マーシャル・ブログ博物館 第1回:工場ミュージアム<その1>
昨年の10月にMarshall Blogは2,500回目の更新を果たし、それを記念して日頃よりご協力を頂いている皆さまからお祝いのメッセージを頂戴した。
そのメッセージを紹介する記事の最後の回に「2,500回更新を記念して『マーシャル・ブログ博物館』をヴァーチャル開館する」ことを宣言。
ある程度の段階まで下ごしらえをした上でこのことを発表してはみたものの、アレやコレやでなかなか手をつけることができないでいた。
しかし年を新たにしたことで意を決し、とにかく始めてみることにした。
今日はその第1回目。
ご覧頂いている写真はかつて山口県柳井市にあった「Marshall Music Japan」のようす。
以前、開館の時のもようをMarshall Blogで具にレポートしたので覚えていらっしゃる方も多かろう。
また、実際にお出かけくださった方もいらっしゃることと思う。
コレらMarshall Museum Japanで展示していたアイテムをこのMarshall Blogでヴァーチャル展示しようという「またやんのかよ!」的な企画。
2012年末に上梓された拙著『Marshall Chronicle(シンコーミュージック刊)』で同ミュージアムに展示していたかなりの数のアイテムを紹介しているが、紙幅の関係で掲載できる写真の数が限られ、またどうしても多くはモノクロ写真を使わざるを得なかった。
そこで今回はブログという形態の利点を活用し、世に出ていない写真を存分に使って立体的にお送りしたいと思っているワケ。
何しろミュージアムのオープンに先立つこと2ケ月、泊まり込みで5日間にわたって徹底的に撮り溜めた写真だからしてそのボリュームだけには自信があるのだ。
さらに時間をさかのぼれば、2008年から2011年末まで916本の記事を公開した昔のMarshall Blogにおいても『T氏のコレクション』と題して24回にわたり数々のMarshallのレア・アイテムを紹介したことがあった。
「T氏」とは当該のMarshallのコレクションを保有されている山口県熊毛郡在住の「竹谷和彦」氏のこと。
竹谷さんは先日テレビ東京の人気長寿番組『開運!何でも鑑定団』にご出演されてジェフ・ベックがかつて所有していたギターの鑑定をご依頼された。
ご覧になられた方もたくさんいらっしゃることと思う。
コレがその鑑定に供されたギター。
テレビでは触れなかったが、上のギターの写真を撮影した時、竹谷さんはシカゴで発行されている文化やエンターテインメントを専門に取り扱う「Chicago READER」という新聞のスクラップを私に見せてくれた。
そこには当該のギターを提げたジェフ・ベックの写真が掲載されていていた。
証拠写真である。
さて、ナゼまたぞろ「博物館」などという企画を持ち出したのかと言うと、竹谷さんのご了承を得た上でその集大成を飾りたいと思い立った次第。
Marshall Blogは内容の良し悪しや濃淡の差はあるにせよ、一応2,500回以上の記事を制作/掲載してきた歴史と実績があるので、この国にある(あるいは「あった」)再び入手することが困難と思われる古今の珍しいMarshallを記録しておくにふさわしい場所であり、またその作業に取り組む価値があるだろうと考えたのだ。
要するにMarshall Blogにキチンと全貌を残しておきたいというワケ。
上に記したようにMarshall Blogでは似たような企画を何度もやって来たので、過去の記述と重複する箇所が少なからず出て来ることでしょう。
その上、もしかしたら過去の内容との間に齟齬があるかも知れないがその点は平にご容赦頂きたい。
一応、最新の情報でウンチクを傾けたいとは思っている。
さて、人さまのコレクションを紹介する前に、まずは自分のところで蓄えているアイテムを紹介していくことにしよう。
「自分」と言ってももちろん「私」のことではない。
おなじみイギリスはバッキンガムシャーのミルトン・キーンズにあるMarshallの工場内のミュージアムに展示されているアイテムだ。
もうMarshall Blogでは何度も紹介してきたが、エントランス・ホール正面2階のスペースがそのミュージアムになっている。
私は四半世紀近くにわたってココのレイアウトの変遷を目にして来た。
最近はスッカリご無沙汰してしまっているが、現在はこういう感じになっているそうだ。
工場にいる仲良しのジョールに頼んで写真を撮って送ってもらった。
正面突き当りの階段の踊り場に据え付けられているのはサンドイッチ・タイプの「JTM45」と8x12"スピーカー・キャビネット。
そして「STUDIOシリーズ」の最新作「STUDIO900」のヘッドと1x12"コンボ。
その傍らにある牛がJVMのフル・スタックから頭を突き出しているオブジェはMarshallの工場がある「ミルトン・キーンズ」という町の創立50年を記念して2017年に制作された。
★ミルトン・キーンズについての詳しい情報はコチラ⇒【イギリス-ロック名所めぐり】 vol.27~Marshallが「Milton Keynes Business Achievement Award 2017」を受賞!
