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2021年3月15日 (月)

犬神サアカス團:単独興行2021<生き地獄遍>~私の松戸

 
千葉の松戸。
水戸街道の千住の次の宿場だったので、江戸の昔から賑やかだったそうだ。
遠いゼ~、水戸って。
東京から120km近い。東海道でいえば三島ぐらいか?
去年、初めて行ったけど、遠かった~。
その点、松戸は江戸川を渡ってすぐだからね、お隣さんだ。10チョット歴史っぽい話。
犬っ子の皆さんならお好きでしょう、歴史。
 
幕末の水戸藩の志士、関鉄之介を描いた吉村昭の『桜田門外の変』なんて読むと、昔の人たちは水戸から江戸まで平気で歩いていたことがわかる。
Mh 替わってコチラは日比谷線南千住駅の真ん前にある回向院。
両国にも「回向院」があるけど、コチラの回向院はかつてそこの別院だった。
両国の回向院は元々1657年の「振袖火事」として知られる「明暦の大火」の犠牲者10万8千人を葬ったのが始まり。
一方、コチラは近くの小塚原刑場での刑死者を葬るために建立された。
その刑死者の亡骸は「腑分け」といって、人体解剖に供された。
「解体新書」で有名な杉田玄白や前野良沢は、役人の立ち合いのもと、ココでその腑分けを行った。
この腑分けや小塚原には興味深い話がたくさんありましてね、今はお休み状態だけど、『私のディープ浅草』として、いつか犬神さんの記事の中で触れたいと思っている。
120r4a0114さて、この回向院にその関鉄之介の「遺墳(いふん)」がある。
で、この「遺墳」という言葉…調べてみると、字面はもっともなのだが、この言葉は辞書に出ていない。
私は持っていないんだけど、三省堂の『大辞林』にも出ていないそうだ。
ようするにお墓なんだけど、ダミーっぽい。
というのは鉄之介の立派な墓が水戸にあるから。
実はココにはあの有名な吉田松陰の墓もあるんだけど、松陰の故郷の萩にもあるワケ。
で、山岡荘八の『高杉晋作』を読むと、「吉田松陰の墓を掘り起こすために小塚原へ行った」という場面が出て来る…ように記憶している。
このように刑死者を一旦葬った墓のことを「遺墳」と呼ぶ…のかしらん?
私も金田一じゃないので辞書に出ていない言葉は正確にはわかりません。
ちなみに鉄之介は小塚原ではなく小伝馬町の牢屋で斬首されたようだ。
小伝馬町がまたスゴイんだわ…コレはまた別の機会に。120r4a0509_2回向院の前を走る通り。
12img_8270この通りを「コツ通り」と呼ぶ。
もちろん「コツ」とは「骨」のことだ。
小塚原にたくさんの骨が埋まっていたから。
どうよ、犬神らしくなって来たでしょうが?
吉原は「中」、品川は「南」、洲崎は「辰巳」、そして千住にあった遊郭のことを「コツ」というアダ名で呼んだんだね。12img_8268はい、松戸に戻ります。
そんな東京のおとなりさんの松戸でも、昔は遠かった。
というのは、私は小学校の低学年の頃、すなわち昭和45~46年(1970~1971年)ぐらいまで松戸にあったプールに通っていたことがあったのだ。
コレがすごく遠く感じたんだよね。
何で東京からワザワザ松戸のプールまで足を運んでいたのかというと、当時は「スイミング・スクール」なんてモノが盛んになり出した頃だったんだけど、プールがどこにでもあるという環境ではなかった。
もちろん屋外のプールは公営のモノが普通にあったけど、温水プールはまだ珍しかった。20_2その松戸のプールは「新松戸スターランド」といった。
松戸が地元である犬神の明兄さんとこの話をするたびに、都度「それは…もしかしたらサニーランドではないですか?」と慇懃な態度でお答え頂く。
