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2020年12月

2020年12月31日 (木)

2020年を振り返って

 
今年も今日で終わり。
早かった~。
ご多分に漏れずコロナのせいで何にもしないウチに終わっちゃう感じだ。
ということで今年のMarshall Blogの更新回数を数えてみた。
今日のを入れて156回。
以前だったら毎日更新して、週末、祭日、盆暮れを除いて、マァ大体230回ぐらいか?
2019年は242回だった。
   ★   ★   ★
それでは、今年はこんな状況で何回ライブに行っただろう…。
これまで最も多い年で150回を超えていたのね。
今年は…数えてみたらナ、ナント17回だった!
『ライブ・レポート』が屋台骨のMarshall Blogなのに、156本もの記事を書いたなんて我ながらスゴイじゃないか!
一体何を書いたのかと思って記事の一覧を眺めてみると…ああ、なるほどね。
「業務」といえば「業務」。
「強引」といえば「強引」。
「妙案」といえば「妙案」。
「根性」といえば「根性」。
「執念」といえば「執念」。
「惰性」といえば「惰…」、オット!絶対にそんなことはないのだ!
今のMarshall Blogになって丸8年。
本日のこの記事を以ってその数たるや1,840本を数えるまでになった。
2,000回まであとチョット!
さすがに長いことやっていると、飽きられもすることはよ~くわかっていましてね。
それでも支援してくださる方がたくさんいらしてくださって、そうした皆様には心から感謝申し上げます。
今年も最後にこの1年をMarshall Blog的&私的に振り返ってみたいと思います。 
    ★   ★   ★ 
2020年はいつも通りヤッチンのバースデー・ライブで始まり、数日後にD_Driveのスペシャルな企画を取材しに神戸に赴き、一日空けてD_Driveと共にNAMMショウでロサンゼルスへ出張した。
いつもと変わらない忙しい年明けだった。
10月の上海同様、アナハイムのNAMMショウでもD_Driveのウケはすこぶるよく、軌道に乗って来た感触を間違いなく得ることができた。
そして、日本に帰った翌日の夕方のこと、NATALのパーツの配達をするために着替えをしに家に戻ると家内が夕飯の支度をしていて「何時ごろ帰って来る~?」なんてやっていた。
ココまでは全くいつも通りだった。
その1分後のことだ。
着替えを取りに行って戻って来た私の目に入ったのはダイニング・ルームで倒れている家内の姿だった。
驚いて様子を確かめると、意識はあったものの「倒れちゃった…。足が動かないの…」としか言わない家内。
タマタマ上のセガレも早い時間に仕事から帰って来ていたので、ダイニングに呼びつけ手伝いを乞うた。
セガレは長いアメリカン・フットボールの経験を通じて、わずかながらスポーツ医療の心得を持ち合わせていて、家内の姿を見た瞬間に「ただ事ではない」と見抜いた。
そして、携帯を取り出し、その場で119番しようとするセガレ。
それを見た私は「何を大ゲサな!」とセガレを止めようとしたが、彼の判断に任せることにした。
コレが奏功した。
幸いすぐに救急車がやって来て家内の様子を観ると、瞬時に「脳疾患が発生している」と診断して脳神経外科のある病院を探してくれた。
これまた幸いなことに、ウチから車で5分もかからない大きな病院の宿直医が偶然にも脳神経外科医だった。
病院に運ばれるやいなや、しかるべき処置が施され「最低でも2週間の入院」という診断を得た。
私やセガレが家にいたこと、すぐに救急車を呼んだこと、病院に専門医がいて迅速かつ適切な処置が施されたこと…コレらがすべてウマい具合に連携され、大事に至らず、幸いに後遺症も残らず現在では元気に過ごしている。
マァ~、生きた心地がしなかったとはこのことで、コレらの連携がなかったら…と考えただけでもゾっとする。
日頃から私は1分でもいいから家内より先にアノ世に行きたいと思っているからね。
驚いたのはMarshallの対応。
病院から帰ってすぐに家内のことを社長に報告した。
社長は日頃から家内のことを「My boss」とか呼んでとても可愛がってくれていたので「いいか、仕事の心配なんかしてはダメだ!付きっ切りで全力で看病するんだ!私に毎日病状をレポートしろ!いいか、自分にとって一番大切なモノがナニかをよく考える時だぞ!!」ぐらいの勢いに海外と日本の会社に大きな違いを見たような気がした。
そして、翌朝イギリスから早速見舞いの花が届いた。
日本の会社だったら「大変だな…ところで君は明日出勤できるんだろう?」ってなところが関の山だったろう。
   ★   ★   ★ 
1年経って落ち着いたので書いてみたが、私の年明けはこんな具合だった。
それから病院に日参し、家内と2人で「大変だね~。コワイね~」なんて言いながらテレビでクルーズ船の様子を見守った。
まさかこの時、コロナがこれほど大変なことになるなんて予想だにしなかった。
後は皆さんもご存じの通り。
その時予定されていたライブやイベントはすべて中止か延期。
ライブの取材は当然できないじゃない?
そうなると、飛車角落ちの対局に臨むようなモノで、アノ手コノ手でMarshall Blogの更新に取り組んだ1年になった。
   ★   ★   ★ 
新しく始めたこともあった。
それはYouTube。
コレは以前から「Marshall Japan」というチャンネル名で『Marshall GALA2』の動画やMarshallが制作した動画に字幕を入れたモノなどを投稿していたのだが、ディストリビューターのヤマハミュージックジャパンさんの発案によりCODEのデモ動画シリーズ『BREAK the CODE』を制作することになり、本格的に稼働することになった。
オモシロかったね、動画の制作は。
『Marshall GALA2』のビデオの編集でその味をしめて、チョットしたディレクションまでさせて頂いた『BREAK the CODE』は新しい楽しみとなった。
お付き合い頂きました皆さん、どうもありがとうございました。
しかし!
ナンダ、このYouTubeってのは!
こちとら「Marshall」よ、チャンネル登録者数なんてのは簡単につり上げることができると思っていたらトンデモナイじゃないの!
テコでも増えやしネェ。
土台コレも若い人のモノだからね~。
で、コレはガツガツしないで自然体でいくことにキメた。
もう数字に拘泥しない。
そして、良い内容の作品を作ることに務めるだけ。
年寄りには年寄りのやり方ってモノがある。
コチとら仕事でさんざっぱら教則ビデオ見たからね~。
愛情を込めたモノを作っていれば必ず見ている人に伝わると信じてる。
恐ろしいと思ったのは、もうこの世の中とにかく「登録者数」とか「フォロワー数」とか「いいね!の数」でしょ?
それらの数字が大きければもはや完全勝利。
インフエンサーだか、ツベルクリーナーだか知らんけど、内容はどうでも数字が大きいものはすべて良し…ってのはあまりに危険だと思うんですけど。
もうね、こんなことをしていたら良いモノと大したことないモノの判別ができなくなっちゃうよ。
あんな犯罪まがいのことやバチ当たりなことをするヤツが出て来るのは当然のことだ。
そういう意味ではこのYouTubeには功罪があると思う。
教則系のモノとかもスゴイでしょ?
何で人って、こう物事を教えたがるかネェ。
本当に苦労して体得したモノは自分だけの秘密にしておきたがるハズだと思うんだけど…。
つまり、アソコに上がっているモノは人に教えても惜しくない、どうでもいいことのオンパレードのように私には見える。
だからYouTubeが出て来た頃のように、ジミヘン秘蔵映像が見れる!ぐらいに留めておけばよかったんだよ。
こっちは「功」だった。 
それでもよければ「Marshall Japan」チャンネルを登録すればいいじゃない。
登録はコチラ⇒YouTube「Marshall Japan」チャンネル登録
  ★   ★   ★ 
とにかくブログを書いて「更新しました」とfacebookとTwitterでお知らせする。
もうコレらの作業だけでも面倒極まりないのにインスタグラムが加わったでしょう?
なんだよ、「バエル」ってよ。ギタリストかよ…「ケニー・バエル」、なんちゃって。
ま~、時代の趨勢には勝てないので仕事と思ってやっているけど、一体誰がこんな世の中にした。
メールをして「今。電話をしてもよろしかったですか?」だなんて。
電話なんて都合が悪けりゃ出ないんだよ。
どちらかがかけ直せばそれで終わりだよ。
「あ、今お電話大丈夫でしたか?」って都合が悪けりゃ出ね~んだよ。
そもそもなんて過去形を使うんだっての?
英語じゃないんだから(英語は「shift back」と言って時制を過去にすると丁寧な表現になる)!
それよりも解せないのはインスタグラムの「フォロワー数」ってヤツ。
私は「marshallamps_shige」というアカウントで泣く泣くやってるんだけど、「〇〇さんがフォローしました」みたいなメッセージがしょっちゅう来る割にはフォロワー数が一向に増えない。
要するにフォローをしてくれる人とフォローを止める人の数が等しいということでしょ?
フォローしようが、ナニしようがこちとら痛くも痒くもないけど、「止める」という理屈がわからん。
それは「投稿された写真が気に入らない」ということなんでしょ?
つまり、上がって来る写真を慎重に吟味・審査・判断して「フォローを止める」という行為に至るんでしょ?
もしこの推察が正しいとしたら、こんなモノをそんな風に真剣に取り組んでいる精神構造が理解できん!
そんなことをやっているヒマがあれば本を読むか、塗り絵か、刺し子でもやっていた方がよっぽどいい。
それとも私のアプリケーションがコワれているのか?
コレを読んでまたフォロワー数が減れば面白ェーな。
   ★   ★   ★ 
次…『鬼滅の刃』。
スゴイのね~。
毎日、毎日なんやかんやとテレビに出て来て老若男女を問わずコレに夢中になった1年だった。
もちろん私は全く興味がないんだけど、も~ますます日本人の嗜好の一極化が進んでいるようで、コレがコワイ。
「流行はチェックしておかないとね!」なんて…どうしてみんなそんなに人と同じことをしたがるんだろう?
この年になると朝ブッ早く目が覚めることが多いんだけど、そんな時にはテレビをつけてテレビ東京あたりでやっているミュージック・ビデオを延々と流している番組を見たりすることがタマにある。
イヤ、見てはいないんだけど、ウッスラとBGM代わりに流して本を読んでいる。
すると盛んに若いバンドさんが登場してくる。
ま、そんな番組に接するのは私にとっては、巷間の音楽を知るいい機会になるんだけど、どれも同じに聞こえるんだよね。
同じような曲、同じような声、同じようなアレンジ…サッパリ区別がつかないんだよね。
一応バンドの体裁をしているので「ロック」のつもりでいるんだろうけど、違うって!
ロックというのは人と違うことをする気概がある連中が演る音楽、つまりオリジナリティを競う音楽なハズなのよ、ね?
もしああいうのを「ロック」と呼ぶなら、本来のロックからずいぶん遠いところまで来ちゃいましたよ~。
もうロックが元あった場所には戻れないだろうね。
いつか戻って行くと期待していたけど、もうどうにもならん。
やはり消費者の方が知見を広めて良いモノと大したことないモノを見極める能力を身に付けないとダメだろうね。
でもですね、そういう流行りに乗ってくれる人が日本経済を支えていることも確かなんだよね。
みんなが私みたいなワガママでアマノジャクだったら経済は成り立たない。
作り手はその最大公約数を狙って商売しないとどうにもならない。
昔は作り手がロックが何たるかを全く理解していなかったので片っ端から何でもやっていた。
だから何でもあった。
ところがロックが商売になることを覚えてしまったので儲かるものしかやらなくなってしまった…と業界の先輩から教えて頂いた。
だったらですね、その流行りモノで得た利益を私のような変態のマイノリティどもが喜ぶ分野に少し配分を回してくれないだろうか?
つまり、今は人気がなくても、今は注目されていなくても、本当に素晴らしいオリジナリティを発揮しているミュージシャンを援助してもらいたいんだな。
流行りモノだけでは文化が死んでしまう!
  ★   ★   ★ 
フランク・ザッパのドキュメンタリー映画ができたそうで…。
私は中学2年の時に『Fillmore East - June 1971』を石丸電気でジャケ買いして以来、断続的ではあったにせよカレコレ45年近く聴いてきた。
そして今、何だか知らないけど最近はやたらと「ザッパ、ザッパ」と波が打ち寄せる磯釣りのポイントみたいなことになっているのがイヤでしてね。
自分だけのモノにしておきたいワケね。
で、そのドキュメンタリー映画のサントラ盤が3種類リリースされるとか…。
3枚組CDと2枚組カラーレコードと5枚組のレコードらしいんだけど、全部買えば占めて20,000円ほど。
オフィシャルのアルバムは良識の範囲内でほとんど揃えてきた(全部ではない)身としては全部欲しいわね。
でも…フト思った。
「買ってどうするんだ?」…と。
私の頭の中では天使と悪魔の両方がそう言ってる。
『Hot Rats』やら『New York』やら『Roxy』やらの未発表音源がそれこそ雨後のタケノコのように出て来て、全部買った。
でも結局は1回聴くか、聴かないか、なんだよね。
若いころだったら夢中になって何度も聴いたかも知れない。
ところが長いこと聴いていると、結局、オリジナルのバージョンが一番いいワケよ。
そりゃそうだよ、ミュージシャン自身が天塩にかけて、考えに考え抜いて作ったモノなんだから。
となると、もう「持っている」という「征服感」とか「達成感」だけで買うようなものなの。
持っておかないとマズイ…みたいな。
ナニもマズイことなんかありゃせんのよ。
 
さて、私の父は83歳で死んだんだけど、もし父と同じ年齢で自分が死ぬとすると、あとせいぜい25年しか生きられない。
1年がコレだけ早いんだから、25年なんてアッという間に違いない。
今、ウチにはCDとLPが合わせてだいたい7,000枚ぐらいあるんだけど、家内もセガレたちもそんなモノに全く興味を示さない。
私が死んだらそれらをどうするか?
「棺桶に入れてくれ」なんてことを私は絶対言わない。
「どうぞディスクユニオンに持って行ってくれ」と言ってる。
そうすれば「今半」でスキヤキを食べて、後藤パーラーさんで最高においしいデザートぐらいは頂くことができるだろう。
しゃぶしゃぶでもいい。
一生懸命集めてもそれだけのことだ。
ウチにある自分のお小遣いで買った一番古いレコードはおそらく『A Hard Days Night』だと思うんだけど、中学1年生の時のことだから45年が経過している。
完全に減価償却が終わっている。
翻ってみるに、このザッパの3アイテムを今次買ったとしてもたった25年しか持っていることができない。
25年だけの「征服感」と「達成感」に20,000円もはたくのはあまりにもモッタイなくはないか?
好きな音楽を聴くのにこんな考え方はおかしいにキマっているんだけど、ハッと気が付いた…コレが「終活」ってヤツか?
初めてレコードを買って以来、高校や大学に行っても、就職しても、結婚しても、子供ができても、転職しても、父が死んでも、レコードやCDへの欲望を途絶えさせたことがなかった私がそんな気持ちになったのは自分でもかなり意外だった。
CDも買わなくなった。
以前は年に300~400枚ぐらい買っていたが、今年はザッパを除いてはブックオフで290円のクラシックのCDを十数枚買っただけに留まった。
理由は、プライベートで心底楽しんで聴ける音楽がなくなって来たことに尽きる。
ギターだってバンド活動を止めたら欲しくなくなるのと同じだ。
ビートルズやレッド・ツェッペリンに興奮した自分、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンのアドリブに鳥肌を立てた自分がもういなくなっちゃった。
苦しいよ~!
仕事で聴く音楽は全然別よ。
皆さんからお預かりした力作は自分の全音楽知識を総動員して真剣に聴きます。
最近、かろうじてクラシックに光明を見出してはいるんだけど、アレは一対一でジッと聴いていないとオモシロくない音楽だし、ナゼか音源アイテムを集める気にならん。
あ、そういえばマーラーのボックスセットを買ったわ。
   ★   ★   ★ 
そんな人生を送って来た私だから、死ぬ前に周りにいる若く将来のあるミュージシャンに自分の音楽の知識をシェアしたいと思っているんだよね…大きなお世話だろうけど。
Marshall Blogでウンチクを固めているのはそうした気持ちによるところもあるの。
若いミュージシャンたちはあまりにも音楽知らなさすぎる。
もっともっとインプットして何かヒネリ出してもらわないことには日本のロック界が本当にダメになってしまう。
新しいモノは古いモノにしか見出すことができないんだから。
そんなことが長年私を夢中にさせてくれた音楽への恩返しかな…なんて思ってる。
   ★   ★   ★ 
 それと…Marshall Blogで『イギリス-ロック名所めぐり』っていうカテゴリーがあるでしょう?
ブリティッシュ・ロックにまつわるイギリスのランドマークを訪ね歩く…という企画。
私はMarshall Blogの記事を書いていて、アレに取り組んでいる時が一番楽しいのね。
ところが、熱心に読んで頂いている方もいらっしゃるんだけど、総じてアレが一番食い付きが悪い。
平たく言って「人気がない」。
ま、完全に私の嗜好でやっているので、テイストが合わなければ読む気が起こらないのは百も承知しているから別に構わないんだけど、やっぱり馴染みのない内容でも読めば少しは何かの足しになるかも知れないし、そもそも書いている方だってより多くの方に目を通して頂いた方が励みになる。
でもダメなんよ。
やっぱり洋楽のリスナーの層がかなり薄くなっていることを肌で感じるよね。
アレを40年前にやっていたらかなりウケていただろうにナァ~。
ところが!
年末ギリギリに完結した「ジミ・ヘンドリックス特集」はいつもより明らかにたくさんのご支持を頂戴しましてね、とてもうれしかったです。
年末の珍事だった。
   ★   ★   ★ 
もうひとつ年末の珍事…私ごとながら、上の子が結婚しましてね。
こんなご時勢なのでセレモニーは一切なしで、とりあえず現時点では事務処理のみ済ませた。
初めての娘ができましてね。
お嫁さんに「チョット『お義父さん』って呼んでみて」なんて言うと、とても明るく朗らかな彼女はなんのためらいもなく「お義父さんッ!」なんてやってくれましてね。
コリャ、いいもんですな~。
ウチは野郎2人だったもんだから、ついデレデレになってしまいましたとさ。
    ★   ★   ★ 
今年は何の下地もなく頭に浮かんだことをズラズラと書かせて頂きました。
最後に…
ミュージシャンやショウビジネス関係者の皆さん、今年は本当に大変な年でしたね。
まさかこんなことが起ころうとは一体誰が想像したことでしょう。
月並みですが、とにかくこのコロナ禍の早期終息を願って止みません。
がんばりましょう! 
来年もMarshall/NATAL/EDEn、そしてMarshall Blogをよろしくお願いします!
 
あ、私?
もう長くないんじゃないかって?
おかげさまで今のところ全くの健康体です。
 

200






 




2020年12月30日 (水)

2020楽器フェア オンラインのMUTANT MONSTER

 
『2020楽器フェア オンライン』…12月12日にもうひとつ登場したバンドは…

10_2MUTANT MONSTER!
新しいパプリシティ・フォトを引っ提げての登場。

20_2ステージのようす。30JCM900 4100のフル・スタックが2セット。

40v_2ベースアンプはEDEN Terra Nova TN-501とD410XST&D115XLT。50vドラム・キットはNATALのCafe Racerだ。

60_2今度は定刻通りにスタート。
MUTANT MONSTRのオープニングのルーティン、「OK, OK!」。

70そしてすぐに演奏に取り掛かった!

80MEANA(ミーナ)

S41a1446BE(ベー)

100v_2CHAD(チャド)

110v_2オープニングは「ABNORMAL」。120_abいきなりMEANAちゃんと…

120_2 BEちゃんのツイン・ボーカルズの魅力爆発!

130CHADちゃんのドラムスも爆発!

140続けて「Orion」。

150_orもうこの「♪星になると誓うわ、リオン、リオン」というところがすごく好き…ってんで、役得でリクエストさせて頂いた。
そしたら早速演ってくれた!
私がリクエストしなくても演っただろうけど。
また転調するところがいいんだ~。170v_2MEANAちゃんのアルペジオっぽいギターからスタートするのは「離してあげる」。

180v_2この曲もBEちゃんとMEANAちゃんの2人の歌のパートが巧妙に組み合わさった魅力的な曲。190v一番最初にこのバンドを観た時にこの曲が一番印象に残った。
「♪ハサミを入れるわ」というパンチ・ラインがいい。200_3「こんにちは!
MUTANT MOSTERです!
初の配信ライブです。
ライブ自体が今年の3月以来ということでとても楽しみにしてきました!」210今度はCHADちゃんのドラムスに…

220v_nekoBEちゃんのベースと…

S41a1232 MEANAちゃんのモンキー・ダンスが重なって…230v「猫かぶり」

0r4a1232 この曲もすごく印象に残ったナンバー。

300v_2MEANAちゃんのワイルドなギターが炸裂!250_2和風ビートから始まる「Sparkling Energy」。
270_jo「We could have loved each other」の「恋愛仮定法過去完了」ソング。
ポッカリと空いたハートにエナジー・ドリンクを流し込む。
私がその手の類のドリンクを口にすることはまずあり得ないんだけど、Marshallの50周年コンサートの時だけは別だった。
前にも書いたけど、もう人生最大の疲労に襲われてしまって、コンサートの休憩中に楽屋に置いてあった赤い水牛のロゴの栄養ドリンクの250ml入りを3本立て続けに飲んだ。
その空き缶を見てMarshallのひとりが「コレ飲んだの誰だ?まさか1人で3本飲んだんじゃないだろうな?」と。かなり真剣に声を荒げてそういった。
私は驚いて自分が全部飲んだことを告白すると…
「シゲか!? ダメよ、ダメダメ!コレをいっぺんにたくさん飲むと死んじゃうんだぞ!」と言われてマジでビビった。
おかげさまで全く何ともないどころか、疲れなんかゼンゼン取れなかったゼ。
私の疲労の勝ちだった。0r4a1186チョットおとなしめに「DEAR JOE」。

Img_0640「ありがとうございます。
ライブをするのが久しぶりなので最初緊張してしまいました。
こうしてご覧の皆様と再会できてとてもうれしいです。
呼んでくれた楽器フェアの皆さん、どうもありがとうございます!」

S41a1427今度もMEANAちゃんのアルペジオ。290v_tyoBEちゃんフィーチュアで「東京」。
変な意味ではなくて、「東京」についての歌を歌えるのは地方出身の方々の特権だと思っている。
演歌と違って日本のロックは「土地の歌」ってのが苦手だからね。
観光大使よろしく「ふるさと応援歌」になっちゃうから。
240BEちゃんも感情を込めて「東京」を歌い上げる。

310_2続けては「Lazy Guy」。

320v_lazy3人とも何やらとても楽しそうに演ってるよ!

