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2026年1月

2026年1月30日 (金)

マーシャル・ブログ博物館  第2回:工場ミュージアム<その2>

 
英Marshallの工場のミュージアムからお送りしている『マーシャル・ブログ博物館』の第2回目。
飾られているアイテムを時に詳しく、時に雑に見て行く。
前回案内した通り、工場のミュージアムはエントランス突き当りの2階に位置している。
ただ古今のMarshallを並べているだけで、特に解説のようなものは付けられていない。
下はほぼ現在のようす。
いつも代り映えがしないが、注意深く観ていると少しずつ変化が確認できる。
さて、コレらをお見せしようかと思って少々悩んだが、単純に写真の右側からズラ~っと見て行くことにした。
ずいぶん前に撮った写真も多数混在しているので、現在の様子とは異なる部分も少なくないことを予め申し上げておく。
でも、展示しているアイテムが増えることはあってもなくなっているということはないと思う。
10まず、上の写真には写っていない右の壁側。
ショウ・ウインドウが設置してあって中にズラリとギターが並んでいる。
昔はもう少しスカスカだったんだけど、最近は何やらアイテムが増えて賑やかになっているようだ。
20まずはショウ・ウインドウの中のアイテムから。
一番左の「50th Anniversary」のロゴがデカデカと入ったエクスプローラー。Thumbnail_img_0269コレはモーターヘッドのフィル・キャンベルが「50周年記念コンサート」の時に使っていたギター。
このオジさんもエラく気さくな人だった。
タバコのニオイがかなりスゴかったのをよく覚えている。
30コレはスラッシュから贈呈されたギブソン・レス・ポール。40v「FOR MARSHALL AMPLIFICATION
The Fucking Best Rock & Roll Product EVER ConSTRUCTED!」と大文字と小文字が入り乱れたメッセージがサインに添えられている。50Marshall初のシグネチャー・モデルだった「JCM800 2555SL」なんて懐かしいね。
日本にどれぐらい入って来たのかわからないが、当時はかなりの台数だったハズだ。
それらは今どこにあるんだろう?
このモデルに限らずMarshallをお買い上げ頂いて、ギター演奏を楽しんで、お歳を召してギターを弾くこともなくなり、もうMarshallも無用になってしまう…さてどうする?
少なくとも街中にMarshallが捨てられているのを見たことは一度もないし、皆さん押し入れで大切に保管されているのであろうか?
不思議なんだよネェ。
私が大学の時は「JMP1959」のハーフスタックを持っていたけど、それは友人に売った。
その先は知らない。
60「スパイナル・タップ」仕様のギター。
Bキャビがハズれちゃってるナァ。70vこれなら完璧。
『This is Spinal Tap』もまさかの続編が公開されてビックリしたわ。
しかもロブ・ライナーの遺作となってしまった。75vMarshallはこの機に記念の「JVM410H」を20台限定で生産した。16_9_spinal_tapリア・パネルにあしらったスパイナル・タップのロゴ。St_rearフロント・パネルの目盛りの最大値は「ラウドであることは良きこと哉」のコンセプトのもと、マスター・ボリュームは「∞」、その他のコントロールは「11」になっている。
ハハハ!好きだね~!
Marshall_spinal_tap_4_3ところでMarshallは映画『This is Spinal Tap』の公開25周年を記念して2009年にも2つのアニバーサリー・モデルを製作している。
2つのモデルのウチのひとつは「JMP1959」。
1970年代の1959ね。
すでに書いたように私なんかはこの1959で育った世代よ。
Img_0001 ノブも目盛りは「11」まで。90リア・パネルに入れられた「Spinal Tap」のロゴ。
シリアル・ナンバーが「NIGEL TUFNEL」になっているところがニクイね。
「Spinal Tap」についてはこれまでMarshall Blogでさんざん取り扱ってきたのでココでは詳しいことはやりません。
120こっちはそれこそナイジェル・タフネル(=バロン・クリストファー・ゲスト)が当時の広告に登場していた「JCM900 4100」。100こっちは目盛りの最大値が「∞」になっている。
コリャ、やかましいぞ~!110コチラもリア・パネルに「Spinal Tap」のロゴを入れた。
これらの2つのモデルは非売品で、マーケットに出ることはなかった。
とにかくMarshallとスパイナル・タップとの長く深い関係を示す2台だ。
130 これは以前にも何度かお見せしたことがあるが、私個人のマーシャル・ミュージアムからの出品。
スパイナル・タップ仕様の「MS-2」。140vフロント・パネルのロゴと「11」までついた目盛りが自慢。
150今でこそ「続編出来!」なんて騒いでいるけど、このロブ・ライナーの1984年の映画館向けの処女作は当時日本では未公開だったんだよ。
その頃の日本人には「この映画を楽しむだけのロックに関する素養がない」と映画配給会社が判断したのであろう。
未公開ゆえ私も知らなかった。
それがある時…多分1990年代のはじめ頃…NHKの衛星放送で放映され、本当にタマタマ観た。
するとあまりの面白さに「ナンじゃコリャ~!」となった。
2000年代に入っても多分ほとんどの日本人にはなじみがない映画だったんじゃないかしらん?
私はどうしてもまた観たくて2002年に初めてロンドンに行った時、真っ先にオックスフォード・ストリートのHMVへDVDを買いに行き、また別の機会にはロンドンの中心部に何件か店舗を構えていた「Book Warehouse」というゾッキ本屋で写真の右にあるスパイナル・タップの本を買った。
コレらもミュージアム入りさせていいでしょう?0r4a0017_3 他にもザック・ワイルド他のギターが飾ってあって、その前には小さ目のMarshallがゴロゴロ。160上の写真でショウ・ウインドウの中に納まっているMarshallはコレ。
1962~1963年頃に製造していた「JTM45」の2代目。
通称「White Front」。
いいネェ~、実にいいルックスだ。
170傍らにはこのアンプの出自に関する情報が添えられている。
このアンプの持ち主はケン・ブラン。
ケンがこのミュージアムに展示するなら…と息子さんのマシュー・ブランが2014年7月8日に持参してくれたもの。180下はケン・ブランと私。
Marshallはジム・マーシャルだけでなく、エンジニアのケン・ブランとダドリー・クレイヴンの3人で操業を開始した。
ダドリーはもうかなり前にお亡くなりになったが、ケンはMarshallからご勇退された後も長らくご存命で、私は一度でいいからお会いしたいと思っていた。
その念願が叶った瞬間が下の写真。
2012年5月、「ジム・マーシャルの生涯を祝う会」…すなわちジムとのお別れ会の時に撮った1枚。
うれしかったネェ。
自己紹介をすると「そうですか、そうですか」と紳士的に応えてくださって、好々爺の手本みたいな方だった。
そのケンも2018年3月25日にお亡くなりになってしまった。
ちなみにこの写真を撮ってくれたのはアメリカの「Colby Amplification」の創設者ミッチ・コルビー氏。
ミッチには大変にお世話になったことがあって、「JTM45」のレプリカを取り扱う時にお話したいと思う。190これはまた違う日のショウ・ウインドウのようす…2012年。
考えてみると、この展示って一体誰が担当しているんだろう?
そして、どうやって展示するアイテムをキメているんだろう。
今の今まで一度も考えたことがなかったけど…不思議だ。200この時に飾ってあったレス・ポール・モデル。
210vコレはポーランドの人だろうナァ。
ギターに付された解説には「Manek Krayczkowsk」という人を通じて2006年5月16日に寄贈された…とある。
ポーランドの人名は「c」と「w」と「z」だらけでまず読めませんな。
どうもコレは「マネク・クライチコフスク」ぐらいに読むようだ。
会社の名前かも知れない。
このギター、オーナーがノエル・レディングだった。220ボディとピックガードには数々のサインが施されている。
その主は…ジムにはじまって、バディ・ウィッティントン(ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ)、ポール・ヤング、スザンヌ・ヴェガ、ミック・ラルフス、レズリー・ウエスト、他知らない人2名。Img_0113その前に置いてあるのはJMP時代の「1987X」。
コレはナニが珍しいのか?…一度事務所の古株の友人に実際に訪ねたことがあった。230その時の答えでは…シャシに「1987SEMKO」というステッカーが貼ってあるでしょ?
この「SEMKO」というのは「SVENSKA ELEKTRISKA MATERIELKONTROLL ANSTALTEN」の頭字語で、「スウェーデン電気製品安全協会」みたいな意味。
スウェーデンで流通される電気製品はすべてこの機関の精査を受けて合格していなければならない。
当然日本にもそうした規格の協会があるが、何でもこのスウェーデンの検査がベラボーに厳しいらしい。
で、安心してください、MarshallはチャンとSEMKOの検査をパスしていますよ…それほど品質は確かですよ!…ということをアッピールするために置いてあるのではないか?、という話しだった。
かつてMarshallの法務室の人からは、そうした検査が最も厳しいのはアルゼンチンだという話しを聞いたことがある。240これは「POWER BUILDER(パワー・ビルダー)」という1967年に販売されていた商品。
モデル・ナンバーはない、もしくは不明。
パワー・アンプを内蔵したセレッション搭載の「Slave(スレイヴ)」と呼んだ2x12"のスピーカー・キャビネットと組み合わせて使った。Img_0046コントロールはノブの先のゴールド・キャップが取れている右端の「BASS/TREBLE」のみ。
他に電圧の切り替えとON/OFFスイッチ、ヒューズボックスが2つ。
そして、この機種最大の特徴である2つの端子が左端についている。
向かって左が「POWER INLET」、その内側が「POWER OUTLET」…つまりオスメスの出入力端子だ。
これをどういう風に使ったのかというと…
Img_0043下は「Marshallがまた1番!」のキャッチコピーが目を惹く1967年当時のローズ・モーリスの広告。
ナゼまた1番になのかというと、「新しいアンプの革命的なコンセプト」をパワー・ビルダーで確立したから…だって。
50W出力のパワー・ビルダーを1セット持っていれば、上のオスメスの入出力端子を使ってリンクし、最大10セットまでつなげることにとって500Wのアンプになりますよ!…というワケ。
「オモチャのブロックを積むみたいに簡単です!」だそうです。
要するに昔ジミ・ヘンドリックスが「1959」でやっていたようなことですな。0r4a0026_3 実際には下の写真のようにして使ったらしい。
Marshallは自信マンマンで発売した年の「British Trade Show」という展示会に出品したのだが期待に反してウケが悪かった。
理由は値段。
このセット商品はとても高価で、同じ50Wの「1987」の2.3倍の値段がつけられていた。
オマケに200Wの「MAJOR」シリーズともそう値段差がなかったのでコスパの悪さが目立ってしまったというワケ。
そして1967年にたった50台を生産したのみで廃番になったのだそうだ。
写真のアイテムは最後に作られた個体らしい。
結果、ゼンゼン1番ではなかったが、今となってみるとレア度は結構1番かも知れない。
「高野長英」の顔じゃないけど、実際にコレをこうやって使っているのを見たことがある人はもはや世界で1人もいないのではなかろうか?
0r4a0027…とココまで書くためにインターネットやら手持ちのMarshallに関する書籍でパワー・ビルダーのことを調べてみたのだが、どこを見ても「パワー・ビルダーはプリアンプ」という説明になっている。
で、今一度Marshallのコレクションを見てみると…コレ、シャシに乗っている真空管は「EL34」じゃんね?
オマケにプリアンプにしては妙にトランスもデカイ。
コレはプリアンプではなくて、スレイヴのアンプ部分なんだね。
下のシャシが後ろを向いてスピーカー・キャビネットに搭載されていた。
そうすれば上の写真の上段で2台のキャビをつないでいるケーブルにも納得がいく。
違っていたら正直に謝ります。
260ショウ・ウインドウの前に飾られているMarshallをいくつか見てみよう。
一部のモデルは後々細かく取り扱うつもりなので、ココではスキップすることをご承知あれ。
まずは… 
1969年から1971年まで製造していた5Wのバルブ・コンボ「Capri」。
Capriにはこの写真のストレート・タイプと他にアングルド・タイプがあって、スピーカーも2x8"と1x12"の2つのバージョンがあった。280「2060」というモデル・ナンバーが付された5W、1x12"トレモロ搭載コンボの「Mercury」は1972年から1975年までの製造。
コレを見るたびに思うのだが、この書道家が⁀揮毫したような「Marshall」のサインはカリグラフィが得意な工員がひとつずつ手で書いたのであろうか?…そんなことあるワケないな。
コレ、そのウチに赤やオレンジのバージョンも出て来るけど、ゴールド・ビーディング(上面に入っている金色のモール)やLCフレット(大きいチェックのフレット・クロス)が使われていてナニげにカッコいいんだよね。
29030W、2x12"、トランジスタ・コンボの「LEAD 30Watt」。
モデルナンバーは「2201」で1975年から1977年に生産していた。
「2202」というベース用もあったが、それは1977年に製造していたのみだ。
300v下は工場に送られて来た修理品を保管しておくスペースのようす。
ココで白い「2201」を発見したことがあった。
日本でも見かけたことはあるが、さすが本国、こんなモデルが普通に修理に持ち込まれることに感心し、「珍しい~」と思って下の写真を撮ったワケだが、日本でインターネットを見てみると、オークションのサイトにチョコチョコと出されているんですな。3101979年頃に製造していた「Park」の20W、1x12"コンボ。
型番が「1231」という情報が出回っているが、私が使っているMarshallの記録にはその型番は存在しない。
正面と上部に何のコントロールもついていないツルっとしたルックスがうれしい。
320コントロールはすべて「VINTAGE L.E. 20W Tube Amp」と表示されているリア・パネルに集中させている。
「Valve」ではなく「Tube」という言葉を使っているところがやや気になるが、その名の通り「ECC83」と「EL84」を2本ずつ搭載している。
2インプット、ボリューム、トレブル、ベースだけの極シンプルな構成。330しかし誰がコレの中身を入れ替えているんだろう…不思議だ。340<つづく>

200

2026年1月28日 (水)

