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2013年4月

2013年4月30日 (火)

【変則2本立て】ALHAMBRA vs. D_Drive ~2nd IGNITION~<その1:D_Driveの巻>

イヤ~、昨日の『NAONのYAON』ホントに楽しかった。4時間を優に超える長丁場だったけど、飽きる場面がひとつもなかった。むしろもっと観たいぐらいだったね。

さて、その『NAONのYAON』という舞台で大活躍したのがこのふたり。

Yukiちゃんと…

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Chiikoちゃん。

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今日の記事はそれよりさかのぼること約2か月。

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仲良しの快進のICHIGEKIとのカップリング・ツアーのファイナルのレポート…。そして、後半はAlhambraとのジョイント・ライブのレポートだ。

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野音でのD_Driveの演奏も観たいのだが、残念がら『NAONのYAON』のステージは男子禁制なのでチト出演はムズカシイ。

でもこの日のライブではもちろん大活躍の2人…

Seijiと…

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Shimataro.。

もうマーブロではおなじみの顔ぶれだ。

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それにしても、ここのところのD_Driveの快進撃は目を見張るものがある。

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発表した2枚のアルバムは繰り返したプレス分も順調に売れ続け、シングルは売り切れ。

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ライブ会場はどこも満員だし…

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夏には2度目の東京でのワンマンも決定した。

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そして、ギター・チームは『六弦心 vol.2』へも参加した。

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数年前は観たくてもなかなか東京に来てくれるような環境ではなかったのに…。

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まさに八面六臂の大活躍なのだ。

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そんな活躍ぶりゆえ、今日のような変則的な掲載方法になっちゃったのです。

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この日も大変な盛り上がりようだった。

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ところで、これほどまでにD_Driveがウケ出しているのはどういうことだろうか…。

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まずは、インストのへヴィ・メタルという音楽スタイル。

SHARAさんのmintmintsように他にまったく例がないワケではないが、現在の日本の音楽シーンを考えるとかなり特異な存在だ。ようするにワン・アンド・オンリーで、他では聴けないサウンドだということ。

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この後、同じようなインストのバンドが出てきたら「お、D_Driveみたいじゃん?」と言われるのではないか?という彼ら独自のスタイルを確立していてきた。

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そのサウンドが新旧のロックを実にうまい具合にブレンドして作られているのがサウンドのカギではなかろうか?

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このあたりはSeijiさんの計算が奏功しているのだろう。

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ドロップ・チューニングも取り入れたギターリフなんかはまさに今様のごくシンプルなものなのだが、曲全体として見ると(聴くと)70年代のロックがしっかりと息づいている感がある。

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マーブロで言っているのはまさにこういうことで、「温故知新」の好例ではなかろうか。

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各人の器楽演奏の技術レベルもしっかりしているのも他の若いバンドと異なる大きなポイントだ。

Shimaちゃんのベース・ソロなんかすさまじいの一言に尽きる。

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そして、Chiikoちゃんのドラム。楽器の鳴らしどころがよくわかっているダイナミックなドラミングは女子ドラム界を背負って立つ実力を持っている。

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フロント陣ふたりのツイン・リード・パートももちろん大きな魅力だが、これもThin LizzyやWishbone Ashのそれとはまったく異なる。

そうした70年代のツイン・リードは、練りに練った味わい深いメロディを美しい音色で情感豊かに弾きこむスタイルしかなかった。

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この2人のツイン・リードもそうしたパートがないわけではないが、メインとしているのはアクロバティックな超速弾きの合奏。

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穐吉敏子のオーケストラのサックス・ソリのような役割をしている…といってもピンと来ないか…。要するに曲に大きなアクセントを与えるハイライト・コーナーのようなものに徹している。

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毎回MCも楽しみにしている。なんか上り調子で自分たちの目指した頂点に近づかんとするイキイキとした雰囲気がすがすがしい。

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もちろん、「おもしろ担当」もいるし…。このショットは完全に「カメラ目線」の心持ちなのだ。

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そのD_Driveサウンドにナンダカンダ言って絶対に欠かせないものはコレだ…

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SeijiさんのDSL。

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YukiちゃんのTSL。

やはりD_Driveの最大の魅力であるギター・サウンドをクリエイトするにはMarshallは欠かせない。このバンドでのMarshallの音を聴いているといかにMarshallのサウンドが「抜ける!」ということを強く実感する。

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それとステージ・マナー。

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どんなにエキサイトしてもブルータルにならないし…

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演奏している間、メンバー全員いつもニコニコしている。

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D_Driveの演奏している姿を見て「楽しそう!」とギターを手にする若者がひとりでも増えることを願ってやまない。

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(以上、2013年2月21日 渋谷Star Loungeにて撮影)

はい、みなさん、新宿へ移動しますよ~! 渋谷⇒原宿⇒代々木⇒新宿。ホラ、もう着いた。

ここは新宿RUIDO K4。

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ここからは3月末に開催されたAlhambra(アルハンブラ)とのジョイント・ライブ、『ALHAMBRA vs. D_Drive ~2nd IGNITION~』のレポート。

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今日も大熱演の4人!

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この日はAlhambraとD_Driveの2バンドの出演とあいなったが、これが各々90分!というほとんどワンマン×2という状態。

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…ということで、タ~ップリとD_Driveスタンダードを楽しむことができた。

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先に述べたようなD_Driveの魅力が大爆発!

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Alhambra目当てに来場したお客さんたちにも大いにアッピールしたハズ。

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たまには真剣な表情を見せるChiikoちゃん。イヤ、ニコニコしている時も真剣だ!

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ツイン・リードの切れは満点!もちろんこの日もMarshall。

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ご覧の通りのノリノリ大盛況!

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D_Driveの今後の活動にはますます目が離せません!

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D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive Official Web Site

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<下巻>につづく

(一部敬称略 2013年3月24日 新宿RUIDO K4にて撮影)

2013年4月28日 (日)

【SHOW-YA 3DAYS: DAY3】『GENUINE DIAMOND』発売記念ライブ~Live at BOXX!

Shige Blog 2012年4月27日初出

「春のSHOW-YA祭り」の最終日は3月20日に開催されたニュー・アルバム発売記念ライブのレポート。

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これが22年ぶりにリリースされたSHOW-YAのニュー・アルバム『GENUINE DIAMOND』。タイトルがまさにふさわしいGENUINE(ホンモノの)なロック!聴けば当然死ぬほどライブが見たくなるような内容だ!

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ってんで、会場のBOXXは立錐の余地がまったくない満員大御礼!カメラを持つ手を下に降ろすことすらできないゾ!
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SHOW-YAのみなさん、シゲブログ3日間のご登場ありがとうございました!

「いいんだよッ!」と寺田恵子さん。

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「楽しかった~!」と五十嵐sun-go美貴さん。

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「ありがとね!」と仙波さとみさん。

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「こちらこそありがとうございました」と中村美紀さん。

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「次はリキッドで!」と角田mittan美喜さん。…とは皆さんおっしゃっておりませんが、とにかくありがとうございました!

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今日の1曲目はコレ!そう「Bloody Rose~薔薇の紋章~」。『GENUINE DIAMOND』の1曲目だ!
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イギリスではメッチャクチャよかったり、悪かったりするものに「Bloody」という言葉をつける(アメリカでいう「f**ckin'~」)。そして、気に入ったものは「lovely」と称賛する。これを中学校の時に習った付加疑問文にする。

「It's bloody lovely, isn't it?」

「t」はハッキリ発音すること。イギリス人の前でコレをやったら結構ウケます。でも親しい人にだけにしてね!

オルガンと絡むリフがカッコいいね!
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で、まさにBloody Lovelyなオープニング!文句のつけようがありやせんぜ!ワズント・イット?!

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2曲目もアルバム通りの「OUTSIDER。」

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この曲もいいな。起伏に富んでいて、サビがすごくSHOW-YAらしくて。真ん中の7/4拍子のところが曲の大きなアクセントになってる。作曲は恵子さんとキャプテン!

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MCをはさんでおなじみの曲を続けて3曲。

私は恵子さんのMCが滅法楽しみでございやしてね…。
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「OUT OF LIMITS」

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「TROUBLE」。 もうみなさん全力疾走状態!カンボジアに行かなくてもオリンピックに出れそうな勢いだ!

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とにかくドライブしまくり!

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「奪い取れ」
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当然ここで私はシャッター切りながら「♪うばいとれ~」と口ずさみます。もうみんな汗だくでノリノリよ!

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6曲目はバラード。愛する男性を想う女性の素直なラブソング。ん~、しみるワ~。

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と、思ったらホロっと来ちゃったのは恵子さん!こんなとこがまた魅力的なんだナ~。

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ギターソロ!ギターも泣いてるゼイ!

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「息ができないほど」が7曲目。

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そして昨日タップリPVのことを紹介した「流星少女~Shooting Star 196X~」。

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キャプテンの手巻きオルガン風のワルツで曲が始まる。いい雰囲気だ。そして一転して阿鼻叫喚のハード・チューンとなる。
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これも至極SHOW-YA的なナンバーだけにメチャクチャ盛り上がる!

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ショウはほぼ中盤。まったく皆さん疲れを見せませんな!まさにOut of Limitsを知らないBattle Express!

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ここでSHOW-YA名物(なの?)のメンバー紹介。イヤ、自己紹介?

前に出て来ただけで大ウケのmittan!お客さんをつかむのに1秒とかからない!

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ここのコーナーはメンバー皆さんのキャラが出てすごくおもしろいナァ~。実はいつもすごく楽しみにしているのです。

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記念撮影までしちゃって!

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アルバム収録の『In My Arms』。

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そして、キャプテンのキーボード・ソロ。

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幻想的な導入部からシンフォニックなサウンドへと展開する。

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こういう器楽パートがあるところもSHOW-YAのショウの魅力なのよ。
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続いてドラム・ソロ。

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ドコドコドコドコ、スッタンスタスンタンスタスタタン…ロック・ドラムの鏡!

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どうしても毎回「パワフル」だの「ダイナミック」だのという言葉で形容してしまうが、しょうがない。パワフルでダイナミックなんだから!

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mittan休む間もなくいよいよショウはクライマックスへ!

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10曲目となる「Count 8」はニュー・アルバム収録のさとさんとmittanの作品。

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そして、「Look at Me」
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「Battle Express」ときて…
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「限界LOVERS」で本編は締めくくられた。

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お待ちかねのサオまわし!

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へへへ、段々うまく撮れるようになってきた。何せこれ撮るためにわざわざレンズ換えてるかんね!今日もうまく回ってヨカッタ!カッコいいぞ!
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怒涛のカーテンコールでアンコール!お揃いのTシャツのデザインはいつもとちょっと違うイメージ?

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アンコール1曲目は「Rolling Planet」。

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2曲目は「私は嵐」。「♪ワタシは~」とシャッター切りながらつい歌っちゃうね!

今日は恵子さんピース・マークじゃないよん!

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アンコール最終曲は「Fairy」。やっぱイイ曲だ!

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今日も実にいいステージだった!またこの長さがちょうどいいのよ!長くもなく短くもなく…そういうところも計算しつくしているのだ!

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完全燃焼の5つのGenine Diamond!

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終演後の握手会も大盛況だった。

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来月には『HARDEST ROCK』と銘打ったレコ発ライブ・ツアーが敢行される。皆さんも是非「HardestでGenuineなロック」に直に触れてほしい!

SHOW-YAの詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YA OFFICIAL SITE
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(一部敬称略 2012年3月20日 渋谷BOXXにて撮影)

【SHOW-YA 3DAYS : DAY2】『流星少女』をシューティング!~ニューアルバムとPV

Shige Blog 2012年4月26日初出

「SHOW-YA祭り」の2日目は22年ぶりのニューアルバム『GENUINE DIAMOND』の紹介とリード・チューン『流星少女』のPV撮影のレポートだ!

22年ぶり!2 decades and 2 years! これは長いですよ~。前回のリリース時に生まれた赤ちゃんが就活をしている時分だからね。私は22年前はサラリーマンで、赴任先のある地方都市で毎週末、パブでハコバンやってた。楽しかったな、アノ頃は…。

そんな時空を超越して飛び出して来たニュー・アルバムだから、もう存在感が違う!

まず、ジャケット。赤いエンボス紙に大胆に刻印された『GeNuiNe DiaMoND』の14のアルファベット。大文字と小文字が入り乱れている。この画面では色がグレイに出てわかりにくいが、そのレタリングは銀箔(?)仕様になっている。光り輝く5つのダイアモンドたちにふさわしいゴージャスなデザインだ!

既存曲のセルフ・カバーも含まれた極めつけの12曲!歌詞、メロディ、アレンジ、演奏…どの曲も、スミからスミまでSHOW-YAのエッセンスがタップリ盛り込まれている。実に丁寧なつくりだ。ニヤリとしちゃうぜ、何回も!

なんのかんの言っても、やっぱり曲のクォリティが高いよね。どんなに激しい曲でもそこにはキチンとした「歌」があって、現在の凡百のロック・バンド(っぽいの)とは全く一線を画している。

今の音楽シーンを見回してみて、日本語で歌うハード・ロックという観点においては、SHOW-YAというバンドは抜きん出て輝く存在なのではなかろうか?でもSHOW-YAは昔と何も変わっていないと思う。カッコいい音楽は変わる必要がないからね!

本当は1曲ずつ解説したいんだけど、これから聴く人に変な先入観を与えてしまっても申しワケないので遠慮しておきますね!

『GENUINE DIAMOND』の詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YA OFFICIAl SITE特設ページ

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そして、アルバムのリード・チューン『流星少女~Shooting Star 196X~』のプロモーション・ビデオの撮影が敢行された。

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撮影会場は鴬谷の東京キネマ倶楽部。昭和文化の象徴であるキャバレーを改造した大人気のライブハウス。高い天井、広いステージ、ゴージャスな内装…と、ここで演奏したがるバンドは枚挙にいとまがない。そう、ここは今も昔も「おもちゃ箱をヒックリ返した」ような場所なのだ!

ちょっと関係ないんですが、富山に住んでいた時に個人的に結構ウケたんですが、向こうのみなさん「ヒックリ返す」と「テックリ返す」っていうんですよね~。お年寄りの方だけかな?それ聞いたこっちがテックリ返りましたわ。

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いよいよ撮影が始まった!

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そういえばこの曲をお披露目したての頃、「りゅうせいしょうじょ」をどう綴るか決まってなかった。「りゅうせいしょうじょ」か「リュウセイショウジョ」か…。結局、漢字で「流星少女」になったのね?素晴らしい!漢字は素晴らしい!「~Shooting Star 196X~」というサブタイトルまでついた。

エ、これ「X」のところは「0(ゼロ)」を代入していいんですかね?「A?B?」…なんて言いたくなってしまうのは私の悲しい「性~SAGA~」。

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いっしょにいるだけで楽しくなる明るくゴージャスなダイアモンド!

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低音でグイグイとバンドを引っ張るセクシーなダイアモンド!

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バシバシと必殺フレーズを決めるクールなダイアモンド!

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バンド・サウンドを分厚くするエレガントなダイアモンド!

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怒涛のドライブ感でバンドをプッシュするパワフルなダイアモンド!

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恵子さんは緊張するそぶりなど微塵も見せないリラックス・ムード。

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何かすまなそうにしているsun-goさん…。もしかしてアノことかな?

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黄金のラメがちりばめられたこの美しいドラムセットは初登場だ!

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あんまり張り切りすぎたせいか恵子さんのブーツがッ!

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ひとたび演奏が始まると、いつものライブとかわらない鬼気迫るパフォーマンスを展開する!

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「カッ~ト!」の声がかかると、リラックス、リラックス!

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みんな楽しそうだ!

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特に恵子さん!

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そしてまたマジ・モード。

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メンバー各々のソロでの撮影だ。

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さすがベテラン!

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何回もも撮り直すことなど全くなく、サクサクと撮影が進む。

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mittanも新しいドラムセットがピッタリとキマっていい調子!
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自分のパートが終わってリラックスしているさとさん。

オ、何を撮ってるんだ?

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答えはコレ。mittanを上からパチリ。

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キネマ倶楽部を選んだロケハンも大成功!
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バンドの雰囲気と曲と演奏と雰囲気がピッタリとマッチした!

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昨日も書いたが、本当にドンドン際限なくカッコよくなるSHOW-YA。このいつまでも光り輝く5つのダイアモンドたちのますますの活躍を願って止まない。Shooting!

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それでは、ご覧ください!SHOW-YA、22年ぶりのアルバム『GENUINE DIAMOND』より「流星少女~Shooting Star 196X~」!

SHOW-YAの詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YA OFFICIAl SITE

明日の「春のSHOW-YA祭り」の最終日は『GENUINE DIAMOND』のレコ発記念ライブだよん!お楽しみに!
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(一部敬称略 2012年某日 東京キネマ倶楽部にて撮影)

【SHOW-YA 3DAYS:DAY1】 Live at O-WEST~『WOMEN'S POWER 20th Anniversary』より

Shige Blog 2012年4月25日初出

とにっかく、カッコいいわ~。ホント、見るたびにカッコよくなるんだから絶対にスゴイ…SHOW-YA!

今日のネタは少し古い。今年1月9日に開催された『WOMEN'S POWER 20th Anniversary』というガール・バンドが大挙して出演するイベント。かまびすしいイベントは大歓迎だ!

SHOW-YAは3月7日に22年ぶりにニュー・アルバム『GENUINE DIAMOND』をリリース。このライブはその発表に向けた気合いの入ったものだっただけにどうしてもレポートしたかった。

それなら徹底的にやらせてもらっちゃおう!ということでシゲブログでは【SHOW-YA 3 DAYS】と銘打って春のSHOW-YA祭りをお送りする。

で、久しぶりにこの日に撮った写真をチェックしてみたよ!ま、自分で撮った写真を見て言うのも恥ずかしいっちゃ恥ずかしいのだが、ファイルを開けた途端出たね、トリハダ…。イヤ、写真がいいんじゃなくて、SHOW-YAがいいということね。

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当然トリでの登場。やっぱりSHOW-YAが出て来ただけで空気が引き締まるね!

ボーカル、寺田恵子!

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ベース、仙波さとみ!

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ドラム、角田mittan美喜

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キーボード、中村美紀

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ギターは五十嵐sun-go美貴。今日のメンバー紹介は「ミキ」さんを3人並べてみました!

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オープナーは「Out of Limits」。しっかし、このサウンドの厚みはナンダ~?! モノスゴイ音圧!

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経験と自信と独創性が猛烈な化学反応を起こしてこの驚異的の音世界をクリエイトするのだ!

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2曲目にはもう「私は嵐」!エ、もう出しちゃう?ハハ~ン、恵子さん、チョチョチョっとやっつけちゃおうってんだな?

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複数のバンドが出演するイベントで持ち時間が少ないとはいえモノスゴイ飛ばしようだ!

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SHOW-YAのステージを見ていると、方向性は言うに及ばず、本当に全員のベクトルが、太さも長さも一致している印象を受ける。(ところであのベクトルってなんだったんだろうな?高校を卒業してから実際に「ベクトル」を使った人は、極端に少ないんだろうな~)

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3曲目は「TROUBLE」。渾身のドラミングを展開するmittan!今回は時間がないのでいつも楽しみにしているMCはなしだ。残念だがワンマンの時までとっておくことにしよう!

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「奪いとれ!」が4曲目。ドンドン攻めまくるゾ~!

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シャッターを切りながら無意識のうちに「♪うばいとれ~」と歌っちゃってる自分がいるもんね~!最前列の人、チェックしないでね!恥ずかしいから!ちなみにヘドバンはできませんから。エ、写真がブレちゃうからかって?イエイエ、2~3回アタマを揺すっただけでめまいがしちゃうのよ!毛も抜けそうだし…。

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5曲目は「OUTSIDER」。ニュー・アルバム『GENUINE DIAMOND』では2曲目に収録されている。

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この曲、サビのメロディが実にカッコいい!すごくSHOW-YA的な曲だと思うのだがどうだろう?

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リフにソロにバシバシとクールなギタープレイをキメルsun-go。そう、クールなところが魅力なんだ、彼女は!

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ストレートなドライブング・チューン、「性~SAGA~」。

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キャプテンのキーボード・ソロが炸裂!

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寸分の狂いも見せず、とまることを知らない全力疾走の「美しき蒸気機関車(mittanゴメンナサイ!ホメ言葉です!)」!「ダイナミック」という言葉はmittanのためにある!
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『GENUINE DIAMOND』のリード・チューン、「流星少女」は恵子さんのモノローグとキャプテンの幻想的なキーボードでスタートする。

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一転、sun-goのへヴィなリフから爆発的なドライビング・チューンへと変貌する。ライブのひとつのハイライトだ!

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そして「Battle Express」、と待ってましたの「FAIRY」!大好き「FAIRY」。ニュー・アルバムにも入っててうれしいな!

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恵子さんって本当にスゴイわ~。緩急自在に余裕で歌う姿はトコトンかっこいい!フェイクなんか絶対しないもんね!

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カメラ目線をありがとう、恵子さん!でもちょっと「ピースサイン」って古くないスか?イヤ、私の世代はこれでいいんですけどね!私は「衣紋掛(えもんかけ)」という言葉を平気で使いますから。

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そしてアッと言う間に最後の曲!ああ~、もっと見たいなぁ~、もっと撮りたいなぁ!と思いつつ最後に「限界」を堪能したのであった。

この後、他の出演者とのジャム・セッションがあって、チチチチチチチチ、チェリー・ボ~ムをプレイ。なつかしいな~。昔の音楽書籍見ると「チェリー・ボンブ」と表記されていたりしてね。なんかいいダシが取れそうじゃない?

素晴らしい演奏だった!

SHOW-YAの詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YA OFFICIAL SITE

明日は【SHOW-YA 3 DAYS】のDAY 2をお送りします!

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(一部敬称略 2012年1月9日 渋谷O-WESTにて撮影)

かぎって書く~ズンコの魅力

Shige Blog 2012年4月24日初出

今日は変なタイトルでしょ?何となくつけてみた。

ところで、来月から開業だというのにこんな調子で間に合うのだろうか…?

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…なワケないね。すっかりスカイ・ツリーも景色に溶け込んじゃってる。これは浅草吾妻橋からのながめ。スカイ・ツリーのおかけで浅草もにぎわいを取り戻している…

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というのも昼間だけの話でね…。夜はこんなよ。戦前はこのあたりが東洋一にぎやかだったんだゼ~、ワイルドだゼ~。今はスッカスカだゼ~。

この雷門を背にして、浅草通りに向かって20mほども行くと右側のビルに「ZINC Asakusa」というジャズのライブ・ハウスがある。今日はそこからのレポート。

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出演はズンコ。

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2007年結成の女性ボーカルとギターのデュオ・チームだ。

男女のボーカル&ギターのコンビと言うとダレ?タック&パティ?エラ&ジョー?結構、デパートとか地下街のイベントでお見かけするような気もする。でもそういうのはほとんどがジャズのデュオだよね?でもこのズンコはチト違うんだナァ~!
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メンバーはボーカルのずんこ。
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ギターのもだん・ぎたー。「もだん」がファースト・ネームで「ぎたー」がファミリー・ネームですな。日本の方で、もちろん本名ではありません。

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そしてこれが彼女たちの最近作『いたって走る』。変でしょう?「いたって走る」んだって!じつはこのバンドはギタリストの三宅庸介さんに教えてもらったのね。

「シゲさんならコレ絶対気に入りますよ!ジャズお好きだから…」とCDを預かったのです。ま、三宅さんの勧める音楽なら間違いないと思ってさっそく聴いてみた。

ナンジャコリャ~ッ?なのだ!ナンカ今までにない感覚ではあるんだけど、ヤケに親しみやすいような、そうでないような、カッコいいような悪いような、きれいなような汚いような、でもつかみどころはシッカリしていて、「なるほどコリャ気に入るわ、さすが三宅さん!」ってなことになった。気に入りゃ見たくなる。で、見た!

曲のタイトルもアルバム表題の「いたって走る」、「なるようになるな」、「だれかはだれか」、「まねきねこ」等々、言葉遊びに似たような…。

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「一体全体、どんな人がこんな音楽を演っているんだろう?」 CDにはメンバーの写真もないし、わからないことはすぐウェブ・サイトという世代でもない。「ガリッガリに痩せてて、超神経質なマッド・サイエンティスト風の人がギター弾いてんだろうな~」ということに自分の中ではしておいた。

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そしたらア~タ、実際のもだん・ぎたーさんは、くじら料理店のマスターみたいな人で、手はドラえもんみたいだし、おっそろしく礼儀正しいし…いたって普通の方だったのですよ!

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しかし、音楽や楽器へのこだわりは尋常ではござらん!ギブソンL7を2204につないで独特のサウンドで独特の音楽を展開するワケだ。

2204は2203の50Wバージョンね。1975年に「Master Model」として発表された。みんな2203とか2204はJCM800の中のモデル名だと思っているかもしれないが、800シリーズの前から存在していたのね。そして、1981年、Rose Morrisとの販売契約が満了するのを待って。JCM800シリーズのラインナップのひとつとして華々しく再デビューさせたんですな。ちなみに「JCM800」というのは故ジム・マーシャルも愛車のナンバーから付けられたんだよ。

もだん・ぎたーが愛用する2204はそのJCM800に変わる前のもの。いわゆるJMP(Jim Marshall Product)の2204なの。だからルックスも1959みたいにコントロールパネルが真ん中なのです。

反対にJCM800時代になっても生産を続けていた1959は4インプットながらJCM800のデザインに引っ張られてワイド・フロント・パネルになった。

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マスター・モデルといっても、もだんは(もだん、もだんって言ってるとお好み焼きみたいだ)これを歪ませて使っているワケではなく、フラット・ワウンド弦を張ったL7を力いっぱいストラミングするというスタイル。ヘタに歪ませるよりよっぽどスゴイ音がする。なんというか、ゴロゴロ、ゴロゴロと夕暮れのゲリラ豪雨の時の雷のようだ!
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一方、ずんこは高域がとても美しいクリスタル・ヴォイス。それをもだんのギターにからめてドッシリと歌う。これが独特のオリジナル曲にマッチして絶妙な味わいを醸し出す。それがズンコなのだ。

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レパートリーは、もだん曰く「ケッタイな曲」が中心。ケッタイな曲とはオリジナルの曲。

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ま、確かにケッタイである。まだロックを聴き始めの子供の頃にズンコ聴いてたら夜うなされていたかもしれないな。

ところが替えがきかない妙な味わいがあって、ドンドン次の曲が聴きたくなってくる。1曲の尺も短くて「エ、それで終わりでいいの?」みたいにあっさりしている。何とも不思議!

