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2016年6月21日 (火)

MAGIC OF LIFE~Don't Stop Music fes. TOCHIGI 2016

さて『Don't Stop Music fes. TOCHIGI 2016』レポートの<後編>。
今日のレポートは、フェスティバルが開催された栃木市の紹介から入る。
昨日はこの日のことを「最高の一日となった」と記したが、フェスティバルの楽しさに加え、初めて訪れたこの栃木の街の魅力にスッカリ魅了されてしまったのだ。
お目当てのグッドモーニングアメリカとMAGIC OF LIFEの出番が夕方だったので、それまでの間、タップリと街を散策することができた。
東京から2時間弱。昼前に現地に着いて、まず「旧市庁舎別館」という旧跡のとなりの駐車場に車を入れる。
無料…すでにこの時点で感動。

10_2コレがその旧市庁舎別館。
大正10年だから1921年の建造。
Jim Marshallの2つ年上。関東大震災の2年前。
栃木県庁は、明治17年に宇都宮に移る前までは栃木市に所在していた。その場所がココだった。
この建物は国の登録有形文化財に指定されている。

20vちょうど『映蔵』と呼ばれているイベントが開催されていた。
コレは今年で9回を数える『栃木・蔵の街かと映画祭』という市の観光振興課が主催する映画のイベントで、「蔵の街」の特長を活かし、色々なところで古今東西、様々な映画が上映されていた。

30_2古い建物が好きな私としては中に入らずにはいられない。
中では静かに男女のデュオが「When I'm Sixty Four」を日本語で歌っていていい感じ。

40_2手作りのグッズがズラリと並ぶ。

50_2

60_2

70天井が高く、ユッタリとした作り。昔の建造物はいろんな意味で本当に優雅だ。
私は東京の生まれだが、小学校2年生まで校舎はこんな感じだった。

80_2気になったのはコレ。
コレも鴨居っていうのかな?天井間際の仕切りについている切れ込みの入った駒。
ほぼ全部、3つずつ組になって取り付けられている。飾りなのかな?
現地の人に尋ねてみたがわからなかった。

90_2巴波川と書いて「うずまがわ」と読む。

100_2この日は5月8日であったが、まだ鯉のぼりの飾り付けが残っていた。
江戸時代にはこの巴波川を利用した舟運で江戸との交易が盛んに行われていたという。
1617年に徳川家康が日光山に改葬され、朝廷からの勅使が日光東照宮に毎年参上することになった。
その勅使が通った道を「日光例幣使街道(にっこう れいへいしかいどう)」という。
栃木はこの街道の宿場町となり、多くの人やモノが集まって大いに栄えた。
江戸からは日光参りの荷物や塩が、栃木からは木材や農産物がこの巴波川によって運ばれたのだ。
この江戸との交易によって栃木には豪商が多く生まれ、巴波川沿いにたくさんの蔵が作られた。
言わずもがなだが、「蔵がある」ということは、そこに「富がある」ということだ。この街のかつての繁栄ぶりが窺い知れよう。

110その巴波川沿いにある蔵。
ココが今では「横山郷土館」という資料館になっていて、早速入ってみた。
横山定助は元々水戸藩士だったが、武家を嫌い、商人を志し、農産物であった麻を主力にした荒物屋で身を興した。
後に金融業にまで進出して大きな財を成した。
建物の向かって右半分が麻問屋、左半分が銀行になっていた。

120麻問屋の蔵の中。
この梁!

130_2蔵に展示されている古いお雛さま。
江戸時代にこんな立派なもの持っていたなんて生半可なリッチではなかったであろう。

140ここは左半分の銀行エリア。
横山定助の個人銀行は後に「栃木共立銀行」に発展した。
ドデカイ金庫が備え付けてあった。ちなみに金庫のダイヤルは「いろは」だ。
その金庫は、横山家三代目の横山庫造(くらぞう)が、金庫の暗証番号を誰にも伝えずに死んだため誰も開けることが出来ずそのまま放置してあった。
金庫自体も立派なモノで、1,000万円以上の価値があるとされていたが、70年以上も経過し、サビの度合いも進んでいたこともあり、金庫の扉を開けることは相当困難であると言われていた。
それを香川の天才鍵師なる者がテレビの企画で見事に開帳したのだそうだ。
栃木共立銀行は大正3年の創設時に既に3億3000万円の資産を保有していたとされており、金庫の中身に注目が集まった。
ところが、出てきたのは領収証や地図やハンコといった銀行で実際に使用していたモノばかりで、現金は当時の92円だけだった。ジャンジャン!
使用してあると貨幣そのものは骨董として価値が上がらないため、92年はほぼ92円。
結果、金庫自体の方がはるかに価値があった…という結果に終わった。
栃木、おもしれ~!

