田川ヒロアキ~MAZDA FAN FESTA 2024 at FUJI SPEEDWAY
もう残された時間もそれほど多くはないので、こんなことは生きている間に二度と起こらないだろうと思う。
というのは、10月に2度富士を訪れたのだ。
昔の富士講の皆さんがこんなことを聞いたら死ぬほど羨ましがることだろう。
1回目は来日したMarshallの連中のリクエストで山梨側から五合目まで登った。
もう閉山しているたので、これより上へ行くことはできない。
それでも生まれて初めてココまで来たわ。
10月の上旬でもエライ寒かった~。
五合目から富士山を仰ぎ見る。
こう言ってはナンだけど、富士山ってこうして近寄ってしまうとそんなに大きい感じがしないもんだね。 今日は静岡側から「富士スピードウェイ」に来た。
ナンダカンダでコレで5回目かな?
いつも天気が悪いという印象。
何しろ富士スピードウェイに来て富士山を見たことが一度もありゃない。
どっちの方角に見えるのかも知らないのよ。
この日も雨もようでとても寒く、車から降りた途端にダウンジャケットを羽織る始末。
それでも朝からスゴい人なの。
昨日と今日(10月19&20日)はマツダのファンが集う大イベント「MAZDA FAN FESTA 2024」。
人気車種の「ロードスター」の35周年を記念することもあって大勢のファンが詰めかけたのだ。…のはいいんだけど、しょうがねーな、こんな天気じゃ。
1日目は晴天だったようなんだけどね。お気の毒に…。
車体はもちろん、タイヤやらパーツやらマツダの車に関するありとあらゆるアイテムがズラリと並んだテントで展示されている。これは「みっちゃん」という広島のお好み焼き屋のブース。
始終にぎわっていた。
おいしいもんね、広島焼。
ウチはホットプレートでお好み焼きをやる時は必ず広島式です。
でもあの太めの焼きそばを売っている店がなかなかないんだよね~。しかし、天気が悪いな…これからヒロアキくんがサーキットで「君が代」を弾くんだゼ、Marshallで。…ということになっているので時間前にコースへ行って待機をする。
アレ?
Marshallがどこにも見当たらないな…おかしいな。すると、「国家演奏は雨天のためピットビル屋上のメインステージに場所を移動します」との場内アナウンスが流れた。
下の写真の建屋の3階。
「エエエ!また上がるのかよ~!」
ナンとならココってエレベーターがないのよ。
こっちはクソ重~いカメラをぶら下げているので階段を上り下りするのが大変なのです。 こんな具合。
このプレスのクルーであることを示すチョッキを「ビブ」って言うんだけど、サマソニとかラウドパークなどの大きなイベントの時は大抵コレを着用する。
コレがキュークツでね~。
久しぶりに着けるのはいいんだけど、入るかどうか心配でサ…。
横のヒモの部分がマジック・テープで伸縮自在になっていたので難なく着用することができましたとサ。
ちなみに「ビブ(bib)」というのは、英語では普通赤ちゃんの「ヨダレかけ」のことを指す。
おかげさまでまだヨダレを垂らす歳ではありません。
あわててビルの屋上まで行くと、ヒロアキくんがサウンド・チェックをしていた。念入りに足元の確認をして…と。ステージの様子を見守る音響スタッフ。
すぐ後ろはサーキット。そのコースではレースに出場する車がヒロアキくんの国家演奏を待っている。準備万端。
それじゃ行ってきます!
今日も自慢のドライバー・スーツを身にまとう。
こうしてヒロアキくんの「君が代」が始まった。まずはお辞儀から。田川ヒロアキによる国家演奏。これまでヒロアキくんの「君が代」を色々な場面や編曲で何度も拝見してきたが、今回は比較的原曲に忠実なアレンジで臨んだ。
もちろん演奏の相棒はMarshall。
今日は「JCM800 2203」と「1960A」のハーフ・スタックだ。
ヒロアキくんとMarshallによる飛び切り美しいギターの音色で奏でる「君が代」。コースではレースに出場する皆さんがジッとその演奏に耳を傾けていた。イヤ、そうでもないか…。「原曲に忠実」といってもそこはヒロアキくんのこと…♪ギュイン、ギュインとワーミー・バーを派手に上下させ…煙が出そうなピッキングによるハードなパートをウマい具合に織り交ぜて…おなじみのキメのポーズで田川節の「君が代」をバッチリとキメた~!こうしてこの日の最初のレースが始まるのだ。コースを見下ろす大勢のお客さん。コースでは出走の準備が整って…
レースがスタート! まずは「マツダファン・エンデュランス(マツ耐)」と呼ばれるマツダ車のオーナーが愛車を持ち込んで行われるレース。
ヒロアキくんの「Racing Star」という曲はこの「マツ耐」のテーマ曲だ。
通常は150分のレースだが、コレは「特別戦」なので180分の耐久戦。
ヤダね~、私なんか3時間連続の運転なんて眠くなっちゃってとてもじゃないけどムリだわ!