D_Drive~響歌轟音<後編>

 
D_Drive『響歌轟音』のレポートの<後編>。
ショウは後半に入る。
05v「ありがとうございます。
先ほど16年目と申しましたが来月になると17周年!?
ナンカ『16』と『17』ではエラく気持ちが違うのはなんでやろ?
もうすぐ『20周年』が見えて来るからかな?
イヤ~、我々も長いことやってるナァ~。
これも皆さんがこうやってライブに足を運んで応援してくださるおかげでございます」118a0554 「大阪でもやったんですが、今一度この16年をみんなで振り返ってみようかな~と思います。
本当に色んなことがありましたからね。
D_Driveは2009年から始めて…初ライブは1月24日でしたっけ?」118a0590 メンバーが「23日か?」、「24日か?」とモメて、スワ取っ組み合いの大ゲンカの様相を呈すると(←ウソですよ~)、Toshiくんが「23日!」と明言した。
ナンだって当時メンバ―ではなかったToshiくんがそれを知っているのか?…その日、Toshiくんが当時所属していたバンドが対バンでその現場に居合わせたのだそうだ。
「そのライブの後、打ち上げでメッチャ恐いネエちゃんがおるな~、酒飲みやな~…と思っていたのがアノ人」
Toshiくんの視線がステージ中央の後方に移動した。M20vそして各メンバーがそれぞれの16年間を振り返った。
まずはそのToshiくんの視線の先の人から。
「いろんな地域に行けたことがヨカッタですね。
47都道府県ツアーなんて実際にやったバンドってあんまりないと思う。
それに海外でライブをすることができたし、楽器屋さんやハードロックカフェで演奏したり、色んなところでライブさせてもらいました。
個人的にも旅行が好きなので、行った先のモノを食べたり観光もタップリ楽しみました。
ありがとうございました!」M30vToshiくんは2018年に加入してもう7年。
「いいエピソードが色々あるですけど『アッ、コレだ!』って思ったのが…恐らく16年前からずっとライブに来てくださっているお客さんっていらっしゃると思うんですが、本当に音楽が好きな人が16年間も通ってくれるバンドってD_Driveだけじゃないかと思うんですよ。(客席から大歓声が上がった)
しかもずっとインスト。
まずライブハウスが好きじゃないと来ないでしょう。
こんなに回数多くやっていてこんなにたくさん集まる?
海外も含めてこんなの見たことがないですよ…インスト・バンドでこんなにツアーを回って16年続いてきたなんて。
そういう音楽好きな人が16年間集まってきた…それが1番残したいエピソードやと思うんです」
ウ~ム、Toshiくんは実に良いことを言った。
コレには私もダマってはいられない…が、ココは先を急ぐことにする。M40「私もChiikoさんと同じく色んなところに行かれたことがスゴイと思っています。
こういうことをしていないとなかなか体験できることじゃないですからね。
日本に住んでいても全都道府県に行ってる人ってそうそうはいないと思うんですよ。
海外でも、イギリスやアメリカに行かせて頂いて、他にも中国、韓国。
そしてライブをしたり、NAMMショーとかにも出たりしたことは、すごい貴重な体験でした」
言葉を返す必要もないことが…実はミュージシャンとは正反対の職種と言ってもよかろうサラリーマンね。
支店をいくつも抱えているような規模の会社の営業マンや一部の技術屋には「訪れたことがない県庁所在地はない」とかいう人が結構多いんですよ。
かつては私もそういう会社に勤めていたけど、こんな私ですら行ったことがない県は青森、秋田、岩手、佐賀、熊本の5つだけだもん。
サラリーマンって結構スゴイんだよ。M50「楽しかったナァ、ホンマに。コロナさえなければ…なんですよ。
でも大変だったことも多かった。
大雪で国道246号線で2泊3日するとかね。東京、大阪間が36時間」
あの時はスゴかったネェ。
結構真剣に差し入れでも持って行ってあげようかと思ったけど断念した。
だって現場へ行かれないんだもん。M60「ライブとインストア・イベントの予定が入っていたんですがたどり着けず…。
でもなんというか、そういった1つ1つの経験が今の自分たちを作ってるのかな?と思っています。
ホントしみじみそう感じますね」とYukiちゃん。
「Yukiちゃんはね、美人でギターがウマいですけど、叩き上げだからね…ホンマに。
こうやって重いMarshallのヘッドを『オリャ~!』いうて自分で運んでくるからね。
そんな女子、マジでいないっスよ。
そういうことをやっているから、音にも詳しくなるし敏感にもなる。
そりゃ子供もバンバン生みますわ!」008a0276 「まだ1人ですから!
でも、ホントに重いんです…でもガンバっています。
良い音を出すということが我々にとっての仕事の一部ですからね。
もちろんこれからも引き続きやっていこうと思っています」
エライ!よく言った!
そう、Yukiちゃんは妙なデジタル機材には目もくれず、ライブではいつもチャンとMarshallを使ってギターを弾いてくれる。
だから見てごらん。イヤ、聴いてごらん。
たくさんの女子ギタリストがいる中で、Yukiちゃんが出すギターの音は抜きん出て太く、そしてヌケが良いでしょう?
そりゃ真空管アンプをチャンと使っているんだから当たり前の話。
経験豊富なYukiちゃんはそのことをよ~くわかっていらっしゃる。
Marshallは確かに重くて我ながらムカっとくる時もあるけど、「良い音を出す」という仕掛けがその重さになっているんですよ。
M110vそのYukiちゃんの後ろに聳え立つMarshallはコレ。
「JVM410H」と「1960B」の「ホワイト・ブルーローズ・スペシャル」。118a1101「ボクも色々なところで演奏した思い出があって、どれもすごく楽しかった。
例えばイギリスで言うとね、Marshall社が『Marshall Arena』というアリーナ・ホールを持ってるんですよ(現在はMarshallの手から離れ「Arena MK」という名称で運営されています)。
その4,000人収容のホールで開催された『Marshall LIVE』で演ったし、日本では整骨院でも演った…
10人限定のライブ。
でも、整骨院でしょうが、4,000人のホールでしょうが、ボクらは変わりませんからね。
どこで演ろうが変わらない。
そんな経験をしてる不思議なバンドなんです」M90v 「ボクは数年前に倒れて入院してから、代わりにYukiちゃんとToshiくんが運転してくれてるんですが本当に感謝しています。今日も運転してくれました。
この16年間で1番印象に残ってるのは、『47都道府県を新しい機材車で回らせてもらいます』というその『新しい機材車』を買うためのクラウンド・ファンディングをやって見事に成功したことですね。
コロナのせいで当初半年で回る予定が3年かかりました。
それが1番印象に残ってるかな」
M100YouTubeの登場でもう最近は全くと言っていいほど見かけなくなってしまったが、楽器屋さんでのクリニックなんてのも以前は結構やったよね。
Seijiさんとは古くからの知り合いということで、D_Driveは最も早くからMarshall Blogにご登場頂いているが、私もその取材でずいぶん色んな機会にご一緒させてもらった。
教則ビデオがらみのイベントだとか、「居酒屋甲子園」とか、どれも楽しかった。
もちろんイギリスへ行った時の思い出が最も印象に残っているワケだけど、下の五反田の「ゆうぽうとホール」で開催された文化促進事業のコンサートも今となっては忘れがたい思い出だ。
この時、寺内タケシさんや渡辺香津美さんもご出演されて、久しぶりに香津美さんとご一緒できたこと、エレベーターで一緒になった寺内さんがカメラを首から下げている私に「どう?いい写真撮れてんの?あ、そう、ヨカッタね~」と話しかけてきてくださったことがとてもうれしかった。
もう『エレキの若大将』で演じたあのそば屋の出前持ちのような気さくな雰囲気の方だった。
その寺内さんが5年前にお亡くなりになり、香津美さんも現在ご闘病されていて早期の復帰が望まれている。
時に「時間」というものは残酷だ。190それと…島崎藤村みたいなことを言うけど、この時のことで強く印象に残っているのがYukiちゃんが付けていたクルクルの髪飾り。
ナゼかコレをすごくよく覚えているのだ。
D_s41a0091 「皆さんが応援してくれたおかげで3年かかりましたが、ナンとか47都道県を回りましたね。
本当にありがとうございます。
来年の『17周年』に向けてもガンバっていきたいと思います。
では、チョットここいらで激しめな曲をいってもいいでしょうか?」118a0554「オオオオ!」と客席からガッツリとしたレスポンスがあってSeijiさんがリフを弾き出したのは「Attraction4D」。10人気の1曲に大盛り上がり!008a0149 スリリングにドライブする完璧なバンド・アンサンブル!20vそれには今耳にした4人の16年の思い出がタップリと詰め込まれているような…30vいつになく感動的な「Attraction4D」だった。40続いてSeijiさん作の「TSURUGIー剣ー」。
「つるぎ」ではなくて「つぎ」ね。50vSeijiさんソロのライブの時はいつも取り上げているがD_Driveで聴くのは15周年のアンコールの時以来。60闘士が剣を交えて丁々発止と渡り合うハードな情景が繰り広げられた。008a0176 ココで恒例のChiikoちゃんの物販紹介コーナー。80ギターを持ち替えて今度は「轟音」のコーナー。
フロント陣がサオを持ち替えてまずは「Breakout」。90ハーモニクスを使ったSeijiさんのリフから「轟音づくし」の1曲。
100v_2Seijiさんの「JVM410H」と「1960B」は、「ブロック・ロゴ」に「ECフレット」と「ゴールド・パイピング」を施したビンテージ仕様。118a1098 でも思い出してみるに、昔のD_Driveって「メタルメタルしているイメージ」を前面に打ち出そうとしていたような印象があるんだけどどうだろう?
この曲なんかはまさにそのメタル傾向に根差した轟音曲ではなかろうか?120v続いてYukiちゃん作の「Be Yourself」。
Yukiちゃんが奏でる独特の短調のメロディから…
110v_3ハイ、轟音!
このヘヴィなサウンドを生み出す重要なキーはChiikoちゃんのドラムス。130v時にハードに、時にパワフルに、時にワイルドにバンドを律動させるChiikoちゃんが使用しているドラムスはNATAL。140_2「ありがとうございます。
早いもので今日もあと少しになって来たました。
今日はこうして久しぶりに関東の方にも来られましたし、素敵な1日になったと思います。
皆さん、いかがだったでしょうか?」M120vメンバーが今日の感想を語ってまた「響歌轟音」について解説。
よっぽど気に入ったんだな?
M130そして、Yukiちゃんが締めくくった。
「こうして久しぶりにこの新横浜New Side Beachも来ることができて、皆さんとこんなに近い距離で一緒にこうしてライブを1つ作りあげられたと思っています。
本当にありがとうございます。
残り少ない時間ですけれども、引き続き皆さんと楽しんでいきたいと思います」M140vメンバー紹介をしてChiikoちゃん、ハイどうぞ!150v必殺のドラム・フィルをガツンとブチかましたのは「GEKIRINー逆鱗ー」。
Vに持ち替えたYukiちゃんの逆鱗に触れて…
160再び轟音が爆裂した!170そして本編の最後を飾ったのは「Russian Roulette」!180v_2Seijiさんが弾くD_Driveならでのリフから…118a0138どこまでも過激なパフォーマンスが展開する。200vやっぱりメタルメタルしているじゃないか!
でもそこには「歌」があるのだ。210vみんなでYukiちゃんのパルマに合わせて…♪シャンシャンシャ、シャンシャンシャ。220Seijiさんがステージ前面に出て来てお客さんをアオるアオる!240白熱の演奏で本編を締めくくった!250_2そして呼び戻し。
「アンコールありがとうございます。
今日は『響歌轟音』ということで、D_Driveのコンセプトでもある『インストだけど歌はある。歌詞がないだけ』というコンセプトで取り組んでおります。
今後も『響歌轟音』でやっていきたいと思いますので皆さまどうぞよろしくお願いします。
でもね、ボクがこれから弾くメロディには歌詞を付けてみんなで歌ってくれ!」
と、「ハッピーバースデイ」のメロディを奏でた。260vこの日はYukiちゃんの誕生日だったのだ。
「ありがとうございます!ビックリした~。
ホントに今日が誕生日なんです!
今年も無事に誕生日を迎えることができました!」118a0850ココからしばらくはプレゼント授与コーナー。
まずはSeijiさんから。
270ギタリスト同士ということでトレモロ・ユニットに使う便利グッズや弦をプレゼント。280_2続いてはChiikoちゃんから。290_2靴下やポーチ、フェイスパック・マスク等女子同士らしいアイテム。300そしてToshiくん。310_2産後で傷んでいるであろう髪の毛のトリートメント。
これぞToshiくん流気遣い。
320_2さらにSeijiさんからバースデイ・ケーキが手渡された。330「皆さん、ありがとうございます!
ケーキは後で皆さんと頂きたい思います。
ココから自分でMCを進めるのはなかなか難しいですネェ。
こうして皆さんにライブにお越し頂いて、また新しい年も無事に迎えられそうでホントにうれしいです。ありがとうございます!」340_2オッと、もうひとつ!
忘れちゃいけないのはD_DriveRさん。
「Yukiさん HAPPY BIRTHDAY!」のお花を頂戴しました。30 『響歌轟音』の東京公演の最後は「Screw Driver」。360最後の最後まで「轟音」で押し通した4人。
でもそこには常に「歌」が「響」いていた!370v_2 380v_2 390v_2 400v「Over R.E.V」で締めくくり。410_2記念撮影をどうぞ~。008a0485最後に…多分コレは以前どこにも書いたことがないように記憶しているが、それはSeijiさんがMCで触れていた2019年にMarshallアリーナで開催した『Marshall Live』の時のこと。
サウンド・チェックの時に音響のスタッフがマイクのチェックをするために「シンガーはどなたですか?」と私に尋ねてきた。
「D_Driveはインストルメンタルです」と答えると、「エエエエ~?!」と叫びこそしなかったが、私にはそのスタッフが結構驚いているように見えた。
「イギリスではインストルメンタルのバンドがそんなに珍しいんかい?」とこっちが驚いたが、イヤ、考えてみるとブリティッシュ・ロックの歴史の中で純粋なインストゥルメンタルのバンドって誰がいた?
一般的にスッと出て来るのはハンク・マーヴィンのThe Shadowsか?
でもアレはテケテケだからね。
他には……ゲイリー・ムーアが在籍していた「ColosseumII」ぐらいか?
最近のバンドのことは全く知らないけど、クリームをはじめインストルメンタルのパートを売りにしているバンドは山ほどあったが「全く歌のないバンド」って皆無に等しかったのではなかろうか?
そんなインストゥルメンタルのバンドと契約したMarshall Recordsも大したものだが、16年もの長きにわたって世界標準でも珍しいことをやり続けているD_Driveは立派だと思うよ。
それを追いかけてくださるD_DriveRの皆さんも立派。本当の音楽好きに違いない。
Toshiくんが回想の弁で言った通りだ。
260_2 そんなD_Drive、3月にはおなじみの「フロアライブ」も決定しているので楽しみだ。
会場はお隣の「Strage」。
場所は替わっても歌がある!

D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive official website
12_430v 「どうもありがとうございました~!」420   200_2(一部敬称略 2025年12月6日 新横浜New Side Beachにて撮影)

2026年1月26日 (月)

D_Drive~響歌轟音<前編>

 
2024年11月16日以来の首都圏エリアでのD_Drive単独公演。
前回に引き続き今回も会場は「新横浜New Side Beach」。
今回の公演に際しては『響歌轟音』というタイトルが付けられた。
「歌は響きて音ぞ轟く」ってか。「風林火山」みたいでいいじゃん?
しかし、このボード…相変わらず素晴らしい。
下描きなしでいきなり描いちゃうっていうんだからスゴイ。10ロビーに飾られた祝い花。20今回もシッカリとD_DriveRさんから届けられていた。30この日の屋台村のようす。
40オリジナル・イベント・グッズや…50CD類、ステッカー類、カレンダー等が並べられた。60定刻になってショウがスタート。
オープニングのSEに乗ってメンバーが1人ずつ登場して「Hyper Driving High」。
「♪ダダダダ ダダダダ」でポーズをキメる。
うれしいネェ、ナニも変わっていない!
008a0034Seiji80vYuki90vToshi100vChiiko110v「こんばんは、D_Driveです!
皆さん、盛り上がってますかッ?」
安心してくださいッ、盛り上がってますから!
008a0040矢継ぎ早に「M16」。130久しぶりに眼前に広がる銃撃戦の場面。135当たり前のことなんだけどナンカ「今、D_Driveを観ている」ということを実感するナァ。140間髪を入れず「Begin Again」。161Chiikoちゃんと…162Toshiくんのパワフルなリズムが大爆発!163後半のギター・アンサンブルもバッチリとキマって…118a0136凄まじい勢いの「Begin Again」が炸裂した!118a0075_2 「改めましてこんばんは。D_Driveです。
新横浜New Sige Beach…久しぶりにお邪魔しました。ありがとうございます!
私も産休を頂いておりましたので、D_Driveとしても、関東でのライブとしても、とてもとても久しぶりということになります。
皆さんとはお久しくしておりましたが、大阪に引き続き『D_Drive Live 2025 響歌轟音』ということで今日は楽しんでいきたいと思います」150「どうですか、皆さん?暑すぎるとか、寒すぎるとか?…良い感じ?
今日はすごく熱いライブにしていきたいと思いますので最後まで楽しんでください」160vYukiちゃんのファンク・ストラミングから「Wings」。170vもちろんYukiちゃんのギターを鳴らしているのは愛用のMarshall。
「JVM410H」と「1960A」の「ホワイト・ブルーローズ・スペシャル」。180vChiikoちゃんのゴキゲンなグルーヴで…190vYukiちゃんが思う存分弾きまくった。
この曲はYukiちゃんが可愛がっているインコのレモンちゃんとラムちゃんをテーマにして作った曲であったが、ラムちゃんは天寿をまっとうし、現在では似通った青い色をしたアイちゃんに代替わりしているそうだ。
2羽はとっても仲良くやっているんだって!
200続いては『DYNAMOTIVE』のリード・チューン「Red Light, Green Light」。210今日もバラエティに富んだテクニックで♪ブイブイ、ゴリンゴリンとバンドをドライブさせまくるToshiくん。220vSeijiさんがカミソリのようなスリリングなメロディを奏でる。
いつ聴いても緊張感あふれるカッコいいテーマだ。
230vSeijiさんのビンテージ仕様の「JVM410H」と「1960B」。
このMarshallもココに登場するのは久しぶりのことだ。
ソロの方ではチョコチョコとコレとは異なるMarshallを使ってもらっているが、アレもまた楽しいな。
240vギターのラインナップを入れ替えたことはそのソロ・ライブのレポートの中でも触れたが、こうしてサオをズラリと並べて見るとずいぶんとステージの雰囲気も変わるもんですな。
サンバーストの軍団がいかにも頼もしい。250Marshallとコレらの新しいギターのコンビネーションが出すますます太くヌケの良い音でD_Driveミュージックをブチかましてくれるのだ。260Seijiさんの人力シーケンサーから「The Last Revenge」。
私の中ではこのイントロのメロディと「居酒屋」という言葉は一生切り放すことができない。
D_Driveのキラー・チューンのひとつを快調に駆け抜ける4人。
270v 280 290 300v久しぶりでも何ら損なわれることのない完璧な演奏に初っ端から会場は大いに盛り上がった!310「ありがとうございます。
さっきSeijiさん…ちょっとアームを落としていましたよ。
アッ、私の気のせいかもしれない…イヤ、見ました!ポロンって」320「なんかあった?
イヤ~、やっちゃいましたね。
でもまだ下にあったからヨカッタ。
Yukiちゃんなんて楽屋に忘れて来たことがありましたからね」
「完璧」を身上とするSeijiさんが珍しくワーミーバーのアームを落としてしまったのだ。
330v「アハハハ!アッレ~?みたいな。
スタッフさんに楽屋まで走って取って来てもらったなんてこともありましたね。
16年もやっていると色々なコトがあるんですよ!」340「ところで今回はこうして『響歌轟音』というイベント・タイトルを付けました。
皆さんはイベントのタイトルとかあんまり気にしてなかったでしょ?
我々もいつもタイトルには悩まされるんですよ。
シンプルな方がいいのかな?それとも凝った方がいいのかな?って」350「そこでメンバーとオンライン会議をして、悩みに悩んで『響歌轟音』というタイトルになったんです。
コレは私たちの造語です…Seijiさんが言い出したんでしたっけ?
あ、Chiikoさんでしたっけ?」360v「アレ?オレちゃうんかった?
いつも言ってるコトとすごく似ていてたので自分が言うたと思っていたけど…」370v「ココに行きつくまでの過程がいくつもあったんですよ。
漢字4文字にしようとか、熟語みたいにしてみようか?みたいな。
案がイッパイ出たんですね」380vココで誰が『響歌轟音』というタイトルを考えたかで大ゲンカとなる。
スワ取っ組み合い!というところへ(←ウソですよ~)Toshiくんが…
「みんなで決めたんですよ!」
それでよか!390vこの後もタイトルの説明が続く。
かいつまんで言えば、Seijiさんがいつも口にしている「D_Driveの曲には『歌詞』はないけど『歌』はある」とか、D_Driveというバンドを漢字四文字で表すと「響歌轟音」になるとか、オンライン会議を通じみんなで仲良く決定したということだ。400「響歌(きょうか)」なんて言うと、「狂歌」に通じる感じがするね。
「狂歌」というのは江戸中期に発展を遂げた短歌のパロディ。
この場合の「狂」というのはいわゆる「狂う」という意味ではなくて、「他とは違う」とか「他にない」という意味。
英語で言えば「unique」。
まさにD_Driveじゃんか!
江戸の昔にはこうした現在とは異なる言葉の使い方があって、例えば「林子平、高山彦九郎、蒲生君平」の3人は「幕末の三奇人」と呼ばれた。
コレを知った時、「ナンで高山彦九郎が奇人なの?」と思った。
京都の方はご存知かもしれないが…徹底したその尊王ぶりは奇人といえば奇人と言えそうだが、この場合の「奇人」とは「優秀な人」という意味だということをすぐ後に知った。
で、その狂歌の大家が下の有名な「太田南畝=太田蜀山人」。12_on上野恩賜公園の入り口には「蜀山人の歌碑」が立てられている。
碑には「一免の花の碁盤の上野山 黒門前にかかる志ら雲」とある。
コレの一体ナニがオモシロイのかというと、コレは松尾芭蕉の俳句のパロディなんだって。
江戸の人たちは「あ~、オモシロイ!」とこの蜀山人の句を読んで楽しんでいたのであろうか?
恐るべし江戸人の教養!恐るべし狂歌、そして響歌!0r4a0010パロディといえば…
柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺」って誰でも知っている正岡子規の有名な俳句があるでしょ?
コレはパロディだって知ってた?
この俳句の元は夏目漱石。
漱石が下の鎌倉の建長寺の鐘を目にして…
鐘つけば 銀杏散るなり 建長寺」と詠んだ。
それを子規がパクっちゃったんだね。
でも、漱石と子規は大の仲良しだったんだよ。0r4a0027 次はいかにもその「歌詞はないけど歌はあるヤツ」。
Seijiさんが心を込めて引き込む哀愁のイントロ。410桜の歌はあまたあれど、チョット前の時期に咲く梅の歌がない…と、Seijiさんが梅を不憫に思って作った名曲「U_Me」。430図太い低音で弾く和風テイストのリフ。
こんなの他にないよ~。420v_2そして陰に陽にパノラミックに曲が展開していく。
やっぱり名曲だにして狂歌だ。
440vところで、週末にタマタマ小石川後楽園へ行ってきた。
水戸様のお庭ね。
よくテレビで「ダレダレさんの敷地は東京ドーム何個分」なんてその広大さを表現するけど、水戸様は反対だ。
元の水戸德川家のお屋敷の敷地内に東京ドーム立っているのだからスゴイ。
戊辰後、明治政府が屋敷を接収し、今のドームのあたりには「陸軍砲兵工廠」という武器の工場が建てられ、関東大震災の時まで稼働していた。
サブ脱線するけど、この東京ドームがある場所に「後楽園プール」があったことを知らない人がいて私なんかちょっとビックリしちゃうんだよね。
私が中学生の頃は、オフシーズンにその脱衣所を借りて中古レコードの「ハンター」がレコードやオーディオのセールをやっていて毎回行っていた。
もうチョット言うと、プールの前は昭和48年(1973年)まで「後楽園競輪場」だった。
私は父に連れられてその競輪も見たことがある。
お世辞にもキレイとは言えないオジさんたちが金網を揺さぶりながら「まくれ、まくれ!」と大声を出していたのを今でも覚えている。
441小石川後楽園は国から「特別史跡」と「特別名勝」の指定を受けている。
ガイドさんによると、この「特別」の両方の指定を受けている施設は日本に2つしかないそうだ。
もうひとつは「浜離宮恩賜庭園」だそうです。0r4a0207こんな「藤田東湖」の記念碑があった。
幕末に関する本を読んでいると必ず登場する「尊王攘夷派」の重鎮の水戸藩士。
東湖は1855年の「安政大地震」の時にお母さんの身代わりになって倒壊する家の下敷きになって絶命した。
碑には「藤田東湖護母地名の処」と刻まれている。
当該の場所が道路拡張に当たってしまい、この後楽園内に碑を移設した。0r4a0201水戸藩といえば地元の水戸に「偕楽園」という梅の名所がありますな。
その関係か、この「後楽園」にも梅の木が何本も植えられている。442ガイドの話によると、この日はこの時分には珍しく花がよく咲いているということだった。443梅の花というのはカワイイよね。
もちろん花を鑑賞しながら口ずさんだのは「U_Me」。444Yukiちゃんが「U_Me」の前のMCで「轟音ではない曲が続く」と言っていたがセットリストはその通り進行し、もうひとつ「響歌静音」の「Unkind Rain」を取り上げた。
情感豊かにテーマ・メロディをYukiちゃんが奏で…450v深遠なベース・ソロ。008a0196曲の後半ではグイグイとハードなギター・プレイが展開される。4602人のアンサンブルがもの悲しくも美しい。008a0105 そのパートをエキサイティングに演出するのがChiikoちゃんのドラムス。470v使用しているドラム・キットはもちろんNATAL。480バスドラムのペダルもNATAL。490チカチカの電飾も相変わらずだ!500そして前半を締めくくったのは「Runaway Boy」。510お客さんは極上の「轟音」で「響」き渡る「歌」に酔いしれた。
 
