Marshall Blogに掲載されている写真並びに記事の転載・転用はご遠慮ください。
【姉妹ブログ】
【Marshall Official Web Site】
【CODE/GATEWAYの通信トラブルを解決するには】

« 2020年2月 | メイン | 2020年4月 »

2020年3月

2020年3月30日 (月)

NATALからのお知らせ

  

Natal_v1_letter

今般よりNATAL Drumsの製品は、株式会社ヤマハミュージックジャパンさんに取り扱って頂くことととなりました。
言い換えるとヤマハミュージックジャパンさんが、MarshallやEDEN同様NATALのドラムスやパーカッション、ハードウェアを輸入し、そして楽器店に販売する…ということになります。
ドラマー、パーカッショニストの皆様におかれましては倍旧のご愛顧をお願い申し上げます。
 
そして、今後もMarshall Blogがバックアップさせて頂きますますので現在NATALを日頃よりご愛用くださっているアーティストの皆さん、引き続きよろしくお願い致します。
 
 
ヤマハミュージックジャパンのウェブサイトはコチラ
   ↓    ↓    ↓
NATAL製品の輸入販売業務開始のお知らせ

 

…ということで今一度しつこくNATALについて。
M_jmk_front


1965年の創立だからして、Marshallの3年後輩で、元々はアラン・シャープという人が作ったハンド・メイド・パーカッションのブランドだ。
2020年の今年は創業55周年なのだ!

As そのアランが作るパーカッションがあまりにも素晴らしいので、またたく間に当時のイギリスのパーカッショ二ストやドラマーたち愛用されるようになったんだね。
T.Rexのミッキー・フィン、The Rolling Stonesのチャーリー・ワッツ、そしてLed ZeppelinのJohn Bonham等々。

Jb_1 Deep Purpleのイアン・ギランもNATALのコンガを使っていた。
この『Live in Japan』の海外盤、『Made in Japan』のジャケットに写っている黒いコンガはNATAL製なのです。

Dp Fleetwood MacのMick Fleetwoodもそう。
Led Zeppelinの「Black Dog」の原型といわれる「Oh Well」のコンガがNATAL製だったのかもしれない…なんて想像するだけでも興奮しちゃうよ!

Ow残念ながら当時日本には入って来なかったので名前を知っている人は皆無に等しかったけど、イギリスの音楽関係者ならみ~んなNATALというブランドを知ってる。
 
そのNATALがドラム・キットを製造し出したのはMarshallがブランドを買収した2010年以降のこと。
最後発とはいえ、確かな品質と手ごろな価格、そして何よりもブリティッシュ・ロック魂に満ち溢れたサウンドで急速にイギリスで普及し、今では英国を代表するドラム・ブランドに成長した。
おかげさまで大分日本でもその名前が知れ渡るようになって来た←今ココ…大変だった。
NATALを応援してくださっている皆さんには、この場をお借りして心から感謝申し上げます。
ジム・マーシャルも天国で喜んでいるはず。
「日本もいよいよじゃな…フォッ、フォッ、フォッ!」って。
ジムはドラマーだったからね。

Jim そのNATALを紹介する動画がコレ。
 
時は1965年、場所はロンドン。
伝説のパーカッショニスト、アラン・シャープは理想の楽器を編み出すことに没頭していた。
そして、ついにそれを手に入れた。
やがてその楽器は多くの人の知れるところとなり、
レッド・ツェッペリン
ディープ・パープル
ザ・ローリング・ストーンズ
ブラック・サバス
UB40
ボブ・マーレー
…らに重用された。
アランは「ロー・プロファイル・フープ」の開発者。
彼はいつもナニかを作り出そうとしていた。
そして今、我々がそれを引き継いだ。
アラン・シャープのレガシーは生きている

これからもMarshall/NATAL/EDENをよろしくお願いします!
動画に対抗し続けるMarshall Blogもよろしくね。

80 

200

2020年3月29日 (日)

【Marshall Blog Archive】三宅庸介インタビュー <後編>

      
Marshallを手放す
M:ところで、その73年製のラッキーMarshallはその後どうなったんですか?

DY:手放してしまったんです…ホント、後悔してる。
M:アジャジャジャ!
Y:そういう人ってたくさんいると思いますが…。
M:はい、本当によくそういうお話を耳にしますね。でも、その時はどうしても他のモノが欲しくなって後先考えないで…というか、後悔するなんて夢にも思わずやっちゃうんですよね。
で、その後は?
Y:ラック・システムに興味がありましてね。
マイケル・ランドウの影響を受けました。
M:流行りましたもんね~。
Y:それで2年ほど経ってまたMarshallに戻ったんです。
その時手に入れたのが78年製の2203。
それをしばらく使っていました。

<庸介写真館4>
1978年製というからJMP期の2203ということになる。

11_jmp2203_2 現在のようなフル・フェイスのコントロール・パネルになるのはJCM800シリーズがスタートした1981年から。
当時の人たちはこのルックスの変わりように度肝を抜かれた…私はサッパリ覚えていない。

11_jcm800 写真には写っていないがその2203を使用していた時代の三宅さん。
難波の「ロケッツ」というライブハウスでのステージ。
右に写っているのは今NATALの山口PON昌人さんがサポートしているMOMO & THE SHOCKERSのMOMOさん。

9_2203_2_930907 

その後のMarshall
M:それから?
Y:東京に出てくる時にサポートの話しとかもあって、洗練された音作りをする必要が出てきて、気に

Marshall6100なっていた6100を入手したんです。
そしたらあのクランチがすごくよくて、今のMarshallでもこんな音が出るのかって…。
M:6100の頃もあったんですか~。
Y:今でも手放さないで持っていますよ。好きで結構使いました。
ゲイリー・ムーアも出た頃使ってましたもんね。
で、大分使いこんだところでDSLが出て来たんです。
M:なるほど…。
(写真の6100はパワーアンプに5881を搭載した通常版。三宅さん所有の6100はMarshallの30周年をを記念する青いカバリングのモデルです)
 
<庸介写真館5>
右端が三宅さんの6100。
Marshallの30周年を記念してリリースしたモデル。
サトリアーニも愛用者だった。
後ろの赤いジャケットを着ているのは藤本朗さん。
そしてドラムスは金光健司さん!

11_6100_akiraご存知、金光さんは今の三宅さんのバンド、Strange,Beautiful and Loudの相棒。

11_0r4a0149 約30年経ってもこうして一緒に音楽を作ってる。
いいね、音楽ってモノは!

11_0r4a0115 こっちは約30年前。
当たり前のことだけど、やっぱりアクションってのは人間そう変わるもんじゃないね。10_6100_akira  
1959が基本
Y:でも、最初の73年製の1959の音が基本にあって、どのMarshallのモデルを使っても、また

11_21959slp_frontMarshall以外のアンプを使っても、結局その音を求めてしまうんです。
色々と試してみてそういう音が出ればOKですし、出なければ使いません。
その頃からもう色んなものを求めずにその基本のクランチの音で勝負しようと決めたんです。
M:今(2011年当時)、三宅さんはJCM2000 DSL100をお使い頂いていますが、DSLというとCLASSIC GAINのツルンツルンのクリーンかULTRA GAINの歪みを使っている人が圧倒的に多いようです。
DSLが発売された時、セールス・ポイントはクリーン・サウンドだったんですから。
でも 三宅さんはCLASSIC GAINのCRUNCHだけを使ってすべてをコントロールしている。
いつかも確か三宅さんとウリの音の話しをしていて、「ウリの音は1959の一番いいところが出ていて、その音を表現すると『パシーン』とか『ビシッ』とかいう感じ」って言ったことがありました。
三宅さんのサウンドはそれに近くて、たとえDSLを使っていても根底にあるサウンドが1959であるということを感じ取れると思いますよ。
Y:そうおっしゃっていただけると大変うれしいです!
 
<庸介写真館6>
再び手にした1959も1978年製。いわゆるJMP期の1959。
旧バナナ・ホールにて。

三宅さんはいつもMarshallをクランチにセットしてTube Screamerで歪みを加える…と昨日書いた。
このJMP時代の1959、大学の時に私も持っていたけど、Marshall自体がクランチで鳴ったことはただの一度もなかった。

徹頭徹尾クリーン・サウンドしか出せなかった。
私は当時どこでも手に入ったBOSSのオリジナルOD-1をつないでいたが、元のMarshallのクリーンの音が図太いので、最高のサウンドが出た。
してみると、クランチが出るほどのこの頃の三宅さんのギターの音のラウドさが想像できる。
今でもだけど。

でも、ラウドだからこそ音がいいのだ。

8_93_1959_9302私が三宅さんの演奏を初めて拝見したのは2009年3月かな?
その時はハコの4100をお使いになったたように記憶しているが、そういえば、当時はJCM2000 DSL100をご愛用頂いていたんだわ。
もうJVMのイメージが強くてスッカリ忘れてた。
三宅さんのDSLって1997年製の初期型で、チャンと手入れをしているせいもあってものスゴくいいんだよね。
これはまだコレはDSLを使っていた頃のStrange, Beautiful and Loud。
2012年12月のGRAPE FRUIT MOONでのシリーズ企画『Sound Experience』…まだ「6」の時。
今、「31」
まで来ている。210v_2 三宅さんにもご登場頂いたMarshallの本『Marshall Chronicle』が出来した頃で、「大人のエロ本」としてこの時ステージで紹介してくれた。
この本は作っていてホントに楽しかったナ。夢中になって取り組んだ。

190v_2_2 

セッティング
M:アンプのセッティングで何かこだわっている部分ってありますか?
リハやステージであんまりアンプをイジくり回している印象がないんですけど。

AY:昔のMarshallって0か10かってところがありましたよね。
それでボクは全部10だったんですね。
プレゼンスも10。リンクしてボリュームも両方10。それで最高の音が出ていたんです。
ですから今のモデルを使う時、覚えているその時の音に近づけようとしているだけですね。
弾き方がそういう音を覚えているというか…。後はその音が出るようにセットしていく。
そうしてようやくここ5~6年で核心に近づいていっている気がします。
M:ようやく核心?もう到達しているのかと思っていましたが…。
Y:ずっとギターを弾いていると少しずつ少しずつうまくなっていきますよね…あまり気が付かない程度に。
その中で、ギターとのやり取りとか、アンプとのやり取りとかも弾けば弾くほど上達していくんですよね。
そういう部分で音の出し方とか、音の早さとかがより詳細にわかるようになってきたんです。
ベースは0。上げても2とかね。ミドルは8から10。トレブルは3とか4とか。プレゼンスは上げない。
 

