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2014年9月26日 (金)

三宅庸介 Strange,Beautiful and Loud~put a spell on you!!

コレは本当にただの偶然なんだろうけど、また出て来た「put a spell on ~」。この英語表現についてはチョット前の記事に記したので詳述は避ける。
かといってこのまま本題に入るのも寂しいのでムリヤリ「spell」について文句を言うことにしよう。イヤイヤ、「spell」という単語に文句があるワケではもちろんない。
またぞろ日本の英語教育というか使用環境についてモノ申したいということだ。

それは、英単語を日本語に引用するなら正しく使えということだ。イヤ、違うな…せっかく英単語の意味を覚えるんだから、そのまま英語に使えるよう正しい語法を教えておくべきだ…ということ。

そういえば、昨日の新聞に「国語世論調査」に関する記事が掲載してあった。
擬音や名詞に「る」とか「する」をひっ付けて動詞化した言葉を多いモノで90%の人が使っているというのだ。
「チンする」とか「パニクる」とかいうヤツね。
「チンする」を使う人は全体の90%。「事故る」や「告る」となると使う人の割合が減り、「タクる」に至っては6%の人しか使っていないそうだ。
その記事に書いてあったワケではないが、この理由は、そのシチュエーションに遇う確率がそのままスライドしているのだろう。
いいオッサンが「告る」機会はほとんどないし、若い人がタクシーに乗るのもホンノたまの機会だ。こういう言葉はすぐに消えて行く。
その点、「チン」は強い。米を炊いたりパスタをゆでたりするのも電子レンジという昨今だ。年がら年中「チン」していることがそのまま言葉に表れた。また、この「チンする」は表現自体が可愛いもんね。こういう言葉は重用されるのが理解できる。

外国の単語の一部を頂いて日本語化しちゃうのも日本語のスゴイ能力だ。
「ディスる」という表現が一時流行ったが、もう絶滅に近いらしい。コレは「disrespect」や「dis-」という否定を意味する接頭辞から来ているんでしょ?
ついでに「サボる」。コレは確かフランス語の「sabotage」からきているハズだ。日本語だと思っている人もいるようだが、試しにワープロで「さぼる」を変換しても漢字にはならない。
ここでもさっきと同じことが起こっている。
いいオッサンが誰かを公の場で「ディする」ことはほとんどないだろうが(飲み会や仲間内では頻繁だろうが…)、「サボる」ことはしょっちゅうに違いない。
昔よく「ネグる」って言葉を聞いたけど、最近は聞かなくなったな…。

さらに、誤用が定着し、言葉自体の意味が変わってしまっているケースも多いらしい。
その一例として、恥ずかしながら私も知らなかったのだが、「まんじりともせず」。
コレは「ジッと動かない状態」を意味するのかと思っていたら、「眠らない」というのが正しい意味なんだそうだ。
こんなことも知らないで文章を書いているなんて、気になってまんじりともしないわ。
この歳になっても、イヤ、この歳だからかな?…読書の重要性をイヤというほど感じますよ。

で、「spell」。
タイトルに使われているのはJimiの「Purple Haze」の一節。この場合は、「呪文」とか「魔法」とか「魔術」という意味。
この他、よく「綴り」という意味の「spell」がある。よく「どういうスペル?」なんて言うでしょう。英語圏の人は「綴り」という名詞として「spell」という言葉を使うことはない。
ナゼなら「spell」は動詞だからだ。「綴り」という名詞を使いたい時は「spelling」と言う。
こういうこともサ、一個一個覚えてんのよ。
だからはじめから「スペリング」と日本語に取りこんでくれていれば苦労がひとつ減ってたワケ。
それが言いたかった。

さて、コチラは「魔法」の方のspell。
悪魔のように大胆に、天子のように細心に…何かにとりつかれたようなパフォーマンスを繰り広げる3人のレポート。
おなじみの三宅庸介率いるStrange, Beautiful & Loudだ。

10三宅庸介

20v山本征史

30v金光健司
KK、ゴメンナサイ。カーツ大佐みたいになってしまった!何しろ暗くて暗くてドラム席まで光が届かない!

40vオープニングは「If」。

50_2
ほぼ毎回演奏される三宅スタンダード。もはや三宅ミュージックの代表作のひとつと言っても差支えないだろう。
美しくもの悲しいサビの旋律が印象的だ。

60

今日も三宅さんはもちろんMarshallなのだが、愛用のDSL100と1960BVではなく、借り物のJCM900 4100と1960A。いわゆる「ハコキュー」というヤツだ。

