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2017年2月

2017年2月28日 (火)

Rock Beats Cancer vol.5 <DAY2>~ LAZY

本編に突入した「Rock Beats Cancer vol.5」。
会場はすでに熱気ムンムンだ。

Img_0032 客電が落ち、舞台にLAZYを迎える。

104人がまずステージに上がって演奏したのは名作の誉高い『宇宙船地球号』から「遥かなるマザーランド」。

20高崎晃
380
井上俊次

40山本直哉

50v岩田ガンタ康彦

60v高崎さんの奏でる壮大なメロディが会場に響き渡る。いい曲だな~。

S41a0055 そしてシンガーが登場!

90影山ヒロノブ。
これで役者がそろった!
130v

さっそく飛び出しのは「感じてナイト」。

Img_0119 ヘヴィでかっこいい!
LAZYメッチャ久しぶり!恐らく前回拝見したのは2010年のことだったと思う。

140v「こんなに忙しい時にたくさん集まってくれてありがとう!このイベントに戻って来れてうれしいです!松崎しげるです!」と影山さんのごあいさつがあって、久しぶりに演奏するという「ULTRA HIGH」。

110

「♪ウルトラ~」の叫び声が炸裂するヘヴィ・チューン。
350

高崎さんも「♪ウルトラ~」。
S41a0105
そしてソロが炸裂!!

150もちろん、そのギター・サウンドは世界がうらやむ高崎トーン。長い間世界中のギター・ファンを虜にしてきた高崎さんの「声」だ。
80
続けて再度『宇宙船地球号』から「Earth Ark」。
シャープなリフに乗って展開するドライビング・チューン。

160_ea

「Kill the King」にも通じる正統派ブリティッシュ・ハード・ロック。いいナァ~、やっぱりこういうのは!

170v中間部のキメから高崎さんのソロへ。
ハードでメロディアス、ダラダラと余計なことは言わないのが高崎さんのソロだ。

180v「スージー(高崎さんのこと)が演ろうって言ってくれたので初期のシングルを2曲お送りします。なつかしい曲を楽しめよ~!」…とチョイスされたのは1978年の「地獄の天使」。

190v_jt1978年と言えば私は高校生だった。
下の高崎さんのギター・コレクションの本の中のインタビューでも語らせてもらったが、この当時、通学する時間が異なれど私は高崎さんと同じ高校にいた。
井上さんも同じ。
そんな話を開演前に井上さんとさせて頂いて楽しかったな~。井上さんは当時「ポッキー」さんだった。

80v_2 「地獄の天使」なんてまずタイトルがイカしてる。
「♪汗の光った柔肌も 赤く塗ったくちびるも 堕落の味がする」…スゲエ歌詞だ!今時こんなのないよ。
続いては1979年の「愛には愛を」。

210_aa
どちらもすこぶる歌謡曲。どこをどう聴いても昭和歌謡。

220昭和の曲だからして当たり前なんだけど、約40年前にバンドでコレを演っていたんだからLAZYってスゴイ。
印象としてはもっと「アイドル、アイドル」していたのかと思っていた。

230最近のバンド形態のつかみどころのない音楽よりゼンゼン芯が通っていてカッコいい。
今の若い人たちはこういうメロディを知らないんだろうな~。
70v
「歌謡曲」ってのは、当時熾烈な音楽実験の場であったことを思い知らされるような気がする。
あんな時代はもう二度と戻って来ることはないだろうね。

240vさらに続けて1998年の『Happy Time』から「My Rest Pose」。
サビのメロディが素晴らしいな~。コレはいい曲だ。

250v_mrp高崎さんの泣きのギターも感動的だ。

260本編の最後は樋口さんと2006年に46歳で早逝したベースの田中宏幸さんとの共演で締めくくった。

270_ls曲は『宇宙線地球号』から「Lonely Star」。
歌はファニー、田中さんだ。

310

高崎さんはLAZY時代の白いVに持ち替えた。

300

アコースティックを提げ熱唱するミッシェル!

280v

時折スクリーンに目をやり鍵盤を叩くポッキー。

320

緩急のフレーズを織り交ぜて感情豊かなソロを展開したスージー。

290

次回の結集はいつだろう?

Img_0027 その時もまた今回のように最高のパフォーマンスを見せてくれることだろう。

200v

S41a0215

370<Rock Beats Cancer Fesについて>
2008年11月30日に肝臓がんで亡くなった樋口宗孝さんの偉業を後世に伝えるためにLAZYのメンバーである井上俊次、影山ヒロノブ、高崎晃各氏の理解と支援により設立されたのが「樋口宗孝がん研究基金(MHF)」。
そして、樋口さんが晩年に力を注いだ後身育成の意思を引き継ぎ、将来のある子供たち、そして、それらの年代でガンを体験した若者たちを音楽で勇気づけるために「樋口宗孝がん研究基金」が開催するチャリティー・コンサートが「Rock Beats Cancer FES」だ。

Rock Beats Cancerの詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト

400つづく…明日はGRANRODEO!

Img_0078 (一部敬称略 2016年12月29日 EX TEATER ROPPONGIにて撮影)

2017年2月27日 (月)

Rock Beats Cancer vol.5 <DAY1>~オープニング

まだ昨年のライブ・レポートをやっとりますが、あと2本でほぼ終了。
しかし、その2本が濃い!
双方LOUDNESSがらみだ。
そのウチのひとつが『Rock Beats Cancer Fes』のレポート。
もう今週はコレに尽くす。
今日からドドッと5回にわたって掲載するのでお楽しみに!

10さて、フェスの会場は六本木のEXシアター。

202008年11月30日に肝臓がんで亡くなった樋口宗孝さんの偉業を後世に伝えるためにLAZYのメンバーである井上俊次、影山ヒロノブ、高崎晃各氏の理解と支援により設立されたのが「樋口宗孝がん研究基金(MHF)」だ。

30
晩年、樋口さんが力を注いだ後身育成の意思を引き継ぎ、将来のある子供たち、そして、それらの年代でガンを体験した若者たちを音楽で勇気づけるために「樋口宗孝がん研究基金」が開催するチャリティー・コンサートが「Rock Beats Cancer FES」だ。
2013年2月以来4回催され、今回が5回目の開催となった。

60v
会場の入り口ロビーには寄付コーナーが設置され…

40会場後は趣旨に賛同したお客さんの列が絶えることがなかった。
75
オリジナル・グッズも人気の的だ。

70寄付を終えたお客さんたちが会場に入り…

80開演時間を迎えた。

90本編に先立ちステージに上がったのはSEKIRARA。

100大波ユリカ

110vミーア・クボコ

120vドラムは梅灸院マドカ。
ベースはサポート参加。

160

ユリカちゃんはJCM2000 DSL100を従えて爆発的にエネルギッシュなパフォーマンスを展開!

140そしてクボコちゃんもステージ狭しと大暴れ!

150…と、ココまで書いて思い出した!
何かこのバンド知ってるな…と引っかかっていたんだけど、SEKIRARAは2015年の夏の『NAONのYAON』のオープニング・アクトでトリを務めたバンドだったのだ。
したがってMarshall Blogの登場はコレで2回目。

Img_0016 昨年初頭にはファースト・フル・アルバム『盲目なキスに儚い傷を』を発表。
そしてこの2月22日には3曲入りのファースト・シングル「SIGNAL」をリリースしたところ。

170樋口さんの意思を次いだ後進がパワフルにオープニング・アクトの重責を果たした!

180SEKIRARAの詳しい情報はコチラ⇒SEKIRARA OFFICIAl SITE

190そして、本編。
司会がステージ登場する。

200司会は樋口宗孝がん研究基金事務局長の柳澤昭浩さんと高橋和奈さん。
「Rock Beats Cancer」の趣旨と歴史が説明され、寄付への厚い御礼の言葉が述べられた。
 
Rock Beats Cancerの詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト

210いよいよ「Rock Beats Cancer vol.5」のスタートだ!

220トップバッターはLAZY!
続きはまた明日!

230つづく

(一部敬称略 2016年12月29日 EX TEATER ROPPONGIにて撮影)

2017年2月24日 (金)

Joe Satriani ~ Surfing to Shockwave Japan Tour 2017 <追補版>

単独公演としては15年ぶりの来日となったJoe Satriani。
イヤ~、素晴らしいショウだった!
私はJoeを観たのは今回が2回目。
前回はウェンブリーで開催されたMarshallの50周年記念コンサートの時だった。
前日のリハーサルの時、別室で彼が弾くところをすぐ目の前で拝見したが、「ギターのうまい人だな~」と思った。アレは大きな役得だった。
私も職業柄、数えきれないほどのスゴ腕のギタリストの演奏を目の前で見て来たが、とにかく「うまい!」と感じた。
それも、特に速く弾くわけでもなければ、トリッキーなプレイをするワケではまったくない。
何か呼吸みたいなものが独特なんだよね。日本人にはこういう感じの人はいない。
それと何せ出てくる音が素晴らしくてトリハダが立ってしまった。
そんな経験をしていたものだから今回の来日公演もとても楽しみにした。
今回のメンバーは…
Joe Satriani

10vギターとキーボーズにMike Keneally。
Mikeは2008年に単独で来日し、原宿アストロホールでホッピーさんや鬼怒さんと共演した時以来。
その翌日に新宿のディスクユニオンで弾き語りのミニ・ライブを開催した。Frank Zappaの「The Idiot Bustard Son」とビートルズ「And Your Bird can Sing」を取り上げていたっけ。
ご存知の通り、MikeはZappaバンドの最後のサイド・ギタリスト/ボーカルズを務めた人だ。
当時、Mikeが使っているアコギの仕事をしていた関係でフランクフルトの展示会で一緒になるのがすごくうれしくて、「Carolina Hard Core Ecstasy」のイントロの弾き方がを教わったりした。
すごく楽しかった。
20v
さて、MikeもMarshall。
Joeのシグネチャー・モデルJVM410HJSと1960Bを使用した。
キーボーズのソロ・コーナーもあったりして、比較的キーボーズの仕事の比重が大きかったが、ギターに関しては、時折訪れるソロやJoeとの掛け合いで素晴らしいテクニックと音楽性を見せてくれた。
この人、「天才」って言葉がよく似合う。

1_s41a0010 ベースはMikeの盟友、Bryan Beller。
Bryanもフランクフルトで何回も観たな。
Mikeと組んでアコースティックでZappaの曲を演奏していた。
超絶も超絶、やっぱり「Inca Roads」はすごい人気だった。
今回はステージ上手で派手なアクションをキメつつ、着実なプレイでバンド・アンサンブルを強固なモノにした。

30vドラムスはMarco Minneman。
今日は何だか「Frankfurt MESSE思い出の会」みたいになっちゃったけど、この人も10年以上前にフランクフルトで初めて観た。
それは某シンバル・メーカーが主催する、Thomas Lang、Johnny Rabbとのドラム・トリオのコンサートだった。
マァ、ドラムのゲップがいいように出たけど、「またエライ人が出て来たな~」と感心したものだった。
Eddie Jobsonの来日公演もこの人だったかな?
この人もZappa好きなんだよね。
今回もタップリとドラム・ソロですさまじいテクニックを見せてくれた。

40v Joeはもちろん自分のシグネチャー・モデル、JVM410HJSを使用。
指定キャビネットはすべて1960Bだ。
ステージにはハーフ・スタックが3台セットされたが、使用したヘッドは真ん中のみ。両端の2台はスペアだ。
キャビネットは向かって右と中央のモノを鳴らした。

1_s41a0004 セッティングは大変シンプルだ。
基本的にはJVMの2つのセンド&リターンのうち「Programmable Serial FX Loop」から外部のマルチ・エフェクターにつないでいる。
それとJVMのEmmulated line Outから信号を取り出して恐らくPAへ送っているのだろう。
西欧ではギターもベースのように、スピーカーをマイキングした音とアンプからのライン・アウト信号を混合して音作りをすることが多いらしく、JVMはその需要に応えるべくEmmulated Line Outを搭載した…なんてことをJVMの発売時にクリニックでずいぶん実演つきで説明したけど、日本人はゼンゼンこれを使わないね。
でも、こんな大ギタリストがこの機能を使っていることによって、JVMのEmmulated Line Outの優位性が証明されてヨカッタ、ヨカッタ。
後で変更になったかもしれないが、サウンド・チェックの時のコントロールは全チャンネルGAINが10。
MASTERは1、2とも6ぐらい。
このモデルはCLEANとCRUNCHのトーン・ヴォイシングが普通のJVMと異なっていて、OD1とOD2は若干歪みが抑え気味になっている。
OD系のセッティングはEQはすべて4ぐらい、VOLUMEは5。
繰り返すが、コレはサウンド・チェックの時のセッティングなので本番では大きく変わっているかもしれない。
ギター・テクの人が弾いた時はモッサモサな音だったんだけど、Joeが弾いたらアラ不思議!
鋭くも太く美しいサウンドが洪水のように飛び出してきた!

50コレがJVM410HJS。
見た目としての通常品との違いはフロント・パネルの上部がカバリング仕様になっていることと通常ホワイトのパイピングがゴールドになっていること、さらにストラップに1959等に使われているビンテージ・タイプのものが採用されている…ことかな?
機能的には上で触れたように、トーン・ヴォイシングが通常品とは異なる他、4つのREVERBがNOISE GATEに置き換わっている。
JoeはそれぞれTHRESHOLDを4にセットしていた。

60ショウはアンコールも含めて2時間。
チト、私は詳しくないのでよくはわからないが、セットリストはオールタイムベストといったところか…。
それにしてもスゴイね、あの完璧さは…。
自己の持ち得る能力を超えたところへ行って勝負するミュージシャンもいるが、たいていプロは持っている力を全部出さず、余裕を考慮して演奏するものだ。
人それぞれだけど、どうだろう、7割ぐらいの力で演っているのかね?
でも、Joeを見ていると7割どころか3~4割ぐらいで演っている印象を受けるナァ。
何というか、お茶を飲みながら楽しくおしゃべりをしている感じ?
それは、きっとJoeが「ギターを弾いている」ということよりも、「ギターで作った自分の音楽を奏でている」ということが伝わるからではなかろうか?
もちろんやっていることや出ている音は筆舌しがたいほどにスゴイんだけどね。
そして、この音の良さは何人も否定することができはしないだろう。
やっぱり真空管のアンプだよ…Joeは言葉では言わないかも知れないけど、彼のギターがそう言ってるじゃん!
ところで、Joeって還暦なの!?
若い!

70v(敬称略 2017年2月8日 中野サンプラザホールにて撮影)

2017年2月23日 (木)

【イギリス-ロック名所めぐり】 vol.26~ハイド・パークのカドッコで

今日はヘンな内容と強引な展開。
「強引な展開」はいつものことか…じゃ、こじつけかな?
しかも前半は自分の営業を目的とした自慢話。
上の三行を読んでイヤな予感がする人はここで切り上げたほうがいい。
でも、ネタがないのでそうしたワケではないよ。
いつでも豊富なネタと写真で心を込めて書いているのがMarshall Blogなのだ。
で、その写真。
ご存知の通り、Marshall Blogで使っている写真はほぼ100%私が撮ったモノなんだけど、実はオソマツながら私が撮った写真はすでに世界デビューを果たしているのです。
それは、Chris Duate Groupのライブ・アルバムのジャケットに私の写真が採用されたことで達成された。
ある日突然、Shrapnel RecordsのMike Varneyからメールが届き、「今度のChris Duarteのライブ・アルバムのジャケットにあなたの写真を使わせて欲しい」という。
ま~、ビックリしたわ。
もちろん即OK。
「英語はわかりますね?」という確認があって、契約書が送られて来、サインしてスキャンしたものをメールで送り返して契約終了。
ギャラの支払いも実にスムーズだった。
コレは、Chrisのバンドのベーシスト、EDENプレイヤーのオガンちゃんこと小笠原義弘さんのご紹介のおかげ。
本当にうれしかった。オガンちゃん、どうもありがとう。
このライブ盤、1枚は封を開けずにウチの家宝として大切に保管してある。

10cdところで話題は変わって六本木…みんな知ってるHard Rock Cafe。

20

Hard Rock Cafeは、アーティストとのコラボレーションで時折オリジナルTシャツを制作していて、ある時、新作のTシャツの発表会が六本木のお店で開催された。
その時のコラボレーションの相手はJimi Hendrixだった。

50v発表会はファッション・ショーから始まり、フレア・バーテンダーのショウ等、盛りだくさんの内容で…

60vヘッドライナーは中野重夫の演奏だった。
この時、私はすでに前職を辞してはいたが、シゲさんからお誘いを頂戴し、今のMarshall Blogの前身であるShige Blogの取材をさせて頂くことにした。
もうチョット言うとシゲさんに会いに行ったっていう感じかな?
この時はバンド・スタイルではなく、バッキング・トラックを使ったものではあったが、いつものシゲさんらしく、激演に次ぐ激演で大喝采が浴びせられた。
私も必死でシャッターを切った!

70vそして、その時の写真がHard Rock Cafeのスタッフの方の目に留まったのだ。

80vありがたいことに、それ以降、Hard Rock Cafeで何度も写真のお仕事をさせて頂いた。
シゲさんがライブやってからしばらくして、ちょうどお店が改装され、店舗の内外の写真や料理の写真を撮らせて頂き、それらがパンフレットに採用されたり、地下鉄の六本木駅の広告に使用されたりした。

1_img_0293

こういう風に自分の写真が何かの形になるのは何度して頂いてもうれしいもんでしてね。
その他、新装開店のセレモニー、メモラビリアの展示会、各種ライブ・パーティ、新しいメニュー、Hard Rock Cafeが主催している「Rising」というバンド・コンテストの撮影や審査員、Linkin ParkのTシャツ・コラボ等々、もうずいぶん色んなことをさせて頂いた。
そういえば、お店で結婚披露宴を撮影したこともあった。
コレがまた本当の偶然で、新郎が私の大学のクラブの後輩だったには驚いたよ。

1_img_0297六本木のお店だけでなく、「上野駅店」もちょうど改装の時期に重なり、その撮影もお任せ頂いた。

110v店舗内外の撮影はもちろんのこと…

120vHard Rock Cafeの主役のひとつ、メモラビリアの撮影のご依頼も頂戴したのだが、このお店は下の写真のように高い位置に飾ってあるものが多い。

150

そこでこんな脚立によじ登ってシャッターを切った。
子供の頃はこんなの何でもなかったんだけど、今やるとコワイコワイ!
よくあるでしょ?しばらくファインダーを覗いて、パッとカメラを離すといきなり視界が広がって目がピントを合わせるのに難儀するせいか、軽いめまいがするんだよね。
コワイコワイ!掴まるところが何もないからね。
お店の方々もとてもフレンドリーでどの撮影も最高に楽しかった。

140vそれでですね、そうして苦労して撮った写真が一体何に使われているんだろう…と常々思っていた。
誰しもそう思うでしょう。
上に挙げたパンフレットや駅の広告、それに下のようなお店の公式ウェブサイトにご使用頂いていたことはもちろんわかっていた。
コレは六本木のHard Rock Cafe Tokyo (ハードロックカフェ東京店)

170コチラはHard Rock Cafe Uyeno-Eki Tokyo (ハードロックカフェ上野駅店)
アルファベット表記の「上野」に「y」が入っているところがうれしい。
コレらは日本人向けの公式ウェブサイト。
私の写真が登場するのはコレだけかと思っていたら…

180ナント、昔からHard Rock Cafeの世界の公式ウェブサイトにご採用頂いていたのだ!
イヤ、ホントにこのことを知らなくて、実は今月知った次第。
世界の「Hard Rock Cafeの公式ウェブサイト」ということは、私の写真がずっと以前から世界の人の目に触れていたというワケ。
するってーと、冒頭のChris Duarte Groupより前に世界デビューを果たしていたことになる…ということが言いたかっただけです、ハイ。
  
コレが六本木のお店のサイト。
世界的にはHard Rock Cafe Tokyo Roppongiという名前になっている。
「Home」のバナーで次々に現れる店舗内外の撮影を担当させて頂いた。

160

コチラはHard Rock Cafe Tokyo Uyno Eki
  
やっぱり私はライブ撮影が一番好きだし、得意だと思っているけど、こういうこともやっとります…ということをお知らせしたかった。
自慢話というよりは、要するに営業、あるいは広告。
  
さて、私事だけでMarshall Blogの記事をひとつ編むワケには当然いかない。
ココでお見せしましょう、Marshall Blogのトリプル・アクセル+トリプル・ルッツ!…ってほどのモンでもないか。

190ハイ、いきなりロンドン!
ここはハイド・パークの入り口のひとつ。

200ハイド・パークについてはいつかこの「名所めぐり」で触れたいとおもっているんだけど、何しろ写真がほとんどなくて書くに書けない。
もちろん何度も通りかかってはいるのだが、奥深く入って写真を撮って来る気力がない。
何しろ広くて、ロンドン中をほっつき歩いているクタクタの身体にはとても手ごわい相手なのだ。
だからこのあたりの写真はホンの入り口。
代々木公園で言ったらNHKホールのあたりか?

210しかし、こんなだよ。
こんなモノが700万人を擁する大都市の真ん中にあるんだぜ。
代々木公園みたいに端っこにあるのとはワケが違う。
ロケーションとしてはバッキンガム宮殿のすぐ裏手なので、東京でいえば飯田橋から四谷一帯がこうなっている感じか?
我々、東京に住む人間にはとても考えられん。
イギリスはロンドンから電車で20分も離れれば、牛や羊がノンビリ草をはむ放牧地だ。
ロンドンの街中にも大小の数えきれない数の公園が散在している。
コレも以前に何回か書いたことだが、約20年前、初めて日本にやって来たJohn Lingwoodという元Manfredman's Earth Bandのドラマーが「シゲ、東京って公園がいくつあるんだい?」と真剣な面持ちで尋ねて来た。
その時は、どうしてそんなことを訊くのか意味がサッパリわからなかったが、私がロンドンに初めて行った時、その質問の意味が一発でわかった。
そこら中公園だらけだったのだ。
イギリス人は、日本人に比べれば、はるかに緑の濃い中で暮らしているのだ。
私なんか生まれた時から東京ばっかりなので何とも思わないが、Johnが見た最初の東京は何て殺風景なところだろうと思ったに違いない。

220さて、そのハイド・パークとバッキンガム宮殿のちょうど間に「ハイドパーク・コーナー」という地下鉄ピカデリー線の駅がある。
駅から地上に上がってピカデリー・ストリートをピカデリー・サーカスに向かってチョット行った日本大使館の手前ににコレがある…Hard Rock Cafe。
コレで今日の記事の前半と見事に連結する。

230世界中に百を軽く超える拠点を擁するHard Rock Cafeだからして何が珍しくて今頃ココで取り上げるんだ?…とお思いになる方もいらっしゃるかもしれない。
取り上げる理由はココが第一号店だから。
1971年、Isaac TigrettとPeter Mortonというアメリカの若者が創業した。
第二号店はカナダのトロント。
第三号店はロサンゼルス。
そして、第四号店は、ジャジャ~ン、六本木なのだ!
2006年にLAの店がクローズしたので、Hard Rock Cafe Tokyoは現存するお店の中で第三番目の古参ということになる。
そして、Hard Rock Cafe名物の壁のメモラビリア…この展示は1979年にこの第一号店からスタートしたのだそうだ。
やっぱりね~、いいのがイッパイあるんだよ、一号店は。量もスゴイ。地下のトイレの廊下の壁にまで色々なアイテムが展示されている。
ロック・ファンがロンドンを訪れた際には一度は訪れておくことをおススメする。

240vで、ですね、見逃せないのはコレ。
レストランに併設されている売店。いつもスゴイ人気だ。
でも、見逃せないのはそうしたグッズではなく、「Vault(ヴォールト:「地下貯蔵室」という意味)」と呼ばれているメモラビリアの博物館。
レストランとは別に貴重なアイテムが多数展示されている。
Jimi Hendrixが使っていたというFlying V、Keith Moonが着用していたジャケット等々…今もOKかどうかは知らないが、私が昔訪れた時にはそれらが触り放題だった。
メッチャいかついメタル装束のお兄さんがアイテムの紹介をしてくれる。
彼、確かFallen Angelとかいうバンドをやっているとか言ってたな。一度メールでコンタクトしたけど返事がなかった。
入場料は無料。チェックされるワケではないが、エチケットとしてレストランで食事をしてから行くべきだろう。
ただ、ものすごく狭いので、10分間隔ぐらいでお客さんの入れ替えを行っている。
混んでいると結構待つことになるかもしれない。

250vHard Rock Cafeの裏手へ少し入ったところにあるアパートがこの「Death Flat(死のフラット)」。
ご存知の通り、イギリスではアパートのことをApartmentではなくてFlatという。(以降「アパート」を「フラット」と表記する)
コレがね~、まったく豪華なマンションでもflatって言うんだよね。
「マンション」はアメリカでは「プール付きの豪邸」を指すことを皆さんもご存知だろう。
そういえばイギリス人って「マンション」って言葉を使わないような気がするな。
イギリスにもあるよ。アホほど広い庭とスカーレット・オハラが出てきそうなドデカイお屋敷が。
でもそれらはたいていは「マナー・ハウス」とか「カントリー・ハウス」とかいう貴族の持ち物であって、アメリカのようにひと山当てた成金が住んでいるワケではない。
ま、Jimの家もかなりデカかったけどね。
ちなみにManorとMansionは同じ語源を持ち、「滞在する」という意味なのだそうだ。
  
さて、Death Flatに話を戻す。
1974年7月29日、Mamas & Papasのシンガー、Cass Elliotがこのフラットで亡くなった。
世間一般ではハム・サンドをノドに詰まらせて窒息死したと言われている。
少しベテランのロック・ファンならだれもが知っているロック史に残る悲劇のひとつだ。
コレは、最初に検死を行った医者が、Cassのベッドの傍らにサンドイッチとコカ・コーラが置いてあったことよりそういう話になった。
ところが、その医者はそれらのサンドイッチやコーラが開封されていなかったことを見落としてしまった。
Cassは寝ている間に心臓マヒを起こしてしまったのだそうだ。
あれだけ太っていればそんな噂も立ちやすいだろうし、心臓発作が起きてもおかしくないだろう。
この時彼女はロンドン・パラディアムに二週間の公演で渡英していた。
公演が大成功して、「Mama Cass」ではなくソロ・シンガーとして、成功の第一歩を踏み出せたことを報告するために、千秋楽の夜、かつてのバンド・メイトに電話をした。
電話口でその成功に感激したCassはうれし泣きをしていたそうだ。
その後、彼女は息を引き取った。
33歳だった。

260vそれから4年後の1978年9月7日、The WhoのKeith Moonもこのフラットで命を落とした。
この日、朝七時半に目を覚ましたKeithはガールフレンドにステーキを焼くように頼んだ。(朝からステーキは喰えんな~)
Keithがもうひと皿何かを作るように言うと、彼女がKeithに向かって文句を言った。
するとKeithは「やりたくないなら消え失せやがれ!」と悪態をついた。
コレがKeithの生前最後の言葉となった。
テレビを見ながらステーキをたいらげると、ヘミネヴリン(クロメチアゾール)という精神抑制剤を摂取してまた眠りについた。
アルコールを過剰に摂取して、その量を減らしたり止めたりすると、「アルコール離脱症候群(Alcohol Withdrawal Syndrome)」という不安感、震え、発汗、嘔吐などえお伴う症状が発生することがある。
要するにアル中の禁断症状ですな。
Keithの主治医はどうしてもアルコールが欲しくなった時にと、一日3錠まで…という注意を厳重に与えてヘミネヴリンを処方していた。
6錠飲めば命にかかわるという薬らしい。
その後、眠りについたKeithが意識を取り戻すことは永久になかった。
Keithはその錠剤を32個も摂取したのだ。
そして、Keithが亡くなったベッドは奇しくもCass Elliotが息を引き取ったのと同じベッドだった。
享年32歳。
ブリティッシュ・ロックを代表するバンド、The Whoのドラマーの最後だった。
死体は彼女が発見し、一週間後に荼毘にふされた。
  
「いつも朝6時に起きるんだ。まずソーセージと卵を食べる。
それにドンペリニョンを一本空けて、ブランデーをボトルの半分ほど飲む。
それから鎮静剤を二、三粒服用するんだ。
するとだいたい10時ぐらいになって、それから5時まで昼寝をする。
起きたらBlack Beauties(Black BirdsまたはBlack Bombersと呼ばれるアンフェタミンとデキストロアンフェタミンのコンビネーション。要するに覚せい剤)をキメこむ。
それとブランデーとシャンペンを少々飲んで街に出かけるんだ。
それからはブギだ!朝の4時まで暴れるのさ」
これがKeith Moonの日常だったらしい。
何だか知らないけど、そりゃ薬飲みすぎなくても早死にするわ!