ドリーム・マーシャル
M:弾いてみたいMarshall、いわゆる「ドリーム・マーシャル」ってあります?
Y:ジミ・ヘンドリックスの1969年の春先のアメリカツアーで使っていたマーシャルですね。
それと同じく69年のロイヤル・アルバート・ホールのマーシャル。
ヨーロッパでのトーンってすごく濁りがなくてクリアなんです。懐が深くて澄み切っている。
その点ではすごく参考になる。
M:電圧の加減?全然音が違いますからね。
Y:そうだと思います。
一方、アメリカのツアーの場合、その電圧の加減か、ペダルの影響か、もう少しハード・ロック的ないわゆるキメの細かいオーバードライブ・サウンドになるんですね。それもすごく好きです。

Bof_2M:ホンモノのジミヘンの音、聴いてみたかったですよね~!
Y:ホント。
それか、マハビシュヌ・オーケストラの『Birds of Fire』や『Between Nothingness and Eternity』でマクラフリンが使った…多分SUPER TREMOLO 100ですね。
そんなにマクラフリンの音って好みではないんですけど、この頃の音はすごく好きなんです。
M:あの音っていかにも出なさそうですよね?
アレは弾き方によるところがメチャクチャ大きい気がします。

Bne_4でも、マクラフリンの一番はマイルスの『ジャック・ジョンソン』でしょう。特にあのイントロ。
Y:(笑)アレはナンなんでしょうね?!
M:アレは奇跡でしょう。他には?
Y:それから、やっぱりエディかな?
M:アメリカ勢はダメなんじゃ?
Y:イエ、「ドリーム・マーシャル」ということだったら話しは別です。
エディの68年の「Baby Marshall」は弾いてみたい!
アレ、本人は'67年製と言っていますが、先日リペアした人から'68年製だったと聞いてます。
 
マクラフリンが使っていたとされるトレモロ回路搭載の1959、「Super Lead T1959」。
1966年から1972まで製造されていたところを見ると、それなりの需要があったのだろう。
真空管で揺らしたトレモロ・サウンドは本当に美しいからね。

St100 

ジミ・ヘンドリックスの録音
M:Marshallの工場に行った時に撮って来た実際に彼が使っていた1959の写真なんてありますけど…。
Y:ウワッ!見たい!

11_rimg0181_3M:コレですね…。
Y:おお~!
ジミ・ヘンドリックスでもそうなんですが、我々が耳にする音ってCDでも何でもレコーディングというプロセスを通ったものですよね。
それがどういうミックスをされたか…もっと言うとリマスターされたかによってすごくトーンの聴こえ方が変わってきますよね。
そういうことにすごく興味があって、リマスター盤が出ると買って聴いてみるようにしているんですね。

11_rimg0183_2M:「リマスター盤」が欲しいなんて思ったことがありませんが、なるほどそういうことを意識して聴くのであればオモシロいでしょうね。
Y:はい。自分がアルバムを出すようになって余計に神経質になりました。
M:なるほど。そうかもしれませんね。
Y:そういう意味で色々聴いていると、ジミってウッドストックにしても、ワイト島にしても、モントレーにしても、意外にオープンエアが多いんですね。
で、オープンエアの会場で録った方が「Marshallらしさ」って映えると思うんです。
ホールの影響がありませんよね。だから生々しく彼が出していたトーンが残っていると思いますね。
つまりアンプ以外の音の要素が少ないので参考にしやすい気がするんです。
そういう風な思いで聴いています。
M:そんなこと考えたことありませんでした。
 

三宅庸介の音楽
M:ところで、Marshall Blogに何回も書いている通り、私個人は三宅さんの音楽がとても好きで、「ロック」という範疇にあってはかなりユニークなものと捉えています。
はじめに聴いてすぐに思い浮かんだのがマイケル・ランドウ。

CY:マイケル・ランドウが世間ではどういう立ち位置にいるかはわかりませんが、自身確かに影響を受けてはいます。
でも、いわゆるフュージョンからの影響というのはまったくないんですね。
アルバムを作る前はもっとフリーフォームで、テーマをひとつふたつ決めて延々とソロをやるようなユニットの時期もあったんですが、アルバムを作るときに「本当にやりたいことだけをやろう!」って取り組んだんです。
M:なるほど…。
Y:それと、とにかく弾き方は自分にしか出来ない方法を採るようにして、音にも徹底的にこだわりました。
ストラトキャスターとMarshallがあったからできたんです。
曲に関しては、やっぱり素に戻ってずっと好きだったものを演ろうと…つまりロックですね。
コード進行やヴォイシングが変わっているというのはわかっているんですが、それをロックのサウンドにしたかった。
ボクの中では結構「ハード・ロック」なんですけどネェ…。
M:はい。少なくともジャズには聴こえないし、フュージョンでもない。
ロックなんですけど、他のロックとは単語も文法も違うんですね。
メロディについても極力ロックの定番フレーズを避けていることがすぐにわかる。
自然にそうなっているのかな?ローランド・カークみたいな。
結局ジャズの巨人達、パーカーもマイルスもエヴァンスもショーターも、今までにないようなカッコいいフレーズを発明することに心血を注いだワケですよね?
三宅さんのやっていることはそれに似ている感じがするんです。すごくステキなことだと思います。
Y:それはあんまり意識していないな…。
今のユニットはそうかも知れませんが、前にやっていたバンドでは典型的なフレーズも使っていたし、スティーヴ・ヴァイが好きだった頃のボクをご覧になっているお客さんはいまだにボクをそういう風に捉えているとは思います。
M:今の三宅さんだったら、自分の音楽を「三宅庸介です」と言って許される思うんです。すごいスタイリストですよね。
Y:ワァ、うれしい!
ジミ・ヘンドリックスにしても、ロビン・トロワーにしても、ウリにしてもいまだにコピーします。
好きですしね。
でも、コピーしたものをそのまま弾いても意味がないんですね。人がやっていない…自分にしかできないことをいかに最善の形で音にするかということをやっていかないとしょうがない。
M:コピーからはナニも生まれてきませんからね。何も残らないし。
 

ジャズ
M:こないだのライブでは冒頭にコルトレーンの『至上の愛』の一節を弾かれていましたね。

Lspジャズはよくお聴きになるんですか?
Y:イエイエ、全然!ウワベだけです。
学校で教えていると、「BOφWYからギター始めました」とか「昔メタリカやってました」という子がちょっとギター弾けるようになって学校へ来る。
それで、上手になってくると途端にやれ「モード」だとか「何とかジャズ」の方へ行ってしまう。
で、「君が好きだったBOφWYから受けた衝動はどこへ行っちゃったの?」っていう子がすごく多くて、そういう子は決まってロックをバカにするんですね。
そんなことを目の当たりにしていたので、むしろボクはジャズをキライなのかもしれない…。
そんなに興味もないし、居心地がよくない。
でも、アーティスト単位では好きな人はいます。
ウェス・モンゴメリーは大好き。それでも彼の音楽的な手法がどうとかではなくて、トーンが好きだったり、歌わせ方が好きだったり…。
後はマイルス。そのふたりぐらい。マイルスなら少しは偉そうに語れるかな(笑)?
M:ジャズの話は私が止まらなくなってしまうので、コレで終わりにしましょう(笑)。
 

『Lotus and Visceral Songs』
M:それではご自身の音楽を総括すると…。
Y:ボクは自分の音楽をプログレの一種だと思っているんです。
プログレが大好きでいまだにフォーカスが一番好きなんです。
で、あのアルバム(『Lotus and Visceral Songs』)って『Focus Ⅲ』のサウンドをすごく参考にし

Lvsているんです。
M:録音ってこと?
Y:そうです。
レコーディングの時、『Focus Ⅲ』をエンジニアに持っていって聴いてもらった。
あのレコードって残響がほとんどないんですね。
M:「Anonymous Ⅱ」とか完全にデッドですよね。
Y:そう。聴いていてレコーディングしている部屋にいっしょにいるような感じにしたかったんです。「音がボヤけるようなことは一切しないでくれ!」と

F3エンジニアに頼みました。
特にドラム。
ドラムの音が全体を決めますからね。
ギターは自分が出している音をそのまま録ってもらえればいい音になることがわかっていたんで、ドラムにはこだわりました。
あれはピエール・ヴァン・ダー・リンデン(Focusのドラマー。現在も活躍中)のドラム・サウンドをかなり参考にしたんですよ。
レコーディングの期間中ズーッとあのアルバムを流していました。
M:私、去年ロンドンでピエール見ましたよ。
Y:HIGH VOLTAGEですね?
M:はい。
そう、マーブロにも何回も書いたとおり、今のCDの音ってドンシャリすぎるんですよ。
ナニを演っているのかさっぱり聞き取れないし、疲れちゃって長い時間聴いていられない。

E_2すぐ飽きちゃう。味が濃すぎるんです。コンビニのお弁当みたい。
そういう点で『Lotus and Visceral Songs』は違うな…って初めて聴いた時に思いましたよ。
結局、お母さんの味付けの方が美味しいし飽きないんです。
Y:でしょ~?
結局、エンジニアの方にものすごく試行錯誤してもらって、納得のいく素晴らしい音で仕上げてもらいました。
それがホントに嬉しかったし、とても良い経験をさせてもらったと思っています!(笑)
M:本当にCDの音質は業界をあげて考え直した方がいい。
切ったり貼ったりは全然構わないと思うけど、昔みたいに自然な音で吹き込むべきだと思う。
何しろ若い子にはレッド・ツェッペリンがスカスカに聴こえるらしい。
ジョン・ボーナムのドラミングがスカスカなんですって!
Y:MP3プレイヤー用の音質になっているんですね。
雑踏に負けないように鼓膜にくっついてすべての音が聴こえてくる。
「ああ、これ聴きたいな」と思って家でターンテーブルに乗せて聴くようなレコードの音では外では雑踏の音に消されて聴こえないんですよ。
 

マーシャルを弾くということ
Y:今の若い子はマMarshallを弾かせると、あんまり知らない子は雑誌の影響か何かわかりま せんが、コントロールをすべて5にするんですね。
ま、それでもいいけど、それじゃ面白くないやろ…自分の音を作ってみろって!言うようにしているん

L12です。
自宅はLEAD12(5005、12Wの小型コンボ)を使っているんです。
ベースは少々。トレブルも少し。ミドルはそこそこ。
こうすると鳴らし方がわかってくる。
M:今の若い子が好む音楽からすると、彼らから低音を奪うことはムズカシイでしょうね。

11_bY:ギタリストがギターを弾いているのを見た時に、マーシャルを弾いてきた人ってその弾き方でわかるんですよね。ピッキングとかね。
で、そういう人が出す音って大抵ボクの好きなタイプの音なんですね。
逆にMarshallに育てられた弾き方っていうものがあるんですね。ボクもそうだけど…。
ピッキングを見たら生音でもわかる。
現行品で全然構わない…1959に戻りたいなって思っているんです。アンプのよさを引き出す弾き方が果たして出来ているかどうか真剣に向き合いたいと考えているから…。