D_Driveの詳しい情報はコチラ⇒D_Drive official website520<後編>につづく
 200_2(一部敬称略 2025年12月6日 新横浜New Side Beachにて撮影)

2026年1月23日 (金)

SYU AND MASHA Guitar Instrumental Live~シューマッシャー<後編>


昨年11月末に開催されたSyuとMashaのダブル・ヘッドライナー・ショウ『シューマッシャー』のレポートの<後編>。05vマァその~、普段Marshall Blogに登場することのないガルネリウスのSyuさんを「Syuちゃん、Syuちゃん」と気安く「ちゃん」呼ばわりしているのは一体どういうことなんだ?…と、<前編>を読んで思われたガルネリウス・ファンの方もいらっしゃるのではなかろうか?
実はSyuちゃんとは昨日今日の付き合いでは全くないのだ。
しかし「久しぶり」どころか、今のMarshall Blogにご登場頂くのは今回が初めてのこととなる。
ということで、しばし私の「Syu史」をお届けしたいと思う。
0r4a0513まだYouTubeなんてなかった時代、「ヤングギター」誌は優れたテクニックを持つ若手ギタリストの演奏を収録したDVDを付録にして大きな人気を呼んでいた。
そのDVDの撮影のお手伝いをMarshallでさせてもらったのがそもそもの始まりだった。
2004年ぐらいのことであったろうか?もう少し前かな?
そのDVDの制作を監督していた当時のヤングギター誌の編集長にSyuちゃんをご紹介頂いたのだ。10撮影では演奏用のMarshallは当然のこと、画面をにぎやかにするための背景に設置するフル・スタックも大量に用意した。
ずいぶんやったっけナァ…。
この時、当の編集長にはSyuちゃんの他にも新進気鋭の若手ギタリストを大勢ご紹介頂き今でも感謝している。20 2005年の暮れには『マーシャル祭り』というイベントの3回目を開催し、Syuちゃんにもご出演願った。
私が司会を務め、ジム・マーシャルの名代でイギリスから招いた令嬢のヴィクトリア・マーシャルが舞台挨拶をした。
後の「JVM」の「V」ね。
Mm3ftそういえば同じ2005年に『GUITAR INST de METAL~オヤジ魂~』と銘打ち、古今のアメリカのテレビ・ドラマや映画の主題歌をギターで演奏してCDを作るという企画があった。
Syuちゃんは何の関りもないであろうにヘンリー・マンシーニの「ピーター・ガンのテーマ」と「サンダーバード」を弾かされていた。
収録はライブ形式の一発どり。
それはいいんだけど、「ミスをした時の保険」ということですべての曲を2回連続で演奏した。
一発で満足に仕上がった曲でも2回演奏するワケ。
だから「一発録り」ではないな…「二発録り」。
コレがですね、その場にいて想像を絶するキツさなのよ。
飽きるのなんのって!
試しに普段聴くことがないCDを使って家で実際にやってごらん、11曲分。
特段好きでもない曲を2回ずつ連続して聴くということが想像をはるかに超える苦痛だということを身をもって知ったライブだった。
90その後、Marshallは2006年から2007年にかけて「Vintage Modern」シリーズと現在でもフラッグシップ・モデルの座を務めている「JVM」シリーズを発売した。
まだジム・マーシャルがピンピンしていた頃…と言いたいところだが、ジムは2006年に不幸にして倒れてしまい闘病生活を余儀なくされた。
1962年のMarshall創立以来2日しか休んだことがなかった人だ。
だからその時もジムは周囲の制止を押し切り、不屈の闘志で病院から一時抜け出し、そして撮影したのが下のJVMとVintage Modernのポスターの写真。
確か倒れてから数日後のことだったハズだ。65vこれもYouTubeがなかった頃の古き佳き時代のイベントと言えようか?
『Marshallロードショウ』と称した楽器店のホールやスタジオにお客さんを迎え、クリニック形式でMarshallの商品の魅力を伝えるイベント。
コレは(当時)本国のイギリスで励行していたプロモーション手段で、私は人前でしゃべるのが結構好きなものだから職権乱用で司会をやらせてもらい、ヤングギターの編集長にご紹介頂いたギタリストの皆さんにデモンストレーションをお願いして盛んに開催した。
そんな中、最も多数回デモンストレーターを引き受けてもらったのがSyuちゃんだったのだ。
50私が商品の説明をしてSyuちゃんがデモンストレーションをして感想を語り合う…みたいな内容。
当時はどの楽器メーカーも同じようなことをしていたが、今ではもうスッカリ見かけなくなってしまった。
「チャンネル登録と高評価お願いします」ばっかりだもんね。
インターネットを通じての音などではなく、本物ドンズバの音を目の前で聴かせるワケだから、そりゃオモシロイにキマっている。
60Syuちゃん人気のおかげでどこでやっても満員になった。
ロードショウ内での演奏の内容はシューマッシャーと同じ。
バッキング・トラックに合わせてガルネリウスの曲をバリバリ弾いて見せてくれた。
Bb_2もし今、ロードショウができるのであれば、真っ先にシューマッシャーの2人にお手合わせをお願いすることだろう。
70当時、ナニせVintage ModernとJVMが出て来てくれたおかげで、ネタに困ることが全くなかったし、Syuちゃんも極上のプレイで商品の魅力を的確に伝えてくれた。
何度もやっているウチに私がする説明の内容を覚えてしまって、Syuちゃんが私より先に商品を紹介してしまうなどという場面も出て来るようになった。
下の写真はSyuちゃんの演奏を集中して聴いている私。
寝ているワケではありません。
80コレは2007年の3月。
フランクフルトでもSyuちゃんと一緒になった。
当時世界最大の規模とされていた楽器の展示会『Musik MESSE』にユウキさんと2人で某メーカーのデモンストレーターとして参加していたのだ。
激しくも精緻なパフォーマンスで2人とも大きな歓声を浴びていた。1002008年の4月にMarshall Blogがスタートすると、イの一番でインタビュー記事に登場してMarshallについて語ってもらった。
コレは2011年末に終了して現在は閲覧することができない旧Marshall Blogに掲載した記事なんだけど、読みたい人っているかしらん?Int一方、ヤングギターのDVD制作のお手伝いは色々なスタイルで継続し、とうとうこんなコンピレーションDVDまで作って頂いた。
30腕利きのギタリストが数人集まりVintage ModernやJVMを使ってしのぎを削る…というコアなギター好きには堪えられない好企画だった。
JVMとVintage Modernのプロモーションでこんなことをやったのは世界で日本だけだぜ。40 その後もMarshallの快進撃は続き、ランディ・ローズのシグネチャー・モデル「1959RR」やケリー・キングの「2203KK」を発表。12_rrkkこっちもそれに応えてSyuちゃんとのロードショウを頻繁に開催した。
ネタに困ることは一切なかった。
Eeそういえばこの頃はF1の「ミハエル・シューマッハ」が人気だったのかな?
Syuちゃんは待ち時間になると「F1」のドライブ・ゲーム(っての?)に夢中になっていて、「このシューマッハの『シュー』は『Syu』の『シュー』なんですよ」みたいなことをよく言っていた。
だから「シューマッシャー」の息吹は20年以上前からあったワケだ。
130ロードショウを通じてずいぶんと色々なところを回った。
東京都内や近郊はもちろんのこと、札幌、仙台、新潟、名古屋、岐阜…九州には行ったっけかな?
新潟の盛り上がりなんてスゴかったナァ。司会をしていてとてもオモシロかった。
一方、大村くんと松山に行ったことはあったが、Syuちゃんとは四国には行かなかった。
140それと幹大ちゃん。
藤岡幹大さんともずいぶん色んなところを回った。Img_0230_2 八王子でのロードショウを終えて、そのままSyuちゃんの車に乗せてもらって松本へ向かったこともあった。
私が「イヤだ」って言っているのに車の中で強引にドリーム・シアターを聴かせようとするのよ!
この時、仕込みを担当してくれた私の同僚の営業マンがSyuちゃんの本名を知らなかったので、仕方なく「周富徳」の名前でホテルの予約をしようとしていたのには大笑いした。
仙台では一緒に牛タンを食べに行ったり、冬の札幌ではSyuちゃんの目の前で私が足を滑らせて宙を飛んでスッ転がってみたり、いつも笑いが絶えなかった。
150vそして、Marshall Blogがスタートした翌月からロードショウを開催するたびに毎回レポートを掲載した。
調べてみると最後のレポートがMarshall Blogに載ったのは同年9月の「郡山」の記事だった。
合計で6回ほど記事を掲載した。
改めて驚いてしまったのだが、つまり5か月の間に6回ものハイペースでロードショウを開催していたのだ。
レポートは今みたいな微に入り細を穿つような内容ではないし、現在では一般公開もされていないが、「日本マーシャル史」の記録としては貴重になモノになったと思う。
もちろん全部保存してある。
160そうそう!
SyuちゃんはMarshallの上にいつもピックを入れるためのハロウィンのカボチャと指板の潤滑油のスプレーを置いていた。
いつもキチンとSyuちゃんの背中の方を向いているカボチャが演奏を見守る魔除けみたいな感じだった。
170_2最近では大音量を疎んじることも珍しくなくなってしまったが、この頃はロックが爆音を大歓迎していた時代だった。
デジタル・テクノロジー前夜、SyuちゃんのおかげでのMarshallの良き時代にドップリと仕事をすることが出来たことを本当に幸せに思っている。
私も一生懸命に取り組んだ。
そうした努力の積み重ねが認められて2009年にMarshallから表彰された。
Ddところがこの後、SyuちゃんがMarshallを離れてしまったため、ロードショウにもMarshall Blogの記事にも登場することがなくなってしまった…というワケ。
180v結局はまたMarshallに戻って来てくれて、もうかなりの時間が経ったので今回ご登場頂く運びとなった。
ナント18年ぶりのこととなる。
ありがとう、Syuちゃん! 
Ccさて、シューマッシャー「Syuの部」の3曲目は強烈なタッピングのイントロから…10v巨大な岩石が猛スピードで転がり落ちて来るような過激なサウンド…と思ったら転がって来たのは「重金属」だった!
イントロからして規格外にスリリングな「GR Metal」。20v大人しめのメロディアスなパートを経て…30一分のスキもないソロを通過して怒涛のエンディングに持って行った!
この曲もスゲエ。
40「暑いッ!どうもありがとうございます!」
ちょうどこの頃は中国とのあの問題が勃発した時分だった。
ガルネリウスはその直前に中国ツアーに出かけたが、何事もなく成功裡に終了したことが報告された。
Syuちゃんも全曲インストゥルメンタル・ナンバーで揃えたかったのだが、ガルネリウスの曲を聴かせたかったのでセットリストは歌入りの曲を選んだことに触れた。50v続いても爆発的なドライビング・ナンバー「Heartless」。0r4a0420 今SyuちゃんがMCで言っていた歌入りの曲。
しかし、音がデケエ!
うれしいネェ。ロックはヤッパリこうでなきゃイカン。
しかもSyuちゃんは歌やキーボーズのバッキングの時、ノン・ミュートでフル・ストラミングするものだから尚更音がデカく感じる。
でもこの芸当はなかなか出来ないよ。
さすがはSyuちゃんだわ。70もはやどこがソロだかバッキングだか区別がつかないようなギター・パートの濃密さ。
110ドラマ性の高い曲をギターが一層パノラミックに演出して…
90Syuちゃんのコーナーを締めくくったのは「I Believe」。100最後もツーバスの連打が迫りくるドライビング・ナンバー。110v「オリャ~!(←実際には叫んでいない)」
会場の中を縦横無尽にギターが光速で飛び回る!
スゲえソロだぞ、コリャ。120そしてこの曲のエンディングはレナード・バーンスタインに指揮させたいぐらいの一大スペクタキュラー!
コレは聴く者に感動を与えるというモノだ。130v_2これにて「Syuの部」は終了。
 
Syuの詳しい情報はコチラ⇒GALNERYUS Official Website
140
シューマッシャーの部
「Mashaさん、再登場してくれ~!」とSyuちゃんが叫ぶとMashaくんがただちに登場。0r4a0447 そしてこの日のハイライト。
再びシューマッシャーの部に突入した。。150「カッコいい…感動しました。スゴイな。
今から私も混ぜて頂いてガルネリウスの曲を演らせて頂きます!」160v「Mashaの好意でガルネリウスの曲を演奏させてくれということでこういう企画が実現したのでございます。
決して私がサボったワケではありません!」170vまずは「Emotions」。0r4a0681 Syuちゃんが先行でメロディを奏で…190vMashaくんが受け止める。
2人とも実に巧みに、流麗にメロディを歌い上げた。200v双方Marshallなので音の相性もバツグンに良いのだ。
MashaくんのMarshallは…008a0172今回初登板の「JCM900 4100」と「1960A」。205v一方のSyuちゃんは…0r4a0641「JCM2000 DSL100」と「1960A」。195vコレは本当に驚いてしまったんだけど、Marshallの上に置いてあるカボチャね。
上で触れたカボチャと同じモノなんだって!
つまり20年以上このピック入れにしているカボチャを使い続けているのだ。
なんて物持ちの良い人なんだろう。
その隣りの指板潤滑油の銘柄も変わっていないようだ。
Syuちゃんは業界定番のあの黄色いヤツを昔から使わない。Vvv もちろんソロのパートでは丁々発止と渡り合った。
とても楽しそうなお2人さん。210「ギター2本の『Emotions』はなかなかないんでね。
普段はユウキネンが弾いているパートをMashaに弾いてもらいました。
本当はシューマッシャーで曲も作ろうとしていたんだけど今回は時間がなくてできなったねんな。
もし作るとしたらMashaはどんな曲がええ?」220v「弾かせて頂きました!
曲ですか…激しい、泣ける…みたいな」
コリャ、2人の共作に期待できそうですな?
230SyuちゃんがSilexやガルネリウスの近況や予定を説明。
また、2人が使っているSyuちゃん作のオリジナル・ペダルについても言及。
「Marshallにチョットだけ音を足さささささせて頂いております。
Marshallとの相性もバッチリでございます!」
イエイエ、どうぞ好きなようにやってください。
そして、Mashaくんが話していたBRAND NEWがらみの2人のなれそめを詳しく説明し、できるだけ近いウチにまたシューマッシャーを開催することをSyuちゃんが宣言して大きな歓声を浴びた。
0r4a0345シューマッシャーの2曲目は「Voice in Sadness」。
開放弦を使ったフレーズをユニゾンで弾いてイキの合ったところを見せる。240この曲でもSyuちゃんが先行でソロを弾き…250vMashaくんがバリバリと追撃。260vそしてエキゾチックなフレーズを完全ユニゾンで合わせた。
270「楽しんで頂けましたでしょうか?
追い付かなきゃ!と必死でしたがその瞬間がすごく楽しかったです。」270v「自分のバンドはギターが1人なので、Mashaみたいな腕の立つギタリストと一緒に演奏するのは刺激以外のナニモノでもないんです。
最近はこういう機会がないので本当にいい刺激になったと思います。
ありがとうMashaさん!」280v「そういえば!」と、ココで昨年Mashaくんが共演したウリ・ジョン・ロートの話。
Syuちゃんがトクトクとウリのギターの魅力について語った。290大好きなのね、ウリ。
ホラ、この通り。
20年前、フランクフルトでウリと撮った写真。
とてもうれしそうだった。
300「第2回シューマッシャー大会」を締めくくったのは「Raise my Sword」…だったんだけど、その前に「RMS Session」と題して1曲分に相当する前奏曲が追加された。310マイナー曲の定番コード進行に乗せて奏でるユッタリとしたバラード・ナンバー。320v泣く子がダマらずもっと泣いてしまいそうな哀愁のメロディがテンコ盛り。
330v徹底的に泣かせておいて…
340一変して「Raise my Sword」で究極のメタル・ゾーンへ!
350さっき泣いていたのがウソのような激しさ!370v2人でシュレッド・ギターの真髄を見せた!0r4a0745 最後は2人の壮絶なカデンツァ。
もうコレはシュレッディング・ギターの大津波だ!
2人ともカッコよかった~。0r4a0769_2「ありがとうございました!
Syuさん、皆さん、どうもありがとうございました!」410v「オン・ギター、Masha!」420「もう最高!としか言いようがない感じの締めくくりができたと思います。
ひとつ前に演った曲はMashaが絶対にいい感じに泣いてくれるやろと思って作ったんですよ。
モロにそんな感じで泣いて下さいました。
ありがとうございました!」430v「また近いうちにMashaと出来たらと思います。
その時にはまた遊びに来てください。ありがとうございました!」
「楽しかったです!皆さんありがとうございました!」400_2最後はみんなで記念撮影。430次のシューマッシャーも楽しみにしています!440 200_2(一部敬称略 2025年11月29日 四ツ谷Honey Burstにて撮影)

2026年1月21日 (水)