ミルトン・キーンズには1978年にアメリカ人の彫刻家がコンクリートで作った牛の像があることが知られており、それがこの「マーシャル牛」の由来。
Marshallに牛…とても他人ごととは思えない。
★マーシャル牛についての詳しい情報はコチラ⇒マーシャル牛~Marshall Concerete Cow
その前に並んでいるのは2020年のNAMMショウで展示した「アートORIGIN」。
階段の向かって左側には2025年のNAMMショウで「BEST in SHOW」を獲得した「MODIFIEDシリーズ」を展示。
無造作に床にドカンと置いてしまうところがスゴい。
レセプションのデスクにはSTUDIOシリーズのスタックがズラリ。
Marshallらしい黒い電話ボックス。
コレは大分前から設置されている。
イギリスでも公衆電話の数がガンガン減っていて、携帯電話が普及する前の1990年代前半には全国で10万台あったが、現在では2万台に減少したそうだ。
イギリスの電話ボックスといえば赤。
郵便ポスト同様、遠くからでも見つけやすいという理由で赤くしたそうだが、現存する2万台の電話ボックスのうち3千台がこの赤いタイプだそうだ。
下の写真は20年近く前にコヴェント・ガーデン辺りで撮ったように記憶しているが、もうこんな光景はこの世から消滅してしまったのかも知れない。
こんなモノが置かれていたこともあった。
でも、JVM410Hの色が2種類あったとは気が付かなかったわ。
コチラは今からさかのぼること10年とチョット前、Marshallが創立50周年を迎えた2012年頃のエントランスのようす。
50周年を記念して制作した…
「JCM800 2203」のフル・スタックと…
「1959」のハーフ・スタックを展示していた。
真ん中はMarshall創立40周年記念の時にドイツのディストリビューターから贈呈された記念の品。
ドイツ各地にある楽器店の寄せ書き。
こんなにたくさんのサインを1枚のプレートにどうやって書き込んだのかは訊き損じてしまったが、間違いなく大変な仕事だったと思う。
ドイツも広いからネェ。
2002年の40周年の記念式典には私も参席したが、この頃はまだジムもピンピンしていて、この記念品をとてもよろこんでいた。
日本からは私のアイデアで浅草の職人が作った「1959」のハーフスタックを描いた和凧のミニチュアをお贈りした。
その時から数年後にジムの家にお邪魔した際、その凧がチャンと飾られていたのを発見してとてもうれしかった。
コレは2002年、Marshallの創立40周年の式典の時に撮った1枚。
写真を撮る時には欠かせなかったペンダントとバッジをつけたジム。
こんなに元気だった。
いつかこのペンダントとバッジについて質問をしたことがあった。
コレは「ウォーター・ラッツ(Water Rats)」という芸能人で構成する福祉団体の会員証で、「初代の会長はボブ・ホープだったんじゃよ」とジムはうれしそうに説明してくれた。
ちなみブライアン・メイやリック・ウェイクマンもウォーター・ラッツの会員だ。
ジムと写っているのは「デイヴ・コールウェル(Dave Colwell)」。
ニックネームは「Bucket」…つまり「バケツ」。
バッド・カンパニーのツアーに参加したこともあるギタリストだ。
ミルトン・キーンズのショッピング・センターにあった楽器店を覗きに行った時、バケットがそこで店員をしていて驚いた。
一方のバケットも突然私が現れたので「What brings you here!?」とお互いに飛び上がってビックリしたことがあった。
右端で緑のジャケットを着てネクタイをしめて写っているのが私。
私はMarshallと同じ年の生まれだからまだ40歳だった…それに一番ビックリ!
