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2023年7月

2023年7月31日 (月)

【追悼】白田"RUDEE"一秀さんのこと

 
昨日、Marshall Blogの取材現場に向かう途中の地下鉄の中で白田"RUDEE"一秀さんの訃報を目にし、思わず驚きの声を上げてしまった。
以前、お身体を悪くされてしばらく一線から退いていらっしゃったが、スッカリ復調されたと聞いていたからだ。
白田さんは、Marshallをお使い頂く機会にはいつも快くMarshall Blogにご登場頂いていた。
今日は未公開のRUDEEさんの写真を中心に、過去のMarshall Blogの記事を振り返って故人を偲ぶことにする。120clos…とは言え、それほど頻繁にご登場頂いていたワケではなく、『CLASSIC ROCK JAM』でご一緒させて頂くことが多かった。
10vコレは2012年のCLUB CITTA川崎の時のRUDEEさん。20
25vJM410Hのハーフスタックをご使用頂いた。30

40vこの時の記事はコチラ。
  ↓  ↓  ↓
CLASSIC ROCK JAM 2012 <前編>

50vコレは2013年6月。
DAIDA LAIDAのレコ発ライブ。60vRUDEEさんはDAIDA LAIDAではMarshallをお使い頂いていなかった。
ところが、MASAKIさんから写真撮影のご依頼を頂戴し、初台DOORSへカメラを持ってお邪魔させて頂いた。70v 80 90vMarshallが登場しないので、この時のもようはShige Blogでレポートした。
   ↓   ↓   ↓
【Shige Blog】DAIDA LAIDA 1stアルバム発売記念「Dreamer's Train TOUR~鼓動~」

100vそして、2013年の『CLASSIC ROCK JAM』。130vこの時は「原点回帰」をテーマに「アメリカン・ロック編」と「ブリティッシュ・ロック編」と2日間にわたって開催された。140コレは「アメリカン・ロック編」。150vレポートはコチラ。 
 ↓  ↓  ↓
CLASSIC ROCK JAM 2013 -王道回帰- アメリカン・ロック・ナイト<前編>

160そして翌日の「ブリティッシュ・ロック編」。Img_9720 Img_9722 Img_9780レポートはコチラ。
 ↓  ↓  ↓ 
CLASSIC ROCK JAM 2013 -王道回帰- ブリティッシュ・ロック・ナイト<後編>

Img_9955樋口宗孝さんの追悼コンサートで「MAKE UP」で出演したRUDEEさん。170この時はドラムスが山口PON昌人さんでRUDEEさんのMarshallとNATALがステージに並んでとてもうれしかったことを記憶している。
200  

180v この時のレポートはコチラ。
  ↓  ↓  ↓
EVERLASTING MUNETAKA HIGUCHI 2013 6th 樋口宗孝追悼ライブ<前編>~MAKE-UP

190他にもMarshall Blogの記事にはなっていないが、鹿鳴館での『MEGATON CLUB』や中間英明さんとギターのパートを分かったKenさんのライブ等、要所要所でご一緒させては頂いた。
ところが、こういうことはえも言えぬ「縁」のようなモノがあって、取材にお邪魔しようとは思っていてもどうもタイミングが合わなかったり情報を得ることができなかったりで、ご一緒させて頂く機会がそう多くなかったのは残念に思う。
Zepp東京の楽屋口でバッタリお会いして、「今度Marshallを使うライブがあるので必ず遊びに来てね!」とお誘い頂いたのが最後になってしまった。
そのお誘い頂いたライブにもお邪魔することができなった。
しかし、ホンの片鱗とはいえ、RUDEEさんのステージでの活躍の様子を半永久的にMarshall Blogに残すことができて誇りに感ずる。
 
不世出のスーパー・ギタリストのご逝去を悼み謹んでお悔やみ申し上げます
 
RUDEEさん、ありがとうございました。

110closing 

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2023年7月28日 (金)

【Music Jacket Gallery】カー・ジャケット特集<前編>

 
久しぶりの『ミュージック・ジャケット・ギャラリー』。
…と言っても残念ながらまだギャラリーは再開しておらず、今回お届けするのはかなり前にお邪魔した時のネタ。05ナント…2016年の4~6月の間の展示。
7年も前だよ。
でも、内容は本邦初公開。
要するに今回書き下ろしたということ。
テーマは「車にまつわるジャケット」の特集。
207年もの長い間ズ~っとネタをキープしていたのにはワケがある。
そのワケとは………どうしても書けなかったのだ。
イヤ、書く気にならなかったっていうのかな?
その理由は、私は子供の頃から全く自動車に興味がなく、何の知識も持ち合わせていないので書きたくても書くことができなかったのだ。30よく青山通り辺りでフェラーリとかランボルギーニが耳もつん裂けんばかりの騒音を出して走っているのを見かけるが、ゼンゼン羨ましくもなければ、カッコいいとも思わないのよ。
だって、ペッチャンコでアレじゃMarshallを積むことができないじゃん!
私にとっての「スーパーカー」はMarshallの1960をタテに2台とNATALのドラム・キットを1つ積み込むころができて、故障しない車なのだ。40だから、昔の「ロック」って車と女の子は切っても切れないようなことを言っていたでしょ?
ビーチボーイズみたいなヤツ。
アレがどうも苦手だった。
だって、「精神異常者」だの「子供部屋の犯罪」だの「ポン引き」だの、どう考えても私が夢中になったロックに車が出て来る幕はなかったんだもん。
最近では車の免許を取得する若い子も減少しているなんてことをよく耳にする。
だからギターを携えて高級外車に乗っているポートレイトなんかを目にすると猛烈なステレオタイプを感じる。
Ldc_2しかし、そんな車の門外漢の私がナンだって急に『カー・ジャケット特集』に手をつけたかというと…こんな車が出来したからなのです。
1960がタテに2台とNATALのドラム・キットが詰める「Marshall号」!
0r4a0013もちろんナンバーは1959。1959一応説明しておくと、「1959」というのはロック・サウンドの歴史の一部を作ったMarshallの名器のモデル・ナンバーね。1_19592この展示の時のブロー・アップ・ジャケットはジャン&ディーンとクリス・スぺディングだった。
50…ということで、この先は『カー・ジャケット』特集とはいえ、ジャケットに登場する車についてほとんど触れずに進めて参りますのでそこんとこよろしくです。
また、アーティスト名の表記が日本語とアルファベットでチャンポンになっていますが、いわゆる「表記ゆれ」ではありません。
表記の方法に意味はなく、「気分ゆれ」でやっていますのでどうかお気になさらずに…。
まずは最初のセクション。60何と言ってもこのセクションで個人的に目を惹くのはFrank Zappa and the Mothers、1972年の『Just Another Band from L.A.』。
ジャケットの赤い車はですね~…だから知らないって!
多分「Chevy 39」ってヤツでしょう。
70s『Uncle Meat』に入っている「Dog Breath, In the Year of the Plague」という曲で「♪Cucuroo carucha Chevy 39」と歌っているからそう思っただけなんだけど…。
知っているのは「Chevy(シェビー)」というブランド名。
これはナゼか日本では「シボレー」と呼ばれている「Chevrolet」の略称。
コレ、アメリカでは「シェヴロレッ」みたいに発音し、ナニをどう聞いても「シボレー」には聞こえない。
昔、アメリカに行った時にテレビで「シェヴロレッ、シェブロレッ」って盛んにCMが流れていて、文字情報が画面に現れるまでそれが「シボレー」のCMだとゼンゼン気づかなかった。
しからば「Chevy 39」とはどんなかな?と思って調べてみると下のヤツが引っ掛かってきた。
まんざらハズレでもないんじゃないの?Chevy

ジャケットのデザインはカル・シェンケル。
ウチには日英米の3種類のレコードがあるんだけど、国内盤を手に入れるのにはかなり時間がかかった。
以前勤めていた会社の音楽好きの先輩が大阪に転勤になり、向こうで見つけて送ってもらった。
一方、イギリス盤はジム・マーシャルの親友のお嬢さんに譲ってもらったオリジナル・プレスで、わざわざイギリスから送ってもらった。
左のチョット色黒のヤツがそれ。0r4a0034コレ、洋の東西を問わず、またCDにもジャケットの右下に細か~い字でナニか印刷してある。
一体ナニが書いてあるんだろう?そんなに重要なことなのかしらん?
あまりの字の小ささに最早老眼鏡をかけても読めないので、写真に撮って拡大して解読してみた。
このアルバム・ジャケットのデザインと『Uncle Meat』のブックレットのイラスト(Ruben & The Jetsは関係ありません)は微妙に考慮して似せてあります。そしてそこには4つのヒントが隠されています」…みたいなことが書いてある。
「4つのヒント」ってナンだろな?0r4a0038コレが『Uncle Meat』のブックレット。
「赤い車」ということ以外は特段似ていないような気もしますが…。
75チョコチョコと各国盤の間に違いがあるんだけど、車から突き出ているザッパの足のところに「SNAT」と書いてある。
コレは「ニョキ!」みたいな擬音なのかな?色々と調べてみたけどわからなかった。
この「SNAT」、日米盤が黄色なのに対し、英盤だけ白なの。
ところで、ザッパの足にはギプスが施されているでしょ?Img_00431971年の12月10日、ザッパはロンドンのレインボウ・シアターで暴漢に襲われてステージから落下し、足を骨折するという大ケガを負って1972年の大半は車イス生活を余儀なくされた。
下がそのレインボウ・シアター。
あのクラプトンのライブ盤や、Deep Purpleの『Made in Japan』のジャケ写でおなじみの劇場ね。
今では新興宗教の施設になっている。
で、この『Just Another Band from L.A.』をライブ録音したのは1971年8月7日。
アルバムのリリースは1972年の3月26日。
つまり、録音して、足を骨折して、それからカル・シェンケルがジャケットのデザインをして4か月後にこのアルバムを発売したことになる。
もしかしたら「SNAT」は「ニョキッ!」じゃなくて「バキッ!」かも知れないナ。Img_9626_2 裏ジャケットに記載されているクレジットの情報も違っていたり、なかったり…。
こういうのはオモシロいねェ…そうでもないか?0r4a0042ROXY MUSICはスキだったナァ。
中学2年生の時にリリースした『Viva!』の「Do the Strand」をラジオで聴いて翌日石丸電気にレコードを買いに行った。
そして、アッという間にそれまでのアルバムを全部買いそろえた。
コレは1973年のセカンド・アルバム『For Your Pleasure』。
ロキシーが1972年に出て来た時、『The Old Grey Whistle Test』のボブ・ハリスが「カッコだけのコケおどし」みたいなこと言ってしまったという話しがあるが、イヤイヤ、結果十分に個性的だったというワケ。
ま、私は『Viva!』までしか絶対に聴かないけど…。
ジャケットのコンセプトはアートスクール出身のブライアン・フェリー自身。
モデルはフランス出身のファッション・モデル、アマンダ・レア(Amanda Lear)。
アマンダはかつてサルヴァトーレ・ダリの恋人で、後にブライアン・フェリーとくっついて、この『For Your Pleasure』のジャケットで世に出て来た。
後に歌手に転身して大成功を収めた。
この黒豹を従えたアマンダの印象が強烈で、コレのどこが「カー・ジャケット」なのか?と訝しんでしまうが…80sゲイトフォールドの裏パネルにはお迎えに上がって鼻の下を伸ばしているブライアン・フェリーと高級車が登場しているというワケ。
コレはキャデラック?
女性を前面に押し出した『Siren』までのロキシーのアルバム・ジャケットはどれもヨカッタな。
ちなみにレコードでもCDでもジャケットの「面」のことは英語で「panel(パネル)」という。
それからジャケットは「Sleeve(スリーヴ)」と呼んでいます。
90sカッコいいジャケットだナァ。
ロールス・ロイス…コレはわかる。
Screaming Lord Sutchか…中学生の時、ジミー・ペイジやジェフ・ベックが参加しているということでこのアルバムが、また、リッチー・ブラックモアが参加しているということで『Hand of Jack the Ripper』というアルバムが話題になっていたが、実際には誰も聴いていなかったんじゃないかな?
ロック好きにのお兄さんがいた池田くんぐらいだったと思う。
ロード・サッチってチョット「歌に難あり」なんだよね。
名前は「Lord」と謳っているけど、庶民の出。100sいつかジム・マーシャルのお宅にお邪魔した時、トイレの壁に何枚か古いモノクロの写真が飾ってあった。
その中の1枚にMarshallを荷台に積んだ車がロンドンの街中を走っている写真があることを発見した。
そこには派手な格好をした若い男が写っていたが、それが誰かはわからなかった。
そこで居合わせた年配のMarshallのスタッフに尋ねると「アレはScreaming Load Suctchだよ」という返事が返って来た。
何でもジムは同じロンドン出身のロード・サッチととても仲が良く、それはジムの楽器店のプロモーションをした時の写真だったらしい。
ところでこの人、1999年に縊死していたとは知らなかった。
「Manic Depession」、すなわち躁うつ病を患っていたそうだ。
 
下は植村さん所有のレコードの裏パネル。
さては、このセロハンテープはハンターかな?
ウチにもこの部分が剥がれていたり爪で引っ掻いた跡が残っているレコードジャケットがたくさんあるわ。
ハンターはこの部分に値札をセロテープで貼って、販売する時にセロテープをブチっと切って値札を取り除くもんだから、こうして裏パネルにセロテープの破片が残っちゃうワケ。
コレは結構イヤだったナ。
ジャケットの紙の素材が光沢紙たっだらジワリジワリと剥がしてキレイに原状復帰できるんだけど、『クリムゾンキングの宮殿』みたいな材質だともうダメね、ハゲちゃって。
今は自分がハゲちゃってるけどよ。Img_00701972年、Papa John Creachの『Filthy!』というアルバム。
タイトル通りキッタねぇボロボロのトラックがパパ・ジョンの後ろに停まっている。
しかし、「Papa John Creach」なんて知っている人は今時いるのかしらん?
マジで日本の若者には1人もいないのでは?
広沢虎造の方がまだ知られているかも。
イヤ、私もジェファーソンのところで演っていたのをチョット知っているだけなんだけどね。
むか~し、演奏しているビデオを見てエラくカッコいい!と思ったことがあって強く印象に残っている程度。
アルバムはどちらかというと、パパ・ジョンのファンキーな「歌のアルバム」という感じ。
合間に入るヴァイオリンのソロはなかなかに不思議な感じで、「ヴァイオリン」というインストゥルメンタリゼーションの可能性がロック周辺にまだ少しだけ残されているような気がしてくる。
…ということを最近観たJohnson's Motorcarというロック・バンドのライブ・レポートにも書いた。
その証拠に最近女性ヴァイオリニストの活躍が目覚ましいでしょ?115sジョージ・ベンソンの『The Other Side of Abbey Road』。
タイトル通りビートルズの『Abbey Road』の焼き直しアルバム。
『Abby Road』のリリースが1969年9月、このアルバムのリリースが1970年6月…その間9ヶ月。
どうなんだろうね、このインターバルは?
素早かった方なのか、時間がかかった方なのか。
というのは、ジミ・ヘンドリックスは『Sgt. Pepper』がリリースされた3日後にはもうそのタイトル曲をレパートリーに組み入れていたっていうでしょ?
ま、ジョージ・ベンソンのことだからして、フェイクの具合が強烈でオリジナルとはマァ「別物」と言って問題なさそうなんだけどね。
一番オリジナルに忠実なのは「I Want You」か?
「Come Together」あたりはCTI臭が強くて思わず笑っちゃう。
一方、「Here Comes the Sun」あたりは反対の意味で結構笑える。
ドラムスでエド・ショーネシーが参加していたとは知らなんだ。
それにしてもこのジャケット!
ロンドンのセンド・ジョンズ・ウッドとはエライ違いだナァ。
撮影したのはエリック・メオラというフォトグラファーで、スプリングスティーンの『Born to Run』のジャケ写を撮った人。
CTIのジャケットでは他に見ない珍しいデザイン。
撮影した場所はマンハッタンの東53丁目らしいのだが、ナンでこの場所を選んだのだろう?
ビートルズみたいにスタジオか事務所でも近くにあったのかな?140sチョット空想を働かせると…
マンハッタンは横の通りが「Street(丁目)」、縦の通りが「Avenue(街)」となっていて、住所は5番街を挟んでイースト川側が「East」、ハドソン川側が「West」とキメられている。
で、このジャケットの撮影した場所のひとつ北の西、すなわち「西52丁目」は1950年代まで、「Birdland」を中心としたジャズの聖地だった。
夜な夜なチャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィスがその辺りで演奏していたんだね。
だからセロニアス・モンクは「52nd Street Theme(52丁目のテーマ)」なんて曲を書いたワケだけど、今はナニもない。
大分前に行ったけど、「そこがかつてはジャズのメッカだった」という標識が立っているだけで本当にナニもない。
そのほぼ反対側ということで「ジャズのThe other side」とシャレたのか?…ま、関係ないな。
もしくは、5番街に面した51~52丁目には有名な「セント・パトリック教会(St. Patrcik's Cathedral)」があるので、ビートルズの「Abby(大修道院)」の向こうを張ったのか?…ま、関係ないな。
あ、53丁目には5番街と6番街の間に「MOMA(近代美術館)」があるわ…コレも関係ないな。
ま、いずれにしてもこういうことを考えるのは楽しい…ということよ。
 
ところでこのセント・パトリック教会ね、今から30年近く前、初めてニューヨークに行った時のこと。
朝の礼拝の様子でも見学してみようと思って8時過ぎに中にお邪魔したことがあった。
朝っぱらから荘厳極まりない雰囲気で、とても観光客がチャラチャラしていられない。
フト礼拝堂のベンチを見るとホームレスの人が前の席の背中に頭を突っ伏して寝ている。
すると、上等なスーツを着た出勤前のビジネスマンがそのホームレスの姿に気づき近づいて行った。
ナニをするのかと思って見ていたら、そのビジネスマンはズボンのポケットからスッとお札を取り出してそのホームレスの腿の上に置いたのだった。
5ドルとか10ドル札だったんだろうけど、朝から良いモノを見たと思った。
それと似たようなことをマクドナルドでも見たことがある。
席で寝つぶれてしまったホームレスに黒人のウェイトレスが近寄っていった。
テッキリ店から追い出すのかと思ったら、テーブルにそっと飲み物を置いていったのだ。
その時はアメリカも捨てたもんじゃないな…と感心した。Spc_3ハイ、次のコーナー。130スコットランド出身のシンガーソングライター、アル・スチュアートの1975年の『Modern Times』。
私は全くの門外漢で音楽について書けることはナニもない。
でも、この次のアルバム『Year of the Cat』だけは持っている。
ナゼかというとヒプノシスがデザインしたジャケットがすごく好きだったから。
このアルバムのジャケットもすごくいいと思ったらヒプノシス。
コレはどこかのマナーハウスかな?
向こうでライトを照らしているのは誰だろう?150sジャック・ブルースの1970年の『Things We Like』。
ジャックにマクラフリンにディック・ヘクストール・スミスにジョン・ハイズマンあるいはジンジャー・ベイカー…この辺りのグラハム・ボンド人脈ってのはタマらないよね。
ところが期待して聴くと、案外ワケがわからん。
でも聴きたくなっちゃう…でもどこがオモシロいのかよくわからん。
噛んでも噛んでも味がよくわからん。
コレこそがこの一派の魅力なのでは?
ジャケットのデザインは『Fresh Cream』を担当したチーム。
「我々の好きなモノ」っていうけど、ジャックはコレ、ナニを食べているのだろう。
ウインナー・ソーセージにマッシュポテトかな?
イギリスの人はマッシュをよく食べるからネェ。
メル・トーメの「Bron to be Blue」なんかを取り上げているのがチョット不思議。
170sそれと「Sam Sack」というミルト・ジャクソン作のブルースね。
一体全体、ダレがこんな曲を選んだのだろうか?
タイトルが「Sam Enchanted Dick Medley」となっているところを見ると、ヘクストール・スミスなんだろうナァ。
ミルトのオリジナル・レコーディングかどうかはわからないけど、私はウェス・モンゴメリーを迎えて録音した『Bags Meets Wes!』というアルバムでこの曲を知っていた。
ココで興味が沸くのは、果たしてマクラフリンはそのウェスの演奏を聴いてジャックのレコーディングに臨んだのであろうか?ということ。
いずれにしてもウェスのカケラも感じさせない破壊力抜群のマクラフリンのプレイはスゴイ。
個性のカタマリ!
30歳にもならないウチに誰にもマネできない自分だけの強力なスタイルを築き上げたということよ。Wm次のセクションは苦しい。180ジャクソン・ブラウン、1974年の『Late for the Sky』。
ホント…ホ~ントにナニも知らないの、ジャクソン・ブラウンって。
別にキラいなワケでもナンでもない。
キラうほど聴いたこともないし、一生聴くこともないと思う。
ま、乗っているレールが違うとしか言いようがないわな。
でも、このジャケットってすごくいいナァ…と前から思っていた。
時々、上のアル・スチュアートのヤツに間違えちゃうんだけどね。
有名な人のデザインかと思って調べてみると、ゼンゼン違うみたい。
190s「それならココへ挙げるな!」と言われそうなんだけどニール・ヤングも全くダメなんですよ。
ニール・ヤングってスゴイ熱心な支持者が多いよね。
それも「ええッ!あなた、ニール・ヤング好きだったの!?」と、意外な人が好きでいてビックリしたりする。
中学の時に「Like a Hurricane」という曲が流行ってね…でも私は「♪ユ~ア~」と歌うあの独特な声がどうしてもニガテで近寄ることができなかった…という青春の思い出。
ああ~、車が埋まっちゃってるね。
コレは『渚にて』とかいう邦題が付いているんだっけ?
恥ずかしながら、この作品がカー・ジャケット特集の展示アイテムに選ばれるまで、砂浜に車が埋まっていることを知らなかった。210sただね、『Zuma』の塗り絵はしたいと思っていた。
それを夢を見事に果たしてくれたのがコレ。
興味のある方はコチラをどうぞ!
  ↓   ↓   ↓
【Marshall Blog】あなたの知らない「汚レコード」の世界展

60 ライ・クーダー。
『Borderline』ぐらいまではひと通り買って聴いた。
『Paradise and Lunch』とか『Chiken Skin Music』辺りは一時期よく聴いたけど「勉強聴き」の域は出なかったナァ。
ワールド・ミュージック盛んなりし頃、ライが参加したテックスメックスのフラーコ・ヒメネスのアルバムなんかはスキで結構聴いた。
Fjそういえば『Paradise and Lunch』のオープナーの「Tamp 'Em Up Sold」という曲の「tamp」ってどういう意味かをアメリカ人の友達に訊いたことがあった。
その彼はタドタドしい日本語で「そ、それは、と、とてもム、ムズカシイ言葉です」と答えてくれたのを覚えている。
つまり、ネイティブの人たちでもまず使うことのない言葉という意味ね。
日本で言うと左官屋の言葉か。Pal_2 この人はどういうことなの?
古き良きアメリカの音楽に再び息を吹き込む…みたいなことをやっているワケなんでしょ?
日本ならさしずめ琵琶語りとか、浪曲とか、都都逸とか、相撲甚句とか、長唄とかの再興…実にいい仕事をされているではありませんか!
日本に来て全国を回ると、会場の即売だけで2,000~3,000枚のCDを売る…ということを耳にしてブッタマげたことがある。
で、今回の「カー」ネタは1972年の『Into the Purple Valley』。
このアルバムもかつては「勉強聴き」したものだった。
ライはこのアルバムでウディ・ガスリーの「Vigilante Man」を取り上げているけど、私なんかはオコチャマでサ、Nazarethのバージョンの方が良かったりするワケよ。
でもこのジャケットはスキ。
『或る夜の出来事』を思わせる1930年代のハリウッド映画みたいでとてもいい感じ。
ああいうの「スクリューボール・コメディ」っていうんだよ。
スピンがかかったボールのように話がどっち方面に行くかわからない…という意味。
で、ライ・クーダーのアルバムって結構ジャケットがいいと思わない?
200sその白眉は『Chiken Skin Music』でしょう?
何となくメキシコ版のキリコみたいで実にいい感じ。
このアルバムに入っている「Chloe」という古いインスト・ナンバーね。
ライはペダルスティールを使ってハワイアンで仕上げているけど、いいよね~。
ウットリしちゃう。
でもこの曲、元はハワイアンではないんですよ。Csmジョー・パスが1970年の『Intercontinental』というアルバムで普通のスウイング・ナンバーとして取り上げて魅惑のソロを披露している。
ジョー・パス大好きな私でもコレはライに軍配を上げます。Ic 1971年の『Black Oak Arkansas』。
ブラック・オーク・アーカンソーのデビュー・アルバム。
私はゼンゼン詳しくないんだけど、ジム・ダンディだけはカッコいいと思うわ。
「アーカンソー州」と聞いてその場所を正確に言い表せる日本人って果たしてどれぐらいいるだろう?
私はムリ。
州都はどこか知ってる?
せっかくの機会だから勉強してみましょうか?
まず、ロケーションはオクラホマの東、ミズーリの南、テネシーの西、そしてルイジアナの北にあって「南部」に括られる。
「Arkansas」という綴りからすれば「アーカンサス」と読むハズなんだけど、フランス統治時代の名残で「アーカンソー」って読むんだって。
アメリカ50州には正式なニックネームっていうのがキマっていて、アーカンソーは「自然の州(Natural State)」とされている…つまり田舎だわね。
州都はリトルロックで人口が全米33位。
私が知っているアーカンソーに関することと言えば、それこそBlack Oak Arkansasとクリントン元大統領の出身地で州知事を務めていた…というぐらいなんだけど、ココ案外スゴイよ。
名物を並べてみると…
アメリカでもっとも有名な温泉地であるホットスプリングス市があって、「ウォルマート(Walmart)」の本社もアーカンソーにあるのだそうだ。
ウォルマートは日本にもあるのかな?世界最大のスーパーマーケット・チェーンね。
ミュージシャンではジョニー・キャッシュやアル・グリーンを輩出している。
個人的に関心を持ったのは、コンロン・ナンカロウもアーカンソーの出身だそうだ。
コンロン・ナンカロウはザッパが注目していたことでその名を知った現代音楽家の作曲家なんだけど、自動演奏ピアノを駆使した音楽はすこぶるカッコいいよ。
そして、極めつけは元連合国軍最高司令官だった「ダグラス・マッカーサーの出身地」ということではなかろうか?
 