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元々はメタル好きのもだん。ジャズ・ギターにハマってからはその道をまっしぐら!ビッグ・バンドのギターを演っていたそうだ。

もだんはズンコのことを「世界一おとなしいメタル・バンド」と呼ぶ…ん~、メタルねェ。

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だから、コレは「ロッケンロー!」と叫んでいるの図。ちょっと恥ずかしそうだ…。

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気持ちはわかるが、メタルでは片づけられない特殊な立ち位置にいることはこの表情を見てもわかるだろう。

また、スーツがいいね!演奏が引き締まるよ。真夏の屋外のジャズ・フェスティバルで、ルー・ドナルドソンのバンドのある日本人が「Tシャツで演奏しよう」と提案したら、ルーは「イヤ、暑いがネクタイを締めて演奏しよう。その方が演奏が引き締まる」と言われ、本当のアーティスト魂を見たようだと記してあるのを何かで読んだことがある。もだんもその域に達しているのだ!

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ケッタイな曲ばかりではなくて、女性ボーカル+ギターといえば…そうボサノヴァ。曲はジョビンの「おいしい水」。「あがじゅべべ~」ね。ずんこの透き通った声が実にやたらメッタラこの曲にマッチする。

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他にもアルバム『いたって走る』に収録されているガガさまの「Pokerface」も!これもとってもよかったな~。高音部がいいのよ。

さて、ようやくやって来たぜ!前からどうしても書きたかったんだけど、マーブロ止めて書く場所がなくてサ。いきます。ガガさまの衣装というか格好のことなんだけど、みんな「奇抜」とか「斬新」とかいうじゃない?アレって、ピーター・ガブリエルのお下がりなんじゃないの?40年ぐらい前に使ってたヤツ。見てすぐにそう思ったんだけどな~。新しくもなんともないよ!テレビで誰かいえばいいのにな~。もっと勉強してもらいたいね。今、人類のエンターテインメントに必要なのは温故知新だと思ってるから。エ、大したことじゃないって?イヤ、アタシャがまんできん!

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そして、個人的にうれしかったのはカウント・ベイシー・オーケストラの十八番、「Shiny Stockings」。フランク・フォスターですな。もだんのスウィンギーな四つ切りがゴキゲン!スキャットまで披露してくれた。

この曲、チョー好きなバージョンがあって、それは1972年のサンタ・モニカ・シビック・オーディトリアムのライブ『Jazz at the Santa Monia』のエラ・フィッツジェラルドとカウント・ベイシーがいっしょに演ってるヤツ。もう何十回聴いてもサブイボ出る。歌はもちろんだけど、エラのスキャットと「ア~、カウント・ベイシー」と名前を呼ぶところがタマラン!このライブでのエラのカッコよさはオールスター・ジャムのところでも爆発していて、ソリストの名前を呼ぶところがあまりにもステキ!「スタン・ゲッツ」だの「ハリー・エディソン」だの「ボン、ボン、アル・グレイ」だの…ああ、また聴きたくなって来たけどCD持ってない!LPだ~!

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ズンコの魅力はまだある。それはもだんのMC。もう存在だけでも笑いが取れそうなのに、コッテコテの関西弁で引っかき回されてはかなわない。別に面白いことをそう言うわけではないのだが、最高におもしろい!

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感情の込めにくいタイプの曲の連続にも見受けられるが、ずんこの熱唱ぶりはやはり最大のみどころだった。

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この人、瞳が澄んでいてとても美しく、その声とあいまってズンコの魅力を際立たせてくれる。となりのおじちゃんがああいう感じだからなおさらだ!

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テレビをつければAKB、オネエに子役に韓流…もう飽き飽き!なんかもうちょっと本当にしっかりしたエンタテインメントに接してみたいナァ…なんて方にはきっといい刺激になるのではなかろうか、ズンコ。おすすめです。

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ズンコの詳しい情報はコチラ⇒ズンコのホームページ

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普段は大阪を中心に活動しているが東京にも時折きて演奏しているので東京の方々、是非お見逃しなきよう!
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KRUBERABLINKAの和重さんからのプレゼントのピックケースとともにパチリ!

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この日、遊びに来てくれた三宅庸介さん。もだんのL7を手に取りス~ラスラ。昨日のKRUBERABLINKAもそうなのだが、ジムの悲報といい、ズンコといい、シゲブロはスタート以来三宅さんにお世話になりっぱなしなのだ!

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そして浅草の夜は更けていくのであった…しかし人いね~!あのねここは戦前は東洋一にぎやかな…もういいか!浅草もがんばれ!

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(一部敬称略 2012年1月14日 ZINC Asakusaにて撮影)

【号外】バート・ウィードン逝く!

Shige Blog 2012年4月20日初出

レヴォン・ヘルムの悲しいニュースも飛び込んできたが、今、マーシャルの親友から届いたニュースは、ギタリスト、バート・ウィ―ドンの逝去を知らせるものだった。

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大ショック!

バート・ウィ―ドンの名は日本ではそれほど知られていないかもしれない。

1920年、エセックスの生まれ。1959年の「Guitar Boogie Shuffle」が大ヒットし、イギリスの音楽史上、初のギタリストのヒット・チャーターとなった。クラプトンやブライアン・メイ、マイク・オールドフィールド、シャドウズ、そしてビートルズに影響を与えたという。

私が彼の名を知ったのは、ジェフ・バクスターがホストを務める『Guitar』というビデオによってだった。この中にマーク・ノップラーが登場し、「It's a lie!」と言いながら一冊のギター教本を実際にその著者に付きつけるシーンがあった。

その教本のタイトルが「Play in a Day」といい、その著者がバート・ウィ―ドンなのだ。

この本はよく英会話系にありがちな、『あなたも一日でギターが弾ける!』系の教本で、ノップラーは尊敬と親しみを込めて、イギリスで一番有名なこのギター教本の著者であり、ギターの大先輩に接したのであった。

このビデオ(実際にはレーザーディスクだった)をそう繰り返し見たワケではないのに、ナゼか私にはこのシーンが印象的で忘れられずにいた。実際に思いだそうとしても他のシーンがほとんど頭に浮かんでこないのだ。

さて、なぜ私がバートの逝去にショックを受けているのかというと、実はバートはジム・マーシャルの無二の親友だったのだ!

だから、マーシャルの何かのイベントには必ずジムに招待されたバートがいて、フランクフルトで何回もお会いしているうちに私も顔見知りになった。もちろん、初めてバートに会った時は、「ウワッ!あのマーク・ノップラーに怒られてたおじいちゃんだ!」とかなりビックリしたっけ!

残念ながら挨拶の他は本当に少ししか会話をしたことがなかったけれど、ニコニコしてとてもやさしいおじいちゃんだった。また、奥様が猛烈に感じのいい人で、目が会うといつもウインクをしてくれた。

マーシャルの工場からヒースロー空港に行く途中にある彼の家の前を通りかかったこともあった。

バートは近く催されるジムのお葬式に出席する予定にしていたという。

天国でジムが何か新しいギター・アンプのアイデアが閃いたのかな?それともジャム・セッションの相手がいなかったのかな?

天国でも仲良くしているに違いない。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

2013年4月26日 (金)

『NAONのYAON』への道~CUTE GIRL LIVE <後編>

今日から3日後に迫ったSHOW-YAの『NAONのYAON 2013』のオープニング・アクト出演権をかけたオーディション、『CUTE GIRL LIVE』のレポートの後編!

全10バンドのうち後半にエントリーした5バンドと結果発表をお届けする。

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6番目に登場したのはDOLLS。

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実はDOLLSを撮るのは2回目でしてね。今日も相変わらずチャーミングに演奏してくれた。

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「2度あることは3度ある」…次に撮る時は武道館かな?!

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7番目のバンドはHICCUP PANTHER。

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こちらはグッとロックな雰囲気。ギタリストもマーシャルを背にバッチリっとポーズが決まってる!マーシャルが似合うギタリストはいいギタリストなんだぜ!sun-goさんみたいにね!

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続いて白いんげん豆。高校の軽音楽部のバンドだそうだ。いっかにもホンモノの「けいおん」らしくていいナァ~。

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なんか変に思われそうなんであんまり言いたくはないんだけど、学生バンドのコンテストの審査員を何度もやってきているせいか、案外この制服っぽい出で立ちと楽器ってマッチように見えてきた。これで音がデス・メタルだったらビビるな。

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ピアノの弾き語りのエントリーは芹澤稚菜ちゃん。

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澄んだ歌声と素足でペダルを踏む姿が印象的だった。

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世界の貧しい国の子供たちに歌を届けたいという。

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そして10バンドを締めくくるトリでの登場は音恩。「ネオン」と読むそうだ。本当に最近のバンド名とか源氏名(?)はシャレているね。

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音楽の専門学校に通っているそうだが、裏方さんのコース、つまり制作サイドっぽい仕事の勉強をしているそう。コリャ将来どっかでいっしょになるかもね。「アンプはMarshall」よろしくね!

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…とこれで全10バンドのエントリーが終了。

ゲストのCyntiaの演奏の間に審査員の結果が集計され、いよいよ発表と相成る。

いったい誰が『NAONのYAON 2013』のオープニング・アクトで野音のステージにたつことができるのかッ!

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優勝はHICUPP PANTHER!

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このよろこびよう!見ていてこっちもうれしくてシャックリが出そうになる!

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おめでとう!HICUPP PANTHER!! 29日よろしくね。

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さて、この後、出場者のみなさんのあまりの熱演に恵子さんから衝撃発言が!

「あともう少し何組か出られないでしょうか~?」

ということで後日、「芹澤稚菜」「白いんげん豆」「Su凸ko D凹koi」「dolls」の4組も出演することが決定。にぎやかになるわ~。
みんなで仲良く『NAONのYAON 2013』を盛り上げよう!

SHOW-YAの詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YA OFFICIAL SITE

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『NAONのYAON 2013』は4月29日開催。今日の予報では天気もOK!頼むぜ天気予報。「伝説の雨の野音」なんていうけど、絶対晴れろ~!

5年ぶりに開催されるSHOW-YAプロデュースの大ロック・イベントをお見逃しなく!

NAONのYAON 2013の詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト

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女の子が主役の記事の時にはどうしても書いてしまう「女の子がスゴイ」的な考察。もはやそんなことひつ必要はないし、そうした記述が女性に失礼に当たるようになってきているとも思う。

でもホントにスゴイと思うね。ロックの多様化がもたらした男女比の大きな変化…といいたいところだけど、あながちそうでもない。

女性のバンドにも食いつきやすそうな昔でいうニュー・ミュージック的なソフトなロックは男性サイドに流れ出し、かえって女性の方がSHOW-YAのように男性的な骨のあるロックに近い感じがする。大いに結構。ドンドン暴れまくってもらいたいと思う。

ボーカルやキーボードは昔から女性のエリアは広かった。最近はドラムやベースへの進出も目覚ましく、まったく男女の差はないといっても過言でもないと思うが、ひとつ気になるのはリード・ギターだ。出てきそうでなかなか出てこないのがEITAちゃんやD_DriveのYukiちゃんやこの日演奏してくれたCyntiaのYuiちゃんのようなリード・ギタリスト。

もっとも男の子のバンドでもみんなほとんどギター・ソロが出てこないから女性バンドに限って言えたことではまったくないのだが、なんでなんだろう。シュレッダーとまでいかなくても、キチットした音色でメロディを弾ける子をほとんど見かけないんだよね。

一般的にベースやドラムの水準が上がったことを考えればsun-goさんのようなブットい音色でリード・ギターをバリバリ弾く女性ギタリストがもっといてもいいと思うのだが…。これはMarshall屋としてのワガママなのかな?スケール練習をしてガンガン指を鍛えてMarshallでいい音を出してもらいたい。

でも、いい音を出すのはギターやエフェクターやアンプではありませんからね~!指、指!そのためにはスケール練習が一番早道。お金もかかんないしね!がんばってください。

それにしてもみんな楽しそうだった!ひとつお願いしたいと思うのはSHOW-YAのみんなが夢中になって聴いたであろうロックが一番ロックだった時代の音楽をジャンジャン聴いてエキスを吸収してもらいたい。そして第2の、第3のSHOW-YAを目指しでもらいたい。

(一部敬称略 2013年4月16 日 渋谷O-WESTにて撮影)

2013年4月25日 (木)

『NAONのYAON』への道~CUTE GIRL LIVE <前編>

「やおん」って聴くとこの歳になってもワクワクするね。やっぱり子供の時から行きつけているので、なんかものすごい「ホーム感」があるの。

聖橋から見た神田の景色、隅田川にかかる橋の数々、そして日比谷公園というのは東京の中でも特に好きな風景なのです。

そして、日比谷野外音楽堂が今年で90周年を迎えるんだそうですな。前にも書いたけど開業は1923年、すなわち大正12年。なぜスラスラ出てくるかというとJim Marshallと同じ年なのだ。Jimも生きていれば卒寿だったんだね。

楽屋が木造だった頃の野音をまだ覚えてる。学校の教室みたいだったぜ。

さて、その90周年を迎えた野音で5年ぶりに開催されるSHOW-YAがプロデュースする日本を代表するビッグ・ロック・イベント、『NAONのYAON2013』が目の前に近づいてきた!

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当日はMarshallもズラリとお目見えするよん!

その『NAONのYAON 2013』にオープニング・アクトとして登場できちゃうかもしれない!というオーディション、「CUTE GIRLS LIVE ~ROAD to NAONのYAON~」が去る4月16日渋谷O-WESTで開催された。

全国から200通を超える応募者の中から厳正な審査の末、全10バンドがエントリーし、熾烈なバンド合戦(←こりゃ古いか)が展開した。今日明日と2回にわたってその模様をレポートする。

まずは恵子さんが登場。
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アコギを片手に1曲歌ってくれたのはうれしい限り!

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ブルースだね。

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ジックリと歌いこむその姿は…

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これから出演する女性へのお手本のようであり、エールであり、音楽を楽しむ者たちの讃歌のように聴こえた。

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そしてSHOW-YAのメンバーも勢ぞろい。

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出場者全員にエールが送られる!

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トップ・バッターはBRATS。

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恵子さんが小声で「子供だよ…」なんて言っていたが、ホント!何しろ今年中学生になったんだって!「タメになるね~(もう中学生とひっかけております)

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ま、コワいもの知らずというかナント言うか…とにかく立派なもんです。だってこの子たちのご両親だって私よりかなり年下だろうにね~。一体オレはナニやってんんだ?

「野音に出してくださ~い!」の図。

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2番手の小野葉月。こういうバンド名だそうだ。

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こういう編成はカッコいい。ギターレスなのがカッコいい(Marshallには秘密だよ)。ヘタすりゃELPみたいな音楽かな…なんて勝手に期待したりして…。

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ELPとは似ても似つかないチャーミングなボーカルさんによるポップ・ロック。

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とにかく歌にアクションにと華やかな雰囲気がすごくいよかった!

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それに曲がなかなかによろしいですな。

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ひとバンドの持ち時間は20分。転換時には交替でSHOW-YAのメンバーが客席横の特設ステージに現れて出場者にインタビューをする。恵子さんの話だから、おもしろくてまったく飽きない。

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ここはsun-goさんと恵子さんの出番。「ちょっとあたし、恥ずかしいわ…」とsun-goさんにバンド名の紹介を振る恵子さん。

そして、sun-goさんが絶叫する…「次のバンドは~…」

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「失禁少女ぉ~!」

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彼女たちが身に着けているのはオムツです。介護用の…。だからもれない…って何がだ?!

パワフルなパンク風ロック。

ま、みんなビックリしてたけど、80年代のはじめごろはもっとスゴイのいっぱいいたからね~。

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も~やりたい放題!元気があってよろしいな。

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ドカンと雰囲気が変わって登場したのは山本香澄さん。

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ここはバンドではなくソロでの出場。堂に入ったソウルフルな歌いっぷり。まだかなりお若いんだそうですよ。

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前半最後はSu凸ko D凹koi。「スットコドッコイ」と読むんだって。

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ここは女の子特有の世界観を持ったバンド。「彼女のオッパイ飲まないで~!」…なんてこと歌ってんだ?!と思ったら「揉まないで」だって。大してかわらないか。でもこういうの男にはできないよね。あ、ただ単語を置き換えるはやめてくださいね。

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ま~、バラエティに富んだバンドが目白押しで楽しいな~。こりゃ野音もさぞかしにぎやかになるってば!

NAONのYAON 2013の詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト

SHOW-YAの詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YA OFFICIAL SITE

<後編>につづく

(一部敬称略 2013年4月16日 渋谷O-WESTにて撮影)

 

2013年4月24日 (水)

【お知らせ】Marshall Blog URL変更のお知らせ

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Marshall Blog読者各位

平素よりMarshall Blogをご愛読賜りまして誠にありがとうございます。

標記の件、すでにお気づきの方もいらっしゃるかと存じますが、この度Marshall Blogはイギリスの本社と協議のうえ、下記の通りURLを変更いたしました。

旧) http://marshallblog.lekumo.biz/mne

       ↓    ↓    ↓

新)  http://www.marshallblog.jp

旧URLは今まで通り有効です。私はまったくITに疎いため明確な説明ができずもどかしい思いをしておりますが、色々と実験をしてみるに、旧URLからでも自動的に新URLに読み替えられてMarshall Blogにアクセスされるようです。

そのため慌ててブックマークの変更等の作業をしていただく必要はありませんが、これからはとにかくマーブロといえば、www.marshallblog.jp でお願いします!

それから、この変更にともない画面上のfacebookの「いいね!」の回数がすべてご破算になってしまいました。

せっかく皆様に貴重なお時間を頂戴してお読みいただき、かつ、ご評価を頂いたにも関わらずこんなことになってしまい誠に申し訳ございません。

記事制作にご協力頂きましたアーティストやご関係の皆様にも深くお詫び申し上げます。

もしよろしければ古い記事をご再読いただいた折にはカチッと「いいね!」を押してやってくださいませ。

これからもMarshall BlogはMarshallやファミリー商品にまつわる話題を中心に、そしてアーティストさんたちの話題も盛りだくさんに、楽しくマニアックでガンコな記事づくりを目指してまいります。

相変わらずのご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 

Marshall Amplification plc

Asia & Oceania Region Manager

Shige

緊急特集!<追補> Hipgnosis Collectionと下町のヒプノシス

昨日おとといと2回にわたり、HipgnosisのStorm Thorgersonの追悼特集を組ませていただいた。長大な拙文を辛抱して読破いただいた皆様には心から御礼を申し上げます。

こうして振り返ってみると、Led ZeppelinやUFO、Rainbow、Status Quo、Bad Company等々MarshallもHipgnosis同様、名盤誕生の一翼を担わせてもらっていたことに誇りを感じる。プログレ編はMarshallの出番がほとんどなかったけどね…。

今回の記事への反響も大きかった。さらにSNSを見渡してみると、「アータ、普段こんなの聴かないでしょうに!ホントにHipgnosis知ってんの?!」と思いたくなる人までがStorm Thorgersonの逝去を悼み書き込みを残していた。

私が認識ているよりはるかに広く深くHipgnosisの業績が浸透していたようだ。つまり、それだけジャケットの存在感は大きく、支持者の層も広く厚いということが言えるのかもしれない。

そして、これは何よりも貴重なStorm Thorgersonの遺産なのだ。

もうHipgnosisは終わりにしようと思ったが、新しい情報が舞い込んできたので今日は2日間の特集の追補をさせていただく。

さて、イギリスにもMarshall Blogに毎日目を通しているスタッフがいて、しょっちゅうここに登場するSteve Dawsonもそのひとりだ。

残念ながら日本語を解さないので、写真やテキストにちりばめられた英単語を見ているにとどまるが、案外内容を正確に理解していることに驚いたりする。

時折、翻訳ソフトを使ってもいるのであろう。でも、この翻訳ソフトもすさまじい仕事をする時があるから要注意だ。以前、アイルランドの友人になにかをしてあげた。するとすぐに彼女からお礼のメールが来た。しかも気を使ってくれて、それは翻訳ソフトを介した日本語によるものだった。それにはこう書いてあった。

「わたしはあなたにありがとうではありません」

もちろんそんなことを言おうとしているワケがないのはすぐにわかる。さっそく彼女に知らせたが、PCの向こうで顔が赤くなっているのがわかるぐらい謝っていた。こわいですね。

さて、そのSteveから面白い話が届いた。もちろん昨日今日のマーブロを見てのこと。話はStorm ThorgersonとJimmy Pageのやり取りに関することだ。

やはりイギリスでも70年代のHipgnisisの人気は相当高かったらしい。

本編にも書いた通り、Led Zeppelinは5枚目のアルバムで初めてHipgnosisにジャケット・デザインを発注した。そして、StormがデザインのアイデアをJimmy Pageに提示した。それはLed Zeppelinのイメージが組み込まれたテニス・コートの絵柄だったという。

Jimmy Pageはそのデザインが意図することが分からずStormに尋ねた。

「テニス・コートとLed Zeppelinって何か関係があるのかい?」

するとStormが静かに答えた。

「あるじゃないか。ラケット(racket)だよ!」

Jimmy Pageはこの発言に大層気分を害し、部屋を出て行ってしまったという。その後、他のHipgnosisのスタッフに仕事を頼んで出来上がったのがコレ。

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この事件で『Led Zeppelin V』、つまり後の『Houses of the Holy』の発売が3か月遅れたという。

ナゼJimmy Pageがそれほど怒ったのか…。

実は「racket」というのはイギリスの都市部のスラングで、「雑音」という意味があるのだそうだ。それとテニス・コートを組み合わせた一種の楽屋落ちだったのだ。

やるナァ~、Storm。天下のLed Zeppelinの初の仕事でこんなことしちゃうんだもんだナァ~。ま、StormもまさかそんなにJimmy Pageが怒るとは思わなかったんだろうね。「ウ~ケ~る~」と言われると思ったんじゃない?

でも、『Houses of the Holy』がうまくいって、この後『Physical Graffiti』は飛ばして→『Presence』→『The Song Remains the Same』→『In Through the Out Door』→『CODA』と最後までHipgnosisで行っちゃった!

さて、もうひとつ。

このMarshall Blogのバナーを制作していただいた梅村デザイン研究所(梅デ研)主宰の梅村昇史氏のことだ。

梅村さんには他にもShige Blogのバナーも制作していただいており、全幅の信頼を置くビジュアル面での私の仕事のパートナーだ。梅村さんも先にご登場いただいた著名なコレクター、植村和紀さんのご紹介だった。要するにZappaにしてZappa道の師匠でもある。

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氏はZappa以外の音楽にも当然造詣が深く、おしゃべりの機会があると、Zappaについては言うに及ばず、The Beach BoysからOrnet ColemanやArchie Sheppまでありとあらゆる音楽の話ができて滅法楽しく勉強になる。もちろんEdgar VareseやXenakisのような現代音楽もよく聴き込んでいらっしゃる。

ヒックリ帰っちゃったのは、仕事の打ち合わせで拙宅においでいただいた時、パーカー派アルト・サックスの巨人、Phil Woodsの1967年の珍盤『Greek Cooking(Impulse!:Phil Woodsがウードやブズーキを演奏するギリシャのミュージシャンと演奏した地中海丸出しのキテレツなジャズ。これが超絶技巧とスリリングな曲展開でかなり楽しめる)』をかけた時、「あ、これフィル・ウッズですよね?」と言い当てた時だ。これには驚いた。

つい先日もアルゼンチンの作曲家、Alberto Evaristo Ginastera(いわゆるヒナステラ)を教えてもらった。

ところで、梅村氏は「下町のひとりヒプノシス」を標榜されていて、先日の【号外】でも紹介した『WALK AWAY RENE』もシッカリと熟読されていた。

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そのせいか、初めて梅デ研の作品を目にした時からすっかりそのタッチに惹きこまれてしまった。

したがってShige Blogを始めたり、Marshall Blogを再開するに当たっては、絶対に梅デ研作品をバナーに据えることを決めていた。

そして、2人で組んで最近仕上げたのがおなじみのMarshallプレイヤー、田川ヒロアキの『Ave Maria』である。私が撮った写真を実にうまく使ってくれた。

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また、他にも数々のCDジャケットやボックスセット、音楽書籍等の商品のデザインを手掛けている。

いずれMarshall Blogでユックリと「下町のひとりヒプノシス」の作品を紹介したいと思っているが、今日はお気入りを3点ほど氏に選んでもらったので予告編的に作品を紹介しておく。

まずは1975年、Allan Holdsworth在籍時のSoft Machine、「ラジオブレーメン」用に収録されたライブの日本国内盤。Holdsworth在籍時のMachineは大層人気が高いからね。

オリジナルのHipgnosisを無理に模倣したかのようなジャケットより、梅村さんのこの手書きの細密画の方が格段に素晴らしい。よく見ると絵の中の建物についている看板にひとつひとつ内容に関する名称が書き込まれている。こうした楽屋オチ的なコリ方も梅デ研作品の楽しみ方だ。

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Ornette Colemanのベース、Jamaaladeen Tacuma(ジャマラディーン・タクーマ)のアルバム・ジャケット。マーブロのバナーもそうだが、宇宙的なコラージュ手法も梅デ研の得意ワザのひとつ。

これ、素材を適当に並べたって絶対にこういう空気感は出ないよ。このあたりはHipgnosisというよりCal Schenkelの影響が大きいのであろう。

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これは人気DJ、植原良太のCDジャケット。こうした愛らしいイラストも魅力のひとつ。このあたりはGary Panterか?それと忘れてならないのはこの色彩感覚。これだけ極彩色に仕上げるととかくうるさくなりがちだが、梅村作品はいつでも上品で高級感があふれている。これも大きなポイント。

他にもSaul Bass(大好き!)を想起させる作品や50年代のジャズ風、一転してコンテンポラリーなテイスト等々、その魅力を語れば枚挙にいとまがないのである。

梅村デザイン研究所の詳しい情報は、このブログのサイドバーにある「【梅村デザイン研究所】ハルタンタハルタンチ」をクリック!

