知れたコンビネーションが早くもいい雰囲気を醸し出す。280おなじみのポーズに会場は一気に盛り上がった!290滑り出しバッチリ!0r4a0105 続けてはガラリと変わって2020年リリースのソロ・アルバム『SONG(S) COLLECTION Vol.2 1990-2020』から…300_jsy「Just summer for you」を持ってきた。310「ワン、ツー、スリー、フォー!」
透さんのイキのいいカウントでスタートしたのは軽快なポップ・チューン「Seppin' out」。320v_soヤッチンの最初のソロ・アルバム『YASUHISA SOGA Vol.1』からのチョイス。
アルバムは1990年4月1日のリリースだからまさに32年前!
その頃を思い出して歌っていた…のかどうかはヤッチンに訊いてみないとわからない。330「改めまして曽我泰久です。
ようこそいらっしゃいました!
32年前の4月1日に1人歩きを始めまして、早いのか、遅いのか…時間の感覚は不思議なもんですね。
当時、僕は27歳だったんですけど、今までずっと子供の頃からジャニーズ事務所という大きな事務所にいて、ひとり歩きを始めるという…あの時の気持ちというのは今でも覚えています。
そして、今でもこうやって楽しく歌が歌えるというのは、先ほども言いましたけれども応援してくださる皆さんのおかげだと思っています。
本当にありがとうございます。
今日は神田明神ホールということで、なんともめでたい会場です。
ボクは見ていないんですけど、昼間に境内で結婚式を挙げていた方がいらっしゃったとか…。
縁起がいい感じがしますね。
ココはなんと言っても商売の神様でございます…イヤらしい感じがしますけれども。
この桜の舞う中、気持ちのいいライブが出来て本当にうれしいです。
最後まで楽しんでいってください」
ということだったので、昼間の結婚式の様子をMarshall Blogがレポートしておきました。
ご挨拶の後はメンバーからひとこと。
340まずは透さん。
「ハイ、縁起がいいですね!
ご利益、ご利益。
みんなで同じ空気吸って楽しみましょう!」
360v続いてのっつ。
「32周年おめでとうございます。
去年の12月から5か月間連続で曽我さんとはご一緒させて頂いています!」
もはやバンマスのような存在としてヤッチンから全幅の信頼をおかれている'のっつ'。
あ、そういえば先日御徒町のパンダ広場にsourcesが出るというのでカメラを持って応援に行こうと楽しみにしていたんだけど、のっつが熱を出してしまって急遽中止になってしまった。
もうスッカリ良くなったことでしょう。
370v次にヒロアキくん。
「ヤッチン、32周年おめでとうございます!
2年前の30周年の時もこの会場でしたね。
延期になった時ですけど。
今日も呼んでもらえて楽しいなと…うれしいなと思っております」
380v「そして、先月の『芸能生活48周年』の時はいませんでした。
なのでライブがあっという間に終わってしまいました!
いつも『オレに10分くれ』とか『15分くれ!』とか言う感じで色んな話をしてくれるんですけど、今日はどんなお話をしてくれるのでしょうか!?
390「32周年おめでとうございます。
今日は3点あります…それぞれ10分づつ時間をください。
まず最初に…『いい年して派手なカッコしやがって!』と思ってる人がいると思いますが、大変申し訳ない…カッコいいと思って着て来たんですよ!」
2つ目の話題は、ヤッチンが32年前の4月1日にソロ・デビューしたことにちなんで、小学校の新学年に編入する子供の誕生日をどこで分けるか?という話。
4月1日生まれか?2日生まれか?
熱弁をふるう和佐田さん。
4053つ目の話題はコロナになってから、趣味が「神頼み」になったという話。
人事を尽くして天命を待つ。
部屋の中はお札だらけ…それじゃ「新三郎さま」だ!
この日取り換えたベースの弦はずっと部屋に置いてあったモノなので神様が宿っているそうだ。
だから和佐田さんがベースを弾くたびにお客さんに幸運が放たれるというワケ。
会場も会場なだけに、実にありがたいコンサートだ!
 
一応、書いておくと「新三郎」は『怪談牡丹灯籠』の主人公。
新三郎を慕う幽霊の彼女は「お露」といったっけか?
昔は夏になると『四谷怪談』、『真景累ヶ淵』、『番町皿屋敷』なんてのを必ずテレビで放映したものだった。
エアコンのなかった昔は怖い話で涼を取ったんだネェ。
コレもワビサビを味わうことができる日本人だけが持つ洗練された感覚なんだけど、もうこうした怪談話も絶滅だよ。
日本人は一生懸命自分たちの文化を壊し続けているんですよ!愚かにもイギリス人やフランス人なんかとは正反対のことをしているのです。
だから和佐田さんの部屋中のお札は正しい。400v「今日のこのライブは『ソロ活動32年記念ライブ』ですので、ソロ活動の曲のみでセットリストを構成しています。
次はボクの今1番新しいCD、『Super Rare TraxVol.10』の中から2曲聞いてください」350vまずはCDのオープナーの「夏は天然色」。
S41a0142もうヤッチンのやりたいことが手に取るようにわかる1曲。
おいしいメロディ満載だ!
S41a0206_1 のっつのソロもとてもいい感じ!440ヤッチンのギターから始まった『Super Rare TraxVol.10』からのもう1曲は「モノクローム」。440_mch飛びきっりアダルトなムードのヤッチンもまたよき哉。
しかし、本当にバラエティに富んだレパートリーに感心しきりだ。450vココでものっつのソロ。470ヤッチンも大人の雰囲気のソロをキメて見せてくれた。Img_0048 「ありがとうございます。
『Super Rare Trax Vol.10』の中から2曲続けて聴いて頂きました。
次の11枚目はなるべく早く出したいナァ~と思っておりますので楽しみにしていてください。
さて、次はソロの中でも歌詞をTHE GOOD-BYEのメンバーが書いてくれた曲です」480まずは、野村義男さんの作詞による「~15才~」。
曲の主人公は女の子だけど、ホッコリと昔のことを思い出させてくれるような曲。
私の15才は朝から晩までロックとギターだったわ。
S41a0149 ココでもヤッチンのギター・ソロをフィーチュア。S41a0135そしてTHE GOOD-BYEメンバーによる作詞曲の2番目は衛藤浩一さんの「お気楽にいこう!」。510_okiタイトル通りのハッピー・チューン。
楽しいね~。
「お気楽」といえば、今年92歳になられる私が尊敬して止まないジャズ・ピアニストであり、名誉ニューヨーク市民である穐吉敏子さんが若い頃に…と言っても彼女が80歳近い頃の話だけど…おっしゃっていた言葉を最近は肝に銘じている。
それは「いくら考えても自分の力ではどうにもならないことはもう考えない!」ということ…コレである!
お気楽にいくべし!520vヒロアキくんのソロ爆発!530v「ありがとうございます。
野村義男と衛藤浩一が作詞してくれた曲をお聴き頂きました。
アノ~…いよいよ、来年はTHE GOOD-BYEのデビュー40周年を迎えます。
今年はボクの芸能活動48周年、今回はソロ活動32周年…非常に微妙な数字ですよねぇ。
ホラ、普通は5年、10年と区切りのいい時に『周年』をお祝いするもんでございますけれども…。
自分でやっておいてなんナンですけれども、後で気づくと変なもんですね。
でもこうやってソロ活動でも32年も歌い続けることができるのは、本当に皆さんへの感謝しかございません」
550vしゃべっている途中で次の曲に備えてギターを降ろしたヤッチン。
「ボクもね、32年間ソロで演ってきて色んな曲を歌ってまいりました。
その中でジャズっぽい曲を収録したアルバムを1枚出しています。
そのジャズアルバムを作るキッカケになった曲を歌ってみたいと思います」
620vそのアルバムとは2013年の『The Swinging in the Rain』。
タイトルはもちろんアーサー・フリードの「Singing in the Rain」のシャレ。
そのタイトル曲を披露。
このアルバムがリリースされた時、私はジャケットのデザインがメッチャうれしかった!Srだってジャッキー・マクリーンの『A Fickle Sonance』だったんだもん。
私、マクリーン好きでしてね。
「fickle」とは「気まぐれの」とかいう意味で「sonance」は「sound」とか「tune」を意味する今では使われない古い言葉。
だから「気まぐれサウンド」という意味。
内容はゼンゼン気まぐれでなんかではない正統派ハードバップ・サウンドよ。
私、日ごろは「ロックの代名詞」みたいな商品に関わった仕事をしているけど、実はカレコレ40年以上の間熱心にジャズを聴いてきた「ジャズマニア」なんです。Fsリズム隊の2人がギンギンにスイングする。
透さんのジャズ・ビートってすごくいいんですよ。
普通のロックのドラマーは間違ってもこんなにスイングできない。
シンバルのレガートが素晴らしい。560_sirそして、和佐田さんのウォーキング・ベース!
ジッと聴き入ってしまった。570vそしてヤッチンの歌。
滑らかな声はジャズ・チューンにとてもよくマッチする。
ビング・クロスビーでもメル・トーメでも、そもそも男のジャズ・ボーカルズってそういうモノだから。580vヒロアキくんもソロを披露。
ヤッチンの声同様に美しいギターの音が曲によく溶け込んでいた。590vそしてのっつも。
キーボーズの人はやっぱり音楽性の幅が広いネェ。600vジャズもバッチリだ。
さすがヤッチンをサポートする腕利きメンバーさんです。
海外のロック・ミュージシャンとなると平気でジャズが演奏できる人も少なくないけど、日本のロック・ミュージシャンって驚くほどジャズが出来ないのが普通。
やっぱり音楽の環境が海外と日本では全く違うからなんですね。Img_0064_1 今年創業60周年を迎えるMarshallの記念グッズを紹介しがてら久しぶりにやってみましょうか?
 
「The Swinging in the Rain」の歌詞に「なぜイギリス人は傘をささないの?」という文句が出て来る。
決して全く傘をささないワケではないけれど、激しく同感。
下は雨のロンドンのアールズ・コート駅。
ね、傘をさしている人がいるでしょ?Img_9870 その向かいに私が大好きな「GREGGS」がある。
安くておいしいパスティ屋さん。
コレでロンドン滞在中の食費をググっと抑える。
 
この日は本当に朝から本格的な雨だった。
そういう時はこの写真のようにロンドンっ子たちも傘を持参して普通に使う。Img_9798それでもこうやってガンとして傘をささない人もいる。
写真には写っていないけど、コレ、もうざんざん降りなのよ。
ちなみにこの道をもうチョット行ったところのインド料理屋が出すカレーが信じられないぐらいおいしかった。
かつてインドの宗主国であったイギリスだけに、どこに行ってもインド料理店がある。
特にロンドンにはゴマンとあるワケだが、ちゃんとした値段を取るところならどこに入ってもとてもおいしい。
安いところはダメ…臭いの。
このアールズ・コートのお店はホントにおいしかった。
多分、私の人生の「3大カレー」のひとつに数えられるだろう。
残る2つのウチ、ひとつは未定だが、もうひとつ決まっているのは神保町の欧風カレー「ボンディ」。
今まで外人を大勢連れて行ったけど、全員が即完食&大満足。
あ、カレーじゃなくて傘の話だった。Img_9802コレはマンチェスターの雨。
やっぱり傘をさしている人とそうでない人がいる。
エジンバラもヒドかったけど、このマンチェスターも雨ばっかりだった。
聞けばイギリスで最も雨の多いエリアのひとつだとか…。
結局、どこに行ってもイギリスは雨が多い。
それが、夕方にパラパラと小雨が落ちるというのではなく、降る時はとにかく1回本格的に降らないと気が済まないという感じなのね。

Img_0415 そうして頻繁に雨が降るものだから傘を持って歩くのが億劫なのだろう。
そこで登場するのが「フーディ(Hoodie)」だ。
日本式に言うと「パーカー」というヤツ。この言葉はイギリスでは通用しない。
フードが付いている服だから「フーディ」。
フーディを着て、雨が降ってきたらサッとそのフードを被る。
これがイギリス流。
私は絶対に傘をさします。
旅先で風邪をひいて熱でも出したら一巻の終わりだからね。280_2Marshallの60周年記念グッズでもフーディをラインアップしています。
 
60周年グッズの詳しい情報はコチラ⇒Marshall60周年記念グッズ・コレクション~ダイヤモンド ・ジュビリーの大脱線添え

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<後編>につづく
 

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 200(一部敬称略 2022年4月2日 神田明神ホールにて撮影)

2022年5月16日 (月)

D_Drive『感謝の47都道府県Drivingツアー』ファイナル!<後編>

 
『感謝の47都道府県Drivngツアー』の最終公演は早くも後半に入った。
ギターを持ち替えての「ローD」コーナー。
「ローディ」なんて懐かしいね。
日立製作所のオーディオ・ブランドが「Lo-D(ローディ)」だった。
東芝は「オーレックス」、三菱電機は「ダイアトーン」、シャープは「オプトニカ」、松下は「テクニクス」、三洋電機は「オットー」、トリオが「ケンウッド」等々…大手家電メーカーがみんなオーディオ機器のブランドを持っていた時代があった。
ナンでこんな話をするのかというと、数日前にオンキョーが自己破産を申告したでしょ?
一時期、ギブソンが資本参加して2番目の大株主になっていた。
「ギブソン・ブランドのBluetoothスピーカーを生産するのでは?」なんてMarshallにレポートしたこともあったっけナ。
それで実際にやったのかな?
楽器ブランドの製品としては、アレは申し訳ないけど、ダントツでMarshallが世界ナンバーワンだから。
そんなギブソンもすでに2007年には全株式を売却していたんだね。
 