このジャケットでも古くて汚いトラックが登場している。
いくらマッカーサーやクリントンの出身地でもこういう農業用のトラックがお似合いの土地柄なんでしょうな。
行ったことないから知らんけど。220sアーカンソーからアイルランドへ飛ぶ。
Thin Lizzyのデビュー・アルバム。
コレも車をあしらったデザインだったのね?気にしたことがなかったワ。
フィル・リノットは、最初「埋めたばかりの墓の中から炎上した腕が突き出ている」というジャケット・デザインのアイデアを提示したが、デッカのデザイナーがそれに納得せずアメリカ車を使ったデザインにすることで決着。
それでこの360度の魚眼レンズを使用してヘッドライトに写ったオンボロ車のデザインに落ち着いた。
コレはハメ込み写真でしょうナァ。
ところが、バンドとデッカとのコミュニケーションがうまくいかず、最初に刷り上げたジャケットのバンド名が「Tin Lizzy」になっていた。
デビュー・アルバムでこのバンドのことを知っている人なんかいないだろうし、ジャケットを刷り直すのもイヤなもんだからデッカはバンド名を強引に「Tin Lizzy」に変えようとしたがバンドはそれを拒否。
そりゃそうでしょう。
そうして正しい綴りでジャケットを刷り直してリリースしたんだとさ。
 
このアルバムって素朴でいいよね。
後期のゴージャズなThin Lizzyよりフィル・リノット本来の良さが出ているように感じる。
しかし、ブライアン・ダウニーのドラムっていいナァ…今ではNATALを使って頂いています。
「Remembering」なんて曲あたりはスゴイよ。9225次のセクションは濃いよ~!240ウリが蠍団を退いた後の最初のアルバム『Lovedrive』。1979年のリリース。
ジャケット・デザインはストーム・ソーガソン。
ヒプノシスがスコーピオンズのアルバム・ジャケットを手掛けたのはコレと次の『Animal Magnetism』だけなのかな?
私はこの『Lovedrive』までしかスコーピオンズを聴かなかった。
スコーピオンズも『Virgin Killer』やら『Tokyo Tapes』やらジャケットでモメたがるバンドだね。
クラウス・マイネはこの『Lovedrive』はゼンゼン平気だと考えていたが、アメリカで問題となりガッツリ差し替えられてしまいことがかなり不満だったらしい。
なるでしょうよ、コレは。
『Taken by Force』の墓場でドンパチも怒られちゃったんじゃなかったっけ?
私もこのジャケットはいくらヒプノシスでも好きではなかったナ。
同じヌード系でも『Boxer』とかロキシーの『Country Life』はヨカッタけど、このアルバムだけはどうもこっ恥ずかしかった。
270s先日閉館した中野サンプラザの思い出を認めた文章の中でスコーピオンズの来日公演について触れた。
私が行ったコンサートは『Lovedrive』のレコ発ツアーの一環だった。
 
私の中野サンプラザの思い出はコチラ。次のUFOについても書きました。
 ↓ ↓ ↓
私のサンプラザ 

7_sppg コレには夢中になった…UFOの1974年の『Phenomenon』。
『げんしょう』…このアルバムも『狂気』とか『宮殿』みたいに邦題の方で呼ばれやすいアルバムのひとつですな。
ちなみに「phenomenon」の複数形って知ってる?
「phenomenons」じゃないよ…「phenomena」という。
発音は「フェ~メナ」。
問答無用で素晴らしいジャケットの意匠はヒプノシス。
元々はモノクロの写真で、手作業で色を塗って疑似カラーにしたそうだ。
皆さんはコレをどういう設定だと想像しますか?
私はこの女性が超能力かなんかを持っていて、空飛ぶ円盤を呼び寄せることができる。
だから予めカメラを手にしていて、飛んで来たところを撮影しようとしている。
一方、そんなことを知らないダンナは飛んで来た円盤にビックリしている。
奥さんは一度だけ映画に出たことがあるので、この後円盤に乗ることができるのだ…とか、そういうストーリーを想像していた。
295sハイ、ところ変わってMarshallの本社があるブレッチリーの隣のフェニー・ストラッドフォードという小さい町を流れるカナル(運河)。
イギリスではチョット田舎に行けば、こうしてカナルにナロー・ボートが浮かんでいる光景をどこでも見かけることができる。
このボートに人が住んでるのよ。297その近くの原っぱに老人が4人ほど集まって空を飛ぶ鳥を指さしてみんなでワイワイやっている場面に出くわした。
私にはその姿がこういう風に見えてしまった!296sさて、このジャケットデザイン。
コレは、ダンナがニセの「空飛ぶ円盤写真」を撮ろうとして、タイヤのホイールを投げて、奥さんに写真を撮らせようとしている場面なんだって。
うまくいけばその写真を雑誌社かなんかに売り付けて小遣いでも稼ごうという魂胆なワケだ。
一方、奥さんはそんなことはしたくない。
それで奥さんはこんな顔をしているのだそうだ。
「チョット見てよ…ウチのバカ旦那」というところ。
なんかガッカリだ。
ジャケットをよく見ると確かにコリャ車のタイヤのホイールだわ。
「カー・ジャケット特集」だからバッチリか!
色々と想像して損した。
295s1975年リリースのブルー・オイスター・カルト初のライブ盤『On Your Feet on Your Knees』。
この黒塗りの車は葬式にでもやって来たのかしらん?
このままブラック・サバスのアルバムに転用できそうな不吉なイメージのジャケット・デザインではあるまいか?
この2枚組のアルバムはビルボードのチャートで22位まで上昇。
コレがブルー・オイスター・カルトのアメリカでのアルバム・セールス・チャートの最高位だった。260sそんなんでよく呼んだとも思えなくもないが、1979年に来日。
高校2年だった私は新宿厚生年金会館へ観に行った。3,800円だった。
このコンサートは私の「行っておいてヨカッタ」チャートの上位にランクされている。
宴もたけなわになるとドラマーまでギターを提げて前に出て来てね、「5リード・ギター」なんてやってたよ。
それが下のコンサート・プログラムの表紙の写真。
サービス精神が旺盛でホントにオモシロかった。
0r4a0055 4年前、Marshallの本社に行った時のこと。
Marshallの事務所内では有線のようなモノで薄っすらとロックを流していて、たまたまブルー・オイスター・カルトの曲が流れて来た。
曲は「(Don't Fear)The Ripper」といって、1976年に「キャッシュボックス 7位」、「ビルボード 12位」というバンド最大のヒット曲だった。
ビックリしたのは、20代の若い男の子がそのBGMに合わせて小声で歌っているんだよね。
43年前の曲でもABBAの「Dancing Queen」ならわかるけど、アメリカの小ヒット曲ですよ…ブルー・オイスター・カルトですよ!
不思議に思ってその場で彼に訊いてみた。
「ヴァイナルを持っていたりするワケではないんだけど、チョコチョコとアチコチで耳にしているウチに覚えちゃったんだ」
だそうです。
門前の小僧、習わぬ青牡蠣を知り…やっぱり日本とはゼンゼン違うと思った。Dfrホントだ…コレもジャケットに車が写っていたのね?
1973年、エルトン・ジョンの『Don't Shoot me I'm Only the Piano Player』。
このアルバムについては、「Daniel」と「Crocodile Rock」という大ヒット曲が収録されているのと、「Have Mercy on the Criminal」のイントロが「Layla」同様「アートネイチャー」のCM曲に似ている、そして、タイトルがフランソワ・トリュフォーの映画をパロっている…ことぐらいの認識しかなかった。
ところが、調べてみると色々なことがわかってメチャクチャ面白かった!
さすがレジナルド・ドワイト。
個人的には期せずして今回の記事の目玉になったわ。
310sまず、タイトルについて…。
上に書いた通り、コレは1960年のフランソワ・トリュフォー監督、シャルル・アズナブール主演の『ピアニストを撃て(原題: Tirez sur le pianiste, 英題: Shoot the Piano Player)』という映画から引用したとされている。
だから「a piano player」ではなくて「the pianp player」なんだろうな。
で、この「Don't shoot the piano player」という文句には出自があって、よく西部劇の酒場のシーンにチューニングの狂ったピアノを弾いてBGMを演奏している人が出て来るでしょう?
すると大抵酔っ払い同士がケンカをしたり、お尋ね者が入って来て撃ち合いになっちゃったりする。
当然、そんな時はピアノを弾いている人に流れ弾が当たって命を落とす危険性も高いワケだ。
今でも同じだろうけど、その時代にはピアノを弾ける人が極端に少なかったので、そうした撃ち合いに巻き込まれてピアニストを失ってしまうと後釜を見つけるのが大変だったらしい。
そこで、酒場の主人は「Don't shoot the piano player!(ピアノ弾きを撃たないでください!)」という注意書きを酒場の壁に貼ったっていうんですよ。
で、この話をヨーロッパに持ち帰ったのが『幸福な王子』や『ドリアン・グレイの肖像』で知られるオスカー・ワイルドなのだそうだ。
いいですか~?ココからがますます話がオモシロくなるよ~。
Dspさて、もう一度ジャケットをよく見てみましょう。
例によって車のことはわかりません。
劇場の入り口の脇に「ELTON JOHN DON'T SHOOT ME」という立て看板が置いてあって、その右奥に注目。
310sコレはマルクス兄弟が主演した『Go West(マルクスの二挺拳銃)』という1940年のMGMのコメディ映画なのね。
この項を書くためにDVDを引っ張り出してきて久しぶりに観たけどオモシロかった。
もうとんでもなくスラップスティックでスクリューボールなコメディなのね。
1_mgwMarshall BlogではQueenの話題が出て来る度に「マルクス兄弟」について書いて来たけど、打てど全く響かないのでまた書く。
 
マルクス兄弟は1910年代から40年代に活躍したコメディアン・チーム。
元は5人兄弟であったが、後に3人編成になって数々の映画に出て大きな人気を博した。
映画の中では兄弟という設定ではないんだけど、下の写真のグルーチョが一番若いワリには最もエラそうで年長者のような感じなのね。
見ての通り、ドリフの「ヒゲダンス」の元ネタ。
前かがみになる歩き方もグルーチョのモノ。
元々昔の日本のコメディはほとんど欧米のコピーだから。
「ス―ダラ節」もバーンスタインのパクリと気がついてビックリしたことがあったぐらい。
で、『Don't Shoot Me~』というアルバムのタイトルの出元はトリュフォーもさることながら、このグルーチョ・マルクスにあるようなのだ。
エルトン・ジョンはグルーチョと仲良しだったようで、グルーチョの家で開かれたパーティでピアノを弾いていると、グルーチョが手でピストルの形を作ってエルトンを指し、「ジョン・エルトン!」とからかった。
エルトンはそれに対して「Don't shoot me, I'm only the piano player」と反応した。
アルバムのタイトルはココから来ているというのだ。
だからジャケットに『Go West(マルクスの二挺拳銃)』のポスターを登場させたというワケ。1_gm_2ところで、マルクス兄弟の長兄は「チコ」といって役者である傍ら超絶技巧を誇るピアニストでもあった。
下の写真のように人差し指1本で鍵盤を巧みに叩くのが得意で、あたかもその手はピストルのような形だった。1_chico次兄はハーポ。
ハーポは一切セリフを口にしない。
すべてパントマイムで演じるのだが、その名前の由来となったハープの演奏が大きな見せ場だった。
コレがまたモノスゴイ技巧の持ち主で、後に正式な教育を受けたが、独学で奏法をマスターしたという。
ハーポがいつもヨレヨレのコートを着ていて、当意即妙にそのコートのポケットから色々取り出して見せる。
私は藤子不二雄はマルクス兄弟の映画を観てドラえもんのポケットを思いついたのではないか?とニラんでいる。1_harpo先ほどQueenの名前を出したが、何度も書いている通り、『オペラ座の夜(A Night at the Opera)』はマルクス兄弟の『オペラは踊る』、『華麗なるレース(A Day at the Races)』は『マルクス一番乗り』から借用している。
どの作品も、ギャグあり、アクションあり、音楽ありと、エンターテインメントの最高峰と言っていいでしょう。
1937年の『A Day at the Race』からは「All God's Chillun Got Rhytm(神の子はみな踊る)」というジャズのスタンダード曲も生まれている。

NaovAdr さて、先頃スウェーデンの公演を最後にツアー活動に幕を下ろしたエルトン・ジョン。
私は2011年にイギリスのクリケット場での野外コンサートで観たことがあるんだけど、いいコンサートだったナァ。
「A Funeral for a Friend」から始まる人気曲のオンパレードだった。
ベースのディー・マレイがすでにこの世にいないのが残念だったが、デイヴィー・ジョンストンとナイジェル・オルソンという全盛期のギタリストとドラマーとステージに上がったのもうれしかった。0r4a0051<後編>につづく
 

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200 (一部敬称略)



2023年7月25日 (火)

LA CALAVERA<後編>~CALAVERAS

  
ゴージャスなオープニング・アクトを迎えたCALAVERASのライブ『LA CALAVERA』。
いよいよヘッドライナーの登場だ!10vいつの間にかギューギューになった客席の前に姿を現したCALAVERASの6人。
20Doug Wilson(ダグ)30vKen Kishi(キシケン)40vYasu Iwaki(Yasuさん)50vHiro Otobe(乙部さん)60vJocelyn Guzman(ジョセリン)
80vMelissa Costa(メリッサ)70v実はキシケンと知り合ったのはもんのスゴい昔のことでしてね…0r4a0490 2003年にMarshallがMODE FOURというモデルを発表した時からだから…カレコレもう20年!
ところが、キシケンがMarshall Blogに登場するのはコレが初めてのことなのです。Mfその間もキシケンはズ~っとMarshallを愛用してくれていたというワケ。
キシケン、どうもありがとう!
今日は愛器JCM800 2203を持ち込んで、JVM210Hと併せてステレオ仕様で臨んでくれた。
キャビネットはともに1960A。100オープニングは「Mad About U」。
メンバー全員で飛び掛かって来るかのようなハードなナンバー。
コレはタマらん!
110どうでもいいことなんだけど…「Mad about you」という表現を耳にすると、私の場合ビリー・ワイルダーの『サンセット大通り(Sunset Boulevard)』を思い出す。
忘れ去られた過去の大スター、ノーマ・デズモンドが再起を賭け、売れない脚本家ジョー・ギリスを囲い込み純金のタバコ入れをプレゼントする。
そのフタの歌には「Mad about boy」と彫ってあって、それをジョーの恋人のベティ・シェイファーが見つけてしまう…という場面。
オオ~ッと!映画もアンドリュー・ロイド・ウェッバーのミュージカルも、この作品について語り出したら止まらなくなっちゃう!
ということで「that's enough!」とばかりにダグが「♪Stop in the Name of Love」のフリをしてくれた?
200v1曲目からキシケンのソロが炸裂! 会場のすみずみまでヌケ渡るギター・サウンドだ。
90_mau 2曲目は分厚いギター・リフから「No Morte」。
「morte(モルテ)」はイタリア語で「死神」。
120_nm一瞬のスキもない濃厚なバンド・サウンドが素晴らしい。
曲もとてもわかりやすくて魅力的なのだ。
140vYasuさんのゴリゴリと来る低音が気持ちいい!130ダグの「No morte!」の叫び声に続いて死神を演じるキシケンのソロ。
イヤ~、よ~弾くわ~。うれしいわ~。
0r4a0481曲が終わるやいなや、間髪入れず乙部さんのドラムスが入って来る。Img_5300 「I need your help!」
お客さんとのコール&レスポンスを経て曲は「Enemy」。
190明るい曲調がいかにも「アメリカン・ハードロック」!
160ダグの歌声が曲に完璧にマッチしている。
やっぱり「歌」は「声」、そして「声」は「歌」だネェ。
0r4a0261「Thank you very much! How do you feel tonight!? 」
ココでオープニングで出演した2つのバンドに大きな声援が送られた。210v_mcキシケンが弾くヘヴィなリフから「BAD-」。
Img_5026 「♪B-A-D-Minus」…曲名の「-」は「マイナス」です。
キシケンのソロはボトルネック。0r4a0308この曲、後半のクロマチックの歌のパートがモノスゴク耳に残るわ~!0r4a0350ダグは「ちょっとスローダウンして…」とバラードの「Soldier」を熱唱。
従軍した兵士に感謝し、その犠牲を悼む詩。
350vこういう曲には…キタキタ~、そう激情型ギター・ソロがつきものだ。
いわゆる「泣きのギター」ね。
もちろんキシケンがバッチリやってくれた!
340v雰囲気はガラっと変わって乙部さんのドラムスから「D7」。
240v_d7Yasuさんのベースがシャープに絡んで来る。250vコロコロと転調していく中ココでも激的なギターソロを披露したキシケン。
270タイトルの「D7」とはなんだろな?
コードネームでないことはわかるが…。
歌詞を読むと「pride(自尊心)」、「greed(貪欲)」、「lust(欲望)」、「gluttony(大食)」、「wrath(激怒)」等の単語が使われている。
およそアメリカン・ロックにはふさわしくないような哲学的な言葉の数々。
最後の「sloth」は「ナマケモノ」だ。260v閃光一発、乙部さんのフィル!
280_pre曲は問答無用のドライビング・チューン「Pressure」。0r4a0267_2締めくくりも乙部さんだ!
「おとべ~!」の掛け声が飛び交った!
295「(英語)用意はいいですか?…キシケンがフラメンコ・ギターを弾きます。
そして、ジョセリンがスペイン語で歌います…ホンモノだよ!」
310vダグの紹介通り、キシケンがナイロン・ギターを奏でる曲は「La Caravera」。
320v
フィーチュアされるジェセリンはスペイン語で熱唱。330vダグのボーカルズも加わって曲はハードに展開する。
このハードなパートの歌のメロディがすごく印象的だった。Img_5337 もちろんエレキギターに持ち替えたキシケンのギター・ソロもフィーチュアされる。Img_5199 そしてキシケンのスパニッシュ・ギターに合わせたダグとジョセリンのパルマも完璧!
335ところでこの曲やチーム名にもなっている「calavera」という単語。
コレはスペイン語で「頭蓋骨」という意味だったのね。
英語では「skull」。
どおりでコレまでに発表しているCDのジャケットのデザインがドクロづくしなワケだ。
コチラは最近作の『Skulls on Fire』。
「on fire」というのは「You're on fire!」みたいに使って「アンタ、絶好調やんけ!」という意味になる。
すなわち「頭蓋骨絶好調!」…まさにこのバンドがノリにノッている感が出ている。…あ、コレは私の勝手な解釈です。
ネイティブさんがいらっしゃるバンドは、いつもの無責任な英語の講釈をタレるのがコワいな。
Sof_2そして、コチラは2019年2月リリースの『HELL WILL DECIDE』。
ジャケットにある「415」ってナンだろな…。
メリッサのTシャツの袖にも入っている「YG」や「71」っぽいサインも気になる。Hwd…と思ったら次の曲はその『HELL WILL DECIDE』のクローザーの「415」。
「4」、「1」、「5」…ハハン、「良・い・子」ということだな?
チガウな。350_415ダグがギターを手にする。
このバンドの紹介で「カントリーの要素」を指摘している記述を見かけて「?」と思ったけど、なるほどこういうところを指しているんだろうね。
まさに日本のバンドにはないテイスト。370vキシケンはフルアコースティック・ギターを取り出してフィンガーボードの上にボトルネック・バーを滑らせた。
このチームは色々と出て来て飽きないナァ。380vまたまたガラリと雰囲気が変わって『SKULL ON FIRE』から「Runaway」。
楽しくハジけるポップ・チューン。
360vしかし、ホントにサウンドの幅が広いバンドだ。
425v2020年にシングルとしてリリースした「Sick」も乙部さんから。
0r4a0457この曲でもベースとの絶妙なコンビネーションを発揮する。Img_5383_2客席の盛り上がり方も尋常じゃなくなって来たぞ~!290「Raining in Hell」はどちらかというとブリティッシュ・ハード・ロックのサウンド。
いいね~、こういうのは。450_rh火花が飛び出そうなギター・リフ!
こういうのはやっぱりMarshallじゃなきゃダメね。
そうやってウマいことMarshallを操っているところあたりは、さすがキシケン!460そして、乙部さんがスゴイ!
誰とは言わないけど、次第に乙部さんのアイドル・ドラマーみたいになってきた!
乙部さんがお揃いで被っているボウラー・ハットが目印の人ね。
「Calaveras Last Stand」みたいにいなってる!
480vまたまたベストを身にまとったダグの大絶叫!
曲は『SKULL ON FIRE』のオープナー「Fear」。
残念ながらこういう曲は日本語ではチト無理だね~。
520v_l2ハードなサウンドに乗って「♪ウォ~ウォ ウウォウオゥオ」とみんなで叫ぶナンバー。
インスト・パートのキメがカッコいい!
510続けて一旦グっと落として『Skulls on Fire』を締めくくっているバラード「Smile from Heaven」。Img_5076 一度聴いたら忘れられないようなサビのメロディが秀逸。
そこから大サビに展開する構成も素晴らしい。
このバンドの曲って、どのも曲よく作り込んであるわい。
ホント、感心しちゃう。
490「This is the last song!」
いよいよ本編最後の曲!
『Hell Will Decide』の冒頭を飾っている「Burn」という曲でまさに完全燃焼したCALAVERASの6人!
470v_fear 525 Img_5217 540v 550vしかし、ものすごい熱量のステージだった。
個人的にはMarshallのサウンドがこのチームの音楽にものすごく貢献しているような感じがしてとてもうれしかった。
やっぱり長年Marshallを使い続けてMarshallを知り尽くしているキシケンならではのワザだと思う。

