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2018年3月10日 (土)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.28~ヘンリー八世と六人の妻 <前編>

    
Marshall Blogで何度か触れているように生前の父は大工職人で、私は中学に入る頃になると、小遣い欲しさによく父の仕事を手伝った。
コワし専門。
ハンマーで古い家の壁をブチ壊すのが面白そうだったので志願したのが最初だった。
アレは見た目ほど面白くもなければ楽チンでもなくて、マァ土壁のホコリの凄まじいこと。
それよりも私はあのニオイがキライだった。
他にも色々やったな。
例えば下地の釘打ち。
見えないところの釘だから私に出番が回って来る。
今みたいな電動の釘打ち器なんてないから玄翁(ゲンノウ=カナヅチのこと)で1本ずつ打ち込んでいくんだけど、何百本を打っていると、玄翁を握っていた右手がバカになっちゃってね…そういう日はギターの練習ができなかった。
アレってトントン打ってるだけじゃ釘は入って行かないんよ。
打つごとにグッと釘を押し込んでいかないと余計疲れちゃう。
さすが父はそれこそ子供の頃から私の祖父にやらされていたので、速さが違う。
私が10回以上叩くところを3打でキメちゃう。
カナヅチの打面は左右で異なるなんてことも教わった。
1日働いて5,000円もらっていたかな?
そこは親子なので、シンドい時もラクな時も5,000円。
当時はまだ土曜日は学校があって、日曜日しか休みがないので、手伝いを頼まれてすごくイヤな時もあったが、今こうしてみるとそういう機会はどれも亡き父との実に楽しい思い出で、イヤイヤながらも付き合っておいて本当にヨカッタと思う。
 
あの日は大西さんの事務所の床を張り替える仕事だった。
「リノリューム」ってあるでしょ?あのゴムのジュータンみたいの。
床板にボンドをまんべんなく塗ってリノリュームの巻筒を乗せて、筒を開きながらクルクルと回して貼り付けていく。
アレが重いのなんのって!
ヘロヘロになって作業を終えると「ハイ、お疲れさん」と5,000円を渡してくれる。
いわゆる「とっぱらい」だ。
それで5,000円を握りしめて、その足で秋葉原の石丸電気へ行った。
行先は当然レコード館ね。
それで買ったのが『Yessongs』。
中学校3年生の時だから1977年、41年前の話。
私の人生、13歳の時から、手にした小遣いはほとんどレコードか楽器になった。
その前は映画だった。
洋服も欲しくなければ、車にも興味がなかった。
最近でも月に30~40枚のCDを買い込んでいたけど、チョット熱が冷めてきたかな…かといってお金が残らないのはどういうことか?

10LP3枚組で5,700円。
消費税なんて悪法が無い時代だから5,700円は5,700円。
700円自分で足したんだね。
「ウォ~!本みたいになってんじゃん!」…同じLP3枚組でも『ウッドストック』や『Wings Over America』などと違って豪華な装丁に興奮したものだ。
ポールのライブ・アルバムは世界的な紙不足の影響で3枚組にもかかわらず普通のゲイトフォールド仕様になったんだよね。
Toddの2枚組『Todd』がシングルジャケットになっているのも同じ理由。
このYesのライブ・アルバム、リリースされたのは1973年かな?
当時のレコード会社の担当者が、予想に反するあまりの売れ行きの良さにブッたまげて、笑いが止まらなかったそうだ。
エエッ、皆さんどうよ?
プログレッシブ・ロックの3枚組のライブ・レコードが売れて売れて仕方ない時代があったんですよ。
エエッ、どう思いますかね?
ミュージック・ライフ誌の人気投票でELPが1位だった時代があったんですよ。
エエッ、信じられないでしょう?

20そして、聴いた。
まず「長い!」と思った。
ナニがって、今で言うオープニングSEね。
ストラヴィンスキーの『火の鳥』。
誰のアイデアだか知らないけど、ナンでストラヴィンスキーにしたんだろうね。
「火の鳥」はセルゲイ・ディアギレフの委嘱によるバレエ組曲で、1910年にパリのオペラ座で初演を迎えた。
ディアギレフのことはニジンスキーのことを絡めて以前にMarshall Blogで書いたことがあるが、少し付け足すと、ディアギレフは「天才を見つける天才」と言われ、「バレエ・リュス(Ballets Russes=ロシア・バレエ団 )」という団体を主宰し、多くのバレエ音楽を作曲家に依頼した。
ラヴェル、ドビュッシー、プロコフィエフ、サティ、レスピーギ、プーランク(クープランではない)、そしてストラヴィンスキー。
音楽の教科書に出て来るような人たちがディアギレフの依頼でたくさん曲を残したんだね~。
ストラヴィンスキーについては、『火の鳥』だけでなく、『ペトルーシュカ』、『春の祭典』、『結婚(後出)』なども「バレエ・リュス」のための作品だった。
ディアギレフは踊りや音楽だけでなく、バレエを「総合芸術」と捉え、美術にも力を注いだ。
こっちもスゴイよ。
ピカソ、マティス、ローランサン、ミロなどが舞台美術を担当し、ココ・シャネルも金銭的にバレエ・リュスの活動を支援したのだそうだ。
すごい時代ですよ。
でもね、ヴァイオリニストの前橋汀子が旧ソ連に修行に行っていた時、まだショスタコーヴィチが新曲を発表して、ストラヴィンスキーやムラヴィンスキーが自作の曲の指揮をしていたらしい。
前橋さんがこんなことを言っている。
あの誰でも歌うことができるであろう有名なチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」を指して…「あの曲を本当にチャンと弾くには、チャイコフスキーのオペラが理解できなければムリ」
カッコいい…でも、なんでだろ~。
前橋さんは1943年の生まれで斎藤秀雄(桐朋学園の創設者のひとり。「サイトウ・キネン・オーケストラ」の人ね)のお弟子さんだ。
中学生の時から独学(!)でロシア語を勉強して、17歳の時にレニングラード音楽院に留学したのだそうだ。
スゴイなぁ。
チャイコフスキーが大スキだったんだろうね~。
   