私が中学生ぐらいの頃、オーディオ機器は全国津々浦々で大きなイベントが開催されるような花形産業のひとつだった。
それがどうだ?今では見る影もない。
気の毒なことだ。
でも、私が気の毒に思うのは断じてオーディオ機器メーカーではないよ。
イヤホンと小さなオーディオ機器で音楽を楽しんでいる気になっている消費者の方だよ。
憐れそうした消費者は、高品質なオーディオ機器で良質な音楽を観賞した時の素晴らしいを知らないんだから。
もっともそんなハイクオリティなオーディオ機器で聴くべき音楽がなくなってしまったので当然の成り行きということなのかも知れない。
おかげで「ステレオ」という言葉も死語になりつつある。
物体がなくなれば名前がなくなってしまうのは自然な成り行きだからね。
何はともあれ、D_Driveの『Maximum Impact』や将来リリースされるであろうアルバムは、いいオーディオ機器で大音量で楽しんで頂きたいものだ。
 
「ありがとうございます。
『Be yourself』と『Break Out』を続けて聴いて頂きました。
早くコレらが音源になったらうれしいな~、という感じなんですが、皆さんも楽しみにしておいてくださいね!
さて、『47都道府県ツアー』を今一度振り返りたいと思うんですけど…。
今までSeijiさんがひとりで車を運転してくれていたんですが、私も運転をするようになりました。
キャラバンに乗らせて頂いておりまして、今回は北海道まで初めて車で行きました。
今まで北海道へは飛行機で行っていたので、はじめは北海道まで車で行くの?とチョット不安に思いました。
でも色々なところを走れたことはライブ以外に楽しいところのひとつだったと思います」
10v「夜中に走ることも多かったんですが、東北の方に行ったら、もう~動物が飛び出す、飛び出す!
ビックリしちゃいました。
やっぱり、夜中は出ますね…夜は出ます。
犬とか猫じゃないですよ…なんかウリ坊的なヤツ。
それと、やっぱりライブ会場ですね。
色んな環境がありました。
コロナ禍でキャンセルもありましたし…色んな厳しい状況を乗り越えて来ました!
Seijiさんはね、去年の夏に…」
20「ご存知の方も多いかと思うんですが、去年名古屋でのライブの最中、最後の曲の途中で脳出血を起こしました。
急に右の視野を失って…今もそのままなんですけど…治らない病気で実は今も右目がチャンと見えていないんですよ。
最初はどうなるかな?と思って…もう音楽も諦めなアカンのかと思いました。
でも、入院している時、それに退院してからもメッセージを皆さんからたくさん頂いたんです。
最初はメチャ読みづらくて、ほとんど読めなかった。
でも時間をかけて全部読むことが出来ました。
と言うのは、どうにかしてコレを治して早く復帰したい!という思いですね。
もう1回戻ろう!って」
S41a0337「実は、ホンマ右側に壁を置かれたみたいに全部見えてなかったんです。
だからよくブツかったりもしてました。
視力が下がったワケじゃなくて、脳がダメージを受けて本来『右に何かが映っていますよ~』という情報を出している脳が、その情報を出さなくなったんですよ。
手術は存在しない。その代わりにとにかく脳に刺激を与えるんですよ。
すると、その右に置かれた壁の上の方と下の方が少し剥がれたようなイメージになって、チョット透けて見え出したんですよ!
今はそういう状態で、それに慣れて生活が出来ています。
『47都道府県ツアー』では初めて見る景色とか、メッチャきれいだナァとか、そういう経験を通じて脳に刺激を与えたのが良かったのかナァ~と思っています。
まぁ、自分ではそれほど大したことないと思っているんです…もちろん気をつけてはいますけど。
絶対そのウチ完璧に治してやる!と思ってるんです。
諦めないで、刺激をもらうために良い曲を作って、そして皆さんによろこんで頂く…コレをドンドン続けていこうと思っています。
励まして頂いた皆さん、本当にありがとうございました。(拍手)
コレが、47ツアーの『1番の大きな思い出』って言うか、印象に残ってることやね」30v「Seijiさんが脳出血で倒れてツアーも一旦バラしシて…。
何度か再開とバラしを繰り返している間に『マンボウ』とか色々出ましたよね。
で、山梨が最後の県になりまして、それも何度かキャンセルになったんですが、遂に去年の12月に行くことが出来て、すべての都道府県を回り終えました。
なんか、本当に色々とハプニングが続きましたが、こうして今日ツアーファイナルが出来てありがたく存じます。
皆さんおひとりおひとりのお陰やなと思います」
ホント大変だったよね~。
「47-Prefecture Tour」と称してイギリスに何度もツアーの進捗状況を報告しているうちに連中も日本には行政区画が47個あるということを覚えちゃったみたい。
「それでは、次も音源になっていない私が作った曲をお送りします。
とにかく、みなさんにパワーを送りたいということで、お聴きになられた皆さんが元気でハッピーになって頂けたらうれしく思います。
『Get Away』という曲です」

40vツアー・ファイナルとだけあってサービス満点。
また新曲を披露した。Img_0289 小ザッパリしたイントロから猛然とダッシュするリズム隊。60

70v「元気になる」というか、スカっと胸のすくような急速調のドライビング・ナンバー。
コレは…D_Drive史上最も速いテンポの曲になるのかな?
「Yukiちゃんフレーズ」満載!80v例によって後半に出て来るギター・アンサンブルもとてもカッコよく仕上がってるよ~!90Chiikoちゃん渾身のドラム・フィルが炸裂するのは「GEKIRIN-逆鱗-」。
310vココでも超重量級のリズムを叩き出してくれたChiikoちゃんとToshiくんのコンビネーション。110v完璧な演奏にドラゴン・ボールさんもご満悦のハズ。120vショウも後半…
Img_0320Toshiくんが前半のMCで語ったように会場の雰囲気はギンギンだぜ!0r4a0545 「みんな、手拍子を!」140v_rrSeijiさんが弾く「Russian Roulette」のリフに合わせて…150vみんなで手を打って盛り上がった!160今日もバッチリきまった「Russian Roulette」!180「ありがとうございます。
新曲が早く音源になればうれしいなと思っているんですが、もしその時が来たらすぐにお知らせしますので楽しみに待っていてくださいね!
あ~、今日ももうあと少しになって参りました!
次の曲は…」
215「次も新曲です。
『I Remember The Town』という曲です。
昔、生まれ育った場所に行って来ましてね…どう変わってるのかな~って思って。
ナンて言うのかなぁ…コレは残っとるけど、コレはほとんど無くなってしまったなぁ~…みたいな懐かしい雰囲気?
よく待ち合わせに使っていたポストの前とかね…そのポストがもう無かって。
そのポストも懐かしい昭和の丸いポスト。
やっぱ昭和はいいなと思ったんですよ。
ボク、昭和が大好きなんですよ。
やっぱ昭和いいっすよね。メチャクチャいいですよ!
Yukiちゃんも昭和でしょ?」
200v「昭和生まれですよ。
昭和生まれやけど、赤ちゃんだったじゃないですか?…だからいわゆる『昭和の時代』っていうのを体験してないんです。
だからなんかこう、チョット憧れ?
聞く話しによると『昭和がいい』とか『どうやら昭和がいいらしい』じゃないですか?
だからリアルタイムで体験してみたかった…っていう感じはあります」
210「昭和の時代がヨカッタ」というのは、オリジナルのモノがたくさんあったからなんだよね。
家電にしても、エンターテイメントにしても…初めてのモノばかりだったから、そりゃオモシロイにキマってる。
今はすべて焼き直しか、テクノロジーの進歩を活用して新しいフリをしていたり、昭和の時代だったら無用なモノばかりだから。
クリエイティブだった昭和の真っ只中を生きた人たちがそれらを面白いと思うワケがない。
そして、そうしたモノは、昭和の時代は人の生活を豊かにしたけど今は違う。
ギター・アンプひとつ例に挙げてもそれが言える。
  
最近、『昭和生まれの人』ってどういうことか?についてすごく思うことがあるんですわ。
それはどういうことかと言うと、おジイちゃんでも、お父さんでも、テレビの中の人でも、「戦争を体験した人が周囲にいた時代」ではなかったか?ということ。
つまり日本の「昭和」という時代は「戦争の時代」だったんですね。
日本は学校で子供たちに戦争を教えない国だから、将来…といっても近い将来、また大変な過ちをが冒す危険性が極めて高い。
と言っても戦争を知らないから、コレが何のことかがわからないというのが現状だ。
  
その「昭和」…他のところにも2度ほど書いたことがあるんだけど、私は昭和37年生まれ…つまりが敗戦からたった17年後に生まれた古い人間なんだけど、私の人生は「平成」を生きた時間が一番長いんですわ。
コレは我ながらすごく意外だった。
「昭和」から「平成」に替わったのが27歳の時、「平成」は33年まで、今の天皇陛下が長命で、私が父と同じ年まで生きたとして「令和」が26年。
どうしても「平成」が一番長い。
でも私はドップリ「昭和の人」だナァ。
だから生まれた年は関係なくて、感受性豊かな若い時代をいつ過ごしたか?ということなんだろうね。
 
もうひとつ…「昭和」というのは、映画や音楽、演芸等のエンターテイメントの分野に関して言えば、「レジェンドたち」と生きることができた時代だった…ということが言えると思う。
「ロックの時代」に関しては、私は「黄金時代」に5年ほど間に合わなかったが、でも「70年代のロック」をリアルタイムで体験できたことは本当にラッキーだったと思う。
加えて「昭和の東京」で生まれ育ったことも我が音楽人生に大きな利益をもたらしてくれたことを書き添えておきたい。
 
下の写真はワタシ。
前の東京オリンピックがあった昭和39年ぐらいか?
東京のど真ん中なのに道路が舗装されていない!
車はウチのモノではありません。
Shige さて、ステージに話を戻す。
「この曲は途中で皆さんに手拍子をお願いしたいところがあるんですよ。
ちょっとムズカシイですよ~!」
「ムズカシイ手拍子」といえば、パット・メセニーに「First Circle」という曲があって、コレがまた飛びっ切り美しくていい曲なのね。
で、コンサートの時に「一緒に手拍子してください」って言うワケ。
みんな好きな曲だから一緒に手拍子したいんだけど、誰もできない。
それもそのハズ、後で何度か音源に合わせてカウントしてみたら12/8と10/8拍子を組み合わせた22/8拍子だったの。
そんな経験で鍛えていたのでこの「I Remember The Town」の手拍子ぐらいチョロいもんだとこの時思った。
正直言って、私はこの曲をすでに知っていたしね…。
さぁ、来い!…………できない!
と言うか、何をやっているのががわからない。
もちろん手拍子をしているお客さんも誰ひとりいない。
このパートは十分に改良を要しますね。
そして、みんなで楽しく手拍子をできるようにしよう!
190さて、いよいよ「47都道府県ツアー」ファイナルも最後のセクションに突入だ。
SeijiさんがMCで解説した新曲「I Remember The Town」。220v_irt耳に残る2小節のリフからシンプルなエイトビートへ。230_2曲調は一貫しているが、あたかも町角をめぐっているようにコロコロと情景が変わっていく。
その情景を頭に思い浮かべながらギターを弾くSeijiさん。
Seijiさんの追憶の町角は一体どこなのだろう…十三か?千日前か?西九条か?釜ヶ崎か?
0r4a0648「一貫した曲調」のカギを握っているのはやはりリズム隊が刻むエイトビート。240残念ながらアメリカでは「エイトビート」という言葉を使わないらしい。
単に「ロック・ビート」というようだが、イギリスはどうなんだろう?
確認しておきます。250vもちろんシンプルなだけに終わらせないのがSeiji流。
複数回の転調を取り入れて曲を立体的に仕上げてみせた。
260v緊張の初披露が終わったところでおなじみのナンバーでひと暴れ!
まずはChiikoちゃんからどうぞ。270_hpメンバー全員ガップリ四つに組み合っての「1,000,000 hp」だ!
まずはSeijiさんがステージ全面まで歩み出て弾きまくり。280vハイ、次の人!

