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2024年3月31日 (日)

曾我泰久『50th Anniversary Special Live』Thank You Dear Friend<中編>

 
「ベンのテーマ」、そして「気になる女の子」を歌い終わったヤッチン。
「ひょっとしたら皆さまの中にはこの頃からボクのことをご存知の方もいらっしゃるかも知れませんね。
この時代より少し後のTHE GOOD-BYEで出会ったという方が非常に多いと思います。
そこで、もしかしたら皆さまの知らなかった時代…すなわち50年前のボクのオハコを聴いて頂きました」
10「そして、春休み中に郷ひろみさんのコンサートで色んなところを周りました。
ちょうど郷ひろみさんが『花とみつばち』を出した時でした。
ジャニーズ・ジュニアの子たちが本当に楽しそうにその曲で踊ってるのを見て『ボクもああいう風に踊りたいな~』と思ったんですが、ボクの出番は『ベンのテーマ』1曲だけだったんです。
でも小学校5年生でしょ?ジ~っとおとなしくしているワケないじゃない?
なのでジュニアの人たちに踊りを教えてもらって最初のウチはステージのソデで踊ってたの。
やがてソデで踊っているだけではツマらなくなってしまって、ステージ用の衣装の箱から一番派手なヤツを選んでそれを着て踊っていたんです。
それでソデから段々ステージの方に出て行っちゃったの。
もう最後はセンター!
そしたらジャニーさんがそれを見て思いっきりよろこんでくれましてね。
『ユーたちもヤッチンを見習いなよ!』ってすごくホメてくれたんです。
今でもそれを思い出します」S41a0142 「そんなことがあって春休みのツアーが終わるとその年の4月の7日から始まった『レッツゴーヤング』というNHKの番組にレギュラー出演することになったんです。
当時は鈴木ヒロミツさんとフォーリーブスが司会をやっていました。
コレってスゴくない?
3月3日にオーディションに合格して、その翌月の7日にはNHKの生放送番組に出てるんだよ。
『リトルリーブス』というフォーリーブスの弟分のグループを組んで出演したんです。
リトルリーブスの写真がコレです」
30「みんな埴輪みたいな顔してる。
コレが『リトルリーブス』というボクが初めて組んだグループ。
その中の1人は3月3日以前に赤羽台団地で鼻をタラして遊んでいたんだよ!
それがたったひと月の間にガラッと変わっっちゃった。
なかなか経験できないことを凝縮した時間の中でさせて頂いたと思います。
で、このリトルリーブスを経て次の年、1975年に2人組の『リトルギャング』としてデビューするんですね…レコードデビュー。
なので来年の7月25日は、ワタクシ…レコードデビュー50周年でございます!
安心してください!
まだ周年が続きますからね」
40v「コレがリトルギャングの写真。
相方の松原秀樹は今や日本を代表するベーシストになっております。
この話も散々してきたので皆さんには耳にタコだと思うんですが、松原秀樹くんとは楽器の取り合いをしましてね…」
70「次はファンの方々から頂いたキャンペーンの時のスナップ写真。
当時もキャンペーンとかがいっぱいあったんですね
その時の写真がコレ…中学1年生だよ。
ネェ~、見えないでしょ?
後ろに写っているのは秀樹さんなんですけど、真剣にサイン書いていてボクだけカメラ目線。
コレがリトルギャングのデビューにつながっていくんですね」
90「それでは…折角ですので、ここで『アイ・ラブ・ユー』は……歌いません。
聴いたところで、皆さんフーンって感じだと思うよ。
感動なんてございませんよ~!
でも、もしかしたら来年の50周年の時には歌うかもしれないけど」50vギターを降ろしたヤッチン。100ココで歌ったのはリトルギャングの1975年シングル盤「アイ・ラブ・ユー」のB面の「幼なともだち」。
YouTubeでオリジナル・バージョンを聴かせてもらいましたが…ま~、ヤッチンの声のカワイイこと!
キーは「C」。
そして今回は「E」。
大分下がった…って当たり前か。
まさかオリジナル・キーというワケにはいかないわね。110vこの曲もヴァイオリンのアレンジが実に美しい。
ストリング・セクションのアレンジはどなたが担当されているのだろう?