CALAVERASの詳しい情報はコチラ⇒Official facebook530すかさずアンコールの嵐。
 
メンバーがステージに戻って来るまでの間、物販のようすをチェックしておきましょう。
Tシャツやトートバッグや…550もちろんCDも取り揃えていた。
540CALAVERASは9月にアメリカに遠征してハリウッドのWhisky a Go Goに出演する。
ココで最初の方に出て来た「Sunset Boulevard」と結びつくワケね…そうでもないか。
「Sunset Boulevard」はビバリーヒルズね。
何でもアメリカの公演では、ベースにCALAVERASのオリジナル・メンバーであるTim Millerを迎えるとのこと。1_wgg_2ティムさんも結構昔から存じ上げておりましてね。
ケリー・サイモンさんのバンドに在籍していた頃はちょくちょくMarshall Blogにもご登場頂いたのです。
公演のご盛会をお祈りしております。
270_2さて、アンコール。
今日の出演者が全員ステージに集合した!560Red Bed RockのTシャツを着たダグが歌うのはCALAVERASのポップ・チューン「Everyday」。Img_5402 とにかくみんな楽しそう!
610
590  
580ウォッ!ダグが客席に来ちゃってる!…誰も気がつかない!600イヤ~、ロックに洋の東西の別はないね。
ひたすらロックの楽しさに触れた1日だった!620CALAVERASは次の日曜日の7月30日、SPiRiTRiAL主催の『GATHERING THE FORCES』というイベントで四谷OUTBREAKのステージに上がる。
他にもSEVENTH SONや、NATALのMAYOちゃんのところのHADESも出演する。
楽しみ!Ob
 

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200 (一部敬称略 2023年7月9日 巣鴨獅子王にて撮影)

2023年7月24日 (月)

LA CALAVERA<前編>~RED BED ROCK & JOHNSONS MOTORCAR

 
前々からライブにお邪魔しようと思っていて、実際に2度ほど会場にお邪魔しながら出番の時間の関係で見逃していたのがCALAVERAS。
そのチャンスがようやくめぐってきた。
しかも、オープニング・アクトが2バンド出演するという設定。
今回は『LA CALAVERA』と題したそのライブの模様を2本立てでレポートする。10v_2まずステージに上がったのはRed Bed Rock。20_2ボーカルズ/ギターはカナダのニコラス・ファラグナ(Nikolas Faraguna)。30v_2ギター/コーラスのケン・ツァーホ・オガワ(Ken Zachow Ogawa)はベネズエラから。40v_2ベースはコンノ・トモタカ。50v_2そして、ドラムスは新加入のマイク・マリントン(Mike Marrington)はオーストラリア出身。60v_2…という国際色豊かなチームがRed Bed Rock。
ハハン、さてはこの「Rock」は音楽の「ロック」と「岩」のダブル・ミーニングなんだな?
「red bed rock」というのは「赤色層の岩」の意味になるからだ…のようだ。701曲目はオリジナルで「Blind Lies」。
サウンドはややポップでガッツあふれる骨太ロック。
とてもいい感じ!0r4a0205 ニコラスは歌だけでなくギター・ソロでも大活躍。
もちろんMarshall!80JVM210Hと1960Aを使用した。90v続いてもオリジナル曲で「Bad Girls」。
80年代テイストのゴキゲンなドライビング・チューン!100v_bg「♪Bad girl, bad girl」のコーラスがとても印象的。
120vしかし、海外の人たちってどうしてこうもコーラスがウマいかネェ。
ホントにいつも感心しちゃう。
恐らくコーラスの巧拙の前に、そもそも「コーラス」というパートに対する認識が日本人と全く違うんだろうね。
110vビーチボーイズのウィルソン兄弟は「子供の頃からコーラスをして遊んでいた」と何かの記述で読んだことがある。
ハードロックにはMarshallで弾くカッコいいリフやギター・ソロがあるのが当然のように、向こうの人は「歌のある音楽にはコーラスがあるのが当たり前」と思っているのであろう。
Img_4839ニコラスのギター炸裂!
タッピングも取り入れたダイナミックなソロだ。130vそして、バンドは猛然とドライブ!140「ありがとう!メチャメチャメチャメチャ久しぶりネェ。3年チョットね。
でもみんな元気そうね。ホントにうれしい。ねえ。みんなもうれしそう。みんなも元気そう。
ヨカッタね!Yeah~!」
メチャメチャメチャメチャ日本語じょうず!
「Thank you so much for coming out tonight…本当に来てくれてありがとうございます。
You guys ready to rock?…最後までROCKしましょうか!
I think…なぜ、みんな生まれたのか?チョット通訳いいですか?
What's the reason why you were born?…チョット通訳お願いします」

150vケン登場。
「ナゼみんなうまれたのか?」160v「To rock and roll, to be wild…ワイルドになるために!」と「Born to be Wild」。180_btw「♪いつものラーメン」の空耳でおなじみのこの曲は、ニコラスと同郷のカナダのSeteppenwolf(荒野の狼)というバンドの大ヒット曲。
このバンドって日本人が想像しているよりはるかに世界中で人気があったらしい。Img_4751 日本では映画『イージーライダー』でよく知られるようになった「Born to be Wild」は55年前の曲なんだよ。
全く古くならないし、今でもこうして完璧に盛り上がっちゃうのがスゴい。
これぞ名曲が持つパワーだ。0r4a0059 続いては「Highway Star」。210あの有名なソロをギター2人のアンサンブルで…。
200♪ゾン、ゾン、ゾン、ゾンとベースがウネって…220_rwdパワフルなドラムスが絡むのは「Runnin' with the Devil」。230v_2そのままVan Halenつながりで「Eruption」。240v_er華麗なテクニックで腕前を披露したニコラス。250 そしてそのまま「You Really Got Me」。0r4a0231 やっぱりコーラスがビシっとしていて気持ちいいナァ。
5曲続けてコピーを披露。
260「みんな大丈夫?暑くない?暑い時はタオルあるといいよね!」
…と、オリジナル・タオルを紹介。
「コロナの前と後でナンカ変わったことない?」
270v「あ、髪切った!」290v ではなくて、メンバーが入れ替わったことに触れ、新しいドラマーのマイクを紹介した。
280最後のセクションはオリジナル曲で固めてきた。
まずはミディアム・テンポの「What You Got」。
300_wyg深めにディレイをかけたバッキングがサウンドに奥行き感を醸し出す。
Img_4804 とても魅力的なギターのキメのフレーズを経て…
310v_2コンノさんのベース・ソロもフィーチュア。320そして、コーラスのカットアウトもバッチリキマった!330v_2「Last song!この後はメチャかっこいいバンド2つあるよ。
だから最後まで楽しんでくださいね!」350v_2出番の最後を締めくくったのは「Never Enough」。0r4a0153コレまた歯切れが親しみやすいナンバー。
4人のキャラクターが前面に押し出され、大いに盛り上がって出番を終えた。Img_4865

380v_2
Img_4799

390v

400v終演後、ニコラスに少々話を伺った…というのは、こんなに魅力的なオリジナル曲があるのにもかかわらず、コピーを演奏した理由が知りたかったのだ。
すると、いともシンプルな答えが返ってきた。
ドラマーが替わったばかりでオリジナル・ナンバーを仕上げる時間がなく、よく知っていてすぐに演奏できる曲を取り上げた…のだそうだ。
オリジナル曲は他にもたくさんあるそうなので、それらを披露する時には是非またお邪魔させて頂きたいと思う。410Red Bed Rockの詳しい情報はコチラ⇒Official Website420続いてステージに上がったのはJohnsons Motorcar。430ボーカルズ/ヴァイオリンのMARTINを中心とした2006年結成のカルテット。440v Img_4905 460_2 Img_4930 開場前、楽屋からヴァイオリンが奏でるケルトのメロディが漏れ聞こえて来た。
スッカリそうしたタイプの音楽に重点を置いたロックを演奏するのかと思ったらゼンゼン違った!
ヘヴィでメチャクチャカッコいいのよ!
470「ヴァイオリンが入ったロック」というと、私なんかの世代ではイタリアを中心としたプロッグ・ロック
をすぐに連想しちゃうんだけど、プロッグ・ロックとは似ても似つかない。
一方、ケルトとパンクをミックスしたDrop Kick Murphysというマサチューセッツのバンドもあって、Marshallのサポートで観に行ったことがあったがコレがなかなかオモシロかった。
しかし、このJohnsons Motorcarはそうした既存のバンドとは全く違うアプローチでヴァイオリン・ロックをクリエイトしていた。
2006年の結成というから、もう17年も活動を続けているのにもかかわらず存じ上げなかったのは汗顔の至りである。
ロックにはインストゥルメンタリゼーションの可能性がまだ残っていることを強く感じた。
ただ、Marshallをお使い頂いていないことだけが残念だった。0r4a0237<後編>につづく
 

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200 (一部敬称略 2023年7月9日 巣鴨獅子王にて撮影)

2023年7月20日 (木)

D_Drive フロア・ライブ vol.8


100%生音でD_Driveの音楽をお届けする「フロアライブ」シリーズのStrageでの第8回目。
 
しかし考えてみると…こと音響面に関しては、このシリーズってロック・コンサートの原点と魅力を追求しているかのような実に有意義なショウであるとは言えまいか?
というのは、最近のロック・コンサートってステージの上にギターの音を実際に出しているハズのギター・アンプが見当たらなかったり、例え設置してあっても家で使うような小さいギター・アンプだったり、ドラムスには電気的は仕掛けがしてあったり、皮肉なことにPAの技術の進歩に伴って「生の音」という重要な要素が忘れ去られてしまい、本来のロック・コンサートの音響の魅力がドンドン失われて行っているように思うワケ。
会場が巨大化してしまったので、仕方のないことではあるんだろうけど…。
しかし、どんなに最新式で立派なPA装置であっても、ロックのコンサートってステージの中の音がある程度大きくないとダメなんだよ。
どうダメかというと、迫力がゼンゼン違う。
それはAC/DCのコンサートを見れば一目瞭然。
あのステージの上にズラリと並んだMarshallのキャビネットは全て常時爆音で鳴らしきっているんだよ。
その点、AC/DCのコンサートより若干規模は小さいが、このD_Driveの「フロアライブ」は何の加工もされない楽器本来のサウンドが楽しめるという点で値千金なのだ。
「さんまは目黒に限る」というワケよ。
 
今回は昼夜の2回興行で開催された。
お邪魔したのは昼の部。
下は今回のフロアライブの風景。
楽器用のマイクは1本も見当たらない。
それが「フロアライブ」。20Seiji30vYuki

0r4a0090 Toshi50vChiiko60v…の4人がフロアに登場して最初に演奏したのは…おお!イントロを変えて来た!70_rlglSeijiさん作のD_Driveのキラーチューンのひとつ「だるまさんは転ばない(Red Light, Green Light)」。80イントロのキッカケのスネア・ドラムから最後までドライブしまくるChiikoちゃんのドラムス!90組曲風につなげたのはYukiちゃん作の「Begin Again」。
以前、ストックしてあった10周年記念ライブとMarshall GALA2のビデオを合体させて動画を作ったことがあったがアレには驚いた。
100_baあるパートまでその2か所の音源とCD音源の3つが完璧にシンクロしたのだ。
改めて4人の演奏のうまさに舌を巻いた次第。0r4a0102 Yukiちゃんが両手の親指を突き上げるのはおなじみ「Thumbs Up」。120_tu♪グイングインブリブリとToshiくんのベースが唸って…
110vハイ、ホールトーン・スケールの音列をどうぞ!130vタッピング三重奏もキレイにキマって…145Chiikoちゃんのドラムス!150vそして「Thumbs Up」!
楽しいね~!155「皆さん、こんにちは!D_Driveです。よろしくお願いします!
『フロアライブVol.8』ということで、今回はコチラで初めての昼夜2部構成のライブになります。
この昼の部はソールドアウトになりました。
皆さん、誠にありがとうございます!
初めてD_Driveのライヴにお越し頂いたという方はいらっしゃいますか?
(ガサガサ)
オオ、いらっしゃいますね~。ようこそいらっしゃいました!」
160v「初めての方に一応ご説明致しますと…」とPAシステムを使わない『フロアライブ』の主旨を説明。
「Seijiさんと私のギターの音はMarshallの音、Toshiくんのベースはイードゥンの音。
そしてChiikoさんのドラムスはNATALの音…それぞれホンモノの生の音を味わって頂けるというワケです。
Marshallアンプは『単一指向性』と言って音がまっすぐに飛んで行くので、Seijiさんの前に席の方はSeijiさんの音、私の前の席のお客さんは私の音がとてもよく聞こえますので、皆さんがお聴きになりたい楽器の前に座って頂くというのもオモシロイかな?と思います。
それでは、今日は2部制ということですのでサクサクといきたいと思います」180Yukiちゃんのファンク・ストラミングから「Wings」。190v_wg初めての方に一応説明しますと…「Wings」はYukiちゃんが飼っている「レモンちゃん」と「ラムちゃん」という小鳥をイメージして作った曲。
ところが、ラムちゃんは死んでしまい、今は「アイちゃん」というニューキャラに移行しているようだ。
この日、隣の横浜アリーナは米津玄師のコンサートだった。
もし米津さんに「Lemon」という代表曲がなければこの「Wings」は「Lemon」というタイトルになっていたかも知れないそうだよ。
関係ないけどフランクフルトで台湾人が経営している中華料理屋で餃子を頼んだところ、醤油もラー油も出て来なかった。
代わりにひたすら「黒酢」単体で食べさせられた…でもすごく美味しかった。200続いて「U_Me」。
私は歴史小説を比較的よく読むんだけど、「梅」の出番ってすごく多いんだよね。
桜よりも梅の方がナニかと出て来やすい。
しかし、コレまで梅に関する曲がなかった→だから作った…というSeijiさんの着眼点は本当に素晴らしかった。
もちろん曲の仕上がりも最高レベルと言ってよいでしょう。
こんなの他にないもん。
人間って全く経験のないモノって受け付けたがらないんだよね。
チョットでもいいからどこか知っているモノでないと受け入れられないの。
特に日本人は自分が知らないモノがニガテ。
だからこの「U_Me」のように何となく懐かしいけど他にない…という曲はいいですよ。
私が知る限り、そういう意味で長年にわたって世界最高峰のポピュラー音楽を作り続けているのはパット・メセニーだと思う。
250v_um時に慎重に、時に大胆に、メリハリの利いたドラミングを聴かせてくれるChiikoちゃん。
生音だからナマナマしい!260こちらもYukiちゃんが醸し出す生のMarshallの艶っぽいサウンドが魅力の「Unkind Rain」。270vToshiくんの詩情あふれるソロ。280v曲の後半から徐々にドラマチックに展開していくシーンはいつだって大きな見どころだ。0r4a0222 ココで直近のライブの告知。
「昨日公式に発表したんですが、ヴァイオリニストのAYASAさんという方がいらっしゃいます。
彼女もXperiaのCMに出ていらしたので、それで私もAYASAさんを存じ上げるようになったんですが、『何かしら1回一緒にやりたいね』…とおっしゃってくれていたんです。
それが…9月23日にこの横のNew Side Beachで実現します。
ダブルヘッドライナーを務めさせて頂きます!」
先日、『ニコニコ超会議』へ取材で行った時、そのAYASAさんと楽屋が一緒だったんですよ。
ビックリするぐらい感じの良いお嬢さんでしてね~。
D_Driveと共演することがわかっていればアノ時挨拶できたのにナァ。
290「もちろん最後に共演もありますからね。
すぐに席が埋まっちゃうと思うので早めにチェックしてくださいね。
そして、まだ発表もしていないけど12月くらいまで色々とスケジュールが詰まっています。
コロナがやっと落ち着いて、これまで止まってたバンドさんが一気に動き出しているんですよ。
それでどこも会場がまずイッパイなんですよ!
1年先まで埋まってる…マジですよ。コレ。
だから平日しか取れなかったりして、なかなかスケジュールが組みにくいんです。
外タレが来日して平日にコンサートをやっているのはそういう理由なんですよ。
空いてないんです!
でもD_Driveはやります!」

170v続けて「I remember the Town」。
タイトなChiikoちゃんのドラムスが生音で響き渡る。
先日ゲットしたNATALのカウベルはこの曲で使われる予定なんだけど、この日はまだオアズケだった。310v_irtラジカセで鳴らしたギター・サウンドの再現もバッチリ。330中盤からグリグリとグルーヴがウネっていくところが何とも気持ちがいいね。330_gaさらに続けてYukiちゃん作のドライビング・チューン「Get Away」でブッ飛ばす!
340vココまで8曲、すべて『DYNAMOTIVE』からのチョイスで固めた。0r4a0394 替わって『MAXIMUM IMPACT』から2曲。
まずは「Gradation」。
Seijiさんのメローなストラミング。350v_gdいいね~、この曲も。
335v曲を通していい具合のホッコリ感がコロコロと変わっていく場面の中に横たわっている。360v曲が出来た時のエピソードがもはやとても懐かしいね!380「7月でもうメチャクチャ暑くて…8月とかどうなってるんやと心配しています。
皆さんも色々とライブに行かれると思うんですけど、会場や行き帰りの熱中症に気を付けてくださいね!」400「さて、今日も第1部はもうそろそろ終わりが近づいて来ています。
皆さん、今日はお楽しみ頂けておりますでしょうか?
座りの席なので皆さんチョットおとなしめにご覧頂くのも仕方ないと思いますが、声出しは大丈夫なんですよ!
それと、新しいグッズを作りましたのでココでChiikoさんから紹介してもらいましょう」
390v「まいど!」
Chiikoちゃんの物販紹介コーナーはいつも通りの絶好調!Img_0127 「そう!皆さん、声出し大丈夫ですよ!
次から演る曲はそういう場面がありますからね!」410vChiikoちゃんの激烈フィルでスタートするのは「GEKIRINー逆鱗ー」。
「Get Away」⇒「Gradation」⇒「Gekirin」と「G」始まりが続いた。
コレがD_Driveの「G3」だ!420v_grYukiちゃんのペンが冴えるD_Driveのレパートリーの中で1、2を争うハード・ナンバーでまずはガツンとやっておいて…430vコレまたハードに「Russian Roulette」。440v_rr「ハイ、皆さんご一緒に!」
シャンシャンシャン、シャンシャンシャン。Img_4451 そして「1,000,000h.p」で本編を締めくくる。450_hp4人がガップリ四つに組む白熱のソロ合戦。
460ナゼかYukiちゃんは大笑い。
ステージでこんなにも笑ってるYukiちゃんを見るのは初めてだな。0002img_4591_2オモシロいからもう1枚挙げておこう。
一体ナニがおかしかったんだろう?
0003img_4593この曲の司会者はSeijiさん。
「ベース!」485v♪ガリゴリゴリガリゴリガロゴリガリ490v「ドラムス!」500♪タカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ510何度見ても見入ってしまって声を出す場面なんてありゃしない!
いつもながらの凄まじい演奏で本編終了。
520さっきChiikoちゃんが紹介した新しいグッズはこのあたり。
530そしてアンコール。
「皆さん、アンコールくらい立ちますか!
ヨカッタら…ネェ!」540vアンコールは「Screw Driver」。550お客さん総立ち!
こんな光景久しぶりに見たな~。
560ChiikoちゃんをアオるSeijiさん。
コレもフロアライブならではの光景だ。570こうして『フロアライブ vol.8の昼の部』が終了~!580本日、生のサウンドをお届けしたのは…
 
Seijiさんは…590vMarshall JVM410Hと1960B。600v Yukiちゃんも…610vMarshall JVM410Hと1960B。620vToshiくんは…630イードゥンのWT-800、D410XSTとD210XST。640vそしてChiikoちゃんは…650NATALのメイプル。660コレがフロアライブ!
次回もお楽しみに。
 
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<だるまさんは転ばない(Red Light, Green Light)>

コチラはSONY Xperiaとのコラボレーションで制作した最新ビデオ<Wings>。

<Thmbs Up>

<Begin Again>

Marshall Recordsが世界にリリースするセカンドアルバム『DYNAMOTIVE』絶賛発売中!

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200 (一部敬称略 2023年7月2日 新横浜Strageにて撮影)

2023年7月19日 (水)

伊藤ショボン太一インタビュー~松田聖子コンサート・ツアー『Parade』日本武道館公演から

 
6月10日のさいたまスーパーアリーナを皮切りに全国主要都市で展開している松田聖子さんのコンサートツアー『Parade』。
全ての公演でNATALドラムスが活躍しているのは既報の通り。
そこで7月7日、日本武道館へお邪魔して来た。
10NATALの叩き手は伊藤ショボン太一。110大きなステージ後方の一段低くなっているバンド・ピットがショボンちゃんとNATALの仕事場だ。25ショボンちゃんのポジションから見た日本武道館の風景。26メインのドラム・キットはNATALウォルナット。
正式な名称は「NATAL WALNUT ORIGINAL」。30コンフィギュレーションは10"、12"、16"、22"。35スネア・ドラムもキットとセットの14"×5.5"。
アルミ・シェル他のスネア・ドラムも用意されている。40ハードウェアも全てNATAL。
実はこの日の直前の公演までペダルはシングルだった。
どうしてもドカドカやる必要が出て来たため、この武道館からツイン・ペダルが導入された。50スローンもNATALで完璧な「NATALゾッキ」(「ゾッキ」が群馬地方の方言で「お揃い」という意味です。女性の服飾関係の方には「ゾッキ編み」という言葉でおなじみかも知れません)60元々はブビンガのキットを導入する計画で準備していたのだが、演奏曲目が決定した時点で急遽このウォルナットのキットに変更した。
ショボンちゃんはアッシュ、メイプル、バーチ等、NATALの全ての素材のキットを実戦で使って来ているので、音の違いがカッキリと耳に刻まれている。
そこで、選ばれた曲たちのイメージがブビンガではなく、ウォルナットだったというワケ。65ステージに上がっているもうひとつの小ぶりのNATALがコレ。70Cafe Racerシリーズの10"、14"、18"というキット。
スネアは14"×5.5"のメイプル。80コチラはドカドカやらないのでペダルはシングルのスムース・カム。
100vアコースティック・コーナーで使用されている。90これらのキットで「青い珊瑚礁」や「赤いスイートピー」とかを演っちゃってるワケ。
スゲな!0r4a0032…と、ひと通り大事な商売道具を拝見した後は楽屋へGo!
ココからはそのショボンちゃんのインタビュー。

ナゼNATALなの?
NATAL(以下「N」=「シゲ」):本日は松田聖子さんのコンサート・ツアー『Parade』の日本武道館公演の初日ですね。
お忙しいところお時間を割いて頂き誠にありがとうございます。
伊藤ショボン太一(以下「S」):イエイエ、こちらこそありがとうございます。NATALさんにはいつもお世話になっていますから!
0r4a0067N:どういたしまして!
しかし、ショボンちゃんともナンダカンダで長くなったね。
NATALドラムスが日本に入って来たのが2012年の暮れ近く。
その翌年ぐらいから使い始めてもらったのでカレコレ約10年!
でも、こんなインタビューなんてしたことなかったね。
S:ね~、早いものです。
N:一体NATALドラムスのどこがそんなに気に入ったんですか?
S:まずは音がいいこと…コレは大前提ですね。
昔からシェルが薄くて軽いタイコが好きなんですよ。
固くないタイコが好き。
N:固くないタイコ?
S:はい、作りが固くないヤツ…シェルが固すぎるのは苦手なんです。
N:使われているシェルの素材が硬いという意味ではなくて?
S:違います。
素材じゃなくて作り。作りが緩いのが好きなんです。
叩いた時に手に伝わって来る感じが固いドラムスってあるんですよ。
反対に柔らかい感じがするドラムスもあるワケです。
N:それがNATALなワケ?
S:そう。10年前に高田馬場のバズーカ・スタジオで初めて叩いて、『ナンですか~、このドラムスは!?』となって…。
それで、「Stave(ステイヴ)」スネアを使わせてもらったら、アレが良すぎて大感動してしまいました。
アレがそれまで求めていた本当に出したかった音だったんですね。
N:すごく気に入ってたもんね。
S:はい、それから色々なキットを試させてもらいましたね…アッシュ、メイプル、ウォルナット。
で、その中でバーチがすごく気に入ってすぐに購入しました。
N:ありがとうございます。
S:あのキットは東京アクティブNEETsのスタジオに常設してあって、東京に出て来た時はアレを使います。
今でも大好きです。

下はそのバーチのキットを入手した頃のショボンちゃん。
スゴイ貫禄。とてもドラマーには見えん!95v_2そのバーチのキットとステイヴ・スネア。100S:一方、ウォルナットのキットは秋田の実家のスタジオに設置してあってレコーディングの仕事を受注したり、放送したりする時に大活躍しています。
音がモチッとしていて、すごく太いので大好きなんです。
  
ウォルナットのキットを叩くショボンちゃん。
まだまだスゴイ貫禄だ。
60vウォルナットのキットは木目が飛びっきり美しいのもひとつの特長だ。702

NATALの特徴
N:チョット一般的なことをお訊きします。
ショボンちゃんの感覚で…サウンドを決定するヘッドとキットが占める割合ってどれぐらいだと思います

0r4a0073か?
S:ヘッドが7~6割かな?…あとはシェルの材質と作り。
やっぱりヘッドは影響はがデカいと思います。
スネアは特にヘッドとスナッピー。
もちろん材質とかハンマリングとか、音を左右する要素は色々とありますが、でも、やっぱりヘッドですね。
例えば値段の安いスネア・ドラムでもちゃんとしたヘッドを張れば格段に音は良くなります。
N:それは叩き手の腕が良いということが大前提なんでしょうけどね。
それでもやっぱりギターの弦やサックスのリードに似てますよね。
その「音がモチッとしている」というのは?
S:ネバりっ気のある音って言うんですかね。
NATALはもちろんドラムス単体で叩いててもとても気持ちがいいんですけど、他の楽器が入った時にすごくキレイに混ざる感じがするんです。
私は他の楽器とのバランスをすごく気にしちゃう方なのでその辺りもすごく気に入っています。
N:まだNATALをご存知ないライブハウスに持って行くと、PAの方に褒められることがそう珍しくないんですよ。
あの天王洲アイルの時もそうだった。
叩いてる側の人はわからないかも知れないけど、その辺りのことはどう感じますか?