出場する時にはスルメを大量に持ち込んでアゴを動かしながらハンドルを握りますね。
車内はクサイぞ! レースの途中での給油は禁止。
限られた燃料でどれだけ多くサーキットを周回できるかを競う試合なのだそうだ。 速さを競うレートとは異なり、タイヤ、ブレーキ、ガソリン消費、ドライバーの体力等、レースをする上でのマネージメントがこの耐久レースの大きなポイントとなり、そこがこうしたレースを観戦する醍醐味なのだそうです。 一応お断りしておきますが、私、車に関しては何の知識も興味も持ち合わせてないものですから、この先他人事で投げやりな文章を書いているとお感じになる場面があるかも知れません。
しかし、それに悪意は全くありませんので予めご了承くださいませ。 ということでこれから3時間、皆さんにはこのコースをひたすらグルグル走り回って頂くという段取り。
冒頭に書いた通り、過去に何度もココでこの手のレースに接して来たけど、いつも知らない間に始まって、知らない間に競っていて、知らない間に終わってるんだよね。
好きな人はズ~っと見ているんだろうナァ。私の場合、見ていてもよくわからないので、会場内をくまなく見て歩くことにした。
ココはさっきヒロアキくんが演奏したメイン・ステージがある階。
オフィシャル・グッズのお店があって…ファンの皆さんが欲しがるであろうグッズが色々並んでいた。もちろんマツダの製品もそこいら中に展示されている。とにかく今回は「ロードスター」の発売35周年記念ということで…各所でロードスターがフィーチュアされていた。
そういえば「ロドイモスター」を見かけなかったナァ。
ココぞ出番だったのでは?寒かったし、相当売れたと思うんですけど。せっかくの機会なので「マツダ株式会社」の沿革をチラリと勉強してみた、チラリですよ。
前回のヒロアキくんのレコ発ライブのレポートに「マツダはかつてコルクを作っていた」と書いた。こういう本がある。
新田次郎と息子の藤原正彦の共著『孤愁(文藝春秋刊)』。
新田先生が執筆中に他界してしまったので、元お茶の水女子大教授の数学者である藤原先生がその続きを書いて完成させた他に類を見ない親子共作の一編。
660ページにも及ぶ大著だが、私はこの親子(+お母さんの藤原ていさん)のファンなので喜々としてページを繰った。
話は明治時代にポルトガルから来日した元海軍の軍人で、神戸でポルトガル領事を務めた「ヴェンセスラウ・デ・モラエス」の話。
詳しいことは書かないけど、話の中にコルクについての1章が設けられている。
コルクはポルトガル語で「コルティッサ」といって、同国は原料となる良質な「コルク樫」の特産地なのだそうだ。
ところがモラエスが領事を務めていた19世紀の末、ポルトガルから直接輸入されるコルクは無いに等しかった。
ポルトガル産であるにもかかわらずほとんどすべてがベルギー、フランス、ドイツ等の国を経由して日本に入って来ていたのだ。
日本人より日本を愛するモラエスはコレにガマンがならず、母国との直接貿易を実現させたいと意気込む場面がある。
モラエスの奥さんは「およね」さんという徳島の方で、残された写真を見ると「これらなモラエスも日本が好きになるわナァ…」というぐらいのスゴイ美人さんなんだよ。
コルクというのは紀元前から存在する古い素材で、江戸時代、外国から入って来た酒瓶に使われていたコルク栓を加工して目薬の瓶のフタとして再利用していたのが日本におけるコルク加工の始まりなのだそうだ。
明治に入ると、やはり西洋から輸入される馬の蹄の保護に使われていた大量のコルクを再利用することによってこの素材が広まることになった。
下はスカイツリーのすぐ近くにある「永柳産業」という会社。
創業が明治29年(1896年)というから今年で128年にもなる長い歴史を持つコルクの会社だ。
この会社が日本で初めてポルトガルからコルクを輸入して製品を作ったのだそうだ。