 

<あとがき>
見た目の通り落ち着いて思慮深く、ひとつひとつ言葉を選びながらお話しになる三宅さんの姿は先生、それも生活指導の先生のようでもあり、ひとつの道を極めんとする修行僧のようでもある。
もちろんその実体は己の真のスタイルや音楽を追及するアーティストだ。
それだけに三宅さんの発する言葉には計り知れない重みを感じた。

楽器に限らず最近市場に出回るあらゆる商品は「売上至上」を象徴しているかのような、お店で手をかけずにすぐに売れるものしか置かなくなってしまった。
商品のハードルが低くなってしまっているのだ。
コレは決して品質が良いとか悪いとかいうことではない。ギター・アンプでいえば初心者でもスイッチを入れればその場でいい音が出てしまうというシロモノ。
もちろん、ギター・アンプはいい音を出すことによって商品の価値が決まるワケだからそれらは商品としての使命を立派に果たしているのだが、本当にこれだけでいいのだろうか?
いい音が出ることによってそれ以上の音を求める必要がなくなってしまうだろうし、いい音を出すために悪戦苦闘をして弾き方の研究する機会もなくなってしまう。
マーシャルで言えば1959の例を出せばわかりやすいだろうか?
初めてギターを弾く人にとってよもや1959がユーザー・フレンドリーということはあり得ないだろう。
でも、我々がギター始めたころはコレが当たり前のギター・アンプだった。
もしロックが「ロック」という形と精神で将来も生き残ることができるとすれば、CDの音質も先祖返りを果たし、ギター・アンプも1959のようなノン・マスター・ボリュームの頑固なモデルに収斂していくような気がする。
そしてそういった傾向こそがシリアスなロックをよみがえらせるのではないか?とさえ思えるのである。
「1959にもどりたい」という三宅さんの言葉が実に印象的であった。

Mblogo 

<あとがき>の後で
2011年のインタビューは以上。
この時から9年の時が経った。
その間も三宅さんは自分の音楽を追求し続け、2014年にはStrane,Beautiful and Loudのセカンド・アルバム『Orchestral Supreme』を発表。OspMarshallはJVM210Hをメインに据え、相変わらずの美しい爆音を発散させ続けてくれている。

0r4a0427一方、インタビューの中で「1959が基本」とおっしゃっているように、最近では1959をお使いになってのステージも展開している。
この1959がいつ出番となるかは事前にチェックするより仕方がないが、ゼヒ、生のサウンドをご体験頂きたい。
特に「自分はロック・ギタリスト」だと勘違いしている若い世代のプレイヤーは必ず観に行くべし。
そして、デジタル・アンプが跋扈している昨今、「真空管のギター・アンプの音がどういう風にいいか」ということを言葉抜きに、ギターの音だけで実感させてくれるハズだ。
11_0r4a0566一方では「Marshall」と聞けば、新しいモデルのチェックにも余念がない。
最近ではSTUDIO VINTAGEでノックアウトさせて頂いた。
とにかくどんなに時代が変わっても「三宅庸介=シリアスなギター・サウンド=Marshall」という図式が変わることはないのだ。

0r4a0336 動く三宅庸介はコチラ⇒【公式YouTubeチャンネル】Yosuke Miyake Strange,Beautiful and Loud

三宅さんが愛用のLEAD12 5005を使って自宅でギターを弾いている様子などを見ることができる!

11_0r4a0058

200_2 
(一部敬称略 ※このインタビューは三宅さんご本人の監修の元、2011年10月の記事に大幅に加筆&訂正を加えたモノです)

2020年3月28日 (土)

【Marshall Blog Archive】三宅庸介インタビュー <前編>

 
「はじめに」の前に

以前に書いたことがあるかも知れないけど、ある本のインタビューで映画評論家の淀川長治さんがおっしゃっていたことを読んで少しばかりショックを受けたことがあった。
天文学的な数の映画を観て、評論し続けた淀川さんの偉業を褒めたえたインタビュアーのこう答えた。
「ハイ、私は確かにたくさんのたくさんの映画観ましたね。いい映画、感心しない映画ありました。
でもね、私エラクもなんともないの。
私ね、映画はたくさん観た観た観た…でも1本も映画を作っていないんですよ。
ということは、私が死んでも何も残らないんですよ。
映画観て、しゃべっただけだから。
コワいですね~」
だいたいこんな感じ。
謙遜なんかではなくて、私はこの言葉に淀川さんの後悔と、自分だけのモノを作り上げた人たちへの嫉妬と尊敬の念を感じ取った。
でもね、こんな本を読むと、そのバツグンな記憶力と今観て来て説明しているかのような語り口はひとつの立派なスタイルであり、頭がいくつもあるサメの映画を1本撮るよりよっぽどスゴイと思うけどね。
そうした作業を生涯にわたって何万本分かやったワケだから十分に尊敬に値する。

11_3es1そこへいくと、膨大な資金と時間を音楽やギターに投じたところで、たったひとつのオリジナル曲も作れなかった私…。
ヘタな写真を撮ってツマらん文章を書く、Marshall Blogが関の山だ。
それこそブログ屋との契約が切れればナニも残りゃしない。
レベルは極端にちがうにせよ、淀川さんの気持ちがよくわかるような気がするのだ。
私の立派なところは、「作る才能」がないのを自分で見て取って、ギタリストになる夢を早いウチにサッと捨て去ったところか。
ま、当時はそういう世の中だっただけなんだけどね。ロクに食えもしないのに30歳を過ぎてバンドなんかに夢中になっているなんてことは「普通の状態」とみなされなかった。
その代わりロック界はオリジナリティでしのぎを削り合う魅力的なバンドばかりで、コピーバンドはライブハウスに出してもらえないという音楽に厳しい時代だった。
 
とにかく、「何もないところから自分だけのナニかを作り出す」ということは本当に大変なことだと思う…「自分だけのスタイルを確立する」と言い換えてもいいだろう。
最近このことをすごく思うようになった。
そんな時に思い出す音楽のひとつが三宅庸介が取り組んでいることだ。
音楽に対してあまりにストイックなその姿勢は尊敬に値するどころか、「自分が好きなコトしかしない」ワガママの域に達していると言えなくもないような気もするが、芸術家はそれでよし。
それこそが「アーティスト」。「ミュージシャン」とは一線を画する存在なのだ。
そもそも人の言うことを聞いていたら「自分の世界」を作ることは到底できないからね。
そうして作り出されたオリジナルの創造物は作り手がこの世からいなくなっても生き永らえることができる。
コピーからは何も生まれないし、何も残らない。
 
で、他の調べごとをするために前のMarshall Blog(2008年4月~2011年12月)をチェックしていたら、三宅さんのインタビューが出て来てつい読み込んでしまった。
コレがすごくオモシロい。
インタビューは2011年のもの。
今となってはご覧になったことのない方も多いと思ったので、大幅に加筆訂正し、三宅さんのご協力のもと、秘蔵写真を交えて新しい読み物に作り替えてみた。
お楽しみ頂き、三宅さんの音楽をご存知ない方が興味を持ってくれれば幸いである。
次からのインタビューが当時の記事です。

Mblogo 

はじめに
Marshall Blogに多数回ご登場頂いている三宅庸介氏。
その独特のスタイルと魅力的なギター・サウンドで自己のユニット、Strange, Beautiful and Loudを率いて自らの音楽を奏でる姿は現在の音楽シーンでもズバ抜けて光り輝く存在であることは誰もが認めるところであろう。
今回は満を持して三宅庸介氏に『マーシャル・トーク』に登場して頂いた。
個人的な趣向もあって、インタビューの話題はMarshallの話よりも、三宅さんの音楽的な部分に触れることがつい多くなってしまった。
でも、いくら説明してもらっても、何を聞き出しても、あの三宅さんのギターのトーンを真似することは不可能であろうからこれでヨカッタと思っている。
また、ギターを弾いて、自分の音楽づくりに勤しんでいらっしゃる方々にとっては、かえって三宅さんの音楽的なバックグラウンドや音楽に対する姿勢を語って頂いた方が有効だとも思ったのだ。
稀代のスタイリストのトークを是非ご堪能あれ。

 
Marshallとの出会い

Marshall(以下「M」):Marshallを意識し出したのはいつ頃、どんな感じでした?
三宅(以下「Y」):記憶にあるのは、最初に買ったミュージックライフ誌にジェフ・ベックの

00a_2『There and Back』ツアーの来日公演のレポートが出ていたんです。
(ハンブル・パイの)マリオットから安い値段で買ったか、もらったかした54年か55年のストラトを弾 いていて、メンバーはサイモン・フィリップス、モ・フォスターとトニー・ハイマスでした。
その時の写真がすごくカッコよくて…昔ってよく透明の下敷きにアイドルの写真なんかを入れたりしましたでしょ?
M:ハイハイ。私の世代は天地真理ちゃんでした。私はそんなことは一切しませんでしたけど。
Y:ハハハ。ボクはそこにそのジェフ・ベックの写真を入れていたんです。
そのジェフの後ろに「Marshall」の文字が写っていたんだと思います。
ハッキリこの時に意識をし出した…というのではありませんが、そんなことでマーシャルというものを気にし出したんだと思います。
後はマイケル・シェンカーが好きだったし、リッチーですよね。

 
三宅庸介とマーク・ノップラー

M:では、好きなギタリストというと…。
Y:最初はマーク・ノップラー。
M:エエッ?!

