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2015年8月21日 (金)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.17~ロンドンぶらり途中下車の旅 2015 <前編>

Marshall Blogは、ホントにホントにたくさんの皆さんからの絶大なるご協力を頂いているおかげで「ア~、どうしよう~!ネタがない~!」ということが今までまったくない。
しかし反対にネタが多すぎて記事の掲載の配分に苦慮することがたまにある。
記事の長さの調節に苦労したり、二本立ての記事が連続で掲載されるよう計画を立てたり…。
基本的には時系列に沿って記事を掲載しているが、時折そうなっていないのはそういう理由からだ。
で、それでもどうにもならないことがある。
実は今日がそれだ。
あるテーマに沿って『名所めぐり』を一本仕立てて、今日を目標にアップしようと思っていたのだが、色々な文献を当たっているウチにドンドン知らないことや興味深いことが出て来て収集がつかなくなってしまった。
いい加減に取り扱いたくないテーマだったものだから、内容をもっと充実させるべく、涙を飲んで掲載を先送りすることにした。
それで困ったのが今日掲載する記事…最近はあまりにも忙しくて「雨傘記事」も用意していない。何か書かなくては…。
よっぽどスキップさせて頂こうかと思ったが、それもシャクだ。
そこで、決死の思いで急づくりに一本『名所めぐり』を仕立てることにした。
…といっても適当にやっつけ仕事で当たったワケでは決してない。近い将来記事にしようと思っていた内容を急遽取りまとめたのだ。
ところが、コレがまた何とも中途半端な長さになっちゃって…一本じゃ長すぎるし、二本立てじゃちょっとオーバーだし…。
悩みに悩んだ結果、普段は更新しない週末を使って二本立てにすることにした。
こんなことどうでもいいじゃんね~…と我ながら思うが、こんなこと考えるのがまた楽しかったりして…。
それもこれも毎日Marshall Blogを読んで頂いている皆さんのおかげです。
ということで、今日&明日、お気軽に目を通してやってくださいまし。

内容は5月に行ってきたロンドンのレポート。
年に一回か二回しか行かないロンドンだけど、何年も定点観測をしていると結構変化が見えて来て面白い。
そんなことを考えながら最近のロンドン・ロック・タウンの様子をランダムにお送りしたい。

まずはビートルズ・ネタから…。
チョット前までプリンス・オブ・ウェールズ劇場にかかっていたビートルズのミュージカル『Let It Be』。

10アッという間にチヤリング・クロス・ロードのギャリック・シアターに格下げになっちゃった!

20そんなファイブ・スター級の作品なら大劇場でロング・ランできたでしょうに…。
でもね、コレ、以前レポートしたようにとてもヨカッタんよ。
曲は全部知っているワケで、また、どうあがいても演者はニセモノなワケだし、どこが面白いのか?ということにもなりそうなんだけど、私なんかはコレをロンドンで観ることに感動しちゃうワケ。
すなわち、1965年、「Twist and Shout」を演奏する時、エリザベス女王が観ている前でジョンが、「安い席の人は拍手をしてください。その他の人は宝石をジャラジャラ鳴らしてください」と言ったプリンス・オブ・ウェールズ劇場でこのショウを観ることに大きな意義があったのです。
だから会場が変わっちゃったらチョット…。

その時のレポートはコチラね↓
【Shige Blog】イギリス紀行2012秋の陣 その3~『Let It Be』を観たよ

Img_0076 今はコレでしょ。
結局時間がなくて観れなかったんだけど…The Kinksのミュージカル『Sunny Afternoon』。
タイトルは四枚目のアルバム『Face to Face』に収録されたKinksの代表曲のひとつ。
内容はどんなんか知らないけど、個人的には『Waterloo Sunset』にして欲しかったナァ。
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それにしてもThe Kinksには名曲が多い。
コンピレーション・アルバムの始祖的存在だけにアルバムごとのまとまりもよく、名盤が多いのに日本ではナゼかその良さが伝承されていないような気がするな。
「Lola」とか「Waterloo Sunset」とか、このポスターの左にあるのは代表曲の一部だけど、皆さん歌える?
The Kinksは「You Really Got Me」だけではござんせん!

