SHOW-YA~QUEENS BIRTHDAY <前編>
人間僅か五十年…
織田信長のお気に入りの言葉だったらしい。
日本人男性の平均寿命が50歳を超えて伸長し出したのはナント1947年以降のことだった。第二次世界大戦がなければもっと早かったのかもしれないし、戦争のおかげで医学が飛躍的に進歩して平均寿命が伸び出したのかもしれない。
もっとも平均寿命が50歳といっても、50歳になるとバッタバッタとまわりの人があの世に行き出すワケではない。
80歳、90歳まで長生きした人ももちろん大勢いる一方、医学が発達していなかったので生後そう時間を経たなくして、あるいは幼年期に亡くなった人もたくさんいた。そのため、結果的に平均で寿命が50歳ぐらいになっていたということだ。
でも、信長の時代には確固たる平均寿命の調査も統計もあったワケではないだろうから、実際にも50歳近辺で亡くなった人も多かったのだろう。
でも、50年なんてアッという間なのは間違いない。それどころか時間の経過がドンドン早くなってくるから困っちゃう。
今日と明日のレポートはSHOW-YAの『寺田恵子生誕50周年&23年ぶりシングル「V.S. MYSELF」リリース記念興行』と題されたコンサートのもよう。
以前にも書いたことがあるのは日本のJimi Hendrix(今はDYNAGON)、中野重夫の話し。
彼が50歳になった時、「ハハ、50になってもうた!でもギンギンにロックし続けるデェ!」とやや恥ずかしそうに私に言ったことがあった。
私は「シゲさん、何の問題もないよ!ストーンズを見てよ!ロックはまだ第一世代の人たちがバリバリにがんばっていて、何歳までロックができるか挑戦した人はまだいないんですよ!」
このことである。(久々の池波正太郎風)
昔は30歳ぐらいまでにある程度の成功を収められなければ、ロック界から身を引いていくのが普通であった。もちろん30歳を過ぎてもバンド活動をしていた人もたくさんいるにはいたが、「エ~、まだやってるの?!」と言われるのがオチだった。
ちなみにその頃は男子が30歳までに結婚しないのは尋常なことではなく、本人あるいは身の回りに何がしかの問題を抱えていると見られるのが普通だった時代だ。
ロックと50歳についてちょっと考えてみた。
私がロックを聴き始めた昭和50年(1975年)当時に50歳ぐらいだった人って大正末期か昭和初期に生まれた方々なんだよね。
ロックなんてない時代に生まれた人たち。最もロックっぽくてエルビス。音楽好きの方々のおそらく大半はシナトラとかクロスビーの歌声で青春を過ごした人達だ。モダン・ジャズもまだ前夜だ。してみると軽音楽の歴史なんてのはクラシックに比べれば赤ちゃんみたいなものだね~。
ハードロックもプログレもパンクもなかった時代。ビートルズが来日した時には家庭を持ってバリバリ仕事をされていた世代。
もしその頃にロックなんかやってる人がいたらまさにマーティ・マクフライ状態だ。
何を言いたいかというと、ちょっと前の50歳にはロックがまったくなかったってことなんですよ。つまり50歳でロックを演奏する人なんかいるワケがなかった。
それが今では30代なんて「若手」。50でもバリバリだもんね。同年輩としてうれしいです。
今、日本の現役ロックンローラーの最高齢ってどなただろう?内田裕也さんかな?
先日初めてステージの上の裕也さんを撮らせてもらった。モノスゴイ勢いだった。オーラとかそういうものではなくて、日本におけるロックを発展させた偉人が持つ減衰することを知らない変わらぬ猛烈なパワーを感じた。
音楽には国境や言葉の壁がないと言われるが、もはや年齢の壁もなくなったのだ。
だからいわゆるベテラン・ロックンローラーの皆さん、徹底的にがんばって生涯現役を貫いて頂きたい。
もうひとつ…今回の満員の赤坂BLITZを見て思った。やっぱりSHOW-YAのような音楽を必要としている人が限りなくたくさん存在するのだ。
あとはこの魅力をどうやって後の世代に「伝承」するか…だ。
恵子さん50回目のお誕生日おめでとう!
当日は会場ロビーに撮影スペースが設けられ、思い出の、そして自慢のSHOW-YAグッズをウェブサイト上で競う『SHOW-YAお宝グッズ自慢大会!』と次回作のジャケットに掲載するお客さんを姿を撮影するコーナーが設けられた。
私が全部撮影させて頂いたんだけど、開演前、上演中、終演後と…Three Dog NightもビックリのHard Labour!
家内がキビキビとアシストしてくれたおかげで何とか乗り切った。
おもしろかったナァ。昔のSHOW-YAの写真やチケット、ファンレターの返事、衣類、果てはタトゥーまで…出るわ出るわ!