00b_2Y:ホントです…というのはラジオでよくかかっていたんですね。「サルタン」とか。
リアルタイムに聴いたのは3枚目の『Making Movies』ですね。
それとポリスなんかが好きでズ~っと聴いていました。
M:あのファースト・アルバムがでたのは私の世代ですね。
私もアルバムは買いましたが、あのヤル気のなさそうな歌が苦手ですぐに手放しちゃいました。
しかし、三宅さんがノップラーなんてメチャクチャ意外です…ナンプラーならわかるんですけど。
Y:そんな!
でも、ギターとして最初に意識して聴いていたのはダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーなんです。
M:ギターが好きで?それとも曲?
Y:曲も好きだったし、ギターのトーンが好きでしたね。
M:でも私みたいに歌は受け付けなかったんじゃないんですか?
Y:イヤイヤ、歌も好きでしたよ。
ポリスも好きで、一番最初に観に行ったコンサートがポリスでしたから…。81年ぐらいかな?
ボクは最初ベーシストになりたかったんですよ。
M:スティングにあこがれて?
Y:そう。いまだに一番のアイドルはスティングなんです。
M:音楽家としてでしょ?
Y:そうです。存在とか…。
例えば自分でアルバムを作る時にスティングを連れてくるのは到底無理なので、反対に彼のアルバムでちょっとでもギターが弾けたらいいナァと思いますね。
M:んん~、ポリスか…。やっぱり私とは世代が少し違いますよね。私なんかはポリスより先に「頭脳警察」でしたから。

ブリティッシュ・ロック
Y:ボクはアメリカ系の音が全然ダメで、その後も聴いたものといえばシン・リジーであったりジューダス・プリーストであったり…ブリティッシュ・ハードばっかりでした。

00d_2ヴァン・ヘイレンすらピンと来なかった。
M:私はヴァン・ヘイレンが出てきた時のことをよく覚えていて、初来日公演も行きました。
あの頃ってツェッペリンも、パープルも、ピンク・フロイドも、もう活動していなくて、ブリティッシュ・ライオンズとかストラップスとかエアロスミスの弟分のスターズとかイギリスのミスター・ビッグとか(実は大好き)…ハードロック系のバンドといえば、せいぜいそんなのしかいなかった。
その時代に出て来たギター・ヒーローもいなかった。
そこへあんなに弾ける人が出てきちゃったからギター・キッズたちの間では上へ下への大騒ぎだったんです。
「あの右手でやるヤツ」なんて言ってね。
「ライトハンド」だとか「タッピング」なんて言葉はなかった。
Y:なるほど。
やっぱりマーシャルはそういう「ギター・ヒーローが使っている」という視覚的なインパクトが強かったんです。
Nhp_2それと、UFOの『No Heavy Petting』サウンドにかなり印象深いモノがありましたね。
やっぱりマイケル・シェンカー好きでしたから。
M:簡単に『Force It』とおっしゃらないところがいい!
私も『No Heavy Petting』が好きだった。
Y:やっぱり?
M:またジャケットがヨカッタ!この頃のヒプノシスのセンスって最高ですよね。
Y:同感です!

ストラトキャスター
M:ところで三宅さんは担当楽器のところにいつも「ストラトキャスター」と記されていますよね。

00eいわば職業がストラト…。
役所の書類の職業欄にもそうお書きだとか…そんなことはないか。 
ストラトキャスターと言えば、シェンカーは違うにしても、それはやっぱりジェフ・ベックとかマーク・ノップラーとかの影響が強いんですかね?それともジミヘン?
Y:ストラトは…(間)…ストラトは…ウリかナァ。
M:なるほど!
Y:マイケル・シェンカーのUFOとか、シン・リジーとか、ブリティッシュ・ハードロック…もっと広く言えばブリティッシュ・ロックにハマって、プログレッシブ・ロックに傾いたり…でも「ギター」中心の音楽ということになると、その頃からズーっとウルリッヒ・ロートですよね。
M:ウリがその時代の日本人ギタリストに与えた影響には計り知れないものがありますね。
令文さん、中間さん、ノンちゃん(島紀史)、ルークさん、Syuちゃん…みんなウリが大好き。
Y:『Tokyo Tapes』はレコードもCDも何回買ったかわからないし、ジャケットも部屋に飾っていました。

Ttそれも複数枚買って表と見開きの内側の両方を飾ったりしていました。それぐらい好きでした。
M:そんなに!
三宅さんにもそんな時代があったのか…。
私もずいぶん聴きました。「All Night Long」が載っているバンド・スコアも買った。
でも、このコンサートは行かなかった。2回目の来日公演は言ったんですけど。
私のロック人生で最も大きな後悔のひとつです。
 

大谷令文
Y:ストラトっていうと、高校2年ぐらい、そこそこギターが弾けるようになった時に見たんですよ…令文さんを京都で。
それより以前に先輩が録音してきたテープなんかで聴いてはいたんです。
「これは外国人だ」って思いましたね。
こんなギターを弾く人がいることに驚きました。
「こりゃ観に行かないといけない!」って京都の磔磔に行ったんです。
最前列でね…もう令文さんの足が目の前にある。
当然真ん前はMarshallですよ。もうギターの音しか聴こえない!
それもボクが聴いてきた大好きなブリティッシュ・ロックのすごいギタリスト達が出している音と同じだったんです。
令文さんが23~24歳の頃なのかな?
日本人でコレをやる人がいるんだったら、自分も本気でやってみようかな?って思いました。
それぐらい令文さんにはインパクトを受けましたね。
ホント、あの時の令文さんを見ていなかったらギタリストにはならなかったかも知れない。
M:へェ~。マリノの頃?
Y:マリノのデビューの直前ですかね。
 
<庸介写真館1>
憧れの令文さんとの共演。1988年の大阪バーボンハウス。
ギタリストを集めたイベントでこの時のベースは現Kruberablinka鎌田さん、ドラムスは板倉淳さん。
三宅さんのリクエストで「Raven Eyes」をご一緒して頂いた
写真の右端に3段積んであるMarshallの真ん中のステッカーが貼ってあるのが三宅さんの1973年製のハンドワイアード仕様の1959(後出)。

3_tr_raven_880331
  
ギターを始める
M:ところでギターを始めたのは?
Y:14~15歳ぐらいかな?
でもあんまり弾いていなかったんです。
本当にあの1983年11月13日の令文さんのライブがなかったらこうはならなかった。

00c_2M:では、はじめてのアンプといえば?
Y:最初にギターを買った時に小さな30Wぐらいの国産のコンボもいっしょに買って改造とかしたんですよ。
M:本当にお好きなんですねェ!
Y:ええ。
父がそういう関係だったもので電気に強かったんです。
で、最初にギターとイタリア製のJenのワウワウ・ペダルとその小さいアンプを買ったんです。
歪みペダルを使わないであの憧れの音を出そうとしていました。
M:ギターをはじめた頃って「あの音を出そう」なんて思ったりしませんよ!
「音」に対する意識なんか普通ありませんよ。
Y:ボクの場合はそうでしたね。
M:サスガだナァ。

 
はじめてのMarshall

M:で、はじめてのMarshallはいつ頃どうやって、何を入手しましたか?
Y:19歳の時にバンドもやってなかったので、このままじゃいけないと思い「Marshallを買おう」と決心したんです。
Marshallを買えばバンドをやれると思ったんです。
とりあえずMarshallを持たないことには大人になれないな…みたいな。
で、オールドのMarshallが欲しくて、色々調べたら大阪にそういうお店があったんですよ。
で、行ってみたら5台くらいオールドのMarshallがありました。
その時の店員さんが住友(俊洋)くんだったんです。
M:エエ~ッ!あの住友さん?
Y:はい。バイトでね。
彼も「ティンカーベル」っていうバンドをやっていて、そこそこ有名でしたからね。
後で調べてみたら令文さんをはじめ大阪のスゴ腕ギタリストはみんなそこへ行っていたようです。
で、住友くんに色々訊いたりして、その中で一番気に入ったのが1973年製の1959だったんです。
今にして思うとまだハンドワイアードでね。
M:1974年ぐらいまではまだハンドワイアードがありましたからね。
 
<庸介写真館2>
1987年、京都スポーツ・バレーのTerra Rosa。
写真の左下に見えるのがインタビューで触れている1973年製の1959。
三宅さんはこの時初めて京都北白川の「天下一品」の本店のラーメンを召し上がったそうだ。
私は東京人なので、醤油あっさりが一番好きなのだが、この本店の味は何でも他の店とはゼンゼン違うと聞く。格段にウマい…というのだ。
そうなると一度試してみたくなるというモノだ。
もうひとつはギネス。スタウトのギネスね。
あれをダブリンの本拠地で飲むともうウマすぎちゃって、二度と他のギネスは飲めなくなるとか…コレ、実際に飲んだ人が全員言うのよ。
試してみたい。

01_1959_tr_1 
同じく1987年10月のTerra Rosa。

奈良芸術大学の学園祭より。
そういえば「学際」という言葉をトンと聞かなくなったな。そういうのまだやってるのかな?
Terra Rosaの他に中間英明さんのHurry ScuaryとWolfというバンドが出演したそうだ。
この時はちょうど『Endless Basis』のレコーディング中で、リズム録りを終えてから機材をこのステージに持ち込んで演奏し、終了後またスタジオに帰って機材をセットしたそうだ。
そして、その翌日からギター録りに入った。

02_2向かって右側が三宅さんの73年製1959と1960A。
写真ではわかりにくいが、1959の上、右端にチョビっとだけ見えているグレイの箱が乗っているが、コレはスライ・ダック。
この頃は会場の様子に合わせてMarshallに送る電圧を調整していた。
良い子の皆さんはこんなことしないでくださいね。
そして、三宅さんの背後の1960は中間さんの機材だそうだ。

Nara

Terra RosaとMarshall
Y:ハイ。
それをスタックで買ったワケです。
でも持って帰れないので、お金だけ払って少しの間取り置きしてもらうように頼んだのです。
で、家に帰ったら電話がかかってきたんです。
Terra Rosaのキーボーズがさっきの先輩の紹介で電話をかけてきてくれたんです。
「ギタリストを探しているのでオーディションを受けないか?」って。
M:ちょうどMarshallを買った日に電話がかかってきたんですか?!
Y:そうです。スゴイと思いませんか?
M:メッチャすごいですよ!Marshallはお守り?
Y:ね!それで早速Marshallの話をして、さっきの楽器屋さんで待ち合わせして、買ったスタックを車に積んで、オーディション会場に持っていってもらったんです。
だから、オーディションの時にはじめてその買ったMarshallを本格的に弾いたというワケです。
M:へェ~。
Y:それでそのままバンドに入れてもらったので、結局そのMarshallは家に持って帰らなかったんですね。
M:ハハハ!スゴイ話しですね~。
Y:Marshallを取り入れた日にたちまちバンドに入ることができたワケです。
しかもよく観に行っていた好きなバンドです。
だから本当にMarshallが守り神というかラッキー・アイテムというか…Marshallが人まで連れて来てくれた…そういう感じなんです。
 
<庸介写真館3>
1988年、大阪バーボンハウスにて。
もちろん1959。
三宅さんは1959をクランチでセットしておいて、Tube Screamerを歪ませるスタイルだった。
JVMをお使いの今でも同じ。

04_1959_tr_3_880124 コレは時が経ってどんなにモデルが変わろうとも「Marshall」のサウンドがブレていないことのひとつ証ではなかろうか?

06_tr3 動く三宅庸介はコチラ⇒【公式YouTubeチャンネル】Yosuke Miyake Strange,Beautiful and Loud

三宅さんが愛用のLEAD12 5005を使って自宅でギターを弾いている様子などを見ることができる!