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さて、その「下町のひとりヒプノシス」、数年前に何とStorm Thorgersonに遭遇したことがあるというのである。「ヒプノシス展」を観に行った梅村氏、帰りのエレベーターでStormとスタッフとたった3人で乗り込んでしまったそうだ。

Thorgerson氏がニコニコしていてくれていれば挨拶のひとつもできたろうが、その時かなりご立腹で怖かったそうだ。

Frank Zappaとエレベーターでふたりっきりになった岡井大二さんの話しみたいだ。Zappaは別段怒っていたワケではないが、そこにいるだけでものすごい芸術家のオーラが出ていてものすごくコワかったという。

この感覚はよくわかる。私もニューヨークのBirdlandで穐吉敏子さんを見かけた時コワくて近寄れなかった。もちろん優しい方なのだろうが、ヘラヘラとした自分の軽さが恥ずかしい気もした。

先に書いた通り、Stormは天下のLed Zeppelinにもそうした所業で自分の信念を貫くような人だ。きっと展示の仕方か何かが気に喰わなかったのであろう。

改めて真の芸術家の逝去を惜しみ、ご冥福を祈る次第である。

2013年4月23日 (火)

【Music Jacket Gallery】緊急特集!Hipgnosis Collection~Hard Rock Works

Hipgnosisの主宰者、Storm Thorgersonの逝去にともなう緊急特集。

大田区は鵜の木にある大手印刷会社、金羊社内にあるMusic Jacket Galleryで2011年に開催されていた『ヒプノシス展』を題材に、昨日はプログレッシブ・ロック系のバンドの作品を紹介した。

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もちろんHipgnosisの偉業はプログレッシブ・ロックの作品に限らず、ハードロック系バンドのLPジャケットにも素晴らしい成果を残している。Led Zeppelin、UFO、Wishbone Ash、Bad Company、Black Sabbath等々の超ビッグネームへの作品が目白押しなのだ。
そう、こっちの方面でもブリティッシュ・ロックの隆盛にはHipgnosisの視覚面での多大な貢献があったのだ。
今日はハード・ロック方面でのHipgnosisの偉業を考察していく。私的でゴメンね。

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さて、Hipgnosis作品を見渡すと作風というか頻出するテーマのようなものがあることに気づく。
人それぞれ見方が異なるのだろうが、私の場合は、まず「水」。

水を使ったデザインが異様に多い。それほどイギリスが乾いているようには思わないが、スタッフのノドがいつも乾いていたのな?イヤ、雨の多いお国柄、水に親しみを感じているのかしらん?何せイギリスの雨は降りゃ必ず本降りにならないと気が済まないからね。ホント、イヤだよ、あの雨は。

それから「身体の一部の拡大」。これもすごく多い。目玉だの股間だの胸だの。
さらに「パターンもの」。『The Dark Side of the Moon』みたいなヤツね。
それに「ドラマもの」…というか映画のワンシーンを切り取ったようなヤーツ。
後は「完全イラストもの」。文字通りイラストだけで済ませちゃうタイプ。
何といっても「写真合成もの」。これが一番お得意か。
ま、こうして挙げていくとキリがなくなってカテゴライズの意味もなくなっちゃうので止めとくけど、どの作品も大抵これらのウチのどれかに所属しているんじゃないのかな?

決定的に言えるのは、レタリング、タイポグラフィっていうのかな?要するにBlue Noteが得意としているような字だけでデザインを構成しちゃう手法と、バンドのメンバーの写真がドンと出てきてハイ終わりというパターンがすごく少ないのね。

ポートレイトものですぐに頭に思い浮かぶのは、『Rory Gallgher』、『Aynsley Dunbar's Retaliation』、『Desolation Boulevard / Sweet』、『Olivia Newton-John』…ぐらいかな。あと、本人が出てくるには出てくるけど「水」処理が施してあったり、「ドラマ化」してあったりで、ただ写真をボコッと置いてタイトル入れて…というのはかなり少ない。
このことはThorgerson自身の主義でもあったらしい。

それと楽器。ポートレイトを使わないのと同時に楽器のイメージもまったくといっていいくらい出番がなかった。なんかあったかな…(長考)…ポールがギター抱えているヤツとWishbone AshのFlying Vがスッ飛んでるヤツぐらい?

Marshallを使って何かカッコいいジャケットがあればよかったのに…。多分、楽器を登場させると中身のイメージが固定化されてしまうと考えていたんじゃないのかな?

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それでは、どうやってHipgnosisはこれらの作業を進めて行ったのであろうか?あるインタビューでThorgersonはこう説明している。

当該のアーティストの作品を聴いて、歌詞を読んで、スタッフ同士で意見を交換し合う。Hipgnosisとしてのアイデアが整ったらスケッチを起こす。それをバンド側に見せて説明し、バンドとも意見を交換し合って最終的なアイデアを決定していたらしい。

でも、Hipgnosisの作品のほとんどは写真素材。後はその決定したアイデアに基づいてパソコンでチョチョチョと加工して終わり…なんてことはこの時代は当然できなかった。それらの写真をすべて実際に撮影しなければならなかったのだ。

これは大変ですよ。時間も金もかかる。だからこそいいものができたんですね。まさに映画と同じ。実際、この話しを聴いてすぐにヒッチコックと黒澤明を連想した。(いつもコレだ)
脚本至上主義…2人ともいい脚本がなければ絶対に良い作品は生まれないという考えで、ヒッチコックは長編を原作に選ばなかった。ダレちゃうから。また、彼は異常にキャメラ(?)の技術に詳しく、本職のキャメラさんにしばしイヤがられたらしい。

一方、黒澤作品の頂点『七人の侍』なんかは、後年世界がうらやんだ橋本忍、小国英雄、そして黒澤明という3人の名脚本家チームが箱根の旅館に何カ月か缶詰になり、アイデア出し合って練り上げたという。3人が同時に同じシーンを考え、浮かんだアイデアを他の2人に提示する。他の2人もアイデアを提示し、意見を交換して一番よいアイデアを選んでいく。
ようやく脚本が完成してみんなヘトヘトになってしまった時、黒澤明はこう言ったという。「オイオイ、君らはいいけど僕はこれからこの脚本を実際に撮影しなければならないんだゼ!」って。黒澤明もキャメラの技術に明るかったという。

彼のトレードマークであるパンフォーカスを実現するために現場はいつも過酷な状況だったという。パンフォーカスは画面全部にピントを合わせる手法で、たくさんの照明を使って思いっきり明るくしてレンズを絞り込まないと奥までピントが送れない。そのため現場はいつも灼熱地獄だったという。あの有名な『天国と地獄』の権藤邸のセットの中なんか40℃を軽く超えていたらしい。

これってまったくHipgnosisの話しと同じでしょ?脚本やミーティングがいかに大切かということだ。

さて、ここでま音楽配信の話し…。「またかよ!」と思われるでしょう?別に音楽配信に恨みはないの。危険信号を送っているだけなんですー!

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それは、自分から能動的に聴きたいと思う曲を1曲毎に入手できる「音楽配信」というシステムが一見合理性に富んでいると錯覚してしまうのがまずマズイ。
自分の好きな曲しか聴かない。狭まるねェ~、聴く音楽の幅が…。でもこれだと作る側はラクでいいよね~。聴きやすい、受け入れられやすい曲だけ作っていればいいワケでしょ?
でも、それでいいのかしら?コレってナンノことはない、原始回帰だとは思わない?LPが発明される前のEP、つまりシングル盤文化へ逆戻りしているだけではないだろうか?テクノロジーは進歩したかもしれないけど、肝心の音楽と音楽のあり方が縮退しているのではないか?
これはシングル盤が悪いとかつまらないということでは全くない。でも、シングル盤は歌謡曲もしくはその類の普遍性が限りなく高い大衆音楽のためだけの物だと思うんですよ。
「木綿のハンカチーフ(最近知って感動したんだけど、あの美しいギター、芳野藤丸さんが弾いているんですってね!藤丸さん、超名曲を超名演で彩りを添えていただいてうれしい限りです)」とか「勝手にしやがれ」とか「また逢う日までとか」、そういう人類が滅びるまで歌い継がれていく曲をひとつずつ提供するのがシングル盤の役目だと思っているの。または歌詞がメロディに乗ってスラスラ自然に出てくるような曲ね。今、巷間でヤケに日焼けした人たちがタテにグルグル回りながら歌っている曲なんかとは、土台天と地の差ほどのクォリティの違いがある。

もちろんハズレもあるでしょう。でもそのハズレも面白かったりするのがあの時代のシングル盤の特長なんですよ。いいものがあるから、どうしてもハズレちゃうものもある。そこでレコード会社の人たちもひと山狙って少しでもいいものを世に問おうとする。だから必然的にちゃんとした商品、つまり音楽が出てくる。
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楽器サイドのテクノロジーも進化して、自分が作った曲を誰でも自宅でいい音で録音できるようになった。いわゆる「打ち込み」の一般化だ。ちょっと前まではドラムの音なんかペロンペロンだったのに今ではヘタをすると人間の叩くホンモノより音がよかったりするもんね。何回やり直させても文句言わないしね。

そうして作ったモノをインターネットに乗せて不特定多数の人に聴いてもらう。
ちょっと聴くとアマチュア・ミュージシャンにとっては夢のようなシステムだが、この簡便さが恐ろしい。言い換えるとこれはほとんどプロとアマの差がなくなるという事でしょ。

「コピーができないからオリジナルを演ってる」なんて話しをたまに聞くが、どうなんだろう?これはあまり音楽を聴いていないということではないだろうか?ミュージシャンはまず絶対にリスナーであるべきだと思う。やっぱりスゴイミュージシャンは例外なく音楽に詳しいですよ。膨大な時間を費やして深く広く聴いていらっしゃる。そうして積み重ねたインプットの中から自分の音楽を編み出していることは論を俟たない。
すなわち、チョチョイと宅録で作った音楽をバラ撒いて、またそれを何も知らない若者が聴いて「これが音楽か」と錯覚してしまう。悪循環である。

そうそう!こないだ車を運転しながら珍しくFMを聞いていたら若いミュージシャンが出て来て、インタビューの中で驚くべきことを言っていた。本当に名前は知らない。チェックしとけばよかったな。こんなことを言っていた…

「『ナントカ(名前は聴き落とした)』というライブハウスにはとてもお世話になったので、有名になってからも出演して恩返しをしたい」的な発言。これは全然いいよ。Miles DavisとBlue NoteのAlfred Lionみたいな美しい友情ストーリーだ。マズイのはこの先だ…

「このライブハウスはまだ僕らがロクに演奏をできない頃から出演させてくれて、いい訓練になったんですよ」って…アータ、演奏できないのにライブハウスに出てんの~?これホントにラジオで聞いたんだからッ!ビックラこいたよ、おじチャンは!

我々の時代にはこんなことあり得なかった。渋谷の屋根裏や新宿ロフトに出ることがもはや成功の証だったからね。そんなバンドがナンカの拍子にうまい具合に世の中に出たところで攻勢に残るいい仕事なんかしないって。所詮は時代が生んだアダ花なのではなかろうか?

ついでにもうひとつ。有名なライブハウスの社長さんから聞いた話し。

若いバンドさんのリハのシーン。ギターのチューニングがあまりにもヒドイのでミキサーさんが気をきかして「ギターさん、チューニングどうぞ!」と振ってあげた。

するとのそのギターの子は「あ、だいじょぶッス!ギター買ったときにチューニングしてもらいましたから!」…オイオイ、ピアノじゃねーんだよ。にわかには信じられなかったが本当の話しらしい。

じゃなんでそんなバンドを出すんだよ…というご指摘もあるかもしれないが、音源審査かなんかでオーディションをパスしちゃったのかもしれない。事実デモ音源とライブ演奏が似ても似つかないバンドなんてザラにいるらしいから…。

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続けます。

さらにマズイのは1曲ずつ自発的に聴いてしまうシステムは音楽の発見がどうしても少なくなってしまうこと。アルバムの場合お目当てでない曲も含まれていて、嫌でもその曲を耳にしなければならない。曲を容易にスキップすることができないLPの場合は特にそうだ。すると、その中に思いもかけない自分だけの名曲を発見したりするものだ。そうしたいい音楽との運命の出会いを奪い去ってしまうのが配信のシステムではなかろうか…。恐ろしい。

話しはシングル盤にもどって…ノルかソルかの商業的成功を狙ってセッセと量産されたシングル盤文化の一方では着々とロック・レコードが「芸術」に昇華していった。

その権化fがいわゆる「コンセプト・アルバム」というヤーツ。シングル盤では表現できない物語や何かのテーマを組曲的に複数の曲でまとめ上げる芸術だ。要するに『Sgt. Peppers~』みたいなヤツね。

調べてみるとその歴史は古く、1930年代のLee Wiley(ジャズ歌手ね)の作品が元祖らしい。
ロックの世界ではThe Venturesの1961年の『Coloful Ventures』が最初のコンセプト・アルバムとされているんだそうだ。 その他、The Beach Boysの『Pet Sounds(1966年)』やBrian Wilsonの『Smile(2000年に発表)』、同じく66年のFrank Zappa『Freak Out!』、The Kinksの『Face to Face』、そして一年後の『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』。
『Rubber Soul』を超えるアルバムを目指して『Pet Sounds』を制作するBrian Wilsonに「今スンゲェのに取り組んでいるんだ」とPaulが漏らして出てきたのが『Sgt. Peppers~』というのは有名な話し。
みんな66年近辺。名盤がひしめき合ってる!

『Pet Sounds』もコンセプト・アルバムなのか…。ま、確かに聴きだしたら全曲聴かないと気が済まない感じがするというか、いつもメロディを口ずさみながら、自然に全部聴いてしまうな。でもこれはあまりにも全曲素晴らしいからであって、別にコンセプトなんかなくっても全然構わないんだけどね。

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一般的歴史的に美術は音楽より常に10年先を歩んでいると云われてきたようだが、音楽の強みはテクノロジーが大きな味方になっていること。つまり、キャンバスの大きさには限りがあるけれど、宿命的に「時間」を共有することができる音楽はその点で美術より圧倒的に優位性があるんですよ。
そのメリットを利用したひとつの完成型芸術がコンセプト・アルバムだと思うワケ。
いいですか?配信によって、言い換えると「1曲しか聴かない聴き方」が当たり前になると先の名盤もせっかくのそれらの芸術もすべて吹き飛ぶ可能性があるんですよ。恐ろしいとは思いませんか?

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私はiPodの発明にはノーベル賞を授与すべきだと思っている。そして、私の160GBのiPodには20,000を優に超える曲が収納されていて、入りきらないので時々在庫整理をして曲を入れ替えている。さすがに2台持ち歩くのはイヤだからね。でも、1曲たりとも配信された曲は入ってはいない。

iPodはそうした配信システムの利便性と収益性を狙って開発されたことは百も承知だが、使い方によってはそのシステムを通じて音楽文化を脅かす凶器になるのではないか?これはあまりにもダイナマイトの発明と状況が似ている。

とにかく、フィジカル・プロダクツを死守し、「ジャケットをなくす」 などという愚行を犯さないこと願うしかない。

とはいえ、今はまだこうしてジャケットを楽しむことができる。Hipgnosisの素晴らしいデザインを今回もじっくりと眺めることにしよう。

いつもテキストは直下の写真の解説をしているが、今日はルールを変えて、展示棚の写真を入れてセクションごとに区切ることにした。テキストの中にある「上段の」とか「左から3番目」とかあるのはすでに上に出ている写真を指している。そして個々のジャケットの解説は写真より上に記してある。ややこしくてスミマセン!

では、Storm Thorgerson追悼、Music Jacket Gallery緊急Hipgnosis特集~ハード・ロック編、まいります。

今日もすべて植村和紀氏のコレクションだ。

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UFOもHipgnosisのジャケット・デザインがもたらすヴィジュアル効果を最大限に利用して作品全体のクォリティをアップをすることに成功したグループのひとつだろう。上段全部と中段左から2つめまで。
Hipgnosisの作品を取り入れるようになったのはスタジオ3作目の『Phenomenon(現象)』からだが、丁度このアルバムからMichael Schenkerが参加して人気にも火がつき出したため余計Hipgnosisデザインの採用がUFOの成功に奏功した感触をうけるのではないか?

『Phenomenon』は実際に撮影された空飛ぶ円盤の写真にそれを撮影するカメラを手にする予定調和的な女性の写真他を合成し、思いっきりフィルムに着色を施したHipgnosisお得意の手法で作られているが、この不気味な雰囲気とメルヘンチックに着色された色調、それとそれらを配置する絶妙な構図がたまらない。
先に書いたようにHipgnosisがデザインを制作する際は、アーティストと意見を交換しアイデアを決めるワケだが、この『Phenomenon』などは一体どういうアイデアの交換があったのだろうか?
Phil Moggが「どうすんだよ、ジャケットよぅ、ヒプグノシスさんヨォ~」とドスの効いた声でせまるとStorm Thorgersonが「イエ、ヒプノシスです。「g」は発音しないんです。さて、こんなのどうでしょうか?こちらの円盤の写真を使ってですネ、すでにカメラを手にした女性がその円盤を撮影する準備をしている…という図式でございます」
すると、Philが「バッキャロー、何で円盤が飛んでくるのが事前にわかってんだよ~?」。すかさずストーム「イエイエ、この円盤こそがUFO…つまりあなた方です。要するに人々はもう円盤が飛んでくることがわかっている。すなわちUFOというバンドが成功を収めて大空を飛びまわるということを確信しているという暗示なんです」
「フフフ、やるじゃねーかヒプさんよ~。ヨッシャ、気に入った。それで行こう!」
するとMichaelが「ぼくはRudolf(Scorpions)の弟だから、これが本当の『空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ』だね!」
「うるせェ、あっち行って「出る単」でもやってろ!」とPhil。
…などという会話は絶対になかったであろうが、この『Phenomenon』をはじめUFOのHipgnosis作品はどうやってこんな意匠にしたのだろうというものばかりだった。

Phenomenon

スタジオ4作目の『Force It』も素敵だ。絡みあう男女。このふたり、よく見ると男と女が入れ替わっている風に見える。極端に色彩を強調した水道栓。こんがらがったホース。またしても完璧な構図。裏面の4人のライブ写真(こんな写真を私はお手本にしています)。もうこれだけで中身のよさは保証されたようなものだ。

その通り!この中身ときたら!1曲目「Let It Roll」のフィードバックだけで鳥肌だらけになってしまう。ああ、この曲を生まれて初めて聴いた時の衝撃ったらなかった!まったくロック・ギターのカッコよさがすべて詰まったかの曲だよね。間奏のこの演歌はナンダ?後半のボーjカルは天童よしみが出てくるのか?老若男女を問わずコレに感銘を受けないロック・リスナーが日本にいるとは思えない。

「Let It Roll」以外も名曲ぞろいだ。ああ~、まだ「Let It Roll」を聴いたことがない人が本当にうらやましい!

今の若い方々は実は幸せなんだよね。だって、こういう究極的にカッコいいロックを知らなくてこれから楽しむことができるんだゼ!イヤミに聴こえるかもしれないけど事実なのですよ。古い臭いなんてことは全くない。「いいものをいい」と思う感性もしくはDNAは誰もが平等に持ち合わせているんですよ。ならば聴かなきゃソンソン!!

Force

UFOの曲の魅力は何といってもカッコいいリフだよね。これにガッチリと乗り切るPhilの歌。こういうロックが今まったく聴かれなくなっちゃたことは本当に寂しい。カッコいいリフを作るのは本当に難しいからね。UFOこそ若いミュージシャンに聴いてもらって、かれらの若い感性でロックの魅力を取り戻してもらいたい教科書的なバンドだ。

それからこの記事を書くにあたって痛感したのは録音のこと。この時代の録音は今のよくいえばゴージャスな音に比べればスッカスカに聴こえるかもしれない。でもそのドンシャリドンシャリした長時間聴くに堪えない、いかにも化学調味料テンコ盛りの音よりもこの頃の録音、素材の味、つまり奏者の技量や楽器本来の音質を活かした録音を見直す時がとうとう来たのではないだろうか?

あるベテランのギタリストがおっしゃっていたが「最近若いギタリストと話しをしていて驚いたことがあったんや。(オ、関西弁だ!) その子、「Led Zeppelinのサウンド、もしくは録音がスッカスカや」言いよんねん。おかしいと思いまへんか~?」
私の返答は「そりゃおかしいわ~!ジョン・ボーナムのドラミングがスッカスカと言ってるように聴こえますねん(ホンマは標準語なんやねんけどな…)」 ま、これ以上は止めときましょう。
録音は確かに大事ですねん、ホンマ。

もちろん音楽と録音と楽器の音はそれぞれ相互干渉しあうことはわかっているが、今巷間で見かける2音半下げとかで激歪みで演奏しているロックをこの時代の手法で録音したどうなるのだろうか?少し興味があるな。
UFOで言いたいことはまだまだある。(でもあと3つにしとくね!)だって高校の時コピーバンドやってたんだもん。思い入れも大きいのサ!
そんな大好きだったUFO、1979年に来日して中野サンプラザの前から2列目の席をゲット。最高によろこんだのもつかの間、Michael Schenkerが来日せずPaul Chapmanが代役。ガックシ…でもUFOのもうひとつの看板Phil Moggはいるワケだし、全曲知ってるし、コンサート自体はとても楽しんだのだった。

2010年にもロンドンでUFOを観た。その時もギターはSchenkerではなくVinnie Mooreだった。
ところで、UFO最大の魅力、Michaelは当然のごとくマーシャルの愛用者。JCM800の50W、2チャンネルモデル2205を長年愛用している。シェンカー・サウンドのヒミツのひとつはこの50Wに隠されているのだろう。

今回この記事を書くにあたってUFOの作品を片っ端から聴き返してみると、夥しい数の日本人ギタリストがMichaelの影響を受けていることがよくわかる。フレーズといい、音質といい、アーティキュレーションといい何とフォロワーの多いことよ。大変よろこばしいことだ。
どうだろう、日本ギター界に影響を与えたギタリストトップ3といえば
1.Ritchie Blackmore
2.Michael Schenker
3.Randy Rhoads
と見ているがどうだろう?英、独(ほぼ英)、英に影響を受けた米…間違いなくすべてブリティッシュロックに薫陶を受けたスタイリストたちと考えていいだろう。やっぱりイギリスからギターヒーローが出てくれないとロックはダメなのですよ!

そこへいくと今のイギリスのギター界は真っ暗だ!これがホントの「Lights out in London」!

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中段右端はMontroseのラスト・アルバム『Jump on It』。Sammy Hagarはもういない。この時代、アメリカのバンドでHipgnosis作品の採用は比較的珍しい。Montroseも内容の割にはジャケットが粗悪なバンドのひとつだった。『Montrose』、『Paper Money』、『Warner Brothers~』どれもダサい…。でも4作目にして何故かHipgnosisが担当。これもお得意の「身体の一部切り取り」手法だ。そしてタイトルが『Jump on It』!ク~!

