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2020年6月10日 (水)

【Marshall Blog Archive】島紀史インタビュー <前編>

先日、Strange,Beautiful and Loudの三宅庸介さんの2011年のインタビューを掲載したところ、とても好評だった。
それに味をしめて、今回は島紀史さんの2008年4月21日初出のインタビューを引っ張り出してきた。
2008年4月というと、前のMarshall Blogが始まってまだひと月も経っていない頃だ。
もうこのインタビューから12年も経ってしまって、ご覧になっていない方も大勢いらっしゃるのではなかろうか?
ま~、とにかくいいことをおっしゃってる!
初めて読む方も、遠い昔に読んだことがあるような気がする方も、どうぞお楽しみあれ!
12年前にGo!
 

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
  
島紀史のステージで連想するものといえばMarshallフルスタック。
島氏のMarshallへの思い入れは人一倍深い。
そして、リッチー・ブラックモアへの敬慕…。
今回はその辺りをじっくり訊いてみました。
情熱のインタビューをお楽しみください!
 
マーシャルとの出会い
Marshall (以下「M」):それではまず、見たり、聞いたり、弾いたり、いつごろ、どこで?…Marshallとの出会いについてお聞かせください。
島紀史氏(以下「S」):イヤ…「見たり」はもう自分のあこがれのギタリストが全員Marshall(島さんは英語圏の人同様、「マーシャル」の「マ」にアクセントをつけて発音する)だったから。
15歳位の時かな…アマチュアバンドでライブハウスに出るようになった時に大きなアンプが必要になったんです。
ヘビィメタルを演るのにコンボっていうわけにはいきませんよね?
もう自然とMarshallでした。
M:そうこなくちゃ!

Is2S:最初はJCM800時代の1959でした。
先輩から譲ってもらいました。
Aキャビといっしょに2段積みで。
分割払いでね…帳面につけられて管理されました…「毎月キチンと払えよ」って!
15~16万円位だったかな?
とにかく憧れのギタリストが全員Marshallでしたから迷いはなかったですね。
M:その前にも色々なアンプを試された?
S:そりゃ、小さいやつは色々と…。
でも大きいのはもういきなりMarshallでした。
他にも持っていたアンプもありましたが、やっぱりハードロック系ですから自然とマーシャルですね。
M:Marshallに誘導したギタリストの一番がリッチー・ブラックモア?
S:リッチー・ブラックモア。
他にもいっぱいいるんですが、リッチーはもう別格です。
M:そうでしょうネェ。
S:で、まぁイングヴェイ、そしてウリ・ロート、それからゲイリー・ムーア。
リッチーを筆頭にこの4人の影響が大きいから当然Marshallに行きつきます。
全員Marshallでしょ?だから、やっぱり自分の好きなギタリストがみんな使っていたからMarshallになりますよね。
M:今の若い人たちは、そういう「憧れの人が使っているから」という理由でなくしてMarshallを選ぶことも少なくないようです。
S:でも僕の場合も中学生のときにスタジオに行ったらMarshallがありましたもんね。
僕の場合はそれで余計Marshall度が高くなりましたけどね。
でも、やっぱり自分が好きな人たちへの尊敬と畏敬の念はずっと持ちつづけていたい。
マーシャル以外のアンプを使っていたこともありましたけど、それも好きなギタリストがそのアンプを使っていたからですもんね。
CONCERTO MOONがデビューして最初の2年位の間かな。
M:どうしてその後またMarshallに戻ったんですか?
S:そのアンプにはMarshallを使うことによって得られる満足感みたいなものがなかったんです。
背中に風圧を感じる爆音であったり、コントロールがシンプルであるがための奥深さであったり、そういう満足感はボクのギタリスト人生ではMarshall以外には得られなかったんです。
 
