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2020年6月

2020年6月30日 (火)

I've Got Music in Me~MVT:イギリス版「ライブハウスを救え!」

 

人の迷惑顧みず、Marshall BlogやShige Blogでしつこいほどレポートさせてもらっているけど、去年の6月は3週間ほどロンドンで過ごした。
その前にロンドンを訪れた時も6月で、4年前のことだった。
その4年の間に様子が大きく変わっていたことがあった。
それは「キャッシュレス化」。
元々、日本に比べればはるかにキャッシュレス化が進んでいたイギリスだったけど、今回はその差が格段に広がっていることを目の当たりにした。
中国も「キャッシュレス化がスゴく進んでいる」なんて聞いていたけど、上海なんかはゼンゼンそんなことなかった。
ロンドンはもうとにかく何がしかのカード。
パブなんかは、以前は圧倒的に現金派が多かったが、今はもうレジでカードを差し出す人の方が圧倒的に多いし、お店の方もそれが完全に当たり前になっていて、カードの読み取り機がカウンターの上で威張っていた。
私は「キャッシュレス化推進派」では全くないが、店側の受け入れ態勢さえシッカリしていれば…便利だネェ。
そんなイギリスでキャッシュレス化に際して大きな問題が発生しているという。
多分、日本は問題にはなることはないであろう問題。
それは、Donationについて…つまり「寄付」。
キャッシュレス化が進んでしまって小銭を手にする機会が激減してしまい、募金やホームレスの人たちへの施しがしにくくなっているというのだ。
コレ、良いとか悪いとかは別にして、土台日本人と精神性が違いますからね。
元々「Nobless Oblige(ノブレス・オブリージュ:地位や権利を持つものは義務を負うという精神)」という精神が根付いているし、連中は子供の頃から「貧しい人を助けてあげなさい」、「困っている人に手を貸してあげなさい」と徹底的に教育される。
実際、去年もトッテナム・コートロードのパブでD_Driveの女子会と家内とでエールを楽しんでいたら、こっちで言う小学校2年生ぐらいの子がテーブルにやって来て、なにやらボードを見せて「寄付をしろ」と言う。
そのボードに何が書いてあったのかはサッパリ覚えていないが、「ゴメンね、オジちゃんたちは旅行者で英語がわからないんだよ~」とその子に伝えると、ウンでもなきゃスンでもない、ニコリともせず次のテーブルに移って行った。
そんな調子。
寄付が生活の一部になっている感じ。
この「キャッシュレス vs. ホームレス」の話はMarshall Rocordsの若いスタッフから聞いたんだけど、もう彼なんかも寄付したくてウズウズするって言うのよ。
Jim Marhallだってヘタをすると「Marshallブランドの創設者」というより「篤志家」としての方が有名だったかも知れないからね。
実際、慈善活動には熱心だったし…。
今でもMarshall社はそうした活動に頻繁に関わっている。
…と、こんな話を聞いた直後、テレビを見てまた驚いた。
確かにロンドンではそういう問題があって、ストリート・ミュージシャンへの投げ銭なんかにはカードが使えるようになって来たというのだ!
ミュージシャンがカードの読み取り機を持って歩いているワケ。
オモシロいな~、イギリスは。

610 さて、そのイギリスはヨーロッパにおけるコロナ大国になってしまって、多くのライブハウスが休業に追い込まれ廃業の危機に瀕している。
イギリスはロックダウンの処置も日本とは比べ物にならないぐらい厳しいからね。
それでも7月4日からレストランやパブなんかの営業は再開できることになった。
連中からあんまり長い間パブを取り上げたらアタマがおかしくなっちゃうからね。
しかし、チョット前に書いた通り、世界のエンターテイメントの中心地であるウエスト・エンドの全劇場は年内の全公演をキャンセルすることを打ち出した。
あまりにも恐ろしいことだ。
そんな状況だからして、ライブハウスの再開など全く目途が立っていない状態だ。
そこで立ち上がった団体のひとつがMarshall。
MarshallはMUSIC VENUE TRUST(以下「MVT」)とタッグを組んで、寄付を募るためのTシャツを新しく制作し、「#saveourvenues」というキャンペーンに乗り出したのだ。
#saveourvenuesは、数か月前から休業を余儀なくされているイギリス中のライブハウスが、コロナ禍の後に営業を再開するための資金を集めるMVTによる活動。
イギリス国内中のアーティストや周辺の関係者は、ライブ音楽産業の重要な部分を占めるライブハウスを救済するためにインターネットを通して寄付をし続け、4月27日にキャンペーンを開始して以来、その寄付額は2百万ポンド(約2億8千万円)に到達した。
 
Logo2ところで、MVTは長い歴史を持つライブハウスによって伝承され続けているイギリスの音楽をさらに発展させるべく、将来の経済的保証を担保することを目的に2014年に設立されたチャリティ団体だ。
その「長い歴史を持つライブハウス」の名前が例として挙がっていたのでいい機会なので調べてみた。
 
例えばハルの「Adelphi(アデルファイ)」。

Adelphiターンブリッジ・ウェルズの「The Forum」。

Tunbridgewellsforum サウザンプトンの「The Joiners」。

Southampton マンチェスターの「Band on the Wall」。

Bow そして、ロンドンはおなじみオックスフォード・ストリートの「100Club」。
Img_9965エクセターの「Cavern」。
さすがブリティッシュ・ロックの本場、どれも貫禄タップリのライブハウスではあるまいか。CvMVTのCEO、Mark Davydの言葉…「業界でよく知られるブラント(Marshallのこと)と関係を構築し、募金活動をより一層前進させることがきてとてもうれしく思っています。
しばらくすれば、皆さんもまたライブハウスに行くことが出来るかもしれませんが、その前にキャンペーンTシャツをゲットして#saveourvenuesの活動を支援してください」

Logo1 
そのキャンペーンTシャツがコレ。11_mvtshirt続いては『Marshall GALA2』のシャツを着てるけど、Marshall社の社長、ジョナサン・エラリーの言葉…「私たちがMarshallやMarshall Recordsで取り組んでいることはすべてライブ・ミュージックに関係しています。
そして、我々はMVTの#saveourmusic活動に敬服しています。
MVTとタッグを組んでライブハウスがライブ・ミュージックを発展させ続けるための寄付を募るお手伝いを出来ることに興奮しています」

11_dsc_4994 ココに載せている文章の大半はこのキャンペーンのプレスリリースの和訳なんだけど、「ライブハウス」としているのは意訳。
「ライブハウス」という言葉は和製英語なので英語圏にで存在しない。
彼らはライブハウスのことを単に「club」と呼んでいるけど、このプレスリリースの中では「grassroots music venue」という言葉を使っている。
直訳すれば「草の根ライブハウス」ということになるが、上の写真にあるように、小規模な「町のライブハウス」を救援しようとしているワケ。
 
プレスリリースにはこんなことも書いてあった…「バッキンガムシャーに本拠地を構えるMarshall社のMarshallやNATALといった製品は「MK11」や「The Craufurd Arms」といった地元のライブハウスだけでなく、全国のライブハウスのステージで活躍している」
その通り。
今や消滅の危機に瀕しているそれらのステージに救済の手を差し伸べるのは、ジムから受け継いだMarshall社の本質的な精神なのだ。
 
「MK11」はミルトンキーンズにあるっていうんだけど、そんなの知らなかった。
こんな感じ。

11_mk11_2

11_mk112_2  一方の「The Craufurd Arms」 はよく知ってる。

11_0r4a0303昨年D_Driveとお邪魔したのです。

11_0r4a0327『Marshall Live』の前々日、230Vに電圧に慣れておくためにD_Driveがココでリハーサルをしたのだ。

11_0r4a0497バー・コーナーもこんな感じでとっても素敵なの。
ガンバって欲しいな~。11_0r4a0217そして、キャンペーン。
Marshallが動画制作したのでまずコレを…。


Tシャツは着るとこんな感じ。
モデルがヒドくて悪かったナ。
これじゃ売れるもんも売れなくなる…ってか?0r4a0391背中はこう。

0r4a0426今回は現場への浸透度を考慮してEDENはお休み。

0r4a0436A面は終始線のついた五線に「I've got the music in me.」のデザイン。
「私の中には音楽がある」って。
ガーシュインの代表作に「リズム・チェンジ」で有名な「I Got Rhythm」ってあるでしょ?
アレと同じ。
イギリス人は「~がある」という時、ちゃんと「have got」と言う。
ジョンも「I have got a.....」ってよくやってる。
私もそのマネをするように努めているんだけど、つい「アイガッタ~」とか言ってしまう。
イギリス英語はムズカシイ。

0r4a0433「I've got the music in me」はこのキャンペーンのテーマソング。
1974年のKiki Deeのヒット曲だ…といっても私は知らなかったんだけどね。
こういう曲。

Kiki DeeというとElton Johnと共演したヤツぐらいしか知らなんだ。
「Don't Go Breaking my Heart(恋のデュエット)」ってのが70年代にヒットしていた。
上の曲のプロデューサーがGus Dudgeonだった関係で共演したんだろう。
90年代にはこの2人、「True Love」で再共演してるのね?
コレはゼンゼン知らなかった。


この曲のオリジナルは1956年の『Hgh Society(上流社会)』の挿入歌。
申し訳ないけど、コッチの方が格段にいいんだよナァ。

Hs_2 それがコレ。
Grace Kellyってのは本当に美しい。こういうのを「美人」って言うんだよ。
大海原の船上で2人、こんなシチュエーションなら歌のひとつも歌いたくなるよナァ。
何せBing Crosbyのビロードより滑らかな声だ。
そして、素材はCole Porterの魅惑の旋律。
ああ、男の私でもウットリすらぁ。


余談ながらGeorge Harrisonも『33 1/3』でこの曲を取り上げているのも全く知らなかった。
試しに聴いてみると…ディミニッシュ、ド~ンのハリソン節でかなり笑けた。

33 さて、軌道を元に戻して…上のMarshallのビデオでキャンペーンのテーマソングの「I've Got the Music in Me」を演奏しているのはD_Driveのレーベル・メイトのBad Touch。
そのビデオがコレ。

カッコいいナァ~、ボーカルズのStevie Westwood!
まずは髪の毛が羨ましい。
最近こういう「ロック・スター丸出し」のシンガーがいなくなったじゃない?
特に日本ではまったく見かけなくなった。
Excuse me…そのBad Touchの最新アルバムが下の『Kiss the Sky』。
実はまだ聴けていないのだが、チョコチョコ出ているビデオを見るに…いいネェ~。
いいバンドだよ。Bt Tシャツは日本からもお求めになれるようです。
お求め先をリンクしておきますが、販売、発送の際に撮ら売るが発生した場合、当方は一切の責任を負いかねますこと予めご了承ください。
 
お求めは⇒Marshall公式t特設サイト(英語版)

11_mvtshirtおっかしいな~、もっと簡単にやるつもりだったのに大作になってしまった。
 

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2020年6月29日 (月)

Brooks BrothersとMarshall

 
時折Marshall Blogに書いているように、私は「清潔にしていたい」とは思うけど、「オシャレをしていたい」とはほとんど思わないんだよね。
「シャレっかまわない」ってヤツ。
家にいるときはとにかくラクな格好がいいし、外に出る時は「Marshall」のロゴが入ったポロシャツにジーパンがあればもうそれで満足。
だいたい「ジーンズ」なんて言わないもんね…いまだに「ジーパン」。
コレで私のオシャレ度が計り知れるでしょう?
 
話は34年前にさかのぼって、新婚旅行で家内とアメリカの西海岸に行った時のこと。
パック・ツアーだよ、パック。
新婚さんが何組か集まって行動するヤツね。
今にして思うと、「よくあんなので行ったナァ」と自分でも笑っちゃうゼ。
それでも生まれて初めてのアメリカだったのでメチャクチャうれしかったナァ。
で、サンフランシスコの自由時間に家内と2人で街をブラブラしていて「ブルックス・ブラザーズ」に出くわした。
当時はまだネクタイを締めなければならない仕事に就いていたので、「オシャレ」ということではなく「コチラのビジネスマンはどんなモノを着ているんかいな?」と思い、エレベーターに乗って4階あたりのスーツ売り場に行ってみた。
4階に着いてエレベーターの扉が開き、中にいる私たちを見つけた店員がエレベーターを降りようとしている私たちのところに駆け寄って来た。
そしてナニを言うのかと思ったら「失礼ですが、ココはアナタ方が来るようなところではありません。下の階へ行ってください」…当時英語はサッパリできなかったが、言っていることは間違いなくわかった。
とても紳士的な口ぶりでイヤな感じは全くしなかったが、とても印象に残る出来事だった。
もしかしたらビスポーク専門のフロアで、一見して旅行者とわかる我々とは無縁だと思ったのだろうか?
イヤ、きっと「コイツぁ、オシャレじゃないな」ってひと目でバレちゃんたんだね。
それにしても見るぐらいいいじゃんね~。
あのハゲた年配の店員さんの顔、今でも覚えてるわ。
下はインターネットから拝借したそのサンフランシスコのお店。
コレは全く覚えていない。
夕方、日が落ちて暗くなって来ると、通りから白人の姿が消え失せ、街の雰囲気が一変したのには驚いた。

20コチラは表参道の「ブルックス・ブラザーズ」さん。
建物を取り壊すことになり、現店舗は8月末までの営業になると聞いた。
失礼ながら、洋服でお世話になったことはないんだけど、Marshallでお世話になったことがあるのだ。

30クリスマスの季節にお店をロックっぽく飾りたい⇒ロックの雰囲気と言えばMarshall…ということでお声をかけて頂いたのだ。
コレは上の写真の中のショウウインドウのひとつ。
いつのことだったかは記憶にないが、1959のハンドワイアードのフルスタックが飾られているところを見ると2005年以降のことだったのだろう。

40s コレも表のショウウインドウの中のディスプレイ。

50s コレは店内。
ナント、MODE FOURのフルスタックが飾られている。
なつかしいな。
 
そういえば今でも生産しているHANDWIREDシリーズの発表会は明治通り沿いのアストロ・ホールで開催した。
FUZZY CONTROLに演奏をお願いしたんだよ。
そのアストロ・ホールも何年か前になくなっちゃった。
こうして少しずつ思い出の場所が無くなっていくのは寂しいモノだ。60 

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2020年6月26日 (金)

Marshall GALA2ビデオ公開!<最終回>~SPIN OFF四人囃子#1

 
昨日の「夕刊フジ」。
コロナでライブ・ネタがなくなって、いよいよMarshall Blogも政治ネタか!
イエイエ、書きたいことはゴマンとあってもグ~っとガマンして、基本的に政治と宗教には首を突っ込まないようにしています。
じゃ、ナニかと言うと…

Yf2_2何枚か誌面をめくると…コレなのだ!
大二さん、デカッ!
普段はこういうタブロイド紙を買うことなんてまずないんだけど、もし知らないで買っていたらビックリしてヒックリ返っていただろうな。
ちなみにこの「タブロイド紙」もイギリスが発祥だ。
『一触即発』他のリマスター音源リリースに際しての四人囃子の成り立ちや音楽についてのインタビュー。
やっぱり「続ける」ということはスゴイことだと思う。
そして、何十年も続けることができる素材を作り出したことはさらにスゴイと思う。
インタビューの中の大二さんの穏やかな口調に改めてそんなことを思ってしまった。

Yf2_1Marshall Blogでは大分以前に大二さんからお話を伺っていて、インタビュー記事にしてあるので未読の方はゼヒご覧くだされ。
大二さんと一献傾けると、いつも必ずこのインタビューのような話になってしまってとても恐縮なんだけど、「ウシさんと一緒にロンドンに行けたら楽しいだろうナァ」と毎回おっしゃってくださるのが私にはこの上なくうれしいのだ。
もうトラディショナルなロックを本当に知っている方が少なくてね~。
私も「ココが元Flamingo Clubです」とか「UFOクラブはこの辺りにあったハズです」とか、はたまたウエスト・ハムステッドまで足を延ばして元Deccaのスタジオや「Klooks Kleekの今」なんて、我が物顔でロンドンをご案内したい…マズウェル・ヒルに行ってThe Kinksの聖地にも行かなきゃ!
行けるといいナァ。
 
<<<大二さんインタビュー・シリーズ>>>
★四人囃子ニュー・アルバム発表記念 岡井大二スペシャル・インタビュー <vol.1>
★四人囃子ニュー・アルバム発表記念 岡井大二スペシャル・インタビュー <vol.2>
★四人囃子ニュー・アルバム発表記念 岡井大二スペシャル・インタビュー <vol.3>
★四人囃子ニュー・アルバム発表記念 岡井大二スペシャル・インタビュー <vol.4>

Img_0003さて、いよいよ『Marshall GALA2』のビデオも今回で最後。
トリのSPIN OFF四人囃子の登場だ。Dsc_4399岡井大二

Daiji坂下秀実

Sakashita稲葉政裕

Inaba山崎洋

Yamazaki4月に予定されていた根本要さん、西山毅さんをお迎えしての公演が中止になってしまったのは残念だったが、その東京と大阪の公演も来年の3月への順延が決定した。

Is_2そしてビデオ。
『Marshall GALA2』では、ヘッドライナーということで他のチームより長めの時間を設けて「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」と「なすのちゃわんやき」と「一触即発」の3曲を演奏して頂いた。
曲をよ~く知っているということもあって、タップリ時間をかけてモノスゴイ回数のハサミを入れて、かなり凝った編集をしてみた。
ところが、色々な事情で今回は「なすのちゃわんやき」だけ公開させて頂きます。
せっかく『一触即発』の45周年の時の記念すべき演奏だったからして、いつか他の2曲も公開できることを心待ちにしている。
では『Marshall GALA2』、最後の演奏をどうぞ~!

ということでコレでおしまい!
ご覧になって頂きました皆様、どうもありがとうございました。
Marshall創立60周年の2022年、『Marshall GALA3』でまたお会いしましょう!
 

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2020年6月25日 (木)

Marshall GALA2ビデオ公開!~犬神サアカス團

 
『Marshal GALA2』のトリ前、7番目の「刺客」、イヤ、「出演者」は犬神サアカス團。
ご存知の通り、今はメンバーが変わってしまったが、GALA2に出演した時は、旧メンバーで残り5本のライブを残すという局面だった。

0r4a0337この日、ステージに立ったのは…
 
犬神凶子

Kyoko犬神情次2号

George犬神ジンJin犬神明
 
…の4人。Akiraそして、今の犬神サアカス團。
5人組になって4月にシングル「目障りな異分子×死に水」を発表。

Mi コレがそのビデオ。
ミディアム・スローのヘヴィ・チューン。
オルガンが入ってガラリとサウンドが変わった感じがするが、犬神らしさと明兄さんのNATALはそのままだ。
早くホンモノのステージを体験したいものだ。

それと、明日はコレ。Safe_imagephp そして、コチラは6月リリースの「金太郎ショコラ」のデビュー曲、「傷だらけスターダム」。
犬神サアカス團がプロデュースする「白塗りロック界」期待の新人だ。
そもそも「白塗りロック界」というジャンルがあったのか!
でも、三文役者をはじめ、日本のロック界ではなかなかに重要な地位を占めているのが「白塗りロック」なのだ。
だって海外で見かけないでしょう?
パッと思い浮かぶのは、矛先は違うけどザル・クレミンソンぐらいか?
ま、KISSも白塗りと言えば、白塗りか?
あるいはレオ・セイヤーとか?
でも、ザルもレオもピエロだもんね。
Genesis時代のピーター・ガブリエルとか?
 