0r4a0052S:よく言われるんですが、「作り」というか、シェルが薄くてカチッとしてない分、余計な音の成分が出ていないのではないでしょうか?
だから、PAさんは特定の音の帯域をEQでカットするとかあんましなくていいのではないかと思います…勝手なイメージですけど。
中には「アレ~?ココまでココまで叩いていないんだけどな~」みたいなドラム・キットってあるんですよ。
音が出すぎちゃうんですよね。
ココまで鳴らすつもりはないんだけど、音がやたらとデカいな~みたいな感じ。
そうかと思うとバス・ドラムだけ音が軽くて自分に返って来なかったりする。
まぁ、叩き方が合わないということもあるんでしょうね。
叩き方は個人差が激しいですからね…その点、やっぱりNATALは完璧に自分に合うんです。
 
松田聖子さんのお仕事
N:ショボンちゃんとの長いお付き合いの中で、今回の松田聖子さんのツアーが最も大規模なお仕事だと思うのですが、どこも巨大な会場で、「NATALでヨカッタ」みたいなことを感じることはありますか?
S:音の評判は大変いいです。
N:ナニか特別言われたことってある?
S:こう言うとアレですけど…良いことを言われても覚えてないんですよね。
特にプレイに関してなんですが、「このパート、もうちょっと重くした方がいいよ」とか、「そっちの方がいいかも知れないね」なんて言われたことはすごく覚えてますけど。
「良かったよ~」はあんまり覚えてなくて…課題の方が覚えてる。。
N:音は良くて当たり前…ということにしておきましょう!
S:ハイ…でも、音の評判は本当にすごく良いですよ。
自分でプレイバックを聴いてもメチャメチャ良くて…。
キックとスネアは自分の目標の音があって、ヴィニー・カリウタみたいな音を出したいみたいな。
その点、結構海外ドラマーみたいな音が出せてるな~、みたいな感じ?
N:それはヨカッタ!でも、ショボンちゃんのドラミングはホント、あんまり日本人っぽくないもんね。
 
NATALのカホン
N:ゴメン…話題を飛ばします。カホンについて。

0r4a0079_2S:NATALのカホンってすごくいいですよ。
単純に低音がすごく出る。
サイズがちょっと大きめな感じなのかな?
N:で、ブラシで叩くでしょ?
S:そう、単純に、手が痛くなっちゃうから。
タマにしか演らないので手で叩くと腫れちゃうんですよね。
で、手が腫れちゃうとスティックを持つ手が変わっちゃうんです
だからカホンはスティックで演るようにしているんです。
先日、シゲさんがプレイを聞いてくれて、ホメて頂いたのは良かったナァ~って思っています。
N:イヤ、ホントにスゴかった。カホンとブラシだけであんなにスウィングできるなんて思っていなかった!
S:確かにドラムを叩く時と全く同じ感じで演っているんですよ。
N:やっぱりアレも作りが緩いとかあるのかしらん?
S:緩いと思いますよ。
柔らかくて軽めで…それがすごくいいんだと思います。
 
NATALのカホンをプレイするショボンちゃん。530v手で直接叩かず必ずカホン用のブラシを使用する。
コレが凄まじいスウィング・ビートを生み出す。520v

好きなドラム・キット
N:さて、ドラム・キットの話に戻って…。
これまで色々なメーカーのモノを使ってきて、やっぱり国産と輸入ブランドに違いってあると思う?
S:かなりあると思いますよ。

0r4a0077日本の楽器はほぼ全部試しましたが、どれも海外ブランドのモノよりカッチリ作られているんですよね。
でも作りがとっても良い分、暴れる要素が少ない。
そういう意味で私は作りがチョット粗いぐらいの方が好きなんです。
つまり、カッチリしてるヤツって鳴りすぎちゃうんですよ。
私の場合はそうでない方が叩いてて気持ちいいんです。
N:コンフィギュレーションのこだわりってありますか?
今回のメインのキットは10"、12"、16"、22"だけど、それじゃないとダメとか…。
S:イエイエ、でもタムだったら10"&12"か、10”&13"がいいかな?
12”&13"はあんまり好きじゃないんです。
セッティングの問題もあって、私はイスをチョット低めにセットするのでタムが高くなると叩きにくくなっちゃう。
N:グリップの違いもありますよね?
S:あります、あります。大いに違いあります。
マッチドだとタムに結構角度を付けても大丈夫なんですよ。
でもレギュラーの場合、タムに角度を付けると力が伝わらない。
チョット角度を浅めにしておかないと上から行くときに叩きにくい。
あ、それと好きなドラマーが全部10"&12"っていうのもあります!
N:深さは?
S:浅い方が好きですね、個人的には。
ウチで使ってるバーチとウォルナットは10"の6.5"と12"の7"かな?
N:あ、思い出した!
あのバーチのキットが入って来た時、タムが薄くかったからショボンちゃん即決したんだよ!
三茶のスタジオでそんな話をしたような記憶がある。
そんな話をしている間もショボンちゃんはズ~っとスティックとパッドを手放さないでポコポコやってた。
S:そうでしたかね?でも確かに自分のNATALがすぐに欲しくて即断したのは覚えています。
 
キットとヘッド
N:たとえば「NATALは10"がいいんですよ~」みたいな特定の良さが出ているところってありますか?
S:まずは10"はすごくいいですよ。
でも、こういうのはヘッドとか使う環境によるところが大きいんですよ。
例を挙げれば、ウチのスタジオにあるウォルナットの場合、ウチの部屋だとツープライのヘッドにすると12"より10"の方が鳴りやすい…とか。

0r4a0061_2私はワンプライも結構好きなんですが、ワンプライを張ると10"より12"の方がよく鳴ったりするんです。
マァ、まだ研究しなくてはイケないんですが、またそういうことを試すものとてもオモシロいんです、NATALAは。
N:簡単に言ってワンプライとツープライの違いって…?
S:ツープライの方がアタックが出て、中音域が下がるロック系のサウンドかな。
一方、ジャズを演る時はワンプライです。
実は今のウォルナットのキットにはワンプライなんですが、どちらかというと好き。
でもツープライより耐久力がないんですよね。
叩いた感じも音の伸びが軽いところが好きで今の聖子さん用のキットもワンプライなんですよ。
N:じゃ、10"より12"の方がよく鳴るんだ?
S:イエイエ、両方とてもよく鳴っていますよ~!
このツアーをやっていて、ツープライも合いそうな感じがするのでまたチョット色々試そうかと思っています。0r4a0065もちろんキットは常にNATALで不動です。
N:私は根っからの「ギター属」の人間でドラムスのことは通りいっぺんのことしか知りませんが、これだけ皆さんの演奏をお聴きしていて、NATALってクリアよりコーテッド・ヘッドの方が楽器の良さが出るような印象があります。 
S:ウン、確かにクリアを張ると音がスッキリしすぎる感じがあります。
自分のイメージだとツープライのヘッドを張ると音量が下がる感じ。
ツープライは剛性が高いシェルの方が合うと思う。
私も個人的にはNATALにはワンプライを張った音の方が好き…すごく合います。
でもワンプライって難しくって、パワーヒッターだとどうしても打面が結構ヘコんじゃう。
自分はあまり強く叩かない方なんですけど、それでも毎日使っているとひと月はとてももたない。
N:木原塁さんのオーケストラで小さいキットを使ってもらったでしょ?
アレ、音良かったですよね?…ま、叩き手がいいんでしょうけど。
今回のツアーでも使ってもらっていますが…。
S:イエイエ。
ハイ、あのCafe Racer、ものすごく音がいいです。
特に小規模のセッションの時とか最高ですよ!
アレはメープルでしたっけ?
N:イイエ、Cafe Racerシリーズはチューリップ・ウッドという材を使っているんですよ。
S:チューリップ?へぇ~。
N:だから富山産です…ウソです。
横浜のHey-Joeで「鴨のナントカ」を食べながらドラム・ソロを演ったあの緑のキットもCafe Racer。
 
今はなきHey-Joeでのショボンちゃん。400v S:ハイ、Cafe Racerでしたね。
イヤ~、アレも鳴りが軽い分、音が明るい素晴らしいキットですよ。
音ヌケはいいし、とにかく音が明るいですからね、Cafe Racerは。
N:ウン、おかげさまでどこへもっていってもすごく評判良いです。
S:そうだと思いますよ。Cafe Racerもホントに良い。
音量も出そうと思えばチャンと出るし。
今日のあの小さいキットを使う時ってどうしても抑えめの演奏の時が多いんですけど、それでもやっぱりバスドラもドン!って出るし。
N:いつも信じられないぐらい軽く叩いてるもんね。
S:あの塁さんの時ね…ホントに軽く叩いたんです。だいたい30%か40%の力。
撫でるように軽く叩いてあの音です。
 
木原塁さんのオーケストラのショボンちゃん。
90vN:ナニかNATALにリクエストってあります?
S:イイエ、品質的には大満足していますので…でも、シゲさんにひとつあります。
N:エ、ナニ?
S:24"バスのブビンガのキットがあったでしょ?
タムがメッチャ深胴の…アレもものスゴク音がいいんですよ。
また今度チョット試させてもらえませんか?
N:ナンダ、そんなことか…いつでも大歓迎ですよ!0r4a0084こうしてショボンちゃんはこの日もNATALとともに日本武道館のステージに上がったのであった。
8月18&19日には武道館での追加公演も決定した!
スゲな。
20_2

 
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200 (一部敬称略 2023年7月7日 日本武道館にて撮影)

 

2023年7月18日 (火)

YETI VALHALLA(イエティ・ヴァルハラ) SONIC BOOM TOUR

 
早くもMarshall Blogへは2度目の登場となるカナダのYETI VALHALLA(イエティ・ヴァルハラ)。
今回は『SONIC BOOM TOUR』と題したツアーでの来日だ。10vそのツアー・プランの中のひとつ『Anything Allright Festival vol.51』というイベントでのYETI VALHALLAをキャッチした。
今日はそのレポート。
え?「vol.51」!?…そんなに歴史のあるイベントだったのね?
スゴイ!イベントというモノのは、やるのは簡単でも続けるのはメチャクチャ大変だからね。20v14:00からスタートしたイベントの出演者は神社もビックリの8マン。
YETI VALHALLAは19:50からトリで登場した。
前回はトリオ編成であったが、今回はメンバーを変更してギターを加えたカルテット編成となった。
オープニングはYETIのキラー・チューンのひとつ「Party Tonight in Valhalla」。30Adam Jang40vAndy Hewet50v_2東郷コウヘイ60vKanako
…の4人。
70vこの曲のAdamの歌は本当にカッコいい。
やっぱり音楽は「歌」だネェ…ということをまじまじと実演してくれる。0r4a0066 ギター・ソロもバッチリ!
Adamはいつも通りMarshall。80今回はJCM2000 DSL100と1960Aを使用。90vこの曲のタイトルは「今夜はヴァルハラでドンチャン騒ぎ!」ということになろうが、戦いで命を失った兵士が集まるところがヴァルハラ宮殿。
そして、戦場で命の選別をした女神がヴァルキリー(Valkyrie)…ドイツ語でワルキューレ(Walküre)。
ヴァルキリーは自分が「死」と判別した兵士をヴァルハラ宮殿に連れて行き、宴の席を設けたという。
まさに「ヴァルハラのパーティ」なのだ。
最近、頻繁にこの北欧伝説のことを調べる機会があって覚えちまった。
みんな生きているけど、ステージの上はまるでAdamの「ロックンロール・パーティ」のようだ!0r4a0209 続いて「No Faith」。
ミディアム・スローのヘヴィ・チューン。100v_nf前回の来日時にも演奏していたが、1曲目と共にとても印象に残った曲。
曲のメロディがAdamの声にものすごくマッチしていたからだ。
110
チョット不気味なメロディを奏でソロに入るAdam。
ナンカ前回とイメージが違うナァと思っていたら…ギターだわ!120v前回は「Yeti」と入ったヘッドと…100ボディに「Legend」と入ったシングル・ピックアップのレスポール・カスタム・モデルだった。
このギターがトレード・マークだと思っていたので今回のスタンダードはチョット意外だった。
ま、ギターは何でもMarshallとレスポール・モデルのコンビネーションであればサウンドは極上だ!
1102「次の曲はとても悪い女の曲だ。とにかく悪い。性悪女だ。
『普通の女』だって?トンデモないぜ。
何しろ『悪の女王』と呼ばれているんだから!」130KANAKOちゃんが叩き込むフロア・タムにシンプルなリフが被さる。140v_qeそしてAdamの絶唱。
しかし、カッコいい声だな。
370典型的なハードロック・ナンバー。
ロックはコレでいい。160コウヘイさんのソロがキマった。
7弦&31フレット(多分)のギターはコウヘイさんのトレード・マーク。170vコウヘイさんも根っからのMarshallプレイヤーだ。
今回のステージではAdamとお揃いでJCM2000 DSL100と1960Aを使用した。180v続いてはAdamが奏でるアルペジオと…0r4a0154 コウヘイさんの哀愁のギターのアンサンブルからスタートするバラード「Purgatory」。0r4a0348 「purgetory(パーゲトリー)」というのは日本語では「煉獄」と訳されるカトリック用語だそう。
生きている間に悪事を働いた人は天国に行く前に「purgetory」で生前の罪を償わなくてはならない。
要するに大変苦しい状態にあるのが「purgetory」。0r4a0235_2 コウヘイさんのギター・ソロも…220vAdamの熱唱も、その煉獄の状態に喘ぐ姿を浮き出していた。230「♪My brother says sisters, we are one」と歌い出し…0r4a0471ギターで合いの手を入れるのは「We Are One」。
こういうブルースのエキスを下地にしているバンドって日本からスッカリ消え失せてしまったナァ。
一過性のハヤりモノと違ってこういうロックはいつまでたっても古臭くなりませんナ。
0r4a0454 一転して目の覚めるようなハードなパートに突入!
280ゴリゴリとヌケの良いサウンドで迫ってくるAndyのベース。
私はAndyが使っているベース・ギタにはかつて縁がありましてね~、懐かしいナァ。0r4a0105 曲は一転してミディアム・テンポに移りジックリ聴かせちゃう。0r4a0133 Kanakoちゃんのピックアップ・ソロから…290vAdamの熱気あふれるソロ!
聴きどころ満載の1曲だ!300ココでメンバー紹介したAdam。0r4a0477_2 続いてはAdamの弾くアーシーなリフからスタートし、サザン・ロック風のサウンドが展開する「Texas Tornado」。
310v_ttこの曲もとても印象に残っているナ。
350vコレもYETI VALHALLAのキラー・チューンのひとつだ。320「コウヘイさ~ん!」
Adamの呼びかけに続いてコウヘイさんのソロがフィーチュアされる。330vその横ではAdamとAndyは押しつ押されつのフォーメーション。340「次はオレのダチの歌だ。
身長は2m以上、体重は200kg以上…あんなデカいヤツは見たことがネェ。
コワいけど、優しいヤツでオレが子供のころはアイツに守ってもらったもんだ」
その紳士的な友人が『マウンテン・マン』として知られる殺人マシーンへと変貌し、刑務所から抜け出て来た…みたいな歌。360Andyのアナウンス…「緊急事態発生、緊急事態発生、マウンテン・マンが再び自由の身となりました」

360v_mmヘヴィなリズムに乗って終始叫びまくる歌も…150vギターもいかにもマウンテン・マンが暴れまくっているような激演!380このマウンテン・マンこそがバンド名の「Yeti」なのかしらん?
曲の最後はAdamがジャンプして締めくくった。390「このライブはMarshallのサウンドで演っているゼ。Marshallは最高だ!」
ありがとうございます。
前回、Marshall Blogにご登場頂いたところAdamは大変よろこんでくれましてね。
今回も会うなりそのお礼を言ってくれた。
この方、昔ながらの典型的なロックンローラーを装っているけど、礼儀正しく、実にキチっとした人なのです。400v最後を締めくくったのが「Voodoo Chile」だったのは意外だった!420vギター2人が弾くあのおなじみのリフに…400_vcベースと…430ドラムスが加わる。0r4a0677 この曲もAdamの声にピッタリ!
後日「Voodoo Chile」を取り上げたことに驚いた旨を伝えると「Hendrix is God!」という答えがAdamから返されて来た。
海外ではいまだにそうなんだよ。
こういうところに今のロックの洋の東西の大きな違いを感じざるを得ない。
460せっかくのヘンドリックス・ナンバーだからして…4502人のギターがタップリとフィーチュアされた。
440そして、曲の途中でコウヘイさんからこの日からKanakoちゃんとコウヘイさんが正式にYETI VALHALLAのメンバーとなったことがアナウンスされた。470v

480vそんなサプライズを含んでの10分以上の大熱演!490YETI VALHALLAは今回もシンプルで熱気あふれる「ロックの原点」をタ~ップリと見せてくれた。0r4a0143YETI VALHALLAは、現在STUDIOシリーズやVintage Modern他、Marshallをふんだんに使ってレコーディング中だ。
10月にはまたライブがあるそうなので楽しみだ!
 
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<Desolation>

<Captives>


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200 (一部敬称略 2023年6月24日 目黒鹿鳴館にて撮影)

2023年7月13日 (木)

CONCERTO MOON~『From Father to Son』完全再現+新曲披露<後編>

 
「ありがとうございます。楽しんで頂けていますか!
ボクらも楽しく演らせて頂いています。
ココまで、完全再現パートの10曲中、8曲を終えたところです。
この後の2曲は楽器の持ち替えもなく、お馴染みのある曲を聴いて頂こうと思います。
皆さん、まだ元気は残ってますか?
イケるか~!」
一度でいいから聞いてみたい…お客さんが「ムリで~す!」と答えるところを。
CONCERTO MOONの時以外でお願いします!
10さて、芳賀ちゃんが言った通り完全再現のコーナーも残すところあと2曲のクライマックス・ゾーンに突入!
曲は「Into the Fire」。
30_itfコチラは最後までイクしかない5人…そういうお仕事なのだ!
 