285Yukiちゃんもズズイと前に出て来たぞ!290Toshiくんは顔も暴れて見せる!
S41a0038Chiikoちゃんのドラムスでソロ合戦を切り上げて…
100v_grテレコのパートを経て激動のエンディングへ。0r4a0667 イッチョ上がり~!
お疲れさまでした。
観ている方もひと汗かいたわ~。
320v本編の最後は「Screw Driver」。330_sc長い長いツアーの最後…一体メンバーの皆さん何を心に演奏したのだろう。
…などということは微塵も感じさせない安定のスクリューっぷり…。
375イヤ、いつもより好き放題に暴れていたかしらん!?
370こんなだから!400vSeijiさんも!380感謝のエンディング!410これにて本編終了~。420後はアンコールを残すのみの『感謝の47都道府県Drivingツアー』。
もう少しで本当に終わろうとしている。
 
さて、このツアーではスタンプカードの企画を導入していた。
ツアーの公演に行ったら1ポイント。
そして、5ポイントごとに限定動画がゲットできる…というのが特典だった。
D_Driveはこのツアーと並行して通常のライブもやっていたので、ツアーが中断したこともあって途中からすべてのライブ会場でポイントがゲットできるルールに変更となった。
カードは47ポイントで1枚完了。
そのカードを2枚フルにしたファンの方がいらしたのだ!
つまり単純に考えれば2019年11月から2022年3月までの29ヵ月の間に96回D_Driveのライブ会場に足を運んだ計算になる。
月に3.6回。
すると、2年半の間、毎週1回近くは必ずD_Driveのライヴにお越し頂いたというワケだ。
ファンってのは本当にありがたいものだ。
当日、その方はMCの中でYukiちゃんから紹介され、満場の拍手を持って迎えられた。Card アンコールはお揃いのツアー記念Tシャツのいで立ちで登場。
「皆さん、ありがとうございます。
今日は本当にありがとうございました!
これが噂の『47 Tシャツ』です。
ついにファイナル中のファイナル中のファイナルがやって来ました!
なんか終わると寂しいような気もしますが、ココがまた新たなスタートなのかなという感じがしております」
440v「今回で47都道府県ツアーは終わりますが、D_Driveはライブバンドなんで、年がら年中色々な地方でライブを演っています。
今日も地方からお越しになられた方もいらっしゃると思うんですが、反対に我々が地元にも行かせてもらいますので、その時にまたお会いできればいいナァ~と思っています」445「ハイ、そうですね!
しかも、この横の『Strage』という所でよく演らせてもらってますので、ソチラでもお会い出来たらいいなと思っております。
本当にありがとうございました!
みなさんラスト1曲、準備はいいですか?」

450コレが最後の最後。
『感謝の47都道府県Drivingツアー』を締めくくったのはヤッパリこれ「Cassis Orange」。460結成して13年、ツアーを初めて4年、これほど感動的な「Cassis Orange」はかつてなかったのではなかろうか?
感謝の「Cassis Orange」…「感謝すオレンジ」だ!470v

480v

490v

500v演奏の後は記念撮影タイム。Img_0372 はい、チーズ。
この「チーズ」ってのもいかにも昭和だナァ。
コレを耳にするといつも帝釈天の御前様を思い出す。
510どうもありがとう~!
コレでおしまい。

昭和のバンドと違って、今のバンドは交通網と車の発達で移動はラクになり、インターネットの普及により情報の拡散ができるようになり、47の都道府県をすべて回ることは格段に容易になったとは思う。
しかし!
恐ろしい伝染病が蔓延しているとなれば話は違う。
昭和の頃はせいぜい「おたふく風邪」が流行るぐらいで、そんなもんはなかったからね。
その中を足掛け4年もの月日をかけてよくやったと思うよ。
本当にお疲れさまでした!
520足掛け4年にわたってツアーで苦楽をともにして来た機材たちもお疲れさまでした!421

422v

423v

424 
<オマケ>
「終わった~!」
ファイナル公演も無事終了してとうとうツアーを完走しよろこびの表情を隠せないた4人。
せっかくなので、ひと言ずつ感想を述べてもらった。

540「予定よりもずいぶんかかってしまいました。
約3年もかかってしまいましたけれども、皆さんのご援助のお陰で無事全部回ることができました!
コレで『47都道府県ツアー』は終わりますけども、また同じように全国を回っていきたいと思いますので今後ともD_Driveの応援よろしくお願いします!」550v「本当に皆さんお一人お一人のご支援のおかげでこうして47の都道府県を回ることが出来ました。
コロナ禍もあったので、予定よりも2年半ぐらい長くかかってしまいましたけれど…。
その間も、皆さんがたくさん色んな会場に足を運んでくださって…それで無事にようやく今日終えることができました。
本当に皆さんありがとうございます!
これからも、ゼヒゼヒよろしくお願いしま~す。
色んな所を運転することもできたのでとても楽しかったです。
皆さん、ありがとうございます」560v「『47都道府県ツアー』を無事、皆さまの応援のおかげで完遂致しました。
疲れました~。
すごく疲れました~。
でも、米をひと粒ひと粒味わって頂くかのように、ライブ1本1本に一生懸命になれてすごく良いツアーになったなと思います。
これが一生の思い出になると自負しております。
お疲れさまでした!」570v「お疲れさまでした。
基本的に皆と同じ感想なんですが、これをキッカケに初めて行ける都道府県ってメチャクチャあったということを知りました。
もう1回行きたい所もたくさんあるし、再発見できた場所もいっぱいありましたので、ココで終わりではなくてまた色々とやってみたいと思います。
初めて行ったところですか?
本当に多いですよ。
この辺とかやったら栃木とか。
関西やったら、それこそ奈良とか、三重、和歌山とかも行ったことがなかったんです。
この47ツアーのおかげで、関西でもいつもと違う所に行かれたんで良かったな~と思っています。
おいしいものもいっぱい食べました。
ありがとうございました!」

580v終わったら終わったでさびしいもんだのう。
写真は夏が終わった「海の家」のイメージ。
 
D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive Official Web Site
530 
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 200(一部敬称略 2022年3月21日 新横浜NEW SIDE BEACHにて撮影)

2022年5月14日 (土)

D_Drive『感謝の47都道府県Driving ツアーファイナル!』<前編>

 
「エエエエ~!まだやってんの?」
イヤ、もう終わった。
D_Driveの『感謝の47都道府県Drivingツアー』のこと。
クラウドファンディングで掲げた「47の都道府県すべてを巡る」という公約をついに完結させたのだ。
このツアーがタートしたのは、2019年11月10日の「Thunder Snake厚木」。10前の月に上海で開催された『Music CHINA』に出演し、大ウケした興奮も冷めやらぬ頃だった。
15002その後はツアーを順調に消化。
旅慣れたD_Driveのこと、そのままいけば半年でこの企画は終了する予定だった。
年が明けて2020年、NAMMショウのMarshallブースで演奏を披露。300_2コレがまたアホほどウケた。
最終日の最後のデモンストレーションまで何度も何度もブース内を満員にした。
その光景を見て「コイツぁ、イケるぞ!」と思わない方がどうかしている。
それゆえ、この時この場所で翌年の出演を依頼され、メンバーも大喜びしたのであった。
そして、同年の上海では大きな野外ステージで演奏することも既に決まっていた。
実は、今だから言うが2021年のNAMMではもっと大きなプランをMarshallと画策していたのだ。
3602今回、当時のMarshall BlogのNAMMレポート<最終回>を見て涙が出たよ。
その記事を書いたのはNAMMから帰ってしばらくしてからのこと。
コロナがだいぶ広がり出していた。
でも甘く見ていたナ…全部フッ飛びやがった。
「ダイアモンド・プリンセス号」のニュースを見ていてこの伝染病がこの時から2年以上も続くであろうなんてことをあの時誰が想像したことだろう?
2020年も上海で大ウケして、意気揚々とアメリカに行けるものかとばかり思っていた。
ところが、コロナの勢いは治まるどころか拡大するばかり。
当然、『感謝の47都道府県Drivingツアー』も中断の憂き目に遭ってしまう。

Snb2_2しかし、臥薪嘗胆…1年の間ガマンにガマンを重ねた末、徐々にとはいえ2021年4月あたりからツアーを再開できる運びとなった。
めでたし、めでたし!

S47_1_2 
ところが好事魔多し。
そんな喜びもつかの間、不幸にもSeijiさんが脳出血で倒れてしまい、再開したばかりの4月末以降のスケジュールをすべて延期せざるを得なくなってしまった。
ああ、かわいそうなD_Drive!
MarshallやMarshall Recordsのスタッフもずいぶん心配してくれてね、「逐次Seijiさんの容態をレポートしろ」と言われ、普段使わない医学の英単語をずいぶん覚えたわ…もう忘れちゃったけど。

47_2しかし、脳出血ぐらいでヘコたれるSeijiさんじゃない!
何しろ10年かけて1人で地球7周半の距離を運転した鉄人だ。
約2か月の療養を経て復活!
2021年7月からツアーを再開することとなった。
何たるドラマティックな展開!
いかにもD_Driveらしいじゃないか!

47_3
そして、それから5か月…最後の山梨ですべての都道府県を回り終え、とうとうミッションを果たしたというワケ。
下は記念Tシャツの背面のデザイン。
すべての公演の記録がプリントされている。
こうして見ると圧巻だね~。
日本は決して狭くない!

Tsそして、大阪地区と東京地区の大きな会場で「最終公演」を催して華々しくツアーを締めくくろうということになった。
10周年記念公演を開いた十三のGABUで大阪地区を済ませ、この新横浜NEW SIDE BEACHで最後の最後でツアーの幕を下ろしたのだ。
 
会場の入り口にはD_DriveRさんたちから贈られた祝い花が飾られていた。20v2019年11月から2022年3月…足掛け4年だからね。
ホント、諦めずによくやったわ!

30その感動の最終公演の冒頭を飾ったのは「Begin Again」。
オープニングには珍しいチョイス。40D_Driveの結成10年を機に「またはじめから始めよう!」という意気込みを込めてYukiちゃんが作った曲をアタマに持ってきたのは、この大ツアー後、「またはじめから始めよう!」という意志の表れに違いない。
126vそんな気合の入ったYukiちゃんのギターを送り出しているのはいつものJVM410Hと1960A。

60v4年越しのツアーの最後に臨む晴れやかな表情が印象的だった。70v替わって「M16」。80_m16Seijiさんは大変だったね~。
倒れてから最初にかけた電話で聞こえてきたSeijiさんの声は忘れない。
Marshallも大騒ぎだったんだから!
ココまで来れてホントにヨカッタ。0r4a0070 Seijiさんが休みの間はとても寂しい思いをしたJVM410と1960B。
でも今日は何事もなかったかのように元気にSeijiさんのギターを鳴らしていた。100v「銃撃戦」のルーティンもバッチリ!110続けて「Attraction 4D」。125v4dそういえばSeijiさんがお休みしている間、3人で「47ツアー」以外のライヴをこなしていたんだっけ。
ToshiくんもD_Driveの歴史を築き続けている。
上海でホテルの部屋が水びだしなって荷物がビチャビチャになってしまったのがはるか昔のことのようだ。
150vToshiくんもいつものEDENのワン・ハーフのスタック。140vこの日も素晴らしいサウンドを通じてベースという楽器の色んな側面を見せてくれた。
130vアタマ3曲、まずはガッチリとキメてみせた。0r4a0124 「皆さん、こんにちは!D_Driveです!
ついにこの日がやってきました。
『D_Drive感謝の47都道府県Drivingツアー』…今日が本当にファイナルでございます。
ご支援ありがとうございます。
皆さんのご支援のもと回らせて頂いた47都道府県ツアー、2019年の11月から始めましたけれども、もう2022年になっております。
延期になり、再開しては、また延期になり…。
一時はどうなることかと思いましたけれども、今日こうして皆さんと一緒にこのファイナルを迎えることができて大変にうれしいです!
どうもありがとうございます」
160v「一時はどうなることか?と思いましたよね。
本当は半年で回って2020年の5月にファイナルを迎える予定だったんですよ。
ナンダカンダで足掛け4年かかってしまいましたがアッという間でした」
 
「4年」と言えば、81歳のおジイさんが85歳になっちゃうからネェ…って大したことないか?
イヤイヤ、人間85歳に到達するのはスゴイことなんですよ。
 
「今日は新しい曲も、いくつかお披露目したいと思っております。
次に演る曲はSeijiさんがドラマを観てインスピレーション受けて書いた曲ですよね?」
170v「そうなんです。
皆さんもアレ観たことあるでしょ?…『愛の不時着』。
観たことある人?」
(会場)シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
「ウッソ~!マジっすか?あんまり韓流ドラマとか観ないですか?
その後に来たと言われている「イカゲーム」観たっていう人?」
(会場)シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
「えっ!アハハ。ほとんどの人が観てますね(ウソこけ!)。
その「イカゲーム」を観て曲を作りたいと思って取り組みました。
ドラマには『だるまさんがころんだ』をやる有名なシーンがあるんです。
それを曲に盛り込んだんです。
『だるまさんがころんだ』って、皆さんもやったことがあると思うんですけど、今から実際にそれをやります。
皆さんも一緒にやらないとダメですよ!」
お客さんポカーン。
何しろ「イカゲーム」を知らないんだから…間違いなく私が一番知らないんだけど。
要するにSeijiさんが言っているのは、彼が得意とする作曲手法である「情景描写」を曲の中に取り入れたので、イントロの部分で実際に「だるまさんがころんだ」をバンドと一緒にやってみましょう…ということ。
説明がチョットわかりにくかったね。
ま、コレは初演だら…慣れて行けば大丈夫。
これからの展開に期待しよう!
D_DriveRさん、ご協力お願いします!180vその「だるまさんがころんだ」のイントロがあって、Chiikoちゃんの猛烈なスネア・ロールが炸裂!190_rlglChiikoちゃんはNATALのフル・セット。200ペダルもNATAL。
Chiikoちゃんが叩き出す歯切れのよいサウンドがタマらんのよ!210バッチリやんけ!…というシーン。215v曲は「Red Light, Green Light」。
つまり「赤信号、青信号」ね。