もうちょっとストラヴィンスキーのことを書かせてもらう。
ナゼなら、最近いっちばん好きなアーティストだから。
ここのところMarshall Blogで「ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、バルトークが好き」なんてことを書いているけど、ここへ来て、イゴール・ストラヴィンスキーがアタマいくつも抜きん出たね。
とにかく、聴いててメッチャおもしろい。
コレでMarshallを使ってくれていれば言うことないんだどね~。
もうね、本当にオモチャ箱をひっくり返したような騒ぎで、散らかったオモチャは絶対片付けない…みたいな。
プログレッシブ・ロック・ファンなら絶対楽しめると思うよ。
Yesだの、クリムゾンだの王道を聴いて、ブリティッシュの泡沫プログレ・バンドを聴いて、イタリアンやフレンチやジャーマンを聴いて、さらに東欧の辺境を聴いて、それでもまだプログレが聴きたい人はもうストラヴィンスキーに行っちゃうのが手っ取り早いと思う。
私なんか真剣に「ロック」として聴いています。
だってさ、「春の祭典」にしたってあの最初の方のチャンク(♪ゾンゾンゾンゾン)のパートなんて完全にロックじゃん。
他にもスゴイのがいくらでもあって、この人、もしかしたらプログレ・ファン?と思いたくもなっちゃう。
例えば、さっきも挙げたこの1923年の『結婚(Les Noches)』。
この曲は以前にも紹介したことがあるけど、まずインストゥルメンタリゼーションが狂ってる。
ピアノx4、ティンパニ×4、クロテイル×2(チーンとなる真鍮のカタマリ)、その他パーカッションがゴチョゴチョ。
加えて4声の混声合唱に4人の独唱者。
これで一体ナニをしようというの?
それはね、私を含めたロック・ファンの皆さんにわかりやすく言うのであれば、フランスのMagmaですよ。
クリスチャン・バンデとかヤニク・トップのアレね。
『Kohntarkosz』とか『M.D.K.』とか、あの辺。
ヘタをすると「コバイア語」で歌ってんじゃねーの?みたいな。
熱心なファンの方には失礼だけど、『結婚』を聴いてしまったら最後、もうMagmaには戻れない。
とにかくカッコいい。
こんな楽器編成だし、内容は変態だし…というのでこの曲は滅多に演奏されることがないらしい。
それで数年前、国内最大級のクラシックのフェスティバル『ラ・フォル・ジュルネTOKYO』で演奏されるというので話題になっていた。
メッチャ聴きに行きたかったんだけど行かれなかった。
下のNAXOS盤が私が持っていr「結婚」。カップリングされているのは「Oedipus Rex(オイディプス)」、つまり「エディプス王」をテーマにしたオペラ。
コレもいいよ。
とにかく、ストラヴィンスキーの作品はオーケストラのバレエ音楽を中心に協奏曲、室内楽、器楽曲までどれでも楽しめる…ロックとしてね。
宗教音楽と歌曲はゴメン…ツライ。
Nocesさて、『Yessongs』に戻って「火の鳥」。
「火の鳥」って「全曲版」と「組曲版」、さらに何回か改訂が施されているため、複数のバージョンがある。
私も「全曲版」と「組曲版」の両方を持っているけど、そんなに気にならないナァ。いつも途中で寝ちゃうから。
もっとも演奏される頻度が高いのは「組曲版」の「1919年版」なのだそうだ。
『Yessongs』に使われているのは「組曲版」の最後の「Final」という曲。
で、久しぶりに『Yessongs』を聴いて思い出した。
コレ、原曲は一番最後にB→C→Db→F→Db→C→Bというカッコいいメロディが来て、そのままBで終わるのね。
ところがYesはあたかも曲がつながっているように、リック・ウェイクマンがメロトロンでタイミングよくBmの和音を弾いてオープニングの「Siberian Khatru」につなげる。
こんなの忘れてたわ。
ストラヴィンスキーがコレを聴いていたら頭から湯気を出して怒るでしょうな。
この「Siberian Khatru」という曲も初めて聴いた時はブッたまげた。
なんで「アルプス一万尺」?…みたいな。
私は『Yessongs』よりもスタジオ・バージョンの方が好きだった。
ちなみに「Siberian」の正しい読み方は「サイベリアン」ね。
「シベリアン」では外人には通じない。
「Khatru」というのは意味のない言葉だったらしい。
ジョン・アンダーソンがレコーディングの時に仮歌で「♪カートゥル、カートゥル」と歌っていたそうだ。
後年、やっぱり私みたいなモノ好きがいて、「Khatru」という言葉が中東のイエメンにあることを突き止めた。
意味は「あなたが望むように」ということだそうです。