270v このフラットのかつてのオーナーはHarry Nilssonだった。
Nilssonはビートルズと仲がよく、サヴィル・ロウのアップル本社にほど近いロケーションが気に入って手に入れたそうだ…というのは表向きの理由で、実際には近くにプレイボーイ・クラブとトランプスというナイトクラブがあったかららしい。
このトランプス(Tramp:アメリカの大統領とは無関係)というのはピーター・セラーズ(『博士の異常な愛情』や『ピンク・パンサー』のオジさんね)、ライザ・ミネリ、リンゴ・スターらが結婚披露宴を開催したドハデなクラブ。
シャーリー・マクレーンが一晩中テーブルで寝て過ごしたとか、Keith Moonが裸でダンスを踊ったとかの逸話が残っている。
Nilssonの親友だったRingo Starrとデザイナーが経営する会社が最上階の設計を担当した。
彼はロンドンを離れることが多く、その間、そのスペースを親しいミュージシャンによろこんで貸したらしい。
そして、Nilssonは二人の友人を自分のフラットで失ったことを何かの「呪い」と思い込み、Keithの死後、すぐにPete Townshendにフラットを売却し、自分はLAへ一時的に帰ったそうだ。
よっぽどショックだったのだろう。
それもそのはず、このフラットではドラッグ混じりの乱痴気騒ぎが夜な夜な行われ、楽しい思い出がたくさん詰まっていたようなのだ。

280v

つづく

(一部敬称略)

2017年2月22日 (水)

Thunder Snake ATSUGI 14th Anniversary SPECIAL LIVE!!~D_Driveの章

コレは前にも書いたことがあるのを覚えているんだけど、もう一回。
まだMarshall Blogを始めるずっと前、ココに中野のシゲさんのShigeo Rolloverが出演したことがあって、遊びに来がてら、頼まれてギター・テクを務めたことがあった。
その日に限って弦が切れたり、チューニングが大幅に狂ったりと大忙しだった。
昔はステージ上手にそでがあって、そこで待機をしていたんだけど、そこには出口がなくて一回入ったらステージを横切って出て行くしかない。
で、この日は思いのほか進行が押して、小田急線の急行の最終時間が近づいてきてしまった。
厚木はウチから滅法遠いでね~。
鈍行に乗ることになったらエライことになる。
しかし、ステージの熱演はどうにも終わりそうにない。
それで意を決して「Manic Depression」だか「Foxy Lady」が終わったところでステージ中央のシゲさんに近寄り、耳元で「シゲさん、ゴメン、オレ帰るわ!」と謝ってステージを横切らせてもらった。
シゲさんもあんな人だからステージの上で「おお、そうか!気をつけてな!ありがとう!」なんて平気で言っちゃって…。
あの後は何事も起こらなかったようなのでヨカッタ、ヨカッタ。
このライブハウスが14周年ということだからそれほど昔の話ではないのだけれど、今よりノンビリしてた感じがするナァ。
イベント3番目の登場はD_Drive!

10Seiji

20vYuki

1_img_0256Shimataro

40vChiiko

50v1曲目は「The Last Revenge」。

60目下の最新作の2曲入りシングルに収録されたSeijiさんの作品。
あのサビのメロディがすごく印象的なヤツね。

70cdコレね、いつもサビのことを書いているけど、ギターの二人が奏でるコーラスのメロディがまたいいんよ。

80そして今日も~!Marshall!!

90SeijiさんはいつものDSL100ECと1960AX。

100vYukiちゃんもMarshall。

110YukiちゃんはTSL100と1960Aのコンビ。

120v曲の中間部ではShimaちゃんのベースもフィーチュア!
ShimaちゃんはEDENヘッドを使用。

130v現在は製造していないひとつ前のフラッグ・シップ、WT-800。

140今のフラッグ・シップ・モデルはコレね。
World Tour Pro Series、WTP900。
『用心棒』で言えば「丑寅の親分」だ。

150_3そして、幅を利かせている子分がコイツ。
Terra Nova SeriesのTN501。
メッチャ評判いいの。売れてます。
こちらも『用心棒』で例えれるなら…って、例えたいんだけど、仲代達也扮する「卯之助」だ。
可愛い顔はしてるが危ねぇヤツ。

160今日も一発目から最善列のD_Driverの皆さんが思い切り盛り上がっちゃってる!

170続いてもハードにいくぞ~!
喰らえ「M16」!ギャ~!

180_mこの曲のテーマのメロディってすごくD_Driveっぽいと思うんだけどいかがだろう?
チョット和風で他にない旋律だ。
初めて聴いたのはもうずいぶん前なのでいつの事かは覚えていないが、その時そう思った。
そして、気が付いたら口ずさんでた。
270v

この曲のシンボルは何といっても、ギタリスト二人による中間の「♪ティラリラリ~ン」の掛け合いだよね。

200v続けてキラー・チューン、「Cassis Orange」。
何か今日はグイグイ来てるな~。
勝手知ったるハコのこと、演奏しやすいせいもきっとあるのだろう。

210_coShimaちゃんのベースのキメから…

220必殺のハモリ。
何となくアレだね。「ツイン・リード」なんてありきたりの言葉じゃなくて、こういうのは「ギター・ソリ」なんて呼びたくなっちゃうよね。
「ソロ」じゃなくて「ソリ」。サンタが乗ってるヤツじゃないよ。
ジャズのオーケストラでサックスならサックス、トランペットならトランペット、同じ楽器だけでアンサンブルを演奏することを「ソリ」っていうのね。イタリアの言葉。
全員で同じことをするのは「トゥッティ」。これもイタリア語で「全部」という意味。
ソリのアクロバチックかつスリリングなアンサンブルはビッグバンド・ジャズの強力な魅力のひとつなワケ。
穐吉敏子のオーケストラはメチャクチャ複雑なサックス・ソリが有名だった。
実際すさまじい演奏がいくつも残っている。
だから、一時アメリカの音楽界ではFrank ZappaかToshiko Akiyoshiに使われていたミュージシャンはどこへ行ってもノン・オーディションで採用になったという話を聞いたことがある。
ちなみにトロンボーンのBruce Fowlerという人は両方のバンドに在籍した経験を持っている。
ビッグ・バンドの管楽器というのは、もちろん役割がそれぞれ決まっていて「リード・ナニナニ」というのはメロディを吹くもっとも重要なパート。
で、二番はソロが多い。そして、三番はリードの裏メロを吹くアレンジが普通。
ただでさえ複雑なリードのメロディの裏メロだから、すさまじくキテレツなフレーズが多い。普通の人間ではとても覚えきれない、イヤ、覚えられてもうたえないような素っ頓狂なメロディを吹き続けるのだから大変だ。文字を読むように自由自在に譜面が読めなければ全く歯が立たない。
だから、よ~く耳を凝らして敏子さんの曲の三番アルトのメロディを聴いていると結構笑える。
おっと話が反れましたな。
そんなパフォーマンスを思い起こさせる超絶アンサンブル・パートがあるのがこの「Cassis Orange」。
要するにとても二本のギターで演っているとは思えない重厚なアンサンブルなのだ。
ま、二人は何でもなく演ってるけどね。

私流に文章にするとこういうことになる。

230続いてはYukiちゃんコーナー。
ウソウソ、実際にそういうコーナーはない。
でも、YukiちゃんのMCから彼女の作品が立て続けに演奏されたのだ。

240_ncまずは冒頭で紹介したシングルから「Shape of Your Life」。

250vメジャーのスロー・ナンバー。
こういう曲調は今までなかったんじゃない?
スローと言ってもハードだけどね。
D_Driveのソング・ライティング・チーム、すなわちSeijiさんやYukiちゃんに尋ねてみたんだけど、やっぱり曲に色々な仕掛けを考えるのが大変なんだって。
本当にそうだと思う。
いいメロディは後から出てくるかもしれないが、仕掛けやトリックは一回使ってしまうと転用が利かない。
「あのパターンのヤツや!」ってなっちゃうからね。
そこがシンドイって言ってた。----そうなの~?
鮭って白身魚だって知ってた?----そうなの~?
海水って太平洋より大西洋の方がしょっぱいって知ってた?----そうなの~?
Marshall Blogって盆暮れ土日を除いて毎日更新してるって知ってた?----うん、毎日更新するのは本当に大変だってマーブロのオジイちゃんが言ってた!
…このCMがテレビで放映されていない地域にお住いの方、スミマセン。
一応コチラをリンクしておきます。

260続いてはセカンド・アルバム、『Accelerator』から「Unkind Rain」。

30v

ホントに頭にくる雨ってあるんだよな~。
何だって、よりによってこんな時に降るんだよ~ってヤツ。たいてい海に行く日。
そんな曲。
ジト~っと重苦しいバラードもいいもんだ。
なんとなく「No Quarter」みたいな感じだ。
そうそう、みんなあの「晴れ男」とか「雨女」とか言うの好きだよね~。私はアレ、言ったことないな。「枯れ男」だから。
「雪女」ってのはいないのかね?
1965年の小林正樹の『怪談』で雪女を演じたのは私の親戚なんだけど、それよりあの映画、音楽が武満徹なんだよね。
また観たいな~。

190

ところで、スゴイ話がある。
Yukiちゃんが以前からやっていたブログ、「Lady Blue Rose and Me」。
コレがですね、厳しい審査を経て、晴れてアメブロの「芸能人有名人ブログ」に認定されたのだ!
ちょっとやそっとじゃ達成できない偉業なのだそうですよ。
アクセス件数はもちろん、普段の素行から、箸と茶碗の持ち方、靴を脱いだ時にちゃんと揃えているか、普段「ツーマン」という言葉を使ってやしないか(Seijiさんはココが弱点だ。まだつい言ってしまう時がある)…等々の審査を潜り抜けてようやく認められるという権威あるものなのだ。
おめでとうYukiちゃん!
そして!
そのバナーに使われているのがこの日のライブで私が撮った「おさしん」なの。
どうもありがとう!
お願いだからどしどしマーブロにリンクして!
  

Yukiちゃんのブログはコチラ⇒Lady Blue Rose and Me
  
コレがそのバナー。

1_aby_2

続けて「Lost Block」。
ワルツのキメが轟わたる人気曲。
290
Chiikoちゃんの暴れようがスゴイ!
今日は4バンド中2バンドが女性ドラマーだね。
すごいな~、女性。

280_lbもう一度MCが入って、後はもう最終セクション。
おなじみの曲が並んだ。
まずはYukiちゃん作の「Among the Distraction」。

300v_2
ノリやすいヘヴィなエイト・ビートでまず盛り上げておいて…

290_adスリルに満点の「Russian Roulette」。
この辺りは『R』からのチョイスね。

310v_rr_2何でもありのスペクタキュラー。
興奮が最高潮に達する!

320そして最後はピョンピョン跳ねて「Screw Driver」!

340_sd全9曲。今日もアクセルベタ踏みの4人なのであった!

350v

1_img_0178

380v

390vD_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive Official Web Site

400おしまい

(一部敬称略 2016年12月10日 Thunder Snake ATSUGIにて撮影)




2017年2月21日 (火)

【号外】 ラリー・コリエルのこと

Larry Coryellが逝った。
コレはちょっとショックだナァ。
果たして彼がMarshallを使っていた、あるいは使ったことがあるかどうかサッパリわからないし、かつてSuper400を愛用していたことを知っている以外、どんな機材を使っているのか気にしたこともなかった。
よって、Marshall BlogにLarryの話題を挙げるのはふさわしくないかもしれないが、ジャズ・ロックの全盛期を彩った偉大なギター・イノベーターに公私混同的に一文寄せることをお許し願いたい。
  

ところで、この人何ですか?…「フュージョンのゴッドファーザー」って呼ばれていたんですか?
そんなことゼンゼン知らなかった。
この通り、私は熱心なファンではないのだが、昔は「ラリー・コーイエル」と表記されていたのは覚えている。
特にファンでなくても、ジャズやフュージョンの道を通ると、彼が参加した作品を数多く保有してしまうのは自然のことではなかろうか?
コレは恐らく私だけに起こっている現象ではないだろう。
今、この記事を書くに当たって、LPとCDの棚をサラっとチェックしてもコレだけ出て来た。

1_img_34272 『Standing Ovation』やクラシックものは遠い昔に処分してしまったし、この他にもラリーが参加した作品がゴチョゴチョあるのだが、棚から出すのが面倒だったのでパスさせてもらった。
どんなアルバムかというと…
例えばGary Burtonとの『Dustar』や『Lofty Fake Anagram』、『A Genuine Tomg Funeral(葬送)』…

Gb Steve Marcusとの『Count's Rock Band』『Tomorrow Never Knows』、『The Lord's Prayer』…

Sm
Charles Mingusとの『Three or Four Shades of Blues』や『Me Myself an Eye』…

34 それと、私はPhilip Catherineが大好きだったので、最初の写真にあるように、共演盤を買い込んで来ては聴き入っていた。
こうして書いてみると、イヤ~、ものすごいキャリアだよね。
一応、ジャス史的にはジャズ・ロックの中心人物みたいな扱い、言い換えるとジャズにロックのエキスを注ぎ込んだ人として知られているけど、果たして本当のストレート・アヘッドなジャズができるんかいな?とジャズを聴き出したころ訝しんでいた。
だってなんかフルアコを使って強引にロックを演っている人…というイメージが強かったんだもん。
そこに現れたのが故Emily Remlerとのデュエット盤『Together(1985年)』だった。
この中でLarryはClifford Brownの「Joy Spring」を取り上げ、Emilyとバリバリのジャズを聴かせてくれた。
ウォーキング・ベースのバッキングがすごくカッコよくて「なんだよ、ジャズできるんじゃん!」と驚きつつ感動したことがあった。

Tg 一方、自信のアルバムは私の感覚では粗製乱造というイメージが強くて昔は避けて通っていた感があったな。
その中で名盤の誉高い『Spaces』はアタマひとつ抜けていた。
その2曲目に収録されているのがベルギーのジャズ・ギタリスト、Rene Thomas(ルネ・トーマ)の『Rene's Theme』。John McLaughlinとのギター・デュオだ。
緻密なMcLaughlinと大胆なCoryell、昔はMcLaughlinの方が好きだったが、色んな作品を聴いているウチにLarryの奔放なプレイの方に惹かれるようになった。
四角い部屋を丸く掃いて掃除するような感覚でなんか、乱暴なんだよね。
でも、その丸く掃いた部分の密度がものすごく濃いのだ。
それと髪の毛の量がスゴイ。
うらやましい。
  
考えてみると、一回もステージでチャンと弾くLarry を見たことがなかったな。
一度、NAMMショウで某ギター・メーカーのデモンストレーションをしているのを見たことがあった。
「Oleo」をサラっと弾いた後、「ハイハイ、CDはコッチで売っています。買ってチョーダイ!」みたいな感じでチョット幻滅してしまったのを覚えている。
  
しかしね~、もうこの世にいないとは…74歳だったそうだ。
最後にややヘソ曲がり的に、好きなLarryの演奏を3枚ほどピックアップしたいと思う。
   
まず、コレ。
コレは誰も挙げないでしょう。
Sonny Rollinsの1979年の『Don't Ask』。
大学の頃、上野にあった「イトウ」というジャズ喫茶で初めて聴いた。
たまたまB面をリクエストした人がいて、最後の「And Then My Love I Found You」という曲にヤラれた。
あの時A面がかかっていたらこのアルバムを買うことはなかったと思う。
Rollinsはギター好きと言われていて、全編にわたってかなりLarryのプレイがフィーチュアされている。
今でも時々引っ張り出しては聴いている。

Srフランスのジャズ・ヴァイオリニスト、Stephane Grappelli名義の『Young Django』。
コレはホントに好きだった~。
「Young Django」とは、Charles Mingusがこのアルバムに参加しているPhilip Catherineに向かって言った言葉。
Django Reinhardtの代表曲がベテラン+若手(当時)でフレッシュによみがえるといったところか?
やはりここでもLarryのプレイはダイナミック。
センシティヴなCatherineのギターとの対比がおもしろい。

Sg 最後にLarryのリーダー・アルバムを…。
やっぱコレか…『Spaces』。
今また聴いてるけど…いいナァ。

Lc さようならLarry Coryell…素晴らしい音楽をありがとう。

Thunder Snake ATSUGI 14th Anniversary SPECIAL LIVE!!~TSPの章

厚木Thunder Snakeの14周年を記念するイベント、2番目にステージに上がったのはTSP。
Marshall Blogへが久しぶりの登場だ!

10_2STEVIE

20vShu

30vTHUNDER

40vHINA

50v



オープニングは2012年、TSP初の音源、ミニ・アルバム『MAD CLUSTER』からタイトルチューン。

60直前のBLIND BIRDとはまったく異なるコンテンポラリーなサウンドで会場の雰囲気がガラリと変わる。

S41a0288 「クラスター」というと、ま~ず、頭の中に浮かぶのは「トーン・クラスター」。「音塊」ってヤツ。楽理的には「房状和音」という。
「cluster」は「房」という意味だからね。
ピアノを鍵盤をグバーン!っと腕でいっぺんに押さえて出てくるような文字通り音の塊り。
山下洋輔やセシル・テイラーみたいなフリー・ジャズの人たちがよくやってるヤツ。
でも、コレはジャズの概念や技法ではなくて、元はクラシック。
アメリカのヘンリー・カウエルという人が考え出した概念で、ジョン・ケージやルー・ハリソン(←この人、メッチャかっこいい!)、さらにガーシュインはこの人のお弟子さんだったそうだ。
クラシック音楽は名前こそ「クラシック」だけど、やってきたことは常に「コンテンポラリー」で、今の巷間の音楽はほとんどクラシックが遠い昔に既にやってしまっていることなんだよね。
…ということは今日のレポートに何ら関係ない。
で、なんで「トーン・クラスター」の話を持ち出したかと言うと、そうして音に固めて出すことによってものすごいパワーを生み出そうとしたんだね。
このTSPのサウンドが「トーン・クラスター」だって言いたかったワケ。
90
そのサウンドの要は何と言ってもShuちゃんがクリエイトするそのギター・サウンド。

70vShuちゃんの長年の相棒。
Marshall JMP-1とパワー・アンプEL34 100/100。それにMODE FOURシリーズのキャビネット、MF400A。
もうこのセットになって何年経つんだろう?Shuちゃんが試奏しに来た時のことは覚えているんだけど…。

80v昨年の10月に正式加入したシンガー、STEVIE。
このステージは正式加入からまだ2か月しか経っていない時分であったが、もう完全にバンドとバンド・サウンドに溶け込み、パフォーマンスをバッチリ切り盛りしていた。

100v立て続けに「NO STANDING STILL」。

120vMCをはさんで「Killing Bites」。

130密度の高い、ゴリンゴリンのサウンドでバンドをうねらすリズム隊。

140vケンカ腰のHINAちゃんのドラミングはいつ聴いても迫力のクラスターだ!

150vファースト・ミニアルバムから「Damon's Ride」。

160v要所要所で効果的にはさまれるギター・ソロがまたTSPらしさのアッピールでもある。
ん~、いい音だ。
Marshallのラック・シリーズは1989年のSERIES 9000でスタートしたが、当時はものすごい反響で。世界的にアホほど売れたらしい。
その後、90年代に入りJMP-1やEL34の前身9000番台を発表するとこれまた大ヒット。
こうして今でも愛用するギタリストが多い。
今ではラックの「ラ」の字も騒がなくなっっちゃったもんね~。
でも、Marshallのラック・シリーズってのは名門なんだよね。
ラック・システムは80年代のLAあたりのスタジオ・ミュージシャン(←コレ、ほぼ死語?)が使い出したことに端を発し、一大ブームが来て、そして後を濁さず去って行った。
今はそんな機材にブームを起こすようなミュージシャンってのがいなくなったよね。
「誰が使ったから売れた」みたいな傾向を年々見かけなくなっているような気がする。
それだけ音楽の力がなくなっているんだナァと思うよ。
ごく僅かな例外を除くと、楽器には自分でブームを起こすほどの力はない。ただの工業製品だからね。
音楽についていくだけなんだもん。
いい音楽が出てこないといい楽器は出てこない。
ギター・アンプに関して言えば、今がいい例だと私は思っている。

170そんな愛機をバックにステージ上で暴れまくるTSPのみなさん。

180さらに続けて「附和雷同」。
2015年の『TSP II』は、おごそかにお琴の演奏から始まり、この「附和雷同」につづく。
正しくは「付和雷同」ですからね。

190v最後のMCをはさんで最終セクション。
同じく『TSP II』から「the times」。

230
「回れ、回れ~!」
客席はもう熱気の海!

210ドラムスだけでなく、所々でシブいノドを聴かせてくれるHINAちゃん。
主役級の大活躍はいつも通り!

250v
HINAちゃんと完璧なコンビネーションでバンドをうならせたTHUNDER。
名前も今日のイベントにベスト・マッチだ!

240
ステージ狭しと暴れ回り、TSPのパフォーマンスをみせつけたSTEVIE。

220そして総帥、Shu。
がんばれ後輩!

200v

最後に「矛盾」を演奏して持ち時間を終了した。

TSPの詳しい情報はコチラ⇒TSP OFFICIAL WEB SITE

260つづく

(一部敬称略 2016年12月10日 Thunder Snake ATSUGIにて撮影)

 

2017年2月20日 (月)

Thunder Snake ATSUGI 14th Anniversary SPECIAL LIVE!!~BLIND BIRDの章

厚木のライブハウス、Thunder Snakeが14周年を迎え、記念ライブが企画された。
今日のレポートはそのうちのひとコマ。4つのバンドが登場した。
フフフ、「ツーマン」ダメ、「スリーマン」ダメ…とくれば、バンドが4つ出た日にゃさすがに「フォーマン」とか言うと思った?
もしくは「ダブル・ヘッドライナー」、「トリプル・ヘッドライナー」と来たらその次はどうなるんじゃいと思った?
じゃ、今日はまたコレで脱線してみるか…。
single、double、tripleまでは誰でも知ってる。元はラテン語。正確な意味は「~倍」だ。
しからば「4倍」はどうなるか…「quadruple(クワッドループル)」という(「ル」にアクセント)。略して「quad」と言ったりする。
もう15年ぐらいは経ってるかな~。
以前、JCM2000の後継機種をどうすっべか?という会議があって、Marshall先進国の関係者がイギリスの本社に集まって会議を開き、アイデアを募ったことがあった。
私はいつもの調子でゴチャゴチャと色んなアイデアを出したんだけど、その中に「4チャンネルのモデルはどうスか?」というのがあった。
JCM2000シリーズはDual、Tripleとやったので、こうなりゃ次は「4しかない!」と思って「Quad Super Lead」というアイデアを出したのだ。
すると会議の時に、司会のMarshallの担当者が「誰だっけな~、誰か4チャンネルとか言ってたヤツがいたな~。Quadだってよ!誰が言っていたんだっけな~?」と、あたかもバカ者扱いしやがんの。
私は下を向いていましたが…。
それから数年経って…、見ろ!JVMを!
4チャンネルじゃねーか!
ま、今となっては懐かしい話ですな。
新商品のアイデア出しの会議で、話がアクセサリーなんかに及ぶとおもしろいんだよ。
みんなそれぞれ自分のお国事情に合わせて勝手なことばっかり言っちゃうワケ。
「お前、ソレ!ゼッタイ自分が欲しいだけだろ!」みたいなアイデアがジャンジャン出てくる。
昔は朝から夕方までビッチリ話し合ったもんでしてね、私なんか英語を聴きとるのに必死で、クタクタになっちゃったもんです。
話を少し戻すと、上のdual。意味としては「二重」ということになるんだけど、じゃ「三重」は何ていう?
trial?…チガウ、チガウ!それ「トライアル」で意味が変わっちゃう!
答えは「triple」でOK。
不思議なことに「2」の時だけdualという別の言い方があるんだって。
ハイ、それで話をもっと戻して「4」。
ダブル・ヘッドライナー、トリプル・ヘッドライナーと来たんだから「クワッドループル・ヘッドライナー」と言いましょう!…ということは言わない。さすがに長い。」
「4バンド」でいいでしょう。英語なら「Four bands」だ。
ナゼなら、この「クワッドループル」という言葉は、英語圏でも滅多に使われることがないらしいからだ。
…ということで4バンドが結集したイベントのうち、3バンドのステージを3日間にわたって紹介する。
トップバッターはおなじみBLIND BIRD。

10桐嶋直志

20v小松優也

30v河野充生

40v山口PON昌人

S41a0215

オープニングは人気の「hi-lite」。
私が名盤と評するサード・アルバム『仮想粒子』の最後を飾るキラー・チューン。

50
ストレートなヘヴィ・テイストから中間のテクニカルなインスト・パートに移る構成が実にスリリングだ。
ん~、この声!この声がBLIND BIRDの声。

60vそしてその声を支える楽器陣。
やっぱりギター・サウンドはMarshallでないとダメね。直志さんの声に負けちゃう。

70v優也くんはJCM800 2203。
キャビネットは1960Aを横にしてBキャビに見立てて使っている。
80v猛然と突き進むマニッシュなギター・ソロ!
シュレッディングだけがギター・ソロの魅力ではない!と訴えかけているかのようだ。
優也くんのギター・ソロはロック・ギターのプリミティブなカッコよさを思い起こさせてくれる。

90「ドラマチック」に「ダイナミック」をドップリ注ぎ込むのがPONさんのドラム。
PONさんはNATALだ…と言いたいところだが、今日はイベントなので借り物キットを使用。
140
普段はこんな感じ。
再び活動を始めた古巣のFEEl SO BADでもNATALで大暴れしてくれている。
150
そして相変わらずインテレクチュアルな河野さんのベース。
コレでBLIND BIRDが飛翔する。

130

この曲のMVがあるので紹介しておこう。
発表から少々時間が経ってはいるが、BLIND BIRDの魅力を知るにはもってこいのフッテージだ。
もちろんMarshallやNATALが大活躍!