330_2それもそのハズ…340v「今の曲はいつもはもっと速いバージョンで演っているんですが、みんなに歌詞を聞いて欲しくてユックリしたアレンジでお届けしました」
そう、この曲のオリジナル・バージョンはハジけんばかりのドライビング・チューンなのだ。
「Lazy guy、私は愛せない」って!

280_mc次の曲もリクエストさせて頂きました。
リクエストしなくても演ってくれただろうけど。

Img_0669 曲は「バババブル」。
昨年末(アレから1年経ったのかよ!?)のワンマン・ライブでは最後の方に演ってね、すごく盛り上がってとてもいい感じだったのを覚えている。370v_2「♪ホラ、セーノでみんなが爆発すれば 大抵のことはナントカなるよ」なんてこの人たちに言われるとナントカなっちゃいそうな気がするのだ。0r4a1225 この日、本当に初体験だった配信ライブ。390_nw順調に進んでおります!

400v_2続けては…キタキタ~、「No Way」。
この曲、「No way, no way 誰があなたを愛すというの」の最後の「い・う・の」のメロディがクロマチックになっているところが私にとってはモノすごく意外でオモシロいんだよね。
410vCHADちゃんのキメのポーズもバッチリとキマった!
背が高いので、手が長いこと!
こうして見ているとそうでもないんだけど、MUTANT MONSTERって3人とも背がすごく高くてスラ~っとしてるんだよね。
海外へ行っても外人のサイズに負けないぜ。430v「Girl's Fight」から…
420_gf「私たち、この曲から始まりました」という… 450「バーゲンセール」に続けた。440_bsなるほど、そういわれてみると何となく「初々しさ」を感じるストレートなサウンドだ!

460「みなさんよいお年を!」

475…と、最後に持って来たのは「夏」。
曲は「Summer Ticket」。490_stみんなで歌う今風の「ウォーウォー」ソング。

500

510v

520v盛り上がった~!530MUTANT MONSTER初の配信ライブほぼ無事に終了!
「ほぼ」というのは、MUTANT MONSTERは海外にもファンが多く、イギリスのファンなんかはこの配信ライブをとても楽しみにしていて、ガンバって朝5時に起きたそうだ。
それにもかかわらず、サイトが日本語表記のみでアクセスの仕方が皆目わからず断念せざるを得なかった。
この時代には全くふさわしくなく、完全に海外を無視した丸っきりドメスティックなイベントだったのね?
次回はよもや「オンライン開催」なんてことにはならないだろうけど、もしそういうことになった場合にはその方面には特段の配慮があるといいね。

540最後に記念撮影。
ご出演ありがとうございました。
来年はイギリスで一緒になれるかな?
 
MUTANT MONSTERの詳しい情報はコチラ⇒MUTANT MONSTER OFFICIAL WEBSITE550

200_4 

(一部敬称略 2020年12月12日 都内スタジオにて撮影)

2020年12月29日 (火)

2020楽器フェア オンラインのFATE GEAR


先般お知らせした通り、去る12月の第2週末、『楽器フェア』がオンラインで開催された。10参加したヤマハミュージックジャパンさんの枠で3つのMarshall/NATAL/EDENのバンドにご登場頂いた。
FATE GEAR、MUTANT MONSTER、そしてインスト・バージョンのSilex。
残念ながら以前からキマっていた他の業務とカチ合ってしまい、Silexの本番にはお邪魔できなかったが(Mashaくん、達也くん、颯くん、スマン!)、残りの2つはMarshall Blogでレポートをお送りさせて頂く。
まずはFATE GEAR。15配信ライブの現場はこんな具合。

20JCM900 4100のフルスタック。30xEDENはTerra Nova TN-501とDST410とD115XLT。40vそしてNATALはCafe Racer。50激演して乱れて頂く前に記念撮影をしておきましょう。
せ~の…「ハイ~シン!」。
仮面ライダーみたいだべ?60配信システムのトラブルで10分遅れてのスタート。

90Mina隊長

100vYuki

110vErika

120vHarukaSs41a1135 ゲスト・ボーカルズのNANA。140v「♪惨劇の鼓動~」…NANAちゃんの絶唱で始まるのは「7 Years Ago」。
この曲のビデオのスチール撮影をご用命頂いたこともあって、私にとっては大変に耳なじんでいる「おなじみ&なつかしのナンバー」なのだ!
あの時も朝早かったな~。
FATE GEARのキラー・チューンのひとつ。
オープニングにはもって来いだ。
150_7隊長のリフでスタートするのは「Skykiller」。

160v_sk猛然と突き進むドライビング・チューン。

170vリズム隊も絶好調だ!180v続いてはYukiちゃんのキーボーズから。
曲は「Lunatic-faced」
190_lk「♪ゾンゾンゾゾッゾ」と地面を揺るがすヘヴィなノリが小気味よい。

200「皆さんこんにちは!FATE GEARです!」と挨拶があって、参加したアニメのサウンドトラックを紹介。310その収録曲「MEGABULLETS」。

210v_mb隊長のギター・ソロから…

220vYuriちゃんのキーボーズのソロへとスリリングに曲が展開していく。

230続けて「Queen of the War」。

240_qow多分以前にも書いたような気がするが、この曲は、収録されている『OZ-Rebellion-』では、スコティッシュというか、ケルトのような風味が加えられていて「とてもいいな」と思った記憶がある。250やっぱりナニか他と違ってないとサ…その点ではこの曲は「FATE GEARならではのサウンド」ということになると思うワケ。
260ちなみに、スコットランドでは「大晦日」のことを「Hogmanay(ホグマネイ)」っていうんだゼ。

Ss41a1097 「Romancer」から…

270_rc「Fenixx 2011」へと続く。
この曲はアルバムではまきちゃんが歌っていたね。
オラオラ~、アタマ回せ~!280_fenもうErikaさまはホントにスゴイ。
「アクションでゴマかす」なんて言ってたけど、ベースのプレイも暴れ具合も最強だ。
ビデオの撮影の時なんかもスゴイからね。
だから撮影現場ではいつも救急車が待機している…ウソです。290vその相棒のHarukaちゃんもモクモクと激しいビートを叩き出す!
NATAL、やっぱりいい音だナァ。300v「皆さん、楽しんでますか~?ヴァーチャル飛行です!」
今度は1月27日リリースが予定されているシングル…315『Scars in my Life -English edition-』を紹介。70cd ジャケットのイラストは今回もHaruka画伯。
器用なモンですナァ~。S0r4a1019 ショウは早くも最終セクション。
1時間枠だからアッと言う間だ。
曲は「Sky Prison」。320_spMarshall Blogでも紹介したけど、このビデオの撮影は最近だったからね、もう親近感がハンパじゃない。
洋楽っぽいFATE GEARの新しいキラー・チューン。330あの時の5人+1人を思い出しながら見ていたよ。
ムシ暑かったな~、あの時は。340

350

360

370v

380この曲を収録した最新アルバム『The Sky Prison』は先週発売される予定だったのだが、商品の製作サイドでミスが発生し、1月13日発売が延期になってしまった。
ま、楽しみはキープしておく…ということで。80cd 次も隊長の王道風リフでスタート。390v_scl『OZ-Rebellion-』から「Scars in my Life」。

400vコレも場面がコロコロと変わるドラマチックなナンバーだ。410最後を締めくくったのは「Headless Goddess」。

415_fgこの曲もビデオ収録のスチール撮影をご用命頂いた思い出のナンバー。

420_fg1時間という短い時間であったが、冒頭から最後の最後までブッ飛ばしまくってくれた5人!450v

460v

470

480v

490v収録サイドの仕事は完璧だったのだが、残念ながらその先の配信システムがトラブルを起こし、一部のデジタル機器(要するに「一部の携帯」)では見ることができなかったことが判明。
同日の夜にアーカイブで動画を再配信することになった。
双方、たくさんの方にご覧頂いた。
ご視聴ありがとうございました。
 
FATE GEARの詳しい情報はコチラ⇒FATE GEAR Official Website

500v

200_2 
(一部敬称略 2020年12月12日 都内スタジオにて撮影)

2020年12月28日 (月)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 63 ~ジミ・ヘンドリックスのロンドン <vol.6>

 

ジミのレコード・コレクションの続きから…。
「え~、また~?」って感じなんでしょ?
ナニを言われようと止めませんよ。
ナゼか?…オモシロイから!10_4ジミのコレクションにはビル・コスビーのアルバムが2枚入っている。
ビル・コスビーはアメリカを代表するコメディアンね。
日本での知名度はそう高くないけど、一時期は全米の長者番付の上位の常連だった。
何年か前に過去の性犯罪が明るみに出て、保持していたいくつかの名誉博士号を剝奪されるという事件が起こったが、最近のデータを調べてみると、それでも長者番付のランクは8位。
ジミが持っていたコスビーのレコードを聴くと、やはり「スタンダップ・コメディ」と呼ばれるひとり語りの漫談。
日本の漫談のスタイルといえばとにかく漫才だけど、欧米では2人が掛け合いで話を進める話芸はほとんど見かけない。
欧米はもっぱらスタンダップ・コメディ。
そんな日本の漫才のようなシーンをよく見かけるのは、デビッド・レダメン(本当は’Letterman’だけど、アメリカ人が発音すると'レダメン'に聞こえる)やジェイ・レノのような人気司会者がゲストと丁々発止のボケとツッコミを展開する『The Late Show』や『The Tonight Show』のようなバラエティ・ショウぐらいか?
そこへいくと日本のひとり話芸はスゴイよ。
まずは落語がある。
口頭で情景をつぶさに描き、全部の登場人物をひとりで演じ、時にはお客さんを笑わせ、時には泣かせる。
こんな芸はおそらく世界に他にないのではないか?
それと浪曲。
ま、浪曲は鳴り物が入るのが普通なので厳密には「ひとり」の話芸とは言えないのかも知れないが、こっちは完全に「ひとりミュージカル」だからね。
講談も素晴らしいが演技が入らないので上の2つとはまたチョット違う。
ビートルズやボブ・ディランの歌詞がダイレクトに理解できなくても、残念がることはない。
我々は日本語ができるおかげでこうした世界最高峰の素晴らしい話芸を楽しむことができる。
だから音楽ぐらいは洋楽を聴きましょう。
で、このスタンダップ・コメディって、そもそもナニがオモシロいんだかサッパリわからないことが多いんだよね。
「文化の違い」がそのまま「笑いの違い」に直結していることがよくわかる。
スタンダップ・コメディにはよく人種を扱ったネタが登場するが、コスビーの話芸はそうした人種に関する偏見や差別をテーマにすることはなく、反対に異人種の文化を尊重し、自分自身の人生における経験をネタにしたものが多いとされている。
こんなことが人気を集める要因なんだろうな。Bc1975年に公開したボブ・フォッシー監督、ダスティン・ホフマン主演の映画『レニー・ブルース(Lenny)』。
ダスティン・ホフマンが好きだった私は中学1年の時に公開してすぐに(確か…)数寄屋橋のニュー東宝キネマ1に観に行った。
そしてこの後、45年経った現在まで一度も観返していない。
当時にしては珍しくモノクロで撮られていてね…内容はほとんど覚えていないけど、よくわからなかったことだけは覚えている。
それもそのハズ、この映画の題材になっている50~60年代に活躍したこのレニー・ブルースはコスビーとは正反対にアメリカ社会が抱える政治、宗教、人種差別、同性愛、中絶、セックス、麻薬、広告批判、貧困などを主題に据えて過激なトークを展開して人気を博した人だった。
13歳の子供にわかるワケがない。
映画でも描かれているが、こういう人に「すさんだ生活」は付き物だったがレニーには支援者も多く、1965年にはフランク・ザッパがトーク・ショウを主催したり、フィル・スペクターが葬儀の費用を出したりしたそうだ。
へ~、Lambert Hendricks & Rossのアニー・ロスと恋仲だったとは知らなんだ。
1966年、風呂場でモルヒネを過剰摂取して死亡した時、腕には注射針器が刺さったままだったらしい。
スゴイな、まるで黒澤明の『悪い奴ほどよく眠る』の三船敏郎みたいだ。
今となっては「死ぬまでにもう一度見ておかなくてはならない映画」の筆頭だわ。Lbm何でビル・コスビーに引っ掛けてレニー・ブルースを登場させたのかというと、下の写真。
まるで『Blonde on Blonde』の宣伝写真みたいだけど、その前にはマディ・ウォーターズの『The Real Folk Blues』も転がっている。
このフラットで撮られた写真ではなさそうだが、ジミが手にしているレコードはレニー・ブルースのアルバム。
ジミはこういうお笑いのレコードが好きだったのかね?
でもレニーのレコードはリストには入っていなかった。Sjlb 私も少しは英語の勉強の足しになるかと思ってCDを買ってみた。
1961年のカーネギー・ホールのライブ盤。
カーネギー・ホールですよ!
客席はもうとにかく爆笑の嵐。
志ん生じゃないけど、出て来ただけで笑いが起こる。
しかし、こっちはところどころ英語がわかっても、ナニがオモシロいのかが全くわからないの。S0r4a0150_2やっぱり聴くなら「ス」を取ってレニー・ブルー(Lenny Breau)がいいわ。
このライブ盤ばかり有名だけど、そのカントリー・フレイバーをチョコっと混ぜ込んだスリリングでカッコいいプレイは比較的どのアルバムを聴いても味わい深い。
Lbg他に変わりモノのコレクションとしてはインド系か?
この時代、ナンだってこんなにインド、インドしていたんだろう?
やっぱりジョージの影響が大きかったのかしらん?
どっかにも書いたけど、『Sgt. Peppers~』のデラックス・エディションを聴いて驚いた。
「Within You Without You」のレコーディングでインド・チームにメロディを提示する時にちゃんと「サリガマパダニ」とインドの音名でやってるんだよね。
ジョージがホントにチャンとインド音楽を勉強していることを知って恐れ入りました。
カッワーリーでもこの「サリガマパダニ」って出て来るけど、コレは「音の名前」ではなくて「度数」を示しているのだそうだ。
つまり西洋音楽で「A」といえば「440Hz」の音のことを指すけど、インド式で「ダ」というとキーが何であろうと「6番目の音」を意味するのだそうです。
『Sgt. Peppers~』はジミが最も聴き込んでいたレコードのウチの1枚らしいからジョージの影響は否定できないんじゃないの?
Sgtジミだって『Axis:Bold as Love』があるもんね。
内容は全然インドじゃないけど。
はじめ、ジミはロジャー・ロウという人が写真を元に描いた千手観音のようなインドの神様に扮した自分のイラストを見てビックリ仰天したそうだ。
何しろジミのアイデアとしては、自信のネイティブ・アメリカンの血脈を前面に出したモノになるハズだったからだ。
インドとインディアン…言葉は似ているけどね。
今さらこのことでコロンブスに文句を言うワケにもいかないし。
そのジミたちのイラストを宗教関連のポスターの上にポコッと乗っけて仕上がったのがこのアルバムのジャケット。
ジミは「オレたち3人はあのジャケットとは何の関係もないけんね」と言ったそうだ。
英米でジャケットのバージョンを違えた『Are You Experienced?』や『Electric Lady Land』とは異なり、双方共通して採用されたこのジャケットはヒンズー教徒の間で怒りを買ってしまった。
マレーシアなんか2014年にこのジャケットの使用を国で禁じたんだってよ!
発売して53年も経ってるのに!
ジャケットとしてのデザインはとてもいいと思う。Ablリストにはラヴィ・シャンカールのアルバムが2枚リストアップされていた。
それらはジミの嗜好だったワケではなくて、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズにもらったモノだったそうです。
民族音楽を聴いていたブライアンはジミの大ファンで、ジミがインド音楽に興味を示すと思ったのだ。
コリャ、ジミは聴いてないな…。

