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2026年3月 6日 (金)

マーシャル・ブログ博物館  第3回:工場ミュージアム<その3>

Marshallの工場のエントランス2階の展示アイテム解説の3回目。10「JCM900 4100」と「1960A」のカバリングとフレットクロスを貼っていない仕様。
製作途中というワケでも製造工程を説明するための製品というワケでもない。
ツルッツルですねん。
30年近く前、東京の大手楽器店からの特別注文で日本に入って来たこともあった。
その時はこの仕様を「ベア・ウッド(Bare wood)」と呼んでいたが、今は「ネイキッド(Naked)」という名称になっているようだ。
「bare」も「naked」も「裸の」っていう意味。
だから昔からあったアイデアで、その楽器店の方がMarshallの工場に行った時にタマタマ同様のモデルを目にしてマネてオーダーをしたのであろう。
しかしコレ…ヘッドはまだいいにしても、キャビネットはスピーカーの保護にかなり気をつかう必要があるね。
ところで、それぞれのスピーカー・ユニットの周りに黒いヤツが4つ付いているでしょう?
20vコレらはスピーカー・ユニットを固定するビスを受け止めるための下の写真ようなナット。
鋭い爪が4つ付いていて、それをバッフル板に打ち込んでナットを固定するんだけど、コレが1回バカになってしまうと大変なことになっちゃうんですよ。
今、この「ネイキッド」にはフレット・クロスが張っていないので、そういう事態になったとしても、少しナットを回して打ち込んでやれば何ら問題はない。
ところが普通の「1960」でそうなっちゃうと、バッフル板とフレット・クロスのすき間にナットが落ちてしまって、まずコレを取り出すのにひと苦労。
重いし、デカイので逆さにしてシャカシャカ振るワケにいかないから。
ようやくナットを取り出して元の位置に戻しても穴がバカになっているので、スピーカーの手前からねじ込むビスがチョットでも変な風にナットに当たってしまうと、またバッフル板の向こうに落ちてしまう。
私はコレでスピーカー・ユニットをひとつ交換するのに3時間半かかったことがあります、ハイ。
もちろん「マレに見るブキッチョ」ということもありますが…。
ちなみに長年Marshallの修理をしてくれていたオジさんはすべての工程を10分もかからないで完結していた。
私も今ではコツをマスターしたのでこの作業はお茶の子サイサイです。

Tn_3 スラッシュの特別シグネチャー・モデルのフル・スタック。30vベースは2代目のシグネチャー「AFD100」。
フロント・パネルがミラー仕様でパイピングがシルバー。
カバリングも黒蛇のような目地になっている。
キャビネットのフレットクロスは「ソルト&ペッパー」。
アルミ製のセクシーなロゴにどうしても目が行ってしまうか?Img_8006この赤いのは目立つな~。
1972~1973年に製造していた「Picture Flame」と呼ばれるスピーカー・キャビネット。
「Lead/Organ」…すなわちギターとオルガン用のキャビネットで、入力が100Wの1x12"が「2053」、125Wで1x15"が「2054」というモデル・ナンバーだった。
フルスタックが組めるようになっていて、それぞれに「Bキャビ」が用意されていた…といっても今の「A(angled)」と「B(Base)」でキャビネットの形状が異なるワケではなく、どうも上段のキャビネットのキャスターの「ウケ」の有無で区別していたようだ。
見た目のインパクトが強いことが認めるが、どんな音を求めてこんな形にしたのだろう?40v上に乗っているのはPARKのトランジスタ回路のスレイヴ・アンプ(パワー・アンプ)「1221」。
出力は100Wだった。Img_8009フル・バルブの30Wヘッド。
コレ、良さそうでしょう~?