2曲目は目下のところの最新アルバム『Spicy Sweet』から「Keep the Tension」。
先日のお台場の野外ステージでも演奏していた曲だ。
適度にポップなメロディがキレッキレのシャッフルに乗ってスッ飛んで行く!

100

河野さんのスタッカートで刻む3連はお見事!
今時こんなベース弾く人いない!。

S41a0147 ワウを効果的に使った優也くんのソロ。
この曲、メッチャかっこいいと思うんですけど…。
最後のパートはいつ聴いてもトリハダものだ。

S41a0162 直志さんもギターを提げる。
アンプはもちろんMarshall。

110

直志さんもJCM800 2203を愛用している。
キャビネットのセッティングは優也くん仕様だ。

120v

同じく『Spicy Sweet』からジトッとマイナーに攻めるミディアム・ナンバー、「Bala Bala」。

170v

この曲も中間にハッとするようなキメがあるんだ。
こういう予想だにしない仕掛けをシレっと織り込んでくるところがいい。

160続けてセカンド・アルバム『Mescal Soul Drive』のオープナー、「凡才」。

180彼らのライブでは定番のドライビング・チューン!

190vさらに同アルバムからバンドのテーマ・ソング「Blind Bird」。

200はじけるようなパワフル・チューンだが、決してそれだけには終わらないテクニカルなテイストが素晴らしい。

210vスキルフルな連中だけが醸し出す深みのあるテイストとでも言おうか、サウンドに威厳があるね。

240

持ち時間の加減でもう最後の曲!
名盤『仮想粒子』から「Still」。
甘くせつないメロディがすごく印象的なんだけど、コレ、変なんだぜ。
Aメロが…

I|Idim|IIIm|IIIm|IIm7|V7|

…というコード進行で、6小節ワンパターンになってる。
二回目はコレのが後ろに1小節くっついて7小節でひとパターンになってるの。
ディミニッシュをうまく使った曲ってやっぱりすごく魅力的だよね。
最近の若いバンドさんの演っている曲はダイアトニック・コードとそのアヴェイラブル・ノートだけで作られているモノが多いのでスリルも何もあったもんじゃない。
人の心を動かす音楽のカギのひとつは「半音」にあると思うんだよね。

230_2とにかくBLIND BIRDってこういうトリッキーなことを結構やってんだよね。
さりげなく変拍子になってたりとか…。

250v詩と歌詞がそういう仕掛けによってすごく活かされてくる。
要するに工夫して演っていることが自然なんだな。
音楽はムズカシイことをやればいいってもんじゃないからね。
いくらムズカシイことをしていても自然にかつ、カッコよく聴こえなければなんの意味もない。
Zappaを聴けば私の言っていることがすぐわかる。

Img_0006ホントにいいバンドだと思いますよ、BLIND BIRDは。
その良さを失わずにガンガン突っ走ってくれることをひたすら願っている。
このまま4人で…さすればその良さもQuadrupleだ!

Blind Birdの詳しい情報はコチラ⇒BLIND BIRD official web site

260つづく

(一部敬称略 2016年12月10日 Thunder Snake ATSUGIにて撮影)

2017年2月17日 (金)

Heaven's Tragedy~nonLinear Metal DynamiX 2016 GRAND FINAL!

9月にMarshall Blogに登場したHeaven's Tragedy。
昨年末に開催されたイベントでとうとうその姿を現した!

10その「イベント」というのはココでも紹介した『nonLinear Metal DynamiX SUPER COMPILATION Vol.2』というメタル系バンドのコンピレーション・アルバムのレコ発ライブ。
その2日目にステージに上がったのだ。

20_cdボーカルズ、YOSH。
(筆者注:Marshall Blogでは正しい英単語語法にならって「vocal」と「keyboard」と「drum」を常に複数形で書き表すことにした。
英語圏の人は例えひとりでも「ボーカル」とはふつう言わず、特にバンドのメンバー紹介の時は必ず「ボーカルズ、〇〇!」とやる。もちろん単数形もあるが、この言葉を使うときは必ず複数形で使う。
したがって、レコードやCDの表記も必ず「Vocals」となっている。
ウソだと思ったらFrank Zappaのライブ音源を聴いてみなさい。たいていZappaはメンバー紹介をライブ音源に収録しているのでよく聴きとることができる。もちろん、コレはZappaだけではないからね。
ちなみにイギリス人は歌い手のことは「vocals」とは言わず、通常「singer」と呼んでいる。
「vocals」というのは「歌い手」という意味よりも「歌のパート」という意味合いが強いようだ。
この辺りは目下研究中。
大きなお世話だけど、正しい英語に向かって、小さなことからコツコツと…。)

30vギター、Jien Takahashi。

40vドラムスにRyuya。

50vキーボーズ、Missu。

60vそして、サポートで参加しているベースのhama-。

70vJienくんはMarshall。
170

この人、若いのに機材が渋い!
何しろJMP-1が大好き。
アナログ・サウンドを信奉する頼もしいヤツだ。
JMP-1にVALVESTATEのパワーアンプを組み合わせて使っている…と言いたいところだが、このVALVESTATEのパワー・アンプがどうしても手に入らないそうだ…変わったヤツだ。
仕方がないので現在のところ他ブランドのパワー・アンプを代用している。

90vVALVESTATEのパワー・アンプは、初代の時はステレオ40W+40Wの8004と、同じく80W+80Wの8008がラインナップされていた。

8008 それが二代目のVALVESTATEの時代にはステレオ120W+120WのVS PRO 120/120に様変わりした。

Valvestatepro Jienくんは、さらにラック式マルチ・エフェクターのJFX-1も狙っているという。
どれもそれほど出回ったモデルではないので、なかなか出てこないとは思うけど、不要なコレらのモデルをお持ちの方はゼヒJienくんに知らせてあげてください。

Jfx

さて、重厚なパイプオルガンのオープニングSEに導かれて5人がステージに上がる。
オープニングの曲は「Lamentation Wing」。
よくこんな単語知ってるな。
「lamentation」とは「悲哀」とかいう意味だけど、外人が口にしているのを一回聴いたことないぞ。
有名なトロンボーン奏者のJ.J. Johnsonに「Lament」という有名なバラードがあるけど。Coltraneにも「Lonnie's Lament」という曲がある。
あ、そういえばJienくんはラーメン好きだもんね。
メタル系の方々の曲名は日常の会話に絶対に出てこないようなビッグ・ワードがよく出て来て勉強になる。
「vengence」なんて「出る単」にも載ってなかったでしょ?ま、この単語の元ネタがJudasだってことえお比較的最近知ったけど。

100リフのないシンフォニックなドライビング・チューン。
いきなりYOSHさんの声が炸裂!

110vギター・ソロもキチっと練り込まれたメロディアスなものだ。

120vまぁ、何しろドラマチックな展開でコンテンポラリーなヘヴィ・メタルの美学を貫いている曲。

130続けてJienくんのギターからスタートするのは「My Soul Will Rise Again」。
2015年に制作されたシングル『Beginning of the Tragedy』に収録されていた曲。
このシングルの帯に書かれている文句がスゴイ。
「天空を駆ける叙情の旋律 優しき悲劇が送る魂…」
…と来ると、「ああ、こんな女に誰がした」と続けたくなるけど、そうなんだよね、すごく演歌に通じるところがある。
「Let It Roll」とか「Mistreated」とか…私なんかハードなロックと演歌は紙一重のところがあると思っているのでゼンゼンこれで構わない。
おもしろいことに日本のヘヴィ・メタルってドンドン和風度が高くなっているように見えるんだね。
タイトルなんかは外人も使わないような英単語を並べるんだけど、音楽はすごく和風。
この現象はヘヴィ・メタルに限ったことではないが…。
そうそう、最近私は時々インターネット・ラジオを聴くようになったんだけど、私がいつも聴いている局のプログラムでおもしろいことを発見した。
私がいつも聴いているのは、「British Classic Rock」、「Be Bop」、「Broadway」、「Anant Garde Classical」の4つなんだけど、民族音楽も大好きなので時折「World Music」というプログラムにも手を伸ばす。
そこにあるんですよ、「日本のロック」が!
2つのプログラムが用意されていてひとつは「Japanese Rock」というジャンルで「The best of J-rock and visula Kei music」というキャプションが付いている。
スゴイよ、日本のロックは。世界から見ると、「民族音楽」と化しているのだ!
「演歌」がそうくくられるのならまだしも、まさか「日本のロック」がそういう風にみられるとは40年前、一体誰が想像したであろうか?
もうひとつは「Visual Kei」。
こちらは「Flamboyant Japanese glam rock and heavy metal」 とある。
「flamboyant」とは「ケバケバしい」という意味だ。
日本のロックが従来の西欧音楽から見事に脱却したと見るか、ルールを見失って行き場を失っているか…どう見るかはアナタ次第だ!

140コレもノリノリのハード・チューン。
2曲目にしてこの盛り上がりよう!

150ギターがテーマを奏でるが、ソロにはならない。
それがかえって新鮮だ!
80

「(2016年の)3月にライブの後に活動を停止し、メンバーを一新して復活した」と、YOSHさんのMCがあって3曲目。
「Tears of the Sky」という曲。

180_3コレもガッチリと急速調。
イントロのギターのメロディが耳につくんだわ~。

190v先日紹介したWeROCK誌の付録CDに収録された、Heaven's Tragedyの目下のところのキラー・チューン。
それだけに演奏にも力が入る!

200この曲でまず耳に付くのがイントロのJienくんのギター、そして「♪ビャ~」っとバンド全体にクールにかぶさるMissuちゃんのシンセなんよ。
コレはおもしろいな、と思った。

210v熱狂のリズム隊!
ズッパンズッパンと猪突猛進を絵にかいたようなパワフル・ドラミング。
「若さあふれる」なんて軽い形容はしたくないが、彼、17歳。若さあふれてる!
220hama-のバンド・サウンドの格とも思える堂々としたプレイはサポート参加とは思えない。
すごい人気で。大きな歓声を浴びていた。

160v

そして、ギター・ソロ。
これまたよく練られたメロディをクールに弾きこなしていた…コレで18歳!

230続けて4曲目に突入。
冒頭のキメが印象的な「Gradational Sky」だ。
Sky好きだね。「空」がらみが2曲続いたよ。
アレ、Jienくん、ウリ好きとか?ぬか漬け最高!…違うか。

240_4ここでも閃光のようなRyuyaくんのドラミングがバンドを全力疾走させる!

250vおお!意外な転調!

260Jienくんはこの曲でもメロディアスなギター・ソロを聴かせてくれるんだけど、実にコンパクトなんだよね。
ギター・フィーチュアのバンドであることは間違いないんだけど、長々とソロを弾くことをしない。
バンド・トータルのサウンドで勝負しているのだ。
最近、そういうバンドが増えて来たような気がする。
こちとらMarshall屋なんで、ギターをフィーチュアされたほうがいいにキマってるんだけど、あんまりギターばっかりでも胃液が逆流して食道を傷めちゃう。
「もう速いのは十分わかったから!とにかくひと味違ったいい曲を聴かせて欲しい!」、と常日頃から思っているので、こういうアプローチは結構うれしいのだ。

270vコロコロと変わる場面展開もこの曲の魅力だ。

280vMissuちゃんが奏でる琴のような音がドラマチック!

290そして、ココでビックリしちゃったのが「トロイカ」!
え、「トロイカ」ってナニかって?
海鮮丼の物販だよ。
イヤイヤ、この熱気でナマモノはマズイ。
あのロシア民謡の「トロイカ」。
「♪雪の白樺並木」…我々世代は学校で教わったような気がする。今では「テトリスの歌」の方が通りがいいらしい。
金持ちに恋人を奪われた若い馭者の悲しみを歌った曲なんだって。
そうなんですよ、こうしたスラブ系の悲哀(lamentation)を含んだメロディは絶対メタルに合うと思う。「演歌つながり」だし。
スラブ系のメロディを使ってメタルをやったバンドって以前はいるのかな?
チョット引用が長すぎたけど、ドエライ強いアクセントになったと思うよ。
カッコよかった。
「トロイカ」とは別にフト思い出しのは、昭和40年代の歌謡曲。
この曲なんか、スゴくなつかしい感じがするんだよね。
Jienくんが昭和40年代の歌謡曲なんて聴いているワケないし、こういうのは不思議だね。

300そして、MCをはさんで最後の曲。
このMCではYOSHさんがMarshall Blogが取材に来ていることをアナウンスしてくれた。
ありがとうYOSHさん!
曲は「In My Rusty Heart」。

320全曲ブッ速いドラミングでドライブしまくったRyuyaくん。

330vいつでも冷静なMissuちゃん。

340ジックリとバンドの低音をキープしたhama-。

350「もっと演りたい!」と実に楽しそうだった激唱のYOSHさん。

370

そして大活躍のJienくん!
早くRigをMarshallで固められるといいね!

370v    
最後に長年色んな音楽を聴き続けて来たジジイとしてチョット生意気なことを書かせてもらうけど、Heaven's Tragedyにはとにかく他のバンドがやらないことをやってもらいたいと思うナァ。
ずっと同じことをやるのもひとつの美学だとは思うけれど、ヘヴィ・メタルはもうそれではやっていかれないでしょう。
花形楽器のギターの花形のテクニックだった速弾きがもう極限まできてしまったし、いくら高い声が出たって音楽として意味がない。
日本のヘヴィ・メタルは、最初の方に書いたように和式に独自の進化を遂げた代わりに、どのバンドも全部同じサウンドになっちゃった!
アレは誰を手本にしてこうなってしまったたんだろうか?
特に女性のメタル・バンドは皆さんとても似通ってらして、もはや音楽だけでは見分け(聞き分け)がつかん。
40年前と違って誰もやっていないことを探すのは大変なことだし、見つけたアイデアを血肉に変えるのはもっと大変なことだとは思う。
でも、こんな時こそ色んな音楽を聴いて、自分たちの感性でそれらを消化して、人とは違う音楽をクリエイトしてもらいたいと願う。
とにかく若いミュージシャンはジャンルを問わず死ぬほど音楽を聴くことだ。
仕事がら色々なタイプの若いミュージシャンに接することがあるが、みんな本当に音楽を知らないことに驚く。
ま、私も新しいのはサッパリわからないけど、マァ、そういう若い人に比べれば、音楽全般の知識や経験の深さや幅に関してはそう簡単に負けないよ。伊達にジジイやってるワケじゃないから。
万が一ロックで負けるようなことがあったらジャズで勝負してやるし!
以前は若い人たちがビートルズを知らないことに驚いていたけど、最近は「ビートルズ」という名前を知ってるだけでもビックリするよういになってきちゃった!
そして次に、彼らが果たして本当に音楽が一番好きでバンドをやっているか疑わしくなってしまうのだ。
なんか音楽の質を競うよりも、どれだけ大きな会場で、どれだけ多くのお客さんを呼べるかを競っているような印象を受ける。
まずは音楽を聴かなきゃ。
それこそ「9以上」聴いて「1以下」を吐き出すぐらいでいいのではなかろうか?
   
「よいミュージシャンはよいリスナー」…将来有望な若きアーティストにまたぞろこの言葉を送って締めくくらせて頂く。
ちなみにJienくんはよく聴いてるよ~。とても18歳に思えん!

380さて、Heaven's Tragedyは5月14日に開催される『non Linear Metal Dynamix EXTRA Vol.4』というイベントでクラブチッタのステージ立つ。
メタル好きの人はゼヒおでかけくだされ!

Heaven's Tragedyの詳しい情報はコチラ⇒Heaven's Tragedy facebook
不要になったVALVESTATEのパワー・アンプやJFX-1の情報、または目撃情報もfacebookへお寄せくださいますようよろしくお願いいします!

390v(一部敬称略 2016年12月11日 吉祥寺CRESCENDOにて撮影)

2017年2月16日 (木)

【イギリス-ロック名所めぐり】 vol.25~カーナビー・ストリート <後編> The Lovely Linda

昨日の記事はかなび、じゃない、かなりマッシブになってしまったので今日はサラサラと巡りたい思う。
スゴイのは一ケ所だけ。
他の部分はロックの名所でも何でもないのに記事を一本に仕立てるために強引に盛った…。しかも、Shige Blogとダブってるところもあるし…なんて言ってるのはダレよ?
あ、オレか。
マァ、そんなところも正直ありますが、どれもこれも思い出深い写真ばかりでございます。
今日も最後までお付き合いのほどよろしくお願いします!
  
さて、今日はリージェント・ストリートの方から入ってオックスフォード・ストリート方面に向かってカーナビー・ストリート近辺をほっつき歩く。
コレがリージェント・ストリート。
世界の高級ファッション・ブランドの店が軒を連ねるロンドンでも指折りのショッピング・ストリート。コレをチョット行って左に曲がると、ビートルズがルーフ・トップ・コンサートを演った旧アップル本社屋。
さらにもうチョット行って左に入れば、ボウイの『ジギー・スターダスト』のジャケットを撮影したヘドン・ストリートがある。
下は2012年の6月の写真。
この時は、女王陛下の即位60周年記念で街中が大騒ぎだった。
あのタイミングでロンドンにいれたのはラッキーだったけど、雨ばっかりで寒かったな~。
このリージェント・ストリートが昨日紹介したThe Kinksがカーナビー狂いのことを歌った名曲「Dedicated Follower of Fashion」に出てくることについて触れた。

1_img_7379
リージェント・ストリートだけ紹介するのは不公平だから、同じくその曲に出てくるレスター・スクエアも紹介しておこう。
13_2
レスター・スクエアは有名なピカデリー・サーカスに連なるウエスト・エンドの中心地。
映画館がいくつもあって、いつも大勢の人でゴッタ返している。
この時は特にすごい人出だった。
なぜなら、『ミッション・インポッシブル』のプレミア・ショウかなんかでトム・クルーズが来ていたのだ。
私、確か歳が同じなんだよね。

15

もうひとつこんな写真が出て来たので載せておく。ワケがわからない人は昨日の記事を読んでください。
熊も気の毒だけど、仕事とはいえこの人も気の毒だよ~。
とにかく動かない。
時々血液の循環をよくするためか、銃を上げ下げしたり、小さく行進をしたりするだけ。
この仕事って家に帰って「今日はどうだった?」なんて奥さんに訊かれた時どう答えるのだろうか?
「立ってた」…とだけ答えるか?
それでも、動かないのをいいことに、この人たちをからかう連中がいるんだよね。実に不愉快だし、みっともない。
16
コレは一昨年のようす。
ココにもカーナビーへの標識が…。
今日はこっちから入る。

10どうして一番最初にカーナビーへ行ったか…これには理由があったの。
アレはまだロンドンに一回ぐらいしか行ったことがなかった時だった。
当時のMarshallのスタッフにロンドンの中古レコードがどこにあるかを訊いたんだよね。
Marshallの連中のほとんどすべてがロンドンの住人ではないので、ジャンルによっては何の情報も持っていないこともある。
私が訊いた彼は「カーナビーに行けばあると思うよ」と教えてくれたのであった。
そしてよろこび勇んで行った!
一軒もなかった!
要するに、ココは音楽のエリアではなくてファッションのエリアなんだよね。

20ちなみに、中古レコード屋は、カーナビーよりもっとソーホー寄りのバーウィック・ストリートという所に何軒かかたまっていることを自力で発見。
それでもArgentのCDを数枚買っただけだな。
だって、タッケェんだもん。
コレがバーウィック・ストリート。

1_mg 上の赤い標識に従ってリージェント・ストリートを曲がるとこのビーク・ストリートに入る。

30v今日はまずココに入る。
「The Old Coffee House」というパブ。
「コーヒー・ハウス」というのは17世紀に現れた女人禁制の男のたまり場で、文字通りのコーヒー・ショップでアルコールも食事も出さなかった。
コーヒー代のほかに入場料が徴収され、今の巷間の安いコーヒーを飲ませるといった類のものではなかったらしい。
店内では賭博も禁止され、コーヒー・ハウスに集まった男たちの会話から株式会社や保険、新聞、広告等のアイデアが生じ、産業革命の発端にもなったそうだ。
その「コーヒー・ハウス」がそのまま店名になっているパブ。
…とShige Blogですでに紹介している。
ゴメンねダブっちゃって。

40_2中はこんな感じ。

50トラディショナルなスタイル。
70
店内には古い軍のポスターなどが飾ってある。

60ココのオジさんがコワかったこともShige Blogに書いた。
結構同じこと書いてるナァ。
それでもよければコチラをどうぞ。

80しかし、このリアル・エールってのはおいしかったな~。

90このパブの向かって右の横の通り。

100マーシャル・ストリートなのです。

110少しこの通りを歩く。

120どこもかしこもMarshallで実に気分がいいですな。
122

コレなんかMarshallのクリーニング屋さんだぜ!

121くじ、文房具、お菓子、グリーティング・カード。
いわゆる「コーナー・ショップ」っていうヤツですな。

130ホント、ここはいつ来ても気分がいいわ。
考えてみると、日本は通りに名前をつける文化がないせいか、こうして地元の小さいエリアの地名を活用することをしないね。
「日本ナントカ」とか「東京ナントカ」ばっかりだ。
国が小さいので名前ぐらいスケールを大きくしようということか?
イヤイヤ、イギリスの国土は日本の2/3だってば。
「イギリス連邦(Commonwealth of Nations、旧名 British Commonwealth of Nations)」を足せばトンデモナイことになるけど。
あの国旗にユニオン・ジャックが入っている国があるでしょ?
オーストラリアとかニュージーランドとか…ああいう国は、イギリスが戦争になったら問答無用でイギリスのために戦争に参加しなきゃならんのよ。
しかし、政治、経済、文化、色んなことを知れば知るほど、良きにつけ悪しきにつけ世界ってのはいまだにイギリスで回っている感じがするナァ。

140_2マーシャル・ストリート沿いのビルについていたカーナビー・ストリートの広告。
シャワーではありませんよ。
コレはイギリスのコンセント。
イギリスの電源のプラグは分厚いブレードが三つついたタイプ。
電圧が高くて危険なので、すべてのコンセントにON/OFFのスイッチがついている。

150コンセントで思い出したのがコレ。
Marshallはかつて毎年マーシャル先進国のディストリビューターを集めて会議をしていた。
昔は会議に持参するものといえば、洋の東西を問わず、書類資料とペンとノートぐらいだったんだけど、ある頃からみんなノートPCを持ってくるようになった。
そうなると、当然各自、各国の電源コードを持って来るとこういうことになる。

1_img_0017阿鼻叫喚のアダプター地獄!
バラエティに富んだ規格がおもしろい。

1_img_0018この「BF」とかいてあるのは日本代表。すなわち私のモノ。
日本のモノはコンセントまでどこか奥ゆかしいね。おとなしい。
隣のヤツなんか拷問の道具みたいじゃん?