ブリティッシュ・ロックのいいところを吸収したアメリカン・ロック然としたサウンドはなかなかにカッコよかった。しかし、ある日、Ronnie Montroseはマーシャルを使っていないとの情報をSHARAさんか得て少し興ざめした。マーシャルでやれよ、そういう曲は!でも、好き。

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下段左から2番目のゲイトフォールドはArgentの『In Deep』。KISSで有名になった「God Gave Rock 'n' Roll to You」はこの『In Deep』に収録されている。

Argentも大好きなバンド。2010年、ロンドンで観ることができて本当に幸せだった。
そういえば、MR.BIGはArgentの代表曲のひとつ「Hold Your Head Up」を演っていて、果たしてこの曲は誰の趣味なのか?と思いPaulに直接訊いてみた。すると、Paulは「僕だよ」と言ってこの曲の有名なリフを弾いてくれた。その時、ますますPaulが好きになった。

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Hipgnosisはこの他のArgent作品としてセカンドアルバム『Ring of Hands』を手掛けている。双方これもお得意の「水」ものだ。

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下段右端はおなじみMichael Schemker Groupですな。実は私、まったく通ってないのです。私のMichaelはUFOなのです。
この写真は合成ですな?これだけ明暗の差が大きいと明るい部分が白く飛んでしまうか、暗い部分が真っ黒につぶれてしまうので厄介なんだよね。スミマセン、コメントこれだけ…。

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上段左から4枚はAynsley Dunbar's Retaliation。イギリス発で世界でというかアメリカでもその名を轟かせたドラマーで、思い浮かべる名前は何といってもSimon PhilipsとこのAynsley Dunbarだろう。

コイントスで負けてJimi Hedrix Experienceのドラマーの座がMitch Mitchelに行ったのは有名な話。

John Mayall、Jeff Beck、David Bowie、Lou Reed、Journey、Jefferson、 Starship、Whitesnake、UFO等、と想像を絶するような豪華なキャリアを誇る人だが、私がこの名前を知ったのはFrank Zappaの『Filmore East, June 1971』。「Little House I Used to Live in」という曲で、ボーカルのMark Volmanがドラムのピックアップで「Aynsley Dunbar!!!」と絶叫しているのを聴いてだった。

ちなみにそのAynsleyが参加したアルバムは私が初めて買ったZappaの作品なのだが、中学生だった私は大枚はたいて買ったことを正直後悔した。ワケわからんし、セリフばっかりだし…ナンダ?一体「ま~、シャッシャッ・シャ~ク」って?…でも聴きこむにつれて段々おもしろくなって…あれが長い長いZappa道の第一歩となろうとはあの時想像もしなかったな。その後、このアルバムはCDやら紙ジャケとなり、ナンダカンダで5枚ほど手元にあろうか。その中にはUSオリジナル盤も含まれている。

私は決して各国盤を集めたりはしないし、オリジナル盤至上主義でもまったくない。そんな財力も根気もなく、とにかくいろんなものを生きてるうち聴きたいと願ってる派なのだ。でも、このZappaのアルバムのUSオリジナル盤を持っているのには理由があって、今から20年以上前に京都の河原町付近の路地を歩いていて見つけたのが、どう軽く見積もっても戦前よりはるか昔に建てられたと見受けられる民家。いいですか、想像してくださいよ~。
もちろん街の中心とはいえ京都にあっては古い家はまったく珍しくも何ともないが、驚いたのはその古い古い民家が中古レコード屋だったのだ。当然入ル。

ここで入らなきゃ「音楽バカ」の名がすたる。ガラスの引き戸をガラガラと開けると、予想通りというか期待通りヨッボヨボのお婆さんが出てきた。あの頃はLPからCDへの移行が猛烈なスピードで進んでいたが、CDなんて1枚も見当たらない。
ここから先は、この古い闘技場でお婆さんとの一騎打ちとなる。『ドラゴンへの道』よろしくコロッセオでチャック・ノリスと対峙するブルース・リーの気分だ。残念ながらノラ・ミャオはいない。

「コリャ、いよいよ何か買わないととても帰れないゾ」と覚悟を決めて小さなエサ箱を探る。もうどんなものが入っていたかは覚えていないがロクなもんはなかったハズ。そして出て来たのが『Filmore East』!これこそ、「はきだめに鶴」、「地獄に仏」!ジーっと私を見つめるお婆さんを横目で見ながらレーベルを確認するとBIZARREのブルー。¥1,500。「これ買って帰らしてもらおう…」と決心をして袋に入れてもらった。ナ、ナ、ナントその入れ物はのりで貼り合わせて作った新聞紙の袋だった!完全に手づくり。餅米かなんか煮て作ったノリで張り合わせたんだね。最後まで期待を裏切らなかったナァ~、あのお店。袋、取っておけばヨカッタ!(このZappaの作品のデザインはCal Schenkel)

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さて、Aynsleyはその壮絶なドラミングで70年代前半のZappa作品で大いに活躍した。このRetaliationは残念ながら聴いたことがない。というのもこの後の『Blue Whale』というアルバムがZappaの名曲「Willie the Pimp」を演奏しているのにもかかわらず存外に退屈だったため、Retaliationには手を伸ばさなかった。
ジャケットもまだ68~70年の作品とあって、まだあまりHipgnosisさが出ていない感があるね。

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「上陸許可が下りた、血気盛んでワイルドな水兵達のダークで秘密めいたパーティ」という凄まじいキャッチがくっついていたのが中段左から2番目のSailor。何かこんなキャッチを読むと体中の毛が逆立つような爆音のデス・メタルの軍団がやって来たのかと想像してしまうが、Sailorの音楽はメタルとは無縁のエキゾチックなポップ・ミュージック。

Roxy Musicが好きだった私はこのバンドにナゼか毒のないBryan Ferry臭を感じ、セカンド・アルバムの『Trouble』をよく聴いた。大分時間が経ってから発表されたライブ『Live in Berlin』もよかった。ここにあるサード・アルバム『The Third Step』は残念ながら聴いたことがないが、このジャケット・デザインがかなり素敵だ。今度見つけたら買ってみよう。胸を張ってジャケ買いしよう。

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日本では知られていないが海外では超人気というアーティストがよくいるものだ。Status Quoはその筆頭かも。イギリスでは泣く子も黙るような国民的バンド。白いマーシャルのフルスタックの壁を背に1967年から今でも全英中を沸かせて歩いている。現に昨年もO2アリーナ(!)でのコンサートの告知ポスターを見て腰を抜かした。

1976年にグラスゴーで録音されたライブ・アルバム。持っていたんだけどかなり昔に手放してしまったので内容は記憶にないナァ…。ありきたりだけど『Pile Driver』はいまだに聴いている。ま、とにかくブギですよ。ザッカザッカザッカザッカって。日本では永遠に人気でないだろうナァ。

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下段右端はRory Gallagher。マーシャル使いではない。それを気にするほど入れ上げたこともないんだ。何故か彼の歌が苦手で…。それでも代表作は持ってるな…やっぱり好きなのかな?この1971年のソロのファースト・アルバムのジャケットがHipgnosisの作だとは知らなかった。イイねェ~、このやや下目にレイアウトされたハーフシャドウの写真!Hipgnosisにしてはシンプルの極致といえよう。Roryらしい飾り気のないシンプルな内容でこれは好き。1977年の来日公演、行けばよかったナ。その頃は「ロリー・ギャラグハー」なんて表記されてたりしたっけ。

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まだまだ続く名盤の数々!
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ハイ、次はMarshallバンド。スミマセン、Bad Companyもひと通りサラっとしか聴いていません!Mick Ralphsがあまりギター・ヒーローって感じではなかったからかな?でもこのバンドはずっとHipgnosisなんだよね。だからジャケットはとてもいい。
10年ぐらい前にロスのギターセンターに行った時にMick Ralphsが所有していた58年だか59年のレスポールが売り物として壁にかかっていた。確か値段は7万ドルぐらいだった。店員に冗談で「ミックは生活に困って売りに出したのか?」と訊いたところ真顔で「そうだよ」と答えた。海外のミュージシャンはひと山当てた時に楽器を買って将来困った時に備えるという話しを聞いたことがあったが、ホントなんだなと思った。

Paul Rogersとマーシャルの関係は深く、2002年に開催されたマーシャルの創立40周年記念パーティの際にはPaulから祝辞が寄せられていた。本人が出席して欲しかったが、あの時はIron Maidenのメンバーと当時Bad CompanyのメンバーだったDave "Bucket" Colwellなんかが出席していたっけ。

さて、このBucketには驚いたことがあった(すぐ驚いちゃうんです、私)。Marshallの工場があるMilton Keynesには大きなショッピング・モールがあって、その中にイギリスでは老舗の楽器チェーン店が入っている。Marshallに行くと時々その楽器屋をのぞくのだが、ある時お店の中を見ていたら「May I help you?」と店員が声をかけてきた。「No thank you.  I'm just looking」とトラベル英語の本の最初のページに出てきそうな定型文を口にしてその店員の顔を見てビックリ!

時のBad Companyのギタリスト、Dave "Bucket" Colwellだったのだ!お互いの次のセリフは当然「What brings you here?!(ナンデここにいんのよ?!)」。この文章はよく英会話の本で見かけるけど、まずは使うことのない文章だよね?でもとうとう使ったのだ!しかもBad Companyのギタリストを相手に!
音楽活動をしていない時にはちょくちょくアルバイトをしていたのだそうだ。この数年後、Bad Companyは再結成してBucketも全米ツアーに参加していた。
ジャケットに関して言えば、バンド名だけを配したファースト・アルバムが一番カッコいいね。

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中段左端はHumble Pieの『Thunderbox』。真ん中が鍵穴の形にくり抜いてあって、お風呂に入ろうとして服を脱いでいるカワイコちゃんがのぞけるようになっている。この写真が完全にデヴィッド・ハミルトン風でHipgnosisではかなり意外な印象を受ける。また、その構図が秀逸!

Humble Pieは1973年に来日しており、東京では新宿厚生年金と渋谷公会堂で演奏した。前座がコスモス・ファクトリーだった。行きたかったナ。Clem Clempsonは数年前に来日したColosseumで観た。Steve Marriottの声を生で聴いてみたかった。山本恭司さんはロンドンのパブでMarriottが歌っているの観たとおっしゃってた、実にうらやましい!

この人、焼死したんだよね。Steve MarriottはPeter Framptonとのニューアルバムを録音しにアメリカに行った帰り、飛行機の中でしこたま酒を飲み奥さんと喧嘩をしてしまった。イギリスに着いてそのまま自分たちの家に帰ればいいものを、共通の友達の家へ寄った。そこでもスティーヴはまた酒を飲み、明け方また奥さんと言い合いになった。奥さんはその後寝ついた。いわゆるフテ寝だ。が、スティーブはタクシーを呼んで奥さんを置いてひとりで自分の家に帰ってしまった。これがマズかった!
そしてその朝、6:30頃バイクに乗って通りかかった人がスティーヴの家の屋根から炎が上がっているのを発見し、あわてて消防団を呼んだ。それは消防車を4台も必要とするような大火災となった。スティーヴはその中にいた。それがこのModsの象徴、天才シンガーの最後だった。

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Scorpionsは『Virgin Killer』やら『Tokyo Tapes』やら『Taken by Force』やらエロ系、宗教系、ジャケットのトラブルが続いたのは気の毒だった。意匠自体はまったくイケているのに西欧的倫理観でヤラれてしまった。おまけに『Fly to the Rainbow』のイラストはカッコ悪いし…。前半はでジャケットで損をしていたバンドのひとつだった。
今聴いても実によろしいですな。わかりやすくて聴きやすい。それでいてテクニカル。これはUli Jon Rothがいた頃の話し。私にとってのScorpionsはUli時代を指すのだが、もちろんUli脱退後のScorpionsも大成功を収め世界的なバンドとしてロック界に君臨し続けている。Paul Gilbertもサウンド・チェックの時には必ず「Black Out」を弾くと言っていた。
でも、ドイツ人の友達に言わせると「古すぎる!」らしい。ま、フリージャズを平気で受け入れ、ジャーマン・プログレを生みだす進取の気性に富むドイツ人のことだからそんなことを言うのだろう。
というワケでUli脱退後のScorpionsは下段右から2枚目の『Love Drive』までしか聴かなかった。せっかくHipgnosisの作品(これもScorpionsの成功の証だと思う)なのに何というか、あまり趣味の良さが感じられなくて好みではなかった。きっとUliが参加していないので気に入らなかったんだろう。
そういえば1979年に2度目の来日を果たした時、中野サンプラザに観に行ってベースのFrancis Buchholz(ホルスト・ブッフホルツ)のピックを拾ったがどっか行っちゃったナ。普通の三角のピックだった。

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次のセクション。
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下段左端はNazareth。好きだった~。もちろん1979年に来日した時は渋谷公会堂へ観に行った。大好きだっただけにメチャクチャよかった。曲もいいし、ボーカルのDan McCaffertyのボーカルも断トツに素晴らしい。でも、このバンドに対する日本での認識度は驚くほど二分されているようだ。現に島ノンちゃんも「『Love Hurts(Nazareth最大のもしくはほとんど唯一のヒット曲)』以外は1曲も知らん」と言っていたぐらいだから…あの歩くハードロック事典の島紀史がですゾ!
でもわかるような気がするんだよね。日本でのNazarethをこうしてB級止まりにしているのはギターのManny Charltonのせいのような気がする。バンドの中心メンバーではあるのだが、あまりにもギター・ヒーロー然としておらず、そこが日本のロック・キッズを惹きつけなかったのではないかと私は睨んでいる。12枚目のアルバム『No Mean City』に元The Sensational Alex Harvey Bandの"Crazy" Zal Cleminsonを迎え入れたのはその証左ではなかろうか?Zalをスターにしてもうひと山当てようとしていたのでは?ところがThe Sensational Alex Harvey Bandも日本ではマイナーの部類であり、どうも効果が薄かったような気がする。私はThe Sensational Alex Harvey Bandが猛烈に好きですけどね。
余談だけど、数年前にIron Maidenの初代ボーカルPaul Di'Annoが来日した際、The Sensational Alex Harvey Bandの代表曲「Faith Healer」を演奏していた。スゴ腕日本人ミュージシャンがバックを務めたのだが、彼らにこの曲について尋ねるとみんなPaulのオリジナルと思っていたようだ。
さて、Nazareth。もちろんいかにもブリティッシュ・ハード・ロックらしいオリジナル曲がカッコいいのだが、時折取り入れるカバー曲のセンスがまたいいんだな。
例えばRy CooderもカバーしたWoody Guthrieの「Vigilante Man(自警団員)」とかThe Yardbirdsの「Shapes of Things」とかClaptonが取り入れて有名になったJJ Caleの「Cocaine(これはあの時の渋谷公会堂でも演った。最後の「コケーン」というところをお客さんに歌わせたことで覚えてる!)」とか、ZZ TOPの「Tush」とか…。でも極めつけは4枚目の『Loud 'n' Proud』に収録されているJoni Mitchelの「This Flight Tonight(『Blue』収録)」だろう。Joniのあの曲がこんなカッコいいハードロックになるなんて誰も考えないよ、普通。しかもたった4小節だけロックンロール風にアレンジしているところなんて鳥肌ものだ。
もうひとつ彼らが日本でパッとしなかったというかB級たらしめていた要因はジャケットではないか?内容の割にはあまりにもジャケットが安易だったと思うよ。電力会社の広告のような『Razamanaz』、鳥類図鑑のような『Loud 'n' Proud』、中華料理屋の看板のような『Rampant』、特段カッコいいとは思えないイラスト(きっと有名な人が描いてるんだろうねェ)の『Hair of the Dog(これって「向かい酒」っていう意味)』、『Except No Mercy』、『No Mean City』等など。恐ろしく一貫性がない。
意外にもHipgnosisにお願いしてデザインしてもらったていたのが下段左端の『Close Enough for Rock 'n' Roll』。人気ミュージシャンが乗った車に群がる追っかけファンという設定なんだろうが、残念ながらこれもイマイチだった。
Nazarethは現在も活動している。聴いたことがない人には70年代のアルバムを何か是非聴いてもらってロック・ボーカルの魅力を再認識してもらいたいものだ。
ちなみに昔の写真を見るとManny Charltonは1959を使用しているようだ。

Nazareth

上段左から2番目は『Caravan to Midnight』。Robin Trowerだ。

Robinはソロ・デビュー後最初の数枚は何と言うか無機質なオブジェみたいなFunky Paulという人のデザインのジャケットが続いていた。別段あれがいいと思ったことはないけれど、あのシリーズのあのデザインははすごくRobin Trowerのイメージになっちゃっているからジャケットは恐ろしい…。

Sigh

そしてこのソロ7作目がHipgnosisとなった。タイポグラフィと言っていいのかレタリングだけのデザインがスッキリしてカッコいいね。

ところで、昔の盤のクレジットを見ると「Robin Trower is : Reg Isidore (Drums)  James Dewar (Bass and Vocal)  Robin Trower (Guitar)」ってなっているけど、もしかして「Robin Trower」ってバンド名として扱っていた時期があったのかしらん?Alice Cooperみたいに。このJames Dewarの声が男性的ですこぶるイイんだよね。曲の良さも相まって本当にいいバンドだった。でも1977年の来日公演は見逃した。サンプラ3デイズだったんだゼ。ステッカーも配られていたのに…。
SHARAさんもRobin Trowerのファンでサ、いつかEarthshakerのライブで音出しのチェックの時、チラリと「Little Bit of Sympathy」を私のために弾いてくれた。
RobinもJimi HendrixのフォロワーだけあってガチガチのMarshallプレイヤーだ。そして、私はそれを誇りに思うね。この人、すべての弦のチューニングを全音下げているんだって?知ってた?昔から1959の人だけど、VintageModernも使っていた。

Robin

そう、Rainbowも後半はHipgnosisだったんだね。『Difficult to Care』。ちなみにこのアルバムの1曲目の「I Surrender」はさっき出てきたArgentのRuss Ballardの作品。「Since You Been Gone」もそうだ。

1976年、生まれて初めて行った外タレのコンサートがBlackmore's Rainbowだった。もう何回かマーブロでこの辺りのことは書いているんで今回は割愛。でもLukeさんも行ってたんだって。中段左からの3枚が該当するんだけど、デザインはチョット…。この頃(1981~1982年)になるとHipgnosisのクリエイティビティにも翳りが見えて来ているような…実際この後、1983年にHipgnosisは解散してしまうのだからこの見方はあながち見当違いでもあるまい。

Care

大御所もHipgnosis。

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記憶違いだったのが上段左端のPaulの『Wings Over Ameria』。何がって、このライブ・アルバム、3枚組なのに普通のゲイトフォールド(ダブル・ジャケット)なんだよね。『Yessongs』とまではいかないまでも、もうちょっと豪華な装丁を望むのが人情ってもんでしょう、高いんだからレコードは…。Georgeだって『All Things Must Pass』の3枚が(2枚でもよかったような…)豪華な箱に入れられていたのに、天下のPaulのライブ・アルバムがただのゲイトフォールドだなんて…。

America

そこで。「しょうがないか…」と独りごちたのは、Todd Rundgrenの『Todd』。Todd全盛期のクレイジーぶりがいかんなく発揮された佳曲満載の名盤。しかし、『Todd』は2枚組にもかかわらず何とシングル・ジャケットだった。LP2枚を仕切る白い紙が入ってるだけ。理由はこのアルバムが制作された1973年当時、世界的な紙不足だったから。もし、見開きだったらToddはそこにどんなデザインを施したであろう。

ちなみにToddのセカンド・アルバム『Runt. The Ballad of Todd Rundgren』の内ジャケってRon Maelがデザインしているんだよね。Ron MaelはSparksのお兄ちゃんの方。そういえば初期のSparksのジャケットこそHipgnosisらしいような気もするがいかがなものだろう?で、勘違いというのはこのPaulの3枚組もその紙不足の時期に発表されたのでゲイトフォールドに倹約されたのかと思っていたが、このライブは1976年。全然時期が違っていた。
Todd
さて『Wings Over America』。さびしいゲイトフォールドながら飛行機のドテっ腹を大胆にあしらったデザインはなかなかにカッコいい。ただ、内ジャケが観光地のみやげもの屋で売っていそうなペナントのようなややチープめのイラストがいただけない。10ccの『How Dare You』みたいに内ジャケも凝ることができなかったのだろうか?それともどうしてもあのイラストを使わないといけない事情があったのかな?

そのかわりといっては何だが、ダスト・ジャケットがイカしてる。黒字に白い細い模様。これが6面。これは飛行機のハッチが開いて徐々に外の光がもれて来るところ。「いよいよWingsが到着したよ~!今夜はRock Showだよ~。ライトは赤に緑にストロベリー・ワインだよ~」というところか?クールなアイデアだ。

Us

アーティストの写真を使わないHipgnosisだが、さすがにクライアントがSir Paul McCartney(Queenのミュージカル『We Will Rock You』の中で誰かが「ポール・マッカートニー」の名を出すとすかさず「サー・ポール・マッカートニーって呼ばなきゃいけないんだよ!」というシーンがあって印象的だった)ともなると事情が異なるのか、『Wings at the Speed of Sound』を除いては『Band on the Run』以降、主人公がジャケットに登場している。

『London Town』までのジャケットはどれもステキ。この『London Town』の写真は合成だね。3人とTower Bridgeは別々に撮られたものでしょう。

London

上段左端『Band on the Run』はコメディアン、ボクシングの世界チャンピオン、コラムニスト、俳優等の有名人が写っているが、ジェームス・コバーンとクリストファー・リーしかわからんな。考えてみるとこれは『Sgt. Peppers』のPaul流焼き直しなのかね?このアルバムのクレジットをよく見てみると、Hipgnosisの名は出て来ず、Storm ThorgersonがSpecial Thanxとしてクレジットされている。
そのとなりの『London Town』にもHipgnosisのクレジットはなく、カバー・デザインと写真にはPaul, Linda and Dennyの名前があり、Aubrey Powellの名がCover Coordinationとしてクレジットされている。なぜHipgnosisの名前がこうも出ていないのだろう?

こうなりゃもっと調べてみよう!とウチの貧相なレコード棚からゾロゾロPaulのLPを引っ張り出して来た。
中段右から2番目の『Press to Play』。George Hurrellというハリウッドの写真家が実際に1930~40年代に使用されていた箱型カメラで撮影したという写真。うまく撮るよネェ~。ここにもHipgnosisの写真はない。

その左隣が冒頭で指摘したギターが写っているジャケット。

上段右端の『Tug of War』。写真はLindaでまたCover CoordinationとしてHipgnosisの名前が出ている。よかった。
『Wings at the Speed of Sound』、探したんだけど見当たらなかった。持ってたハズなんだけどな…。

そして、『Venus and Mars』。これは見紛うことなきドHipgnosis。いいね~。これにはポスターもついていて、下のようなインナージャケットにLPが包まれていた。いいね~。

ちなみにこのアルバムの「Rock Show」という曲には「behind the stacks you glimse an axe」という一節が出てくるが、この「the stacks」というのは間違いなくMarshallのことだろう。「an axe」というのはギターのこと。ここではベースかな?「axe(斧)」という意味だが、広く楽器のことを指すスラングのようで、Charlie Parkerの伝記『バードは生きている(Bird Lives)』の中でParkerがそばにいた人に「ちょっとオレのアックスを取ってくれないか?」というシーンが出てくる。

Paulの歌は、Marshallの壁の隙間からお気に入りのミュージシャンの愛器が見え隠れして否が応でもショウの前の興奮が高まる…という意味だ。

本当にコンサート開始直前とテンションというのはいいものだ。客電が落ちた瞬間の割れんばかりの歓声。私はいつもこの歓声を聴いてから耳栓をすることにしている。耳栓をするのは、写真を撮っているとどうしてもPAスピーカーに前に立たなければならないことも多いため耳の防護をするためだ。

また、プレスピットの入っていると1960のヌケのいい音が耳を直撃するからね。いくら自社の製品でも身体を悪くしちゃ意味がない。酒の会社で働いているからといって朝から晩まで飲んでたら内蔵をコワしちゃうのと同じ。

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そして、これはしおりかな?ステッカーもおまけに入っていた。この黄色と赤の玉が金星と火星を表しているんだろうけど、そもそも何で金星と火星なんだろう?…と今さら不思議に思って調べてみたんだけど、違ってたらゴメンね。ボッティチェルリっていう15世紀のイタリアの画家がいるでしょう?あの有名な『ヴィーナスの誕生』を描いた人。会ったことないけど。この人の作品に『Venus and Mars』っていうのがあるんだって。そしてそれは「美と勇気」を表しているんだそうな。あるいは「女性と男性」という意味にもなるそう。Paulが込めた隠喩がこれなのかな?エ、ゼンゼン関係ない?ま、一応マーブロ豆知識ということで…。
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アツアツのポールとリンダの右となりはElton Johnのスタジオ録音9作目の『Captin Fantastic and the Brown Dirt Cowboy 』。1975年、Regi初の全米ナンバーワン獲得アルバムで7週間その座をキープした。(『Goodbye Yellow Brick Road(1973)』がとっくに1位になっていたのかと思ってた)
RegiというのはElton John、イヤSir Elton Johnの本名Reginald Kenneth Dwightのあだ名。ちょっと年配のイギリスの音楽ファンはエルトン・ジョンを「レジ」と呼んだりするようだ。というのもMarshallのおエライさんと会食をしている時、「どのミュージシャンが好きか」という話しになって、出るわ出るわ「あたし、ロッド!」とか「オレはなんと言ってもツェッペリンだね」とか…普通のオジサン、オバサンたちですよ。こういう瞬間に「ああ、イギリスだナァ~」とウットリしてしまう。するとそのうちのひとりが「あたしはレジ!」とお気に入りのミュージシャンの名前を言った人がいた。私はたまたま「レジ・ドワイト」が誰かを知っていたので間髪入れずレジの曲名を羅列して喜ばれた。言い換えるとイギリスでは特にマニアの人でなくてもElton Johnの本名を知っているということ。
ナゼ彼がElton Johnという芸名にしたかということには興味がなさそうだった。さすがのイギリス人もElton DeanやLong John Baldryともなると聞いたことがない名前のようだった。

シンガーソングライターのせいか、Elton John作品のジャケットは本人が登場しているものが多いといえよう。で、『Captain Fantastic』はEltonを思いっきりコミカルにデフォルメしたイラストで見応えがあるが、Art DirectionとしてDavid Larkhamという人とEltonの恋女房、Bernie Taupinの名がクレジットされている。そしてこのカラフルな素晴らしいイラストはAlan Aldridgeというイラストレーターの作品。この人は有名なPenguin Booksの表紙を多く手がけ、The BeatlesやApple Recordのグラフィック・デザインにも関わっていた。アレレ、どこにもHipgnosisの名前がクレジットされていないゾ…。と植村さんに確認すると、クレジットはされていないもののDirectionで協力したらしいという話しだ。さすが、植村さん!

 
ところで、今さらながら何の解説も必要ないと思うが、ヤケクソに多くの名曲を送り出したElton John。『Blue Moves』あたりまでは凄まじいまでの才能の発散だと思う。この人、どうやって曲を作っていたかというと、相棒のBernie Taupinが詩を書いて、夜中Eltonが寝ている間にピアノのところにおいて置く。翌朝、Eltonがどれどれとその詩を見ながらピアノを弾いてメロディを口ずさむ。フフフンと。すると、もうあれらの名曲ができちゃったらしいのだ。そのかわりチョコチョコっとやってうまくいかない詩は何の未練もなく片っ端からボツにしたらしい。
このことからわかるように、全曲ではないにしろElton Johnの曲は詩にメロディが乗って出来上がっているワケ。だから、Elton Johnの曲は歌いにくい…と私は思う。つまりメロディの大筋はもちろん変わらないが、歌詞に合わせて1番と2番の譜割りが著しく異なったり、ヘンなところで切れたりするためだ。あれはかなり英語ができる人か曲を知っている人じゃないと絶対にスラスラ歌えないと思うね。
その正反対がThe Beatles。歌詞が恐ろしくリズミックにメロディに乗ってる。だからメロディを知ってさえすれば、初めて歌詞カードをみただけでほぼ正確に歌えちゃう。多分、英語圏の人たちにはこのあたりがものすごく気持ちいいのではないかと私は思っていて、そのあたりもThe Beatlesのスゴさだと思う。偉そうなことはいえないが、英語を勉強すればするほどこれがわかってきた。やっぱりその国の歌はその国の言葉で歌うとが一番なんだね。こういうこともあって最近の洋楽離れが顕著なのかな?でもロックはどこまでいっても欧米の文化だからね。このことも忘れてはなるまい。

あ、このイラストにも楽器が出てるね。でもHipgnosisメインじゃないから…。

Captain

このセクションは何と言ってもWishbone Ashか…。
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上段は左から2番目から右端、中段は左から2番目を除いて、さらに下段では左から2番目までがWishbone Ash。徹底してHipgnosisのデザインを利用したグループだ。Wishbone Ashは「世界一美しい音を出すロック・バンド」と言われたが、Hipgnosisもショッキングなデザインを提供していないのはその評判を聞いてのことかな?
Wishbone Ash好きでしてね。高校の時よくコピーして演奏してた。それだけにマーブロでも何回か取り上げてきた。Marshall使わないのにね!