コレが「傷だらけスターダム」のビデオ。
バックを務めるのは犬神の4人。
MarshallのJVMにTSLのフル・スタック、それにココでも明さん愛用のNATAL…うれしいね~。

情次さん&ジンさんの取材もできる日を楽しみにしている。
 
さて、『Marshall GALA2』の犬神さん。
Marshallの本国のウエブサイトに載せてもらうに当たって考えた。
さっきの話じゃないけど、「白塗りに慣れていない外国の人が犬神サアカス團を見た時にビックリしてしまうのではないか?」。
また、「この人たちはこんな格好して一体ナニを歌っているんだ?」…こう思うのが普通だろうと思った。
そこで、1曲目の「暗黒礼賛ロックンロール」だけ歌詞を英訳して字幕を入れることにした。
もちろん、私のいい加減な英語では心もとないので、Marshallのイギリス人女性に添削をお願いした。
 
 地獄の底 死人の目              The bottom of hell, eyes od dead
 うごめく毒蜘蛛                        Wrigging poisonous spiders
 串刺しの罪人が淫らな血を吐く    Skewered sinners vomit dirty blood
 
そしたら、その女性が私の英文を読んでビックリしちゃって…「ずいぶん気持ち悪い歌ね~」と大層感心していた。
見たか!日本の底力!…私は我が意を得たりで鼻タカダカだった。
しかも、おかげさまで訂正箇所がゼロ!…というより歌詞の意味がわからなくて添削のしようがなかったのでは?
ということで、旧体制の犬神サアカス團の演奏をフル尺でお楽しみください!

犬神サアカス團の詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト
   

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(一部敬称略)

2020年6月24日 (水)

今日は少しNATALの話でもしようか

  

今日のタイトルは植草仁一を気取ったつもり。
好きでね、滅多に見かけないんだけど、ブックオフで『植草甚一スクラップ・ブック』を見つけては買って帰って来て拾い読みをするのが好きだ。
このシリーズ、定価が1,200円なんだけど、不思議なことに、税抜き/税込みの別はあっても、どこのブックオフでも必ず700円で出されている。
バーゲンのアイテム以外は「定価の半額+アルファ」というのがこの店の値付けのポリシーなのは承知しているが、700円以外で売られているのを一度も見たことがない。 
植草さんのことはまたどこかで触れたいと思っている。
もちろん植草さんとNATALには何の関係もない。

11_0r4a0312そこで、今日はNATALの話題をふたつほど…。
全国にその名を轟かす大阪のドラム・ショップ「ACT」さん。

 

Actlogo 

残念、かつ失礼ながらお邪魔したことがないのだが、NATALをお取り扱い頂いていて、この度スネア・ドラムの動画を制作して頂いた。
 
まずは「Beaded/Hammered Steel(ビーデッド・ハンマード・スティール)」。
続いては「Handhammered(ハンドハンマード)」。

さらにはウッドで「Walnut(ウォルナット)」。

やっぱりいいね~、NATALのスネアは!
 
コレは一番上の「Beaded/Hammered Steel」の14"×7"。

0r4a9885使い手は四人囃子の岡井大二!

0r4a9969あるレコーディングでのワンシーン。
キットは大二さん愛用のバーチ。
フィニッシュはグロス・バーガンディ、Marshallステッカー添え。0r4a9945昨年11月の『Marshall GALA2』でも「ビーデッド・ハンマード」をお使いになられていた。

Img_0123そして、山口PON昌人。

0r4a3464PONさんも時と場合に合わせて「ビーデッド・ハンマード」をお使い頂いている。

0r4a3553『Marshall GALA2』ではMETAシリーズの14"×8"のスティールをブッ叩いていらした。

Img_0082 
Drum Shop ACTの詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト
スゲエ、ACTさんのドメイン名って「drums」だ!…URLが「www.drums.co.jp」ですって!
まるで国会議員の名刺みたいだ。
老舗感がハンパではありませんな。
どうもありがとうございました!

Actlogo

次は若きナタラーの近況報告。
久しぶりのMarshall Blogへの登場となる横田拳章。
現在はGRAND FINALEというバンドで活躍している。
「NATAL大好き!」と言ってはばからない拳章くん、最新のミュージック・ビデオでもNATALのツーバスのキットで暴れ狂ってくれた。

Dsc_89542_2 曲は8月19日にリリースが予定されているセカンド・アルバム『Quantum Moment』 から「World of Glory」。
暗くてチョットわかりにくいけど、NATALです!

GRAND FINALEの詳しい情報はコチラ⇒GRAND FINALE OFFICIAL WBSITE

  

200_3 
(一部敬称略)

 

2020年6月23日 (火)

Marshall GALA2ビデオ公開! vol.6~D_Drive

 
『Marshall GALA2』の6番手はD_Drive。

11_0r4a0318Seiji

SeijiYuki

YukiToshi

ToshiChiiko

ChiikoYOUNG GUITARの最新号見た?
『YGジャム・セッション』と銘打って読者参加型のヴァーチャル・ジャム・セッションがフィーチュアされている。Ygfそのジャム・セッション、ザック・ワイルド、ジョージ・リンチ、ダグ・アルドリッチらに混ざってSeijiさんとYukiちゃんが参加している。
誌面には2人インタビューやフレーズ解説を掲載。
すごいことができる時代になったもんスな~。
記事には昨年の『Marshall Live』の時の写真が使われている。11_yg1しかし!
あの『Marshall Live』からもう丸1年だよ!
チョット振り返ってみると…。

Marshall Live vol.1~ D_Drive<前編>

490Marshall Live vol.2 ~ D_Drive<後編>

120_co 演奏の後、Marshallビールも飲んだんだっけ。
多分、Marshallビールを最初に飲んだ日本人だぜ。

400_2たった1年なのにずいぶん忘れてるな。
このライブ・レポートも次の日からマンチェスターへ行くので、「その前に…」とMarshallの事務所でスティーブの隣でセッセと書いたんだわ。

11_img_0045それと、先日神戸の新開地で開催されたロックとダンスとマルチメディアの融合作品『チェリーを三つ入れてください。』のメンバーが、神戸市が主導する「STAY HOME」を喚起するビデオの制作に取り組み、見事D_Driveの作品が採用された。
それがコレ。


D_Driveは「47都道府県をめぐるツアー」の途上でコロナ禍に巻き込まれてしまい、残念ながら今のところ今後の予定が立てられない状態にあるが、大阪の方はライブ復活の兆しも見え始めた。
8月8日の『SUPER ROCK JAM』というイベントにAPHRODITEやALL IMAGES BLAZINGに混ざってD_Driveも出演する。11_ah一方、昨日もMarshall Recordsの連中と話をしたんだけど、レディングでコワイ事件が発生したモノの、イギリスも大分ロックダウンが解けて来て、陽気のよさも手伝って世の中の雰囲気が好転してきたようだ。
しかし、日本でも報道されているように、驚くことにロンドンのウエストエンドは、お芝居もミュージカルも年内の公演をすべて中止にしたと聞いた。
11_img_0046…となると、『THE MOUSETRAP』の記録も止まってしまうな…この話は今制作中の『イギリス-名所めぐり』でまたやらせて頂きます。  
とにかくウエスト・エンドはブロードウェイと並ぶ世界のショウ・ビジネスの中心だからね。
コロナの脅威とそれに対するイギリス人の慎重さが窺えるというモノだ。
日本のライブ・ビジネスもどうか無事に運営されることを祈っている。

11_2img_0419_2 はい、それではお待たせしました。
『Marshall GALA2』のD_Drive。
この日、初めてSeijiさんとYukiちゃんのJVMのフル・スタックがお披露目となった。

0r4a0037その辺りにも注目して欲しいです。

0r4a0120それでは、当日は3曲演奏してくれたんだけど、事情により今日は1曲だけお送り致しま~す!

200
(一部敬称略)

 

2020年6月22日 (月)

CODEをBREAKして、CRASHして、そしてDECODEする! <動画つき>

 
我々にとっては「see」も「watch」も「look」も「見る」で同じじゃない?
でも「単語が違えば意味やニュアンスが違う」のが当然で、同じ意味の「見る」をそれぞれの状況によって使い分けなければならない…と教わる。
そうでなければ「see」一発で事足りるにキマってる。
こういうところが海外での生活経験のない英語学習者にとってはなかなかの難関なんだよね。
「hear」や「listen」の「聞く」系も厄介だし、もっと悩ましいのは「言う・しゃべる」系で、「say」、「talk」、「speak」、「tell」等の正確な使い分けは、実戦では結構難しかったりする。「mention」とか、使ったことはないけど「utter」なんてのもあるわね。
でも、こうした基本動作を示す単語はどれを使っても通じないことは全くないので心配も無用。
ネイティブの人が正しく使っている場面に接して、密かに「なるほど…」と感心することはしょっちゅうだわね。
こうした単語の使い分けに関してはアメリカ英語よりイギリス英語の方が断然バラエティに富んでいてオモシロイしムズカシイね。
 
さて、いきなり場面転換してMarshallのCODEシリーズ。
おかげさまで世界的に大ヒットしております。
もう何回もやってるけど、「code」というのは「暗号」のことね。
それで、このCODEの魅力を日本でももっともっと広めたいと思い、この度Marshallの輸入販売元のヤマハミュージックジャパンさんのご協力を得て、『BREAK the CODE!~アーティスト直伝CODEサウンドメイキング術をマスターしよう!』と銘打って、Marshall達人によるデモンストレーション・ビデオをというシリーズでお届けすることにした。
今日はその予告編みたいな感じ。
Code_familyそこで脱線。
今日の記事は全部脱線みたいなもんだ。
Marshallの本社があるイギリスのブレッチリーには、その名も「ブレッチリー・パーク」という公園があって、第二次世界大戦中に連合軍を苦しませた「エニグマ」というドイツ軍の難攻不落の暗号はそこで解読された。
そこで、Marshallは地元の誇りという意味合いで「CODE」という商品名をつけたというワケ。Code_logo_negaちなみに日本ではよく「電源コード」みたいに「電線」のことを「コード」っていうでしょ?
言葉としては間違いではないんだけど、この「コード」という言葉、イギリスではこう使う。
下の写真はキングスクロスにある「カナル博物館」のトイレで撮ったモノ。
「緊急時にはコードを引っ張ってください」と「Emergency Alarm」という札がついたヒモを「コード」と呼んでいる。
オモシロいでしょ?
え?こんなことオモシロがってるのは私だけだってかッ?…マァな。
ちなみに…イギリス人はギターとアンプをつなぐ電線を「ギター・リーズ」、電源を供給する電線を「メイン・リーズ」と呼ぶ。
ギター用の電線を指して「シールド」と言っているのは私が知る限り日本人だけ。
「シールド」は日本の方言。
恥ずかしいのでやったことはないけど、海外ではまず通じないのではなかろうか。
「ギター・ケーブル」という表現が世界標準と私は見ている。
コレは私の経験だけど、昔々、年上の人たちが「シールド」という言葉を使っているのを耳にしてすぐに取り入れた。
なんか、こう、プロっぽい感じがして、それだけでギターがウマくなったような気になったたんだね。
あの頃が懐かしいわ。
どうでもいい些細なことに心血を注ぎたがる私は、Marshallに行けば「Guitar leads」という言葉を使い、NAMMに行くと「Guitar cable」という言葉を使うようにしている。11_0r4a0166ココで話が冒頭に戻る。
「Break the code」は「暗号を解読せよ」という意味になるんだけど、この「break」という言葉は「crash」という言葉にも置き換えることができる。
「Crash the code」でも「暗号を解読せよ」になる。
どっちにしようか迷った。
というのは、『イミテーション・ゲーム』というブレッチリー・パークを舞台にした映画でしきりに「crash」という言葉を使っていたからだ。
そこで、このシリーズのタイトルをつける時に冒頭に書いたことを同時に考えた。
この場合、「break」も「crash」も「壊す」という意味から「解読する」ということになるのはわかるけど、単語が違う以上、何かしら意味の違いがあるハズだ…と。
他に「decode」なんて単語もあるんだけどね。
で、考えていても答えが出て来るワケないのでMarshallの女性の友達に訊いてみた。
「"暗号を解く"という意味の動詞として、"break"と"crash"はどう違うの?」
答えイッパツ!
「おんなじよ~」
それだけ…。
そして、このCODEのビデオのシリーズのことを伝えると「"Break the CODE!"の方がいいわ。だってブレッチリーは"Codebreakers"のホームだから」ということになったとさ。05_2CODEはエニグマみたいにムズカシイことは一切ありませんからね~。
ビデオでは家でもガンガンならせるようにと、ギタリストの皆さんにはシリーズ最小の「CODE25」でお願いしました。

Code25_frontそれではデモンストレーターのウチのひとりである真壁雄太くんに、「予告編」ではないんだけど、「予告編」的に登場してもらいましょう!

雄太くんがビデオの中で触れている「CODEとGATEWAYがうまくつながらない時」はこのブログの左側からヤマハミュージックジャパンさんが作ってくれた取説に飛んでくださいね。

11_codegateさて、もうひとつ…。
とうとう行ってきたんですよ…念願のブレッチリー・パーク。

03『BREAK the CODE!~アーティスト直伝CODEサウンドメイキング術をマスターしよう!』連載記念に『イギリス-ロック名所めぐり』でレポートをお送りしたいと思っております…イヤだろうけど。
もうね、私、コレ大好きなのよ!05 

200_3

2020年6月19日 (金)

【訃報】足立祐二さんのこと

「どうして?ナンでYOUさん?」…ということしか思い浮かばなかった。
ギタリストの足立祐二さんの訃報を耳にした時のことだ。
だってそんなワケないでしょ?
あまりにも思いがけないことを知らされると脳ミソの演算能力が著しく低下することを思い知った。
今でも信じられない。
 
もう何年前のことになるだろうか?
営業の仕事で新宿の楽器屋さんへ出向いた時のこと。
店の奥の方で遠慮なくギンギンにギターを弾いている人がいて、一聴して素人ではないことがわかった。
お店の人に「どちらさんですか?」と尋ねると、「あ、足立祐二さんです」という答えが返ってきた。
Marshall Blogにいつも書いているように、私は80年代に入ってからは不謹慎なことに熱心なロックのリスナーではなかったので、そのお名前にピンと来なかった。
そんな名前を聞いたことがあるような…失礼だがそんな程度だった。
それから何年かして日比谷の野音のイベントに行った時に、河村隆一さんが出演されていて、ひとしきり歌った後、「それでは足立祐二のギターをタップリとお楽しみください」というクダリに出くわして、「あ!あの時の!」と相成った。
何のイベントだったかは全く記憶にないのだが、ア・カペラで弾いたYOUさんのギター・プレイがスゴかったことだけはハッキリと覚えている。

05それからまた何年も経って、2012年12月、東京キネマ倶楽部で開催した『クルベラブリンカと究極の楽師達@東京キネマ倶楽部はちょっぴりテラローザです』というイベントで初めてYOUさんとご一緒させて頂いた。
YOUさんは「Love Missile」というチーム名でのご出演だった。

10この時はじめてYOUさんの音楽を耳にしたのだが、「ポップな毒」とでも言えばいいのかな?
20v甘いんだけどどこか苦いようなサウンドにスッカリ惹かれてしまった。

30v次にご一緒させて頂いたのは2014年の暮れ。

40三宅庸介さんのStrange,Beautiful and Loudとのダブルヘッドライナーの『Guitar Show 2014』というイベントだった。
YOUさんは「丸の内線の会」というチームでのご出演。

50vこの時はアンコールで三宅さんと「Little Wing」を演奏された。

602016年9月、三宅さんのシリーズ・イベント『Sound Experience』の22回目。
この時は今もやっていらっしゃる「3 tea3」での出演。

70YOUさんの曲って、わかりやすいメロディで、ポーっと聴いているとそのまま終わっちゃう。
それはそれでもちろん味わい十分なんだけど、リズムがスゴイんだよね。
変拍子が複雑に入り組んでいて、一緒に演っている星山さんや長谷川さんにイジワルをしているのではないか?なんて思ってしまうほど。
こっちもMarshall Blogにはなるべく曲の解説を詳しく書きたいので、その場で聴いたリズムを読みほどいてメモしておくワケ。
でも、写真も撮りながらでしょ?
どうしてもわからない部分が出て来ちゃう。
そういう時は終演後にYOUさんに教えてもらう。
「あの曲のあのパートは5/4拍子にナニがくっついてるんですか?」なんてやるワケ。
するとYOUさんはすごくうれしそうに答えてくれましてね~。
「ボクの曲をシゲさんみたいに真剣に聴いてくれる人は滅多にいませんよ」とおっしゃってくれるんだけど、実際に私は凝って作られた音楽が好きだし、ワラにもすがる気持ちで教えてもらっていたのです。80この時は「Cocaine」なんて演ったのか…。
終盤2人のギター・バトルが見物なんだけど、三宅さんがソロを弾く番になるとYOUさんがネックをムギュッ!
オモシロかったな~。

902016年の11月はワン・オフのTerra Rosaツアーに参加。

160背中にはガッツリとMarshallを並べて頂いた。

170コレ、プレスピットがものスゴク狭くてエラク苦労したんだよね。
そういえば楽屋で「これからのギターはどうなるか?」なんて話をYOUさんとしたナァ。
「もう速弾きは当たり前なので、これからはシゲさん、遅弾きですよ、遅引き!」なんておっしゃっていたっけ。

190_22017年7月の『横浜メタル地獄!』というイベント。
共演はCONCERTO MOONNとStrange,Beautiful and Loud。
それにYOUさんの「YOU-VAL♡メロン」を加えたトリプル・ヘッドライナー。

100YOUさんのバンド名がなかなか覚えられなかったナァ。
お会いするたびに違うんだもん。

105この時はドラムスがVALさんだったので「YOU-VAL」ね。
VALさんといえば、GRANRODEOの代々木体育館のコンサートの時の話し。
開演前、私が何台もカメラをブラ提げてアリーナをウロチョロしていると、「シゲさ~ん!」と聞き覚えのある声が…。
その声の方を見ると…YOUさんが1階席の階段を駆け下りて来てワザワザご挨拶してくださった…なんてこともあった。

110私がお邪魔させて頂いたYOUさんのステージには一切MCがなかった。
その代わり全曲演奏し終わった後にまとめてしゃべるというスタイルが常で、コレがもう滅法オモシロかった。
トークの題材はキマって「無理な質問」。
だれか1人をテーマにして、その人がとても人前では答えられないような質問を次から次へと浴びせかけるんだな~。
もうコレがおかしくて、おかしてくて!
この時はVALさんがテーマになってしまって気の毒だったが、VALさん、ゴメンなさい。
メチャクチャ笑いました。

1152019年5月の記念すべき『Sound Experience』の30回目のゲストもYOUさんだった。

120「集中力」ってのが見えてくるかのようなプレイ。
機械より精密で正確、それでいてハートウォームな演奏は見聞きする者に大きな感動を与える。
人間、これほどナニかに入り込むなんてことは、そう簡単にはできないんじゃないかな?
130v眉間にシワを寄せるでもなく、口を開くワケでもなく…ただギターを弾く。
ただ写真がどれも同じになっちゃうの。

135この時の餌食、イヤ、テーマは三宅さん。

140三宅さん、アンコールで登場したんだけど話を相手をさせられただけでギターを弾かずに終わっちゃったんだよね。
ソフトな口調でジャンジャン強烈な質問を繰り出したYOUさん。
この時もオモシロかったな~。

150昨年の11月、『Marshall GALA2』のチョット前、四谷三丁目でバッタリYOUさんに出くわして「これからお肉を食べに行くんですよ。シゲさんも行きませんか?」なんてお誘い頂いたのが最後だった。
こちらはGALAの直前で用事がパンパンにツマっていたのでお断りしたが、行っておけばヨカッタ。
 
しかし、日本のロック界はまたしてもあまりにも大切なギタリストを失ってしまった。
「ギター」という楽器を「ギター」としてではなく「音楽」を創造する「道具」として使いこなした人。
人と同じことをするのを嫌い、徹頭徹尾自分だけのスタイルを貫いた人。
これほど高度な次元でテクニックと音楽性のバランスを保つことのできるギタリストが将来世に出て来ることはそう簡単に期待できないであろう。
 
偉大な音楽家のご逝去を心から悼み謹んでお悔やみ申し上げます
 
YOUさん、色々とありがとうございました。

200v 
<足立祐二関連のMarshall Blog>

★クルベラブリンカと究極の楽師達@東京キネマ倶楽部はちょっぴりテラローザです~三宅庸介&足立祐二編

★Guitar Show 2014~三宅庸介&足立祐二

★Sound Experience 22~ 足立祐二 3 tea 3編的な?