Marshall歴
M:先輩から譲っていただいたJCM800の1959はどうなったんですか?
S:73年製位のピンスイッチの1959を入手しました。
それは改造されていて、マスターボリュームがついていました。
そして、CONCERTO MOONのファーストの頃まではその1959を使っていました。
97年のそのインディーズのアルバムを発表する位まではその改造された1959を使っていたんです。
その後、さっきのMarshall以外のアンプを買うために手放しました。
結局、2000年にDouble Dealerのプロジェクトを立ち上げる時に、自分の中で「Marshallじゃなきゃダメだな」って思ってトレモロつきのまた73年製位の1959を手に入れたんです。
それと、88年製位の最初の4インプットのリイシューを入手しました。
M:1959Sですね?
S:後でわかったんですが、トレモロの方はどうも50Wだったんです。(註:1987のトレモロつきは1975年まで製造されていた)どうも音が小さいな~って思ってたら50Wだった。これが最初の50W Marshall体験でした。
それからまた100Wを入手しました。アルミパネルの1959です。
プレキシではないので70年代初頭ですよね?
他にも50Wの音のニュアンスが欲しくて2台位入手しました。
100Wも何台か買いました。
だからこうして見てみるとビンテージばっかりでしたね。
M:島さんといえばそういうビンテージのイメージは確かにありますね。
S:憧れた人たちが使っていたアンプのルックスっていうのもありますからね。ビンテージ特有の。
ナンダカンダで6台位買いましたかね。
今使っている2台は案外トラブルと無縁でしてね。
Marshallはホント圧倒的に丈夫。でもさすがにガタが来はじめたかな…?
でもズット使っています。
M:日本国中回って酷使されてますからネェ。
S:でもとにかく「Marshallは丈夫」っていう印象が強いな。
 

<島紀史写真館1>
ノンちゃんにお願いして今回も秘蔵写真をちりばめてお送りすることにした。
まずは…あ、コレは私。
「街の島コレクター」として日頃から「島」に目を光らせているのだ。
これは三ノ輪の接骨院。
近くに「のんちゃん」という古い喫茶店があるのだが、それは以前紹介したので今回は割愛する。

11_2ssところでコロナな「街の島集め」にも悪影響を及ぼしていて、実はこの春、長野の乗鞍方面の温泉に行く計画をしていた。
「温泉旅行」とは名ばかりで、「島×2」という「島コレクター」にとってはうれしいことこの上ない上高地の入り口にあるこの駅の写真を取りに行くのを楽しみにしていたのだが断念!

11_sssここからが本番。
 
1993年「大阪ヤンタ鹿鳴館」のノンちゃん。
「ヤンタ」ってもしかして「ヤングタウン」の略かなんか?
ココは現在の「西九条ブランニュー」さんだそうで。
その昔、Galneryusを観に一度だけお邪魔したことがあったっけ。
背後のMarshallはCONCERTO MOONのファースト・アルバムのレコーディングに使っていた1959。
この後インタビューに出て来るが、キャビネットはAは会場で拝借したモノ。
Bキャビはノンちゃんの持ち物だ。
今回この写真を送ってもらうに当たり、本人は大層驚いたそう。
…というのは、Bキャビにキャスターが付いているでしょ?
今は絶対にキャスターをハズしてキャビネットを設置している。
外せないキャスターはストラト。
写真は72年生のストラトキャスター。
今思い返すと、あり得ない程ネックが太かったそうだが、上京する時に手放してしまったそうだ。
バンドは「Dior」。
ん~、ノンちゃんもそういうのやっていたのか…。1993_1126コレは1993年の「大阪難波ロケッツ」。
73年製のボディに74年生のネックを組み込んだストラトキャスターだそうだ。
コレもDior時代。1993_osaka_1ギターは異なるが、同じ頃の写真。
チョットわかりにくいかもしれないけど、後には愛用の1959!

1993_osaka_21994年、「Crystal Clear」というバンドの頃。
歯磨き粉みたいですな。
場所は江坂の「ブーミンホール」。
そうえば、いつか江坂でCONCERTO MOONを観たこともあったっけナァ。
ココでも1959が大活躍!
白ボディ、白いピックガード、メイプル指板…コレはウリ仕様だったのかな?

