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2021年4月26日 (月)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.64~ヘンリー八世と六人の妻 <その3:アン・ブーリン>

 
あんまり脱線しすぎて自分でも続けるのがスッカリ面倒になってしまった、ヘンリー八世よりよっぽど悪名高いこのシリーズ…久しぶりに続編を書く。
何しろこのシリーズ、第1回目の投稿が2018年3月10日のこと;
【イギリス-ロック名所めぐり】vol.28~ヘンリー八世と六人の妻 <その1>
 
そして、続く第2回目が2019年3月28日の投稿;
【イギリス-ロック名所めぐり】vol.34~ヘンリー八世と六人の妻 <その2:アラゴンのキャサリン>

 
この時は2年以上ぶりの投稿にして、『名所めぐり』としては30回も間が空いてしまった。
その間、BREXITあり、コロナあり、世の中がこんなに変わるであろうことを誰が想像したであろうか!
 
ということで第3回目を始ます。
前回はヘンリー八世の最初のお妃、「アラゴンのキャサリン(Catherine of Aragon)」を取り上げた。
1502年、当時の世界最強国、政略結婚でスペインからワザワザ輿入れしてきたのに、相手のアーサー王が結婚半年にして肺炎で亡くなってしまい、憐れキャサリンは16歳にして未亡人になってしまう。
…ってんでキャサリンは、アーサーに替わって王の座についた弟のヘンリー八世と夫婦の契りを交わすワケだ。

10v憧れの「アンちゃんのお嫁さん」ということで、はじめのウチ、夫婦仲はうまくいっていたものの生まれて来たのがメアリーと名付けられた女の子。
そのメアリーが後に「ブラディ・メアリー」と化すことは前回どころか何回かMarshall Blogに書いた。
まあ、「また男の子を産めばいいさ」とセッセと世継ぎづくりに励むが、どうもうまくいかない。
コレは「兄弟の妻を娶ると子供ができない」という呪いではないか?とナーバスになってしまうヘンリー八世。
一方、7回ものご懐妊をへて流産を繰り返したキャサリンの老け込みは激しく、ヘンリー八世はだんだんキャサリンのことが疎ましくなっちゃうのね。
男って勝手ね。
そこへ現れたのが、かつてはキャサリンの侍女を務め、かつ姉がヘンリー八世の愛人をしていた若きアン・ブーリン。
ココまでが復習。
今日はヘンリー八世の2番目のお妃、アン・ブーリンのお話。
リック・ウェイクマン的には、アルバムB面の2曲目。
フル・タイトルは「Anne Boleyn 'The Day Thou Gavest, Lord, Hath Ended'」。
このタイトルの後半の部分については後で解説する。
 
15cd
 
2. Anne Boleyn(アン・ブーリン)
数日前、facebookにThin Lizzyの「Phil Lynott」は「リノット」か?それとも「ライノット」か?という投稿をしたところ、やれ「本人はライノットと言っていた」とか、「アイルランドの人にリノットと矯正された」とか、たくさんのコメントを頂戴して大変オモシロかった。
今、公の場に出す英文の翻訳に取り組んでいて、「Phil Lynott」が出て来たので、いい機会だと思いMarshall Recordsとの電話ミーティングの時に確認した。
答えは「両方通用するが、私はリノットと発音している」とのこと。
ミーティングに参加していた女性社員も「リノット」。
2人ともロンドンの人だ。
加えて、フィルと同郷のアイルランドの友人がfacebookの私の投稿を自動翻訳で読んで、「その地域ではみんな『リノット』って呼んでいるわよ」と助け船を出してくれた。
そこで私も自信を持って「リノット」と綴る決心をした…というワケ。
こういうのオモシロイね~。
もっとオモシロかったのは、皆さんもこういうのがお好き…ということがわかったということ。
 
で、この「Boleyn」ね。
コレ、一番最初に字面だけで「ブーリン」と表記したのだとしたらスゴイ。
普通だったら「ボレイン」でしょう。
多分黒船の「ペルリ」みたいに音から入ったんでしょうね。
ネイティブの人は「ブン」と「リ」に思いっきりストレスを置いて発音する。
少なくとも「ブーリン」ではない。
まさに「『ゴエテ』とはオレのことかとゲーテ言い」ってヤツですな。
 
下はロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーが所蔵している1533~1536年に油彩で板に描かれた作者不詳のアン・ブーリンの肖像画。
当時はフランスが世界で一番おしゃれで、華やかで文明的とされていて、そこで思春期を過ごしたフランス帰りのアンはそりゃ~ソフィスティケイトされた知的な女性だった。
よく、アメリカに何年か留学して帰って来ると、気が狂ったように舌を巻き上げた「r」の発音でアメリカン・アクセントを強調する日本人女性とはワケが違う。
アレってナゼか女性に多いんだよね。
聞いていてかなり恥ずかしい。
ナゼああしたくなるのかというと、「r」の発音は腕の見せ所、舌の巻き所で、ものすごく「上手に英語をしゃべっている感」を味わうことができることと、「発音うまいだろう?感」をアッピールするのがラクなんですね。
実は私もアレを目指していた。
ところが、イギリス人と付き合うようになってしばらくすると、猛烈にアレが恥ずかしくなってキッパリと止めた。
だから日本人が「♪ハッピボ~ッデ~」ってやっているのを目にすると鳥肌が立つ身体になってしまった。
  
さて、アンは瞳の美しさは尋常でなかったそうだ。
血色が悪く、黒子も多かった上に全くの貧乳だったらしいが、とにかく男性を虜にしてしまう知的な女性の魅力に満ち溢れていた。
首には自分の名前の頭文字の「B」か「AB」というアルファベットが付いた真珠のネックレスを常用していた。
真珠のついたフード、それにコーディネイトした真珠の首飾り、毛皮が付いた黒いドレス、襟の周りの飾り、「B」の下の扁平な真珠等、当時のおしゃれのキモがふんだんに盛り込まれていて、フランス帰りのアンがいかに洗練されていたかを物語る肖像画なのだそうだ。
20vイギリス国教会設立のキッカケとなったことや悲劇的な末路をはじめとして、ナンといっても6人の奥さんのウチで最もドラマ性の高い生涯だっただけに、アンを主人公にした映画やドラマがいくつも作られてきている。
いくつか見たけど玉石混交もいいところで、シモ基調で作られたヤツまであった。
推薦するのは、繰り返しになるけど新しいところで『ブーリン家の姉妹(The Other Boleyn Girl)』。
どうも脚色に過ぎるようだが、それだけに大変オモシロかった。
30v_dvこの作品でアンを演じたのはナタリー・ポートマン。
確かに胸の辺りがスッキリしている。
でもとてもいい感じだった?
チョット背丈が気になったかな?
40v
それから1969年のアメリカ映画『1000日のアン(Anne of Thousand Days)』。
コレもとてもヨカッタ。
ヘンリー八世はイギリスのリチャード・バートンが演じた。エリザベス・テイラーの御主人を何回か務めた人ね。50dvココでアンを演じたのはカナダの女優さん、ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド。
やっぱり「B」の真珠のネックレスをしている。
も~、この人がすごく魅力的で、気性が激しいとされていたアンをうまく演じていたように感じた。
多分、ホンモノはこれほど可愛くはなかったんじゃないかしらん?っていうぐらいカワイイの。
ちなみに英語圏の人は「Genevieve(ジュヌヴィエーヴ)」をそのまま「ジェネビーヴ」と英語読みしちゃう。
愛称は「Gen(ジェン)」。
60v下はヘンリー八世が初めてアンに会った時の様子。
アンはヘンリー八世の最初のお妃のキャサリンの侍女だった。
敬虔で威厳のあるキャサリンとは正反対の性格で、ヘンリー八世がアンに一目惚れしちゃうんだな。
しかし、お姉さんがヘンリー八世の愛人となって煮え湯を飲まされたことを知っていたアンは、「愛人になって欲しい」というヘンリーの申し出を拒む。
嫌がられれば嫌がられるほど燃えてしまうヘンリー。
もちろん金銀財宝ザックザクのプレゼント攻勢もしかけてみた。
何しろ一時期はダイヤモンドやら金やらの装飾品を毎日欠かさずプレゼントしたっていうんだから!
アンになりたいワァ。
こうした押し引きが6年間も続いたというんだから、いい加減お互いに根性が座っている。
この6年間を「King's Great Matter(王様の大問題)」というのだそうだ。