モラエスは1913年に領事職から引退し、1929年に亡くなっているので、永柳産業との接点はなかったであろう。 下がコルクの原料の「コルク樫」の樹皮。
弾力性があって、水に強く、音や振動を吸収し、天然の防虫成分を含んでいたりとコルクは大変に優秀な素材で、しかも木を伐採せずに樹皮を剥ぐことで原料が採れることから自然保護の観点からも優れている。
それゆえ明治の昔はとても重宝された時代があった。
ところが、ある広島のコルク製造会社が経営難に陥り、地元財界の有力者が中心となり「東洋コルク工業」を創立して救済した。
広島には「アベマキ」という木が自生していて、コレがコルク樫の代用品になったためポルトガルのモノは使っていなかったようだ。
だからモラエスが力むこともなかったのだ。
その東洋コルク工業の工場が大火災にあい、松田重次郎という時の二代目社長が「東洋工業株式会社」と名を替え、機械工業への進出を決めた。
そして、1931年に工場を新設して自動車産業に参入したんだね。
コレが今の「車のマツダ」の始まり。
ちなみに「東洋コルク工業」という会社は今でも営業している。
場内にはバラエティに富んだアトラクションが用意されていた。
マツダ車をテーマにした写真展をはじめ 各種の体験コーナー。コレは塗装かな?寄せ書き。コリャ、すごいわ!家族連れて楽しめるように子供向けのアトラクションも散見された。犬のコーナーなんてのもあった。ココはプレス・クルーの控室。
マツダの社員が常駐していて、色々と親切にして頂いた。
ココで待機していた取材陣の顔ぶれは半分以上海外の人たちだったね。控室に飾ってあった「ロードスター兄弟湯飲み」。
ハハハ、スゴい漢字が並んでるわ。地下道を通ってコースの向こう側へ行ってみよう。
壁には「オートバックス」の広告。
この会社って50年もの歴史があるのか…知らなかった。
Marshallとそう変わらないじゃん? この地下道を通ってコースの反対側へ。 壁には「ロードスター愛」を綴った寄せ書きがズラリと並んでいた。反対側へ来たよ。
ああ、懐かしいナァ。下は2006年に初めてココへ来た時にほぼ同じ場所で撮った写真。
この時は国府津から御殿場線に乗ってやって来たんだけど、もうエラく大変だった。
御殿場は電車で来るとことじゃないな。
ジェフ・ベック、サンタナ、キッス、ドゥービーなんかが一堂に会したジジイにとっては夢のようなロック・フェス。
もちろんMarshallの仕事で行ったんだけど、色んな意味で本当に行っておいてヨカッタと思う。
こんな経験をすることはもう二度とないであろうし、この時の様子は一生忘れることがないだろう。 コレもなつかしい!2014年10月、SUPERBLOODや二井原実さんらがココに設けられた特別ステージの上で熱演を披露した。今回は子供用の車のコースになっていた。未来のロードスターのお客さんたち。こっち側にもいろいろなアトラクションが用意されていた。冒頭に書いた通りレースの進捗状況ってのがサッパリわからないんだけど、間違いなくやっている。今回はどんな塩梅だったのか後追いで調べてみた。
さっきスタートした「マツ耐 特別戦」で優勝したのは森口さんという方のロードスターで、時間内にコースを68周もされたそうです。
辛抱強いナァ~、よく飽きないナァ~…としか言いようがない。
ま、機械でやるんだろうけど、数える方も大変だぜ。
平均時速は103km/hでピットインした回数は4回。
ここのコースは1周で4.6kmなんだって。
それをですよ、68周したと言うことは312.8km。
東京から名古屋とか新潟まで行けちゃう距離。
ヤダなぁ、名古屋やら新潟までノンストップで103kmで走るなんて!
私の場合、スルメがいくらあっても足りないわ。
しかしコレって自動運転の技術がいよいよ進歩した暁にはAIに敵わなくなるんじゃないのかね?
