ドイツ大使館のMarshall 2026 <前編>
久しぶりに来たドイツ連邦共和国…と言うか、麻布のドイツ。
「マー索くん」で調べてみると、初めてお邪魔したのは2016年のこと。
あの時からすでに10年の時が経過しているなどとはにわかに信じがたい。
そして前回が4回目で、コロナ期の2022年のことだった。
5回目にお邪魔する今回も「一般社団法人在日ドイツ人支援基金(BDF=Bund Deutscher Fürsorgea、英語名はGerman Charity Fund)」主催のチャリティ・ガーデン・パーティをMarshallでお手伝いするため。
4年ぶりに訪れるドイツ大使館。
個人的にとても好きなイベントなのでこの日が来るのを指折り数えていた。
庭のようすは以前と全く変わっておらず、とても懐かしく感じた。
大使館や庭園については過去の記事で触れているので今回は特に取り上げないが…。
チョット気になったので、江戸の昔にはこの辺りがどうなっていたのかを自慢の古地図のソフトを取り出して調べみた。
コレが現在のようす。
そしてこっちが江戸時代後期のようす。
表記を見ると現在大使館がある場所には…
*酒井内蔵助 御小姓組番頭:「小姓組番頭」とは将軍の親衛隊のトップの酒井さんの家。
*松平大和守 上地:「松平大和守」家は徳川家康の次男「結城秀康」を家祖としていて、移封が多く
「引越し大名」の異名を取った家柄。「上地」とは幕府が家臣から没収した土地のこと。
*平野兵庫助 交代寄合:「交代寄合」は武家の家格のひとつで譜代大名並みの厚遇を受けたらしい。
そんな平野さんの家。
があった。
江戸の昔の東京は7割が武家地だったが、この辺りもギシギシにお武家さんの家々が立ち並んでいた。
見てみたかったネェ。
コレが現在のドイツ大使館の入り口。
平野さんの家があったあたりだろう。
傍らの「南部坂」を挟んだところにあるのが…
「有栖川宮記念公園」…今回はこっちを見てみよう。
駒込の「六義園」には及ばないかも知れないが、素晴らしい眺望だ。
坂についている「南部坂」という名前や上に掲載した古地図が示す通り、ココは「盛岡藩主南部家」の下屋敷があった。
20万石の大藩ともなると下屋敷でもこのスケールよ。
後に明治29年に以前は世襲親王家だった「有栖川宮(ありすがわのみや)」家の御用地となり、昭和9年に公園として一般開放された。
今、世間では「皇室典範」の件でモメにモメているが、「世襲親王家」というのは天皇家に世継ぎが出なかった時に次の天皇を立てる宮家のこと。
徳川の治世であれば「御三家&御三卿」みたいなものか?
制度自体は明治22年の皇室典範の改正により廃止したが、「世襲親王家」は有栖川宮の他に「伏見宮」、「桂宮」、「閑院宮(かんいんのみや)」があったが、平成16年を最後にすべて断絶した。
もういないのよ。
テレビで喧伝している通り、コレを見ただけでも皇室のメンバーが減少していることがわかる。
そうだ、「閑院宮」で急に思い出した…下は「神宮外苑」の入り口に立っている当該施設の完成を寿ぐ石碑。
撰文(碑にグジャグジャと彫り込まれた文章のこと)を書いたのは、德川家第16代当主の「德川家達(いえさと)」。
一方、篆額(てんがく:石碑の上の方にあるタイトル)を書いたのがその世襲親王の「閑院宮載仁親王(かんいんのみやことひとしんのう)」だ。
私はこうした石碑に出くわすと必ず誰が篆額と撰文を書いたのかをチェックするようにしている。
コレが実にオモシロいんですよ。
有栖川宮記念公園に戻って…
下は公園の高台に設置されている有栖川宮家のひとりの銅像。
この方は「有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう」。
有栖川宮家の第9代目の当主だ。
ついでやっておくと、下は谷中霊園にある「佐藤尚中(たかなか)」の顕彰碑。
尚中はシーボルトやポンぺの薫陶を受けた「順天堂病院」の創設者のひとり。
そして、この篆額を書いているのが有栖川宮熾仁親王なのだ。
イヤ、それよりも熾仁親王といえば、幕府が推し進める「公武合体」により徳川家茂に降嫁した「和宮親子内親王」の元々の婚約者として知られているよね。
この辺りのことは<後編>で取り扱いたいと思う。
今回は公園を見る。
近くには「新聞少年の像」という塑像が立っている。
毎朝毎晩元気に働く勤労少年を称えて1958年に「青少年の保護育成」を願って設置された。
作者は「朝倉響子」。
朝倉響子は「東洋のロダン」の異名をとった日本を代表する塑像家「朝倉文夫」のお嬢さん。
早稲田大学の「大隈重信像」なんかは朝倉先生の作品だ。
谷中には元の自宅が「朝倉彫塑館」として一般公開されている。
ココはとてもいいですよ。
いつもあるとは限らないようなのだが、日露戦争後にロシアの「ウィッテ」と戦後補償の激烈な交渉を展開した時の外務大臣「小村寿太郎」の高さ4メートル近い塑像は超ド迫力。
作品だけでなく、朝倉先生が凝りに凝って作らせた家中の細かい造作が非常に素晴らしい。
私はココが好きで何回か見学に訪れているが、下の写真の中ほどにあるようにこの時はホラ…ちょうど「朝倉響子」の特別展を開催していた。
もちろん見て来た。
コレも園内の風景。
本当に東京のど真ん中にいることを忘れてしまうような落ち着いた風情だ。
さて、大使館に戻って…。
日も暮れ始めてソロソロ「チャリティ・ガーデン・パーティ」がスタートする時間になった。
例年通り庭に集まった来館者に大使館の方々からご挨拶。
まずは大使の「ペトラ・ジグムント」さんが会の趣旨を述べ、集まったお客さんやスポンサーに厚い謝辞を送った。
続いて登壇した「ドイツ人支援基金(BDF)」の「ヴォルフガング・ビーラー」会長は、60年以上もの長きにわたりBDFが日本で困難な境遇にあるドイツの方々の支援に取り組んできたことを説明。
今年初めには基金が「一般社団法人」として正式に法人化されたことを報告して、今後はご家族を亡くされたご遺族の支援、ドイツ語学習支援、教育助成、日本在住のドイツ人高齢者の方々へのサポートなど、体制をさらに強化いていくという。
そうした活動やイベントを支えてくれている大使や大使館の皆さん、多くのボランティアの方々やスポンサーに対する感謝の言葉がつづられた。
そしてコレも恒例のビヤ樽の鏡開きをして…
「Prost!」…実際には「乾杯!」ってやったかな?