220vコレもシャープなメロディとスリリングな展開が魅力の1曲。
D_Driveの新しいキラー・チューンのひとつとなることだろう。

ところで、「だるまさんがころんだ」って何のことだか知ってる?
我々が子供の頃は「だるまさんがころんだ」と口にするのは10数えるのと同じことと教わった。
10文字だからね。
関西でいうと「ぼんさんが屁をこいた」になるのかな?
だから次回からこの曲のタイトルは「The Monk Farts」になるかも知れない。
230続いてはSeijiさんのおなじみの人力シーケンサーから…240v_lrYukiちゃんがリフを奏でる…
250v「The Last Revenge」だ!
260ココでも2人のテレコのソロがスリリングに転回する。
 
はい、ココで今オジちゃんが「テレコ」という言葉を使いました。
「互い違い」とか「アベこべ」というのが本来の意味なんだけど、昔はバンドの中で交互にソロを取ったりする時「ここテレコでソロね」なんて言ったりした。
正直、普段は使わない言葉なんだけどね。
それもそのはず、どうもコレは元が関西弁らしい。
ん…関西弁?
長い間、私はこの言葉は英語で、意味はわからないにしろ「Tele-communication」の略かなんかと思っていた。
または「テープレコーダー」ね。
これが全然違った!
「テレコ」は「手を加える」という意味の「手入れ」の最後に「こ」がくっついた「手入れこ(ていれこ)」が変化してできた日本語なんだって!
「ていれこ」⇒「てれこ」ね。
コレは歌舞伎から来ている言葉で、統一性を持たせながら2つの異なるストーリーを足し合わせて、ひと幕ごとに交互に上演する手法を「てれこ」と呼ぶそうです。
歌舞伎とか遊郭とか寄席を起源に持つ言葉ってすごくたくさんあるんだよね。
そういうところが日本語の魅力のひとつでもあり、それらを学ぶことはすこぶるオモシロい。
とにかく子供の頃から学校で英語を学ばせるなんて愚行は絶対に止めるべきだ。
そんな時間があったら読書をしろ。
世界で最も美しい言葉である日本語をまず徹底的に勉強するべきなのだ。

0r4a0235 いつ聴いてもカッコいいイントロの「Advance and Attack」。

270v_aaこの勇猛な雰囲気もD_Driveの魅力のひとつ。

280ヘヴィなリズム隊を得てのことだ。

290v「ありがとうございます。
さて、今日が最後の『47都道府県ツアー』は厚木からスタートしました。
チーコさんはコレが印象に残ってるなぁ~とか、思い出深いな~とかありますか?」
300v「やっぱり私は北海道ですかね。
食べ物が美味しかってね。
当初は北海道はで2、3日かけてユックリ行って、何か所か回って帰って来るっていう予定だったんですよね。
それもコロナの影響で1日になってしまって…。
D_Driveには珍しい1日2回公演を演ったりもしましたね。
またユックリ行けたらうれしいなぁ~と思います。
一応、行ったからには私は夜ご飯を2回食べました…Yukiをちゃん引きずりまわして!」
そういえば、ロンドンへ行った時も、上海へ行った時も女子チームの方が全然アクティブだったんだゼ。S41a0324「Toshiくんはいかがでしたか?」
315v「ライブが始まる5分前までは2つほど思い出話をしようかな?…と考えていたんです。
ところが、ココまでの今日のライブが良すぎてしまって!…最終的に今日のライブのことだけしか覚えてないかもしれない!
最高です!皆さん、本当にありがとうございました。
なんかコロナ禍で沈んでたんですよ…でも、ライブってこうやったな!ってコロナ以前の熱意が伝わって来きます。
座って聴いてもらうライブが多かったんですが今日はちゃんとスタンディングで聞いてもらえるし…。
チョット負けとれへん!」
この後、パパになる話でもうひと盛り上がり!
320v「新しい生命の誕生も楽しみにしつつ…最近では梅が開花しているらしいです…無理矢理。
梅が咲き出してるということで、Seijiさん、あの曲イキますか?」Uuu 「『どこかで春が』?」
Yukiちゃんの強引なフリと予測が完全に可能なSeijiさんのボケで次の曲「U_me」が紹介された。

310vこの曲のおかげで最近「梅」のことを意識するようになった。
たとえば、この「向島百花園」。
向島というのは隅田川をはさんで浅草の対岸に位置する墨田区のエリア。
かつては「玉の井」という遊郭があって大層にぎやかだったいわゆる「本当の下町」のひとつ。
そして「百花園」は、元々は文化・文政期(1803~1830年)に花の咲く草花を観賞するために造られた由緒ある民間の庭園。
昭和14年からは東京都が管理運営している。
で、開園当初の百花園は360本の梅が主体だった。
「梅は百花に魁て咲く」という意味で「百花園」と名付けられたそう(「四季百花の乱れ咲く園」という意味もあり)。
ネ、春を最初に告げる花は「桜」ではなくて「梅」なんですよ。
そんな名庭園も昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲で全焼してナンにもなくなっちゃった。
そして、その4年後に再建して現在に至っている。
数日前にお亡くなりになられた作家の早乙女勝元さんは向島のご出身で、数多くの著書でこの東京大空襲のことを書き残し、戦争の悲惨さを訴えていた。100 さて、「U_Me(ユー・ミー)」。
これは「ウメ」というより「スルメ」だ。
聴けば聴くほど味が出て来るD_Driveにしか実現できないワルツ。

320_um独特なメロディと意外な展開がとにかく素晴らしい。330vドラムスがムズカシイんだって!340新曲の後は定番の「Unkind Rain」。Img_0182 Seijiさんの美しいクリーン・トーンのバッキングにYukiちゃん滋味深いメロディを重ねる。
350v_urドラマチックなギター・アンサンブル。360そして、Toshiくんのソロ。370vこうしてひとつの物悲しいドラマが語られる。S41a0209続いては…ん、久しぶり?
コレもヘヴィなワルツ…「Lost Block」だ。390v ここでもToshiくんのベースがフィーチュアされる。400v「ありがとうございます。
明日は寒いらしいですね。
私たちも雪が降るかもしれないと聞いてヒヤヒヤしているんですけど…さすがに大丈夫だとは思うんですが…」
こと「雪」に関してはD_Driveは凄まじい体験をしているからね。
ココでギター・チームは7弦ギターに持ち替えた。
420「今まで『Break Out』という曲で7弦ギターを使っていたんです。
折角導入した7弦ギターだったんですが、まだその1曲しか出来てなかった。
でも今回とうとう、2曲目が出来ました!
今から演る新曲はYukiちゃんが作った曲です。
どういう思いで作ったのか、聞きたいですよね?」
415v「コロナ禍になってから、芸能人の自殺のようなショッキングなニュースがいくつかありました。
特に三浦春馬さんなんて成功していて才能もあって…どうして?
死ぬことないじゃん!っていう感じ。
もしそういう気持ちやったら、そのシチュエーションから逃げればいい…というか、死ぬことはないのにナァ、という気持ちがフツフツと湧いてきたんです。
そういう思いを込めた曲をこの7弦ギターで作ってみたワケでございます。
ちょっとヘビィな内容になってしまいましたが、そんなに速くもなく、ユックリした曲なんです。
タイトルが『Be yourself』。
あなたらしく、自分らしく…そういう風な曲です」

0r4a0329冒頭Yukiちゃんが引く物悲しいメロディが物語の方向を示す。430v_byそして、不吉でヘヴィなリフ。
とてもいい感じ!440vToshiくんの地を這うような低音がリフを劇的にする。450「Be Yourself」なんていうと「さわやかな青春物語」というイメージを受けてしまいそうな感じがするが、トンデモナイ!
ウン、ナンカYukiちゃんがMCで説明していたような主旨がウマい具合に音になっているように思う。
それを4分以下にまとめた手腕もサスガ!460v7弦ギターを使ったもうひとつの曲は、もうおなじみでしょう?
まずはChiikoちゃんの重いドラムスが悠々と鳴り響く。
490そしてSeijiさんの激烈リフ!
そう、「Breakout」ね。470v_boSeijiさんの弾く激烈なリフに合わせて手拍子。
ヘヴィにハードに盛り上がりやがれ!480vD_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive Official Web Site

500<後編>につづく 
 


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 200(一部敬称略 2022年3月21日 新横浜NEW SIDE BEACHにて撮影)

2022年5月11日 (水)

FATE GEAR最新作『KILLERS IN THE SKY』MV撮影レポート~私の横須賀


その少女は『声』を捨て、戦うことを選んだ―
 
去る4月27日、FATE GEARが7曲入りのアルバム『KILLERS IN THE SKY』を発表。
「通常盤」のジャケットは弱冠21歳ながらプロのメタル・イラストレーターとして活躍しているyu-ki【Carnage Society】さんの作品。20cd一方、CDとライブDVDを組み合わせた「豪華盤」のデザインは我らがHaruka画伯の作品。
「豪華盤」という名前がいいね。
確かに豪華だから間違いではない!
そして、肝心のサウンド方はもちろんFATE GEARテイストに満ち満ちた7曲が収録されている。
10cdさて、2001本目となる今日のMarshall Blogは、FATE GEARが横須賀で行ったミュージック・ビデオ撮影のレポート。
今日はね、Mina隊長から事前に「自由に脱線してもよし!」というお許しを得ているんですわ。
滅多にないことなんだけど、脱線が長いとイヤがるアーティストさんもいらっしゃるので、今回はお言葉に甘えて安心して脱線させて頂いた。
軍隊だったら隊長の指導には絶対服従ですからね。
でもね、そうかと思うと隊長みたいに脱線を楽しみにしてくださっている方も大勢いらっしゃるんですよ。
現に先日、誰もが知っている大御所ギタリストからお電話を頂戴して「Marshall Blogいつも読んでいますよ!」と励ましのお言葉を頂いた。
続けて「あの脱線がオモシロいんですよ!ドンドン書いて欲しいナァ~」とおっしゃってくれたのはとてもいい励みになった。
「脱線に一生懸命になる」のもどうかと思うが、「転覆」よりはいいだろう(←コレ、シャレになっています)
…なんて書いているところからすでに脱線なんだけど、今日はお許しが出ていますんで…ハイ。
  
さて、横須賀。
ビデオの撮影開始が朝の7時というので、前日に横須賀に入ることにした。
年寄りは早起きなので、5時に家を出てくれば間に合わないことはないんだろうけど、もし途中で何かがあったら大変だからね。
安全を見て前泊したというワケ。
30横須賀は久しぶりで、2014年の横須賀芸術劇場の取材の時以来。
前泊して時間ができれば当然現地の様子を見てみたくもなる。
ということで、撮影現場の下見も兼ねて外に繰り出した。
 
まずはJR横須賀駅。
軍港横須賀は鎮守府(後出)だっただけに、利便性を確保するために古くから鉄道が敷かれ、横須賀駅は「横須賀線」の終着駅として明治22年に開業した。
40レトロな現駅舎は大正3年に改修したバージョンをコピーして昭和15年に建てられたモノ。
中に入ってみる…おお!
終着駅だから当たり前のことなんだけど、ターミナルになってる!
つまり、行き止まりということ。
「ターミナル駅」とかいう言葉はあっても、国中鉄道がつながっている日本では「ターミナル=終点」になっていないことが多い。
「terminal」というのは「終点の」とか「最後の」とかいう意味なのよ。
だからターミナル駅の線路は行き止まりになっていないとおかしいワケ。
ヘタをすると駅ビルと駅前にロータリーがある大きな駅のことが「ターミナル駅」だと勘違いしている人も多いかも知れない。
50早速、派手に脱線してみましょうか?
コレはロンドンのパディントン駅。
あの熊のパディントンが南米からやって来たところね。
だからアレ、「パディントン」っていうんだよ。
70イギリスはロンドンを起点に鉄道が東西南北に伸びているので、そのロンドンの始発駅がターミナル駅になっている。
このパディントンの他、上野駅のモデルとなったキングス・クロス駅、その隣のセント・パンクラス、ウォータールー、リヴァプール・ストリート、チャリング・クロス、Marshallへ行くときのユーストン、カンタベリーへ行く時に使うヴィクトリア…全部ターミナル駅。

80ターミナルだからレールの終点にはこうした安全装置が付けられている。
電車がコレに突っ込むのを一度でいいから見てみたい。
こういう風にハジッコが行き止まりになっているのを「頭端式ホーム」と呼ぶらしい。

90替わってドイツは「フランクフルト中央駅」。100ココもチャンと列車をターミネイトする頭端式ホーム。110さらに今度は思いっきり日本の西でターミネイトしている長崎駅。

120コレがJRの西の果てよ。
この線路がナンダカンダで東京までつながっていると思うと感動しない?130では東京はどうか?
新幹線を除いて東海道線の東京駅も、中央線の新宿駅もターミネイトしていないからね。
昔は総武線の両国駅が房総線をターミネイトしていた。
私が中学ぐらいの時までは現在の総武線の隣に行き止まりの線路があったもんです。
今では上野かな?
上野駅は高崎線、宇都宮線、常磐線等をターミネイトしてるんだよ。
偉いナァ、上野は。

T0上に書いてしまったので一応載せておくが、コレが上野駅のモデルとなったと言われているロンドンの「キングスクロス駅」。
スコットランドとかニューカッスル方面へ向かう路線のターミナル駅。
初めて見た時から「上野駅に似てるナァ~」と思ったんだけど、やっぱりそうだった。0r4a0011 上野駅の「低いホーム」と呼ばれている番線はココでガッチリとターミネイトしている。T1頭端式ホームになってるでしょ?