下はジャケットがカッコいいと思って載せた「火の鳥」のブーレーズ盤。グラモフォンのブーレーズのジャケットはどれもカッコいいね。
「火の鳥」っていつも「ペトルーシュカ」と抱き合わせになっていることが多いんだけど、さすがピエール・ブーレーズはひと味違う。
「4 Etudes」と「Fireworks」という曲を組み合わさっている。
私はこの盤は持っていないが、両曲とも他の人の演奏のCDを持っている。
もちろん、いい曲です。

Fbそういえばあのカステラに羊羹が挟まっているヤツ、なんで「シベリア」っていうんだろうね?
昔のパン屋には必ず置いてあったけど、最近は滅多に見ないね。
カステラに羊羹を挟むなんてスゲエ発想だよな。
調べてみると、シベリアは明治時代からある古いお菓子で、名前の由来がたくさんあるそうだ。
その中で最も有力とされているのは、「カステラと羊羹の層が、シベリアの永久凍土の層に見える」なんだって…ウソだろ~。
シベリアか…今また吉村昭を読んでるのね。
『大黒屋光太夫』という得意の漂流もの。
どうも有名な話らしい。
江戸時代の伊勢白子浦の漁師が江戸に航海する途中、時化にあって漂流の末、ロシアに行ってしまう話。(剛さん、ありがとうございます)
スゴイね~、このシベリアの寒さっていうのは。
日本人なんかはそういう本当に寒い場所で暮らすDNAを持っていないので、「寒さ」で死んじゃうらしい。
吉村昭の小説はホントに素晴らしい。もう何冊読んだかな~。

Cbソロソロ本題に入りますよ。
 
『Yessongs』はYesの絶頂期を捉えたハイライトのカタマリのようなライブ・アルバムだけど、あの中でリック・ウェイクマンのキーボーズ・ソロにハマった人は相当多いのではないかしらん?
そして、あの演奏の元ネタが『ヘンリー八世と六人の妻』なるソロ作品に収録されていることを知って、当該のアルバムを買い込んだ人も少なくないハズだ。
もちろん私もそのひとり。
私が持っているLPの帯にはこうある。
「天空を舞い、地を裂く圧巻のキーボード・プレイにインストルメンタル・ロックは一つの完成を見た!」
大ゲサだな~。
そうか~?
確かにカッコいいし、何の文句もないんだけどね。
そもそも、『ヘンリー八世と六人の妻』という題材がいい。
リック・ウェイクマンは他にも「アーサー王と円卓の騎士」をテーマにしたアルバムもあるけど、こうしたテーマは日本でいえば「赤穂浪士」みたいなもんでね。
やっぱりイギリスはカッコいいな~、なんて思っちゃうワケ。
そして、このアルバムと『Yessongs』の演奏を聴き比べてみると、ライブの方はおっそろしくウマくダイジェストにしているな~、とまたまた感心しちゃうんだよね。

1_img_5775 で、今回はこのアルバムを掘り下げてみたいと思ってる。
大した名所が出て来なくて申し訳ないんだけど、読んだ後はこのアルバムが以前にも増して興味深く聴くことができるハズ。
イギリスの歴史に詳しい人は読まなくてもいいです。
では…脱線過多で16世紀のイギリスにゴーゴゴー!
 
1973年に発表したリック・ウェイクマン初のソロ・アルバム『ヘンリー八世と六人の妻(The Six Wives of Henry VIII)』。
まずはジャケット。
この写真はBruce Raeという人が有名な「マダム・タッソーろう人形館」で撮ったもの。
だからリックの後に写っているのはヘンリー八世と3人の妻のろう人形。
リックはホンモノだ。
恐らくリックを何度も歩かせて自然な姿を撮ろうとしたんだろうね。
でも奥さんが3人しか映っていない。私だったら絶対にNG。もっと引きで撮ってリックと7つのろう人形が入るようにするな。
でもネ、この写真の中にはもっとヒドイことが起こっている。
気がついていた人はいるかな?。
CDじゃ小さくてチョットわかりづらいかも。
LPを持っている人は引っ張り出して来てよく見てみて。
向かって一番左の女性(最初の妻、キャサリン・オブ・アラゴンだと思う)の上。
男の人が写っちゃってるでしょう?
コレ、心霊写真ではなくて、後ろのカーテンをキチッと閉めなかったので隣の展示ルームの人形が見えちゃってるの。
スタッフもヒドイど、このフォトグラファー、ファインダーを覗いていてわからなかったのかな~?
それともよっぽど慌てていたのか?
出来上がってから気が付いたリックはこの写真に大層ガッカリしたそうだ。