30ココは変わらない。
説明不要ですな。
どこの国の人かしらないけど、家内と私がニコニコしながらこの四人の横断歩道を渡る様子を眺めていたら、「アナタたちもやりなさいよ!私が写真を撮ってあげるから!」と声をかけてくれた。
この交差点はゼブラゾーン。
横断しようとしている人がいたら問答無用で車は停止しなければならない。
この写真を撮ったのはかなり早い時間だったので交通量も少なかったが、この通り、すさまじい車の量なんだよね。
ロンドン観光の目玉のひとつだけど、車にはあまりにも迷惑な話しだ。

50落書きも相変わらず。
何か月に一回は上から白いペンキが重ねられて壁は更新される。
そういえば、この日は平日だったんだけど、最寄りのセント・ジョンズ・ウッド駅は朝からスゴイ人でゴッタ返していた。
みんなオッサン。
まさか、ビートルズ・ファンではあるまい?とは思っていたが気になる。
後に現地の友人に理由を尋ねたところ、答えは「クリケット」だった。
すぐ近くにクリケットのグランドがあって、みんなそこで行われる試合を見に行くのだそうだ。
イヤ、クリケットはいいけど、木曜日ですよ!仕事どうなってんの?って話し。
ご存知の通り、イギリス人のクリケット熱は相変わらずスゴイものがある。

60もひとつビートルズ。
ゼヴィル・ロウの元アップル本社社屋。有名なルーフ・トップ・コンサートをやったところね。
ココ、何かの店になったね。入らなかったけど。
セヴィル・ロウは「背広」の語源にもなったように、洋服屋さんがズラリと並ぶ通り。やっぱテイラーなのかな?
ちなみに「Bespoke(ビスポーク)」という言葉をご存知か?
「be」+「spoke」、すわなち「話しかけられる」というところから「注文を受ける」という意味になり、オーダーメイドを示すようになった…と聞いた記憶がある。
セヴィル・ロウはかつてはビスポークの紳士服が主流であったが、今ではセミ・オーダーや既製品に需要が移行しているそうだ。
いつかはここでビスポークのスーツを仕立ててみたいものだ。
ちなみに下の写真の真黒の人はワタシ。はじめてここの前で写真を撮った。

65vさらにビートルズで、Trident Studio。
ココはすでに「名所めぐり」で紹介した。
これね↓
【イギリス-ロック名所めぐり vol.7】 ソーホー周辺 その2

『White Album』や「Hey Jude」を録音したスタジオね。

70なんかまた様子が変わってる。
あ、この写真、私のことは気にしないでね。スタジオの様子だけが写っている写真がなかったのよ。

80上で紹介した『名所めぐり』の記事にも書いたけど、Rick Wakemanはココのハウス・ピアニストをしていた。(RickはJimの店でアルバイトをしていたこともあったらしい)
何回か前に乗った飛行機の中で、David Bowieのドキュメンタリーをやっていた。それに出ていたRick WakemanがBowieの才能をほめそやしていた。
Rickはその中で、ピアノを弾きながら「普通はコードをこう進めるところなんだけど、Davidはこうやったんだよ」…みたいに「Life on Mars?」を例に挙げ、Bowieの非凡さを解説していた。
文句なしにいい曲だもんね~。
冒頭に挙げた今取り組んでいる記事の調べごとをしている時に、David Bowieの才能というものが、ブリティッシュ・ロックの歴史の中でとてつもなく大きな存在だということを思い知った。
「Life on Mars?」は1971年の8月、Rick Wakemanのピアノで、ここで録音された。44年も前の曲だよ。

90ガラリと変わって、クラシックでゴメンね。
ココには1854年から1936年まで、アルハンブラ劇場というロンドンを代表するホールがあった。
そして、1919年にセルゲイ・ディアギレフが主宰する「Ballets Russes(バレエ・リュス=ロシア・バレエ団)」が公演を行った。