400cd我々の世代はラヴィ・シャンカールと言えば、すぐに思い浮かぶのが『バングラデシュ』ね。
中学生の頃『ウッドストック』と併映されていることが多く、私はお目当てだった『バングラデシュ』よりも『ウッドストック』に惹かれて帰って来た。
ビデオすらなかった時代、それから『ウッドストック』を観に何度も映画館に足を運んだことはもうMarshall BlogやShige Biogに書いてきた。
だから『バングラデシュ』を観たのは後にも先にも1回限りなのだが、すごく印象に残っているシーンがあって、ピアノに座ったままで挨拶をしたレオン・ラッセルに向かって「Stand up, Leon!」と注意する場面と冒頭のラヴィ・シャンカールの挨拶。
皆さんの好きなミュージシャンが出て来るのが待ち遠しいでしょうが、その前に少しガマンしてください。私たちが演奏する音楽はとてもシリアスなモノです。演奏の間はタバコを吸わないようにしてください
…みたいなヤツ。
マジソン・スクエア・ガーデンの客席が喫煙可だったのも今となっては驚きだ。
もっとも33年前に私が新婚旅行で初めてアメリカに行った時、ユナイテッド航空機の後ろの方の座席は喫煙席だったもんね。
もちろん何の囲いもなくて、その席のオジさんたちはみんな盛大にスパスパやってたよ。
その後、バングラデシュは発展めざましく「世界最貧国」の地位を抜け出したものの、現在は経済発展が生み出した貧富の格差が大きな社会問題となっているようだ。Bdish_2マドゥライ・シャンムハバディブ・シュブラクシュミという「カルナティック」といわれる南インド伝統音楽の歌手。
使用している楽器やアレンジは違えどメロディとか歌い回し方はもうほとんどカッワーリーと同じ(に聞こえる)。
シュブラクシュミという人は世界で数々の音楽の表彰を受けた大変地位の高い人。
いいね、こういう音楽は。
ナゼか私はこの「シュブラクシュミ」という名前を知っていたのね。
ところが、音源を持っているワケでもなし、ナンで知っているのかが皆目わからない。
恐らく80年代のワールド・ミュージックのブームがあった時に中村東とうよう先生の文章で無意識のウチに入って来た名前をたまたま覚えていただけなんだろう。
コレもブライアン・ジョーンズにもらったのかな?
となると、この時代からこの手の音楽に興味を持っていたブライアン・ジョーンズもスゴイな。
でも『ジャジューカ(Brian Jones Presents the Pipes of Pan at Jajouka)』なんてもがあるもんね。403cd前回も書いたが、ソウルとかR&B系のブラック・ミュージックのレコードが極端に少ないことは意外だった。
ジェイムズ・ブラウンとゴスペルものが1枚。
そしてこのオーティスのアルバム。
1963年、ジミはソロモン・バークのバンドでパッケージ・ツアーに参加した。
そのパッケージにはオーティス・レディングのバンドも含まれていた。
バークはジミのプレイが派手すぎて困っていたいう。
ジミのギターは、「5回まではとても素晴らしいだろう。でもその次のショウともなれば彼のプレイはワイルドすぎて音楽の一部ではなくなってしまい、私はもう我慢できないかも知れない」とバークに言わせしめた。
そしてバークはオーティスに頼んでツアーの途中でジミと2人のホーン・プレイヤーとトレードしてもらったという。
フラットにあった解説の板にそう描かれていた…ホンマかいな?
ま、キング・ソロモンのアノ歌のバックでギュイーンはマズイわね。
ソロモン・バークの名古屋のボトムラインでの話は以前どこかに書いた。Orジミ・ヘンドリックスがこのブルック・ストリートのフラットでコレクションしていた108枚のレコードのウチ、ロック/フォークに次いで枚数が多かったのはブルースのアルバムだった。
その数ザっと数えて33枚。
キャシー・エッチンガム曰く「ジミはジャズの人と演る時はジャズが好きになり、相手がフォーク・シンガーの時はフォークが好きになってしまう人だったの。でも彼が本当に好きで、家でいつも弾いていたのは…ブルースだったわ」。
ジミは真性のブルースマンだったということだ。
そこでリストを見てみると、一番枚数が多かったのはライトニン・ホプキンスの5枚。Mw_2次いでマディ・ウォーターズが3枚。
例えばこの1968年の『Electric Mud』。
このアルバムはタイトルが示す通りワウ・ペダルを使ったりして当時の流行のサウンドを持ち込み、モダンなテイストを狙った作品だった。
ジミがこのアルバムを初めて耳にしたのはフラットの1階にあったレストラン「Mr. Love」でのこと。
ジミはウエイターを読んで「今かかっているのは誰のレコードか?」と尋ねた。
「マディ・ウォーターズの最新作ですよ」とウエイターが答えるとジミはそれを信じることができず微笑みながらこう言ったという。
「今やオレのマネをしているのか…かつてはオレが彼のマネをしていたのにナァ」
カッコいい~。
マディ自身が「ブルースが子供を産んでロッンクンロールと名付けた」と歌っていたぐらいだからね。
ジミ・ヘンドリックスだって、レッド・ツェッペリンだってブルースをマネッコして大きくなった。
反対にオヤジだってタマにはセガレのマネぐらいしてもいいだろう。
私なんか最近の普段着は上の子のお下がりだよ。
しかし、このアルバム、1曲目の「I Just Want to Make Love to You」の出だしなんかマンマ「Manic Depression」だもんね。
若手はベテランの妙を盗んで、ベテランは若手のパワーを頂く。
日本のロック界は老若の間の溝が大きく深すぎてどうしてもコレができない。
「ブルース」というロックのルーツを幹に据えていないのがコレのひとつの大きな原因だと私は思っている。
ま、今の若い子たちが「ロック」のつもりでやっていることを「ブルース」が見たり聴いたりしたら「コレは私の子供ではありません」と言うだろう。Electric_mud上の方のジミの写真の中にあったチェスのコンピレーション・アルバム、『The Real Folk Blues』も当然リストの中に入っていた。Mw_1同じく3枚がリストに挙がっていたハウリン・ウルフ。
「Killing Floor」は初期のジミの重要なレパートリーだったからね。
このチェスの『Real Folk Blues』というのはシリーズものなのね?
ハウリン・ウルフにもマディと同じ『The Real Folk Blus』というアルバムがあって、ジミが持っていたのはその続編の『More Real Folk Blues』。
1曲目の「Just my Kind」って曲、マディの「Rollin' and Tumblin'」と全く同じじゃん?
ま、それが「ブルース」ってもんだ。
そもそもコード進行が全部同じなんだからそれも当然のことだ。
それにしてもこの声!
カッコいい。
アメ横に行くとこういう人いくらでもいるけどね。
Hwr 有名なハウリン・ウルフの『Moanin' in the Moonlight』もリストに入っていた。
ジミもヒューバート・サムリンをコピーしたりしたのかしらん?Hwソニー・ボーイ・ウィリアムソンも3枚挙がっていた。
次いで2枚だったのはジョン・リー・フッカーとエルモア・ジェイムス。
このエルモア・ジェイムスのアルバムに入っている「Bleeding Heart」はジミが1965年にライブでのレパートリーに取り上げて有名となった。
そして、ジミは69年2月24日のロイヤル・アルバート・ホールでもこの曲を演奏した。
私はブルースを聴かないので、今回の記事は書いていて大層勉強になった。
ジミにブルースを教わったような気がするわ。
ちなみに私はジミのブルースの演奏はとても好きです。
しかし、「エルモア・ジェイムス」なんてロイ・ブキャナンでしか知らなかったけど、ホントに全部「♪ジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャ~ン ザッカザッカザッカザッカ」だね~。
ま、それがブルースってもんだ。Ej 他にも『Blues Classics』とか『American Folk Blues Festival '66』のようなブルースのオムニバスが7枚ほどリストに組み込まれていた。
スキなのね~。
それと、ホワイト・ブルースのアルバムも多数。
ジョン・メイオールのアルバムは『Beano』、『A Hard Road』、『Crusade』と歴代のギタリストのアルバムが揃っていた。
ジミとクラプトンの会話…
  ジミ:アレって1962で弾いたんでしょ?
  クラプトン:そうだよ。思いっきりボリュームを上げた。
  ジミ:やっぱ?メッチャいい音だよね。
  クラプトン:Marshallだからね。
  ジミ:オレも今度Marshallのコンボ使ってみようかな。
  クラプトン:ギター・アンプは真空管に限るね。
もちろん空想。
まだデジタルどころかトランジスタアンプすらない、ギタリストが腕前だけで勝負していた古き良き時代の空想の会話。
「The things ain't what they used to be(昔はよかったね)」ってヤツ。

390cdCreamはファーストだけだった。391cdさて、ジミは自分のレコードを持っていたのであろうか?
「持っていなかった」という話を聞いたこともあるが、すべてではないにせよちゃんと持っていたようだ。
この『Are You Experienced』はフランス盤と…335ジャケットが異なるアメリカ盤を保有していた。
360°の魚眼レンズを使用して撮ったのはチャス・チャンドラーの知り合いの写真家カール・フェリス。
ジミはUK盤のジャケットが気に入らず、写真を入れ替えたバージョンを作ることになり、ジミは「サイケデリックっぽいヤツ」とリクエストしたそうだ。
フェリスはインスピレーションを得るためにExperienceの音楽を深く聴きたがった。
そこでジミは『Axis:Bold as Love』のリハーサルにフェリスを何回か招待した…いいナァ~。
フェリスはその演奏の音源を持ち帰り、『Are you~』と共に熱心に聴き込んだという。
その結果、「宇宙の彼方の音楽」という第一印象を得たフェリスは、Experienceを「この世のモノではない音楽を地球に届ける途中の宇宙を旅する一団」という設定にした。
大ゲサだな~。
お薬を頂いていたんじゃないかしらん?
そうしたインスピレーションを込めてシャッターを切ったのが有名なこの写真。
魚眼は当時のモッズアーシャ写でよく使われていたそうだ。
340cd撮影したのは「世界で最も有名な植物園」といわれているロンドン南西部にある「Kew Gardens(キュー・ガーデンズ)」。
行ったよ。
といってもココは地下鉄ディストリクト線の終点のひとつリッチモンドのひとつ手前なので、そのリッチモンドを訪ねるついでに寄ってみた。
「植物園」というガラではないんだけど、有名だからね…記念に見ておこうと思って。
入り口まで行ってビックリ!
植物園だっていうからせいぜい入場料が高くても500円ぐらいかと思っていたら、4,000円ぐらい取るっていうのよ!
で、止めた。
加えて、あんまりビックリして入り口の写真を撮り忘れた。
代わりに「行った証拠」的に「Kew Gardens」駅の写真を載せておきます。350_2そしたら、ジミたちはこの撮影の後に近くの「Flower & Firkin」というパブに寄ったんだって。
ナンダよ~、もっと前から知っていたらこの時に行っていたのにな~。SffこのUS盤のデザインにはチョットした思い入れがありましてね。
それはこのアメリカの「Hal Leonard(ハル・レナード)」社刊の教則ビデオ『Learn to Play the Songs from Are You Experienced』のこと。
今やなつかしいVHSバージョンね。
コレは2巻組ビデオゆえに背表紙の面積が広く、楽器屋さんの陳列棚に並べた時に目立つようにこのフェリスの写真を入れたらどうか?とハル・レナードの担当者に提案した。
その担当者というのはレッチリのチャド・スミスの実兄のブラッド・スミス。
「そりゃいいアイデアだ!」ということで、すんなりOKするのかと思ったら「ヘンドリックス家の許可を取らなくてはならない」と言うんだよね。
私はとても些細なことだと思っていたので。こんなことでも許可が必要なのかと驚いた。
許可されて、私のアイデアは見事採用となった。
そんなことがあったので、NAMMショウに行った時にブラッドがジミの妹さんのジェイニーを私に紹介してくれた。
私に会うなり「フジヤ~マ、テンプ~ラ、スキヤ~キ」と典型的な外人リアクションを取ってくれた。
ニコニコしていて最高にチャーミングな方だった。
今でも彼女の名刺は大切に保管してある。Svid_2『Smash Hits』もリストに入っている。 
380cdもう1枚は『Electric Ladyland』。
ジミはこのジャケットがキライだった。
というのも、ポールのカミさんだったリンダ・イーストマンが撮った写真を使うように明確に指示していたにも関わらず反故にされたからだ。370cdホラ、こんなに怒ってる!
Bitesジミが使いたがっていた写真とは、このセントラル・パークの「不思議の国のアリス像」でバンドが子供たちと遊んでいる写真。
それもどうかと思うけど…

Saw そして、『Electric Ladyland 50th Anniversary』でめでたくその写真が使われたとさ。
コレでいいのかね~?
慣れているせいもあるんだろうけど、裸の方がよっぽど雰囲気があると思うんだけど。
写真の露出がアンダーすぎるような気もするけど…ジミがいいなら構わない。
Eel 参考に…
コレはV&Aに展示されていたリンダが撮ったジミの写真。100_2 ジミ自身のレコードが出たところでコレで終わりだと思うでしょ。
インヤ、まだ終わらない。
このジミのコレクションを見て、ブルース並みの、イヤそれ以上の音楽的な影響を与えたのではないか?と思わざるを得ない人のレコードが出ていない。
それは誰かと問うならば…それはボブ・ディランなのだ!
何しろ全コレクションの中で最も多くのアルバムを揃えていたのはブルース・ミュージシャンではなくボブ・ディランだった。
その数7枚。
しかも、ヘンデルとディランのレコードが一番聴き込んでボロボロになっていたそうだ。
1965年、「ニューヨークの戦うミュージシャン」としてすでに大のディラン・ファンだったジミは、なけなしの金をはたいてこのアルバム『Highway 61 Revisited』を手に入れた。
ジミがフラットで聴いていたこのアルバムのジャケットにはジミの血がついていたそうだ。
割れたワイングラスで手を切ってしまい、そのままこのジャケットに触ってしまったから。
そのレコードを見つけて、その血からDNAを採取してジミのクローンを作ればいいじゃん。
でも今の世の中にジミが生きていたとしても、どうにもならなかったのではなかろうか?
アニメやゲームの世代にジミの音楽はムリだろう。
悲しいことにもう一般市民は本当にいい音楽を聴き分ける力や下地を持ち合わせていないんだよ。
流行りのモノであればナンでもいいのさ。
だから誰にも認められない「ジミ・ヘンドリックス」なんて誰も望まない。
ジミ・ヘンドリックスもジャニスもジム・モリソンも、彼らの音楽のカッコよさはもう永久に失われない。
マリリン・モンローが永久に美しいのと一緒。H61 ジミが持っていた他のディランのアルバムは…
★The Freewheelin' Bob Dylan
★Bring it All Back home
★Blonde on Blonde
★Greatest Hits
★John Wesley Harding
★Nashbille Skyline
…と『Highway 61 Revisited』を合わせた計7枚。
ナンだってこんなに好きなんだろうね。
私はディランとストーンズに関しては全くの門外漢なのでその良さが理解できないが、きっと「やっていること」がカッコいいと感じていたんだろうナァ。
 
やっぱり歌詞をダイレクトに理解できるということは歌モノの音楽の第一条件だわな。
ビートルズなんて素晴らしいもんね。
歌詞を理解して口ずさむ…ココまでやらないとビートルズの音楽を本当に楽しんだことにはならないと私は思うんだけど、そこまでできなくても十分に楽しめちゃうんだからスゴイ。
日本はかつて洋楽と邦楽の比率が、洋楽がピークの時で「50:50」だったらしい。
ロックが浸透し、カラオケが普及すると、「歌えるロック」が歌謡曲にうって代わり変わり、洋楽はもう絶滅寸前の瀕死の状態だ。
私が行っているのはマイナーな洋楽ということね。
ココでは流行りモノの音楽に用はない。
今では洋邦の比は「10:90」か、邦楽のシェアはそれ以上らしい。
私はもう20年チョットぐらいしかこの世にいないだろうけど、カッコいい海外のロックに満ち溢れていた時代に青春を過ごすことができて本当にヨカッタと思っている。
残された時間で私にできることは、こうした文章を残して、若い人を少しでも啓蒙し、骨のある音楽を演っている若いバンドを応援してやることぐらいか…大きなお世話か?

Fw

Bring

Blonde

Gh

Jwh_8

Jwh_2 Spotifyをやっている人は「Jimi Hendrix's Record Collection」で検索するとジミのレコード・コレクションの片鱗を実際の音源で楽しむことができるよ。

Spコレでコレクションの紹介はおしまい。

S0r4a0876このセカンド・ルームにはこんなアイテムも飾ってあった。
この赤いベルベットのジャケットは1967年1月15日の北ヨークシャーの「Yarm(ヤーム)」というところにあったライブハウス「Kirklevington Country Club(カークルヴィントン・カントリー・クラブ)」でまとったモノ。
ジャケットの左ポケットの下側が破れている。
コレはチャスと地元の若者のケンカを止めようとして時に引っ掛けて破いてしまったのだそうだ。
そのケンカの元は地元の若者のジミに対する人種差別だった。
この頃、ジミはイギリスに来てまだ4か月ぐらいだったので、ヨークシャーの北ではまだ全く無名だったのだろう。

20vヤームというのはヨークとニューキャッスルの中間ぐらいにある町。
要するに田舎だわね。
そんなロケーションにもかかわらず、「カークルヴィントン・カントリー・クラブ」は「The Kirk」と呼ばれ、当時のミュージシャンがこぞって出演していた。
誰が出ていたのがというと…
Cream、ジョー・コッカー、ロッド・スチュアート、Moody Blues、Spencer Davis Group、Traffic、John Mayall's Bluesbreakers、Brian Auger & the Trinity、Zoot Money & his Big Roll Band、The Animals、Graham Bond Organisation、アレックス・ハーヴェイ、アレクシス・コーナー、Thin Lizzy、The Nice、テリー・リード、Yes、Mott the Hoople、バディ・ガイ、Spooky Tooth、The Jeff Beck Group (『Truth』のメンバーと) 、ポール・ロジャース、デヴィッド・カバーデイル、Dire Straits等々。
スゲエな。
ちょうど場所がニッチでツアーで回りやすかったんだろうな。Kirkコレは1966年12月9日付けのThe Kirkのオーナー、ジョン・マッコイとチャスとの間で結ばれた契約書。
ライブハウスの出演でもこんな契約書を交わすんだね。
2日間、30分のステージを2セットずつでギャラは取っ払いで£50。
この額は今の貨幣価値で£800~900だそうだ。
つまり113~127千円程度。
チャスも含めてギャラを4人で均等に割ってひとり3万円ぐらいか…。
イヤ、経費も大分掛かったであろうし、ジミの取り分はノエルやミッチより多かったようだから単純な計算はできないな。30v「ダンナさんが次にロンドンに行く時に持参する」という段取りでThe Kirkのジョン・マッコイの奥さんが赤いジャケットのポケットの繕いを申し出てくれた。
ところが、次にマッコイがロンドンに行った時には、ジミは赤いベルベットのジャケットを新調してしまっていた。
ジミも「ありがとう」と礼を言って受け取ればいいのにどうもそうはしなかったようだ。
マッコイはマッコイで律儀にもずっと上のジャケットを保管していた。
2011年、ジミのロンドンでの死去から40周年が経ち、その機運が高まった時、「London Rock Tour」という観光客向けのガイドを主宰するAccess All Areaなるイベント会社がジミのメモラビリアとしてこのジャケットをコレクションに加えた。
ジャケットの製造から50年を経た2015年、ロンドン・ロック・ツアーは専門家にこのジャケット上着の修復を依頼したところ、ポケットの中から下の弦の空き袋が発見されたのそうだ。
40_3展示品は以上。
下の階にあるのがこのミュージアム・ショップ。
100_3イギリスの博物館や美術館はどんなところでも必ずこういうショップがあるね。60_2当然CDが各種取り揃えてあって…70_3オクタヴィアまで売ってる!
ロジャー・メイヤーのサイン入りか?80_3プラークのレプリカも。90_4コレでジミのブルック・ストリートのフラットのガイドは終わり。
展示に関しては「もうこれなら行かなくてもいいな」というぐらい具にレポートしたつもり。

110_3それでも実際に行ったのとでは臨場感がゼンゼン違うからね。
興味とチャンスのある方はゼヒ!
160vジミの家を見てオックスフォード・ストリート駅へ向かうならニュー・ボンド・ストリートを往くといい。
ナウい感じの商店が軒を連ねているから。
170_3チョットしたギャラリーも散見される。180_3こんなんとか…

190_3こんなんとか…。

200_4この日の夕方はオックスフォード・ストリート駅の入り口がひとつ閉鎖されていたのでこの有様!2201年半前の光景。
今ではとても考えられない。

210_3さて、場所は変わってロンドンの中心から少し西に行った「Ladbrole Grove(ラドブローク・グローヴ)」というハマースミス&シティ/サークル線の駅。Simg_0463この駅の近くにあるのがこの「SARM West Studio(サーム・ウエスト・スタジオ)」。
「Island Records(アイランド・レコード)」の創設者の1人であるクリス・ブラックウェルが教会の建物を利用して作った。
「SARM」とは「Sound and Recording Mobiles」の頭文字をつなげたモノ。
別名「Island Studio」。
Islandレーベルのアーティストたちに重用された。
挙げれば枚挙にいとまがないが、Free、Fairport Convention、Traffic、King Crimson、Roxy Music、The Sparks、Bad Company、スティーヴィー・ウインウッド、ボブ・マーリー、ブライアン・イーノ等々。
もちろんIslandレーベル以外のアーティストも盛んに使っていた。
Simg_0478例えばLed Zeppelinは『IV』、Jethro Tullは『Aqualung』をココでレコーディングしたそうだ(全部ではない)。
Queenは1977年にスタジオを借りて「We Are the Champions」を含む『News of the World』や(全部ではない)、それ以前には「Bohemian Rhapsody」や「The Prophet’s Song」の一部をココでレコーディングしている。
現在はトレバー・ホーンが所有するSPZという会社の持ち物になっているそうだ。
ちなみにこの写真はもう12年も前に撮ったモノなので今は様子が変わっているかも知れない。Simg_0472さて、SARMのある通りの1本となりにある通りは有名な「Portbello Road(ポートベロー・ロード)」。Simg_0465マーケットがたくさん立つロンドンにあって、「ポートベロー・マーケット」はひと際規模が大きい。

Simg_0466そのポートベロー・通りを南のノッティング・ヒル・ゲイト方面に向かってグングン降りていき、さっきのSARMがあったラドブローク・グローヴという通りに戻ると…120v「Lansdowne Crescent(ランズドーン・クレッセント)」という三日月状の通りがある。130_2そこに入って数件目にあるのが「Samarkand Hotel」。
1970年9月18日、ジミは吐瀉物をノドに詰まらせて窒息死した。
当時の恋人のモニカ・ダンネマンが呼んだ救急車が到着した時にはすでに手遅れだった。
140_4…ということになっているけど、ジミの死については未だに真相が明らかにされていないっていうんでしょ?
で、少し調べてみたけど、まことに色んな説があってとてもココではまとめ切れないのでその辺りには触れないでこのシリーズを締めくくることにする。150vコレにて『【イギリス-ロック名所めぐり】ジミ・ヘンドリックスのロンドン』はおしまい。
大変だったけど記事を作っていてとても楽しかった。
「知らなかったことを知る」というのはいくつになってもナンとうれしいことよ!
最後までご高覧頂きました皆様にはこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。
 

200



2020年12月25日 (金)

SPORTS of HEART 2020の田川ヒロアキ

 
1年ぶりの恵比寿のMLB cafe TOKYO。

10今年もココで『SPORTS of HEART』が開催された。20v_4今回は完全無観客の配信ライブ。30スタッフも出演者も全員抗体検査を受ける。
そして、会場内ではこの「検査済み」のカードを首から提げていなくてはならない。
さもないと「オジさん、オジさん、抗体検査を受けましたか?」とチェックされる…というぐらいの厳戒態勢。
徹底していました。
私もコレを初めてやったんだけど、「チョー陰性です!」と言われたわ。
人間は「陽性」よ!
S0r4a0154 定時にショウはスタート。
配信だからね。
ステージに現れたのは…50おなじみ大倉正之助先生。60v匹田大智さん

70v穴澤雄介さん80vそして、我らのガワター、田川ヒロアキ!56今日も愛器JVM210Hと1936Vがサポート。

40v曲はもはやこのイベント全体のテーマ・ソングという感すらある「Seaが代」。
イヤ、実際には「君が代」なんだけど、ヒロアキくんのインスト曲「Sea Scape」が巧みに混ぜ込まれている田川式日本国歌。
90v2015年からほぼ毎年このイベントでコレを聴いているもんだから、今やヒロアキくんが自身のライブで「Sea Scape」を演ると「君が代」が出て来ることを期待してしまう?1004人の持ち味と個性とテクニックが交錯する音のスペクタキュラー。

110

120

130

140代々木体育館でこのイベントが開かれた時、先ごろ亡くなった山本寛斎さんがヒロアキくんのこのアレンジをホメちぎっていらしたことがすごく印象に残っている。

150今回もバッチリとキマりました。
コレにて今回も『SPORTS of HEART』を始めることができるのです。160v今年の司会はルーシー・ケントさんとブラザー・コーンさん。170続いては年齢、性別、国籍、障害の有無を問わず、アスリート・モデルも参加したファッション・ショー。

180vfs

190v

200vブランドは、ノーマライズファッションを提案し、東京コレクションでも発信している「TENBO」も。

210

220v

230vキッズ・ファッションもお披露目された。

240v

250v

260vfs最後にデザイナーの鶴田能史(たかふみ)さんが登場して締めくくった。

270v_2次に登場したのはゲストのファンキー加藤さん。

S41a1235お客さんがいないシチュエーションでこの手の曲はさぞかし歌いにくいだろうな…

290なんてこと考えさせるスキを与えないパワフルなパフォーマンスだった。

300vそして、再度ヒロアキくんが登場する。

310v今度はヴァイオリンの穴澤さんとのデュエット。320歌うは「Sky」。
オリンピック/パラリンピックのウェルカム・ソングとしてLAで録音したヒロアキくんにとってひとつのマイルストーンになった曲。
現在のところココがもっとも演るのにもっともふさわしい場所と言えるだろう。
つい先日「Sky」のレコ発ツアーを大成功のウチに終了させたばかり。330vこのアレンジは素晴らしい。
穴澤さんのヴァイオリンが元々あったかのように自然にそして美しく鳴り響く。340vヒロアキくんも心のこもったギター・プレイで呼応する。
ん~、何とも美しい音!
ヒロアキくんはMarshallサウンドの美しい側面を引き出す名人だ。350そしてオープニングの時のメンバーがもう一度勢ぞろい。360ヒロアキくんの「Driving Jam!」。370熱のこもった演奏に合わせて車いすアスリートのパフォーマンスが展開する。380先生の「♪イヨ~ポン」がいつにもましてエキサイティングだ!S41a1317そして、ステージに現れたのは3人の男性。390千葉真一さん!400v抜群の存在感でショウをガッチリと持ち上げた。410演奏もエキサイティングなことこの上なし!
ココでも和洋のテイストがごく自然に混ざり合った他では聴くことのできないパフォーマンスとなった。430vこの後もウェディング・ドレスのファッションショーが華やかにステージを彩り、感動のフィナーレへと突入した。
今回も充実したイベントとなった。
 
SPORTS of HEARTの詳しい情報はコチラ⇒Official Site440さて、ヒロアキくんの『BREAK the CODE』はご覧頂けましたでしょうか?
『BREAk the CODE』とはMarshallのデジタル・アンプ「CODE(コード)」のデモンストレーション動画シリーズ。
ココでもヒロアキくんは他の人とはひと味もふた味も違った演奏をやって見せてくれているので、まだご覧になっていない方はゼヒ! 