1_img_0019 さて、昨日はカーナビーのメインの通りを歩いたので、今日はその一本リージェント・ストリート寄りのキングリー・ストリート(Kingly Street)を往こう。

160通りが一本違うだけで大分殺風景になる。
360
まず見つけたプラークはコレ。
1950年代、スキッフルやロックンロールの全盛期、ココにThe Cat's Whiskerというコーヒー・バーがあった。
「Cat Whisker」とは「猫のヒゲ」という意味。

350
The Cat's WhiskerはPeter Evansという起業家が開業した。
この人はロンドンで最初にジュークボックスを入手した人のウチのひとりだったという。
要するに金持ちだ。
また、「Hand Jiving」というダンス・スタイルはこの店が発祥とされている。
店のスペースが狭かったたため、ジェスチャーの小さなダンスが必要だったのだ。

340v

Hand Jivingというのはこういうダンス。
楽しそ~。
でも私は踊りません。
そういえばMiles Davisの『Nefertiti』に「Hand Jive」って曲があったな。
このダンスとは似ても似つかない曲。

もう少し行くと今日のハイライトが右側に見えてくる。

170v
コレ。

190v「BAG O' NAILS」というクラブ。

180v
知っている人もたくさんいると思うけど、ロック史に名を残す、ロンドンでも有名なライブハウスのうちのひとつだ。

200Georgie Fameのマネージャーが1966年に開いたお店。

210ビートルズやストーンズ、アニマルズの連中がよく遊びに来ていたという。
入り口には二つのプラークが掛けられている。
このオジさんは私。

230vブルー・プラークを模して勝手に作ったものだが、ひとつは…
「1967年5月15日、ポール・マッカートニーとリンダ・イーストマンがここで出会った」とある。
ジョージ―・フェイムを観に来ていたポールと、チャス・チャンドラーが連れて来たリンダがここで出くわして恋に落ちたんだとさ。
ポールはこの時三年越しでジェーン・アッシャーと付き合っていたが、一年後にポールはリンダと結婚しましたとさ。
今日のサブ・タイトルはポールの最初のソロ・アルバム『McCartney』の一曲目に入っているリンダへの歯の浮くようなラブ・ソングのタイトルなんだけど、こういうのを聴いて、前の恋人、ジェーンはどう思うんだろうね~。
ポール・マッカートニーが名指しで作ってくれたラブ・ソングですぞ!
絶対に聴かないか?
そんなもん聴いた日にはムカッ腹が立ってしょがないもんね。
   
他にも…フリートウッド・マックのクリスティン・マクヴィーは元の名をクリスティン・パーフェクトっていうんだけど、マックのベーシストだったジョン・マクヴィ―がこの店でクリスティンにプロポーズしてクリスティン・マクヴィ―になったんだとさ。
クリスティンの声大好き。

240vそしてその半年前にはジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスがココで初めて演奏している。

250vチョット失礼して中を盗撮。
今は会員制のクラブになっているそうだ。
高そうだにゃ~。

260しかしね~、ココにジミヘンがいたワケですよ。
ミッチやノエルやチャスらと一緒に!
私はこういうことにものすごくロマンを感じるワケ。
でなきゃこんなことやってない。

270…ということで記念撮影。
あ~、地味だし変だわ。

220

お隣さんにもカーナビーのプラークがかかっている。
ココはかつてトミー・ロバーツという人が開いた「Kleptomania(クレプトマニア)」というモッド・ムーブメントを代表する洋品店だった。

290vThe Whoやテレンス・スタンプ(俳優。『コレクター』大好きだった!)、ジュリー・クリスティ(女優)、それにヤードバーズ時代のジミー・ペイジが常連客だった。
そして、ジミ・ヘンドリックスはこの店で売っていた「Sam Pig in Love」というレーベルのフリルの付いたシャツのファンだったそうだ。
その服を着て1967年にサヴィル・シアターに主演したこともあった。
サヴィル・シアターはビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタインが経営していたシャフツベリーにあった劇場…っていうか、名前は違うけど今もある。
そのうちMarshall Blogでご案内します。

300vキングリー・ストリートを進む。

165v
また見つけた。

310vココは1960年代、キース・アルバーンとヘイゼル・アルバーンという人が中心になって運営していた「Artists' Own Gallery」というギャラリーがあった。
アートの展示だけでなく、各種のイベント、さらにはライブなども催された。
カーナービー盛んなりし頃のひとつのランドマークだったようだ。
さぞかし、クリエイティブでエキサイティングな時代だったんだろうね~。

320今では「Red Onion」というレストランになっている。

330もう夕方。
皆さんお待ちかねのパブ・タ~イム!

370六時ぐらいになると、ロンドン中のパブの前がこうなる。

380v5時ピッタリに会社を出て、帰りに同僚とエールを1パイントだけ引っかける。
肴はまったくなし。
ひたすらしゃべってチビチビ飲んでウサを晴らしたら、その場にグラスを外に置いてそれぞれ家族の待つ家に帰って食事をする。そして家でアルコールは飲まない。
飲んでもワインをほんのチョット。
5~6月は夜の10時を過ぎても明るいので家に帰ってからも時間がタップリある感じがする。
昼は「仕事の日」、夕方から寝るまでは「休みの日」とまるで一日が二回ある感じなんだよね。
コレはいいですよ~。
その分、冬は昼が滅法短くて寒いけど。

390そばに行くとしゃべり声とエールのニオイがスゴイよ!
熱気もスゴイ!
ああ、イングリッシュ・エール飲みたい。

395そして、ピカデリー・サーカスに戻って来たよ。

400ロンドンの夜の街ってさぞかしキレイだと思うでしょう?
ところがさにあらず。
スゴク暗い。
このピカデリー・サーカスは別よ。
大きな建物には自らを照らす照明はあっても、ネオンサインがないんだよね。
日本の都会の夜は明るすぎるよ。

410シリーズはつづく

2017年2月15日 (水)

【イギリス-ロック名所めぐり】 vol.24~カーナビー・ストリート <前編> Dedicated Follower of Fashion

先日、あるライブ会場でカメラをブラ提げて客席を横切っていると、私を見かけた二人のお客さんからお声をかけて頂いた。
Marshall Blogをいつも楽しみにして頂いている…という励ましのお言葉を頂戴し、とてもうれしかった!ホメられると伸びるタイプなものですから。
でも、うれしかったのはその励ましのお言葉だけではなかった。
そのお二人もイギリスが大好きで、この『イギリス-ロック名所めぐり』をいつも心待ちにして頂いているとおっしゃるのだ。
Marshall Blogだけではなく、Shige Blogの『イギリス紀行』までご愛読頂いているとおっしゃる。
うれしいやら、恥ずかしいやら…。
こうしたイギリス系の記事は特に思い入れがあるカテゴリーなので、あんなことをおっしゃって頂けると俄然ヤル気が出ちゃうね。
そこで、更新がスロー・ダウンしがちな『名所めぐり』を一発お見舞いしちゃうよ。
くらえカーナビー・ストリートを!
あ、旅行会社の方、『イギリスのロック名所とMarshallをめぐる旅』、企画しますので現地ガイドやらせて!
  
さあ、今日はまずオックスフォード・ストリートから。
ロンドンの中心の通りだけあって何度も登場するね。
交通量も多いこんなにぎやかな通りなのに二車線しかない。

10建ち並ぶビルディングも立派で何度ほっつき歩いても飽きることがない。
こんなカッコいいビルなのに一階のテナントさんには興ざめするナァ。

20そのオックスフォードをオックスフォード・サーカスに向かって左に曲がる。
ラミリエス・ストリートという道。
こんな細っこい通りにも名前がついているところがスゴイ。そして楽しい。
日本では絶対に考えられない。

30vするとグレート・マールボロ・ストリートに当たる。
この辺りは何やらフィッシュ&チップス屋が多い。

40そろそろフィッシュ&チップスが食べたくなってきたな…。
あ、おいしいヤツね。

50vこんなもん、魚と油が新しくて良質でありさえすれば誰でも簡単においしいのが出来上がると思うんだけど、腕なんだってサ。
「揚げテク」ってヤツ。
タラに衣をひっつけて、適温の油に放り込めばいいというものでは断固としてないそうだよ。

60…と、その通りに「ハロルド・ムーア」なる中古レコード屋さんを発見!

70カッコいいナァ~。
HUNTERとはだいぶ違うな~。
このお店はクラシックとジャズの新品&中古を扱っている。
店先のエサ箱をチョット漁ってみたが、クラシックばっかりだった。
私は海外で中古レコードは買わないようにしているのでサラリとパス。
だってサ、ボロだし、高いし、持って帰るの大変だし…私はジャンルを問わず死ぬまでにひとつでもいい曲が聴きたいと思っているので、タテには掘らない。ひたすら横。
したがって海外でオリジナル盤探しなんてことには興味がないのです。
でも、「Punky's Whips」が入っている『Zappa in New York』のイギリス盤のオリジナルは欲しいな~。
いつか、イングランド中部の田舎町を訪れた時、マーケットが開かれていて、そこに出店していたレコード屋をチラリとのぞいた。
店員がえらくガラッパチのオッサンで、コリャ何か買わないとこの場を去れないな…と思っていたら「ナニか探してるか?」と訊いて来た。
「しめた!」と思い伝家の宝刀をヒラリと抜いた。
「Oh, yes!  I'm looking for the original UK press of Zappa in New York for a log time」
と言ってやった。
すると間髪入れず「あ~、そんなのないない!」で終わり。セーフ。
この手はサウス・シールズのレコード屋でも使ったことがある
そのレコード屋さんのおじいさんはとても感じのいい人で「それはないな~」といってかなりすまなそうにしていたのでその時は恐縮してしまった。

80そこら中にあるレンタル自転車。
コレも色々と問題があるらしい。
人気の観光スポットはたいてい決まっているので、借りたい場所は空っぽで、返したい場所は満員で返せない…なんてことが多いとか。
ココはずいぶんとヒマそうだな。

90vグレート・マールボロ・ストリートをリージェント・ストリートに向かって歩くと出てくるのがコレ。
昔は裁判所だったが、今は「Court House Hotel Kempinski」というホテルになっている。
ケンピンスキーというのはドイツのチェーンのホテル。
フランクフルトに行った時に何度かケンピンスキーに泊まったことがあったんだけど、イヤだったな~。
この話はまたいつか「Marshall Blog Archive」で語らせて!
私はストーンズはやっていないのでサラリと書いておくが、1967年、ココでMick Jagger、Brian Jones、Keith Richardsの麻薬不法所持の裁判が開かれたとか。

Chhkその向かいは有名な「リバティ」。

1101875年創業の高級デパート。

120その恐るべき高級ぶりはShige Blogの記事でご確認頂きたい。

130vそのすぐ裏手の公衆トイレの傍らで目に入るのが「Carnaby」の赤い標識。

140vココがモッズの故郷、「カーナビー・ストリート」のオックスフォード・ストリート側からの入り口だ。
1960年代のロンドン・ファッションとロックのメッカ。

150_2この通りの名の由来は17世紀の後半に「Karnaby House」という建物がそばにあったことに由来しているが、「カーナビー」自体の由来は、人の苗字か、ヨークシャーにある地名を持って来たのかが不明とされている。
商店街は1820年代に形成され、1845年にはベンジャミン・ディスラエリという人の「Sybil」という小説で「カーナビー・マーケットの有名な肉屋」というくだりが出ているそうだ。
ハイ、ココでなぜコレに触れたか?
わかる人?
そう、答えはクリームね。
クリームったって食べるクリームじゃないよ。
Eric Claptonの方ね。
このベンジャミン・ディスラエリは1800年代の後半、二期にわたってイギリスの総理大臣を務めた政治家であり、小説家であった人。
もちろん貴族で爵位は「伯爵」。いいナァ、伯爵。やってみたいナァ。
あ、今、脱線中です。
で、話はCreamに飛んで、彼らのセカンド・アルバム。日本ではナゼか『カラフル・クリーム』というタイトルが付けられているが、原題は『Disraeli Gears』という。
この「Disraeli」は「ベンジャミン・ディスラエリ」のこと。
サイクリング自転車についている五段変速とかのギアがあるでしょ?アレ、英語で「ディレイラー・ギアズ(Derailleur Gears)」っていうんだけど、当時サイクリング車を買おうとしていたGinger Bakerがローディと自転車の話をしていて、そのローディが「ディレイラー・ギア」を「ディスラエリ・ギア」と聞き違えてしまった。
すると、Gingerが「ソレ、おもしれーじゃねーか!次のアルバムのタイトルにしようぜ!」となった。
………ゼンゼンおもしろくないんですけど。
こういう聞き間違えをそのまま適用しちゃうことを「Malapropism(マラプロピズム)」といって、日本語では「誤用語法」なんていうらしい。動詞は「malaplop」。
ウチの家内はコレの天才なんですよ。
天才マラプロッパ―。
いつも触れているように、Marshall Blogライブのレポートは家内が記録してくれるメモを頼りに記事を書いているのね。特にMC。
ま~、そのメモに出てくる、出てくる。
彼女は音楽の専門家では全くないので、曲名とか人名については、とにかく何の知識もなしに、話し手の言葉を「音」としてそのまま文字で書き取らざるを得ない。
そこでマラプロピズムが発生する。
コレがおもしろいのなんのって!
チョットすぐには例を引けないんだけど、簡単なヤツで言うと、犬神サアカス團に放火魔のことを歌った「赤犬」という曲がある。
メモには「バカ犬」と書いてあった。
そりゃ、曲も知らなければ「赤犬」という裏の意味も知らないのでそれも無理はない。
中には思い出しては何回でも笑える大傑作があるのよ。
それでも、そのメモに書いてあることは、後で私が見ればすぐにわかるので、本当に重宝しているのです。
そして、今となってはひとつの楽しみでもある。
あ~あ、どうすんだよ、まだ先が長いのにもうこんなに脱線しちゃって…。
Dg2
1960年代にイギリスのモッドとヒッピー文化の中心地として隆盛を極め、マリー・クワントをはじめとした多くのファッション・ブランドを輩出したカーナビー・ストリート。
現在は見る影もないが、かつてはライブ・ハウスも多数存在し、The WhoやThe Small Faces、The Rolling Stones等がココで仕事をこなした。
最新のファッションと音楽…カーナビー・ストリートはいわゆる60年代の「スウィンギン・ロンドン」の中心地で、その名をアメリカまで轟かせたという。
GSのザ・カーナビーツは当然この通りの名前から来ている。
海外旅行なんて簡単には行けない当時、やっぱりみんなロンドンに憧れて「好きさ、好きさ、好きさ」だったんだろうね。ちなみにこの曲のオリジナルはThe Zombies。
チョット調べてみると、1960年代、1ドルは当然360円だったでしょ?
しからば1ポンドはいくらだったか…。
ナント、1,008円だって!
コレを今の貨幣価値に引き直すと、4,000~5,000円なのだそうだ。
だとするとだよ、今ロンドンの地下鉄の初乗りって£4.70だから、もしこの昔の為替レートで
、かつ今の貨幣価値で計算すると、地下鉄一駅乗るのに…ギャハハ!
18,800~23,500円だって!
ま、実際は今145円ぐらいだから680円ぐらい。
それでもスゴイでしょ?渋谷から表参道、あるいは梅田から中津に行くのに680円かかるんだぜ!
しかし、「円」っていうのはホントにスゴイ。

160皆さん、The Kinksはお好き?
私は超大スキ!
若い頃はほとんど聴かなかった。比較的年を取ってから聴くようになって、ロンドンに行くようになってからはどうしようもなく好きになった。
彼らの1966年のシングルに「Dedicated Follower of Fashion」という曲がある。
オリジナル・アルバムに収録されてはいないが、ベスト盤などで聴くことができる名曲。
歌詞に「リージェント・ストリート」とか「レスター・スクエア」とかいう名前が出て来てうれしくなる。
そして、「the Carnabetian」という言葉が出てくる。もちろんカーナビー・ストリート・マニアのこと。
「♪Everywhere  the Carnabetian marches on」とRay Davisが歌う。
「そこのけ、そこのけカーナビー狂いのお通りだ」ぐらいの意味になろうか?
いかに当時の若者が、猫も杓子もカーナビー・ファッションに狂っていたかがわかる。
しかし、こういう諧謔精神にあふれた歌が日本はスッカリ姿を消したね。
本当につまらない歌ばかりだ。

Single さて、カーナビー・ストリートといえば、必ずついて回るのが「Mod」。
日本では「モッズ」と言っているが、英語では「モッド」だ。
語源は「modeninsts(モダニスツ)」。
コレ、何かと思ったら50年のモダン・ジャズ・プレイヤーやファンの連中のことをそう呼んだらしい。Modern Jazzのモダンだって。
当然焼きそば入りのお好み焼きでもない。
だから、反対は「traditionalist(トラディショナリスト)」、すなわち「トラッド」だ。
スイングとかディキシーを聴いていたのかね?
Modの好物はファッション、音楽、そしてスクーター。
初期には一晩中踊り続けるため、覚せい剤の一種とされる「アンフェタミン」が付き物だったらしい。
音楽にはスカやレゲエなど好まれたが、主にR&B系のロックが標準だった。
Modは60年代のイギリスにおける最大のサブ・カルチャー・ムーブメントであり、ココで詳述していると紙幅がいくらあっても足りないので、やり方が乱暴で申し訳ないんだけど、興味のある人は映画『さらば青春の光』あたりを観て「フフン、こんなんか…」と雰囲気を実感してみてはいかがだろうか?
映画のストーリーとしては、まったく大したことはないかも知れないが、その時代の若者がやり場のないエネルギーをどう噴出していたのかがうまく描かれていると思う。

Qp_2 この映画の原作がThe Whoの『Quardrophenia(四重人格)』。
架空の映画のサウンドトラックをモチーフにするという手法はFrank Zappaのアイデアをマネたという。『Uncle Meat』のことかしら?
この『Quadrophenia』は付録のブックレットの写真がいいんだよね~。
あのバタシー発電所をバックにVespaに乗っているジミーの写真は合成だということを知ってチョットがっかりしたが、コレはゼヒLPで持っていたいアルバム。

Qpところで、2007年に『Quadrophenia』の特別展示がコッツウォルズのボートン・オン・ザ・ウォーターの「Motor Museum」であったそうな。
一昨年行ったんだよな~、そこ。
車にはまったく興味がないもんだから前を素通りしたけど、危なかった。
もしあの時、その展示をしていたら悔しくて怒り狂っていたかも知れんわ。
クワバラ、クワバラ。

1_img_07862上の『Quadphenia』はテーマはModでも、収録されている曲、「Real Me」にしても「5:15」にしても、Mod的な雰囲気は感じあれないよね。「何しろカッコいいロック」ということだけだ。

私なんかの勝手な「Mod」の音楽のイメージというと、The Whoよりも圧倒的にThe Small Facesなんだな。
先述の通り、Modムーブメントにおける音楽というものはスカやレゲエも含まれるらしいが、上述したようにR&Bがかったロックが主体だった。
そういう意味ではThe Whoのファースト・アルバムなんかはモロにそうなんだけど…でもThe Small Facesなの。
やっぱり、Steve Marriottがメチャクチャかっこいい。
The Small Facesは無理にしても、Humble Pieは観たかったナァ。来日公演をご覧になった大二さん曰く、それはそれはスゴいコンサートだったらしい。
下のファースト・アルバムに収録されている「You Need Loving」って曲知ってる?
ご存じない方はLed Zeppelinのセカンド・アルバムの一曲目と聴き比べてみてください。

Sm2

さて、まだ前置きは続く。
The WhoとThe Small Facesが出そろったから。
1965年頃、ロックはドンドン過激になり、爆音を必要していた。
そこでPete TownshendのリクエストでMarshallが作ったのが世界で最初の100Wのギター・アンプ。
それがこのJTM45/100。
Peteが「12インチのスピーカーが八個入ったキャビネット」の製作をJimに頼んだ。
作ったはいいけど、重くて持ち運びができず、結果半分に切ったことから出来上がったのがFull Stack、すなわり「三段積み」であることはMarshallファンならだれでも知っている話だ。
JTM45/100のリイシューに当たっては下の写真のようにキャビネットをはじめから切り離して製作された。
だって大きいし、重すぎるしで出荷できないもん。

J45_2 下の写真は当時のキャビネットを正確に再現したもの。
で、このJTM45/100、そうした実用性の低さから、ごく少量しか生産されなかったが、そのほとんどを買ったのがThe WhoのPete TownshendとJohn Entwhistle。
ところが、The Whoの二人が買ったいくつかのJTM45/100に打たれていたシリアルナンバーは連番ではなかった。
Marshallは当然シリアル・ナンバーを続けて打ってはいたが、誰かがJTM45/100を買っていたため番号が飛んでいたのだ。
他にJTM45/100を買っていた者こそThe Small Facesだったという。
これは、これらのModを代表するバンドが当時、大爆音合戦に明け暮れていたことを示していることに他ならない。
また、Modの音楽とはそういう音楽だったということが一発でわかる話だ。
しかし、こうしたことを知るにつけ、Marshallって本当に音楽の発展に寄与してきたんだな~と我ながら感心するね。
この後にはハード・ロックの時代がやって来るワケだから。
Mod時代からのMarshallの積み重ねがなければ、ブリティッシュは違うモノになっていたことは間違いない。
こうして歴史を知るにつけて思うのは、デジタル・テクノロジーの力を借りて、努力と時間を重ねて人様がクリエイトした偉大なサウンドをチョコチョコとマネッコして商売するなんて音楽をバカにしているとしか思えない。

1_jc もうチョット…Modムーブメントのロゴとして有名なのが下の「ターゲット・マーク」ってやつ。
これはRAF、すなわちRoyal Air Force、イギリス空軍のマークですな。
なんでModの連中がこのマークをシンボルにしたか…確かなことはわかっていないようだが、1960年、Modムーブメントと時をほぼ同じくしてイギリスは徴兵制を廃止した。
そのパロディというか、イヤミではないかという説が有力のようだ。
徴兵制の廃止と同時にイギリスの若者の文化は急速に力をつけ、様々なムーブメントを生み出した。
「ブリティッシュ・インヴェイジョン」が起こったのはアメリカの徴兵制廃止がイギリスより遅くなったからと言われている。
この徴兵制でんでん、じゃない、云々もブリティッシュ・ロックの隆盛を助長したことになるワケ。
このマーク、当時イギリス空軍は著作権を登録していなかった。
後年、申請をしたが、「このシンボル・マークはModの連中が有名したもの」としてその申請は受け容れられなかったそうだ。
イキだな~。
最近のPPAPの騒ぎとは大違いだ。

Mods

ハイ、前置き終わり!
マーブロ史上最長だったかな?
  
さて、それではカーナビー・ストリートをブラっとひと歩きしてみましょかね。
掲載している写真は10年がかりぐらいで撮り溜めたものなので、現在と様子が異なっているものもあることを予めお伝えしておく。
ま、それでもだいたいココ3年以内ぐらいのモノばかりかな?170残念ながら今はモッズの「モ」の字も感じさせないただの洋服屋がたくさん軒を連ねる商店街になっている。

180それでもやはりディスプレイはチョットしゃれてるな。
あ、そうだ。
このイギリスの兵隊さんがかぶっているモコモコのデカイ帽子ってなんていうか知ってる?
その前に、この帽子を被っているのはただの兵隊さんではなくて、女王陛下を警護する「近衛兵」っていうヤツ。
で、この帽子は「Bearskin(熊の皮)」といい、本当にカナダの熊で作られている。
熊一頭で一個しか帽子が作れないのだそうだ。
なので、動物愛護という面では色々と問題があるのだとか…。
それでも、古いものを大切にする国民性もあって、代々引き継がれている帽子の中には100年以上使っているものもあるんだって。
クセエぞ~。

190ま、ロンドンまで来れば、こんなお店のディスプレイを眺めなくても昼前にバッキンガム宮殿に行けば本物の近衛兵の交代式を毎日見ることができる。
たかが兵隊の引継ぎなのに♪ブンガチャブンガチャとそれこそ鳴り物入りでにぎやかったらありゃしない。
何しろ世界からロンドンに来た観光客がこの時間に一斉に宮殿に集まるもんだからものすごい人出なのよ。三社か!?みたいな。
それでもロンドンに行ったら一度は見ておいた方がいいでしょう。
このあたりのことはココに書いておいた。
ところで、この帽子、オリジナルはフランスのもの。
1815年、ベルギーのワーテルローでナポレオン戦争に勝利したことを記念し、それ以来この帽子を採用しているんだって。
ワーテルロー(Waterloo)は英語読みすればウォータールーね。
何だってこんな形をしているのかと思ったら、デカく見せようとしているのだそうだ。要するに敵を威嚇するため。
こんな長い頭しているヤツがいるワケない。そっちの方がよっぽどコワイわ!

300カーナビーに戻る。
これはもうずいぶん前の写真だけど、ホラ、1960Bが洋服屋のショウ・ウインドウの中に!

1_rimg0056やっぱりロックとMarshallは切り離せないからね…と言いたいところだけど、オイオイ、アコギはおかしいんじゃねーの?

1_rimg0057 こんなのもおもしろいね。

215巨大なレリーフも見事。

220コレは脇道なんだけど、こうした凝った装飾に惜しむことをしない。

230v2015年に行った時は『ひつじのショーン』って映画のキャンペーンをやっていて、カーナビーには二体のショーンがディスプレイされていた。

225コレなんかもおもしろい。

240下から見るとこう。
ま、どうなるかは想像つくね。

250リバティ側からカーナビーに入ってすぐの右側にある立派なパブ。
1735年に作られた建物だ。

270v窓から顔を出しているのはウィリアム・シェイクスピア。
最近、ウチの家族が私が「シェイクスピアに似てる」って言うんだよね。
Marshall Blogを2,000回も書いているんだもん、私もいよいよ「文豪」の仲間入りか?…って思ったら、似てるのはアタマだってよ!
このパブ、「シェイクスピアズ・ヘッド」という…イヤな名前だ。
なんでもトーマスとジョンというウィリアム・シェイクスピアの遠い親戚が始めたのだそうだ。

280シェイクスピアといえばコレ…なワケはないんだけど、Cleo Laneの『Shakeare and All That Jazz』。コレ、メッチャかっこいいんだゼ。
Dame Cleo Lane、Jim Marshallの幼なじみらしい。

Clホンの少しだけモッズの香りも残っている。

290ホ~ンの少しだけね。

300vやっぱりしゃれているディスプレイ。

310vココをくぐって中に入ると「Kingly Court」という有名な中庭があってチョットしたアーケードになっている。
そして、わかりにくいけど、入り口の左についている小さなプラークに注目。

320プラークには「The Roaring Twenties」とある。
今回と次回の名所めぐりは、このプラークを辿る。

330現在はBen Shermanという用品店になっているが、かつてココの地下にはThe Roaring Twentiesという名のロンドンで最初の(今でいう)クラブがあった。
それ以前は、11人の創始者によって1948~50年まで開業していたClub Elevenというジャズ・クラブで、ロンドンのビバップ・ムーブメントの重要拠点だった。
もしかしたらJim Marshallもココでドラムを叩いていたかも知れないね。
1961年、Count Suckleという人がイギリスで初めてココでDJを務めた。
「The Roaring Twenties(狂騒の20年代)」というのは1920年代のアメリカのアダ名。
このクラブには夜な夜なGeorgie FameやThe AnimalsやStonesのメンバーが遊びに来ていたらしい。

340チョットKingly Courtに入ってみる。
コレももう三年前の写真かな?
この時はまだ改装工事をしていたが、二年前に行った時には完成していた。

350ロンドンの中心街では日本食のレストランもそう珍しくはないが、こんな本格的な博多ラーメンが出てくるとはビックリ!
チョットしたラーメン・ブームと聞いてはいたが…。

360しかも、同じ字で同じ名前のお店が上野にあるでね。
とてもロンドンに来たとは思えない。
でもゼンゼン違うのはそのお値段。
このお店のことではないが、チョット前にロンドンでラーメン屋に行った人に聞いたのだが、ラーメン、餃子、ウーロン茶で5,000円を超えたってサ。
為替の都合もあるけど、すさまじい。わかっちゃいるけど恐ろしい。
それと、連中のお気に入りはお好み焼きね。
どうもあの甘さが口に合うらしく、Marshall GALAにも来てくれたGraceが先日テムズ川の南岸のヴォクソールにできたお好み焼き専門店に行って来たと言っていた。
値段を聞いたら、普通のお好み焼き一枚で3,000円近くって言ってたかな?
ま、それぐらいは当然でしょう。
だいたい「日本の三倍」と考えておけばイザという時に気を失わないで済む。

370この黄色いビル。

400vココにはかつて「Load John」というブティックがあった。
Lord Johnは1960年代のカーナビー・ストリートを代表する洋品店、すなわち当時のロンドンのファッションを代表するファッション店だった。
つまりロックとは切っても切れない間柄のお店だった。
410さっきのディスプレイは遠くから見ると…ハイ、この通り。
どうもこのユニオン・ジャックのディスプレイはカーナビー・ストリートの伝統の飾りつけのようだ。
ない時もあるけどね。

260

また、プラークを発見!