150_2これはその中庭。立派!

160_3離れの洋館。
コレも大正時代の建造物で、戦時中には有名な歌舞伎役者がここへ疎開していたとか…。

170蔵の中には多くの民具が展示されていておもしろい。
なんじゃコレ?どうやって使うんだ?というものも結構見かけたが目を引いたのはコレ。

180v_3ドイツのElectroacustic GmbHのステレオ。
Electroacusticは今のELAC。ゼンゼン知らないんだけど、そのようだ。
この会社は1926年の創業で、始めは軍需でソナー探知機なんかを作っていたが、終戦と同時に民間向け製品のメーカーに転身し、ミシンやカー用品を作っていたが、1948年にオーディオ分野に進出しレコード・プレイヤーを発売した。
ターンテーブルに乗っているSP盤は、大正期の「日東蓄音機」傘下の関西最大のレコード会社「ニットーレコード」のもの。当時は東京の「日畜」と売り上げを大いに争ったそうだ。
「日畜」とは後の日本コロムビアだ。

190_2テレビがなかった時代、蓄音機はとても高価なもので、これらがすべて横山家のものであったとするなら、やはり大富豪だったということが言える。
昔の人はコレで何を聴いていたかというと、もちろん音楽もそうだが、浪曲、義太夫、浄瑠璃、落語といったモノの音源を楽しむ機会が多かったようだ。

200_2街をブラつく。

210_2戦時中、栃木市は空襲を受けなかったために、いいように昔の建物が残っている。
この家なんか、薄い戸一枚ですぐに完全プライベートな居住空間だからね。
日曜日の午後だったので、近所の人達が集まってイッパイやっていたのか、モノスゴイ騒ぎが中から聞こえて来た。外に筒抜け。

220JR栃木駅に通じる「蔵の街大通り」。ココが何しろ素敵!

230日産化学の販売代理店。
ステキじゃない?この看板の色合い!
副業で漬物屋を営んでいる。
日産化学は富山の速星(はやほし)というところに工場があってね…。
昔私がいた会社で、日本貨物鉄道(当時はまだ日本国有鉄道だった)と北陸本線の鉄道輸送に関する会議があると、よく一緒になった。
私が務めていた会社は、セメントの鉄道輸送への依存度が高く、新潟の工場から「越中大門」、「根上(ねあがり:野球の松井の地元ね)」、「飛騨古川」へ向けて発される貨物量はすこぶる多く、北陸本線を管理する金沢鉄道鉄道管理局内ではダントツの大クライアントだった。コレ、すなわち「時代遅れ」ということなんだけどね。
そのため、私はまだ弱冠22歳だったが会議ではVIP待遇だった。
時代は80年代中盤のバブルの最初期で、山中温泉だか片山津温泉で開催される会議は、終了後、当然無礼講のドンチャン騒ぎになった。
宴会場で差しつ差されつした後は、温泉場のスナックを何軒も回った。
私は親類にサラリーマンがまったくいない環境で育ったせいもあって、そういうのがすごく苦手で、とても辛かったナ。
カラオケもゴルフも大キライだった。一般サラリーマンがよろこぶ種目がことごとく受け容れられなかった。悲劇だよね~、そんなヤツが「日本のサラリーマン」やると。
どんな美酒よりも、名門ゴルフコースよりも、早く下宿へ帰ってギターを弾いたり、ジャズを聴いたり、本を読んだりする方が楽しかった。
でもずいぶんガマンした。ま、何と言っても一番ガマンしてくれて、今もして頂いてるのは家内なんだけどね。
ダメなんだよ、アタシャ、ワガママで。
何が言いたかったのかと言うと…30年チョット前はこのMarshallオジさんもそんなことをしていたのだよ。いきなりMarshallやらNATALなんかじゃないのね…ということ。

