マーシャル・ブログ博物館 第9回:マーシャル・タイムマシン<その3>
1971年8月発行の『The Marshall WORLD』を見てみよう。
「MARMARADE」という9文字がド~ンと目に飛び込んで来る。
「Dean Ford and Gayloads」というバンドを前身に1966年に結成された「マーマレイド(Marmalade)」はグラスゴー出身のポップロック・バンドで、「なつかしの〇〇」のようなサーキットでナント現在も活動しているらしい。
1968年から1972年にかけて10曲をUKシングル・チャートに送り込んだ人気のバンドで、「Reflections of my Love」というビルボードで10位、UKチャートで3位まで上昇した国際的なヒット曲を持っている。
聴いてみると確かにマーマレイド・ジャムよりはアマアマなれど「マーマイト」よりははるかに良い。
ま、例によってMarshallの必要性は感じないが…。
ズラリと並んだMarshallのフル・スタック。
これはロンドンの北の「セント・オールバンズ」というところで開催されたMarshallのデモンストレーション・ショウのようす。
見出しにある「CODY」というのも当時の新進気鋭のイギリスのバンドでこのショウに出演した。
ステージにMarshallの三段積みがある光景ってのはやっぱりいいもんだナァ。
演奏以外にもMarshallの商品を来場者に説明するコーナーもあったようだ。
下がそのようすっぽい写真…どう見ても商品の説明をしているようには見えないな。
このオジさんの前に置いてあるのはMarshall製の8チャンネル・ミキサー「2050」とパワー・アンプ(スレイヴ)の「2031」。
コレはマーシャル・ブログ博物館の第3回目で紹介した工場に残っている「2031」。
MarshallはこのPAシステムには相当入れ込んでいたような感じがする。
こんなところで「MARSHALL LAW」という言葉が出て来ている。
「3700Hi-Z」というMarshallのマイクロフォンの広告。
「Marshallの高品質のPAアンプにはMarshallの高品質のマイクロフォンをお使いください」という戒厳令を発しているワケね。
先っチョのグリルのデザインが「Marshall」の「M」になっているんだゼ。
その下には「JIM MARSHALL」の文字が見える。
「露出を重要視しているMarshallとローズ・モーリスは主要販売国の展示会に積極的に参加しています」ということで2ページ目では海外での楽器展示会の様子を報じている。
コレはスイスの「チューリヒ」。
なかなかのボリュームだ。
コレはNAMMショウ。
左は現在も営業しているトロントの楽器店「Long & McQuade」のジャック・ロング。
その隣りはナント!…ジム・マーシャルと2番目の奥さんのルネ・マーシャル。
さらにローズ・モーリスのモーリス・ウルフ。
右端もローズ・モーリスの人か?
フランクフルトで年1回開催されていた『Spring Fair』。
ロンドンで開催された『Sound 71 Internatuonal Exhibition』の様子。
ココでも「2050」と「2031」をプッシュしている。
上に書いた通り、かなり推しの商品だったんだナァ。
とにかくこの当時はPAシステムの機材に心血を注いでいたことがわかる。
コレはイスラエルの「テルアビブ」での展示会。
右の白髪のオジさんは「アイザック・ウルフソン」というイギリスではよく知られたスコットランド出身の起業家&慈善家。
1900年に創業した「Universal Stores」という通販会社をヨーロッパ最大の規模に成長させた人。
現在は「GUS(Great Universam Store)」という企業名で7万人の従業員を抱える大企業として運営されている。
このウルフソンさん、正式には「Sir. Isaax Wolfson, 1st Baronet」というお名前だそうだ。
この「Braonet(バロネット)」というのはイギリスの世襲称号のひとつで、地位は「男爵(baron)」の下、「ナイト(knight)」の上に位置し、日本語では「準男爵」という訳語が当てられているが世襲称号のウチでは最下位で、貴族ではなく平民の扱いとなる。
女性の場合は「baronetess(バロネテス)」。
敬称は「sir(サー)」、女性は「dame(デイム)」。
準男爵の奥さんは「lady(レディ)」という敬称が付けられる。
ウルフソンさんはMarshallの製品を自社で扱おうとして見に来たのかしらん?