T2私は「鉄道マニア」でも「ターミナル好き」でも何でもないんだけど、この横須賀駅の光景を見てチョットうれしくなってしまったのです。60翌日の撮影の現場は記念艦「三笠」。
前泊するにしても、翌朝がかなり早いので現場の下見をしておくことにした。
ところでココって車で行くと、高速道路から降りて来た時、左手に海上自衛隊の艦船が目に飛び込んでくるんだよね。
それらの船を見ただけで勝手に「三笠」だと思っちゃって…。
「三笠」がある三笠公園と反対の方向に来ちゃったよ、トホホ。
つまり海上自衛隊の施設ね。
横須賀は「鎮守府」といって旧日本海軍のとても重要な基地のひとつだった。
鎮守府は横須賀の他、呉、佐世保、舞鶴の3か所しかなかった。
ところが、悲しいことに「横須賀鎮守府」の略称は「ヨコチン」だったらしい。
小学生か!
140コレを120年前に建造された軍艦と間違えるなんて…我ながらストレートに恥ずかしい。
イヤ、ただただ「船~!」ということしか意識していなかったもんだから…。
この船、ツルっとしているでしょう?
いわゆる「ステルス船」というヤツ。
艤装(船につける設備)のゴタゴタを極力少なくしてレーダーに引っかかりにくくしている最新鋭の船だそうです…ということを教えてくれたのは、対岸の三菱重工長崎造船所を眼下に見下ろすグラバー園のボランティア・ガイドのおジイさん。160コチラの対岸はかつての横須賀製鉄所(造船所)、あるいは海軍工廠。
要するに船を建造するドック。
この日も潜水艦がプカプカ浮いていた。170それで思い出すのは吉村昭先生の『深海の使者』という小説。
第二次世界大戦中、ここ横須賀鎮守府から3万キロ彼方のドイツまでレーダーかなんかを潜水艦で取りに行ったという話。
大変オモシロかった。
 
今回は吉村先生の作品を何回か引き合いに出しますのでよろしく。180bコレがその伊号潜水艦。
当時、潜水艦の技術はドイツが圧倒的に世界ナンバーワンだったそうだ。
日本海軍は東南アジアからインド洋を経て、喜望峰を回り、大西洋を北上してヨーロッパに向かう航海に5回挑戦したが、成功したのは1回だけだった。
ヤダね~、何か月も陽に当たらずに海の底にいるんだよ。190さて、間違いは素直に認めて方向転換。
アメリカ海軍基地の入り口の前を通って反対の方面に向かった。
この中はアメリカだからね。

210何とも雰囲気のあるアパート。220そして、三笠公園に到着。230軍刀と双眼鏡を手にした東郷平八郎元帥が迎えてくれる。240vコレが「さかみ」か~!
あ、「みかさ」だ。
こっちは船尾ね。250「三笠」や横浜の「氷川丸」のように教育や記念物としての目的で保存してる古い船のことを「記念艦」、あるいは「博物館船(Museum ship)」と呼び、世界中で公開されている。
そして、「三笠」は「世界三大記念艦」の一角ということになっているんだけど、コレは世界共通の認識なのかどうか…誰がキメたのかかなり調べたが、結局わからなかった。
「三大」は極めて日本特有の表現方法だということを承知で他の2つを調べてみると…
300まずはアメリカの「Constitution(コンスティテューション)」。
観光とアメリカ海軍の宣伝に使われていて、「アメリカ海軍で最も有名な艦船」と言われているらしいんだけど、進水したのが1797年だというのにいまだに航行できるんだって。
要するに現役!
船っていうのは手入れをチャンとしていれば長持ちするんだネェ。260そして、イギリスの「HMS Victory(ヴィクトリー)」。
「HMS」というのは今なら「Her Majesty's Ship」。
つまり「女王様のお船」のこと。
エリザベス女王が崩御してチャールズが王様になれば「His Majesty's Ship」になるが「HMS」のままでイケちゃうのはありがたいのではないか?
ちなみにテムズ川の白鳥は全部女王陛下のモノなんだぜ。
ヴィクトリーは歴戦の雄船だが、何といっても一番有名なのは1805年、スペイン沖の「トラファルガー海戦」でフランス軍を駆逐してナポレオンのイギリス本土上陸の野望を挫いたことだろう。
その時の司令官が「ホレーショ・ネルソン」…「ネルソン提督」だ。

270ココはロンドンのトラファルガー広場(Trafalgar Square)。
もちろんこの広場の名前は「トラファルガー海戦の勝利」にちなんでつけられている。
写真の背中はナショナル・ギャラリー。
正面の塔の向こうの通りを下って行くとビッグベンや国会議事堂(ウエストミンスター寺院)に突き当たるロンドンの中心地。
280その塔の先端にはネルソン提督が乗っかって国会議事堂の方を向いて国の成り行きを見守っている。

290この2つの記念艦に比べると「三笠」はずいぶんモダンな感じがするな。
コレも私が「三大記念艦」にシックリ感を得ない理由なのかも知れない。
でもね、「メチャクチャすごいことをやってのけた現存する船」という意味での「三大」ならわかる。
このことはもうチョット後で。310残念なのは…三笠は海に浮かんでいないんだよね。
私は氷川丸のイメージが強かったので、地元の方に「安心してください!浮いていませんよ」とお聞きしてホンの少しショックだった。
ところが、「三笠」もなかなかに可哀そうな運命をたどっているんだよ。

320v「三笠」は明治35年(1902年)にイギリスの造船会社ヴィッカーズによって建造された。
日露戦争中、日本海軍連合艦隊の旗艦として大活躍した後、佐世保港に停泊中、艦内の火薬庫に引火して大爆発を起こし沈没してしまった。
その後、船体を引き揚げて修理を施し、大正12年(1923年=関東大震災の年)に引退するまで海上防衛の仕事をこなした。
そして、その3年後に現在の地に保存された。590 時代は下って昭和20年の太平洋戦争敗戦後、連合軍から「三笠」の艦橋、マスト、大砲、煙突のすべてを取っ払うよう命令が下る。
憐れ「三笠」は原形をとどめない「のっぺらぼう」にされてしまったんだね。
コレ、なんでこんなことをしたかね?
私がに思うに、日本が太平洋戦争を引き起こしたのは、日露戦争で日本軍はマグレでロシアに勝利して「自分たちはメッチャ強いけんね!」と勘違いし、イケイケドンドンになってしまったのが原因のひとつで、その日露戦争の勝利の象徴でもある「三笠」をそのままの形にしておくのはよろしくない…と連合軍が考えたからではないの?
そして、戦争のほとぼりも冷めた10年後の昭和30年、「三笠」を元の姿に戻してやろう!という声が高まり、昭和36年に現在の姿に復元されたというワケ。
だから今の「三笠」はMarshallよりひとつ年上ということになる。
330後部の主砲。340右が主砲の砲弾。
コレが10km先まですっ飛んでいったが、目標への命中率は10%程度だったらしい。
390v砲塔には戦歴を刻んだ金の銘板が取り付けられている。
もちろん対戦の相手はロシア。
にわか勉強で恐縮だけど、ものすごく簡単に言って「日露戦争」というのは南満州と朝鮮の権益をめぐって勃発した日本とロシアの武力衝突。
ロシアは不凍港が欲しいので、南下して朝鮮半島を分捕りたかったんだけど、日本としてはロシアが鼻っ先に入り込んで来るのはイヤなワケ。
伊藤博文が「南満州を上げるから朝鮮から出て行ってね(満韓交換論)」とか色々と粘り強く交渉したものの、ダメ。
昔からロシアってのはズルいんだよ。
頑として動かない。
日本国内はもう「ロシアをブッとばせ!」と国民が盛り上がっちゃってる。
しかし、ロシアは当時から「世界の大国」だからね、たった37年前までチョンマゲを結っていた国とは土台国力も文明も違う。
そこへ「サポートしてあげるからロシアをたたんじゃいないなさいよ」と励ましてくれたのはロシアの南下に危機感を抱くイギリス。
親切にも日本サイドに立って「日英同盟」を結んでくれた。
そりゃそうだよ、この「三笠」もそうだけど、イギリスからたくさん武器を買ってるんだもん。
今のアメリカとウクライナみたいなもんで、日本がロシアと戦争してくれればイギリスは一石二鳥のウハウハなワケだ。
それでも、やっぱロシアは大国だからネェ…と、日本政府と軍部は悩みに悩む。
明治天皇は最後の最後まで交渉しろ…とか言うし。350そして、海軍軍令部参謀の山下大佐が伝令を携えて佐世保に停泊していた「三笠」にやって来る。
「三笠」に集まった海軍のお歴々の前で、明治37年2月6日の夜中、海軍大臣である山本権兵衛のメッセージを開封する。
「もういいからジャンジャンやっちゃって!」
ホントはメッチャかっこいい文章なんだけど、長くなるので興味のある方はこういう本を読んでみてください。
日露戦争に至る経緯が泣きたくなるぐらいこと細かに書いてあります。

520bこうしてロシア軍が堅牢な要塞を造ってガッツリ入り込んでいる満州の旅順攻略を口火に日露戦争が始まったワケ。
有名な「203高地」なんてのはこのあたりの陸軍の話。
そして、「三笠」は連合艦隊の旗艦として、東郷平八郎海軍大将の指揮のもと大活躍し、日本海海戦でロシア海軍をケチョンケチョンにやっつけてやった。
でもね、コレにはラッキーな裏事情があって、ウラジオストクに向かう世界最強と言われたロシアの「バルチック艦隊」の到着が遅れたから日本は勝つことができた。
もちろん日本軍もバルチック艦隊が来る前に何とかしなきゃ!という体制を組んでいたことは言うまでもない。
 
ちなみに…ウラジオストクって「ウラジオ/ストク」だと思う?
それとも「ウラジ/オストク」だと思う?
正解は後者。
「ウラジ」は「支配する」、「オストク(正確にはウォストーク)」は「東方」という意味だそうです。
360増村保造監督、若尾文子&田村高廣の主演で『清作の妻(1965年)』という映画があるんだけど、時代はまさにこの時。
ド田舎の村でも「旅順攻略万歳!」と大騒ぎしているシーンが出て来る。
とにかく日露戦争は日本国中の市民がイケイケドンドンだったということがよくわかる。
この映画、スゴイよ。
若尾文子が五寸釘を手にしているでしょ?…ああ~、もっと詳しく書きたいけどネタバレしてはこれからご覧になる人に申し訳ないのでガマンガマン。
St 吉村先生の『海の史劇』という小説には、このバルチック艦隊の7か月に及ぶ苦しい航海、日本海海戦、戦後のロシア兵とのやり取りが丁寧に描かれている。
コレ、文庫で700ページの大長編で、実は私…大好きな吉村作品なれど2度ほど途中で挫折してしまった過去があったのです。
「また読んでみようかな?」と思うたびにブックオフで買って来るもんだから家に同じのが3冊もあったわ。
で、不退転の決意でまた読んでみた…もうどうしようもないぐらいオモシロかった!
もちろん「三笠」がジャンジャン登場する。

370b甲板のひとつ下の階は三笠に関するアイテムの展示コーナーになっている。

400コレがまたオモシロかった。410こんな展示もしてあってチョットうれしかった…「久松五勇士」。
上に書いた通り、日露戦争におけり日本の勝利の大きなポイントはバルチック艦隊の遅刻だった。
宮古島には、そのバルチック艦隊が接近していることを発見し、命を賭していち早く伝令しようとした「久松五勇士」という5人の漁師がいた。
当時、宮古島には通信設備がなかった。
そこで通信設備があった最寄りの石垣島まで5人で船を漕いで大急ぎで知らせに行った。
「最寄り」といってもその距離170km。
15時間かけて石垣島に着き、そこから30kmの山道を歩いて郵便局へ向かった。
その郵便局から打った電信は沖縄の本局から県庁を経て、市ヶ谷の大本営へと伝えられた。
ところが、付近を航行中だった「信濃丸」という巡洋艦が航行中にバルチック艦隊の姿を偶然発見し、久松五勇士より先にその情報を無線で市ヶ谷に届けた。
そして、日本海軍に迎撃の体制を取らせたその情報は大いに勝利に貢献した。
つまり、結果的には久松五勇士は「骨折れ損のくたびれもうけ」になってしまい、彼らの決死の努力は歴史の闇に葬り去られてしまった。

415 ところが、見ている人は見ているもんです。
下は宮古島にあるその5人の顕彰碑。
昭和の時代になり、久松五勇士のことが発掘されて教科書に掲載された。
すると、一気に評価が高まって沖縄県知事から顕彰されて郷土の英雄になったというんだね。
私はナゼか…多分何かの本で読んだのだろう…「久松五勇士」のことを知っていて、2011年に宮古島を訪れた際にシッカリ下の顕彰碑を見て来たというワケ。

