【姉妹ブログ】
【Marshall Official Web Site】
Marshall Blogに掲載されている写真並びに記事の転載・転用はご遠慮ください。

« Guitar☆Manを見逃すな!~リハーサル潜入レポート! | メイン | EARTHSHAKER絶好調! »

2013年2月12日 (火)

【イギリス‐ロック名所めぐり vol.2】 マーシャルの生まれ故郷<後編>

ジムの生家を訪ねた後は、いよいよマーシャル・アンプが1962年に産声を上げた場所、Uxbridge(アクスブリッジ)を訪れることにしよう。

まずは、White Cityの駅まで戻る。

Uxbridgeの最寄りの駅はBritish Railway(イギリスの国鉄。地上を走っている)のHanewellだ。この駅を通る路線のロンドンの始発駅(Terminal Station)はPaddington(パディントン)。ターミナル駅だけあって5つもの線がPaddington駅を通っているが、White City駅の属するCentral線は通っていない。そこで、Paddington駅に停まるCity & Hammersmith線とCircle線のWood Lane駅まであるくことにする…ったってすぐ近くだ。

15

途中、右手にBBCのドデカイ設備がある。これ本社社屋なのかな?中学生の頃『モンティ・パイソン』には夢中になった。

16

Wood Lane駅のホームからHammersmith方面をのぞむとパラボラ・アンテナがゾロリと見える。
17

London Paddington駅。駅のようすはシゲ・ブログをご参照いただきたい。

日本の鉄道はイギリスのそれをお手本にしているワケだが、もはや日本の鉄道網の方がはるかに進歩してしまっている。JRと地下鉄の乗り入れなどはその一例で、本家イギリスも研究しているという話しを聞いたことがある。

その日本のシステムに比べてイギリスの国鉄が旧態依然としているのを感じるのはこのターミナル駅たちだ。ま、これも風情があっていいのだが、実際には不便なことが多い。ターミナル駅というのは文字通り、その路線を終結(Terminal)させる駅のこと。簡単に言えば終点だ。

東京も東海道は東京駅、東北方面は上野駅、中央本線は新宿駅とターミナル駅がないワケではないが、ターミナル駅から直接自由に乗り換えて他の方面に行けるため、「ターミナル感」が乏しい。ちなみに、私が子供の頃は、房総方面の路線のターミナル駅は両国だった。

イギリスの国鉄は、マーシャルのあるブレッチリー(Bletchley)からロンドンのターミナル、ユーストン(London Euston)駅に着けばそれで終わり。エジンバラから出て来てロンドンのターミナル、キングス・クロス(London King's Cross)駅につけばそれで終わり。カンタベリーから帰って来てヴィクトリア(London Victoria)駅に着けばそれで終わり。そのターミナル間を移動する場合には地下鉄等の交通機関を使わなければならない。ま、東京も同じなんだけど、感覚が違うんだよなァ。

ああ、こんなこと書いているとまたロンドンへ行きたくなっちゃう!

18

で、目的地のハンウェル(Hanwell)駅は、パディントンからヒースロー空港方面行きの各駅停車しか停まらない小さな駅だ。パディントンから15~20分ぐらい。イギリス国鉄はものすごく飛ばすんよ。

19

古式ゆかしい駅名の看板。

20

これは「Hanwell」というiPodなんかをつなげて鳴らす家庭用パワード・スピーカー。

Hw

もちろん、このマーシャルの発祥地であるHanwellにちなんで名づけられている。お、この手はGraceだな?

Hw2

まぁ、なんとノンビリとした駅舎だろう…。

21

駅員の詰め所と待合室。

 

22

ナント!待合室には暖炉が!もう使ってはいないんでしょうけどね…。

23

ホームから地上に降りる階段。
24

外に通じる廊下。こんなの撮るつもりじゃなかったんだけど、あまりの雰囲気につい…。地下ダンジョンへの道かと思った!
25

駅舎じたいはレンガ造りのクラシックな建物だ。
26

テッキリ無人駅かと思ったらインド風の駅員さんが改札で切符をチェックしていた。
27

この互い違いの矢印はイギリスの国鉄のシンボル・マークだ。
275

駅前のようす。
28

何もない…。総武線でいえば小岩とか平井あたりの感じだろうか…。もっとも小岩も亀戸も駅前はものすごくにぎやかだけどね。

29

あたりは完全な住宅街。電車で20分乗るか乗らないかぐらいで、あのウエスト・エンドの喧騒とはまるっきり趣を異にするこれほどまでに閑静な住宅街になってしまう。

30

町中に必ずある古い教会。

このハンウェルにはHanwell Community Centreという公民館のような施設があって、1969年ごろにはThe Whoが『Tommy』を中心にしたセットリストのツアーのリハーサルをそこで行っており、ピートが挿入歌「Sally Simpson」を歌っている写真が残っている。その頃はもうマーシャル使ってないけどね。

また、同じころDeep Purpleもそこで『In Rock』用の曲をつくり、リハーサルをした。Ian Paiceの回想によると、この施設はいつもあいていて、安くて、かつメンバーがその頃住んでいた家が近かったらしい。ロジャー・グローバーによれば、「その頃あの辺で爆音が出せるのはHanwell Community Centreぐらいだった」 「Speed King」も「Child in Time」も「Hard Lovin' Man」もここハンウェルから生まれたのだった。

さらに、Uriah Heepもここで結成されたという(Nigel Olssonってヒープにいたのね?知らなかった!)。Deep PurpleとUriah Heepが隣りどうしの部屋で同時に練習をしたこともあっというのだからすごい!