SYU AND MASHA Guitar Instrumental Live~シューマッシャー<前編>

GALNERYUSのSyuとSilexのMashaの2人によるギター三昧企画『SYU & MASHA Guitar Instrumental Live』…人呼んで『シューマッシャー』のレポート。
会場はMashaくんのホーム、四ツ谷Honey Burst。
10v_2この日の屋台村のようす。
2人のサイン色紙が大好評だった。20ステージのようす。
デジタル技術の進歩かなんか知らんが、最近はギター・アンプがステージに乗っていないロック・コンサートなどというおぞましい事態が散見される。
そんなの湯舟にお湯が入っていない銭湯みたいなもんだ。
でも見て!いいネェ~。
今日のステージには反対にギター・アンプしか置かれていない。30_2開演時間となり2人がステージに姿を現した。
「Syuと!」
「Mashaで!」
シュ~マッシャ~!40_2「ナニも決めていなかったのにウマくいきましたね!」60…と、イキが合っているのを見せたところでSyuちゃんがこのライブの成り立ちを説明した。
シューマッシャーはMashaくんの誘いにSyuちゃんが乗った格好で実現。
Syuちゃんはココで開催するSilexやMashaくんのソロ・ライブをよく観に来ていたが、今日は初めて演奏する側でこのHoney Burstを訪れた。70vSyuちゃんがMashaくんと一緒にステージに上がるのは2017年の「西九条BRAND NEW」以来のことで、実はその時も「シューマッシャー」名義のライブだったそうだ。
20年以上前、大阪に出張した時にSyuちゃんに誘われてガルネリウスを観に西九条に行ったことがあった。
この辺りのSyuちゃんとのことは<後編>で詳しく取り扱わせてもらいます。
当日は「撮影とSNSへの投稿OK」とのアナウンスあり。
「ただし!エエところにしてくださいよ!
ドヤ顔になってんな…ってところの写真をお願いしますよ!」
ハハハ!コレは他のバンドのギタリストも言っていたな。
「半目の写真とかを上げるのはヤメてください!考えればわかるでしょう?」って。
まったくその通り。80バッキング・トラックを鳴らして早速演奏に入る。
まずは2人で「Em Session」。90_2Syu

超久しぶりのMarshall Blog。100vMasha0r4a0029_2 ノッケから2人とも一歩も引かない大ギター・バトル!
「Em Session」という曲名からするといかにもワン・コードでアドリブ・ソロを展開するようなイメージがあるがさにあらず。
チャンとしたコード進行がある曲。
Syuちゃんがデモ用に作ったナンバーなのだそうだ。0r4a0066 すると…オオっと!
Syuちゃんのギターの1弦が切れてしまった!140_2さすがのSyuちゃんも内心「チッ!」と思ったであろうが、そんなことはオクビにも出さず、全く慌てず2弦を使って不自然さをナニひとつ感じさせない流麗なプレイを聴かせてくれた。145vそこで「しめた!」と思ったのがMashaくん…ウソですよ~。
Mashaくんもいつも通り味わい深いフレーズを弾きつないで自らの個性を打ち出した。150_2こうして「シューマッシャー」が始まった。160「イヤ~、ボクも長いことライブでギターを弾いていますが、1曲目から弦が切れたのは初めてのことですよ!」170v_2「まぁ~、コワい!」180_2

Mashaの部
さて「シューマッシャー」の前半は、昨年Marshall「CODE25」を引っ提げてウリ・ジョン・ロートとの共演を果たしたMashaくんのステージ。
Silexやソロ活動のホームでイキイキとした演奏を展開した。
1曲目は「The Eyes of the Dawn」。190さて、Mashaくんの後ろ。
いつもとMarshallのようすが違う。
今日Mashaくんが使っているのは「JCM900 4100」と「1960A」なのだ。210vこの「4100」は借り物でもナンでもなくて、Mashaくんの所有物。
「1987X」、「2203」、「JMP-1」と変遷して来たMashaくんの今のMarshall。
意外にも「JCM900」にたどり着いた。
どこかのスタジオで試したところビビビと来てしまったそうだ。
220足元には4100専用のフットスイッチも組み込まれている…アンプが発するディストーション・サウンドを大いに使っているのだ。
結局はそれが一番音がいいのよ。
Marshallは60年も歪みを研究しているんだから!230_2JCM900 4100は20Wの「STUDIOシリーズ」にもラインナップされているのでどうぞよろしく!
ヘッドモデル名は「SN20H」。
コレ、すごく良くできています。
St_2 転調を効果的に取り入れたMashaテイスト満載のドライビング・チューンで「Mashaの部」の幕が上がった。240_2「メチャクチャ爆音でしょ?
Syuさんの音がすごく良いので音量だけでも出そうかと思って」
イエイエ、Mashaくんの「4100」の音もバッチリです!250v_2続いては「Violet Storm」。
Crying Machine時代の曲だ。260v_2これまたMashaくんのメロディ・センスが冴える爆裂チューン。
サビのメロディのナゾり方が大変にカッコいい。008a0196 タップリとメロディを歌わせておいて…続くソロでは丁寧に編み込んだ豪快なフレーズが次から次へと飛び出した。280v_2MashaくんとSyuちゃんの関りが語られる。
Crying Machineをはじめ、Mashaくんが大阪でバンドをやっていた頃、「頼りになるお兄さん」のような感じでSyuちゃんが色々と気にかけてくれていた。
「そんな優しい先輩と一緒にライブをやりたい!」という願望がズっとあって、それが2017年に「シューマッシャー」という形で実現し、大変にうれしかったそうだ。
そしてその時「またいつかやろう!」と2人で約束し、8年後に現実となったのがこの日の「シューマッシャー」というワケ。290_2雰囲気を変えてシットリと…。
曲はMashaくんのステージではおなじみのジーノ・ロートに捧げた「Wind from the East」。
芯のシッカリしたクリーン・トーンのイントロ。300v本当に泣きながら弾いているのではないか?と思うぐらい情感豊かにテーマ・メロディを奏でる。310_2そのままソロへ。
これ以上はあり得ないロマンチシズムを表出させながら弾き切った。008a0200 「普段はこんな感じなんですよ。
全然メタルっぽくない…でも、こういうメタル・ギタリストもいるということを皆さんにわかって頂きたかったんです!」
Mashaくんのレパートリーには「Made of Lies」という名バラードもあるが、「ヘヴィメタルの精神」をもってさえいれば曲が静かだとかテンポがユックリだとかは関係ない。
「正しい精神」こそが肝要なのだ。
330v_2次の曲は出来立てのホヤホヤ、家から直送して来たという新曲「Last Scene」。
この曲もクリーン・トーンの独奏からスタート。340_2ユッタリとしたロッカ・バラード。
Mashaくんの好みがよく表れているかのような哀愁のテーマ・メロディが流れ出て来た。
きっとSilexでも演るんでしょう?
コレに歌が入るのが楽しみだわい。350vいつからソロ・パートに入ったのか気が付かなかったぐらいメロディアスなソロ。
しかし、魅力的なギターの音だナァ。360こんなことを書くとMashaくんはガッカリするかな?…あんまりJCM900って感じがしないんだよね。
どういう音かというとやっぱり「MashaくんのMarshallの音」。
スティーブ・イェルディングにこの音を聴かせてやりたいわ。
コレは完全に私事で、スティーブは昔Marshallに勤めていたもう亡くなってしまった私の親友。
2003年頃、スティーブと「JCM900」のサウンドの良否について議論したことがあったのです。
このMashaくんのプレイを聴かせれば簡単に論破できていたな。370v_2「楽しいな~…ナンカひとりだけ楽しんでいる感じですかね?
これからSilexの曲を演りますが、皆さんに『オオオ~』とやってもらうところがありますので当て振りでもいいのでゼヒ参加してください。
楽しんでくれよな!」380v_2Silexでオオオ~とやるのはもちろん「One Evening In Paradise」。
極太のフィードバック・トーンから…400vいつものあの歌メロがはじけ飛ぶようなMashaくんのギターで奏でられる。
なんかココへ来て更に音が太くなった感じがするな。390_2ワウワウ・ペダルを踏み込んでダイナミックなソロを展開。420v「♪オオオ~」はやらなかったけどヨカヨカ。
この曲の魅力は十分にお客さんに伝わったよ。0r4a0172 「早いモノで次で最後の曲です」⇒「エエエエ~!」の儀式があって、これから演奏するMashaの部の最後の曲についての説明をした。430v_2曲は2016年の『Marshall GALA』でも演奏した難曲「Forevermore」。
…って、もうアレから10年経ったんかいッ!440vこの曲はMashaくんが大阪にいた時代、まだCrying Machineを結成する前に作った曲で、その音源を上に出て来たBRAND NEWのブッキングマネージャーに送ったところ、それをSyuちゃんに聴かせてくれた。
それを聴いたSyuちゃんは「ナンや、弾けるやん!」と感想を漏らしたそうだが、Mashaくんが初めてSyuちゃんに会った時、その音源のおかげで「自分のこと知っとるで!」という反応してくれた。
コレがとてもうれしかったのだそうだ。
そんな思い出の曲。
Syuちゃんと一緒にステージに立つ時にはゼヒこの曲を演奏したいと思っていたそうだが、この日はMashaくん1人でブッ飛ばしまくった!
…と思ったが、どうも前回のシューマッシャーでも演った気配があるとのこと。440vb凄まじい音の洪水!
この曲を聴くといつも「訓練ってスゴイな」と感じ入ってしまう。
人間って訓練次第で何でもできるんだナァ…というレベルのプレイ。
でもそれももちろん才能があっての話。
「訓練に耐えられるかどうか」こそが「才能」なのだ。
450計6曲、様々な時代の曲を取り混ぜてバラエティ豊かに「Mashaギター」の魅力を堪能させてくれた!460vMashaくんのソロはこれまでも色々な形で何度も拝見してきたが、敬愛する先輩が傍らに控えているせいか、それがいい具合の緊張感となって一段とキリリと引き締まったステージ運びにつながったようだった。
 
Mashaの詳しい情報はコチラ⇒Silex Website470 
Syuの部
矢継ぎ早にSyuちゃんがステージに姿を現した。
1曲目は「The Reason We Fight」。480壮大な讃歌風のメロディからスタートする激烈メタル・ナンバー。
お、小野さんの歌が聞こえて来た。
そう、Syuちゃんのコーナーはガルネリウスのレパートリーで固められたのだ。485シャープなタッピングをふんだんに取り入れてソロを弾き切り…
490さっそく1曲目を華麗に仕上げて見せた!500vSyuちゃんのMarshallは「JCM2000 DSL100」と「1960A」。510v昔、Syuちゃんには色々とお世話になりましてね~。
そのあたりのことは<後編>でタップリと語らせてもらうけど、まだジムが生きていた時代…Marshallの伝統が続いていた最後の一番良い時代に一緒に仕事をしたのです。520すぐに2曲目の「Lost in Darkness」に取り掛かる。530ドワ~、煙が出て来そうな壮絶ドライビング・チューン!
540vキーボーズのソロの前の中間部のキメのカッコいいこと!
久しぶりにガルネリウスの音楽を聴いたわ。
最後に聴いたのはYAMA-Bが歌ってLEDAくんがベースを弾いていた頃だったからナァ。
550そしてSyuちゃんの熱血ソロが自由闊達に暴れまくる!560v…ってな具合でSyuちゃんのコーナーも絶好調のテイでスタートした!
570<後編>につづく

200(一部敬称略 2025年11月29日 四ツ谷HONEY BURSTにて撮影)

2026年1月19日 (月)

YETI VALHALLA~LIVE IN TOKYO

Marshall BlogではスッカリおなじみのAdam Jang率いるYeti Valhalla(イェティ・ヴァルハラ)。
早いもので初めてライブにお邪魔したのは2022年12月のこと。
アッという間に3年経ちやがんの!
それから何度かMarshall Blogの取材をさせてもらっているが、ホント、毎回目に見えてお客さんの数が増えて来ている。
Yeti Valhallaの音楽の魅力もさることながら、SNSを駆使したアダムのキメ細やかなプロモーションが奏功しているのであろう。
ホント、マメだから…むしろ外国人にしておくのがモッタイないぐらい。
今回レポートするのは昨年11月21日に開催された5バンドが出演したイベントのもよう。
フ~ム、アレは自分の誕生日の翌日だったのか…そうだ、前日に今年も家内が奥浅草の最高においしい釜めしをごちそうしてくれたんだった。
自分に誕生日があることを意識しなくなって久しいわ。10vこの日の屋台村のようす。Img_5522 日本のスタッフの皆さんのご尽力もあってのことであろう、オリジナル・グッズも毎回充実度がアップしてきている。
20_2イェティ・ヴァルハラの出番はトリ。25ユッタリとしたリズムが打ち出される中、アダムが客席に呼び掛ける。
「Good evening ladies and gentlemen, thanks for coming.
My brothers and sisters, would you please…sing… with…me」30「♪オ~オォオ~…」と歌うアダムへの客席からのレスポンスは完璧。
大型の爆撃機が格納庫から出て来るような雰囲気。
コレぞロック・コンサートのテンションだ!40vそしてダンサーが2人が加わり演奏がスタートした。
1曲目はイェティ・ヴァルハラのキラー・チューン「Party Tonight in Valhalla」。50今回のメンバーは…

山路けーじぇい清司(以下「KJ」さん)60v多時(Taji)65vそしてAdam Jang。
120vノッケからバリバリとギター・ソロをブチかますアダム。80もちろんアダムはMarshall。
「JCM2000 DSL100」と「1960A」を使用。
いつもとチョット音の具合が違うな、と思ったら…90vステージの反対側においてあったスタックも鳴らしていた!
コチラも「JCM2000 DSL100」と「1960A」だ。100vいきなりのキラー・チューンの登場で会場の熱気がさらに上った!
1052曲目は「Obliteration」。
「オブリタレーション」というのは「ナニかの痕跡を完全に消してしまう」ということ。
さっそくKJさんとイキのあったアクションを見せる。
110ヘヴィなビートに乗ってアダムのボーカルズが冴えわたる。
イヤ、ホントかっこいい声なんだわ。
まさに「ロックを歌う」ことが許されたような声。S41a0100「♪オブリタレ~ショ~ン」
そのアダムの歌をサポートするKJさんのコーラスがまたエラく強力ときてる。130vそして、多時さんのシャープなツーバスが猛烈なウネリをあげた。
リズム隊のおふたりにはこの日初めてお会いしたのだが、信じられないぐらいのナイス・ガイでビックリしてしまった。
100万年前ぐらいから親しい感じ?
私も少しは見習わねば。140v まさにイエティ・ヴァルハラ感満点の1曲。
さっそく「アダム最高!」の呼び声が客席からかかった。1503/4拍子のイントロから「Speed Demon」。160イントロの後、タイトル通り急速調のパートが容赦なく飛び出してくる!170多時さんとKJさんの抜群のリズム・コンビネーションが胸のすくような疾走感を生み出す。S41a0164アダムは上半身ハダカになってワイルド感を増量!180この曲のソロではボトルネックも披露した。195v「チョットみんなで歌うかい?」200v「♪ウォオオオオ~」S41a0167「カモン!」
お客さんとしばしコール&レスポンス。
もちろんお客さんもアダムのパワーに負けていなかった。
210vそのままアダムの独唱に入り、「Cowboy Shit」へと続けた。
スゲエ、タイトルだな。220この曲でもアダムのノドの魅力が大爆発!230加えてエキサイティングなギター・ソロも思う存分ブッ放した。240ココでメンバー紹介。
これまでいくつかのフォーマットを見て来たが、このトリオはすごくいいと思う。
Trrtt そして、こんな場面も。
撮った写真はfacebookに載ったのかな?0r4a0337続いては「Lucifer Rising」。
ストレートにドライブするマイナー・チューン。250vKJさんもハダカになっちゃった!
こんなに男臭いステージは今時珍しいよ。
S41a03113人の緻密でパワフルなパフォーマンスがブリティッシュ・ロック風味のハードなロックを見事に奏で上げた。0r4a0430アダムの独演コーナー。
まずはボトルネックで♪ギュアンギュアン。BnKJさんと向かい合って…260片手をあげてポーズをキメた。
やっぱり2人のイキはピッタリよ!270そして華麗にタッピング技を披露した。Tpさらにお客さんとのコール&レスポンスで盛り上がっておいて…0r4a0265_2イェティ・ヴァルハラのスタンダード曲「We Are One」につなげた。290やっぱり2人のタイトなグルーヴ感が気持ちいい!300v何よりもアダムの音楽を100%かみ砕いて音を出している感じが伝わってくるのだ。310vそんな2人に支えられてアダムも縦横無尽にソロを弾きまくる!
320v再びア・カペラでクラシカルなフレーズを奏でる。0r4a0116 そこにつなげたヘヴィなナンバーは「No Faith」。
これもイェティ・ヴァルハラのステージには欠かすことのできないミディアム・スローの1曲。350アップ・テンポのパートでは一段と激しいプレイを見せた。340v 「No faith!」370トーキング・モジュレーターを持ち出して本編を締めくくったのは「Mountain Man」。380v再びダンサーが合流。390本編の最後を飾るにふさわしいハードなパーフォーマンス!400vギター・ソロのパートではKJさんも…410多時さんも大暴れ!420vもちろんアダムも遠慮なくバリバリと弾ききった!430vいかにもイエティ・ヴァルハラらしい華やかなムードで本編が締めくくられた。440アンコール。
これまでアダムは何回か「Voodoo Chile」を取り上げていたが、今回はJ.J.ケイルの「Cocaine」をプレイ。470vソロでは再びトーキング・モジュレーターを使用。480vそのソロにKJさんが絶妙なインタープレイを仕掛けた。460vそしてアダムの雄叫びがショウを締めくくった。
450今回もピュアなロックを存分に楽しむことができる上質のライブ・ショウを見せてくれたイエティ・ヴァルハラだった。500 次回のイェティ・ヴァルハラの日本での公演は3月。

Yeti Valhallaの詳しい情報はコチラ⇒Yeti Vsalhalla Official Website
Info 200(一部敬称略 2025年11月21日 目黒LIVE STATIONにて撮影)

2026年1月16日 (金)