417ほほう…コレはオモシロイ。
「三笠」の艦内での食事風景の写真。
実はココにはものすごく重要なことが書かれている。
「献立:麦飯、味噌汁、つけ物」というのがそれ。
「若いのに麦飯じゃかわいそう…」などと思うなかれ。
この麦飯が当時の多くの海軍兵の命を救ったのです。418 「脚気(かっけ)」って知ってる?
若い人は知らないかも知れないな。
我々の世代は健康診断の時、浮かした足の膝を下のような小さいゴムのハンマーでコツンと叩かれたものだった。
今もやってるのかな?
普通ならそのハンマーに反応してピョコンと足がハネ上がる。
ところが脚気に罹患していると足は何の反応も示さない。
コレが脚気の検査。
 
脚気という病気はビタミン・バランスの崩壊がもたらす恐ろしい病気で、第14代将軍の徳川家茂も若くして脚気で死んでる。
日露戦争の陸軍においては、戦死者47,000人に対し、脚気による死者は27,800人、罹患者は47,000人もいたという。

419s 
原因は「貧困」…イヤ「米の食いすぎ」だ。
当時の兵隊の食事の支給は現金だった。
つまり金をもらって好きなものを買って食べるシステムで、兵隊たちはその食費を出来るだけ削って、浮かした金を家に送金することが多かった。
そして、自分たちは米ばっかり食べていた。
日の丸弁当なんてのはその典型的なメニューなワケね。
梅干し1個でどんぶり何杯もの米を食べちゃう。
また、米が食えるだけでとても幸せだった時代が長いこと続いたので、オカズなんか要らなかった。
吉原の女衒じゃないが、米さえ食えればヨカッタ。
加えて当時はまだ医学的に「ビタミン」という概念がなく、完全栄養食とされていた「米」を食ってさえいりゃ大丈夫という意識が強かった。
するといいようにビタミンB1が欠乏し、また糖質の摂取が過多となって脚気を引き起こす。
最後は心臓が機能障害を起こし死に至る。

Rc ところで、海軍は陸軍に比べ脚気の罹患率が著しく低かった。
コレはイギリスに留学しイギリス医学を学んだ海軍医の高木兼寛少将という人が、西洋人に脚気の患者が1人もいないことに気付き、食餌が脚気の原因になっていることを突き止めたから。
外人はパン食でしょ?…兼寛はそこに目を付けた。
そして海軍に導入されたのが、給食制と麦飯だった。
みんなパンはイヤだから麦飯。
こうして海軍は脚気を駆逐した。
一方の陸軍。
総監医を務めた森鴎外はどこまでもドイツ医学を信奉し、頑として米主体の食事を止めなかったため、上に書いたような膨大な数の脚気の犠牲者を出したという。
 
こうして高木兼寛は日本におけるビタミン学の権威となり、慈恵医大の創設者のひとりともなった。
資生堂とも深い関係があった。
資生堂は、元々は薬屋さんだからね。
Kt 高木兼寛については吉村先生の『白い航跡』という作品でどうぞ。
コレも大変にオモシロかった。419話が食べ物になったところで…「横須賀のグルメ」といえばハンバーガーと海軍カレー。
よく海軍で「週に1回カレーが出されるのは長い航海の間に曜日を忘れないようにするため」とか聞くけど、コレは今の話。
カレーはビタミンのバランスが取れた栄養価の高い副食であるだけでなく、白米偏食を避けるために導入した麦飯を美味しく食べさせるための工夫のひとつだったらしい。
ちなみにイギリスの海軍でもカレーを出していたんだって。Curryさて、まだまだ脱線は続くよ~。
展示コーナーには「三笠アイテム」以外に日露戦争に関する資料もたくさん展示してある。
とてもいい勉強になる。
例えばコレ…チーム・ロシアの紹介。420バルチック艦隊の親分、ロジェストヴェンスキー中将。
この人はなかなかの人物だったようだ。430東郷元帥もまた立派な人で、この敗軍の将に帯刀を許したりしたそうだ。
ロジェストヴェンスキーもそんな敵将を敬ったが、軍の下の連中がどうにもならないチンピラばっかりだったらしい。
戦時協定を盾にして、捕虜のクセにステーキやうまいパンを食わせろだの、女を抱かせろだのとワガママの言いたい放題で、また日本サイドもその要請にいちいち応じていたそうだ。
こんな絵も飾ってあった。
日本海海戦で負傷したロジェストヴェンスキーを見舞う東郷元帥。
440チーム・ロシアの親分は皇帝のニコライ2世。
この人、イギリス国王のジョージ5世(エリザベス女王のおジイちゃん)のイトコ。
若い頃、世界旅行に出かけて日本にも立ち寄っている。
日本は国賓待遇でニコライを長崎で迎えた。

450長崎にの稲佐(いなさ)という所に「道永栄(みちながえい)」という女性がいて、当時は皇太子だったニコライ2世の接待をした。
お栄さんは稲佐にあった「ボルガ」というロシア料理店に勤めている時にロシア語を覚え、その後上海やウラジオストクに渡ってひと儲けして帰って来た。
スゴイ人だ。
その資金で「ヴェスナ」というホテルを稲佐に開店し、ニコライをそこに招待した。
お栄さん、下の写真にあるようにこの時代にあってはケタ違いの美人。
ニコライもデレデレになったかどうかは知らんが、みんなで夜中まで飲んで騒いだ後、2人で同じ部屋に入って行ったとか…。
ちなみにお栄さんは、お茶で財をなした「大浦慶」とシーボルトの娘で日本初の女医となった「楠本稲」とともに「長崎三大女傑」の1人にカウントされている。
この「三大」は間違いないでしょう。

465v_2さてこのニコライ、長崎では上野彦馬(あの有名な坂本龍馬の写真を撮った人)に人力車に乗ったところの写真を撮らせたり、当時日本ではヤクザしか入れる風習がなかった刺青(デザインは竜)を周囲の反対を押し切って腕に入れてしまったりと、日本が大のお気に入りだった。
楽しかった長崎を離れ、一行が滋賀の大津に入ると、警護に当たっていた津田三蔵という警察官がニコライ皇太子を切りつけて大怪我を負わせてしまった。
ビビったのは日本政府。
世界の大国の皇太子に大怪我を負わせてしまったのだから、ヘタすると日本は怒り狂ったロシアに滅亡させられてしまうのではないか?
しかし、皇太子は寛大にも勘弁してくれたのね。
コレがつとに有名な「大津事件」というヤツ。
ところがこの事件から13年後、日本とロシアは先に書いた理由で戦争状態に陥ってしまう。
皇帝となっていたニコライは、その時日本人のことを「猿」呼ばわりしていたらしい。
そして、日本との戦いに敗れたことがロシアの帝政を終結させるキッカケのひとつとなる。
この「大津事件」については吉村先生の『ニコライ遭難』をどうぞ。
長崎での数日を若きニコライが大変楽しそうに過ごした様子が生き生きと描かれている。
460bチーム・ジャパンからもひとり触れておく。
東郷平八郎元帥や山本権兵衛海軍大将は頻出なので、軍人ではなくて政府から1人。
小村寿太郎外務大臣。
この人は大変優秀だったらしい。
小村外相はロシアとの開戦前から政府のブレーンとして慎重に交渉を重ね、終戦後は仲良しだったセオドア・ルーズベルトを仲介にして「ポーツマス条約」を締結させた。
0r4a0138ロシアとの交渉というと、江戸時代末期にプチャーチンとガップリ四つに組んだ川路聖謨(かわじとしあきら)といい、この小村寿太郎といい、当事者の皆さんは大変な苦労を強いられた。
下は終戦後にアメリカのポーツマスで開かれた講和条約締結会議の様子。
テーブルの向こう側の左から2人が小村さん。
交渉の相手となったロシアの全権大使はセルゲイ・ウィッテ。480ロシアはバルチック艦隊の到着が遅れて負けちゃったようなもんだから、「何ならリターン・マッチしてみる?」的な態度で交渉に臨む。
一方、武力的にも経済的にも限界ギリギリでナントカうまい具合に勝利で終戦を迎えた日本は、リターン・マッチなどしようものならロシアにかなうワケがないのは痛いほどわかっているので、少しでも有利な条件で講和条約を締結したい。
下は犬山の明治村に展示されている実際に会議で使われたテーブル。

490交渉の結果、日本が朝鮮半島にすることにロシアは干渉しないとか、遼東半島の租借権を日本に譲渡するとか、樺太の南半分を日本に割譲する等の補償を獲得。
ところが賠償金はビタ一文取ることができなかった。
この結果に全く納得しない国民を新聞が煽り立て、気の毒に小村さん、苦労の甲斐なく国民からいいように叩かれて、暴徒化した連中が「日比谷焼き打ち事件」を起こしてしまう。
コレね当然なんですよ。
ナゼかというと、日露戦争の戦費は国家予算の6年分だからして、国民はその分ガッツリ税金を取られているワケ。
それでも日本はこの交渉の結果で大陸進出の足掛かりを作ることができた…けど、それがまた不幸にして太平洋戦争の礎になっちゃった。
だから太平洋戦争は日露戦争から始まったと説く学者さんがいるワケだ。
470bまた吉村先生。
この小村寿太郎の対ウィッテの死闘を描いているのが『ポーツマスの旗』。
夢中になって読んだわ。
「ウラジミールと同じ未来を見ている人」もこういう本を読んで先輩がどんなに立派だったか少しは勉強するといい。495bオマケで…。
コレは早稲田大学にある同大創設者の大隈重信の像。
作者は「朝倉文夫」という世界的に有名な彫刻家。510vそして、下は谷中にある「朝倉彫塑館(さくらちょうそかん)」。
朝倉文夫さんがかつて実際に住んでいた家が美術館になっている。
ココはいいよ~。
各部の意匠にこだわった家自体がもはや芸術品みたいなモノなんだけど、このアトリエには朝倉さんが製作した高さ8mもの小村寿太郎像が展示されている。
圧巻です。
500さて、日露戦争は「極東のマイナーな小国が世界の大国をブッとばしやがった!」ということで世界的に大変なニュースとなった。
この日本の勝利が、列強の圧政に苦しんでいたアジアの国々に与えた影響も大きく、後にインドの首相になる当時16歳だった「ネルー」はこの時にインドの独立に命を懸ける決心をしたというし、中国の民族革命運動家の「孫文」にも多大な影響を与えたという。

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ココで孫文が出てきたところで脱線。
チョット驚いたことがあったもんで…。
下は長崎にある「香港上海銀行」の長崎支店の跡。

530これまた素晴らしい建物なんですよ。
もうこういうの大好きでしてね。

535ココの2階に「孫文」と長崎出身の「梅屋庄吉」に関するアイテムや資料が展示されている。
香港で孫文と知り合いになった梅屋はその革命にかける情熱を知り、経済的な援助を申し出る。
ココでビックリの第1弾は、この梅屋庄吉という人…日本活動写真株式会社の創設者の1人なのよ。
つまり後の「日活」ね。
映画で設けた金で孫文をサポートしたのだそうだ。

540ビックリの第2弾。
日本にも「HSBC」というイギリス資本の銀行があるでしょ?
ロンドンの街中を歩いているとそこら中で見かける。
HSBCの正式名称は「The Hongkong and Shanghai Banking Corporation Limited」という。
つまり、「香港上海銀行」。
知らなかった!
そして最後のビックリが、このHSBC、ナンのために創設された銀行かと言うと…古くは「アヘン戦争」で設けた金をロンダリングするための銀行だったんだって!

550一旦記事を作成したところ、あまりにも脱線量が多かったので、一部をShige Blogへ移転させました。
コチラもゼヒご覧くださいまし!
  ↓   ↓   ↓
【Shige Blog】<スピンオフ>私の横須賀 ~FATE GEARのミュージック・ビデオ撮影現場より

Shigeblog_top_blue_w_l  
さすがに脱線しすぎて疲れてきた。
チョット「三笠」から離れて横須賀の街を歩きますよ。
我々の世代は「横須賀」とくれば…「港のヨーコ」から「♪これっきりこれっきり」。
ロック好きにはもうひとつ…TENSAWというバンドの「ドブイタSt.」という曲。
「♪ドブイタに行ったらサ ヤツに伝えて」…日本のロックをほとんど聴かなかった私は全然詳しくないんだけど、それでもこの曲は知ってる。
横浜出身で私よりは横須賀についての知識を持ち合わせている家内は「ガラが悪いから」と「どぶ板通り」を歩くことを少々イヤがっていたが、折角だからこの曲を口ずさみながら繰り出してみた。

560ああ?
ココでいいの?
ヤツに伝えようにも、ほとんど誰もいないんですけど…。
ガラガラのスッカスカ。
それでもひと通り歩いてみた。

570_2おお、とてもいい感じの金物屋さん!580どう見ても家具屋には見えないが、ココもいい感じ。
6時ぐらいでお婆さんがひとりで店じまいをしていた。590さすが基地の街。
上野の「中田商会」みたいな軍払い下げのアイテムを販売する店があった。600やっぱコレか!
私は人生で一度も買ったことも着たこともないけど、一部ではとても根強い人気があるようですな。
となると調べたくなるわナァ、「スカジャン事始め」について。
で、調べてコレまたビックリ!
戦後まだ間もない頃の話。
日本に駐留していたアメリカ軍兵士が記念品として、トラだのワシだの、ジャケットに自分が所属している部隊のトレードマークを東洋風にアレンジして刺繍させたのが始まりなんだって。
そんな長い歴史があったのかよ!
てっきり、70年代あたりに暴走族が始めたモノかと思っていたゼ。610ココじゃ子供も犬もスカジャンだよ。
名古屋の大須にもこういう店があったな。620vドワッ!
駅前のショッピングセンターにもこんな立派なスカジャン専門店が入ってる!630夕ごはん。
麦飯じゃないよ。
横須賀なのでハンバーガーを頂くことに。
家内がウェブサイトで調べて「Honey Bee」という人気店に入ってみることにした。640家内はコレ。
スタンダードなハンバーガー。
ハンバーグがメチャクチャおいしかった。

650私はナゼかタコスが食べたかったのでコレ。
ハンバーガーにしておけばヨカッタ。
このお店、結構大きいのに店員さんが1人しかいなくて、調理からお運びまで全部その人がやっていた。
オマケに入店時の体温チェックまでその人がやっているもんだから、手が回らなくて外に長い行列ができていた。
店内はガラガラだったのに…。660さて、いよいよビデオ撮影の朝。
7時前に三笠に集合!670みんなに協力して頂いてMarshallとNATALを船首の甲板に運び込んだ。

680どうよ、「戦艦とMarshall」。
「戦艦マーチ」でも歌いたくなるんじゃん?