05_tr_3_88_01_24 そのTerra Rosa…昨年11月に12枚組のボックスセットをリリース。12terrabox5月~6月に『The Endless Basis Tour 2020』と銘打ったツアーも予定されている。
観たい!
私は三宅さんのTerra Rosaを見たことがないのだ。
観せて~!

Trt <後編>につづく
 

200_2 
(一部敬称略 ※このインタビューは三宅さんご本人の監修の元、2011年10月の記事に大幅に加筆&訂正を加えたモノです)

2020年3月27日 (金)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.42 ~ ココにディランが?ジミヘンが?&涙のアールズ・コート

この日はデザイン・ミュージアムに『スタンリー・キューブリック展』を観に行った日。
ホントに朝から晩まで雨がよく降った。
ロンドンっていくら昼間降っていても、たいてい夕方には青空になったりするんだけど、この日は一日中雨だった。
デザイン・ミュージアムからアールズ・コート駅へ向かう途中の道、アールズ・コート・ロードを少し右へ入る。
ブルー・プラークが付いている建物を発見。
ココは何度も通りかかっているんだけど気が付かなかった…か、興味がなかったのか…。

10_2「LAMDA」というのは「London Academy of Music & Dramatic Art」の頭文字。
LAMDAは1861年に創立されたイギリスで一番古い演劇学校だそう。
そのLAMDAが運営する劇場が2011年までココにあった「Michael MacOwan Theatre(マイケル・マコウワン劇場)」。
「Theater」じゃないよ「Teatre」だよ。ココはイギリスだから。
Michael MacOwanは1958~1966年までLAMDAの校長を務めた俳優。
写真ではわかりにくいけど、「こんなところに劇場があったの?」って感じ。
でも、さっき曲がって来た表のアールズ・コート・ロードは、かつては日本でいうところの「赤線地帯」だったらしい。

11_img_9812そのまま路地を進むとコレ。

20_2もう何度も出てきているフレディ・マーキュリーの終の棲家。
『ボヘミアン・ラプソディ』のヒット以降でナニか変化があったかな?と思ってまた見に来てみた。

30_24年前にはこんな注意書きはなかった。
やっぱり映画のヒットのおかげで来訪者が増えたのかな?

50_2かつてはウジャウジャしていたフレディへのメッセージも今ではずいぶん控えめだ。

40vいつも言っているように私はQueenファンであったことは人生で一度もないのだが、この辺りにくるとやっぱりチョット寄って行きたくなっちゃうんだよね。
何と言うか、とても便利な「ロック名所」なのです。

60vアールズ・コート駅に戻って来た。
しかし、雨がまったく止まないな~。

70_2休憩&遅めのお昼ゴハン。
またGREGGS。
大好きGREGGS。
現地の人に言わせると「お金持ちはPRET、貧乏人はGREGGS」らしい。
私にはちょうどいいわ。

80_4これで500円ぐらいかな?
このパイ(パスティ)が温かいのがうれしいの。
エクレアもそう甘くなくて好き。

90_2この時はイモトのWi-Fiを借りて行かなかったので、こういう所に入ってはフリーWi-Fiでメールをチェックしたり、東京やMarshallへ連絡したり、色んな情報を取り込んだりしていたのです。
こんなの数年前には考えられなかったのに…。
こんな私でも今となっては携帯電話が手放せなくなっているのが恐ろしい。
こんな私にダレがした?
ということで、次の目的地の確認。
あ~あ~、ヤダな~、こんな雨の中出て行くの。
100_2…と文句を言っている間にすぐ着いた。120_2アールズ・コート駅からそう遠くない「Old Brompton Road(オールド・ブロンプトン・ロード)」という通りにある「Troubadour(トルヴァドゥール)」というお店。

110_2「Troubadour」というのは中世のヨーロッパで活躍した詩人、作曲家、歌手のことらしい。
女性は「Trobairitz(トロバイリッツ)」。
だからナンだ?ですね。

130_2入り口の扉。
「幸せは買えないけどコーヒーは買えます」…エ、ココって喫茶店だったの?

135v老舗感が漂う、雰囲気のよさそうなお店でしょう?
ココがスゴイ。

140_2お店のウインドウにあるブループラークを模した説明書き。
 
THE TROUBADOUR 
1954年開店

トルバドゥールはたくさんの伝説的な音楽を迎えて来ました。
その顔触れは;
ボブ・ディラン、ポール・サイモン、ジミ・ヘンドリックス、ザ・プリティ・シングス、ジョニ・ミッチェル、チャーリー・ワッツ、サンディ・デニー、アデル、エルヴィス・コステロ、トム・ロビンソン、モリッシー、エド・シーラン、そしてフローレンス・ウェルチ等々

150_2でも、すぐ近くにコレ。
トルバドゥールが背景になってる!
コレを仕込んだ「けいおん!」の人、スゴイな。
お会いしてみたい。
170_2喫茶店の入り口とは別にドアがもう1枚ある。。
ディランやジミはココを通って地下にあるライブ・スぺ―スに降りていった。

160vせっかく来たので喫茶店の方に入ってみる。180_2天井にはたくさんのナベの類。

190_2壁には農工具かね、コレは?
中世の雰囲気かな?

200マグカップも…

210_2ワイングラスも吊り下がってる。
ブラ下げるのがスキなのかな?

220とてもいい感じ。
上のプラークもどきに書いてあった通り、トルバドゥールは1954年の開業。
今となっては、ロンドンに現存する最後のコーヒーハウスの中のひとつだ。
大分以前に隣の建物と合体して形を変えたが、元のこのコーヒー・ハウスのエリアは66年前の開店時の姿をそのまま保っているのだそうだ。

230_2ドアのところに書いたように地下のスペースは、ライブハウスになっていて、1950年代後期から60年初頭にかけては元祖ブリティッシュ・フォーク・ミュージックのハコだった。
当時のロンドンにはそうしたお店が他にもあって、ソーホーの「Les Cousins」、チャリング・クロス・ロードの「Bunjies」が有名であったが、閉店してしまった。
当時の雰囲気を経験できる店としては今ではトルバドゥールだけになってしまったそうな。

250_2どういういきさつでココがフォークのライブハウスのメッカになったかというと、かつてこのライブハウスのマネージャーだったAnthea Joseph(アンシア・ジョセフ)という人のおかげ。
アンシアはお店の名前である「トルバドゥール」の本来の仕事、すなわち中世盛期(High Middle Ages:ヨーロッパの11~13世紀)にはトルバドゥールは詩を吟じたり曲を作ったりするだけでなく、劇の進行役やストーリー・テラーを務めたことを知って、それに倣いフォークのイベントをココでたくさん開催した。
その活動が定着したんだね。

11_img_9889 よく知られている話で、ボブ・ディランが初めてロンドンに来た時、右も左もわからなかった。
ひとつだけ持って来た情報は、師匠のピート・シーガ―の言葉で、「ロンドンに行ったらトルバドゥールのアンシアを訪ねなさい」ということだった。
その結果、「ボブ・ディランがイギリスを訪れて最初に演奏した場所」としてトルゥバドールはイギリスのポピュラー音楽周辺史にその名を名を残すことになった。
スゴくね?

240また、50~60年代のトルバドゥールはミュージシャンだけでなく、知識人や芸術家のたまり場にもなった。
例えば、「Private Eye」という時事雑誌の最初の号は1961年にココで作られ販売された。
日本で言う「週刊誌」みたいなモノだけど「Private Eye」は「fortnightly magazine」だそう。
ハイ、ココで英語クイズ。
「fortnight」の意味が分かる方いらっしゃいますか?
私はMarshallの経理の女性とやり取りしているメールの中でこの単語を発見して、恥ずかしながら最近覚えた。
コレ「隔週」とか「2週間」という意味。
「Fourteen nights」ということらしい。
なんか詩的でカッコイイ単語だなと思って一発で覚えた。
「Private Eye」はその手の雑誌では長い間イギリスで一番売れているんだって。
また、68年のパリの暴動の後、ブラック・パンサーはココに集まったそうだ。320_2さらに、初期の「Ban the Bomb(爆弾禁止)」のミーティングはココで開かれていた。
「Ban the Bomb」はその後、1957年に「CND(=Campaign for Nuclear Disarmament:核軍縮キャンペーン」)に発展した。
1958年にジェラード・ホルトムという人がデザインしたCNDのシンボル・マークがナント…コレ。
 
Psまだある。
ケン・ラッセルはココで最初の短編映画のスタッフに雇われ、そこでオリバー・リードと親しくなった。(コレが1971年の『肉体の悪魔(The Devils)』につながる)
ケン・ラッセルはThe Who『トミー』とかリック・ウェイクマンの『リストマニア』とかを撮った人ね。

Na_2まだまだある。
リチャード・ハリスはココで皿洗いをしていたエリザベスと出会い、恋に落ちて結婚した。
リチャード・ハリスっていい役者だよね。
『ナバロンの要塞』、『テレマークの要塞』、『天地創造』、『ジャガーノート』なんて夢中になって観たな。
最近ではクリント・イーストウッドの『許されざる者』がスゴくよかったよね。
「イングリッシュ・ボブ」とかいう役どころでね。
でも、この人はアイルランド人だった。
かつての家はサウス・ケンジントンにあった。
下の写真がそう。
ジミー・ペイジは1972年にデヴィッド・ボウイと競って35万ポンド(当時の為替、貨幣価値で約2.6億円)でハリスからこの豪邸を手に入れた。
今はロビー・ウィリアムスが住んでいるのかな?

80v …と思ったらインターネットでこんな写真を見つけたのでチョット拝借。
この女性がアンシアかどうかはわからないが、レッド・ツェッペリンはその昔、アールズ・コート・エキシビジョン・センターのコンサートの後、トルバドゥールへ寄って演奏をして行ったそうだ。
反省会でもしていたのかしらん?

