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2021年8月19日 (木)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.66~ヘンリー八世と六人の妻 <その5(最終回):キャサリン・ハワードとキャサリン・パー


Marshall Blogを書く大きな楽しみのひとつはこの『イギリス-ロック名所めぐり』のシリーズ。
今回で66本目を迎えた。
イギリスにはそんなに「ロックの名所」なるものがあるのか!?とお思いかも知れない。
あるんですよ~。
やり方次第ではまだまだネタをヒネリ出すことができる。
ところで、私が最後にイギリスに行ったのは2019年の6月のこと。
そん時はまたいつでも行けると思っていたけど、果たして今後行けるのかどうか…いよいよ心配になって来たわ。
やっぱり行かないとどうしてもネタが枯渇してしまうでね。
まだ書きたい記事のネタが手元にあることはあるんだけど、早いとこまたロンドンに行って「ロック名所」を訪問したいのう。
 
さて、この『ヘンリー八世』のシリーズ。
サラサラっとやっちゃおうと思い立って<その1>を公開したのが2018年3月10日のことだテェんだから我ながら呆れる…3年以上前だもん。
その時『名所めぐり』はまだ28本目だった!
ずいぶん時間がかかってしまったけど、今回で最終回ですからね。
さすがにこの記事を書く前に私も今までの記事をサラっと読んで復習したわ。
もう何を書いたのか覚えていないのよ。
 
さて、ヘンリー八世の奥様も残すところあと2人。
まずは5番目のお妃さま、キャサリン・ハワード。
早速リック・ウェイクマンの『ヘンリー八世と6人の妻』を聴いてみましょう。
曲はA面の最終に位置する「Catherine Howard」。

H8 牧歌的な3/4拍子のメインテーマからドラマティックなキメを経て『Yessongs』のキーボーズ・ソロで聴きなじみのあるパートへ。
コロコロと変わっていく情景が楽しいね~。
そこへカントリー調とでも言うべきかハッピーなパートが連なっていく。
そして、また緊張。
例の牧歌的なワルツのメイン・テーマが全体を覆っているため、トータルではほっこりした印象を聴く者に与えるのではなかろうか?
しかし…ヘンリー八世の5番目の妻、キャサリン・ハワードの生涯は悲惨だった。

Ch_2キャサリンは2番目の妻、アン・ブーリンのイトコ、3番目の妻のジェーン・シーモアのハトコに当たり、元々は公爵家の血を引く名門の出身だった。
ところが気の毒なことに幼くして両親を失ったため親戚の家をたらい回しにされ、ロクな幼児教育を受けることが出来ず、彼女は文盲だったらしい。
また、容姿に優れていたこともあって言い寄る男性も多く、そちら方面の活動が活発だった。
ハイ、ココまで…もうすでに曲のイメージがマッチしないでしょう?
 