120加えて軽いクランチ・トーンでヒロアキくんがナゾる歌メロ。
これまた美しいときてる。
130vクリーンもクランチも得意なのがMarshall JVM。
ワイルドに歪むサウンドばかりがMarshallではないのだ!140vいい曲だな~…作曲は馬飼野康二さん。
わかりやすくて、親しみやすくて…。
ヤッチンの「キッズ・バージョン」もとてもいいけど、それとは全く異なる大人のバラードに仕上がった「還暦過ぎバージョン」も素晴らしい!
ヤッチンもレコードを出した時にはこの曲を49年後に歌うなんて想像していなかったかも知れないねェ。
  
ところで、「歌謡曲」というのは日本人が作った素晴らしい日本固有の音楽文化だったと思うのだが、今となってスッカリ抹殺されてしまったのはかえすがえすも残念なことだ。
「アイ・ラブ・ユー」がリリースされた1975年のレコード大賞受賞曲は布施明の「シクラメンのかほり」だった。
私は歌謡曲にノメリ込んだことは生涯にただの一度もないが、例えば1975年のヒット曲をチェックしてみると驚いたことに上位の曲はほとんど歌うことができる。
昔はこうしておジイちゃんから幼稚園生、私のような極端なアマノジャクまでが歌える歌がたくさんあったんです。
それが今ではどうですか?
「去年アクセス数が多かった」と云われる曲をツラっと調べてみると……知っている曲は見事に1曲もなかった!
150「どうもありがとう。
当たり前ですけれど、当時歌っていた時から時間を重ねて来て、色んなことがあって、良いことも悪いこともたくさんあって、今60を過ぎてこの歌を歌うとホントに沁みるところがいっぱいあり、改めていい曲だな~と思いました」
ヤッパリね。
160「さて、リトルギャングが終わりますと今度は『ギャングス』というグループになります。
このグループで楽器を手にするワケですね。
事務所に長谷部徹くん、大野祥孝くんという楽器が出来る2人がいて、その2人とバンドを組めということでなかば無理やり楽器を始めることになったんです。
本当にあの時、楽器を勧められていなかったら今こうやってギターを持ってなかったと思うんですね。
そうやって考えると本当に色んな出会いがあり、色んなことがあって今が成り立っているということを強く感じます。
当時はちょうど事務所が一番低迷している時期で、ボクらがやっていたのは当時放映していた『飛びだせパンポロリン』といういう番組の体操のお兄さんみたいな仕事でした。
他は『歌うヤンヤンスタジオ』でバック・ダンサーをやっていました。
先日友達から大場久美子さんの後ろで踊っている人を指して『コレ、もしかしてヤッチン?』と訊かれました。
明らかにボクだった!」
私には10歳離れた妹がいて、彼女はいつも「パンポロリン」を観ていたので、もしかすると私はその時すでにテレビの中のヤッチンに会っていたのか!?