★横浜メタル地獄!! <後編>~ YOU-VAL♡メロン & Strange,Beautiful and Loud

★TERRA ROSA 〜PRIMAL TOUR 2016〜 その起源「Battle Fever」から今へ

★Sound Experience 30 ~ Strange,Beautiful and Loud & YOU-VAL メロン with 淳

200_2

Marshall GALA2ビデオ公開! vol.5~GOTWEE3 with KAZUE AKAOTHE GUV'NORS

 
『Marshall GALA2』も早くも後半に突入。
5番目にステージに上がったのはGOTWEE3 with KAZUE AKAO。
誇り高きブリティッシュ・ハードロック。
Marshallがなかったらこの世に生まれて来なかったであろう音楽を奏でてくれた。
どんなに時代が変わっても決して輝きを失うことのない「ロック中のロック」に観客は耳をそば立てた。

11_0r4a0297赤尾和重

Caz_2Cazさん率いるKRUBERABLINKAは最近新曲のヴェールを脱がせた。
その名も「Iron Veil」!
ナニせ「鉄のヴェール」だからね、カッチカチで硬いぞ~。コレがホントの「ハードロック」…なんちゃって。
ボブ・ディランもビックリのMVが仕上がっているのでゼヒご覧あれ!
早く生で観たいゾ!
近いウチにアルバムも出て来るといいナァ。
 
KRUBERABLINKAの詳しい情報はコチラ⇒KRUBERABLINKA Facebook


島紀史
 
ノンちゃんはつい最近のMarshall Blogアーカイヴ・インタビューに記した通りCONCERTO MOONの新作を制作中。
もうギターも撮り終わったとのことだからね、もうすぐ出て来るヨ。
とにかくCONCERTO MOONのような、長いキャリアを持っていて、新作をキチっと出してくれるバンドにガンバってもらわないとダメなのよ!
 
CONCERTO MOONの詳しい情報⇒CONCERTO MOON Official Site

Non小笠原義弘
 
チョット前、しばらく臥せっていたオガンちゃん。
私も同じヤツをやらかして苦しんだ経験があるので、電話で話をしていてそのツラさがよ~くわかった。
しかし、オガンちゃんは強い。
もうケロっとして音楽制作活動に打ち込んでいる。
ああ、残念ながら今年の春はTomiさんのライブが観れなかったナァ。
EDENで出すオガンちゃんの低音が恋しいわい。
 
小笠原義弘の詳しい情報はコチラ⇒DANCIN' FUNKY BASS!!!

Ogan山口PON昌人
 
この日、7人のドラマーがステージに上がったが、唯一ドラム・ソロを披露してくれたのがPONさん。
私がお願いしたんだけど…。
やっぱり鳴りの良いNATALのサウンドがPONさんの賑やかなドラミングにピッタリだ。
コロナが終わったらまた思いっきり暴れて欲しいPONさんなのだ!Ponこの日、GOTWEE3 with KAZUO AKAEは3曲を演奏したが、お送りするビデオはそのウチの1曲だけ。
といっても持ち時間の半分以上を費やした檄演だ!
名人4人の素晴らしい演奏をお楽しみあれ!

 

200

2020年6月18日 (木)

【Marshall Blog Archive】田川ヒロアキ in 美ぎ島~私の宮古島 <後編>

<前編>の台風のビデオはご覧になって頂けましたか?
タイムラグがあるのは承知しているが、視聴回数が1日経っても「1回」のままなのはナゼなのか?
私と家内だけで10回以上は見ているんですけどね~。
アレってもしかして何回アクセスしても1人1回しかカウントされないの?
もうこのSNSのアクセス回数ってのはホントにワケがわからん。
ま、気にしない、気にしない。
Marshall Blogは見たい人、読みたい人が楽しんでくれればそれでいい。
 
で、ご覧になってくださった皆さん…台風スゴかったでしょう?
最近は東京でもかなり激しいヤツに見舞われるけど、やっぱり発生源に近いだけあって南国の台風はパワーが違う。
例えているとイギリスの高い電圧で鳴らすMarshallみたいなもんだ。
 
滞在4日目の宮古島はまさに台風一過、好天に恵まれた。
でも、もう東京に帰らなければならない。
青い海を見ずして帰るのはあまりにもモッタイないと思い、レンタカーを借りて島内をめぐることにした。
この時気が付いたんだけど、2日目のタクシーは失敗したよ。
レンタカーの方がゼンゼンお得だった!
車の中から我がホテルを仰ぎ見る。
前日は風であの建物がギンギンにスイングしていたんだから恐ろしい。
大きな牛が4階建てのビルの屋上に吹き飛んだ記録が残っているというからね。

40レンタカー屋で簡単な地図をもらって観光ポイントをめぐる。
でも、飛行機の時間もあるのでサササと済ませざるを得なかった。
ま、青い海さえ見れればいいか…と。

10_2海の見えるところはどこもキレイなんよ。
こちとら海といえばお台場やら江ノ島じゃん?
少なくともコレが同じ国の海とは思えんわな。
お台場の海と比べてみよう!

20_2宮古島名物「雪塩」の販売所。

30_2粉末度がもんのすごい高い塩ね。

40_2この「雪塩」は「含有するミネラルの種類が世界一多い」としてギネス・ブックに認定されているのだそうだ。

50v「島尻マングローブ林」と遊歩道。

70_2マングローブというのは海水と淡水が混ざるところに植生するのだそうで…。
当然アタマの中ではPANT&HALの「マラッカ」が鳴りまくっております。

80_2ちょっと道から外れて海を見に行く。
前日の暴風雨で荒れ放題。

90_2車から降りてエッチラオッチラ丘を登りきると…

100絶景!
こんなの初めて見た!
120v_2浜に海の家があるワケでもなく、貸しボート屋があるワケでもなく、実にいい感じ。

110_2もう、この美しさに自分の目がよろこんでいるのがわかる。

130_2さすが宮古島で一番美しいと言われている「砂山ビーチ」。

140_2タマらなくなって、私も少しだけ宮古の海水に足を浸してみた。

145帰りはシンドかった…。

150_2昼間の「ぱいながま食堂」。

180v_2その前に広がるパイナガマ浜。
これまで夜に来ていたのでわからなかったんだけど、ココ、こんなキレイだったのかよ!
「パイナガマ」というのを漢字で書くと「南長間」となるんだって。
宮古島の方言で「パイ」は南を意味し、「ナガマ」は「長(ナガ)い浜(ハマ)」が変化したモノとされているそうです。

170_3久松港という漁港。

Img_2673 こんな作り物みたいなキレイな水の中に魚なんているんかいね?という海の色。Img_2666 そしてそこに建てられているのがコレ。
久松五勇士(ひさまつごゆうし)の碑。

190久松五勇士は、1905年、日露戦争時の日本海海戦の直前、ロシアのロジェストヴェンスキー少将率いるバルチック艦隊が北上しているのを発見し、その知らせを宮古島から石垣島に伝えた5人の漁師の呼び名だ。
そんなのLINEで「バルチックが来てるよ~ (^_-)-☆」と連絡すればいいじゃん…なんて時代じゃないからね。
当時、宮古島には通信設備すらなかった。
そこで、まず通信機がある石垣島へ渡る必要があった。
交通手段は「サバ二」と呼ばれる下の写真のような小型の手漕ぎボート。
こんな写真だけ見ると「貸ボート1時間600円(税別)」のレジャー用に見えるかも知れないが、コレで5人は15時間かけて170kmを漕ぎ切ったという。
東海道で言えば東京から掛川のチョット出前ぐらいだからね、スゴイよ。
そして石垣島の港から30km山道を歩いて郵便局に行き、那覇の本局に打電。
そこから沖縄県庁を経て東京市谷の大本営にその情報が伝えられたという。

Sabani 当時のロシア海軍は日本の3倍の戦力を誇っていた。
日本軍はバルチック艦隊がどのルートでウラジオストクへ行くのかがわからなかった。
対馬海峡経由の日本海ルートか、太平洋を北上して津軽海峡を横切るのか、あるいはもっと北上して宗谷海峡を横切るのか…。
久松五勇士の活躍によって、日本海軍は十分な準備期間を取ることが出来たため、この日本海海戦(対馬海戦)で勝利することができた。
…と言いたいところだけど、残念ながらそうはならなかった。200_2しかし、勇気ある偉業が称えられ、こうしてお菓子にまでなってるワケ。

H5 吉村昭の『海の史劇』という長編記録小説はこのバルチック艦隊がいかに苦労してヨーロッパから日本海海域までやって来たかが詳細に描かれている。
この五勇士も出て来るのだが、残念ながらほんの1~2行程度。
…というのも日本本土への連絡は日本郵船の旅客船「信濃丸」によるものが五勇士より数時間早かったため、五勇士が苦労して伝達した情報が直接役に立つことはなかったというのだ。

Us_2碑はサバ二を頂き、5人の勇士の名前を刻んでいる。
日本海海戦の勝利で活気づいた日本は日露戦争を勝利してしまう。
このことが大きな自信…というより「思い上がり」と「勘違い」になって、後に20倍もの国力を持つアメリカとの戦争につながり、大きな悲劇を生んでしまうワケ。

210_3日露戦争の日本の勝利は世界に驚かれたが、戦後の処理については、日本はロシアから補償金をビタ一文取ることができなかった。
それどころか、「補償金?冗談はイケません。何ならリターン・マッチしましょうか?ダ・スヴィダーニャ」とやられる始末。
まさにトルチョック同然。
この辺りの交渉をしたのが時の外務大臣、小村寿太郎。
その交渉の過程を描いたのがまたまた吉村昭の『ポーツマスの旗』。
もう何度もMarshall Blogで紹介しているけど、コレの昭和54年の初版本を買ったもんだからまた登場させてもらいました。
オモシロいよ。
少なくとも今の政治家先生の皆さんはコレを読んだ方がよろしい。11_2kj 今度は橋を渡ってすぐとなりの来間島に来てみた。

220_2旅行会社の宣伝で南海の孤島を「天国に一番近い島」とか言って宣伝しているのを見かけて「ナニを大ゲサな…」なんて思っていたけど…その表現、わかるわ~。
11_img_2702コレらの眺めはこの竜宮城展望台から。

11_img_2717浦島太郎が亀に連れられて行った海もこんなに美しかったのだろうか…。
それで目が覚めたら木曽の山奥だからね~。
230_2来間島の中をアテもなく車で回って海沿いに出てみる。
もう誰もいない。

240_2この浜に家内と2人よ。
2人ともこの美しさにポカンと見とれて「キレイだね~」と言うばかり。
ライブハウスばかりじゃなく、タマにはこういう場所もいいもんだ。

250_2目の前は東シナ海か?
ボ~っと、ズ~っと眺めていられる。
我々関東の人間が普段肉眼で見る海って太平洋、あるいはタマに日本海ぐらいじゃない?
こうして「東シナ海」なんてのを目の当たりにするとすごく不思議な感じがするね。
以前、サウスシールズというニューカッスルの近くの港町に行った時、B&Bの部屋から見える海を指して、に「あの海は何?」と係りの女性に尋ねると「North sea」と言う。
「海の向こう側はどこ」なんて「La Mer」という有名なシャンソンみたいなことを続けて訊くと、その答えは「スウェーデンよ」だった。
メッチャ感動したわ。

260さて、『美ぎ島ミュージック・コンベンション』。
まず…「美ぎ島」は「かぎすま」と読む。
この時は7回目の開催で、3日間にわたりコンサートが催され、山崎まさよし、EGO-WRAPPIN'、大橋卓弥、Orquesta De La Luz、秦基博、キマグレン、GONTITIなどの人気アーティストが集まった。
人口5万人強の南の島に大勢の音楽ファンが押しかけ、3日間にわたってドップリと音楽に浸る趣向。
11_mc_2通常コンサートは2日間を野外のグランドで、最終日をビーチで開催するのだが、<前編>でレポートした台風2号によりグランドでの開催は断念することになった。
そこで代替となった会場は宮古島市中央公民館。
会場へ向かう人たち。
270これまで7回のコンベンションの歴史のうち、屋内で開催するのはナント今回が初めてだという。
実際、地元の方々も口々に「こんな時期(5月)に台風なんか来たことない!」と漏らしていた。

280vこれが中央公民館。
中に講堂があって、そこでコンサートが開かれる。290_2この初日、宮古島出身のHARVESTAでステージは幕を開け、12組のアーティストが登場し素晴らしいパフォーマンスを繰り広げた。
ヒロアキくんの出番は6番目。

Img_1475 出番前に楽屋で談笑する西慎嗣さんとヒロアキくん。
310vヒロアキくんの出番が近づく。
準備万端!今日も指がよく動くゾ…っと。
320_3美しい『ミュージックコンベンション』のバックドロップ。
330ただ今、転換中。
チャンとヒロアキくんのMarshall届いてます。
340会場もほぼ満員。
なんかみんなオニギリとか持って来てる雰囲気でいいね。

350今日もMarshallの調子はバッチリ!
この頃はMarshall初のデジタル・アンプ、JMD:1のコンボ、JMD501を愛用していた。
スピーカーは交換済。
2人でスタジオにこもって、ああでもない、こうでもないと実際に試して搭載したスピーカーだ。
360v準備万端、いよいよショウがスタート!
370まずは 予定通り得意のア・カペラのギターソロから…。
380_2コレって、もしかしたら「JMD宮古島初上陸」じゃない?
だとすると、エンゲレスの秘宝をペルリ・ヒロアキが伝来させたことになる。
390ソロはいつも通りクリーン+空間系エフェクターのサウンドで美しく、おしとやかにスタートする。
得意のスラッピングが痛快だ!

Img_1564 そして、野太いクランチ・サウンドに乗り換えて徐々にエキサイトし始めていく。
400v最後はギンギンのディストーション・サウンド。フィンガーボードの端から端までを縦横無尽に走り回る左手、完璧なコントロールでスウィープ・フレーズを紡ぎだす右手、このコンビネーションが一大ギター・スペクタキュラーを演出した。
Img_1581それにしても度胸のいい人だ。そして堂々たるステージ・マナー。バンドのメンバーが揃わないというのにまったく臆することなく自分の仕事を完璧にこなしていく。観客の目と耳は100%ヒロアキくんのプレイに釘付けとなっていた。410このヒロアキくんの顔!
会場を震わさんばかりの大拍手&大歓声なのだ。
思わずこっちも「ヤッタ!」と心の中で快哉の声を上げてしまった。

Img_1639ドラムスの高仁範が登場。
さて、問題はここからだ!ドラムの高くんと2人でこの先舞台を切り回さなくてならないゾ!
420v「今回はベーシストがどうしても参加することができず、高くんとふたりで演奏せざるを得なくなってしまった…」というコメントがヒロアキくんから発せられる。
続けて「でも、お願いして強力な助っ人を得ることができた」と付け加えた。
470vそして登場したのがベース界の大御所、中村キタローさん。今回も山崎まさよしさんのバンド他で参加。
登場した瞬間大きな拍手が沸き起こる!
ノッケから超ノリノリ・モードだで「ヒ~ロアキ」コール。
430「図々しくもキーボードも助っ人をお願いしまして…」と登場したのはこの直前に出番を終えた椎名純平率いるDezille BrothersからキーボードのSWING-Oさん。
一気ににぎやかムードに!
そして「ヒ~ロアキ」コール!
440何しろブッツケ本番。曲は超高速のブギ。でも、どう見てもこれがはじめて演奏しているとは思えない完璧なアンサンブル、そしてノリ!
450クールにソロをキメるSWING-Oさん!
550v何とスリリングな演奏だろう!
やっぱり派手な演奏はフェスティバルにマッチするね。
エンディングの後の歓声をお聞かせできないのが残念無念!
460vチョット~、まだこれでは治まらない!
今度は西さんの登場だ!
貫禄の西さん。
あの素晴らしい音色とプレイが聴けるのかと思うとうれしい!
2005年の野音の『Lightning Blues Guitar Festival』以来かな?
480v曲は循環コードに乗せてたおだやかに進む。そこにヒロアキくんの即興の歌がかぶさる。
テーマは「ありがとう美ぎ島」だ。
540途中は西さんとのブルース・ギター・バトル!これは聴き応え満点でしたゾ!
ギターっていいナァ~。
510vキタローさんのバックアップも完璧!名手が低音を受け持つとサウンドが一辺に分厚くなるのだ!
500vさて、波乱万丈のステージもアッという間に最後の曲となってしまう。
ここに来てもうひとり助っ人が登場!
椎名純平さんだ!
ここでまた雰囲気が一気に変わる。
もう台風が上陸したのかと思うほどのパワーが加わる。
今度は飛びっきり明るく楽しい台風だ!
490曲はヒロアキくんのオリジナルで「The Beat to Hit」。
で、この2コードのイキのいいドライビング・チューンに純平さんが即興で言葉を乗せていく。テーマは「台風」。
「台風来るな!」で絶唱!
この時はまだ台風2号が上陸していなかったからね。
純平さんの歌を聴いていたら映画『ウッドストック』を思い出してしまった。
降り出しそうになった雨を止めようと50万の若者達が「No rain, no rain!」と叫ぶシーンだ。
520vしかし、エラくにぎやかになったな~。
前日の寂しいリハは一体ナンだったんだッ?530「ヒロアキ+高」のふたりデュオもさぞかしスリリングだったろうが、キタローさんをはじめ超強力な助っ人陣のおかげで思いがけず滅多に観ることのできない豪華一大ロックショウとなったのであった! 
560v公民館から歩いてそのまま「ぱいながま食堂」へ。
キタローさんも合流して打ち上げ。
この時も楽しかったね~。
580と、腹ごしらえも終わったところでみんなでダウンタウンへ繰り出した。
市内の6つのライブハウスを音楽のタイプで振り分け、2,000円のチケットを買えばどのお店にも入れるという親切企画。
各会場の出演者はコンベンションのアーティスト。
メタルやプログレはないよ。
590ここはJANG JANGというお店。
もうこれで12時は回っているかな?
それでも山崎さんが出ているのでスゴイ熱気なのです。
山崎さんが私のカメラを見つけて「♪カメラマンさん~」と歌いかけて来てくれたので、私も歌って返事をさせて頂いた。
600最終日。
台風が去って、文字通り晴れて屋外でコンサートが開かれた。
これが本来の会場、「前浜ビーチ」。
610イヤ~、コリャ確かに暑い!
日差しが東京のモノとはゼンゼン違うのね。
でも空気がキレイで直射日光に当たっていても気持ちがいい。
そして、暑くて我慢ができなくなりゃ後ろの美しい海に飛び込めばいい!
630もう台風のこともすっかり忘れて、絶好のライブ日和となった。
最高のアーティストが矢継ぎ早に登場するステージに観客も夢中だ!
620楽しかったナァ。
聞けばココには「宮古病」という一種の風土病があるらしい。
それは、一度宮古島を体験してしまうとすべてを放り出してでもまた来たくなってしまうという厄介な病気なのだそうだ。
こうして初の沖縄/宮古の旅は終わったのだった。
楽しかったナァ。
こんな機会を与えてくれたヒロアキくん、美瑞穂さん、9年経っても改めて御礼申し上げます。
 

田川ヒロアキの詳しい情報はコチラ⇒FretPiano

640v 

200 
(一部敬称略 2011年5月26~29日 沖縄県宮古島にて撮影)

2020年6月17日 (水)

【Marshall Blog Archive】田川ヒロアキ in 美ぎ島~私の宮古島 <前編>

 
今年の夏は暑いんだってね~。
夏が暑いのは当たり前だし、暑くなってもらわないと色々と困ることも多いんだろうけど、必要以上の猛暑はとにかくカンベンして欲しいわ。
…と今からこんな弱気でいたんじゃ、もはや亜熱帯気候と化した日本の夏を乗り切ることはできそうにないな。
でも、暑いのはニガテ。
そんな私が南の島へ出向いたのはもう9年前のこと。
行き先は宮古島。
2011年5月に開催された『美ぎ島ミュージックコンベンション・イン・宮古島』に田川ヒロアキのオフィシャル・フォトグラファーとして参加させて頂いたのだ。
昨年3月にベトナムのホーチミンを往訪するまで我が人生で一番暑かったと思われる、山口県で開催された『世界ボーイスカウト・ジャンボリー』といい、ヒロアキくんに関わっていると日に焼けること、日に焼けること!
でもこの時は覚悟して行ったワリにはそうでもなかったのね。
『美ぎ島ミュージックコンベンション・イン・宮古島』は今年も5月下旬に開催を予定していたがコロナの影響で延期となった。
15回続いたこのビッグ・イベントも今回が最終回ということで、たとえ1回でも参加させて頂くことができて本当にヨカッタと思っている。
ヒロアキくんに大感謝。
そして、最後のコンベンションが無事に開催されることを祈っている。
 