そして、とうとう、キャサリンとの婚姻関係にありながらヘンリーはアンと祝言をあげてしまう。
当時、カソリック教徒は離婚が許されなかったので、キャサリンと別れることもできない。
重婚ももちろんNG。
そんじゃ~、ということで「キャサリンとの婚姻は無効ね。結婚していなかったことにしま~す」という強引な筋書きを仕立てた。
そんなんカソリックの総本山であるバチカンが許すワケもなく、後に「じゃ、カソリック辞めればいいんでしょ?辞めれば!」と「イギリス国教会(Church of england)」を設立して自らが首長に収まった。
ちなみにこのイギリス国教会の教派のひとつに「聖公会」というのがあるんだけど、英語ではコレを「Anglican church」という。
コレが不思議なんだけど、自分が書いた文章をもっとホンモノの英語っぽく改良してもらいたい時ってあるでしょう?
この作業をすることを「Anglicise」っていうんだよね。いつでも「A」は大文字。
「Would you Anglicise my texts for the web site?(ウェブサイトの英語をもっと英語っぽくしてくれない?)」みたいに使う。
65そして、憐れキャサリンはロンドンから北へ90km離れたケンブリッジのキンボルトン城というところに追いやられ、そこで49歳の生涯を終える…というようなことがどの本を読んでも書いてあるんだけど、コレどうしてスペインの国王はダマっていたんかね~。
「おのれ、あのヘンリーのイノシシ野郎!三流国の田舎王のクセにウチの娘をよくも、よくも!」というシーンがあってもいいと思うんだけど、そういう記述に出くわしたことがない。Kc さて、場所は変わってココはイングランド南東部のサーリー州(the county of Surrey)。
エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ピーター・ガブリエル、ジュリー・アンドリュースの出身地ね。
ロンドンのベッドタウンで「豊かな中流階級の人が住む場所」というイメージらしい。
2012年にオリンピックの自転車のロード競技はココでやったのか…。
70
ロンドンのウォータールー駅から電車で30分ぐらいだったかな?
ココにあるのが…80ヘンリー八世が住んでいた「Hampton Court Palace(ハンプトン・コート宮殿)」。
アンとの愛の巣。90ココは元々、ヘンリー八世の統治下で枢機卿を務め、権力と冨をほしいままにしたトマス・ウルジーの住まいだった。
キャサリンとの離婚がローマ法王から認められずスッタモンダしているうち、ヘンリー八世が怒り出し、自分の地位がヤバくなってきたもんだからこの宮殿を惜しげもなくヘンリー八世にプレゼントしてご機嫌を取ったという。
コレ、ナンカの映画でこのシーンが出て来たような記憶があるんだけど忘れた。
「ほほう、ウルジーよ…それがしは随分といい家に住んどるのう」
「イエイエ、滅相もござりませぬ、陛下。もしお気に召して頂けるのであれば、すべてを陛下に献上させていただきます!」
「あ、そう? 全部? いいの? 悪いね~ウルちゃん」
「ナニをナニを!陛下のモノは陛下のモノ。私のモノも陛下のモノでござりまする~!」
「フムフム、ういヤツじゃのう」
「(た、助かった~…)」…みたいな(筆者註:大分脚色しています)。
ヘンリー八世の重臣は大逆罪で逮捕され死刑になる中、最終的にウルジーだけは死刑にならなかった。
やっぱりこの宮殿のプレゼントが効いたか…。
しかし、ロンドンに護送される途中に病死してしまった。
100
ま~、スゴイですよ。
中も…105v外も。
見応え十分。
ロンドンへ行く機会がある歴史好きの方はゼヒ足を伸ばしてご覧になることをおススメします。

104両側の壁にかかった巨大なタペストリーが自慢の大食堂。
ココで毎晩飲めや歌えやの酒宴が催されていた。110すると当時の格好をした人たちが始まり寸劇が始まる。
チャンと演奏してたよ。120この人がヘンリー八世役。
肩幅が狭くて迫力がないな~。130vこのホールの天井のどこかに「AB」だかなんだかが彫り込まれているという話だ。
それほどヘンリー八世はアン・ブーリンにお熱だった。150下は別のアンの肖像画。
大分印象が違うな…。
 