「イエイエイエ、『サニー』ではなくて『スター』。黄色い三角の建物で、50mプールがあったんですよ」と説明してもどうもピンと来ないようなのだ。
アレだけの立派な設備を擁したプールを地元の方がご存じないとなると、いよいよ自分の記憶違いなのか?と思わざるを得なくなってくる。
あんなによく通ったのにナァ。
今回の取材でお邪魔した際にも明兄さんとこの話になった。
すると、それを聞いていた新しく犬神サアカス團に加入した若いベーシストが、「アレはサニーランドとは別で、スターランドは北小金にあったんですよ」と教えてくれた。
やっぱり、あったんだ!
12busせめて黄色い三角の建物の写真をだけでもインターネットに出てはいないか?と血眼で探してみても見つからない。
すると、外観の写真はないものの、一般の方のブログでこんなタイトルの投稿を見つけた。
『昭和40年代、松戸のスターランドに初の水泳クラブ』
そこにはこのスターランドの成り立ちついて簡単に書いてあるのだが…フーム、コレはオモシロイ。
そのインターネットの解説によると、このスターランドは「小金牧(こがねまき)」の牧士(もくし)の子孫である湯浅さんという方が経営していたらしい。
「牧(まき)」というのは幕府直轄の放牧地のことで、その管理をするのが牧士の仕事。
小金は、水戸街道の松戸の次の宿場でかなり栄えていた。
その中でも湯浅家は広大な敷地と豪壮な屋敷を構える地元の名士で、時代は下り、このスターランドは湯浅さんのかつての屋敷の一角に立てられていたという。
アレ、個人の家の中にあったのかよ!
まるでイギリスの「マナーハウス」だな。
その光景がハッキリとは思い出せないが、子供の目にはかなり山の中のロケーションという感じに映った。
北小金かなんかの駅まで送迎バスが行き来していて、しこたま泳がされた後、「なみだロート」で目を洗って、の帰りのバスの中でお母さんが作ってくれたおにぎりを食べるのが大きな楽しみだった。
売り物は別にして、私はお母さんと家内が握ってくれた以外のオニギリを食べることができません…そんなことはどうでもいいいか。
プールは冬季にアイススケート場となった…というから、通っていたのは夏の間だけだったのかな?
冬も通ったような気がするんだけどな~。
今でいう「トレーニング・ジム」のようなものも併設されていて、新松戸に住んでいた、後に宇宙飛行士となる毛利衛さんも通っていたそうだ。30でも、高校になると「私の松戸」はガラリと様相が変わった。
松戸出身のバンド、ウシャコダだ。
下は当時の週刊ポストの巻末の写真ページのスクラップ。
「今ロック界で注目されているバンド」みたいな特集で、他に「東京おとぼけキャッツ」や「なぞなぞ商会」が紹介されていた。
写真は渋谷の屋根裏だね。
私も屋根裏でウシャコダを何回か観た。
オモシロかったな~。40
「屋根裏のウシャコダ」と言えば、一度、三上寛がゲストで登場したことがあった。
ウシャコダがバック・バンドを務めた「なかなか」というシングル盤のプロモーションだったんだね。
「♪吉美家の牛丼はなかなかにうまい」と歌い出すこの曲。
もちろん「吉美屋」とは「吉野家」のこと。
曲が終わって、三上さんがステージを降りると、ウシャコダのボーカルズの藤井さんが「吉野家はツブれたよ~!」とおっしゃったの覚えている。
そう、このライブは昭和55年(1980年)…その年、吉野家は120億円の負債を抱えて倒産したのだった。
この曲もいいんだけど、その前に三上さんがギターの弾き語りで演奏したB面の「大感情」という曲に感動しちゃいましてね~。
次の日、シングル盤を買いに行ったんだけど、アレ、いつの間にか無くなっちゃったナ。
下はインターネットから拝借したもの。