今回のMarshall Blogは、もう消去されてしまったその時のレポートを全面的に構成し直して2本立てでお送りする。
ハッキリ言って書き下ろした。
9年前の記事だからね、ご覧になっていない「田川ファン」も大勢いらっしゃるのではないかしらん?
お楽しみいただければ幸いである。
05私はこの時まで九州より西というか南に行ったことがなくて、沖縄県に初めて訪れた。
那覇で乗り換えて宮古島へ。
ヒロアキくん一行と家内は異なる航空会社の便でひと足先に沖縄に入っていたので、私はひとり旅。

10そういえば、ナゼか飛行機の中で新田次郎の『アラスカ物語』を読んでいたんだね。
タイトルが示す通り、極寒の地の物語だ。
飛行機の中の効きすぎの冷房も手伝って、アタマの中はすっかり寒冷地仕様。
到着して空港の外に出た瞬間、あまりに熱気にビックリしたわ。
でも、今にして思うとホーチミンほどではなかったな。
湿度のランクが違う。
 
新田次郎はいいね。
自身の職歴を活かした山岳小説はもちろんのこと、『武田信玄』や『新田義貞』のような歴史ものまで、滑らかな筆致で読む者をグイグイ引き込んでいく。
このアラスカ物語もメチャクチャ面白かったな。
夢中になって、危うく乗り過ごして台北まで行っちゃうところだったよ…電車じゃないってば!Am_2タクシーで街中に向かう。
とにかく誰もいない!
立ち並んでいる家々は押しなべて四角いRC造り(Reinforced Concrete=鉄筋コンクリート)。
とにかく四角い。
小じゃれたデザインの家など一軒もない。
もちろん台風対策だ。
四角いシンプルなデザインにして強度を確保するワケですな。
たまに古い木造の家屋も目にするが、それらの建物にはまず2階がなく、必ず堅牢な塀に覆われている。
本場の台風のすさまじさを想像させられる…なんて、この時、ノンキなことを言っていられる境遇ではなかったんだけどね。

20奥の建物が投宿したホテル。

Img_1227ホテルで待つ家内と落ち合って早速ホテルの周辺を見て回る。
おお~、ナンカ遠くへ来たって感じがするな~。
そして、近くの食堂でゴーヤチャンプルーと宮古そばでイッパイやっといた。

30テンポが速くて恐縮だけど、コレは2日目の朝。
タクシーを呼んで家内と海を見に来た。
天気悪いでしょう~?50すぐとなりの来間島に架る来間橋を遠望する。

60タクシーの運転手にガイドをしてもらう家内。
そういえばこの運転手さん、車の中で「海ぶどう」の話を盛んにしてたな。

Img_1366 この日はヒロアキくんが登場するコンベンションの当日。
そして、コレがその会場なんだけど、何の準備もできていない。
イヤ、「できていない」のではなくて、「していない」のだ。
というのも、この頃、「戦後で2番目に大きな台風」が来襲する見込みだったのだ。
そこで、屋内会場へとを急遽予定を変更したというワケ。
台風の本場で「戦後2番目に大きな台風」…一体どうなってしまうのだろうか…。70そんな心配をヨソに町をブラブラしていて見つけた「三線教室」というのに参加してみた。

80ピックの代わりに右手の人差し指にかぶせて使う爪。
「爪」と書いて「バチ」と読むらしい。
コレに慣れるのに少し手こずったが、まぁ、弦楽器だからね…コッチもダテに長いことギターをやってはいない。
先生の後についてサラサラと弾いて見せた。
お題は「ちょうちょう」。
「♪ちょうちょ~、ちょうちょ~、なのはにとまれ」の「ちょうちょう」ね。
この曲は元々はドイツの童謡なので日本式に言えば「てふてふ」か。
「ハイ、ちょっとひとりで弾いてみて」と先生が言うので、グリッサンドしたりビブラートをかけたりしたら先生ビックリしちゃって…。
「コ、コレは教室始まって以来の生徒だ!」なんて感動してるワケ。
ま、そこまで弾いて見せればギターかなんかやっていることはおおよそ察しがつくと思うんですけどね~。

Photo そんな素朴で素敵な先生と天才三線奏者。

90天才三線奏者の出現で地元の「三線保存会」の方もワザワザ伝統衣装に身を包んで様子を見に来てくれた。
さすが伝統の衣装がサマになっている。
500円取られたけど。
小1時間もやってただろうか?
存外に楽しかったな。
人間、ホメられて決して悪い気はしません。

110vコレは3日目の様子。
ヒロアキくんの出番のコンベンションは前日に屋内で無事に終了している。
しかし、この日は天気予報通り「戦後2番目に大きな台風」が宮古島を直撃して予定されていたコンサートはすべて中止。
110どんなものかと「コワいもの見たさ」でいたんだけど、確かにスゴイ。
雨の量もいい加減すさまじいが、信じられないぐらいの強風!
街路樹をなぎ倒し、大きなホテルの建物を地震のように揺さぶってしまう。
そして停電。
明るいうちはノンキに本でも読んで時間をつぶしていればいいが、段々暗くなってくるとそうもいかなくなってくる。
お腹も空いてくるし…。
街中にハンバーガー屋があったのを思い出して、意を決して外に買出しに行くことにした。
あ、停電だからエレベーターが動かないんだった!
まさかこの風の中、ホテルの外壁にくっついている非常階段で下まで降りるほどの度胸はないし…。
ホテルのフロントに相談してみよう…と思っても、内線電話も止まってる。
携帯を使って外線でフロントにかけようと思っても受ける方の電話が使えない。
ハラ減った~。
どうすりゃいいんだ~。

120v「青菜に塩」状態でしばらくの間、暗闇の中でまんじりとしていると…「ついた~!」。
電気が復活。
あ、ありがたや~。
傘なんか全く使い物にならないので雨ガッパを着てハンバーガー屋へ繰り出した。
スゲエ雨風でサ、あんな経験は滅多にできないゼ。
こんなことやっているのは自分だけかと思っていたら、ハンバーガー屋は結構混んでたわ。
お客さん、全員グッチョグチョ!
アレ、今にして思えば、お客さんはみんな台風の恐ろしさを知らない観光客だったんだろうね。

130それではこの時ホテルの部屋から撮影した台風の様子をご覧あれ。
時間の経過がメチャクチャで大変恐縮ですが、初日、つまり宮古島に到着した午後に時計の針を戻す。
中心街からチョイと入った裏通り。
やっぱりヒッソリとしてる。

140ココでようやくヒロアキくん登場!
ホテルで落ち合って翌日のリハーサルをしにスタジオへやって来たのだ。150古式ゆかしいスタジオ。
今、スタジオというとオシャレでキレイで飲み物食べ物、弦やドラムスティックなどの消耗品も販売していて何でもござれだが、昔は東京にもこんな感じのスタジオがたくさんあった。
もっともこんなに広くはなかったけどね。
 
さっそくスタンバイ完了。
メンバーは…160田川ヒロアキ

170_2高仁範(コウインボム)。
思い返してみるに、高くんとはこの時が初めてだった。
メンバーは以上の2人。180v強いて言えばマネージャーの美瑞穂さん。
もうマッタリ・ムードになっちゃってる。
しかし、ゴミ箱やらマネキンの下半身だの…いいな~、こういうムードは。
Marshallがなかったのはマズイけどよ。

190vもちろんデュオで出演するつもりはなかったんだけど、台風で東京へ戻れなくなると次の仕事に大きな穴を空けてしまうことより、予定していたベーシストが安全を期して来なくなってしまったのだ。
急遽トラを立てる時間がなかったので、「エエイ!ママよ!」とギターとドラムスの2人体制で本番に臨むことになったのだ。
私がベースを弾いてもいいんだけど、写真を撮る人がいなくなっちゃうので、遠慮しておいた。
もちろん、「ベース弾いてくれ」なんて頼まれなかったけどね。200ヒロアキくんのア・カペラ・ギター・ソロを交えて…

210_2歌モノとインスト曲で30分間、思いっきり演奏してしまおう!というプランでリハーサルをまとめ上げた。220「やったるで~!」230リハーサルを終えて宿へ向かうバンドメンバー…といってもふたり。さて、本番はどうなりますことやら…。

240この日の夜にはコンベンションの関係者が集う「前打ち上げ」がセットされた。

250冒頭、ご挨拶をされる主催の江川ゲンタさん。

260v山崎さんと再会~!
私は私でオルケスタ・デ・ラ・ルスで活躍しているトランぺッター、佐久間勲くんに会ってしまった。
一緒になった時期はないけれど、大学の時のビッグ・バンドの後輩なの。
この3前年にはジャニスを歌う金子マリさんのバックで登場した中野サンプラザホールでバッタリ。
最近はNATALのショボンちゃんがドラムスを務めるビッグ・バンドのコンサートでバッタリ。
売れっ子なのだ。

270vこの後、勝手知ったるヒロアキくんにくっついて「ぱいながま食堂」というところへ連れて来てもらった。
「パイナガマ」については<後編>で。280やっぱりみんなコンベンションのカラミで来ている人たちなので、初めて会った人でもすぐに仲良くなっちゃう。

290ヒロアキくんのお気に入り。
「ちゃんぽん」というひと品。
コレを食べに来たと言っても過言ではないとのこと。
その名前の通り色んなモノが混ざっている。

310コレは私。
ポーク・エッグって言ったかな?
ポークといってもSPAMの薄切りなの。

300宮古島名物その名も「宮古そば」。
「ソーキそば」との違いは肉が入っているか、いないか。
「ソーク」、じゃない「ソーキ」とはブタのスペアリブのこと。
ソーキそばの肉抜きが宮古そば、とぱいながまのオバちゃんが教えてくれた。
だから値段も宮古そばの方が安いんだとか。320初日終了!
あ~、楽しかった!
 
田川ヒロアキの詳しい情報はコチラ⇒FretPiano

330v<後編>につづく
 

200 
(一部敬称略 2011年5月26~29日 沖縄県宮古島にて撮影)

2020年6月16日 (火)

Marshall GALA2ビデオ公開! vol.4~THE GUV'NORS

『Marshall GALA2』の前半最後に登場したのはTHE GUV'NORS。

0r4a0285下手のギターはMasha。 
4月19日に予定していた新生Silexのお披露目公演『In the Light of Destiny』が延期になってしまったことは返す返すも残念だった。
今のところまだ振替公演の予定が発表されていないが、先は長いんだから焦らないでジックリやって欲しいと思ってる。
ファンのみんなは「楽しみはキープしておこう!」とポジティブに構えてくれているハズ。
そのかわりイザ出陣の時は思いっきりやってくれい!
 
Silexの詳しい情報はコチラ⇒Silex Official Website
 
Mashaところで、Mashaくんが『Marshall GALA2』のために作って来てくれた曲、「Got A Large Ambition」がGALA2のダイジェスト版ビデオとともに、イギリス本国のMarshallのウェブサイトから世界に発信されているのをチェックしてもらいましたか?
まだ?
じゃ、コレを見てね!一番上のビデオです⇒Marshall.com
 
そして、その「Got A Large Ambition」は後で紹介するビデオでトクと楽しんでくだされ!

11_mg

センターのギターはI Don't Like Mondays.のChoji。
4枚目のI Don't Like Mondays.のフル・アルバムのリリースが延期されたようだが、コレも「楽しみは取っておこう!」ですな!
 
I DOn't Like Mondays.の詳しい情報はコチラ⇒Official Site

Choji上手のギターは真壁雄太。
まぁ、とにかく元気に飛び回る姿を見てやってくだっさ~い!

Yutaベースは笠原藍。
ピンチヒッターで参加してくれた藍くんだったけど、最高の低音を聞かせてくれた。
ビデオでもそこんとこよろしく!

Aiドラムスは石川達也。
今となってはSilexのドラマー…まだ見たことないけど。
NATALのSilexをとても楽しみにしている!
達也くんはMashaくん同様、初回GALAに続いての出演。
しかも達也くんは2バンドずつ登板していて「マーガラ・ギネス」に登録されている。
『Marshall GALA3』はどうなるかな?Tatsuyaはい、それではTHE GUV'NORSをフル尺でお楽しみください!


ということで、『Marshall GALA2』前半終了!
 

200_3

2020年6月12日 (金)

Marshall GALA2ビデオ公開! vol.3~Kelly SIMONZ Co.

 
Marshall GALA2ビデオの第3弾はKellyさん。

11Kellyさんとステージに立つのはチョー久しぶりだった。
「ステージに立つ」と言っても私はミュージシャンではないので、Marshallのクリニックの話。
昔は『Marshall Roadshow』と銘打って、色んなギタリストと一緒に日本国中を回ったものだ。
巷間を見渡すにそういうイベントもここ数年はスッカリ鳴りを潜めていて寂しい限りですな。
下は8年ぐらい前に渋谷の楽器屋さんで開催した時の写真。
しゃべったな~。
Kellyさんもよくしゃべるでね~。
今回のGALAでもよくしゃべって、そして弾いて頂きました!

2011_09今回のGAAでは「Kelly SIMONZ Co.」という名の元でトリオでご出演頂いた。
 
Kelly SIMONZ

11_kellyKellyさんのBLIND FAITHから Kaz。

11_kazSilexから石川達也。

11_tatsuyaそれではビデオをどうぞ!
曲はkellyさんの人気曲のひとつ「Future Destination」!

相変わらず「いつ寝ているんだろうか?」と思ってしまうエネルギッシュな活動を展開するkellyさん。
「最もコロナを感じさせないミュージシャン」にひとりではなかろうか?
そんなKellyさんの詳しい情報は⇒Kelly SIMONZ Official Website
 

200_2

2020年6月11日 (木)

【Marshall Blog Archive】島紀史インタビュー <後編>

 

キャビネットについて
M:スピーカー・キャビネットについてはいかがですか?
S:最初にJCM800時代の1960Aを持っていて、15歳の時です…。
M:15歳で!?
S:でも、ボクのキャビネット遍歴はオモシロくないですよ!(笑)
M:何で?
S:三段積みにしたくて18歳の時にBキャビを買い足したんです。
その時のBキャビを今だに使っています。
あ、もちろんスピーカーは入れ換えていますよ!
M:スピーカーが飛んじゃったんですか?
S:イヤ、使いすぎてヘコヘコになっちゃったんです。
その時楽器屋でアルバイトしていて色んなスピーカーを試したんです。
それで一番ビタってきたのがセレッションのVintage30。
それ以来Vintage30ばっかりです。
そして、その最初に買ったAキャビは…今でもそのBキャビの上に乗ってます!
ダミーですから中はスカスカです。
M:あ、アレ?
それじゃ1回もキャビネットは買い換えていないんですか?
S:ウン。
だからボッロボロ。自分でビンテージにしたみたいなルックス。
とにかく自分のイメージする音を出してくれるのが1960とVintage30の組み合わせって完全に決まってしまっていますね。
M:信頼できるってワケですね?
S:色々試したんですよ、G12T-75とかも。でも少し余裕がありすぎたりして。
 
弾いてみたいMarshall
M:新旧を問わず弾いてみたいMarshallって何かありますか?

Jtm45_2S:古いのだったら、あの1号機みたいなヤツ。
M:一番最初のJTM45?
S:そうかな?
M:いわゆるオフセットですな?
Marshallが最初1965年にあのモデルを売り出す時に23台の予約が入ったんですが、予約リストの中にリッチーの名前が入っていたんですって。
実はピート・タウンゼンドだけでなく、リッチーもMarshallの開発には結構協力したらしい。
S:ヘェ~。そんな話を聞いたらなおさら弾きたい!
あとMajorですね、200W(モデル名1967、1967~1974年に製造されていた)。
自分でも持っていたことはあったんですけど…。
あと、ザックのシグネチャー(2203ZW)も弾きたかったナァ。

 <マーブロ写真館1>
コレが現在の島さんのMarshall。
ヘッドは1959ではなくMAJOR1967。
帰ってきたMAJOR!
そして、向かって右側がそのボロボロのキャビネット。
ノンちゃんが語っている通り、Aキャビにはスピーカーが入ってないことがわかる。
とにかくMarshallのキャビネットは丈夫なのよ!
40
<島紀史写真館5>
2003年、クラブチッタ川崎で開催された『Pure Rock Japan』出演時のCONCERTO MOON。
17年前か…。
こうして見るとノンちゃんは全然変わらないナァ。

11_2003_purerock 

CONCERTO MOONの再開
M:Double Dealerの活動に終止符を打たれて、心機一転CONCERTO MOONの活動に集中されて行くワケですが、何かその活動の中でMarshallの位置づけというものはいかがでしょう?
S:ま、Marshall以外のアンプで大きな音を出すということは絶対にないでしょうね。
イヤ、今後の人生においてもMarshall以外あり得ないかな。
ただ、信頼度とか、最近の新商品の動向とかも考えると、お世辞やおべんちゃらじゃくなくて、ますます重要になっていますね。
はっきり言ってライブもレコーディングもVintage Modernに変えようかと思っています。
今までクリニックや自分の機材が持ち込めない場合、アンプは必ずMarshallを指定してきました。
「アンプ:Marshall」って書いてあれば、JCM900でも2000でも自分の音を作ることができるし、信頼度は何者にも代えがたい。
CONCERTO MOONは来年結成10周年をむかえてメタル度もますますアップしています。
より一層Marshallでないとダメです。


 
レコーディングとステージ
M:レコーディングでもステージでもMarshallをお使いいだいているワケですが、それぞれのシチュエーションで気をつけていることというか、使い分けているようなことはありますか?
使い方のコツとか。

Is3S:やっぱりレコーディングの時はマイクで録られて、それなりにコンプレッションもかけられた音になるでしょ?
だからステージで背中に音の風を感じて弾いている時と全然違います。
たとえ同じセッティングにしてもね。
なので、レコーディングの時は更にゲインを下げます。
だから、さっきお話したオーバードライブなんかは完全に切ります。
音を小さくするという意味ではありませんよ。
ゲインを下げた音にコンプレッションなんかをかけた音が返ってくるわけです。
その音のニュアンスがステージの音と近いかどうかにこだわります。
ボリュームは落とせないんです…そこでゲインを落とすんですね。
それから、さっきベースはゼロと言いましたが、レコーディングの時は4ぐらいまで上げます。
M:なるほど。
S:ステージで感じるあのゴンと押してくるようなニュアンスはマイクでは絶対に拾えないんです。
だから、ベースを上げてやるんです。
その違いは気をつけてます。
M:それでもプレイバックを聞いて音がイメージ通りでないと後から加工したりするんですか?
S:ボクは極力しないようにしています。
録るときよりもミックスする時にEQ処理をすることはあります。
とにかく背中で鳴っているMarshallの音を再現することの試行錯誤には時間を費やしますね。
 
<島紀史写真館6>
2005年、札幌クラップスホールのDouble Dealer。
ノンちゃんの背後のMarshallは、向かって左が<前編>に出て来た1988年製の1959。
見えないけど真ん中が当時メインで使用していた1973年生の1959。
右はサブの1959。
キャビネットは真ん中と右の2列、計4台を持ち込んでいる。
ギターはシェクターの一番最初のシグネチャー・モデルだ。
 
Double Dealerは2007年に渋谷のO-WESTに観に行ったことがあった。
その時、ちょうど来日していた業界のアメリカ人を連れて行ったんだけど、ノンちゃんのプレイにとても喜んでね。
「Great!, great!」って…草津か!?(ココはノンちゃんに合わせてプロレスネタです)
詳しい感想を尋ねると「イングヴェイみたいにシュレッドするけど、彼は断然リッチー・ブラックモアでしょう」と言ったので私は「Hit the mark!」と答えておいた。
日本人だったらそのアメリカ人のような感想は持たなかったのではなかろうか?
やっぱりロックの本番の欧米の人たちは日本人と音楽の聴き方というか、接し方が違うと感心したものだ。

2005_dd_sapporo


カッコいいリフはMarshallから!
M:島さんの感じるMarshallの魅力を一口で語るとなると…。
S:最大の魅力はガッツのあるこもらないローですね。
あの6弦をミュートして弾くゴンゴンと弾いたニュアンスはMarshallじゃないと出ないんです。
そのガッツ感。パンチ力。
ボクがヘビィメタルをプレイしていて一番重要なのはそこなんです。