30cdこの男性の人形…ナニかというと、元アメリカ合衆国大統領のリチャード・ミルハウス・ニクソン。
だからザッパに「Dickie's such an Asshole(リチャードはそんなクソ野郎)」なんて歌われちゃうんじゃん?…イヤ、この写真についてはニクソンに何の落ち度もない。
懐かしいね、この顔。
私なんかは「アメリカの大統領」といえばこの顔だ。

Rmn_2 ついでに紹介しておくと、これがベイカー・ストリートにある「Madam Tussauds(マダム・タッソーろう人形館)」。
ココでこのジャケットの写真が撮影された。

36_3とにかく入場料が高いもんで1回も入ったことがない。
それでもロンドンの観光名所としていつもたくさんの人でにぎわっている。
この周辺のことは【イギリス-ロック名所めぐり】vol.21~メリルボーン周辺に書いておいたのでご覧になられていない方はゼヒ!

35ところで、ジム・マーシャルはリック・ウェイクマンと仲がヨカッタらしい。
ある時、ジムの夕食にお供させて頂いた帰りの車の中でのことだったように記憶しているが、ジムが私にこう訊いた。
「シゲはいつ日本に帰るんだい」
「明日の夕方の便に乗ります」
「そうか、じゃダメだな。明後日、リック・ウェイクマンが工場に来るんだよ」
「ああ!残念です!(チッ、なんだよ~!)」
ということがあった。
メッチャ会ってみたかった。
ウェンブリーのMarshallの50周年記念コンサートで息子さんには会ったけど。
さて、下のポートレイトを見てください。
1962年に作られたこの世で最初のMarshall、JTM45を手にしてご満悦のジム。
これは1998年ぐらいに制作したポスター。
胸に金色のペンダントが見えるでしょ?

1_32n1 なつかしいナァ。
DSLとTSL。
一体誰がこんな写真を撮ろうって言ったんだろうね?
やっぱり胸には金のペンダント。

1_2dtゲイリーとのツーショットでも金色のペンダント。
ジムはネクタイが好きではない…って言ってた。

1_2gm2005年、JTM45/100のリイシューの前で。
このモデルの取説に私の名前を載せてもらったのは私の一生の記念。
写真のジムの格好はナンのことはない、今の私のライブ会場で着ているユニフォームと丸っきり同じじゃんね。

1_2j45コレは2008年ぐらいの写真だろう。
ジムがサインをしているのはVintage Modernのポスター。
このポスターの写真撮影のホンの数日前にジムは倒れた。
それでも何とか予定通りに撮影の仕事をこなした…と聞いた。
片手でサインをしている。
以前より調子が悪かった左手が悪化し、自由に動かせなかったからだ。
それゆえ、会食の時に私はジムのお皿にスペアリブを乗せる係り何度かさせてもらった。
やっぱり金のペンダント。

1_2poそして、最晩年のジム。
やはり金の丸いペンダントをしているでしょう?

1_2an1このジムがいつも身に付けていたペンダントは「Grand Order of Water Rats」という音楽業界の社交クラブの会員の証なのね。
このクラブは1989年にロンドンで発足された由緒正しいモノ。
いわゆるイギリス人得意の「ノブレス・オブリージュ」に則ったものなのだろう、このクラブはショウ・ビジネスで稼いだお金を社会に還元するチャリティの団体でもある。
この「ノブレス・オブリージュ」だけは日本の富裕層や政治家にガンガン勉強してマネしてもらいたい素晴らしいヨーロッパの文化だよね。
いいですか、昔は戦争があるとイギリスの貴族は競って自分から戦地に赴いたのだそうだ。
それはひとつの「ノブレス・オブリージュ」だったワケ。
優位な地位にあるものが下位の者を思いやる慈悲の心や行動ね。
実はコレにはもうひとつ理由があって、貴族たちは戦争をスポーツとして楽しんでいた側面もあったらしい。
いかん、変なところで脱線した。イヤ、しょっちゅうイギリスに関する本を読んでいるもんで…。
で、このWater Rats、簡単に会員になれるものではなくて、定数が決まっており、メンバーが死んだりして誰かが脱会しな限り新しい会員を迎えない。
それで、ジムが金のペンダントをしているのは、このペンダントが写真に写り込むたびに、1回数ペンスの寄付が発生する…みたいなことをジムが言っていた。
どういうシステムになっているのかジムの説明ではよくわからなかったけど、とにかくこのペンダントをして写真に写るとチャリティになるらしい。だからジムはいつもこの金のペンダントを首から下げていた。
で、このクラブのメンバーがスゴイ。
ジムがWater Ratsのことを話してくれた時の会長はボブ・ホープだって言ってた。
ロック界のメンバーはブライアン・メイ、ロイ・ウッド、ニコ・マクブレイン、ジムの親友のバート・ウィードン(故人)、ジムの息子のテリー等が名を連ねている。
ああ、そういうことか!
今気がついた。
ジムはニコをすごくよく可愛がっていたし、ジムが亡くなった時のお別れ会に丁寧な弔辞がブライアン・メイから届いたのは、このWater Ratsのつながりだったのか!
そんなことで、ジムはリックとすごく仲がヨカッタそうだ。