キャサリンはヘンリーの4番目の奥方、アン・オブ・クレーヴズの女官となる。
この時、キャサリンは19歳。
美人なワケよ。
ピチピチなワケよ。
一方、ヘンリーは奥さんのアンの醜女っぷりがイヤでイヤでタマらない。
…ってなワケで49歳のエロオヤジが一発でキャサリンに夢中なっちゃうのは男の性というものだろう。
そうして、アンは大人しいもんだから素直にヘンリーの離婚の提案を受け入れ、お妃の座から「ヘンリー八世の妹」扱いに退いたことは前回書いた。
下が4番目の妻、フランダース(現在のベルギー、当時はドイツ領)から輿入れしたアン・オブ・クレーヴズね。
Ac この絵を描いたのがドイツ出身の天才画家、ハンス・ホルバイン。
よせばいいのに盛って上の絵を描いて、ホンモノとゼンゼン違っていたもんだからヘンリーが激怒して危なく処刑されるところだった。
Hh 下のヘンリーの絵もこの人が描いた。
身体は少し右を向けているけど、顔は真正面を向けている。
こういうのを「フロンタル・ビュー(正面視)」といって、モデルを神格化して、記念碑的な作用を醸し出す効果があったんだって。
こういうポートレイトの大半は斜め向きだもんね。
当時のイギリスはヨーロッパでもまだ2流国家で、「イギリスの王様はこんな立派なんだぞ!」とハッタリをきかした絵面になっている。
肩には詰め物、宝石ジャラジャラ、自慢のふくらはぎもストッキングの中に詰め物をしているのだそう。
ホルバインはかなりビビりながらこの絵を描いたという。
ホルバインはアン・ブーリンのところに出てきたトマス・モアを伝って渡英し、名声を得るが、そのモアは前年にヘンリーに処刑されているし、この絵に取り組んでいる時にアン・ブーリンが首を刎ねられたからだ。
下の絵は1536年頃に描かれていて、ヘンリー40歳半ばのようすだっていうんだけど、後で出て来るけど、本当はもっともっと太っていたのはなかろうか?
ホルバインは相当盛っているのではないか?
さもないと間違いなく首と胴を切り離されちゃうからね。
H8_2 モデルを斜めにするのは日本の肖像画も同じ。
コレは斜めにして立体感を出して、少しでも実物に近づけようとする工夫だとか。
上のヘンリーの絵が描かれた時、日本ではまだ室町時代。
時の将軍は下の足利義輝。
ホルバインとは大分テクニックに差がありそうですな。
ま、こっちは「ワビサビ」で勝負だな。Ay5番目の妻、キャサリン・ハワードと結婚したのは1540年、ヘンリーが49歳の時だった。
飽食の限りを尽くし続けた結果、49歳にしてヘンリーの体重は145kgに達し、腹囲が137cmもあったという。
何しろヘンリーが乗るとあまりの重量に馬がへたり込んでしまったというほどのデブ。
馬も気の毒だ。
それもそのハズ、食生活が異常だった。
まず、肉と酒しか口にしない。
豚、羊、ニワトリ、ウサギ、牛、ほろほろ鳥、鹿、イノシシ、その他の狩猟肉に加えてクジャクや白鳥まで、肉でありさえすれば何でも食べちゃう。
今でもイギリスの肉屋へ行くとウサギやイノシシ、それにハトの肉を売ってるけどね。
下のようなところで毎晩ガンガン食っていた。
実際のハンプトン・コート宮殿のバンケット・ルーム。
7img_1313この時代は、生水を飲むのが危険だっため、代わりにエールを飲んだ。
その量たるや1日10パイント…大ビン9本ぐらい。
それと赤ワイン。
この頃のワインってすごく酸っぱかったんだって…だから砂糖を入れて飲んじゃう。
ますます身体に悪い。
パンは白いバンしか食わない。
生野菜は消化できないモノと信じられていた上に上流階級の連中は「百姓の食い物」としていたので食べるワケがない。
こんな食事となると、1日あたりの摂取カロリーは5,000になるらしい。
大したことねーな。
ギャル曽根ちゃんの方がスゴいんじゃん?
ま、食餌というのはバランスだからね。 
当然こんな食生活をしていると待ち受けているのは…肥満、高血圧、脂肪肝、心肥大、糖尿病、血液ドロドロ。7img_1312 ヘンリーは日本で言うところの「瘡かきの病」または「瘡毒」、つまり梅毒をわずらっていて、怒りっぽく、ガンコで癇癪持ちのクソ老人と化していた。
19歳の美しい娘のダンナにはチト無理がある。
それでもキャサリンはヘンリーのゴキゲンを取りながらうまく立ち回っていた。
ヘンリーはそんな病身ながらも一時的に健康を取り戻し、キャサリンとベッドを共にしたが、例によって後継ぎが出来ない。
コレがいつも問題になるよね~。
オマケに最初の奥さんとの間の娘メアリー、2番目の奥さんとの間のエリザベス、3番目の奥さんとの間のエドワード王子がゾロゾロ揃っていてどうにも居心地が悪くて仕方ない。
何しろ、娘の方がこの継母より年上なんだから。
そこへもってきてキャサリンがマズイことをやっちゃった。
「焼けぼっくいに火がついた」のか、キャサリンがアン・オブ・クレーヴズの侍女になるまで関係を持っていたかつての恋人、フランシス・デレハムという男を自分の秘書に雇ってしまったのよ。
どうやら2人は以前婚約までしていたらしいゾ…という情報が時のカンタベリー大司教の耳に入り「浮気調査」が始まった。
コレ、もしこの2人の以前の婚約が本当であれば、ヘンリーとの結婚が無効になるだけで、キャサリンは無罪放免されるハズだった。
ところがキャサリンはそれを否定し、「デレハムにムリやり関係を持たされた」と証言してしまう。
困ったのはデレハム。
「イエイエ、滅相もござりませぬ!お妃と関係を持っていたのはトマス・カルペパーさんでございます!」と証言。
カルペパーは確かにキャサリンの愛人でヘンリーお気に入りの廷臣だった。
コレがトマス・カルペパー。
美男子だったらしい。
Tc この辺、完全にドロ沼ですな。
しかも、カルペパーの部屋からはキャサリンのラブレターが発見されて、それが動かない証拠となってしまう。
ハイ、ココでおかしいと思わない?キャサリンは文盲だったハズでしょう?
こんな危険な代筆を誰かが引き受けるワケもなく、コレは罠だったんじゃなかろうか?
この2人を手引きしたのは、2番目の妻アン・ブーリンの弟の奥さんであるジェーン・ブーリンだったということもわかった。
 