420ココは1976~1986年までNMEの本社があったところ。
NMEはNew Musical Expressの略。1952年創刊のイギリスの音楽専門誌、かつては専門紙だ。
イギリスで初めてヒット・チャートを掲載したことで知られている。
現在はサザークに引っ越している。

430このPumaが入っている赤いビルなんだけど…

440ココにはSmash Hitsという音楽雑誌の出版社が入っていた。
1980年代の話なのでスルーしよう。

450同じビルの正面の左端のは「City of Westminster」の緑のプラークが掛かっている。
今日一番見せたかったのはコレ。
この水平を採っている職人さん。女性だよ。カッコいいね~!
イヤ、違う、違う!
このプラークに書いてあること。

460「プロデューサー、ドン・アーデンとモッド・バンド、「スモール・フェイセズ」(スティーヴ・マリオット、ロニー・レーン、ケニー・ジョーンズ、イアン・マクレガン、そしてジミー・ウインストン)がココで働いていた。1965-1967年」…と書かれている。
ドン・アーデンは手段を選ばない強引なビジネスで有名な音楽プロデューサーだった。
The Small Facesを始め、The MoveやBlack Sabbathの面倒を見たことで有名。
ギャラの支払いも悪く、業界では「悪徳プロデューサー」としてその名を届かせたが、The Small Faceのドラマー、Kenny Johnesは「ドンがいなければThe Small Facesが世に出ることはなかった」とドンへの感謝の意を表し、このプラークを大変よころび、Steve MarriottとRonnie Laneと一緒にコレを目の当たりにすることができなかったことをすごく残念がったという。
この人、いい人なんだねェ。The WhoのKeith Moonの後任ね。
皆さんはよくご存じでしょうが、ちなみにこのDon ArdenはOzzy Osbourneの義理のお父さん。
お嬢さんのSharonはOzzyの愛妻だ。
そうそう、Donのアダ名は「Mr. Big」。
Freeの「Mr. Big」の「you」はDonのことか?
歌詞を読むと「オイ、ミスター・ビッグ!ひとりでオレに近づく時は気を付けたほうがいいぞ!お前のために地面にデッカイ穴を掘ってやるからな!」なんて物騒な内容だ。
Freeの連中はDonにヒドイ目に遭ったことがあるとか?
いずれにしても、Donがいくら悪かろうと、The Small Facesがどれだけ爆音であろうと、こうして街から正式に認められてプラークをつけられるということは、彼らが街にもたらした利益と業績がいかに大きかったかを物語っている。

470コレがカーナビー・ストリートの反対側。
右のビルの柱にも緑のプラークが掛けられている。

480John Stephan…「ジョン・ステファン 1934-2004  1960年代、世界のメンズファッションの中心であったカーナビーストリートの創設者」
1958年、一番最初に「His Clothes」というブティックをココでオープンし、時流に乗って次々にブッティックを出店していった。
1960年代、「100万ポンドのモッド」とか「カーナビー・ストリートの王様」と呼ばれたのだそうだ。
金持ってそうだな~。
The Who、The Kinks、The Rolling Stones、The Small Faces等のメンバーがJohn Stephanが扱う洋服を愛着したというワケ。
「カーナビーは私の発明だ。ミケランジェロがあの美しい像を作るのと同じ感覚だと思っている」言ってみたいね。

490明日はこのお隣のKingly Streetをブラつくよ。

つづく

2017年2月14日 (火)

WeROCK最新号がうれしい! <追補版>

今日はヴァレンタイン・デイか~。
何か、世間は昔ほど騒がなくなった感じがしない?「義理チョコ」なんて言葉も一切聞かなくなった。
クリスマスは別格として、こういう上辺だけの海外憧れ行事で今最も盛んなのはハロウィンかね?
アレもそのうち飽きてしまって誰も騒がなくなるだろう。
何せ宗教的な礎が何もないところで、商魂丸出しでそうした文化の上辺だけをマネするもんだから飽きたらポイだ。
日本人らしくていいわ。
そういうことをやるのもいいけど、「花まつり」だとか「二十四節気」とか、日本古来の文化をキチっと伝承した上でやってもらいたいと思うよな~。
そうそう、「恵方巻」だって昔は東京の人は知らなかったんじゃないかね。
私は子供の頃に聞いた記憶がないんだよナァ。
ま、コレは日本の文化だからまだいいけど、「売らんかな精神」には一種の凄みすら感じるわ。
「財団法人 日本太巻寿司協会」の方々もウマいことやった。(そういう協会があるかそうかは未確認です)
  
とか何とかいっておきながら、へへへ、ヴァレンタイン・デイのプレゼントをもらっちった!
それは本日発売のWeROCK Vol.057。
ナゼなら、「オレ特集」なのだ!…というのはタチの悪い冗談で、大好きなMarshall Familyの皆さんが誌面に勢ぞろいしてるのだ!
しかも私が撮らせて頂いた写真でね、へへへ。
こういうのはいくらやってもうれしいもんです。
それと関係はないにキマっているが、もうすでにamazonや楽天等のウェブサイトの流通分はソールド・アウトになってしまったとか。
でも、心配ご無用!
まだ書店や楽器店への流通分は残っているということなので、見つけた方はゼヒお手に取って頂きたいと思う。
しからば、その内容をマーブロ的に紹介していこう。

10冒頭、いきなりJubileeの20Wシリーズが紹介される。

2525_mini_jubilee2 そして、LOUDNESS!
Marshall Blogで予てよりレポートしている通り、35周年イヤーを終えての高崎さんの総括的インタビューが掲載されている。

20写真は昨年末に六本木で開催された35周年イヤーを締めくくるコンサートで撮ったもの。
こちらのレポートも近々Marshall Blogに掲載する予定にしているので乞うご期待!
 
LOUDNESSの詳しい情報はコチラ⇒LOUDNESS Official Website

30DVDの付録がウリのWeROCK、この号にはDVDではなくCDが付いている。
タマにそうした回があるとのことで、CD付録号はその充実した内容で毎回大きな人気を呼んでいるのだそう。
コレがその付録CD。

40cd 内容に目を向けてみると…
まず、昨年末に自分たちのレーベル「FSB TURBO DREAMS」を発足し、新体制で再び活動を開始したFEEL SO BAD。
掲載されている写真はそのレーベル発足の記念イベントの時に撮影したもの。
そのイベントのレポートはコチラをご参照願いたい。

50収録されている曲は「DIRECT MAIL」。
先日のそのイベントでも演奏したFSBならではのゴキゲンなナンバー。
MarshallとNATALサウンド炸裂だ!
コレを聴いたらきっともっと聴きたくなるハズ。

60そんな人は3月17日、六本木の「新世界」に集合や!
あイカン、今、オガンちゃんと一緒にいるから関西弁がうつっちゃった。
3月15日にリリースされる川島だりあさんのソロ・アルバム『LIFE=NOW』と…

80cd同日に発売の冬樹さんのソロ、『Tyranosaurus』のレコ発記念ライブが開催されるのだ!

70cd FSB TURBO DREAMSの詳しい情報はコチラ⇒Official Web Site
FEEL SO BADの詳しい情報はコチラ⇒Official facebook

  
続いてはTSPことTribal Scream of Phoenix。

90メンバーが入れ替わっても相変わらずのパワーをまき散らしているTSPが送り込んだ曲は「Departure」。
Shuちゃん自慢のMarshallサウンドがタップリ詰め込まれているのだ!
インタビューと合わせてどうぞ。

100しばらくご無沙汰だったTSPだけど、もうすぐ久しぶりにMarshall Blogに登場してくれるのでお楽しみに!

110そして、ピッカピカのニュー・フェイス。
Heaven's TragedyもCDに参加した!

120誌面に採用されているアーティスト写真は私が撮影したものだが、楽しかったな、この時は。
若い人と仕事をすると若返る。
ジイさん臭いこと言っているが、ホントのことだから仕方がない。少なくともバアさんではない。
何しろリーダー/ギターのJienくんはまだ10代だからね!もちろんMarshall。
そんな若き炎が今回CDに収録されている。曲名は「Thears of the Sky」。

130Heaven's Tragedyのライブ・レポートも近日中にMarshall Blogに掲載される予定だ。

140「一流の音作り」というページがまたうれしい。
まず、このタイトルがいいよね。
「プロに聞く、憧れのサウンドに迫る方法」ということで、高崎さんとルークさん他にサウンド・メイキングのコツや信条をお伺いしている。
とにかく、お二人の話をよく聞いてもらいたいな~。
ルークさんのデジタル・アンプに関する見方なんかは全くの同感だし実感!
あ~、色々それについて書きたいんだけどガマン、ガマン…皆さんにはWeROCKをお読みいただくということで…。
やっぱりハイ・クォリティのビンテージ・マーシャルをコレクションしているぐらいの方なので、Marshallをよく理解してくださっている。まさにご慧眼!
高崎さんのお言葉にも思わず「そう!その通り!」と声をあげてしまった。
インタビューされているのは三人のギタリストだが、やはり世代によってMarshallへの認識がゼンゼン異なっているところがまた面白い。
やはり聴いてきた音楽が全く違うということなんだろうね。
ジャズの巨人、デューク・エリントンの名言で「音楽は二種類しかない。良い音楽と悪い音楽だ」ってのがあった。カッコいい~!
ま、私もコレを模して言わせて頂ければ、「ギタリストは二種類しかいない。Marshallを使っているギタリストかそうでないギタリストだ」…ナンチャッテ!
でも、マジでそんな気分なのです。

  
ルーク篁の詳しい情報はコチラ⇒⇒CANTA OFFICIAl WEBSITE

1_img_0108 まだ続く、我がMarshall一家の面々!
D_DriveのYukiちゃんも大フィーチュア。
WeROCKの人気企画「メタル女子」での登場だ。
写真は私の友人の野田さんが撮影したもの…さすが!
D_Driveの音源はCDには収録されていないッス。

150D_Driveもライブ・レポートがいくつか控えているでね~。
ちなみにSeijiさんはもう「ツーマン」という言葉を使っていない。
MCもウェブサイトも「ダブルヘッドライナー」だ!
ね~、Seijiさん?!
そして、今夏にはFEEL SO BAD、TSP、D_Driveが手を組んでの人気シリーズ、「美女と金髪と野獣」が昨年に引き続き開催される予定だ。
このトリプル・ヘッドライナーは見逃せない!
お願いだから「スリーマン」なんて言わないで!世界中の人に笑われる。
ね~、Seijiさん?!

D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒Official Web Site

160それにEDENの広告もバッチリ載ってる。
広告を宣伝してりゃ世話ないけど、このTERRA NOVAはひとりでも多くのベーシストに知ってもらって、ゼヒお試し頂きたい。
ここ数年で小型のベース・アンプ・ヘッドがスッカリ定着した感があるが、このTERRA NOVAはそういったタイプのヘッドの番長を張れるクォリティを誇っているといえよう。
この値段にしてこの音質とパワー、まさにバツグンのコスト・パフォーマンス。

170このTERRA NOVA、Silexのhibikiくんにもご愛用頂いているんだけどマジでスゴイ音だった。
音にうるさいhibikiくんの相棒を務めているということを考えれば自ずとそのレベルが知れよう。
この写真でhibikiくんの後ろのアンプの上にチョコンと乗っている白い奴がTERRA NOVA。

175vそして、先日犬神サアカス團のジン兄さんにも試して頂いた。
「狗餓身稲荷」の赤い幟に隠れて見えないが…

176vぞの裏はコレ。
TERRA NOVA TN501。
リハの時に試すだけのつもりが、一発で気に入って本番を通して使っちゃった!
ヘヴィな犬神サアカス團の音楽にあって、ジン兄さんが奏でるベース・ラインは大変重要な役割を担っているが、ぶっつけで使って軽々とその重責を果たしたのには驚いた。

177vしかしね~、Marshallもずいぶんベース・アンプを手掛けて来たのよ。
1981年にJCM800と時を同じくしてリリースされた「THE 2000」というシリーズがあった。
ギター・アンプは200Wの2000 Lead。
そして、ベース・アンプは下の写真の2001 Bass。
このヘッドがあきれるほど重い。
触っただけでも魔女の一撃を喰らってしまうかのような超重量級。(ギックリ腰を英語で「witch's shot=魔女の一撃」 という風に聞くが、コレはドイツ語の「Hexenschuss」という言葉を英語に直訳した表現で、英語圏の人にはほとんど通じないらしい。「Hexen」は「魔女」という意味で、「Schuss」が「一撃」という意味。
英語では何というかとうと、そのまま症状を表して「a low back sharp pain」みたいに言うそうだ。英語にしてはつまらない表現だね。
ま、おかげさまで英語で言う機会にはまだ出会っていない。私は「slipped disc」持ちなので日頃より気を付けているおかげかもしれない。「slipped disc」は「椎間板ヘルニア」ね)。
とにかく、冗談抜きに50kgぐらいはあるのではないかと感じる。

1_img_0610 このヘッド、最大出力が375W。
6550が8本も入ってる!
Marshallもヤケクソだったんだろうな。
見て、この電源トランス!
トランスは鉄の塊りだからね、こんなデカイもん載せれば破天荒に重くなるにキマってら!

1_img_0622 それから36年経ったらこれだよ。
しかも出力はこっちのほうがデカイときてら。
人間の欲望ってのはスゴイもんです。
マジでおススメ。

  

Terra_nova_2

  

そして、表4、つまり裏表紙はCODE!
おかげさまで大ヒットでございます!
180

先ごろのNAMMショウのMarshallブースではCODEの100Wヘッド、CODE100Hとキャビネットがフィーチュアされていた。日本ではリリース時期は今のところ未定。
先行発売されているCODE25やCODE50を試したプロ・ギタリストの皆さんがそのクォリティに感心し、「ゼヒ100Wも試したい!」とおっしゃてくれているので発売が楽しみだ。
  
本国Marshallではさっそくウェブサイトにユーザーのプリセットやフォーラムを掲載してCODEワールドの充実を図っているので今後の展開にご期待頂きたい。
  
Marshall英語版ウェブサイト⇒MY MARSHALL>PRESETS
Marshall英語版ウェブサイト⇒MY MARSHALL>FORUM

1_code_0以上、WeROCK Vol.027本日発売!

  
(2001 Bass写真提供:マーシャル・ミュージアム・ジャパン)

2017年2月13日 (月)

MAGIC OF LiFE TOUR 2016“X-1A”

まだ続いてる昨年分のライブ・レポート。
今日は12上旬に開催されたMAGIC OF LiFEのレコ発ツアーの千秋楽のもようをお送りする。

10コレが9月にリリースされたニュー・アルバム『X-1A』。
11曲入りCDと5曲入りDVDの二枚組だ。
ジャケットの写真は一瞬荒川かナァ?…と思ったけど、芝浦埠頭か…。

20cd高津戸信幸

40v山下拓実

50v渡辺雄司

60v岡田翔太朗

70v翔太朗くんはもちろんNATAL。
愛用のメイプルのキット。美しいフィニッシュはシー・スパークル。

80もちろん『X-1A』で聴けるゴキゲンなドラム・サウンドもこのキットが叩き出している。

90オープニングは『X-1A』の1曲目、「Go Out」。
ハンド・マイクを握って登場した高津戸さん。
もう1曲目から大興奮のノリノリ大会!

100翔太朗くんのドラムからスタートするのは「スキルフラワー」。
BSスカパー! オリジナル連続ドラマ『弱虫ペダル』の主題歌だ。
130
さっそくギターを提げて定位置で歌う高津戸さん。
2012年の『doors』から「変えるのうた」、さらにニュー・アルバムからのチョイスで「DOUBLE」。
「DOUBLE」は今回のアルバム以前にシングルでもリリースされていた曲。

110「ボクらにしかない音や言葉…生きている力として持って帰ってください。今日はこうして出会たことに感謝して心を込めて歌います」…というMCに続けたのはニュー・アルバム収録の「Bellyas」。

120曲調はライトだが、グッとしまったリズム隊のパフォーマンスがすごくマッチしている。

170

要はこの人のドラミング。
ともすればヘヴィになりそうなパターンをサラッと軽く叩いているところが実に気持ちいい。
もちろんNATALのサウンドがバッチリとフィットしている。

180v

DIRTY OLD MEN時代の『I and I』から「Born Message」。
そうそう、そういえば、数日前にMarshallのレコード・レーベル、Marshall Recordsの第一弾アーティストが発表になった…という記事をMarshall Blogに掲載したが、そのバンドの名前がDIRTY YOUTH。
それを知った瞬間にMAGIC OF LiFEのことを思い出してしまったよ!
「youth」というのは若者という意味だからして、DIRTY OLD MENの正反対なんだもん!

140続けて『X-1A』から「Misanga」。

145vこのバンドはスネアの位置が独特な曲が多い。
この曲もドラムがとても印象的だ。

S41a0120 『I and I』からの「Knight」を披露した後、ショウの中盤は『X-1A』からのレパートリーで構成された。
2015年の11月にシングル配信れ、今回のアルバムに収まった「風花ノ雫」。
165v
「栄光への一秒」…「青くて白い」。
150

さらにアルバムのクローサー、「音無き言葉」。
この曲はずいぶん以前から演ってたでしょ?このイントロのメロディはメチャクチャ耳に残る!
実にいい曲だと思うよ、コレは。
やさしいメロデイに「♪見えなくても聴こえなくても この目も耳も心にあるの…」という言葉が乗っているサビには人の心をグッとつかむ力がある。
160
メンバー紹介と爆笑質問コーナーで盛り上がった後は、コンサートも最終段階に突入する。
ニュー・アルバムから「I'm Rainbow」。
もうこのあたりは大盛り上がり大会ね。

190DIRTY OLD MEN時代の『Prologue』から「メリーゴーランド」。

200新作から「zero」、『I and I』から「呼吸」と新旧を思いっきり行ったり来たりのセットリスト。
息をつく間のないドライビング・チューンの連続にファンはもちろん大よろこびだ。

205そして名曲「スターチス」。
大好き。
コレはホントにいい曲だと思う。
アノね、「ロック」という音楽のカテゴリーということを念頭に置いてMAGIC OF LiFEの音楽を聴いた時、他の若い人たちのバンドと同様に、それは我々世代が知っている「ロック」という音楽とはもはや似ても似つかないものだ。
しかし、そういう見方から離れると、このバンドが作り出す曲のクォリティはかなり高いと思う。
私はいつもMarshall Blogで悪態をついているが、ガンコおやじだって「鬼」ではない。
いいものはいいと思うし、素直に楽しみますよ。
我々の時代のロックとあまりに隔たりがあるのはもう仕方がない…時間の隔たりがあるのだから。
そして、それが滅びゆくであろうということも覚悟した。
だから、こうした才能のある若き人たちにこそ、昔のロックを研究してもらい、ロックが一番ヨカッタ時代のエキスを吸収してもらいたいと思うのだ。
よりオリジナルに近いロックをね。

210vコンサートの本編を締めくくったのも『X-1A』からのナンバー。
ウォームなワルツ、「アオイシグナル」だ。
この曲もテーマって言えばいいのかな?すごく印象に残るメロディを組み入れている。

220さて、アンコ―ルの前に告知。
Marshall Blogでもレポートした2016年6月の赤坂BLITZでの全21曲を収録した『「LIVE TOUR 2016 ~紫陽花ヲ栞~FINAL at AKASAKA BLITZ』がMAGIC OF LiFEの公式サイト並びにライブ会場にて販売されているよ!

Dvd

アンコ―ルが始まった。

230v「はじまりの日々」…

240「弱虫な炎」…

250v「夜空のBGM」…の3曲を演奏して全プログラムをビシッと終わらせた。

260v全編でほぼ2時間。
彼らはダラダラ演らない!
自分たちが、言いたいこと、聞いてもらいたいことを端的に訴えてステージから姿を消していった。
この点でも実に気持ちのいいコンサートだった。
今年も益々の活躍を期待している…NATALとともに!

270MAGIC OF LiFEの詳しい情報はコチラ⇒official web site

2801965年創業のNATAL(ナタール)はMarshallのドラム・ブランドです。

M_natal_square
★NATALの詳しい情報はコチラ⇒NATAL Drums Official Web Site(英語版)
★NATAL製品は全国有名楽器店にてお求めください。
★NATALドラムは高田馬場バズーカスタジオでお試しになれます。バーチ、メイプル、そしてアッシュのキットの他、各種スネアドラムも用意しています。ドラマーの方、「NATALの部屋」ご指名でお出かけください。 詳しくはコチラ⇒バズーカスタジオ公式ウェブサイト

(一部敬称略 2016年12月9日 渋谷TSUTAYA O-EASTにて撮影)

2017年2月10日 (金)

カギはMarshallがにぎってる!

口を酸っぱくして言い続けているのは、「ツーマン」という言葉。
いくら和製英語でも恥ずかしいので「ダブル・ヘッドライナー」もしくは「ダブル・ヘッダー」という言葉を使いましょう…というヤツ。
日本人の得意技で「ダブへ」と省略してもいいだろう。
「ツーマン」よりはるかにカッコいい。なぜなら、「ネイティブ・スピーカーが実際に使っている言葉」というチャンとした出自があるからだ。
それで、おかげさまで最近、私の周りからは「ツーマン」という言葉がほぼ消えましたわ。
皆さんご協力ありがとうございます!
やっぱ「ペン」は「変」より強いな。
さて、今日はまず、その「ツーマン」という言葉をお借りする。
ただし「ツーマン」の「ツ」を「キ」に変える。
するとどうなるか…「キーマン」、すなわち「Key man」。
日頃この言葉を使っているかどうかは別にしても、意味はおわかりでしょう。
物事のカギを握っている重要な人物という意味を持つ表現だ。
「ツーマン」のように恥じたりすることは決してないが、私は言葉も和製英語かと思っていた。
よって、英文を書く時に同様の意味を表す言葉を使いたい時は、「Key person」という表現を適用していた。
もちろんこちらの方が自然な英語なのだが、「key man」という言葉もOKらしい。
したがって「ツーマン」はNGだけど、「キーマン」はOKということだ。
  
ちょっとカギにまつわるクイズをひとつ…。
「Aさんが誰にも知られたくないことを記した手紙を箱に入れてBさんに送りたいとします。そこでAさんは箱に錠をとりつけて、カギをかけてBさんに送り出すことにしました。
しかし、Bさんは合いカギを持っていないので箱を受け取っても開けることができません。さて、この先どうすればいいでしょうか?」
もちろんBさんがカギをぶっ壊して開ければよい…とか、別便で合カギをBさんに送ればよい…とかいうのはなしね。
      
答えは簡単。
「Bさんがその箱に二重にカギをかけてAさんに送り返せばよい。」
ハイ、もうみなさんおわかりですね。
釈迦に説法になるのでこのクイズのカギはココには記しません。
念のため巻末に記しておきます。

さて、今日の本題。
「カギを握る」を英語でどういうか…「hold the key」と日本語と同じ。
そして、ギター・サウンドのカギを握っているのは?…そう、Marshall!
本物のカギもMarshallに握らせてはいかが?というのが今日のマーブロ。
  
以前チョット紹介した「鍵掛け」のアクセサリーがイギリスから届いたので、もう一度レポートしちゃう。
商品名は『JACK RACK』。
Marshallのデザイン以外のものも色々と取り揃えている。
ま、Marshallがダントツでカ$コ&いけどね。
ケースにはチャンと「#LIVEFORMUSIC」とMarshallのペット・フレーズが入ってる。
もちろんMarshallで作っているワケでじはないんだけど、ずいぶん気の利いたメーカーさんだ。

05イギリスから送られてきたのはJCM800をモチーフにしたもの(商品名:JCM800 STANDARD)と…

10_21959をモチーフにしたその名もズバリ「1959SLP」。
双方、本物の部材が使われているワケではなくて、フロントパネルを印刷したものが貼られている。それで充分!

20本体の裏ブタの四隅を木ねじで壁に固定して、そこにパコッと本体をかぶせてビスで留める仕組み。

40中を見てみると本物の4pinのジャックが使われていた。
面白いのは、このケース、上下のコンパーチブルになっていて、コンボ・アンプの時は逆さに使用されるのだ。
頭いいな~。

50コレがプラグ形のキー・ホルダー。英語でKey Chain。
4つ入っている。
そうか、この黒いのはケーブルを模しているのか。
30
プラグの「M」の字がうれしいね。

60工場に行くとこんな飾りが施されているんだよ。

1_img_7901 全部ブッ刺したところ。
コレね、実際のジャックより抜き差しがスムースで「カチャリ」っていう手ごたえがチョット快感なの。70他にもECフレットやLCフレット仕様のJCM800がラインナップされている。
実際にはこんなJCM800は特注でもしない限り存在しない。
JCM800シリーズというのは、1959のようなセンター・ウインドウのデザインではなく、フロント・パネルが両端まで伸びたMarshall史上初のモデルなのね。
1981年に発表した時、Marshall信者の衝撃はそりゃ大きいモノだったらしい。
そうだよな、確かに私が大学生になるまで、そういうデザインのMarshallはなかった。
JCM800の後は900、2000、そして今のJVMまでフラッグシップ・シリーズは全部同じデザインだ。
そういう意味で1959とJCM800の2種類に限定した判断は適切だったように思う。

80「Hang your keys like a rockstar」…なんでやねん?
コレ何かのシャレなのかしらん?