Black SbbathとHipgnosisの組み合わせは意外だよね。Sabbathといえば『Sabbath Bloody Sabbath』とかキーフの『Black Sabbath』のようなおっかないイメージが強いもんね。

下段右から2番目の『Thechnical Ecstacy』も奇抜なデザインだと思う。エスカレーターですれ違うロボットが光線出し合って戦っている図なんて誰が考え付くというのだろう?このロボットはイラストレーターがデザインしたものだが、実際にこのロボットを描いたのはイラストレーターではなかったらしい。写真っぽい雰囲気を出したかったということだ。エスカレーターはイラストっぽいけど写真素材なのだそうだ。
イラストと写真の中間のようなタッチもHipgnosisの得意とするところだろう。

Tech

下段右端もBlack Sabbathの『Never Say Die!』だ。ナンカわからないんだけど、このジャケを見るとJoan Baezを思い出しちゃうんだよね。
私はBlack Sabbathはあまり得意とするところではないが、2010年にロンドンで観たHeaven & HellのTony Iommiは強烈だった。

Never

さかのぼって上段左はDef Leppardの『High 'n' Dry』。聴いたことありません、スミマセン。1981年の作品。っていうとHipgnosisの最後期に近い。でもすごくHipgnosis臭を感じますナ。何というか新旧のHipgnosisのエッセンスを強引に組み合わせたような…。

Def

ここも色んなのがあるな~。

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上段左から2番目はPeter Framptonのソロ3作目の『Somethin's Happening』。久しく聴いていないけど、コレ結構いいんだよね。ジャケットはお得意の「水」ものだ。「水もしたたるいい男」ってとこか?PeterもMarshallのカタログに載る位Marshallの人だ。ジムと仲がよかったらしい。

このアルバム発表の2年後、Peterは2枚組のライブ・アルバムをリリースする。それがアメリカだけでも600万セットを売り、結果、世界でも最も売れたライブ・アルバムとなった。言わずと知れた『Frampton Comes Arrive』だ。Peterはこのことを少しでも予想していたのだろうか?Hipgnosisも「しまった!」と思ったに違いないだろう。『Comes Arrive』のジャケットはHipgnosisの作ではない。

このジャケットには表1に使われた写真の前後の写真が掲載されていて、思い切りシャッター速度を速くして連写で撮ったことがわかる。ものすごくうまく撮ったよね。ま、やり直しは何回かあったのかもしれないけど、その都度服を着替えて、髪を乾かして…結構面倒だったんじゃないかな?

Frampton
中段真ん中の馬のデザインは一時Bernie Marsdenが在籍していたことで知られるBabe Ruthの2作目の『Amar Caballero』。まずバンドの名前がチョット…。日本だったら「長嶋茂雄」か「王貞治」というバンド名になるか。でも、逆光で撮って黒ツブレにした馬を絶妙なレイアウトであしらった。すてきなデザインだと思う。

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さて、このバンド、何とも言えない味わいがあって、悪く言えばすべてが中途半端というか何をやっても盛り上がらないし、何も残らない感じ。3作目まで活動の中心となったAlan ShacklockというギタリストとボーカルのJennie Haanの2枚看板というスタイル。
何故かファーストアルバム(それでも1972年、Abbey Road Studioで録音してる)ではZappaの「King Kong」をまんまカバーしていたりするインストも盛んなバンドなのだが、何せ盛り上がらない。このギターの人、ジャズを勉強していることは明らかなんだろうけど、薄味でアドリブで聴かせ通すほどの力量はない。変にスパニッシュ・フレイバー(一般的にはこれがこのバンドの持ち味とされている)を取り入れたりしちゃってこの辺りもテイストを中途半端にしてしまっていると思う。
それに加えてボーカルのJennie嬢がまた凄まじい。ジャニス・フォロワーのつもりなのかな?度胸をキメて張り上げる金切り声がいかにも聴いてて辛い…。さらに、ストリングス、ホーンと贅沢に色んな楽器を放り込んでいるのだが、アレンジがまったくまとまっておらず聴いていて目が回ってしまう。どうだろうか?これだけ書くと聴いてみたくなるでしょう?不思議なバンドであることは間違いない。1973年当時、イギリスの若者はコレを聴いてどう感じたんだろう?

こちらはファースト・アルバム。これはHipgnosisではなくてYesやGreenslade、Uriah Heep等の名作のジャケット・デザインでおなじみのOrger Deanの作品だ。

Babe1
AC/DCもHipgnosisがあったんだね~、知らなかった!下段左端の『Dirty Deed Done Dirt Cheap』。「いともたやすく行われるエゲツない行為」…『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくるスタンドの名前。略してD4C…ってナンノコッチャ!(下の子に教わりました)

『Dirty Deed Done Dirt Cheap』の本当の意味は「人のイヤがる仕事ほど報酬が少ない」という意味。
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そしてLed Zeppelin。
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出ました御大、Led Zeppelin。どれもがあまりにも有名なデザイン。上段全部と中段左端。考えてみるとこのバンドもメンバーがジャケット表1に登場しないバンドだった。『II』と『III』の小窓ぐらい?でも『III』はクルクル回る中の盤を留める鋲がとなりのレコード・ジャケットを傷つけやしないかと心配させられたゾ。そういう意味ではストーンズのアレも迷惑だ。でもいいよね今の人たちはこんな心配しなくて…だってジャケットないんだもん。
さて、ツェッペリン。『Presence』はStorm Thorgerson自身のベスト5に数えられるそうだ。確かにこの黒いヤーツ、若いころ「一体なんだ?」ってみんなで語り合ったっけ。これとまったく同じ位置にあったのがキューブリックの『2001年宇宙の旅』のモノリスとかいうヤーツ。何だろね、こういうの?んあことはお構いなしに「For Your Life」が好きだった。

Presence

『Houses of the Holly』は徹底的に写真に色を被せて絵のイメージにしたかったらしい。これもお得意のパターン。で、正反対は『Coda』。珍しくタイポグラフィのみ。
Holy

Pretty Thingsも本国イギリスではトップ・バンドのひとつに数えられるが、日本ではまったくダメでしょう。『S.F.Sorrow』なんて名盤扱いの作品も残しているが、人の口に上ったのを聞いたことがない。

『Silk Torpedo』…「絹の魚雷」か。シャレてるな~。これを見るといつもジョン・ヒューストンの『アフリカの女王』を思い出す。大戦で著しい戦果を挙げた軍艦の名前か何かと思ってちょと調べてみたがわからなかった。

Silk

『Savage Eye』。身体パーツ・アップの極地的なデザイン。Hipgnosisの真骨頂だ。双方最高に素敵なデザインだ。でもね、内容はあまりおもしろくないの…。どうもPretty THingsって受け付けないんだよな~。

Eye

下段左から2番目はClimax Chicago Blues Bandの『Tightlly Knit』。「Chicago」とか言ってるけどこのバンドはスタッフォード出身のイギリスのバンド。
Climax Chicagoとか名前を変えたりもしたが、1968年デビューで何と今でも活動している。1970年にはClimax Blues Bandと改名。ナントならばアメリカのChicago Transit Authorityというバンドからプレッシャーを受けたからとか…。で、Chicago Transit Authorityとは後のChicago。
このジャケットのデザインは、スキンヘッドのオッサンがソックス、つまりニットを口に入れている図で意味が「窮屈なニット」なんだけど、要するにニットがキツイくなるのが普通だけど、これはその反対をやっているところなんでしょう。ニットを口に入れてニット側が窮屈…という。これは完全に推測。何かもっと違う隠喩みたいなものがあるのかも知れませんな。でもこれもHipgnosisの中ではかなり有名な意匠でしょう。
ところでこのバンド、いいんだゼェ~。もちろんドロドロのブルースも演ってるけど、かなりバラエティに富んだレパートリーを持っていておもしろい。

Pete Haycockというギターが実に素晴らしい。この音はテレキャスターかな?ツルンツルンのクリーンで教科書的なブルースを弾いたかと思うとワケのわかんないハードなインスト曲を演ったりと実に芸達者。ジャケットは『Tightlly Knit』の方が全然いいけど、この2年後の1973年に発表した『FM Live』は聴き応え満点でっせ!

Chicago

いよいよ最後のセクション!

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上段左端のSweetの『Desolation Boulevard』はヘタをするともっともHipgnosisらしくない作品かも。上述の通り、珍しいポートレイト型デザインだ。これどうしちゃったんだろうね。展示されているのはオリジナルのUKバージョン。USバージョンもデザインに大差はないが、上部のタイトルとバンド名のデザインが異なっていた。収録曲も違う。1974年、Sweeのt3枚目のアルバム。
前作『Sweet Funny Adams』がイギリスでゴールド・ディスクを獲得して勢いづいてた時なので「オレたちを全面にドンと出しちゃって!」なんてジャケット・デザインに対するリクエストがあったのかも知れないね。その甲斐あってか、「The Ballroom Blits」「A.C.D.C.」「Fox on the Run」等の代表曲を収録したこのアルバムはアメリカとカナダでゴールド・ディスクを獲得した。
この後、『Give Us a Wink』、『Off the Record』、『Level Headed』となかなかイカしたジャケットをまとった作品を発表したが、それらはHipgnosisの仕事ではない。特に後者2枚はオーディオ機器をテーマにしたアイデアが秀逸で、『Off the Record』は針がレコード盤の上を走るところなんだけど、下からトーンアームを見上げるデザインになっていて何ともカッコいい。『Level Headed(米盤)』はカセット・テープ・レコーダーのヘッドとピンチローラーを横から見て思いっきり拡大したイラストだ。しかし、今の若い人たちはそれらを見てもそれが何であるか判別できないのではなかろうか?

以前、大好きなThe Moveがイギリスではロック・バンドではなく、ポップ・バンド扱いされていたことをSteve Dawsonから聞かされて驚いた。そこで、もしや?と思い、Sweetが本国でどういう扱いをされていたかまたSteveに尋ねてみた。するとまたしても驚くべきメッセージが届けられた。ちょっと彼のメッセージをそのまま引用してみよう…

「あ~、Sweetね!実は俺が1985年にBrian Connollyの方のSweetのオーディションを受けたことがあるって信じられるかい?(この頃SweetはギターのAndy ScottのSweetとBrian ConnollyのSweetに分裂して再結成された。今のWishbone Ashみたいなもんですな。Brianの方はオリジナルメンバーが自分ひとりだった)Brianはアルコール依存症で退院したばかりで歌うことはおろかしゃべることもままならなかったんだ!髪はブロンドだったけどね。結局、仕事はもらえなかったけどそう気にはならなかったナ。」
「それから何年かして、私がThe Animalsにいたとき両方のSweetとプレイしたよ。特にドイツでね。AndyはThe Animalsの大ファンでとても私たちは仲良しになった。その頃、Brianの容態はとても悪くなっていて、小刻みに震える手を止めることもできなくなっていた。とっても悲しかった。一方、Andyの方は順調で70年代のオリジナルのSweetと変わらなかった。AndyはずっとMarshallを使っているよ!」

「Sweetは美しいハーモニーを得意としたホンモノのヘヴィ・ロック・バンドだった(POPバンドではないということ)。でも彼らのヒット曲の多くはNicky ChinnとMike Chapmanというソング・ライティング・チームの作品だったんだ(Suzi Quatroにも曲を提供しているイギリスの有名なソング・ライティング・チーム。「Can the Can」は有名)。でも、かれらの『Sweet Fanny Adams』は最高のアルバムだったよ。私はSweetやSladeが大好きだったけど、Led ZeppelinやDeep Purpleほどじゃなかった。」

本場イギリスではこういう話しがゴロゴロしている。

1986年にロンドンのMarqueeで録音された『Live at the Marquee』では何故かELPアレンジのAaron Coplandの『Fanfare for the Common Man』をほぼ完コピで演奏していることに加え、ショウ本編最後の「Fox on the Run」のエンディングが「21st Century Schizoid Man」だったりして楽しい。

これはまったくのヤマ勘だが、もうそろそろ日本の音楽シーンも変わるのではなかろうか?これだけたくさんの人たちが現在のロック・シーンに幻滅を感じていれば夜明けも近いかも知れない。

もしその時、日本の音楽シーンが先祖返りをしようとするのであれば、ブームとしてのへヴィメタル時代の再来を期待することはもう難しく、SweetやSladeのようなポップ色の濃いハード・ロックに収束していくのではないだろうか?カッコいいリフ、覚えやすく口ずさみたくなる良質のメロディ、達者な演奏、そしてギター・ソロ、ロックがかつて持っていた危険な香りあるいは「毒」のようなもの…何といっても曲のクォリティが圧倒的に高い。そういうロックだ。

たとえメンバーが曲を作っていなくても内容さえよければよいではないか?優秀なソングライティング・チームの作品で成功したバンドはいくらでもある。Aerosmithもそれで復活した。もうプロに任すべきだ。
SweetやSladeが活躍した70年代前半、日本ではロックはまだマイノリティだったはずだ。ロック(っぽいもの)がこれだけ跋扈している現在の環境下において、とにかくこれらの音楽を再度掘り起こし、見直し、味わうことこそ急務なのですよ!いつも言ってることだけど…。

Sweet

上段真ん中、Be Bop Deluxeは『Futurama』もHipgnosisだった。クレジットにはCover Art and Design George Hardie、Photography Malcon Taylor Jr.となっているがこのイラストやタイポグラフィはまさしくHipgnosis。

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Vinegar Joeの『ROck N Roll Gypsies』。これもHipgnosisだったのか。どちらかというとKeefの写真みたいだ。これも聴きたいんだけどなかなか出っくわさないなァ。昔MarshallのデモンストレーターをしていたGeoff WhitehornがよくElkie Brooksのバックをやっていた。

まだ結構楽しみが残っているな。

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下段左から2番目はDire Straightsのセカンドアルバム『Communique』。初めてこのバンドが出てきた時、あのストラトキャスターの音にシビれたネェ~。でも歌が苦手で夢中になったことはなかったナ。

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これでおしまい。でもDire Straightsで終わるのイヤだな…(ファンの皆さん、ごめんなさい)

Hipgnosis作品でおそらく最も有名と思われるデザインを掲げて終わりにしよう。

レコード会社は『Obscured by Clouds(雲の影)』や『Atom Heart Mother(原子心母)』の斬新な意匠に辟易しており、はじめこの稀代の名盤いタイポグラフィを用いたトラディショナルなデザインを希望していたらしい。そんなことはおかまいなしにこの度亡くなったStorm Thorgersonと相棒のAubley PowellはRick Wrightからのリクエスト、「知的でこザッパリして、それでいて高級感あふれる」デザインを探し求めた。そして、ストームがオウブリーとのブレインストーミングの中で見たプリズムのことを思い出した。

当初、デザインのアイデアは7通りあったが、フロイドのメンバーは見事全員ストームが提案したプリズムのアイデアに同意。それはフロイドのステージの特徴であったライティング、作品の歌詞、そしてリック・ライトのリクエストを満足していたからであった。Roger Watersのアイデアでプリズムを通過したスペクトラムが見開きのジャケットを貫くようにし、ストームはレコード店のディスプレイを考慮して、ジャケットがいくつも連結するようにデザインした。

やっぱりカッコいいデザインだよね。Hipgnosisが作ったジャケットはどれもTシャツに持って来いだと思う。本当にどれでもTシャツになっていてもおかしくないが、あまり見たことがない。でも、この『狂気』だけは別だ。

私は熱心なフロイド・ファンではない。ちょっとフォーキーすぎるのね。またはテクニカルでないというか…。この歳になっても抒情派より技巧派でKing Crimsonの方がずっと性に合っている。でも『The Wall』までのアルバムはほとんど持っているし、やっぱり『Meddle』、『Attom Hear Mother』、『The Dark Side of the Moon』、『Wish You Were Here』なんてのは問答無用で素晴らしいと思う。Hipgnosisの処女作『A Saucefu of Secretsl』や『More』も好きっだったりする。いつ聴いても馴染み深く、そして新鮮なのだ。

そして、これらの名盤がHipgnosisの手によるものでなかったとしたら…かなりレコード棚のPink Floydの枚数は少なかったかもしれない…。

Pf

色々と見て来たけど、ん~、改めてHipgnosisのすごさとジャケットの楽しさを認識したな。

でもさ、ここでちょっと反対のことを考えてみようか?本当に音楽のフィジカル・プロダクツがこの世からなくなってしまったらどうなるんだろう?

レコード棚やCD棚からすべて中身がなくなった光景を考えてみよう。当然、あの大好きな中古レコードのカビの匂いもおさらばだ。レコード・プレイヤーはもとよりステレオもない。イヤホンで聴けばいいじゃん!パラゴンは場所取るぞ~。もう中古レコード店のバーゲンの情報を気にしなくていいし、11時前にディスク・ユニオンに並ばなくてもいいんだゼ!

ついでに本も全部捨てちゃおう!電子書籍があるじゃないか!いいぞ~、本に場所を占拠されなくて。もう紙で手を切ったりしないし、本が陽に焼ける心配もない。パソコン、パソコン!何なら晩飯もパソコンに作ってもらおうじゃないか!そうじもパソコンにやってもらおう。

アレ?部屋の中、パソコンだけになっちゃった!これが便利か?面白いか?楽しいか?私はまっぴらゴメンです。(でも、マーブロってパソコンがないとできないのよね~!)

つまり、言いたいことは何かというと、良いものは誰が何と言おうと後世に伝承しよう!とうこと。ここで昨日の記事の冒頭を読み返していただきたい。Hipgnosisの芸術を消滅させてはならない。

名作・名盤の数々をありがとう、Storm Thorgerson!安らかにお眠りください。

Music Jacket Galleryの詳しい情報はコチラ⇒金羊社オフィシャル・ウェブサイト

(一部敬称略 取材協力:植村和紀氏、金羊社奥平周一氏)

2013年4月22日 (月)

【Music Jacket Gallery】緊急特集!Hipgnosis Collection~Progressive Rock Works

2013年4月18日、Hipgnosis(ヒプノシス)の中心人物であるストーム・ソーガソン(Storm Thorgerson)が永眠した。

ヒプノシスはピンク・フロイドの『神秘(Sauceful of Secrets)』を皮切りに膨大な数のレコード・ジャケットのデザインを手がけ、ビジュアル面で数々のロックのレコードの名作の誕生に携わった。つまり、LPレコードのジャケットをなくてはならないアートの域にまで高めたデザイナー集団だ。

いつもマーブロで大騒ぎしているように、音楽配信が普及し、LPはおろかCDもフィジカルプロダクトとしての地位を脅かされるようになってしまった昨今、ストーム・ソーガソンの逝去は音楽界にあまりにも大きな打撃を与えることになる。

こうなるとジャケット擁護派たちは以前にも増してレコード(この際CDでもいい)ジャケットの必要性と意味と楽しみ方を喧伝する必要があるのではないか?

そこでマーシャル・ブログは緊急特集として、2011年の初頭に開催されたMusic Jacket Galleryでの『ヒプノシス展』を素材にストーム・ソーガソンへの追悼と感謝の意味を込めて(私的に)その偉大な業績を振り返ってみたい。

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古くからのMarshall Blogの読者のみなさんにはもうすっかりおなじみのことと思うが、Music Jacket Galleryは大田区の鵜の木にある大手印刷会社、金羊社の4階に設置されたレコード・ジャケット並びに特殊CDジャケットやボックス・セット専門の博物館で3か月毎に展示品が入れ替わる。

展示のアイテムは先日ご登場いただいた植村和紀氏の個人コレクションである。3か月毎に展示のテーマが決められ、植村氏の6万点にも及ぶコレクションの中から該当するアイテムが選ばれギャラリーに陳列されるのだ。

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今回はヒプノシスの作品を2回にわたって紹介するが、まずはあらためてジャケットの重要性について考えよう。

文明や科学の進歩につれ、「利便性を追求するがゆえに何か大切な物を失う」という話しをよく聞く。

その「何か」の代表は「風情」と「環境」だろう。風情と利便性を天秤にかけて圧倒的に利便性に傾く「何か」も当然多く、だからこそたくさんの発明品が重宝され、地球規模の経済活動の基盤になっているわけだ。

その場合、利便性チームは「利便性」そのものの他に「時間」という大きな特典を同時に獲得しているケースが多いことに気付く。時間の節約も利便性のひとつか…。

例を挙げれば航空機。極端な例だが長距離の移動が飛躍的に便利になった分、強いて言えば「船旅」という風情を失った。そういえば飛行機がキライなデビッド・ボウイが初めて来日した時は船でやって来たのではなかったか?
ま、このケースは風情よりも利便性の方がはるかに優位であることは明らかなので文句は言うまい。いわゆる昭和の三種の神器(洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビ)あたりも同様だ。

しかし、少々の不便さには目をつぶってでも、どうしても残しておいた方がよいものもこの世の中にはたくさんある。
…と聞いた風なことをしかつめらしく言うのはここまでとして、ここにそのアイテムを提唱しよう。

それはLPやCDのジャケットである。

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LPからCDへ完全に移行して久しい。私はほとんどジャケ買いをしないが、LPジャケットの魅力は誰に説かれるまでもなく何物にも替えがたいと思っている。
ま、正直一旦CDの利便性を享受してしまうとジャケットのサイズぐらいは目をつぶってもいいかな?ぐらいに思っているのが私のスタンス。実際、とんでもなくアクロバチックな意匠をブチ込んだLPも顔負けのCDジャケットも多数存在しているし…。

音質うんぬんということでは、完璧にLPが勝る。これはもう間違いない…と確信できる体験をしてしまったのだ。これはまた別に機会に…。

その音楽パッケージ、今、これらは恐ろしい事実に直面しているのだ。それは、音楽配信によってLP、CDの別なくジャケットもろとも盤そのものが近い将来なくなってしまう可能性があるということなのだ。

数年前にDVDプロダクションのアメリカ人と話していて彼らが「Physical Products(物質的に存在する商品)」という言葉を使っていることに気がついた。耳にした時は何ともイヤな気分になったもんだ。実際にアメリカではCDショップはもう大都市にしかない。ロンドンはSohoの裏路地あたりにゴチョゴチョ残っているけど大手のショップはすっかりなくなってしまった。

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どこが便利なのかサッパリわからないし、有害性の方ばかり目に付いてしまうので音楽配信の利便性など考察する気にはならないのが正直なところ。百歩譲って家にいながらにして聴きたい音楽をゲットできるという点が少しは便利なのかもしれないが、ジャケットを必要としないというのはどうしても解せない。ジャケットの魅力を捨て去っちゃっていいのであろうか?

洗濯機と洗濯板ほど利便性に差があればよいが、配信とCD(LP)を比べてもCDチームが苦杯をなめる必要は全くないように思うのだ。洗濯と手でこなすのは実に重労働だ。おしんもさぞかしツラかったろう。

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経済的な理由で中古CDしか買わない私なんぞはもはやアイテムそのものよりも、時間をかけて目標のモノを探す作業の方にロマンと愉しみを感じてしまうのね。それも「このアイテムはいくらいくらまで!」と自分を律する。例え探しているアイテムに出くわしても自分の設定した値段より高ければ男らしくその場は流す。少しだけ高い場合は…結構自分に甘くしちゃう!少しだけ高いのを嫌って流してしまうとこれが後々何年も引きずる大きな禍根となって臍を噛む思いをするからね。

それではどうやって欲しいアイテムを見つけるか…。これはもうライナーノーツを熟読するかディスク・ガイド系の本に頼るしかない。もうそこら辺の一般的な音楽雑誌をヒックリ返しても自分が興味を持てそうなアイテムは出てっこないからね。でも最近はライナーノーツ読まなくなったナァ。何か調べるのもインターネットの方が便利だもんナァ。

そうやって自分の好みに合いそうな作品を見つけて中古レコード屋さんに行って探す。これの繰り返し。

その昔、何年も何年も探して手に入らなかったアイテムをとうとう見つけた。Tony Williamsの『Emergency』だ。その頃、まったくこのアイテムは流通しておらず、レコードにはプレミアがついて高価で取引されていたハズだ。

そしてある日、数寄屋橋の中古レコード店でまだエサ箱(レコード陳列棚)に入る前の状態のものを発見した。値段は1,400円(消費税がまだない頃)だった。願ったり叶ったりでレジカウンターの中にあったそれを頼んで売ってもらった。これは本当にうれしかった!

35年位こんなことを繰り返している。だから、音楽配信なんてこと存在自体信じられないのね。やっぱり音楽は回転が必要なんですよ、回転。レコードもCDもカセットもオープンリールもMDもLカセットもソノシートもみんなどっかが回ってたでしょ?エジソンが蓄音機を発明して以来、音楽は100年以上グルグル回り続けているのだ。それがナンデェ、PCは!回らないじゃネーカ!ナニ?ハードディスクが中で回ってるって?「回ってる感」がまったくないッ!

「何だってマーシャル・ブログがこんなこと提唱しなきゃいけないんだよ?!」とイブカシむ読者も多いことだろうが、とにかく音楽を、黄金時代のロックをもっともっと若い人に知って、そして楽しんでもらいたい一心なのだ!