Doogie White featuring JIEN TAKAHASHI~'Stranger In Us All'<後編>

レポートの<後編>はドゥギーのMCから。
「今日は演る曲がたくさんあるんですが時間が限られています。
でもみんなで一緒になれる曲があります。
この曲が日本でも同じなのかどうかわからないけど…というのは、スウェーデンは違うのを知っているんですよ。
それとイタリアも違うのを知っています」10vするとジエンくんが「♪ハッピーバースディ」のメロディを弾き出した。
コレね、ドゥギーが言っているのは多分、この歌が「♪ハッピーバースディ・トゥ・ユー」という文句で歌われるのは全世界共通だと思われているかも知れないが、実は国によってはそうではない…ということなのだと思う。
コレは私にも経験があって、大分前にロンドンのハマースミスのホテルを定宿にしていた頃のこと。
そのホテルの1階にはレストランが入っていて、ある時盛大に誕生日のパーティが催されていた。
どんなものかと思って少しの間覗いていたところ、折よくみんなでこの歌を合唱する段になった。
あのケツ2小節のイントロが聞こえてきて、当然のごとく「♪ハッピーバースディトゥユ~」と歌い始めると思っていた。
ところが!
おなじみのメロディに乗った歌詞がどこの国の言葉なのかサッパリわかないのだ。
ドイツ語とかフランス語なんでものじゃない。
そしてその席で歌っていた人たちの口からはただの1回も「Happy birthday」という歌詞が出て来なかった。
コレね、モノスゴくヘンな感じがするんですよ。
頭の中で用意していたことと目の前で起こっていることに大きな差があるから。
大したことではないんだけど、本当にアレは奇妙な経験だった。
さて、ドゥギーの言っていたことについて調べてみると…なるほどスウェーデンでは「Ja må hon leva(ヤー モー ホン レーヴァ)」とか「Ja må han leva(ヤー モー ハン レーヴァ)」と歌うらしい。
またイタリアは「Tanti Auguri a Te(タンティ・アウグーリ・ア・テ)」と歌うそうだ。
私がホテルで聴いた「ハッピーバースディ」もまさにこんなイメージだった。20vところでどうして「ハッピーバースデイ」なのか?
ドゥギーが叫ぶ…「今日はJillの誕生日ダァ~!」30vこの日はタマタマ岡垣さんの誕生日だったのだ!
おめでとうございます。
大声援に応える岡垣さん!
「♪ヤー モー ホン レーヴァ」もしくは「♪タンティ・アウグーリ・ア・テ」!
40vドゥギーが「Don't be afraid…It's the Black Masquerade」と低い声で囁いて次の曲に移った。
そう、曲は『Stranger In Us All』の7曲目「Black Masquerade」。50岡垣さんのお誕生日を祝うように派手に展開する強烈なドライビング・チューン!60vオリーの図太い低音と…70美河さんのパワーが大炸裂!80「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!」と客席をドゥギーがアオりまくる!
90ジエンくんから…100岡垣さんのシンセサイザーにソロのバトンが渡され大いにエキサイト!
しかし、こういうハード・ロックの中で鳴り響く「ムーグ」っていうか、シンセサイザーの音って実にカッコいいものだ。
岡垣さんの様式美がいいように発揮された。
110続くハードなシャッフルは「Silence」。120コリャ問答無用でカッコいい。
でも、ドゥギーが人前で歌うのはコレが初めてのこと。
つまりライブ・ステージでは「世界初演」だったんだって。
お客さんラッキー!130vそんな機会だからかジエンくんのソロにも気合が入る。140vコレは今日ジエンくんが使っているMarshall。
へッドは「JVM410HJS」。150スピーカー・キャビネットは「MF400A」と「MF400B」。
これらを両方鳴らしている。160v外部のプリアンプなどを使わず、チャンとプリ回路もパワー回路も真空管をフル稼働させたヘッドを用いて大出力で鳴らす。
音の太さとヌケが凄まじかったわ。
こんな音で弾いていればそりゃヤッコさん、ニコニコしたくもなるでしょうよ。170vさてハイライト。
岡垣さんが深遠なオルガンを響かせて…
180vドゥギーが少し歌を被せただけで歓声が上がった。190vそしておなじみのギター・リフ。
曲は「Still I'm Sad」だ。
元はジェフ・ベック期のザ・ヤードバーズの曲ね。200v一段と気合の入ったシャウトを聴かせるドゥギー!210ジエンくんがワーミー・バーを効かせたソロを披露すると…
220vオリーもピックアップ・ソロをカッコよくキメた。
230怒涛のインスト・パートが展開すると…240一転して水を打ったような静けさから無伴奏で岡垣さんがオルガンを弾き始める。
そして聞えて来たのは「Child in Time」。
岡垣さんなら目をつぶって…どころか居眠りをしながら自動操縦で弾けるであろうオハコ中のオハコだ。0r4a0785ところがそこにドゥギーが乗せた歌は「♪Sweet child in time」ではなくて、「When a Blindman Cries」のメロディだった。
ディープ・パープルの『Machine Head』のボーナス・トラック。S41a0344 2人でシットリと演出したこのシーンはドゥギーによるアイデアで、この日、絶対に演ることにキメていたそうだ。270そして岡垣さんの本格的なソロ。
シンセサイザーから入って…280オルガンを前後に揺さぶりながら必殺のフレーズを積み重ねていく。0r4a0434 そして最後はいつもの足弾き。
やっぱりコレが出ないと岡垣さんじゃない!290そしてドラム・ソロへ。
美河さんのスティックとツーバスが容赦なく暴れ回った!300v再びバンド・アンサンブルに戻ってこの一大スペクタキュラーが幕を閉じた。310そして、何となく流れで演っちゃたという「Man on the Silver Mountain」。
コレ、ホントにセットリストに載っていなかったのよ。
お客さん、ラッキー!
370vもちろん岡垣さんにとっては自家薬籠中の1曲。008a0162ジエンくんがソロを弾くと…008a0206ドゥギーもマイクスタンドをギターのネックに見立てて指をピロピロ。008a0228場面は替わって…ドゥギーがア・カペラで気持ちよさそうにひとウナり。330v一転、マイクスタンドを振り回してハードに歌ったのは「Emotional Crime」。340ジエンくんは何度もステージを横切って岡垣さんの傍でプレイ。
岡垣さんもジエンくんを引き立ててくれた。
「様式美」の絆は強い。0r4a0660 そうしてジエンくんはこの曲でもスケールの大きなギター・ソロを披露した。360ところで、『Stranger In Us All』の国内盤のボーナス・トラックとなっていたこの曲も「Silence」同様、ライブ・ステージでは世界初披露となったそうだ。
今日のお客さんはヤケにラッキーだな~。008a0133いよいよ本編の最後。
締めくくりに取り上げたのは「Hall of the Mountain King」。
ん?コレってグリークの「ペール・ギュント」じゃんかッ?
こんな曲も演っていたのね?
380ハハハ、同じ「ペール・ギュント」から「朝」もクォートされているわ。
「ペール・ギュント」とはスウェーデンの劇作家ヘンリク・イプセンが1876年に発表した戯曲の主人公の名前。
イプセンがノルウェイのグリークに依頼して劇用の音楽をつけてもらった。
イプセンといえば『人形の家』。
男性優位の社会で自立を果たそうとする主人公の「ノラ」があまりにも有名。
私も読んだけど、結構「だからどうした?」だったナ。
008a0395 ライブの記録を録っている家内のメモに「運動会みたいな曲」とあって、一体何のことかと思っていたのだが…なるほど!400v曲の後半でテンポをアクセルレイトしていくと…410vおお!不思議なことにこのグリークの有名なメロディが、運動会の徒競走の時に使われる「クシコス・ポスト(Csikos Post)」に聞えて来るではないか!420v険しいメロディを全員が一丸となった壮絶なパフォーマンスで編み上げていく!430v最後にそんな大発見もあって、見どころ&聴きどころテンコ盛りの本編となった。
ドゥギーの極上のステージ運びに盛大な歓声が送られた!440vアンコール。
「今回の来日は2回の公演でしたが、東京に戻ってくることができて最高でした。
本当にありがとうございました。
ココに来ることは本当に『喜び』でしかありません。
そして色々なメッセージをありがとうございました。
私からのメッセージはコレです…Long live rock'n'roll…」
客席から大きな歓声が上がった!
450アンコールは景気よく「Long Live Rock'n'Roll」から。460「Give it to me! 」とドゥギーが叫ぶとお客さんは「♪Long love rock'n'roll」の大合唱!470vギター・ソロと掛け合いから…480「Black Night」が出て来てこれまた「♪オ~オオオ~オオ」と大合唱!
そのうちドゥギーのリードで「Long live班」と「Black Night班」に分かれてスケールの大きなコール&レスポンスに展開していった。490vエラく盛り上がったわ~。
お客さんはさぞかし楽しかったことでしょう!
500最後にもう1曲…「♪東京の兄弟の皆さん!♪我々がココを離れる前にもう1曲演ります!」とア・カペラで節をつけて次の曲を紹介した。0r4a0584 岡垣さんの静謐なオルガンに…520vジエンくんの泣きのギターが絡む。530vそして情念を込めたドゥギーの歌。
曲はバラードの「Temple of the King」。540vやがて美河さんと…550オリーのリズムが入って一段とロマンチシズムが高まる。560vジエンくんがソロを弾いている間にドゥギーは客席へ。570お客さんに囲まれながら熱唱を展開し…580やがてステージに戻ると…590「Can you sing for…」と客席に呼び掛けた。
ジミー・ベイン、コージー・パウエル、ロニー・ジェイムス・ディオらの名前を挙げ、天国にいる偉大なミュージシャンたちに歌を捧げたのだ。600そして最後の声を振り絞って演奏を終了した。610ドゥギー自ら「ハッピーバースディ」を歌って岡垣さんと2人で喝采を浴びた。620最後はみんなで記念撮影。630ジエンくんはセットリストをお客さんにプレゼント。640「ありがとうございました!」
そして、ジュディ・ガーランドの歌声と鳴りやまぬ歓声を後に5人はステージを離れた。
見どころ満載のとても楽しいロック・ショウだった!
   
Jien Takahashiの詳しい情報はコチラ⇒VIOLET ETERNAL OFFICIAL WEBSITE

650<おしまい> 
 200(一部敬称略 2025年11月16日 新宿HOLIDAYにて撮影)

2026年1月14日 (水)

Doogie White featuring JIEN TAKAHASHI~'Stranger In Us All' 30th Anniversary<前編>

オイオイ、マジか!
もし私がイギリス人であったならココで「Blimey!(ブライミー!)」と声高に叫んだに違いない。
今回の記事を書くに当たって気が付いてしまったのだが、1976年、私が中学校2年生の時に生まれて初めての海外ミュージシャンの来日公演で武道館に行ってからとうとう半世紀…つまり50年が経ってしまったのだ!
それは「Ritchie Blackmore's Rainbow」のコンサートだった。
「レインボー」なんて言わなかった…「リッチー・ブラックモアズ・レインボー」だった。
「Todd Rudgren's Utopia」なんてのもあったけど、あの頃はそういうバンドの呼び名がハヤっていたのかしらん?
イヤ、「Rainbow」じゃ通りが悪いので、人気者の名前を冠して親近感を増長させようとしていたのだろう。
まだ「ロック」という音楽を聴く人が「一般の人」ではなかった時代の話。
その武道館公演では長沢ヒロさんの「安全バンド」が前座で出演し、チケット代はS席で3,900円だった。
下はその時買ったプログラム…600円だったようだ。
ほどなくしてチケット代は4,500円、プログラムは800円とか1,000円に値上がりしてしまった。
でも今、アリーナ・コンサートのチケット代は20,000円あたりが相場だというから、50年の間にずいぶん高くなったものだ。
その変化たるや5.1倍。
そこで調べてみると…50年の間に最も値段が上がったモノって「郵便料金」なんだって。
それが6.9倍。
となると、コンサートのチケットの値上がり具合も結構激しい部類ということになる。
でも一番の値上がりはラーメンじゃないかしらん?
私が記憶している町中華の一番安いラーメンの値段は55年前の小学校2年生の時で80円。
今は800円とか1,000円でしょ?
つまり、10倍かそれ以上だもん。
アリーナのコンサートを観た帰りにラーメンを食べるなんて、もはやブロードウェイの人気ミュージカルをオーケストラ席で観て、帰りにアッパー・ウエストにある一流のダイナーで食事をするようなものか?
(筆者註:チケット代とプログラムの価格はI氏のご指摘により訂正しました。Iさん、どうもありがとうございました!この場をお借りして深く御礼申し上げます)008a0091さて、前回に引き続いてドギー・ホワイトの来日公演のレポート。10vこの日の屋台村のようす。
Tシャツ類…
20CD類…30岡垣さんの「Terra Rosa」や「Jill's Project」グッズまで充実した品揃え。40開場前にはミート&グリートが催され、たくさんのファンが押しかけてドゥギーとの面会を果たした。
「Marshallから来たのはダレ~?」とご指名を頂戴して私もドゥギーにグリートさせて頂いた。
と~っても感じの良い人だった。
45公演は2日間に渡って開催され、私がお邪魔した2日目には前回レポートした「BERED」の他に2つのバンドがステージに上がった。45vそのウチのひとつが「RE-ARISE」。
50もちろんシンガーはMarhall BlogでもおなじみのDioKen。60vそしてベースはDEALSの横山壮五。70BEREDは意外なキャスティングだったが(それがまたヨカッタ)、コチラは今日の主旨にもうドンズバのチーム!80居心地の良い水を得た魚のようなナチュラルでハードなパフォーマンス!90Kenちゃんの絶唱と…100濃密なバンド・パフォーマンス!110v締めくくりはKenちゃんのダブル・メロイック!
鬼気迫る演奏が会場の雰囲気を大いに盛り上げた。120出番前、ドゥギーにサインをもらうKenちゃん。
1995年にドゥギーがレインボーで来日した時のコンサート・プログラムかな?130そして記念撮影!
さすがKenちゃん、Tシャツも虹仕様だった。
140いよいよドゥギー・ホワイトの出番。
客電が落とされ場内に「I Never Go Out in the Rain」が流れる。
コレはドン・エイリーがドゥギーのために作った曲なのだそう。
そして、ジュディ・ガーランド のセリフ「We must be over the rainbow!」が飛び出してバンドが「Over the Rainbow」のメロディを奏でた。
まさに50年前に私が武道館で観たアレ。155そしてドゥギー登場!156バンドのメンバーは…

Jien Takahashi(以下「ジエンくん」)」170v岡垣'JILL'正志180オリー・バーンスティン
470v美河浩太200vそしてドゥギー・ホワイト。
160v2日目の公演は、再結成レインボーの1995年のヒット・アルバム『Strange In Us All』の発売30周年を記念して全収録曲を演奏するというプログラム。
「Stranger in us all」か…「人は誰でも自分の中に他人がいる」ぐらいの意味か?210cd1966年、『女の中にいる他人』というサスペンス映画があった。
まさにコレですな。
主演は小林桂樹、新珠三千代、三橋達也、それに成瀬巳喜男という日本映画界を代表する名監督の作品だけあってとてもヨカッタ。12_220vf早速アルバムのオープナー「Wolf to the Moon」を歌い上げ、大歓声を浴びて笑顔を見せるドゥギー。
この公演は元々昨年春に予定されていたが、ドゥギーが大病を患い1ケ月半も入院したため公演の延期を余儀なくされた。
今回その振替公演のステージに立つことができたドゥギーの喜びは大きなモノだったに違いない。225アルバム通りの曲順で2曲目は「Cold Hearted Woman」。290v岡垣さんの分厚いオルガンのサウンドをバックに…
300ジエンくんがソロをキメる。230vこの日のジエンくんのMarshall。
否応にもまず目に飛び込んでくるのはジエンくん自慢のMODE FOURキャビネット2台。
「MF400A」と「MF400B」だ。250vそれを鳴らしているのはジョー・サトリアーニのシグネチャー「JVM410HJS」。
もちろん外部のプリアンプを使ったりはしない。
260背面を見ればわかるように、ジエンくんは上下両方のキャビネットを鳴らしている。
270vそんなギター・サウンドを背景にドゥギーの「トキオ、トキオ!」の連呼がド迫力に響く!310「This is a love song」と紹介した3曲目は「Hunting Humans」。
軽快なビートに…320vキーボードが被さり…330オリーとジエンくんが弾くヘヴィなリフが登場する。340vジックリとドゥギーが歌い込んで…350vフロント・ピックで弾くジエンくんのソロがいい味わいを醸し出す。
イヤ~、音ヌケがいいのなんのって!360続けて「Stand and Fight」。370ポップなロックンロール・ナンバー。
こんな曲も演っていたのね?380ゴキゲンな曲調に合わせて岡垣さんがオルガンを押したり引いたり大スイング!390曲の後半ではドゥギーとジエンくんのギターで掛け合いを展開した。400コチラも押したり引いたりで大ウケだった!410曲は続く。
不気味なシンセサイザーの音が場内を満たす。
420ドゥギーが「コレは死と闇の歌」と曲を紹介した「Ariel」。430いいね~。
やっぱりこういう「Stargazer」っぽいのは「いかにも」感が強くていいですよ。440v曲調に完璧にマッチしたギター・ソロを奏でるジエンくん。
しかし…さすが4x12"を2台鳴らしているだけのことがある。
音圧感が生半可ではないのだ!
昔はみんなこういう音でギターを鳴らしていたんだけどね~。
いい時代だったよ。
やっぱりステージの中の音が小さいとオモシロくないんだよ。450v重々しい曲の最中に「Can you say yeah?」とコール&レスポンスを仕掛けるドゥギー!
もちろん客席から「イエ~!」とパワフルなレスポンスがあったことは言うまでもなかろう。460vリズム隊の2人が最後の最後まで…S41a0314 どこまでも重く、息苦しく、暗いグルーヴを演出した。
やっぱりこういうロックは必要だね。480ジエンくんが堂々と奏でるギター・リフではじまるドライビング・チューンは「Too Late for Tears」。0r4a0618 張りのあるドゥギーの歌声がドライブ感に拍車をかける。
ホントに健康を取り戻すことができてヨカッタ!500v後半がまたスゴかった。
ギター・ソロから…008a0350 オルガン・ソロへ…。
岡垣さんが「Burn」のリフを弾くと…5202人で「The Man on the Silver Mountain」まで引っ張り出して、ジエンくんは「Burn」のソロまで弾き出す始末!
530すると…「♪The sky is red」
ハハハ!ドゥギーも「Burn」を歌い出した!540vあ~、あ~とうとう「Burn」になっちゃったよ!
お客さんは大喜び!
550盛り上がりに盛り上がって<後編>につづく。

Jien Takahashiの詳しい情報はコチラ⇒VIOLET ETERNAL OFFICIAL WEBSITE

200(一部敬称略 2025年11月16日 新宿HOLIDAYにて撮影)

2026年1月13日 (火)

BERED~Doogie White 'Stranger In Us All'

 
レインボー、イングヴェイ・マルムスティーン、マイケル・シェンカー・グループでボーカルズを務めたドゥギー・ホワイト(Doogie White)の昨年11月の来日公演のレポート。
公演は2日にわたって開催され、その2日目にお邪魔してきた。10vこの日の出演は4バンド。
一番手でステージに上がったのは「BERED(ビーレッド)」だ。
寡聞にしてバンド名の由来を存じ上げないが、「BERED」が「Be red」という意味で、世が戦前戦中であれば大変厄介なことになることは間違いなかろうが、まだ何とか平和な世の中でヨカッタ。
ナンとならば、コレが実にいいチームなのだ!
Marshall Blog初登場。
ショウのイメージからするとBEREDは異色のラインアップで、私も当然のごとくメタル系のバンドだと思い込んでいたのだが全くさにあらず。
ロックの原点を追求しているとしか表現のしようがないプリミティブな魅力にあふれた素晴らしいステージを展開してくれた。20BEREDはクインテット。
メンバーは…
  