詳しい情報は「Marshall」、「Jack Rack」というキーワードで検索してみてくだされ。

90さて、最初のクイズのカギはコレ…。
Bさんが自分のカギをかけてAさんに送り返す。この時点では箱に錠が2個ついている状態だ。
Aさんは箱を受け取り、自分のカギを開けて、錠をハズし、再度Bさんに箱を送り出す。
すると、今度はBさんがかけた錠が付いているので誰かに開けられる心配はない。
そして、箱を受け取ったBさんは自分のところにあるカギで錠をハズし、箱を開けて中の手紙をユックリ読むことができる。
そこに「金返せ!」と書いてあったらBさんの努力は水の泡となる。

 

よい週末をお過ごしください!

2017年2月 9日 (木)

HIGH VOLTAGEの思い出 <その4:最終回>

さて、HIGH VOLTAGEのレポートもコレが最後。
もう二度とないロック・フェスティバルとなる可能性が高いからね、このレポートは値千金だよ。
世界でもこんなことをやったのはMarshall Blogだけじゃないかしらん?
ああ、「ものずき」で結構。
ああ、「ワガママ」でスミマセンな。
  
さて、レポートの<その1>からご覧頂いている方の中には、ずいぶん天気がコロコロ変わるな…写真を適当に並べてるんじゃないの?と訝しむ諸兄もいらっしゃるかも知れない。
まぁ、下のような風景の写真は確かに時系列に並んでいるワケではない。
携帯のカメラといつも使っている仕事用のカメラで色目がかなり変わっていることもあるが、イギリスは本当にこんな感じで天気がコロコロ変わるんだよな~。
早朝は快晴、朝うす曇り、昼はくもり、夕方雨、夜快晴なんてことはザラなんで写真もこうなっちゃう。
何せイギリスの天気予報は緻密で、時間単位で予報するでね。何せシャレで皇太子殿下が天気予報士でテレビに出てきちゃうぐらいの天気予報好きだ。
結構な確率で当たるけど大ハズレすることもある。
で、前にも書いたことがあるように連中は雨が降っても傘をささない。
何しろささない。ビッチョビチョになって歩いてる。
考えてみれば、それなら天気予報なんて必要ないような気もするのだが…。
すぐに傘をさすのは決まって観光で来ている日本人だ。あ、私のことだ。
だって旅先で具合悪くなったらイヤだもんね~。
とにかくこの2日間、傘が必要になることはなかったのでヨカッタ。

10_2さて、今日はヘッドライナーのELPを目当てに会場に来ているお客さんが多いせいかヤケにELPのTシャツを着ている人が目立つ。
そのTシャツの柄も「Tarkus」やら、「Trilogy」やら、ファーストアルバムやら、てんでバラバラでおもしろい。
だが、なんといっても圧倒的に多かったのは、おなじみGiger(ギーガー)の『Brain Salad Surgery』だろう。もうそこら中で『脳みそサラダの外科手術』よ!

20v_2そういったアーティストTシャツの類も日本と状況がまったく違うんだよね。
Led ZappelinやStonesはやっぱり定番。そういうビッグネームは日本と大差ない。
他はさすがイギリス!少数派が圧倒的におもしろい。
Mich RonsonやらGentle Giant、Alice Cooper、Marshall Tucker Band、Fleetwood Mac、Sparksなんて人もいた。
BudgieのTシャツを着ている人なんて日本で見たことない。
ちなみにイギリス人は「Budgie」を「バッジ―」ではなくて「ブジー」と発音する。
下のTシャツの文句はオープニングMCのセリフをそのまま使ったELPのライブ・アルバムのタイトルですな。
こういうセンスはいいね。
「お友達のみなさん、終わりなき見世物にようこそお帰りなさい!」…日本のバンドがやったら英文の代わりにコレが背中に入ることになる。

30vProg Stageの出番はUriah Heep。
最近来日しちゃったけど、この時観れるとは思わなんだ。
Mick BoxはDSLを使用していた。
ナンカ昔の印象よりギターがうまくなったような感じがする。
このバンドも比較的メンバーの出入りが激しいバンドで、オリジナル・メンバーはMick Boxだけになってた。Ken Hensleyなんかゼンゼンいない。
『Uriah Heep(ユーライア・ヒープ)』は、ディケンズの小説『デイヴィッド・コパーフィールド』の登場人物で、英語の表現としては「イエス・マン」という意味がある。
このバンドの定番アルバムと言えば、もっぱら『Look At Yourself(対自核)』、『Demons And Wizards』、『The Magician's Birthday』とかなんだろうけど、ヘソ曲がりの私としては1977年の『Firefly』が好きだった。
あまりHeepは好きではなかったんだけど、ナゼかこのアルバムは出てすぐに買った記憶がある。
さて、この日のステージ、1曲目は「Wizard」だ。
ボーカルはカナダ人で元Grand PrixとかいうバンドにいたBernie Shawという人。
David Byronっぽく歌っているんだけど、滅法声が高い…イヤ、高すぎやしまいか?
1959のトレブルをフルにしたイメージ。
「Easy Livin'」や「July Morning」といった定番をからめながらの貫禄のステージだった。
こうして聞いてみるとやっぱり曲がいいな…。
途中でMicky Moodyが登場してスライド・ギターを披露。
熱狂的なファンが客席に多かったのも印象的だった。

15_2Classic Rock Stageに移動。
出演はBachman Turner。
彼らは1976年にBachman-Turner Overdriveとして来日を果たし、その時の公演がライブ盤にもなった。
今BTO知っている人なんているのかしら?
色んな人と昔のロックの話をしていて、「バックマン・ターナー・オーバードライブ」という名前を口にした人がいた記憶がない。
「パックマン」ってのはずいぶん流行ったようだけどね。
BTOはカナダの4人編成のバンドで、「Bachman」はRandy Backman(g)とRobbie Bachman(ds)の兄弟。
「Turner」はFred Turner(b)。
それじゃもう一人が「Overdriveさん」という名前かというとさにあらず。エフェクター屋じゃない。
Blair Thornton(g)という人だが、元々はそのポジションれもBachmanの兄弟だった。
だからバンド名がBachman姓とTurner姓の二種類になっている。
気の毒だよね、この後から入ったThorntonっていう人。
だっていつまで経ってもトラみたいじゃん?
かといってBackman-Turner-Thornton Overdiveなんて名前にしたら長すぎちゃうもんね。
三菱東京UFJ銀行みたいになっちゃう。頭文字もBTTO。「ブット」じゃしっくりこない。「PPAP」ならいいけど。
で、このBTO、ドラムのオッサンが同じクラスの大崎くんに似ていて、我々の間では「オーサキ」って呼んでいた。
中学生だった頃のある日、教室でロック好きの仲間が集まって見ていた雑誌にBTOが出ていた。
たまたま通りかかったクラスメイトの吉岡くんがそのBTOの記事を指して、「あ、コレ知ってる。アネキが観に行ってた」と言った。吉岡くんはロックと縁もゆかりもないような子だった。
1976~1977年のことだ。
この話は以前にも書いたことがあるのはわかってる。
ココでビックリして欲しいのは、今では誰も口にすることのないようなゴリンゴリンのロック・バンドが40年前には、例え「オーサキ」と呼ばれていたにしろ、普通の子供達の間で認識されていたということなの。
今、ロックはスッカリ市民権を得て、身の回りにあるように見えても、本当のロックはものすごく遠いところへ行ってしまった…という感じがするんだよね。
1_img_33602
そのBTOの重要メンバー、すなわちRandy BachmanとFred TurnerがくっついてBachman Turnerとして2009年から再活動を始めたのがこのチーム。
ちなみに上のライブ盤は日本武道館で収録された。
そう、BTOってもんのすごく人気があったのよ。
「またかよ!」っていわれそうだけど、私はそんなに夢中になったクチではなかったが、数ヶ月の間すごくよく聴いたものだ。

55_2この日、ステージで初めてその姿を見た時は「Randy Bachman、痩せたナァ~!」と思った。昔はロッキーの簗の中から降りて来た本物の木コリみたいだったからね。
が、いきなり元気よく「Roll On Down The Highway」をおっぱじめた!
ウワ!こりゃタマらんらん!
タマらんのはいいけど、チョット待った~!
ベースを弾きながら歌ってるオッサン、一体誰じゃい?!
ものスゲえ声だ!…というか、レコードと同じなんですけど!
そこですぐに気がついた。
歌っている細いオッサンはFred Turnerだ。
先入観というのは恐ろしいもので、あのすさまじい声の持ち主はこの時までRandy Bachmanだと思い込んでいたのだ。
だってあの身体ジャン?あれぐらいの太い声が出て当然と思うじゃん?
もうひとつ、RandyとこのFredこそが兄弟と勘違いしていたよ。
だって昔は二人とも同じような体つきしてたんだもん。 
え、「何にもしらねーんだな?」って?
だ~か~ら~、私は特にファンじゃないってば。

57このチームも大ヒット・パレード&懐メロ状態で、「Not Fragile」、「Four Wheel Drive」、「Hey You」、「Rock Is My Life」などを立て続けに演奏した。
しかし、いい曲が多いよな~。
MCによると、最後にイギリスで演奏したのは1976年のことだったらしい。
もう40年以上経ってる!
それなのにこのメインのステージに登場できるということは、当時のBTOの人気がいかにスゴかったかを物語っているということだ。
本当にこの時代はカナダも含めて英米のバンドがしのぎを削っていたんだネェ。
いい時代だ。
このバンド、ビックリだらけでさ…。
一番驚いたのは、この人たちこんな重厚長大なロックを演ってるクセに、ギター・アンプが全員コンボなんだよ!ナニ考えているだか…。
しかもMarshallじゃないし。
ステージの見てくれは全然「Not Fragile」じゃなかった!てっきりスタックがゾロリ並ぶのかと想像してたのに、これじゃ「Handle with Care」だ!
根っからの否ブリティッシュ・ハード・ロックなんだね。Montroseと同じだ。
私は徹頭徹尾ブリティッシュ派ですので好きにやってください。
とにかく何にも考えないひたすら楽しいロックもタマにはいいもんです。

56

しかし、空いてていいわ~。

58

次にClassic Rock Stageに現れたのはJoe Bonamassa。
この人も一時ドカっと行ったけど最近はどうしているんだろう。
以前二度ほどMarshall Blogに出てもらったことがあったんよ。
イヤ、ロンドンのRonnie Scott'sで開催したClass5の発表会を入れれば3回だ。
コレが4回目。
この人いかにも彗星のごとく現れた感じがするけど、芸歴はすごく長くて、Arlen RothがやっていたHot Licksというビデオのレーベルから子供の時にブルースの教則ビデオを出してたんだぜ。

60_3またしてもProg Stageにダッシュ!
マジで疲れたわ。
でもコレは絶対に観ないと…Argentだもん!
急がないと…コレがホントのアージェント(urgent)、ナンチャッテ。
何と37年ぶりの演奏なのだそうだ。平気でオリジナル・メンバーというところがスゴイ。
オープニングは「It's Only Money」。
このクドさがArgentの魅力。ホンの数小節のモチーフを7、8分の曲にしちゃう。
まるで私の大学の時の卒論だ!
70_2
ギターのRuss Ballardは1970年代の1959を使用。
ちょっとトレブリーではあったが、1959らしいいい音だった。
ラスはギターだけでなく声もハリがあって、若々しくて何の衰えも感じさせない。一体いくつなんだろう?
好きだったんだよな~、Russ。
ソロ・アルバムも何枚か買ったけど何十年も前に手放しちゃったな。それっきり全く聴いていない。
90v
ココもヒット・パレード状態のセット・リスト。
Rod Argentのロックンロール・ピアノが冴える「Keep On Rollin'」で盛り上がった後、Three Dog Nightがカバーして全米7位まで上がった「Liar」へ。
ちなみにこのキーボーズのRod ArgentはRock WakemanがYesを脱退した時、後任として加入の誘いを受けたことがあったそうだ。
ピアノも歌もうまいし、曲が書けるからね。さすが元The Zombiesだ。
120_3
続けて、「She's Not There」。
これはSantanaのカバーでもおなじみ。RodがThe Zombies時代に書いたヒット曲。
ジャンジャン出てくる有名曲。
今度は「Since You Been Gone」をラスが熱唱。
ロッドはMCで、「この曲は他のバンドがカバーしてヒットしたけど、ラスが作った曲なんだよ!」と付け加える。
次は自分たちのヒット曲「Hold Your Head Up」。
大ウケ!いい曲だもんね。
再結成のMr.BIGも演ってんのね、コレ。
そういえば、以前Paulがこの曲のリフを楽屋で弾いていたよ。
他にも「Thunder and Lightning」やら、「Schoolgirl」やら、名曲が目白押し!
100_3
またしてもロッド曰く、「この曲は1973年にArgentが作って初めてレコ―ディグしました。
その後、あるバンドが演奏して大ヒットしました。
でもArgentがオリジナルです!」
コレばっかり…どれもこれもカバーしてもらうとヒットする。
ちなみにその曲はこのアルバムに入ってます。
どうしてジャケットを見せたかと言うと、Hipgnosisだから。

Id_2 MCの後、想像だにしないことが起こって感動の嵐が吹き荒れた!
曲が始まった途端、そこにいた観客の全員が一斉に歌い出したんよ!
ホントに全員が歌ってる!
アタシャ、もうビックリしちゃって!
110_2
曲は「God Gave Rock 'n' Roll To You」。
マァ、この曲もね~「♪God Gave Rock 'n' Roll To You」のメロディが一体何回出てくるやら。
しつこい、しつこい…ビートルズなら2分で片付けちゃうような曲をイジリにイジって、スタジオ盤では7分近くやってる。
例えば、組曲風にRussが曲の中間でそのメインのメロディをギャロッピングっぽく弾いたりする。「そのパート、この曲に本当に必要なの?」という感じ。
もちろんライブでもやってた。
その無駄を乗り越えての~「♪God Gave Rock 'n' Roll To You」なのね。
「それがアージェントの…やり方かぁ~」ってヤツ。
すごい感動よ。
カバーしてヒットさせたバンドとはKISSのこと。
KISSは「God Gave Rock 'n' Roll To You II」として映画に使用した。
この曲を知っている人って日本にどれだけいるのかナァ。
コレも誰かが口にしていたのを一度も聞いたことがない。
80_3

ヨカッタわ~、Argent。
ちなみにProg Stageのトリ前の出演。トリはMarillionだった。
一生見れないと思っていた…というか思ったこともないんだけど。
ああ、あの即席ライブCDを買ってくればよかった!
…と思っていたら!
ナント、渋谷のTOWER RECORDSで売ってやがんのよ!
その場ですぐ買ったわ。
CDを作ってみたはいいけど、ものすごい余っちゃったんだろうね。

130_3さて、宴もたけなわ。
Classic Rock Stageに続々と人が集まって来たよ~。
ヘッドライナーの前に登場したのはDef LeopardのJoe Elliottのバンド。
Ian Hunterをフィーチュア…なんだけど、私Mottが苦手なのでパス…というかArgentに夢中になってた。

140_3楽屋が騒然とし出す…ヘッドライナーのEmerson Lake & Palmerの出番だ!
舞台はすぐそこなんだけど…
155
カートに乗って3人別々にステージに向かった。
今乗っているのはGreg Lake。
ELPの3人は楽屋も別々だった。

150v_3まさに登場寸前!
何しろ結成40周年を記念しての一度だけの再結成だからね。
噂ではCarl PalmerがAsiaはいいけど、ELPで出演するのをあまり快く思っていなかったとか…。
色々あるね~、ビッグになると。

160そして、いよいよヘッド・ライナーの登場!
Welcome back my friends, to the show that never ends.  Ladys and gentlenem, Emerson Lake and Palmer!
もう9時だよ。
さすがにクタクタだ~!
170_2
アレ何て言うのかな、「パッチボードの壁」とでもいうのかな?Keith Emersonのシンボルも健在だ。
コレって、キーボーズ・プレイヤーにとっての「マーシャルの壁」だね。
やっぱりコレがないとね!
写真の通り実際にマーシャルも多数使われていた。
190v_2
1曲目は「Karn Evil 9 First Impression Part2」。
もうあのシーケンサーの音が流れた途端に会場は大興奮!
始めは何となく演奏がぎこちない感じもしたが、滑り出すと何ら問題もなく、Greg Lakeも『Then & Now(Disc 2)』の頃より声も全然出ていて見応え充分!
貫禄も十分…といいたいところだったけど、こんなに太っちゃイカンよ。
だから取り返しのつかないことになってしまったじゃないか!
200_3
2曲目はファースト・アルバムから「The Barbarian」。
ドワ~、こんなのやるんだ。
「Bitches Crystal」、「Touch And Go」と続いて、同じくファーストから「Knife Edge」。いつも言ってるヤナーチェクの「Synfonietta」ね。
もうタマラン!
「ああTarkus演ってくれないかな~」って思っていると、「Take A Pebble」からピアノ・ソロを経て「Eruption」へ!
グワ~、カッチョいい~! 後半リズム隊が加わってドバーっと盛り上がった。
180_3
後ろの方はこんな感じ。
210_2
私は帰りの電車の混み具合が恐ろしいので、涙を飲んで「Lucky Man」を背に会場を離れたが、後で聞いたらこのあと『展覧会の絵』を全曲演ったとのこと。
ま、いいや。
私、アレ苦手なんだよね。
「Nut Rocker」は相当盛り上がったでしょうな。
  
しかし、こうして見るとやっぱりロックはイギリスの宝だね。
とりわけプログレッシブ・ロックはイギリスならではの国宝だ。
お客さんの年齢層はかなり高かった。
でも若い人も結構来ていて、ちゃんと音楽を楽しんでいた。
このあたりが日本と丸っきり違うところで、こういう機会がロック文化の橋渡しをしているんだろうな…と感じた。
    
「若い人は何も知らないだけ。カッコいいロックを教えてあげれば、それがたとえクラシックなものでもきっと好きになるハズ。なぜならカッコいいから」…この記事を書いた時、またいつもコレを言っているけど、最近、正直もう無理だと思うようになってきた。
我々世代のロックはそんなに遠くない将来に絶滅すると思う。
「絶滅」とはどういうことか…。
例えば、戦前の日本は琵琶を使った「語り」が大人気だったらしい。「源平合戦記」みたいなヤツね。
水藤錦穣というスーパー・スターを生み、ブロマイドまで流通していた。
裏の世界のドンなんてのもいて、琵琶語りは一大音楽産業のひとつだった。
ところが戦後、外来文化の流入が増え、スターもいなくなり、また、業界内のゴタゴタなどで急速に人気が衰え、ついには誰も聴かなくなってしまった。
「絶滅」と言っては現在も琵琶語りに取り組んでいらっしゃる方々に失礼だが、その盛衰を知れば遠く当たらないということはないだろう。
つまり文化の伝承に失敗したワケだ。
下は『さわり(佐宮圭、小学館刊)』という鶴田錦史(きんし)という琵琶奏者の伝記で、このあたりのことが詳述されていてとても興味深い。
最後にもう一度脱線しておくと、この鶴田さんという人は、武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」のカーネギー・ホールでの初演で琵琶を弾いた人。
武満徹が「この人でなければ表現できない」と抜擢した天才琵琶奏者だ。
そのカーネギーの時、武満さんが鶴田さんに敬称の「ミス」をつけて紹介したところ、観客の多くがそれに気づき、「タケミツは緊張して『ミス』と『ミスター』を言い間違えた!」と言われたが、武満さんは決して間違えたワケではなく、この鶴田さんという人は見た目は男性だが、中身は女性だったのだ。
人生の半ばで女性を辞めて、残りの生涯を男性として過ごしたという数奇の人生をたどった人。
興味のある人は読んでみてください。
女性だったころの結婚相手の名前の苗字が私と同じで、メチャクチャ驚いた。滅多にない名前だから。

Sw_2 さて、話を戻して…
クラシック・ロックと呼ばれているものもこの琵琶語りと同じ。
聴く人がいなければどんなにいい音楽であっても意味がない。
我々やチョット下の世代の人がいなくなる時が来たら60~70年代の音楽は消滅するか、ほぼ同じ状態になると思う。
文化の継承の失敗だ。
私はいいよ。もう十分に楽しんだし、ジャズとクラシックだけでも十分やっていける。
気の毒なのはコレから生まれてくる子たちだよ。
ロックの本当のカッコよさを知らされるチャンスが本当になくなってしまうんだから。
   
それと、こうしたロックは金にならないということよ。
若い連中に「コレがいいよ」、「アレがいいよ」とワザワザ金をかけて宣伝するなんてバカバカしいじゃん?
それより握手券だか何だかを入れたCDをジャンジャン売ったほうが楽に儲かるじゃん?
私がレコード会社の社員だったらこっちを選ぶわ。
で、家に帰ってコルトレーンとザッパとバルトークをジックリ聴くよ。
チョット憎まれ口みたいになっちゃったけど、久しぶりにこのフェスのことを思い出したら書きたくなっちゃった!

最後の最後に一番最初に戻って…
このフェスティバルが開催されてから7年が経った。
今朝のfacebookには、UFOのPete Wayが心臓手術を受ける前のいくつもの検査を今日受けることが報じられていた。ガンバレ、Pete!
Keith Emerson、Greg Lake、Gary Moore、John Wetton…このフェスティバルに出演した4人の偉大なるロックのパイオニアやイノベーターがこの世を去ってしまった。
ロクに英語ができない日本人が「R.I.P」と書いて追悼の意を表そうとしているのを日頃から恥ずかしく、故人に対してとても失礼だと思っているが、今日はこのフェスティバルにかぶれてイギリス人になったつもりで敢えて言う。
Requiescat in Pace…。
   
元の記事のサブ・タイトルを「その2日間、私は世界でもっとも幸せな日本人のひとりだった!」としていたんだけど、今でもそう思っている。
あ~!
またゴミ!
バカイギリス人が~!
やっぱり日本人がいいわ。
でも、ロンドン行きたい!

230v_2おわり

※やっぱり、明日更新するけどすごく簡単に内容になります。
今週、コレでクタクタになっちゃった!


(敬称略 2010年7月24日 ロンドンにて撮影)

2017年2月 8日 (水)

HIGH VOLTAGEの思い出 <その3>

05_2かくして『HIGH VOLTAGE』の第1日目も無事に終了し、Ravenscourt Parkのホテルに帰って、ホテルのバーでエールを飲んで、風呂に入って、横になった頃には結構いい時間になった。
そして2日目。
もう勝手知ったるところなので、アラよっ!と地下鉄に乗り通勤よろしくスイスイと会場に向かう。

20ハイ、マイル・エンド到着!

30_2教会の横を通って…

40_2はい、ヴィクトリア・パーク到着。
ココから会場の入り口まで結構歩くんよ~。

50_2今日のパスはコレ。昨日もらっておいた。
「PROG STAGE」の表記があるけど大丈夫なのかしらん…と一瞬不安になったが、中に入ってみると昨日とまったく同じ待遇で安心した。
今日はデカいカメラも持っていないのであのサン・ラに怒られることもない。

60_2相変わらずホコリっぽい!
昨日ほんのチョットだけお湿りがあったけど、今日は雨の心配はまったくなさそう。

65
コレは移動キャッシュ・ディスペンサー。

70vどこのATMも結構長い列(queue)ができていた。
80_2
今日は昨日より早めに来たよ。
メインのClassic Rock Stageはもう結構人が集まっている。
13:05から始まる最初のステージはThe Quireboys。

66コレはトイレ。
ま、あまり書きたくはないんだけど、中はどうなっているかと言うと…イヤ、やっぱりやめておこう。
暑いし、混んでるし…そこがどんな惨状になっていたかは皆さんのご想像にお任せする。
外人ばっかりじゃない?
肉ばっかり食べてるし、我々より腸が長いし…スゲエんだよ。
私は1回しか入らなかった。イエイエ、入れなかった。
あ、イカン!ほとんど書いてしまった!
お昼休みに読んでいらっしゃる方、ゴメンナサイ!
  
では、トイレにまつわる社会的、かつ真面目な話をひとつ。
このHIGH VOLTAGEは翌年も開催された。
メイン・ステージのヘッドライナーはJudas PriestとDream Theaterだった。
他にもThin LizzyやMSGも出演。
それよりも私的にはProg Stageの面々が魅力的だった。
Barclay James Harvest、Caravan、Jethro Tull、Spock's Beard、Curved Air、The Enid…タマらんじゃんね。
実はMarshallに頼んでプレス・パスも出してもらい、行きさえすれば写真を撮れることになっていた。
ところが、イギリス自体に行くチャンスなかったのでオジャン。遊びに行くワケじゃないからね。あくまで会議がメインで、その会議がなかったのだ。
Ian AndersonやSonja Kristina…撮りたかったな~。
で、また翌年に期待を寄せたのだが、3回目は開催されることはなかった。
ひとつには1回目に比べて2回目の面子があまりにもショボくてチケットの売れ行きが悪く、継続を断念せざるを得なかった…という噂を聞いた。
そして、もうひとつの理由は「トイレ」だったという。コレは確かな情報。
その年は2012年…すなわちロンドン・オリンピックの年だ。
ナント、イギリス中の移動式トイレがオリンピックの方に偏ってしまい、野外フェスティバルが開けなかったというのだ。
どれだったかは忘れたが、同時期に開催されるかなり老舗のフェスティバルも同じ理由で開催が危ぶまれたが、そちらは何とか乗り切ったようだ。
その後、HIGH VOLTAGEは開催されていないので、結果、今のところ2回開催しただけのやや「幻のフェス」になっている。

90_2The Quireboysはゼンゼン知らないのできれいにパス。
今日もProg Stageからスタート。
見て、チョットしたウッドストック気分。
回りは全員外人だからね~。
あ、今は自分が外人なんだ!