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元来、レコード・ジャケット(スリーヴ)というものは、中に入っているレコード盤を保護するのが一番の目的だ。太古のレコード・ジャケットは演奏者の顔写真やグループ名や曲名を載せただけというデザインが多かった。特にソウルやR&B系のレコードのジャケットは徹頭徹尾コレだよね。

その点、ジャズはBlue NoteやPresitgeに救われている。でもそのBlue NoteにしたってFrancis Wolfが撮った人物写真にReid Milesが色を乗せてちょっとレイアウトを捻っただけタイプ(『Blue Train / John Coltrane』、『Newk's Time / Sonny Rollins(何故かBNのRollinsはほとんどがこのパターンだ)』など)が大半で、タイポグラフィもの(『Somethin' Else / Cannonball Adderley』、『Us Three / Horace Parlan』など)、あるいは線や模様を並べただけのシンプルなパターンもの(『Patterns in Jazz Gil Melle』、『Jutta Hipp with Zoot Sims』など)ばかりだ。中には無名時代のウォーホルのイラスト(『Blue Lights / Kenny Burrell』、『The Congregation / Johnny Griffin』など)なんていうのもあるが、ワザワザ莫大なコストをかけて制作していたワケでは決してない。それなのにあれほどカッコいい意匠を捻り出せたのはセンス良さと時代の空気のなせるワザか…。

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ようするに昔は「わざわざレコードの入れ物なんぞに金をかけることはない」という思想だったに違いない。それがジャケットが内容を象徴したり代弁したりする中身同様の「作品の一部」として重要視され出したのは60年代、The Beatlesが出て来たころからだという。『With The Beatles』のハーフ・シャドウとかね。またしてもFab Four! このイギリスの4人組はポピュラーミュージックを聴覚的にだけでなく視覚的にも変えてしまったのだ。

それとHipgnosisの偉大な業績だ。

そうした恐ろしい早さで商業的にも芸術的にも多様化し成長するロックに合わせてジャケット・デザインもその社会的地位を飛躍的に上げ、百花繚乱、玉石混交、多くのファンの目を、間接的に耳を楽しませることになった。

またLPに限っては、12インチという大きさが泣かせる。あれより大きくても小さくてもいけない。名器1960に見られるようにギターアンプの代表的なスピーカーのサイズも12インチ。「12インチ」という大きさは何か男たちの心を(女性コレクターの方、スミマセン)揺さぶる何かを持っているのだろうか?それは考えすぎか。もちろんLPのサイズはプレイヤー先にありきの基準だろう。いつの時代もソフトよりハードの方が権力を持っているからね。

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さらに、生来清潔好きな日本人はケースとかカバーとかが大好きだと私は睨んでいる。バイオリンやアコギの「ケース」の「カバー」なんてものがあるくらいだからね

それなのに、人類はこの素晴らしいジャケットの世界を切り捨てようとしているのだ。ジャケットはひとつの表現手段、大げさに言うとひとつの芸術だ。音楽配信というただのテクノロジーが12インチ四方、CDは5インチ四方の宇宙を絶滅させようとしているのだ。

「ナニを大げさな…」と思うでしょう。でも、明らかにLP、CDを問わずジャケット自体が地球上でレアなアイテムになることは間違いない。するとどうなるか…。

①ジャケットに惹かれて音楽パッケージを買うことがなくなる。「ジャケ買い」という言葉がこの世から消える。もっともその前にお店がなくなるか…。
②ジャケットを眺めて「ああ~いいナァ」と感動することがなくなる。「アレ、ジャケットもいいんだよね~」なんでセリフがこの世からなくなる。つまり音楽を聴く楽しみが縮小する。

③ジャケットがなくなると何かのアルバムを指す時に大変不便。「あのライブいいよね~!」「え?どんなジャケットだったっけ?」という会話が消滅する。

もっともアルバム自体がなくなろうとしているのだからこれはおかしいか?『七人の侍』の中に左卜全の名セリフがある。「首が飛ぶってのにヒゲの心配してどうするだよ~」…コレである。

④ジャケット・デザイナーやその他デザインに携わる方々が失職し、ヘタをすると才能の喪失につながる。
⑤印刷屋さんが困る⇒製品を運ぶ運送屋さんも困る。関連の業者さんの商況が悪くって国の税収も下がる⇒景気の回復が遅くなる。

…と、まぁ⑤はオーバーにしても、④は痛い。現にジャケットがなかったらこれからここに紹介するHipgnosisという才能も花開かなかったわけで、それだけ我々の楽しみも減るということなのですよ。

若い人たちの意見だとiPodで好きな曲だけダウンロードしてさえいればCDのようなPhysical Productsは必要ないということのようだけど、本当に自分の好きな音楽だったら形にして傍らにおいて置きたいという欲望がわいてくるハズなんだけどな~。ま、このあたりはしょっちゅうマーブロで大騒ぎしているから今日は触れない。

とにかく、有名なお仏壇屋さんのキャッチコピーにあるように「心は形を求め、形は心をすすめる」…なのだ!

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イントロおわり。

さて、HipgnosisはStorm Thorgerson(ストーム・ソーガソン)とAubrey Powell(オーブリー・パウエル)によるイギリスのデザイン・チームで、後にPeter Christopherson(ピーター・クリストファーソン)を加えて3人体制となった。1968年から83年まで存続し、Pink Floyd、Genesis、LedZeppelin、10cc、UFO、Bad Company等々のレコード・ジャケットを制作し、ブリティッシュ・ロックの確立をビジュアル面で援助した。

Hipgnosisというのは「g」を取るとHipnosisとなり「催眠状態」という正式な英単語となるが、それとは関係なく、彼らは「Hip」という言葉を入れて「新しい霊的なもの」のような意味の造語をチーム名としたらしい。

そしてMJGの『ヒプノシス展』…展示だなをひとつひとつ見ていこう。
ここはAlan Parson's Project中心のコーナー。

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私は「ジャケ買い」を滅多にしないが、下段の右から2番目のAl Stewartの『Year of the Cat』はその例外。

まだ他にもジャケ買いをしたこともあったかも知れないが、ハッキリと覚えているのはBud Powellの『Blues in the Closet(Verb)』というアルバム。ジャズ・ピアノの大巨人の名作の数々の中にあっては、まったく人の口に上らない作品だし、取り立てて騒ぐような内容ではない。でも、あのキツく青く染められた美人ジャケットと小文字で統一されたタイトルとアーティスト名…ステキ!…自分にとってはもうこれだけで名盤なのだ!

さて、この『Year of the Cat』、表も裏もネコづくしである。化粧台に香水やらチョコレートやらタバコやらお金やらが散乱していて、それらすべてにネコのモチーフが用いられている。そして、鏡の中には化粧を終えたネコ装束の美女が…。一見、女怪盗のようにも見えるのだが。それと手前に少しだけ見えるネコの尻尾を見ると、ネコ好きの女性が飼っているネコの尻尾かと思えるが、これはその鏡の中の女性の尻尾なのだ。私は別にネコ好きではない。このHiphnosisの凝りようが好きなのだ。
タイトル曲の歌詞を見てみると、「ボガート(もちろんハンプリー・ボガートのこと)の映画の中の朝に」とか「あなたはまるでピーター・ローレのように人ごみの中をさまよう」なんて出てくる。ボギーとピーター・ローレといえば『カサブランカ』だ。すると、鏡の中の女猫怪盗はイングリッド・バーグマンのイメージなのか?な~んて思ったりもする。
ちなみにこのアルバムのプロデューサーはAlan Parsonsだ。

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あ、いつも通り基本的にテキストは下の写真を解説してますから。

2段目左のEdgar Broughton Band の『Inside Out』はモノクロの写真が抜群にカッコいい。Edgar Broughton Bandは1968年に結成されたイギリスのバンド。ものスゴイ個性のあるバンドでは決してないが、ブルース・ロックからハードなロックまで存外に振幅の広いレパートリーをボーカルのEdgar Broughtonが青果市場の競りのような声で聴かせるという感触か?私は好き。

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そのとなりのビルの狭間でラドンみたいなヤツが飛びまわっているのがQuatermass。ロンドン出身のプログレ・キーボード・トリオだ。大好きだったRoxy Musicに参加していたJohn Gustafsonが在籍していたということで高校生の時に欲しかったアルバムの筆頭だった。残念ながら廃盤になってしまい入手できなかった。友人のO君はギリギリで秋葉原の石丸電気の3号館で購入。意地を張ってO君から借りなかったおかげでいまだに聴いたことがない。

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そして、Alan Parsons。今となってはアーティストとして大看板を掲げているが元々は制作サイドの人で、1967年アシスタント・エンジニアとしてアビー・ロード・スタジオに雇われ、The Beatles の『Abby Road』の制作に携わった。Paul McCartneyの『Wild Life』や『Red Rose Speedway』も手掛けたが、何といっても極めつけはPink Floydの『The Dark Side of the Moon』だろう。

Parsonsはレコーディング・エンジニアを自認しているが、プロデューサーとしての功績も大きく、何でもさっきの『Year of the Cat』のタイトル曲にサックス・ソロを加えてジャズっぽいバラードに仕上げたところなんぞは、「レコーディング」に対するParsonsの貢献度が、スタンリー・キューブリックの映画へのそれと比肩するというんだからスゴイ。実際に聴いてみても今では全くピンと来ないが…。
キューブリックの話しはまた今度。何しろ私、『シャイニング』のあのOverlook Hotelのモデルになったコロラドのホテルに実際に泊まりましたから…ハイ。この話しもまたいつかできるといいナァ。
『Wish You Were Here(炎)』以降、Pink Floydの活動が停滞したことからThe Alan Parsons Projectを立ち上げ、今では押しも押されぬ大スターとなっている。

The Alan Parsons ProjectもHipgnosis作品を身にまとって自己の音世界を拡大したひとりだろう。どれもこれも最高にイマジネイティヴな独特の世界をクリエイトした。

その代表作が『Tales of Mystery And Imagination・Edgar Allan Poe(怪奇と幻想の物語 エドガー・アラン・ポーの世界)』。

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MJGではスペースの関係で少数のゲイトフォールド(見開き)仕様のアイテムを除いて基本的に表1のみが展示されているが、見開き仕様の場合、ヒプノシス作品は当然内側も凝った作りになっていることを知っておくべきだ。
下は同作の内ジャケ。蛇足ながら私所有のLPで補足させてもらった。

表2にはポーの年譜が掲げられ、その次のページからは歌詞が掲載されていて、その狭間をパラフィン紙で区切ってある。オリジナル盤もこうなっているのかどうかは知らないが、とにかく豪華!LPだからこそできるうれしい装丁だ。

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中の写真やイラストがまた素晴らしい。ロジェ・バディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニらの監督競作でポー作品をベースにした『世にも怪奇な物語』というオムニバス映画があったが(1969年)、このジャケットに挿入されている数枚のセピア調の写真だけでHipgnosisはあの映画と同じくらいポーの世界を表現しているのではないか?

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B5大の豪華なブックレット(解説と訳詞)も付いていた。

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こちらは後年手に入れた絵ハガキ。

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今回、この記事を書くにあたり久しぶりにこのLPを引っ張り出して来たらこんなチラシ(そういえば最近めっきり「チラシ」って言わなくなった。みんな自然に「フライヤー」って言うよね?もう「チラシ」は寿司屋世界だけのものなのか?映画のチラシは私の青春だった。集めてばっかりなのよ。この話もいつかまた…。)が出て来た。

名門レーベルChrysalisのアーティストの宣伝だ。名前は「クリサリス・レコード・ニュース」。同レーベルがアメリカに進出したのを記念してキング・レコードさんが発行している。スゴイ。今時こんなのって全くないじゃん?当時は誠にたくさんのロック・リスナーがこんなレーベル意識を持っていたのだろうね。

どれどれ、誰が紹介されているのかな?まず、残念ながら発行年は不明だが、「クリサリスの3大アーティスト(文面では律儀に「アーティスツ」と複数形の表記になっている)がロスに勢ぞろい」とあって、ロビン・トロワー、ロリー・ギャラガー、ジェスロ・タルがロサンゼルス・コロシアムでコンサートを開くのだそうだ。ク~、行きて~!

いいですか?ここから先がスゴイ!この時の動員が、見込みも見込んだり、ナント10万人!10万人ですよ、10万人!言っちゃ悪いけど、今の日本だったらチッタが何とか埋まるぐらいかな?もっともロリー・ギャラガーを観ることはもう永久にできないけど…。
その他の「クリサリス・レーベルの強力アーティスト」として名前が挙がっているのは;
テン・イヤーズ・アフター、プロコル・ハルム、UFO、レオ・セイヤー、ジェントル・ジャイアント、スティーライ・スパン…。なるほど強力だ!他にフィリップ・グッドバンド・テイトだのササフラスだのカールハインツ・シュトックハウゼンだの…スミマセン、勉強不足で知りませんわ。
いずれにせよ、こうしたバンド名や人名がレコード買った人たちの家のお茶の間に広がっていたんですよ。何しろ今と違って新しいロックがジャンジャン出てきてその刺激を謳歌し狂っていた時代ですからね。隔世の感は否めないでしょう。

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かわって10ccのコーナー。もう好きで好きで…でも本物を観たのは2010年が初めてだった。

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10ccもセカンド・アルバムの『Sheet Music』からHipgnosisが手がけるようになった。

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10ccへの作品の中ではやっぱり『How Dare You !(=あーた、よくもそんなことができわね?!)』が一番かな?これの内ジャケットがまたイカしてて、パーティで一部屋に集まった紳士淑女が全員電話をしているという図。何年も前の『こち亀』に誰もが携帯電話を持ち始めて、電車に乗っている人全員が携帯で電話をして大混乱!というアイデアがあったが、あれを見た時、即座にこの『How Dare You !』の内ジャケを思い出してしまった。
大好きな大好きな10cc、この『How Dare You!』はとりわけ素晴らしい。だって、捨て曲が全くないどころか全曲が輝いている。「I'm Monday Fly Me」、「Rock'n'Roll Lullaby」、「Art for Arts Sake」特に最後の「Don't Hang Up」がたまらなく美しい。後年この曲のPVをYou Tubeで見つけて仰天した。今回もここに貼り付けようかと思って検索したがなくなっていた。

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Steve Dawsonと10ccの話しをした時、イギリス人は10ccのことを「スタジオ・ミュージシャンの集まり」ととらえていることを知った。

上段真ん中の『Deceptive Bends(愛ゆえに)』は10ccが分裂してからの作品。ちなみに10ccのバンド名の由来が「男性の~」と言われていいるが、これは誤った情報らしい。

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Hipgnosisはジャケットの裏表だけでなく、インナースリーブにも素敵なデザインを施してくれる。

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Godley & Cremeチームが好きな私は、このアルバムまでが好き。このアルバムからは『The Things Do We for Love(愛ゆえに)』というどこのカラオケにでも入っているようなヒット曲も出たが、一番10ccらしいのはなんといっても2分弱の『I Bought a Flat Guitar Tutor』だろう。この曲、歌詞の内容や語尾にしたがってコードがついていくというモノスゴイ内容。diminishやaugumentなんて単語は当 たり前。
例えば"I bought a flat(アパートを買ったよ)"のなんてのは不定冠詞の「a」はAを弾いておいて"flat"でAbに移動する。「see」は「C」だし、語尾が 「-phe」になっているとコードが「E」になるという仕組み。これで丸々1曲仕上げている。それがまた4ビートに乗って至極音楽的だからスゴイ。愛すべ き小品だ。

まぁ、本当に色んなバンドの作品を手掛けているね。

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そうT Rexの『Electric Warrier』もHipgnosisの作品なんだよね。特にHipgnosisらしくないような気がするが…。

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ToddのライブもUKの『Danger Money』もいかにもHipgnosisらしいタッチで好き。なんか内容的にこのライブ盤のトッドはどうもしっくりこない。 『Another Live』の方が全然スキ。

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UKは初来日の時、日本青年館に観に行った。当時は「第2のELP」なんて呼ばれていた。ジョン・ウェットンもエディ・ジョブソンもスゴかったけど、何しろ初めて見るテリー・ボジオに驚いたな~。

タイトルが先なのかデザインが先なのかはわからないが、Danger Money…アブク銭、うまいこと考えたな…。

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YESはRoger Deanって相場が決まっていたのに復帰第1作となった『Going for the One』はHipgnosisが担当した。これはリアルタイムで聴いたが、『Fragile(こわれもの)』や『Close to the Edge(危機)』のサウンドを期待していただけに、そのポップなサウンドに大いに肩透かしを食らった記憶がある。ただ、これは三面のゲイトフォールド・ジャケットでちょっとうれしかった。コレ、今デザインをまじまじと見るとメッチャいいな。

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Alan Bown諸作も実にHipgnosis丸出しでカッコいいが音は聴いたことがないな…。それこそジャケ買いしてもいいかも…。

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ここのセクションはいいな~。Brand XにGenesisだもん。おまけにELOも入ってる!

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上段真ん中のBrand Xの『Unorthodox Behavior(異常行為)』にはブッ飛んだっけナァ。

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John Goddsallなんてギタリスト、全く聞いたこともなくて。Percy Jonesのベースも驚いた。何よりもこのジャケットのデザイン!ブラインド越にこっちを見てる。ちょっとチャールトン・ヘストンに似てる。これだけで「異常行為」のすべてを表現しちゃってる。
上段一番左はそのBrand Xのセカンドアルバム『Moroccan Roll』だが、写真に幾何学的な図形を重ねるHipgnosisお得意のパターン。YESみたいだね。

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そのとなりの『Live Stock』もいかにもHipgnosisっぽい作品だ。でも、音はジャケットのイメージと大幅に異なる凄まじいジャズ・ロック。ここではPhil Collinsの他にドラマーとしてKenwood Dennardが参加している。この人はJaco Pastoriousバンド(Aurex Jazz Festivalのビッグバンドではなくコンボ)で来日した人。その時のギターを担当したのは渡辺香津美だった。

また、この人はManhattan Transfer初来日時のドラマーで、その時のメンバーはベースがAlex Blake、ギターはナ、ナントJack Wilkinsだった。実は私はある人の紹介でニューヨークのJackのアパートに遊びに行ったことがあって、ファンだった私は至福の時を過ごしたのだった。今でも彼のギターを抱えて撮ったツーショットの写真を大事にしている。

それと、このマントラ初来日のコンサートは後日ビデオ化された。それを後から知った時は時遅し…もう入手困難だった。ところが探しに探した結果、見つけた見つけた、長野市の小さな本屋の中古ビデオのコーナーで1,000円ぐらいでゲットしたのだった。ああ幸せ!

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下段の左2枚はElectric Light Orchestraのファーストとセカンド。まだRoy Woodがいたころのファースト・アルバムはプログレ風味丸出しで大好き。後年の彼らの音楽とはまったく異質なものだが、ELOの最大の特徴であるストリングスを巧みに取り入れているところが素晴らしい。でも、ジャケットは双方Hipgnosisっぽくないというのが私の印象。

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ELOは武道館へ見に行った。曲はアンコールでやった「Roll Over Beethoven」しか覚えていないが、レーザー光線を場内のところどころに設置したプリズムに当てて鮮やかなライト・ショウに演出したのが印象的だっ た。当時はまだレーザーなんて珍しかったからね。多分、それに見とれて演奏はロクに聴いていなかったんでしょう。
その「Roll Over Beethoven」が収録されているのはこのセカンド。
これ電球が宇宙を飛んでる。後々もELOのロゴが入った長岡秀星のイラストのデッカイ円盤がジャケットに登場したけど、ナンデ宇宙趣味なんだろうね?

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中段右から2番目はGenesisの名盤『A Trick Of The Tail』。「看板のPeter Gabrielが抜けちゃったテンヤワンヤの名バンドのボーカルを伏兵Phil Collinsが救う」の巻だが、特徴的なイラストが多いHipgnosisだがこのイラストはちょっと異質に思う。このアルバム、歌詞がジャケットに刻まれているのだが、滅法読みにくいフォントなのが泣きどころ。

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その右となりはいかにもHipgnosisらしい美しく幻想的な写真を配したGenesisの『…And Then There Were Three…(そして3人が残った)』。そして、残った3人が来日して観に行った。確か中間試験の最中だった。試験の結果は散々だったけど、今にして思えば本当に行っておいてヨカッタと思っている。

そういえば、これもSteveとの話。プログレの話をしていてジェネシスに触れたら小声で「ジェネシスは全然聴かないナァ」と言っていた。ナンカもっともイギリスらしいバンドはイギリス人に聴かれていないのか…とちょっと驚いた。ま、スティーヴは基本的にはブルース・ロックの人だからね。

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Genesis最高傑作と言われる中段左から2番目の『The Lamb Lies Down on Broadway(眩惑のブロードウエイ)』。

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Hipgnosisのデザインは徹頭徹尾モノクロ。下のようにインナースリーブも完全にモノクロだった。

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「Japan Progressive Rock Fes 2010 in Tokyo」に出演したSteve Hackettはこのアルバムから「Fly on a Windowshield」を演奏していたっけ。
それにつけてもアルバムタイトル曲のMike Rutherfordのベースラインのカッコいいこと!
そして、このプログレッシブ・ロック屈指の名盤と知られているアルバムにはその正反対に位置する音楽ともいえるR&BのThe DriftersやTemptationsの名曲からの引用がいくつか含まれているというのが実にシャレているではないか。


さてさて、Hipgnosisとのコラボで最も大きな効果を挙げたのは間違いなくPink Floydでしょう。

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Hipgnosis最初の仕事も『A Saucerful Of Secrets(神秘)』だったという。

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また、Storm Thorgersonのお気に入り自己ベスト5には『Atom Heart Mother(原子心母)』と…

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『Wish You Were Here(炎~あなたがここにいてほしい)』の2作を繰り入れている。

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個人的には『Animals』のジャケットが好きで、実際にロケ地となったロンドンのBattersea Power Station(バタシー発電所)まで見に入って来た。Hipgnosisはヘリウムガスを入れた作り物の豚を実際に発電所の上空に飛ばし撮影した。

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『The Dark Side Of The Moon(狂気)』、『Meddle(おせっかい)』、『The Wall』、『Animals』等々、パターンもの、コラージュもの、イラストもの、得意の写真加工ものとありとあらゆるテクニックを駆使ししてPink Floydの音世界を作り上げようと努力したように感じる。

Floydの場合、後に出てくるドラムNick Masonをはじめ、Dave Gilmour、Rick WrightらのソロアルバムもHipgnosisが手がけている。メンバーたちもよっぽどHipgnosisの作風が気に入っていたに違いない。
下段右端の2作は松任谷由実の作品だ。日本人ミュージシャン向けのHipgnosiss作品はこの2作だけなのかな…?

『Wish You Were Here』は下のような濃紺のビニール袋に包んで発売された。ここに張ってあるロボットの握手のイラストがまた秀逸。剥がさないでよかった~。

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ここは色々と詰め込まれているな…それだけHipgnosisの作品の幅が広いことに驚かされる。

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上段右から2つめはBe Bop Deluxeの『Drastic Plastic』。コレ何のデザインなんだろうか?いまだによくわからない。左上にはブラインドのようなものがあって、キッチンの片隅を斜めに切り取ったようなイメージか?ニートなデザインが素敵。でも内容は『Axe Victim』、『Sunburst Finish』、『Live! In The Air Age』の方がよかった。私はジャン・コクトーのことは門外漢だが、ことのほかBill Nelsonが好きだった。ソフトな歌声とちょっと歪みすぎているけどソフィスティケイトされたギターがお気に入りだった。Marshallじゃないな、あの音は。Bill Nelsonの80年代のソロ・アルバムを数枚聴いたが、テクノに毒された無味乾燥な音楽となっていてかなりガックリした。ところで、Be Bop Deluxeなんて名前もカッコよくない?

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その右隣りはCaravanの『Cunning Stunts』。カンタベリー派のバンドらしく長尺の曲を飽きずに聴かせる力量がすごい。B面の18分にも及ぶ「The Dabsong Conshirtoe」が圧巻。徐々に徐々に関係ないメロディが入り込んで来て最後には全く別の曲になってしまうアイデア秀逸。しかし、このバンドはカンタベリー派を代表するプログレ・バンドであるにも関わらずHipgnosisとの縁が浅かった。それでも『In The Land of Grey And Pink』や『Waterloo Lily』などは内容を指し示すかのような素敵なジャケット・デザインだった。この『Cunning Stunts』の次作の『Blind Dog at St.Dunstants(聖ダンスタン通りの盲犬)』もHipgnosisの作品ではないが、実際にカンタベリーにある聖ダンスタン通りのイラストを使用している。数年前そこを訪れてきたので後日『イギリス-ロック名所めぐり』の「カンタベリー編」で紹介する予定だ。

カンタベリー派といえば、Soft MachineにHipgnosis作品が皆無なのが意外だ。すごくいい仕事をしたろうに…。

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中段の真ん中は前出Edgar Broughton Bandの同名アルバム。精肉所の倉庫で多数の牛がブラ下がっている中に人体がひとつ。内容も結構イケるが、ジャケットのインパクトには遠く及ばない。

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下段左から2番目。考えてみるとEmerson Lake & Palmerも大方向転換をした『Love Beach』を発表するまでジャケットに自分達のポートレイトを使わないバンドだった。ファースト・アルバムしかり、『Tarkus』しかり、『Pictures at an Exhibition(展覧会の絵)』しかり…みんなイラスト。そしてこの『Trilogy』だけがHipnosis作だ。次作の『Brain Sald Surgery(恐怖の頭脳改革)』では映画「エイリアン」のデザインで有名なスイスのイラストレーター、H.R.Giger(ギーガー)とコラボし、後年も何枚かギーガーの手によるCDを発表した。
昔も好きだったけどELPって今聴いてもメチャクチャいいよね。いいですか?70年代には彼らは「ミュージック・ライフ」誌の読者人気投票で1位だった時代があったんだゼ!プログレ・キーボード・トリオが日本で一番人気者だった時代があったのだ。2010年にロンドンでELPを観たのは最高の幸せだった。

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下段右から3つは元Yesのギタリスト、先日亡くなったPeter Banksのバンド。お得意の身体拡大パターンで非常によい仕上がりだ。

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上段のAl Stewartは前出。Pink Floydメンバーのソロ作が2段目に来て…

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3段目はPeter Gabriel。左から2番目の『III』はThorgersonお気に入りベスト5の中の一作。

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でも、私はその左のファーストが大好きでよく聴いた。ジャケットもこの車の色合いと水滴が非常に美しくて気に入っていた。このアルバム、全曲いいんだよね~。

初めて聴いた時、「Wating for the Big One」のRobert Fripのギター・ソロには随分驚いたっけ。ずっと後年、トム・クルーズの映画(だったかな?)でこのアルバムの2曲目「Solsbury Hill」が使われていた。そういえば、PeterのBootlegのライブアルバムを西新宿で入手した。このアルバムの発表直後ぐらいのレコーディングでレパートリーは全曲同アルバムからだった。それを大分後になって中古レコード屋に売ったところ、買った値の何倍もの値段がついて驚いたことがあった。売っちゃ買い、売っちゃ買いしてたもんですからタマにはこういうことも起こります。

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上段の左端のGodley&Cremeの『Freeze Frame』もとてもHipgnosisらしい絵柄。得意の写真とイラストの合成だ。このアルバムには「An Englishman in New York」というかの有名なジョーディー(ニューキャッスル出身者のアダ名)のヒット曲と同じようなタイトルの曲が入っているがこっちの曲の方が私的にはゼンゼンよろしい。

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今回の記事を書くにあたって「もしや」と思い、彼らのファーストアルバム(LP3枚組)の『Consequences(ギズモ・ファンタジア)』をレコード棚から引っ張り出して来てチェックしたが、あれはHipgnosisではなかった。あれこそHipgnosisっぽいと思ったのだが…。

これは豪華ボックス収納のLP3枚組で大変高価だった。中3か高1の時に発売されてすぐにお小遣いをはたいて買ったが、友人みんなから「こんなの買ってバカじゃないの?」と言われたのを覚えてるナァ。でもスンゲェいい曲は入ってるんだぜ。

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下段の一番左端、Pink Floydのドラマー、Nick Masonのソロ・アルバム『Nick Mason's Fictitious Sports(空想感覚)』はお気に入り。にもかかわらず、恥ずかしながらHipgnosisの作品だとは知らなかった。Carla Bleyが作曲を手がけていて独特な音感覚が快感だ。Carla BleyはStuffとの『Dinner Music』や自身のライブ・アルバム『Live!』という名作を世に問うている女流ピアニスト&オルガニスト。