「♪ゲンコツ山のタヌキさん」。
先月ウチも孫が生まれましてね、見ていると赤ちゃんって本当に「オッパイ飲んでねんねする」んだよね~。
ハイハイ、大場久美子さんのビデオ観ましたよ~。
私もすぐにヤッチンってわかりました。
170v「そうしたことをやりながらドンドン楽器を練習していって「ANKH」というバンドになるんですね。
そしてボクが20歳の時にいよいよANKHからTHE GOOD-BYEになっていきます。
実はそのANKHの頃から作曲を始めていたんですが、初めて作った歌かもしれない…イヤ記憶がマダラでさ…初めて作ったのが何なのか実はハッキリとはわからないんですが、多分初めて作って作品になったのはANKHのデビューシングルのB面の『至近距離』という曲でした」
190vヤッチンから聞いた話では、ANKHで「ニューイヤーロックフェス」に出演し、今はなき浅草国際劇場の舞台を踏んだそうだ。スゴイ。
ここで1曲。
ギターを持ち替えて次に演奏したのはANKHの時代に作り、THE GOOD-BYEで花咲いたという「ふたりだけのX’mas」。
リズムはスカ。
200_fxm綾太郎くんと…210v隼人くんが奏でる「サンタが町にやってくる」のオブリガードや…220vのっつも加わった中間部のクラシカルなアンサンブルが楽しい。
240v音源を聴いてみると、この曲はTHE GOOD-BYEの頃からこのリズムで演っていたんだね。
ヤッチンのレパートリーにあってはレアなリズム・パターンだけどメロディはまさに曾我節!230続けてTHE GOOD-BYEの初期の作品「イマジネーションブルー」。
この曲は今でも時折取り上げているよね。
タイトルからするとまた沖縄旅行を想像しちゃいそうだけど曲はさにあらず。
のっつが弾くForeignorのミック・ジョーンズのようなピアノが効いたシリアスなナンバー。
でも決して「氷のように冷たい」などということはない。
250v_ibヤッチンとヒロアキくんのツイン・リード・パート。260さらにヤッチンのソロ。
もちろんヤッチンもMarshall。270vSTUDIO CLASSICシリーズから「SC20H」と「SC212」。
ギャングスの時に楽器を押し付けられていなければこのMarshallもこのステージの上にはなかったかも知れないね。
ということは私もヤッチンの写真を撮っていなかったワケで…。
280vすると今年のヤッチン・カレンダーの図柄も別のモノになっていたワケで…。
こういうことを考えるとホントに不思議だね。
0r4a0043「どうもありがとう。
『ふたりだけのX'mas』は原型をANKHの時に作っていて、1度ライブで披露したことがあるような気がするんですが全く記録に残っていません。
その後、THE GOOD-BYEの時に作り直して2枚目のシングルのB面に収録しました(A面は『涙のティーンエイジ・ブルース』)。
一方、『イマジネーションブルー」は、ボクが11歳の頃から芸能界にいたからかも知れないんですけれど、ボクは大人への不信感っていうのがすごく強ったんですね。
なんか『ソガちゃん、ソガちゃん!』とかね。
もう昔のテレビ局の人ってC調な人が多かったの…いい加減ってことね。
だからナンカ大人ってイヤだナァ…っていうのをすごく強烈に感じたことがあってそんな大人への不信感を『イマジネーションブルー』で吐き出したというワケです」
300v「さぁ、ココでTHE GOOD-BYEのコーナーにいこうかと思うんですけれどまだヤメておきます。
だって長くなっちゃうんだもん!
THE GOOD-BYEは今年もしかしたらライブあるかも知れません。
その時にタップリ聴いてね!
ということでココからは色んな方とコラボして作った曲をお届けします」
290「ボクは独学で色んな曲を作って参りました。
そんな中、ソロ活動に入ってしばらくして自分が好きなことだけをやっていて果たして良いのだろうか?…ということにブチ当たったんですね。
というのは他の皆さまは世の中の人にアピールする曲をいっぱい作っているワケですよ。
自分はそういう曲からチョット外れてきて…というかそういう曲が作りたくないと思っていたんです。
そう思いながらもやっぱりそういう風にやらなくてはいけないのかな?ってなった時に自問自答したんです…そもそもボクは一体ナニが好きなんだろう?
そう考えた時にパッと出て来た答えがやっぱりビートルズだったんですね。
そしたらビートルズのパロディみたいな曲がいっぱい出来たの。
そうして曲を作っていくウチにそれらをミュージカルに仕立てられないか?と思いついたんです。
当時はミュージカルを多く演っていたものですから」
310「それでそれまで何度も共演させて頂いた中村龍史(りょうじ)先生というミュージカルの演出家にボクがやってみたいと思っていたことを相談したんです。
すると中村さんは『オ~、それはオモシロいね!』とおっしゃって、それをとにかく形にすべくボクが企画と音楽を提案したんです。
そして龍史さんが演出してくださり、奥様の留美子さんが脚本を書いてくださいました。
それで『アイ・ラブ・ジョーカーズ』という作品ができ上がりました。
コレはボクのこの50年の芸能生活の中でも特に大きな部分を占めていまして、自分が頭で描くことを形にできたことで大きな自信につながったんですね。
そこでココで『ジョーカーズ』の曲を歌ってみたいと思います」300ファンキー末吉さんのドラムスからスタートしたのは…320_ko「She Loves…」
チガウチガウ!「神様チャンスを」だ!