ここのところ、ジャズ・ギターとかフィンガーピッキングスタイルのギターの練習をするのはまだ何とかオモシロイんだけど、「ギターが欲しい」とかいう欲望が全く消え失せてしまってね~。
facebookなどで同輩の皆さんが「この子」だの「娘」だのと愛器の自慢をされて、色々とイジり回して楽しんでいらっしゃるのを見るとホントにうらやましくてね…。
そんな私でも高校生の頃は朝から晩までギターのことを考えていた。
そして2年生の時にウリが大好きだった私は、ひと夏のアルバイト代を握りしめて、まだ創業3年目のイケベ楽器さんの池袋のお店へ赴き、白ボディ、白アッセンブリー、メイプル指板のTokaiのストラトキャスターをオーダーしたのだ。
お店の人は「全部白のストラトはカッコ悪いよ」と言われたけど、「ウルリッヒ・ジョン・ロートが好きなので…」とやり取りしたのを覚えている。
このノンちゃんのギターを見て急に思い出してしまった。
ヘタクソで何も知らなかったけど、あの頃はギターが楽しかったナァ。
イケベさんはその後、水道橋に出店されてね、通学路で友達がアルバイトをしていたのでチョクチョク通った。
じゃ、ギターじゃなくて今ナニをやりたいか?…というと蕎麦打ちやりたいな。
事務所で蕎麦を打って遊びに来た若いミュージシャン連中に食べさせてやるのさ…多分やらないけど。1994_0728 

あこがれのMarshallサウンド
M:それでは、島さんが「こういう音を出したい!」というあこがれのサウンドというと?理想の音み

Fw_2たいなものはあります?
S:もちろんありますよ!
2期Deep Purpleのリッチー・ブラックモアの音!
リッチーはMarshall以外のアンプもあの辺りで使っていたようですが、『Made in Japan(ライブ・インジャパン)』の音を参照すればあの音はもう200WのMajorですよね。
Rainbow期もそうですが、リッチーの音は成し得ていないんです。
イングヴェイだったらAlcatraz時代の音なんかは理想ですね。
後はウリ・ロートのElectric Sunのアルバムの音。
Scorpionsの時はルドルフ(シェンカー)と合わさってひとつの音という感じでしたが、『Earthquake』や『Fire Wind』のように、ストラトキャスターと古いMarshallの組み合わせによる

Es_3あの音も理想の音ですね。
M:ウリ・ロートの場合、ギターは良くても彼の歌については好き嫌いが分かれる傾向がありますよね?
S:もうウリなら何でも許せます。「あばたもえくぼ」か「恋は盲目」(爆笑)?
M:それではもし、プロ・ギタリストには失礼な質問かもしれませんが、島さんのお好みを音を出してくれる神様がいたとして、自由にその音を出せることになったら、ギタリストとしてCONCERTO MOONはもちろん、その他の場面でもその音で弾いちゃう

Fw_1んですか?
S:やりたいけど…もうそれらをミックスした音というものが自分の中で出来上がっているから、例えばリッチー・ブラックモアのあの『Made in Japan』のトーンのニュアンスでイングヴェイ・マルムスティーンくらい歪んでいて…ブラックモアよりイングヴェイの方が歪んでいるからね…ウリ・ロート的な「音の張り」みたいなもの、更にゲイリー・ムーアがストラトをMarshallに突っ込んだときの荒々しさ等をすべて合わせて自分が演る「ヘヴィ・メタルに向く音」と言う風に考えるから、そのままの音では自分の音楽に向かないと思う。
M:やっぱり…。
(筆者注:Deep Purpleの『Made in Japan』のジャケットに写っているイアン・ギランのコンガはNATAL製です。
実はノンちゃんはインタビューの時、このアルバムを『ライブ・イン・ジャパン』と呼んでいましたが、今となってはコッチの事情がありますので『made in Japan』と呼び換えさせて頂きました)

Nc

<島紀史写真館2>
いよいよCONCERTO MOON。
1997年、「バズーカスタジオ東中野」にて…って、バズーカって東中野にもあったの?