で、どうなったか…。
「エ~イ、メンドくせ~!、オマエらまとめて全員死刑!」と相なった。
 
さて、ココでガラリと場面を変えます。
最終回だし、こんな機会はもうなかろうから、もう一度ヘンリー八世の居城「ハンプトンコート宮殿」を訪ねておこう。
コロナで旅行に行かれないからヴァーチャル・プチ旅行。
 
ロンドンから行く時はThe Kinksの「Waterloo Sunset」で有名なウォータールー駅を利用する。
ココはかつてパリへ向かう弾丸特急「ユーロスター」の発着駅だったが、数年前にセント・パンクラス駅に引っ越しちゃた。

Img_1261あのテニスのウィンブルドンを通過して…

Img_1271終点が「ハンプトン・コート」駅。
「ヘンリー八世の本拠地」とある。
「Alight」ととは「下車」の意味。
Img_1272駅の売店でこんなの売ってるんだゼ。
一体誰が買うんだろう?
ココで降車する客が買うのではなく、ロンドン方面に行く人たちがお弁当として買って行くのか…。Img_1273案内板には日本語の表示もあった。
次に行く時には、間違いなく中国語と韓国語が日本語に取って替わっていることだろう。

Img_1274こんな小ぢんまりした駅舎です。Img_1275「橋を渡ってすぐ右側」の「橋」を渡っているところ。
遠くに見えるのがハンプトン・コート宮殿。
この川はテムズ川の上流です。Img_1277周りには宮殿観光のための小さなホテルが何軒かあるだけで…Img_1280 「ヘンリー饅頭」や「八世せんべい」を売っている店など一軒もない。
ペナントも木刀も王将も木彫りの熊も売ってない。
ナ~ンにもない。
コンビニがなければ生きていけなくなってしまった日本人はココに滞在することは不可能だろう。Img_1281コレが入り口。

Img_1282「文字通り、楽しい時間はアッという間に過ぎるモノでございまして…」
「literally(文字通り)」はイギリス人がよく使う言葉。
コレはナニかの企画展をやっていたんだな。
向こうのこういう特別展示は押しなべて料金が高いけど、日本とは違って子供ダマシみたいなことを滅多にしない。
だから興味のあるヤツが開催されていたらドンドン見ておくべき。
日本にいたら一生お目にかかれないようなアイテムを展示しているケースが多いから。
Img_1283
私は「LONDON PASS」というロンドンの周遊券で入ったんだけど、ココの入場料も高いんだよね。
£25.30だっていうから今の為替レートで4,000円ぐらい。
何だか知らんが、こういう所の入場料って値上げのスパンがやたらと短いんだよね。Img_1284でも、ロンドンに行く機会があれば絶対におススメです。

Img_1077さて、周囲にはそんなに何にもないところだけど、宮殿の中には何でもある。
例えばこの回廊。
イギリスは天気が悪い日が多いし寒いでしょ?
そこで、宮殿の中にいても退屈しないようにヘンリーが何番目かの奥さんのために作ったいわゆる「ギャラリー」。
ギャラリーとしては世界最初とか聞いた。
要するに家の中に美術館があるというワケ。
このギャラリー、「ホーンテッド・ギャラリー(幽霊回廊)」の異名を取る。
ギャラリーはチャペルに面していて、死刑が決まってロンドン塔に送られる前にキャサリンがココへ逃げ込み、ミサに出席していたヘンリー八世に命乞いをしようとしたという。
キャサリンは取り押さえられ、命乞いは叶わなかった。
ヘンリーは後に「もし、キャサリンに面と向かって命乞いをされていたら、死刑を取り下げていたかも知れない」と語ったとか…ウソこけ!
でも、それだけキャサリンって美人だったんじゃん?
男は美人の涙には滅法弱いからね。
 