河塚篤史40v中易繁治50v三宅亮
70v_2芳賀亘60v島紀史
120vノンちゃんはいつも通りのMarshall 1967 MAJORを中心にしたスタック。
コレで伝統のMarshallサウンドをブッ放してくれる。
90亮くんのソロから…
0r4a0390ノンちゃんの爆裂ソロ!0r4a0138 盛り上がりは最高潮!0r4a0386_2 「再現ラストいくぞ~!」
アッっという間に『From Father to Son』のクローザーだ!
110おなじみのイントロ。
締めくくりは「Change my Heart」。0r4a0596 CONCERTO MOONのステージでは決して欠かすことのできないマスター・ピースのひとつ。0r4a0215 やっぱり久しぶりに演る曲より慣れている曲の方が演りやすそう…でも、出来はどれも一緒。0r4a0619_2 つまりどれも最上級の「激演」なのだ!S41a0311 実際、アルバムの最後に収録されているので「完全再現」の最後に演るのは自然なことなんだけど、「Change my Heart」が最後に出て来るなんてなかなかドラマチックな演出ではあるまいか?0r4a0141さっき「25年後のステージのギターの持ち替えの手間を考えて収録曲の順番を考えるべきだった」とノンちゃんが言っていたが、この曲をアルバムのエンディングに持って来たことこそ25年後にその作品を再現することを考えていたのではないか…というドラマチックな展開を見せて完全再現のパートを終了した。150_2「ありがとうございます!
完全再現ライブ楽しんで頂けましたでしょうか?
ココから先は未来の曲…いわゆる新曲を演奏しようかな~と思います。
むしろこっちがメインという風に伺っているんで…こうゆう趣旨で間違いないでしょうか?」S41a0174 「きゅ、急だね?。ハイ、そういう趣旨で大丈夫です。
新しいアルバムについては、毎回『いついつには出すよ』ってみたいなことを言うじゃないですか?
ボクって言うでしょ?…ウソばっかり。
イヤ、アレはウソではない。希望的観測っていうんです。
もう『いつ出す』とは言わないで、とにかく早い段階で強力なヤツを皆さんに聴いて頂こうと思ってガンバっています。
もうバッキング・トラックみたいなのは録り終わってるんですけど、こだわりにこだわってしまい、すでに作っていたメロディを全部捨てたりしたワケ…バカでしょ?
そういうことをしていたんですが、とにかく強力なヤツを皆さんに聴いて頂きたいと思っていますのでもうチョットだけお待ちください!」180v『From Father to Son』完全再現の後は事前のライブ告知で「新曲披露」と謳っている通り、新しい曲を2つ披露した。10vまずは「F♯ Fast」と仮に題された曲。
キーはF♯で早いヤツね。190_f安心してください。
脇目も振らずガンガン突っ走る曲調はまさにCONCERTO MOON節。200♪ゲログロガラゲロと中易さんのベースが暴れまくる、暴れまくる!
今日のベースの音は一段と狂暴だ。210v_2_2ディミニッシュ・スケールを交えたピック・アップソロからガツンとギター・ソロ本体へ!220vん~、コリャ次のアルバムのオープナーかな?230_2もうひとつは「Am Mid Up」としたキーがAmのマイナー・ナンバーでアップ・テンポ。240_amuコチラは河塚さんのツイン・バス・ドラムが鳴り響くドライビング・ナンバー。S41a0335亮くんのキーボーズがサウンドを分厚くする。250v_2限界突破の芳賀ちゃんのハイトーン・ボーカルズ。
サビの美しいメロディが印象的だ。0r4a0571 そして、もちろんこの曲でもノンちゃんが劇的なギターを聴かせてくれる。260vこの曲もこれからのCONCERTO MOONのステージを構成する重要な1曲になりそうだ。
皆さん、ニューアルバムをお楽しみに!0r4a0587「ありがとうございます。新曲いかがでしたか?
今演った曲たちは次のアルバムに収録されるであろうということで、フル・アルバムを携えてなるべく早めに皆さんの前に戻ってきますので楽しみに待っていてください。
よろしくお願いします!」S41a0352「完全再現」と「新曲披露」が無事に終わって本編も残すところあと2曲。
まずは「Find my Way」でスッ飛ばせ!
0r4a0343 企画モノから脱したこの解放感が何ともいい感じですナ。0r4a0436客席をアオる芳賀ちゃん。
もちろんお客さんは大エキサイト中!300本編の最後を飾ったのは「Time to Die」。
100超定番曲のお出ましにいよいよステージと客席の一体感が高まる。
380すごい熱気!
疲れも手抜きも全く見せることなく最後までテンション上げ続けた5人!80 285v

360v
340v

370v_2本編の最後を締めくくるのはいつも通りノンちゃんとギターのバトル。0r4a05171960の上にギターを上げて…390v_2超盛りだくさんだった本編を終了させた。400アンコール。
「どうもありがとう!イヤ~、楽しいね。
鹿鳴館もこの場所がもうチョットでなくなってしまうのが非常に惜しいです。
必ず『目黒鹿鳴館』は復活するし、その新しいところでも演らないと気が済まない…とさっき代表のペペさんと話をしていたんです。
多分来年、新しくなってもCONCERTO MOONは戻って参りますので鹿鳴館ともども愛してくださいね!
そして、先ほど新曲を聴いて頂きましたが、できるだけ早い段階で納得のいくものを作ってみなさんに楽しんでもらおうと思ってますのでもうしばらくお待ちください。
よろしくお願いします!」410アンコールの1曲目には「It's not Over」を持って来た。0r4a0680 いつも通りアンコールはツアーTシャツ姿で登場。
ナニを身に付けていようが、猛進するCONCERTO MOONスピリットとサウンドは変わらない。430v

440v 455v 
470vそして、最後の最後は「Alone in Paradise」。460_2ステージの上を行き来して最後の最後までサービス満点のノンちゃん!480今日もすさまじいプレイの連続だった。
それとこのギターの音!
ノンちゃんに引き継がれた、MarshallをまさにMarshallらしく鳴らすやり方は、大谷一門に引き継がれる大きな財産だ。490vお客さんも大よろこび!
500その気魄のこもったパフォーマンスはもう少しで別れを告げざるを得ないホームグラウンドへに捧げているかのようにも見えた。510_2曲を作って、録音して、製品にして、宣伝して、ツアーをして、そしてまた曲を作って、録音して…コレこそが「音楽家」の仕事だ。
Tシャツやタオルを売ったり、動画でひと稼ぎするなんてのは断じて音楽家の本業ではない。
このことを「時代が変わった」で片づけては絶対にいけない。
自分だけの音楽を作って、音楽だけでメシを喰える人たちだけが音楽でメシを喰うべきなんだ。
今の音楽を取り巻く状況が重篤なまでにイビツであることを強く認識するべきだと思う。
ナゼならこの一連の作業は、概ね「音楽家」という職業ができてから何百年もこの繰り返して来た歴史ある「音楽家の本来の仕事」なのだから。
その点、CONCERTO MOONはホントにエライと思うよ。
そして、いつまでも自分たちだけの新しい音楽を作り続けてもらいたい切に願う。
520「12月…もう1回ココの鹿鳴館を締めくくりに戻って来るぞ!12月に会いましょう!」
最後はお定まりのリッチー・ポーズ!
530vCONCERTO MOONの詳しい情報はコチラ⇒CONCERTO MOON Official Site540v_2
   

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70

200 (一部敬称略 2023年6月11日 目黒鹿鳴館にて撮影)

2023年7月11日 (火)

CONCERTO MOON~『From Father to Son』完全再現+新曲披露<前編>

 
昨年の5月、CONCERTO MOONは第1作目『Fragments of the Moon』の発売25周年を記念してアルバム完全再現ライブを開催した。
そして今年、同じく発売25周年となったセカンド・アルバム『From Father to Son』を再現する記念ライブ・ツアーを催行し、先頃全行程を消化した。
今日はそのツアー初日、東京公演のレポートだ。
10v
会場は今回もCONCERTO MOONのホーム、目黒鹿鳴館。
先日、ビルの老朽化を理由に2024年1月をもってこの場所を退去することを表明した鹿鳴館。
一瞬ドキっとしたが、移転先や日程はまだ発表はされていないものの継続して営業することが決まっていることを聞いてひと安心。
鹿鳴館までなくなっっちゃったらもう日本のグラスルーツ・ミュージック・シーンはお終いだっちゅーの!20v会場は満員。30おお!Marshall GALAのTシャツ!
うれしいな~!40そして、客電が落ちておなじみのオープニングSE。
ワクワクするね~。50そしてショウがスタートした!60_dc芳賀亘70v三宅亮80v中易繁治90v河塚篤史100vそして、総帥・島紀史。110v今日もMarshimaシステム。
1967 MAJORと1960群だ。120久々にセッティングの様子を載せておくと左から…
PRESENCE=4
BASS=0
MIDDLE=8
TREBLE=4
VOLUME 1=10
VOLUME 2=4
…であの音を出している。130足元のようす。150右手にはMarhallスウェット・バンド。
以上がノンちゃんのギター以外の機材。140オープニングはアルバム通りに「Dream Chaser」。160まずは普段のステージでもおなじみのナンバー。
アルバムの1曲目だから仕方ない。
0r4a0225 本日最初のギター・ソロ。170vノッケからブチかましてくれたこの音、このフレージング…コレぞ島節!
1802曲目は「Surrender」でゴキゲンにカッとばす!190v_sr問答無用のストレートなドライビング・チューン。200vコレは普段出て来ない曲。210v_2こうした「アルバム完全再現」の企画は普段全く演らない曲がワンサカ出て来るからオモシロイね。220この曲のソロもすごいぞ!
いつも演ればいいのに、この曲。
メッチャかっこいいよ。230「ヘイ!東京。楽しんでくれてますか?
今日は25年前に発売しましたコンチェルトムーンのセカンド・アルバムにして、メジャー・デビューアルバムの『From Father To Son』25周年の完全再現ツアーの東京公演です。
当時から聴いて頂いてる方も、さかのぼって聴いて頂いている方も、はたまた全く聴いたことがないという方も楽しんで頂ける…そんなライブにしたいと思ってます。
よろしくお願いします!」
240v「東京、ありがとう!
お足元がお悪い中、集まって頂いて本当にありがとうございます。
芳賀も言いましたけど、早いもんで『From Father to Son』は25年前のアルバムになるんです。
今もそのアルバムが皆さんから愛されているというのは非常に光栄な話しです」
0r4a0252「あと何回『鹿鳴館』という自分のホームグラウンドに戻って来られるのかわかいませんが、とにかく悔いを残さないように激しく演ろうと思います。
みなさん、よろしくお願いします!」
今日はお馴染みの曲ももちろんいっぱい演りますが、お馴染みじゃない曲も全部激しく演りますので最後までよろしくお願いしますよ~!」
250vアルバムの3曲目、すなわちこの日の3曲目は「Moonlight After the Rain」。260_marノンちゃんの泣きのギターでスタートするミディアム・テンポのヘヴィ・ナンバー。
280vこの曲も普段取り上げられることのない曲だ。
火花散る高速ナンバーだけでなくこうしたドシっとしたナンバーもお手の物だ。270v_2つづけて「Inside Story」。0r4a0259_2チョット中近東風なテイスト。
最近の世の中ではこういう曲調のロックを耳にすることが全くなくなったね。310vフレットボードの上を縦横無尽に指が踊りまくる!
ソロの後のアンサンブルがまたカッコいいぞ!330v亮くんのキーボーズから…340_oaoノンちゃんのギターがよく歌うイントロへ。350曲はバラードで「One and Only」。3603曲続けて珍しい曲を引っ張り出して来たかと思ったら…
「From Father to Son」!380_ffts昨年12月のリクエスト企画では第2位を獲得した人気ナンバー。390vそれだけにいつも演っている曲だが…400v「アルバム」という単位の中で演奏すると…410vまた雰囲気が違うね。420v…なんて思っているのは客席の皆さんだけかな?430演奏している方はいつも通り大爆発の体を見せた!
アルバム再現の最初のハイライト。440「ありがとうございます!
この再現ツアー、すでに名古屋の方で演って来ました。
今まで皆さんの前で演奏したことがない曲やこのメンバーで演奏したことがない曲が4つぐらいあったワケなんですが、その中でも次に演る『Somewhere In Time』が最もライブで演奏されてこなかった曲なのではないか…という風に聞いていました」
450v「あ、オレに言ってんの?…多分、そう。
もう曲名を言っちゃったのね?
イヤ、『あ、もう曲名言っちゃった~!』って驚いていたんです、ボクは。
モッタイぶって演ろうとしてたのに…」0r4a0195 「この『From Father to Son』というアルバムを出した1年後に『Rain Forest』を発表したんですが、もうその後には次に演る『Somewhere in Time」をライブで演奏していないんです。
だから『From Father to Son』から『Rain Forest』を出すまでの短い間のライブでしか演奏していない。
今回ホントに25年振りくらいに演奏する曲だったので、誰かの曲を覚えるぐらい一生懸命やりました。
ナニも…1秒も弾き方を覚えていなかったです!
ですからスゴく新鮮な気持ちで取り組んで、今この曲スゴくいいんじゃねぇか?と思い始めてる」0r4a0199 「今のメンバーで演奏できることは、すごく気分良く演奏できるということ。
だからと言ってね、度々『よし、盛り上げていくぜ!Somewhere in Time』ってやったら盛り下がるんだろう…キミら!
だから演らないけど、今日は25年振りになる本当に貴重な瞬間だと思います。
歌える方がいたら一緒に歌って頂いて…ボクはハスキーボイスになってますんで!
ボクはこれからしばらくコーラスしませんからね…イヤ、するけど」
0r4a0251およそ25年ぶりの「Somewhere in Time」。480_sitバラエティ豊かないくつかのパートで構成した盛りだくさんの1作。
とてもいいじゃないの!
普段から演るべきだと思います。
お蔵に入れっぱなしにしておくのはモッタイないゾ!
500vはい、コーラスやってます。370vおお!このグイグイと転調していく展開部がカッコいい!510「1秒たりともこの曲の弾き方を覚えていない」なんてノンちゃんは言っていたけど、おそらくコレはウソだよ。
こういう人たちって自分の作ったモノに関しては本当にビックリするほど何でも覚えているんだよ。
音楽も記憶力が勝負だから。
今回取り上げるに当たって25年ぶりに音源は聴いたかも知れないけど、多分、チョットやったらスラスラとレコーディングの時のことを再現できたハズ。
コレは脳ミソが覚えているのではなくて、指が覚えているから。
作家なんかも同じで、井上ひさしが言っていたんだけど、頭では忘れてしまった文字もペンを持つと指が思い出してくれるんだって。
だからワープロを使ってばかりいるとよくない…ということ。
コレ、ホント。
年を取ってくると、頭に浮かんでいる文字と指が書く文字に齟齬が生じることがあるの。
だから私はここ数年の間、短いながらも一日も欠かさず万年筆を使って日記を書き続けている。520v「東京、どうもありがとう!
もし25年前に戻れるのであれば『アルバムの曲順はチューニングのことを考慮して、順序立て決めなさい』と28歳くらいのオレに言ってやりたい。
でも、本当に『25年後にオマエは'完全再現'とか言って大風呂敷を広げたライブを企画するからドロップDの曲はドロップDで固めておいた方が後がラクだぞ』って言いたい!」
リクエスト大会の時、ショウのスムーズな進行を優先するために、ランキングの順番を少々入れ替えてチューニングの異なるギターへの持ち替えの頻度を下げた。
イエイエ、どうぞユックリ持ち替えてください。
ファンはみんな待っていてくれるハズです。
0r4a0246「次の曲は皆さんから支持を頂いている曲なんですけど、『尾崎(隆雄)さんの曲だから島は演んねぇのか?』とよく言われるんです。
実は要所要所でズッと演っているんですよ。
CONCERTO MOONはメンバーチェンジが激しいですから歴代ボーカルズが4人いるんですね。
でもね4人全員この曲を歌っているんです、
で、『芳賀もこの曲を覚えないといけないから大変だね』って言ったら既に芳賀でも演っていたのよ!
それはマジで初耳だった!」
「多分『UROBOROS』の時だったと思います」0r4a0193 「そう、『UROBOROS』のツアーで演ったんですって!
やっぱり何回も観に来てくれる人もいるし、いろんな地域で応援してくれる方もいるのでツアー中にコマゴマと曲を入れ替えるんですけど、この曲がその選択肢のひとつだったんだって…オレは初耳なんだけどね。
で、この曲は本当に尾崎さんの曲で、彼がボクらとCONCERTO MOONを結成する前のZENITHっていうバンドの曲だったんです。
CONCERTO MOONのファースト・アルバムにも尾崎さんの曲は入っていて、セカンド・アルバムの時にも『尾崎さん何か曲ないですか?』みたいな話になったんですが、特になかった。
それじゃあ、あの尾崎さんの曲をCONCERTO MOONで演ろうよ、という話になってアルバムに収録することになったんですね。
あの時、普通のチューニングのままで演っておけばココでギターの持ち替えもしないで済んだし、河塚の息を整えるMCもしなくて済んだの。
でもホントに長い間支持を頂いている曲なんで歌える方がいたら歌ってくれますか?」
530ノンちゃんが弾く激烈リフからスタートしたのは「The Last Betting」。0r4a0393 まさに王道を往くかのようなハード/メタル・ナンバー。550_lbこれまた盛りだくさんで聴きどころ満載の1曲。
前回この曲を取り上げたのはいつのことだろう?
ジャンジャン演るべし!
560ワルツのパートから壮絶ギター・ソロにつなぐ。570vそのあたりからの攻め具合がスゴイのだ!580v猛然と突っ走る5人!590v再現コーナーも残すところあと2曲だ。600v
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0r4a0046 <後編>につづく
  

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70

200 (一部敬称略 2023年6月11日 目黒鹿鳴館にて撮影)

2023年7月10日 (月)

【追悼】PANTAさんのこと

 
先週の金曜日の晩、PANTAさんの訃報に接して大変驚いた。
6月に夕刊フジのイベントに出演され、体調を取り戻されたのかとばかり思っていたので、その知らせは大きなショックだった。
ここ数年は疎遠になっていたものの、こと「ロック」に関してPANTAさんは私にとって特別な存在だった。
そんなPANTAさんを偲んでPANTAさんの思い出を綴って一筆執らせて頂く。
  
時折Marshall Blogで触れている通り、私は若い頃から観光地でも食べ物屋でも、大勢の人が群がるところがニガテで、エンターテインメントに関しても周囲の人たちが騒いでいるモノに興味を持つことは絶対と言っていいほどなかった。
要するに「アマノジャク」なのだが、私はいつでもマイナーなモノの味方だったし、その中にこそ純粋で優れたモノが潜んでいるという考えは今でも変わらない。
しかし、独占欲が強いのか、どんなに好きなモノでもそれが世間で知れ渡り、人が群がり出してメジャーになってしまうとスッカリ興味を失ってしまう。
「ロック」という音楽もまさにそうだった。
70年代中頃、まだ歌謡曲とロックの世界がハッキリと分かれていて、まだまだマイナーであった時代に私はロックを聴き始め、そして夢中になった。
その頃は「日本のロック」に全く興味がなく、100%洋楽しか聴いていなかった。
そんな高校1年生のある日、私の前に現れたのが現在も「三文役者」で活躍しているギタリスト、「ちぇり~」の愛称で知られる大竹亨さんだった。
この辺りのことは以前詳述しているので今記事では割愛するが、私は三文役者によって日本のロックに開眼した。
イヤ、大竹さんに『日本のロック』を教わったと言った方が適当か。
そして、三文役者を知るということは「PANTA」さんあるいは「頭脳警察」を知るということとイコールだった。
ナゼなら、三文役者のボーカルズの花之木哲さんがPANTAさんに歌詞を提供していたからだ。
大竹さんからPANTAさんや頭脳警察の話を聞き、SONYビルの下にあったハンターへ行って『ふざけるんじゃねえよ』を買った。
700円か800円だった。
聴いてビックリしたわ。
まだ「パンク」なんてのがない時代、「♪ふざけるんじゃねぇよ、殺られる前に殺るさ」なんて物騒な歌はそれまで聞いたことがなかったからね。
それもそのハズ、それまで聴いていたロックの歌詞は全て英語だったから。
今聴くと「前衛劇団モータープール」なんかはモロにザッパの「Brown Shoes Don't Make It」が下地になっていたりすることがよくわかるが、総じてそのサウンドはとても刺激的だった。0r4a0703 その直後だったような気がするが、当時のPANTAさんの最新アルバムだったPANTA & HALの『マラッカ』を買った。
プレグレッシブ・ロックやハードロックにドップリと浸かっていた私にはそのサウンドが少々アマアマに響いたが、どの曲も聴けば聴くほど味が出て来るとても魅力的なアルバムだった。
私は万に近い単位でレコ―ドやCDを買ってきたが、「一番回数多く聴いたアルバムは?」と問われたら何のためらいもなく「PANTA & HALの『マラッカ』」と答えておいて、「同じぐらいでザッパの『One Size Fits All』です」と付け加える。
ウチの母はこの鋤田正義さんが撮ったジャケットのPANTAさんを見て「パンダさんはハンサムだね~」と言っていたな。
「パンダじゃない、パ・ン・タ・」といくら教えても直ることはなかった。
0r4a0731大竹さんの口利きで、高校2年の頃より三文役者のお手伝いをさせて頂くようになった。
いわゆる「ボーヤ」だ。
当時、三文役者は月に1回のペースで渋谷屋根裏と新宿ロフトに出演していた。
ある時、PANTAさんが渋谷の屋根裏を訪れてくれて、そこで初めてホンモノにお会いした。
うれしかったネェ~。
下の写真は三文役者の写真を撮っていたサナさんから頂戴した。
43、44年前の写真。
サナさんは現在も三文役者のスタッフを務めていらっしゃって、元は熱心なPANTAさんファンだった。
今回SNSへの投稿で知ったのだが、サナさんがPANTAさんを初めて観たのはスージー・クアトロの前座で出演したソロの時の中野サンプラザだったという。
PANTAさんがスージー・クアトロの前座をされたというのは知らなかった!
PANTAさんは17、18歳の頃から「パンタ」と呼ばれ出したらしいが、この名前が大キライだったそうだ。
そのお名前の由来は、「昔パンタさんがパンタロンばかり履いていたから」…と、高校生の私に教えてくれたのもサナさんだった。
屋根裏の楽屋…知っている人は懐かしいでしょう?
ホールが4階で楽屋はそのひとつ上の階にあった。
ベランダに出ると目の前が西武デパートの裏の壁。
電話機のダイヤルに南京錠がかけられていて自由に使えないようになっていたのをよく覚えている。
当時はダイヤル式の電話が当たり前だったのよ。
(目かくしがないのは、左から大竹さん、私、哲さん、PANTAさん)
1_3p「スキスキ」と言っていながら、実は私はそれほどPANTAさんのステージを拝見する機会がなかった。
初めて観たのは新宿ロフトのPANTA & HALだった。
レンガ造りで上手側が高くなっていた昔のロフトね。
客席はギッチギチだった。
「最近もっともお客さんが集まるライブはPANTA &HALとRCサクセション」と屋根裏の人が言っていたのを覚えている。
このロフトの時のセットリストは『マラッカ』からの曲が中心で、「ネフードの風」がすごく印象に残っている。
「津軽海峡冬景色」風に「マラッカ」を演奏するサービスが差し込まれてしたりしてオモシロかったナ。
もうひとつ、よく覚えているのがアンコールの時のこと。
本編が終わってPANTAさんがステージに戻るとMCでこうおっしゃった。
「さっきどっかから『ネコ、ネコ』って声が聞こえて来てサ、はじめからアンコールを演るのがキマっているみたいでバツが悪いから、『ネコ』じゃなくて………『HALのテーマ』!」と曲を紹介して平井さんがあのファンク・ストラミングを弾き始めた。
まだ、「アンコール」が「アンコール」として機能していた時代よ。
それにしもこの「HALのテーマ」がカッコよかった!
こんなストラミングにブリティッシュ・ハード・ロック風のリフを重ねるなんて曲、世界的にも他にないんじゃないの?
そして、何やら聴いたことのない和音がゾロゾロと出て来た。
当時「HALのテーマ」は正式な音源でリリースされていなかったので、この時に初めて聴いたんだけどトリハダが出まくった。
ところで、この曲の「HAL」はバンドのことではなくて、『2001年宇宙の旅』に出て来るコンピュータ「HAL9000」のことなんだよね。
170_2そして、「HAL」は「I・B・M」の3文字よりひとつ前のアルファベットを並べている…ということがつとに知られていて『マラッカ』のライナーノーツにもそう書かれているが、そうではなかった。
『2001年宇宙の旅』の原作者であるアーサー・クラークが自らこの説を否定している。
コレは余談。
22180v そして、このロフトのライブの時、PANTA & HALが中野サンプラザでコンサートを開くことを発表して大きな歓声が送られた。
でも、上のサナさんのお話からいくと、PANTAさん時代は既にこの舞台に立たれていたんだネェ。
歴史を知るのはオモシロイなぁ。
とにかくみんなイスに座ってジ~ックリと音楽を聴いていた良い時代だったよ。40 下はその時のPANTA & HALを観た新宿ロフトがあった場所…なのだが、もう街が変わっってしまってどこにあったのかが正確にはサッパリわからない。
あんなに何度も通ったのに!0010 1980年、アレは今で言う「レコ発ライブ」を控えていたのかな?
新しいアルバムは『1980X』。
渋谷の明治通り沿いに「ベガ・スタジオ」というプロ・バンド御用達のスタジオがあって、PANTA & HALも三文役者もココでリハーサルをしていた。
そこで哲さんからPANTAさんに口を利いて頂いて、リハーサルにお邪魔したことがあった。
緊張したよ~。
高校生の分際で私もよくも1人でノコノコと行ったもんだわ。
言っておきますけど、この時代、ライブハウスに通っている高校生なんてまずいなかったからね。
私は大竹さんのおかげでライブハウスに関しては早熟だった。
で、スタジオに入るなりPANTAさんが「キミ、三文役者を手伝っているんだってネェ」ととても気さくに話しかけてくださった。
スタジオの中にいらっしゃったのは、平井光一さん、浜田文夫さん、長尾行泰さん、そして中谷宏道さんからなるホンモノの『1980X』のレコーディング・メンバー。
「サ、サインしてください」と、当時発売されたばかりの『1980X』を差し出すと、PANTAさんはサササとジャケットにサインをしてくださり「毎度アリ!」とおっしゃった。
そして、「どの曲がヨカッタ?」と訊かれて、とっさに「ル、ル、ル、『ルイーズ』です」と答えてしまった。
コレにはチョット後悔した。
世界初の試験官ベビー、ルイーズ・ブラウンのファースト・ネームを冠したこの曲はシングル・カットもされて誰もが好むにキマっている曲だったから。
そうではなくて、「臨時ニュース」とか「Audi 80」とか「キック・ザ・シティ」とか通っぽい答えにすればヨカッタ。0r4a0715 コレがその「ルイーズ」と「ステファンの6つ子」をカップリングした両A面シングル。
周りの年上の皆さんがよく「ステファン、ステファン」と言っていたんだけど、その頃はまだ音源になっていなくて聴くことができなかった。
そして、このシングル盤で初めてこの曲を耳にすることができた。
名曲だよね~。
曲もいんだけど、コレも歌詞がすごくステキだと思うワケ…もっと丁寧に言うと、歌詞とメロディが奇跡的にうまく組み合わさっていると分析したいんですわ、私としては。
…というのは口に出して歌った時にすごく気持ちがいいのね。
もちろんそれに合った歌い手の声質と演奏も必要で、それらが完璧に組み合わさった時に「音楽の感動」というモノが生まれるワケですよ。
ビートルズの曲も同じ。
0r4a0734 この日のリハーサル曲のひとつが「ナイフ」だった。
世にもカッコいいドラムスのイントロを文さんが叩き出すと、PANTAさんが「ホントにコレはすごいフレーズだよな~」と感心しておっしゃった。
それと、アルバムには入れたかった曲がもっとたくさんあって、30cmどころではなくて70cmぐらいのレコードにしたかった…ということをもお話しされていた。
CDが世に出て来る5年位前の話。
そうそう、思い出した…この時PANTAさんが話していたレコーディングの時のエピソード。
歌入れの時にミキシング・ルームの方に目をやるとディレクターの方が人差し指と親指で輪を作ってPANTAさんに見せた。
PANTAさんはナニを思ったか、その仕草を見て「ナニ、小銭を貸せってか?チッ、こっちは歌入れしている真っ最中だってのにナニ考えてんだ?オレだって100円ぐらいあるぞ(10円とおっしゃったかも知れない)」と、ポケットに手を入れて硬貨を探した。
そして、区切りのよいところでミキシング・ルームに行き、そのディレクターに小銭を渡すと怪訝そうなな顔をして「ナニこれ?」とPANTAさんに尋ねた。
PANTAさんが「だって小銭が要るんだろう?」と言うと、ディレクターが「そんなバカな!アレはOKって合図だったんだよ!」という話し。
みんなで大笑いした。
あと「トリック・スター」という言葉についても色々と語っていらっしゃったが、コレは私には理解できなかった。
このアルバムは両面が表ジャケットになっていて、便宜上裏面扱いされる面にはPANTAさんが単車に乗っている写真が採用された。
撮影はPANTAさんのジャケット写真をずっと撮られていた鋤田正義さん。1_00102 上に書いたようにPANTAさんは「パンタ」という名前がキライで、このアルバムを機に名前を変更しようとしていたらしい。
ところが、イタリアの単車メーカー「DUCATI(デュカティ)」が1979年に下のモデルをリリースした。
当時日本には2台しか入って来ておらず、そのウチの1台をこのジャケ写に適用した。
この単車のモデル名がナント「Pantah500」だった。
PANTAさんはコレでもう名前は変えられない…と思ったそうだ。1_duca また、私は新宿ロフトで聴いた「HALのテーマ」がズット気になっていて、このリハーサルの時に平井さんにお願いしてコード進行を教えて頂いた。
持ち合わせのメモ用紙がなかったので、レコードを入れて行った石丸電気の紙袋の上部を破いて開き、テンション・コードの表記の仕方も意味も全くわからず、そこに平井さんが口にする「なんとかナインス」とか「なんとかサーティーンス」というコード名を書き連ねていった。
小節線も入れずにズラズラ書いて行ったので、それを見た平井さんが「そんなんでわかるの?」とビックリされていた。
ジャズをカジった今ならナンてことはないけど、この時は後で見てやっぱりわからなかったナ。
コード譜すら書けなかった頃の話…あのメモ、保存しておけばヨカッタなぁ。
平井さんは愛用のレスポールの裏面にキズが付くのを避けるために、ベルトのバックルをグイっと横にズラしていた。
コレがまたカッコよかった。
あの頃はギブソン、フェンダー、Marshallのニオイを嗅ぐことすらできない高級品だったからネェ。
それと、休憩の時に平井さんと長尾さんが1本のギターを2人で弾いて「裸にされた街」のイントロを奏でていらしたのも覚えている。
下が石丸電気レコード館の袋。
コレはビニールだが、昔は厚手の紙で作られていた。
ベガスタジオは喫煙OKで、中は凄いニオイだったっけナ。
当時のミュージシャンは「ハイライト」を吸っている人が多かった。
この黄色い袋の似顔絵はもちろん和田誠さんの仕事だけど、あの「ハイライト」のパッケージのデザインも和田さんなんだよね。0r4a0086 その後、80年代に入って時間が経過すると、猛烈なスピードでロックが普及し出し、ロック・ミュージシャンがより一般大衆に受け入れられやすい作品を発表するようになった。
いわゆる商業ロック時代の幕開けだ。
そんな時合の中、PANTAさんも「キッスは飽きない」という惹句を伴って『KISS』というアルバムをリリースした。
買ってはみたものの、残念ながらどうしても受け入れることができなかった。
私は同時に最早マイナーではなくなってしまったその時代のロックにも完全に興味を失い、急速にジャズに傾倒していった。
一方、家内はこのアルバムが好きで、友人を誘って中央大学の学祭に出演したPANTAさんを観に八王子まで足を延ばした。
ココだけの話、42年前に家内と初めて会った時、共通の2人の話題のひとつが「PANTAさん」と「頭脳警察」だった。
今でこそMarshall Blogのスクリプターを務めてもらっているが、家内は決してコアなロック・ファンではないので、私はその時、普通の若い(当時)女性がPANTAさんや頭脳警察を知っていることに大層驚いてしまった。
というのは、彼女の一番の親友が佐藤宜彦さんの大ファンだったから。
宜さんはPANTA& HALのオリジナル・メンバーだったので、その関係で「PANTA」や「頭脳警察」という名前を知っていたのだ。
だからPANTAさんは私ら夫婦の「恋のキューピッド」でもあったのだ。
それとコレとは話は別で、当然私も中大の学祭に誘われたが断った。0r4a0091『KISS』の裏ジャケ。
ハートだもん。
かつては「銃をとれ」とか「マルコムX」とか歌っていた人の作品とは思えなかった。
でもネ、コレを書きながら久しぶりにこのアルバムを聴いてみたけど…いいネェ。0r4a0094 でも、当時私がこのアルバムを受け入れることができなかった理由は、上に書いたように「頭脳警察のPANTAさん」が創った音楽が全く違う世界に行ってしまったからだった。
しからば私の認識していたPANTAさん、あるいは頭脳警察の音楽はどうだったのか?
私が高校の時は頭脳警察のファースト・アルバムとセカンド・アルバムを入手することが全く不可能だった。
そこでズッと年長の三文役者のPAを担当されていらした方にお願いしてファースト・アルバムをカセット・テープに録音して頂いた。
そして、聴いた。

