犬神サアカス團:堕天使のブルース<前編>~私の谷中墓地(その18)
去る2月22日、「2ゾッキ」の犬神サアカス團の単独公演は『堕天使のブルース』と題された。
この日の屋台村のようす。
何やらビンテージ系のアイテムが復刻を遂げ、ゾロリと並んでいる様子はとても賑やかだ。
いつも通り上演中の注意事項がアナウンスされ、客電が落ちて「アガス、アガス、アガス」。
んん?
ステージはナンカいつも通りじゃないな。
ナニが違うんだろう?
そして犬神サアカス團登場!
「皆さん、こんばんは!犬神サアカス團です!」
あ、わかった!
ステージに幟が立っていないんだ!
バックドロップもないぞ!
犬っこの皆さんならご存知の通り、コレがいつもの様子。
ずいぶん雰囲気が違うもんだね~!
マァ、気にしない、気にしない。
「天誅~!」
1曲目に「天誅」を持ってくるというこれまでにないパターンで『堕天使のブルース』は幕を開けた。
犬神凶子
犬神明
犬神敦
ONOCHIN
景気よくハードにブチかますドライビング・チューン!
ONOCHINもノッケから台に乗ってソロをキメていると…
ああ~!弦が切れた~!
ナニかの天誅が下ったのか?…ってなこととは全く関係なくONOCHINは平然とソロを弾ききった。
「レッツ・ゴー!」
続けざまに「桜散る中」。
連続してのノリノリ・ナンバーに会場の熱気が一気に増す!
ONOCHINはギターを持ち替えてシャープなソロを展開した。
ギターの音を出しているはもちろんMarshall。
今日は「JCM800 2203」と「1960A」。
それにエフェクト音用で1x12"コンボの「ORIGIN50C」を使用。
「どうもありがとう!
さぁみんな、ココはMCの時間です。座って体力を温存してください。
元気いっぱいの子は立ったままでお願いします。
改めましてこんばんは!犬神サアカス團です!
今年一発目のライブというワケで、明けましておめでとうございます」
「新年一発目のライブ…兄さん、タイトルがなんかあるんでしょ?」
「今日はね、『堕天使のブルース』…コワ~い。
我々、堕天使代表ということで。
堕天使代表なんだけどアップテンポの曲が多くて、今チョットやり過ぎちゃって…」
「大丈夫?」
「全然大丈夫だよ。
ところで最近、血圧計買ったんですよ。
血圧を計ると普通より高いんだな…っていうことに気が付きましたよ。
でもオレらの年代だよ。高くても普通…150なんて普通だね。
マァ、そんな堕天使ですから」
「今年32年目でMCで血圧の話をするようになったんだよ。スゴイよ。
白く塗ってるから年齢がわからないからね。35歳くらい?
堕天使って年を取らないけどさ。
とにかく新年一発目なので、パーッと盛り上がっていきたいと思いま~す!」
しかし、「150」は高いでしょう?
高血圧って放っておいてナニかやっちゃってからでは取り返しがつかないからネェ。
私は結構厳重に管理しています。
そしていつもの口上。
「今宵お目にかけますは…犬神一座の大サアカス
どうかひとつ最後まで(♪ジャン)
最後まで(♪ジャン)
最後まで(♪ジャン)」
最後まで盛り上がっていくぜぇ~(♪ジャ~ン)」
「さぁ~新年一発目!
イヤなアイツのことを頭に思い浮かべてみよう!」
「はい!♪死ね、死ね、死んじまえ!」
「自殺の唄」で盛り上がろう!
「♪死ね、死ね、死んじまえ」
「♪死ね、死ね、死んじまえ!」
「♪死ね、死ね、死んじまえ!」
歌っていることは相変わらず物騒だけど、この曲ってすごくカッコいいよね。
「自殺の唄」の後は自殺にまつわる話。
前回は有名な「厳頭の感」の藤村操をやった。
今日紹介するのも文学関係。
でも入り口は映画から。
下は名優の誉れ高い「森雅之」。
「名女優」の代名詞で、数々の作品で森さんと共演した高峰秀子が「森さんは演技が上手すぎてコワい」みたいなことを言った…というのは古い映画ファンの間ではよく知られているところ。
代表作を挙げればキリがないが、泣く泣く強引に3つほど挙げれば、1947年の吉村公三郎監督の『安城家の舞踏会』、1950年の黒澤明の『羅生門』、1953年の溝口健二の『雨月物語』あたりか?