3page Marshall Blogのことを説明して、お店の許可を得て店内をジックリ見ちゃう。
隣の部屋の壁に飾ってあったトルバドゥール関連のレコード。
Paul McNeil、Martin Winsor & Redd Sullivan、Mike Silver、Chris Barber等の「ライブ・アット・トルバドゥール」っぽいアルバム。
どんなものかと音源をすべてチェックしてみたけど、Chris Barberを除いては間違いなく私は一生聴かない類のフォーク・ソング。
Chris Barberも同じか…ディキシーランドのトロンボニストね。
この人のマネージャーがあの有名なライブハウス「Marquee」を開いたことはMarshall Blogに以前書いた
ひとつ気になったのは右端に半分だけ見えているヤツと右下のヤツ。260_2コレなんだけど。
『Jazz Composers Workshop』ってチャールズ・ミンガスなんだよね。
ミンガスがココで演奏したのかいな?と思ったんだけど、どうやらジャケットが上で紹介したトルバドゥールの天井の写真ということのようだ。
でも、コレはオリジナル・ジャケットではない。

11_2jcwコーヒーハウスのトルバドゥールがレコード・レーベルを持っていた…という記述は特に見かけないんだけど、「Troubadour Records」というのがあったらしい。
写真の右側がそのレーベルの1枚で、「Colin Bates Trio」とかいう人の『Brew』というアルバム。

270_2このアルバム、自主制作で100枚ほどプレスしたそうで、オリジナル盤のレア度たるや、「メガトン級」や「ウルトラ級」を飛び越して「テラ級」に至るらしい。
それが今ではFontanaからリリースされた復刻盤の音源がクリック一発で聴くことができる。
ヘヴィ級のリズム隊に硬派なピアノで聴かせるオリジナル曲がなかなかにカッコいいぞ。

Cb右の赤いヤツはお店のポスター。10ポンド。
「256 オールド・ブロンプトン・ロードSW5のトルバドゥールではいつもナニかが起こってる」
こういうのこそ事務所へのお土産で持って帰りたいんだけどね~。
持って帰れないんだよね。
折りたたみたくはないし、筒をどこかで買って入れるのも面倒だし、考えてみれば、事務所の壁にコレを貼るスペースが全くないわ。

280_2ココが地下のライブ会場への入り口。
キャパは150人ぐらいとのこと。

290x奥の壁に飾ってあったストラトキャスター。
お店に人に訊いたところ、特別なモノではないそうだ。

300v地下にあるトイレ。
この洗面台がカッコいい…と思ってサ。

310vところで、ココって上にも書いた通り、パブではないのですよ。
いつもパブでやるようにカウンターで注文してエールがパイント・グラスに注がれるのを待っていると、「支払いは後で結構です、席までお持ちします」と言う。
「変だな…CODじゃないのか…」とは思ったんだけど、後で勘定を聞いてココがパブではないということがわかった。
1パイントが7ポンド以上するのだ。
この辺りだと高くても5ポンド、あるいはそれ以下が相場だろう。
ひとつ勉強になった。
でも、快く店内の写真を撮らせてくれたし、店員さんも感じがヨカッタのでよしとしましょう。
285お、こんなのあったんだ。
カウンターで勘定をした後に気が付いたのが「CLOCKWORK TANGERINE(時計じかけのミカン)」!
キューブリック展を観て来たばっかりだったので飲まなかったことをチョット後悔。
そうそう、ココでも当然フリーWi-Fiを使わせてもらったんだけど、パスワードが必要で、若い店員さんに尋ねた。
すると、チョット恥ずかしそうに「Bob Dylan!」と教えてくれた。
ディラン、来日キャンセルになっちゃったね。330_2あ~、オモシロかった。
トルバドゥールでオッサンのロマンを満喫した後は来た道とは反対の方向へ。
もちろん目的があってのこと。
コレは4年前に来た時に泊まったキッチン付きのホテル。

340_2そのホテルの隣の様子を見に来たのだ。
 
コレがそう…といってもこの写真はもう11年前に撮ったもの。
「Earl's Court Exhibition Centre(アールズ・コート・エキシビジョン・センター)」。
「Center」じゃないよ、「Centre」だよ。
ココはイギリスだからね。
 
詳しくはコチラ ↓  ↓  ↓
イギリス - ロック名所めぐり vol.11】 Earl's Court(アールズ・コート)の見どころ

350ブリティッシュ・ロック・ファンならきっとご存知のロックの聖地。
2014年のある時はこんな様子だった。
花柄のエキシビジョン・センター。

360キャパ20,000人の巨大施設。
今ではさいたまスーパーアリーナだの幕張メッセだの大きな設備があるけど、コレの会場は1937年だからね。
戦前からやってる。

11_img_0222左はエキシビジョン・センター。
写真の真ん中へんに見えているのが地下鉄「アールズ・コート駅」の入り口。
さっきのGREGGSのあった駅舎の反対側。

11_img_0223その1年後。
中にはもう入れなくなった。
取り壊しの準備に入ったのだ。

370_2そして、去年。
ハァ?…ココはどこ?
こんなんなっちゃった。
上の写真とほぼ同じ場所から撮った写真。

380_2ドワ~、ナンにもなくなっちゃったよ!
しかし、700万人もいる大都会のほぼ真ん中にこんな空地ができるなんてスゴイよな。
なんでこんなにユッタリしているんだろう。

390_2駅舎にナンの変化がないのがまた寂しさを誘う。

400_2伝説のコンサートも…

540ジャケットも、今は過去へのロマンと化したのだ。

Pc2こんな私でも20年近く前からエキシビジョン・センターは見てるからね。
帰りの地下鉄の駅から見た景色は寂しかった。410かつてはこうだった。430v今はコレ。
奥にあんな大きな建物があったのね?
嗚呼、変わりゆくロンドン…。420v_2<つづく>
 

200 
(一部敬称略 2019年6月10日 ロンドン、アールズ・コートにて撮影)

2020年3月25日 (水)

田川ヒロアキのB面をチェックしよう!

 
田川ヒロアキのマネージャーの美瑞穂さんから電話があって「今度、田川がいーてれの番組に出演することになって…」とのこと。
「いーてれ」?
最初、チョットわからなかった。
電話のコチラ側で私がピンと来ていないのが美瑞穂さんに伝わったのか「NHK教育」の…と言い直してくれてわかった。
そうなんだよね、今3チャンネルって「教育テレビ」って言わないんだよね?
いつの頃からか?と調べてみたらアータ、2011年からだって!
失礼しました。
それだけ見ていなかったということになるか…。
でもね、昔は「NHK教育テレビ」…イヤ、「Eテレ」さんには結構お世話になったものなんです。
それは英会話関係の番組。
約25年前、一年発起して英語の勉強を始めた時のこと。
テレビでは『3か月英会話』っていう番組だったかな?教本を買って欠かさず見ていた。
それと、案外役にたったのが『ミニ英会話・とっさのひとこと』という短い番組。
ラジオもやったよ。
『やさしいビジネス英語』という番組をよく聞いた。
以前、「さよならマット・ユマノフ!~私のニューヨーク」という記事にも書いたが、当時はニューヨークに行って現地の人たちとコミュニケイトしたいがために1年間死ぬほど勉強したのね。
残念ながら私は海の向こうにも、駅前にも留学することができなかったので、Eテレ(&ラジオ)とブックオフで買った英語に関する古本と映画と音楽で乗り切ってきた。
あの時から25年も経ったところで結果も経過も大したことはないけれど、こうしてイギリスの会社に勤めることができる程度にはナントカなった。
Eテレには感謝&感謝なのである。
 
そして、今日はそのEテレの本拠地からのレポート。
今日はヒロアキくんが『ハートネットTV B面談義』という対談番組の収録。
D_DriveのYukiちゃんがMarshallを携えてNHK総合の『うたコン』という番組に2度ほど出演するなど、ここのところNHKづいているのだ。
10まずはリハーサルにGo!

20収録スタジオはこんな感じ。

30Marshallがあるいいセット!

40ヒロアキくんが使用するJVM210Hと1936。

50足元のようす。

60音声さんにマイクを付けてもらって…

70まずは弾いてみる。

70vチョコチョコっと音を微調整。
モニターの関係でいつもより大分音量が小さいからね。

80ずいぶんいろんなシチュエーションのヒロアキくんを撮って来たけどテレビカメラ越しの姿を見るのは初めてか。

90

100相変わらずのギュイーンぶり!

1101回目のリハーサル終了。
もちろん結果はバッチリ!

1202回目のリハーサル。

130TV用のメイクをしてもらって、黒いトラウザーズに履き替えたよ。

140今度は一部の共演者も合流して本番感が増す。

165v

160気合い入ってます!190v

1702回目のリハーサルも無事終了。

180後は仕上げをごろうじろ!

200番組のメインパートである対談でもヒロアキくんは大活躍。
ハッキリ言って主役。
みなさん、放送をどうかお見逃しなく!
 
『ハートネットTV B面談義』
3月30日 午後8:00~8:30
 
田川ヒロアキの詳しい情報はコチラ⇒FretPiano

0r4a0122 

200 
(一部敬称略 NHKスタジオにて撮影)

2020年3月24日 (火)

四人囃子 再発プロジェクト・コラボレーション "稲葉囃子" <後編>

「先月Marshall GALAに出演しましてね…他の出演はメタル系の人ばっかりで、みんな若くてカッコいいんですよ。
それで、進行がピッタリ時間通りなんですよ。
メタル系の人たちは、ああいう細かいの演ってますからね、時間に厳しいんですかね?
みんないい人たちでした」
違います、違います。
台本をキチっと書いて、皆さんがその内容に沿って忠実に時間を守ってくださるからですよ~!
メタルだから時間に正確なワケではありません。
とてもいいことですけどね。「Punk」は滅法ニガテですけど「Punctual」は好きです。
そう、Marshall/NATAL/EDENをご愛用の皆さんに悪い人はいません!
「次は『'73 四人囃子』にも入っている私の大好きな曲」

80vこれまたドラムからのスタート。
リズムはワルツ。

10_seそこにヘヴィなリフが乗っかって…

20

30おなじみのギターのメロディが入り込んで来る。

40ホラ円盤が飛んできた!
お待たせしなかったでしょ!

50「おまつり」の歌詞を指して「不思議な歌詞」と稲葉さんがおっしゃっていたが、ホント、末松さんの歌詞は独特の世界感を演出する。
変に小難しくなく、やさしい言葉の連なりで、その情景がありありと頭に浮かんでくるところがスゴイ。
「♪映画に出たことのない人は乗せてあげられないって 円盤はすまさそうにそう言ったよ」
この「なんでやねん!」の感じがタマらない。
でも、そう言ったのは「円盤」ではなくて、円盤に乗っている「宇宙人」のような気もするのだが…。
あ、私としたことが…失礼しました!

60vそしてこのポップで楽しい曲調。
いい歌詞といい曲といいアレンジといい演奏といい音のすべて合わさるとこうなる。70稲葉さんもとっても楽しそうだ!
0r4a0143大二さんからご挨拶。
「2000年を超えてボックス・セット(『From the Vaults』のこと)とかをリリースさせてもらって、デビュー・アルバムも45周年…色々なテイクを出させてもらいましたが、『納得した形でやったらどうか?』ということで今回やらせてもらっちゃいました。
懐かしいメンバーやいいスタッフに囲まれてなんてシアワセなんだろうと思います。
またガンバリ始めました。
自分たちで責任を持てるのが最後だと思って来年(2020年)1年ガンバリます!」
イヤイヤ、まだまだゼンゼン大丈夫だと思いますけど。

90v「ココからは歌のない曲をいくつか演ります」と稲葉さんが紹介したのは「Lady Violetta」。100_lvこの美しい名曲を、大二さんが叩く…

120vNATALで。

130山崎さんが低音を奏でる…

140EDENで。

150そして、稲葉さんがギターで歌う…

160vMarshall ASTORIAで聴く。0r4a0017 このシアワセ!…わっかるかナァ、わっかんねぇだろうナァ。
ああ~、役得、役得。
その感動に追い打ちをかけるのが坂下さんのピアノ・ソロ!