さて、ヘンリー八世にとっての一大事である「お世継ぎ問題」はどうなったか…。
アンはめでたく懐妊するが、生まれて来たのは女の子。
ヘンリー、ガッカリ…ココからアンに対する態度がガラリと変わってしまう。
それでもその後何とか妊娠をするのだが、ヘンリー八世が女官のジェーン・シーモア(3番目の妻)とイチャついているところを発見してヒステリーを起こし、流産させてしまう。
男の子だったらしい。
何とか男の子を生まないと自分の身が危ない…とわかってはいてもヘンリーはもう自分に興味を示してはくれないし、かといって不倫で身ごもるワケにもいかない。
もしバレたら一発で死刑だからね。
そこで弟にその相手を頼む…なんていうシーンも『ブーリン家の姉妹』に出て来るが、コレは脚色なのであろうか、どの本にもそんなことは書いていない。
結局、今度はアンのことが邪魔になってしまったヘンリー八世は「不倫」と「王殺害計画」の濡れ衣を着せてアンを「ロンドン塔」に送ってしまう。
まったくヒデエ話よ。
63vコレが悪名高きロンドン塔(Tower of London)。
昔は「オメェ、いっぺんロンドン塔に入ってみるか?」というのは死刑宣告と同じだったそうだ。
入ったが最後、決して生きては出られない。
でもコレ、別に刑務所だったワケではないのよ。
1066年にイングランドを征服した「ウィリアム征服王」が、ロンドンを外敵から守るために作らせた城塞。
1078年から20年かけて一部を完成させ、その後、リチャード1世が城壁の周囲の濠の建設を始め、ヘンリー3世が完成させた。
元々は議事場、兵器庫、造幣所、宝物庫、そして極悪人を収容する牢獄の設備だったんだけど、途中からは監獄&刑場と化した。
もちろん世界遺産。160ロンドンの東部に位置しているので周りにはこんなローマ時代の遺跡が散在している。170ロンドンを観光する時に真っ先に行き先が挙がる名所だからして、年間200万人が訪れるんだって。
入場料は大人ひとり29.9ポンドだから4,500円。
私は2回行ったけど、2回目はLondon Passを使って入った。
だってタッケぇんだもん!175ガイドの話に耳を傾ける観光客の皆さん。180説明をしているのは「ビフィーター」と呼ばれるロンドン塔の衛兵さん。
正式には「The Yeomen Warders(ヨーマン・ウォーダーズ)」という。
これ、コスプレではなくてホンモノの衛兵さんで、実際にはガイドなんかの仕事をしている。
この写真を撮る時、チャンとひと声かけてお願いしたが、快く応対してくれたものの、ニコリとしなかったよ。
衛兵さんだからニヤニヤしていられないのよ。
オジちゃんのドテっ腹にある「ER II」はエリザベス女王のこと。
「E」はもちろん「Elizabeth」。
「II」は二世の「II」。
じゃ「R」は?
コレはラテン語で女王を意味する「regina(リジャイナ)」の頭文字。
だからエリザベス女王はサインをする時は「Elizabeth R」と署名する。
王様の場合も「R」を付けるそうだ。
やはりコレもラテン語で王を意味するのが「rex(レックス)」であることから。200vお酒が好きな人はこのジンを思い浮かべることでしょう。
「BEEFEATER」とは「beef+eater」、すなわち「牛肉を食べる人」という意味。
ロンドン塔の衛兵たちは、国王主催のパーティーの後、食べ残された牛肉の持ち帰りを許されたことからその名がついた。
コレはイヤミなのかね?それとも特権階級を意味したのかね?

210いわゆる「イギリスの兵隊」さんんも勤務している。
この人もバッキンガム宮殿の衛兵同様、多分ホンモノでしょう。

220アン・ブーリン役かな?
一緒に写真を撮ってもお金を取られることはない。225ロンドン塔名物のカラス。
コレらのカラスがロンドン塔を去るとイギリス王国が壊滅するという言い伝えがある。230v足環が付いているのを見ればわかるように、カラスがロンドン塔からいなくならないようにチャンと管理されていて、一羽ずつ名前も付けられているそうだ。

240vコレは店主がエサを与えるからなのか、吾妻橋のウンコビルの向かいにある佃煮屋にやって来ては看板の上でよく休憩していたカラス。
東京のカラスの方がはるかに割腹がいい。
食べ物が良いのだろう。
コイツこそが「Beefeater」だったりして…。250vま~、高いお金を取るだけ合って見どころは満載。
250こんな教会とか…
Img_0969_2でも一番人気は「クラウン・ジュエル」と呼ばれる王家に代々伝わる王冠などの宝物だろう。
写真の撮影が全面的に禁止されているのでどんなモノかをお見せすることはできない。