Kan

「ウシャコダ」というバンド名は、海外の曲名だか歌詞からの引用ということは知っていたが、今回明兄さんからそれがソカの曲「Wish I Could(発音は'ウィッシャイクッド')」であることを教わった。
「ソカ」というのは「ソウル・カリプソ」のことね。
今回知ったんだけど、この「Whish I Could」という曲は他にもゴロゴロあるのね?
でも、重篤なイギリス病に罹患している私にとっての「Wish I could」はもっぱらコレ。
1967年のThe Kinksのアルバム『Something Else by The Kinks』の1曲目。
50cd「David Watts」という曲。
 
ボクはトロいお人よし
水とシャンペンの区別もできゃしない
女王様に会ったこともない
彼みたいだったらいいのにナァ
デヴィッド・ワッツみたいだったらヨカッタのにナァ
 
と歌われる。この最後の行が私の「ウッシャイクッド」。
コレを英語でやると「♪ I wish I could be like David Watts」となる。
いわゆる「仮定法過去」。
「現在の事実とは異なる状況を表す表現」ってヤツ。
「デヴィッド・ワッツみたいだったらよかった」のに、「でも実際は違う」…と、そこに書いていなくても書き手の残念な気持ちがコレで表現されるってんだけど、この「仮定法」ってのは日本語にない語法なので、なかなかピンと来ないんだよね。
「I wish I could be with you!(一緒にいられればヨカッタのにナァ!)」とか決まり文句で覚えちゃう。
そういえばPink Floydの『炎』もコレと同じだわ。
アレは原題が『Wish You Were Here』だから「アナタがここにいたらヨカッタのに(でもいない、まぁ残念ね)」という風になる。Pf この「David Watts」の中に「ウシャクッビーライク」とか「ウシャウシャ」とか盛大に「ウシャコダ」が出て来る。
もう~The Kinksが好きで、好きで!60cdどれぐらい好きかというと、中心メンバーのレイとデイヴのデイヴィス兄弟のロンドンの生家まで行っちゃうぐらい好き。
明兄さんも好きとおっしゃっていた。120r4a0064 もちろん松戸のウシャコダも大好きでね~。
向かって右はデビュー・アルバムの『土一揆』。
サインが入っているでしょう?
コレ、昭和55年(1980年)9月、私が高校3年生の時に日比谷の野音の客席で見かけたウシャコダのベースの恵福さんとドラムスの井野さんから頂戴した直筆サイン。
ナゼか偶然このレコードを持っていたんだよね。
本当の偶然だった。
では、ナニを観にいっていたのか…。
70
時は第一次漫才ブームの真っ只中。
タイトルは忘れてしまったが、とにかく「漫才とロックの融合」みたいなイベントだった。
当時は歌謡界とロックは全くの別物で、今のように「ロック」と呼ばれる音楽はまだまだ一般的な存在ではなかった。
そんな中、漫才サイドから出演したツービートのたけしさんはロッド・スチュアートの「Hot Legs」なんかを歌っていた。
バックバンドを務めていたのは東京おとぼけキャッツだった。
終演後、会場に来ていた友達の玉川くんが「あ~あ、モノマネ見たかったな~」と言った。
この日はバック・バンドに徹していたので、おとぼけキャッツのネタは一切演らなかったのだ。
「今日はイギリスからゲストがお見えになってます!ジェフ・ベック先生です!」「皆さん、こんばんは~、イギリスから来たジェフ・ベックで~す」と「Led Boots」の一節を弾いたりする芸が当時なんであんなにオモシロかったのか?
今にして思うと、プロ・ミュージシャンが一流の技術で上手にコピーをして真剣に演奏している様子がスゴくもあり、オモシロくもあり…ということになるのではなかろうか?
あの時代、プロは絶対にコピー曲を演奏したりすることがなかった。
まだ、「カバー」とか「トリビュート」というような耳障りの良い言葉はなかったし、コピー・バンドがライブハウスに出えられるチャンスなんてまずなかったのだ。
「プロ」と呼ばれる人たちはみんな自分たちだけの音楽を作ることに専念していたからね。
もちろんコピー・バンドにお金を払うお客さんもいなかった。友達のバンドの発表会みたいな場合は別ですよ。
そんな背景があったので、あのおとぼけキャッツのネタがオモシロかったのではないか…なんて考えてしまった。
実際、おとぼけキャッツの演奏はスゴくて、当時からThe Brecker Brothersの「Some Skunk Funk」とか演っていたからね。
私もコレを観に東京タワーまで行ったクチよ。
「屋根裏五日間連続出演」なんてのも行った。
下はリリースされてすぐに買ったファースト・アルバム。
なるほど、コレも昭和55年だったのね?
透さん、若い!
120r4a0763 この時、出演したバンドのお手伝いをさせてもらっていた関係で楽屋に入れてもらうことができた。
その頃の野音の楽屋はまだ木造だったんだよ。
何しろその頃は空前の漫才ブーム。
「もしかしたらテレビで人気の漫才師たちにサインをもらえるかも?」と、ワザワザ色紙を用意して行った。
そしてサインをもらった!
 