田川ヒロアキの詳しい情報はコチラ⇒FretPiano
 
そしてご覧になった後はYouTubeチャンネル「Marshall Japan」に登録してね!
チャンネル登録はコチラ⇒YouTube「Marshall Japan」チャンネル
 

200_2
(一部敬称略 2020年11月8日 恵比寿MLB Cafe Tokyoにて撮影)

2020年12月24日 (木)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 62 ~ジミ・ヘンドリックスのロンドン <vol.5>

 
「ジミ・ヘンドリックスロンドン時代の最後の住処」として実際に使っていた部屋を公開しているのはこの4階だけ。
部屋は前回紹介したベッド・ルームと「セカンド・ルーム」と呼ばれている小さな部屋の2つ。
そのセカンド・ルームへの通路にビルの階段がある。
その踊り場に飾ってある白いストラトキャスター。
特にどうということはない。
リバースヘッドの普通のギター。
要するに「飾り」。
それよりもこっちの方がよっぽどスゴイ…10_3建物が造られた18世紀から使われ続けている階段。
エレベーターが取り付けられたのはずっと後のことだからね…実際にジミはこの階段を使って上り降りしていた。S0r4a0798 こちらはその階段の続き。
上の階にはキッチンやバスルームがあったが、この階段のルートは埋め殺してしまった。30v_1階段の壁はチョットしたフォト・ギャラリーになっていてこんな写真が飾ってある。
ベッド・ルームのジミとキャシー・エッチンガム。S0r4a0850_2それでは「セカンド・ルーム」と呼ばれているもうひとつの部屋を見てみましょう。
 この部屋は物置兼お客さんの宿泊のためのスペースとして使われ、ジミのギターもココで保管していた。
結局は2つの部屋を合わせてもかなり狭い。
それでもメイフェア地区だからね、今も家賃はバカ高でしょうな~。
40_2もちろんジミが住んでいた頃は上の写真のような状態ではなかった。
今、この部屋はジミのレコードのコレクションを展示するコーナーになっているというワケ。
あ、リアルにジミが所有していた盤ではありませんよ。
前回紹介したベッド・ルームに置いてあったようなジミが愛聴していたレコードをどっかから買って来てただ並べているだけなんだけど、私なんかは音楽リスナーとしてこの天才ギタリストが一体どういう音楽を聴き込んでいたのかに大きな興味があったんですわ。
ま、失礼ながら「他に公開できるアイテムがないので苦し紛れの展示」という感じがしないでもなかったが…。
S0r4a0822よく小説を書くにしても、芸術を極めるにしても、何かを創作する時は間違いなくインプットの量が肝心って言うでしょ?
「インプット7割」とか「9割」とか…それだけ色んなモノを吸収して、咀嚼して、ようやく1割のモノを吐き出す。
それが芸術家の仕事。
大変な作業じゃありませんか。
私なんか音楽に関するインプットの量はそこら辺の人に負けない自信はあるけど、ナニひとつ生み出すことができなかったもんね。
 
ジミのコレクションの枚数は100枚チョット…数だけは私の完勝!
ま、枚数じゃないか。
新譜や輸入盤は前々回に紹介した「One Stop Record」に赴いて購入したという。
コレクションには、このアパートに遊びに来たミュージシャン本人から直接受け渡されたレコードなんかも含まれているそうだ。
70_2セカンド・ルームの窓からの眺め。
メリー・ポピンズの「Step in Time」で煙突掃除人がフィーチュアされているように、煙突はロンドンの景色には欠かせない。
どれももう使っていないけどね。
冷蔵庫が上の階にあって、そこへ取りに行くのが面倒だったので、冬季にはジミとキャシーはマテウス・ロゼをこの窓の外に出しておいて冷やしたそうだ。
45その窓の手前にこんなモノが置いてある。
いわゆる「エサ箱」。
薄い板がアーティスト名のアルファベット順に並んでいて、そこに簡単な解説が記してある。
オイオイ、まさかこの板を1枚ずつココで解説してようっていうんじゃないだろうな~」って思うでしょ?
はい、その「まさか」ですわ。
もっと言うと…実はですね~、コレをやりたくて今回のシリーズを編んだ…と言っても過言ではないのです。
私にとっては今回がこのシリーズクライマックスなのです!
90_3イヤ、さすがに全部はやらないのでご安心を!
個人的に興味のあったアルバムだけ取り上げてみた。

100

120

140

160

250

290

330

360私が1枚1枚板に書かれた解説を撮影したり、熱心に読んでいたりしたら、「サー、コレをどうぞ」とスタッフの方がコレクションのリストを持って来てくれた。
コレはありがたい!60そこでここで結果発表!
このリストを使ってジミのコレクションを音楽のジャンル別に集計してみた。
リストに挙がっているレコードは全部で108枚。
一番多かったのはなんだと思う?
……(Thinking time!)…… 
答えは、
44枚でロック/フォークが優勝。
次いでブルースの33枚。
そして、ジャズが15枚。
後はチョボチョボ。
一応全部記しておくと…
クラシックが6枚。
民族音楽が3枚。
ビル・コスビーのようなトークものも3枚。
そして、ソウル/R&Bとカントリーがそれぞれ2枚ずつ。

S0r4a0827まずはこのフラットの住人の先輩であるヘンデルの『メサイア』から。
コレは必須でしょう。
先輩に敬意を表してオックスフォード・ストリートのHMVまで出向いて行ってに買ったというんだからオモシロい。
ジミは2種類の『メサイア』を持っていた。
クラシック音楽を好んで聴き、その独特なムードとダイナミクスを自分の音楽に取り入れようとしていたという。
おかげで下の2枚の『メサイア』は聴き込んでボロボロになっていたそうだ。
実際、「ハレルヤ・コーラス」のパートはジミのアタマの中にコビり付いていたようで、1968年10月のサンフランシスコの「Winterland」の公演では「ハレルヤ」のメロディが数小節登場する(らしい=未確認)。
ジミはヘンデルの他、ホルストの『惑星』とバッハのハープシコード曲のレコードを持っていたが、こちらは反対にピッカピカピカの新品状態だった。
上の統計では仕分け上、1枚だけ挙がっていた現代音楽もクラシックに数えてしまった。
それはどんなモノかというと、「ミュージック・コンクレート」の先駆者とされるフランスの「ピエール・アンリ(Pierre Henry)」という人の『Le Voyage:D'Apres Le Livre Des Monts Tibetan』というアルバム。
私は現代音楽もチョコチョコと聴くんだけど知らなかった。
ブーランジェやメシアンのお弟子さんらしい。
早速どんなもんかと思って聴いてみると…あ、私はムリ。
コレ…ジミも絶対に聴いていなかったと思う。
誰かからもらったんじゃないかしら?
S0r4a0828…と思ったらこの人、69年にSpooky Toothと『Ceremony』という共演アルバムを作っちゃってる。
どうしちゃったんだろう?
またまた早速聴いてみる。
…(間)…
ん~、内容はスプーキー(薄気味悪い)だけど、悪くないぞ。
それどころか、コレってものすごいプログレッシブじゃん?
そりゃそうだ、「クラシックやジャズとの融合」どころじゃなくてバリバリの現代音楽作曲家とのコラボレーションなんだから。
私も一時期は辺境まで含めていい加減プログレッシブ・ロックに夢中になったけど(今は完全に卒業)、こんなの知らなかった。
ハハン、ジミはこのアルバムを聴いてピエール・アンリを知りたくなったんだな?
そうに違いない。
そして買って損した…図星でしょ?
(このアルバムはジミのコレクションに入っていません)
ミニ脱線で
…このピエール・アンリの先生だったナディア・ブーランジェという人は「20世紀で最高の音楽の指導者」と言われていて、その門人がスゴイ。
もちろんクラシックの人が主だけど、私関係の人を挙げてみると、ジジ・グライス、アーロン・コープランド、キース・ジャレット、エグベルト・ジスモンティ、クインシー・ジョーンズ、ドナルド・バード、レナード・バーンスタイン、ダニエル・バレンボイム、ミシェル・ルグラン…等々。
今、ブーランジェの「ピアノ三重奏曲」を聴いているんだけど、作曲家としても素晴らしい…ようだ。St_2 続いてはロック/フォーク関連のコレクション。
 
The Bee Geesのファースト・アルバム。
キャシーの記憶によれば、コレがブルック・ストリートに来て一番最初に買ったレコードで、2人でよく聴いたとのこと。
ジミはギブ兄弟のコーラスがすごく気に入っていたらしい。
どのギブかは知らないが、確かメンバーの誰かがジミのフラットの近くに住んでいた、というような記述をどこかで読んだ記憶がある。
「♪ナイットフィーバー、ナイットフィーバーアアア~」とは似ても似つかないサウンド。Bgフランク・ザッパの『Freak Out!』。
さすがジミ、お目が高い!…と思ったらさにあらず。
ジミがオックスフォード・ストリートのポリドールの事務所を訪れた時、そこにいた当時のYardbirdsのマネージャーだったジョルジョ・ゴメルスキーがくれたモノだそう。
なんだ…ジミが自ら買ったワケでもザッパがプレゼントしたワケでもなかったんだ。
130cdBonzo Dogのセカンド・アルバム『The Doughnut in Granny's Greenhouse』。
キャシーの記憶によれば、コレはヴィヴィアン・スタンシャルからもらったということだ。
ジミはTrafficのメンバーの何人かを通してスタンシャルと友達の関係にあった。
ジミはこのアルバムの中の「Can Blue Men Sing the Whites?」という曲を聴いて笑っていたそうだ。
ん~、風刺的な内容だっていうんだけど、歌詞を読んでみてもナニがオモシロいんだかサッパリわかりませんナァ。
このアルバムのタイトル「The Doughnut in Granny's Greenhouse」はイギリスのスラングで「トイレ」を意味するらしい。
ボンゾの連中がこの言葉を知ったのはマイケル・ペイリンのジョークによってだった。
マイケル・ペイリンは『モンティ・パイソン』のメンバーね。150cdビートルズは意外にも2枚しかなかった。
ジョンやポールと仲良しだったワケだし、アルバムが出た数日後に「Sgt.Peppers…」をサヴィル・シアターの自分のコンサートのオープニングに演ったりしていたワリに2枚は少なすぎるのでは?
でも『Sgt.Peppers』はかなり聴き込んでボロボロなっていたらしい。
ちなみに以前の記事に書いたMarshallがスポンサーを務めたそのサヴィル・シアターの客席にいたポールは「私のキャリアの生でもっともスゴイ瞬間のひとつだった」とジミの演奏をホメちぎっている。
Sgt

Jwh_5 ビートルズのメンバーの作品でコレクションに入っていたのはジョン・レノンの『Two Virgins』。
以前の回で「しかし、このあたりのアルバムを聴いている人って世界にいるのかな?」なんて書いたけどココにいたわ。
それがまさかジミ・ヘンドリックスだったとは!
「自分が住んでいたフラットで録音されたアルバム」ということでコレクションに加えていたのでは?
…と想像していたら、ゼンゼン違った。
イギリスではこのレコードはジミが契約していた「Track Records」から配給されていた。
当時のEMIの首脳がこのスッポンポンのジャケットにビビってしまい取り扱いを断固拒否したからだ。
その関係でサンプル盤をもらってきた…というワケでもなかった。
ジミはコレを行きつけの例の「One Stop Records」で自分で買ったんだって!
理由はなんとジャケ買い!
下の写真のように素っ裸のジョンとヨーコを覆っている茶色い袋が気になったかららしい。
アッチャ~!
さしものジミも買って帰って聴いた瞬間にヒックリ返ったのではなかろうか?
「ジョンのヤロ~、金返せ!」って。
S2vポールが最初のソロ・アルバム『McCartney』をリリースしたのはジミの死の約半年前のこと。
だから、ジミが『McCartney』を持っていても不思議ではないように思うのだが、リストには見当たらなかった。
その代わり、リストに名を連ねていたもうひとりのビートルズ・メンバーはジョージだった。
それはビートルズのメンバー初のソロ・アルバム、1968年の『Wonderwall Music』。
いいね~、インドもの。
 
そういえば、最近ポールは『McCartney III』ってのをリリースしたのね?
聴いてみたけど…「声」ってのもずいぶん衰えるもんだナァ。
こっちの感性も相当衰えているせいもあって、「ああ、いい曲だナァ」なんてモノには出くわさないけど、出ない声を絞り切って「懐メロ」を歌うよりははるかにいいじゃないかしらん?と私は思う。

WwmSam Gopalというバンドの『Escalator』というサイゲ・バンドの1969年のアルバム。
このバンドはHawkwindに行く以前にLemmyがギター/ボーカルズで参加していた。
レミーはノエル・レディングやExperienceのロード・マネージャーをしていたネビル・チェスターズとフラットをシェアしていた関係でジミのロイヤル・アルバート・ホールの時にローディとして働いたんだってね~。Sg 調べてみるとレミーってのは「Stoke-on Trent(ストーク・オン・トレント)」の出身なのね?
ココはイギリスの「窯の町」。
日本で言えば伊万里とか信楽とかか…。
有名な「Wedgewood(ウェッジウッド)」もココ。
イギリスを代表するブランドのひとつであった「ウェッジウッド」は2009年に経営破綻し、今ではロイヤル・コペンハーゲンを所有する「Fiskers(フィスカース)」というフィンランドの会社の傘下に入ってしまった。Simg_0162コレはゼンゼン知らなかった。
The Red Crayolaなるヒューストンのバンドの『The Parable of Arable Land』という1967年のアルバム。
一応サイケの範疇らしいんだけど、ほとんどグチャグチャのドシャメシャ。
でもジャケットはバツグンに素晴らしい!
さっきの現代音楽のピエール・アンリもそうなんだけど、ジミはこうしたアヴァンギャルドな方向へ進もうとしていたのかな?
イヤ、キャシーの回想によるとそうではなく、音楽的なことを全く考えずに買い込んでいたレコードも中にはあって、コレはそんな1枚だったのだそうだ。
コレを買った理由は…またしてもジャケ買い。
何でもジミが趣味で描いていたイラストにタッチがよく似ていたそうだ。
ね、とにかくジャケットがいいんですよ、コレ。
LPで欲しいナァ。SparaDr. Johnの1969年の『Babylon』。
ジミがこのアルバムを持っていた理由は最後の「The Lonesome Guitar Strangler」という曲に自分の名前が出て来るからだった。
歌詞が見つからなくて内容の確認ができなかったんだけど、Dr.Johnがどうやってジミを殺そうとしていたかを歌っているらしい。
ジミだけでなく、「Clap you with Montgomery」とウェス・モンゴメリーの名前が出て来るとその後にCTI風のサウンドになったり、「ラヴィ・シャンカール」の時にはシタール風のギターが登場したり…一種の「ギター・ジャンボリー」状態。
そして「Dedicated, ready, Jimi Hendrix(と聞こえる)」の後に続くのはナゼかCreamの「Sunshine of Your Love」…ナンでやねん?
おいマック、確かにジミもこの曲を演奏していたけどおかしいじゃないの?
Dj2Teryje Ripdal(テリエ・リピダル)というノルウェイのギタリストがいる。
その人が1975年にECMからリリースした『Odyssey』というLP2枚組のアルバムが「入門者向けジャズ/フュージョンの必聴盤」の1枚に挙げられることが昔はよくあった。
若い時に買ってみたものの、どうしても受け付けなくて手放してしまい、大分後になってからCDで買い直した。
久しぶりに聴けばその良さがわかると思ったけど、やっぱりダメで完全にCDラックの肥やしになっとるわ。
十分にオリジナリティのある音楽をクリエイトしていることはわかっているんだけど、私はどうも合わん。
Trナンでいきなりテリエ・リピダルの話になるのかというと…。
The Dreamというノルウェイのバンドの『Get Dreamy』というアルバムがジミのコレクションのリストに入っているから。
ジミのコレクションの中では、世間的に最もレアなアイテムなのだそうだ。
そして、このバンドのギタリストがそのテリエ・リピダルというワケ。
この人、『Odyssey』を聴いている分には、その音楽の中にジミ・ヘンドリックスのカケラも感じないんだけど、メチャクチャ熱心なフォロワーだった。
ジミはこのアルバムを買ったワケではなく、ツアーの途中でテリエ・リピダルから貰い受けた。
そのジャケットに次のメッセージが書かれていたという…
「私が送れる最大限の畏敬の念を込めて。
我々は『Hey Jimi』という曲を貴方に捧げています。
どうかその曲をお気に召して頂き、その他の曲もお楽しみ頂けますように…
Dream を代表して...テリエ・リピダル」
 
早速にこの「Hey Jimi」という曲を聴いてみる。
ハハハ、なるほどコリャ「Hey Joe」だわ。
しかし、このアルバムがリリースされたのが1967年。
ジミの「Hey Joe」のリリースは1966年の12月。
こんな短期間でトリビュート曲が現れるほど、ジミが世界のギタリストに与えた影響が莫大なモノだった…ということがよくわかる。
後年、リピダルはインタビューで「あのアルバムはジミ本人に直接渡すことができず、ガールフレンドに渡したんだ。だから本人に行き渡ったかどうかはわからないんだ」と言っていたそうだ。
このインタビューを読んだ親切な人がインターネットでリピダルのマネージャーの連絡先を探して、アルバムがジミの手に確かに渡ったことを知らせた。
すると今度はリピダル本人から返信があり、大層喜んで「もし売りに出されることがあればイの一番で私に知らせて欲しい!」と頼んで来たそうだ。
リピダルはまだ熱烈なジミ・ファンだったのね?
いい話だナァ…さ、また『Odyssey』でも聴いてみるか!Dreamjフォークのリッチー・ヘイヴンス行ってみるか。
リストには2枚のリッチーのアルバムが載っていた。
1枚は1968年の当時の最新作『Electric Havens』。Rh2 そして、もう1枚は1966年のデビュー・アルバム『Mixed Rag』。
リッチーはグリニッチ・ヴィレッジ時代からのジミの古い友達で、ロンドンに来た際にブルック・ストリートのジミのフラットに立ち寄ってこの2枚のアルバムを置いて行ったそうだ。
その時、リッチーはジミのフラットで催された小さなパーティの最中にジミが持っていたエピフォンのアコースティック・ギターをかき鳴らし、ウッドストックでも歌ったヴェトナム戦争の反戦歌「Handsome Johnny」を歌ったそうだ。
「Hadsome Johnny」はこの『Mixed Bag』に収録されている。
この曲の中でリッチーは「ダンケルクの戦い」のことを「ダンカーク・ウォー」と発音していて、この言葉がすごく耳に残るんだよね。
「『ダンケルクの戦い』で何を見たんだい?
『朝鮮戦争』でナニを見たんだい?
ヴェトナムでナニを見たんだい?
『バーミンガムの戦争』でナニを見たんだい」…と歌う。
こんなのをパーティで歌っていた時代だったワケよ。
ヒゲナントカとはチョット違うね?Rh 私はリッチー・ヘイヴンスが結構好きでしてね。
もう完全に映画『ウッドストック』の影響。
それで14歳の時に晴海で開催された『ローリング・ココナッツ・レビュー』でホンモノを見た。
オイオイ、もう44年も前かよッ!
「ウッドストックのリッチー・ヘヴンス!」とMCが紹介したのが印象に残っている。
イルカのロゴがなつかしい。
このコンサートのことを口にしている人に会ったことがないな。
Marshall Blogで以前チョコっと触れた記憶があるが、今度Shige Blogにかろうじて頭に残っているいくつかの記憶を文章にしてキチっと残しておこうかな?Srollingcoconutボブ・ディランは相当好きだったみたい。
コレはまた後でやります。153cdさて、今度はジャズをやらせてもらいますね。
 
まずは「Chris Barber(クリス・バーバー)」。
バーバーはディキシーランド・スタイルのトロンボニスト。
1950年代のイギリスではすごい人気だったんだよね。
ん~、ジミがシデキを聴いていたとは思えないんだけど…。
私も勉強のために何枚か買って持っているけど、1回聴いたか、聴かないか程度。
クリス・バーバーがよくアメリカのブルースの大物をイギリスに招聘していたのでジミはその名前を認識していたらしい。
ココで登場するのが「Harold Pendleton(ハロルド・ペンドルトン)」というバーバーのマネージャー。
この人は有名な「Marquee Club(マーキー・クラブ)」を創業した人。
Marquee Clubに興味のある人はコチラをどうぞ。
この辺りのことが書いてあります。
  ↓   ↓   ↓
【イギリス-ロック名所めぐり】vol.19~Marquee物語 <前編>
【イギリス-ロック名所めぐり】vol.20~Marquee物語 <後編>

そして、ジミは1969年1月24日にマーキー(2号店)の舞台に立つ。
渡英してまだ4か月ほどしか経っていないのに、店に入り切れないほどの観客が集まった…と、そこに実際にいらっしゃったピーター・バラカンさんが証言されている。260cdジミはちゃんとジャンゴも聴いていたのね。
盤の解説には「速いフィンガー・ピッキング・スタイルをフィーチュアした独学のロマのギター・マスター」となっていた。
「フィンガー・ピッキング・スタイル」ではないわナァ。
それともイギリスでは意味が違うのかナァ。
左手の甲のヤケドの跡が生々しいこのジャンゴのパブリシティ・フォトは至る所で使われているナァ。
カッコいい写真だもんね。280cd…ってんで私も大学の時にこのジャケット欲しさにカットアウト盤を買ったことがあった。
ナンカ違うな…と思ったらタバコの煙。
上の写真は後から煙を足してるんだな?S0r4a0055 どうもジミが持っていたのはジャケット違いの盤のようでこんなヤツだったらしい。
ヒドいジャケットだな~。
「ジャンゴ」の「ジャ」の字も感じられないやんけ。
ジミの「Band of Gypsys」はジャンゴから付けられた名前だとか…。Dj 「Charles Lloyd(チャールズ・ロイド)」の1967年の『Journey Within』というアルバム。
特別な解説はついていなかった。
ホントにジミはこんなの聴いていたのかな?