280でも一番充実しているのは武具甲冑の類の戦グッズの展示だろう。
270ま~、世界の4割を征服した戦争好きの国だけあって、とにかくイギリスの博物館はこうした戦争関係のアイテムの展示に出くわすことが多い。
しかし、「東インド会社」なんて普通に学校で習うけど、17世紀から19世紀中盤にかけてヒドイことしたんだよ~。
特にインド、中国、ミャンマー、シンガポール、マレーシアなんてのはメチャクチャやられたんだから。
日本の学校ではコレを教えない。
終戦直後、GHQがそうしたことを記した本を焚書扱いして記録を抹消しようとしたんだね。
260vそうは言ってもコレらの展示は圧巻だ。305こんな幼児用の甲冑なんてのもあるのか?300vコレは現存するヘンリー八世の6つの甲冑の内で最も初期のモノ。
要するに…細い!
こういうのを見るといつも思うのだが、ウマが気の毒でしょうがない。Simg_0633こんなのもある。
1613年に二代将軍徳川秀忠からジェイムス一世に外交上の贈り物として献上されたモノとされている。
スゴイね、さすがエンゲレス。
パーフェクトな状態で保存されている。310vさて、今回ももうひと息。
本題に戻る。
コレはタワー・ブリッジの上の廊下からロンドン塔を見下ろしたところ。
ロンドン塔に送られてくる罪人は、テムズ川を下る船でやってきた。320テムズ川に面した水門が付いていて、コレを「Traitor's Gate(裏切り者の門)」と言う。330_2普通、罪人は夜間にココに運ばれるのがしきたりであったが、アン・ブーリンの場合、白昼堂々と連れてこられた。
340vココに入ったらとにかくもう一巻の終わりなのよ。
皮肉なことに門の上の格子はアンの戴冠式に合わせてロンドン塔の改装をした時に作ったものなのだそうだ。
350水門の上はこんなようす。

360アンの罪状は「不倫」と王の殺害を計画したとされる「大逆罪」。
もちろん無実のハズなのよ。
アンと離婚の手続きをするのが面倒だからいっそのこと処刑してしまった…という。
判決は「火あぶりの刑」。
イヤ、それじゃあまりにも気の毒だということで、ヘンリーは減刑を命じ、斬首刑にした。
そうなんですよ。
火あぶりの刑ってのはあまりにもキツいのだそうだ。
下のような絵を見たことがあるでしょう?
かなり熱いよ、コレは。
たいてい火であぶっている傍らで担当者が棒でナニかを突っついている。
最初、コレは火力を強めるために薪をひっくり返しているのかと思っていたらさにあらず。
焼かれて死ぬまでの時間があまりにもシンドイので、ある程度あぶったところで命のあるうちに槍で身体を突き刺して絶命させてラクにしてやるのだそうだ。
いずれにしても昔は残酷だよ。

400s「タワー・グリーン」と呼ばれる芝生の広場。
ココで10人が首を切られている。
そのウチの2人はイングランド王妃、またひとりはイングランド女王だ。
そうそう、私は全く平気なんだけど、霊感の強い人はロンドン塔へはいかない方がよいということです。Img_0986チョット前に『こわい絵』という本やら展示会があって、下の絵が紹介されていたでしょう?
見たことがある人も多いのではないかしら?
この絵の中の女性がそのイングランド女王のジェーン・グレイ。
たった9日間だけ女王の座に君臨し、やはり無実の大逆罪で斬首刑となった。
この時、ジェーンは16歳だって!
斬首台の周りにワラが敷いてあるでしょ?コレは後で血を掃除するの手間を省くためのモノ。
右の死刑執行人は斧を手にしている。
普通は斧を使ってズバッと首を切り落とした。
この絵ではどこかの密室で刑が執行されようとしているけど、実際にジェーンの首を切り落としたのは上の写真の広場だった。
つまり、この絵は丸っきり「空想」で描かれたようだ。
だってジェーンが死刑となったのは1554年で、この絵が描かれたのが1833年だっていうんだもん。
300年以上の開きがあるのよ。