昨年の10月、イギリス王室ではエリザベス女王の次男坊、つまり今のチャールズ王の弟である「アンドリュー王子」が児童買春の廉で「王子(Prince)」をはじめとする王室の称号や勲位を返上するという大スキャンダルがあった。
ロイヤル・ファミリーから「勘当」されたみたいなもので、今では「王子」ではなくただの「アンドリュー・マウントバッテン=ウインザー」になった。
マウントバッテン…いかにも高貴な名前だ。長崎の皆さんはさぞかし親しみを覚えることだろう。
まぁ、イギリス王室の話しはオモシロイよ。
イギリスの人たちはロイヤル・ファミリーが大好きで、彼等に王室の話題を振るとよろこんで何でも説明してくれる。
数日前に知ったのはチャールズ王の奥さん、つまり「カミラ・パーカー・ボウルズ」を「女王(Queen)と呼ぶのは止めよう!」運動みたいなことを今やっているらしい。
エリザベス女王のダンナの「フィリップ」は「王(King)」とは呼ばれず「Queen Consort(王配=女王の配偶者)」と呼ばれていたじゃないか!…というワケ。
いまだにみんな「ダイアナ」が大好きな一方、「カミラ」と「メーガン」が大ッキライなんだって。
要するに英王室の安寧を乱す人たちということなんでしょう。
つまり「英王室」こそが彼にとっての「国」なんだと思う。
話は反れたが、下は2012年12月6日にチャールズ王の妹さん、すなわちエリザベス女王の長女の「アン王女」が工場を訪れた後のエントランスのようす。
アン王女の来訪を記念して作られた「JVM410H」と「1960A」。
アン王女は「Anne, Princess Royal」という称号で、敬称を「Her Royal Highness」という。
キャビネットの中央に入っている「HRH」はその頭文字。
もちろんチャールズ王の敬称は「His Majesty」。
工場来訪の翌日にHRHから送られて来た「バッキンガム宮殿」のロゴがレターヘッドに使われている感謝状がこのスタックの横に飾られていた。
20年前に撮ったレセプションのデスクの写真。
ココはほとんど変わらない。
その対面、ロビーの右側の壁のガラス窓の向こうの部屋はかつてジムの執務室だった。
日本に帰る時、挨拶をするためにこの部屋に入ると、ジムはよくどデカイ帳簿を広げてジッ~と眺めていた。
そして私がお礼の言葉を添えて「I'm leaving」と言うと、帳簿を両手から離していつもニコっと送り出してくれた。
そのガラス窓の下に飾られている賞状や感謝状の数々。
エントランス正面の向かって左に設置されているショウ・ケースにはアクセサリーの類が展示されていた。
コレはその反対側のショウ・ケース。
こっちの方が断然オモシロい。
例えばコレ。
ジムが好んで薫(かお)らせていたキューバ産の葉巻「Montecristo(モンテクリスト)」。
長さ129mm、太さ16.67mmの「ペティ・コロナ」と呼ばれるサイズ。
私は当時のスペインのディストリビューターの女性社長と仲良しで、彼女がこのモンテクリストをジムに送っているという話しを本人から聞いたことがある。
スゴいニオイでね…イヤ、「いい薫り」って言うのかな?