240cdチャールズ・ロイドといえばナンといってもこの『Forrest Flower』だからして!
コレも「ジャズ入門盤」の紹介に頻出する1枚。
名盤の誉れ高く、私も結構好きで、今でも時折引っ張り出しては聴いているんだけど、どっちかというとキース・ジャレットを聴くアルバム。
キースももう再起できないであろう聞いた…本当に残念なことだ。
あと、ジャック・ディジョネットも素晴らしい。
このジャケ写を撮影したのはジム・マーシャル。
ウチのジム爺ではござんせんよ。
写真家の方のジム・マーシャル。Clさぁて、今日の個人的ハイライト。
我ながらこの発見はスゴイ。
今までもSteely Danの『Pretzel Logic』に収録されている「Parker's Band」の歌詞の中に「Relaxin' at Camarillo」の苦しいダジャレを発見したりして我ながらいい仕事をして来たと思っていたりもするのだが、今日のコレも大変気に入っている大発見。
興味のない人には全くどうでもいい話。
それは、「Rahsaan Roland Kirk(ラサーン・ローランド・カーク。以下「ラサーン」)」周辺のこと。
コレクションのリストに挙がっていたのは1965年の『Rip, Rig and Panic』。
そんな名前のロック・バンドがかつていたことは知っているが、元はこのラサーンのアルバム。
ジャキ・バイアード(p)、リチャード・デイヴィス(b)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)という重戦車リズム隊に乗っかってのラサーンの快演&怪演はあまりにも素晴らしい。
私も愛聴しているので、コレをリストの中に見つけた時はうれしかった。
ジミはラサーンのサーキュレーション(サックスを吹きながら鼻から息を吸うことによって息継ぎをせずにずっと吹き続ける奏法)や3本の管楽器(テナー・サックス、ストリッチフォン、マンゼロフォン)を同時に吹いて1人でハーモニーを作る等の独自性に大いに刺激を受けたのだそうだ。
ジミがラサーンに初めて会ったのは1967年、ソーホーのロニー・スコッツでのこと。
その後のラサーンのロンドン公演の時、ジミがロニー・スコッツのラサーンのステージに飛び入り参加し、意気投合した2人はこのブルック・ストリートのジミのフラットに帰って来てまたジャム・セッションをしたという。
そんな解説を熱心に読んでいたら、さっきリストをくれたオジちゃんが私のところに寄って来て、「この部屋で2人は演奏したんですよ。その時のジミの演奏が生涯で一番ヨカッタとされているんです」と教えてくれた。
オイオイ、誰もそれを見ていないんだから「生涯最高」かどうかはわからないでしょうに?
キャシーの感想かな?
しかし、ナニを演奏したんだろうな~…ブルースにキマってるか。
聴いてみたかったな~!170cdそして、ものすごく意外だったのが次の2枚。
『Rip, Rig and Panic』でピアノを弾いていたジャキ・バイアードのリーダー・アルバム。
1枚は1966年の『Freedom Together!』という作品。
ジャキはソロ・アルバムもたくさんリリースしているけど、チャールズ・ミンガスとの活動がよく知られているのかな?
210cd後の1枚は『Sunshine of my Soul』。
コレもドラムスはエルヴィン・ジョーンズ。
ベースはアラま、珍しい…フリージャズの名盤、オーネット・コールマンの『Golden Circle』に参加しているデヴィッド・アイゼンソンだわ。
なんでジミはジャキのアルバムなんて持っていたんだろう?
ただ単にレコード屋で買ったのかも知れないけど、そうジャズを聴いていない人がジャキのアルバムを自発的にサラリと買い込むとは考えにくい。
どういうルートでコレクションに加えられたのであろうか?
やはり、ラサーンの関係らしい。
「お気に入りのローランド・カークのコンボのピアニスト」ということで好んで聴いていたようだ。
それにしてもラサーンが1枚でジャキが2枚というのは納得がイカン。
ま、私なんかこのジャキのアルバムは両方とも持っていないんだけどね。
でも1枚愛聴盤があるの。

190cdそれが下の1969年にリリースされたアルバム。
ラサーン-ジャキ-リチャード・デイヴィスという3人の『Rip,Rig & Panic』メンバーがレコーディングに参加している(ドラムスはアラン・ドーソン)。
このアルバムに94歳という長寿を全うした「ジャズ界の泉重千代」ことユービー・ブレイクという人が作った有名なバラードのスタンード「Momories of You」が収録されている。
たまたまソレがディスク・ユニオンの店内で流れていて、その演奏に感動しまくってその場で買ってしまったのです。
いつまでたっても快適なファスト・チューンが好きなオコチャマの私がバラードに感動するなんて相当珍しいことなのですよ。
ギンギンにスイングするバド・パウエルの「Parisian Thoroughfare(パリの散歩道。ゲイリー・ムーアじゃありませんよ~)」とかモンクの「Evidence」とかもゴキゲンなワケ。
やはりラサーンのプレイがカッコいいんだけど、ジャキのピアノも十分に個性的だ。
で、私の「スゴイ発見」というのはこのアルバムのタイトルなのです。
『The Jaki Byard Experience』という。
もう完全に「Jimi Hendrix Experience」の借用でしょう。
どこにも書いてないけど間違いない!
オリジナルのライナーノーツは、コルトレーンのスタイルと「Sheets of sound(音の敷布)」と表現した有名なジャズ評論家のアイラ・ギトラーが書いているんだけど、フフフ、ロックのことをバカにしているのか全く気がついていない。
ああ、長年ガマンして(!)ジャズを聴いてきてヨカッタ!…と思った発見なのであった。
 
この人、お気の毒に…殺されてるんだよ。
1999年2月11日、夜の10時頃、一発の銃弾で頭を撃ち抜かれて家で死んでいた。
一緒に住んでいた家族が生きているジャキの姿を見たのはその4時間前。
強盗行為をされた痕跡は全くなかったが、警察は殺人事件と断定。
しかし、周囲からは犯罪の痕跡が発見されず、今も事件は未解決のままでいる。
(このアルバムはジミのコレクションに入っていません)220cd ジミも人の子、やっぱりジャズでもギターがいいんだね…ウェス・モンゴメリーの登場です。
普通ウェスと言ったら、まず『The Incredible Jazz Guitar』か『Smokin' at Half Note』か『Full House』が出て来るでしょう?
そこはさすがジミ。
そうした代表作には目もくれず、ジミー・スミスとオリバー・ネルソンのオーケストラとの共演盤『Dynamic Duo』をコレクションしていた。
うれしいね~。
というのも、私もこのアルバムが大好きなのだ。
33年前に大阪駅前第二ビルの地下の中古レコード屋でこのアルバムのCDを買った。
1曲目の「Down by the Riverside」のソロ…ウェス・フレーズ満載の2コーラス目、特に9小節目からターンバックにかけてが鳥肌モノ。
コレと『Half Note』の「No Blues」と『Full House』の「Blue 'N' Boogie」が「私のウェスのブルースの三大ソロ」…思っていることはみんな一緒か?
300cdもう1枚はCTIの『A Day in the Life』。
ウェスはこのアルバムでタイトル曲のほかに「Eleanor Rigby」を取り上げている。
コレはジミ同様にウェスがビートルズの音楽に大きな興味を示していたかららしい。
他にもCTI時代のウェスは『Road Song』というアルバムで「Yesterday」と「I'll Be Back」を演奏している。
一方、ジミの「Third Stone from the Sun」のオクターブのプレイはウェスの影響だそうだ。
320cdジミのレコード・コレクションにはジャズのアイテムが15枚ほど数えられるが、クリス・バーバーのレコーとは持っていても、マイルスもコルトレーンも1枚もなかったというのはいかがなものか?
ジャズは好きじゃなかったということか?
普通『Kind of Blue』ぐらいは持っていても不思議じゃないでしょうに…。
ま、大きなお世話ですけど。
 

次回はジミ・コレクションの本丸、<ブルース編>をお送りして、このジミ・ヘンドリックスのシリーズを締めくくります。
つまり次が最終回。
  
<つづく>…
 

200

2020年12月22日 (火)

【お知らせ】Marshall MG&CODEキャンペーン開催中!

 
まずはCODE関連のお知らせ。
今年の7月末、D_DriveのYukiちゃんを皮切りにスタートしたCODE25のデモ動画シリーズ、『BREAK the CODE』もおかげさまで15本を数えるようになりました~!
コレを機に日本語版のMarshallの公式ウェブサイトで「まとめページ」を制作したのでゼヒご覧くださいまし。
コチラからどうぞ~⇒日本語版Marshall公式ウェブサイト 
 
『BREAK the CODE』はコレで終わりじゃありませんからね。
他のギター関連動画では見ることができないであろう、強力なヤツがまだまだ残っているので『Marshall Japan』チャンネルを登録して待っててね!
 
MarshallのYouTubeチャンネルはコチラ⇒Marshall Japan

10今日の本題。
今、MarshallのMarshallのキャンペーンやってます!
MGシリーズかCODEシリーズの対象商品をお買い上げ頂くとその場で「特製カラビナ」がもらえるてェヤツ…って、カラビナってナニ?
「カラパナ」っていうハワイのバンドがいて、一時期すごく人気があったけどね。20「カラビナ」とはこういうヤツ。
山登り(岩登り)をする時にザイルを通すための金具。
コレ、カラビナっていうのか~。
 
30s

今日はチョット「山」で脱線しましょうか?
マーブロ史上初の「山」での脱線…「脱線」というより「遭難」か?
ナゼ、今まで山について書いたことがなかったかというと、私が山登りに興味がないから。
新田次郎は大好きだけどね。
実際、山の上には行ってみたいと思うんだけど、登るのがシンドイ。
ヒザの軟骨のスリ減りの心配だしよ。
ま、登ってせいぜい讃岐は金刀比羅さまの…

S0r4a1719本宮までかな?
イヤ、まだまだイケる。S0r4a1807槍だ、穂高だ、なんてのはとてもじゃないけど…S0r4a1846 奥社までならナントカ…。
私の「山登り」はこんなところです。
コレは「登山」じゃないか。
「こんぴら」の語源って古代インドのバラモン教の神様「クンピーラ」だって知ってた?
S0r4a1856 さて、登山というとナゼか用語はドイツ語なんだよね。
スポーツ感覚で高い山に登ることを「アルピニズム」といって、コレは英語。
イギリスが発祥だったから。
ドイツ語では「アルペン」という。
用具の名前はもうほとんどドイツ語。
ザイル、アイゼン、コッヘル、ピッケル、シュラフ、ヒュッテ…等々。
リュックサックはドイツ語の「Rucken(背中)」と「Sack(袋)」をくっつけた言葉だったりする。

Rs

もちろんハーケンもそう。
ハーケンというのは「鉤(かぎ)」のこと。

Haken だから「ハーケンクロイツ」っていうでしょ?
「Haken(鉤)」と「Kreuz(クロス)」で「鉤十字」になる。40_2山登りは全くしないけど、山の映画で大好きな作品がありましてね…。
1956年のスペンサー・トレイシー、ロバート・ワグナー主演の、その名も『山(The Mountain)』。
アルプスの山の中に落ちた旅客機の乗客を救うために何十年ぶりかに山に登るおジイさんとその息子。
ところが、ワグナー演ずるその息子は亡くなった乗客の金品が目当てだったんだな。
父の薦めで私がこの映画を観たのは小学生の時で、おおよそその後に観た記憶がない。
でも、ものスゴく印象に残るシーンがある。
上方が死角になっている難所に差し掛かったところ。
岩にへばり付いているおジイさんが、下から見上げている息子向かって何かをまさぐるように手を伸ばしながらこう言う…「おい、確かこの辺に何十年前に打ったハーケンがあるハズだ。どこにあるか下から見てくれ!」って。
「何十年」が何年だったかはさすがに記憶していないが、山を登る人ってそんなことを覚えているのか!と子供ながらにビックリしてしまったのだ。
飛行機の乗客はほとんど全滅で、ひとりだけ生き残ったインド人の少女をおジイさんが抱いて下山する。
息子は金やらナニから盗りたい放題のウハウハ状態。
しかし、ウマくいったのもつかの間…というヤツ。
オモシロイ映画だったな。
ちなみにロバート・ワグナーは『ウエストサイド物語』のマリアを演じたナタリー・ウッドと2回結婚した人。
名優スペンサー・トレイシーの『花嫁の父』は必見!
「ハーケン」のことを書きたくて脱線させて頂きました。50m さて、Marshallキャンペーン。
キャンペーン対象のモデルはMGシリーズが…
MG10、MG15、MG15R、MG15FX、MG30FXのいずれか。
130CODEシリーズは…
CODE25とCODE50。140『特製カラビナ』のデザインはJVM410と1960Aのハーフ・スタック。70v_2レア・デザインとして1959と1960AXのハーフ・スタックもあるんだって。80v もうひとつ…さらに激レアデザイン!
コレはナンだろうな~。
スラッシュかジョン・フルシアンテにでも見てもらおうか?

90v B面は共通でMarshallのスクリプトロゴ。100どうやって使うのかというと、例えばキーリングとして…。110あるいはアクセサリーとして…。
間違えてもザイルを通してブラ下がったりしてはイケませんよ~!120コレらのアイテムは初めから商品の箱の中に封入されているので、何が出て来るかはMGやCODEを買ってのお楽しみ!

60_2キャンペーンはプレゼントがなくなった時点で終了だそうです。
すなわち「早い者勝ち」!
よろしくお願いします!

20_2 

200 

2020年12月10日 (木)

【蔵出し画像満載!】コロナ前の『居酒屋でぃ~どらいぶ』

 
以前、他のD_Driveの記事で触れたことがあったが、本八幡のライブハウス、Route Fourteenさんは今年35周年の大きな節目を迎えた。
 
おめでとうございます!
 
本八幡…総武線沿線ですよ~。
新宿から向こうの中央線エリアとは状況が異なり、浅草橋からこっちの総武線沿線は、昔は芸能っ気というか、音楽っ気のようなモノがほとんどなかった。
そうだナァ…確か松崎しげるさんが新小岩の出身だったハズ。
それと月の家圓鏡(現橘屋圓蔵)さんはよくラジオで「平井小学校OB」って言っていたので平井の出身なのだろう(と思って調べてみると、出身は長野県になってるな)。
平井といえば、「島村楽器」さんの本社の所在地だ。
楽器屋さんでは、小岩に「音曲堂」さんという最上階にちょっとしたホールを備えた立派なレコード/楽器店がある。
昔は書店がレコードや楽器を同時に扱っていたりしたもんですよ。
その小岩にはかつて「珈琲園」というすごくいいジャズ喫茶があった。
市川になると、「りぶる」というジャズ系のライブハウスがあったね…一度しか行ったことがなかったが、アソコもいいお店だった。
今では小岩にも、錦糸町にも、両国にもライブハウスがあるもんね。
ずいぶん変わったもんですよ。
平井も駅前の建物を全部取り壊して再開発をしているのでライブハウスのひとつもできるかも知れないね。
路線は違うけど、「千葉」ということで言えばウシャコダが松戸の出身だ。
 
そんな総武線沿線にあって、35年間の長きにわたってライブハウスを続けていらしたなんて素晴らしいことだと思う。
昔はテレビ局のお仕事をよくされていたとか。
35年周年…SHOW-YAと同じだったのね。
ライブハウスの叙勲制度があったら間違いなく黄綬褒章をゲットできるだろう。
も~、いつお邪魔してもRoute14の皆さまはとてもよくしてくれましてね。
それも長い間皆さんに愛され続けている理由のひとつだろう。
とにかく私にとっても大好きなライブハウスのひとつなのだ。
とにかくおめでとうございます!
そして、ナントカこのコロナの難局を安泰に乗り切って頂きたい!