80v
征史さんはいつもの自分の1992 SUPER BASS。
70

「If」が収録されているのはこのアルバム、『Orchestral Supreme』。
まだ聴いたことのない人はとにかく聴いてもらいたい。これまでいい評判しか耳にしたことがない。
前作『Lotus and Visceral Songs』の方法論を推し進め、磨きぬいた自分たちだけの音楽を極限まで追求した7曲が詰め込まれている。
そして、そこで聴くことができる楽器の音に注目してもらいたい。
三宅さんも征史さんもMarshallにできることのすべてを要求し、Marshallがそれにすべて応えている。
三宅さんは改造など一切Marshallに施していない。三宅さんの魂と指が作りだしているピュアなMarshallサウンドなのだ。
そしてシャープにして深遠なドラムのサウンドはすべてNATALによるものだ。
ジャケットの写真は私。内容の崇高さに比べるとレベルもクォリティは落ちるかもしれないが、三宅さんの音楽そのものが写るようにシャッターを切ったつもりだ。

『Orchestral Supreme』のレコーディングのレポートはコチラ

45cd2曲目は先述の前作『Lotus and Visceral Songs』から「Bloom」。
「Bloom」とは観賞用の花のこと。「花」は一般的にはflowerだが、バラのように特に見て愉しむ花のことをbloomという。
また、実を付ける果樹の花は「blossam」という。

90果たしてこの曲を聴いて「花」を連想する人がいるのかどうかわからない。ともすると「ロックの毒花」なのかもしれない。

100vかつてSHARAさんが三宅さんの音楽を指してこうおっしゃったことがあった。
「三宅くんの音楽は『悪魔的』やナァ…」
ロックの裏の裏まで聴きこんだSHARAさんからそんな風に形容されるなんてスゴイことだ。

この曲を田川ヒロアキとプレイした時はこの上なくスリリングだった。

130
『Lotus and Visceral Songs』は色んな人がリズム隊に参加していたが、今作は丸っきり3人で制作した。
すなわちもっとも三宅さんが好む安定したリズム隊ということだ。

110v時に3人がひとつに、時に3人以上に…縦横無尽に三宅ワールドを展開する三宅さんにとって最高のリズム陣だ。

120v続いて『Orchestral Supreme』から「Petal」。
「Petal」とは「花弁」。これまた題名と内容がなかなか結びつけるのが難しいへヴィな曲。
三宅さんのお気に入りでよく演奏されている。

140v三宅節全開のテーマ・メロディ。
身を削るようにして絞りだすギター・プレイが息苦しいほどに切ない。

170v
続けて「Ring」。問答無用でカッコいい。

R_img_0152 へヴィなリフからテンポ・アンプするところはいつ聴いても鳥肌だ。
この曲、もしかして三宅さんのレパートリーの中で最もテンポが速い曲なのではなかろうか?

210v
曲中、8分の裏でベースが上昇していくドラムとのキメがまたすこぶるカッコいい!

150「murt 'n akush(マラケシュ)」。この曲が世に出てそう長い時間は経っていないが、早や三宅スタンダードの仲間入りを果たした感がある。
三宅さん自身も気に入っていつも大事に弾いている感じが見受けられる。

160v征史さんたちも新しい曲に挑むのがすごく楽しそうに見える。そういう意味では毎回各曲、まるで新曲を演奏する緊張感とうれしさがあふれ出ているようなイメージがあるな。

200v
最後に演奏したのは「Virtue」。前作収録の強烈なワルツ。
時折出て来る#9thのキメがいかにも三宅さんらしい。コレは三宅さんの「Manic Depression」なのかな?
180v
今回はハコキューだったので、本人的には完全に納得のいくギター・トーンではなかったかも知れない。
もちろん4100も同じハイゲインでもDSLとは異なる独特のキャラクターを持ち、マスターを7程度に上げた時の音の張り出し感には筆舌し難い充実感がある。ひとことことで言えば「快感」がソコにある。
三宅さんはそのあたりのことも熟知していて、平生4100を使っているような見事なサウンド・メイキングをしてくれた。
ところが、この約ひと月後、我々は三宅さんとMarshallの新しい関係を目の当たりにすることとなった。
それはJVM。詳細は次回のレポートをお待ちいただきたい。

ハッキリ言って、ロックを聴きなれていない人には三宅さんの音楽を楽しむに至るまで時間がかかるかもしれない。
しかし、三宅さんの音楽には明確な調性やリズムがあり、抑揚が効いており、決してとっつきにくいモノではないと思う。
誰も聴いたことのない奇を衒っただけの新しい音楽をしているワケでは決してない。正解だ。
私は音楽に「新しさ」を求めるのは「音楽の自殺行為」だとすら思っている。
そんな陳腐でうわべだけのすぐに消えてなくなるような新しさを求めるくらいなら、三宅さんがやっているようなストイックな音楽の「重厚」さを味わった方が断然いい。

曲はもちろんのこと、楽器の音色やオリジナリティあふれる器楽演奏にジックリと耳を傾け、味わいつくすがいい。
でも一番味わうべきは何かにspellされた、音楽に人生を捧げた彼らの「魂」だろう。

220

三宅さんにとりついた「何か」とは間違いなくJimi Hendrixだった。

230v三宅庸介の詳しい情報はコチラ⇒Yosuke Miyake's Strange Beautiful and Loud

240v(一部敬称略 2014年8月16日 高円寺SHOWBOATにて撮影)