毎年開催されているフランクフルトの展示会に行くと、控室のテーブルには下の写真にあるような四角くて薄い缶のフタとマッチが常備されていた。
ジムは火のついた葉巻の先端を缶のフタにこすりつけて灰を落としながら、いつもユッタリと紫煙をくゆらせていた。
葉巻は通常の紙巻きタバコとは異なり、吸っていないとすぐに火が消えてしまう。
ジムも何度も火をつけ直していたが、その時使うのは必ずマッチ。
絶対にライターを使わないのである時その理由をジムに尋ねてみた。
するとジムは「ライターを使うと薫りが悪くなってしまうんじゃよ…フォッフォッフォッ」と教えてくれた。
ホントなのかしらん?そんなこと絶対にないと思うんですけど。
ま、私はちょうど20年前にピタリと止めたのでもう興味はありませんが…。
ロサンゼルスの「ギター・センター」が「グローマンズ・チャイニーズ・シアター」か「浅草公会堂」を模して店の入り口に設置している有名ミュージシャンや楽器関係者の手形が「ROCK WALK」。
それにジムが参加した時の記念の盾。
コレがギター・センターの入り口にある実際のジムの手形のプレート。
1985年の11月の設置だというからもう40年も経っているのか…。
いつものサインをしようとしているが相手が粘土なのでうまくいかなかった様子が窺える。
2003年に受勲した「OBE(Order of the British Empire=大英帝国勲章)」もショウ・ウインドウに飾られている。
ジムは「JCM800」シリーズの世界的ヒットでイギリスの輸出産業に大きく貢献し、1984年に「Queen's Award for Export(英国女王賞)」を受賞。
さらに「Valvestate」シリーズが当たりに当たって1991年に再び同賞を受賞している。
もちろんこの「Queen's Award」は今は「King's Award」になっている。
しかし、とりわけジムがよろこんだのはこの「OBE」だった。
フタの裏には「Toye, Kenning and Spencer Limited(トイ、ケ二ング&スペンサー社)」とある。
同社は軍服などに付ける金銀のモールや記章、刺繍を製作している王室御用達の業者。
創業はナント1685年!
日本では「犬公方」で知られる五代将軍「徳川綱吉」が悪政を敷いていた時代だからスゴイ老舗だよ。
ジムがOBEを受勲した事由は、もちろん「Marshall」というひとつのイギリスのブランドを確立して英経済界の発展に貢献しただけではなく、長年にわたる社会福祉に対する経済的支援の功績が認められたからで、私はむしろ後者の理由の方が主だったのではないかと考えている。
決して裕福とは言えない労働者階級の家に生まれた病弱な男の子だったジムは、このOBEの受勲に欣喜雀躍したに違いない。
私がそれを実感したのはジムのサインだった。
下は2002年にもらったサイン。
コレは2003年にOBEを受勲した後のサイン。
チャチャっといつもの鮮やかな筆運びで名前を記した後、「OBE」と付け加えるジムがとてもうれしそうに見えたのだ。
名前の前についているのは「Dr.」。
ジムは同じ頃、ニューヨーク州にある「ファイブ・タウンズ・カレッジ」という大学から「音楽博士」の称号を授与されていた。
こちらには私の名字が入っていないでしょう?
子の頃にはスッカリ気安くなって私のことを親しく「シゲ、シゲ」と呼んでくれるようになっていたから。
私は平生の文章では「ジム」と呼んでいるが、礼儀をわきまえて面と向かってはそんな呼び方を決してしなかった。
だって軍隊で言えば元帥と二等兵みたいなモノですからネェ。
直接本人に接する時はキチンと「Mister Marshall」と呼びかけるようにしていた。
もうね、ジムのサインには色んな思い出があるんですわ。
工場の近くにある第二次世界大戦中にドイツ軍の暗号を解読するチームの本拠地となった国立公園「ブレッチリー・パーク」から支援に対する感謝の意を込めて「Dr. Jim Marshall OBE」宛に発行された入園許可証。
いいナァ、コレ。
いつか【イギリス-ロック名所めぐり】でブレッチリー・パークを紹介したけど、ココはオモシロイからね~。
ただ入場料がスゴイ。
私が行った6年前で4,000円ぐらいだった。
今ではそれが円安もあって大人1人6,000円だって!