100_2この日3番目にProg Rock Stageに登場したWishbone Ash。
イヤ、正確にはMartin Turner's Wishbone Ashか…。

120_2かつては「世界一美しい音を出すロックバンド」と評されていたバンドも当時はややこしいことになっていた。
Andy Powell組のWisbone AshとMartin Turner組のMartin Turner's Wishbone Ashの2つの派閥による血で血を洗う仁義なき戦い!…ってほどのモンでもないか。
でも、その両組が『Argus』の再現なんてことをやってたからそれもマンザラでもない。
私はライブ盤にもなった1978年の来日公演を中野サンプラザで観たのだが、この時は39年ぶりのWishbone Ashだった。
ギエ~、アレから40年も経った!
下はその時の公演を収録したライブ・アルバムとコンサート・プログラム。
前から7列目でね、友達と大騒ぎした。多分、ライブ盤には高校生の私の声も入ってる。

1_img_33572 私はこの後、Andy Powell組のWishbone Ashも令文さんとチッタに観に行ったので、本家3度目の来日、Martin組、Andy組と三種類観たことになる。
グランド・スラム達成!
まさか、まだ他にありゃしないだろうな~?ヤダよ、Steve Upton's Wishbone Ashとか。
前にも書いたけどLaurie Wisefieldは、昔Marshallのクリニシャンを時々務めていたPhil Hillbourneと交代でロンドンのドミニオン・シアターで『We Will Rock You』のギターを弾いていた。

130_2さて、このMartinの方のステージ、やっぱり「Argus」づくしだった。
「Warrior」やら「Blowin' Free」やら…「Throw Down The Sword」には泣けた。
これ高校生の時にコピーして演ってたもんで…。
あの頃は高校生がWishbone Ashのコピーを演っても何ら不思議はなかった。いい時代だった。
まぁ、とにかくコーラスが美しい!
途中Ted Turnerも合流して「Blowin' Free」をプレイ。
Andy組とMartin組の抗争…オリジナル・メンバーの在籍率の高さによりMartin組の勝利か?
Tedはレコード通りのソロ・フレーズを弾いていたっけ。
しかし、Wishbone Ashのようなバンドはもう出てこないだろうな。
この美しい曲とサウンドもまた「時代が生んだ奇跡」だと思うのだ。
この音楽が見事に次世代に伝承されていないのは、人類にとっては大きな文化的な損失のひとつであろう。
だって聴く人がいなくなってるんだもん。
「芸術」って作り出すことは際限なくできるけど、見たり聴いたりする側がいなければ何の意味もないし、価値もないんだよね。
それと、今みたいに流通する音楽の幅がセマくなると、もうジリ貧で、ドンドン画一化が進んで身動きが取れなくなってくるんだよね。
「同じ音楽ばかりでつまらない!」と現状を打破しようとする動きは抑えられていって、「じゃ、オレも」とますます似たモノしか出てこなくなる。「貧すれば鈍する」というヤツ。
その正反対が60年代~70年代前半のロックだった。
Wishbone Ashに限らず、HIGH VOLTAGEに出ているベテランのバンドはすべてその時代の出身だ。

140_2さぁ、お昼にしよう。
南の国から行くせいか、イギリスは8月でも朝晩は寒く感じる。
朝晩ヒーターを入れることも珍しくないし、セーターを忘れると大変ツライ思いをすることになる。
でもさすがに昼は暑い。
中には二階にエアコンが付いていない古いダブル・デッカーもあって、それを知らずに二階に上がって「特等席!」なんてガマンして一番前に座っていたら身体がをおかしくなった。ごく軽い熱射病だったのだろう。後で頭が割れそうに痛くなっちゃって!あの時はマイッタわ。
それでも、日陰や木陰に入ると涼しくて、長袖が恋しくなるんだよね。
私は暑いのがすごくキライなので、イギリスの気候がとてもうらやましい。
でも、9月ぐらいにはもうかなり寒くなっちゃうのでそれもな~。
とにかく、このHIGH VOLTAGEに来てすぐにわかったのは、この気候なら夏のフェスティバルは楽勝じゃん!ということ。
翻って35℃以上の炎天下で身体を寄せ合う日本の夏フェスって一体どういうことなんだろう?
アレ、どうして春とか秋に開催しないんだろう?夏休みの関係?
このまま地球の温暖化が進んだら、日本での夏のロック・フェスティバルはできなくなるのではなかろうか?
そんな気候のロンドンでも冷たいビールは欠かせないね。
ビールのスタンドには始終行列ができている。

150v_2どうせ並ぶならカワイコちゃんのところがいい。
「写真撮ってもいい?」って訊くと、即座にこの笑顔。
向こうの人は本当に笑顔が上手だ。
街中でスレ違った時に目が合うと、ニコっとしたりウインクしたり…アレはでなかなかできないな。
実にステキなことだとは思うんだけど。
それより、いつもニコニコしていたいとは思うんだけどね。ついカリカリきちゃう。

160vハイ、お昼ごはん。
フィッシュ&チップス。
イギリスに行って最初に食べるフィッシュ&チップスほどウマいものはない。
でも、それも半分まで。
あ、チャンとしたレストランのフィッシュ&チップスは最後までおいしいですよ。
でも、こういうファストフード仕様のものはそうは喰えんよ。油で。
コレはまだ小さい方だから食べちゃったけど。
いくらジャガイモがおいしいったって、ポテトフライもいい加減飽きるしね。
ところで、コレ、変でしょう。アイスの棒みたいなやつが2本ついてる。
ナイフとフォークのつもりなの。
もちろん私はこんなの使わないで、手でつかんで端からガリガリとカジッちゃう。
でも外人はこんなものでもチャンとコレをナイフとフォークに見立てて起用に使いこなしていた。
向こうの人は何が何でもフォークとナイフなんだよね~。
チョット食事ネタで英語脱線。
外人っておつゆ系の麺類を食べるときに音を立てることをすごくイヤがるでしょ?
ああいう音を立てて食べることを英語で「slurp(スラープ)」って言うんだけど、外人ってスラープしないんじゃなくて、技術的にできないんだよ。
いくら教えてもできないもん。
ナゼかと言うと生まれた時から食事の時に一回も音をたてたことがないので音の立て方、すなわち食べ物と一緒に空気を吸い込むノウハウを持っていない。
すべての食べ物と食事のツールが音を立てないで食べられるように設計されているし。
我々が、たっぷりアンのかかった熱の塊のような広東麺を平気で食べられることができるのは、食べ物と一緒に空気を吸い込むことによって一気に口の中の温度を下げるからであって、アレを音を立てずに、つまり空気を吸い込まずにいきなり口に突っ込んだらみんな病院行きよ。
ヨカッタよ~、我々はスラープをする国に生まれて。
スラープのおかげでどれだけおいしいものを食べることができているかわからない。

170さて、Classic Rock  StageにUFOを観に行く。
UFOを観たのは38年ぶり!

180_2前回は1979年の中野サンプラザ。
前から2列目だった。
チケットを買った時、ギターはMichael Schenkerだった。
ところが来日したのはLone StarのPaul Chapman。
ガッカリしたな~、アレにゃ。
Scorpionsでも同じようなことが起こって、結局私はMichael Schenkerって一度も観たことがないということは以前にも書いた。
でもLone Starってなかなかカッコよかったよね。
ChapmanはUFOのOBで、Gary Mooreの後任でSkid Rowにもいたんだっけ。
下はその時のプログラム。

1_img_3358 久しぶりに中を見てビックリ!
チョットとてもお名前は出せないが、著名が評論家さんが一文寄せている。
本心で書いたのかしらん?
コレはSchenkerが突然来なくなったので穴埋め的に書いたんじゃないかしら。
主役が抜けて「攻撃的」になるワケがない。
でも、コンサート自体は決して悪くなくて、すごく楽しんだような記憶がある。
Phil Moggもまだ若くてカッコよかったからね~!
ちなみに、アメリカ人にいわせると、「Chapman」という苗字は猛烈にイギリスっぽいそうだ。

1_img_3359 雰囲気は変わっちゃったけど、今でもカッコいいPhil Mogg!
メンバーはベースがPete Way、キーボーズ&ギターがPaul Raymond、ドラムスはAndy Parker。
ギターはVinnie Mooreだ。
なんかPete Wayもかなり体調がよくないような話を最近聞いた。

190オープニングでナニを演奏したのかが記録にないんだけど、2曲目は「Only You Can Rock Me」だった。
ココで大トラブル発生。
ギター・アンプはMarshallじゃなかったんだけど、どうもアンプの調子が悪く、何回弾いてもイントロ・リフの2小節目でギターの音が出なくなってしまうたのだ!
我がMarshallチームは「おいおい大丈夫か~!Marshall貸してやろうか~!」なんてやってるし。

200_2ま、こういうことは時々あるじゃない?
「それじゃ気を取り直して、Only You Can Rock Me~!!」と景気よくやるんだけどまた同じところで止まっちゃう。
Philもはじめは笑っていたが、繰り返すうちにこめかみのあたりがピクピク…コワイ。

210やっぱり怒ってる。
ギーってにらんでるもん。
「Give him your hands!」とか言ってプレッシャーかけるし…!と、ようやく難関を突破!
お客さんはそんなトラブルも忘れて「♪Only you can, rock me, rock me」は大合唱。
やっぱりコレっていい曲だな。

1_img_01272_2 続いては「Lights Out」。
38年前の東京公演では「♪Lights out, lights out in Tokyo!」って歌っていた。
当然ここではオリジナルの歌詞通り「♪Lights out in London!」と歌った。
何たる感動!何たる感激!
ロンドンで演っているから当たり前なんだけど、「ロンドン」で「ライツ・アウト」。
そうだ!今、私はロンドンでコレを聴いているんだ!…ク~、まさかこんな体験ができるとは!
感激で本当に涙が出て来ちゃって一緒に歌えなかったよ!
繰り返しになるけど、Phil Mogg、カッコいいナァ~。
声も昔とそう変わらないしね。
各国の言葉で「Thank You」を言ってたけど、ちゃんと「ありがとう」も入ってた。
ちなみに日本人も来ていたんだろうけど、全く見かけなかったな。
実際、後で知ったんだけど、よくお世話になったKing Crimsonの訳詞なんかで有名な翻訳・通訳家の女性がELPを観に来ていたそうだ。
続いては「Love To Love」。
これもいい曲だ~。こんなにいい曲だったっけかな。
気になるのはVinnie Mooreのギターだ。音が時々出なくなっちゃう。
その後も「Doctor, Doctor」、「Rock Bottom」と名曲、人気曲のオン・パレード。
PhilがMCで言ってた、「こういうところで誰も知らない新曲なんかを演るべきじゃないよね」って。
100%同感!さすがよくわかってる!

220_2楽屋村のようす。
ミュージシャンはバンドごとにプレハブの小屋に収まっている。

240_2ほんの少し子供を連れてきているミュージシャンがいて、その子たちがこの砂場で遊んでいた。
ちなみにイギリスでは砂場のことは「Sandpit」って言います。なんかカッコよくね?

250_2今日もダラダラやってま~す!

270楽屋村にはいろんな設備があってビックリ!
290_2
コレは楽器屋。
こんなところで何か買う人いるのかね~?

280_2隣は床屋さん!
というかメイク・ルームだったんだろうね。

310vさすが!
ココのモニタースピーカーがMarshallのMGになってた!
おありがとうござい~!

1_img_0760さっき一般の仮設トイレには1回しか行かなかったって書いたでしょ?
いくらなんでも日中に1回しか用を足さないなんてことはあり得ない。
チョット見にくいけど、写真の右端に「DAV」って書いてある黒いヤツがあるでしょ?
コレ、出演者や関係者向けの車両型移動トイレなの。
ナント、水洗で冷房完備。
何たる格差!何たる差別!
方や水洗で冷房完備、方や〇〇コの山!
どんなに遠くにいても必要な時はココまで戻ってきて用を足したというワケ。
事後に手を洗っていると、すんごいミュージシャンがジャンジャン入ってくるのよ。
目が合ったりした時、無視するのも何なので小声で「Hi!」って言ったりしてね。
そういえば2日目にはJimmy Pageも来てたよ。あ、トイレじゃなくて楽屋村にね。
1_img_0774_2

楽屋村から見たメイン・ステージ。
皆さん、ココを通って舞台に向かう。

320_2

つづく


(敬称略 2010年7月24日 ロンドンにて撮影)

2017年2月 7日 (火)

Marshall Records 第1弾アーティスト!

Marshall Blogが『Marshallがレコード・レーベル始めました!』と題して、新事業に乗り出したことを報じたのは昨年の7月のこと。
そのレーベルの第1弾アーティストが決定した。

Image001

2009年に結成された女性ボーカルを擁する南ウェールズ出身の5人組、The Dirty Youth(ザ・ダーティ・ユース)。
現在までに2枚のアルバムをリリースしている。
プロデューサーのスティーヴ・タネット曰く、「バンドのものすごいエネルギーが気に入った」とか。
バンド・マネージャーのロブ・ファーガソンによれば、「今までいくつものメジャー・レーベルと接触したが、昔とは違ってみんなリスクを恐れ、契約内容がとても窮屈なものだった。
ところがMarshallのアプローチはチョット違っていた。
Marshallは世界的なブランドゆえ、その活動範囲も世界的だ。バンドにとっては最高にエキサイティングな取引になったよ」
バンドはすでにAbbey Roadスタジオでレコーディングに取り掛かっており、今年の末までにはアルバムを出す予定だ。
Marshall Recordsのもう一人のプロデューサー、ロブ・キャスは言う…「私はここ6年にわたってAbbey Roadスタジオを拠点に活動しているのだが、プロデューサーとしての経験が役立っている。
Marshall Recordsを通じて高いクォリティのレコードを制作したいと思っている。時の流れに耐えるようなレコードを作っていた頃に戻りたいんだ」

Art 今年の後半から『Marshall Classics - Live From The Factory』と題して、Marshallの工場にある劇場(Theatre)で録音された数々のバンドのライブ音源をシリーリリースしていくという。

以上が記事の内容。
先週、このタネットさんと連絡を取り合うことになっていたが、彼の都合で延期。
なるほど、タネットさん、アビィ・ロード・スタジオにこもっていたのね?
で、早速このThe Dirty Youthというバンドの動画を見てみた。
ん~、ま、正直私のガラではないが、なかなかイケるナァ。
やっぱりプロの目は鋭いと言えそうかな?
ただ、驚いたことにその動画の中ではウチの楽器を使ってないんだよね~。
ま、アッという間にMarshall、NATAL、EDENに替わるでしょう。
  
ああ、私も早くこういう仕事がしたいな~。
日本でも「Marshall、NATAL、EDENを使っているこんなにかっこいいバンドがいるんだぞ!」と世界中を驚かせたいのだ!
人生これからよ!

   
The Dirty Youthのウェブサイトはコチラ
  
で、下はMarshall工場にあるその「Theatre」と呼ばれている設備。

Img_8313 中はこんな感じ。
この時は、それこそ今復活レポートを展開している『HIGH VOLTAGE』のリハーサルでZakkが使っていたのでこんなルックス。
私が知っているだけでもThin LizzyとかElectric Maryとか、イギリスの数々の若手のバンドが舞台に上がっている。

1_img_0039 Marshall Records、今後の展開をお楽しみに!

(本日2回更新したので金曜日はお休みします…多分。チョット他にも片付けなきゃならないことが山積なのよ!)

HIGH VOLTAGEの思い出 <その2>

コレが1日目のパス。
スポンサー特権のパスだったのかどうかはわからないが、どこでも超スイスイのVIP扱いだった。

10場内の物販コーナー。
世界中どこでも同じようなモノを売ってる。

30

このフェスティバルは開催の2か月前にガンで亡くなったRonnie James Dioのへのトリビュートの意味合いも含まれ、『RONNIE JAMES DIO Stand Up & Shout Cancer Fund』というガン撲滅団体への寄付を募った。
「レジ袋(=Plastic bag)をご要望の方は寄付をご考慮ください。そしてロック・レジェンドの公式チャリティにご協力願います」

20v私もふたつほど買い物をした。
ひとつはフェスティバルのプログラム。
記念品ね。
「Official Programme」とイギリス綴りになっているところがうれしい。

40表4にはRonnie。

50コレも売り物。
ラミネート・パスみたいに見えるけど、パスはあくまでブレスレット。
コレには会場の地図とタイム・テーブルが載ってるの。
すごく便利。
日本のフェスでは、よくタイムスケジュールが載った紙を持って歩くけど、アレはたいていクシャクシャのなっちゃうじゃない?
コレは首から下げておいて、サッと見ることができるので存外に使い勝手がよい。
もちろん、いい記念になる。

60当時の為替レートで1,500円ぐらいだったかな~。
ランヤードが付いてこの値段が安いのか高いのかサッパリわからんが…イヤ、高いか…とにかく記念、記念!

70それと売店で配っていたチラシ。
ELP、Malilion、Asia、Argentの当日の演奏が録音されて終演後にはCDになっているという。
この4組が選ばれた理由は、このフェスティバルの目玉だかららしい。
Argentが気になったが買ってはこなかった。

80場内は色々なアトラクションがあってことの他にぎやかだ。

110こんなオブジェから…

120クラシック・カーの展示まで。

130売店もいくつか散在している。

100
さて、こちらはパスがないと絶対に入れない舞台裏。

140「Cabin」と称する文字通り「小屋」を設置して、出演者にMarshallを試してもらうワケ。
当時はまだMarshall Fridgeはなかったが、連中はこういう時は必ず冷蔵庫を持って来てスタッフやお客さんに冷たいものを提供する…でも、今回はなし。
しかも、普通の水じゃなくて、なんか変なスポーツ・ドリンクみたいなヤツだったのですごくイヤだった。
普段からそんなものを口にしない上に、激ヌルなんだもん!

150vま、狭いし、暑いし、正直それほど繁盛してはいなかったな。

170vさて、いよいよライブを観に行くよ~!
昨日、完全書き下ろしと言ったけど、セットリストなんかはさすがに覚えていないので、昔の記事を参考にしたことを正直に申し添えておく。
  
さすがProgステージ、こんなTシャツの人を発見!
私も同感!
この人、きっといい人だよ。チョット理屈っぽいかも知れないけど。

190vまずはFocus!
フランクフルトでJan AkkermanやThjis van Leerに会ったことはあっても、Focusは観たことがなかった。
ようやく観れる!
残念ながらJanはいなかったけど、ドラムはオリジナル・メンバーのPierre van der Lindenだった。
私にとっては、「Focus」という名前で「Focus」の形をして「Focus」の曲を演奏してくれるだけで十分なのだ…なんて書くと、「ダメだそんなの!オレは1974年に厚生年金で観たぞ!」なんていう人がきっと出てくるんだよね~。
いいんだよ、そんなの。早く生まれている分、早く死んじゃうぞ!…なんて失礼なことも言えないわな。逆転もあり得るからな。
その時の演奏はあまりにも不愛想で、粗削りで、評判が大層悪かったとか…それでもそっちが観たかったよ!
でもこのFocusの始終ニコニコで楽しい演奏も捨てたもんじゃない。
さすがにThjisも年老いて、声はレコードとに同じというワケにはいかないようだが、フルートの音色が実に美しく力強い。
少しだけ最初の方を見逃してしまったが、「Focus II」、「House Of The King」、「Sylvia」など有名曲をバッチリ演奏してくれた。
もちろんハイライトは「Hocus Pocus」。
観客全員でライララ、ライララと大合唱だよ!
その場にいてみなよ!…泣けるぜ~。
まさか生きてる間にロンドンで本物のFocusとみんなで「♪ライララ、ライララ」と大合唱できるとは思わなかった。
いいね、歌詞がない曲は!

180終わり次第メインのClassic Rock StageにThe Answerをチラリと観に行って、すぐさまProg Stageに戻る。
Focusの次に出たBIGELFを観るためだ。
しかし、The Answerもスゴイよね。
メイン・ステージ出演者の中で最もキャリアが浅いというか、格が下なのに大舞台に登場できたのは、CLASSIC ROCK誌が力を入れていたからなのであろう。
Cormac Neeson、カッコいいもんね~。
ギターのPaul MahonはVintage Modernを使っいて、終演後、Marshallのキャビンに訪れた時少し話をした。
名刺を欲しがったので渡した。
  
あ~、中に入って写真撮りたいな~。
いくら最強のパスでも「Press Pass」がないと絶対にプレス・ピットには入れない。当たり前だけど。
210v
さて、BIGELF。
メロトロンを多用したLA出身のプログレ・バンド。
そういえばコレはスティーブに教えてもらったんだっけ。

200ボーカルズ/キーボーズのDemon Foxのカッコよさといったらない。
もちろん曲がいいからなんだけどね。
BIGELFはこの2週間後にサマソニで来日した。
配給しているレコード会社の友人のおかげでステージやインタビューの写真を撮らせてもらい、メンバーに間近で会うことができた。
最近どうしてるんだろう?
いいバンドなのにな~…Marshallじゃないけど。

1_ph_44 BIGELFが終わらないうちにClassic Rock Stageに走る!忙しい~!
Gary Moore!
スゴイ人気だった。

220Garyはこの年の4月、ブルース・セットで21年ぶりに来日していた。
持参した1959SLPの調子が悪くなってしまい、わたしが会場のJCBホール(当時)まで引き取りに行って、修理してまた配達したのだった。
その時のギター・テクが来ていて、当然「ヤアヤア!」ということになった。
グレッグっていったけかな~。すごく感じのいいヤツだった。
あ~、中に入って撮りたいな~。
というのは、その4月の来日公演で、連絡がうまく取れずプレス・パスがゲットできなかったのだ。
また来年日本に来るかもしれないから…と、この時は気楽に考えていた。

230vGaryはこの時も1959SLPと1960Xキャビ。
やはりもんのすごくデカイ音だった。
野外で後ろの方にいてもMarshallの生音が耳元までスッ飛んでくるような感じだった。
やっぱり、今まででGary Mooreのギターの音が一番大きかったかな?
この時はハード・ロックのセットだった。
先にチョット触れたように、日本人のファンの多くがこのフォーマットでの来日を期待し、翌年再度日本にやって来るという話もあったようだが、永遠に実現しなくなってしまった。
皆さん、ご存知の通り、この7か月後、帰らぬ人となってしまったからだ。
したがって、私はGaryの最後のハード・ロック・セットも観た少ないであろう日本人のひとりとなった。
2月6日の昨日がGaryの命日だった。

240ハイ、今度はProg Stageに急げ!
だんだん疲れて来た…。
お互いのステージの音が干渉しないように結構ステージの距離があるのよ。自転車が欲しい!
BIG ELFの次にProg Stageの登場したのはZappa Plays Zappa。
これまたスゴイ人気!
コレで観るのは3回目かな?

250Dweezilのユッタリとした手拍子でスタート。
1曲目は「Purple Lagoon」だった。
お客さんのノリもスゴイ!
メドレーでそのまま「Florentine Pogen」へ。わたしなんかはもうこの時点でめまいがしちゃうよね。
前回の来日時、ボーカルズのRay WhiteがドタキャンしてしまったおかげでドラムのJoe Traversが歌わなくてはならなかった。
今回はそんなこともなく、ドラミングに専念できて、演奏自体は前回の来日時よりも格段によくなった。
あの時は撮らせてもらった写真は宝物だ。
その後、「Cosmik Debris」が続く。"Look here brother~"のところは結構お客さんも大合唱!日本じゃ考えられない。
そして「Inca Roads」!
ようやく聴けた。過去2回の来日、総計4回、東京の全公演を観たけど演らなかったけんね。
それだけに感無量。
いつもダラ~と長尺で演奏する曲がセットリストに入るが、今回は「Big Swifty」。相変わらずジャズ・オリエンテッドのJamie Kimeのソロが最高にカッコいい!
Jamieどうしてるかな?
さらに「Easy Meat」。
ドワッ!「Latex Solar Beef / Willie The Pimp」が出て来た!うれしい!
次の「Apostrophe(')」は大ウケ!
クライマックスはリズム隊が大爆発する「Keep It Greasy」。
そして最後は「Peaches En Regalia」で〆た。やっぱりこの曲は世界中で大人気だね。
アンコールはなし。
ナンダカンダいって2日間でステージを最初から最後まで丸々観たのはコレだけだったわ。

260楽屋にDweezilを訪ねると、「エ~!何でここにいるの?!」と私を見てメチャクチャ驚いていた。
当たり前か。
同じくJamieもビックリしていた。
前回の来日時、下の写真を見せてDweezilにサインを入れてもらった。
Dweezilはこの時のことを覚えていてくれて、「私のことがわかるの?」と尋ねると、「もちろん!ダディのコレクターだろ!」と言い当ててくれた。
ま、大したコレクションではないので気が引けますが…。

1_img_0283_2 そして、この1週間後、フジ・ロックでまたDweezilとJamieに会った。
この時もDweezilはビックリしながら…「ねぇ、キミは一体どこに住んでいるんだい?」と真顔で尋ねられたよ。
そりゃそうだよね、行くところ、行くところに現れるんだもん。でも2回だけです。偶然です。
下はこのロンドンのステージのそででスタッフの人に撮ってもらった。
写りはすこぶる悪いけど大切な一枚。

270vForeignorをチョコっと観る。
やっぱりハイライトは「Cold as Ice」。
メンバーは異なれど、1978年、高校の時に武道館で観た初来日公演と同じだ!
ステージそでにアルト・サックスを投げるIan McDonaldがカッコよくて、とても印象に残っている。

280このフェスティバルはとにかく時間がかぶってしまうのが泣き所だ。
観たいものが多いので仕方ないのだが…。
で、空き時間にはベース・キャンプであるMarshallのキャビンに帰る。
キャビンに居るとSteve Howeなんかがチラリとのぞきに来たりするんよ。
この時は…グワッ!
Billy Gibonsが来てる!

350v_2Dusty Hillも!