何しろドライバーが疲れ知らずなんだから。さて、またホームの側に戻って来た。
あ、「みっちゃん」のお好み焼きは完売だって!メイン・ステージを再び訪れる。
舞台で催されているのは…
阿川佐和子さん、レーシング・ドライバーの寺田陽次郎さん、そしてマツダの毛籠勝弘社長の鼎談。
「毛籠(もろ)さん」はよくテレビの経済ニュースでお見かけしますよね。
恥ずかしながら「けかご」さんっておっしゃるのかと思っていた。
調べて見ると、京都と広島の名字だそうだ。
「毛呂さん」とか「茂呂さん」は時折見かけるけど、「毛籠さん」は間違いなく珍名さんの部類であろう。ウチは阿川さんのファンでしてね。特に最近たまたまお父さんの阿川弘之さんの思い出を綴った『強父論(文藝春秋刊)』を読んだところだったので超グッドタイミング。
まぁ、帝大出で海軍OB、最後まで歴史的仮名遣いで文章を書いた作家先生がお父さんですからね。
代表作が『山本五十六』、『米内光政』、『井上成美』…全員海軍大将。
そんなの小説書く人なんてガンコにキマってんじゃん?
でも確か阿川さんって「テツ」なんだよね。
佐和子さんも案の定相当ご苦労なさったようで、「なんで?」という父のあまりにも理不尽なエピソードがたくさん詰め込まれていて思わず何度も笑ってしまった。
しかし、幸田露伴のところの文さんも大変だったけど、阿川さんの方がシンドかったかもな。
とてもオモシロイ本でした。そうそう、阿川さんはかつて文藝春秋の巻頭に長い間エッセイを寄稿されていたが、ご逝去にともない上のモラエスのところで出て来た藤原先生が「古風堂々」と銘打ってその後を引き継いだ。
スゴい偶然でしょ?Marshall Blogの中でつながるなんて。
この「古風堂々」という藤原先生のエッセイがいつも破天荒にオモシロい。
時々立ち読みをするんだけど、基本的には単行本(これまで『日本人の真価』として1冊上梓されている)でまとめて読みたいのでガマンしてなるべく読まないようにしている。
ウチは藤原先生の本が山になってるの。 さて、3人で語るのはひたすら「マツダ・ブランド愛」。
好きなんだね~。阿川さんは聞き手。
上手に鼎談を仕切っていらっしゃった。おお?
今頃になって晴れてきやがった!
…ってんで改めて場内を回ってみよう!
やっぱりこっちの方が断然いいね。午前中は寒々しかったけど…青空が見えて、終わりに近づいたところで場内が活気を取り戻したかのようだ。周囲の山々も美しいではないか。メインステージの建屋の1階にもマツダづくしの展示が設けられていた。車の解説はサッパリできませんので雰囲気だけ。
アレ?手前はホンダだな。
色々とマニアには垂涎の車らしく、どの展示にもたくさんの人が群がっていた。あ、ビックリした!
みんなズボンを降ろしているのかと思った!コースではまた別の催しが始まった。
今度はナンバーを付けていない車がビュンビュン走り出した。「マツダ787Bデモラン」というコーナー。 それっぽいのが出て来たぞ!ペッチャンコのヤツ!やっぱりこの手のヤツは速いね。
…と思ったら。
キイィィィィィィィィン!とかいってベラボーに速いヤツが走ってるじゃん?
コレは撮れんぞ!
あまりにも速い!
加えて何しろスゲエ音で、向こうの方~にいても爆音を出しているのでコッチへ来るのがすぐにわかる。
そこで流し撮りの準備をすると…もう目の前に来てるんだよ!
コレが「787B」というヤツなのか!
ま、そんなことを先日目黒の鹿鳴館で一緒になったDio Kenちゃんに話したら「アレ、ロータリー・エンジンだから音が他のと全然違うんスよ!」と言って、知っていて当たり前な雰囲気でスラスラと「787B」に関する説明をしてくれた。
その翌日、「読んだことのある本といえば『カー・グラフィック』ぐらい」といつも豪語されているほど車に造詣の深いギタリストの三宅庸介さんにこれらの写真を見せたところ、即座に「787Bですね、ル・マンの…」とおっしゃるではないか!
何でも1991年の「ル・マン」で優勝した車だとか。
そりゃ速いワケだわ(←全然わかっていないけどね)!