お客さんのポートレイト撮影も楽しかった。それにしても人間の顔のデザインってスゴイね。神様は才能あふれる偉大なアーティストだ。
数百人の人の顔を同じシチュエーションで見つめることなんて滅多にないでしょ?そうやって皆様のお顔を一気に拝見すると凄まじい数のバリエーションに驚きますよ。
皆さん思い思いの表情で写真に収まっていただきましたが、とにかく日本人は笑顔を見せないね。どうだろう、約半分の方ぐらいかな?
これが西洋人だったら間違いなく100%の方が歯を見せて笑顔を作るだろう。
以前はそんなこと気にもしなかったのだが、外国の人と写真を撮る機会が増えてきたある時、気がついたのだ。
撮った写真を見ると、その中で笑っていないのはいつも自分だけで、他の人たちはみんな歯を見せて微笑んでいる。自分だけつまらなそうにしてるように見えて恥ずかしくなった。
それ以降、写真を撮るときは、例え不自然でも必ずスマイルを作るようにしている…私はね。
でも、真面目な顔をして写真を撮るのは日本人の奥ゆかしさの表れのひとつで、決して悪いことではない。そんな上品でやさしく控え目な日本人も大好きです。
そういえば恵子さんをはじめ、写真ってポーズを取っている時を除けば、SHOW-YAのみんなっていつもニコニコしているよね。
これはうれしい!
50歳以上の来場者には特性ステッカーがプレゼントされた。
さて、コンサート…お見せしたい写真が多くて、ついたくさん載せすぎちまった!
少し削る?
イヤイヤ、我ながらもったいない!こんなにカッコいいバンドの姿を少しでも多くみんなにみてもらいたいからね。
それに冒頭でゴチャゴチャ書きすぎた!
…ってんでコメントがついていない写真もあるけど気にしないでね。書き忘れたワケではないので…。
ではでは!
いつも通り「Immigrant Song」に乗ってメンバーが登場。
今日のメッチャ主役…寺田恵子!
弦楽器の主役、五十嵐"sun-go"美貴
鍵盤楽器の主役、中村美紀。
低音域の主役、仙波さとみ。
アララ、全員が主役になっちゃった!
でも実際そうなのだ。
この5人の役者がそろってこそのSHOW-YAなのだ。
今日もsun-goさん、もちろんMarshall。
1950BDMの組み合わせ。
sun-goさん、このSHOW-YAタオルすっきだナァ~。私もお気に入りで大事に使ってます。
恵子さん、今日はいつも違うワイルドな衣装でカッコいい!とてもよく似合う!
ここでMC。モノスゴイ歓声だ。頻繁にコンサートを開いているワケじゃないからね。みんなこの日を指折り数えて待ってたから。
ステージだけじゃなく、客席のみなさんの笑顔を見るのもSHOW-YAのコンサートの楽しみのひとつ。特に今回は開演前にお客さんのお顔を撮影させていただいたからね。ナンカ余計に親近感がわいてくる!
「Bloody Rose ~薔薇の紋章~」
4曲目は22年ぶりに発表したアルバム『GENUINE DIAMOND』に収録されている「Count 8」。
そして、ここで23年ぶりにリリースしたシングル『V.S. MYSELF』を紹介。
発売を記念する企画としてTOWER RECORDでSHOW-YAパネル展を開催し、また後日には渋谷のCUTUP STUDIOでミニ・ライブも開催された。
その模様はコチラ⇒SHOW-YA~LIVE at TOWER
SHOW-YA史上最速のドライビング・チューンに会場は大騒ぎだ!
ホントすっかりおなじみになった新しいSHOW-YAのスタンダード。
新しいスタンダード曲に次いで演奏されたのはSHOW-YAクラシック。
記録によるとどうも27年前の7月27日にもこの曲を演っているという。
この曲は。先日の『NAONのYAONでも演奏されたが、それより以前、』2011年5月7日に日比谷公演の小音楽堂で開催された『MUONのYAON』の中でも重要な位置を占めた。
これがその時のようす。本邦初公開。
出演者と客席が一体となって大合唱をしたのだ。これは感動でしたよ!
ここでsun-goさんもアコギを片手に登場。
まずは弘田三枝子の1969年の大ヒット曲、「人形の家」を斉唱。1969年といえばアメリカではウッドストックが開催された年だ。
これはその「人形の家」をサルサにアレンジした『サルサ人形の家』というアルバム。イプセンもビックリ!
ジャケットがいいでしょう?それもそのハズ、このジャケットはMarshall BlogやShige Blogのバナーのデザインを手がけてくれた下町のヒプノシス、梅村デザイン研究所の作品だ。
何しろ最後にこの曲が演奏されたのが恵子さんの脱退ライブの時だというのだ。それ以来ステージで演奏されることはなかった。
ん~、ジックリそした重くて深くていい曲だね~。恵子さんの歌とギター、sun-goさんのギターは歌の魂そのものだ。
そして、昔からのファンがこの日流した涙は、以前見た時のこと思い出したからではなく、今、目の前にSHOW-YAがいて、ますますパワーアップしている姿を確認した感動の涙なのだと思う。
SHOW-YAの詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YA OFFICIAl SITE
<後編>につづく