NHKの「みんなのうた」に数多くの佳曲を提供している名作曲家にしてジャズ・ピアニストの渋谷毅氏は『Live '91 / Takeshi Shibuya Orchestra』にCarlaのアレンジによるトラディショナル曲『Soon I Will Be Done With The Troubles Of The World』の壮絶な演奏を残している。必聴。これはバラードだが、もし音楽に人の心を動かす「力」のようなものがあるとするならば、こういう演奏を指すことはまず間違いない。もし、このライブ盤の録音現場に居合わせていたら私は間違いなく号泣していたと思う。このアルバムのベースの川端民生さんもドラムの古澤良二郎さんももう鬼籍に入ってしまった。ドルフィーのように名演奏家は名演奏とともに消え去ってしまう。

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上段の真ん中はMoody BluesのギターJustin Haywardのソロアルバム『Songwriter』。これもHipgnosisだったんだ?Hipgnosisにしてはヤケに野暮ったい感覚。50年代のマイナーなジャズ・ギタリスト(イメージはDempsey Wrightの『The Wright Approach』)のアルバム・ジャケットのようだ。ところで、上野のHard Rock CafeにはJustin Haywardのストラトが飾ってありますよ。

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下段右から2番目もStorm Thorgersonが自己ベスト5の一角に数えるThe Niceの『Elegy』。実際に砂漠に赤いビニールのサッカーボールを持ち込んで撮影したらしい。CGなんて無かったからね。

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その右どなりもThe Niceで『Five Bridges』という作品。魚眼レンズで撮った橋を組み合わせて複雑な幾何学模様を作り出していて、見開くとさらに立派な絵面となる。これもジャケット欲しさに買ったわ。結構ジャケ買いしてるじゃんねー。

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上段は一番右を除いてRenaissance(ルネッサンス)の諸作。

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この他『Scherazade And Other Stories』という作品もHipgnosisだ。どれもジャケットはいいのだが、アタシャちょっと苦手…。「Progressive Rock Fes」でSteve Hackettとともに来日した。正直、四人囃子の人たちと楽屋でおしゃべりをしていてほとんど見なかった…失敬。

ちなみにボーカルのアニー・ハズラムの旦那さんはロイ・ウッドだ(だった?)。

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上段右端と中段(右端は除く)はString Driven Thingというバンド。これらも実に魅力的なジャケットだが、音は大したことない。

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またまた出て来たPink Floyd人脈の作品は下段左端のSyd Barrettの『The Mad Cap Laughs』。でも、これタマ~に聴くとなかなかにいいんだよね。

写真がカッコいいな。よくSydのことを「狂気、狂気」って言うけどこれを聴いた限りではピンと来ないな。そういえばSydも亡くなっちゃいましたね。

最近、The Whoに関する本を読んでいたら、元ミュージック・ライフの編集長、水上はる子さんはロンドンでシドに会ったことがあるそうだ。スゲエな…。

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Steve Harley & Cockney Rebelの『Face To Face』。映画の1シーンを切り取ったようなドラマっぽいデザインもHipgnosis得意のパターンだが、これはその代表といってもいいだろう。昔、Cockney RebelのLPが手に入らなくてネェ。バイオリニストがバンドにいることに惹かれてすごく聴きたかったがまったく中古でも出なかった。実際に彼らの音楽を耳にしたのはかなり時間が経ってからだった。感想はヒ・ミ・ツ…。先日BBCのライブを買って聴いてみたが、結構よかった。

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Sad Cafeの『Misplaced ideals』。

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これも同じ作品。つまりこの本体の絵柄があまりに醜悪なので、上にある黒いカバーをつけて発売した。有名なジャケットだが残念ながらこれも音を聴いたことがない。今見ると特段醜悪には見えないが…。

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やっぱりいいな…Hipgnosis。

Music Jacket Galleryの詳しい情報はコチラ⇒金羊社オフィシャル・ウェブサイト

つづく


(一部敬称略 取材協力:植村和紀氏、金羊社奥平周一氏)

2013年4月20日 (土)

ありがとうジム・マーシャル!<後編>~I Remember Jim! 3

Shige Blog 2012年4月20日初出…ウワ!ちょうど1年前の今日だ!

2002年5月、ついに私はマーシャルのあるミルトン・キーンズの地に立った!ザック・ワイルドのシグネイチャー・モデル2203ZWが発表される直前のことだ。その時はまだスティーヴがマーシャルにいて、The Gerorge InnというB&Bに宿を取った私と食事をするために、夜、出てきてくれた。ラリー・コリエルとフィリップ・キャサリンの名ライブ『Twin House』のジャケットのようなこの建物がThe George Innだ。

それまで何度も日本で彼を迎えた私に向かって発した言葉は…

「シゲ!とうとう来たじゃないか!とうとうマーシャルに来た!」

だった。私をハグハグしながらしきりに背中を叩くスティーヴにわからないように泣いたよ、あまりにも感激して…。

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この旅は私にとってはじめてのヨーロッパ探訪で、見るモノ、聞くモノ、喰うモノ、嗅ぐモノ、感じるコトすべてが新鮮で、それまでアメリカ一辺倒だった私にいい意味で大きなショックを与えてくれた。下の写真はこのB&Bの前の通りの様子。この道は古代にローマ軍が行進した道だという。つき当りに古い教会が見える。

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その教会がコレ。失礼な行為かもしれないが、ちょっと中に入って、お墓の墓碑銘を見ると、16~17世紀のものばかり。そこここに歴史を感じざるを得ない。そして、頭に浮かぶメロディを抑えることはできない…もちろんキング・クリムゾンだ。

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これは部屋のようす。5月だというのに昼間からガンガンと暖房がついていた。「キタへキタ~!」と実感する。ここの主人や奥さんがまた最高にいい方々で、アレコレと面倒をみてくれ、一気にイギリスびいきになってしまった。

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ついでにこれは滞在2日目以降に泊まったホテルとその庭。湖は人口のものだが、その美しさに息を飲んだ。ここのロースト・チキンと揚げたてのフライドポテト(Chips)がおいしくて、その後もここに泊まるたびにオーダーしたっけ…。なんだか『イギリス紀行』みたいになってきちゃった。

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そしていよいよマーシャルの本拠地に!
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中に入る前に何枚写真を撮ったことか!
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左から右から…なめるように全景を拝んでおいて…

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…イン!

感激したな~。マーシャルだもんね。正真正銘、初めて自分で撮ったマーシャル本拠地の写真。

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正面玄関の2階にあったミュージアム。今は大分様子が変わった。

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この時、イギリス国内の楽器店の販売担当者を集めての商品研修会があり、ついでに出席させてもらった。

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若い男の子ばかりだった。研修会の終了後、私が泊まっているThe George Innで出席者を集めた会食があった。そこで偶然隣り合わせになった男の子と話しをした。どこから来た子だったか覚えていないが、自分の子供の年齢と大して変わらないようなとても若い子だった。当然会話は音楽の話しとなる。それぐらいしか共通の話題がないからね。そこで驚いたのが、この子の出すその話題。

ディープ・パープルなのだ。他にも「整流管ってな~に?」なんて話しも出たが、それよりパープルだ。「知ってる?」なんて訊いてくる。「オジちゃんは『Made in Japan』のコンサートを観に行ったんだよ!」とウソもつけないので、「オジちゃんはレインボーの『On Stage』の時、ブドーカン(「ブ」に思い切りアクセント)の席に座っていたんだよ!」と告げると、すかさず手を出して「握手してください!」とおおよろこび。こっちは鼻タカダカ!実にイイ気分の会食だった。

それまでアメリカ人とはずいぶん音楽の話しをしたことがあったが、相手が老若男女を問わず、ディープ・パープルの話しなんかしたことなかった!イギリスの素晴らしいロック事情を垣間見た気がした。

そして!次の日の晩はいよいよジム・マーシャルとサシで食事なのであった!

Training2

翌日、各部門の担当者にあいさつをし、打ち合わせを済ませてから、当時の重役らとブレッチリーという近くの街の「Voong's」という中華料理店へ連れて行ってもらった。いきなりモソモソと食べだすのもナンなので、「自己紹介をさせてください」と断ったうえで一席ぶった。

ひと通りありきたりの挨拶をして、いよいよパンチ・ライン(オチ)へ突入した。「私は1962年生まれ。マーシャル社と同じ年なんですよ。だから私のこと”Bluesbreaker”と呼んでください」とやった。

ここでドーンと来ると思ったワケです。「ヒュー、ヒュー」とか…。そしたら完全にドン引き!ドン引きに加え明らかに「?」が出まくっていた。もしかしたらこの人たち「1962 Bluesbreaker」知らないんじゃないの?とさえ思いましたよ!

その後、10数年の間に何度この「Voong's」に連れて来てもらったかわからない。ベトナム人が経営している中華料理店で、我々が横浜や神戸の中華街で食す中華料理とはかなり隔たりがあり、やや無難な言い方をすれば過剰なまでに味つけにオリジナリティを加えているのだ。

ジムはここのスペアリブが大好きだった。晩年、手が不自由になった時、となりに座っていた私に「シゲ、世界一うまいあのスペアリブをいくつか私の皿に乗せてくれるかい?」と頼んでくれたりした。そのスペアリブをおいしそうに頬張っているジムの姿も忘れることができない。

さて、話しは戻り、ジム・マーシャルと初の会食!ジムと当時のパートナーとヴィクトリア、そして私の4人!緊張したな~。ジムは行きつけのイタリア料理店「The Bell」というお店に連れて行ってくれた。築100年は優に超す古いパブ風のレストランだ。

この時は、洋式の食事の手順を知らなかった(フル・コースとかそういうことではない…)。というのは、バーで食事の準備が完了するまでオリーブの実なんかをかじりながら軽くイッパイやる。これを知らないもんだから、「ずいぶん質素なオードブルだな…」と思いつつ緊張をほぐそうと最初からグビグビとワインをいただいてしまう。

ほどなくすると、イタリア人のご主人が出てきて「r」を思い切り巻きながら、「お食事の準備ができました~」というではないか!「エ~、これから本番なの~?」と驚きつつ席を移す。

ジムと当時のパートナーが目前にお座りになり、ヴィクトリアが横に…いっくら飲んでも緊張するって!だって、ジム・マーシャルとその家族とサシでお食事ですよ!

「好きなドラマーは誰ですか?」

「ジーン・クルーパじゃよ、フォッ、フォッ、フォッ!」

なんてことを話したナ。「ラウドネスを知ってる」とかおっしゃっていた。

こういう時のジムの客をもてなす気遣いはさすがで、こんな若造にでもドンドンとワインを注いでくれる。「注ぎ上手」っていうの?うれしいんだけど、前半で飛ばしすぎてもう飲めないって!しかも、昼間は昼間であんな自己紹介をしたもんだからロクに食べてない!これで酔わない方がおかしい。時差ボケもすさまじい!

何とか最後までがんばったんだけど、自爆。下の写真はその後で「100年物のブランデーを飲もう!」とジムの自宅へ呼んでいただいた時に撮ったもの。

シンドかったけれど、最高に幸せな夜だったナ。まさか、ジム・マーシャルの家にお呼ばれするなんて、ギターを始めた頃、イヤ、お邪魔する直前まで想像したことすらなかった。「ちょっと寄ってや!」みたいに声をかけてくれるところが本当に庶民的で「オヤジ!」という感じだった。

この後も何度かお邪魔させていただいたが、人生の成功者が住むにふさわしい豪邸で、池のある庭がとても美しかった。「こういうのを日本では『Park』って呼ぶんですよ!これがホントの『Park』」なんて笑わせたこともあった。

そういえば、工場に行ったある時、レセプションで待機していたら、ヒョコヒョコとジムが玄関から入ってきて私を見つけると、「お、ナンダ来てたのか?」と気さくに声をかけてくれる。ジムの顔を見るとかさぶたができていて、「チョットそのお顔どうしたんですか?」と訊くと「イヤ~、転んじゃってサ、フォッ、フォッ、フォッ!ところでメシ喰った?喰ってないなら、シゲ、いっしょに喰いに行こうよ!」なんてこともあった。

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2003年の楽器フェア以降、来日することはなかったが、海外の楽器ショウではよくご一緒させていただいた。特にフランクフルトではマーシャルの一員のように私を扱ってくれ、実に楽しい時をすごした。

これはそのフランクフルトでのショット。開催中に世界のディストリビューターを招待して催される「マーシャル・ナイト」と呼ばれる巨大なパーティだ。

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まだ元気なころ、ここで興が乗るとジムはよくスティックを握ったものだった。
まさか、へヴィ・メタルを演るワケでもなく、やわらかに4ビートを刻むのだ。

そして、もっとノッてくるとスティックをマイクに持ち替えて自慢のノドを披露してくれた。よく歌っていたのはガーシュインの「S' wonderful」とディーン・マーチンばりにシブくキメる「Everybody Loves Sombody」。同じくガーシュインの「Somebody Loves Me」も得意だった。

ジムの声はマーシャルの歪みとは正反対で、クリーンそのもので(マーシャルはクリーン・サウンドも素晴らしい!)、本当に澄んだベルベット・ヴォイス。ジャズが大好きな私としては結構その歌を楽しみにしていた。

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それから数年後の同じフランクフルトのパーティでのショット。もう手足の自由はままならなかったが、スティックを握ってグラスを叩き、会場を大いに盛り上げた。こんなときでも大好きなハバナ産の葉巻とマカッランは欠かせなかった。

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とにかくいつでもジムのまわりはたくさんの人が溢れていた。これはフランクフルトのマーシャルのスタンド。

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ジムのサインをもらおうと長蛇の列ができる。この光景は最後の最後まで変わることがなかった。

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これは私がジムにもらったサインの一部。もっともらっておけばヨカッタ!サインをもらった年を見るとナゼか一年おきになっている!

きっと誰でもそうだと思うが、私はサインをするジムの姿が好きだった。いつも愛用のマジック・インクを持っていて、どんな時でも、誰がペンを差し出そうとも、使いなれたマジックしか使わなかった。そして、あの有名なサインを色紙や本にキリリと施していた。

普通の人は生まれてから死ぬまでに自分の名前を30,000回書くといわれているらしいが、ジムが生涯を通じてしたサインたるや一体どれくらいの回数になるんだろう?
普通の人の10倍や20倍ではきくまい。これもジムの偉業のひとつだったんだナァ。
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ジムに最後に会ったのは今からちょうど(当時)1年前のことだった。もう会社には来ていないので、ジムの家にあいさつに行ったのだが、社長のジョンが直前に「シゲ、ジムに会っても驚くなよ」と警告してくれた。

実は何年か前にも同じことをマーシャルの別の役員から言われたことがあった。
元気な時をよく知っていただけに、正直あの時は小さくやせ細ったジムの姿を見て驚いた。
でも、今回はまったく驚くなんてことはなかった。むしろ、ジムの握手が力強いことに驚き、たのもしく思ったくらいだった。

その時にもらったのがこのミルトン・キーンズ銀行発行の50ポンド紙幣。マーシャルの創立50周年を記念して作った絵葉書だ。
向かって右のコンボに足をかけている写真は、ジムが最初に倒れ、復帰してすぐに撮影されたものだ。そう!ジムはいつでも鉄人だった。「Mighty Jim」と呼んでいる人も実際にいた。
ジムが天国に行くなんて誰も想像できなかった!

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それはこの50ポンドの裏面にサインをもらった時のことだった。事実これが本当に最後のジムのサインとなってしまった。あのボクサーのジャブのように素早くマジックを動かして書かれていた「Dr. Jim Marshall OBE」が、まるで初めて字を書く子供のようにゆっくりと描かれたのだ。

「もうジムに会えないかもしれない…」と思った。

「驚くなよ」と言われたジムの姿を見ても全然驚かない私だったが、このサインをするジムの姿を見た途端、大粒の涙を落としてしまった。とにかく涙をこらえようとしてこめかみが猛烈に痛くなった。それを思い出して今も涙が止まらない!
何度ももらったジムのサインだが、今となって私にはこの絵葉書のサインが一番美しく力強く見える。

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どんなに一緒に時間を過ごした人でも、どんなに親しい人でも、時間が経つとその人の声を忘れるものである。もちろんジムの声は耳に焼き付いているがいずれ忘れてしまう時がくるかもしれない。
そんな時にはこのCDを聴くんだ。ジムが愛したジャズのスタンダードの数々。元気のいいピアノ・トリオに乗って弾むように歌うジムの声が美しい。「S'wonderful」も「Everybody Loves Somebody」も入っている。私の宝物だ。

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そして、これはジムがBBCラジオのインタビューをCDにしたもの。これも大切にしている。
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でも、私が一番大切にしている物はこれだ。

マーシャルのプロモーション活動に精励したことを讃えていただき、2009年、フランクフルトのマーシャル・ナイトで世界中のディストリビューターの前で授与されたトロフィ。

その台座には「Shige Award」と記してあった。これはあまりにも大きな栄誉だった。我が人生の頂点といっても過言ではないかもしれない。

もちろんこの賞は私の他にも心からマーシャルを愛していただいている皆さまのご協力で頂戴できたと感謝している。同時にこのような機会を与えてくれたジム・マーシャルやマーシャルの仲間にもあらためて心からお礼を申し上げたい。

もうひとつジムのことで忘れてならないのは、彼は偉大なギター・アンプ・ブランドの創設者であったということの他に、慈悲深い篤志家であったということだ。
社会団体に莫大な寄付をし続け、その功績がイギリス政府に認められOBE(Order of British Empire)の称号を授与されたのだ。

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ロックを作った男、ジム・マーシャル。

大きな夢を、楽しい時を、素晴らしい思い出をどうもありがとう!

安らかにお眠りください。

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ありがとうジム・マーシャル!<中編>~I Remember Jim! 2

Shige Blog 2012年4月19日初出

最後にジムが日本に来てくれたのは2003年の楽器フェアのことだった。身体を悪くしてしまったジムはそれ以降来日していない。マーシャルのブースではジムのサインを求めて、連日サイン会の長い長い行列ができた。

何しろJCMシリーズの他、シグネイチャー・シリーズ等、イギリス製の主要モデルにのみ付されるDr. Jim Marshall O.B.E.のサインが直にゲットできるワケだからね。2003年以降、ジムからサインをもらった日本人は極端に少ないと思う。あの時にサインをもらった方は大切にされるといいかもしれない。

ジムは元々シンガーでドラマーでタップ・ダンサーで…レス・ポールようにステージの上に居続けてもいい人だったが、事業が成功したために、結果的に人生の大半を、いわば「裏方」に徹したことになった。

このあたりは日本で最初のマーシャルの本『Marshall Chronicle』をご参照いただきたい。

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しかし、このサイン会については並々ならぬ情熱を注ぎ、最後の最後までひとりでも多くのファンにサインを授けようとした。ジムは自分のサインをもらってよろこぶお客さんの顔を見るのが大好きだった。

この時、お役目で毎晩ジムと会食をすることになった。ジムと当時のパートナー、そしてマーシャル社の担当スティーヴと4人で…。

マァ、久しぶりにお会いすることもあって、はじめのうちはジャズの話しかなんかで盛り上がっちゃって、比較的話題に事欠かなかったのだが、さすがに毎晩となると状況が厳しくなってくる。何しろ相手は大正12年生まれで、私の父よりもはるかに年上だ。

当時、楽器フェアの期間中は毎晩どこもレストランが混んでいて、夕食の予約もできない状態が続いていた。ある晩、イチかバチかレストラン街に繰り出して、大衆的なイタリア料理店に空席を発見した!

ジムはステーキが好物で、その晩も「#$%&ステーキ」を注文した。そして、私は話題がなくなってハラハラしていた。かといって沈黙はもっとマズイ。そこで苦しまぎれにクイズを出すことにした。

「クイズを出してもいいですか?」と訊くとジムは「フォッ、フォッ、フォッ、何だね?やってごらん」なんて興味を示してくれる。クイズはよくあるスタンダードなお国柄問題だ。

「それではひとつ…アメリカの家に住んで、日本人のコックがいて、イギリス人の執事を雇う男が世界で一番幸せな男。では世界で一番不幸な男はどんな男でしょーかッ?」これが問題。よくあるでしょ?こういうヤツ。

するとジムは、「フォッ、フォッ、フォッ、面白いことを訊くじゃないか…答えは何だね?」と存外におもしろがっている!

よしゃいいのにやっちまった…「エヘン!答えはですね…世界一不幸な男は~…日本の家に住んで、アメリカ人の執事を持って、イギリス人のコックを雇う男ですよ!」

ここでドッカ~ン!ダイバクショ~となるはずだった。「フォッ、フォッ、フォッ、確かにイギリスの料理はマズイからね~」…と。

ところが、現実は予想と大きな隔たりを見せてしまったのだ。

笑うどころか、ジムの顔色はにわかに変わり、真剣な顔をして「オイオイ、ヘンなことを言わないでくれたまえ、シゲさんよ。イギリス人のコックのナニが悪いのかね?イギリスには料理自慢のテレビ番組だってあるのを知らんのかね!」…冷汗。雰囲気最悪!「な~に~?やっちまったな~!」なんてギャグはまだなかった。ましてや「シゲちゃん、ワイルドだゼィ~」なんてとても言えなかった。

そして、スティーヴが間に入ってくれて「マァ、マァ」となった。と、そこへジムがオーダーしたステーキが運ばれてきた。「オオ!これで助かる!ウマイものでも食えば機嫌もよくなるさ!」と胸をなでおろしたのもつかの間…「オイ、これはナンだね?」と皿の上の薄切りの肉を指して明らかにムっとしている。そう、ジムが食する「ステーキ」は最低でも厚さが3cm以上なくてはならないのだ!

「これでもステーキのつもりか?フン、史上最大の大惨事(Catastrophe)だな…そうだ、これは『タイタニック・ステーキ』っていうんだろう?フォッ、フォッ、フォッ!」…ガックシ…大量の冷汗。

雰囲気がさらに悪くなると思いきや、どうもこの自分の「タイタニック・ステーキ」の命名が気に入ったらしく、なんと上機嫌に戻ってる!皿の上の肉はたいらげなかったものの、笑いが戻って来た!

この後、ホテルのバーに移動し、18年もののマッカランを飲んで楽しく過ごすことが出来たのでした。翌朝、まだ「史上最大の惨事、タイタニック・ステーキ」って言ってはまだおかしそうに笑っていたっけ!

別の日には中華街へ繰り出した。マッカランの話し。ジムはとにかくこのスコットランドはスペイサイドで蒸留されるスコッチ・ウイスキーの猛烈な愛飲家なのだ。マッカランとハバナ産の葉巻は必須だった。

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さて、席に座る。「お飲み物は?」と当然なる。「マッカラン、いっちょ!」なんて言って簡単に出てくりゃ話しは早い。ここは中華料理店、出てくる道理がない。

…しまった!不覚!どっかの洋酒販売店で買ってくればヨカッタ!気が付かなかった~!オレとしたことがッ!…

すると私の優秀な部下がスックと立ち上がって「私、買ってきます!」と脱兎のごとく店の外へ飛び出して行った。30分も中華街中を走り回ってくれたであろうか?老酒はあってもマッカランなんてどう考えてもあるワケない。

その部下は汗だくで帰って来て…「スミマセンッ!見つかりませんでした!」と今にも責任をとって切腹しそうな勢いだ。ジムはそんな彼を見て「どうもありがとう、いいよいいよ、日本のウイスキーを試してみるよ…」とニコニコやさしく言葉をかけてくれたのであった。

かくして日本のウイスキー(黒くて丸っこいボトルのヤツね)の封は切られたが、私が観測した限りでは、ひとナメ程度したかしないか…。ああ、封開けちゃった…。

以上は以前にも公開した文章だが、生前のジムの片鱗を後世に伝えたいと思い加筆訂正のうえこのブログに再録した。

若かりし頃のジムにつきあった先輩達はビジネスの面で色々なことがあったことは想像に難くない。でも、私がおつきあいさせていただいたジムは、タイタニック・ステーキでハラハラさせられる程度で、本当に好々爺という趣きが強かった。当時のパートナーと楽しそうにじゃれていたのを思い出す。本当に楽しかった!

写真を入れたいのはヤマヤマだったのだが、案外残っておらず臍を噛む思いをした。その時は面倒だと思っても写真はこマメに撮っておくに限る。

<後編>は貴重な写真をちりばめてお送りする<海外編>です。

ありがとうジム・マーシャル!<前編>~I Remember Jim!

Shige Blog 2012年4月18日初出

突然やって来た連絡は仲良しのギタリスト、三宅庸介さんからだった。

何となく、本当に何となく「ピン」と来た。「ジムだな…」って。案の定、三宅さんから携帯に届いたメールはジムの逝去を知らせるものであった。

前の日の晩、ブログのバナーの件でデザイナーが家に来てくれて音楽の話しに花が咲いた。フランク・ザッパ、ザ・バンド、リトル・フィート、ジェントル・ジャイアント、とコロコロと話題が変わり、行きついた先は偶然ジム・マーシャルだった。ジムが歌った自主制作のCD『Reflection of a Man』に収録されているガーシュインの「S'wonderful」を聴きながら「ん~、ベルベット・ヴォイス~」などと話しをしていた。

まさに「虫の知らせ」。この現象は科学的にはまったくただの偶然として片づけられている…ことは知っていたが、この出来事を「虫の知らせ」としてただの偶然と片づけることができる人間は恐らくこの世にいまい。

ジェイムズ・チャールズ・マーシャル。イニシャルは「JCM」。彼がいなかったら今日のロックはなかったと言っても過言ではなかろう。

私はジムと仕事をすることができた最後の日本人として最高に幸せだと思っているし、そのことを誇りに思っている。

ジム・マーシャルの偉業はあらゆるところで触れているので、ここでは割愛することにして、晩年のジムとの思い出をここに認め、哀悼の意を表したいと思う。

はじめて生のジムに会ったのは1998年のことだった。私も若かりし頃、1959のハーフ・スタックの中古をゲットして新宿ロフトやら渋谷の屋根裏のブッキングの末席を飾らせていただいていたので、そりゃホンモノのジム・マーシャルにお会いすることができた感激は大きなものであった。

その時、ジムはJCM2000 TSLシリーズの発表会にデモ・バンドとともに来日したのであった。バンドのメンバーはギターがジェフ・ホワイトホーン(プロコル・ハルム)、ベースがジョン・キャリー(セッション・ミュージシャン)、ドラムがジョン・リングウッド(元マンフレッド・マンズ・アース・バンド)という面々だった。ジムは東京、名古屋、大阪とすべての発表会に出席し、熱心にバンドの演奏やデモンストレーションに聴き入っていた。その姿がマジメそのもので、やはりどんな分野であれ、歴史に名を残すような人の上に立つリーダーというものは威厳があると感じたものだった。

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そして、次にジムが日本にやって来たのは2000年、『マーシャル祭り』の時だ。 この時は、満を持して世に問うたValvestateの後継機種、AVT(Advanced Valvestate technology 2000)シリーズの発表会も兼ねていた。AVTは2203を彷彿とさせる分厚い歪みが売りのシリーズで、特にAVT50はザック・ワイルドが愛用していることで名器と謳われた。

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この時も発表会の後のショウをジックリと見てくれて、最後に出演者全員にマーシャル特製ウイスキーを贈呈してくれた。その時ジムが出演者のひとりであった王様の顔を凝視して、「君の顔には面白いものが描いてあるね!」と言ったのを忘れられない。

下の写真は打ち上げの時に撮影されたもの。同じく出演者のひとり、中野重夫とのワンショット。この時、シゲさんと2人で懸命にジムにお願いしたのを覚えている。「ジミ・ヘンドリックスが名をなしたのはロンドンでのこと。日本のジミ・ヘンドリックスをロンドンに呼んでくれんませんか!」と。

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最高に楽しい一夜だった!