250_2ココは甘味処。

260_2着物屋さん。

270_2コレはレストランと『映蔵』の事務所。

280_2観光協会の出店。
290_2
ココも素敵だった。
中に入ると…
380v
見て!この梁!
白川郷でもあるまいし、やたらと作りが頑丈なのだ。
それだけ階上に蓄財していたということだ。

300_2もうこんな木は採れないって。

310家具もスゴイ重厚。
この階段の弾き出しは今も使われている。もちろん階段としても。
従業員の方々は実際にこの階段を使って二階に上がるそうだ。

320外装にかなり手を加えている。
この店の方にお聞きしたのだが、栃木市はこれらの蔵や古い建造物を街の重要な観光資源として活用すべく、こうして徹底的に保存・補強工事を推進しているそうだ。
やっぱり金かけなきゃダメなんだよね。

330観光協会の出店の裏の蔵。
ここも資料館になっている。
お昼は地元の方ご推薦により、この裏の「太郎庵」という日本そば屋でそばとミニかき揚げ天丼のセットを頂く。
かき揚げ丼は普通だったけど、そばはバッチリ!メッチャおいしかった!

340ここも資料館。
何せ見たことないような建物でどこも面白い。

350昔のモノってのは何でもホントによくできてるよね。

360洋館だって雰囲気バツグン。

370vまるで時代劇のセットみたいでしょ?

390こんなの見たことある?

400「善野屋土蔵」、通称「おたすけ蔵」というのだそうだ。
江戸時代、米や大名への質商で財を成した豪商の善野さんが、困窮する人たちに米や金を供出したそうだ。
また、失業者対策としてこの蔵を作らせたという。
ヨーロッパでいうところのNobless Obligeというヤツ。「富める者が不幸なものを助けるのは社会的道義である」と説く。ごく一部を除いて、今の日本には消滅してしまった人間らしい思想。

410蔵は1804~1840年の間に建造されていて、今は栃木市ゆかりの作家の作品を展示する美術館になっている。

420これは喫茶店。

440栃木市は蔵の他に錦鯉も売りものにしている。
いつか、イギリスの地方に住む友人の家で開かれたホームパーティに参加した時、集まっていた近所の人達から「鯉」のことを訊かれて困ったことがあった。
「コーイ、コーイ」と盛んに言うんで、何かと思ったら「Carp」だって。映画だかドラマだか『将軍』で知ったんだって。「Yoko Shimada」なんて名前も出ていた。
さすがの私も「鯉」のことまでは知らんよ。知っているのは「carp」という名詞は単複同形ということぐらい?
この「錦鯉」を世界的に有名にしたのは田中角栄なんだってね。
何かの国際会議の時に決まってもいないので鯉を勝手に「国魚」って紹介しちゃったんだってよ。

450「山本有三ふるさと記念館」。
『路傍の石』の山本有三はここの出身なのだそうだ。

460コレは普通のウチ。
でも素敵。

470この飲み屋も市が指定する建造物になっている。
下はお世辞にもきれいとは言えないけど、2階が蔵の作りになっていてなかなかに味わい深い。

480カッコいい床屋!
「銀巴里」とは銀座にあったシャンソン喫茶と同じ名前。
1963年に録音され、『銀巴里セッション』としてThree Blind Miceからリリースされた、高柳昌行、中牟礼貞則(お二方とも香津美さんのお師匠さんね)、菊池雅章、山下洋輔、日野皓正等による音源は有名。
ただ、「GINPARI」じゃなくて「GIMPARI」だろうナァ。
私の研究によると、日本語をローマ字表記する時、唇をくっつける音の直前の「ん」の発音は「m」で表記する…としている。
わかりやすい例として、「新日本橋駅」。「Shin-Nihombashi」と、日本語では同じ「ん」でもローマ字表記では「n」と「m」を使い分ける。
あ、コレは私がそう思っているだけで、勝手なオリジナル・ルールですから。