REINA30vJIN40vLUIS50vNAOTO60vMATTHEW70vオープニングは「99 Degrees」。
ミディアム・スローのドッシリとした1曲。
75トライバルな要素を含みつつ、REINAさんのシャウトをフィーチュアした飾り気のないストレートなロックの雰囲気が実にカッコいい。
80vスラっと背が高くて、軽くジャンプをしたり、クルっとターンをキメたり…
0r4a0131歌だけではなく「女性ロックシンガー然」としたREINAさんの佇まいがこのバンドの魅力に拍車をかける。0r4a0085 上手ギターのJINさんはMarshall。
やっぱり自分がビビビとくるバンドのギターのサウンドがMarshallだとうれしいね。
この仕事冥利に尽きるというモノだ。
90この日のJINさんは「JCM900 4100」と「1960A」を使用。
100vケーブルを正面に挿した正統な使い方でゴキゲンなギター・サウンドを聴かせてくれた。
コレが一番音がいいから当然なんだけどね。
JINさんはコーラスでも大活躍。
というか、曲を重ねているウチにわかったのだがコーラスもBEREDの大きな強みなのだ。0r4a0031「皆さん、こんばんは!BEREDです。
よろしくお願いします!」
と、まずは簡単な挨拶を済ませてさっそく2曲目へ。
110v2曲目は「Hard Hit」。
ドラムスと…120ベースの完璧なコンビネーションがミディアム・テンポでウネリを上げる。0r4a0206そんなリズムに乗ってREINAさんのシャープな歌い回しが曲をキリっと引き立てていく。140v随所に挟み込まれるコーラスが実に効果的。150vそしてJINさんの熱血ギター・ソロ。160ア・カペラのパートも盛り込まれて曲はドラマティックに幕を下ろす。
やっぱりいわ~。170v♪ドスドスドスドス…2曲目が終わるやいなやMATTHEWさんが踏むバスドラムをバックに…S41a0024 ♪ドスドスドスドス…
「BEREDを初めて見たよ~という方も多いかと思いますけれども、トッパーということでココで盛り上げないとどうするの?って話じゃないですか!
皆さんの力も必要なので、もっともっとコブシを上げて、もっともっと声を出して一緒に楽しいライブにしていきましょう!」180♪ドスドスドスドス…
「Are you ready? All right…Go!」0r4a0090 3曲目は「Bad Boys' Beats」。
これまたミディアム・テンポのドッシリとしたナンバー。
200_2我々世代が若い時に夢中になった「大人のロック」と波長が似ている感じがする。
もちろん「古臭い」なんてところは万にひとつもありはしない。
235v突然こうしたバンドが出て来るからオモシロいよね。
一体、コレは誰の影響を受けているのだろうか?0r4a0129 昔から何度もココに書いて来ている通り、トラディショナルなロックのエキスを今の若い人たちが自分たちの感覚で料理してくれるバンドの出現を切望しているのだが、BEREDはそれを実現してくれているバンドのひとつだと思う。
何事も「未来」は「過去」からやって来るのだ。
210力強く分厚いコーラス。
思った通りアンサンブルに掛け合いに、コーラス・パ―トが6人目のメンバーと言っても過言ではなかろうぞ。230「我々、オリジナル曲を演ってるんですが、次が1番王道ロックかな?
ロック・ナンバーには、みなさまの黄色い歓声が必要ということで…私が途中でこうやって手上げたら、みんなで『フゥ~!』とか『キャ~!』とか何でもいいので大きな声で叫んでくださいね!」240v…チョットその「フゥ~!」の練習をして「Hey Sister」。0r4a0279 コレまたBEREDらしい無駄な飾り気をすべてきり落としたビート感テンコ盛りのナンバー。
聴いていて実に気持ちがよい。270v「一番の王道ロック」と言ってもBEREDがやっていることはすべて「ロックの王道」と言っていいでしょう。
「ロック」という音楽はこういうモノだから。275vMarshallが送り出すヌケのよいギター・サウンド!
ココでもJINさんがタップリとソロをカマすと…280ステージ下手ではLUISさんとREINAさんが肩を並べて雰囲気を盛り上げる。
このおふたり、実のご兄妹でいらっしゃるそうだ。290vちょっとここで「ルイス」という名前で脱線。
説明不要の「ルイ・アームストロング」、ジャンプの大御所「ルイ・プリマ」、さらに「ルイ・スミス」。
ナゼか3人ともトランぺッター。
一方、アイルランドの「ルイ・スチュアート」はスゴ腕ジャズ・ギタリストだ。
この4人の「ルイ」の綴りは「Louis」。Louis フランク・ザッパがよく取り上げていた「Louie Louie」なんてロックンロール・ナンバーもあった。
「Louis」はドイツだと「Ludwig(ルードヴィヒ)」、イタリアだと「Luigi(ルイージ)」になる。
王室を見ればわかる通り、もちろんフランスも「Louis」。
任天堂の「スーパーマリオブラザーズ」の「マリオ」と「ルイージ」というのは1953年のフランス映画『恐怖の報酬(Le Salaire de la peur)』の主人公たちの名前だ。
高額の報酬に目がくらんだマリオとルイージが、化学工場の大火事を消すためのニトログリセリンをトラックで運ぶ話。
ハラハラドキドキ…とてもオモシロい映画です。
フランス映画だから「ルイージ」ではなくて「ルイ」だと思うのだが、そこはチャンとしていて、映画に出て来るルイージはイタリア人なのだ。Kh そして、「Louis」の女性形は「Louise(ルイーズ)」。
「ルイーズ」といえばPANTA&HAL。
イギリスで1978年に世界で最初に誕生した試験管ベビー「ルイーズ・ブラウン」をテーマにした「ルイーズ」という名曲がある。Img_5081_2 で、話は長崎に飛ぶ。
長崎市の中心に「フロイス通り」という官庁が立ち並んでいるエリアがある。
コレは1563年に長崎に来て30年以上滞在し、織田信長や豊臣秀吉らに謁見したポルトガルのイエズズ会宣教師「ルイス・フロイス」にちなんでそう名付けられた。
このルイスさんの綴りは「Luis」なのね。
つまりスペイン語系では「Louis」を「Luis」と綴るワケ。
ちなみにこの標識の左端のアジサイのイラストはシーボルトの日本人妻「お滝さん」に由来している。
長崎の人なら誰でも知っている話…あ、私は生まれも育ちも東京です。008a0010オマケでサブ脱線をすると、このフロイス通りにある「長崎地方法務局」の入り口には坂本龍馬の奥さんの「お龍さん」が月琴を弾いている銅像が立っている。
ウチは坂本龍馬をやっていないので詳しくは書かないが、かつてココには海援隊等を支援した「小曽根」という豪商の邸宅があって、晩年のお龍さんが寄宿して月琴の弾き方を習っていたそうだ。008a0016ちなみに森鴎外の子供は長男が「於菟(おと)」、長女が「茉莉(まり)」、次女が「杏奴(あんぬ)」、次男が「不律(ふりつ)」と来て、三男坊が「類(るい)」という。
人気作家の朝井まかてはこの「類」さんを主人公に据えたその名も『類』という小説を書いている。
下は鴎外の家があった場所に立つ千駄木の「森鴎外記念館」。
鴎外の家は「観潮楼」と呼ばれ、その名の通り、明治の昔は文京区千駄木から東京湾が見えたのだそうだ。Img_3187 ハイお客さんの出番だよ!0r4a0196 「♪フゥ~!」
バッチリとキマった!
0r4a0148 この曲でも力強いコーラスが大きな効果を発揮していた。310v「まだまだイケるかぁ~!」
イケます。皆さんチケットを買っているので大丈夫です。
だから安心して暴れちゃえ~!
330vヘヴィなリフが鳴り響くのは昨年7月にリリースしたファースト・アルバムのタイトル・チューン「Back to the Action」。
320コロコロと変わるリズムに…0r4a0212ギター・ソロのリレーと聴きどころ満点!350vコーラスとともに展開する中間部の「♪ Back, back to the action」のリフレインがとても印象的だ。340v「さて、駆け抜けるように色んな曲を披露させて頂いたんですが…」と前置きしてココでライブと物販の告知。
「最後はみんなで歌えるような曲を持って来ています。
ということで最後まで歌って、楽しんで、盛り上がっていきましょう!」380v「♪ヘーイエイ、ヘェ~エ~」
REINAさんのソウルフルなア・カペラの歌声が場内に響き渡る。
410v最後を締めくくったのはパワーあふれる「Burning」。400今日はミディアム・テンポの曲が中心のセットリストだったが、ココへ来て生粋のドライビング・ナンバーを持って来た!S41a0085REINAさんが猛シャウト!0r4a0094_2NAOTOさんのベース・ソロも炸裂!420JINさんのソロから…430bギター2人のアンサンブル・パートも飛び出した。440vまさに全員のベクトルがピッタリと合致しているかのような鉄壁のパフォーマンス!250REINAさんがMCで触れていたが、間違いなくこの日の一番手としての重責を見事にこなしていた。
ウ~ム…このチームはもっともっと色んなことをやっていそうだな。
コリャ、また新しい楽しみが増えたゾ!
460この日のBEREDの屋台村のようす。
終演後多くのお客さんが詰めかけていた。
 
BEREDの詳しい情報はコチラ⇒BERED Official Site470v<つづく>
 200(一部敬称略 2025年11月16日 新宿HOLIDAYにて撮影 ※協力:Rubicon Music

2026年1月 9日 (金)

マーシャル・ブログ博物館  第1回:工場ミュージアム<その1>

  
昨年の10月にMarshall Blogは2,500回目の更新を果たし、それを記念して日頃よりご協力を頂いている皆さまからお祝いのメッセージを頂戴した。
そのメッセージを紹介する記事の最後の回に「2,500回更新を記念して『マーシャル・ブログ博物館』をヴァーチャル開館する」ことを宣言。
ある程度の段階まで下ごしらえをした上でこのことを発表してはみたものの、アレやコレやでなかなか手をつけることができないでいた。
しかし年を新たにしたことで意を決し、とにかく始めてみることにした。
今日はその第1回目。07ご覧頂いている写真はかつて山口県柳井市にあった「Marshall Music Japan」のようす。
以前、開館の時のもようをMarshall Blogで具にレポートしたので覚えていらっしゃる方も多かろう。
また、実際にお出かけくださった方もいらっしゃることと思う。08コレらMarshall Museum Japanで展示していたアイテムをこのMarshall Blogでヴァーチャル展示しようという「またやんのかよ!」的な企画。092012年末に上梓された拙著『Marshall Chronicle(シンコーミュージック刊)』で同ミュージアムに展示していたかなりの数のアイテムを紹介しているが、紙幅の関係で掲載できる写真の数が限られ、またどうしても多くはモノクロ写真を使わざるを得なかった。
そこで今回はブログという形態の利点を活用し、世に出ていない写真を存分に使って立体的にお送りしたいと思っているワケ。
何しろミュージアムのオープンに先立つこと2ケ月、泊まり込みで5日間にわたって徹底的に撮り溜めた写真だからしてそのボリュームだけには自信があるのだ。
Mcさらに時間をさかのぼれば、2008年から2011年末まで916本の記事を公開した昔のMarshall Blogにおいても『T氏のコレクション』と題して24回にわたり数々のMarshallのレア・アイテムを紹介したことがあった。
「T氏」とは当該のMarshallのコレクションを保有されている山口県熊毛郡在住の「竹谷和彦」氏のこと。
竹谷さんは先日テレビ東京の人気長寿番組『開運!何でも鑑定団』にご出演されてジェフ・ベックがかつて所有していたギターの鑑定をご依頼された。
ご覧になられた方もたくさんいらっしゃることと思う。Img_2168_2コレがその鑑定に供されたギター。Img_2012_4テレビでは触れなかったが、上のギターの写真を撮影した時、竹谷さんはシカゴで発行されている文化やエンターテインメントを専門に取り扱う「Chicago READER」という新聞のスクラップを私に見せてくれた。
そこには当該のギターを提げたジェフ・ベックの写真が掲載されていていた。
証拠写真である。Img_0326さて、ナゼまたぞろ「博物館」などという企画を持ち出したのかと言うと、竹谷さんのご了承を得た上でその集大成を飾りたいと思い立った次第。
Marshall Blogは内容の良し悪しや濃淡の差はあるにせよ、一応2,500回以上の記事を制作/掲載してきた歴史と実績があるので、この国にある(あるいは「あった」)再び入手することが困難と思われる古今の珍しいMarshallを記録しておくにふさわしい場所であり、またその作業に取り組む価値があるだろうと考えたのだ。  
要するにMarshall Blogにキチンと全貌を残しておきたいというワケ。 
上に記したようにMarshall Blogでは似たような企画を何度もやって来たので、過去の記述と重複する箇所が少なからず出て来ることでしょう。
その上、もしかしたら過去の内容との間に齟齬があるかも知れないがその点は平にご容赦頂きたい。
一応、最新の情報でウンチクを傾けたいとは思っている。9_museumさて、人さまのコレクションを紹介する前に、まずは自分のところで蓄えているアイテムを紹介していくことにしよう。
「自分」と言ってももちろん「私」のことではない。10おなじみイギリスはバッキンガムシャーのミルトン・キーンズにあるMarshallの工場内のミュージアムに展示されているアイテムだ。30もうMarshall Blogでは何度も紹介してきたが、エントランス・ホール正面2階のスペースがそのミュージアムになっている。
私は四半世紀近くにわたってココのレイアウトの変遷を目にして来た。
最近はスッカリご無沙汰してしまっているが、現在はこういう感じになっているそうだ。
工場にいる仲良しのジョールに頼んで写真を撮って送ってもらった。40正面突き当りの階段の踊り場に据え付けられているのはサンドイッチ・タイプの「JTM45」と8x12"スピーカー・キャビネット。
そして「STUDIOシリーズ」の最新作「STUDIO900」のヘッドと1x12"コンボ。50vその傍らにある牛がJVMのフル・スタックから頭を突き出しているオブジェはMarshallの工場がある「ミルトン・キーンズ」という町の創立50年を記念して2017年に制作された。
★ミルトン・キーンズについての詳しい情報はコチラ⇒【イギリス-ロック名所めぐり】 vol.27~Marshallが「Milton Keynes Business Achievement Award 2017」を受賞!  

ミルトン・キーンズには1978年にアメリカ人の彫刻家がコンクリートで作った牛の像があることが知られており、それがこの「マーシャル牛」の由来。
Marshallに牛…とても他人ごととは思えない。
★マーシャル牛についての詳しい情報はコチラ⇒マーシャル牛~Marshall Concerete Cow

その前に並んでいるのは2020年のNAMMショウで展示した「アートORIGIN」。60v階段の向かって左側には2025年のNAMMショウで「BEST in SHOW」を獲得した「MODIFIEDシリーズ」を展示。
無造作に床にドカンと置いてしまうところがスゴい。
70vレセプションのデスクにはSTUDIOシリーズのスタックがズラリ。80vMarshallらしい黒い電話ボックス。
85vコレは大分前から設置されている。
イギリスでも公衆電話の数がガンガン減っていて、携帯電話が普及する前の1990年代前半には全国で10万台あったが、現在では2万台に減少したそうだ。
Img_0712_2イギリスの電話ボックスといえば赤。
郵便ポスト同様、遠くからでも見つけやすいという理由で赤くしたそうだが、現存する2万台の電話ボックスのうち3千台がこの赤いタイプだそうだ。
下の写真は20年近く前にコヴェント・ガーデン辺りで撮ったように記憶しているが、もうこんな光景はこの世から消滅してしまったのかも知れない。Img_7635こんなモノが置かれていたこともあった。265vでも、JVM410Hの色が2種類あったとは気が付かなかったわ。Img_0715コチラは今からさかのぼること10年とチョット前、Marshallが創立50周年を迎えた2012年頃のエントランスのようす。10050周年を記念して制作した…101「JCM800 2203」のフル・スタックと…110v「1959」のハーフ・スタックを展示していた。120v真ん中はMarshall創立40周年記念の時にドイツのディストリビューターから贈呈された記念の品。
ドイツ各地にある楽器店の寄せ書き。
こんなにたくさんのサインを1枚のプレートにどうやって書き込んだのかは訊き損じてしまったが、間違いなく大変な仕事だったと思う。
ドイツも広いからネェ。
2002年の40周年の記念式典には私も参席したが、この頃はまだジムもピンピンしていて、この記念品をとてもよろこんでいた。
日本からは私のアイデアで浅草の職人が作った「1959」のハーフスタックを描いた和凧のミニチュアをお贈りした。
その時から数年後にジムの家にお邪魔した際、その凧がチャンと飾られていたのを発見してとてもうれしかった。
125コレは2002年、Marshallの創立40周年の式典の時に撮った1枚。
写真を撮る時には欠かせなかったペンダントとバッジをつけたジム。
こんなに元気だった。
いつかこのペンダントとバッジについて質問をしたことがあった。
コレは「ウォーター・ラッツ(Water Rats)」という芸能人で構成する福祉団体の会員証で、「初代の会長はボブ・ホープだったんじゃよ」とジムはうれしそうに説明してくれた。
ちなみブライアン・メイやリック・ウェイクマンもウォーター・ラッツの会員だ。
ジムと写っているのは「デイヴ・コーウェル(Dave Colwell)」。
ニックネームは「Bucket」…つまり「バケツ」。
バッド・カンパニーのツアーに参加したこともあるギタリストだ。
ミルトン・キーンズのショッピング・センターにあった楽器店を覗きに行った時、バケットがそこで店員をしていて驚いた。
一方のバケットも突然私が現れたので「What brings you here!?」とお互いに飛び上がってビックリしたことがあった。
右端で緑のジャケットを着てネクタイをしめて写っているのが私。
私はMarshallと同じ年の生まれだからまだ40歳だった…それに一番ビックリ!12_40anniversary昨年の10月、イギリス王室ではエリザベス女王の次男坊、つまり今のチャールズ王の弟である「アンドリュー王子」が児童買春の廉で「王子(Prince)」をはじめとする王室の称号や勲位を返上するという大スキャンダルがあった。
ロイヤル・ファミリーから「勘当」されたみたいなもので、今では「王子」ではなくただの「アンドリュー・マウントバッテン=ウインザー」になった。
マウントバッテン…いかにも高貴な名前だ。長崎の皆さんはさぞかし親しみを覚えることだろう。
まぁ、イギリス王室の話しはオモシロイよ。
イギリスの人たちはロイヤル・ファミリーが大好きで、彼等に王室の話題を振るとよろこんで何でも説明してくれる。
数日前に知ったのはチャールズ王の奥さん、つまり「カミラ・パーカー・ボウルズ」を「女王(Queen)と呼ぶのは止めよう!」運動みたいなことを今やっているらしい。
エリザベス女王のダンナの「フィリップ」は「王(King)」とは呼ばれず「Queen Consort(王配=女王の配偶者)」と呼ばれていたじゃないか!…というワケ。
いまだにみんな「ダイアナ」が大好きな一方、「カミラ」と「メーガン」が大ッキライなんだって。
要するに英王室の安寧を乱す人たちということなんでしょう。
つまり「英王室」こそが彼にとっての「国」なんだと思う。
話は反れたが、下は2012年12月6日にチャールズ王の妹さん、すなわちエリザベス女王の長女の「アン王女」が工場を訪れた後のエントランスのようす。
130アン王女の来訪を記念して作られた「JVM410H」と「1960A」。
アン王女は「Anne, Princess Royal」という称号で、敬称を「Her Royal Highness」という。
キャビネットの中央に入っている「HRH」はその頭文字。
もちろんチャールズ王の敬称は「His Majesty」。140工場来訪の翌日にHRHから送られて来た「バッキンガム宮殿」のロゴがレターヘッドに使われている感謝状がこのスタックの横に飾られていた。150v20年前に撮ったレセプションのデスクの写真。160ココはほとんど変わらない。170vその対面、ロビーの右側の壁のガラス窓の向こうの部屋はかつてジムの執務室だった。
日本に帰る時、挨拶をするためにこの部屋に入ると、ジムはよくどデカイ帳簿を広げてジッ~と眺めていた。
そして私がお礼の言葉を添えて「I'm leaving」と言うと、帳簿を両手から離していつもニコっと送り出してくれた。180vそのガラス窓の下に飾られている賞状や感謝状の数々。190エントランス正面の向かって左に設置されているショウ・ケースにはアクセサリーの類が展示されていた。
210vコレはその反対側のショウ・ケース。
こっちの方が断然オモシロい。200 例えばコレ。
ジムが好んで薫(かお)らせていたキューバ産の葉巻「Montecristo(モンテクリスト)」。
長さ129mm、太さ16.67mmの「ペティ・コロナ」と呼ばれるサイズ。
私は当時のスペインのディストリビューターの女性社長と仲良しで、彼女がこのモンテクリストをジムに送っているという話しを本人から聞いたことがある。
スゴいニオイでね…イヤ、「いい薫り」って言うのかな?
220毎年開催されているフランクフルトの展示会に行くと、控室のテーブルには下の写真にあるような四角くて薄い缶のフタとマッチが常備されていた。
ジムは火のついた葉巻の先端を缶のフタにこすりつけて灰を落としながら、いつもユッタリと紫煙をくゆらせていた。
葉巻は通常の紙巻きタバコとは異なり、吸っていないとすぐに火が消えてしまう。
ジムも何度も火をつけ直していたが、その時使うのは必ずマッチ。
絶対にライターを使わないのである時その理由をジムに尋ねてみた。
するとジムは「ライターを使うと薫りが悪くなってしまうんじゃよ…フォッフォッフォッ」と教えてくれた。
ホントなのかしらん?そんなこと絶対にないと思うんですけど。
ま、私はちょうど20年前にピタリと止めたのでもう興味はありませんが…。
Lidロサンゼルスの「ギター・センター」が「グローマンズ・チャイニーズ・シアター」か「浅草公会堂」を模して店の入り口に設置している有名ミュージシャンや楽器関係者の手形が「ROCK WALK」。
それにジムが参加した時の記念の盾。230vコレがギター・センターの入り口にある実際のジムの手形のプレート。
1985年の11月の設置だというからもう40年も経っているのか…。
いつものサインをしようとしているが相手が粘土なのでうまくいかなかった様子が窺える。2402003年に受勲した「OBE(Order of the British Empire=大英帝国勲章)」もショウ・ウインドウに飾られている。
ジムは「JCM800」シリーズの世界的ヒットでイギリスの輸出産業に大きく貢献し、1984年に「Queen's Award for Export(英国女王賞)」を受賞。
さらに「Valvestate」シリーズが当たりに当たって1991年に再び同賞を受賞している。
もちろんこの「Queen's Award」は今は「King's Award」になっている。
しかし、とりわけジムがよろこんだのはこの「OBE」だった。
250フタの裏には「Toye, Kenning and Spencer Limited(トイ、ケ二ング&スペンサー社)」とある。
同社は軍服などに付ける金銀のモールや記章、刺繍を製作している王室御用達の業者。
創業はナント1685年!
日本では「犬公方」で知られる五代将軍「徳川綱吉」が悪政を敷いていた時代だからスゴイ老舗だよ。
ジムがOBEを受勲した事由は、もちろん「Marshall」というひとつのイギリスのブランドを確立して英経済界の発展に貢献しただけではなく、長年にわたる社会福祉に対する経済的支援の功績が認められたからで、私はむしろ後者の理由の方が主だったのではないかと考えている。
決して裕福とは言えない労働者階級の家に生まれた病弱な男の子だったジムは、このOBEの受勲に欣喜雀躍したに違いない。
260私がそれを実感したのはジムのサインだった。
下は2002年にもらったサイン。0r4a0078コレは2003年にOBEを受勲した後のサイン。
チャチャっといつもの鮮やかな筆運びで名前を記した後、「OBE」と付け加えるジムがとてもうれしそうに見えたのだ。
名前の前についているのは「Dr.」。
ジムは同じ頃、ニューヨーク州にある「ファイブ・タウンズ・カレッジ」という大学から「音楽博士」の称号を授与されていた。
こちらには私の名字が入っていないでしょう?
子の頃にはスッカリ気安くなって私のことを親しく「シゲ、シゲ」と呼んでくれるようになっていたから。
私は平生の文章では「ジム」と呼んでいるが、礼儀をわきまえて面と向かってはそんな呼び方を決してしなかった。
だって軍隊で言えば元帥と二等兵みたいなモノですからネェ。
直接本人に接する時はキチンと「Mister Marshall」と呼びかけるようにしていた。
もうね、ジムのサインには色んな思い出があるんですわ。
0r4a0085工場の近くにある第二次世界大戦中にドイツ軍の暗号を解読するチームの本拠地となった国立公園「ブレッチリー・パーク」から支援に対する感謝の意を込めて「Dr. Jim Marshall OBE」宛に発行された入園許可証。
いいナァ、コレ。
いつか【イギリス-ロック名所めぐり】でブレッチリー・パークを紹介したけど、ココはオモシロイからね~。
ただ入場料がスゴイ。
私が行った6年前で4,000円ぐらいだった。
今ではそれが円安もあって大人1人6,000円だって!
このジム宛の入場許可証があればありがたいぞ~。