100v…ということがココに書いてある。
ディアギレフはバレエのプロデューサーみたいな人で、バレエのための音楽を有名な作曲家に依嘱し、多くの傑作を世に残した。
ディアギレフは天才バレエ・ダンサー、ヴァスラフ・ニジンスキーの育ての親で、同性愛の間柄だった。
ニジンスキーの名を聞いたことがある人も多いと思うが、「ニジンスキーがひとたびジャンプをすると10mは軽く飛んだ」という名ダンサーだった。
クロード・ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」では舞台で恍惚状態となり、本番中にステージでマスタべ―ションをしてしまったという逸話も残っている。
な~んてもっともらしく言うと、私がいかにもバレエのことを知っているように聞こえるかもしれないが、ゼ~ンゼン。
映画よ、映画。
ハーバート・ロスの1981年の映画を観ていたく感動しましてな…。
その中で、『春の祭典』のリハーサルで直接ストラヴィンスキーの指導を受けるシーンがある。本当かどうかは知らないが、ストラヴィンスキーも頭が完全にイっちゃってて、「1,2,3,1,2,1,1,2,3」みたいに変拍子でリズムを取るのだが、ニジンスキーはそれがなかなか理解できない。
すると「オマエは数も数えられんのかッ!!!」と言ってストラヴィンスキーが大カンシャクを起こすという場面。そこが異常にカッコよかった。
ニジンスキーのおかげでディアギレフは名声をさらに高めて行くのだが、次第に愛情の対象が他の若いダンサーに移って行ってしまう。
それに苦悩するニジンスキーも実にうまく描かれている。
忘れることができないなかなかの力作だった。
おススメです。
音楽好きなら、『春の祭典』のシーンだけでも観る価値アリかも。

110いつも素敵なLondon Undergroundのポスター。
「週末ライブに行きますか?」
フェスティバルやコンサートが盛んになって来るシーズンということなのか、混雑を避けるための別ルートを地下鉄のウェブサイトで調べてね…という案内。
今回はストラトキャスター。
以前はJCM900のフル・スタックが登場したことがあった。
地下鉄にMarshallが乗っていて、それでギターを弾く若者…キャッチコピーは「車内は静粛に!」だった。
それがどうした?重くて、デカくて、うるさいのがMarshallよ!

120vソーホーにあるジャズのライブハウスのピザ屋。

R_img_0257かつてはJohn Etherridgeが出ていて、一度は入ってみたいと思っているが、ゼンゼンいいのやってな~い!

R_img_0258カーナビ―・ストリートに移動。
唯一モッズの香りがする洋品店を発見。こういうのはうれしいね。

130カーナビ―の一本隣の通り。
ココはMarshall天国なの。

140何しろMarshall Streetだから!

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160ハイハイ…こんなことして喜んでいます。

165デンマーク・ストリート。
ご存知ロンドンの楽器屋街。東京で言えばお茶の水。大阪ならアメリカ村ってことになるのかな?

170家内が一目見て、「ウワッ!さびれてる!」だって!
ま、確かに。
ニューヨークでいえば西48丁目ということになるが、もう48丁目も消滅してしまったらしい。
20年ぐらい前は通りの両脇に、Sam Ash、Manny's、Rudy's、日本から出店した楽器店等々、たくさんの楽器屋が並んでいたが、大手楽器チェーンストアがマンハッタンに上陸して一気にすたれていった。
Miles Davisが通った管楽器店なんてのもあったが、もうなくなったようだ。
何でも揃う大型店も便利かも知れないが、風情がなくなってしまった。チョコチョコとした小さい店を見て回るのが楽しいのに…。
今の48丁目の写真を見せてもらったが、まるでゴースト・タウンのようだった。