10さて、今日はそんなおめでたい機会を祝うべく、Route14でのD_Driveの秘蔵ライブ・レポートをお届けしましょう。
時は『Marshall GALA2』の11日後の2019年11月20日。
11月20日といえば、次期大統領の可能性が高いジョー・バイデン氏、Yoshiki氏、そして私の誕生日ということになる。20あの頃はまだみんな若かった…
 
Seiji

0r4a0297 GALAの舞台では三段積みで登場したSeiji Vintage Stack。
略して「SVS」。
ベースはJVM410Hと1960A。

35vYuki

40v同じくYukiちゃんのBlue Rose Special。
略して「BRS」。
この辺り、毎回呼び名が変わっていますがお気になさらずに。

45vToshi

50vToshiくんもEDENのフル装備。
略して「TEF」。
EDEN WT-800、D410XST×2。55vChiiko

60この時のChiikoちゃんのNATALはウォルナットのキット。
略称は特になし。70この日はいつもRoute14で開催している『居酒屋でぃ~どらいぶ』の公演だった。

80申し訳ないんだけど、この日のセットリストがもう残っていなくて、いつもみたいなレポートは書けませんが…写真は正真正銘すべてこの日に撮ったものですので、雰囲気をジックリと味わってやってくださいまし。90

100v

110v

120vコレは「M16」ね。

0r4a0070 「ありがとうございます。
水曜日の『居酒屋でぃ~どらいぶ』にようこそ!
皆さんのご支援のおかげで『47都道府県ツアー』をやらせて頂いております!
今日はココ、千葉県です!」
………そうだったんだよね、この頃。
こうしてみると、この1年は一体なんだったんだろう。
こんなの近代では初めてのことだからね。
ま、泣き言は言いたくないけど、私もホントに悔しいよ。
10月には上海の『MUSIC CHINA』の野外の大ステージでD_Driveが演奏することになっていたし、来月にはNAMMのMarshallブースでの再演がキマっていたワケよ。
前回上海では信じられないぐらいウケたし、アメリカでもD_Driveの音楽は人気があるので楽しみにしていた。
せっかく軌道に乗って来たと思ったのに~!
ま、仕方ない…楽しみがチョット先に延びた…ということにしておこう。130vココで当時の新曲コーナー。
まずは『Thums Up』。
この時から11日前の『Marshall GALA2』の時、世界で最初に披露した。
そして、この曲は列席したMarshallの社長に捧げられた。
このRoute14の時はまだ「IOSR」、つまり「Input, Output, Send, Return」という珍なる題名が仮に付けられていた。
その後、Seijiさんと相談して「Livingston's Thumbs Up」としたものの、Marshall Recordsから「短くした方がいいんじゃない?」ということで「Thumbs Up」に落ち着いた。
140Seijiさんならではのアイデアがたくさん詰まったアクロバチックな作品。150vメンバー全員を均等にフィーチュアしたD_Driveの民主性が曲を一層楽しいモノにしている。160v

170v

180vまだ聴いていない人はご自身がお使いのウェブサイトからダウンロードしてね!
145cd続いてはYukiちゃん作による「Begin Again」。200_2Toshiくんが加入して生まれ変わったD_Driveはまたイチからスタートするという気持ちを込めて作った作品。210このハードなサウンドからはチョットやソットではない新たな決心ではない…ということが聴き取れる。220

230コチラもまだお聴きでない方はダウンロードをお願いします!190cdちなみにコレら2曲のビジュアルを担当して頂いたのは、最近上梓された『フランク・ザッパ攻略ガイド(河出書房刊)』の装丁を手掛けた「下町のひとりヒプノシス」こと梅村昇史さん。
熱心なザッパ研究家である氏は、装丁だけでなく価値ある数々のレコード評をこの本に寄せている。Zb 「新曲はいかがでしたか?
またアレンジが変わるかもしれませんね。
さ、あと3曲演ったらセッション・タイムです!」240D_Driveの演奏のコーナー。

250「Unkind Rain」…

260vの後、もう2曲続けて演奏した。

280v
270

290v

295v 300vそして『居酒屋でぃ~どらいぶ』名物のお客さん参加のセッションのコーナー。
Yukiちゃんと目が合ったお客さんが問答無用でステージにひっぱり上げられて演奏させられるという過酷な時間。
このコーナーの前になるとお客さんのほとんどがトイレに逃げ込んでしまい、客席がガラガラになってしまう。
ウソですよ~。
そんなことしませんよ~。
腕自慢のD_Driveファンの皆さんが意気揚々と愛器を抱え、メンバーを相手に丁々発止と難曲を弾き倒すショウのハイライト!
私の好きなコーナー。
 
まずはギターでのご参加…310D_DriveのTシャツをシッカリ着こんでいただいたのは岡村さん。
ギターは赤いV!
「Screw Driver」をハードに弾きこなして頂きました!320v「私のパートをやってくれる人、募集中です!」
見てると、やっぱりどうしてもYukiちゃんと演奏したいのでギターはSeijiさんパートに人気が集中しちゃうのよ。
こうなったら「ツインYuki」のD_Driveってのやってみたらどうかね?
Yukiちゃんパートを完全にユニゾンで弾いちゃうの。Ss41a0151続いてはベースでのご参加。330なおやさんは「Attraction 4D」をチョイス。
メッチャかっこいいな~。
完全に板についている感じ。
ルックスだけでなくもちろんプレイも完璧でした!340v最後はドラムス。
今日は各パートが揃っていて楽しいね!

350たきやさん?あるいはたくやさん?
間違えていたらゴメンなさい。
曲は「Cassis Orange」。
これまた完璧なパフォーマンス!
 
みなさん、ご参加ありがとうございました!360メンバーが客背に入り込んでのフリー・トークの時間を経て、最後の演奏のコーナー。

370ココでも3曲のエキサイティングなナンバーを演奏して盛り上がった!

380v

390v

400v

410vアンコール前のMC。
傷口に塩を塗り込むようなことをするけど、Yukiちゃんはこんなことを言っていた。
「47都道府県、必ず行きます!
半年かけて、来年の5月には終わるかな?って感じです。
1月の11と12日はダンスとD_Driveのコラボ、そのすぐ後にNAMMに行ってイベントのオープニング・アクトを務めます。
メチャクチャ忙しい!」
5月に終わらなかった…ああ、この時誰がコロナのことなど想像していただろうか…。Ss41a0152 アンコールに選んだのは「Screw Driver」。420とにかくガンバりましょう!
今はこの後にやって来る良いことの準備期間です。
だって、思いっきりジャンプする前はかがまなきゃならないでしょう?430

440

450v

460v

470vD_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive OFFICIAL WEB SITE

480さて、Route FourteenさんはYouTubeのチャンネルを開設し、当座の目標として登録者数1,000人を目指しています。
今、900を超えたところまで来ました。
わかる~、このチャンネル登録者数の苦労。
どうぞ皆さん、「35周年記念祝い」のつもりでチャンネル登録してあげてくださいまし!
チャンネル登録はコチラ⇒YouTube「ライブハウスルート14」チャンネル登録

 
「Marshall Japan」はノンビリやっていますが、ついでで結構ですのでよろしくお願いします!
チャンネル登録はコチラ⇒YouTube「Marshall Japan」チャンネル登録 

10 

200 
(一部敬称略 2019年11月20日 本八幡Route Fourteenにて撮影)

2020年12月 9日 (水)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 61 ~ジミ・ヘンドリックスのロンドン <vol.4>

 

10_21969月2月24日、ジミはロイヤル・アルバート・ホールの舞台に立つ。
日本のバンドで言えば日本武道館の舞台に立つようなもの…と言いたいところだけど、「ナントカアリーナ」のような武道館より大きな会場が林立していることと、ビートルズを知らないような若いバンドさんたちが頻繁に出ているので、「日本武道館」の凄みがあまりにもなくなっているように感じるのは私だけですかね?
そこへいくと、やっぱりイギリスの人たちにとってはいまだに「Royal Albert Hall」の威光たるや輝かしいのではなかろうか?
それはこの展示が如実に表していると思う。
「ロイヤル・アルバート・ホール出演!」のコーナー。
ジミはこのブルック・ストリートのフラットからロールス・ロイスに乗ってロイヤル・アルバート・ホールに向かったという。
このことをジミはすごく喜んだらしい。
そりゃそうだ、約2年半前にロンドンに初めて来たと時、たった40ドルしか持っていない全く無名の貧乏ミュージシャンだったんだから!S0r4a0759それじゃちょっとロイヤル・アルバート・ホールへ行ってみましょう。
いくら待ってみたところで迎えのロールス・ロイスが来ることはないから徒歩ね。
ロンドン・タウンは歩くに限るって!
ヴィクトリア& アルバート博物館やらロンドン自然史博物館やらがあるサウス・ケンジントン方面からハイド・パークに向かって歩くと、ご覧の通りのレンガ造りのビルに囲まれたエリアになる。
コレが実に美しいんだな~。
11_img_0618どこもかしこも全部オレンジ色!
100この辺りは見事ですよ。
11_img_9513 そして曲がりくねった道の突き当りに見えてくるのが…Simg_9514 ロイヤル・アルバート・ホール。
チョット前までコロナ禍で経営が危ないと騒いでいたけど、どうなったんだろう。
ロイヤル・アルバート・ホールはヴィクトリア女王が、夫のアルバート公に捧げて建設されたホール。
オープンは1871年。
その約100年後にジミはココのステージに立った。
120一度入ってみたいんだよね。
何年か前にZappa Plays Zappaが出演する時、意を決してMarshallの人にチケットを買ってもらうように頼んだんだけどソールドアウトで断念。
行くたびにチェックするんだけど観たいヤツをやっていた試しがない。
去年行った時にブライアン・フェリーとKing Crimsonがもうチョットだったんだけどタイミング合わず。
その昔、両方とも初来日を東京で観たんだけどね。
ま、なんでもいいから入ってみたいワケよ。11_img_9520 目下の私の夢は、ココの大みそかのコンサートで現地のおジイさん&おバアさんに混ざって、腰に手を当てて、体を上下させながらみんなと一緒に「Land of Hope and Glory」を歌うことなのだ!
要するにエルガーの「威風堂々」ね。140コレは建物の裏側。
ジェフ・ベック期にココで撮影したThe Yardbirdsのアーティスト写真があるでしょ?11_img_0609 コレはホールの裏にある「Royal College of Music(王立音楽大学)」。
卒業生がスゴイ。
ベンジャミン・ブリテン、レオポルド・ストコフスキー、ジュリアン・ブリーム、ジョン・ウィリアムス(ギターの方ね)、アンドリュー・ロイド・ウェッバー等々。

160ココは映画『シャイン』に出て来るんじゃなかったっけかな?ロバート・ヘルフゴッドが親の反対を押し切って留学する先ね。
この建物のレッスン・ルームから外を見下ろすシーンがあった。11_img_0615 そうそう、Curved AirやWolfのヴァイオリンのダリル・ウェイもココの卒業生だそうです。

Ca_1

Ca_2この学内には楽器の博物館があって、ココも一度入ってみたいんだけど、火曜日から金曜日の午後2時間半しか開いていないのでなかなか来れない。
実際にはロンドンに行くと忘れちゃうだけなんだけどね。

Img_0614 BBCのPROMSが始まるとこんないでたちになる。
PROMSは毎年夏に8週間に渡って開催される、1895年から続いている世界最大のクラシック音楽のフェスティバル。170上のロイヤル・アルバート・ホールの正面玄関の真向かいにある「Albert Memorial(アルバート公記念碑)」。
コレもヴィクトリア女王がアルバート公の死を悼み、1851年に開催されたロンドン万博の剰余金で建てた。
ロンドン万博って世界で最初の国際博覧会でイギリスはエラク儲けたんだよ。
ヴィクトリア女王は今のエリザベス2世が抜かすまで最も在位期間が長かったイギリスの君主。
産業革命の時代だからね、大英帝国が一番反映した時代の女王で人気も高い。
もちろんThe Kinksの「Victoria」はヴィクトリア女王のこと。
あの歌はそのうちThe Kinks特集の時にやるけど、イギリスのことを知っているとすごくオモシロイ曲だからワザワザ上で「威風堂々」のことを書いたのです…「伏線」ってヤツね。
130v
下の写真、この時ステージに上がっちゃった子はチャーリー・ウェバーという。
コレだけ見ると、いかにもこの子が突然にステージに上がってしまったかのようだ。
しかし、ステージそでから出て来てジミに何か言づけをして去っていくシーンを捉えた動画があって、ジミが全く驚きもせず、いかにも「はい、了解、了解」みたいなリアクションをしている。
つまり、ジミはこの子のことを知っているように見える。
それもそのハズ、お父さんがトミー・ウェバーという60年代の音楽シーンの実力者だったのだそうだ。
驚くのはココから…といってもココまでで驚くべき箇所はないんだけど。
トミーはガール・フレンドを伴ってよくブルック・ストリートのジミのフラットに遊びに来ていたのだそうだ。
そして…ココが驚くところ!
そのガールフレンドってのが、ナ、ナント、女優のシャーロット・ランプリングだったというのだ!
つまり、シャーロット・ランプリングはジミ・ヘンドリックスのお友達だったワケ。S0r4a0766シャーロット・ランプリングは大変にキレイなイギリスの女優さん。
中学生の頃、シャーロットが主演を務めたルキノ・ビスコンティの『愛の嵐(The Night Porter)』というイタリア映画が公開されて、シャーロットがヌードになったということで大変な話題になっていた。
いつもMarshall Blogに書いている通り、その頃の私は映画少年で、夢中になってチラシを集めていたんだけど、この作品のチラシを持っているのが大変恥ずかしかったのを覚えている。
シャーロットは74歳になる現在も女優として活躍していて、2015年には『さざなみ(45 Years)』という作品の演技でたくさんの賞を獲得した。
この映画はヨカッタです。
…となると観てみたくなるのがこの『愛の嵐』。
結局中学生の時のことがトラウマになっていて今に至るまで観ていないのだ!
 
ちなみに1976年から1999年までのシャーロットのダンナさまはフランスのミュージシャン、ジャン・ミッシェル・ジャールだった。
コレも驚いた。
80年代にすごく人気があったよね。
ジャン・ミッシェル・ジャールは『アラビアのロレンス』や『ドクトル・ジバゴ』他たくさんの名作映画の音楽を担当したモーリス・ジャールの息子さん。Snp私が持っているジミのロイヤル・アルバート・ホールのライブ盤。
今回の記事を書くに当たってひっさしぶりに聴いてみた。
「シンドイ内容」のようなイメージがあったけど、ゼンゼン問題なかった。
人間、酸いも甘いも経験すると、なんでも良く聞えるもんですな。
「Wild Thing」のチューニングはあんまりだけど…。180cdこの演奏に不完全燃焼だったのかどうかは知らないけど、この日、ジミはロイヤル・アルバート・ホールでの演奏を終えて、ナント「Speakeasy(スピークイージー)」に行ったらしい。
好きだね~!
ジミはSpeakeasyをすごく気に入っていて、こうしてロンドンにやって来たミュージシャンのステージによく飛び入りで演奏していた。
この時はThe Animalsのキーボーズのアランプライス、ジム・キャパルディとデイヴ・メイスンのTraffic勢が出演していた。
下はその時の写真。
コレ、デイヴ・メイスンには見えないような気がするんですけど…。
この日、デイヴ・メイスンもロイヤル・アルバート・ホールの客席でジミのステージを観ていたんだって!
20_2「The Speakeasy」はブリティッシュ・ロック・ファンなら誰でもその名を聞いたことがあるであろう有名なライブハウス。
オックスフォード・ストリートを背にトッテナム・コートロードをしばらく行って、マーガレット・ストリートという通りを右に曲がってチョット行ったところの右側にあるビルの地下にあった。
「スピークイージー」とはアメリカの米禁酒法時代の「もぐり酒場」を意味する言葉。
ロンドンっ子たちはココを単に「The Speak」と呼んでいたらしい。

30_2下は「Armenia City in the Sky」や「I can See for Miles」等の佳曲が収録された創作意欲あふれるThe Whoの1967年のアルバム『The Who Sell Out』。
アルバム全体を通じて架空のラジオ放送という仕立ての一種のコンセプト・アルバム。
ところどころ曲間にジングルというか、CMが入るのが楽しい。
そして、6曲目の「Our Love Was」の直後にホンの1、2秒だけど「♪Speakeasy, drink easy, pull easy」というこのSpeakeasyのジングルが出てくる。
「pull easy」は「グイっと飲む」という意味。
CDの翻訳を見ると、「speakeasy」に「もぐり酒場」という訳が当てられていて、単語の意味自体はそれに違いないんだけどココではこのライブハウスのことを指しているのね。
 
ついでにやっておくと、さらにこのSpeakeasyのコマーシャルに続いてはイギリスに現存する唯一の弦のブランド「Rotosound」のコマーシャルも出てくる。
「Hold your groove together, ROTOSOUND STRING!」と歌われる。
数年前、Mr.BIGの日本公演で、ロトサウンドのエンド―サーであるビリー・シーンに会った時、この話を知っているかどうか尋ねたところ、「もちろん知ってるサ!」といってこのCMのメロディを完璧に歌ってみせてくれた。サスガ!
 
ちなみに「Who Are You?」っていう曲があるでしょ?
アレは警官とひと悶着して「オマエは一体誰なんだ?」と怒っている歌。
ピートはある日、アラン・クレイン(ロック界のゴッドファザー的プロデューサー)と印税について13時間にも及ぶミーティングを終えてSpeakeasyにやって来た。
ステージに上がっていたのはJohn Otway。
そこで出くわしたのがSex Pistolsのスティーブ・ジョーンズとポール・クック(現在、ポールはNATALのドラマーです)。
ピートはかなり酔っていて、スティーブとポールが敬意を表す意味で「The Whoはパンクロックの先駆者だ」みたいな話をすると、ピートは激怒して言い争いになってしまった。
やーね、ヨッパライって。
ピートはThe Whoが時代の寵児だったSex Pistolsに食われてしまうことを恐れていたからだったというのが怒りの理由だったらしい。
アラン・クレインとのことでムシの居所も悪かったのだろう、ピートは怒り狂ってSpeakeasyを飛び出してソーホーの飲み屋に向かったところで警官に出くわした。
そして、出来上がった曲が「Who Are You?」なのだそうです。
60cdSpeakeasyの最初のマネージャーは後にYesのマネージャーとなるロイ・フリンという人。
その次がトニー・ハワードという人で、この人は後にマーク・ボランやT.Rexのマネージャーとなった。
オープンは1966年。
まぁ、出演者はどうにもスゴイよね。
ジミは当然のこととして、Pink Floyd、ジェフ・ベック、Yes、Thin Lizzy、エルトン・ジョン、Cockney Rebel、The Rolling Stones、The Crazy World Of Arthur Brown、The Mothers of Invention、デヴィッド・ボウイ、The Velvet Underground、ボブ・マーリー等々。
また、ココは1969年にKing Crimsonがデビューした場所としても知られている。
さらに、Deep Purpleは古くから出演していたが、第2期の披露目をした場所として知られている。
ビートルズやThe Bee Geesのメンバーもよく立ち寄ったそうだ。
コレが入り口。40vココから地下に降りる。
今は「BEAT」という会員制のクラブになっているが、生演奏は滅多にしていないそうだ。50Freddie BulsariもSpeakeasyの熱心なファンでしょっちゅう店に来ていたそうだ。
この人、デビュー前のフレディ・マーキュリー。
 
ああ、ここにも日本料理店ができてる。
「HYOTAN」はお寿司屋さんだそうです。70ココまで来たのでついでにオックスフォードストリートの「100 Club」に寄って行こう。
住所が100 OXford Streetだから「100 Club」。

Simg_0293 元々は「Feldman Swing Club」というジャズのクラブだった。
オープンはナント1942年だからして、ロックという音楽はこの世に存在していなかった頃。
ココもスゴくてね、ベニー・グッドマン、アート・ペッパー、ルイ・アームストロングまで出演したことがあるそうだ。
大洋を挟んで同じアメリカの隣国なのにどうしてこうもイギリスと日本は違うかね~。
それは向こうがイギリスだからなんですね。
77vそれがナゼか後年このお店はパンクの聖地みたいになっちゃって…。
78vさて、ココは脱線。
このお店の創始者のロバート・フェルドマンは売れっ子ピアニスト/パーカッショニスト(ヴァイブラフォン)のヴィクター・フェルドマンのお父さん。
何でもヴィクターはドラマーとして8歳の時にこのお店でデビューしたという。
下の『The Arrival of Victor Feldman』はベースがスコット・ラファロの人気盤。
カッコいいよ。
で、なんでヴィクター・フェルドマンをココで引っ張り出しているのかと言うと、ロック・ファンに一応知っておいてもらいたい名前だから。78cdヴィクター・フェルドマンは『Can't Buy a Thrill』から『Gaucho』までSteely Danのすべてのアルバムに参加しているのよ。
つまりものすごい腕利きということ。

79cd

80cdbそれとジョニ・ミッチェルの『The Hissing of Summer Lawns』や「Coyote」で有名な『Hejira』のレコーディングにも参加している。
つまりものすごい腕利きということ。
以上、この辺りのことが言いたかった。

81cda

82cdb1969年の1月に過酷なアメリカのツアーからロンドンに帰って来たジミ。
ジミはバンドの人数を増やし、インプロヴィゼーションをメインにした、よりフリーな音楽づくりをしたがったが皮肉なことに人気が高まるにつれ、その思いとは反対にジャム・セッション風なパフォーマンスをする機会が少なくなっていた。
そのジミの思いを晴らすフリーなジャム・セッションの機会を持てる場所が上のSpeakeasyと「The Flamingo Club(ザ・フラミンゴ・クラブ)」だった。
フラミンゴ・クラブはあの「Marquee」の2号店があったWardour Street(ウォードー・ストリート)をシャフツベリー通りを渡ってそのままレスター・スクエアに向かって降りて来た中華街の入り口の対面のビルの地下に入っていた。190_2レギュラーで出演していたのは『Rhythm and Blues at the Flamingo』というライブ盤を残しているGeorgie Fame & The Blue Flames(ジョージー・フェイム&ザ・ブルー・フレイムズ)が何と言っても有名だわね。
ポールもよくココにジョージー・フェイムを観に来ていたとか。
ジョージー・フェイムとジミの関わりといえば、ミッチ・ミッチェルね。
ミッチはジョージーのバンドでの仕事を失って、Experienceのオーディションに参加した。
そして、最後までエインズリー・ダンバーと競り合った結果、コイン・トスでJimi Hendrix Experienceのドラマーの座を手に入れたんだってでしょ?
オモシロイね~、イギリスは…狭いから全部つながって来る。
205cd
ちなみにその中華街に入った数軒先の左側のビルはLed Zeppelinが初めてリハーサルをやった場所と言われている。Simg_0373フラミンゴはジャズからリズム&ブルースまでバラエティに富んだジャンルのアーティストを出演させた。
ココもスゴくて、スティービー・ワンダー、ビル・ヘイリー、ジョン・リー・フッカー、ジェリー・リー・ルイス、ディジー・ガレスピー、オーティス・レディング、ウィルソン・ピケット、ズート・マネー、アレクシス・コーナー、The Rolling Stones、Moody Blues、The Animals、Cream、Atomic Rooster、Pink Floyd、Small Faces等々。
その後、店は「Pink Flamingo(ピンク・フラミンゴ)」と名前を変え、さらに1969年に「Temple(テンプル)」と改名し、1972年まで存続した。
テンプルの時代にはThin Lizzy、Slade、Wishbone Ash、Uriah Heepなども出演したという。
 
ご存知じの通り、私はこんなことに長いこと取り組んでいるでしょう?
フト思ったんだけど、Wishbone Ashの名前ってこういうのにゼンゼン出てこないんだよね。
「イギリスでは人気がなかった」ということは絶対ないので、話題になっている時代がズレているぐらいの理由なのであろうが、もしかしてコレが初めてかも知れない。
 