型番も決まっていたが、残念ながらこのモデルは生産されなかった。
1959方式の4インプットでボリュームが2つ。
3バンドEQとプレゼンスとループのレベル調整を搭載。
もしこのモデルが発売されていたら、間違いなく大ヒットしていたことだろう…とだけ書くに留めておくことにしよう。
0r4a0095レミーのサイン入りシグネチャー・モデル「1992LEM」。
コレは本当にベース・アンプの「スペードのエース」だった。
60_22002年に発売したザック・ワイルドのシグネチャー・モデル「2203ZW」。
コレはドカンと売れた。
ザックのサインにある「DAD RULES!!!(オヤジ最高!)」の「DAD」とはもちろんジムのこと。
70実はこの商品、製造が追い付かずなっかなか日本に入って来なくてネェ。
それで2002年の5月、私がイギリスに飛んで直談判をして商品の一部の出荷を早めてもらったんですわ。
人生で初めて訪れたのMarshallの本社/工場だった。
当時、日本はMarshallにとって最も重要なマーケットのひとつだったので、ジム・マーシャルが礼を尽くして接待をしてくださった。
それ以前、ジムとは日本では何度かお会いしていたのだが、この時は初めての完全アウェイ。
ジムと奥さんとヴィクトリアの4人だけで食事に行ったんだけど、ま~、緊張したわ。
軍隊で言えば元帥と二等兵の会食みたいなものですからネェ。
ココでは気軽に「ジム」なんて書いているけど、もちろん「ジム!」なんて気安く呼ぶことはできません。
私は親しくなった後でも、ご本人に向かっては最後まで「Mister Marshall」と呼ぶようにしていた。
年齢も39年も離れているし、一体何の話をしようかと案じたが、ジムがジャズ・ドラマーだということを当然知っていたのでジーン・クルーパやベニー・グッドマンの話を持ち出して結果的に和気あいあいとした時間をすごした。
私はスウイング・ジャズを聴くことはまずないけれど、とりあえず「ジャズが身を助けた」と思ったわ。
下はその会食の後にお招き頂いたジムの自宅のリビング・ルームで撮った1枚。
この時のことは一生忘れない。
そして、2203ZWにはそんな思い出が残った。
Img_4934 ザックのシグネチャー・モデルの2代目。
サインの日付を見ると上の2203ZWと同じ「2010年7月22日」になっている。
コレはザックのバンド、BLACK LABEL SOCIETYが、ロンドンの東にある「ヴィクトリア・パーク」という公園で開催された『HIGH VOLTAGE』フェスティバルに出演するために渡英した際に入れたサイン。
「BLEED MARSHALL(血を流せマーシャル)」?…調べて見ると「bleed」はスラングで「金を搾り取る」という意味があるようだが、まさかね。
となると、コレは「Be bloody Marshall」とかいうことなのかしらん?知らんけど。
130_2フルスタックにするとこうなる。
基本的には見た目が変わっているだけ…のハズ。
ナゼか市販はされることはなかった。
80vMarshallの工場には昔、「Theatre(シアター)」と呼ばれる多目的の講堂があった。
ココで爆音で試作機を鳴らしてみたり、新商品の発表会をしたり、世界中のディストリビューターを集めて会議をしたりした。
私もココで開催された会議に何回も出席したがいつも寒くてね~。
ヨーロッパの皆さんは半ソデ半ズボンなのに私だけセーターを着ていた。
だから「シゲ、大丈夫か?風邪を引いているんだろ?」とよく心配されたものだった。
そしてだだっ広い空間でボソボソと話される英語がとても聞き取りにくく、大変に苦労したのを覚えているが、私にとってはMarshallの工場の思い出深き場所のひとつ。
今は「Marshall STUDIO」になってしまって跡形もなくなっちゃった。
町の公民館的な役割を果たすこともあって、シン・リジーもココで演奏したことがあったし、震災の時には現地の日本の和太鼓のチームがチャリティ・イベントを開催したこともあった。
さて、そのシアターにズラリと並んだそのザックの2代目のシグネチャー・モデル。
上に書いたように、この時ザックはこの場所でHIGH VOLTAGEのリハーサルをして、その後イギリス・ツアーに出かけたというワケ。
ザックだけではなく、他のバンドも時折このシアターをリハーサルの場として借用していた。
90メタル感満点のルックス。100スピーカー・キャビネットに付けられたプラーク。