First「あ、あ、期末試験、中間試験、実地試験」に続いていきなり「♪ブルジョワジー諸君!われわれはァ~」でしょ?
「世界革命戦争宣言」ね…ビックリ仰天、「ナンじゃ、コリャ~!」だった。
あの頃はせいぜい「ノンポリ」なんていう言葉が残っていたぐらいで、70年代後半、学生運動はすでに皆無に等しかった。
しかし私は興味を持った。
完全に頭脳警察の影響である。
「興味があった」と言っても思想や活動では全くなく、大学進学を控えていた私とそう年齢の変わらない当時の若者が、ナゼああした活動にノメリ込んだのか?ということをモノスゴク不思議に思ったのだ。
「丸」だの「角」だの、思想については今でもサッパリわからないし、興味もない。
ちょうどその頃、角間隆さんというルポライターが書いた『赤い雪(読売新聞社刊)』という連合赤軍に関する本が上梓され夢中になって読んだ。
「オルグ」だとか「ブント」等の専門用語はこの本で知ったのだが、まぁ、この本にもかなりショックを受けたナァ。
「あさま山荘事件」が起こったのは私が小学校4年生の時(1972年)のことで、職人だった父が仕事にも行かず、朝から晩までテレビにカジりついて事件の行方を追っていたことが強く記憶に残っているものの、事件の背景は全く知らなかった。
あのどデカイ鉄球が出て来た時には興奮しちゃっても~大変だった。
そして、あさま山荘に立てこもる前の凄惨な仲間内のリンチ殺人事件。
自分と年のそう変わらない、もしくは年下の若者同士が「総括」という名の下で毎夜殺し合い、12人もの犠牲者を出したんだぞ。
「時代がアクティブだった」と言えば聞こえはよいが、色々と危険なことが起きる時代ではあった。
でも今、この国をこんな状態にしてしまった政府に対し、ナニも行動を起こさない国民の方がむしろ危険なのではないか?
PANTAさんがもっと若かったら一体どんな歌を作ってくれていたことだろう。

0r4a0743 そうして、連合赤軍の事件に興味を持った17歳の私は親友の安藤くんを誘い、東京地裁で開かれた永田洋子の初公判を聞きに行った。
6時起き。
傍聴希望者が多く、抽選となることがわかっていたので一番乗りをすれば幾分有利かと思ったのだ。
もくろみ通り一番乗りで行列に並んだ。
下の写真は現在東京地裁が入っている合同庁舎。
私が行った時、地裁は日比谷公園に隣接していて公園内で列を作ったように記憶している。
時代的に公判の内容にそぐわない若者が列の先頭で並んでいるのを見つけた読売新聞の記者から取材を受けた。
「学生運動が存在しない現在、アナタ方のような若者がナゼ赤軍派に興味を持っているのか?」という質問だった。
その問いに…「大好きな頭脳警察の影響です。知ってますか?…頭脳警察。
PANTAとTOSHIという人がやっていたロックバンドなんです。
そこら辺の普通のバンドとはゼンゼン違うんです。
彼らの歌を聴いて、日本赤軍を知り、自分と同じぐらいの年齢の若者がナゼああした事件を引き起こしたかについて興味があるんです」と元気に返答をした。
テレビで放映されることはなかったと思う。
フト気がつくとその時、私たちのすぐ後ろにいた「裁判マニア」みたいなオッサンがジリジリと我々より前に出て来て、時間になると一番にクジを引きやがった。
野郎、慣れていたんだナァ。
そのオッサンは見事当たりクジを引き、周囲の人に深々と頭を下げて「ありがとうございます!おかげさまで当たりました!」と大きな声で挨拶したのには呆れ返ってしまった。
一方、我々は2人とも見事にハズレ!
仕方なしに我々は社会勉強のために他の公判を聞きに行った。
傍聴席に座って、被告も出廷していないダラけきった公判を聞いていると、岩下志麻が入ってきて私の隣に座った。
おそらく野村芳太郎の『疑惑』の弁護士役を演じるための勉強だったのであろう。
裁判マニアのオッサンのおかげで、結果ラッキーな1日になった。
それで満足したのか急速に私の学生運動への興味は失せた。
ところで、日本赤軍の最高幹部だった重信房子は明治大学の先輩で、私が大学に入った1981年頃は和泉校舎(明大前)の校門付近にあの独特な文字で書かれた檄文のパネルがたくさん掲げられていた。
時間が経ってもそんなところに重信房子臭を感じたことを覚えている。1_tc 上に書いた通り、洋楽一辺倒だった私が日本のロックを聴かなかった理由のひとつが「歌詞」だった。
「英語か?日本語か?」なんて歌詞についての論争をよくやっていた時代よ。
その点、PANTAさんの作品は、曲の魅力もさることながら、歌詞がすごく魅力的だった。
簡単に言って、PANTAさんと三文役者の曲は詞を聴いていて全く恥ずかしくなかったのだ。
あの頃のことを考えると、今、どんなタイプの音楽でも平気で日本語で歌っていることに驚きを禁じ得ない。
コレはすごい進化だとは思うが、一方ではそれが日本のロックをガラパゴス化してしまっていることは大きな皮肉といえまいか?
PANTAさんの曲には「アラビアン・ミディ」とか「レディ・シュライヤー」とか、他の歌には絶対に出て来そうにない言葉が出て来るでしょ?
コレがカッコよかった。
それと「ルイーズ」ではフランス語を、「フローライン」ではドイツ語を導入したりもしたのも新鮮だった。
加えて凄まじいまでのロマンチシズム。
「♪夜が疲れかけた時 鳥が夢をさがす時 銀のペンをイマージュに突き刺す
星が溢れすぎた街 時がこわれそうな街 それを今のテーマと見なそう」
どうよ!
コレは下の頭脳警察の4枚目『誕生』に収録されている「詩人の末路」という曲。
こんなこと誰が詠えるよ?
そういえば、「あなたの心の中に黒く色どられていない処があったらすぐ電話をして下さい」という曲もモロにザッパの「Brown Shoes Don't Make It」ですな。うれしいです。
0r4a0700 それと「まるでランボー」。
「♪みっともないオレはまるでランボー…架空のオレはまるでシェイクスピア…」と、詩人、作家、画家、音楽家、女性の名前を列挙したことば遊びの1曲。
「アンヌ・ド・ブリュタール」なんて今でも誰だか知らんわ。
このアルバムの「ハイエナ」のPANTAさんの歌い方もメチャクチャかっこよかった。0r4a0767 そして、『悪たれ小僧』!
日本のロックの名盤中の名盤。
オープナーの「戦慄のプレリュード」から「あばよ東京」まで全ての曲がハイライト。
大竹さんがよくインストの「『真夜中のマリア』は名曲だ!と言っていたっけ。
私は「戦慄プレリュード」と「落ち葉のささやき」がすごく好きだった。
「サラブレッド」も「スホーイ」も「夜明けまで離さない」も好き…やっぱり全曲大好き!0r4a0771 このアルバムでベースを弾いていらっしゃるのが、石井正夫さん。
私が大学1~2年の時、三文役者に迎えて頂き2年間正夫さんとご一緒させて頂いた。
2度ほど関西方面にツアーもした。
コレは8年前に哲さんのご厚意で三文役者のステージに呼んで頂いた時の写真。
20年ぶりに人前でギターを弾いたけど、緊張してメッタメタだったけど最高に楽しかった。
三文役者時代、私はいつも下手で正夫さんの隣だった。305 更にこの時ステージに飛び入りしてくださったのが勝呂和夫さん。
『悪たれ小僧』でギターを弾いていらっしゃる方だ。
この時は本当にうれしかったナ~。
何しろ『悪たれ小僧』が好きだったから!530 こんな出会いを作ってくれた大竹さんには心の底から感謝している。450 頭脳警察の後のPANTAさん。
ソロ第1作の『PANTAX'S WORLD』もよく聴いた。
「♪光の壁をすり抜けて オレはキミになる」か…なんてカッコいいんだろう!  
哲さんは確かこのアルバムの「三文役者」と「EXCUSE YOU」の詞を書いていらっしゃるハズ。
先のサナさんによれば、スージー・クアトロの前座の時のPANTAさんのステージは「三文役者」でスタートしたらしい。
誰がバックを務めたんだろう?
観たかったナァ~。
どうして「ろくでなし野郎」が「赤い羽根」なのか、ナゼ「ギタリスト」が「ミシンを担いで」いるのか今もってわからないけど、瀧口修造もビックリの「言葉のミックスサラダ」ぶりがスゴイ「マーラーズ・パーラー」も大好きだった。
先述したロフトの時、歌い終わったPANTAさんが「ヨカッタ…今日は歌詞を間違えずに歌えた」とおっしゃった。
「やっぱり大変なんだナ…」と思ったわ。
ウチには今剛さんがHALに在籍していた時代のLo-Dプラザで録音したこの曲のライブ音源があるんだけど、信じられないぐらい今さんのギターがスゴイぜ。
他に「マラッカ」と「ロックもどき」と「HALのテーマ」を演奏しているんだけど、どれも素晴らしい。私の生涯の宝物。0r4a0719 1977年の『走れ熱いなら』は山岸潤史さんやジョニー吉長さんと組んだ快作で、哲さんは「ガラスの都会」や今でも三文役者で演奏している「あやつり人形」の他、「走れ熱いなら」や「追憶のスーパースター」の歌詞を提供していて、はじめの3曲は三文役者でもよく演奏していた。
高校の時に三文役者のコピーバンドをしていた私は島村楽器さんでのEAST WESTの予選で「ガラスの都会」を演奏したがあった。
このアルバム、ミュージック・マガジンで中村とうようさんがレコード評を寄せている。
少々長めに転用させて頂くと…
日本語でロックを歌えるシンガーのひとりとして、ぼくはパンタを買っている。(中略)ソングライターであることと歌手であることがみごとに一体化していて、トータルに彼独自の演劇性をウタ(ママ)に構築している点でパンタは日本では非常に貴重な存在だ。むこうでドラマ性をもったロックのシンガー・ソングライターといえばデヴィッド・ボウイやルー・リードになるのかもしれないが、ボウイやリードの押しつけがましいヨーロッパ近代個人主義的意識がないだけ、パンタの方が偉大だと思っている(ミュージック・マガジン4月増刊号『中村とうよう 今月のレコード』より)
勝った…PANTAさんはデヴィッド・ボウイやルー・リードに勝っていたのだ!
とうよう先生は他の機会でもPANTAさんの作曲能力をすごく高く評価されていた。
0r4a0726 そして、2枚組のライブ・アルバム『TOKYO NIGHT LIGHT』。
このアルバムに参加しているキーボーズの石田徹さんは一時期三文役者に在籍されていて、フェンダー・ローズ・ピアノを使われていた。
2階のキャバレーを通過して屋根裏がある4階までローズを持って上がるのがメチャクチャ大変だった。
あのビルにはエレベーターがなかったんだよね。
ロフトもそうだったけど、アソコは地下1階だったからまだマシだった。
今ではとてもできんわ!
このアルバムの音源が収録されたコンサートには行かなかったが、コレより前、前述した新宿ロフトで発表した時の中野サンプラザは観に行った。
メンバー紹介の時に「文ちゃん!」という掛け声がかかると、文さんがスネア・ドラムとバス・ドラムで「♪ダカドン!」とその声援に応えたのを覚えている。
後年、あの時のヤマハのドラム・キットは有名な海外のドラマーが使ったいたものだったと文さんからお聞きした。
比較的ジックリ聴かせるコンサートで、確かアンコールの「マーラーズ・パーラー」でドッカ~ンと盛り上がったような気がする。
それと上掲した『誕生』の「やけっぱちのルンバ」を演ってオールド・ファンを驚かせたんじゃなかったかな?
帰りに哲さんたちに「陸蒸気」という居酒屋に連れて行ってもらってごちそうになった(「陸蒸気」は今でもあるね)。
0r4a0696 ロフトで一度PANTAさんが三文役者のステージに飛び入りで歌ってくれたことがあった。
ナニを演るかということになって、PANTAさんのご提案で「キャデラック」というブルースを演ることに決まった。
私の前でPANTAさんが「♪ウォウウォウウォウウォウ キャデラック!」と歌ってくれているのが信じられないぐらいうれしかった。
私はその後大学3年の時に三文役者から離れると同時にロックからも離れ、大学に戻ってジャズのオーケストラに加入し、就職して、結婚して、そして転職して楽器業界に入った。
2001年、厚生年金での『ROCK LEGENDS』という四人囃子とのダブルヘッドライナーで頭脳警察のPANTAさんを観た。
楽屋にもお邪魔したが、この時は岡井大二さんと廊下のイスに座っておしゃべりをしていたことしか覚えていないんだよナァ。
今ではお仕事を通じて大二さんと気安くさせて頂いているが、この時はすごく緊張した…だから他に何も覚えていないのかも。Rl その次にお会いしたのは2003年4月、日比谷野音でのことだった。
『NO WAR WORLD PEACE NOW CONCERT ~イラクの子供たちに医療援助を~』というイラクの子供たちの医療援助を目的としたチャリティ・イベントだった。
確かMarshallでサポートしたように記憶している。
朝から雨が降る4月とは思えないとても寒い日で、イラク戦争も終わっていて少々タイミングが悪く、お客さんの入りも大変に寂しかった。
後に「浅草ジンタ」と名前を変える「百怪の行列!」とVELVET PAWというチームがア・カペラので演った「歴史から飛び出せ」が印象に残った。
 
それからまた大分時間が経って…2008年1月。
Zappa Plays Zappaの横浜BLITZの公演の時の話。
コレには本当に驚いたよ。
上演中だったのだが。私は尿意をもよおしギリギリまでガマンしてトイレに駆け込んだ。
するとトイレの中に男性が1人いた。
その男性に目をやると…ナントPANTAさんだったのだ!
PANTAさんは私の顔をご覧になって「おお!ナンダ!こんなところでナニやってんの?」って、用件はキマってるでしょ!
用を済ませてから「『Uncle Meat』の曲は演りませんね~」なんて話をした。
『Uncle Meat』がPANTAさんのお気に入りのザッパのアルバムであることを知っていたからだ。0r4a0737 いつのことだったか、またナンの野音のイベントの時だったかは覚えていないが、音楽評論家の大野祥之さんが「Marshallのスタッフ」ということで、ご親切に野音にいらしていたPANTAさんに私をご紹介頂いたことがあった。
大野さんに連れられた私を見るなりPANTAさんは「ナンだ、牛澤じゃん。昔から知ってるよ!」とおっしゃった。
いつも呼び捨てなの…それがまたうれしいの。
私はこの「昔から知ってる」というPANTAさんのお言葉がすごくうれしかったのです。
「今度Marshallの壁を作ってくれよな!」なんておっしゃっていたこともあったけど、ついに実現しなかった。
 
ザッパつながりで…2011年の2月のイベントにご登場されたPANTAさんをキャッチしたことがあった。
『ザッパを語り、唄う一夜』と題してパネラー&ミニ・ライブのパフォーマーとしてのご登板だった。

Zk フランク・ザッパについて語るPANTAさん。
このお姿を見て思い出した。
そういえば、PANTAさんって一時「イカ天」の審査員だったよね?
「オマエ、それでオリジナリティがあるとでも思ってんのかよッ!? ロックをナメてんのかよ!」みたいな超辛口のコメントを連発して、最恐のキャラを演じていらっしゃった。
「ポンタさん」もスゴい辛口だったけど、「パンタさん」もスゴかった。
私はブラウン管のこちら側でいつも「本当は優しい人なんだよ~!」と言いながらPANTAさんの厳しいコメントを聞いていた。Img_1548_3「Motherly Love」とか「Who Are the brain Police?」とかを演奏されていたような気がする。
ちなみにPANTAさんが一番最初に手に入れたザッパのアルバムは『Freak Out』の国内盤だったとか…いいな、国内盤!Img_1658_2その後、2015年6月に開催された『伝説のロッカーたちの祭典』というイベントをMarshallとNATALでお手伝いさせて頂き、Marshall Blogにもご登場頂いた
450_2 コレも2015年。
今朝facebookを見ていたら、偶然8年前の今日の投稿が目に入った。
私が『ジャズは死んだか』の著作で下れる音楽評論家、相倉久人さんのご逝去についての投稿をするとHaruo Nakamuraさんという方が「知らせてくれてありがとう…合掌」とコメントしてくださった。
「Haruo Nakamura」さんとは「中村治雄」…もちろんPANTAさんのことだ。Ah

2015年はPANTAさんの当たり年だったようで、10月には寺山修司さんの生誕80歳を記念するイベントが開かれ、私は第2日に出演する犬神サアカス團のMarshallのサポートでお邪魔した。
が、PANTAさんがご登場されたのが第1日目だったので、演奏する姿は拝見できなかったが、会場にはいらしていたのでご挨拶だけさせて頂いた。
 