イギリスの本で「ファースト・フロア」と言っているので2階のことだと思うが、このビルには「Whisky-A-Go-Go」というクラブがあって、70年代にはジェイムス・ブラウンゃKool & the Gangらが出演したそうだ。195vさて、展示に戻って…。
当然のことながらMarshallもディスプレイされている。
210_2こっちのJTM45/100のフルスタックのボードは「ジミヘン・サウンド視聴コーナー」になっている。
このオバちゃん、初めてジミ・ヘンドリックスの音楽を耳にしたのであろうか、ドッカリと座り込んでしまってゼンゼン動こうとしない。
悪いこと言わないから下のミュージアム・ショップでCDを買って家でユックリとお聴きなさい。
お金を払っても決して損をすることのない音楽ですから。S0r4a0786_2 こちらは薄切りのJTM45/100フル・スタック。
S0r4a0791
Marshall Amplification社は『ロンドン・ヘンデル&ヘンドリックス・ハウス』の展示品として、このジミ・ヘンドリックス・スタックを寄贈することを誇りに思います240あ、空いた。
ヘッドホンはMarshallのヤツじゃなかったわ。「Hendrix's Sound」としてこんな解説が付けられている。
ヘンドリックスの独特なサウンドは、左利きの彼が右利き用のギターを用いることによって生み出されました。
そして、彼の大きな手がメロディとリズム・パートを同時に弾くことを可能にしたのです。
さらにトレモロ・バー(ワーミー・バーと言わないところがイギリス式でステキ)、フィードバック、エフェクト・ペダル等を利用して他のギタリストに比べギター演奏の表現の幅を広げました。
 
ココで聴くことができるのはこの時期のヘンドリックスのアーティストとしての幅広い音楽性、完璧性、そして自身を表出させる1969年のスタジオ・セッションの音源です
として、下記の曲の試聴ができるようになっている。
●Ezy Rider/Star Spangled Banner (2月14日録音)
●Message to Love (2月22日)
●Valleys of Neptune (2月22日)
●Stone Free (4月14日)
●Drone Blues (4月24日)
●Mannish Boy (4月22日)
●Machine Gun (4月29日)
音源としては『Valley of Neptune』とか『Hear my Music』で正式に発表されたモノかな?
S0r4a0793オクタヴィアの展示。
このサウンドが登場したのは1967年2月3日に録音された「Purple Haze」のソロが最初で、開発者のロジャー・メイヤーとジミが初めて会ってから3週間後のことだった…とある。S0r4a0783 ロジャーはしょっちゅうブルック・ストリートのジミのフラットに顔を出した。
時には2人でスタジオに入って2トラックのレコーダーでジミの演奏を録音し、フラットに急いで持って帰って来てはプレイバックを聴き、何時間も話し合ったという。
キャシー・エッチンガム曰く、「日がな一日ノブやスイッチをイジっていたわ」S0r4a0781さてと!
この博物館のハイライトに取り掛かりましょう!
それは当時のまま再現したジミのベッド・ルーム。
ベッド・ルームといっても、部屋はコレの他にひとつしかなく、実際はココがリビング・ルーム兼ベッド・ルームになっていたのだろう。
部屋の再現に当たっては1969年の1月から3月に撮られた写真をできる限り多くチェックして忠実性を高めたという。
ジミはこの部屋を世間から隔離された空間にするつもりで装飾し、自分が所有した初めての「家」と考えていた。
ジミとキャシーは、ギグを終えた後にごく少人数を招き、気心の知れた仲間と和気あいあいとした時間を楽しむための場ともしていたのだそうだ。
 
ベッドの枕元のろうけつ染めのタペストリーは1969年の1月から2月に飾られていたモノ。
ジミとキャシーは壁の飾りを変えるのが好きで、写真では何通りかのタペストリーが確認されたそうだ。
ジミはペルシャ絨毯が大好きで、何枚も買って来ては敷き方を色々と工夫していた。
 
暖炉の上の楕円の鏡はオリジナルで、実際にこの場所に置いてあった。260_21969年にこの部屋で撮影した写真。
なるほど鏡が暖炉の上に置いてある。
上の写真の右下のイスは改めて製作したモノ。
ココに来たらこのイスに座って下の写真のポーズをキメることになっているらしい…私はやりませんでした。

S0r4a0849_2キャシーによると、ベッドの上の房つきのショールは「ジミお気に入りのヴィクトリアン・ショール」。
しかし、向こうの人はこのベッドの天蓋が好きだよね~。
日本人はベッドで寝ることは普通でも、こんなモノを取り付けるのは普通じゃないもんね。340_2ジミとキャシーはオックスフォード・ストリートのデパート、「John Lewis(ジョン・ルイス)」でこうした調度品を購入していた。
ジョン・ルイスは1864年にこのオックスフォード店からスタートした老舗デパート。
ちなみに、日本で一番古い百貨店として知られているのは「三越」だけど、1904年の開業だ。
何回かココに入ったことがあるけど、トイレを拝借しただけ。
スーパーに比べると海外のデパートってちっとも面白くないんだよね。Sjl初めてロンドンに行った時にこの「ジョン・ルイス」っていう名前にビックリしたわ。
私の頭の中の「ジョン・ルイス」といったらMJQのピアニストしかなかったから。
ファンではないけどね。
Jlp

Djnちょっとデパートで脱線させて!
前回だったかな?
ジミのフラットのすぐ近くにある「Fenwick」という老舗デパートの読み方が「フェンウィック」ではなくて「フェニック」だったということを知って驚いた…ということを書いた。
実はあの時…
「イギリスにはもうひとつ読み方が難しい1778年開業の老舗デパートがあるのです…それは『Debenhams』。
コレは読み方が「デベンハムズ」ではなくて、「デベナムズ」って読むんですよ!
知らなかった~!」
…と書こうと思ったんだけど止めた。
そしたらアータ、数日前にツブれちゃったよ!
コレも驚いたわ~。
そんな老舗がいとも簡単にツブれちゃうんだもん!
下はそれのマンチェスター店。

Sdb_1ベッド・カバーはイズリントンの生地屋店「Wallace Sewell(ウォレス・セウェル)」製。
ジミは毎朝キチっとこうしてベッド・メイクをしていたという。
コレは軍隊時代の習慣で身につけたものだった。
ベッドの上のアコースティック・ギターはコピー。
ジミはこのギターでリフやアレンジを創作し、パーティの時にかき鳴らしてていた。
ギターはいつもベッドの上に置いてあるか、ベッドに立てかけてあった。
ジミがアイデアが浮かんだ時にすぐに音を出せるようにしていた。
このコピーのギターもちゃんと左利き用に弦を逆に張ってある。
エレクトリックとアンプは次回紹介するもうひとつの部屋に保管していた。280_2友達に囲まれてベッドの上でこのギターを弾く動画が残っている。
コレ、ロイヤル・アルバート・ホールの後に撮られたらしいんだけど、1日中ギターを弾いてきて、まだ弾いてる…の図。
ギャハハ!
笑うわ~、ギターうますぎでしょ~。
そう、ジミ・ヘンドリックスってギターがウマいよね。
「当たり前のこと」ととしてでなく、何の先入観も無しにジミのプレイを聴くとものすごく上手だと思う。
69年2月24日のロイヤル・アルバート・ホールの後はSpeakeasyに行っているワケで、コレは2月18日の方のロイヤル・アルバート・ホールの後か?
 
ホントだ…枕もとのタペストリーが展示のモノとは違うわ。


ジミはよく紅茶を飲みながらテレビを見てくつろいだ。
好きな紅茶は「イングリッシュ・ブレックファスト」だったそう…私と同じだ!
「ロック・スター」のイメージとおおよそかけ離れ、ジミは『Coronation Street(コロネーション・ストリート、「coronation」とは「戴冠」という意味)』というドラマを見るのが大好きだった。

320_2『Coronation Street』は1960年12月に初回を放送し、ナント現在まで続いているイギリスの超長寿ソープ・オペラ(昼の帯ドラマ)で、「世界最古のテレビドラマ」としてギネス認定されている。Cs ジミはとりわけヴァイオレット・カーソンという女優さんが演じる「Ena Sharples(エナ・シャープルズ)」という登場人物の服のチョイスが大好きだったそう。
フ~ン、コレで見る限りはゼンゼン普通なんだけどな。Es 電話機が2台…元々は1台だった。
ジミはたとえ相手がファンであっても自分の電話番号を教えてしまう習慣を持っていた。
そのおかげでこの電話は一日中鳴りっぱなしで、ジミとキャシーはいちいちそれに応えていた。
さすがにそれに耐えかねた2人は一切電話にでなくなり、そのおかげで重要な要件の電話もつながらなくなってしまった。
これではマズイということで、電話機をもう1台増設。
加えてジミは番号を人に教えることを止めた結果、電話がめでたく鳴り止みましたとさ。
今ならLINEか?
「BOAC」というロゴが入ったバッグは複製。
「BOAC」というのは「British Overseas Airways Corporation」の略。
今の「British Airways」の前身。
BAもコロナでヤバいんだってね~。
ジミはこのバッグの中にスペアの弦やピック、ギター調整用の工具を入れていつも持って歩いていた。
昔、「PANAM」の水色のバッグを自慢げに肩から下げていた人っていたよね?
アレと同じか?11_0r4a0817部屋からのブルック・ストリートの眺め。
ジミもこうして外の風景を眺めつつ、新しい曲の思索にふけったりしたのだろうか。
325その窓の前に置かれたテーブルの下には「モノポリー」。
他に「Risk」とか「Twister」というゲームを好んでやっていたという。300_2チョット待て。
「Twister」ってこういうヤツだぜ!
これで遊ぶジミ・ヘンドリックス…見てみたかったナァ。Tw ジミ愛用のステレオ・セット。
アンプはイギリスのブランド「LEAK」。
レコード・プレイヤーは「Beogram1000」。
周囲にはボブ・ディラン、ヘンデル、ラヴィ・シャンカール、ドクター・ジョン、ジョニー・キャッシュのレコードが並んでいる。
この辺りのことは次回タップリやらせて頂きます。290_2レコード・プレイヤーに注目。
Beogramはデンマークのオーディオ機器の名門「Bang &Olufsen(バング&オルフセン)」の製品。
トーン・アームの上に紙の包みみたいなモノが乗っかってるでしょう?
この中には「Halfpenny(ハーフペニー)」硬貨が入っていた。
トーンアームの針圧が少なく、どうしてもすぐに針が飛んでしまうのでコインを乗っけていたというワケ。S0r4a0814ハーフペニー硬貨というのは、もちろんその名のt通り、1ペニーの半分の価値の硬貨。
イギリスは「1ポンド=20シリング=240ペンス(つまり、1シリング=12ペンス)」という貨幣制度を採っていた。
このことはRoxy Musicが歌にしていることより何回かMarshall Blogで触れて来た。
そして、この貨幣制度があまりにもややこしいので、1971年、アメリカに倣い100進法が取り入れられ、「1ポンド=100ペンス」と改定した。(penceはpennyの複数形)
この時にデビューしたのが下のハーフペニー硬貨。
物価の上昇に伴いその存在価値を失い1984年に廃止された。

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ん?…ジミとキャシーがココにいたのは1971年以前のこと。
「それ以前にハーフペニー硬貨があったなんておかしいじゃん?」と、ココまで調べて気が付いた。
真相は簡単。
1971年以前の古い貨幣制度の時代にもハーフペニー硬貨があっただけの話。
それは特に「ha'penny(ハペニー)」と呼ばれ、1/480ポンドの価値を持っていた。
重量は5.67g。
適正な針圧は一般的に2.5gだというから、ジミのプレイヤーは相当針が飛びやすかったようだ。
ところでこのコインのテイルズ、つまり裏面の図柄にある帆船は「Golden Hinde号」。
サー・フランシス・ドレイクという人がイギリス人で初めて世界一周を成し遂げた時に乗っていた船だ。
コレも以前ココに書いた。


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Shpntさすが、ジミ。
プレイヤーはそんなヤツでもスピーカーはチャンと大きなヤツを使っていた。
イギリスの「LOWTHER(ロウサー)」というスピーカー。
これで2人が起きている間中はずっと音楽を鳴らしていたそうだ。
 
ガウン(博物館の解説では「Kimono」と説明している)の後ろは作り付けの食器棚だが、ジミはココにすべての歌詞や曲のメモをしまい込んでいた。
棚に乗っているメモを取り出しては手を加え、また元に戻すということを繰り返した。
いくつはヒット曲になったが、いくつはゴミ箱行きとなった。310v私のオーディオの知識は中学1年生の時のレベルのままで止まっているので、このLOWTHERのスピーカーがいかなるものか存じ上げないんだけど、すごくいいモノなんでしょ?
何でもバロック音楽を鳴らしては、右に出るモノはなく、ソナタ、室内楽を聴かせるスピーカーとしては最適なスピーカー・キャビネットらしい。
でも、このスピーカーは6.5インチ・スピーカーが1発入っているだけのシンプルなスペック。
だからキャビはオモシロイ。
その音の良さの秘密のひとつは採用されている合板のクォリティらしい。
スピーカーだけが良くても意味をなさないのだ。
ところがこのスピーカーがとても飛びやすく、ジミとキャシーはしょっちゅう近くの電気店に持ち込んで修理をしてもらったのだそうだ。Sbspジミが愛飲していたマテウス・ロゼ。
1969年当時、ロンドンではレストランやバー以外でワインを手に入れることが難しかった。
その点、前回触れた通りこの部屋の1階はジミのファンが働いている「Mr. Love」というレストランだったから、そこでワインを分けてもらって部屋で飲んで楽しんだという。330_2ジミはビールはレーベンブロイを好んで飲んだそうです。

Br もちろん、この部屋に展示してあるのはほとんどすべてがレプリカであることはわかっているんだけど、「ここにジミ・ヘンドリックスがいたのか…」と想像すると、やっぱり興奮するよね。
そのフィーリングを味わうことこそがこのMarshall Blogの『イギリス-ロック名所めぐり』のだいご味なのです。

350<つづく>
 

200

2020年12月 7日 (月)

2020楽器フェア オンライン情報!

 
今年もあとわずか…も~、ご多分に漏れず私も今年はコロナのおかげでメチャクチャだったよ。
イベント関係では上海にも行けず、来年のことではあるにしてもNAMMも中止。
そういえば…行かれないことが判明した時からスッカリ忘れちゃったけど、結局、上海のMusic Chinaは開催したんだね?
そして、今年は2年に一度の『楽器フェア』の年だった。
残念ながら中止。
しかし!
オンラインを使って開催することが決定した。
しかも今週末だよ、今週末!
時間がないので緊急告知!
 
我がMarshall/NATAL/EDENはディストリビューターであるヤマハミュージックジャパンさんの枠をお借りしての出展となる。
出展といっても、「展示」を気取って商品をゾロゾロ並べてみたところで、それじゃ普通のウェブサイトと変わりないのでイベント企画に参加させて頂いた。
まずは配信ライブ。
 
<Special Live vol.1 : FATE GEAR>
12月12日(土)12:00~13:00
 
Marshall Blogでも紹介したけど、来る23日にニューアルバム『The Sky Prison』をリリースする
FATE GEAR。
何たるタイミング!
世の中こんな状況で「レコ発ライブ」なんたって簡単にはできないからね。
ここぞとばかりに、気合の入った演奏を披露してくれると思うワケです。
FATE GEARならではの世界をお楽しみあれ!20出演は…
Mina隊長…当然Marshall。30v今回の歌い手さんはニューアルバムでも活躍しているNANAちゃん。40vキーボーズにYuriちゃん。

50vベースは栃木のマドンナ、Erikaさま。
当然EDENでプレイ。70vドラムスはNATALでおなじみのHarukaちゃん。80vFATE GEARの詳しい情報はコチラ⇒FATE GEAR Official Website

430

<Special Live vol.2 : MUTANT MONSTER>
12月12日(土)14:00~15:00
 
「ミュータントモンスターヲ、シッテマスカ?」と若い外人の子に声をかけられたのはロンドンのカムデン・タウンのライブハウスでのこと。
それで知ったのがMUTANT MONSTER。
接近してみると共通の知り合いがゾロゾロ出て来て運命的なモノを感じてるのね。
そんなサダメで今回ご出演をお願いしました。
私にしてはかなり珍しいパンク系チーム。
コレがね、曲といい、パフォーマンスといい、可愛くてパワフルで、とてもいいんですわ。
ナント、今回が生まれて初めてのライブ配信の出演となるんだって!
コイツァ楽しみだゼ!
90出演はギター/ボーカルズのMEANA(ミーナ)ちゃん。
MEANAちゃんのギターの音作りは個性的だよ。100vベース/ボーカルズのBE(ベー)ちゃん。
姉妹とだけあってMEANAちゃんとのコーラスのマッチ具合が素晴らしい。110vドラムス/コーラスのCHADちゃん。
NATALでバッチリと暴れまわってくれることでしょう!120vMUTANT MONSTERの詳しい情報はコチラ⇒OFFICIAl WEBSITE

130日にち変わって12月13日。
 
<Special Live vol.3 : Silex featuring Masha>
12月13日(日)13:00~14:00
 
新しい布陣で再スタートを切ったSilex。
コロナ禍で残念ながら思い切った活動が展開できず、Mashaくんはさぞかし歯がゆい思いをしたことだろう。
今回はそんな悔しさブッ飛ばすべく、思いのすべてをギターに込めるインスト・スタイルのSilexで登場して頂くことになった。
名付けて「Silex featuring Masha」。
コレは弾くぞ~。アホほど弾くに違いない。
シェレッド・ギター・ファンは絶対に見逃さないようにね!
140出演はMashaくん。150vSilexのベーシスト、Hayateくん。
Hayateくんは実はMashaくんと一緒に『Marshall GALA2』に出る予定だったんよ。
ところが手に大ケガを負ってしまって出演を断念せざるを得なかった。
Hayateくんにはその悔しさをEDENと一緒にココで晴らしてもらいましょう。160vドラムスはNATALアーティストのTatsuyaくん。
Tatsuyaくんとはナンダカンダで付き合いが長いんだけど、一度もSilexでの姿を見てないからな~。
インストという形とはいえ、今回とても楽しみなのです。170vSilexの詳しい情報はコチラ⇒Silex Official Website

180以上がライブ配信。
 
2020楽器フェア オンラインでは他のイベントも盛りだくさん!
Marshall Blogファミリー(みたいな?)からはKelly SIMIMONZも出演するよ!
200vKellyさんは…
 
<Kelly SIMONZギターセミナー
12月13日(日)15:00~16:00
 
もうコレは今の時点では「ギター・セミナー」としか説明のしようがない!
ギタリストとしてだけでなく、クリニシャンとしても膨大なキャリアを持つKellyさんのこと、充実したセミナーになることは間違いないであろう!190その他のMarshall関連のイベントは…
  
<NATAL>
ドラムサウンドメイク・ワンポイントアドバイス講座:有松
益男
12月12日(土) 17:00~

<Marshall>
Break the CODE "Extra" feat. 亀本寛貴(GLIM SPANKY)

12月12日(土) 19:00~

<Marshall>
アーティスト・トークセッション:Kuboty、小野武正、渡邊幸一 

12月13日(日) 17:00~

などなど。

2020楽器フェアオンラインの詳しい情報はコチラ⇒公式ウエブサイト

10  

200
(一部敬称略)

2020年12月 2日 (水)

曾我泰久 Special LIVE「Now Here I am」 ~ファーストソロライヴより30年の時を経て<後編>

 
会場の空気がスッカリ入れ替わったところでヤッチンのソロ活動30周年を記念するショウが再開。
筋書き通り、お客さんは総立ちだ!10_3第2部のスタートは全員勢ぞろい。
 
曾我泰久10v田川ヒロアキ

20v和佐田達彦

40v衛藤浩一

50vそしてSourcesの3人。
野津永恒
60v日高隼人

70v加賀谷綾太郎

80v_2もう1回おさらいしておくけど、2人のギターを音を出しているギター・アンプのブランドはMarshall(マーシャル)といいます。
日本では「マーシャル」とアクセントを置かずに平坦に読みますが、本当は「ーシャル」と「マ」に強勢を置いて発音します。90Marshallは2年後に創立60周年を迎えるギター・アンプの老舗ブランドです。
ドロップで言えば「サクマ」、納豆で言えば「おかめ」ね。
110v2人とも今どき中に真空管が入っている「JVMシリーズ」というMarshallのフラグシップ・モデルを使用。
ヤッチンや私が幼い頃はテレビに中にも真空管が入っていたんですよ!
ヤッチンはJVM410Hというモデル。
これだけではギターの音は出ません。
実際に音を出しているのはスピーカー・キャビネット。
このヤッチンの大きいモデルは12インチ(=30cm)のスピーカーが4つ入った「1960BV」。

100v_2一方、ヒロアキくんはJVM210Hというアンプに12インチ・スピーカーが2つ入った「1936」というスピーカー・キャビネットを使用。
 
家族や親戚や知り合いの子がエレキ・ギターを始めることになったら必ず、まずは必ずギター・アンプを使うようにアドバイスしてあげてください。
最近は世の中がスッカリおかしくなってしまって、ギター・アンプを使わないでギターを弾くのが当たり前だと思っている変わった子が多くなっちゃっているのね。
エレキ・ギターという楽器はお気に入りのギターを(できれば真空管を使った良質の)アンプで鳴らすのが本当の楽しみなんですね。
そして、アンプを選ぶときには必ず、必ず「Marshall」を推薦して差し上げてください。
120vアンプも見た目が大切です。
ホラ、ヤッチンのMarshallとヒロアキくんのMarshall。
こうして並ぶとさらにカッコいいでしょ?
どうしてかわかりますか?
この黒くて大きな箱の中には機械やスピーカーだけじゃなくて、「ロックの歴史」と「音楽のロマン」が詰まっているからなんですね。
最近、ジミ・ヘンドリックスの書き物をしていましてね、色んなことを調べているうちに、改めてMarshallって偉大だな~と思いましてね。
それだけに世の中にはMarshallの類似品がたくさん出回っているのでご注意ください。
0r4a0259
第2部はサビのメロディが印象的な「Carry on」をオープニングに持って来た!130_2「第2部が始まりました。
お約束通り皆さんペンライトを持って立ち上がって頂いて…コレを振って応援してくれると意思が伝わるんです。
これから派手にいきますよ!」140_2「おお~、派手にいっちゃって~!」なんて思っていたらビックリ!
特にヤッチンと目が合ったワケでもないのに…。
「いつもライブ写真を撮ってくれている」と私のことを紹介してくれたのだ!
あ~、前もって言ってくれればギターを持って来たのにナァ…というのは悪い冗談。
 
私もカレコレ長いこと写真を撮ってるけど、こんなことは初めてだった。
ヤッチン、ありがとうございました!0r4a0155 私の紹介も終わったところでMC通り派手に「21st Century」!