Is1M:あ、だからDeep PurpleにしてもLed Zeppelinにして低音弦を使ったカッコいいリフ曲ができたのかな?
S:そう!カッコいいリフづくりにMarshallは一役も二役も買っていますよ、間違いなく。
M:そういわれてみるとThe WhoにしてもThe Kinksにしてもコードでリフ曲をつくるバンドはMarshallを使っていない…。(The Knksのレイ・デイビスは後年マーシャルを使っているようですが)
S:違うアンプでそれをやるとパンチがなくてぼやけちゃうんです。
ボトムがすごく出ているのにぼやけちゃうんですよね。
Marshallはガッツ。
ベースをゼロにしておかないとパンチが出すぎちゃう時があるんですよ。
ストラトでもそう感じます。
そして、明らかにピッキングのニュアンスを客席に届けてくれるハイがあるんです。
「何kの周波数帯」とはわからないですけど、せっかく何年も練習してきたピッキングのニュアンスを完璧に再現してくれるのがMarshallなんですよね…ということは逆に使うのも難しいといえますね。ゴマカシが効かないもん。
そして、偉大な先達を見てください。
リッチー、イングヴェイ、全員ピッキングのニュアンスがメチャクチャ豊かでしょ?それを再生する能力がズバ抜けているんですよ…Marshallはそこだ!
オッ、今ええこと言うた!何も考えてなかったのに!(爆笑)

 
<島紀史写真館7>
コレは2010年の楽器フェアかな?
ノンちゃんの演奏を耳にして出前に来たソバ屋が油を売っているシーン。
Class5をリリースした時。
もうこの頃はアンプの小型化が定着して、同時にデジタル・アンプが跳梁して来たように記憶している
そういえばノンちゃんと初めて会ったのも楽器フェアだった。
2006年、ナニかのデモをされる時にMarshallを貸し出したのね。
そのデモが終了した後、ワザワザひとりで私にご挨拶しに来てくださった。
「島です」って。
もちろん私は「島紀史」は知っていたけど、その時はまだ個人的には存じ上げなかった。
でも、ワザワザ挨拶に足を運んでくれたことで「島紀史」がどういう人かがすぐにわかった。
人間の付き合いってそんなものです。
その後も個人的に大変お世話になってしまったこともありました。

11__marshall 
 
Vintage Modernの魅力
M:最近、島さんはギター・クリニック等ではVintage Modernを使用していただいていますが、あのアンプのどこが島さんにアピールしているんですか?
S:もちろん、名前の通りですよ!
ビンテージMarshallを長年使ってきた人間にとって、これほど違和感のない新商品はまずないと言っていいでしょう。
ビンテージMarshallはボリュームのコントロールがむずかしかったり、ご機嫌斜めになったり…どうしても古いからね…そんなことがVintageModernにはありませんからね!
モダンという要素で言えばBodyとDetailのPre Ampの部分。
ビンテージものでリンクしてもああはいかない。
うまくミックスできても今度はボリュームが調節できませんもんね。
特にクリニックでは音量の自由がきかないことが多いわけですから、ボリュームを下げても出したいニュアンスを出してくれる…この部分は最高です。
クリーンが欲しければギターのボリュームを下げて上げればいいだけだし。つまみは200個もついてないし(笑)。
ボクはそんなにツマミは要らないと思ってる。
JVMだってツマミが多そうに見えるけどただ各チャンネルのコントロールが独立しているだけで全然シンプルですもんね。まったくもってわかりやすい。
M:それでは実際のライブ・ステージで使ったとしたらどうでしょうか?
S:そりゃ、そのままマスターボリュームを上げてあげればいいだけ。
 
<マーブロ写真館2>
Vintage Modernネェ…いいアンプだった。
私は特にコンボの2266Cが好きだった。
チョット歪み気味にしてレスポールのボリュームを下げて弾く音がお気に入りだった。
Marshallも企業なので、販売が思わしくない商品はトットと生産を終了せざるを得ない。
Vintage Modernは時代の移り変わりの犠牲者になってしまったのではなかろうか?
もっと可哀想だったのはASTORIAだ。
私は4台のASTORIAを大事に保管している。
もうしばらくはあんなアンプは出て来ないだろうから。
Vintage Modernにしても、ASTORIAにしても、1959SLPにしても、そうしたトラディショナルで、流行に背を向けたマジメな楽器が息絶えてしまうのは、本当に残念で悲しく、また音楽の将来に大きな不安を覚えてしまうんだよね。
 
もうVintage Modernのことを知らない若い人もいると思うのでアーカイブついでにサラっとおさらいしておこう(若い人はこのブログを読まないんだけどよ!)。
2006年10月、Marshallの工場でVintage ModernとJVMの発表会が開かれた。
私はこの年の3月のフランクフルトで既に弾かせてもらってすごく気に入っていたので、この発表会が楽しみだった。
11_rimg0004Vintage ModernはMarshallの1962年の第1号機に使われたKT66をパワー段に採用したビンテージ風味タップリのシリーズだった。
設計したのは元The Animalsのスティーヴ・ドーソン。
ビンテージMarshallを知り尽くしたギタリストらしい仕事だった。
今、スティーブはアンプのリペア業の傍ら、AC/DCのブライアン・ジョンソンがが以前在籍していたニューカッスルのバンド、Geodieでギターを弾いている。
「ジョーディ」はニューカッスル生まれの人のニックネームね。
マンチェスター生まれの人は「マンキュニアン」。
リバプール生まれの人は「スコウサーズ」ね。
だから「ファブ・フォー(Fab Four)」はスコウサーズだ。

11_rimg0090Vintage Modernのデモンストレーションはダグが担当した。
 
個人的にこの時のことで一番思い出深いのは、タバコを止めたことだったりして…。
約1週間、マジで苦しかったわ。
でもホント、タバコは止めてヨカッタ…。11_rimg0043Vintage ModernとJVMをフィーチュアしたこのジムのポスターも懐かしい。
フランクフルトで一体何千枚クルクルしたことか…。
コレは確かジムが最初に倒れてから数日で撮った写真だったハズ。
11_2jmそしてノンちゃんは使い慣れた1959からVintage Modernにバックラインを換えたのだった。
キャビネットはそのまんま。
なんかこのフロント・パネルに貼られたゼッケンがなつかしいな。Prj2009_1v2009年の『Pure Rock Japan』。

Prj2009_2v1959とはまた違った甘めのサウンドがヨカッタんだよね。

Img_0079そうしてCONCERTO MOONはしばらくの間、Vintage Modernのサウンドで暴れまくってくれた。

3v

4  
<マーブロ写真館3>
昔はイギリスのマネっこをして、Marshallのプロモーションとして『Marshall Roadshow』というデモンストレーション・ショウをよくやっていたんだよね。

100 東京を中心に、大阪、神戸なんかでやったネェ。

300大宮でJMDのデモンストレーションの時には今は亡きジーノ・ロートが観に来てくれたこともあった。

200また、この頃はJVMやVintage Modernの他にもランディ・ローズの1959RRやケリー・キングの2203KK等、新商品が目白押しだったからね。

310まったく懐かしいもんです。

330  
 
シンプルにしてディープ
M:それでは最後に読者の皆さんにMarshallに関するひと言頂戴できますか?
S:たまたまボクはヘビィメタルを演っていますが、フュージョンであれ、ブルースであれ、はたまたジャズであれ、アンプに関して言えばMarshallで解決できると思っているんですよ。
とことんクリーンで行こうと思えばいけるし、ラウドにディストーションかまして行こうと思えば右出るものはいないでしょう?
シンプルですよね。
そして、シンプルだけにディープですよね。
トーンをいじっていて「あ、ここを上げればこうなるのか~」なんて発見は今でもあります。
ディープだからどんな要求にも応えてくれる。
Marshall以外のアンプを選択する理由がないんです。
ボクにはね!
M:ありがとうございます!
 

    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

 
ああ、うれしいお言葉が次から次へと飛び出す楽しいインタビューだった!
  
さて、ノンちゃんは冒頭で紹介した通り、現在2台のMAJOR1967を手に入れ、例のキャビと共に愛用してくれている。
そんなノンちゃんになんかの折に「コレでゴールだねェ」みたいな話をしたことがあって、するとノンちゃんは「イヤイヤ、やっぱりPigが欲しいんですよ!」と答えてくれた。
Pigというのは「MAJOR」の初代モデル。
何でも今はすごいお値段だそうで…。
写真はMarshallの工場にあるヤツかな?

1967みんなこのモデルを普通に「Pig」と呼んでいるけど、このモデルが販売されていた時はそんな名前はなかった。
「Pig」という名前を付けたのは下の写真の向かって右から2番目の人。
『HISTORY OF MARSHALL』の著者、マイク・ドイル。
本を著した時にこのモデルをそう呼んだのだ。
だから後で出来た名前なの。
下は今年1月のNAMMの時に撮った写真。
『HISTORY OF MARSHALL』の最新版の日本語版(『アンプ大名鑑:マーシャル編』)の監修をした私がMarshallのブースにいることを知って、マイクは私にお礼を言うためにワザワザご挨拶に来てくださったのだ。
イヤ、ノンちゃんと同じだナァと思って。
右端はおなじみMarshallの社長、ジョナサン・エラリー。
向かって左は私の古い友達JC(=Jean Claude、アンプじゃないよ)。
驚いたことにJCは今マイクと同じ職場にいて、私がNAMMに来ていることをマイクに知らせてくれたのだ。
楽器業界はホントに世界的に狭い!

11_img_2741さて、CONCERTO MOON、新ボーカルズの芳賀亘が加入し、昨年の5月にセルフ・カバー・アルバム『OUROBOROS』をリリースしたのは皆さんもご存知の通り。20cdそして、今ニューアルバムの制作中!
楽しみだね。
アルバムが出る頃にはコロナも終息して、またド迫力のレコ発ライブを開いてくれることでしょう。

Nr お、その前に!
もうすぐ『Marshall GALA2』でのノンちゃんの雄姿をお送りしますからね。
しばしお待ちを!
来週末かな?

島紀史の詳しい情報はコチラ⇒CONCERTO MOON Official Site

150 

200_3

2020年6月10日 (水)

【Marshall Blog Archive】島紀史インタビュー <前編>

先日、Strange,Beautiful and Loudの三宅庸介さんの2011年のインタビューを掲載したところ、とても好評だった。
それに味をしめて、今回は島紀史さんの2008年4月21日初出のインタビューを引っ張り出してきた。
2008年4月というと、前のMarshall Blogが始まってまだひと月も経っていない頃だ。
もうこのインタビューから12年も経ってしまって、ご覧になっていない方も大勢いらっしゃるのではなかろうか?
ま~、とにかくいいことをおっしゃってる!
初めて読む方も、遠い昔に読んだことがあるような気がする方も、どうぞお楽しみあれ!
12年前にGo!
 

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
  
島紀史のステージで連想するものといえばMarshallフルスタック。
島氏のMarshallへの思い入れは人一倍深い。
そして、リッチー・ブラックモアへの敬慕…。
今回はその辺りをじっくり訊いてみました。
情熱のインタビューをお楽しみください!
 
マーシャルとの出会い
Marshall (以下「M」):それではまず、見たり、聞いたり、弾いたり、いつごろ、どこで?…Marshallとの出会いについてお聞かせください。
島紀史氏(以下「S」):イヤ…「見たり」はもう自分のあこがれのギタリストが全員Marshall(島さんは英語圏の人同様、「マーシャル」の「マ」にアクセントをつけて発音する)だったから。
15歳位の時かな…アマチュアバンドでライブハウスに出るようになった時に大きなアンプが必要になったんです。
ヘビィメタルを演るのにコンボっていうわけにはいきませんよね?
もう自然とMarshallでした。
M:そうこなくちゃ!

Is2S:最初はJCM800時代の1959でした。
先輩から譲ってもらいました。
Aキャビといっしょに2段積みで。
分割払いでね…帳面につけられて管理されました…「毎月キチンと払えよ」って!
15~16万円位だったかな?
とにかく憧れのギタリストが全員Marshallでしたから迷いはなかったですね。
M:その前にも色々なアンプを試された?
S:そりゃ、小さいやつは色々と…。
でも大きいのはもういきなりMarshallでした。
他にも持っていたアンプもありましたが、やっぱりハードロック系ですから自然とマーシャルですね。
M:Marshallに誘導したギタリストの一番がリッチー・ブラックモア?
S:リッチー・ブラックモア。
他にもいっぱいいるんですが、リッチーはもう別格です。
M:そうでしょうネェ。
S:で、まぁイングヴェイ、そしてウリ・ロート、それからゲイリー・ムーア。
リッチーを筆頭にこの4人の影響が大きいから当然Marshallに行きつきます。
全員Marshallでしょ?だから、やっぱり自分の好きなギタリストがみんな使っていたからMarshallになりますよね。
M:今の若い人たちは、そういう「憧れの人が使っているから」という理由でなくしてMarshallを選ぶことも少なくないようです。
S:でも僕の場合も中学生のときにスタジオに行ったらMarshallがありましたもんね。
僕の場合はそれで余計Marshall度が高くなりましたけどね。
でも、やっぱり自分が好きな人たちへの尊敬と畏敬の念はずっと持ちつづけていたい。
マーシャル以外のアンプを使っていたこともありましたけど、それも好きなギタリストがそのアンプを使っていたからですもんね。
CONCERTO MOONがデビューして最初の2年位の間かな。
M:どうしてその後またMarshallに戻ったんですか?
S:そのアンプにはMarshallを使うことによって得られる満足感みたいなものがなかったんです。
背中に風圧を感じる爆音であったり、コントロールがシンプルであるがための奥深さであったり、そういう満足感はボクのギタリスト人生ではMarshall以外には得られなかったんです。
 
Marshall歴
M:先輩から譲っていただいたJCM800の1959はどうなったんですか?
S:73年製位のピンスイッチの1959を入手しました。
それは改造されていて、マスターボリュームがついていました。
そして、CONCERTO MOONのファーストの頃まではその1959を使っていました。
97年のそのインディーズのアルバムを発表する位まではその改造された1959を使っていたんです。
その後、さっきのMarshall以外のアンプを買うために手放しました。
結局、2000年にDouble Dealerのプロジェクトを立ち上げる時に、自分の中で「Marshallじゃなきゃダメだな」って思ってトレモロつきのまた73年製位の1959を手に入れたんです。
それと、88年製位の最初の4インプットのリイシューを入手しました。
M:1959Sですね?
S:後でわかったんですが、トレモロの方はどうも50Wだったんです。(註:1987のトレモロつきは1975年まで製造されていた)どうも音が小さいな~って思ってたら50Wだった。これが最初の50W Marshall体験でした。
それからまた100Wを入手しました。アルミパネルの1959です。
プレキシではないので70年代初頭ですよね?
他にも50Wの音のニュアンスが欲しくて2台位入手しました。
100Wも何台か買いました。
だからこうして見てみるとビンテージばっかりでしたね。
M:島さんといえばそういうビンテージのイメージは確かにありますね。
S:憧れた人たちが使っていたアンプのルックスっていうのもありますからね。ビンテージ特有の。
ナンダカンダで6台位買いましたかね。
今使っている2台は案外トラブルと無縁でしてね。
Marshallはホント圧倒的に丈夫。でもさすがにガタが来はじめたかな…?
でもズット使っています。
M:日本国中回って酷使されてますからネェ。
S:でもとにかく「Marshallは丈夫」っていう印象が強いな。
 

<島紀史写真館1>
ノンちゃんにお願いして今回も秘蔵写真をちりばめてお送りすることにした。
まずは…あ、コレは私。
「街の島コレクター」として日頃から「島」に目を光らせているのだ。
これは三ノ輪の接骨院。
近くに「のんちゃん」という古い喫茶店があるのだが、それは以前紹介したので今回は割愛する。

11_2ssところでコロナな「街の島集め」にも悪影響を及ぼしていて、実はこの春、長野の乗鞍方面の温泉に行く計画をしていた。
「温泉旅行」とは名ばかりで、「島×2」という「島コレクター」にとってはうれしいことこの上ない上高地の入り口にあるこの駅の写真を取りに行くのを楽しみにしていたのだが断念!

11_sssここからが本番。
 
1993年「大阪ヤンタ鹿鳴館」のノンちゃん。
「ヤンタ」ってもしかして「ヤングタウン」の略かなんか?
ココは現在の「西九条ブランニュー」さんだそうで。
その昔、Galneryusを観に一度だけお邪魔したことがあったっけ。
背後のMarshallはCONCERTO MOONのファースト・アルバムのレコーディングに使っていた1959。
この後インタビューに出て来るが、キャビネットはAは会場で拝借したモノ。
Bキャビはノンちゃんの持ち物だ。
今回この写真を送ってもらうに当たり、本人は大層驚いたそう。
…というのは、Bキャビにキャスターが付いているでしょ?
今は絶対にキャスターをハズしてキャビネットを設置している。
外せないキャスターはストラト。
写真は72年生のストラトキャスター。
今思い返すと、あり得ない程ネックが太かったそうだが、上京する時に手放してしまったそうだ。
バンドは「Dior」。
ん~、ノンちゃんもそういうのやっていたのか…。1993_1126コレは1993年の「大阪難波ロケッツ」。
73年製のボディに74年生のネックを組み込んだストラトキャスターだそうだ。
コレもDior時代。1993_osaka_1ギターは異なるが、同じ頃の写真。
チョットわかりにくいかもしれないけど、後には愛用の1959!

1993_osaka_21994年、「Crystal Clear」というバンドの頃。
歯磨き粉みたいですな。
場所は江坂の「ブーミンホール」。
そうえば、いつか江坂でCONCERTO MOONを観たこともあったっけナァ。
ココでも1959が大活躍!
白ボディ、白いピックガード、メイプル指板…コレはウリ仕様だったのかな?

ここのところ、ジャズ・ギターとかフィンガーピッキングスタイルのギターの練習をするのはまだ何とかオモシロイんだけど、「ギターが欲しい」とかいう欲望が全く消え失せてしまってね~。
facebookなどで同輩の皆さんが「この子」だの「娘」だのと愛器の自慢をされて、色々とイジり回して楽しんでいらっしゃるのを見るとホントにうらやましくてね…。
そんな私でも高校生の頃は朝から晩までギターのことを考えていた。
そして2年生の時にウリが大好きだった私は、ひと夏のアルバイト代を握りしめて、まだ創業3年目のイケベ楽器さんの池袋のお店へ赴き、白ボディ、白アッセンブリー、メイプル指板のTokaiのストラトキャスターをオーダーしたのだ。
お店の人は「全部白のストラトはカッコ悪いよ」と言われたけど、「ウルリッヒ・ジョン・ロートが好きなので…」とやり取りしたのを覚えている。
このノンちゃんのギターを見て急に思い出してしまった。
ヘタクソで何も知らなかったけど、あの頃はギターが楽しかったナァ。
イケベさんはその後、水道橋に出店されてね、通学路で友達がアルバイトをしていたのでチョクチョク通った。
じゃ、ギターじゃなくて今ナニをやりたいか?…というと蕎麦打ちやりたいな。
事務所で蕎麦を打って遊びに来た若いミュージシャン連中に食べさせてやるのさ…多分やらないけど。1994_0728 

あこがれのMarshallサウンド
M:それでは、島さんが「こういう音を出したい!」というあこがれのサウンドというと?理想の音み

Fw_2たいなものはあります?
S:もちろんありますよ!
2期Deep Purpleのリッチー・ブラックモアの音!
リッチーはMarshall以外のアンプもあの辺りで使っていたようですが、『Made in Japan(ライブ・インジャパン)』の音を参照すればあの音はもう200WのMajorですよね。
Rainbow期もそうですが、リッチーの音は成し得ていないんです。
イングヴェイだったらAlcatraz時代の音なんかは理想ですね。
後はウリ・ロートのElectric Sunのアルバムの音。
Scorpionsの時はルドルフ(シェンカー)と合わさってひとつの音という感じでしたが、『Earthquake』や『Fire Wind』のように、ストラトキャスターと古いMarshallの組み合わせによる

Es_3あの音も理想の音ですね。
M:ウリ・ロートの場合、ギターは良くても彼の歌については好き嫌いが分かれる傾向がありますよね?
S:もうウリなら何でも許せます。「あばたもえくぼ」か「恋は盲目」(爆笑)?
M:それではもし、プロ・ギタリストには失礼な質問かもしれませんが、島さんのお好みを音を出してくれる神様がいたとして、自由にその音を出せることになったら、ギタリストとしてCONCERTO MOONはもちろん、その他の場面でもその音で弾いちゃう

Fw_1んですか?
S:やりたいけど…もうそれらをミックスした音というものが自分の中で出来上がっているから、例えばリッチー・ブラックモアのあの『Made in Japan』のトーンのニュアンスでイングヴェイ・マルムスティーンくらい歪んでいて…ブラックモアよりイングヴェイの方が歪んでいるからね…ウリ・ロート的な「音の張り」みたいなもの、更にゲイリー・ムーアがストラトをMarshallに突っ込んだときの荒々しさ等をすべて合わせて自分が演る「ヘヴィ・メタルに向く音」と言う風に考えるから、そのままの音では自分の音楽に向かないと思う。
M:やっぱり…。
(筆者注:Deep Purpleの『Made in Japan』のジャケットに写っているイアン・ギランのコンガはNATAL製です。
実はノンちゃんはインタビューの時、このアルバムを『ライブ・イン・ジャパン』と呼んでいましたが、今となってはコッチの事情がありますので『made in Japan』と呼び換えさせて頂きました)

Nc

<島紀史写真館2>
いよいよCONCERTO MOON。
1997年、「バズーカスタジオ東中野」にて…って、バズーカって東中野にもあったの?