イヤ違うか?…というぐらい多くの名作で名演を残した。
私も森さんが出ている映画を結構観たけど、ゼンゼン違う役どころを本当にその登場人物になりきって演じているのは驚嘆に値する。
あまり人の口の上らない1956年の『愛は降る星のかなたに』という、森さんがゾルゲ事件の尾崎秀実(ほつみ)を演じた作品なんかすごくヨカッタなぁ。
ゾルゲ、知ってるでしょ、ゾルゲ?
開戦直前、「フランクフルター・ツァイトゥング」というドイツの新聞記者を装って日本政府の要人に接近し、「日本は北上せずに南下する方針」という情報を母国に送ったロシア人スパイがリヒャルト・ゾルゲ。
ソ連は西の方でドイツと悪戦苦闘を続けていたので、もし東から日本に攻め込まれたら一巻の終わりと心配していたワケ。
このゾルゲの諜報活動に協力していたのが尾崎秀実。
裁判の時、最初に判決文が読み上げられ、ゾルゲは傍らの通訳(東京外語大の先生)にその内容を尋ねた。
通訳が死刑判決が出た旨を告げると。まったく動揺する様子を見せず「ふふん」とだけ言ったそうだ。
2人は1944年11月に巣鴨拘置所で処刑された。
ゾルゲは遺体の引き取り手がなく、無縁仏として雑司ヶ谷墓地に葬られた。
話を戻して…この森雅之さんのお父さんという人が『或る女』、『カインの末裔』、『生れ出づる悩み』などの作品で知られる「有島武郎」なのだ。
有島は夫がいる波多野秋子という「婦人公論」の美人記者と不倫関係に陥り、2人で軽井沢の別荘に赴き縊死を遂げた。
隣接する三笠ホテルの従業員によって死体が発見されたのは約1か月後で、2人の遺体は蛆だらけだったという。
もちろんこんなことは美談であるハズもなく、有島が師と仰いだ「内村鑑三」は、この事件を支持する友人は絶交を、また弟子は師弟の関係を絶って欲しいと断罪したそうだ。
事件は大正12年6月、関東大震災の3か月前のことだった。
ちなみに山本直純も有島家の血縁だった。
さて、次は明兄さんのセカンド・ライン風のドラムスから。
もちろん明さんのドラム・キットはNATAL(ナタール)。
シェルの材質はアッシュで13"、16"、22"というコンフィギュレーションだ。
「天変地異」は結構久しぶりかな?
凶子姉さんはタンバリンを片手に身体を揺らして声を張り上げる。
そして「死にたくない!」。
「死ね!」って言ったり「死にたくなかったり」で忙しいことです。
山本夏彦先生にはこんな本もありますからね。
続いては「花嫁」。
猛進するドラムスと…
ベース。
ロマンチシズム溢れる歌詞と魅力的な歌のメロディ…
そして密度の濃い演奏。
やはり名曲である。
「これからMCをします。
疲れている人は座ってください。
最初に言った通り今日は新年一発目のライブです。
ということは今年の抱負をまだみんなに伝えてないから。
今日の全員MCのテーマは『今年の抱負』にしたいと思います」
いつも通りまずは敦くんから。
「皆さん、明けましておめでとうございますッ!
ボクの今年の抱負は約10日前に決まりました。
それはナニかと言うと…その日はレタスを切っていたんですね」
「猫の手をしていなかったものですからザクザクザクって。
パックリやっちゃいまして、血がメッチャ出たんですね。
今は痛みはあんまり感じていないんですが、怪我をしてしまった時に頭をよぎったのが『10日後にライブがある!』ということで、気を付けて包丁を使わなかった自分を悔いました。
そして他人に迷惑をかけてしまうことに対して反省しました(泣)」
「辛くて胸がいっぱいになりまして、今年はナニをするにも気を付けて、丁寧に生きていきたいと思いました。
つまり、なにをするにも丁寧に生きていきたいと言うことです」
「2回言ったね?
お外に出ずにおウチで静かにしているタイプなのにケガをするなんて…家の中も危険ってことだね。
ズッと寝てれば?危ないから。
だってベース弾いてもらえないのが1番悲しいじゃない?