700vどうよ、「海のMarshall」。
こんなホイストと一緒にすると、何となくビーチボーイズの「Sloop John B」を歌いたくなっちゃうじゃん?

690イヤイヤ、冗談じゃない!
とても鼻歌なんか歌っていられん。
猛烈に寒いのだ!
しかも、雨がポツリポツリと降ってきやがった!710それでも飛行スタート!720Mina隊長

730vYuri

740vHaruka

750vに加えて…
 
NANA

760vErika

770v…という乗組員のラインナップ。

780曲はアルバムのリード・チューン「Live in blood」。

790v始まったら皆さん、寒さなんて忘れちゃう!800Erikaさまの激烈アクションは暑いぐらいだ!

810vNATALの24"ツーバス・キットで暴れるHarukaちゃん!

820そして隊長のギター・ソロ!

830vやっぱりMarshallがあるとグッと雰囲気が出るね。

840この様子を捉えた写真は「豪華盤」の裏ジャケットに採用されている。

850それでも寒くてね~。
昨日はあんなに暑いぐらいだったのに!
気の毒に…演奏が終わるたびにお嬢さん方は寒そうに震えてた。9508時になると米軍基地から「アメリカ国家」と「君が代」が流れてくる。
この日も「三笠」は通常通り公開しているので、お客さんが来る9:00までに撮影を終了して機材を撤収しなければならない!
こういうのって大抵押しちゃうでしょ?
ところが、隊長のリードの元、全体の撮影は見事制限時間前にすべてを終了したのだった!

そしてその後は「三笠」の色々な場所を使ってのソロの撮影に入った。855v私の方は手の空いている乗組員さんたちのアー写撮影。
コレがね~、場所探しが結構難しかったの。
それと午後には朝の悪天候がウソみたいでカンカンに晴れちゃった。
温かくなったのはありがたいんだけど、そうなればそうなったで光の都合が出て来ちゃうワケ。
逆光とか、まぶしくて目が開けられない…とかね。

380そんな中で撮った写真で構成したフォトブックがCDの特典でついてくるお店があるのでFATE GEARのウェブサイトをチェックしてみてくだされ。
890そして、通常盤と…

Mina 豪華盤のジャケットをあしらったTシャツの販売されているのでコチラも要チェック。860vHarukaちゃんがデザインしたイラスト。

870v2年前の「The Sky Pirates」の時は蒸し暑くて大変だったけど、今回もなかなか大変な撮影だった。
そういえば、あの時も雨がほんの少し降ったんだっけ。
寒さに負けずギンギンの熱演を見せてくれた5人!
お疲れさまでした!900

920

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930

940その完成したビデオはコチラ。
曲は「Live in blood」。
お楽しみアレ!


本来であれば、4月の末からドイツを中心としたヨーロッパ・ツアーに行く予定だったFATE GEAR。
残念ながらコロナとウクライナ危機のせいで延期を余儀なくされてしまった。
ま、またチャンスはいくらでも来るって!
 
しかし、考えてみるとこれまで何度もFATE GEARのビデオ撮影のお手伝いをさせて来て頂いたナァ。
過去をチェックしてみると… 
★2018年 FATE GEARのニュー・アルバム『7 years ago』
★2018年 Headless Goddess~FATE GEARの新しいMV「Headless Goddes」」
★2020年 FATE GEARのニューアルバム『The Sky Prison』~メイキング・オブ・「The Sky Pirates」」

毎回、とても楽しい撮影だった。
これからもどんな環境の下にあろうと、自分たちの音楽を作り続けていって欲しいと思う。

Group FATE GEARのニュー・アルバム『KILLERS IN THE SKY』好評発売中です!
 
FATE GEARの詳しい情報はコチラ⇒FATE GEAR Official Website

960cd

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 200(一部敬称略)

2022年5月 4日 (水)

【Marshall Blog 2000回更新記念】イギリスには行かない!行かれない!!

 
…きません。(facebook他への投稿の続き)
明後日の5月6日にロンドンで開催されるMarshallの創立60周年を記念するイベント『Marshall HOOTIE-LOUD AT SIXTY-』に出席するためにイギリスへは行きません。
Marshallからは当然招待されていたんだけど…行かない決心をしました。
チョットその辺りのことを備忘録的に記しておこうと思い立ち今日の記事を編むことにした。
Hootie私は「Marshallの創立40周年と50周年の両方の記念行事に出席したただひとりの日本人」ということだけを自慢にしてきただけに、今回行くか行くまいか、正直か~な~り~悩んだ。
家内とも何度も話し合った。
イギリスへの渡航はコロナの隔離も必要ないので、一時は「よし、行くべし!」と決心して航空券の状況を調べるところまでいった。Pass まずは、いつも使っている全日空。
驚いたことにロンドン・ヒースローへの直行便が一切なかった。
全く飛んでないの。
Anaナゼかベルギーのブリュッセル経由なのだ。
ブリュッセルまで飛んでりゃ、もうひと息なんだからロンドンまで飛べばいいじゃないの?!
乗り継ぎ便となりゃ当然時間もかかる。
直行便であれば12時間半かそこらのところ、最速の便ですら19時間もかかってしまうのだ。
全日空の場合、下の地図ではロシアの上空を飛ぶルートになっているけど、実際の航路は中央アジアの上を往く、いわゆる「南回り」というルートを採ったのだそうだ。
おまけに燃料代の高騰に加えて、ゴールデンウィーク真っ最中のハイシーズンということもあって、運賃がいつもより断然高いと来ている。
「ブリュッセル→フランクフルト→ヒースロー」なんていう2回乗り継ぎのコースもあったが、所要時間は33時間だって!
アホか!ブラジル行けるわ!
Ana2 全日空でうまくいかない時、以前はヴァージンという手があったんだけど、日本路線からは大分前に撤退して航路の枠をアメリカへ持って行ってしまった。
ブランソンめ!
それ以来、その報復措置として『Tubular Bells』を聴かないようにしている。

Img_6686 最後の手段は日本航空…と言っても別に敬遠しているワケでもなんでもなくて、ただ全日空でマイレージを集めているというだけなんだけどね。
去年の1月、NAMMの中止でD_Driveの分の航空券をキャンセルする時、いち早く対応してくれたのは日本航空だった。
全日空がキャンセルしてくれたのは該当の便が飛ぶ2、3日前だった。
 
で、日本航空でヒースロー行きを当たってみると、おお!
ナント、ナント、直行便があるではないの!
「よし、行くぞ!」ってんで、その値段を訊いて腰が抜けてしまった。
いつもの3倍!
もちろん同じエコノミークラスですよ。
仕事なので、いくらMarshallが飛行機代を出してくれると言っても、洋の東西を問わず世の中には「常識」ってモノがありますからね…と、コレが第一の断念ポイント。
 
ちなみに日本航空は全日空とは異なり、アラスカの上空を越えていく「北回り」というルートでヒースローへ向かうらしい。
なんだよ、全日空もこの北回りで飛ばせばいいじゃねーか!と思って調べてみると、北回りの航路は、機体の故障などで緊急着陸をする必要が生じた場合、そのルート上に良い空港がないからなんだって。
オイオイ、アブね~な。
日本航空も南回りのルートを検討しているとか。
Img_6672
足の問題に加えて…円安。
コレはシンドいよ。
チョット前まで英ポンドは130円ぐらいだった。
ココのところ少し円高に振れているけど、170円あたりを行ったり来たりしている。
私が初めてイギリスに行った20年前は、1ポンド190円とかだったので、昨今の170円でビビる必要はないんだけど、やはり40円の差は精神的に大きい。
 
例えば大好きなGREGGSの「ステーキ・ベイク」。
ビーフシチューがタップリ入った熱々のパスティ。
コレが£1.50なので、以前なら195円ぐらい。
今では255円。
「たった60円の差」と言っても、コレが積もりに積もるとムカっ腹のひとつも立とうというものだ。
Img_9871ファスト・フードのような額が小さい買い物はまだいい。
困るのはホテルだ。
ただでさえロンドンのホテルは泣きたいほど高いので、連泊するとなると少々の円安でかなりのダメージを被ることになる。Img_9591_2 交通費だってイタい。
久しぶりに調べてみてビックリしたんだけど、今年またロンドンの地下鉄が値上げになったようで、日本でいう「初乗り」みたいな感覚の「Zone1」というエリア内だけの移動の運賃が終日£6.30だっていうんだよね。
1,070円だよ。
コレは一番割高となる現金で切符を買った場合の話。
上野から東京まで乗って1,000円以上…考えられる?
梅田から十三まで乗って1,000円以上…考えられまへんがな。
ロンドンの地下鉄や電車の運賃は時間や往復の別などで値段がガラリと変わるので、もちろんこの値段で乗る人はいないだろうけどね。
ま、コレは運賃自体がベラボーに高いのであって、為替の動向は関係ないけど。
でもね、ロンドンの人はこうした物価の中で生活を送っているワケ。
つまり、生活はラクではないにせよ、それだけの収入があるっていうことなんですよ。
翻ってみるに、日本の貧困化は本当に恐ろしいし、世界から完全に取り残されていることを実感する。
牛丼やコンビニの弁当が安い安いと喜んでいては絶対にダメなのよ。
0r4a0003チョット脱線。
下はGREGGSのウェブサイト。
上に出てきた「ステーキ・ベイク」というパスティの成分表。
こんな£1.50程度のファスト・フードでも成分を細かく提示させて、国単位で食の安全を担保している。
食品の含有成分の表示を曖昧化させようとしているどこかの国とは大違いだ。
Sgr ま、行けば行ったで「ロックの名所めぐり」もいいけど、名所旧跡や博物館をめぐって観光もしたいわな。
イギリスは公共の博物館や美術館のほとんどが無料で大変助かるけど、名所旧跡は有料のところが多い。
コレがまたベラボーに高いと来てる。Img_9938ビッグ・ベンの改装も終わったことだし…なんてウエストミンスター寺院でも入ってみな。
4,250円も取られるゾ!
チョット前の為替レートだったら3,250円で済んだ。
やっぱりデカいね。
Img_0917 数年前からロンドンにやたらとラーメン屋が開店し出した。
ナゼか豚骨系が多いんだよね。
私は絶対に行かないから一向に構わないんだけど、「ラーメン、餃子、ウーロン茶」だけで5,000円を超えると聞いた。
コレがもう7年ぐらい前の話なので、今は一体いくらになっているのやら…考えただけで楽しくなるな。
(写真と文章の内容は関係ありません)

Img_9781 と、色々考えてみると、結局は経済的な理由に行き着いてしまうんだけど、とても行かれたものじゃない。
イギリスは先日全面的にマスクの規制撤廃したけど、それもチョット怖い気がするし。
先週身体を壊してしまって、無理が利かないということもあるし…。
これらのことは「行かない方がいいぞよ」という天の知らせと思って、Marshallのお誘いには丁重にお断りをし、潔く日本にいることにした…というワケ。
めでたし、めでたし。
しかし、40周年、50周年、60周年のグランドスラムは達成したかった!
次は70周年か…Marshallと同じ歳の私はその時「古希」だよ。Mar<オマケ>
飛行機が飛ばずにイギリスに行かれなくても現実的に困ることはナニひとつないんだけど、思わぬ伏兵が潜んでいた。
それは「Air Courier」と呼ばれる「国際宅急便」。
私は「EMS」という日本郵便がやっているヤツを使っているんだけど、イギリスへ飛ぶ貨物便が運休しているのだ。
じゃ、どうなるかと言うと…船便のみ。
航空便なら1週間で送り先へ届くのに対し、インド洋からスエズを抜けて地中海を西走し、イベリア半島を回ってサウザンプトンまで行くとなると平気で2~3か月もかかってしまう。
FedExは航空貨物が専門なので飛行機は飛ばしているが、運賃を調べてもらって血圧がかなり上がった。
こんな時に限ってMarshallへ送る荷物がいくつも出てきやがる。
も~頼むから平時に戻ってくれ!Ems 
さて、タイトルにあるように今日のこの記事は2012年10月26日にMarshall Blogを再開してからちょうど2,000本目に当たります。
9年半で2,000本。
1,000本目をマークしたのが2016年の10月のこと。
だから大分ペース・ダウンしたことになりますな。
でも仕方がない。
コロナからこっちの2年間はライブの数が激減して記事の更新もガタガタになってしまったからね。
それでも家内と2人で続けて来ることができた。
 
これまでずいぶん色々なことを考えてやってきたけど、やっぱり自分が好きなことしかダメだね。
歳を重ねると尚更ですわ。
これからもMarshall Blogは続けていくけど、ますますワガママにやって行くことに決めた!
一時期はアクセス数のことを考えて、テレビに出ているような若いバンドさんに接近した方が良いとも考えたこともあったけど…無理だわ。
やっぱり自分がいいと思ったバンドや音楽、自分がオモシロイと思ったことしかできん!
ナンのことはない、今までと全く変わらないか?
  