Logoそして、もうひとつ。
リックは若い頃、ロンドンの西のはずれ(Uxbridge)にあったジムの楽器店でSaturday Boy、つまりバイトをしていたのだそうだ。
「ジムの店でバイト」というとミッチ・ミッチェルばかりが有名だけど、リックもそうだったんだって。
どっちの店かな?
今は床屋になっている第1号店か?

38その向かいの第2号店か?
ジムの店でバイトしていた有名ミュージシャンなんて掘り起こせばまだ出て来そうだね。
 
ジムの楽器店、すなわちMarshall誕生の地についてのレポートはコチラ。
この取材をした時は本当におもしろかった!
【イギリス‐ロック名所めぐり vol.1】 マーシャルの生まれ故郷<前編>
【イギリス‐ロック名所めぐり vol.2】 マーシャルの生まれ故郷<後編>

352今日はリック・ウェイクマン初のソロ・アルバム『ヘンリー八世の六人の妻』の話をしていますからね~。
コレですよ~!
30cdさて、トニー・ケイの後任として1971年にYesに加入した年の末、リックはA&Mとアルバムを5枚リリースの契約を交わす。
A&Mはよっぽどリックが欲しかったのかね~。ナント、リックが欲しいと言っていた、かつてクラーク・ゲーブルが所有していたという1957年のキャデラックをプレゼントしたという。(ギャラのウチだったみたいだけど)
コレが同型のキャデラック。
カッコいい~…けど、要らない。
ウチの車庫の全く入らないし、MarahallもNATALも積めないもん。
私の「良い車」の基準は1960がタテに積めるかどうか…だ!
そもそも燃費が相当悪いだろからね。ウチではムリだ。
1_1957そして、リックはソロ・アルバムの制作に着手する。
Yesのメンバーとして『Fragile(こわれもの)』のツアーで全米を回っている時、ヴァージニアの空港の売店で4冊の本を買った。
その中に『The Private Life of Henry VIII 』というヘンリー八世と六人の妻に関する本があり、その中のアン・ブーリン(2番目の妻)の箇所を読んでビビビと来ちゃったらしい。
今風に言えば、「降りて来た」ってヤツよ。
すると、以前録音した自作曲のテーマのメロディが移動中の飛行機の中で頭をよぎり、あちこちのコンサートのサウンドチェックで弾いてみるととてもいい感じだった。
それで、飛行機の中、ステージの上、あるいは家のピアノの前で浮かぶメロディを書き留め、6人の妻たちを表現する音楽を摸索していった。
そして、それをひとつにまとめたのがこのアルバムというワケ。
ジャケットを見開いた右下にこんなことが書いてある。
リック曰く、「このアルバムはヘンリー八世の六人の妻の解釈を音楽的に表現している。音楽の内容はそれぞれのキャラクターの人生とはリンクしていないかもしれないが、私はキーボーズという楽器を通じて自分のコンセプトを表現した」…みたいな。

しかしサ、音楽配信のせいでこういうアルバムはなくなるね~。
モッタイないよな~、ドンドン世の中がツマらなくなってる。
まさに「何でもあるけど、何にもない」というヤツ。
30cdレコーディングは1972年、Yesのツアーの合間を縫ってロンドンのモーガン・スタジオとトライデント・スタジオで行われた。
リックはトライデント・スタジオのハウス・ピアニストをしていたのね。
デヴィッド・ボウイの録音にちょくちょく参加しているのはこれが理由。
まさにホームでの録音だった。
下がソーホーにほど近いところにあるトライデント・スタジオ。
 
トライデント・スタジオのスゴさについてはコチラをご覧あれ⇒【イギリス-ロック名所めぐり vol.7】 ソーホー周辺 その2
38vアルバムに収録されているのは6曲。
すなわちヘンリー八世の6人のお妃の曲だけだが、実はヘンリー八世自身をテーマにした曲も用意していた。
レコーディングは奥さま方の曲から取り組んだが、作業が進むにつれレコードの収録可能時間の限界が見えて来て、最終的にヘンリー八世の曲をカットせざるを得なくなってしまった。
ダンナはツライね。
そのため、アルバムのタイトルは最初『Henry VIII and His Six Wives(ヘンリー八世と六人の妻)』とされたが、ヘンリー八世の曲が入らないので『The Six Wives of Henry VIII(ヘンリー八世の六人の妻)』と変更したんだって!
  