330和佐田達彦さんのこういうクラシカルなプレイ、なんかとても新鮮だナァ。325vなるほど、コレはビートル・マニアのヤッチンならではだわ!
ヤッチンは首をフリフリ。
楽しい~!340vピアノによるのっつのソロ。
コ、コレは…うまいことやったナァ。350私はこういうコンセプトが好きでしてね。
こうした試みは後世に音楽の遺産を伝承するための最適な手段のひとつだと思っている。360ところでビートルズのパロディとなると古今東西枚挙にいとまがないだろう。
その中にあって世界的によく知られているのがイギリスのThe Rutles。
「Always Look on the Bright Side of Life」という海外では超有名な曲で知られるモンティ・パイソンのエリック・アイドルとボンゾ・ドッグ・ドゥー・ダー・バンドのニール・イネスが結成したチーム。
一聴して元ネタがわかる曲もあるけど、ピアノのヴォイシングだけを移植して丸っきり別の曲に仕立てていてもどこか似ている曲もあったりして実にオモシロイ。
またニール・イネスの声がジョンにソックリなのよ。
何しろジョージのインドものまで網羅してるからね。
パロディのハズなのになぜかオリジナリティが濃厚でコレはコレで良質なビートルズ派のポップスとして十分楽しめちゃう。
でも私にとって最も興味深いのはピーター・オリ―・ハルソールというギタリストが参加していることなのね…どこで弾いているのかサッパリわからないんだけど。
この人はもう故人なんだけど、アラン・ホールズワースの向こうを張ることができる本当にスゴいギタリストだった。
ギッチョと白いSGで弾くジャズよりのプレイがトレード・マークでね。
私は高校1年生の頃からオリーが好きで、一時期彼が参加しているアルバムを探しては買い漁っていた時期があった。
ケヴィン・エアーズのバックを長年務め、来日して九段会館のステージ立ったこともあったが愚かなことに私は見逃してしまったのです。 
そしたら1992年に43歳の若さで逝ってしまった。
Rt私も映画から音楽に入り込んだキッカケはビートルズだったので、ビートルズは今でも好きだし時折聴いています。
最近よ~くわかったのが、ビートルズの音楽を100%楽しむには英語力が必要だということ。
ビートルズの曲ってメロディやアレンジが究極的に素晴らしいことは言うまでもないんだけど、英語の歌詞を覚えて一緒に歌えてこそその魅力が本当にわかるのだと思うんですよ。
だから総じて映画が苦手でビートルズの言葉を直接受け止めることができない日本人は彼らの音楽を60%ぐらいしか楽しんでいないと言えるでしょう。
そこへ行くと英語のネイティブさんたちにはあの歌詞の意味を楽しむことができることは言うまでもなく、彼らが考えた言葉の連なりをあのメロディに乗せて歌うと口がスゴク気持ちいいんですよ、口が。
それとやっぱりイギリスの文化を知っているから楽しさは倍増する。
最近発見したのが「Lady Madonna」の「♪See how they run」という歌詞。
コレ、「Three Blind Mice(3匹の盲目のネズミ)」というイギリスの「Nursery Rhyme(ナーザリー・ライム)」、すなわち童謡の一節なんだよね。
イギリスの人はこういうことを知っているので聴いていて余計にオモシロイというワケ。
…ってなことでMarshall Blogでも何度かビートルズについて書いているので興味のある方は是非どうぞ。
 
【イギリス-ロック名所めぐり】vol.31~『Let It Be』を観たよ
【イギリス-ロック名所めぐり】vol.35~The Beatles was here! <前編>
【イギリス-ロック名所めぐり】vol.36~The Beatles was here! <後編>
【イギリス-ロック名所めぐり】vol.66~リバプールに来た!