180_2ココはロンドンの「Tin Pan Alley(ティン・パン・アレイ)」ということになっている。
Tin Pan Alleyは19世紀の終わりから20世紀の初頭にかけてマンハッタンの28丁目付近に存在した、音楽出版社やスタジオが密集していたエリアの名前。
当時は、レコードのようにいつでも音楽を再生できる装置が普及しておらず、音楽を楽しむためには自分たちでピアノを演奏し、歌うしかなかった。
そのため、「シート・ミュージック」と呼ばれる楽譜の需要が高く、それらの曲の制作がこのティン・パン・アレイで行われていた。
George & Ira Gershwin、Harold Arlen、Irving Berlin、Sammy Kahn(Steve Kahnのお父さん)Cole Porterら、後にジャズのスタンダードとなった名曲を作った人たちは皆そこの出身だ。
「Tin Pan Alley」の語源は定かではないらしいのだが、その界隈にあふれていたピアノや打楽器の騒音を模しているとか、そこで使われているピアノには改造が施してあって、よりパーカッシブな音がしていたから…とかいう説がある。
『アメリカ交響楽(Rhapsody in Blue)』というガーシュインの伝記映画を観れば当時のにぎやかぶりがよくわかり、その語源にも頷けるような気がする。

一方、ロンドンのティン・パン・アレイ…全長100m程度のデンマーク・ストリートの中ほどの建物の壁にプラークが付いている。
「Tin Pan Alley  1911-1992
Home of the British Publishers and songwriters and their meeting place the Giaconda.」
と記されている。
マンハッタンのそれより規模が極端に小さいのは容易に想像できるが、ここも一応そういうことで…。
ココにある「Giaconda(ジャコンダ。イタリア語で”楽しめるもの”という意味)」というのはデンマーク・ストリートにあった喫茶店のこと。
若き日のDavid BowieやElton Johnがそこに集い、音楽の話しをした。

230
15年ぐらい前に比べると、随分お店もスタジオも減ってしまったが、デンマーク・ストリートの方がまだ残っているだけ48丁目よりマシだ。
でね、今はチョットわからないけど、ここら辺のお店ってエアコンが付いていないのよ。せいぜい扇風機。
涼しいロンドンとはいえ真夏はかななり暑いでね。
100年ぐらい前に建てられたビルは、寒い冬に耐えられる仕様なので風通しが極端に悪い。だって窓が一面にしかないんだもん。風が抜けるワケがない。
じゃ真夏はどうしているのか?というと、みんな汗ダク。
汗ダッラダラたらしながらギターを弾いてる。
それでも朝晩は寒いからね。アタシャ、暑いより寒い方がゼンゼンよくて、エアコンなしのロンドンをいつもうらやましく思う。

190この通りは日本で言えば神保町のような本屋街(古書店街)、チヤリング・クロス・ロードに突き当たる。
以前はチヤリング・クロスにも大小何軒かの楽器屋があったけどほとんどなくなってしまった。
この下の店もチヤリング・クロスにあったんだけど、引っ込んできちゃった。
Macari'sは何年か前に亡くなったMarshallの親友のSteveの親戚がやっている(やっていた?)店で、Steveも務めていた。「自分の楽器業界でのキャリアのスタート地点」と彼は何回か私に説明してくれたっけ。
だから場所は移っても変らないこの店の看板を見ると必ずSteveを思い出す。
一度書いたような気もするが、SteveはMarshallで最初に仲良くなった人で、フランクフルトの展示会などですごくお世話になったが、数年前に亡くなってしまった。
それから何年か経ってSteveの夢を見た。
場所は紛れもなくフランクフルト中央駅の前でSteveと私は何もなかったように普通にMarshallやロックの話しをしている。夢の中だからと言って上達しているワケではないが、もちろん英語。
Steveはいつも間にか私の前を他の人と歩いていて、フトが気づいてSteveに後ろから声をかけた。
「Steve, I think you died、didn't you?!」
すると彼は振り向きざまに私を見て、ニコリとほほ笑んだ。ハッキリそれを見た。
そこでハッと目が覚めた。
きっと私のMarshallでの仕事ぶりを見守ってくれているのだろう。

200vもうひとつプラークを発見。
Augustus Siebeという人。潜水服を開発した19世紀の人。何でそんなモノがマーブロに出るのかと言うと…

220

コレです。
このプラークを目にした途端、10ccの愛聴盤の第三位、『Deceptive Bends』を思い出したのだ。
10ccはマンチェスターのバンドだけどね。

Db<後編>につづく