150_21ゴキゲンなドライビング・チューン。

160_2ヒロアキくんのソロが炸裂!

180vヒロアキくんはコーラスでも大活躍。
ヤッチンの歌とは相性がバッチリなのだ。
それがですね、あることに気が付いたのです。
「ぼよよん行進曲」を聴いていたら、アータ、2人の歌いまわしがソックリではありませんか!
コーラス・パートがマッチして当然ということがコレでわかった。
270v続けて衛藤さんの景気のよいカウントから「Please believe me」。190v_pblまたまたにぎやかな曲で盛り上げちゃう!200vおなじみの和佐田さんとのフォーメーション。
バースデイ・ライブ以来。

220ヤッチン、楽しそうだな~!

230_2ヒロアキくんとのツイン・リードもバースデイ・ライブ以来。

240_2もうギンギンに回っちゃってます!

250v「派手に行く」と言ったからにはまだ続くよ。
280vナンカもういつもだったらライブの最後のシーンだよ…「ハダカノココロ」。260_hkヒロアキくんも派手にソロをキメる!

S41a0589 またこっちでも盛り上がってる~!

300それとは対照的にひたすらクールに鍵盤を叩くノッツ。
そのおかげでバンド・サウンドが分厚くなってます。
S41a0773もうイッパツ!
衛藤さんと…
310和佐田さんのコンビネーションが猛然とうねるのは「流されて」。

300v_2ココもハイライトのひとつ!

325v和佐田さんのソロ。
問答無用でカッコよろしいな。
この曲は和佐田さんのベース・ラインだけを聴いていても十分に楽しめる。340v_2ヤッチンもノリノリだ~!

350「次の曲は…タオルの準備はいいですか?
ぶつからないようにしてくださいね」
も~、いちいち大変だよね~。360v_2タオルの準備とくれば「YES! YES!! YES!!!」。370_yyyお客さん参加曲だけあってまたチョット雰囲気が変わるところがいいんだな。

380v_2「浩一!」とヤッチンのコールと受けて衛藤さんの歌声が鳴り響く!390v「♪君をいつもI love you so」

400v「ナイス!」410_2「♪君をいつもI love you so」

420_22回目の「ナイス!」
ひとつだけ高く舞い上がってますな。

430_2ギター・ソロから…
520「♪君をいつもI love you so」

440_2最後の「ナイス!」。
「神田明神」と染め抜いた日本手ぬぐいの1本も舞い上がると思ったけど、それはなかった。

450今回は掛け声も出せず、入場者数を制限しているので宙を舞うタオルの数がいつもよりは少なかったけど、熱気はまったくいつもと変わらずだった!

460_2本編最後は「UP BEAT」。

470v_ub本編最後の曲。
イヤ~、第2部はスゴかったね!

480vイヤイヤ、まだまだ終わりじゃない!490_2最初のMC通り最後まで派手にキメまくったヤッチン。

500そして、派手なギター・ソロ満載のヒロアキくん。510v初めての会場、いつもとは違う興行体制ではあったものの、いつも通りステキな音楽が詰まった極上のショウだった。530コレにて本編は終了。540_2アンコール。
「皆さま、本当に、本当にありがとうございます。
30年、ソロとしてやってこれたのは皆さまのご支援があってこそです。
我々の仕事は定年がありません…あと2年で定年だもんね。
こんなにピンピンしているのに…信じられないね。
本当に楽しい時間をありがとうございました」
告知コーナーがあって、メンバーからひと言あってアンコールの曲に移った。
550「次の曲もボクがソロ活動を始めてから大事に大事にしてきた曲です」

555v アンコールに選んだのは「Stand Alone」。

560_2「Stand alone」…文字通り「一本立ち」ですな。
今日のコンサートにふさわしい締めくくりだった!

570_2

580v_2

590v_2

600v

Ss41a0406

S41a0197_2

S41a0203_2ヤッチン、ソロ30周年おめでとうございます!
次回は恒例のバースデイ・ライブ。
1月9日、日本橋三井ホール。650vまた新年よろしくお願いします。
ナニせ毎年ウチの初ライブはヤッチンのお誕生日なのだ!
 
それではよいお年をお迎えください…とご挨拶したいところだけど、ヤッチンには年内にもう1回お付き合いをお願いしていますので皆さん、乞うご期待!

670曾我泰久の詳しい情報はコチラ⇒soga21.com

680 

200 
(一部敬称略 2020年11月9日 神田明神ホールにて撮影)

2020年12月 1日 (火)

曾我泰久 Special LIVE「Now Here I am」 ~ファーストソロライヴより30年の時を経て<前編>


神田明神ってのは近い割には行く機会がなかったナァ。
前や裏はしょっちゅう車で通るんだけど。
ワザワザ納豆を買いに行くほどのことでもないし…。
でも、「神田明神にホールができた」と聞いてからは興味津々。
いつかジックリ訪れるチャンスが来るのを待っていた。10_2神田明神はスゴイんだぜ。
正式名称は「神田神社」。
神田はもちろんのこと、日本橋、秋葉原、丸の内、大手町、築地あたりの108の町会の総氏神さまだからね。
江戸中の江戸よ。
昔は神田山っていうのがあって、確か徳川家康の時代に切り崩して今の地形になった…ように記憶している。
ま、見たワケじゃないけど。
だから今でもあのあたりは高低差が大きな地形になっている。
チョット「神田」で脱線。
ゴメンね、江戸っ子なもんで。
神田須田町なんてのは、関東大震災の前までは日本でも有数の繁華街だったらしい。
で、神田神保町とか、神田淡路町とか、あの辺の地名ってみんな「神田」ってついてるでしょう?
コレ、何でか知ってる?
昔の神田区と麹町区が合併して千代田区になる時、神田の住民がすべての町名のアタマに「神田」の名称を入れないとイヤだって言ったんだね。
「べらんめェ!こちとら江戸っ子でィ!神田の生まれでィ!神田の名のつかねェところなんざに住めるケぇ!」とやったワケ。
実は今の千代田区というのは、神田地区以外はすべて麹町区だった。
「江戸っ子でェ」は冗談にしても、時の行政の乱暴なやり方に住民がガマンできなかったんじゃなかろうか?…なんて私は考えている。
 
さて、神田神社の創建は730年。
縁結び担当の大己貴命(オオナムチノミコト)さま、商売繁盛・医薬健康担当の少彦名命(スクナヒコナノミコト)さま、そして、 平将門命(タイラノマサカドノミコト)さまの三柱をお祀りしている。
このビルに囲まれた神社の荘厳なたたずまいが何とも言えませんな。
20江戸後期に建立した社殿は1923年の関東大震災で瓦解。
現在の社殿は1976年(昭和51年)に作られたモノで2005年に大改修を施した。
この日も参拝の人たちが長い列を作っていた。
またもうすぐ初詣の時期になるけど、「二礼二拍一礼」ですからね。
時々、おかしな作法をしている人や、ヘタをすると寺で柏手を打ったりする人を見かけるもんね。
そうそう、でも出雲大社系は「二礼四拍一礼」なんだよね。
こないだ茨城の「常陸国 出雲大社」というところに行ったんだけど、「四拍」となるとかなり変拍子感が強くて調子が狂ったよ。
越後の一宮の「弥彦神社」も四拍なんだって。

40七五三のお参りや…50結婚式を挙げている人たちもいく組か見かけた。
コロナで思うようにできず大変だよね~。
 
実は私の両親も約60年前にココで結婚式を挙げた。
60せっかく来たので境内を見て回ろう。

70享保年間(1716~1735)に作られた『石獅子』という石造物。
「獅子は子を千尋の谷に突き落とし、よじ登って来た生命力の強い者だけを子と認める」っていうヤツ。
恥ずかしながら…あれって海外のライオンのことかと思っていた。
出典は『石橋(しゃっきょう)』という能だそうだ。
上の2頭の獅子がオリジナル。
やっぱり関東大震災で山の部分と子獅子が壊れてしまい、子供だけ新しく作って付け足した。

90v境内に貼ってあったアニメのポスター。
フト思い出した。100v2年前にMarshallの社長を成田空港に見送りに行った時のこと。
到着ロビーに『Anime Tourism』という展示がしてあって、ナニかと思って見に行ってみた。110アニメに登場する場所を紹介して、「実際にそこに行ってみましょう!」という展示。
なるほどね~。
いわゆる「聖地巡礼」とかいうヤツ。
私はアニメには全く興味はないけれど、考えてみると、私がイギリスのロックの名所を訪ね歩いてMarshall BlogShige Blogに紀行文を寄せているのと完全に同じだわね。

120そして上の案内ボードの中に神田明神があったのを思い出した。
さすがに当該のアニメが何だったかまでは覚えていないので、この時のMarshall Blogの記事を検索してみた。
すると『ラブライブ!』というアニメだったことがわかった。
恥ずかしながら…ウチのドラムスのNATALを使っているドラマーが出演していたので、この『ラブライブ!』のコンサートのレポートを掲載したのだった!…が覚えてなかった~。
「しぼり」で有名な名古屋の有松にも赴いてレポートしているのでご興味のある方はコチラをどうぞ。
 
タマタマ一昨日テレビで見たんだけど、今、沼津はスゴイこのアニメでウハウハなんですって。
若い人がこれほど夢中になるんだもん、鬼にされた妹のことは桃太郎に任せておいて、『火垂るの墓』のような戦争の恐ろしさや悲惨さを若者に啓蒙する有意義な作品を世に送り出せばいいのにナァ…と思うよ。
それじゃ儲からないだろうけど。130「馬だ!こんなところに馬がいる~!」とビックリ仰天したのはウチの家内。
上のアニメのポスターの真後ろにこの小さな馬がいたのだ。

140「神」の「馬」と書いて「しんめ」とか「じんめ」と読む。
「かみうま」じゃ世田谷になっちゃうもんね…と、思ったら「かみうま」でもいいらしい。
「神馬」というのは神様が騎乗する馬。
お祭りなんかで活躍する。
名前を見て笑ったわ。150v馬の前足を見て!
神主さんが「みゆきちゃ~ん!みゆきちゃ~ん!コロコロしてごらん、コロコロ~、コロコロ~」と言うと、ウマが前足で石を転がし始めた。
「みゆきちゃ~ん、コロコロ上手だね~」
石をコロコロして何がオモシロいのかはわからないが、実に心温まるコロコロだった。160「銭形平次の碑」なんてものがあった。
主人公の平次は神田明神下に住んでいる、という原作の設定から昭和45年12月、有志の作家と出版社とが発起人となってここに建てられた。
台座の「寛永通宝」がカッコいい。170そのお隣は「国学発祥の地」の碑。
碑文を寄せているのは今東光。
「国学」というのは「本居宣長」とか「平田篤胤」なんて名前を学校で教わるばかりで、中身は知らない人が多いのではなかろうか?
私も知らないけど…。
江戸時代中期頃まで日本は何かと中国の儒教や仏典等、輸入されたモノの勉強していたんだけど、日本古来のモノに目を向けて勉強し、独自の文化を作ろうとしたんだね。
その動きの礎が国学。
「なぁ、そろそろオレたちもコピーをやめてオリジナル曲を演ろうじゃんか!」と同じ。
そうした「ジャパン・ファースト」の精神が江戸末期になると、尊王攘夷の思想に結びついていくんだね。
180この碑を見て「ほほう!ココからその国学が生まれたのか!神田明神メッチャすげえじゃん?」と思ってはいけない。
京都伏見の神宮で、国学者であった荷田春満という人が江戸に出て来て初めて国学を説いたのがココ、神田神社だったのね。
つまり「江戸支店」。
だから正確には「江戸における国学の発祥地」がココ…ということになる。Img_3923 額に「鳳輩・神輿 奉安庫」とある。
「鳳輩」というのは屋根に金色の鳳凰が輝く天皇が乗る乗り物のことだそうです。
要するにコレは神田神社のお神輿のガレージ。190コレが収められているのかな?
神田神社本社神輿。
昭和33年の製作で重さは千貫…いわゆる「千貫神輿」。
現存する日本一の大神輿だそうです。
ん~、パッと見たところ、鳥越神社の方が大きいような気がしないでもないな。
と思って調べてみると、やっぱり鳥越も千貫神輿で「約4トン」って言ってる。
神田がピッタリ千貫だとしたら、1貫は3.75kgだから3.75トン。
鳥越の「約」にもよるが、どっちが大きいんだろう?
特に気にはならないけど…。
とにかく神輿が担げるような世の中になるといいね。200v 大黒様は神田明神の御祭神だからしてこんな巨大な大黒様。220vハート型のおみくじ掛けがナウい。210そして、いよいよやって来たのが…230「神田明神ホール」!240この機会を与えてくれたのはヤッチン!250オープンは2年前とだけあって場内はとてもキレイ。260vコロナ拡散防止条例をシッカリ遵守しての興行だ。
神田明神も見学したし、後は開演を待つだけ。270そして、5か月半の間待ちに待った瞬間がやってきた!

280曾我泰久

290vヤッチンはもちろんMarshall。
Marshallのフラッグシップ・モデルJVM410Hと1960BVスピーカー・キャビネット。300v田川ヒロアキ

320vヒロアキくんも当然Marshall。
愛用のJVM210Hと1936スピーカー・キャビネット。330v 野津永恒340v和佐田達彦

350v衛藤浩一

360v5月24日に開催するハズだった、ヤッチンの最初のソロ・ライブから30周年を記念する公演。
ファンの皆さんは本当に首を長くして待ちわびていたことだろう。

370そのオープニングは「One more kiss you!」。

380vまずはギターも小粋に弾いてみせる…神田だからね。

0r4a0016 「皆さま、こんにちはようこそおいでくださいました。
30周年ですよ!
色々と30年分の感謝を込めて演りますので皆さまも30年分楽しんでください」389「第1部は座って聴いて頂く曲。
第2部は思い切り立って頂きます。
1曲目にどっちつかずの曲を持って来ました。
どうしていいかわからなかったと思います。
2部では気持ちが盛り上がったら立ってください」390「30年前、一人立ち…一人で歩き始めました。
第1部ではファースト・ソロ・アルバムに入っている曲を演ろうと思います。
ファースト・ライブは市川、名古屋、大阪、チッタ川崎の4か所でした。
その時から30年分の成長を見せたいと思います。
1曲1曲を大切に歌います」

391メンバー紹介をして、各メンバーから30周年へのお祝いのひとことが贈られた。
ヒロアキくん、ウマいこと言ってたな…。
「30年前はまだ私は学生でした。
ギターをやっていこうかどうか、まだ進路に迷っていた頃です…もしタイムマシンがあったら30年前に戻って自分に言ってやりたいですね。
『30年後、ステキなシンガーと一緒にステージに立ってるよ』って!」S41a0737 和佐田さん…「おめでとうございます。
1月のバースデイ・ライブ以来ですね…あ、私に何分ぐらい頂けるんですか?
1月以来いろんなことがありました。
私も仕事がなくなり、あんなに来る日も来る日も家にいたのは初めてのことでした。
給付金をもらって早くも昨年の年収を超えました」
もう後はいつも通りの爆笑トーク。
ネタバレを考慮してコレ以上は書かない。
和佐田さんの話はホントにオモシロくて、昔『しゃべります』というライブがあってトークを聞きにワザワザ八王子まで行ったことがあったんよ。
もちろんベースも大好き。
今日は「流されて」演ってくれるかナァ?396衛藤さんもいつものノリでにぎやかなことこの上なし!
「30周年は浩一くんで演るってキメていたからね。
30年前は後ろに浩一くんがいるだけで心づよかったけど、今は心もとないんだよね!」とヤッチン。397「ファースト・ライブで演った曲を2曲続けて演ります」

400_jsfyココからSourcesのヴァイオリン2人が加わる。
日高隼人と…

410加賀谷綾太郎。
加賀谷さんはNHKのドラマに出演したそうです!

420曲は「Just summer for you」。

43020周年記念ライブの時のオープニング。

435vそして「Stepin' Out」。

450v「C-Caug-Dm-Fm」っていうコード進行がタマらんね。
このIVmの「Fm」…いわゆるサブドミナント・マイナー。
CからCaugというクリッシェを使うと大抵はC7に行って、4度進行して、FからFmに行くパターンに行きたくなるハズ。
I-I7-IV-IVmというこの流れは「贈る言葉」なんかが当てはまりますな。
でもヤッチンはFの代わりに「サブドミナント」という機能が同じIImのDmを持って来てFmにつなげてる。
こないだヤッチンとロイ・ウッドの話をしたんだけど、なるほどナァと思うよね。
455vあ、もっともらしいことを書いておりますが、私、そうは詳しくありません。
ただ、いい曲だな~と思ってチラリとコード進行をチェックさせて頂いただけでございます。
 
ちなみのに「Steppin' Out」というのはメンフィス・スリムという人のブルース・ナンバー。
John Mayall & The Blues Breakersでエリック・クラプトンが演奏して有名になった。
その時クラプトンが使ったアンプはMarshallです。
そして、ヤッチンもMarshall。
コレが言いたかった!456v「ありがとう。
ファースト・ソロ・アルバムの中から2曲続けて聴いて頂きました。
浩一くんの若々しいドラミングを思い出します。
ソロ・ライブをずっと支えてくれた浩一くん…The Good-Byeの中でも一番長くやってるよね?」470「そうそう!誰よりも長く一緒にいるよね…両親よりも。
もう、アナタなしでは…」
Ss41a0141 The Good-Byeメンバーの仲良しぶりについて語る2人。
おしゃべりをする時のヤッチンの手の形がどうも気になる。
いつもと違うのだ。
いつもはグーとそれを包み込むパーのコンビネーションなのだが、今日はなかなかそれが出ない。
前回Marshall Blogで指摘しちゃったのを気にしているのかな?
そんなことはないか…。480昨年の8月にリリースした30年ぶりのThe Good-Byeのアルバム『Special Thanx』から1曲。
あの中野サンプラザからもう1年以上か…早いナァ。
 
あの時のライブ・レポートはコレね
  ↓   ↓   ↓
THE GOOD-BYE 35h ANNIVERSARY CONCERT TOUR

490今回アルバムから取り上げたのはまず「Precious moment」。
ディミニッシュが効いたステキなナンバー。500vSourcesの3人のヴァイオリンとピアノがやわらか~く、かつゴージャスに曲を演出する。510

520vそしてもう1曲、The Good-Byeのアルバムを1枚さかのぼって9枚目の『Revolution No.9』から「Windy People」を歌ってアコースティック・ギターを下ろした。530v「神田明神は商売の神様、恋愛の神様、勝負事の神様なんだそです。
ココもパワースポットなんですって。
こういう場所で演れるのはいいですね」
「30年前、新しい世界を切り開いていくんだ!という思いでココまで来ましたが、たくさんの方々に支えてもらっているな~と思います。
こんな状況ですので10分間の休憩をはさんで換気をしたいと思います。
その前にバラードを3曲聴いてください」540今年リリースしたソロ最近作『SONG(S) COLLECTION Vol.2 1990-202』に収録されている「それからの片思い」。550vジックリと歌い込むヤッチン。

560そのヤッチンの歌声をやさしく包むリズム隊のふたり。

570

580v続いて『Super Rare Trax Vol.7』から「めぐる季節に取り残されて」。

590vそして「再見」。
コレはいいね。
ヤッチンの滑らかな声がメロディにとてもよくマッチしている。600これにて第1部は終了。
本人がMCで案内した通り、イスに座ってトックリとヤッチンの音楽を味わう展開となった。610v曾我泰久の詳しい情報はコチラ⇒soga21.com

620v<後編>につづく
 

200 
(一部敬称略 2020年11月9日 神田明神ホールにて撮影)