そんなに有名なんですね。
…と思ったらヒロアキくんのニューアルバムのジャケットにも写真が使われているじゃんか!
速さよりコレの方が驚くわ。
まぁ、とにかく速い!
それでもF1の車には全然敵わないんですって?
787Bのスピードでも手こずったんだから、F1の流し撮りはうまくイカんだろうな。一方、コレは楽勝だったわ。チョットここに来て脱線。
「ル・マン」が出たから。
昔はカー・レースの映画がよくあって、スティーヴ・マックィーンの『栄光のル・マン(Le Mans、1971年)』とかポール・ニューマンの『レーサー(Winning, 1969年)』とか子供の時に観たは観たけど、その頃から車に興味がなかったせいなのかオモシロくないんだよね。
ただ『レーサー』のジェイムス・ガーナ―だったかな?ポール・ニューマンだったかな?
レーシングカーを走らせている時の足元の様子がアップになって、まるでタップダンスを踏むように両足を操り、ものスゴいスピードでギアを変える場面があった。
コレはカッコいいと思ったよ。
ちなみに『レーサー』で共演しているジョアン・ウッドワードという女優はポール・ニューマンの奥さんだった人。
反対にカーレースの映画でオモシロかった作品を2本紹介しておきましょう。
ひとつは1965年のブレイク・エドワーズ監督の『グレート・レース(The Great Race)』。
まるで「チキチキ・マシン」みたいでね、ジャック・レモンとトニー・カーティスの『お熱いのがお好き』コンビに腹を抱えて笑った。
それと無名時代のロッキーが主演している『デス・レース2000年(Death Race 2000, 1975年)』というB級以下作品。
よくもこんなにクダらない映画が作れたもんだな…と感心してしまうぐらいオモシロかった。
みなさんもチャンスがあったらゼヒ…ご覧にならない方が良いでしょう。
『グレート・レース』はゼヒ!
レースもひと通り終了して、この日のトリの出し物となった。
それはヒロアキくんのスペシャルライブ!司会の方がヒロアキくんを紹介。
「皆さま、お待たせ致しました。本日、コチラのステージでは最後のプログラムとなります。
『田川ヒロアキ スペシャルライブ』を開催致します。
田川さんは『MAZDA FAN FEST』、『MAZDA PARTY RACE』など、様々なイベントのテーマ・ソングを作曲されておられます。
疾走感に溢れた演奏をゼヒお楽しみください。
動画の撮影はご遠慮頂きますが写真の撮影は構いませんので撮った写真をドンドンSNSにアップしてください。
みなさんで盛り上げて頂ければと思います。
では、さっそくご登場頂きましょう…田川ヒロアキさんです!」田川ヒロアキ、本日2度目の登板!今回のステージは「スペシャル・ライブ」ということでニューアルバムの曲をゾロリと披露。
つまり司会者の方が触れていたように、ヒロアキくんが作ったマツダのイベント関連の曲が演奏される。
というか、「アータ、今弾かないでどうすんの?」的局面。
美空ひばりが新潟へ行って「越後獅子の歌」を、井沢八郎が上野駅で「ああ、上野駅」を、森進一が襟裳岬で「襟裳岬」を歌うようなものなのだから!
そうして気合の入ったステージの1曲目はニューアルバム1曲目の「Open Road」。
先日のレコ発ライブのレポートに書いた通り、レコーディングではギターの音にこだわり、最初の1音から細心の注意を払って弾いた1曲。 その気概がこのステージでも十分に伝わってくるような熱のこもった演奏を1曲目から聴かせてくれた。ナニせ1曲目からこの調子だぁ! 「田川ヒロアキです、こんにちは!
『MAZDA FAN FESTA』、皆さん、楽しんでいますか?
私も楽しんでおります。
雨も上がって天気になってよかったですね!
それでは、ココからは私のステージをお送り致します」
「先ほど司会の方にアナウンスして頂きましたが、つい先日、新しいアルバム『THE ROAD SEEKER』をリリースしました。
このアルバムはマツダのイベントのテーマ曲を中心にドライブにふさわしい曲を集めたベスト盤で本日も持って来ております。
今日のステージはそのアルバムの曲を中心にお届けしたいと思いますので楽しんでいってください」コレがそのニュー・アルバム『THE ROAD SEEKER』。
内容についてはヒロアキくんが説明した通り。
タイトルの由来はレコ発ライブのレポートに短編小説が掲載されているのでゼヒご覧あれ。
コチラ⇒New Album Release Live 2024 「ROAD」づくしの<後編>
続いての曲は…さっそく!