Sjg「絵」といえばドイツの画家、ハンス・ホルバイン。
この「大使たち(The Ambassodors)」という絵も見たことあるでしょう?
真ん中の下にガイコツのだまし絵が描かれていることでとても有名な絵。
ホルバインの作。
コレはトラファルガー広場のナショナル・ギャラリーに行けば無料で見ることができます。Sthe_ambassadorsホルバインはヘンリー八世のお気に入りの画家だった。
下はホルバインが描いたヘンリー八世が40歳頃の肖像画。
上の「大使たち」などの作品でホルバインはとても有名になっていたが、かなりビビりながらこの絵を描いたらしい。
何しろモデルさんの迫力がモノすごくて、粗相があって怒らせでもしたら命の保証がないからね。
そうした威圧的な雰囲気もスゴかったが、何しろ上背が190cmもある巨人だ。
体格も良い上に、肩や胸、ふくらはぎ等に詰め物をしたり、上着にスリットを入れたり、ありとあらゆる手を使ってて少しでも身体を大きく見せる工夫をしていた。
だからこの肩幅はホルバインの誇張だけではなさそうだ。
ちなみに侍の裃ってあるでしょ。
袖がなくて肩が三角になっている上っ張り。
あれも身体を大きく見せて相手を圧倒するためのモノなのだそうです。
何よりも驚くのは、この絵を描いたのは自分の奥さんのアンが首を落とされようとしていた時のことだったという。
 
ハンス・ホルバインは4番目の奥さんの時にも登場するので名前を覚えておいてね。

H8タワー・グリーンの中央にあるモニュメント。370アン・ブーリンはココで首を落とされた。
ヘンリー八世はアンを思いやって一発で首が落ちるようにフランスの熟練した死刑執行人を招き、斧ではなく、特別な刀を作りそれを使って執行させた。
というのは、当時結構ミスが多くて、苦しみながら死んでいった罪人も少なくなかったから。
やられる方は「手元が狂った」じゃ済まされませんからね~。

390フランスにも山田浅右衛門みたいな人がいたんですな。
「山田浅右衛門」は江戸時代、将軍様の刀の切れ味を試す「御試御用(おためしごよう)」という仕事を代々してきた人。
名前は世襲だから「山田浅右衛門」というのは職名みたいなものだ。
御試御用というのは死刑になった罪人の身体を使って刀の切れ味を試すのが業務だったが、生きている人間の首を切り落とすこともあったという。
かなりリッチだったらしい。
というのはこの仕事の手当てが良いからではなく、死体から取り出した肝臓や胆嚢や脳で作った薬が高額で売れたから。
下の写真は明治の中頃に撮られた9代目、すなわち最後の「浅右衛門」の姿。
この人、落語の「死神」みたいに命が短い人を完璧に言い当てることができたという。

Ay コレはどこの本にも書いていないイギリス人の友達から聞いた話。
アンの死刑執行の前に、その特別な刀が本当に切れるのかどうか、自分の首で試して欲しいと申し出た男がいたそうだ。
そんなことをしたら死んじゃうじゃんね。
 
アンはもちろんこの処刑に納得がいくワケはなかったが、執行前には首を切り落としやすいように髪の毛をアップにして、死刑執行人に「うまくやってくださいね。私は首が短いから…」と言ったという。
この日から10日後、ヘンリー八世は第3の妻、ジェーン・シーモアと結婚した。420そしてアンの娘、エリザベス一世は成長して王位に就き、スペイン無敵艦隊を破るなどして、イギリスを世界の第一等国にのし上げた。
皮肉な話である。430v

さて、リック・ウェイクマンの「Anne Bolyne」(リック・ウェイクマンやってたのを忘れてたよ)。
やっぱり6人の妻の中でも最も人気のある人だけあって、リックも相当入れ込んで作っているような感じがするね。
全編を通じて聴くことができる哀愁を帯びたピアノの調べが美しい。

440cd6:35から場面が変わったところがタイトルにある「The Day Thou Gavest, Lord, Hath Ended」。
ジョン・エラートンという人が作曲した「この日も暮れゆきて」という讃美歌。
1870年の作品だというからアン・ブーリンの時代とはかなりかけ離れている。
リックのイメージで曲の最後に付け足したのであろう。
実際にとてもいい曲だ。
1897年のヴィクトリア女王の「Diamond Jubilee(在位60周年記念式典)」の時や、1997年に開かれた「香港返還」の行事で歌われた。
その間、ちょうど100年。
それもそのハズ、100年前イギリスはアヘン戦争で香港を強引に割譲させて、向こう99年間、イギリスの租界とさせる条約を中国に結ばせたからだ。

290v_2<つづく>
 

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