11_1997_bazooka_rec

悪魔に魂を売ってでも出したい音!
S:でもね、でも、あの『Made in Japan』のあのリッチーの音が得られるなら…(間)…お 金がいくらかかろうが、悪魔に魂を売れと命じられようが、何としてでも手に入れたいですね。
M:それはそれでCONCERTO MOON用の音とは別に取っておくワケ?
S:(笑顔で)ウン!
M:そんなに好き?!
S:(笑顔で)ウン!あの音と引き換えにおまえの命をいただこうと言われても、一瞬でもあの音が出せれば命捨てます…ぐらいには思いますよね。
M:ヘェ~。家に帰ってCDもう一回聴き直しますわ!

Is4S:ガハハハハ!
あの『Made in Japan』は後から音質をいじったりしていますので、「完全版」なんかの生のリッチーの音を聞くともっと凄いですよ。
M:ま、「島紀史=リッチー」なのはよ~くわかりますが、それから離れるとどうなりますか?
例えばジェフ・ベックだとか…。いい音だな~って思うのは?
S:ヘンドリックス!
M:アルバムで言うと?
S:『Axis:Bold as Love』。あと、「Little Miss Lover」って曲あるでしょ?あの音大好き。
ジェフ・ベックはBBA時代と『Rough and Ready』のころ。

AblM:他には?
S:一連のLed Zeppelinの音も好きだし、最近ではザック・ワイルドの音がすごく好き。
M:ザックの音はホントに美しい。
S:うん、ボクのファンの方々はあんまりザックのイメージがボクにはないみたいだけど、大好きです。ガッツのある音でしょ?
最近のギタリストの中では格段に上ですね。ザックはちっとも最近じゃないかッ?!(笑)
M:そんなに好き?
S:実はね。にわかには信じてもらえないくらい好きなんです、ザック。

Rarザック好きさに苦手なオジーものにも手を出します。意外ってよく言われます。
男らしいものが好きなんですね。
割合ナヨってなっていて好きなのはウリ・ロートくらい。
M:住む世界が違う感じですもんね?
実際に会って話すとなんかこうユラ~としたオーラを感じます。
S:絶対に霞食ってますよ!
 

島紀史のセッティング
M:島さんの1959人生の中で得たレギュラーのセッティングみたいなものはありますか?
S:プレゼンスが6、ベースは0、ミドルが3、トレブルが8、ボリューム1がフル近く。
リンクはしない。
M:ベースはゼロ?
S:会場がデッドだったりすると確実にゼロ。
低域が逃げるような会場は…上げても2ぐらい。
M:エフェクターは?
S:ワウとオーバードライブくらい。
M:オーバードライブは入れっぱなし?
S:そう。レベルは10にするけど、オーバードライブはほとんど切ってますね。1.5くらい。
M:ようするにアタッチメント(笑)で歪ませてるワケではない?(註:最近「アタッチメント」という言葉をほとんど聞かなくなっているため笑っています)
S:そう、アタッチメント(笑)じゃない。
M:でもそれだとスッカスカな音になりそうですけどね?
S:ま、1959を大音量で鳴らすと箱鳴りのローが出ますからね。
あのスピーカーが悲鳴を上げるガッツのあるローは最高ですからね。

<島紀史写真館3>
2001年、Double Dealerの頃のMarshall。
上段は1988年製の1959のリイシュー。
真ん中は当時メインに使用していた1973年生の1959。ハンドワイアード期だね。
一番下は1987のトレモロつき、T1987。
キングレコード関口台にて。

11_2001_dd_2ndrec_1上の写真の真ん中と下のクローズアップ。

2001_dd2ndrec_2<後編>につづく
 

200_2

2020年6月 9日 (火)

Marshall GALA2ビデオ公開!vol.2~HELL FREEZES OVER

 
2番手で『Marshall GALA2』のステージに上がったのはHELL FREEZES OVER。
まだ付き合いは短かったが、彼らの一途なロック愛に共感して出演をお願いした。
彼らが演っている音楽…Marshallなくして誰が演奏できようや?
がんばれHELL FREEZES OVER!

7Treble "Gainer" Aidysho11_gainerRyoto

11_ryotoHirotomo

11_hirotomoTakuya

11_takuyaTom Leaper

11_tomHELL FREEZES OVERとの出会いのキッカケとなった彼らのミニ・アルバム『SPPED METAL ASSAULT』。
GALA2ではこの中から「Burn Your Life」と彼らのキラー・チューン「Overwhelm」を演奏してくれた。11_saそれでは、Marshall GALA2でのHELL FREEZES OVERの雄姿をトクとご覧あれ~!

さて、彼らは今、新しいアルバムの制作中をしている真っ最中。
仕上がりがとても楽しみだ。
それに先立って今月の20日に配信ライブをするそうなのでそちらも要注目だ。

HELL FREEZES OVERの詳しい情報はコチラ⇒Official website

 

200

2020年6月 8日 (月)

チェリーを三つ入れてください。<後編>~私の三ノ宮

 
今日はまず、北野から。
この辺りに来るのは30年ぶりぐらいか?
前回来たのは箕面に住んでいる時で、上の子が家内のお腹にいた頃になろうか?

10_2「KOBE JAZZ STREET」…マンハッタンで言えば西52丁目ですな?
52丁目は有名な「Birdland」を筆頭にクラブがひしめき合っていた1930~1950年代にかけての世界のジャズの中心地。
セロニアス・モンクに「52nd Street Theme(52丁目のテーマ)」という曲がある。
音楽好きの人に向けてチョット脱線。
モンクは66丁目、今のリンカーン・センターの場所にあったスラム街の住人だった。
リンカーン・センターを造るに当たって、その辺りの住人は問答無用で立ち退かなければならず、行き場がなくて困った貧民がたくさんいた。
そして、リンカーン・センターのオープニング・セレモニーの時のこと。
当局はアーロン・コープランドの「The Fanfare for the Common Man(庶民のファンファーレ)」で景気をつけようと、オーケストラの指揮をレナード・バーンスタインに依頼していた。
バーンスタインは革新系思想の持主で、スラム街の住人を追い出したことを大変不快に思っていたが、その仕事を引き受けた。
そして、大勢の観客やオーケストラの団員を前に、最初から最後まで一度も笑顔を見せずに棒を振って抗議の気持ちを表したという。
 
私もずいぶん前に52丁目に行ってみたけど、「ココはかつて世界のジャズの中心地だった」みたいな標識が1本立っているだけで、後は「ジャズの中心地」だったという痕跡は何ひとつ見出せなくてかなりガッカリした。
ココも確かにジャズ・クラブは見かけたけど、「ん~、なんでやねん?」という感じだった。
52丁目みたいにジャズで賑わっていたのは昔の話なのかな?
…と思っていたら昨日偶然テレビで見た。
日本で最初にジャズが演奏された場所が神戸だったのだそうだ。

20_2モスクがあって見学できるというので見に来たけど、工事中ということもあってか、とても中を覗けるような状態ではなかった。

30vこの辺りの洋館ってホント立派だね~。

40_2神戸ってのはホントに美しい街だと思う。
手塚治虫の『アドルフに告ぐ』にそういうシーンが出て来るでしょう?

At ドイツに来てしまった神戸育ちのアドルフが、空襲されたことを知って「あの美しい神戸の街が火に海になってしまったって!?」と嘆き悲しむシーン。
アドルフのセリフを正確に覚えてはいないが、神戸生まれでも、神戸育ちでもない私にもグッとくる場面だった。
きっと戦前は家並みも古くさぞかし風情のある港町だったのだろう。
残念ながら神戸には三菱重工や川崎重工の造船所があるから空襲は免れない。
そして、1945年の2月4日の無差別絨毯爆撃。
神戸はその約1か月後に実施された東京大空襲の実験台になってしまったのだという。
アメリカ軍はそれまで軍事施設や軍需工場へピンポイントで爆撃してしたが、この神戸への空襲から焼夷弾を使って、焼いて焼いて焼きまくる作戦を摂るようになった。
どうすれば効率的に日本の家屋を燃やすことができるか…アメリカ軍は日本式の家屋を実際に作って研究したというのは有名な話。
そして、3月11日の東京大空襲では、わずか2時間半の間に10万の民間人を焼き殺したのがアメリカのしたこと。
神戸での実験の成果は大きかったのだ。
ゴメンナサイね、こんな話になっちゃって…。
私は「反米主義者」どころか、アメリカ人の親戚やとても仲の良い友達が大勢いるのね。
アメリカを恨んでいるワケでもなんでもなく、ただ歴史を知っておきたいだけなのです。
歴史を知るとモノの見方がガラリと変わるから。
 
さて、神戸。
神戸は阪神淡路大震災にも遭ってしまうが、立派に復活した。
美しいだけではなく強靭な街だ。
「美しいモノ」は強いのだ!

50異人館街へ来たんだけど…前からこんなんだったっけ?
80_2もう観光地化しすぎちゃって、ナンカもはや「沼津秘宝館」のノリっぽい印象を受けたな。
ちょっと覗こうとすると、客引きされる始末。
70_2「イギリスの家、見て行ってくださ~い」なんて言われたけど、「しょっちゅうホンモノのイギリスの家に行っているので結構です!」って言っておいた。
でもね、ホントに築200年の古民家から、デタッチト・ハウス(イギリス独特の二棟長屋)、古い豪華マンション、新築マンション…と色んなイギリスの家にお邪魔してるのよ。



60_2ま、キレイにはしてるけどね。

90_21915年落成の「ラインの館」。
フランスのJ.R.ドレウェル夫人の住居だった。
100_4そこの売店で発見!
今回のイベントのD_Driveの衣装にあしらわれている「KOBE TARTAN」。
「タータン」といえばスコットランドじゃない?
スコットランドといえばエジンバラ。ま、グラスゴーもあるけど。
で、エジンバラに行くでしょ?
ベイシティローラーズのこともあって街の中はタータンだらけ!…かと思いきや、目に入って来るタータン・パターンは完全に土産物屋だけだったわ。
でもエジンバラはキレイなところだよ~、全然晴れないのが玉にキズけど。

110_430年ぶりに来てナニも見ないというのもナンなので、家内のチョイスでこの「Platon Decorative Arts Museum(プラトン装飾美術館)」というのに入ってみた。
家内のこういうところの勘は鋭くて、コレが存外にオモシロかったのだ!

120_2「民家」と呼ぶにはゴージャスすぎるけど、大正初期に建てられた一般の住まいを転用した美術館。
これまで外国の有名企業や個人の借家として使われてきたが、1991年以降はオーナーの一家が実際に住居として使いながら母屋を中心に博物館として開放している。

130_3ナニかオモシロいものはあるかな?

140_2あった!Foujitaの素描。
Foujitaとは藤田嗣治のことね。
美術は藤田、音楽は武満、映画は黒澤…コレが本当に世界で評価されている3人の芸術家。

150vその絵が飾ってあるのが「ザ・サロン」と名付けられている部屋。

160_4ジャン・コクトーなんかも数点飾ってあった。

170_5ココはダイニングルーム。
実際にオーナーさんは機会があると友人を呼んでココで晩餐をされるそうだ。

180_4このイタリア製を中心とした家具も自慢なんじゃ。
でも…ココに置くには狭すぎるって!

190_3お!八っつぁんだ!
なんかもうスッカリ知り合いみたいな感じになってきたよ、ヘンリーとは。

200_4食器類もゴージャス!…なんだけど、やっぱり狭い。

210_3コレもスゴかったよ。
ご主人が世界各地の有名ホテルやカフェへ行って、お茶を飲み終わった後、シレっとバッグにいれて持ち帰って来たカップのコレクション…というのはもちろんツマらない冗談。
11_cup1 係りの人にお尋ねしたところ、もちろんコレらは売り物ではないので、お店に通っているウチに仲良くなって分けてもらったモノのコレクションなのだそうだ。
イギリス、フランス、イタリア…一体どれだけ行ってんの?!11_cup2 早速、ロンドンのモノはあるかいな?と探してみると…。
あった、あった!
ピカデリー通りにある高級ホテル、「The Ritz London」。
私も何度も行ったわ…前を通りかかっただけだけど。

260_3The Ritzの並びの紅茶で有名な「Fortnum & Mason」。
ココは何度もお世話になっている…おトイレをお借りしにね。
男性用は6階だったかな?

Img_2396 「ベッド・チャンバー」と呼ばれている部屋。
「バーちゃんのベッド」じゃないよ、寝室ね。

220_3ピアノやチェンバロも展示してあってステキきわまりないんだけど、やっぱ狭い!
イギリスへ行ってお城やマナーハウスみたいなモノを見学するとこうした立派な家具や装飾品がおいてあって実にピッタリはまっているけど、アレ、部屋が大きいし、天井も高いからああいう風になるんだね。

230_2「地下室もある」というので行ってみた。

270v私にはサッパリわからないが、高級そうなワインがズラリ。
塩尻の五一ワインとはなかったようだ。

280_5ワインセラーにもゴッソリ。

290_4どんなヤツがあるの?
「シャトー・ムートン・ロートシルト」の1953年ものか…。
シャトーというのは、ボルドー地方にブドウ畑を所有し、栽培、醸造、熟成、瓶詰までのワインの製造を行う生産者のこと。
そして、オーク材の木製タンクを使用する製法が「ムートン式」。
「ロートシルト」は「ロスチャイルド」のドイツ読み。
それの1953年製、さてお値段は…。
Yahooショッピングによれば税込み308,000円だそうです。300_4バカでかいトパーズ。
2005カラットですって。
何でも胃腸の病気や不眠に効くそうで…って、どうやって使うんだろう。
見てるだけで胃腸の調子が良くなるのかしらん?

310v_2「ラッセル夫人の肖像」というタイトルの石膏の彫刻。
作者はオーギュスト・ロダン。へ~。

320_3クリスティーズのオークションで入手されたようだ。

330_4もちろん豪邸にはプールがつきもの。

340_4コレは南イタリア風のお庭なのだそうです。
結構ジックリ見てしまった。

350_4場所はガラリと変わって元町。
コレも家内がチェックしておいてくれた中華のお店。

360_3コレを食べてみたかったのだ!
名物のネギそば。
このスープ!
私はドロドロしているスープのラーメンがどちらかというと苦手で、こういうアッサリしているヤツがいい。
でも、スープを飲み干したりなんてことはまずしない。
血圧とかヤバいじゃん?

370_4…と思ったらやっちまった!
こんなのホント、滅多にない。人生で数回。
というぐらいおいしかった~。

380_2帰りがけに久しぶりに元町をブラブラ。

390_3昔この商店街に中古レコード屋さんがあってね、フランク・ザッパのいい海賊版をいくつか買ったな。
東京に比べるとゼンゼン安かったからね。
もうCDは出回っていたけど、まだまだ主流になる前の話。
でも、チャーリー・パーカーの『Royal Roost』がCDでしかリリースされず、CDプレイヤーを持っていなかった私は泣く泣くCDを買って、会社の女の子に頼んでカセットに録音してもらったんだっけ。
「レコードがなくなるかも知れない…」と、この世の終わりぐらいに思っていたけど、今はどうだ?
LPどころか、そのCDがなくなりそうではあ~りませんか!
言っておきますけどね、CDが出て来た時そこら中で「試聴会」なんてのが開かれてね、みんな「ああ、なんていい音なんだ」って涙を流して喜んだんですよ。
私は音の魅力よりもあのサイズがどうもシックリ来なくてしばらくの間は迎合しなかった。
420_4それがナンダ?
「やっぱりアナログに限る」って!
人間の耳なんていい加減なものです。
あ、ひとつ言っておきますが…。
よくコンサートで「イヤ~、はじめ音がヒドくてさ!4曲目ぐらいから良くなった」なんてやっている人がいるでしょ?
ああいうのって、よっぽど音に問題がない限りPAさんって途中で音を変えることはしないんだって。
そりゃプロですから。
リハーサルの時にお客さんが入った状態を計算して完璧な状態にして本番に臨んでいるワケ。
スゴイのは人間の耳で、一旦「音がヒドイ」と認識すると、その人の脳ミソはジャンジャン聴覚を調整して、いい音に聞こえるように働いてくれるのだそうだ。
ま、実際に最後までヒドいコンサートも確かにあるけどね…。

400_3この島村楽器さん。
ノンちゃん(島紀史さん)と『Marshall Roadshow』をやらせて頂いたことがあった。
私は前日から神戸に入っていて、ノンちゃんは当日東京から車で来ることになっていた。
すると当日の朝電話が入り、「高熱を出してしまった」と言う。
私が「キャンセルしよう」と言っても、そんなことをおいそれとOKするような人ではない。
「せめて新幹線で来れば?」とススめても「イヤ、大丈夫です。少し遅れかも知れませんが…」と車で東京を出てしまった。
マァ、こっちは心配だったよね。
途中で「今、名古屋まで来ました。それほど遅れないですみそうです」という連絡が入る。
それから早かったナァ。
アッという間に神戸に着いてほぼ時間通りに開演しちゃった。
ギターを持たせればこっちのもの、熱があろうがナンだろうが、最高の演奏を聴かせてくれた。
この時から私は島紀史のことを「鉄人」と崇め奉っている。

410_2ということで、神戸もおしまい。
短い滞在時間ながら、久しぶりで楽しかった~。430_2一路東京へ…2日後からはアナハイムなのだ。

440_4そして『チェリーを三つ入れてください。』はいよいよ佳境に!

100_5Seiji

110vYuki

120v_4Toshi

130v_2Chiiko

140v_3今回のレポートは「Thumbs Up」からそのままつなげたChiikoちゃんのドラム・ソロから。

150_4ものスゴイ勢いでドンドコ・ビートをたたき出す。

160vポツンと置かれたNATALのフロアタムに近づく由佳梨さん。170_6Chiikoちゃんもフロアタムに歩み寄りスティックを握る。

180vChiikoちゃんのプリミティブなビートに乗って身体をくゆらすダンサーたち。190_4しばしフロアタムだけでソロを披露したChiikoちゃん。

200vそして「Begin Again」。
ソフトにアレンジしたSEから、ホンモノの演奏が続いた。

210_ba_2場内はほとんど闇。
こうやって普通に写真を載せていますが…撮影大変でした。

220_4携帯電話のライトを浴びてソロを舞うのは下野のぞみ。

11_0r4a0792 撮影は難しかったがとても幻想的な光景が印象に残っている。

230_3そしてD_Driveにも携帯電話の光が向けられる。

240_2

270_5そして、ナカジマさんの同時進行の映像とJuandrosさんの同時生成画像が加わり『チェリー』のすべての要素が重なる。

275激しい「begin Again」から一変して曲は「The Shape of Your Life」。
確かこの曲はYukiちゃんが由佳梨さんをイメージして作った曲ではなかったか…。

280v同時進行映像と共演するダンサー。280_soyバラードながら熱気あふれる演奏と…

290v_2携帯電話を手にしたダンサーの緻密な群舞のコラボレーションが展開していく。

300_5

310v_4

320_4

330_62人が寄り添ったりするシークエンスはなかったものの、私の目には曲のメロディに合わせて由佳梨さんとYukiちゃんが踊りとギターで会話をし、共演しているように映った。

340v

350vコレで本編は終了。

360_4ステージに残るD_Drive。
ココからアンコールということになる。
D_Driveが演奏したのはおなじみ「Attraction 4D」。

370_coもちろん曲の後半にはダンサーの皆さんも登場。

380_3続けて演奏したのは「Cassis Orange」。

405ココでは出演した全員がソロを披露してお客さんを楽しませた。
もうこの辺りは最後まで写真で雰囲気を味わってね!