コレは「ザ・ぼんち」…そうなんです。
と言っても若い人は知らないだろうナァ。
おさむちゃんはすごく感じが良くて、ニコニコ顔でサインしてくれた。
この色紙に日付が入っていたので、上のレコードのサインもいつもらったのかがわかる…というワケ。
72vコレはゆうとぴあ。
あのゴムパッチンのね。
73vそしてコレはツービート。
他に『わっ毒ガスだ!』というツービートの著書にもサインをしてもらったのだが、いつの間にかどっかへ行っちゃった。
コレらの色紙だけ、何十年も経ってから出て来たの。
下のツービートのサイン、ほぼ全部たけしさんがしてくれた。
たけしさんもまだ人気が出始めた頃で、とても愛想がよく「はいはい、サインね、もちろんいいですよ~」ってなもんだった。
きよしさんは傍らで弁当を食べていて、たけしさんに「おい、サインしてやれよ」と言われ、箸を咥えながら「きよし」と名前だけ入れてくれた。
この2年後ぐらいに慶応大学の医学部の大学祭で再びツービートとご一緒させて頂く機会があった。
その頃、たけしさんはもう押しも押されぬ大スターで、楽屋は別、舞台裏ではお顔を拝見することすらできなかった。
「オールナイトニッポン」オモシロかったもんね~。
一方、きよしさんは野音の時とは違ってものすごく愛想がよくて、「イヤ、も~大変でさ~」と、舞台袖にいた私に色々と話かけて来てくれた。
いい思い出だ。
71vこんなシングル盤も買った。
調べてみるとこれも昭和55年(1980年)のリリースだったようだ。
もちろんタイトルは松坂慶子が昭和54年にヒットさせた『愛の水中花』のパロディ。
この頃、天中殺が大ブームだったからね。
一時「天中殺よりコワイ水中殺」なんてやっていたような気もするんだけど、今、インターネットで「水中殺」と検索してもナニも出て来ないわ。
リズムはレゲエ。
レゲエも流行り出しの頃だったのかな?
私はB面の「田舎デスコ」という曲が大好きだった。
ライブで演っているのも聞いたことがあるんだけど、メチャクチャおもしろかったナァ。80コレを買ったのは新小岩の駅前の商店街の中にあった「トーホー堂」。
演歌歌手は「トーホー堂の前でビール・ケースの上に立ってプロモーションをしないと売れない」と言われた演歌界では相当名の知れた「町のレコード店」だった。
時々お店を手伝っていたそこのお嬢さんが私と同じ歳ぐらいで、背が高く、なかなかの美人ちゃんだった。
上の『土一揆』もそうだが、チャクラのファースト・アルバムもこの店で買ったな。
この頃、秋葉原の石丸電気以外でレコードを買うことはまずなかったので、すごくよく覚えているのだ。90この頃から20年以上経って、ウシャコダのヴォーカルズの藤井康一さんとウクレレの仕事で少しご一緒させて頂く機会があった。
ジミー・ランスフォードの話をしたのが印象的だった。
さらにそれから20年近く経って…一昨年かな?
浅草の東洋館で藤井さんの舞台を観た。
高木ブーさん座長を務める「ウクレレ漫談協会」みたいな団体のお披露目の公演だった。
下の写真の真ん中で赤いズボンをはいている長身の方が藤井さん。
ポカスカジャン、ぴろき、タブレット純さんらに混ざって藤井さんは牧伸二さんのネタを披露した。
とてもオモシロかった。
そういえば藤井さんも一時期サキソフォンでおとぼけキャッツに参加されていたな。
で、この時「Marshallのシゲさんですよね?」と見知らぬ女性から声をかけられて本当に驚いた。
ライブハウスならそれも珍しくないんだけど、ココは浅草六区の演芸場ですからね~。
外では滅多なことはできないな…と思ったよ。