もうひとつ。Led Zeppelinは『I』のレパートリーを中心にプログラムされた4回目の全英ツアーのリハーサルをHanwell Community Centreで行った。1969年のことである。

失敗したナァ~。こんなの前から知っていたら訪ねてきたのにナァ。次回ロンドンに行ったときに取材してきます。下の写真はただの古い教会でHanwell Community Centreとは何の関係もありません…。

でもね、ロンドンのこういうところが大好きなんだよね~。狭いところにブリティッシュ・ロックのいろんな話しがひしめきあってる。アメリカじゃこうはいかんからね。

31

駅から10分ちょっと歩いたろうか…。アクスブリッジ・ロードにブチ当たる。「Uxbridge」の語源は「Wixanという種族の橋」で、その「Wixan」が展示で「Ux」となった。Wixanというのはアングロ・サクソン人の祖先で7世紀にはその存在が確認されている。これはまだ全然いい方で、ロンドンのはずれあたりに行くとローマ時代の名残の地名というのがあって、ここでは即座に例を引くことはできないが、まったくどう読むかわからないような場所がある。ちょうど、京都や奈良に難読の地名多いのと似ている。
43

これが駅から来てアクスブリッジ・ロードに当たり、ちょっと右に折れたところ。「果たしてジムの店の後は見つかるのだろうか」…ちょっと興奮!

この通り、結構な交通量で、通りも両側に様々なお店が連なってなかなかにぎやかなところだ。

32

通りを少し行く。

33

ジムの元あったお店の番地は「76」と「93」だ。ロンドンの街で目的地を探すのは実はとても簡単だ、すべての建物に番号(番地)が付いているので、通りさえ間違わなければ、その番号にアプローチしていくだけでよい。

34

「93」!これだ!

これはジムのお店の第2号店があったところ。1号店では手狭になり、1961年に引っ越した先だ。ここでピート・タウンゼンドとともJTM45の開発に取り組んだのだ!

好きな人は行ってごらんなさい。興奮するよ~。

そして、この店舗の奥ではジムがせっせとキャビネットを作っていたという。
35

2号店「J&T Marshall」の開店当時の写真。これ、たぶん当時はこの通りもものすごくにぎやかだったに違いない。まったく治安が悪いという感じはしないが、この辺りは明らかに斜陽ムードが漂っているもんね。

93

そして、通りを渡る。これはすぐにわかった。

36

Uxbridge Road76、ジムが1960年、37歳の時に初めて出したお店「Jim Marshall & Son」があった場所だ。今はもう完全に床屋さんだ。それにしても超ド級の狭さ!

本当にここにクラプトンやピートやリッチーが来てたんかいな?と疑いたくなるほど狭い!これ、楽器を展示したらお客さんほとんど入れないんじゃないの?

37

ここのショウウィンドウに置いてあったドラム・セットをミッチ・ミッチェルがいたずらをし、それがジムとの出会いになり、ジミ・ヘンドリックスが1959のフル・スタックを3セット買うことにつながっていったワケだ。ジミが訪れたのはこちらではなく、向かいの2号店だ。

またまた大興奮!

ここは2号店が開店した後、小売り部門を閉め、ダッドリー・クレイブンやケン・ブランの研究室になった。
38

これはジムのお店の一番最初のカタログとされているもの。

Img_7746

この写真の上から3行目。太字で住所が記してある。「76 UXBRIDGE ROAD, HANWELL」…

Img_7746_2

つまりここだ。
39

反対側から「J&T Marshall」のあった場所をのぞむ。

40

マー本にも書いたけど、この場所には、ジムの業績をたたえ、ロンドンの名所旧跡を案内するBlue Plaque(ブルー・プラーク)を掲げるべきだと思う。

ところで、この「Marshall Chronicle」は写真の90%ぐらいとたくさんの文章、企画、解説、監修を担当させていただいたが、実は歴史のところと、このハンウェル探訪のところが一番やっていて楽しかったのよ。

Mc

ここをジミやリッチーやピートが歩いていたのかと思うとアータ、興奮しまっせ~。床屋のオッサン、そこんとこわかってんのかな~?たのんますよ~、ホントに。

41

この【イギリス‐ロック名所めぐり】はもちろんこれからドンドン続けていくが、これを元に旅行会社の方で「ロンドン・ロック・ツアー」みたいな企画できないかね?もちろんマーシャルの工場見学つきね。あ、ガイドはやらせてもらいますよ!

42

つづく