それからというもの、このギャラリーには泣き叫んで命乞いをするキャサリンの幽霊が毎晩出るという。
ま、こういう話は大抵尾ヒレが付いているもので、命乞いなどしなかった…という説もあるらしい。Img_1331そして、憐れキャサリンは泣く子もダマるロンドン塔へ…。

7img_0611 以前にも書いたが「オマエいっぺんロンドン塔へ行ってみっか?」というのは「死刑」と同じ意味だったらしいからね。Img_0106 ところが、今回ロンドン塔のことを調べていて意外なことを知った。
下は「タワー・グリーン」と呼ばれている広場。Img_0986以前アン・ブーリンの時に紹介したように、この広場でアンもキャサリンも斬首された。
アンの時はヘンリーが気を遣い、フランスから腕の良い死刑執行人と格段に切れ味の良い剣を取り寄せて首を落とさせた。
ああ、かわいそうなキャサリン。
この5番目の奥さんの時は、ホームセンター(ウソです)で買ってきた普通の斧で並みの死刑執行人がコトに当たったそうだ。
さて、その「意外なこと」とはナニか…。
「私、霊感が強いのでロンドン塔はダメなのよ~」みたいな話を時折聞くが、悪名高きロンドン塔のこのタワー・グリーンで処刑されたのはたったの22人だけだったらしい。
私はズッパンズッパンと首を切られた人たちがワンサカいたのかと思っていた。
もっともお墓があるのでそっち方面に対する霊感なら話はわかるが、恨み骨髄ココで首を落とされた人は全く多くなかった。Img_0990その22人というのも、7人までがヘンリー八世を中心としてテューダー王朝期(1485~1603年)に実施され、残りのウチの3人は18世紀に反逆罪の廉で、また残りの12人は20世紀になってからの話で2度の大戦中のドイツのスパイの処刑だったという。
ロンドン塔は今でこそ一般公開をしているが、昔は一般人は入ることができなかった。
そこで、非公開で社会的に地位の高い人たちの処刑をココで行っていたというワケ。
公開処刑というのは当時一般庶民の大きな娯楽だったからね。
いちいち詳しくやっていると長くなるので簡単に済ますが、ココで処刑された人たちというのは…
●ウィリアム・ヘイスティングス:エドワード4世の忠臣。反逆罪。
●アン・ブーリン:姦通罪
●マーガレット・ポール:メアリーの養育係。イチャモンを付けられて反逆罪。執行人の腕がマズく、斧を何度も振り下ろし、首や肩を切り刻んだという。ヒエ~!
●キャサリン・ハワード:姦通罪
●ジェーン・ブーリン:姦通幇助の罪(前述)
●ジェーン・グレイ:強欲な義父、ジョン・ダドリーのせいで「9日間の女王」となった悲劇の17歳。結果的に「ブラッディ・メアリー」の最初の犠牲者となった。
ジョン・ダドリーの息子であり、ジェーンのダンナだったギルフォードはココでの処刑を許されず一般扱い。
 
ジェーン・グレイは「レディ・ジェーン・グレイの処刑」が最近「怖い絵」というヤツで有名になりましたな。
アレ?何で室内?さっきの広場で処刑されたんじゃないの?…と思うでしょ?
そう、このフランスで描かれた絵はデタラメというか、いわゆる「つくり」。
19世紀に猛烈なイギリス・ブームがフランスで起こった時に空想で描かれた作品。
実際のジェーンの処刑から280年後のことだ。
服装からナニから実物とは大きく異なっているのだそうだ。Jgそれではいわゆる「ロンドン塔送り」になった身分のそう高くない人たちは一体どこで刑を執行されたのか?
 