さぁ~、新年なのでナニを演りますか?」
「チョットしっとりといきたいですね」と明兄さんの口添えがあって「路上」。
とても好きな曲。
前回演った時に聴き逃してしまったので今回聴くことができてうれしい。
ドラマティックに曲を彩るONOCHINのソロもステキ。
そして、やっぱりサビのメロディが素晴らしい。
続けて…コレは最近ご無沙汰だった。
『地獄の子守唄』から「青蛾の群」。
重苦しい雰囲気のワルツ。
しかし、対位法的に凶子さんの美しい歌声が曲によくマッチする。
明さんの打ち出すリズムも深い。
しかし、考えてみると犬神サアカス團のレパートリーはおっそろしく幅広いよね。
「さぁ、次のメンバーMCは、ONOCHINさんの抱負を訊いて聞いてみたいと思います。
今年の抱負をお願いします」
「こんばんは、ONOCHINです。
今日はたくさんのご来場ありがとうございました。
今年の抱負はですね…この間、明さんに『チョットこれ見て』って言われて、AIで作ったバンドのYouTubeを見せてもらったんですよ。
コレがいいんっスよ。
いいんだけど、ナニか足りないと思って…ナンだと思いますか?
みんなで話し合った結果、ココ(胸を指す)じゃないか?って。
そう、ハート。心ですよ。
こんなロマンティックなこと言うんだな、オレって」
「最近は競馬の予想にもAIが入り込んでいて、お馬さんの過去のデーターを全部分析して、次の何千メートルのレースに出た時、恐らくこれぐらいの確率で入るんじゃないか?みたいな予想をしてくれるんです。
さんざんハートが足りないとか言っておきながら、ボクはサブスクで500円を払ってそれを買ってるワケですよ。
コレが結構当たるんですよ…でもそれじゃダメなの。
ナンでかって言うと、『お金儲け』じゃないんですよ。
自分で予想した馬が来ないことにはツマらない…結局ハートなんですよ。
皆さんにご馳走するほどの額はまだ当たってないんですが、またこの間みたいにド~ンときたら振舞いますから!
今年は2回やります。
こんな抱負でいいですか?」
「スゴいね。難しいね。AIを取り入れている?
未来は想像つかないけどナンかオモシロイことをやりたいね。
じゃチョット未来を見てみる?」
犬神サアカス團の「未来編」は明兄さんのドラムスから。
凶子姉さんがONOCHINと向き合って歌う「東京2060」。
この曲が同名のアルバムに収録されて出て来たのは2018年。
もうアレから6年も経っちゃった!
「2060年なんてアッという間よ」という想いを込めて凶子姉さんは歌っているに違いない。
あと34年か…この曲の歌詞が現実になったかどうかを見届けられそうなのは凶子姉さんと敦くんぐらいだな…。
その時には「そういえば30年以上前、Marshall Blogなんてのがあったネェ。
アレはオモシロかったネェ」…なんて話をしてもらいたいものだ。
続けて「犬神サアカス團の未来編」をもう1曲。
明兄さんの未来へのイマジネーションが広がる「代理懐胎生物」。
やっぱり「♪サーカスの幕が上がる」のパートがすこぶる魅力的だ。
ONOCHINは台に乗ってハートを込めたソロを弾き切った!
コレもとてもいい曲ね。
「最新型アンドロイド!」と凶子姉さんが次の曲のタイトルを叫ぶと客席から大きな歓声が上がった!
まるで組曲のように演奏する「未来シリーズ」の最終曲は犬神サアカス團にあっては比較的珍しいスカ・ビート。
この強力なリズム隊ならどんなリズムもお茶の子さいさいだ!
曲は2005年の『スケ番ロック』に収録された旧作だが、このメンバーで演奏するのは今回が初めてというシロモノ。
20年以上前に作られたスケールの大きな未来巨編。
まるで『火の鳥』の1巻から6巻までを1曲に詰め込んだような内容ではないか!
オリジナルの音源の歌の録音では、当時禁じ手と言われていた音程をデジタルで矯正する手法を故意に用いて歌がケロケロと聞こえる独特の効果を生み出した。
Perfumeがやっているようなヤツね。
そう!明兄さんはPerfumeより先にコレを取り入れていたのだ!
コンパクトなギター・ソロがまたシブいね。
曲はツイストっぽくなって…ドヴォルザークのところなんてどうにもウマい!