ちなみに、上で紹介した東京おとぼけキャッツのジェフ・ベック先生こと来住野潔(当時はキー坊キンタ)さんは奥さんとコンビを組み「世田谷系面白音楽」を標榜した「めおと楽団ジキジキ」で東洋館に時々ご出演されていて、ドンキの前でお見かけしたことがある。
いつかそうる透さんにこのことを話したら「そう、彼はね、ホンモノになったんだよ」とおっしゃっていた。
カッコいい。
100以上が「私の松戸」。
「どこが松戸じゃい?」ってな感じだけど、ココから先の現場は正真正銘、松戸です。
今日は『単独興行2021<生き地獄遍>』と題した犬神サアカス團の無観客/配信のライブ。
タイトルにある「遍」という字は私のタイプミスではない。
もちろんこういう時、普通には「編」という字を用いるが、ココでは故意に「遍」という字を当てた。
理由を聞いたワケではないが、「遍」というのは「行き渡る」という意味があるので、それを狙ったのだろう。
「普遍的」の「遍」だ。
つまり、今のコロナの時代「アナタ生き地獄、ワタシも生き地獄、同じ生き地獄ならいっそ狂ってロックンロール!」ということ…なんじゃないのって勝手に思わせて頂きました。

210v会場は松戸駅から徒歩8分のところにある『STAGE V(ステージ・ヴイ)』。110コロナ渦中で多くライブハウスが苦戦を強いられているにもかかわらず、昨年の9月にオープンされたという。
快挙である。
まさにこの「V」がコロナに勝つための「Victory」の「V」に見えてくるではないか!

120v一方、ドラム教室の生徒さんも募集中だ!130v店内に飾られた犬神サアカス團のシングル盤のコレクション。

140vおお~、さすが。
出典も飾ってある。

150vさて、ステージの上は…
明兄さんのNATAL。160久しぶりだナァ~。

170ギター・アンプはJCM2000 TSL60と1960Vのフルスタック。180vコチラはこの日は使われなかったがJVM401Hと1960のフルスタック。
今どきスゴイな~、ありがたいな~。190v…と思ってお店のチラシの裏に出ている機材リストを見てビックリ仰天!
JVMやJCM2000だけでなく、AVTやらJMD(CMD50というのはJMD50のことだと思う)まであるでないの~!
ヘタな楽器屋さんよりよっぽどスゴイな。
ありがとうございます!200さて、2019年11月9日の『Marshall GALA2』以来の犬神サアカス團!220犬神凶子

230v犬神明

240v犬神リンダ

250v犬神エイジ

260v犬神敦

270vメンバーが入れ替わって初めて耳にする犬神サアカス團の生音。
1曲は現メンバーになってからリリースした音源「目障りな異分子」。2803/5が世代の異なるメンバーとなって、果たしてどうなるかと正直チョット心配していたが…犬神サアカス團だわ!