シゲさんが過去にジムが来日した際、イギリス大使館でジムの前で演奏をしたことがあった。ジミヘンだけについ「アメリカ国歌」を弾きそうになったというが、寸止めしたらしい。危ないっつーの!

2001年10月、楽器フェアが開催され、前年に引き続き『マーシャル祭り2』が企画された。残念ながら前月の9月11日のテロ事件を慮り、ジムは来日をキャンセル。ジムが来れなかったのは残念であったが、時のマーシャルの担当者とジェフ・ホワイトホーンが来日し、幸いにも大成功をおさめることができたのであった。

そして、次にジムが日本に来てくれたのは2003年の楽器フェアだった。

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まさか、この時が最後の来日なろうとは夢にも思わなかった。

<中編>につづく

【お知らせ】Shige Blogが移転します

平素よりMarshall Blogをご愛読賜り誠にありがとうございます。

標記の件、Marshall Blogに先行すること6か月、2012年4月にスタートした姉妹ブログであるShige Blogは、現在Marshallの副教材的な存在として、また、Marshall以外の話題を掲載して現在に至っております。ご愛読いただいております皆様にはこの場をお借りして併せて深く御礼申し上げます。

さてこの度、諸般の事情により Shige BlogのURLを変更しました。新しいURLは http://www.shigeblog.biz  となります。

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この移転に伴い、Shige Blogに掲載していたMarshallに関する記事をMarshall Blogに引っ越すことに致しました。多数ではありませんが、更新のない週末に数本ずつ公開させていただきます。

Shige Blogの記事をすでにご覧いただいていらっしゃる方も多いかと存じますが、Marshallに関する記事をアーカイブ的に一本化したいという目的によりますことご理解願います。

さしあたりまして、ジム・マーシャルの思い出をつづった記事をこの後アップさせていただきます。

Shige Blogの方も徐々に整備を進めてまいります。その間、Marshall Blogからのリンクがうまく作動しないこともあろうかと存じますが、あらかじめご了承くださいませ。

今後ともMarshall製品、Marshall Blogを何卒よろしくお願い申し上げます。

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2013年4月19日 (金)

【号外】Hipgnosis、ストーム・ソーガソン(Storm Thorgerson)逝く!

ここに一冊の写真集がある。

イギリスのデザイナー集団、Hipgnosis(ヒプノシス)の作品集だ。

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高校生の時、何かの雑誌を見てこの『THE WORK OF HIPGNISIS 'WALK AWAY RENE'』の存在を知って、青山の洋書屋さんへ飛んでいった。もう何千回見たことだろう。表紙を覆っているビニールもはがれてきてしまった。

私はデザイナーになりたいと思ったことは人生でただの一度もないが、やっぱり格好のいい意匠は好きだし、どちらかといえばうるさい方かもしれない。ま、モノによるかな…。

とにかくHipgnosisの美しい写真とシャレたデザインやロゴ、レイアウトが大好きだった。これはデザインもさることながら、そこから聞こえてくるようなブリティッシュ・ロックの芳香に酔っていたのかも知れない。

南ロンドンのバタシー発電所を教えてくれたのもヒプノシスだった。私はジャケ買いは滅多にしないが、ヒプノシス作品だけは別で、今でも「ま、ヒプノシスだから買ってもいいか…」なんてことをやっている。正直ヒプノシスのジャケットだからと言って特段内容がいいワケでは決してないんだけどね。

青春時代に心ときめかせたレコード・ジャケットを制作したHipgnosisの中心人物が逝ってしまったのだ。

ますますブリティッシュ・ロックがヤバくなった…。

追悼の意味を込めて好きな作品ベスト10でも記しておこうかと思ったが、好きなものがあまりにも多すぎてできなかった。代わりにMJG(Music Jacket Gallery)の『ヒプノシス特集』を改編して別途掲載し、哀悼の意を表したいと思う。

<おまけ>

久しぶりにヒプノシスの写真集を引っ張り出して広げたらこんなものが出てきた。なぞなぞ商会の新聞だった。こういうものは場所を取らないので取っておくに限るね。1981年の発行。32年前、渋谷の屋根裏に出演した時に配られたものであろう。

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QUEENS OF NOISE IN TOKYO その3~RAJAS

さて、TAKAEITA、KRUBERABLINKAと続いたこのコンサート『QUEENS OF NOISE IN TOKYO』もいよいよトリを迎える。

RAJASの登場だ!

会場にはRAJASのロゴをあしらったシャツを着ているファンも目立ち、その相変わらずの人気の高さがうかがえる。

この会場こはプレスピットがないため、客席の後ろの方に脚立を立ててそれに乗って撮影することが多い。もちろん、後ろのお客さんが見えなくなってしまうので、お願いをして視界を遮らせていただいている。

この時も、後ろの女性にご挨拶をしたが、声掛けついでに「どちらのファンの方ですか?」と尋ねたところ「ラジャスです!」と声高らかに答えてくれた姿がすごく可愛かった。本当にRAJASのショウを楽しみしてる!という感じ。お邪魔してスミマセンでした!あの時撮った写真が今日掲載されています。ご協力ありがとうございました。

RAJASの結成は1980年。正直に言っておこう。失礼ながら、実は私はRAJASを存じ上げなかった。RAJASがファースト・ミニ・アルバムを1984年に発表した時にはロックに飽きてジャズに夢中になっていた。

「ロックに飽きた」というのはパンクだの、テクノだの、ニュー・ウェイブだの、切っても切ってもそんなんばかりだったのと、いつもここで書いているようなハード・ロックが急速にポップ化し、ロック本来が持っていたハズの牙や刃のようなものが見受けられなくなったように感じたからだ。

ロックがつまらなくなったから、それを打破するためにパンクやニューウェイヴが出てきたとされるのが一般論だが、私にはそうして出てきたロック自体がつまらなかった。

そこへいくと、当時で30~40年も前に隆盛を極めた「ジャズ」は新鮮だった。何が何だかわからなかったが、とにかくカッコよかった。かれこれ30年近く聴いてきたが、いまだにサッパリわからない。だからいまだにオモシロイし、まったく飽きることがない。

それと最近は同時に懐古趣味も手伝ってか、70年代のブリティッシュ・ロック・サウンドを基調としたロックを希求する傾向が強くなった。これは昔からマーブロをご覧になっていただいている方にはよくおわかりのことだと思う。

そこで初めて接したRAJAS…これがヤケクソによかった!チッ、もっと昔から知っとけばよかった。♪I should have known better with the band like Rajasだったのサ。

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メンバーは…

森川邦子

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後藤晃宏

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遠藤コースケ

40v

七條義則

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福村高志

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RAJASは2013年4月、つまり今月、9年振りとなる新作、そして再結成後初のフルアルバム『MOTHER OF THE EARTH』をリリースした。
これが、またハードさとポップさがいい塩梅にミックスされた実に素晴らしい出来なのだ!

昔を知らない私が言うのもなんだけど、「SPACE HERO」、「WORLD OF LOVE」、「あなたがいたから」あたりの曲は他のバンドにはない自然なポップさと女性ボーカルの強みを大変上手に生かしたRAJASならではの佳曲だと思う。もちろん他のへヴィな曲やバラードも聴きごたえ十分。スキ。

Rajas

ステージはというと、このニューアルバムの曲が中心に演奏される…かと思いきやそうでもなく、アンコールを入れた全9曲中の3曲が『MOTHER IF THE EARTH』から選曲された。

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つまりファンにはおなじみの曲もキッチリと演奏された充実のプログラムだったというワケ。

オープナーは「STRAIGHT FIGHTER」。

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ギター陣はふたりともMarshallだ。

今日は5人のギタリスト全員がMarshall。お客さんもドップリとMarshall浴をしてもらった。これが本当の「マー風呂」。これ前も使ったかな?

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やっぱりこうした伝統的にしてカッコいいロック演る時はどうしてもMarshallのギター・サウンドでなきゃダメだね。Marshallからは図太いギターの音だけじゃなくて、そういうカッコいいロックの空気もジャンジャンでているから。

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そして3曲目にはニュー・アルバムから「REAL」。アルバムに収録されているのは2曲目になるが、『MOTHER IF THE EARTH』には「Venus & MARS」という序曲的なインスト曲が最初に入っているためこの「REAL」が1曲目のような存在になっている。つまり自信作だ。

こうしたコンセプチュアルなアルバムもCDがなくなってしまえば二度と味わうことができなくなってしまう…。(またコレだ…)

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イントロと中間のツイン・リード・パートがタマラン!この手のツイン・リードはいいナァ。歌えるメロディを2人で朗々と奏でる…これも70年代ロックの象徴的パフォーマンスだ。あと70年代といえばメロトロンね。

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引き続いてニュー・アルバムのタイトル・チューン「MOTHER OF THE EARTH」。これもツイン・リードの旨みを活かしたドライビング・チューン!

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鉄壁のリズム隊が炸裂する。

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福村さ~ん!イヤ、今日はババチャンと呼ばせてもらいましょう。

ババチャンとはMarshallを通じて案外長いおつきあいをさせていただいいている。

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初めてお会いした時、「元RAJASのドラマー」と聞いてもピンとこなかったのは正直なところで、理由は先に述べた通り。その時は演奏家ではなく裏方仕事をされていた。今にして思うと結構いろんなことやらせていただいたナァ。どう考えても不釣り合いなミュージシャンのステージに強引にマーシャルの壁を作ってもらったりしてね…。いつも楽しかったな~。

プレイ自体は他のバンドで拝見したことがそれがこんなにすごいバンドのドラマーだったとは!

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ババチャンの超ド級の重量プレイはルックス通り!

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そして、スティックを離せば爆笑MC。人気があるワケだ!

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そして、アルバムのテーマ的地球賛歌(と勝ってに解釈している)「STARCHILD」を熱唱。とても印象に残ったパートだ。

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「LIAR」、「SHOCK!」といったおなじみの曲も演奏し、ファンを大いによろこばせた。

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軽快なアクションも大きな見どころのコースケさん。

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パーフェクトなプレイの傍ら豪快にワイン・ボトルをあおり続けた後藤さん!「この人がこんないい曲作るなんてね~」と言われてしまい、会場は大爆笑!

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アルバムでも素晴らしいギター・サウンドで臨んでくれたギター・チーム。レコーディングでもMarshallを使ってくれていると願うが、ステージではふたりともガッチリと最高のMarshllサウンドを聴かせてくれた。 最高のギター・コンビだ!

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こうしていいバンドを見るとホントに思うね「この星に生まれて」ヨカッタって!

「SPACE HERO」 聴きたかったナァ~。

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RAJASの詳しい情報はコチラ⇒RAJAS OFFICIAL WEB SITE

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そしてアンコール。

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アンコールはRAJASに赤尾和重とTAKAEが合流する形で演奏された。

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また2対1と世代の異なる3人の爆笑MCがうれしい。

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曲はRAJASの「ROCK WITH YOU」。

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大先輩2人に挟まれてもまったくものおじしないTAKAE。堂に入った歌いっぷりがすでに大物!

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イヤ~、三者三様、実におもしろいコンサートだったな~。アッという間に終わっちゃった!

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このイベント、「女性ボーカル大集合」の趣きで企画されたワケだが、最近は本当に本当に本当に女性ミュージシャン、女性バンドの活躍が目覚ましい。バンド・コンテストも女性の出場者が当たり前でパワフルな演奏を見せてくれる。

30年ぐらい前に比べるとプロ、アマ合わせたロック・ミュージシャンの男女比率ってどれくらい変わったかね?99.8:0.2が60:40とか?今度こんな話をCazさんとユックリしてみたい。

昔はギターでもドラムでも男性が演奏して、女性がキャーキャー騒ぐのが相場だった。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」って『土佐日記』だっけ?それが今では総・紀貫之状態になった。

女性プレイヤーの演奏技術も著しく向上した。それに加えて一般的なロック自体が軟弱化、草食化、無毒化、女性化しているせいか、相対的に女性のバンドが凛々しく、骨太で、そして力強く見える。こう思っているのは私だけだろうか?

そうしてロック界に女性が深く進出できるていのは、Cazさんや森川さんのような偉大な先人がいたからこそだと思う。そして、そうした歴史を作った偉大な先人たちには偉大な音楽があったことを忘れてはならないだろう。今日に残る、もしくは連綿とその系譜がつながるような偉大なロックを聴き、そして自分たちでクリエイトしたという努力と時代的チャンスがあった。

こんなことはあり得ないし、考えても意味のない偏った考え方なのだが、もし、今の音楽シーンをそのまま30年前に持って行けたとしたら、そこで活躍したミュージシャンはその30年後には誰ひとり残っていないのではなかろうか?

性の別なくとにかく改めて「いいものはいい!」ということを感じいった。ああシアワセ…。

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『QUEENS OF NOISE IN TOKYO』他の記事は下をクリック!

KRUBERABLINKA

TAKAEITA

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(一部敬称略 2013年3月20日 目黒鹿鳴館にて撮影)

2013年4月18日 (木)

QUEENS OF NOISE IN TOKYO その2~KRUBERABLINKA

いいですか?「ロック」ですよ、「ロック」。質問をひとつ…

いわゆる「ロック」のボーカルと言われてあなたは誰を頭に思い浮かべますか?

ロバート・プラント?イアン・ギラン?カヴァーデイル?ロッド・スチュアート?スティーヴ・マリオット?ロジャー・ダルトリー?ロニー・ジェイムス・ディオ?…ディオをのぞいた他が全部イギリス人なのは私がアメリカンよりブリティッシュ・ロックを好むからだし、ロニーもイギリスのバンドにいたワケだから全部イギリスだ。そして、彼らにはイギリス以外の共通項がある。

それは「男性的で野太い声」だ。まさかラ・ムーのボーカルがロックっぽいとお思いの方はいないであろう。

「ロックが歌謡曲化した」時代がかつてあったが、今では「歌謡曲がロック化」したんだね。「バンド=ロック」だとして、テレビにでているバンドの形態をしている人たちのボーカルの声は我々が知っている「ロック」の声ではないでしょう。思いっきり女性の声で歌っている男性ボーカルもいるもんね。ま、それも個性といえばそれまでなんだけど…。少なくとも「ロック」とは言い難いだろう。

昔は先に挙げたボーカル・グレイツのような野太い声が出ない人はボーカリストにはならないもんだったよね。そういう人はフォークを演ってた。

私は小学校の音楽会の時、クラスを代表して「エーデルワイス」を歌った。歌がうまいということよりも、ま、声がデカくて元気がよかったということなの、たぶん。でも、ロックを聴くようになってからは歌はやめたね。だって、自分の声はロックを歌う資格のない細い声なんだもん。それにギターの方がおもしろいと思ったし。サラリーマンやめてからすっかりカラオケもやらなくなった…ま、元から好きじゃないけど。

それと最近のボーカリストで目につくのは、めったやたらのハイトーン。「とにかく速ければいい」というギターの速弾き合戦みたいに、、とにかく声が高ければいい…みたいな。ケヴィン・エアーズはどうすんのよ?でもあれでもカッコいいロックだぜ。

ま、どう歌おうが、どうロックをやろうが、大きなお世話なんだけどね。でもね~。

野太い男性的な声とカッコいいギター・リフにソロ…ギターの音はマーシャルだ。ステレオタイプなどと思わないでいただきたい。これはロックのひとつの揺るぎない「定義」なのだと思っている。

『QUEENS OF NOISE IN TOKYO』の2番目のバンドはこの「定義」のかたまりだ!皮肉なことに男性的な素晴らしいボイスは女性によるものだが、定義自体が曲がることはない。この素晴らしいロックの声を持ったシンガーのバンドを堪能していただきたい。

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赤尾和重率いるKRUBERABLINKA(クルベラブリンカ)。マーブロでは昨年10月の東京キネマ倶楽部でのライブのレポート以来2度目の登場だ!

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KRUBERABLINKAは今年2月にニュー・アルバム『Kaizu』を発売したばかり。

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地元関西ではレコ発のライブを開催した。キネマではシレっと『Kaizu』収録の新曲を演奏したが、東京ではこれが現実的にアルバムお披露目ライブのようなタイミングとなった。

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赤尾和重

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鈴木広美

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山崎浩一

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泉谷賢

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片岡祥典

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この5人がKRUBERABLINKA!

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私はこのバンドがオープニングSEに使っていたヌスラット・ファテ・アリ・ハーンが大好きなんだけど、今回は模様替えでカッワーリー(パキスタンの宗教音楽。これを聴きながら興奮してあの世にいくのが最上のシアワセとされる)ではなくなったいた。

1曲目は『Kaizu』の1曲目、「宇宙は滾(たぎ)れ」。漢検準1級ぐらいの問題に出てきそうな「滾る」。ま、私は難なく読めたけどね…。歌詞がスゴイことはShige Blogにも記した通り。

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昨年のキネマでも演奏されたアップ・テンポのキラー・チューンだ。

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ノッケから気合が入りまくりの大ロック・スペクタクル!

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独特なギター・リフとツボを押さえたシャープなギター・ソロが魅力の広美さん。

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今回はDSL100Hと1960Aコンビネーションだ。

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冒頭でもちょっと触れたが、こうしたロックの鏡のような音楽にはマーシャルから繰り出されるギター・サウンドが一番しっくりくる。

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2曲目はファースト・アルバムから「だれも」。

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「誰もいない」のリフレインが印象的なへヴィ・ブギ。

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MCをはさんで『Kaizu』から「エナメル」。いいハード・ロック・バンドの作品には必ずあるであろうスローなへヴィ・チューン。

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へヴィといえばこのリズム隊!

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今回はベース・ソロはなかったが、山崎さんの存在感の大きいストレートなペース・プレイがバンドのサウンドを引き締める。

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そしてポンちゃんのクリスピーなドラミング。

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この2人が化学反応を起こし、KRUBERABRINKAを重金属に仕立て上げるのだ。

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アレ?っと思った方も多いことだろう。そう、メンバーが変わったのである。

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ナント、ロック・キーボードの人なんだろう!「ロックのオルガンはこう弾くんじゃい!」と言わなかったが、言ったも同然。こういうキーボード・プレイヤーがいるとバンド・サウンドは俄然分厚くなる。

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みんな聴きたいギター・ソロもバッチリきまる!やっぱマーシャルって音抜けが素晴らしい!

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4曲目はファースト・アルバムから「砂山」。

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ここはジックリ、シックリのCazさんの聴かせどころじゃい!

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続いて広美さんのギター・ギター・ソロ。

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またまたキマった!

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そのまま『Kaizu』の4曲目に収録されている「帳」。

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これもいかにもKRUBERABLINKAらしいアップ・テンポの重要曲だ。

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B音連発のシンプルにしてインパクトの強いリフを持つ『Kaizu』のタイトル曲「Kaizu」。

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「♪心の声をもっと叫ぼう」と歌い上げるCazさん。アルバムのタイトル・チューンだけあってとても印象的な曲だ。
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いつも楽しそうにベースを弾いている山崎さん。

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残すは最後1曲。

当然、「Don't be so Mad」!これが来るとわかっていてもつい興奮しちゃうね!ファースト・アルバムのオープニング。5人が一体となってこの疾走感あふれるKRUBERABLINKAの代表曲を奏でる姿には誰もが圧倒されてしまう!

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今日は50分の持ち時間でちょっと物足りませんな。聴きたい曲がまだまだあったんよ、「太陽」とか「業火」とか…。ニュー・アルバムからは「野ばら達へ」も聴きたかった。

イヤイヤ、ガマンガマン。次回の東京でのワンマンあたりまで2枚のアルバムを聴いておとなしく待つことにするとしよう。

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ロック、ロックした秀逸な曲と確かな技術に裏打ちされた完璧な演奏。非の打ちどころのないステージ・マナー。やっぱりKRUBERABLINKAは「ハードロックなんたるか」を定義づけんとする見応えのあるステージだった。

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そんな素晴らしい曲と演奏をそのままパックしたニュー・アルバム『Kaizu』…是非聴いてもらいたい。

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ホラ、Cazさんも言ってる…「メッチャ、ええで!アメちゃんいるか?」って!

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KRUBERABLINKAの詳しい情報はコチラ⇒KRUBERABRINKA facebook

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赤尾和重の詳しい情報はコチラ⇒kazue akao official website

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(一部敬称略 2013年3月20日 目黒鹿鳴館にて撮影)

2013年4月17日 (水)

QUEENS OF NOISE IN TOKYO その1~TAKAEITA

本格派?正統派?王道派?実力派?…どういう言葉で形容していいのかわからない。全部あてはまるし、全部物足りない感じだし…。

とうにかくそういう感じが詰まりに詰まった女性ボーカルを要するバンド、3組が集まったライブが開催された。名づけて『QUEENS OF NOISE IN TOKYO』。

出演は元時空海賊SEVEN SEASのEITA率いるTAKAEITA。赤尾和重のKRUBERABLINKA。そしてRAJAS。KRUNERABLINKAを除いては双方マーブロ初登場だ。

前後編の2本立てでお送りしようかと思ったが、写真の量も多く、レイアウトも思うようにいかなかったので、もう1バンド1回ずつの記事に仕立ててみた。

加えて主演ギタリスト5人、全員Marshallだ。ちょっとした「Marshall祭り」を楽しんでいただければ幸いである。

今日はトップバッターのTAKAEITAの出番。

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TAKAEITAはその名が示すように、TAKAEと…

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EITAのユニット。

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それにバンドがくっついているという格好だ。

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イヤ~、ひっさしぶりだナァ~EITAちゃん!

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パワフルなシンガーと組んでとてもいい具合にギターをプレイしていた!

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またバンドがうれしいメンバーなのよ。

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ドラムがMajyu-Lee

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ベースはたつほわ

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そして、 YO-。

最近のミュージシャンはいろいろと名前の表記がバラエティに富んでいる!

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冒頭に書いたように、やはりTAKAEITAもTAKAEの歌うメロディを重視した正統派ロックサウンド。

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太くエネルギッシュなTAKAEの歌がバンド・サウンドをリードする。

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激情的に…

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時に感傷的に…

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緩急メリハリのついた歌いっぷりが魅力的だ。

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相棒のEITAちゃん。

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根っからのMarshallプレイヤーだ。

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こうして見ると彼女とも結構古い付き合いをさせてもらっていましてね~。クリニックなんかよくやったナァ。大阪まで行ってやったりもしたもんね。

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ギターの腕前は相変わらずで、十分にテクニシャンぶりを見せてくれた。

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そしてもうひとりのギター、Yo-くん。

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彼も久しぶりにご一緒させてもらった。Light Bringerのサポートをした時以来か…?

彼も長い付き合いだ。YO-くんは以前はMarshall以外のアンプを使っていたが、JVMが発売となった時にMarshallに切り替えてくれた、日本でももっとも古いJVMプレイヤーのひとりといえよう。

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流麗なシュレッディングは相変わらず!

ふたりとも7弦なんだね。

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そしてたつほわ(将軍)も昔からの仲間。

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彼が完全に昔の出で立ちのままステージ上がっているのはうれしかったな。彼もテクニック系のベーシストで、ところどころそのテクニシャンぶりを見せつけてくれた。

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そう、みんな海賊の残党なんだね。…なんていいうと物騒か…。もちろん時空海賊SEVEN SEASで活躍していたメンバーだ。

ギターのふたりとはずいぶん色々やったんよ。なつかしいな~。うれしいな~。昔の仲間ってのは実にいいもんだ、ウン。

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出番の中ほどではキーボードとのデュエットも披露された。

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しっとりと歌いこむTAKAEちゃん。

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そうだよ、そういえばEITAちゃんはピアノ出身だっていってたな。だからギターのタッピングが楽にできるのだ!

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そして後半はバンド一丸でドーン!

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曲を重ねるごとにエキサイトぶりが増加していくTAKAEちゃん。

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もちろんバンドさんも負けてはいないゾ!

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2人の仲はピッタリ!

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SEVEN SEASの頃は「よくそれだけ動いて弾けるナァ」というぐらいステージ狭しと飛び回っていたEITAちゃん。

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エキサイティングはギタープレイはまったく昔のままだが、いい意味で貫録が出た感じがするね。これがまたマーシャルの太いサウンドと絡み合って実にいい感じだ。

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しばらく会わないうちにスッカリ成熟の域に達したEITAちゃんのギター。これからもパワフルな活動に期待している…と思ったらグッドニュース!

来る6月14日、【EITA PARK 2013 ~時空海賊再集結&TAKAEバースデー~】というコンサートが同じ目黒鹿鳴館で開催される。つまり、時空海賊SEVEN SEASの再結成だ!Pure Marshallだ!

以前、SEVEN SEASの活動が止まってしまったときに「なんで~」と残念がる声をずいぶんと聞いたからね。これはファンよろこぶでしょう。私も息子連れて取材に行っちゃおうかな~!

タイトルにあるようにもちろんTAKAEITAも出演する。それにしても『EITA PARK』なんていい名前つけたね~!がんばれ!

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EITAの詳しい情報はコチラ⇒EITA Web

TAKAEITAのMy Spaceはコチラ⇒TAKAEITA MYSPACE

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つづく

(一部敬称略 2013年3月20日 目黒鹿鳴館にて撮影)