ということで、Marshall Blogをご愛読頂いて参りました皆々様、関連商品をご愛顧頂いていらっしゃるMarshallファンの皆さま、並びに「Marshallファミリー」のアーティストの皆さん、ご支援に心から感謝申し上げますとともにこれからも何卒よろしくお願い申し上げます。

Marshall_blog_square

2022年5月 3日 (火)

四谷OUTBREAK 17周年&PA長沢生誕記念特別企画 ~TROUBLED WINGS+ゲスト<後編>

 
ゴメンなさい!<前編>からエラく間が空いてしまった。
というのは、ワタクシ、先週突然身体を壊してしまい、ほとんど寝たきりでした。
何せ身体中が鉛のように重く、お腹が痛くてもんどりを打っていたのです。
やがてトイレから一時も離れることができない状態に陥り、しまいには熱まで出て来る始末。
「コリャ、いよいよアレか?」と思って簡易キットで検査をしてみたらすんなり「陰性」。
とりあえずホッとした。
家内にお粥を作ってもらい、とにかく大人しく横になっていた。
ここ数年体調が悪くなることがなかったので大変にツラかったんですわ。
なんでもこの「お腹に来るヤツ」が流行っているらしいので、皆さまも十分ご注意あれ。
さて、金光KK健司企画ライブの<後編>。
 
「この後は島紀史が登場します…島紀史が登場するということは、もうナニを演るかわかるでしょ?
皆さんが想像していることを想像している以上の爆音で演ります。
オン・ギター、島紀史!」

10v_2ノンちゃん登場!
金光さん、うれしそうに…「ボクね、島紀史の親友なんですよ!島紀史がボクのことを親友だと思ってくれているらしいんで!」
金光さんだけでなく、2人ともニヤニヤとこの場がとてもうれしそうだった。30_2「今日はこの日が迎えられるかとっても心配だったんですよ。
この企画自体は大分前に決まっていたんですが、コロナの加減で開催できるかどうかわかりませんでしたので…」Img_1201そして、金光さんはPAの長沢さんを紹介した。
金光さんはMCの中で触れることはなかったが、長沢さんはこのイベントの1週間後に14年間お勤めされたOutbreakをご退職された。
イベントの主旨はあくまで長沢さんの「お誕生日祝い」ではあったが、実は関係者の間では長沢さんの送別のイベントでもあったのだ。
20_2そんなイベントも早後半に突入。
3番目のチームは…
 
ゲスト参加の島紀史。40_ktkDioKen50v松井博樹

60v_2河野充生

70v_2そして金光KK健司。80v_2「♪デインジャッ、デインジャ」
1曲目は「Kill the King」。
私が中学2年生の時に初めて聴いたRainbowの曲。
場所は日本武道館だった。
生まれて初めて外タレのコンサート。
あまりの音の大きさに泣きそうになったっけ…。
それが今では爆音を出す方の会社に勤めているんだから人生ってオモシロい。45この音、この音~!
コレがノンちゃんのギターの音。
ものすごいホーム感!
90というのも、ノンちゃんはいつも愛用しているMarshall MAJOR 1967を持ち込んでくれたのだ。100v_2イヤ~、でもこの人が得た「ホーム感」は私の比ではなかったでしょう。
「水を得た魚」どころじゃない。
110身体の中から出て来る自身に満ち溢れた「歌」はどんな新鮮なクロマグロの刺身でもかなうまい。
「大好きなモノがある」というのはなんて素晴らしいことか。
230vKenちゃんの絶叫で紹介された2曲目は「Mistreated」。
ノンちゃんのア・カペラのギター・ソロからスタート。
まるで「かけまくもかしこき方」に祝詞を上げるかのように丁寧にかつ慎重に音をつないでいく。
130v_mtそしておなじみのフレーズ。
コレも武道館で観たナァ。
0r4a0290「♪アイビンミストゥリ~テ~」
当然ココでもKenちゃんの熱唱が炸裂。

このタイトル、中学生の頃受け身の現在完了だとはツユ知らず「ミステリー+テッド」だと思っていた。0r4a0285Rainbow編でも完璧なパフォーマンスを見せてくれるリズム・チーム。
160グリグリと突き進んでいくグルーヴ感が実に気持ちよい。150_2そういえば、この曲が収録されているDeep Purpleの『Made in Europe 』って私が中学2年生の時にリリースされたんだけど、アレはちょうどリリースの日だったのかな?…石丸電気レコード館の2階の洋楽売り場にいると、お兄さんが続々と現れては、そのほとんど全員がそのアルバムを買って行くのを目撃した。
カウンターで店員に向かってお客さんが「メイド…」と言っただけでスッと品物が出て来るような状態だったのを思い出す。
若い人たちはそんな場面を想像することもできないでしょうね。
いい時代だった。
ほどなくして私はこの時のことをマネして「『シークレット・ダメージ』をください」とやったことがある。
「ハ?」と店員に言われてモノは出てこなかった。
『Secret Damage』というのは「第二のディープ・パープル」というキャッチコピーが付けられていたStrappsというバンドのセカンド・アルバム。
ま、モノが出て来るワケないんわな。
今日のライブは色んなことを思い出させてくれるわ。
Img_1362
そしてノンちゃんのソロがタップリ!
170v聴きごたえ満点の1曲だった。180「キーボーズ、まっちゃん!」と松井さんが紹介されて始まった次の曲はシンセサイザーのソロから。
不気味なメロディが緊張感を高める。
いいね。
「70年代のハードロック」というと、カッコいいギター・リフに野太い声のボーカルズ、そしてシンプルでヘヴィなリズム隊…と定義されると私は考えているんだけど、こうしたモノフォニックで奏でられるシンセサイザーのソロというのも定義のひとつに加えてもおかしくないな。
実にいいもんですよ。
210v_gob曲は「Gates of Babylon」。220私はこの曲が収録されているアルバム『Long Live Rock 'n' Roll』がリリースされた時はすでにプログレッシブ・ロックに夢中になってしまったので、全く聴いたことがなかったんだけど、カッコいいね~。
190v_2もうこのセクションはKenちゃんの激唱と…140vノンちゃんの激演を徹底的に楽しむべし。
240vしかし、『Made in Europe』の「You Fool No One」の「Have Nagila」なんかモロだけど、パープル系の人たちってクレツマー風味というか中近東風味というか、こういうテイストが好きよね。
そして、それが悉くカッコいい。
この「Hava Nagila」というクレツマーの代表みたいな曲の元はウクライナの民謡だとか…コレは知らなかった。
「カラーに口紅」とか「ボーイハント」とか「大人になりたい」で知られるアメリカの大歌手、コニー・フランシスって『Sings Jewish Favorites』というアルバムを出していて、その中で「Hava Nagila」を歌っているんだけど、コレがスゴクいいの。200_2ノンちゃんはこの曲でも入魂して余りあるほどのギター・プレイを聴かせてくれた。250v_2島紀史をゲストに迎えたセクションを締めくくったのはRainbowの「A Light in the Black」。
金光さんの気合の入ったフィルで曲はスタート!260_libこの曲のリフって10ccの「Good Morning Judge」と同じだって知ってた?
それなのに曲のテイストがゼンゼン違う。
実にオモシロイものだ。
安心してくだい…10ccの方が後です。270Kenちゃん、「ロニーの部」最後の熱唱。
もう見ていて気持ちのいいぐらいなりきって歌ってもらった!290vそして灼熱のインスト・セクション。313腕利きたちの真骨頂。
311s徹底的に弾き狂う姿が美しい!Img_1593 ノンちゃん、出番最後のソロ。315vココでも思う存分暴れまくってくれた!320そして、金光さん。
♪ドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコ…Img_1224 そうか、コレがやりたかったのね。
だからツーバス。
も~、ツーバスの使い方のお手本のようなプレイをタップリと堪能させて頂きました。
そうだよ、こういうのが本来のツーバスのあり方だよ。
どこからああなったのかサッパリわからんが、最近の若い人のヘビィメタルで見かけるブッ早いツーバスの使い方はどうも理解できん。
そもそもカッコよくない。
「適材適所」と言う言葉があるでしょ?
ルイ・ベルソンがアレを聴いたらきっとガッカリするゼ。
310_2このセクションも盛り上がりに盛り上がって終了~!330「最後のセクションですね。
もう一度Troubled Wingsに少しお付き合いください。
最後に今日参加してくれた藤井重樹くんと島紀史くんをお迎えします…ということはますます音が大きくなるということです!足し算ですからね」340「音量もそうなんですけど、1回入れたRainbowのエネルギーをどうやって抜けばいいのか…。
まだチャージされたままなんで!
というのは、この後やる曲がロックですけど、ハードロックじゃないもんですから!」

120 というのも、次の曲はTOTO。
なるほど、それは違いすぎる!
Charlieさんのギターから「I'll Supply the Love」。
420v懐かしいナァ~。
この曲が入っているTOTOのファースト・アルバムがリリースされた時のことも覚えている。
高校1年生の時だった。
また引っ張り出すけど、石丸電気レコード館2階の洋楽売り場はもうTOTO一色だった。
CBSソニーが猛烈に営業をかけたんでしょうな。
その甲斐あってか、ドロシーじゃあるまいし猫も杓子も「トト、トト」だった。
そういえば富山に「十々八(ととや)」という新鮮な魚を出す人気の料理店があったっけ。
で、私はプログレッシブ・ロックにドップリと浸かっていたので、そんなスタジオ・ミュージシャンが集まった「おしゃれなサウンドのバンド」なんてテンで興味がなかったワケ。
でも、「スティーブ・ルカサーってギタリストはスゴイらしい」とギター仲間でエラく評判になっていたな。
で、しまいにゃ私もそのファースト・アルバムは買ってしまった。
そして、『TOTO IV』のレコ発ツアーで来日した時、今の家内と武道館へ観に行ったわ。
4枚目までのベストヒットみたいな内容で、スゲエいいコンサートだった。
この業界に入ってから1960をルカサーに貸し出した関係で2回ぐらい観に行ったのかな?
一度、アンコールでスゴイことが起こって、「世界の一流バンドでもこんなこミスをするのか!」と腰を抜かしたことがあった。
ナニが起こったのか…いつかMarshall Blogのどこかに書いたことがあるので興味のある人は探してみてください。
0r4a0417KenちゃんのMCによれば、Troubled Wingsの最初のステージではキーボーズが2人在籍しているTOTOの曲をキーボーズなしで演ったこともあったとか…。
その点今日はバッチリだ!
390_2中盤はズ~っとハードロックで来て、最後はTOTO。
でも大丈夫。
河野さんは何でもバッチリなのだ!
430v「コージー・パウエルみたいなTOTOになっちゃいました」Img_1198続けてはWingerの「Headed for a Heartbreak」。
「失恋行き」か…。
そう、「head」を「~に向かって進む」という自動詞で使うときには必ず「方面」を意味する前置詞「for」を組み合わせて使う…なんてことはどうでもいいね。
だってWingerさん、ゼンゼン知らないんだもん!Img_1771そして、3曲目は「Blue Murder」。
コレも人気あるな~。
アタシャ全然知らないんだけど、アチコチで耳にするもんね。
マ~ダマ~ダ勉強不足でスミマセン。Img_1743タイトな三連!
こっちの方がポーカロっぽかったです。440v_bm最後にゲストの2人が合流して1曲。350曲はまたTOTO!
「Goodbye Elenore」をブチかました。
よく「エリー」という愛称(dimunitive)があるでしょ?
あの本名はだいたい「Elenore(エレノア)」か「Elaine(エレイン)」なんだよ。
そういえば、「Rosanna」って曲あるでしょ?
あの曲を入れたカセットテープのラベルに「日中」って書いていたヤツがいた、という話を聞いてかなり笑った。
「♪I need you all the way」の最初の部分が「あ、日中」に聞こえるってワケ。360ド迫力のツイン・ボーカルズ!480そして、ギターもツイン!460v Img_1739 ウワ!
白いボディにローズ指板!
まったくお揃いだったんだ?…今気がついた!3804つのセクションをぶっ通しで支えた3人!Img_1163

Img_1094

510v こうして狂熱の演奏ですべてのプログラムを終了した。
あ~、オモシロかった。
記事に書いた通り、色んなことを思い出してしまいました。
520最後は金光さんからのご挨拶。
今日は企画にドラムスにMCにと大活躍のKKだった!530「今日は皆さん、本当にありがとうございました。
そして、OUTBREAKさんの17周年、長沢さんの誕生日おめでとうございます!
また企てたいと思います!」540金光さん、お疲れさまでした!
長沢さん、遅くなりましたがお誕生日おめでとうございます。
そして長い間お勤めご苦労さまでした!550 

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 200(一部敬称略 2022年3月11日 四谷OUTBREAKにて撮影)