毎号掲載しているMarshallの世界の代理店の紹介。
日本も出ている。
1971年当時、日本でMarshallの輸入代理店を務めていたのはどこでしょう?
「荒井貿易株式会社」だった。
この後に形を変えてまた出て来るのでそこで詳しく見てみよう。

読者からのお便りのコーナー。
サンフランシスコの「レオナルド J. バンコ」さんから「最近香港に行った時に1992SUPER BASSと1982スピーカー・キャビネットを買い、『The Marshall World』を手に入れました。とても気に入っています。そして品質の高さと職人気質に誇りを持っている御社を祝福したい」
同じような内容の手紙がオハイオとイギリスのサセックスのお客さんから寄せられている。
ありがとうございます。
Marshallとローズ・モーリスの歴史が簡単につづられている。
「1964年9月5日土曜日、ローズ・モーリスの3人の役員が初めてMarshallアンプの音を耳にしました。ハンウェルにあったマーシャルの小さな工房でのことです。
45Wと50Wのアンプ、さらにPA用のコラム・スピーカーひと組が用意されました。
その品質は感動的で、書類が即座に弊社の購買部に送られ、月末までジム・マーシャルがローズ・モーリスのロンドンの事務所を世界の総販売元の拠点に任命したのです。
ジムはいつもしきりに自分の製品がどうすれば世界のあらゆる地域で受け入れられるかについて考えを巡らせていました。
そしてジムはローズ・モーリスの役員と手を握り、アメリカやヨーロッパの国々への進出を果たしたのです。
この1964年の歴史的な日から数年が経過し、Marshallの商品は驚くほどの成長を遂げ、文字通り世界中のバンドやオーケストラやアーティストに行き渡ってきました。
ナイトクラブやレストランや社交クラブ等、あらゆる場所に広がったのです!
その成長のペースに工場の規模が合わなくなり、Marshallは3度ほど移転を繰り返し、現在はブレッチリーに落ち着きました。
上着を脱ぎすて腕まくりをするボスの下、Marshallの工場は活況を呈しています。
チョットとした歴史でした…でもMarshallにとってはエキサイティングな歴史なのです」
拙訳ゴメン。
3ページ目は世界のバンドの紹介。
「グル・グル」なんて出てるよ!
「ハイデルベルグを基点にMarshallを使って欧州で最も難解な音楽を演奏するトリオ」なんて紹介されている。
ナニか気の利いたことを書いてあげたいんだけど、私は「クラウト・ロック」の素地がないのでパス。
この下は私にとっては大発見中の大発見。
長年のナゾがこの「The Marshall WORLD」であっけなく氷解した。
…というのは、私はMarshallに直接お世話になる前、輸入楽器を取り扱うヤマハの子会社で長年にわたってMarshallの担当をしていたワケだが、その頃「日本で最初のMarshallの輸入代理店はどこか?」という問いに明確に答えられる人が社内にいなかった。
「ヤマハではなかった」ということと「数社で輸入販売」をしていたという情報があるにはあったのだが、「じゃ、誰なの?」と突き詰めると最古参の社員も言葉を濁さざるを得なかった。
そこでこの記事の登場だ。
興味深いのでナニが書いてあるか私の頼りない英語力で訳出してみよう。
今から55年間前、「1971年の話」ということを念頭に置いて読んでくだされ。
「今年のフランクフルトの楽器展示会で『荒井貿易』という会社が日本のMarshallの総輸入代理店に任命された。
4月8日に最初のオーダー分を出荷。
5月20日、6月に開催される『Tokyo Music Fair』の展示に間に合うようにと2度目は急ぎのオーダーとなり、6月8日に商品が出荷された。
日本のマーケットが究極的に重要なモノになっていくことを感じ、私は『Tokyo Music Fair』の開催に合わせて予定していた訪日を早め、一体どういう風にプレゼンテーションをして、それがどのように受け入れられるかを自分の眼で確かめることにした。
そして、その両方について決して失望することはなかった。
『Tokyo Music Fair』は1971年、日本で最初に開催された楽器のイベントで、その後たくさんの同様の展示会が開催されるようになったのはごく自然のことと言えよう。
しかし間違いなく『荒井史郎(荒井貿易の創設者)』は際立っていた。