ジムのサインが入っているところが何とも律儀。120_2傍らには最初のシグネチャー・モデルを6台収納したラックが用意されていた。
リハーサルの最終日、「お世話になったお礼に…」と、工場の従業員を招待してHIGH VOLTAGEのステージのゲネプロを公開した。
コレが生身の人間には有害としか思えないようなモノスゴイ爆音で、はじめはかなりの人数が集まっていたものの、終わりの頃にはほとんど誰もいなくなっていたっけ。
私はチャンと最後まで付き合いました…だって避難するところがないんだもん。
110そしてコレが実際のHIGH VOLTAGEでのBLACK LABEL SOCIETYのステージ。
それはそれは猛烈な爆音でございました。
でもステージにズラリと並んだザック・モデルは壮観としか言いようがなかった!390展示品の中央に位置する後から設置された「シリアル#1」の「JTM45 Offset」の展示ケース。135v昔のミュージアムの時は何の特別待遇も与えられず、ごく普通に展示されていた。190それが現在では大出世を遂げて専用に作られたケースに神々しく収められている。
ケースに入る前は、「チョットオフセットの写真撮らして~!」、「ああ、好きにやっていいよ~!」みたいな感じでいとも気安くイジることができたんだけど、今はもうそうはいかない。140v_2下はそんな風にして撮った写真。
コレについては何度もマーブロに書いて来たのでココでは詳しくは取り扱わないけど、このミュージアムに展示されている経緯だけしつこく書いておくと…
1701962年、ジム、ケン・ブラン、ダッドリー・クレイヴンのチームで開発したこの「JTM45」がギタリストの間で大きな評判を呼んだ。
ある時、少年がアクスブリッジのジムの楽器店を訪れJTM45を買おうとした。
ところが既に23台もの先約があって、すぐに販売することができずジムは「数週間待ってくれ」と少年に伝えた。
当時は週に1~2台しかJTM45を製造することができなかったのだ。
ところがその少年はその週末に使いたかったので「プロトタイプでも良いから売って欲しい」とジムに頼み込んだ。
ジムは試作機を普通に売ることに気がとがめ、通常の値段よりも安くしてシリアル・ナンバー「#1」が付けられたそのプロトタイプを少年に売り渡すことにすると、ほどなくしてその少年の親が支払いにやって来た。
それから7~8週間後、ようやくJTM45の製造に余裕が出て来た頃、その少年が以前販売したプロトタイプを手にして再び店にやって来た。
やはりどうしても「正規の商品が欲しい」というのだ。
そこでジムは一旦お金を少年に返し、戻って来たプロトタイプを受け取って店の階段の下の棚に押し込んだ。
そして1966年、事業の拡大にともないロンドンの西から現在のブレッチリーに引っ越すことになった時、スッカリ忘れていたこのアンプが転がり出て来た。
「どうするコレ?捨てちゃう?」という意見もあったが、ジムはナニかの縁と考えてブレッチリーへ持って行くことにした。
そして、ブレッチリーに移転しても結局は階段の下に押し込んでほったらかしにしていた。
Img_7996 それから数年が経過し、1970年代の後半になってまたジムはこのNo.1アンプに遭遇する…と言ってもただ忘れていただけなのだが。
「こんなに長い間私はコイツをキープしていたなんて!」とジムは驚き、このアンプとの大きな絆を感じて大切に保管することを決心。
そして階段の下からアンプを自分の執務室に移動させた。
こうして一旦はジムの元を離れたMarshallの第1号機が現在も保管されることになったというワケ。
教訓……断捨離はダメね。
それにしてもその少年は損したね。
何せMarshallが最初に作ったアンプ6台のうちのひとつだからね。
手放さないで「何でも鑑定団」に出品していたらオモシロイことになっていただろうに…。
185ケースの中のJTM45は吊り下げられていて…150見上げればシャシの内部を見ることができるようにもなっている。180私なんかがオモシロイと思うのはコレね。
上に出て来たジムの楽器店があったアクスブリッジにある建造物に取り付けられたプラーク(銘板)のレプリカ。160_2本物はコレ。
詳しいことは下の2編に書いたので興味のある方は是非ご覧くださいまし。
【Marshall Blog】Speak of the Devil ~ ビックリしたな~モウ!