180「この曲は森園とのセッション以外に何人もの人と演ってるから、これまで何回演奏したかわからないね。
こんなにみんなに愛される曲を作るアイツはスゴイよ」

230vこの曲のコンピレーション・アルバムが発売される情報等、ココで大二さんと稲葉さんで「Lady Violetta」談義。
「コレはパリジェンヌの絵?…から作られたんですよね?」と稲葉さん。
「オレも森に聞いた」
「絵から曲を作るなんてあり得ないですよね~」
この辺りの詳しいコトは森さん自身にインタビューして、前のMarshall Blogに掲載したことがあった。
アーカイヴ記事として皆さんにお見せできるといいな。
ところで、フランク・ザッパは子供の頃、絵が譜面だと思っていたとか。
それでミュージシャンになった時、何人かの演奏家に共通の絵を見せて演奏させてみたらあまりにも出て来た音がマチマチでガッカリしたとか…。
稲葉さんが続ける。
「森さんね~、新宿のDUGのワッフルがすごくウマくて2人で食べに行ったもんですよ」

200DIGとかDUGとかいえば、中平穂積さん。
スゴイよね~、あの写真は。とてもマネできん。
被写体のカッコよさもあるけど、写真の中の空気がとにかく違う。
大二さん曰く「その絵の辺りのことを森に教えたのは末松さんだと思う」
320vそして、トークの間に稲葉さん、シャツを脱いで次の曲に向けて気合いを入れた!

240vさすが稲葉さん、やっぱりクラプトンか~。

12b …と思ったらチト変だ。
よく見たら違う人!
私はクラプトンにウトいもんですぐにはわからなかった!
この方は広島のクラプトン研究家、Gen 'Eric' Wadaさんというお方。
よくできてるな~。265演奏したのは「なすのちゃわんやき」。
他のモノを決して寄せ付けない難曲に集中する4人の真剣な姿を見よ!

250v_nc

260v

270v

280v「プログレッシブ・ロックがどうの」とかそんなことはホントにどうでもよくて、日本のロック・バンドってこういう曲を作って演奏するチームがあまりに少ないし、少なかったと思う。
今、Dream Theaterに影響を受けたバリッバリでドロッドロのインスト曲を演っている若いバンドさんが散見されるけど、アレとはゼンゼン違うんだよな~。
「シンフォニック・メタル」とかいうようだけど、私のようなジジイには「音楽の心」みたいなモノをアソコから感じ取ることができないんだよね。
なんかゲームみたいで。
ムズカシイことをやってるな~、というところまではいいんだけど、その「ムズカシさ」はフランク・ザッパの曲のソレとは似てもに似つかないモノなワケ。
やっぱり「ブルース感覚の有無」によるところなんだろうね。

290ココでもASTORIAはいい仕事をしてくれた。
よくやった。でかした、でかした!
295vそういえばこの日、Player誌さんが取材に見えて4人のインタビューをされていた。
そのインタビューを掲載した雑誌はとっくの昔に刊行されているんだけど、見逃してしまった方はまだバックナンバーがゲットできるのでコチラからどうぞ⇒Player ON-LINE

11_pl それと、「Player」+「稲葉政裕」+「Marshall ASTORIA」という局面では以前こんなこともしましてね。
この時の音色は忘れられん。
でもコレからもう4年も経ってるのか…。
稲葉さん、信じられます?4年前ですって!
コレとはコレです ↓  ↓  ↓

"Cafe de Player vol.1"~Inaba Plays Les Paul with ASTORIA編

Playerさん、その節は素晴らしい音の機会をありがとうございました。
アレ?稲葉さん、この時もクラプトンTシャツだったんだ?!
しかし、稲葉さんは4年の間に全く変化がないね。うらやましい。

210「なすちゃ」が無事終了し、何事もなかったかのように再びシャツを身にまとう稲葉さん。
あ、ただ暑いだけでしたのね?300そして、ショウは最後の曲を迎える。
「稲葉くんの森に対する思いとデラックス・エディションのリリースにちなんで『初期の曲を演りましょう』と言ってくれたんだけど、来年は色々やります。
ボクらで良ければ演りますので、よかったら来てください!」
「ボクらでよければ」って、ホンモノじゃないですか!コレ以上のモノはないでしょう。

340v「大二さんの曲も演るんですよね?」

310「あ~、アレはダメダメ!
ラジオの交通情報の曲だから」
演りましょうよ「ブエンディア」!
私はすごい好き。

220v最後を締めくくったのは当然アルバムのタイトル・ナンバー「一触即発」。

350_is「日本のロック史に永遠に残り続けるであろう名曲」…なんて言うと当たり前すぎてツマらんね。

360vそれなら「45年の風雪に耐えた曲」だ。
コレも演歌みたいで変か…。

370要するに「オリジナリティに富んだカッコいい曲」ということなのよ。

380で、調べてみると1974年という年は、洋楽では『Burn』、『Country Life』、『Diamond Dogs』等が発表された年(スミマセン!この年って『It's Only Rock'n'Roll』とか、『On the Beach』とか、『Planet Waves』とか、『461 Ocean Boulevard』とか、世間一般で「名作」と言われているアルバムがたくさん出ているんだけど、私が苦手なヤツばかりで、ココの部分とても書きにくいのです)。
歌謡曲では「なみだの操」、「うそ」、「くちなしの花」、「襟裳岬」…まだ演歌が強かった。他に「学園天国」、「傷だらけのローラ」、「花とみつばち」。
ニューミュージックでは「神田川」、「こら、テツヤ!」、「岬めぐり」等々。
「一触即発」はこの年より前に作られていたのかも知れないけど、とにかく世の中がこういう雰囲気だった。
そうした「音楽が盛んだった時代」に出て来た曲なんですな。
この頃は一般の人は「ロック」を聴いていなかったので、よっぽど個性が強くないバンドでないとレコードを作ってもらって世に出てくることは出来なかった。
また、レコードを出すしか自分たちの音楽を広く聴いてもらえる機会がなかったんだから大変だ。
だから45年もの間、元気に生き残って来たんだネェ。
 
この期に及んで脱線して1974年のジャズはどうだったのかスウイング・ジャーナルのジャズ・ディスク大賞を調べてみると…金賞がキース・ジャレットの『Solo Concert』…いわゆる「ブレーメン&ローザンヌ」。
銀賞が敏子さんの『Kogun』…よしよし!
だそうです。

390「♪あ~ああ~ 空が破ける」…稲葉さん熱唱!

400vアクロバチックなインスト・パートはいつ聴いてもスリル満点!

395何度か間が空いているにせよ、45年にわたって稀代の名曲を奏で続けてきた2人。

410vこの日も完璧な演奏!

420いよいよ曲はクライマックスへ!

450終演後、ステージに立った大二さんと坂下さん。
お2人から最後のご挨拶。

460「皆さんも知っての通り、人間いつまで生きるかわかりません。
私としては四人囃子と何十年か前に作った曲をいい形で皆さんにお届けできればいいと思っています。
そして、若い人にもボクらの音楽が届いてくれるといいな…と思っています」と大二さん。

11_0r4a0250坂下さん…
「ラクに『できる』と言えている間はやっていきたいと思います。
来年の春にはまたやるみたいなので皆さん、どうぞご期待ください」

11_0r4a0256 そして、ペトゥラ・クラークの「Downtown」が流れる中2人はステージを後にした。

11_0r4a0258 さて、最後のご挨拶で坂下さんが触れた「来年の春」というのがコレ。
「スピンオフ四人囃子 feat. 根本要&西山毅」。
開催は4月30日、会場は六本木EXシアター。

4ex コレは一昨年の5月に名古屋のBottom Lineで開催したコンサートの再演だ。
この時は楽しかったな~。
 
2年経った今でも「どうして名古屋だけなんだ!東京はどうなってんだ、東京は!」と、パニック状態に陥ってしまいそうなので、いよいよ東京で開催することになった…ってところか。
490_1その名古屋公演のレポートはコチラ。
毎回Marshall Blog名物のグダグダとした「私の〇〇」のオマケつき。
   ↓   ↓   ↓
スピンオフ四人囃子 #3 <前編>:The BECK's と∞Z~私の有松
スピンオフ四人囃子 #3 <中編>:スピンオフ四人囃子~私の猿田彦様
スピンオフ四人囃子 #3 <後編>:スピンオフ四人囃子~私の光太夫

500さらにこの時は『Fullhouse Matinee』のDVDの鑑賞会を兼ねて同窓会も開いた。
コレも楽しかった~。

510v詳しくはコチラ⇒スピンオフ四人囃子のスピンオフ!

510その東京公演開催の話を耳にして怒ったのが大阪!
「ナンやねん!名古屋と東京だけて…ホンマ。大阪でやらへんのかいな!しまいにゃシバくで~、知らんけど」と、パニック状態に陥りそうだったので5月8日の大阪公演も決定した。
後は双方の公演が実現するのを待つだけ。
コロナくるな!

480v四人囃子の詳しい情報はコチラ⇒①Official Web Site ②facebook

Z5  

200
(一部敬称略 2019年12月13日 二子玉川GEMINI Theaterにて撮影) 

2020年3月23日 (月)

四人囃子 再発プロジェクト・コラボレーション "稲葉囃子" <前編>

05実はまだ昨年のライブのネタがいくつも残っている。
年が明けて出張が重なった後、プライベートで天地を揺るがす大事件が勃発(今はほぼ解決)。
今年に入ってゆっくりブログを書く時間がなく、それでもその後、NAMMのレポートに取り組んでいたりしたら今度は新型コロナ。
アッという間に世界の様子が変わってしまったネェ。
恐ろしいもんだ、アッと言う間だよ。
とにかく一日も早く終息して欲しいものだ。
さもないとコロナより恐ろしいことが起きてしまいそうだからね。
またココで思い出すのは達郎さんの言葉…とにかく「平和じゃないと音楽なんかできない」ことがよくわかった。
 
さて、しばらくは「まさかこんなことが起こる」なんて想像すらしていなかった頃のライブのレポートをお送りする。
まずは四人囃子の名盤再発に関連するコンサート…「稲葉囃子」のステージのもよう。

10v昨年の10月に『一触即発』のデラックス・エディションがリリースされた。
オリジナル・マスターテープの発掘により、このアルバムで初めて明らかになった音源やコンプリートなライブ音源にファンは歓喜の涙を流したことだろう…イヤ、流したのだ!