390_4

395v

400_4

410_3

415

420v

430_3

450_3

460_4

470v_2終了~!

480_3そしてカーテンコール。
大きな拍手に包まれて大成功!
ショウは初日にマチネーとソワレ、翌日にもマチネーが開かれて合計3つの公演が大好評のうちに終了した。

490_4そして、この2日後、D_Driveはロサンゼルスに旅立った。10_2 さて…、今回の公演を実現させた「ENTERART」は由佳梨さんが主宰する神戸市に拠点を置くパフォ―マンス・グループだ。Index由佳梨さんはコンテンポラリー・ダンスを中心にニューヨークを基盤に世界中に活動の場を広げ、
メトロポリタン・オペラハウスやオフ・ブロードウェイの舞台や数々の映像作品、CM等に出演している。。
今回の『チェリー』の前、2014年には振付と出演をこなした『「White Sea」-//from the white room』というミュージック・ビデオがロンドンの「レインダンス・フィルム・フェスティバル」に招聘された。
また、ダンスのインストラクターとしての活動積極的に展開している。
ダンスと音楽とマルチメディアを融合させた今回の公演は由佳梨さんの才能や能力が十二分に活かされた、自身のマスターピースになったのではなかろうか。
今後の活動もとても楽しみだ。
 
逢坂由佳梨の詳しい情報はコチラ⇒Yukari Osaka Official Web Site

112_s41a0751 一方…、コロナのせいで47都道府県が頓挫してしまって気の毒だったD_Drive。
でも今、また色々とイギリスとやってるからね。
D_Driverの皆さん、どうかお楽しみに!
それと、上海だよ、上海!
今年も10月にMusic CHINAが企画されていて、既に皆さんにお知らせしている通り、またD_Driveが呼ばれているじゃない。
しかも、今回は大きなステージが用意されることになってるのね。
オイ、コロナ、何とかしろ!
年明けにはNAMMだって控えてるんだぞ!
こちとらせっかく世界の軌道に乗り出したんだから早く消えて失せろ!

11_0r4a0770それと…今週、13日にライブ配信があります。
コチラもよろしく!
 
D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive OFFICIAL WEB SITE

Hs_2   

200  
(一部敬称略 2020年1月11日 神戸アートビレッジセンターにて撮影)

2020年6月 5日 (金)

チェリーを三つ入れてください。<中編>~私の新開地(下)

 
今度は「大開通」を渡って山側を訪ね歩いてみる。
今この「ROUND1」がある場所にはかつて「聚楽館」という劇場/映画館があった。
コレ「じゅらくかん」ではなく「しゅうらっかん」と当時の人たちは読んだらしい。
1913年にオープンした聚楽館は「西の帝劇」と呼ばれ、東京で人気を博した出し物は、ほとんどココで上演された。390こんな感じ。
立派だね~。
ヤッシャ・ハイフェッツやフリッツ・クライスラーがココで演奏したっていうんだからスゴイ。
さらに、サッチモ、ルイ・アームストロングも聚楽館のステージに立った。
新開地スゲ~!
1978年閉館。

Jrk 聚楽館の脇に飾ってあった昔の地図。
ギョギョギョ!「キネマ倶楽部」だ!
前回紹介した淀川さんの本によると、このキネマ倶楽部にはソコロフスキーというロシアから亡命して来たピアノの名手がいて、映画に合わせてそれはそれは素晴らしい演奏を聴かせてくれたそうだ。
もちろんサイレント映画の時代の話ね。440_2新開地二丁目商店街を山側に進む。

400_2「喜楽館」という寄席。
そこら中で宣伝していたのでよっぽど由緒ある寄席が復活でもしたのかな?と思っていたら、2018年のオープンだそうで…。
一応江戸っ子なもんですから私は上方落語を一切聞かないんだけど、新しい寄席が出来るというのは実にいいことだ。

410v_2落語業界ってロック業界より全然進んでるんだよ。
それはどういうことか…。
東京の寄席は若い人が増えているんだって。
若い人が若い噺家を目当てにして足を向るのだそうだ。
そして、その若い噺家目当てで寄席に足を運んだ若者が、そこに出演していたベテランの芸を聴いて感動して、ますます「落語」というエンターテイメントの魅力に憑りつかれるというシステムが成立しているらしい。
理由はどうあれ、文化の伝承がうまくいっているということだ。
最も落語は300年以上の歴史があって、太くなったり細くなったりはしたものの、連綿とその文化が受け継がれてきているのは立派だよね。
ホントかどうかは知らないけど、ホントだとしたらナント素晴らしいことだろう。
クラシックやジャズもそうなんだけど、コレが「古典芸能」の強いところなんだな。
ところがロックはコレができない。
ロックが生まれてたかだか65年。
オッサン/オバサンが喜ぶのロックと若者のロックの間には今の時点では決して渡ることができない深くて暗い亀裂ができてしまった。
ウワベは賑やかに見えるけど、日本のロックと呼ばれている音楽は、温故知新しない限りどうにもならないところへ来ているのではないだろうか?
若い人が若い人のロックを聴いてロックを演ってもいいモノが出て来るワケがない。
出がらしから香りの強いお茶を出すことはどうしてもできないのだ。
若い人がチャンとした昔のロックを勉強して、若い感性で自分たちだけの音楽を作る日が来ることを楽しみにしている。
最終的には「ロックは若い人が作る音楽」だと思っているから。420_2…と、ナマイキなことを言って「どうもすいません」!

430v_2「B面の神戸」という異名を取る「聚楽横丁」というのがあると聞いて行ってみた。450フーム…私なんかには何の違和感もないB面だな。
こういう景色が実にシックリくる。

460_2道路にはこんな銘板が埋め込まれている。
「新開地新世紀」か…。インパクトは強いな。

470要するにお小さな飲み屋がズラリを軒を連ねる庶民的な歓楽街ということね。

480_2昔はさぞかし賑やかだったんだろうネェ。

490_2市営地下鉄が通っている大通りを渡って「水木通り」というところに来てみた。
通りを渡ると酒屋が目立つ。
酒屋といっても、酒類を売るだけでなく、そこで簡単な肴を出して酒を飲ませる店ね。
昔は東京にもそういう店がたくさんあった。酒屋で酒を飲ませることが珍しくなった。
ウチの近くにも1軒あって、子供だった私にはコワい感じがしたよね。

500vココへ来た目的はコレ…ではないんだけど、この銭湯目立つナァ。

520スゴイよ。
外の入り口で服を脱いじゃう人がいるんだから!
コレは神戸式なのかッ?

530そして自転車置き場に貼ってある選挙ポスターは意外にもほとんど革新系。

540さて、ココへ来た本当の目的は、この銭湯の向かって左の、今は駐車場になっている場所を訪れたかったから。
昭和21年、ラバウルから復員した武良茂という人が、東京で3年を過ごした後、故郷の境港へ帰る途中神戸に立ち寄り、宿泊していたアパートの家主と親交を深める。
そして武良さんはその家主からそのアパートを購入する。
そのアパートのあった場所が、その今の下の写真の駐車場のスペース。
武良さんは境港から家族をアパートに呼び寄せて、お父さんや弟、当時「巣鴨刑務所」に入っていたお兄さんのお嫁さんなどと暮らすことになった。
このアパートの住人の中に紙芝居の画家がいて、武良さんは紙芝居を始めることになる。
そして、武良さんはその後漫画家となり、このアパートがあった町名にちなんでペンネームを「水木しげる」とした。
510私の世代は『墓場の鬼太郎(のちの’ゲゲゲ’)』やら『河童の三平』やら『悪魔くん』やらを夢中になって見たクチだろう。
今は知らないけど、「自作マンガが一本テレビ化されるだけで一生食える」と言われている世界で、自分の作品をコレだけテレビ化させた水木さんってケタ違いの大ヒット漫画作家なんだよね。
そうした怪奇マンガもいいけど、水木さんの「戦記マンガ」ってのもスゴイ。
日本は戦争に負けて310万人もの犠牲者を出したクセに、学校で戦争を教えないイビツな教育システムを採っている国だ。
ゼヒ読んでみて欲しい。
若い人たちには、積極的に本でもマンガでも戦争に関する本を読んでもらって、戦争を経験した方々の塗炭の苦しみを知って、この国が二度と戦争に巻き込まれることのないようにチャンと選挙に行って、政治に参加して、しかるべき慎重な行動を取ってもらいたいです。
いいですか、先進国の子供たちはみんな学校で戦争を教わるんですよ!Sm今度はその足で朝通過してきた道を逆行し、湊川公園駅方面へと向かった。
「株式会社いれ歯やさん」?!
スゲエ名前だな。
気になってインターネットで調べてみたら、文字通り歯科技工の会社だった。
電話すると「ハイ、いれ歯やさんで~す!」って出るんだろうけど結構なインパクトだ。550なぜ湊川公園駅まで戻ってきたのかというと…コレ。

560「ミナエンタウン」というこの雑居ビルが大いに気になったのだ!
「ミナエン」?…「湊川公園」の略か…。

590…というのは、こんなナリをしている割にはテナントさんがライブハウスとか音楽系の飲み屋とかばかりで実に楽しそうな雰囲気なのだ。

570ね?

580中はこんな感じ。600ん~、実にいい雰囲気だ!

610そして辻向かいには「人工衛星饅頭」。
コレも気になるじゃんね~。

620v…ということで早速1個買ってみた。
当然「人工衛星饅頭」を作っているお兄さんに名前の由来を訊くよね~。

630先代の社長が作り始めたのが1957年。
「その年にソ連がスプートニク1号の打ち上げに成功して「人工衛星」が大きな話題になっていたので、それに乗っかっておいた」のだそうだ。
だからその歴史たるや63年!
モノとしては大変シンプルなモノだ。
お兄さんは「『空飛ぶ円盤』みたいということもあったかも知れない」と言ってた。

640中身は宇宙食が入っているとかいうワケではなくて、普通のアンコ。
期待通り、予想通りのスペックとコンテンツ。
650ついでに湊川公園を少々ブラついて…

660近くの商店街に足を運んでみた。

670スゲエ、ここのアーケード、二階建てになってる!

6802階はこんな様子。
700お好み焼き屋さん。
エラク派手だな~。

690お、ドムドム・バーガーがあるぞ。
当時日本ではなかった沖縄にできたA&Wというアメリカ資本のチェーン店を除けば、日本初のハンバーガー・チェーンがドムドム・バーガー。
ダイエー(今は「イオン」か?)はマクドナルドと提携してハンバーガー・チェーン店戦略を打ち立てたが出資比率で問題が起こってしまい合弁を断念。
独自路線でスタートさせたのが「ドムドム・バーガー」だった。
当時のダイエーの基本理念「良い品をどんどん安く」から「どんどん」を採ろうとしたが、すでに商標が登録されていたので(うどん屋さんかな?)、「ドムドム」にしたということです。
以前は東京でも見かけたけど最近は見なくなったナ。
大阪の箕面の駅前にあったよね?
去年行ったらなくなってた。
710徹底的な「バーゲン」攻勢!
でも人通りはチョット寂しかった。
以上で「私の新開地」終わり~!

720さて、「チェリーを三つ入れてください。」。
「Gradation」でワイワイやった後はChiikoちゃんの嵐のようなフィル!100_3闇をつんざくヘヴィなサウンドは「GEKIRIN-逆鱗-」!

110_3ダンサーは一糸乱れぬ群舞で表現する。

115Yuki

120v_3Seiji

130_2Toshi

140v_2「静」と…
150_3「動」が交錯するスリル溢れるパフォーマンスだった。

145_2そしてまた「静」…Seijiさんが奏でるのは「Unkind Rain」。

165v由佳梨がダンサーにヴェールを巻き付ける。

170_4Yukiちゃんが紡ぐメロディに乗って…

175vヴェールを付けたダンサーがステージを180_3Toshiくんのベース・ソロ。

190vそして曲はクライマックスに向かう。

220_2Chiikoちゃんのドラムがドラマチックに曲を彩るのだ。

210_2「Lost Block」でステージの様子は一変する。

230_lbソロ演舞は松尾珠里。

240v_2激しいながらしなやかな珠里さんの身のこなし!

250_2こんな「Lost Block」初めて聴いた!そして感じた!

260_2そして、今度はヴェールを手にしたダンサーたちのの群舞。

270_4回す、回す!

280_4曲はシリアスなモノながら薄暗い闇に舞う白いヴェールが美しかった。

300_3そのままSeijiさんだけがステージに残る。

310_2「魔王」と題した今度はSeijiさんのギター・ソロだ。

320vそこに由佳梨さんが加わる。

330_3「グォォォォォ!」
アームを多用したSeijiさんのプレイはまさに大魔王の咆哮のようだ。

340_3時にバッハの「トッカータとフーガ」のメロディを用いて由佳梨さんに襲いかかる。

350_3素早く全身をくゆらして由佳梨さんが迎え撃つ!

360vチェリーの入ったグラスを手にする由佳里さん。

370_3

400v由佳梨さんが背負っているのはYukiちゃん。
390_2しばしの姉妹共演。
380Yukiちゃんがギターに戻ってChiikoちゃんのスネア・ドラムでリードするのは…
440_3「Thumb's Up(旧名:Livingston's Thumbs Up)」だ!

410『Marshall GALA2』が初演となった曲。

420_3他では聴けないメロディが飛び交う!

430ダンスは群舞から…450_2和田芽莉樺のソロへ。

460_3はじけ飛ぶような身のこなしが何ともカッコいい~!

480vジェットコースターに乗っているかのようにドライブする曲の展開にピッタリの振り付けだ。

470_2そして派手にフィーチュアされたToshiくんのソロ!

490_3
520_2縦横無尽に繰り出されるフレットレス・ベース・サウンド。

500v_2ダンサーの皆さんに負けない暴れようは見応え満点!

510_2逢坂由佳梨の詳しい情報はコチラ⇒Yukari Osaka Official Web Site
 
D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive OFFICIAL WEB SITE

530_2<後編>につづく

  

200  
(一部敬称略 2020年1月11日 神戸アートビレッジセンターにて撮影)

2020年6月 4日 (木)

チェリーを三つ入れてください。<前編>~私の新開地(上)

 
年甲斐もなく新幹線と記念写真を1枚。
新幹線と写真を撮るなんて万博の時以来じゃなかろうか。

10だって久しぶりに来たんだもん、神戸。

20当然、地下鉄も久しぶり。
いつ以来だろう?…前回乗ったのは三宮で『Marshall Roadshow』をやった時かな?
だとすると15年近く経っているか…。
目的地の新開地まで行くのに今回は「湊川公園」というところまで乗ってみた。

30湊川公園駅からソコソコ歩いて新開地に到着。
30年以上前、大阪の箕面に住んでいる時に通勤で阪急電車を使っていたので「新開地」という名前には馴染みがあったが、実際に来たのはコレが初めてのこと。
あの黄色いのはナンだ?孫の手か?40用向きは『チェリーを三つ入れてください。』というロックとダンスとマルチメディアを融合させた舞台の取材。
下のポスターにあるようにD_Driveが音楽を担当したのだ。

50vしかし、驚いたね、新開地。
浅草六区ソックリじゃん!
浅草の方がゼンゼン規模が大きいけど、この寂寥感に確かな共通点を感じる。

45ウワ!「新開地劇場」か…。
浅草でいえば「木馬館」だ!

60木馬館より新しくてキレイだけど。

70…と驚いていたら新開地は「西の浅草」なんて呼ばれていたんだってね。

80こういうお店を見るとあんまりヨソへ来ている感じがしない。

90コレも全く普通の光景だ。
330コレなんか浅草の伝法院通り辺りとナンも変わらん、うれしいね。

100今日の現場。
120何やらイベントをやっていた。

130建物内には今日の公演のポスター。

140本番まで時間があるので、出張時恒例の探検に繰り出した。
スゴイね「新開地ビッグマンストリート」だぜ。
何のことだろう、「ビッグマン」って。

150「ボートピア」…競艇の場外舟券売り場か。
こんなところも似ているな。
浅草はJRA、つまり場外馬券売り場だけど…。
ちなみに今そのJRAのビルが建っているところには、かつて「新世界」というアミューズメント・ビルがあった。
下の階が場外馬券売り場、上の階がゲームセンターやお化け屋敷で子供の頃、そこへ行きたくて仕方なかった。
「新開地」に「新世界」…名前の雰囲気も似てる?

160開催の人は東西南北の感覚に鋭いでしょ?
「亀戸駅ってどこやねん?」と尋ねると、きっと「錦糸町の東や」とか「平井の西でっしゃろ」と方位を使って説明するだろう。
東京の人だったら「錦糸町のひとつ千葉寄り」とか「平井のひとつ新宿寄り」と答えるんじゃないかしら?
あの関西の皆さんの方位の感覚はどうやって育まれたんだろう?
京都とか大阪の中心地が碁盤の目になっているからかしら?
じゃ神戸の人はどうなんだろう?
理由を知りたいナァ。
 
コレもスゴイ。
「山側」、「海側」の表示。
ん?もしかして…と思って調べたら、神戸の人は「山」か「海」で方角を言い表すんですってね~!
知らなかった。
神戸は六甲山系と大阪湾の間にある横長の地形ゆえ、「山」と「海」で表現した方が合理的なのだとか…。
下の表示を見て笑っちゃったんだけど、コレでヨカッタのね?
170こういうチョットした文化の違いを学ぶのはいくつになっても楽しいナァ。
もうひとつ。
会場のすぐ近くにあった喫茶店でのビックリ。

360カレーライス、エビフライカレー、オムライス、チキンライスときて…そば焼き。
なんだ「そば焼き」って?!
もうさすがにコレは我慢できなくてお店のオバさんに訊いた。
そのオバさんによると、焼きそばパンなんかに入っているようなソース焼きそば式のモノを「そば焼き」というのだそうだ。
しからば「焼きそば」はどういうモノかと重ねて尋ねると、中華料理店で出て来るような餡かけタイプのモノを「焼きそば」と呼ぶらしいのだ。
そんなバカな…じゃ「焼きそばパンは『そば焼きパン』じゃないの?せやろがい」と突っ込むと「それもそうやな…知らんけど」とか言うじゃない。
ホンマかいな?
そこで、横でそれを聞いてゲラゲラ笑っている女性のお客さんに意見を求めた。
「イヤ、私、生まれも育ちも神戸やけど、そんなん今初めて聞きましてん」と言うでないの!
「ハハハ、ホンマかいな」と、オバちゃんはナニを言われようともヘッチャラでした。

370商店街のハズレまで来た。
この赤と青のヤツはなんだろね。
「新開地大門」か?

180ナニを表しているんだろう、コレ?
石川県を裏から見たところ?
220v商店街を抜けたところの通りはこんな感じ。
こうして見るとナンの変哲もない道。
ところが、コレはそんじょそこらの通りとはワケが違う。

190この通りは「西国街道(さいごくかいどう)」といって、江戸時代の街道のひとつ。
「山陽道」の別名らしい。
ルートは京都から下関、あるいは大宰府まで。
ん~、ロマンだな~。
その時代の名残はないかと少し見て回ったけど、残念なことにこの辺りにはそれらしきモノがナニにもなかった。

200 チョット旧式のシネマ・コンプレックス?