地下鉄ディストリクト線とサークル線が停まる「タワー・ヒル」駅。
7img_0587駅舎から出て最初に目に入ってくるのはこのドカーンと広がるロンドン塔の姿。
実物の西洋のお城を滅多に目にすることのない我々にとっては息をのむほどの大スペクタキュラーだ。
私も最初にこの光景を目の当たりにした時は大いに感動したものだった。
ナゼにこの景観が生み出されているのかというと、手前側が小高い丘になっているからであろう。
そして、この丘の名前が「Tower Hill(タワー・ヒル)」というワケ。
一般の罪人の処刑は、このタワー・ヒルで庶民が見物する中で執行された。7img_0588ナンダカンダで「死刑」で首を落とされるのが一番ヘヴィな量刑だと思うでしょう?
実は斬首されるのが一番ラクな死に方だったんだって。
ま~、西洋の連中ってのは残酷でね~、「死刑」の上に「首吊り・内蔵えぐり・四つ裂きの刑」というコースがあって、先のトマス・カルペパー(キャサリンの浮気相手)にはこの量刑が適用された。
コレどういうのかというと、まず死刑囚を馬で引きずって処刑場に連れて行くというのが最初のコーナー。
そして、首を吊る。
首を吊ったら死んじゃうとおもうでしょ?
そうはさせない。
息絶える直前に首を吊っている縄を切って解放し、次のコーナーに移る。
コレがヒドイ。
生きたまま腹をかっさばいて内臓を取り出して火にくべるのさ。
もうこの時点で完全に死ぬわね。
でも、ご丁寧にその次のコーナーで首をはねて、身体を4つ以上バラバラに切り刻むっていうんだよ。
趣味悪いナ~。
この刑はイギリスだけでなくヨーロッパ全土で500年以上も続けられたそうよ。
野蛮だナ~。
下は2番目のコーナーの最中のようす。
見物人がタレ皿を手にしてハツだのミノだのを待っている…ウソです。失敬でスミマセン!
もちろんコレは見せしめのためなのね。
ちなみにこの「首吊り・内蔵えぐり・四つ裂きの刑」のことを英語で「Hanged, drawn and quarted」というらしい。
わかりやすい。
「draw」を辞書で引いてみるに、大修館書店「ジーニアス英和辞典 第3版」によると確かに「はらわたを取り出す」と出てる。
 
トマス・カルペパーはヘンリーの恩情(?)で、この刑だけは免れて普通の首チョンパに減刑された。

Draw 下はタワー・ヒルにある「Tower Hill Memorial(タワー・ヒル・メモリアル)」という建物。
戦没者とロンドン塔、並びにタワー・ヒルで命を落とした人たちの慰霊施設。
 
しからば、このタワー・ヒルでどれぐらいの人が処刑されたのかを調べてみた。
すると、どうも125人程度とされているようだ。
へ?
125人?…コレにはまたしても驚いた。
少なすぎね?7img_0811 しからば、我が日本はどうか。
江戸のケースを見てみましょうか?
ココは「首切り寺」で知られる南千住駅前の「延命寺」。
小塚原の刑場で死刑になった亡骸を埋葬している寺ね。
杉田玄白や前野良沢らによる腑分けもココで行われ『解体新書』が著された。
その小塚原で処刑された人数たるや20万人と言われている。
70r4a0027はい、次は小伝馬町の「牢屋敷跡」。
今は「十思公園」となっている。7img_6158 死刑を宣告されて入獄してきた罪人はココで処刑された。
その数10万人とか…。