メイン・ホールの展示は十分な広さの回転式の展示台に数々のギターや関連商品が展示された。
そして別室に用意された大きな舞台の端には他の商品とともに色違いのMarshallのスタックがいくつか設置されていた。
それらのMarshallは展示するだけが目的ではなく、日本の第一線のバンドがひっきりなしにそのMarshallをデモンストレーションしたのだ。
その中のひとつが「The Samurais」で、その演奏で常に部屋をイッパイの観客を酔わせていた。
そこで私は英語を理解することができるお客さんと少し話しをしてみた。
客の評価は一様に熱狂的だった…というのは彼らはこれほどの爆音にもかかわらずピュアで歪まないアンプの音を耳にしたことが全くなかったのだ。
他の地区の代理店の社長たちからもこの点について熱狂的な支持を得ている。
例えばドイツの『Gotthold Meyer(かつて長年にわたってドイツの代理店を務めていた[MUSIK MEYER]の社長だった人)』、カナダの『Fred Kalisky([Efkay Music]という会社の創設者)』、メキシコの『Walther Veerkamp([Casa Veerkamp]という会社の以前の社長)』などなど。
イベントの最終日、私が告げられたのは今回の展示が大成功で、以降の出荷を出来る限り早くしてもらいたいということだった。
たった3ヶ月の間に3回ものリピート・オーダーをもらった私はスッカリ気を良くしてしまった。
私たちローズ・モーリスは素晴らしい商品を販売していることを知っているが、商品に寄せられる賛辞はこうした地元のエージェントの最初のプロモーションにおいて見せるその熱意によるものと感じている。
荒井貿易株式会社の社長の荒井史郎さん、輸入品担当マネージャーの村松さん、並びに日本において卸業務をご担当頂いている神田商会株式会社のShigeo Kindo(ママ)さん、Tomotashi Suzuki(ママ)さんに深謝申し上げる次第である。
ローズ・モーリス共同経営責任者ロイ・モーリス」(一部敬称略)
上に書いたように私がヤマハの子会社に所属していた時に「最初期には数社がMarshallの輸入販売をしていた」とされていたが、そうではなかったのだ。
このロイ・モーリスのレポートを鵜呑みにするところによれば、荒井貿易株式会社がMarshallを輸入して、楽器問屋である株式会社神田商会に商品を卸していたんだね。
そしてこの新聞の2年後の1973年、ディープ・パープルが2回目に来日した年にヤマハ株式会社(当時「日本楽器製造株式会社」)がMarshallの総輸入販売代理店の権利を獲得して現在に至っている。
今にして思うと、この代理店の変更はジム・マーシャルではなくてローズ・モーリスの仕業だったんだろうな。
写真につけられているキャプション⇒「THE SAMURAIS:日本のトップ・グループのひとつ。
アメリカでも活動するボーカリストのミッキー・カーティスにより結成。
他のメンバーは「Yuji Harada(ドラムス、原田裕臣)」、「Kippy(リード・ギター)」、「Jimmy Tetsu(ベース、山内テツ?)」、そして「Boo」。
急に思い出した。
今から15年前、ミッキーさんからサインを頂戴したことがあったんだ。
ニコニコ、メチャクチャ感じのよい方だった。
それともうひとつ。
下は「外道」の加納秀人さんが所有している1971年製の「1959」と「1960AX」。
よく秀人さんは私にこう説明してくれた。
「コレはね、日本に初めてMarshallが入って来た時に神田商会から買ったモノなんだよ。
本当に音がデカくて全く歪まないんだよ!」
シリアルナンバーから割り出すと1971年製だった。
私は何度もこの1959の音を耳にしたが、秀人さんがおっしゃる通りどこまでいっても素晴らしいクリーン・トーンで、それだけに音ヌケの良さは尋常ではない。
よっぽどギターの腕が達者でないとコワくて使えまい。
元々Marshallってのはそういうモノだった。
さて、これらの「神田商会、1971年製、クリーントーン」という情報を突き合せてみると、ロイ・モーリスのレポートとピッタリ符合する。
つまり秀人さんの1959と1960AXは日本に最初に上陸したMarshallと見て間違いないようだ…ということがわかった。
このシリーズ、ナンて楽しいんだろう!