しかしうれしいね、ドンドンとレパートリーが増えて。
犬神さんには死ぬまでロックできるほどのネタがまだまだ十分にあるハズだ。
いつか音源に残されている全ての曲をブッ続けで再現する一大ライブを企画して欲しい。
<後編>につづく
☆☆☆私の谷中墓地(その18)☆☆☆
当然のことながら谷中の墓地はまだ完全な冬景色。
コレがもうチョットすると桜が咲き乱れてこの「さくら通り」は美しいことこの上なくなる。
もちろん隣の上野ほど立派ではないけれど、道幅が狭いので桜が覆いかぶさるようになっている下を歩いて回るのが楽しみだ。
今日はさくら通りの右側の乙地区の3号のエリアから。
明治の女流歌人、「中島歌子」のお墓。
歌子は「萩の舎(はぎのや)」という和歌と書を教える私塾を運営し、多くの門人を抱えた。
コレが歌子さん。
歌子は水戸藩士の林忠左衛門とラブラブになって結婚したのは良いが、水戸藩のガチガチの尊王攘夷派が結集した「天狗党」に参加したため連座して投獄されてヒドイ目に遭わされたこともあった。
「天狗党」については吉村昭先生の『天狗争乱』という本を読めばいいでしょう。
さて、ココで大脱線。
コレは小石川にある夏目漱石の小説にも出て来る「伝通院(でんづういん)」という名刹。
葵の御紋があるように徳川家ゆかりの寺院だ。
境内に入るといきなりの親指の像。
コレは指圧師の浪越徳次郎の「指塚」。
1940年、浪越さんはこの近くに日本で唯一の指圧の専門学校「日本指圧専門学校」を開校した。
コレが浪越徳次郎。
「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」と、昔はよくテレビに出ていた。
何せこの親指でマリリン・モンローをマッサージしたっていうんだからスゴい。
そしてその親指2本で学校まで作っちゃった。
もちろんお墓は伝通院にある。
さすがの名刹だけあって伝通院には有名人のお墓がいくつかあって、例えば「堺屋太一」。
コレは詩人/作家の「佐藤春夫」。
「柴田錬三郎」のお墓も伝通院。
それからコレは「清河八郎」のお墓。
清河八郎は壬生浪士、新選組、新徴組の前身である「浪士組」を作った人。
そしてその浪士組は伝通院の敷地内にかつてあった支院「処静院」で結成された。
言ってみれば新選組はココからスタートしたというワケ。
それどころか「彰義隊」も伝通院で結成式を執り行ったという。
下はその処静院に建てられていた石柱。
「不許葷酒入門内(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」というのはニンニクとかニラのようなニオイのキツイ野菜や酒の持ち込みは許さない…という意味。
傍らの説明板には「厳しい規律」と書いてあったけど…。
下は「隠元和尚」でよく知られる長崎の黄檗宗の寺院「興福寺」。
「隠元和尚」は野菜の「インゲン豆」を中国から日本に持ち込んだお坊さんね。
他にもスイカ、レンコン、タケノコ、煎茶、木魚、漢字のフォントの明朝体などもこの隠元和尚が日本に紹介した。
その興福寺の山門の横にもホラ。
永平寺の雲水もネギとかニラとかは食べさせてもらえないんだよね。
ちなみに永平寺はもっと厳しくて、山門には「家庭厳峻不容陸老従真門入(かていげんしゅんにして りくろうのしんもんよりいるをゆるさず)」、「鎖鑰放閑遮莫善財進一歩来(さやくほうかん さもあらばあれ ぜんざいのいっぽをすすめきたるに)」という警告が掲げられている。
コレは「オマエ、いい加減な気持ちでココに来たって入れてやらないかんね。でも本当にヤル気があって来たのであれば、ココはいいぞ~」みたいな意味。
しかし、何と言ってもこの伝通院を名刹たらしめているのはコチラでしょう。
コレは「於大の方」のお墓。
すなわち徳川家康のお母さんのお墓ね。
出家した晩年は「伝通院」を名乗った。
そういうこと。
伝通院は他にも徳川家メンバーのお墓がワンサカあって、例えばコレは三代将軍「家光」の正室の「孝子」さんのお墓。
「鷹司」家のご出身ですな。
同じく家光の二男「綱重」の正室、二条家から輿入れした「隆崇院」のお墓。
綱重は四代将軍「家綱」の弟。
五代「綱吉」のお兄さん。
お母さんは側室だったんだね。
六代「家宣」の二男「家千代」のお墓。
八代吉宗の二女「芳姫」のお墓。
スゴイのはこの先よ。
十一代将軍「徳川家斉」ファミリーのコーナーだ。
なにしろ「膃肭臍(おっとせい)将軍」の異名を持つビッグ・ダディ「家斉」は53人(55人とも)の子宝に恵まれたからネェ。
そこまでいくと「宝」かどうかわからんけど。
コレは家斉の十五女「元姫」のお墓。
二十男「久五郎」のお墓。
さすがに20番目のセガレともなると町民のような名前になるのか?
ギャハハ!コレは家斉の家系図の一部。
数えて見ると確かに子供の名前が53人分載ってるわ。
こんな家系図見たことない!
調べて見ると、第一子の「淑姫」の生まれは1789年。
そして総合末っ子である二十七女の「泰姫」は1827年の生まれ。
家斉は40人以上の色んなタイプの立場の女性と38年の間に53人の子供を作ったことになる。
年に1.4人!