ブレッチリー・パークについては気合を入れて書いた【イギリス-ロック名所めぐり】の連作記事があるので未読の方にはゼヒご覧頂きたい。
vol. 45 ~ ブレッチリー・パーク <その1>
vol. 46 ~ ブレッチリー・パーク <その2>
vol. 47 ~ 国立コンピューティング博物館<その1>
vol. 48 ~ 国立コンピューティング博物館<その2:真空管まつり>

Img_0714かつてMarshallがスポンサーを務めていた地元のフットボール・チーム「MK DONS」のユニフォーム。
…と、ここまではエントランスに展示されてきたアイテムを紹介した。
270vさて、ココからはMarshall本社のミュージアムのご紹介。
エントランス正面の階段を上がったところにズラリとMarshallを展示している。280下はやはり2006年に撮った写真。
コレは今となっては結構珍しい写真なんじゃないかな?29020年前のこの頃は階段を上がったところにガラス張りのスペースがあったのだ。
今の工場の従業員でこの光景を目にしたことがある人はかなり少なくなったのではなかろうか?
300出入り口には常時カギがかけられていて、自由に中に入ることができなかった。
310ある時頼んで中を見せてもらった。
コレらがその時に撮った写真。320中央のドラム・キットはアイアン・メイデンのニコ・マクブレインのモノ。330「PARK」だの「NARB」だのレアなアイテムも多数。
350右手前の「Jaguar(ジャギュア)」とコラボして2003年に作った40周年記念の「1962JAG」なんてのは今やとても懐かしい。340赤い線に囲われているのはシリアル・ナンバーに「#1」が付されたMarshall最初の商品「JTM45」。
かつてはこうして何でもなくポッコンと展示してあったが…Amp1現在はガラス張りのショウ・ケースに収められて特別扱いされている。
下はジムが最初に楽器店を開いたロンドンの西の「アクスブリッジ」にあるプラークの複製品。
Img_0532コレが現在のMarshallの工場のミュージアムのようす。
いつ頃ガラスが取り払われたのかは覚えていないナァ。
90以前に比べて展示アイテムの数が劇的に増えた。360Marshallが生産して世に出した商品をなるべく自分の手元で保存しておこうということで、意図的に収集するようにし出した…という話を聞いたことがある。370自社製のアンプだけではなく…
380寄贈されたサオものも展示している。
400v日本で見慣れたモデルもゴロゴロしているが…
390そこはさすがホームのミュージアム。
日本には入ってこなかったのであろう写真でしか見たこともないようなモデルも散見される。420vコレは以前にはなかった展示アイテム。
ナント、ジムがドラマー時代に実際に使用していたドラム・キット。
このキットを保管していた人が出て来て、その方から譲り受けたのだそうだ。430vコレは2005年のフランクフルトでのパーティの時のドラマー、ジム・マーシャル。Rimg0086元気な頃は興に乗るとこうしてドラムスを叩いたものだった。
ジムのドラム・ヒーローは「ジーン・クルーパ」とおっしゃっていたっけ。
この後、さらにノッて来るとスティックをマイクに持ち替え、よくガーシュインの「S'wonderful」やディーン・マーチンの「Everybody Loves Somebody」を歌っていた。
3rimg0087 展示されているバス・ドラムの上に乗っている写真。
センターを務めるジム。
コレは一体どういう機会だったんだろうネェ。
Jim_drumこんな感じでまずはMarshallの工場のミュージアムに展示されているレアなアイテムをみつくろってひとつずつ紹介していきたいと思う。
好きな人にはタマらない、好きではない人にはタマったもんじゃない企画の始まり、始まり~!440<つづく>
 

200_2

2026年1月 7日 (水)

amber lumber~9周年記念ワンマンライブ<後編>

 
結成9周年を迎えたamber lumberの単独公演レポートの<後編>。10vレポートに入る前に…。
膨大な数の厨房器具店が軒を連ねていることで世界的に知られている「合羽橋」を歩いていたらこんなモノが目に入った。
「ネコちゃんてぬぐい」
横綱が「猫ノ山猫五郎」、露払いが「猫ノ海猫太郎」、太刀持ちが「猫ノ風猫右衛門」、そして行司が「福守猫之助」…おお!コレはamber lumberのためにあるようなモノじゃん!
名前にヒネリがなさすぎるのが気にはなるが…。
Cattowel 「それでは第2部を始めたいと思います。
私たちの初合わせから丸9年ということなんですが、実はamber lumbrを結成したのはこの季節ではなくて年明けなんですよ。
ココにいる人はみんな知っていると思うけど9年前の11月に一緒に演って、その後に山本さんからラブレターのような歌詞が送られて来て私が曲をつけたんです。
それがとってもいい曲だった…というのが結成のキッカケなのね。
『初心忘るるべからず』でその曲を演ります。
それと、今日は遠くから来てくれてる人がいるので、苫小牧で大人気の曲も続けて演ろうと思います」20vまずはそのamber lumber結成のキッカケになったという「青い月夜」。30ロマンティック極まりない征史さんの歌詞に…40v味わい深いアキラさんの曲と歌が見事に合わさった1曲。
泣けるよナァ、この曲。
実際、一緒に歌おうとすると嗚咽が込み上げて歌えないんだよね。
50v「ありがとう!次は苫小牧で大人気の曲。
みんなで大合唱する歌ですよ!
今日は東京の人も歌えるんじゃなぁ~い?
苫小牧に負けるな!」60「苫小牧で大人気」というのはアキラさんの歯切れの良いファンク・ストラミングがグイグイ押し寄せて来る「あたし待ってんの」。70_2スキャットに…100v_2ベース・ソロにと征史さん熱のこもったプレイも大きな見どころ。80_2そんな征史さんのパフォーマンスにアキラさんのソウルフルな歌声がベスト・マッチするというワケ。90v_3「苫小牧のマスターに『オレがプロデューサーだったらこの曲をシングルで出す』って言われたんだけど私たちの中では毎回演る曲じゃなかったんだよね。
だからそう言われた時は『え~マジっすか?』って思ったわ」110v「苫小牧ってホントにスゴくて…初めて行った時は大雨だったんです。
すごい雷が鳴ってもう嵐。
初めて行く全然知らない場所だし、こんなところに一体人が来るのかな~?と心配していたらゾロゾロと集まって来てアッという間に満員ですわ。
初めて行ったのに全員が歌っている…なんだコノ店は?ってなったんですね。
一応、ボクたちのホームグランドはココSHOJIMARUってことになっているんですけど、北のホームは苫小牧なんです。
機会があったらゼヒ皆さんも行くと楽しいですよ。無限に酒も出て来ますし!
ビールが空いたな…と思ったらすぐ誰かが『じゃあオレの飲んで!』みたいな感じで一銭も酒代を払ったことがない。
ないけれどもへパリーゼなしでは生きていけない!」120「でもねホントにあの頃もうヤル気がなくて早く辞めたかったの、マジで」
「2人とも音楽辞めようと思ってた頃に出会ったんですよ…ガラクタなんです、ボクら」
ナニをおっしゃる!
そういえば苫小牧って一度だけ行ったことがあるナァ。
港にある自社のセメントのサイロを見に行ったんだけど、他のことは見事に何ひとつ覚えていない。130続いてはアキラさんがギターのボディを叩きながら歌う「毒を吐く」。140ナンカこの時の「♪歌え 歌え」はグっと来たナァ。
これまでもう数えきれないぐらい聴いているのにすごくグッと来た。
コレが「周年」の力なのか?
170v『Hundred Suns』から「冗談じゃない」。160_2何事もどうにもならない鬱屈した気持ちをアキラさんがキリっとした声で歌い上げる。160v征史さんは頭を大きく前後に揺さぶって必殺のソロを繰り出した!180v第2部で征史が歌う番。
「じゃあ1曲歌わせて頂きます。
今日はボクの大学時代の恩師が来てくださっていまして大変なんですよ。
自分が持っている先生の著書を何冊か物販席に置いておきましたので読みたい人は『貸本屋山本』にご相談ください。とてもオモシロイ本です」200「宗教学ですかね。人類学?
ボクが知ってる中でたぶん1番頭の柔らかい人なのではないか?というぐらいで私など足元にも及ばないんですが、すごく影響を受けているつもりでいます。
こうやって先生に会うと学生の頃を思い出したりしますね。
そこで学生時代の恋愛を思い出しながら作った曲を歌ってみようかな。
ニャンコの歌なんですけどね…『♪ノドを鳴らしてにゃぁ~ご』と私が歌いましたら、皆さんも『にゃ~お』と一緒に歌ってください」
征史さんの恩師とは「植島啓司」先生とおっしゃる「宗教人類学者」。
多岐の分野にわたりたくさんの本を著していらっしゃる。
大学の先生がライブに来てくださるなんてスゴイな、征史さん。
私なんか大学の先生といえば、担任だったシェイクスピアの先生のお顔と名前をかろうじて覚えているぐらいだわ。
卒論の指導教授すらスッカリ忘れた。

008a0701 つまり大学で全然勉強しなかった…ということ。
勉強できる時にもっと勉強しておけばヨカッタと、情けないことに今頃死ぬほど後悔している。
ギターなんかに夢中になりさえしなければ、私だって…私だって…
この「私だって」は<前編>の福地櫻痴のところでも触れた森鴎外の『雁』の1953年の映画化作品に出て来るセリフ。
ミジメな自分の生きざまを嘆き高峰秀子が扮する「お玉」が悲痛な面持ちでこのセリフを吐いて観る者に感動を与える。
毒を吐いているワケではない。
Ganところがそんな重要なこの「私だって」というセリフは森鷗外の原作には出て来ない。
映画の脚本は成沢昌茂。さすが溝口健二のお弟子さんだ。

その『雁』の舞台は東京大学の「鉄門」から不忍池方面へ下る「無縁坂」だ。270_2_2 1953年版の映画ではお玉を囲う高利貸し「未造」に東野英治郎、お玉が見染めてしまう一高生(=東大生)の「岡田」には芥川比呂志が扮した。
比呂志は芥川龍之介の長男。三男坊が作曲家の芥川也寸志ね。
『雁』は1966年にも映画化されていて、コチラでは若尾文子がお玉を、そして小沢栄太郎が未造、そして山本学が岡田を演じた。
両方観たけど、やっぱりデコちゃん&黄門さまの方がヨカッタな。
ただ、若尾文子のお玉はメチャクチャ魅力的だし、小沢栄太郎の怪演も素晴らしかった。
Marshall Blogではこれまでにも何度か『雁』で脱線しているけど、植島先生も東京大学のご出身ということでまたぞろ取り上げさせて頂いた。
ああ、私だってギターなんかをやらずに一生懸命勉強していれば東大に行けたかも知れなかったのに…絶対にムリです、ハイ。
イヤイヤ、ナニ言ってんだ?ギターのおかげで今の私やこのMarshall Blogが存在していることを忘れてはいかんぞなもし。Gan2 征史さんが歌ったのは「思えども思えども」。
今にもネコになっちゃいそうな征史さんの情感タップリの歌いっぷりを植島先生はどうご覧になったであろうか?
210v_2アキラさんはコーラスに回って…
220_2そして、みんなで「♪にゃ~お」。
amber lumberのファースト・アルバム『運命の輪っか』に収録されている曲。
はじめて聴いた時はエラく感動したわ。
230v_2ネコといえば…しばらく前にSNSに投稿したんだけど、上野の不忍池のほとりを歩いていたらベビーカーに乗せられた「メインクーン」とかいう種類の巨大ネコを見かけて、そのあまりのデカさにスッカリ仰天してしまった。
山ネコかヒョウの赤ちゃんかと思ったのよ!
さて、盛りだくさんの9周年。
ココで新しい作品について情報を開示。
アレンジャーの間宮さんと作品を創っていたが、『スターズ』を出してから半年ぐらいの間それが停滞していた。
それがまた動き出して11月15日に1曲リリースを果たした。
そして、このMCの次の次に演奏する「大事なこと」が12月にリリースすることが発表されたのだ。
「私、この歌を去年の誕生日に作ったのね。
気に入っていてソロの時とかに割と演っていたんだけど、歌う度に歌詞が変わっちゃって…。
それで今年の誕生日のワンマンの時に『完成しました』と言って演ったんだけど、その時も『アレ?』っていう感じがあったの。
なんとなく仕上がらない…コリャ、一生仕上がらないんじゃないか?と思っていたら間宮さんが仕上げてくれたの。
それでamber lumberとしても出来る形にしてもらった。
間宮さんバージョンは、この場ではチョット出来ないけどね」250v「転調して戻って来たり。
レコーディングの時も迷子になるから『コノ音だよ!』っていうのを間宮さんが優しく出してくれました」265v 「やさしい…だけどamber lumberを始めて『今からamber lumberになります!』っていう最初のライブの時ってココで間宮さんのところとダブル・ヘッドライナーだったのよね。
間宮さんがギターを弾いていたんだよ。
『あの時はこ~んな関係になるとは思ってなかったですよね?』って言ったら『ウン。この2人にはボクは関わらないようにしようと思ってた』って!」270「近づかないように…ね。
それがドップリ。
2人っていうか、『森永さんに近づかないように』って言っていましたよ」
「あなたも入ってましたからね!
そして遂に完成しました!
まだタイトルが決まっていなくて、『大事なことを忘れないためのメモ』みたいなタイトルにしようと思ったんだけど『大事なこと』でいいんじゃんかって言われたのでそういうタイトルになりそうです」280_2時間が経つのが早いので、ついウッカリして大事なことも忘れがち。
そして「大事な人」とも会えなくなくなる日が来てしまう…なんてことがないようにしようというホッコリ・チューン。
まったくです。290コンパクトなベース・ソロが効果満点。300v「♪忘れんなよ、免許の更新」と小声で呟いたのが印象的だった。
まだ引きずっているのだ!
ところで3倍ですってよ…3倍。
歳を取ると子供の時や若い時に比べて時間の早さが3倍に感じられるそうです。
人間、誰しも歳を取ると早起きになるでしょう?
アレは当然のことで、ダラダラ寝ていると年寄りの1日が短くなりすぎちゃうんですよ。
チョットでも寝坊しようものならその日の夕方が来るのが早いのなんのって!
だから朝早く目覚めさせて、年寄にも時間を有効に使わせてやろうという神様のお気遣いなんです。
310v「そうだ…間宮さんの『福丸チューンズ』から1曲ずつ210円でダウンロード販売をしていて、ある程度溜まったらアルバムにしようと思っているんですが、実はメチャクチャ変わるんですよ。
どういうことかって言うと、ダウンロードした時のバージョンとアルバムに入る時のバージョンに大きな差があるんですよ!」S41a0231 「結構リミックスを施すんですよ。
今回から縛りを設けまして、ベース・ソロを2回録って、配信とCDは別のテイクにする。
だから『CDが出るまで待っていようかな?』みたいな人が結構いらっしゃいますが、配信とCDではモノが違います。
オレのベースソロの違いがどれくらい効果が出るのかはわかりませんけど…」330v_2「ウチの娘が結婚式をした時に作った歌なんですけど、歌っていると全然娘の顔も出てこない。
作った時はそうだったんだけど…でも例えば私を捨てたアイツなんかも出て来ない。
ホント歌っていると、作った時の感じと違うんだよね。なんツ~の?そう言うの。
全然うまく言えねぇな…。
結婚式には留袖を着て歌いましたけど…内緒話をしちゃうと私、来年おバアちゃんになる。
まだ言っちゃいけないって言われたんだけど…もう言っちゃってる。ガハハハハ!」
おめでとうございます!
孫ってホントに可愛いよ~。
ということで「宇宙のあかりへ~祝福の歌~」。340v_2生命の誕生を称える愛らしいワルツ。350_2音を選びに選んだベース・ソロが曲の感動を倍加させる。360v_2アキラさん、大熱唱。
バラードながらこの場面は第2部のハイライトではなかったか?
客席は2人の演奏に完全に入り込んでいた。370v_2「ありがとうございます。
今、歌った2曲が最新曲なんですけど、ナンカ作風が変わったと思うんだよね。
毒を吐かないし、なんて言うんだろう?…色がない?
『こう歌っています、でも実はこういう意味です』みたいなイヤらしい所がずっとあったんです。
そうやって曲を作って来た。誰もわかんないでしょ?
でもそういうコトがなくなった。
で、『今年中に私は3曲作る』っていう誓いを立てたんですが、全然作ってないので…作ります。
まだ2ヶ月あるし」380_2「初年度は出会って、そっから2ケ月で10曲くらい作ったんですよね。
『初心忘るるべからず』!」390v_2「そう!
とにかく曲を作ろう。
あと来年に向けての目標はドラム曲を増やす!アハハ!
ところで皆さん、もうお気づきとは思いますが本日もMarshallさんの素敵なアンプを使っています!
ホント、SHOJIMARYの時だけこの良いギターの音で演っているんですよ!」400v_2「そして山本さんもこの重たいMarshall。
SHOJIMARUってどうしてエレベーターがないんですかッ?
穴を開けて上のAJIROとつなぐエレベーターを作ろう!
ヨシ!じゃあ、あと2曲。
でも我々もう9年間やって来て400何本…441本?
私の記憶の中ではコノ曲を外したことがないな。
ということは、これまで441回歌ったってことでしょ?
スゴくない?
あの手この手でやってきた。
アンプが小さくてベースソロになった瞬間、『ウワッ!ショボ!』みたいな時もあったよね?
今日は自前のMarshallでガツンとイケますね?」410この日もアキラさんはMarshallのアコースティック楽器専用アンプ「AS100D」を使用。420_2征史さんは長年の愛器「1992 SUPER BASS」と「1960A」。430v_2「あの手この手」といえば、1952年の市川崑監督で同名の映画があった。
若き日の「久我美子」を見せるための1本みたいなモノだが、なかなかオモシロかった。
「久我美子(くがよしこ)」は本名を「久我美子(こがはるこ)」といって、「村上天皇」の血脈を持つ華族の家の出だった。
「だった」というのは一昨年の6月に93歳で亡くなったばかりで、私が知る限りほとんどテレビで報道されなかったんよ。
昔の映画界はそうした公家の血を引く良家出身の人や東大や京大出がゴロゴロしていたため、上智大学出身の井上ひさしは映画産業に就職することを諦めたという。
久我さんのご主人のウルトラマンでおなじみの「平田明彦」も東京大学の出身。
「良家」ということで言えば、山田五十鈴、原節子と並んで「日本三大美人女優」と呼ばれ「化け猫映画」でも人気を博した「入江たか子」。
この人は本名が「東坊城(ひがしぼうじょう)」さんだからね…ホンモノだ。
何せ「菅原道真」が祖先だっていうんだから。
寅さんにも出ていた「河内桃子」や『東京物語』のお母さんを演じた「東山千栄子」なんかも貴族の血筋。
貴族ってのは、大抵は江戸時代の大名家ですからね。
Atkt ということでその最頻出曲「ここにある宇宙」。440ということは私がamber lumberを観た回数とこの曲をナマで聴いた回数がイコールになるということか。
この曲でのアキラさんの歌声はいつだってドスが効いていた。
今日もその切れ味はバツグンだ。450この曲での征史さんの暴れっぷりも同様。0r4a0317毎回、何かに憑依されてしまったかのような乱れっぷり!
0r4a0294コレを400回以上演ってきたワケだ。480vそして最後は「半分の月」。490v_2アキラさんの溢れる情感がamber lumberの9周年を記念する公演の本編を感動的に締めくくった。500_2「好角家」のことで脱線しようと思ったんだけど、今日はMCで1回も相撲の話が出なかった。
なのでそのネタはまた別の機会が訪れるまでまでキープしておこう。
 