それではこのアルバムの主人公たちについて見て行ってみましょう。
まずは、ヘンリー八世。
1491年に生まれ、幼くして亡くなった兄アーサーの後を継いで1509年にイングランド国王に即位した。
スゲエ肩幅!
身長は190cm近くあっそうだ。
白人で190cmなんて珍しくなかろうに…と思うでしょ?
ところが、白人でも昔の人はすごく小さかったんだってよ。
田舎で見かける築200年ぐらいの古い住居の入り口なんか、身長172mの私でも思いっきりかがまないと入ることができない。
そういうサイズだったらしい。
だから190cmなんていったら完全に巨人よ!
脚に注目…このムキっとしたふくらはぎが自慢で、コレを見せたいがためにタイツ姿の肖像がが多かった。
身体も丈夫で頭も大層ヨカッタんだって。
この医学が発達していなかった時代、「身体が丈夫」ということはとてつもない長所で何しろ天然痘を自力で治したとか…。
一方、オツムの方といえば、8歳の時にラテン語で手紙を書き、フランス語とスペイン語も堪能で、天文にも興味を持ち、グリニッジでトマス・モア(『ユートピア』の著者。後出)と天体の観測に努めた。
これがグリニッジ天文台の元なんだと。
しかし、どんなに丈夫で頭がいいか知れないけど、性格悪そうだにゃ~。
でも、やっぱりイギリス人の間では人気のある君主なんだよね。
日本でいうと徳川家康級かな?
で、やっぱり徳川家の15人の将軍と同じで、イギリスの学校では「ヘンリー八世の六人の妻」を覚えさせられるんだって。
先日もNAMMでマーシャルの連中とこんな話になって(自分が振ったんだけど…)、みんな言えなかったな~。
「じゃシゲ、言えんの?」と来るからサラサラっと6人の名前を挙げてやった。
みんなビックリしてた。
徳川15は言えないけど、ヘンリーと七福神は頭に入ってる。
ま、こんなことをして人脈を作ってるワケ。
だって、外人がいきなり「イエヤース、ヒデターダ、イエミーツ…」って15人の徳川将軍家の名前をそらんじたらかなり面白いでしょ?
こんなことを思いついたのもこのリック・ウェイクマンの作品のおかげなのさ。

40v後はほぼ脱線。
ぜんぜん『名所めぐり』じゃなくてスミマセン。
 
やはりこれだけ有名な歴史上の人物たちとなると関連する映画もたくさんあるワケで…あの手、この手でいまだに映画化やドラマ化されてる。
その中でとりわけクラシックなのはコレでしょう。
1933年のイギリス映画、『ヘンリー八世の私生活』。
コレ、リック・ウェイクマンが読んでヒントを得たという『The Private Life of Henry VIII』と原題が同じなんだけど、別物。
ヘンリー八世の人生を超駆け足で描いていて、いきなり2番目の奥さんの処刑のあたりから話がスタートする。
でも、「八っつあん」の粗野でダイナミックなイメージが実にうまく描かれていると思う。
この作品は第6回のアカデミー賞で作品賞と主演男優賞にノミネートされた。
アメリカ制作以外の映画が作品賞や主演男優賞にノミネートされるのはこの作品が初めてのことで、作品賞は逃したものの、ヘンリー八世を演じたイギリスの大名優、チャールズ・ロートンは見事主演男優賞を獲得した。
ちなみに先週やってたアカデミー賞は第90回だからね。古い話よ。
この映画の中で、どうしてもトランプで勝つことができない4人目の妻、「アン・オブ・クレーブス」を演じているのはロートンの私生活での本当の奥さん、エルザ・ランチェスター。
アン・オブ・クレーブスって、肖像画と実物が全然違うということでヘンリーは結婚をイヤがったっていうんだよね。「クレーブス」ってぐらいだから。
要するに美しくなかったらしい。
それを奥さんに演じさせちゃうところが面白い。

50dvd_2コレは何度も引き合いに出していて恐縮なんだけど、また紹介しちゃう。
ナゼなら、このウィリアム・ワイラーの名サスペンス『情婦』を観ないで死んでいく気の毒な人を1人でも減らしたいから…大きなお世話だけど。
この中で病み上がりの辣腕弁護士を演じているのがチャールズ・ロートン。
そして、その看護婦を演じているのが、またまた本当の奥さん、エルザ・ランチェスター。
まぁ、この映画だけはとにかく観て頂くしかない。
昔の映画がいかに面白かったかを痛感すること間違いない。
ディートリッヒのカッコよさとロートンの名演に注目。