Asd パッケージを開くとこんな感じ。
いいね~。
23そして3枚のCD。
音がゼンゼン良くなったことは以前にも書いたね。

22それにしても、ジャケットがいいよね。
いちいち名前は出さないけど、昔は日本のロックもレコード・ジャケットに秀逸なモノが多かった。
ジャケットがいいから中身がよく聴こえるのか、イヤ、もちろん中身がいいからジャケットもステキに見えるんだろうけど、まさに見た目のと音のコラボレーションだった。
21cd11月にはアナログ盤もリリース。
(写真は私が持っている46年前のオリジナル盤ですので仕様に違いがあったらゴメンナサイ)
コレが再発プロジェクトの第2弾。

11_20r4a0543第3弾が3月11日に発売となった東宝レコード時代のその他のアルバム。
まずは『二十歳の原点』。
恥ずかしながらこのアルバムだけは聴く機会がなくて最近初めて拝聴した。
実にいい!20cdjデビュー前の音源を収録したライブ盤『'73四人囃子』。

11_73そして、もう一回『一触即発』!
『デラックス・エディション』とは異なるマスタリングのスタンダード・バージョンだ。

Asd_2 …と四人囃子の周囲がにぎやかでとてもよろこばしい。
 
そして、昨年末のライブ会場に戻る。
ロビーでは第1弾&第2弾のアイテムに加えDVD(後出)を販売。
40特製Tシャツも。

50会場の客席上空には「円盤」!

60「空飛ぶ円盤」といえばやっぱりこの形だよね。

70シングル盤ジャケットの円盤を忠実に立体化。

Seでも、こっちは大二さんと坂下さんのサイン入りなのだ!

80さて、「稲葉囃子」…この時、私にとっては約1ヶ月ぶりのステージ。
この日に先立っての11月9日。
東京キネマ倶楽部で開催されたMarshallのイベント『Marshall GALA2』に「SPIN OFF 四人囃子#1」名義でトリでご登場頂いたすぐ後だったのだ。

その時の様子はコチラ ↓   ↓   ↓
【Marshall GALA2】vol.9:SPIN OFF 四人囃子#1

85定刻になり、まずステージに上がったのはピアニストの秦万里子(はたまりこ)。140とにかく言いたいことはひとつ…素晴らしい演奏だった。

150v若い頃から四人囃子を追いかけていたという秦さん。
「泳ぐなネッシー」、「ピンポン玉の嘆き」、「カーニバルがやってくるぞ」の変奏をちりばめたピアノ・ソロ。

190大二さんにお聞きしたところによると、演奏は鍵なく即興なのだそうだが、構成力に富んだ、美しくも厳しい演奏はトリハダものだった。
また聴きたい~!

170v第2部は、1989年のMZA有明のコンサートのもようを収録した『FULL HOUSE MATINEE』の鑑賞会。
今回のプロジェクトでめでたくDVD化された。
四人囃子リイシュー・プロジェクト・キュレーターの灘井敏彦さんの解説付きだ。
収録されている演奏はもちろん素晴らしいが、四人囃子の5人とホッピーさんの若いお姿がとっても凛々しい!

200v そして、いよいよ稲葉囃子の4人がステージに上がった。

210岡井大二

220大二さんのNATAL。
メイプル・オリジナルのフィニッシュはホワイト・スパークル。

100スネアドラムは同じくNATALの「ハーフ・ビーデッド・スチール」。
ゴツイ見た目に比べて音はウォームだ。

110坂下秀実

230v稲葉政裕

240v稲葉さんはMarshall ASTORIA CLASSICが2台。
ステレオで使用した。

90山崎洋250山崎さんはEDEN。
WTP-600ヘッドとD410XSTキャビネット。

120vいつも書いてしまって恐縮だけど、今回も書かずにはいられない…大二さんの魅惑のシンバル・レガートでスタートしたのは…

260v_om「おまつり」

270原曲を忠実に再現する稲葉さんのボーカルズから…

300激情のインスト・パートを経て…

310祭りは締めくくられる。
いいナァ~。
やっぱり、いいナァ!
とてもシアワセな気分になる。
しかし、今年は三社さんできるのかナァ?
私は祭りマニアではないけれど、下谷も、小野照も、鳥越も心配だネェ。

S41a0033

2曲目も大二さんのドラムスでスタート。

330v_cy楽しい楽しい「カーニバルがやって来るぞ」。
私の四人囃子初体験は『一触即発』ではなく『ゴールデン・ピクニックス』だった。
「Flying」が終わってこの曲が始まった時、ノックアウトされた。

340v特に中間部の「Paris Canaille(パリ野郎)」のパートが好きだった。
1953年のLéo Ferréのシャンソン・スタンダード。
350私は映画音楽やミュージカルからロックに入ったこともあってドラマ仕立てのシアトリカルな音楽が大好きなのです。
今でもコレを聴くと心ウキウキ!気分ワクワク!!

S41a0142そしてイケイケのギター・ソロ!

360ん~、やっぱりいい音。トロけちゃいそう!

370vこの黒のカスタム・メイドのASTORIAは日本初公開。
残念ながらMarshallはもうASTORIAは製造していない。
モッタイないよな~。
ギターを弾くことの喜びを教えてくれるモデルだった。

380クリーンしか出ないのがASTORIA CLASSIC。
稲葉さんはこの足元でサウンドに彩を添えた。

390「四人囃子の音楽を聴いてくれて、喜んで頂ける人がいらっしゃる限り演っていきたい。
そんな機会を作ってくれた稲葉くんに感謝しています」
そう、「稲葉囃子」は稲葉さんのひと言で始まったチームなのだ。

400vその稲葉さんがバンドのメンバーを紹介。
 
「キーボーズの坂下秀実と申します」
410「お年寄りたちをダマって支えてくれています。お母さんとお顔が同じです」と紹介されたのは山崎さん。
わかるような気がする~。「お母さんとお顔が同じ」だなんて素晴らしいことです。
11_s41a0225「今日はしゃべらないつもりでガマンしていたんですけどツラくて、ツラくて!」
そんなのダメダメ!
稲葉さんのトークは絶品ですからね。
ドンドン語るべし!
ココでは「おまつり」と「カーニバルがやって来るぞ」についてオモシロおかしく説明してくれた。420にぎやかなMCから一転してシリアスな雰囲気で3曲目はスタート。

430_sk「空と雲」だ。

440大二さんと坂下さんがリレー・コーラスを披露。

0r4a0164坂下さんのソロに…

S41a0430 稲葉さんのギターが絡みついていく。

470曲のすばらしさを噛んで含めるように聴く者に染み入ってくる演奏だ。

480四人囃子の詳しい情報はコチラ⇒四人囃子オフィシャル・ウェッブ・サイト

490<つづく>
 

200
(一部敬称略 2019年12月13日 二子玉川GEMINI Theaterにて撮影) 

2020年3月19日 (木)

Shige Blogの『スタンリー・キューブリック展』レポート完結!

 
 Shige Blogの『スタンリー・キューブリック展』ようやく完結しました。
一部DVDで中身を確認しながら好き勝手に思いのたけを書いていたら存外に大仕事になってしまった!
正直、途中でイヤになっちゃった…だって、アクセス数がチビっとなんだも~ん!
『シャイニング』なんて題名は聞いたことがあるにしても、若い人は「キューブリック」なんて全く知らないだろうし、やっぱり今の日本人はジブリかゴジラかガンダムじゃないとダメなのね~。
イヤ、単に記事の内容がツマらないということか。
でも、改めて数本の作品を観て、気になるポイントを調べて、新しく知識を蓄えたことは楽しかった。
記事の中で言っているように、キューブリック映画はワケがわからない部分があるにせよ、興味のある私にとってはこの展示会、本当にオモシロくてサ…「ロンドンでコレを観た」ということを半永久的に記録に残せたことが何よりもヨカッタと思う。
Marshall Blogのライブ・レポートにご登場頂くたびにギタリストの三宅さんがいつも私にかけてくださるのは「残してくださってありがとうございます」というお言葉。
そうなんですよ。
「残す」というのはとても大切なことだなと思うのです。
だって残さなかったらナニも残んないじゃん?…当たり前だけど。
いいライブやMarshallのオモシロそうな話題を残しにMarshall Blogにまた帰りますが、実は去年の 「イギリス紀行」のネタがゴマンと残っているのです。
マンチェスターやエニグマとアラン・チューリングの話題とか…。
時間を見つけて「残す」作業に勤しみたいと思っとります。 
  
さて、今回の『キューブリック展』のプログラムは以下の通り。
 

★『スタンリー・キューブリック展』に行く!
会場の『キューブリック展』への道のりを例によってクドクドと…。

ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その12 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.1>

205_2 
★キューブリック・ストーリー
『THE STORY』と題したキューブリックの足跡の展示。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その13 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.2>

240

★キューブリックの撮影
『FILMING』というコーナーではキューブリックの撮影機材や映画作りの手法を紹介。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その14 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.3>

200  
★作品別展示 その1
『突撃』、『スパルタカス』、『アイズ・ワイド・シャット』、『ロリータ』に関するアイテムを紹介。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その15 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.4>

40
★作品別展示 その2
『時計じかけのオレンジ』に関するアイテムを紹介。
これはヨカッタな~。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その16 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.5>103
★作品別展示 その3
『アイズ・ワイド・シャット』に関するアイテムを紹介。
サラっとやってます。
でもこの作品は好き。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その17 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.6>

100
★作品別展示 その4
世界で一番怖い映画を目指した『シャイニング』に関するアイテムを紹介。
やっぱりココはミッチリやりたいところ。
コワイですね~。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その18 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.7>

110 
★作品別展示 その5
世界で一番怖い映画を目指した『博士の異常な愛情』に関するアイテムを紹介。
今回見直して、今一番好きな作品。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その19 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.8>

10 
★作品別展示 その6
『バリー・リンドン』に関するアイテムを紹介。
人生で一番最初に観たキューブリック作品。中学2年の時でした。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓

イギリス紀行2019 その20 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.9>

80_2 

★作品別展示 その7
『2001年宇宙の旅』に関するアイテムを紹介。
観なおしてもやっぱりわからなかったヤツ。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その20 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.10:最終回>

11_0r4a0629_2 
★番外編
フォトグラファー時代のキューブリックの写真を紹介。
デザイン・ミュージアムの他の展示を見学。
 
ココをクリック!
 ↓ ↓ ↓
イギリス紀行2019 その20 ~ スタンリー・キューブリック展 <番外編>

160 
以上です!
お楽しみ頂ければ幸いです。

次回のMarshall Blogは<ライブレポート>。

 200_3