【Marshall Blog】ビートルズに勝った男
220w次…。
リッチー・ブラックモア、ミック・ロンソン、ジョン・エントウィッスルが愛用したことが知られているKT77をパワー管に採用した200Wの「MAJOR」シリーズ。
Marshallがブレッチリーに引っ越しをしてすぐに開発に着手し、翌年の1967年から1974年まで販売された。
PA用8インプットの「1966」、ギター用の「1967」、ベース用の「1978」がラインナップされた。
下の写真は「Pig」というニックネームが付けられたオリジナルの「1967」。
「Pig」というのは複数のMarshallの本を上梓している「マイク・ドイル」が後になって付けたニックネームで、当時のMarshallがそう呼んでいたワケではない。
「ずんぐりしたデザインがブタを思わせる」ということらしいが、デザインした人がその時それを知っていたらブーブー文句を言うだろう。
Pigは発売した1967年だけしか作られなかったのでかなりのレア・アイテムになっていて、今となってはベラボーな値段が付いているらしい…というか、そもそも見かけることがない。
私もホンモノはココでしか見たことがない。
200Pigは2インプットで、3つのノブはすべて「VOLUME」。
左から「MASTER」、「BASS」、「TREBLE」となっていた。3img_7982ギター用の「1967」は、発売の翌年にはモデル・チェンジをして「Pig」から下のような「1959」と同じく4インプット、6ポットの仕様になった。
コレは時々見かける。
下は竹谷さんが所有している「1967」。Img_05931984年、「ミニ・スタック」のコンセプトの下、Marshallは「3210 MOSFET」というヘッドに4x10"のキャビネット(AとB)を組み合わせたモデルを発表した。
要するに廉価版ですな。
いつの世も「アナタも手ごろな値段でMarshallスタックを手に入れることができる!」ってMarshallはやっていたワケ。
「MOSFET」というのは「Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor」の頭文字で、日本語にすると「金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ」ということになるらしいが余計わからん。
平たく言えばパワー回路がトランジスタのモデルだ。
そして1986年、Marshallがその流れ…つまり「小型スタック」のノリで新しく発表したヘッドが下の「3203 ARTIST」というモデルで、そのコンボが「4203」だった。 
2チャンネル、30Wという仕様で、プリ回路にトランジスタを採用し、今度はパワー部に1xECC83と2xEL34を搭載した。
コレが大変に評判が良く、1991年まで製造が続いた。
1986年は円高が急速に進んだこともあるが、定価を調べてみると確かに安い。
220_2この「1959」のかつてのオーナーはシン・リジーのスコット・ゴーハムだった。
1978年頃に使われていたアンプで、インプットの部分が改造されているのはマスター・ボリュームなんでしょうナァ。225ちなみに、1978年頃、スコット・ゴーハムはMarshallの広告に登場していた。Img_4939 チョット変わった感じのルックスが目を惹くコンボ「2199」。2301976年から1980年まで生産していた30W、2x12"のトランジスタ・コンボ。
名前を「Master Lead Combo」と言った。
こういう名前は覚えにくいね。
現行品であるならともかく、過去のモデルともなると似たような名前がたくさんあってゴッチャになってしまう。
240Marshallで最も初期のトランジスタ回路を搭載したモデル。
日本では全く見かけないよね?