320

この身のこなし…カッコいい~。
イヤ、正直ZZ Topのファンであったことは一度もないんだけど、やっぱ興奮するよ~。
1974Xにとても興味があったようだ。

310

Marshallのスタッフが「彼は日本のShigeだよ」と紹介してくれると、Billyはキチっと礼儀正しく私に挨拶をしてくれて、「今度日本に行った時にはMarshallを頼むよ!」と言った。
「も、もちろんです!」なんて答えたけど、ゼンゼン来ないね。
とても物腰が柔らかくて大人の雰囲気が濃厚な人だった。
Dustyも気さくとても感じがヨカッタ。

330

記念撮影の悪い例。
みっともないな、私は!テレビに映った小学生か?!
写真を撮るなら撮るで、お願いしてチャンと撮らせてもらわんか!

340
この頃、Prog StageにはAsiaが出ていた。
今にして思えばJohn Wettonの姿をもう一度見ておくべきだった…と思わないこともないが、何しろAsiaは苦手で…。
それと、もうクタクタになって来ていて、Prog Stageまで往復するのがあまりにもシンドかったのね。
もちろん、それがAsiaでなくてKing Crimsonだったら飛んでっちゃったけどね。
   
ということで、Classic Rock Stageに居続け。
さてさて、1日目の観客のお目当てのひとつは間違いなく、HEAVEN & HELL 'A Tribute To Ronnie James Dio' だろう。
今回のシンガーはノルウェイのMASTERPLANというバンドのJorn Landeという人。
290
そして、Glenn Hughes!
Glennはこの2年後、Marshallの50周年記念コンサートで近くで拝見することになったワケだが、この時は初めてだったもんだからあまりにもスゴイ声にビックリしたわ。
  
ほとんどBLACK SABBATH系を通っていない私だが、すっかり見入ってしまった。
何といってもTonny IommiとGeezer Butler、Vinnie Appiceたちのの存在感が尋常ではない!
お客さんも大喜びで、「Heaven & Hell」では当然の大合唱となった。「♪オ~オ~オ~オ~、オ~オ~オ~オ~オオオ~」って。
今、急に思い出したんだけど、Zappa Plays ZappaがO-EASTの時に「このバンドはもうこのツアーで終わりなのよ。今度はHeaven & Hellに付くのよ」って言っていたっけ。

300ようやくMetal Hammer Stage!
何か雰囲気がエラク違うな~。平均年齢が30歳ぐらい下がるのよ。
でもコレだけは観とかないと!
Black Label Societyだ!

360緞帳が落ちると…出たァ~、これぞロックのステージ!
やっぱり鳥肌が立つゼイ!
4段積みが10列!やっぱりマーシャルの壁はサマになるネェ。
問答無用でカッコいい!

370ところでこのBLS、前日までマーシャルの工場でこの日のためのリハーサルをやっていた。
泊まっているホテルがいっしょだったので毎晩レストランやバーでいっしょになった。
明るくていい人たちなのよ。
ホテルのバーで見ていて気が付いたんだけど、Zakkって財布を持っていなくて、お札をグルグル恵方巻みたいにして丸めて輪ゴムで留めてるのよ。
で、イギリスのホテルのバーはキャッシュ・オン・デリバリーだから一回ごとにカウンターで支払わなければならない。
すると、Zakkはポケットに手を突っ込んで、その恵方巻を取り出して、輪ゴムをハズして、ピッとバーテンに札を渡すワケ。
その所作がカッコいいんだ!
アレ、日本人じゃサマにならないよ~。
ところで、Zakkってサインするときに「SDMF」って書くんだけど、コレ、「Strength, Determination, Merciless, Forever」の略なの?
私は「Society of Dwellers of Mother F*#cker」ってアメリカのニックから教えてもらったんだけど。
だからニックは私のことを「TDMF(Tokyo Dweller of Mother F*#cker」と呼ぶワケ。
私も彼を「ADMF」と呼び返している。「A」は「Arizona」だ。
いつか私の見ている前でニックがこのことをZakkに説明したことがあって、恥ずかしかったわ!

390もう9時を過ぎた。
いよいよヘッドライナーの登場だよ!

400ZZ Top!
イヤ~、カッコよかったな~。

410やっぱり長年トップの地位を確保し続けるだけあって、もう非の打ちどころのない完璧なパフォーマンス。
もうこういうのは演奏がウマいとかヘタとか、音がいいとか悪いとか、そういう次元ではなくて、「空気」だね、「空気」。
もう「ZZ Top」という空気をドンドン吐き出されてきて、辺り一面「ZZ TOP」になっちゃうの。
やっぱり洋楽を学ばないとダメだね。
相変わらず洋楽のエキスを取り入れて国内の音楽が作られている部分はあるんだろうけど、「目黒のさんま」と同じで、骨を抜いてすり身にしたさんまなんて食えたもんじゃない。
あるいはお子様向けの「離乳食」と言ったほうが適切か…。
離乳食ばかりじゃ歯は丈夫にならない。この場合は「耳」だね。
こんなステージを目の当たりにすると、日本人はエンターテイメントに関しては子供のままだと思わざるを得ない。あるいは「幼稚化」の一途をたどっているとでも言おうか。
それとね、お客さんも大人なのよ。出し物が出し物だけに、実際ジジババが多かったんだけど、音楽の楽しみ方がよくわかっている…という感じ。
見ていてお客さんもカッコいい。
最後まで観たかったけど、そんなことをしたら地下鉄が混みまくっていつホテルに帰ることができるかわからなくなっちゃうので、ダニーと早めに退散。
もちろん「Tush」を口ずさみながら…。

430コラ~、バカどもめが!
ゴミを捨てるんじゃない!
Zakkがヘッドライナーを務めてひと足先に全プログラムを終了したMetal Hammer Stage。
こういうところだけはイヤだな。
でも、格差社会のイギリスのこと、コレってもしかしたら一種のNoblesse Oblidgeで、故意にゴミを持ち帰らずその場で捨てていくことによって、「ゴミ拾い」という仕事を作り出すようにしているのかな…そんなことないか?
イヤ、オジさんはそんなことは許さん!
ゴミを捨てるな~!

440つづく

(敬称略 2010年7月23日 ロンドンにて撮影)

2017年2月 6日 (月)

HIGH VOLTAGEの思い出 <その1>

<はじめに>
Marshall Blogは昨年の10月に1,000回目の更新を迎えたが、それ以前にも900回以上の記事を書いていたことを折に触れて記してきた。
それらの古い記事はもう見ることはできないが、すべてデータで残してあって、中には我ながら興味深い記事や貴重な情報も含まれている。
そこで、だいぶ前にそれらを今のMarshall Blogにアーカイヴとして再掲することを思いついた。
さすれば雨傘記事がジャンジャンできて毎日の更新がすごくラクになるじゃん?
ところが権利面での問題が出て来て、そのまま記事を掲載することは断念…ラクはできませんな~。
イヤイヤ、それよりも何よりも…ダ~メ、ゼンゼン。
ヘタで…。
初期の頃の記事を読み返してみると、写真も文章も全くなっとらん!
写真はまだヤングな感じが伝わって来て許せるにしても、昔の文章を読み直した日にゃ顔から火が出らぁ。
9年も前のことだからね。
今も大したことはないけど、こんな私でも少しは成長するもんだと感動したりして。
ま、ひとりでこの調子で2,000回も書いてりゃどんなバカでも少しは物事上達するわな。
…というワケで滅多にやることはないかも知れないが、皆さんにお伝えしておきたい、もしくは記録として半永久的に残しておきたい過去の出来事を「Marshall Blog Archive」として再掲することにした。
アーカイヴと言っても、先に書いた理由によりすべて書き下ろすことになるけどね。
その第1弾が今日の記事。
内容は2010年の7月にロンドンで開催された『HIGH VOLTAGE』というロック・フェスティバルのレポートだ。
当時は確か5回連載でお届けしたように記憶している。
「確か5回…」とうろ覚えな表現をしたのは、過去の記事を確認していないから。
決して横着をしているワケではなく、元の記事を読んでしまうと、どうしても文章がそれに引っ張られてしまうから。
記憶を頼りに完全書き下ろしで臨もうという企画だ。
なので、以前ご覧になって、内容にご記憶にある方にも是非ご再読頂きたいと思う。
本邦初公開の写真もいくつか加えておいた。
  
<背景>
さて、実はこの記事、あるいは企画は、もっと早い時期に取り組もうと思って用意をしていたのだが、毎日の更新や雑事に追われて長い間ほったらかしになっていた。
しかし、今こそ掲載すべき!と一念発起した。
理由は、「CLASSIC ROCK」という名前が昨年の11月に日本中のロック・ファンの間を駆け巡り、多くの人の知れる存在となったこと…コレがひとつ。
この『HIGh VOLTAGE』というロック・フェスティバルは、イギリスの「CLASSIC ROCK」という雑誌(出版社)が主催したものだったのだ。
そう、あの両国国技館で開催された『CLASSIC ROCK AWARD』というイベントの冠ブランドである。
加えて、この「CLASSIC ROCK」誌に大きな変動が起こったこと(後述)。
そして、今ひとつの理由はジョン・ウェットンの死だ。
言い換えると、このフェスティバルに出演したビッグ・アーティストがこの7年間の間にずいぶん他界したことだ。
これらが重なり今ココでまとめ上げておこうと思い立ったワケ。
  
<CLASSIC ROCKについて>
さて、昨11月のこともあったので、簡単にCLASSIC ROCKという雑誌について記しておくことにする。
CLASSIC ROCK誌は古き佳き時代のロックにスポット・ライトを当てた音楽雑誌で、まさに私のような頑固ジジイが泣いてよろこぶような内容。
日本でも手に入れることができるが、私の場合、CLASSIC ROCKを買うのがイギリスに行った時の楽しみのひとつだった。
いつもMarshall Blogに書いているように、私はパンク/ニューウェイブ、あるいは80年代以降のロックにまったく興味がないので、そうでない60~70年代前半のロックがフィーチュアされている時は例外なく買って持ち帰っていた。
ま、買ったところで熱心に中身を読むワケでは決してないんだけどね。
でも、そこはさすが本場モノで、今まで見たことのないような写真がたくさん掲載されているのがすごく魅力的で、他にも『ベスト100ブリティッシュ・ロック・アルバム』なんていう特集はMarshall Blogのネタとしてもとても有用だった。他にも『トップ30プログレ・アルバム』だの、『トップ100ソングライター』だのという企画もすごくおもしろかった。
こうしたチャートものは、本場のイギリス人たちが自分たちのロックをどう捉えているかを物語っているかを知ることができ、私にはものすごく興味があるのだ。
どんなに情報の伝達手段が発達しても、岡井大二さんとのインタビューにあった通り、土台ロックの礎がイギリスとは全く異なるこの極東の島国と、世界の中央との間には大きな隔たりがあることを常に意識しておくべき、という立場を私は採っている。

10そうだ…実はコレは先日の専門学校での授業でも紹介したのだが、ここでもやらせて頂こう。
コレは我々が生まれた時から見てきている世界地図。
ユーラシア大陸とアメリカ大陸の間に位置する世界の中心、日本!まるでアメリカ合衆国が脇役に見える。
正確ではないにしろ、もし「世界地図を書いてください」と言われたら老若男女を問わず、日本人は100%この地図に近いレイアウトで描くだろう。
ところが…

1_j_2 世界はコレだ。
あ~あ~、日本がずいぶん端っこに行っちゃったな~。
こうして見ると、日本がなぜ「far east」なのかが本当によくわかるでしょ?
これだけ世界の中心から離れた末端にいればロックの在り方も変わってしまうのかも仕方のないことなのかも知れない。
でも、もはや音楽に関して言えば日本は洋楽をほとんど受け入れない鎖国状態だから関係ないか?

1_e さて、話を元に戻して…CLASSIC ROCK。
文字通り60~70年代のクラシックなロックを中心に取り扱う傍ら、注目の新人を含めたコンテンポラリーな内容も併催することにより発行部数を順調に伸ばし、やがてイギリスで最も売れる音楽雑誌となった。
そして、通算150号を発売した2010年には、ナントNME(New Musical Exress。1952年創刊のイギリスで初めてヒット・チャートを掲載した老舗音楽雑誌)の発行部数を追い越したという。
それが2013年からの運営母体であったTeamRockという会社が経営に行き詰まり、2016年には姉妹誌のMetal HammerとProgともども出版を中止。
ああ、コレでCLASSIC ROCK誌も一巻の終わりか!…と思っていたら、先月、Future Publishingという元のオーナーが80万ポンド(約112百万円)で三誌を買い戻したのだそうだ。
  
実は以前はMarshallも関係を持っていて、『CLASSIC ROCK ROLL OF HONOUR』というイベントのスポンサーを務めたことがあった。

202010年にカムデンの有名なRoundhouseでそのイべントが開催され、司会はアリス・クーパーだった。
ライブ・パフォーマンスはCheap TrickとSlashをフィーチュアしたAlter Bridgeというバンド。
それに色々な部門の授賞式が執り行われた。
ようするに去年コレを国技館でやったワケですな。

30ようやく本題!
これからレポートする『HIGH VOLTAGE』なるロック・フェスティバルは2010年の7月24日と25日の二日間にわたって開催された。
もちろんこのフェスティバルを観にイギリスに行ったワケではない。その前の週にMarshallで会議があってそれに出席するために赴いたのだ。
このフェスティバルが開催されることは事前に知っていたが、行くつもりなど全くなく、大好きなロンドンの街を散策することに時間を費やすつもりだった。
ところが工場にいる間、仲良しだったスティーヴ・ドーソン(Vintage ModernやJTM45/100のリイシューを担当したエンジニア)から「シゲ、明日以降もロンドンにいるならHIGH VOLTAGEに行ってみたら?シゲのためのフェスティバルみたいなもんだぜ!」と強く勧められた。
そして「アレも出るし、コレも出るし」と出演者の名前を挙げだした。
その中にはArgentの名前もあって、「シゲならもちろん知ってるだろ?」と「Hold Your Head Up」を口ずさみ出した。
聞くところによれば、Marshallがフェスティバルのスポンサーもしているという。
私は暑いのも苦手だし、そうしたフェスティバルものが好きではないので、正直あまり乗り気ではなかったが、私が若いころ好きだったバンドがゴチョゴチョたくさん出るので行ってみることにした。
このことを当時のMarshallの副社長に話すと、インターネットに出ているフェスティバルの情報や会場への地図を親切にプリントアウトして持たせてくれた。
翌日、ロンドンに出ていつもの通りオックスフォード・ストリートをブラつき、HMVの前を取りかかった。

35vすると店先にフェスティバルの看板が出ていた。
中には全く知らなかったり、興味のないバンドもあったが、だんだん楽しみになって来た。
このフェスティバル最大の目玉は、「この日一度だけ再結成する」というEmerson Lake & Palmerだった。
私的にはさっきのArgentやFocus、Zappa Plays Zappa、UFO、Foreignor、BTOっぽいヤツ、Big Elf、ZZ Top、Wishbone Ash、そしてGary Moore等がお目当てだった…ってコレだけ出れば十分じゃんね!ゼンゼンすごいわ。

 
最近は日本もロック・フェスティバルがスッカリ当たり前になった。
皆さん複数のバンドが出るイベントにはあまり行かないのに、フェスティバルはお盛んですよね。
ま、それはいいか…。
そうした大型のフェスティバルに出演バンドの一覧を見ても、残念ながらもうサッパリわからんのよ。
名前ぐらいは知ってるというバンドも多いことは多いが、中には完全に海のモノとも山のモノとも、空のモノとも土の中のモノとも判別できないバンドが多い。
そして、恐らく私の同輩諸兄も同じだと思うのだが、いつもこう思う、「ああ、コレが我々の時代にあったらナァ」と…。
そして妄想がコレに続く…「今年の『サマー・ロック・サミット(仮)』は誰が出るんだって?
1日目のメインのヘッドライナーはツェッペリンか。2日目はディープ・パープルね。またリッチーか。
他にはエエ~ッと…BBAにFree、Procol HarumにTen Years Afterね。Humble PieにSweetにSlade、Nazarethに、ハハ、Budgieも出るのか。
オープニング・アクトはQueenとThin Lizzyか。Queenはまだオープニング・アクトやってるのか?
プログレ・ステージは…クリムゾンとフロイド、今回はYesがヘッドライナーか?
アメリカン・ステージはCCRにグランド・ファンク、ChicagoにBSTね。前座はAerosmithね。最近人気が出て来たからな~」…コレやってるとキリがないんだわ。
で、今の若い子ってフジロックとかサマソニでまさにコレを味わってるワケでしょ?
うらやましいよな~。
でも、私は一種コレに似た経験をHIGH VOLTAGEでしたのであった。

36vさて、開催の当日。
副社長からもらった地図を持って地下鉄で会場に向かう。
会場はヴィクトリア・パークという所で、最寄りの駅はロンドン市内を東西に走っているセントラル線の東のやや外れのマイル・エンド。
どうだろう、東京で言ったら小岩とか市川って感じかな?
中心から30分近く乗ったような記憶がある。

40サマソニの時の幕張駅のような混雑感はまったくなし。
「ホントにこの駅でいいのかよ?」みたいな。

50それでも、若い人たちがポツポツと歩いて行くのでそれについて行った。
途中、お腹がすいたので、小さなハンバーガー屋に入って昼食を摂った。
コレがまた不愛想のトップ・モデルみたいなオヤジがやっていて、オーダーをする時にちょっとビビったが、ゼンゼン親切で、焼きたてで結構おいしかった。

60vおお~、ココが会場か!…なワケはなくて、ただのパブ。
さすが、名前も「The Victoria」。
土曜日のパブはどこも昼間っからこんな感じだ。

70どこの街にも必ずある立派な教会。

80

こういう建造物を見て歩くのが大好きだ。
でも、この教会は他のと意匠が大分違うね。なんか変わった宗派なのかしらん?

90v「BOW WHARF」というのは東ロンドンで最初にできた蒸留所で、100年以上前からウォッカ、ジンやウィスキーを作っている…というのを知ったのは後になってからのこと。
ちなみに「ウォッカ」の発音は、英語では「ヴォドカ」なので要注意。

100「Canal」と呼ばれる運河。そのままか。

120v市内の至る所に横たわる大小の運河が景観に大きなアクセントを与える。
ロンドン・タウンをブラつくのが大好きだ。

130さて、見えてきました、会場のヴィクトリア・パークの入り口。

140面積86ヘクタールにも及ぶ大きな公園。
計算してみると東京ドーム18個分だって。そんなに大きくないのかな?
浅草寺で換算すると。境内の総面積の5倍。
コレでようやくわかった…結構デカイわ。

150さすがに人が増えて来た。

160でもね、一切、急ぐ様子がないのよ。誰も走ったりしない。
焦って会場に入って、少しでも前の方の場所をゲットしたい!…なんて顔つきのヤツがひとりもいない。
ま、出し物が出し物だけに年寄りが多いってのもあるけどね。

180チラリと屋根が見えてきたのは、CLASSIC ROCKの姉妹誌、METAL HAMMERの名を冠したステージ。
すなわちメタル用ステージ。
何やら音は聞こえてくるがまだラウドではない。

190

コレが入り口のゲート。
実に簡素。
テントを張ってテーブルを置いただけ。ま、どこもこんなもんか。

200入り口の壁にはZappa!

210イヤでも目に入る『Apostrophe (')』の凛々しいお顔!

220vこの4か月後にさっきのRoundhouseで開催された、「Zappaの音楽と70回目の誕生日」を祝うイベントの告知ポスター。
Zappaファンのために記しておくと、出演は…
Dweezil Zappa
Gail Zappa
Jeff Simmons
London Contemporary Orchestra(当日「Yellow Shark」を演奏)
Royal Academy of Music(王立音楽アカデミー。ZappaのCDを出していることを以前紹介した
Ali N. Askin(ドイツの映画音楽作曲家)
Ian Underwood
Scott Thunes他… 
観たかったな~。

230vコレはネブワースで毎年開催されるイギリス最大のロック・フェス『Sonisphere』の宣伝。

240vコチラは日本でもおなじみ『Ozzfest』。

250vIan Hunterも頑張ってる。
国内ツアーの告知でマンチェスター、グラスゴー、ブライトン、ロンドン、ニューキャッスル、バーミンガム、ブリストルを回る。
Ian Hunterって以前AVTを使っていたんだよね。

260vそれがですね~、さっきの入り口のゲートのところで少しモメちゃってね~。
入場に際してはすでに中に入っているMarshallのアーティスト担当のジョエルと電話でやり取りをして、ゲートまで迎えに来てもらうことになっていた。
それは問題なかったんだけど、荷物検査を担当したサン・ラみたいなコワイ顔をした黒人のオッサンが、私が持って行ったキャノンの愛機を「絶対に持ち込ませない」ってすごむワケよ。
今から7年前、当時日本はどうだったか知らないけど、向こうはプロフェッショナル・カメラ以外であれば無遠慮にステージの写真を撮っていいことになっていた。
反面、プロフェッショナル・カメラの使用には大変厳しく、「絶対に使わないから!」とそのサン・ラに言っても「ダメだ!ココへ置いて行け!」という。
冗談じゃないよ!
大事な商売道具だし、こんなところへ置いていったら二度と返してもらえないにキマってるだろーがッ!
するとジョエルがパスを見せてチョコチョコと説得してくれた。
そしてOK。
何せスポンサーだからね。
それでもサン・ラはジロジロこっちを見ていたな。
晴れて入場できることに相成った。
もっと早いうちに来ることがキマっいて、事前にプレス・パスを出してもらっておけばこんなことにはならなかったんだけどね。ナニせ急だったから。
中はこんな感じ。

270向こうの方に見えるのが「CLASSIC ROCk STAGE」と呼ばれるメイン・ステージ。
すさまじくホコリっぽい!

280_2ステージは3つあって、それぞれに雑誌の名前が付けられている。
すなわち…
CLASSIC ROCK STAGE
METAL HAMMER STAGE
PROG STAGE
の3箇所だ。

290この頃はまだエア・ギターが盛んだったんだね。
でも、客が2人しかいない!

300後になって盛り上がったようだ。
ま、往年の名バンドが山ほど出て実際に演奏しているのに、何が悲しゅうてエアギターを観なきゃならないのよ!

310v 色んな所に他のイベントの告知ポスターが貼られていたりする。
「PROGPOWER EUROPA」か…なんだコリャ、ナニひとつ知らんわ!

320vチラシもいろいろあって、Jon AndersonとRick Wakemanが『THE ANDERSON WAKEMAN PROJECT 360』なる名義でYesの曲を演奏するコンサートの告知なんてのもあった。

330


つづく

(敬称略 2010年7月23日 ロンドンにて撮影)

2017年2月 4日 (土)

【号外】 星牧人さんのこと

また訃報だ。
ジャズ・ピアニストの星牧人さんが2月1日、虚血性心不全のためこの世を去った。
まだ44歳の若さだった。
星さんのお名前はロック・ファンの方にはなじみが薄いことであろうが、Marshall Blogには杉本篤彦さんの記事で数回ご登場頂いていた。
星さんは国立音楽大学を卒業後、ピアニスト、キーボード・プレイヤーとして和田アキ子、平井堅、ダイヤモンドユカイ等のサポートを務めるかたわら作編曲家として活躍していた。
多数の杉本さんのアルバムに参加し、まさに「片腕ピアニスト」的存在だった。
  
私が初めて星さんにお会いしたのは、2015年の『真夏のJazz葉山』に二回目にお邪魔した時のことだ。

160

真夏のイベントゆえ、外はうだるような暑さ。
ところが、この会場の楽屋は携帯電話の電波が入らないため、用を足すにはいちいち熱暑の屋外へ出ねばならない。
この時、星さんとはその出入りでスレ違う程度で、最初のご挨拶の時以外はほとんどおしゃべりをする機会がなかった。
何しろスゴイ暑さだった。
ミュージシャンの皆さんもオフ・ステージではラフな格好をしていて、星さんも例外ではなかった。
確か白いジャージを来ていらっしゃったような気がする。
そして、杉本グループの出番になった。
ステージ上のメンバーを見てビックリした。
さっきまでのラフなジャージ姿はどこへやら、ビシッと黒いスーツに身を包み、中折れ帽をかぶった星さんがピアノの前に座っていたのだ。

140v

身幅は異なるにしろ、その姿は私の大好きなピアニスト、ウィントン・ケリーを思わせた。
終演後に「ウィントン・ケリーみたいでしたよ!」と伝えるとニコッとしてくれた。

9_wyntonkellybw もちろん颯爽としたプレイもウィントン・ケリーのようで、杉本グループの演奏の大きな見どころのひとつだった。
330v

その次にお会いしたのは杉本さんの公開レコーディングの時のことだ。

20 コレがその時の杉本さんのアルバム、『Tomorrow Land』。
星さんはこのアルバム以外に『Magic』、『Cheer!』、『Black & Blue』、『Blue Moment』といった杉本さんのアルバムに参加している。
星さんはまさに杉本さんの相棒の鍵盤奏者だったのだ。
10cd
実はこの時、はじめて星さんと言葉を交わし、すぐにfacebookで友達の申請をしてくれた。
私は、星さんとお近づきになりジャズ・ピアノの話をする機会を楽しみにしていた。
Marshallの仕事だと、ジャズ・ピアニストと接する機会なんか滅多にないからね。

140v_2
そして、昨年の夏。
また葉山の季節がやって来た。

150 この時、星さんはピアノだけではなく、「今日はコレも使うんですよ!」と赤い小さなキーボードを見せてくれた。
その姿がとても印象的だった。
この時もリーダーの杉本さんの音楽を完全に咀嚼したプレイで、ソロにコンピングにと素晴らしい演奏を聞かせてくれた。

330

この時、あいにく私は日比谷野音でもうひとつ仕事が入ってしまい、トップ・バッターの杉本さんのグループの演奏が終わった後、挨拶もソコソコに葉山を後にしなければならず、星さんとおしゃべりする時間など全くなかった。
つまり、星さんとジャズの話をする機会を永久に失ってしまったのだ。
そして、あのピアノがもう聴けないことがとても寂しい。
今年もごく普通に葉山でご一緒できると思っていたのに…。
  
才能あふれる若きピアニストのご逝去に際し、心より哀悼の意を表します。

240v2

<星さん関連の記事>
● 15th 真夏のJazz葉山 <前編>
● 杉本篤彦のニューアルバムはJVM!~公開レコーディングの現場から
● 16th 真夏のJazz葉山~杉本篤彦グループ

  

(一部敬称略)