290オルガンがいい感じ!
実は日本語で演る洋式のロックって鍵盤楽器のサウンドがシックリくることが多いんだよね。

S41a0044ギター・ソロの雰囲気が変わるとバンド全体の雰囲気も変わるもんですナァ。300「こんばんは、犬神サアカス團です。
みんなコメントありがとうございます。
コメントどんどん書いてくださ~い!ネガティブなことを書かれるとヘコんでしまうので書かないでくださ~い!」
わ~か~る~!ネガティブはイヤだよね~。

310v2曲目は「赤猫」。
コレ、「あかねこ」じゃなくて「あかぬこ」って読むの?320「赤猫」といえば、昨日の朝は大変だったよ~。
今、人生で何度目かの落語ブームの真っ最中で、一昨日桂文楽の「富久」を聞いてから床についた。
いいね、文楽の「富久」てぇヤツは。もう何回聞いたかわからん。
「桂文楽」ったってペヤングじゃないよ。
先代の八代目文楽、「黒門町の師匠」だ。
Km 朝、6時チョット前、けたたましい消防車のサイレンの音に飛び起きた!
ち、近い!
現場はウチのすぐ裏だった!
「富久」の方の火元は、隣の「糊屋のバアさん」の貧乏暮らしで点した爪の火だったが、こっちは近くの「肉屋のバアさん」だった。
サツマイモをチンしていたら煙が上がってビックリして119番したとか…。
火さえ出ていなかったらしい。
にもかかわらずこの消防車と消防員の数!
12f2人騒がせなことだが、大事に至らなくて本当にヨカッタ。
ところで、この落語によく出てくる「糊屋のバアさん」ね。
私は長い間「海苔屋のバアさん」かと思っていた。
「糊」といっても紙を貼り付ける「糊」ではなくて、洗濯の方の「糊」ね。英語で言えば「starch(スターチ)」…つまりデンプンのこと。
考えてみれば、昔、紙に使う糊はゴハンを使ってみんな自分で作っていただろうからね。
「赤猫」だったらどうしようかと思ったよ。
ちなみに、「赤猫」のことを英語で言うと…「Red cat」ではない。
「arson(アーソン)」という。
Marshall Blogでは第二次世界大戦後のイギリスで起こった最悪のアーソンのことに触れたことがあるので興味がある方はコチラをどうぞ⇒【イギリス-ロック名所めぐり】vol.56~変わりゆくロンドン <その6>デンマーク・ストリート(後編)
F1そして、『地獄の子守唄』から犬神クラシック「廃墟の街」。
何とも重苦しいワルツ。
この曲のサビはムズカシイぞ~。

330_hm随所に出て来るギター・ソロ。
リンダくん、気合を入れて弾いてくれました。

340ココのMCではメンバーからそれぞれひと言ずつご挨拶。S41a0265曲は続いて『死ぬまでROCK!』から「ビザール」。

360_bz殺人鬼ビザールの物語。
久しぶりに聴いたけど、この曲ってカッコいいな。
ちょっとフリート・ストリートの『Sweeney Todd』をイメージしてしまった。
370v「bizarre(ビザール)」とは「風変わりな」とか「奇怪な」というチャンとした英単語。
実際に向こうの人が使っている言葉。
または1960年代の後半にフランク・ザッパが運営していたレーベルの名前。
ということぐらいしか私は知らない。
曲は全然ビザールではない、これまた重苦しいワルツ。