490「下野新聞社」だそう。
どの建物も黒っぽくしたのは何か理由があるのだろうか?
夏、暑くてしょうがなかったと思うのだが…。

500見て!こんな洋館も。病院だって。

510ここから先は、栃木駅前の蔵の街大通りから離れた「重要伝統的建造物保存地区」というエリア。

520ココは丸っきり普通の住宅街で、「蔵の街大通り」に並んでいるような大きな蔵のような建物はないが、よく見て歩くとおもしろい。

530

540ガラッと戸を開けて清兵衛や丑寅の親分が出てきそうじゃない?あ、映画『用心棒』の話しね。

550コレは「岡田記念館」という500年以上続く旧家で、資料館になっている。
岡田家の当主である今の嘉右衛門さんは26代目だって!
元は武士だったが、帰農して慶長年間に栃木に移住して、荒地を開墾し、地域発展のために尽力したそうだ。
以後この家の当主は嘉右衛門を襲名していて、この場所、すなわち「嘉右衛門町」という地名にもなっとる。

1_113おお!標識もリアル嘉右衛門!
電話だって一番だもんね。

560嘉右ヱ門町一番地!
皇居みたいじゃん?
この記念館、入りたかったんだけど800円も取るんだよ。パスさせて頂きました。ロンドン塔じゃないんだから。500円だったら入った。

570v

向いの肥料問屋の壁。
そういえば東京ではこういう板壁をまったく見なくなったね。

580ココも肥料問屋。そこらじゅうに点在する肥料屋さん。いかに農業が盛んで肥料が重要だったかということね。
石灰窒素、硫安、尿素、リン酸、カリウム…なつかしいナァ。
私は一切関わったことがないけど、さっきの昔勤めていた会社は石灰化学からスタートしていて、肥料が有力製品のひとつだった。
肥料部門の人たちは何やら特殊な営業をしていたナァ。何しろ「酒豪」でなければとても営業なんぞ務まらない、というような話を聞いたことがある。
そういえば、その肥料部門が開発した製品で、生ゴミを肥料に変える薬っていうのがあって、長野にいた時、その商品がローカルのテレビ番組で紹介されることになった。
SBC放送だから「信越放送」だね。
番組の名前は忘れてしまったが、「夕焼けワイド」みたいな比較的視聴率の高い帯番組だった。
で、何だか知らないけど、業務上はゼンゼン関係ない私のところにその仕事が回されてきた。
要するにその番組に出て、生放送でその商品を説明しろというワケ。
支店長が言うには、「キミが一番おしゃべりだからな。それにキミ、バンドやってんだろう?それじゃキミしかいないじゃないか!」ということだった。バンドは関係ないでしょ!
確かにその頃、私は長野市で一番大きなパブで毎週末ハコバンをやらせて頂いていたし、ま、正直そういう仕事はキライじゃないので引き受けた。
引き受けたのはいいけど、台本が気に食わないってんで、その商品についてにわか勉強をして、台本をあらかた全部書き換えて、一晩で覚えた。大したボリュームじゃないけどね。
商品はなんつったけかな?「ナントカ太郎」だったはずだ。
で、この番組、リハーサルも何にもなしで、本当にブッツケなワケ。
キューが出されると「ハイ。みなさんこんにちは!今日は『ナントカ太郎』のご紹介です!まずこのキャップに『ナントカ太郎』を適量入れまして~」なんて演ったのよ。
もちろん結果はパーフェクト。
あの時の経験が今のMarshallのイベントにつながっているのサ!ウソこけ!

590変でしょ、コレ。
古い建物を壊す時に記念に一部を保存してあるのかと思ったけどどうも違うようだ。
ただのマンホールの飾りだな、コリャ。

600信号も至ってシンプル!
黄色と赤がひと球ずつ。

610天明年間(1781~1789年)に創業した「油伝味噌」。
さっきの金沢鉄道管理局の話しね、その時は富山に下宿していたんだけど、そこの家は特に旧家というワケでもなかったんだけど、ミソも醤油も自分のウチでチャンと大豆から作っていてね、私はそのニオイが苦手だった。
下宿人たちに出す料理はマルコメとかキッコーマンだったようだけど。

620そして、戻ってきました。
結構歩いたけどアッという間だった。
メッチャおもしろかった。おいしかったし!
…というワケで、昨日レポートしたグッドモーニングアメリカの出番に間に合うように「栃フェス」の会場に移動した。

630グドモの後、トリで登場したのが「栃フェス」の主役MAGIC OF LIFE。
昨年11月にリリースしたシングル、「風花ノ雫」でスタート。
首を長くして待っていたファンは大よろこび!