60dvd_2もうひとつ、ロートンの古いイギリス映画を…。
マンチェスターを舞台にした『ホブソンの婿選び』という1954年制作のホーム・コメディ。
ココではチャールズ・ロートンは3人の娘を持つガンコバカ親父を演じている。
伏線がキチ~っと張られた脚本が何しろよくできていて、テンポも速く、映画の出来として非の打ち所が全くない。
それもそのはず、監督は『アラビアのロレンス』や『戦場にかける橋』で知られるデヴィッド・リーン。
おもしろくない映画を作るワケがないじゃんね。
チャンスがあったら観てみてください。
ちなみに『戦場にかける橋』でデヴィッド・ニーブン率いるイギリス軍がクワイ河にかけた橋のモデルはエジンバラの「Firth of Forth」という河にかかる「Forth Bridge」。
Genesisの名盤、『Selling England by a Pound』に収録されている「Firth of Fifth」はコレが元ネタ。
もひとつオマケに、この『Selling England by a Pound』はCLASSIC ROCk MAGAZINEが選ぶ、「プログレッシブ・ロック名盤」で第1位を獲得している。
ま、確かに名盤だけど、日本人にはわからないグッと来るものがイギリス人にはあるんだろうね。
『アラビアのロレンス』、また観たいナァ。
ロレンスって同性愛者だったでしょ?
あの時代、イギリスでは同性愛は犯罪だった。だから自分が同性愛者ということを知ったロレンスはあんなに悩んだ。以前はそんな背景もは知らずに観ていたナァ。70dvd_2さて、ヘンリー八世にもどってもうひとつ…。
それは映画『ゴースト』のワン・シーン。
幽霊になったサムを演じるパトリック・スウェイジが、ウーピー・ゴールドバーグ扮するイタコのオダ・メイに霊媒を依頼する場面。
ややインチキだし、ゴタゴタに巻き込まれるのをイヤがるオダ・メイが寝られないように枕もとでサムが歌を歌い続ける。
その曲がハーマンズ・ハーミッツの「ヘンリー8世君」。原題は「I'm Henery the VIII, I am」
とても可愛い曲だよね。
この曲のオリジナルはハリー・チャンピオンという人の持ち歌で、ハーマンズのバージョンは歌詞がひとつしかない。
そして、ピーター・ヌーンが間奏でこう言う。
「Second verse, same as the first(2番を歌うよ~、1番と同じだよ)」
つまり、終わりがないということ。
サムは「霊媒の仕事を受けてくれないなら永久に枕元で歌い続けるぞ!」という意味を込めてこの曲を選んだんじゃないかね…なんて思うんですよ。
この映画では「Unchained Melody」が話題になったけど、私はこの「I'm Henery VIII, I am」の方が全然印象深かった。

80dvd_2ハリー・チャンピオンという人は、1910年頃に活躍したコックニーの歌手でコメディアンだそう。
1911年の録音を聴くと、ドでかいバースが付いていてまるで違う曲のようだ。
そして、コックニー訛りがスゴイ!メッチャかっこいい。
ところでこの曲、ナンでヘンリー八世なのかというと、結婚した隣の未亡人には前夫が7人もいて、その誰もが「ヘンリー(エンリー)」という名前。
「ウィリー」ってヤツも「サム」っていうヤツもいなかった。
この歌の主人公もヘンリー。
だから、8人目のダンナとなる自分は「ヘンリー八世君」だというワケ。
ナニがおもしろいんじゃいッ?
ま、6人もの奥さんを娶ったヘンリー八世のパロディということなのかね?
でもヘンリー八世の奥さんって6人のうち「キャサリン」と「アン」が2人ずついるんだよね。
  
ハーマンズはマンチェスターか…。
月並みだけど、「ミセス・ブラウン」とか、「見つめあう恋」とか、「この世の果て」とか、ハーマンズ・ハーミッツっていい曲演ってるよね。
ちなみに「見つめ合う恋(There's a Kind of Hush)」のアレンジはジョン・ポール・ジョーンズ。
イヤ~、昔の曲はいいな~。
オールディーズ聴きたくなってきた!
コニー・フランシスでも引っ張り出して来ようかな。
最近は「ヒット曲」というものが全くなくなったでしょ。
そりゃ若い人の間だけとか局地戦ではハヤっている曲もあるかもしれないけど、天地真理やジュリーや百恵ちゃんやピンクレディの歌のように、年寄りから子供までが、日本国民の全員がソラで歌えるような曲が完全に絶滅してしまった。
IT化とか何とかいって、簡単に音楽が無料で手に入るようになった反面、音楽が民衆から遠いところへ行ってしまったのはまったくもって皮肉な話だ。
あの時代はもう二度と戻って来ないよ。
ナゼならもう作り手にそういう時代を知っている人がいないから。

90cd_2コレでヘンリー八世のことがよくわかって頂けたと思う…どこがじゃい?
イヤ、一辺に説明できないので、追々やっていきますから。
 
さて、ココで外へ出てみますよ。
コレはシェイクスピアの家、ストラトフォード・アポン・エイヴォンに近いところにあるウォリック城。
「upon〇〇」というのは「川沿いの」という意味だってことはいつか書いた。
だからシェイクスピアのところは「エイヴォン川沿いのストラトフォード」ということになる。
ニューキャッスルもそう。「Newcastle upon Tyne」すなわち「タイン川沿いのニューキャッスル」というのが正式な地名。
この「upon〇〇」は川が大きく蛇行しているところに付けられる地名らしい。