215vそうなんだってね~。
神戸は日本の映画の発祥の地なんだってね~。
「映画」といっても「キネトスコープ」という箱の中を覗くスタイルの動画再生装置が1896年に日本で初めて神戸に登場したのでそう言われているのだそうだ。
下のポスターは北野の異人館街に貼ってあったモノなんだけど、淀川長治さんが出てるでしょ?
1909年(明治42年)、淀川さんのお母さんは新開地で映画を観ている時に産気づいて、人力車を呼んで家に帰って淀川さんを生んだんだって。
もう生まれる前から映画の人生だったワケ。

210vそこでようやく気が付いたのがこのゲートの形。
チャールズ・チャップリンだったのね!
そしてチャップリンこそが「BIG MAN」だったのか。
私が中学生になるかならない頃、チャップリン・ブームがありましてね。
私はほとんど興味がなかったけど『キッド』だけは観に行ったな。230チャップリンは1932年(昭和7年)の5月14日に神戸港にやって来た。
何とコレ、「五・一五事件」の前日!
遠く離れた帝都東京で発生した軍事クーデターを耳にしたチャップリンは「It's terrible(恐ろしいことだ)」を連発していたそうだ。
チャップリンには高野虎市さんという日本人の運転手がいて、後に秘書として雇われ全幅の信頼を置いていたというから日本にはとても親近感があったんだろうね。
後に高野さんはチャップリンの推挙でユナイテッド・アーティスツの日本支社長になった。
 
それでわかったのが、この「車両通行禁止」のブロック。
コレ、チャップリンのトレードマークのひとつ、ドタ靴だ!260コレもそう。
その後1936年(昭和11年)、チャップリンは『モダン・タイムス』でヒロインを務めたポーレット・ゴダードを伴いハネムーンで再度来日した。
チャップリンと船上で結婚したと言われているが、そうではなかったらしい。

270_2その時、淀川さんはユナイテッド・アーティスツの大阪支社に勤めていて、神戸港に浮かぶ客船の中にいるチャップリンに会いにアポなしで会いに行った。
「アポなし」ということになっているけど、上の高野さんの協力があったのかも知れないね。
「5分だけ」という約束で首尾よく甲板でチャップリンに会うことができた淀川さんは、英語ができないにもかかわらず、自分がチャップリンについて知っていることをモノマネを交えて身振り手振りで伝えた。
すると、その知識に驚いたチャップリンは「ココは寒いから私の部屋にいらっしゃい」と船室に招き、40分も一緒に過ごしたのだそうだ。
そして、「真珠を買いたい」というポーレットの付き添いまでしたそうだ。
うれしかったろうな~。
当時の娯楽の王様は何と言っても映画だからね。
チャップリンの地位たるや、シュワちゃんやブラピやトム・クルーズなんかとはケタも格も違たハズだ。
 
コレもチャップリンの山高帽だね。

280_2その後、チャップリンは大分時間を空けて1961年にも来日を果たしている。
戦前とスッカリ姿を変えてしまった近代的ではあるけれど殺風景となってしまった日本の姿を目にしてチャップリンは落胆し、それ以降来日することはなかったとさ。
アララ…誰がその日本の都市の美しい風景を焼き尽くしてしまったんですかね?
 
コレは横顔かな?

290チョット脱線。
コレは驚いた!
そのチャップリンと一緒に神戸にやって来たポーレット・ゴダード。
この人『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラの役を演ることがほぼ決定していたんだけど、チャップリンと結婚している、していないで身辺がモメでスカーレット役がおジャンになってしまった…っていうんだよね。
なるほど、美しい人だ。Pg そして、スカーレット役を手にし、見事に演じ切ってアカデミー主演女優賞を獲得したのは皆さんもよくご存知のイギリス人女優のヴィヴィアン・リーだ。
当時、アメリカの男性は「オイ、イギリスってのはこんな美人がいる国なのか!」とビックリ仰天したという。
私もヴィヴィアンがスカーレットでヨカッタと思っています、ハイ。
ヴィヴィアン・リーのスゴいところは、その後、『欲望という名の電車』のブランチ・デュボア役で再度オスカー受賞していることだ。
『電車』もとってもヨカッタ。

2vl_2 今回、この記事を書くに当たって淀川さんに関するこんな本を読んでみた。
「岩波ジュニア新書」の1冊なんだけど、恥ずかしながらこのシリーズってわかりやすい上に全然ジュニア向けじゃなくて好き。
淀川さんは「新開地はボクの映画学校だった」とおっしゃっている。
この本には出ていなかったけど、誰かの本で読んだ淀川さんの印象的な話があった。
淀川さんの家は兵庫区西柳原で置屋を営んでいて、お父さんが大変な放蕩者だったらしい。
そのためお母さんが苦労する姿を小さい頃から見ていて、「この家は潰した方がいい」と生涯結婚せず、ホテル暮らしを続け、お母さんが亡くなるまで献身的に面倒を看た。
そして、臨終の際、お母さんが横たわっている布団の四隅に黒いモノが片ヒザを立てて座っているのが見えたという。
よく見ると、その姿はそれこそ映画に出て来る悪魔のような出で立ちで、「お迎えに来ました」と言ったそうだ。
淀川さんは慌てて「そんな、せめてあと半年は待ってください!」と叫んだところ、4体(4柱っていうのかな?)の悪魔は消え失せた。
それからちょうど半年後、お母さんが亡くなったのだそうだ。
淀川さんはあの時たった「半年」と言ってしまったことを大層後悔したという。240もうひとつ、私の淀川さんの本と言えばコレ。
淀川さん、蓮實重彦さん(文芸・映画評論家、元東大の総長)、山田宏一さん(映画評論家、翻訳家)の鼎談集。
「ホントに覚えるのかな?まさか誰も知らないと思ってデタラメをしゃべっているのでは?」と疑いたくなるほどの記憶力で、ふっるい映画をさっき観て来たかのように解説しまくる淀川さんがあまりにもスゴすぎる。
でも淀川さんは生前、「私は映画を観てしゃべっているだけで、映画を作ったことがない。私が死んだらナニひとつ残らない」とおっしゃっていたという。
コレもスゴイ言葉だと思うよね。
淀川さんはテレビを通じて一般大衆の間に「映画」という文化を浸透させたし、「サヨナラ、サヨナラ」という名フレーズも編み出した。
Marshall Blogなんか、私が死んだら本当にすべてなくなっちゃう。(契約を更新しないと1ヶ月で全部跡形もなく消去されちゃうの)
黒澤明も「創るということは素晴らしい」という言葉を残している。
どうなに精巧でもコピーからはナニも生まれないなんだよね。

250港町神戸とだけあって、こうしたチョットした意匠がシャレてるね。
クジラに…

300波。
何せ「日本のファッションはすべて神戸から始まる」と言うからね。
今はどうが知らないよ。

310そうかと思うとコレ!
1泊1,550円!
浅草の中に山谷が入っちゃた格好だ。
チョット失礼して中を覗いてみたけどナカナカの仕上がりでした。

320しかし、ココってロンドンでいえばウエスト・エンドだからね~。
 
うどんは関西に限る。
去年、十三で食べたうどんの味が忘れられん!
お店のオバさんに「東京に店を出して!」と頼んでしまったぐらい。

340「立って呑んでね」…もしかして「立ち飲み」なのに座っちゃう人でもいるのかね?
ココならそういう人もいそうだな。

350到着した時「ナンダこりゃ?」と思ったけど、この黄色いモニュメントもチャップリンのシルエットだったのね?
次回はもう少し足を伸ばして新開地を探検する。380vさて…。
開演時間も近くなったので会場に戻る。
この1階に喫茶コーナーがあって、そこのパン屋に「焼きそばパン」が置いてあった。
お店のオバサンに「コレ、本当は『そば焼きパン』っていうんですよ」と言ったら「そんなん知らんがな!」って。
そのオバサンも「そば焼き」なんて聞いたことがないってよ!

11_venue_2会場がある2階のホールには「D_Driver一同」さんからの祝い花が美しく咲き誇っていた。
いつもありがたいことです。

11_2イベントのプログラム。
右下は公演の開催に協力して頂いた「KOBE TARTAN」のタータン・パターン。

11_0r4a0052開演直前のようす。100_2今日のD_Driveの仕事場。

110_2記念にフル装備で写真を撮らせて頂いた。
 
SeijiさんのJVMフル・スタック。

120vNHK『うたコン』でもおなじみのYukiちゃんのJVMフル・スタック。

130vToshiくんのEDEN。

140vそしてChiikoちゃんのNATAL。

150_2Chiikoちゃんの眺めはこんな感じ。

160_2足元も全部NATAL。

170_3「ロックとダンスとマルチメディア」の融合。
そもそも音楽ってのはダンスのためのモノでもあるワケで、太古の昔からその二つをは切り離すことはできない。
しかし、その音楽がD_Driveの「Driving Rock」とくれば話は一筋縄ではいかないだろう。

180_2Seijiさんから一番最初にこの企画のことを聞いた時、間髪入れずFrank Zappaの「Black Page」のことを思い出した。
1970年後半のザッパのステージは、客席からダンサーを募り、複雑極まりない「Black Page」という曲に合わせて踊ってもらう…というコーナーをハイライトのひとつにしていた。
コレは今『Baby Snakes』というDVDになっているので興味のある人はご覧になるとよろしい。
当然「Black Page」に合わせてダンスなんかは出来るワケないんだけど、ザッパのアイデアがオモシロい。
当時のディスコ・ブームに対する嘲りだったのだろう。
私にはそんな背景があったので、このショウはとても楽しみにしていた。
ちなみにMarshall Recordsの連中にこのショウのことを話すと、とても観たがっていた。

11_0r4a0047オープニングはCD音源による「Screw Driver」。
ステージ情報に据え付けられた紗幕には、阪神・淡路大震災が発生した時間5:46で止まったままの時計や神戸の街の風景を捉えたビデオが投影された。
カクテルを作るシーンは北野にある「Bar Haccho」での撮影だ。
後で紹介するが、本企画の中心人物、逢坂由佳梨が、この舞台の構想を練っている時に一目ぼれして「是非ここで撮影をさせてください!」と申し入れて実現したそうだ。
ポスターやプログラムの表紙も「Bar Haccho」で撮影された。
このパートのビデオの制作は由佳梨さんとギタリストでMarshall TSLの愛用者でもあるYuya Osakaくん。
わかりやすく言うとYukiちゃんのお姉さんと弟さんだ。
190_2そして、ステージにはD_Driveの4人のシルエットが浮かび上がる。
聞き覚えのあるオープニングSE。

210幕が落とされて「The Last Revenge」とともに登場したのは…

220Seiji

230vYuki

240vToshi

250vChiiko

260vワンコーラス終わったところでダンサーの皆さんがD_Driveの演奏に加わる。
290_2

280_3どちらかとかと言うとD_Driveはいつも通りの演奏…当たり前か。

300_2ところが、どうしても目がいつもとは違う所に向かっているので、音楽がまた違って聞こえるのね。
270_3その視線の先はダンスだけでない。
演奏中に紗幕に自動的に生成されるイメージも同様だ。
プロミングを担当したのは「Juandros」。
由佳梨さんがニューヨークで出会って以来、コレまでたくさんコラボしてきているアーティスト。
作曲家・琴の奏者でありながら、絵画やインタラクティブに変化する映像も制作するというマルチな才能の持ち主だ。
今回のD_Driveの衣装の一部に使用した「神戸タータン」の配色を考慮しつつ、「海と緑を感じる神戸の街」をイメージした映像を制作してくれた。

305v演出、振付、ダンス…何から何までを手掛けたこの公演の中心人物、逢坂由佳梨。
Yukiちゃんのお姉さん。

310v感情豊かな振付と舞踏がスゴイ迫力なのだ!

320_2

330_2チョットわかりにくいかも知れないが、左端でカメラを担いでいるのは中継映像を撮影しているナカジマユウ
ナカジマさんも由佳梨がニューヨークで出会った映像作家。
ニューヨークやベルリンでの活動を経て、現在は東京を拠点に国際的に活躍している。
本作では「舞台上や舞台裏で中継映像を撮影する役」として出演。
由佳梨さんが提示する大まかなアイデアに基づいて自由な発想で客席から見ることができない光景をスクリーンに映し出してくれた。

335ナカジマさんの手によって、こうして舞台裏も舞台になった。

340_2そして、進行と音響を担当してくれたのはAkihiro Nishimura。
通称「アッキー」さんはニューヨークを拠点に活動しているサウンド・エンジニア。
Marshall Blog読者の皆さんに一番わかりやすく紹介するとすれば、『Maximum Impact』のミキシングを手掛けた人。
アッキーさん、その節はありがとうございました!

11_miバンドとダンサーがステージを降りると暗転の会場に「Mr. Rat Boots」が鳴り響く。
「バレリーナYuki」ちゃんがソロで登場。
360_2スクリーンの中の由佳梨さんとのデュエットだ。

350_2Yukiちゃんからダンサーの橋本さくらがそのまま「Mr. Rat Boots」を引き継ぐ。

370_2さくらさんは携帯電話のカメラを手にしたダンス・パフォーマンスを披露。

380v_2

390v_1そのままスポットライトはギターを提げたYukiちゃんに…

400Yukiちゃんのソロ・ギター。
JVMの美しいクリーン・トーンを使った静謐なパフォーマンスだった。

410vコレも聴き慣れた潮騒のSE。

420「Gradation」だ。

425曲と…

430v舞踏の見事な融合。
この曲はやりやすかっんじゃないかしら?

440

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470v

480

490逢坂由佳梨の詳しい情報はコチラ⇒Yukari Osaka Official Web Site
 
D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive OFFICIAL WEB SITE

500<中編>につづく

  

200  
(一部敬称略 2020年1月11日 神戸アートビレッジセンターにて撮影)

2020年6月 3日 (水)

Marshall GALA2ビデオ公開!vol.1~THE CORAL CANDIES

お待たせしました!
いよいよ『Marshall GALA2』のパフォーマンス・ビデオを公開しま~す。
当日の登場順に、チビチビと出し惜しみしつつの公開。
 
色々な事情があって、丸々全てをお見せすることはできないことを予めご了承くださいね。
転換時のインタビューもズバっと切らせてもらいました。
 
また書いちゃうけど、イヤ~、もうとにかく編集の作業が大変だったわ。
割愛したパフォーマンスやインタビューのパートも含めると、カット数は全部で4,000を優に超えたのではないかしら?
前にも書いたけど、私も凝り性なもんだから、やり始めるとスッカリ気分は「黒澤明」で1小節進めるのに何回も何回もカットし直したり、差し替えたり…。
SPIN OFF四人囃子#1のところなんか、変拍子を数えるところから始めたよ。
 
そして、やっとできたと思ったら、今度は英語の字幕入れでしょう。
マァ、内容はメンバー紹介と「Thank you very much」ばっかりなんだけど、それでもそれっぽく翻訳するのは結構骨の折れる作業だった。
 
翻訳が終わったら今度はそれを画面に打ち込んでタイミングを調整しなきゃならない。
ビデオに日本語字幕を入れる場合は、「平均的な日本人が1秒間に読めるのは6文字まで」と「字幕は一行に14文字まで」を考慮するべし…と教わったことがあるんだけど、英語の場合はわからんわな~。
せっかく世界に向けてリリースするつもりなので、「なるべくラクに読んでもらいたい」という願いを込めて文字を割りつけた…つもり。
実際は字幕を入れた私でも読むのが間に合わない箇所が数カ所あったけんだど、英語圏の皆さん、ゴメンね。

11_0r4a0292 英訳に関してはかなり意訳しているところもあるけれど、それはカンベンね。
添削はMarshallのマーケティング・チームのフィリッパ・ニースにお願いした。
コレがまた、私に気を遣ってくれたのか、私の英語力が優れているのか(←コレはない)、全編を通じて4つか5つしか訂正箇所を指摘されなかったのです。
実はもっとたくさん指摘されていい勉強になる…と期待していたんだけどね。
また後日出て来るけど、犬神サアカス團は1曲だけ歌詞に英訳をつけてみた。
だって犬神さんのことを知らないでいきなりあの姿を見たら一体どんなことを歌っているのか誰でも気になるでしょ?
で、挑戦してみた。
コレに対するフィリッパの反応がケッサクだった!
 
そんなこんなで、おかげさまで通りいっぺんのビデオの編集作業はできるようになった…かな?
そしてナンダカンダで、この作業を楽しんじゃったかな?
ビデオでコレだもん、脚本を書いて、演技をつけて、自分の意思で撮影をして、音楽をつけて…なんてやって映画を作ったらオモシロイにキマってるよね。
でも、返す返すも思うのは、やっぱり一番大切なのは最初の「台本」や「脚本」だわ。
やっぱりすべての元となる重要な「設計図」だからね。
コレが狂っているとどんなに優れた出演者を擁してもいいモノを作ることは不可能だ。
 
ということで、今日は当日のオープナー、sun-go☆さん率いるTHE CORAL CANDIESのご登場!

3メンバーは、まず五十嵐sun-go☆美貴。
 
GALAのライブ・レポートでも書いたけど、このチームを一番最初に出演させたのはsun-go☆さんのアイデアであり、リクエストだった。
台本を書き直すのに少々知恵を絞ったけど、結果大オーライ!
かなりインパクトのあるスタートになったと思う。

Sungoさてsun-go☆さん、ナント、SHOW-YAがもうすぐ史上初の無観客生配信ライブをするのだ!
GALA2のMCでも触れた通り、2020年はSHOW-YAのデビュー35周年。
現在の礎を築いたデビューから5年の間にリリースした曲のみでセットリストを構成するそうだ。
楽しみだね!
取材したい~!
 
SHOW-YA 配信ライブ『BACK TO SHOW-YA』
6月14日(日) 17:00~19:30
 
詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YAオフィシャル・サイト

11_0r4a0241_2 ボーカルズは大山まき。
もうまきちゃんの活躍はコロナなんか簡単に吹っ飛ばす勢いだ。
彼女は初めて見た時からこうなると思ったわ。
そして、いつかはリジー・ヘイルと歌のバトルをしてもらいたいとまで思ってる。Maki2まきちゃんは『BREAK THROUGH』と題したソロ・コンサートが10月と11月に控えてる。
コレは5月に予定されていた公演の振り替え。
今度は必ず実現しますように…。
ちなみにThe Doorsnの「Break on Trough (to the other Side)」って曲にはジム・モリソンが何度か「シゲ!」って私のことを呼ぶパートがあるんだゼ。
 
大山まきの詳しい情報はコチラ⇒大山まきオフィシャル・ウェブサイトMoキーボーズは池尻喜子。
 
5月23日に予定していた「結婚記念日ライブ」が配信になって残念!
でもドンマイドンマイ、結婚記念日は毎年回って来ます。
来年、楽しみにしています!

Yoshiko喜子さんは矢田景子さんの『Lost Spring~灰色の春~』というリレー小説×音楽のツイッター・プロジェクトに音楽を提供した。
 
池尻喜子の詳しい情報はコチラ⇒池尻家Official Website

Yi_2ベースはAzu。
 
Azuちゃんが参加するLAZY guns BRISKYは今年1月から3か月連続で新曲リリース。
ああ、いつかスタジオでバッタリ会った時はコレを撮っていたのね?

Azuそして、LAZYの「Hello, again!」という曲がBSフジの『ESPRIT JAPON』という番組のエンディング・テーマで流れるのだそうだ。

 
LAZY guns BRISKYの詳しい情報はコチラ⇒official website

HaドラムスはMayo。
 
最高にダイナミックなMayoちゃんがビデオで見れますからね、ご注目!MayoMayoちゃんにはこの半年で大きな変化があった。
一昨日の夜に発表されたばかりのホット・ニュースなんだけど、MayoちゃんJEKYLLl★RONOVEに正式加入しちゃった!
コレはマーブロ的にとてもうれしゅうございましてね。
残念ながらまだお披露目の目途が立っていないんだけど、早く観たい!
MarshallだけでなくNATALも活躍する新しいジキロノ…メッチャ楽しみにしています!
 
JEKYLL★RONOVEの詳しい情報はコチラ⇒JEKYLL★RONOVE

Jr…と、コロナ真っ最中でも元気に音楽活動に勤しむTHE CORAL CANDIESのメンバー紹介が終わったところで、『Marshall GALA2』のビデオをどうぞ~!

今後もMarshall Blogにてビデオ公開をお知らせします。
次回はHELL FREEZES OVER。
スゴイよ…乞うご期待!
 
(一部敬称略 Special thanks: Philippa-san, thank you very much!  I really appreciate your generous support)