7img_6167 牢屋敷の模型を見ると、なるほど施設の一番奥に「首斬場」というスペースが設けられている。7img_6144かの吉田松陰もココで斬首された。
松陰はココで首を落とされた後、上の延命寺に葬られた後、高杉晋作らの手によって掘り起こされ、世田谷区若林にあった長州藩邸に移葬され、最終的に萩の山の上に埋葬された。
その長州藩邸の跡地が今の松陰神社になっている。
ちなみに延命寺には「遺墳」という形で吉田松陰の墓石のみが残っている。7img_6169この小伝馬町の牢屋敷は色んな本に出て来るけど、とにかくヒドイ所だったらしい。
当時の刑務所に「更生施設」という意味合いは一切なく「罰を受ける所」ということしかなかった。
だから、ロンドン塔と同じく「小伝馬町行ってみっか?」は「死刑宣告」を意味した。
不衛生極まりない環境と相次ぐリンチで牢内で生きながらえることはほとんど不可能だったという。
シーボルト事件ではうまくかわした医者、高野長英はその後、モリソン号事件と幕府の鎖国政策を批判した廉で「蛮社の獄」で小伝馬町牢屋敷投獄されでしまった。
悪名高い鳥居耀蔵(ようぞう)ってヤツにやられちゃったんだね。
そこからの脱獄&逃亡を綴ったのが毎度おなじみ吉村昭先生の『長英逃亡』。
メチャクチャ面白いけど、読まない方がいい。
止まらなくなっちゃうからおススメしない。Ct 1837年、アメリカの商船に向かって日本が砲撃した事件が「モリソン号事件」。
この船に乗っていたのが音吉をはじめとする7人の日本の漂流民。
いわゆる「にっぽん音吉」というヤツ。
1年2ヶ月もの間洋上を漂流し、アメリカ西海岸に漂着。
ロンドンまで連れていかれた挙句、ようやくのことで故国に帰ってきたが、鎖国政策のため入国できなかった悲劇の人たち。
コレを題材にしたのが三浦綾子の『海嶺』。
ロンドン塔じゃないけど、音吉たちはキリスト教の博愛主義に感動するが、イザ宗教のこととなると信じられないぐらい残虐になることに大きな疑問を抱く。
あ、コレも読まない方がいいです…文庫で約1,200ページ、ぶっ通しで読める時間がある人だけどうぞ。
Kr私は恥ずかしながら上海経由でこの音吉の話を知った。
ホテルの近くに「ギューツラフ灯台」というのがあって、このギューツラフのことを調べているウチに音吉にたどり着いたのだ。
ギューツラフは親身になって音吉たちの面倒をみてくれた人。
後は『海嶺』を読んでください。
コレが夜のギューツラフ灯台。
400v もうイッチョ。
品川の先にある「鈴ヶ森刑場」。
叩くと鈴を鳴らすような石がココにあったことよりこの名前がついたとか。
東海道一の宿場のすぐ隣にこんなモノを作るとは何事か?と思うが、江戸に入って来る連中への戒めのためにワザとこのロケーションを選んだのだとか。
「江戸に来て悪いことしたらヒドイからな!」ということ。
吉原の花魁会いたさに130人も辻で人を切り殺して金銭を奪った平井(白井)権八や八百屋お七はココで処刑された。
記録が残っていないので確かなことはわからないが明治までにやはり20万人がココで処刑されているらしい。
もうひとつ八王子に刑場があって、小塚原、鈴ヶ森、八王子が江戸の三大刑場だった。
だからロンドン塔より全然スゴいワケよ。7img_5913さて、刑が執行される前、キャサリンは「トマス・カルペパーと結婚したかった」と漏らしたらしい。
一方、キャサリンの処刑を知ったアン・オブ・クレーヴズのお父さんであるクレーヴズ公爵は、すかさずヘンリーにアンとの復縁を提案したが、「ないない!それはない!」とキッパリ断られてしまったとか…。
下はキャサリン・パーのもうひとつの肖像画。
コレで19歳か!
Ch2キャサリンの亡骸は写真の奥に見える「セント・ピーター・アド・ヴィンキュラー王室礼拝堂」の地下にアン・ブーリンと共に眠っている。
Img_0987さて、このヘンリー・シリーズをスタートして足掛け3年。
いよいよヘンリー八世の最後のお妃が登場する!
トリを飾るのはキャサリン・パー(Catherine Parr)。
また「キャサリン」だよ。
だから6人の妻のウチ、アンが2人、キャサリンが3人という極めて狭い選択肢。
ややこしいけど、少なくとも徳川15将軍よりは覚えやすい。
最初と最後の方は何とかなるが、9代家重から家治、家斉、家慶あたりはキャラが薄くてどうにも覚えられん。
会ったこともないし。
 
で、キャサリン・パー。
名前は「パー」だけど、とてつもない才女だった。
  
キャサリン・ハワードの処刑は世間にも大きな衝撃で、そう簡単に王は新しい妻を娶ることはできないのではないか?という評判だった。
そりゃ、自分の奥さんを2人も処刑するわ、2人を追い出しちゃうわで、そんなアコギなことをする王様のところへ嫁入りするような変態女性がいるワケない。
ヘンリー50歳…病気持ちの百貫デブ…でも結婚したくて、したくてしようがない。
そこで見初めたのが地方貴族出身でバツ1、イングランド北部の大地主であるラティマー卿夫人。
この女性がこの時30歳のキャサリン・パー。
ラテン語、ギリシャ語、フランス語、イタリア語に堪能な語学の天才。
キャサリンは特段美人ではなかったが、ヘンリー自身も超インテリだったので、こういう学のある女性が好みだったのだろう。1200pxcatherine_parr_from_npg_2高齢だったラティマー卿は莫大な財産を残してあの世に行ってしまう。
落胆するキャサリンに資産目当てで付け入って来たのがトマス・シーモアという男。
写真では頭のボヨヨンが気になるが、なかなかのハンサムだったらしい。
シーモア、シーモア…聞いたことがあるでしょう。
そう、この人、ヘンリーの3番目の奥さんのジェーン・シーモアのお兄さん。
実にややこしい。
「ぬぁにお!」と一気に嫉妬の炎を燃やしたのがヘンリー。
常任大使としてシーモアをブリュッセルにスッ飛ばしてしまう。Tsそして、どうにも逃げられなくなったキャサリンはヘンリーの妻となることを決心する。
コレは2人の結婚を証明する書類。
日付は1543年7月12日。
「キャサリン」の綴りが「Catherine」でも「Katherine」でもなく「Kateryn」となっている。
大昔はこう綴って「ケイトリン」と発音したのであろうか?