100「Warwick」って綴るんだけど、コレは「ワーウィック」ではなく「ウォリック」と読む。
この辺りは「ウォリックシャー」という地籍なのね。
1068年、「征服王」の異名を取るウィリアム一世が建築し、1088年にはウォリック伯が所有した。
「ウォリック伯」というのは人の名前ではなくて、イングランドの貴族の伯爵位の中で最古の爵位。
だから日本で言えばどうなんのかな?
「ナニナニの守」とかの「国司」みたいなモノかな?
日本のアレは結構いい加減なようだけど、この「ウォリック伯」はかなりチャンとしてるみたい。

120…というような固っ苦しい話はヤメて城の屋上に出てみる。

130曇っているけど絶景かな~!
150かなりの段数の階段を上って屋上に出るんだけど、建物が全部つながっていて回廊みたいになっているのね。
見物客は一方通行で進まなければならず、途中で引き返すことができない。
そんなもんだから、入り口には係りのお姉さんが立っていて、「大丈夫ですか?入ったら最後、引き返すことはできませんよ。かなりシンドイですよ」と見物客に説明する。
足腰に自信のない人はそこで止めておくというワケ。

140vま、ホントに結構シンドかったけど、この眺めには代えられまい。

160まるでレゴで作ったような家が連なってる。
コレはアトラクションでもなんでもなくて、実際に人が普通に住んでるのよ。

170屋内に入る。
マァ、豪華絢爛だこと…

180vってイギリスの古い城の中はどこもこうだけどね。

190vお定まりの天蓋付きベッド。
こんなの落ち着かないゼ~。

185城内を歩いて見て回ると…お!
1、2、3、4、5、6…

186やっぱり…ヘンリー八世と六人の妻!

210やっぱり観光客に人気がある。
有名だからね。
「キャサリン・オブ・アラゴン、アン・ブーリン…ああ、学校でやったわね~。なつかしいわ~」とこのお婆さんが言っているかどうかは知らない。

200v立派なポートレイトも飾ってあって…。

220vところが、どこをどう調べても、ココは歴史的にヘンリー八世は関係ないみたいなんだよね~。
240v要するに、飾りなの。
観光地に行くと、由来しているアイテムってどこにでもあるじゃない。
たとば上田に行くと真田幸村だの六文銭だの。
甲府に行けば武田信玄だの風林火山だの。
ま、ソレらはその観光地に根差しているモノだけど、「定番中の定番」という意味でココと同じ。
このウォリック城とヘンリー八世は関係ないながら、イングランド全体の観光地として、イギリスの歴史で最も有名なこの人の人形を飾っている…ということみたい。
 
というのも、このウォリック城って、観光業者がガッツリと入り込んで、中世をテーマにしたアミューズメント・スポットとして仕立てられているのですよ。
やっぱやることが徹底しているわ。
こんなこと日本じゃ絶対考えられない。
どこかの不動屋さんが彦根城を買い上げて「井伊直弼の大冒険」なんてのはやらないでしょ?
どういうことかというと、コノお城、1978年に民間に払い下げちゃってるんだよね。
それを買ったのが、さっき出て来たマダム・タッソーろう人形館の「タッソー・グループ」。
知らなかったんだけど、このタッソー・グループって、ディズニーに次ぐ世界で2番目に大きいレジャー会社だったそうだ。
「だった」というのは2007年にアメリカの大手投資運用会社ブラック・ストーンに買収されたから。

230v城の後を流れているのがエイヴォン川。

250ほとんどまっ平でまるで堀のように流れは穏やかだ。

260川には段差があって、水の落下地点のそばに大きな水車を設置している。
多分、元々の流れがゆるいせいだろう、段差によって強引に加速させた水流で水車を回しているのだ…と思う。
それでも日本の山岳水力発電で回すタービンの速さに比べると、この水車の回転速度はギャグにしか思えない。

270vところがですね、コレはイギリスで最初の水力発電プラントで、1894年から稼働をスタートさせ城内の電力を賄い、余った電力はバッテリーに蓄電することにより電気自動車や電気ボートに利用された。
しからば日本の水力発電はどうかというと…。
これが!
1891年にもう稼働を開始してるんですよ。勝った!
山の多い日本のこと、北部を除いてほとんど平坦な地形のイギリスより水力発電が進歩していたのかと思うとさにあらず。
日本の最初の発電所は京都の蹴上発電所で、琵琶湖疎水を利用したというのだから、やってることはウォッリック城と同じなのよ。
何でもイギリスから教わった日本だからね、コレには結構ビックリ。

280こういう古い機械を見るのはおもしろい。
まだ実際に使っているんでしょうナァ、古時計のようにノ~ンビリと動く100年以上も前に作られた発電機器を見ていると何ともいえない感覚になるのよ。

290v城の隣には「ピーコック・ガーデン」というのがあって、コレがまたアホほど美しい。

300名前の通りクジャクがそこら中をほっつき歩いてんのよ。
ドバっと羽を広げているところは観れなかったけど、アチコチで「グエッ、グエッ」って啼てる。

310v次回からはヘンリー八世の六人の奥さんたちひとりひとりにスポットを当ててアルバムと聴き比べてみましょうね。
LPやCDを持っている人は用意しておいて!
六人の皆さん、結構悲惨です。

<中編>につづく