11_1997_bazooka_rec

悪魔に魂を売ってでも出したい音!
S:でもね、でも、あの『Made in Japan』のあのリッチーの音が得られるなら…(間)…お 金がいくらかかろうが、悪魔に魂を売れと命じられようが、何としてでも手に入れたいですね。
M:それはそれでCONCERTO MOON用の音とは別に取っておくワケ?
S:(笑顔で)ウン!
M:そんなに好き?!
S:(笑顔で)ウン!あの音と引き換えにおまえの命をいただこうと言われても、一瞬でもあの音が出せれば命捨てます…ぐらいには思いますよね。
M:ヘェ~。家に帰ってCDもう一回聴き直しますわ!

Is4S:ガハハハハ!
あの『Made in Japan』は後から音質をいじったりしていますので、「完全版」なんかの生のリッチーの音を聞くともっと凄いですよ。
M:ま、「島紀史=リッチー」なのはよ~くわかりますが、それから離れるとどうなりますか?
例えばジェフ・ベックだとか…。いい音だな~って思うのは?
S:ヘンドリックス!
M:アルバムで言うと?
S:『Axis:Bold as Love』。あと、「Little Miss Lover」って曲あるでしょ?あの音大好き。
ジェフ・ベックはBBA時代と『Rough and Ready』のころ。

AblM:他には?
S:一連のLed Zeppelinの音も好きだし、最近ではザック・ワイルドの音がすごく好き。
M:ザックの音はホントに美しい。
S:うん、ボクのファンの方々はあんまりザックのイメージがボクにはないみたいだけど、大好きです。ガッツのある音でしょ?
最近のギタリストの中では格段に上ですね。ザックはちっとも最近じゃないかッ?!(笑)
M:そんなに好き?
S:実はね。にわかには信じてもらえないくらい好きなんです、ザック。

Rarザック好きさに苦手なオジーものにも手を出します。意外ってよく言われます。
男らしいものが好きなんですね。
割合ナヨってなっていて好きなのはウリ・ロートくらい。
M:住む世界が違う感じですもんね?
実際に会って話すとなんかこうユラ~としたオーラを感じます。
S:絶対に霞食ってますよ!
 

島紀史のセッティング
M:島さんの1959人生の中で得たレギュラーのセッティングみたいなものはありますか?
S:プレゼンスが6、ベースは0、ミドルが3、トレブルが8、ボリューム1がフル近く。
リンクはしない。
M:ベースはゼロ?
S:会場がデッドだったりすると確実にゼロ。
低域が逃げるような会場は…上げても2ぐらい。
M:エフェクターは?
S:ワウとオーバードライブくらい。
M:オーバードライブは入れっぱなし?
S:そう。レベルは10にするけど、オーバードライブはほとんど切ってますね。1.5くらい。
M:ようするにアタッチメント(笑)で歪ませてるワケではない?(註:最近「アタッチメント」という言葉をほとんど聞かなくなっているため笑っています)
S:そう、アタッチメント(笑)じゃない。
M:でもそれだとスッカスカな音になりそうですけどね?
S:ま、1959を大音量で鳴らすと箱鳴りのローが出ますからね。
あのスピーカーが悲鳴を上げるガッツのあるローは最高ですからね。

<島紀史写真館3>
2001年、Double Dealerの頃のMarshall。
上段は1988年製の1959のリイシュー。
真ん中は当時メインに使用していた1973年生の1959。ハンドワイアード期だね。
一番下は1987のトレモロつき、T1987。
キングレコード関口台にて。

11_2001_dd_2ndrec_1上の写真の真ん中と下のクローズアップ。

2001_dd2ndrec_2<後編>につづく
 

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