7img_1324結婚式は、27歳のメアリー、9歳のエリザベス、その他ごく少数の人を迎えて、ハンプトン・コートのプライベート・ルームで執り行われた。7img_1325イヤイヤながらもヘンリーと結婚したキャサリンは観念してか誠心誠意夫に尽くしたという。
ココがキャサリンのスゴイところ。
もうヘンリーの身体はボロボロで、立つことすらできず、2本の足は身体にくっついているだけという悲惨極まりない状態だった。
普通であれば、看護婦にその面倒を任せるところであるが、キャサリンは自ら進んで直接ヘンリーの世話をした。
そんな優しい性格や態度のおかげで、エリザベスは初めてのお母さんとして接し(お母さんのアン・ブーリンはエリザベスが3歳の時に父に処刑されているから)、生後すぐに母を失ったエドワード王子も実の母のようにキャサリンになついた。
メアリーとは元からの知り合いだったので、ますます親交を深めることになった。
1945年、キャサリンは王室の女性で初めて『祈りと瞑想の収集(Prayer or Meditations)』という本を著す。
ヘンリーはその内容に感動し、彼女のあまりの教養の高さに嫉妬したという。
その著書は大成功を収め、義娘のエリザベスがラテン語、フランス語、イタリア語に翻訳して、それを新年のプレゼントとしてヘンリーに献呈した。
どれだけ優秀な人たちなのよ!?
 
そうしてうまく宮廷での生活を送っていたキャサリンであったが、宗教上の問題が彼女に降りかかり、逮捕状まで出され、ヘンリーもその罪状を認めたもののキャサリンの機転により心変わりをし、無罪放免となるひと幕もあった。
その時、ヘンリーは「もう2度とお前を疑うようなことはしない」と誓ったのだそうだ。
ヘンリーが弱っていたこともあったろうが、キャサリンは王からの絶対の信頼を得ていたのだ。
  
下は以前にも紹介したことがあるが、1545年ごろに描かれた作者不明の絵画。
中央はもちろんヘンリー八世。
向かって左の女性がメアリー、その反対側に立っているのはエリザベス。
ヘンリーの向かって左の子はエドワード王子。
そしてその反対側でヘンリーの傍らにいるのが3番目の妻、ジェーン・シーモア。
ジェーンが亡くなったのは1537年のことで、この絵が描かれた時にはすでにこの世にいない。
誰がこの絵を描かせたのかというと、キャサリンだった。
ジェーンが亡くなった時、ヘンリーは「世が死んだ時はジェーンと共に葬ってくれ」と言い残したぐらいで、ヘンリーがジェーンのことを想い続けていたのをキャサリンは知っていたのだ。
なんたって世継ぎのエドワードを産んだ人だからね。
この絵はキャサリンが弱り切っていたヘンリーを励まそうと、彼が最も幸せであろうシチュエーションを描いた空想の絵画なのだそうです。
キャサリンの気配りと知恵、おそるべし。
80そして、1547年1月26日、ヘンリー八世崩御。
イヤイヤながら結婚したキャサリンではあったが、情が移ったのか、心から涙を流したという。 7h8皇太后となったキャサリンは宮廷を去る。
それに目を付けたのがかつての恋人トマス・シーモア…あのボヨヨンだ。
いまや地位も金もあるフリーの元カノ。
キャサリンもハンサムな元カレに惹かれてしまう。
…ってんで、ヘンリーが死んでたった3ヶ月後に結婚に踏み切ろうとしたが、宮廷の摂政協議会というところから物言いがつく。
困ったシーモアは今では王となっているエドワードに泣きつく。
エドワードはやさしいシーモアおじさんのことが好きだし、何より大好きな継母のキャサリンと結婚するのであれば、とOKしちゃう。
メアリーは大激怒。
しかしエリザベスは大歓迎。
そして、シーモア夫妻とエリザベスはヘンリーがかつてジェーンのために建てた「チェルシー宮殿」に一緒に住むことになる。
コレがいけなかった。
「臍下三寸人格なし」…キャサリンの妊娠中にシーモアが「義理の親子丼」をやらかしてしまう。
写真はその頃のエリザベス。Er コレを機にエリザベスはチェルシー城を離れ、後に詫び状をキャサリンに送るも終生仲直りすることはなかった。
それでもキャサリンは高齢による身の危険を覚悟にシーモアの子メアリー(またメアリーかよ!)を産むが、産褥熱で36歳の生涯を終える。
メアリーも夭折した。
そして、この1年後にシーモアは大逆罪の廉で斬首されている。
 