アンコールに移る。
征史さんが愛器について説明。
私も昔はアメリカのアコースティック・ギターの仕事をしていたので、ライバルのブランドだった征史さんが愛用しているアコースティック・ベースのメーカーのことはよく知っている。
征史さんは同じ楽器を3本持ていて、一番気に入っている1号機が修理から戻って来て「うれしいなったらうれしいな」とやっているところ。510v_2ココで2人が初めて合わせた曲を演奏することに。
「自分のソロの時には私はこの曲をセットリストに入れないんですよ。
だから最初にこの曲で『一緒に演りますか?』って山本さんに言われた時、『エ~!?』と思った。
しかもコノ曲を演りたい人がヘヴィメタルの人だとは思わなかったよ、ホントに!」520v「ヘヴィメタルだって、いいじゃないか。
学生の時、肺が破れてレントゲンを撮ったら写ってなかったの。
で、すぐに『入院ですよ!』って言われたんだけど、その時ちょうどメタルのバンドのライブ入っていたんです。
酸素ボンベを使いながら1時間首を振って翌日入院したら…直ってた!
ヘヴィメタルってそういう効果がある。スゴいんですよ!」530v_2アンコールの1曲目は「少しずつ」。
最初にこのワビサビ曲を選んだところがスゴイな。
540「チョットさびしくなることがわかっていたので予め用意していたハッピーな曲をもうひとつ」…と、続けて「とりあえずハッピー」を演奏した。550おっ!ヘヴィメタのライブでよく見る光景!
610ハハハ!
見て!アキラさんの顔!620vこの日は大相撲九州場所の初日だった。
ナニせamber lumberで欧勝海という力士の後援会に入っているそうで…。
それとは別に「ヨイショ!」でアンコールを締めくくることになった。
「せ~の!ヨイショ~!」
560_2そして、止まる気配がない「アンコール」に応えてもう1曲。570v「風が吹いたら」を演奏。580v最後はもう1回…「ヨイショ~!」
ズシンッ!
590おお!「猫山猫五郎」ばりの四股を決めてamber lumberの9周年記念が終わった。

amber lumberの詳しい情報はコチラ⇒amber lumber Official Web Site600<おしまい>

200_2(一部敬称略 2025年11月9日 神田SHOJIMARUにて撮影)

2026年1月 5日 (月)

amber lumber~9周年記念ワンマンライブ<前編>

 
明けましておめでとうございます。
Marshall Blog2,533本目となる2026年最初の記事はamber lumber。
9周年を記念する単独公演のレポートをお送りする。
10v「マー索くん」を使って調べてみると、Marshall Blogでは5周年から毎年欠かさずこの記念公演をレポートしてきたことがわかる。
だから今回は5回目。
この日の屋台村のようす。20目につくのは新発売の「amber lumber号フェイスタオル」。
羽がついているネコの顔をした赤いオープンカーが虹を渡っている。
美人のアキラさんに目をやると…いかにも楽しそうにもろ手を挙げて助手運転席に乗っている。
…ということはこの時は免許をお持ちでなかったか?
とても楽しいデザインだ。
30コレはこれまで発表してきたアルバムのリスト。
それぞれに付けられたひと言キャッチ・フレーズが正鵠を射ているようでオモシロイ。40この日のエッセイとおさとし。
ネコ大仏に混ざって1枚だけカメ。
それには「弁天池」と記されている。
0r4a0004「弁天池」という名前の池は恐らく全国各地に存在していることと思うが、最も名の知れている「弁天池」は吉原のそれではなかろか?
現在は埋め立てられ、下の写真の「吉原弁財天」となっている。
正月から縁起でもないが、ジム・マーシャルが生まれた大正12年(1923年)の関東大震災の時、吉原遊郭が炎上し、その火の手から逃れようと弁天池に飛び込んで命を落とした遊女が600人にも上ったという。
現在は関東大震災の犠牲者を慰霊する施設(神社ではない)になっている。
その門柱には「春夢正濃 満街櫻花 秋信先通 両通燈影(春の夢はまだ濃く街は桜で満ちているが、早くも秋の便りは届き両側の通りには燈籠の影が揺れている)」という詩が刻まれている。
コレは吉原のシンボル「吉原大門(おおもん)」が明治14年に鉄製の柱に建て替えられた時にその門柱に入れられた詩をそのままコピーしたもの。
この詩を書いたのは福地櫻痴(本名:源一郎)。Img_1738櫻痴は明治のジャーナリスト/政治家/劇作家。
「東京日日新聞(今の毎日新聞)」の社長を務めた気骨溢れる報道人であり、渋沢栄一らと「東京商法会議所(現在の東京商工会議所)」を設立した。
歌舞伎座の創立者のひとりでもあり、現在でも人気を誇る演目「鏡獅子」を書いたのも櫻痴。
下は長崎の有名な古刹「崇福寺」のすぐ近くにある櫻痴の生誕地。
長崎を訪れた時に見て来た 。008a0320桜痴は東京では「茅町(現在の池之端)」に居を構え、それが森鴎外の『雁』に出て来る。
高利貸しの末造が主人公の「お玉(映画では高峰秀子と若尾文子が演じた)」を囲うことを計画し、本人の承諾を得る前に妾宅を探す場面。
候補地のひとつが櫻痴の邸宅の隣だった。
櫻痴の墓は池之端からほど近い「谷中墓地」にある。220v さて、下はこの日のステージのようす。
今回も演奏している曲が収録されているアルバム・ジャケットをステージ中央に展示した。50さぁ、9周年のステージはどんなことになるのかニャ~?
そういえば…開演を待つお客さんの会話を傍らで聞いていて吹き出してしまった。
「あの髪の毛を洗わない歌ってナンていうんだっけ?アレ、最近演ってないよね?」
『Order Made』収録の「ラッタカ」のことだ。
「そう、演ってない。ナンカ最近は髪の毛を洗っちゃってるらしいよ」
「アラマ~、それじゃ『地球にやさしくない女』になっちゃったんだ」
ファンの皆さんはアキラさんのご洗髪をお望みでないようです。
70定刻になって2人が登場。
「また雨を降らせてしまいました。
amber lumberです…本日はありがとうございます!
雨も降ったし、チョット珍しい曲から演ってみようかと思います」
809周年記念のステージの1曲目を飾ったのは「キミの知らないボク」。
 
森永JUDYアキラ90v_2山本征史100v「雨でシットリ…ありがとうございます」
2曲目はガラリと雰囲気を替えて「ランデブー」。110コーラスをつけていた征史さんが…120vアキラさんのいるステージ上手にヒタヒタと移動して…130v背後にピタリを身を寄せて結成9年目の仲の良さを見せつけた。140v「私、歌とギターを担当しております、森永JUDYアキラと申します。
 最後までどうぞよろしくお願いします!」
軽く自己紹介をして「ドウシテコンナニコワインダロウ」。150v「♪プライド、プライド、プライド」
パンチの効いた歌声を…160切れ味のよい自らのファンク・ストラミングに乗せる。
180そのアキラさんのギターをナチュラルな音で鳴らしているのはMarshallのアコースティック楽器専用アンプ「AS100D」。170征史さんのソロ。
もちろんMarshall。
200v今回はいつもの「1992 SUPER BASS」と「1960A」。210v長い付き合いのMarshallでバラエティに富んだサウンドを送り出した。
ん?
Marshallの上に乗っかっている赤いヤツはナンだ?
220カワウソが赤い布団に入って気持ちよさそうに寝てるわ。
真空管アンプの上はとてもあたたかいからね。
江戸の昔、カワウソは医学の手伝いをしていたって知ってる?
当時の医者は医学を発展させるためには人体を解剖して実際の体内の様子を精査することが不可欠であることを知っていた。
ところがその頃は「死」は穢れ多いモノとされていたため一般人が死体に触ることがご法度になっており、「腑分け(人体解剖)」などトンデモナイ話だった。
そこで登場したのがカワウソ。
誰が言ったか、カワウソの内臓は人間のそれに似ているとされて、捕獲して腹を裂いては中を調べたそうだ。
その後時代が下りシーボルトやポンぺが来日し、オランダ医学の優良性が認められるようになり、山脇東洋や杉田玄白のような人たちが出て来て刑死者の遺体を用いて人体解剖をするようになった。
そうした腑分けに立ち会った医者たちは人間とカワウソの臓器の様子があまりにも違うことに驚き、「やっぱり人間とカワウソの体内が似ているというのは本当ではなかったか…ま、相手がカワウソだけに仕方ない…」と言ったかどうかの記録は多分残されていないであろう。
はじめ腑分けは幕府の厳しい監督の下で実施され、杉田玄白らでも死体に触れることが一切許されず、担当の役人が玄白らのリクエストに応じて臓腑をイジくったらしい。
日本の医学の発展史ってものすごくオモシロイよ。
ま、その歴史はすべて東大の医学部に通じるんだけどね。
ちなみにオリンパスが世界で最初に開発した「胃カメラで」の場合は犬が実験台にされたそうだ。
麻酔で寝かせた犬の口にコンドームを被せた試作の胃カメラを突っ込んでは実験を繰り返した。
しかし、操作がうまくいかず胃や食道を突き破ったりして多くの犬を犠牲にしてしまった。
その甲斐あって、最終的には開発に成功した。
9_img_5422 「ありがとうございます。
私たちの衣装…新衣装です。
8月に作ってもらったんだけど山本さんのはエリの部分がエライことになっていて、ドンドン切って短くしちゃったのが気に入らないっぽい」230v「チョット端切れ使いましたぁ?みたいな感じだったよね。
また、戻してもらってもいいですか?長いのがまだ余ってるんですよ。
旅人感がなくなっちゃったから」
旅人?…そう言われてみると征史さんの衣装は「スナフキン」みたいだもんね。
スナフキンが旅人かどうかは知りませんけど。240v「私が作った歌を3曲聴いて頂きましたので次は共作曲を演ります…共作をしていたこともあるんですよ。
アハハハ!最近、ホント共作をしていませんね。
子作りをしていませんってこと…ホントにアカンですよ」250「一応、言っておきますけど2人は夫婦でも、恋人でも…」260v友達でもない!
でも共作は実は結構あるんですよ」270v「たね」というライブ・バーをやっている友人にあてたラブレター「tane」。280バッキングにソロにベースがまるでアキラさんと一緒に歌っているようだ。290vいい曲だよね。
コレ、いつも演っていたっけ?
アキラさんの歌と征史さんのベースが実にいい具合の割合で溶け込んでいて聴いていてとても気持ちがいい。300「呼吸とテレパシー」もアキラさんの勇猛なストラミングから。310征史さんのスペイシーなベースが重なって…320v力強い歌が導き出される。330v征史さんはソロ・パートで爆発!340v「♪とどけ~!アナタの元へ!」
しかし、ギターのドライブ感がスゲエな。350最後は征史さんのジャ~ンプ!360v「今日は会場のアチコチに我々の9年間の軌跡が散りばめられています」370vステージの上だけでなく、会場内にはこれまでの作品のジャケット画が展示された。
そのアルバムの数は7枚。
9年間の間のライブの回数も440本に及ぶそうだ。
60「今日の1曲目もそうなんですが、次は9年前に初めて森永さんと合わせた曲を演ります」380「あの時演った曲って全部覚えてます?
私は覚えてない…その時のヤツ全部演ろうぜ!」390vアキラさんのソロ・アルバム『Arms』収録の「ボクの上に降る雨」。400v征史さんがグイグイとファンキーなグルーヴを押し出して…410v気魄のこもったソロを聴かせると…420アキラさんもラップ調の歌い回して曲をエキサイティングに仕上げる。
普段のライブではあまり取り上げられない曲かな?430v「スゴイね。今、演奏出来たことに自分がビックリ!
私ってチョット認知症疑惑があるんですよ。
多分、脳を輪切りにしたら委縮してると思うんだ。
『若年性ナントか』っていうヤツだと思うんだけど…」440v「若年性?
それって『若い年』って書くんですけどね…」
会場大爆笑!450v「だけど歌詞は忘れないんだよ」
認知症をテーマにしたドラマについての話をして…
「すごく懐かしい。そう言えばナンカ思い出したわ。
初めて一緒に合わせた時、今から演る曲を歌っていて、山本さんから圧が出て来てすごく泣きたくなっちゃたことを思い出しました。
今日はどうなんだろう。
別れの歌ではありませんよ…歌をよく聴け!」460「認知症をテーマにしたドラマ」といえば、今どうしても観たい映画のひとつが1973年の『恍惚の人』。
主演は高峰秀子と森繁久彌。
もちろん原作は読んでいるし、DVDになっていることも知ってはいるんだけど、レンタルとかサブスクでテコでも見つからない。
DVDは買えば中古でも安くないし…。Kh アルペジオでジックリ歌うアキラさん。
曲は『mamma mia!』から「冷めたスープ」。
470v「ウッカリ冷たくしてしまったスープをもう一度焦がさないようにユックリ温めよう」ってんだから「別れの歌」ではなくて「やり直しの歌」だわね。
この「ウッカリ」と「ユックリ」が耳に残る(双方原詩ではひらがな表記)。
聴いていて心が温められますナァ。
480「やっぱり恋人に歌っている曲でしたね。
でも何事も続けていくって難しいじゃないですか。
だからチョット心が折れそうになってももう1回火を付けて…今日のテーマは『初心忘るべからず』ですから。
『初心忘るべからず』って誰の言葉か知ってる?…世阿弥ですよ。
じゃ、1部最後の曲はドラムスに行くよ」500征史さんはアキラさんが準備している間に今日のペダルボードの説明をした。510vプチamber lumber仕様と夜叉仕様を合体させた。
こんな感じ。S41a0441アキラさんがドラムスを叩くのは…
530vもちろんamber lumberの解体新書、「I Wanna Be Your Blood」だ!520今日も征史さんの大激唱!540v最後はこの曲のルーティンの大ジャ~ンプ!550v「サンキュー、赤血球!」
9周年もバッチリとキメた~!
ちなみに杉田玄白は『解体新書』を出したことで今でいう億単位の印税を手にしたんだよ。
反対にオランダ語からの翻訳で大活躍した前野良沢は名前を出すことすら良しとしなかったそうだ。
『解体新書』の詳しい情報はコチラ⇒『冬の鷹/吉村昭(新潮文庫刊)』
 
amber lumberの詳しい情報はコチラ⇒amber lumber Official Web Site560<後編>につづく
 200_2(一部敬称略 2025年11月9日 神田SHOJIMARUにて撮影)