犬神サアカス團のリーダー、犬神明さんもお悔やみご投稿をされていた。
コレがケッサクだった。
あるイベントで一緒になったPANTAさんが明さんのことを気に入りとても親しく接してくれたのだが、いくら訂正しても「マコトくん」とお呼びになる。
別れ際にも「それじゃ、またどこかで…マコトくん!」とご挨拶されたとか。
コレじゃウチの母の「パンダさん」と同じではありませんか。
ちなみに明さんはChatGPTでは「チロリン」という愛称で親しまれている。
Ts_3 そして、さらに同じ年の年末、三文役者の忘年会にお越し頂いたのが最後になった。
だからもうずいぶんお会いせずに永遠のお別れとなってしまった。
この時の私はまだ写真に夢中だったので。鋤田さんのお話を色々と伺ったっけナァ。
Img_1809 今回は大分歌詞のことについて書いたが、その歌詞から香って来るPANTAさんのインテリぶりに私はすごく憧れた。
よく「頭脳警察は日本のパンクロックの元祖」みたいなことを耳にするでしょ?
音楽に込めた「反骨精神」とか「反体制」みたいな精神はそうだったかもしれないが、PANTAさんが実際に創っていらっしゃったモノはとても知性豊かなモノで、凡百のパンクロック・バンドなどとは決して混同してはならないと私は考えている。
さぞかしたくさんの本をお読みになったのであろう。
「つれなのふりや すげなのかおや」なんて安土桃山時代に流行した「隆達節(りゅうたつぶし)」を引用したり、ヘッセやゲーテの詩にメロディをつけたり、PANTAさんの他にそんなことを成し遂げた人はそうおいそれとはいなかったハズだ。
声もしかり。
「詞」と「曲」と「声」がいつもベストマッチしていたのがPANTAさんの作品だった。
 
私も長い間これだけ色んな音楽や映画や本に接しているんだもん、「こんな曲を作ることができたらいいな」というアイデアはいくらでも浮かぶよ。
ところがそのアイデアを詞なり、曲なりに昇華する能力が全く欠落しているのね。
溜め込んで終わり。
反対にそれを形にすることができる才能を持っている人たちがいて、そういう人のことを「アーティスト」っていうんだよ。
まさにそのひとりがPANTAさんだった。
私がプライベートで聴く音楽の中心がロックでなくなってから長い年月が流れたが、大学の時、もしあのままロックを聴き続けていれば、後のホロコーストを題材にした作品等にも夢中になり、多くのことを学んでいたことであろう。
0r4a0749本も何冊か拝読させて頂いた。
読めば読むほど70年代が恋しくなる。
0r4a0745
晩年のPANTAさんは若いミュージシャンを引き連れて頭脳警察の活動を展開していたが、コレもすごく立派なことだと思った。
ジャズではよくやるんだけど、ロックでは珍しい。
その中で心底驚いたのは、真ん中の『万物流転』というライブDVD。
最近お世話になっているプログレッシブ・ロックバンド、「金属恵比須」のドラマーである後藤マスヒロさんがドラムスを叩いていたのだ!0r4a0758かつてないほど長い追悼文になってしまったが、前々からPANTAさんにもしものことがあったら自分の周囲で起こったPANTAさんとの出来事のすべての記しておこうと思っていたのだ。
まさかそんな日がこんなに早く思っていなかった。
忘れてしまっていることが他にもあるかも知れないが、今日この時点で頭に残っていることを細大漏らさず書いたつもり。
PANTAさんの存在は私の「日本のロックの一番のヒーロー」というだけでなく、作品を通じでロック以外にも色んなことを教えて頂いた。
私の人生で本当に夢中になった「音楽のアイドル」はフランク・ザッパとPANTAさんだけだった。
 
偉大なる日本のロック・アーティストのご逝去を悼み謹んでお悔やみ申し上げます
 

200




2023年7月 6日 (木)

MOVE FES. 2023の田川ヒロアキ

 
今日のレポートは六本木のEXシアターから。
EXでの催しをレポ―トするたびにこのアングルの写真を掲載しているけど、昼間の写真なんて珍しいでしょ?
というのは…今日は入り時間がとても早いのだ!10今回で6回目の開催となる『MOVE FES.』というイベント。
回を重ね、今回は最も大きな会場での開催となった。
このイベントに田川ヒロアキが出演したのだ。
100ヒロアキくんとも長いお付き合いをさせて頂いてきたが、思い返してみるに初めてその姿を目にしたのは2008年10月、池袋で開催された『楽器フェスティバル』というイベントでのことだった。
いくつかの展示ブースを渡り歩いてギターを弾きまくる姿は周囲からの注目を集めていた。
「ウワ!弾き方間違えてるじゃん!」と思った人も多かったであろうが、とにかくヒロアキくんが繰り出すフレーズは「ロック・ギターの権化」とも呼んでも決して差支えのないモノで、多くの人が弾き方よりもその演奏に釘付けになっていた。Img_3672 その翌年、2009年4月29日、ヒロアキくんは日比谷野音で開催された『HARDなYAON』というイベントに出演した。
その時の楽屋で初めてヒロアキくんに正式に挨拶をさせてもらい、そこからお付き合いが始まった。
「まー作くん」をご覧頂ければおわかりの通り、南の島から結婚式までこの14年の間に様々なシチュエーションでMarshallや写真撮影を通じてサポートしてきたが、最も最初の頃を除いては、その間に「ヒロアキくんが視覚に障がいを持っている」と考えたり感じたりしたことは全くなかった。
 
ヒロアキくんの活躍ぶりはコチラを見てね⇒マーさく君「タ行」

40反対に、それほど気にしていなかったことが見えるようになった。
つまり、身体が不自由な方々への配慮の重要性だ。
言って見ればヒロアキくんに開眼してもらったワケだな。
  
つい先日カナダ人の友達が来日し、こんなことをfacebookに投稿していた。
訳してみると…
昨日、実に重要なことを発見した。
あの東京の歩道や交差点にに埋め込まれている『黄色いヤツ』の正体が判明したのだ。
大変素晴らしい…アレらは目の不自由な皆さんへの戦略的なガイドの役割を果たしているのだ。
目の不自由な人が歩道に埋め込まれているあのタイルの線の上を歩き続ければ通りに平行して歩くことができる。
そして、各ブロックの切れ目や商店の前に来ると、通りに面して走っていたタイルの線が10セント硬貨大の丸い点に変わるのだ。
メチャクチャ賢いアイデアだし、究極的に有益なシステムではあるまいか!
コレを読んでいる人はこのことを恐らくご存知のことだと思う。
しかし、この度この黄色いブロックの正体を知った私は、スーツケースを引っ張り回す時に『コイツぁ何て邪魔なシロモノなんだ!』と文句をつけることが金輪際なくなったのだ
もちろん彼が言っているのは我々にはおなじみの黄色い「点字ブロック」のことね。
カナダに行ったことはないけれど、きっとカナダにはないんでしょうね。
確かにロンドンでも見たことがない。
80
この点字ブロックは盲人にとってものスゴく重要なモノで、この上に荷物を置かれたりすると本当に困るそうなのだ。
現実的にヒロアキくんも障害物が覆いかぶさっていて点字ブロックを読み取ることができず、幾度となく危険な目に遭っているそうだ。
きっと点字ブロックの重要性を知ってさえいれば、周囲の人も荷物や自転車を置いたりするようなことはしないハズで、「知る」あるいは「気づく」ということがいかに重要かということを思い知る。70「知る」といえば、コレ。
コレがナニをするモノがご存知の方はいらっしゃいますか?
私は知っていたんです。
Mini2
話は飛んで…新藤兼人が監督した『母』という映画がある。1963年の公開。
新藤さんが設立した「近代映画協会」という独立プロの製作…つまり映画のインディーズ作品の1本。
乙羽信子、殿山泰司といった近代映画協会所属の俳優さんに当時文学座の分裂問題の渦中にあった杉村春子が加わり、スゴい演技を見せてくれる。
とてもいい映画です。
さて、この映画の主人公の息子さんは不幸にして脳腫瘍を患っていて、時間が経つと失明してしまうことがわかっている。
そこで、目の見えるウチに一生懸命点字の勉強をするシーンが出て来る。
きっと点の組み合わせを学んでいるのだろう、その子供は紙に何やら書き込んでいた。

30p
この映画を観たのと偶然ほぼ時を同じくして、上の機器を知った。
テレビで見たのかな?
コレは「Braille Sense(ブレイルセンス)」という「点字音声情報端末」。
点字と音声の読み上げ機能を搭載した、通信から事務作業まで何でもこなせるノートパソコンとでも言えばわかりやすいか?。
一番の特長は情報のやりとりを点字でできること。
本体の下部に付いているボツボツが浮いたり沈んだりして点字の情報を提供してくれる。
そして、ディスプレイが不要なので極端なまでに小型なのだ。
この機器の存在を知り、「ああ、コレがあればあの『母』に出て来た子もよろこんだろうにナァ」と即座に思ったワケ。
そして、このルックス!
表面には商品名以外の文字がナニも入っておらず、サッパリとしていて実にカッコいい!
ナンカ無限の可能性を秘めているような感じがしない?
商品名にある「braille(ブレイル)」とは「点字」のこと。
この「braille」という言葉は、世界標準となった「ブライユ点字」を考案したフランスのルイ・ブライユ(Louis Braille)という19世紀の視覚障がい者の名前に由来している。
「braille」を英語読みすれば「ブレイル」だ。
ちなみにブライユの点字の大きな功績のひとつは楽譜を点字で表記できるようにしたことだったそうだ。昔のフランスの視覚障がい者には音楽を生活の糧としていた人が多く、そうした音楽家にブライユ点字は大歓迎された。
19世紀の話…そして、21世紀は「ブレイルセンス」だ。

Mini1_2さて、再び場面は替わりEXシアター。
冒頭に書いたようにこの日は会場の入り時間が早く、ヒロアキくんの出演までタ~ップリ時間があった。
私はノートPCを持参してMarshall Blogの原稿書き。家内は読書。
そして、ヒロアキくんの方を見ると…。
おお!アレじゃん!ブレイルセンスじゃん!
さすが、ヒロアキくん、すでにこのカッティングエッジを導入していた。
まったく使い方がわからないので「やらせて、やらせて!」というワケにはいかないが、代わりにヒロアキくんが使い方を丁寧に説明してくれた。
50v
ヒロアキくんはよく「勉強不足で点字はニガテなんですよ!」なんて言っているが、いつか缶ビールのフタに刻印されている3つの点字を「お・さ・け」といとも簡単に読んで見せてくれた。
しかし、こんなところに「お」をつけて行儀よくふるまうなんていかにも日本人らしい。
ヒロアキくんによれば、「コレはもしかしたら日本で最も認知度の高い点字表記かも?」って。
それでも我々は触ってもゼンゼンわからないからね。0r4a0078しからばヒロアキくんにもご愛飲頂いている我がMarshallビールはどうか…。
ゴメン、のっぺらぼうだわ。
「美味しすぎるので飲みすぎ注意!」ぐらい入れておいた方がいいかもな。
コレはどういうことか…。
イギリスで考えると、向こうは酒類の自動販売機がなく、全て対面販売なので目の不自由な方が酒類を買おうとすれば、店員が教えるから点字表記が不要なのかも知れない。
ちなみに、日本では「プハ~!」ってビールを飲むテレビ・コマーシャルが当たり前だけど、イギリスではコレが禁止されている。放映しちゃいけないの。
アル中患者を増やすことにつながりかねない…という理由で先のエリザベス女王から禁止令が発布された。
だから女性のタレントがビールや酎ハイをグビっとやっているコマーシャルを目にするイギリスの人はすごくビックリするんよ。
0r4a0083 さて、ヒロアキくんと一緒にいると、時折携帯電話を耳に当てて、そこから発される音声をまんじりともせず聴き入っていることがある。
ヒロアキくんの携帯には「読み上げソフト」というアプリケーションがインストールされていて、電話に詰まっている情報を音声によって吸収するワケ。
Marshall Blogもヒロアキくんには音でお楽しみ頂いているワケだが、聴かせてもらうとスゴイ早口なのに驚いた。
誤字脱字とか恥ずかしいな…。
便利といえば便利ではあるが、この作業はとても疲れるのだそうだ。
しかも「耳」はヒロアキくんの大切な商売道具だからね。
そこに、音声だけでなく点字という「文字」で情報を吸収できる「ブレイル・センス」が登場した。
それによって「聞く」から「読む」に動作が変わった。
我々には想像できないぐらいの利便性の向上になったのだそうだ。
これも初めて知った。
楽屋でブレイル・センスを巧みに操るヒロアキくんの動作を見ていたんだけど、パソコンと違ってキーを叩く音がまったくしないので実に静か!

60さて、ココまでは前置き。
「知る」というのはいかに大切なことか…を伝えたかった。
 
今日レポートするイベントの主催者は、「WITH ALS」というALS(筋萎縮性側索硬化症)の課題解決を起点に、全ての人が自分らしく何事にも挑戦できる社会を実現することを目指した団体。
その活動のひとつが『MOVE FES.』で、2016年からほぼ毎年開催してきたが、コロナ禍により昨年は開催を断念。
そして、今回様々な企画を盛り込んで『MOVE FES.』史上最大の会場での開催にこぎつけた。
今回の『MOVE FES.』は『UNREAL REALITY. 非現実的な現実』という撞着をテーマに掲げた。
同じ社会の中で我々のすぐそばにある「非現実的な現実」に光を照らすという企画だ。
 
「ALS」という名前は知っていても、恥ずかしながら私は「筋肉に関連する疾患」という意識だった。
今回、ALSが脳と脊髄間の情報伝達に支障をきたす神経疾患であることを知った。
「WITH ALS」はこのイベントを通じてメッセージを発信し、世界に支援の輪を広げていくことで、「ALSが治癒する未来」という「非現実」を将来実現させることを目標としているのだ。
そう、とにかくまずは「知ること」として「知らせること」なのだ。
1_pos会場のロビーに飾られた祝い花の数々。110会場には分身ロボット「OriHime」とタッグを組んだ「01 ROBOT POP-UP STORE」が設置された。
ボーダレスウェアを展開するWITH ALSのアパレルブランド「01 BORDERLESS WEAR」の商品を分身ロボットが販売する。
120コレがその分身ロボット「OriHime」。
明日、ちょうど七夕だね。
接客にあたるOriHimeは障がいを抱えるパイロットさんたちが遠隔操作しているそうだ。
130WITH ALSの代表は自らもALSの罹患者である武藤将胤(まさたね)。
武藤さんはクリエイター、DJ、経営者として、エンターテインメント、テクノロジー、介護の3領域で様々なプロジェクトを推進し、視線入力や音声合成、脳波、分身ロボットなど様々なテクノロジーの研究開発に取り組んでいらっしゃる方。
このイベントの企画や演出も武藤さんが手がけている。S41a0039その武藤さんの発病をご存知の上でご結婚されたご夫人、木綿子さん。
愛と科学で病に立ち向かう2人の姿を描くヒューマン・ドキュメンタリー映画『NO LIMIT,YOUR LIFE ノー リミット,ユア ライフ』が6月23日から公開された。1_3202 会場ではその映画のチケット販売コーナーが設けられ、注目を集めていた。
140この日の出演は内澤崇仁(androp)、清春、NOBU、 KURO(HOME MADE家族)他の皆さん。
トークショーも交えられ、充実の内容となった。
 
KUROのステージ。
「楽しんでいきましょう!」
KUROさんのステージではMarshallが登場!150KUROさんと…160DJ…170そして、ギターの3人編成でエキサイティングなパフォーマンスを展開する。175v「ありがとうございます!
『HOME MADE 家族』というバンドをやってます…ただいま活動休止中。
MASA(武藤さんのこと)を見ていて、『継続は力なり』という言葉は本当だな、といつも思います。
心だけはだれにも止められない。
『生きたい』じゃなくて『生きる』ことが大事だと思います。
最後までよろしくお付き合いください!」S41a0005Marshall Blogではかなり珍しいラップ。
今までにも「ラップっぽい」ことを演っているチームはいくらでもあったけど、純なラップのチームがMarshall Blogに登場するのは初めてかも。
「ラップ」っていうとギターがフィーチュアされない音楽というイメージが強いけど、ナンのナンの!…ヌケの良いMarshallサウンドによるシャープなファンク・ストラミングが実に心地よいのだ!
180KUROさんのハーモニカ。
ラップとブルース・ハーモニカってのは良く合うもんですナァ。
コリャ、カッコいいわ!176v観客はKUROさんの歯切れのよい言葉の連なりに耳をそばだてていた。190そして、『MOVE FES. 2023』のクライマックス!
武藤さん自身が視線コントロールでDJ・VJを操作する「EYE VDJ」を駆使してのコラボレーション・タイム。
まずは、ダンスとテクノロジーを融合させたパフォーマンスが話題のM++Dancers(M Plus Plus Dancers)。
210先日のWBCのオープニング・セレモニーに登場したチーム。
チカチカとオモシロい!
230ステージ中央の武藤さんとの共同作業だ。220そして、ヒロアキくん登場!
待ってました!ココまで長かった!
ヒロアキくんらしいダイナミックなワーミー・バーのプレイで曲はスタート。
240「皆さん、一緒に盛り上がっていきましょう!」
ステージに上がっているのは…
 
EYE VDJ MASA(武藤さん)と、最新テクノロジーを満載した視線入力のDJイクイップメント。260vそして、田川ヒロアキと…
250v_260年前のテクノロジーを満載したMarshallの真空管アンプ。
ギターはコレじゃないとダメなのよ!
モデルは愛用のMarshall JVM210Hと1960A。270v曲は「Just Do This」。
2人の共作だ。
武藤さんは視線入力… S41a0041 一方、ヒロアキくんは点字入力でコミュケーションを取って作り上げた1曲。280v武藤さんは視線入力で演奏。
実は冒頭の「皆さん、一緒に盛り上がっていきましょう!」という武藤さんのアオリのひと言も最新技術による合成音声だったのだ。
S41a0135_2思い出のビデオなどに少しでも音声が残っていれば、それをデータとして取り込み、自由に合成して音声を作り上げることができるのだそうだ。S41a0109 下はマネージャーの美瑞穂さんから負ったタスクでシャッターを切った1枚。
「演奏中のツーショットを押さえてください!」
アノね、簡単に言うけど1曲しかシャッター・チャンスがない時ってドキドキなんですよ。
照明の具合、ステージ前のビデオカメラのポジション、もちろん演者のようす。
コレらの条件が全てうまく合致した時にシャッターを切る…ナ~ンてね。
でも、うまく行ったんじゃん?300ヒロアキくんの頭上に見えているのはドローン。S41a0052演奏の間、ドローンが縦横無尽にステージ上を飛び回った。
操作しているのはドローンの操作の全国大会で優秀したパイロット。
開演前に楽屋に挨拶に来てくれたのだが、ナント、中学生なの!S41a0053普段のヒロアキ・ナンバーとはノリの異なるダンサブルな仕上がり。
0r4a0126強烈なタテノリがチョット「和のテイスト」を感じさせてとてもゴキゲン!303vさっきの「ブレイル・センス」同様、テクノロジーの進化が人の営みをこんなにも豊かにしているということを知った1日だった。305そ~らヒロアキくんのソロ!
コチラは古い技術で最高の演奏を聴かせてくれた。320いつも通りのスケールの大きなフレージング。
すべての観客の目がヒロアキくんに釘付けだ!

325vフィニッシュもバッチリ!
「Just So This」は現在正式な音源としてリリースされている。
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この後、フィナーレが華々しく催されて『MOVE FES. 2023』は幕を下ろした。336田川ヒロアキの詳しい情報はコチラ⇒FretPiano 
 
そして、今回の「MOVE FES.」のアーカイブが7月18日までコチラから配信されているので是非ご覧あれ!⇒MOVE FES. 2023公式ウェブサイト
350v

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200 (一部敬称略 2023年6月18日 六本木EX Theaterにて撮影)

2023年7月 4日 (火)

私のサンプラザ

 
気が付いてみると、2018年10月に公開したTHE GOOD-BYEの記事の冒頭に「中野サンプラザが2024年に解体される」ということを記していた。
この時から随分時間が経ってしまっていて「中野サンプラザが閉館する」ということなどスッカリ忘れてしまっていた。
ヘタをすれば、まだまだ存続するものかと思っていた。
そうしたところ…4日前、テレビのニュースが「明日が中野サンプラザ最後の日」と盛んに報じ出してビックリしてしまった。
「やっぱりなくなっちゃうのか~」と少しばかり感傷的な気分になってしまったのは、中野サンプラザは青春時代のロックの思い出が詰め込まれた私の人生の要所だったから。
当時、来日アーティストの東京のコンサート会場というと、日本武道館、新宿厚生年金会館大ホール、中野サンプラザホール、渋谷公会堂、タマ~に後楽園ホールや日本青年館といったところが定番だった。
私の場合は中野サンプラザに一番足繁く通った。
東京公演を厚生年金で開催するアーティストは、中野サンプラザでもコンサートを開くことが常だったが、そういう時、私は迷わずサンプラザのチケットを求めた。
理由は駅から近いから。
厚生年金会館ホールって新宿駅から遠かったでしょ?アレ、結構シンドかった。
その点、サンプラは中野の駅前だからね。
帰り道に酔っ払いが大挙している新宿の雑踏を歩くのも好きではなかった。
私は当時新小岩に住んでいて、東中野にある学校に通っていた。
あの頃、コンサートが始まるのは大抵6:30で、まさか学生服のままコンサートに行くワケにもいかないし(禁止されていたかも知れない)、3:30頃に学校が終わると急いで家に帰り、再び中野まで出かけて行った。
若いからできたんだネェ…今じゃとてもムリだわ。定期券もあったしね。
イヤ、それよりもナニよりも、あの頃はロックに夢中で、「中野⇔新小岩2往復」なんて屁でもなかった。
何しろ自分が「この世で一番ロックやギターが好きな人間」と信じて疑わなかったからね。
今日はそんな中野サンプラザの思い出を綴る。10_2オープンは1973年だったのか…。
やっぱりあの三角の出で立ちは印象的だったよね。
今にしてみると、あの意匠は近隣の日照権を守るための「セットバック設計」だったりして…と思って調べてみたら、どうやら本当にそういう説があるらしい。
 
入り口のようす。
階段を下りたところに当日券売り場があった。
そこでチケットを買ったことは一度もなかったけど、売ったことがあった…それは後ほど。20_2この階段を上がって行く時にはいつもワクワクしたものだった。30ホール内のようす。
キャパは2,200席。
こうして見ると、「アソコに座って観たナ…あ、アソコにも座ったわ」なんて思い出すね。40 
ココで初めて観た海外アーティストって誰だったんだろう?と思って調べてみると…。
どうやら中学3年生の時に1人で観に来たブライアン・フェリーのようなんだよね。
1977年のアルバム『In Your Mind』の発売記念ツアーだった。
後に私はなるべくコンサートのプログラムを買うようにしていたが、この時はナゼか買わなかった。
きっとその時の持ち合わせでは買うことができなかったのであろう…中3だからね。
当時はRoxy Musicが大好きで、フィル・マンザネラ、アンディ・マッケイ、ポール・トンプソンといったRoxy組に加え、ベースが『Viva!』のジョン・ウェットンという豪華な布陣がとてもうれしかった。
そして、もう1人ギターがクリス・スぺディングだった。
あの頃「3大ギタリスト」といえば、日本では「クラプトン、ベック、ペイジ」と相場がキマっていた。ところが、「イギリスではクリス・スぺディングが入ってくる」とまことしやかに言われた時期があった。
不思議なことにスぺディングがそのウチの1人に数えられた場合、クラプトン、ベック、ペイジの誰が「3大」から抜け落ちるのかを知っているヤツはいなかった。
それもそのハズ、イギリスには「3大ギタリスト」なんてモノはない…ということを知ったのは大分後のことだった。
 