「年子」どころじゃない。「半年子」か?
ちなみに東京大学の赤門は家斉の二十一女「溶姫」が加賀藩前田家に嫁いだ時に作られた「赤門御殿」の一部。
もちろん建設の費用は前田家持ち。
さすがに53人も子供がいると出来の悪いのもゴロゴロしていて、全国の大名はそういうのを押し付けられやしないかといつもビクビクしていたそうだ。
下はその家斉ファミリーのコーナー。
さて、中島歌子に戻ります。
その伝通院を背に後楽園の方に向かって「安藤坂」を下ってくる。
この坂の突き当りが伝通院ね。
その途中の左側。
ココに中島歌子が開いた「萩の舎」があった。
「萩の舎」へは鍋島家や前田家のような上流階級のお嬢様が通って歌や書を習っていた。
その中の1人が樋口一葉だった。
一葉は極貧の家の人だったが、「どうしても勉強がしたい!」という熱意にほだされてお父さんが道をつけてくれた。
下は発会の時の記念写真。
一葉の両親はこの日のためにとっておきの八丈の着物を用意してくれたが、一葉が現場に行ってみると他の塾生の絢爛豪華なお召し物の数々に圧倒されてしまった。
そりゃ周りは鍋島さんや前田さんのご令嬢の皆さんだからネェ。
みんな手を隠しているでしょう?
どうもコレが当時のお嬢様のたしなみだったようだ。
ところが手を見せている人が1人だけいる。
手を出している人が樋口一葉。
一番カワイイ。16歳の時。
会ったことはないけれど一葉は美人だったらしいからネェ。
だから森鴎外なんかにもエラく可愛がられた。
美人は得だよ。
樋口一葉は本名を「夏子(本名は奈津)」といったが、塾にもうひとり「夏子」という名前の女性がいたため、区別をつすために名字の一字を取って「ヒナツ」と呼ばれていたそうだ。
発会では歌の優劣を競う歌詠み会が催され、一葉は着物の引け目を忘れて一生懸命に歌を詠んだ。
結果、最高点を獲得し、周囲のお嬢様たちを悔しがられたそうだ。
一葉は「みんなにとって歌は教養やお遊びかも知れないが、私にとっては生活の戦い。貴族に負けるワケにはいかないわ!お金では敵わないけど、自分の腕で勝って見せるわ!」と意気込んで臨んだのではないか?と言われている。
この手を見せたのも「私はみんなとは違う」ということをアッピールしたのではないかしらん?
その「萩の舎」を通り過ぎてもう少し安藤坂を下った左側にあるのが「北野神社」。
ココは「牛天神」という通称を持っている。
自分と縁を感じざるを得ない。
梅の木のトンネルをくぐりながら細い階段を上がって行く。
まず目に入るのが牛の形にくりぬかれたおみくじ掛け。
決して大きくはない神社だが、創建は1184年となかなかに古い。
菅原道真、天鈿女命(アメノウズメ)、宇迦之御魂命、猿田彦命(サルタヒコノミコト)などをお祀りしている。
源頼朝が東国征討の折にこの地で休息をした。
すると夢の中に牛に乗った菅原道真が現れ、「汝に2つの吉事あり」と告げた。
いいナァ。
そのお告げ通り、ひとつは頼家が誕生した。
もうひとつは戦にも勝った…ということで頼朝は感謝の気持ちを込めてこの地に社殿を建立したというワケよ。
社殿の脇には頼朝が腰を掛けた「牛に似ている」という岩が祀られている。
それが「牛天神」の由来。
似ているのか?
社殿の前の両脇に鎮座しているのは完全に牛。
狛犬は別にあります。
さて、ナンでこの神社を紹介したのかと言うと、ココには門下生たちによって明治42年(1909年)に建てられた歌子の歌碑があるのだ。
雪のうちに 根ざしかためて 若竹の 生出むとしの 光をぞ思ふ
意味は「雪の降り積もった中で、深く根を入れている若竹が、すくすくと光り輝いて伸びている」。
今ぐらいの季節の歌なのかネェ。
ちなみに朝井まかての『恋歌』という小説は中島歌子を主人公にした甘々の恋愛小説。
女性が読む小説という感じだったな?
私は歌子のお顔を存じ上げているので、チョット感情移入がしにくかったワ。
ただ天狗党のことが結構詳しく描かれているところはオモシロかった。
牛天神も出て来るよ。
<つづく>
(一部敬称略 2026月2月22日 三軒茶屋HEAVEN'S DOORにて撮影)