12bizarre_3 続けて「マッチポンプ」。
コレはわからん。
ギターが大活躍!380「尿道とっくに溜まりました~。お団子食べま~す」
コレはナンですか?
チョット見ない間にスッカリ置いて行かれてしまったようだ。390v次々と送られてくるコメントをチェックするメンバーたち。
もちろんネガティブなモノはない。
「明兄さん、『曲がいい』とすごくホメられてますよ!」0r4a0054 「そうだね、ウチは曲がいいね!」
いいです。
540_mcホメられたところで次…コレはおなじみ「恐山」。400_oz何となくですが、ココまで比較的渋めの選曲ですな。
談志の落語みたいに、始めおとなしくして聞き手を引き付けておいて、後でドーンのパターンかな?410vメンバーが変わって1年。
25年以上にわたって書き溜めた膨大なレパートリーがあるでね。
この1年の間にナニから手を付けたのか…という楽しみもあるよ。
420v_mc「尿道とっくに溜まりました~。お団子食べま~す」
あんまり何回もやるのでさすがに気になって明兄さんに教えてもらったよ。
「♪ 尿道の奥にたまったドス黒い憎悪のカタマリ 膨れ上がった膀胱を破裂させて身体の中へ逆流させる今」という「逆流」という曲の歌詞の一部だったのね?
こんなことしたらエリック・ドルフィーみたいに「尿毒症」で死んでしまうよ。
この曲を演奏しているのをコレまで見たことがないし、収録しているアルバムも持っていないので知らなんだ。
で、以前からやっているツイキャスで投げ銭があるとこのセリフをキメてくれる…という背景があったのか。350v_mc「運命のカルマ」が続く。430_ukなんかホッとするナァ。

440「桜散る中」でレッツ・ゴー!
ノッて来たぞ~!
480_myスモーク散る中、凶子姉さん熱唱!
460もうイッチョ「道行き」をブッ放す!

470はいはい、またコメントのチェックね。
どれどれ…
「バックドロップが欲しい」
「このライブを映像化商品化して欲しい」
配信はこうして観ている人と交信できるのがオモシロイといえばオモシロイね。
普通のライブじゃこうはいかないもんね。12s41a0108 「薔薇迷宮」…コレも初めて聴いた。
520v_kc次は思い出の曲…っていっても最近のことだけど。
『Marshall GALA2』でも演ってくれた「暗黒礼賛ロンクンロール」。

0r4a0015 時代は下って『玉椿姫』から「虚像の誓い」。
490v_mcココではオリジナル音源通りに敦くんがベース・ソロを披露。
530v「次はコレでハジけたいと思います!」とタンバリンを手にしたのは「ビバ!アメリカ」。550_va明兄さん、鬼気迫るドラミング!
それに忠実に答えるNATALドラムス!
555vさらに「命短し恋せよ人類」と犬神スタンダードが続いてゴキゲン!560_hb次で本編最後。
その前にメンバーからひと言。
 
「皆さん、コロナの中ストレスが溜まっていると思いますが、このライブを見てスッキリして欲しいと思います!」
12s41a0263「配信ライブもいいんですけど、生のライブも見て欲しいと思います!」

S41a0266「楽しかったです!
どんな形でも我々は楽しい時間をお届けしたいと思います!」

S41a0269 そして、明兄さん。
「そうだね。
ライブは3か月ぶりかな?明けましておめでとうございます!
このメンツで改めてやって行こうと思いますのでよろしくお願いします!」S41a0271 最後を締めくくったのはシットリと「箱舟」。S41a0093 もちろんアンコールもあったよ~!

570_imko「光と影のトッカータ」で5人が燃え尽きた!580v

590

600v

620v私の持論で「ロックバンドは歌とドラムス」というのがあって、ギターやベースの重要性はその次だと思っていたけど、ずいぶん変わるもんだナァ。
でも、犬神は犬神。
一番重要なのは「曲」です。
レナード・バーンスタインじゃないけど、何があっても曲が良ければ「音楽」は生き残ります。
これからも独自路線で徹底的に暴れて欲しい新生犬神サアカス團なのでした!

6303月21日は下北沢のCLUB Queでライブで~す!
 
犬神サアカス團の詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト

640犬っこの皆さんはもうご覧頂いていると思いますが、2019年11月9日に開催したウチのコンサート『Marshall GALA2』の犬神サアカス團のライブ・ビデオです。
英語の字幕は本国Marshallのイギリス人に添削をしてもらっていますので安心してご覧ください。
「暗黒礼賛」の歌詞の英訳はメチャクチャ面白かった!
向こうの人に「本当にこんなこと歌ってるの?気持ち悪いバンドね!」と言われたわ。
間違いなくホメ言葉だろう。

 

200
(一部敬称略 2021年2月20日 松戸STAGE Vにて撮影)