コンサートはもちろんブライアン・フェリーのソロのレパートリーが中心で、身をクネクネさせながらご当地ソングの「Tokyo Joe」を歌っていたのが印象的だった。
Roxyの曲も「Both Ends Burning」か「Love is the Drug」、「Do the Strand」あたりを演った気がするがコレは幻かもしれない。
Roxyは『Viva!』の後、活動を停止していたが、1979年に『Manifest』を発表して来日。
期待を胸に武道館へ観に行ったが超ガッカリだった。
1時間ぐらいしか演らなかったような記憶がある。
その後の一般的な人気を博したRoxy Musicの音楽には一切興味が湧かなかった。
60cd 
1978年5月のリック・ダンコはクラスメイトの小笠原くんと行った。
高校1年生の時のことで、ナゼ観に行く気になったのかはサッパリ覚えていない。
当時はプログレッシブ・ロックに夢中で、The Bandの音楽なんて全く知らなかった。
おそらく、本当にロックに貪欲で「何でもいいから観ておこう」という勢いがあったのであろう。
学校で「今度リック・ダンコを観に行く」と言うと、周囲の連中はこぞって「エエ?肉団子ッ?」と訊き返して来たものだった。
開演前、プログラムに目をやる。
そこには「リック、お願いだ!『同じことさ』を聴かせて!」と題した小倉エージさんの文が寄せられていて、「それってそんなにいい曲なのかよ!」と開演を待ち遠しく思ったものだった。
それぐらいナニも知らなかった。
ところが…、プログラムの表2対向にあるように、冒頭にはジェイ・ファーガソンというヤツが出て来た。
その人が出演することも全く知らなかった。
 
70
コレが…始まってみると全曲初めて聴いたにもかかわらず、も~メチャクチャ良くてね~。
ま、時効ということで書いてしまうと、ファーガソンの終演後、「カッパ」を持って小笠原くんと2人でトイレに駆け込んだ。74cd「カッパ」というのは我々の勝手な呼び名で、かつてSONYが生産していた光文社の「カッパサイズの本」と同じ大きさのカセットテープ・レコーダーのこと。
ほぼ新書判の大きさね。
ウォークマン・シリーズが世の中に出て来る前のことで、当時はコレが一番小さなカセットテープの録音機器だった。
その「カッパ」はお金持ちだった小笠原くんの所有物で、彼はそのファーガソンの演奏を録音していたのだ。
それで、たった今観たパフォーマンスがあまりに素晴らしかったので、チャンと録音できているか否かをトイレに駆け込んで確認したというワケ。
まだ子供だったんだね。
その後、小笠原くんが買った上のジェイ・ファーガソンのレコードを聴かせてもらったけど、あの素晴らしいライブはいずこへ?…私はもう全く受け付けなかったナ。
ところで、下のマーシャ・クラッカワーさんの本はなかなかヨカッタですよ。
私、時々彼女のNHKの英会話教室の番組を見ていてファンだったのです。
英会話の方はいまだに「あと一歩」だけどよ。74k さて、リック・ダンコ。
「前座がこんなに素晴らしかったら本編のリック・ダンコはどうするんだろうね?大丈夫なのかしらん?」という2人の心配をヨソにリックのステージが始まった。
コレはリックの初のソロ・アルバム『Rock Danko』のプロモーション・ツアーだった。
確か少しでもお小遣いの減りを食い止めるために、国内盤ではなくこのアルバムの輸入盤を石丸電気のレコード館で買ってコンサートに臨んだように思う。
だから演奏したウチの数曲は知っていた。
73cd
上のプログラムによると、来日したメンバーは以下の通り。
ひとりぐらいThe Bandのメンバーがいてもよさそうなモノだが…今もって誰ひとり知らん。
ところが、その演奏はも~最高! 
ファーガソンをはるかに超えた筆舌し難いほどの素晴らしさだった。
大いに感動した。
小倉エージさんのリクエストに応えて「It Makes no Deifference」も歌ったハズ。
少し前までのジェイ・ファーガソンの興奮はどこへやら、小笠原くんと「やっぱり前座とは格が違うナ!」と勝手な感想を述べあった。
リック・ダンコはこの21年後に亡くなった。
0r4a0013
こういうコンサート会場で配られるチラシも保存しておくといいね。
『生聞』か…行っておけばヨカッタなぁ。
この時は憂歌団なんて全く興味なかったもんナァ。
それにしても入場料が1,200円とは!
リック・ダンコは多分3,000円だったと思う。
75f 
コレは本当に行っておいてよかったコンサートのウチのひとつ。
1978年7月のリトル・フィート。
S席のチケットだったが、2階の1番前だった。3,000円。
私は『Time Loves a Hero』から聴き始めたんだけど、トマトのライブ盤をタップリ聴いてね~、ローウェル・ジョージが「Fat Man in the Bathtub」を歌い出した時はトリハダが止まらなかった。
「こんなに思い入れこんでいるバンドがみられるなんて今年最大のショック!」とチャンと「ら」を入れてプログラムにご寄稿されているのは鈴木慶一さん。

80来日メンバーはこの通り。
生きているローウェル・ジョージやロイ・ブキャナンを見ることが出来たのは私のロック人生の中でラッキーな出来事だったな。
ビル・ペインがギンギンにエレピを弾いていた印象がある。

85メンバーがひとりずついなくなって、最後にベースがひとり残ってしまい「お呼びでない?…コリャまた失礼しました~」と本編の最後を締めくくった演出がとてもオモシロかった。86ところで、この頃どうやってチケットを買っていたのかというと…。
以前はチケットの発売日に南青山のウドーさんの事務所に朝早くから並んだりしていたのだが、ある時、有楽町の交通会館の1階にプレイガイドがあるのを発見した。
「プレイガイド」ってのはもう死語だな。

87現在はジュース屋になっているこの場所にかつてプレイガイドがあった。
こういうのを「穴場」というのだろう。
チケットの発売日の朝に来れば、サンプラザ規模の会場のハジッコの席であれば、前から2列目ぐらいの席を余裕で入手できることを発見したのだ。
各プレイガイドの割り当てが決まっているのか、2列目の真ん中とか、最前列というのは一度も買えたことがなかったが…。88 
このプレイガイドの真価を発揮したのは1978年にウィッシュボーン・アッシュが3度目の来日を果たした時であった。
その頃、我々はウィッシュボーン・アッシュのコピー・バンドをやっていて、「みんなで中野サンプラザへ観に行こう!」ということになったが、ステージに近い良い席のチケットをいくつも連続で確保することは難しい。
そこで、「オレに任せておけ!」と、チケットの発売日に上のプレイガイドを訪れた。
いくつ確保したのかは忘れてしまったが、見事に真ん中の前から7列目の席をズラリと確保することに成功した。
あんな人数でコンサートに行ったのはアレきりだし、あれほど声を出して騒いだコンサートもアレ一度きりだった。
私はコンサートで声を上げたり、身体を動かしたりするのが今でも恥ずかしくて仕方ないのだ。
プログラムには「この3度目のステージで完全に甦る!」とあるが、何で甦ったのか?
アッシュはデレク・ローレンスという人がプロデュースした『因果律(ナンというヤボなタイトル!原題は'No Smoke Without Fire'…ナゼ素直に'火のないところに煙は立たぬ'としないのだ?!)』というアルバムを来日前にリリースしていた。
このデレク・ローレンスというのはデビュー作から『Argus』までのアッシュが一番アッシュらしかった時期のアルバムをプロデュースした人で、その人が帰って来たので往年のウィッシュボーン・アッシュ・サウンドが期待できる…ということだったのだ。
また、山本恭司さんも「さぁ、いよいよ僕等の目の前でギター合戦が始まるぞ!!」と題した文章をご寄稿されている。
ギターという楽器が主役のひとつだった、ロックにとってシアワセな時代だった。

 90_3我々が観に行った1978年11月10日 の演奏の一部がライブ・アルバムになったこともうれしかった。
「King Will Come」とか「Blowin' Free」とか演っちゃうもんだからいいように盛り上がった。
アレだけ騒いだんだから少しぐらい自分たちの声が収録されているかと思ったら全く入ってないね。
大騒ぎする一方、YouTubeどころかビデオすら出回っていない時代、「ああ、こうやって弾いているのか~」なんてギタリストの指の動きを追うのに真剣だったな。

ウィッシュボーン・アッシュは後年お家が分裂していくつかのチームに分かれてしまったが、私はどういうワケか、サンプラでこのウィッシュボーン・アッシュを、アンディ・パウエルのウィッシュボーン・アッシュをチッタ川崎で、テッド・ターナーのウィッシュボーン・アッシュをロンドンのヴィクトリア・パークでと、合計3通りのアッシュを観ることができた。

100この時から大分時間が経ってローリー・ワイズフィールドは意外なところで見た…イヤ、聴いた。
それはロンドンのドミニオン・シアターの『We Will Rock You』を観に行った時のこと。110_2そこでギターを弾いていたのだ。
ベースはニール・マーレイだった…らしい。
「らしい」というのは、劇バンなので客席からは演奏している姿は見えないのだ。
ギターのダブル・キャストを務めたのはかつてMarshallのデモンストレーターをしていたフィル・ヒルボーンだったのにも驚いた。
120 
この時分に中野サンプラザで観たコンサートはどれも印象深いモノであったが、大変に悔しい思いをしたこともあった。
それは10ccの2度目の来日…幻の来日。
1978年の『Bloody Tourists』のレコ発ツアーで来日することが決定し、私は例のプレイガイドで上手ハジの前から2列目の席のチケットを確保していた。
大好きな10cc、コンサートの日が来るのを首を長くして待っていたのだが、直前になってエリック・スチュアートが交通事故かナニかで頭部に重傷を負い、来日できなくなってしまった。
コレには泣いた。
結局、10ccを観たのはこの時から20年以上の時を経た原宿のアストロ・ホールでのこと。
でも「2.5cc」だった…つまりオリジナルメンバーはグレアム・グールドマンだけだったのだ。
それでもうれしかった。
何しろ演奏した曲すべて一緒に歌うことができた稀有なコンサートだったのだから!
私の人生でそういうコンサートがもうひとつだけある…それはZappa Plays Zappa。
そして4年前、反対にこっちの方から10ccに会いに行った。
 
その時の様子はコチラ⇒【イギリス-ロック名所めぐり】vol.43 ~ 10ccに会いに行く <前編>

125cd 
フランク・マリノも中野サンプラザで観た…と、言いたいところだけど、後楽園ホールで観た。
中野サンプラザの公演も例によって前から2列目のチケットを確保していたのだが、公演日が期末試験の直前で、それを知った父親が激怒し「コンサートなんかに行っている場合か!券を処分して勉強しろ!」と、厳命が下ったのだ。
それで仕方なく、コンサートの当日にサンプラザまで行って、当日券売り場に並んでいる人に声をかけた。
私が持っているチケットが「前から2列目」だと知ると、その人は涙を流してよろこんだ。
もちろん、額面通りの3,000円でお譲りしたのだが、今考えて見ると、チケットをさばきにその現場へ行っちゃっているんだからそのまま観てくればヨカッタんだな。
コンサートを観ないで帰って来て勉強したところで点数が上がるワケがないもん。
ま、気持ちの問題か…。
中間試験や期末試験の日程には何度か泣かされたな…確か厚生年金で観たジェネシスもそうだった。

 

130

トッドは1976年の初来日の直後に好きになって、「そのコンサートに行っておけばヨカッタ!」と臍を噛む思いをした。
それから3年、1979年4月、トッドはユートピアで2度目の来日を果たした。
確かコレも小笠原くんと行ったような気がする。
「Love in Action」の長いブレイクや、トッドがドラムスを叩きウィルコックスがフロントに出て来て歌った「Gangrene」など楽しかったナ。
セットリストはニュー・アルバムからだけでなく「Hiroshima」や「Love of the Common Man」、「Hello It's Me」や「I Saw the Light」等も演奏するヒット曲集のサービスぶり。
サックスを吹いたり、鼻からマイクを出して見せるアクション等、トッドも大熱演だった。
私もこれまでずいぶん色々なショウを見てきたけど、この時のトッドのコンサートは、自信を持って「我がロック・コンサート・ベスト3」にランクインする素晴らしいモノだった。
コレもサンプラザだったんだナァ。

140

UFOは『Lights Out』からリアルタイムで聴き始めた。
そりゃ私だってマイケル・シェンカー好きでしたよ。
そりゃ観てみたいと思いましたよ。
高校生だったからね~。
そしたらUFOが来日するっていうじゃないの!1979年の6月のこと。
うれしかったね~…ところが好事魔多し。
来日前に脱退しやがんの。
代わりに来たギタリストがポール・チャップマン。
「チャップリン」の間違いじゃね~のか?なんてロック好きの友達は言っていたな。
ローンスターね。
で、コンサートへ行った。
この時も前から2列目で池田くんと一緒だった。
池田くんとは渋谷公会堂へナザレスを観に行ったナァ。アレもすごくヨカッタ。
もちろんコレがチャップリンじゃなくてシェンカーだったらどんなにいいか…とは思ったけど、チャップマンもとても堅実なプレイで決して悪くなかった。
ちなみにこの「Chapman(チャップマン)」というのは、アメリカ人からすると、ものすごくイギリスっぽい名前なんだってよ。
そして、この時から31年後にロンドンで再びUFOを観た。
ギターはヴィニー・ムーアでやっぱりシェンカーではなかった。
  160

…と思ったら、災い転じて福となす。
このチラシを見て狂喜乱舞した。
曰く、「元UFOの名ギタリスト、マイケル・シェンカーがくる!」
曰く、「マイケル・シェンカーのフライングVがスコーピオンズで火を吹く!」
いよいよシェンカーか~?!
  
ところが、フライングVが火を吹くことはなかった。
だって…結局シェンカーは来なかったんだもん。170この来日は『Lovedrive』のプロモーション・ツアーで、まったくその名前を耳にしたことのないマシアス・ジャブスというギタリストがやって来た。185cd『Lovedrive』のレパートリーに往年の人気曲を取り混ぜたショウの内容はほぼ納得のいくモノだった。
ルドルフ・シェンカーの逆立ちも見ることができたし。
ただ、「All Night Long」や「The Sail of Charon」等、ウリの曲を演奏することがなかったのは残念だった。
ホルスト・ブッフホルツのピックをもらって来たがいつのまにかどこかへ行ってしまったナ。
UFOもスコーピオンズも3,000円だった。


180
コレがこの時のメンバー。
シェンカーにはとてもガッカリしたが、ルドルフ・シェンカーの雑誌インタビューだったように記憶しているが、「どうしてマシアスをウリの後任に選んだのか?」という問いに「マシアスのことはバンドのローディをしていたのでズッと前から知っていたんだ。ところが彼があんなにスゴいギターを弾くなんて全く知らなくてね」と答えていた。
その頃私は今も元気に活動している三文役者というバンドを手伝っていて(いわゆる「ボーヤ」)、この話を聞いて希望に燃えたモノだった。
後年、このことを故ジーノ・ロートに話したことがあった。
「そうなんだよ!」という返事が返って来るかと思ったら彼に表情がにわかに変わり…
「マシアスがローディだった?…シゲ、そんな話を一体どこで聞いたんだい?
そんな!マシアスがバンドのローディだったなんて…そんな!」
とかなり驚いた様子で、こっちの方が驚いた。
「イヤ、雑誌のインタビューで読んだだけだよ」と答えたものの、ジーノは納得がいかない様子で「マシアスは素晴らしいギタリストで、スコーピオンズのローディだったことなんて一度もないよ!
ああ、こんな話をマシアスが聞いたらナント言うことだろう!」
私がしたインタビューではないので謝るワケにもいかないし、想定外の展開に往生したことがあった。
誰があのインタビューを出したんだ?
元をたどればマイケルのせいだ!
とにかく、私は終生マイケル・シェンカーを観ることはできないと思う。

190こんなチラシもはさまっていた。
ジョン・ロードが加入してのホワイトスネイクの武道館、3,800円だって。
最近の外タレの大きなコンサートの料金ってのはもはや狂気だね。
その料金の高騰の原因のひとつはCDが売れないからだ…という。
買ってやりゃいいじゃねーか!
いいかい、音楽家というのはコンサートをこなすのも大事な仕事だけど、一番の仕事は「音楽を作る」ことなんだよ。
コピーはアマチュアの特権だ。
プロは断じてコピーを演るべきではない。
身を削って「自分たちだけの音楽」を創る…「音楽家」というのはそういう職業なのだ。
そして、「創れば形にする」のが「人間の業」ってモノですよ。
そうやって作ったCDを「コレでまたカッコいい音楽を作ってください!」と願いを込めて買ってやるだよ。
サブスクだかヌケサクだか知らんが、「誰が音楽をタダにした?」なんて騒ぐ前に本当に音楽が好きな人はそうしたモノを完全にボイコットするがいい。
まぁ、熱心に聴いている人はチャンとCDを買っているとは思うけどサ。
私もSpotifyをやっているけど、飽くまでも資料として使っているだけ。
鑑賞には一切使っていない。「音楽を聴く」時にはCDを使っている。
ドームやアリーナで演っている連中のことは放っておけばいい。
それはそれで経済を回してくれているんだからありがたい。
そうではないグラスルーツのミュージシャンが音楽で喰えるように助けてやろうよ!…と言いたいワケよ。
だから言ってやった。
200f
海外アーティストのコンサートだけでなく、「ポプコン」の地区決勝大会や「EAST WEST」の決勝大会を観に行ったこともあった。
それから20年近く経って、まさか「EAST WEST」の名付け親と一緒にお仕事をさせて頂くようになるとは思わなかったけどね。
何でも「EAST WEST」とは、その方が通っていた英会話教室の名前だったとか…。
私が観に行った時のEAST WESTの決勝大会はウシャコダがゲストで登場した。
ステージの上下(かみしも)に立った菅野さんと中村さんが相手をめがけ、空中高く放り投げてギターを交換した時にはスッカリ興奮してしまった。
ウシャコダ大好きだった。205 
今の仕事に就いてからというモノ、職務以外で中野サンプラザに赴くことはほぼ皆無となった。
210要するにMarshallの仕事だ。
コレはコレでとても楽しかった。220サンプラのMarshallの仕事で一番印象に残っているのは、2008年3月に開催された『JAPAN HEAVY METAL FANTASY 関西なぐり込みギグ 2008』というMARINO、EARTHESHAKER、44 MAGNUMが出演したイベントかな?Kng この手のイベントには欠かすことのできないMarshallの壁が手配されておらず、ちょうど現場に居合わせた私がその場で倉庫に連絡してMarshallを配達させたのだ。
残念ながら開場時間に少しだけ間に合わず、入場し出したお客さんの見ている前でMarshallを積んだ。
私もカレコレ色んなMarshallの現場を経験してきたが、コレは最初で最後だと思う。
そんな貴重な体験をさせてもらったのも中野サンプラザだった。221コレも大変印象的だった。
「ジャニス・ジョプリンが現在も歌っていたら…」的なコンセプトに基づいて企画されたトリビュート・コンサート。230ジャニスを演じたのは金子マリさんと夏木マリさんのダブル・マリ。
モリさんやナルチョさん他のMarshallのお世話をさせて頂いた。
この頃の大二さんは残念ながらまだNATALではなかった。240もちろん外タレのMarshallのお世話も何度もさせて頂いた。
ウリの時は客席が何ともゴージャスだったっけ。
令文さん、ルークさん、中間さん、三宅さん、ノンちゃん、Syuちゃん他、日本を代表する腕利きギタリストが1列に並んだサマはなかなかの景色だった。
ゲストでステージに上がったマーティが、終演後楽屋で「『In Trance』だよ『In Trance』!まさか演るとは思わなかった!」と大興奮していたのを覚えている。250v この時ウリが使用したMarshall。
ウリとはこの時以前にフランクフルトで何度も顔を合わせていたので、この機材の件で事前に幾度となく連絡を取り合っていた。
ウリは「あの素晴らしい音響の中野サンプラザでまた演奏できるのは最高にうれしい!」と言っていた。260Marshall Blogの取材も何度もさせて頂いた。
中野サンプラザの楽屋でデヴィッド・カヴァーデイルに肩を揉まれる自分などついぞ想像したことがなかったゾ!270ダグも本当に親切にしてくれた。280サトリアーニも素晴らしかった。
感動したのは、ジョーのマネージャー。
この業界に入って初めて付いたバンドがハンブル・パイだったって言うんだよね。
スゲエなぁ。290忘れていたんだけど、Megadethも中野サンプラザでご一緒させて頂いたわ。
当時のベーシスト、デヴィッド・エレフソンが私が担当していたブランドのベースを使っていて、それで押し掛けたんだったかな?
とてもナイスガイで、カワイイお嬢ちゃんの写真を見せてくれた。
220cd「業務以外の用で中野サンプラザに行くことはなかった」と書いたが、一度だけ純粋な「客」として席に座ったことがあった。
2011年のデイヴ・メイスンにご招待して頂いたのだ。
メイスンは私が中学校3年生だった1977年に来日していて、やはり中野サンプラザでコンサートを開催したことは知っていた。
『情念』なんてヘンなアルバム・タイトルだナァと思っていた。
このコンサートでは、ニガテだったあの都はるみのようなメイスン特有のウナリ節が影をひそめ、とてもいい感じだった。
265もちろん国内の我がMarshallアーティストの皆さんのお手伝いもさせて頂いた。
Starmarieのsun-go☆さん。
この時の写真は我ながら気に入っている。300THE GOOD-BYE35周年記念の時のヤッチン。
いつも楽しかったナァ。310音楽に限らず、映画でも演劇でもプログラムを買っておくというのはとても良いことだね。
私は上に挙げたコンサートの半券を大事に保存していたんだけど、引っ越しの時に父が誤って処分してしまいましてね…全てパァ。
でもプログラムは残った。
結局記憶って、どんなに印象的なことでも残っているようで残っていないんだよね。
子供の写真やビデオがいい例で、小さかった時のことを思い出すのは、ビデオで撮影して後で見たことばっかりだったりする。
そういう意味ではプログラムというのはとても良質な記憶媒体のように思う。
買った時は高くてバカバカしいと思いましたよ。
だって3,000円の入場料に対して1,000円ぐらいしていたんだから!
でも半券ではチト寂しい。
買って保存しておいて本当にヨカッタと思う。
  
それにしても「あって当たり前」のモノがなくなるってのは、ヤッパリすごく寂しいことだね。
我が青春が少しずつ削り取られて行くようだ。
そして、かつて「ロック」と呼ばれていた音楽がますます遠のき、消え行って行くような感覚に陥るのである。
しかし、返す返すも思うのは…「東京生まれ」でヨカッタ!330次の施設の中には7,000キャパのホールが造られるとか…。
これまでは2,200。
やはりキャパが2,000だった厚生年金会館ホールもとっくの昔に姿を消し、そうした大規模のホールが現れるということは、ますます音楽の一極集中化が進むということか…。
だって7,000人集めるなんて大変なことだからね。
もちろんそれなりのマーケティングはしたんでしょうけど、そんなに規模が大きいとビッグ・ネームしか使えなくなっちゃう。
一方では自分たちだけのいい音楽をクリエイトしているグラスルーツのバンドは小さなライブハウスを埋めることにも苦慮している。
当然、経済というモノは服飾でもエンターテインメントでもひたすら流行を追い求めるミーちゃんやハーちゃんが回してくれていて、私のようなアマノジャクはその方々に感謝しなければならないのだが、芸術やエンターテインメントというモノは「アレもあるけど、コレもある」という状態にしておかないと間違いなく破滅の一途をたどることになると思うのだ。
中野サンプラザはそんな役割を充分の果たしてくれたのではあるまいか?
 
色々な思い出をありがとう、中野サンプラザ!340v 

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