2017年に作ったMAZDA FAN FESTAのテーマ・ソング「Ride The Wind」。「♪Can't catch me」「♪Feel the speed」と、ヒロアキくんのかけ声のような歌が印象的なドライビング・ナンバー。もちろんギターもバリッバリだ!
こういう比較的込み入った曲調の中でヒロアキくんがベンドして切り込むロングトーンって実に美しく響くんだよね。
「優雅」っていうのかな?
対照的にシュレッディングが引き立つワケよ。
そのプレイのお手伝いをしているのが背後のMarshallなのだ。
続けての曲もピアノをバックにギターが奏でる可憐なメロディでスタート。ヒロアキ・テイスト満点のハード・ポップ・チューン「道~Road to Tomorrow」。
この曲はパート替わりのキメを何度も出して場面を転換させ、ドラマ性を高めているんですね。
ギター・ソロのコード進行がまた凝ってるんだよね。雰囲気を替えてシットリと「Ave Maria」。ヒロアキくんのこの演奏をこれまで何回聴いたかわからないけど、飽きるどころかドンドン味わい深くなっているように思う。先回のレコ発の時もとても感動的な演奏だったんだけど、今日はレーシング・カーがギャンギャン爆走するような場での「Ave Maria」。
この時にはもうレースは終了していたけど、この環境がまたヨカッタね。
とても良いチョイスだと思った。「どうもありがとうございます。
私、『MAZDA FAN FESTA』には本当に長く出演させて頂いていて、曲もたくさん書かせて頂いて来ました。
そして、ついに『THE ROAD SEEKER』というアルバムもリリースすることが出来ました。
『MAZDA FAN FESTA』のテーマ・ソングをはじめ、色々な曲を収録してますのでゼヒ聴いてみてください。
そして『田川ヒロアキ』のSNSや公式サイトもありますのでチェックして頂けたらと思います。
今日の様子もアップしたいと思います。
それでは最後に1曲お届けします」最後に演奏したのは…
『ROADSTAR Party Race III』のテーマ曲『翔KAKERU』。
背面にはカー・レースのようすが映し出される。
そして背後にはホンモノのレース・コース。
すごい臨場感!…って、実際にその場に臨んでいるんだから当然か。
今日のステージ最後のソロ!
まさに787Bが向こうからスッ飛んでくるようなシャープ極まりないプレイ!そしてこの曲のためのポーズもバッチリきまった!こうして今年の『MAZDA FAN FESTA 2024』のステージを締めくくられた。終演後、お買い上げ頂いたCDにサインをするヒロアキくん。
田川ヒロアキの詳しい情報はコチラ⇒FretPiano
もうスッカリ晴れちゃって…。朝の雨模様が丸でウソのようだ。どうせ晴れるなら朝から晴れてくれるがいいじゃねーか。
久しぶりにMarshallをバックにコースでギターを弾くヒロアキくんを撮影するのを楽しみにしていたのにナァ。富士山まで見えてきやがった!
何度も来ている富士スピードウェイで初めて目にする富士山だよ。
ありがたや、ありがたや…と気持ちよく御殿場を後にしたとサ…と、言いたいところだけど高速に乗るまでが大変だった!
途中からまったく動きゃしない。
カーナビにダマされたと思って「この先通行止め」という標識が出ているところを試しに入ってみたらそれが大正解!
そこからは難なく高速に乗ることが出来た…と思ったらコレだよ!
SHOW-YAさんの仕事で来た時には行きも帰りも大渋滞ということがあった。
ま、それに比べればマシだけど、事故でもないのにナンだってこんなに混むかネェ。
だから車はニガテなんですよ~!<オマケ>
ヒロアキくんがいつも使ってくれているMarshallのデジタル・アンプ「CODE」のデモ・ビデオ。
CODEは今回の『THE ROAD SEEKER』でも使用されました。
(一部敬称略 2024年10月20日 富士スピードウェイにて撮影 ※取材協力: 株式会社オルウェイズ)