この頃には食事の準備も完了し、ビュッフェが用意されたテントには長蛇の列ができる。
今回の参加者は500人だとか…庭があまりにも広いからそんなにたくさんの人がいる感じがゼンゼンしない。
ほどなくしてこのイベントの主軸であるダンス・パーティが大使館建屋1階のボールルームでスタートした。
今回のバンド・メンバーは…
スチュアート・オー
関雅樹
石井為人
のまぐちひろし
二神浩志
これでもか!というぐらいに80年代の曲を中心とした一大ヒット・パレード。
1曲目はピーター・ガブリエルの「Sledgehammer」。
スチュアートはこのパーティのレポート以外にも何度かMarshall Blogにご登場頂いているが、前回はコレに出演しなかったので2018年以来、実に8年ぶりのMarshall Blogへのご登場となった。
相変わらずの…イヤ、以前にも増してのショウさばきの鮮やかさ!
R.E.M.の「Losing my Religion」、トム・ペティの「Cabin Down Below」と曲が続く。
それぞれの曲で的確に仕事のギターをこなしていく関ちゃん。
関ちゃんはどんな時でもアンプはMarshall。
そしていつもステレオ。
今日は今となっては珍しいヤツを持ち込んだ。
Marshallが1993~1996年に製造していた初代「Valvestate」シリーズのステレオ・モデル「8280 BI-CHORUS 200」。
それを1x12"のスピーカー・キャビネット「1912」2台に接続してステレオで鳴らした。
ベース用のスピーカーユニット「Clestion B150」を搭載したこのキャビネットはすこぶる音が良いね。
グレン・フライの「The Heat is on」。
ウ~ム、カウント・ベイシーの「Heats on」ならよく知っているんだけどな。
最初のセットはまだ庭で食事をしている人が多いのと、恥じらいでボール・ルームに踊りに来る人はまだ少ない。
だから反対に踊りたい人は周囲に気兼ねなく思う存分ステップを踏むことができる。
「Shall we Dance?」
ちなみに「Shall We Dance」の挿入歌ばかりが有名だが、『王様と私』には「I Whistle a Happy Tune」とか「Hello, Young Lovers」とか「Getting to Know You」などケタ違いに良い曲がテンコ盛りなのよ。
なにせ音楽を担当しているのが「リチャード・ロジャース」と「オスカー・ハマースタインII」世の必殺コンビだからね。
素敵なパートナーを見つけて華麗にステップを踏むスチュアート。
スチュアートのルックスからしてまさに「ドイツ大使館のユル・ブリンナーとデボラ・カー」!
以前はツイン・ギターでキーボーズが入らないバンドだったが、今回は関ちゃんのバンド「simo」でおなじみの為人さんが参加して鉄壁の名人芸を見せてくれた。
為人さんもMarshall。
「JCM800 2203」と「1960A」を使用した。
プリテンダーズの「Don't Get me Wrong」。
Marshallとのミーティングでこのセリフを連発するのはワタシ。
英語がヘタなものだから「あ、誤解しないでね」としょっちゅうこのセリフを言わなければならないのだ。
1回目のセットのダンスフロアはほぼバンド・メンバーのモノ。
もうやりたい放題!
INXSの「Never Tear us Apart」。
肩を組んで練り歩くスチュアートと関ちゃん。
ワイアレスのシステムに大感謝。
のまちゃんも付いて行った~!
3人が向かったのは隣のバー・ルーム。
おかまいなしにどこででも歌って…
踊っちゃう!
とうとうバルコニーまで出て行っちゃった!
オアシスの「Wanderwall」。
大分お客さんが集まって来たね。
次から次へと繰り出される有名曲を…
抜群のノリで弾きこなしていくリズム隊の2人。
ジャケットを脱いでますますハッスルするスチュアート。
曲はグッと古くなって「Satisfaction」。
関ちゃんはセミアコに持ち替え。
そしてザ・スミスの「There is a Light That Never Go Out」を演奏し…
最初のセットを終了した。
ハナからこの調子だと残りの2回のステージはスゴいことになりそうだ。
<後編>につづく
(一部敬称略 2026年5月29日 ドイツ連邦共和国大使館にて撮影)