このジム宛の入場許可証があればありがたいぞ~。
ブレッチリー・パークについては気合を入れて書いた【イギリス-ロック名所めぐり】の連作記事があるので未読の方にはゼヒご覧頂きたい。
★vol. 45 ~ ブレッチリー・パーク <その1>
★vol. 46 ~ ブレッチリー・パーク <その2>
★vol. 47 ~ 国立コンピューティング博物館<その1>
★vol. 48 ~ 国立コンピューティング博物館<その2:真空管まつり>
かつてMarshallがスポンサーを務めていた地元のフットボール・チーム「MK DONS」のユニフォーム。
…と、ここまではエントランスに展示されてきたアイテムを紹介した。
さて、ココからはMarshall本社のミュージアムのご紹介。
エントランス正面の階段を上がったところにズラリとMarshallを展示している。
下はやはり2006年に撮った写真。
コレは今となっては結構珍しい写真なんじゃないかな?
20年前のこの頃は階段を上がったところにガラス張りのスペースがあったのだ。
今の工場の従業員でこの光景を目にしたことがある人はかなり少なくなったのではなかろうか?
出入り口には常時カギがかけられていて、自由に中に入ることができなかった。
ある時頼んで中を見せてもらった。
コレらがその時に撮った写真。
中央のドラム・キットはアイアン・メイデンのニコ・マクブレインのモノ。
「PARK」だの「NARB」だのレアなアイテムも多数。
右手前の「Jaguar(ジャギュア)」とコラボして2003年に作った40周年記念の「1962JAG」なんてのは今やとても懐かしい。
赤い線に囲われているのはシリアル・ナンバーに「#1」が付されたMarshall最初の商品「JTM45」。
かつてはこうして何でもなくポッコンと展示してあったが…
現在はガラス張りのショウ・ケースに収められて特別扱いされている。
下はジムが最初に楽器店を開いたロンドンの西の「アクスブリッジ」にあるプラークの複製品。
コレが現在のMarshallの工場のミュージアムのようす。
いつ頃ガラスが取り払われたのかは覚えていないナァ。
以前に比べて展示アイテムの数が劇的に増えた。
Marshallが生産して世に出した商品をなるべく自分の手元で保存しておこうということで、意図的に収集するようにし出した…という話を聞いたことがある。
自社製のアンプだけではなく…
寄贈されたサオものも展示している。
日本で見慣れたモデルもゴロゴロしているが…
そこはさすがホームのミュージアム。
日本には入ってこなかったのであろう写真でしか見たこともないようなモデルも散見される。
コレは以前にはなかった展示アイテム。
ナント、ジムがドラマー時代に実際に使用していたドラム・キット。
このキットを保管していた人が出て来て、その方から譲り受けたのだそうだ。
コレは2005年のフランクフルトでのパーティの時のドラマー、ジム・マーシャル。
元気な頃は興に乗るとこうしてドラムスを叩いたものだった。
ジムのドラム・ヒーローは「ジーン・クルーパ」とおっしゃっていたっけ。
この後、さらにノッて来るとスティックをマイクに持ち替え、よくガーシュインの「S'wonderful」やディーン・マーチンの「Everybody Loves Somebody」を歌っていた。
展示されているバス・ドラムの上に乗っている写真。
センターを務めるジム。
コレは一体どういう機会だったんだろうネェ。
こんな感じでまずはMarshallの工場のミュージアムに展示されているレアなアイテムをみつくろってひとつずつ紹介していきたいと思う。
好きな人にはタマらない、好きではない人にはタマったもんじゃない企画の始まり、始まり~!
<つづく>