250_2コレは工場の修理部門の作業台のところで撮った1枚。
さすが本国。
そんな日本では見ることのないこのモデルの修理をしていた。
私が工場にいると「シゲ!珍しいヤツが入って来たぞ!見に来いよ!」と修理部門のデイヴから行く先々に電話がかかってきたものだった。

260 「Marshallも色々やってきたね~」と思わざるを得ないこのモデルは「Club and Country」というシリーズの中のひとつ。
それまでMarshallが無視してきたカントリー・ミュージックのマーケットに殴り込みをかけるべく開発された。
フル・ヴァルブ仕様で出力は100W、2x12"の「4140」、4x10"の「4145」、4x10"でベース用の「4150」がラインナップされた。
「4140」はスティーヴィー・レイ・ヴォーンが使っていたみたい。
下のモデルは「4145」。270_4140薄い!280この「Club & Country」というのはローズ・モーリスが付けた名前で、元々Marshallは「Reverb Twins」というどこかで聞いたことがあるような名前で呼んでいた。
というのは…このモデルは真ん中のマスター・ボリュームを境にして、左右対称に2つのアンプが搭載されているような格好になっているのだ(向かって左のチャンネルにだけリバーブ、ブースト・スイッチ、ブライト・スイッチが付いている)。
だから「Twins」なのね。Img_80661979年から1982年まで生産されていたので「JCM800」シリーズにもラインナップされた。
下は竹谷さん所有の2x12"の「JCM800 4140」。Img_0875「ローズ・モーリス(Rose-Morris)」というのはロンドンのデンマーク・ストリートに小売店を構える楽器商社のこと。
1966年にMarshallと契約を取り交わし、向こう15年間、国内外を問わずすべてのMarshall製品がローズ・モーリスを通して販売されることになった。
そして1981年にその契約が終了するのを見計らってスタートさせたのが「JCM800シリーズ」だ。
それまでの間、Marhallは自分の会社の製品に自由に名前をつけることすらできなかった。
今はキャビネットにヘッドを積んだスタイルのことを「スタック」と呼んでいるが、ローズ・モーリスが関わっていた頃はその言葉を使わず「セット・アップ」と呼ばれていた。
ジムは私に何度か「"Stack"という言葉を最初にアンプに使ったのは私なんだよ」と教えてくれたが、もしかしたら悔しい思いをしたこともあったのかも知れない。
反対に言うと「1959」、「1960」、「2203」といった「ロック楽器の歴史」に永久に残るであろう有名な商品名をつけたのがローズ・モーリスであったことも否定できない。
これらの数字がナニを意味しているのかは以前Marshall Blogに書いた。
この4文字の数字の意味を発見した時はかなりうれしかった。
もし自分の考えが間違っているとなると「ぬか喜び」になってしまうので、上に出て来たマーシャル研究家のマイク・ドイルにわざわざメールを打って確認までした。
大丈夫だった。Img_4936 コレは目立つわ~。
PA用のホーン付き2x15"スピーカー・キャビネット「2029」。290v_2以前、イアン・ギランがココにやってきてこのキャビネットを目にした瞬間「あ、オレの!」と言ったとか言わないとか…。
ご存知の通り1970年代のはじめ、ディープ・パープルはMarshallのデモンストレーション・バンドを務めていて、アンプの類はPA機材も含めてすべてMarshallの製品を使っていた。
そしてある日、イアン・ギランのボーカル・アンプが盗まれてしまった。
その盗まれたキャビネットが長い長い年月を経て流れて来たのがコレ…とイアンは思ってしまったというワケ。
ディープ・パープルの1973年のニューヨークのライブで演奏している「Strange Kind of Woman」のビデオにこのキャビネットが写っているのを偶然発見した。
だからイアン・ギランの話もまんざらウソじゃないかもよ。
300vしかしコレは重そうだナァ。
この「2053」は下の写真のように8チャンネル・ミキサーの「2030」とスレイヴ(パワーアンプ)の「2031」と組み合わせて使うようになっていたようだ。2030残念ながらミキサーはミュージアムで保有していないが、スレイヴ・アンプの「2031」が展示されている。
コレ、裏面ではなくてこののっぺらぼうの面がフロントなの。
最初見た時、一体コレはナンじゃろな?と思ったわ。
上の写真を見ると、元々は左上にMrshallのロゴが付いていたことがわかる。Img_0018リアパネルのようす。
出力は100Wだった。Img_0017スピーカーのアウトプットが2ついていて、1台でペアのキャビネットを鳴らすシステムだった。
このシステム、商品としてはとても優れていたが、少ししか売れなかったようで完全な状態で残っているモノがかなり少なく、コレクター垂涎の的なのだそうだ。Img_0015<つづく>
 

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