640_2高津戸信幸

650v山下拓実

660v渡辺雄司

670v岡田翔太朗

680v続けて「ジェットモンスター」。
MAGIC OF LIFEは栃木のバンドだ。
栃木市のふるさと大使に就任している。
Marshall Blogでは山口の田川ヒロアキに続いて二人目のふるさと大使。
高津戸さんは宇都宮の出身。栃木に何か恩返しがしたいと思い立ち、もっともフェスティバルの開催に積極的だった栃木市を「Don't Stop Music fes. (栃フェス)」の舞台に定めたそうだ

690そんな心のこもったイベントがこの栃フェスなのだ。
「楽しかったね~!栃フェス、愛があるよね~!熊本募金にご協力ありがとうございます。日本赤十字を通して必ず届けます!
何が起こるかわからない世の中。もっとちゃんと勉強して、自分たちにできることをみんなに届けられるようにしたい」と挨拶。

700vMCの後は続けて「DOUBLE」と「呼吸」。
第2回目の栃フェスはグドモとMAGICのNATALのワンツー・フィニッシュとなった!
やっぱドラムの音がいいとキモチいいね!

710vテレビ他、地元のマスコミがワンサカやって来てプレスピットは大混雑!
「栃フェス」への注目度の高さがうかがえる。

720出番を終えたグドモの幸一ちゃんもステージそでから応援!

730vそして、「弱虫な炎」。
人気の5曲を演奏した。

740翔太朗くんの叩き出すNATALメイプルの歯切れの良い音でバンドは猛チャージ!
この人のダイナミックにしてこざっぱりしたドラミングは大きな快感だ。

760v
トリの出演ということでアンコールを1曲。「箒星の余韻」だ。
こうして全6曲を演奏して出番を締めくくった。

750MAGIC OF LIFEの詳しい情報はコチラ⇒official web site

770最後はお客さんと記念撮影。

780写ってるかな~?

790

800

810

820

830最後!
高津戸さんからひとことお礼の挨拶があって第2回目の「栃フェス」は幕を降ろした。
蔵の街の見学と絡めて、次回の「栃フェス」に是非ご参加くだされ!

840<オマケ>
帰り道、「石焼らーめん」という看板が気になって店に入ってみた。

845どうなっているのかと思ったら、石焼ピビンバの要領でチンチンに熱くしたドンブリに麺と具が入って出されてくる。

846_2_2 そこへ店員さんがスープを注いでくれるワケ。
当然、ドンブリの中はジョワ~っと瞬時にしてグツグツに煮え上がる。
♪あったかいんだから~。
この店ではこの工程を「噴火」と呼んでいる。家内は「爆発」とか言っていたが…でも、ホントにそんな感じ。
で、ひとしきり噴火が収まったところで激アツのラーメンを頂くという趣向。
私はアツいものが大スキなので、取り皿など使わずそのままハヒハヒ言いながら直接麺を口に入れてやるのだ。ワイルドだろぉ~。
何かドンブリの下に仕掛けでもあるのか、最後の最後までグツグツ煮立ってるんだよね。
このラーメン、とても夏場は食えんだろうから休業にしているのか?と店員さんに尋ねてみると、そうでもないらしく、夏は夏でそれなり荒行を体験しに多くのお客さんが訪れるそうである。
全国9店舗。
東京エリアは平塚に1店舗営業しているそうだ。
当然、後でノドが渇きますな。

847 帰りは羽生のPAでひと休み…と思ったらもう全部閉まってやんの。
ま、こんな光景も風情があっていいか…。

850何しろ充実した楽しい一日だった。
どうもありがとう、MAGIC OF LIFE!

860Don't Dtop Music fes.(栃フェス)の詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト

8701965年創業のNATAL(ナタール)はMarshallのドラム・ブランドです。

M_natal_square
★NATALの詳しい情報はコチラ⇒NATAL Drums Official Web Site(英語版)
★NATAL製品は全国有名楽器店にてお求めください。
★NATALドラムは高田馬場バズーカスタジオでお試しになれます。バーチ、メイプル、そしてアッシュのキットの他、各種スネアドラムも用意しています。ドラマーの方、「NATALの部屋」ご指名でお出かけください。
詳しくはコチラ⇒バズーカスタジオ公式ウェブサイト

(一部敬称略 2016年5月8日 栃木市総合体育館にて撮影)