はい、コレでヘンリー八世の6人の妻のトリ、キャサリン・パーもわかった。
曲を聴いてみましょう。
リックはアルバムでも「Catherine Parr」という曲を最後に持って来ているよ。
H8まず、いかにもリック・ウェイクマンらしいオルガンをフィーチュアしたメイン・テーマがカッコいい。
このリフ、ズッと同じフレーズを繰り返しているのか思っていたんだけど、よく聴くと1回目に出てきた時と2回目とではフレーズが違うんだね。
1回目目は普通に4つの16分の音を並べているだけなんだけど、2回目に出てきた時は3つにグルーピングされている。3回目は4つずつ…4回目も4つずつ。
すると2回目だけ変則なのか?ミスってんのか?気のせいか…?
ま、いいや。
他の曲と比べるとやや淡泊な印象だけど、アルバムの最後を飾るに、また、ヘンリーの6人のお妃の中で最も平和に結婚生活を送った聡明な女性に捧げるにふさわしい1曲ではなかろうか?
 
ヘンリーについて最後にもうひとつ。
最晩年は梅毒に罹った身体は生きながらにして腐敗が進み、そのグロテスクな出で立ちはバケモノそのものようであったらしい。
遺体は鉛のお棺に納められ密封された。
しかし、棺の内部で亡骸が腐敗して大爆発したとか。メタンガスか?
死しても迷惑なヘンリー八世。
大したもんです。

しかし、考えてみるにヘンリーの悩みはいつでも「お世継ぎ」だった。
6人も奥さんがいて、結局生まれた男の子はエドワードだけ。
イギリスも「お妾制度」というか、「側室」のシステムがあればヨカッタのにね~。
宗教上の理由だったのかな?
そこへ行くと日本はスゴイよね。
お家を安定して継続させるために奥さんがダンナに「お妾を作って男児を産ませなさい」とやるのは珍しくなかった。
武士の名家だけでなく、大店を抱えている商人もそれをやった。
幕末の勘定奉行としてロシアのプチャーチンとの交渉を担当した川路聖謨なんかは、奥さんと一緒に若くて健康な妾候補を探したっていう話が残っている。
ま、ココの奥さんはズバ抜けて優秀な人だったらしいんだけどね。

反対に、もし最初の奥さんのキャサリン・オブ・アラゴンがいわゆる「犬っ腹」で元気な男の子をジャンジャン産んでいたらどうなっていたか?
それはそれでヘンリー亡き後、相続をめぐって骨肉の争いが繰り広げられていたのではないか?
何も持っていないのが一番だわ。
H82さて、『ヘンリー八世と6人の妻』の物語はコレでおしまい。
いかがでしたでしょうか?
「リックはそれぞれの女性のイメージを音にしたワケではない」とジャケットに断り書きを入れているけれど、6人の奥さまがヘンリー八世によってどんな生涯を送ったのは気になるところ。
また、そういう付帯する情報を知って音楽を聴くのはとても楽しいものです。
少しでも、そうやってアルバムを聴く時のご参考になれば幸いです。
長い間、ご高覧ありがとうございました。
コロナの先行きが未だもって不明な時期が続いているけど、きっとまたイギリスに行く機会が訪れることでしょう。
その時にはまたハンプトン・コート宮殿に行って来ようかと思っています。
  
これまでの記事のリンクを掲げておきます。
ご興味のある方はゼヒご覧ください。
【イギリス-ロック名所めぐり】
vol.28~ヘンリー八世と六人の妻 <その1>
vol.34~ヘンリー八世と六人の妻 <その2:アラゴンのキャサリン>
vol.64~ヘンリー八世と六人の妻 <その3:アン・ブーリン>
vol.65~ヘンリー八世と六人の妻 <その4:ジェーン・シーモアとアン・オブ・クレーヴズ>
 

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