商品の紹介も忘れない。
ココは「Supa Fuzz 1975」と「Supa-Wah(2023)」をピックアップ。
4ページ目も海外のバンドの紹介。
「ガンビアのバンド」なんて初めて聞いた。
その名も「SUPER EAGLES」。
音を聴いてみたら…もろにアフリカン・ロック。
ナンでガンビアかというと、昔、この国はイギリスの植民地で奴隷貿易の拠点だった…いう歴史的な関係があるんだね。
今でもガンビアはコモンウェルスの一員だから、イギリスが戦争に巻き込まれたらガンビアの軍隊はチャールズ王子を守るために戦わなくてはならない。
他にハンガリーの「LOCOMOTIVE」、スウェーデンの「FOLKE LINDESJO'S BAND」、イギリスの「DANIELS BAND」と「HOTT COTTAGE」。
どれも猛烈に知らん!
このHOTT COTTAGEというチームはMarshallの地元、ブレッチリー出身のバンドらしい。
アトミック・ルースター、エドガー・ブロートン、チキン・チャック、バークリー・ジェイムズ・ハーヴェストの前座を務めたことがようだ。
左下は南アフリカの「ジョニー・マーシャル」という人が本社に来て「南アで一番売れているギター・アンプはMarshall」というレポートをした…という話し。
「ジョニー・マーシャル」なんて名前は聞いたことがない。
恐らく名字が偶然「マーシャル」という南アの代理店の人なんだろう。
5ページ目。
パッと目に留まったのは一番上のコレ「Marshall at Ronnie Scott's」。
ヴィクター・フェルドマンがロニー・スコッツに出演してエレクトリック・ヴィブラフォンを演奏するにあたりMarshallを使用したというのだ。
「ロニー・スコッツ」はロンドンのソーホーにある世界的に有名なジャズのライブハウス。
2009年にMarshallは「Class5」の発表会をココで開催した。
みんなでバスに乗って工場から出発した。
この時は楽しかったナァ。
ヴィクター・フェルドマンはロック的に言えばスティーリー・ダンの『Aja』他のレコーディングに参加したピア二スト、ヴァイブラフォニスト、パーカッショニスト。
ジャズ的に言えば、マイルス・デイヴィスがフェルドマン作曲の「Seven Steps to Heaven」や「Joshua」を取り上げている。
ロンドンのオックスフォード・ストリートに「100クラブ」という、昔ローリング・ストーンズも出ていた老舗のライブハウスがあるのだが、コレはヴィクター・フェルドマンのお父さんが始めたお店だ。
何度も前を通りかかって一度入ってみたいのだが、今の出演者はパンク・ロックのバンドばかりで私にはチト性に合わないのでいまだに未経験。
新製品の広告。
1971~1978年に製造していた「Artist」というニックネームのモデル。
スタック・タイプの「2041」は「Two-Piece」と名付けてヘッドとキャビネットを組み合わせて販売した。
一方の2x12"のコンボは「2040」。
ともに出力は50Wでリヴァーブ搭載。
説明によるとMarshallのトップ・エンジニアが新しいコンセプトに基づいて設計をしたとか。
その結果、高音域と低音域がウマい具合にブレンドされた「Middle Fog」なるサウンドを実現。
リヴァーブ・ユニットはハモンド製だそうだ。
こっちはMarshallブランドの宣伝。
まさに「破竹の勢い」というヤツだったんでしょうナァ。
勇ましいことがズラズラと書いてある。
この号、ページがまだ続くが以降は次回。
<つづく>