000img_7886 「どうもありがとう。ジョーカーズの『神様チャンスを』でした。
今の曲の作詞は中村龍史さん、作曲が曾我泰久でございまして、こうしてホントに色んな方とコラボレーションをさせて頂きました。
次はボクとの接点がなかなか見当たらないのではないかと思うんですが元聖飢魔Ⅱのエースさん。
エースさんと一緒に曲を作ったんですね。
ボクが先にサビを作ってエースさんがそこに歌詞を付けてくれて、Aメロ、Bメロをそれぞれで作ったんです。
なかなかねこういう風に分担することはないんですね。
そういう珍しいたスタイルで作った『Every single day』です」370vこれまでにも度々ライブで披露して来た1曲。
やっぱり何と言っても耳を惹くのは印象的なサビのメロディなんだけど、そこへ持って行くプロセスが大変スムーズで美しい。
そのパートをどちらが担当したのかは存じ上げないが、まさかこの曲が藤子不二雄状態であるなんてしらされなければ永遠にわからないであろう。
何よりも曲にヤッチン・ムードが横溢しているところもこの曲の魅力のひとつだ。
380v_esdヤッチンの泣きのギター・ソロも出て来てサービス満点の1曲。
ギター・アンプはMarshallでございます。390「自分の中にはなかったタイプの曲で、自分1人だったらこの曲は出来ていなかったのではなかろうかと思います。
エースさんとも『またライブ演りましょう』とか、『一緒に曲を作りましょう』とお互いに言ってはいるんですがなかなかスケジュールが合わないんです。
『来年こそは絶対にね!』と去年言っていたので今年はどこかで実現したらいいなと思っています。
楽しみにしていてください」
400v「続きましてのコラボレーションは、ボクの憧れの人でもあるんですが、J-POP界の巨匠、『Mr.メロディ』の異名を取る杉真理さんと共作させて頂いた曲があります。
杉さんってとても当たりが優しいんですね。
曲を作っていると割にズバッと『これカッコ悪いんじゃない?』とか『ダサいんじゃない?』って厳しく指摘される方も中にはいらっしゃるんですね。
でも杉さんは全く違って『曾我くん、コレはこういう風にしたらどうかな?』って言ってパターンを5つぐらいすぐに出してくれたりするんですよ。
引き出しがすごく多い。
必ずなんかハッとするような、『ポップスのマジック』っていうんですが、それを持ち込んでくださるんです。
また一緒に曲作りをしたいとずっと思っておりまして、ラブ・コールを送ろうかと思っております」400キタキタ~!
私も好きな「僕の月面計画」。410_bgkこの曲もサビがすごくいいんだよね。
杉さんが「Mr.メロディ」ならヤッチンを「Mr. サビ」と呼びたくなってしまうよ。
ヤッチンはヴァースの最後の「♪アダムとイヴ…」のパートからサビの「♪グッバイ僕の月面計画」までノン・ブレスでスラーで歌っちゃう。
コレが気持ちいい。
つなぎ目が滑らかになって余計にサビのメロディが際立つんだな。
420ヒロアキくんとのツイン・リード・パートと…430ちょっとノスタルジックなのっつのピアノ・ソロもバッチリ!440vで、この曲にも出て来る「アポロ」ね。
あのチョコレートが発売されたのは我々が小学校の低学年の頃だったか?
アポロ11号が月に行った時。
あの形もさることながら半分イチゴになっているのがうれしかったでしょ?
そんなことも思い出させてくれる楽しいナンバー。
ところで、杉さんのこの曲に持ち込んだ「ポップスのマジック」はどの部分だったのであろうか?
知りたいナァ。
ヤッチンのことだからまたいつかMCで話してくれることだろう。
450「どうもありがとう。
杉真理さんと共作した『僕の月面計画』を聴いて頂きました。
色んな方と共作することが出来てホントにうれしい限りでございます。
この先も色んな人の力をお借りして新しい曾我泰久をみんなにご紹介できたらいいなと思っております。
他にもミュージカルを通じて生まれた縁もすごく多いんですが、今日は『ミュージカル界の父親』と呼んでいる尾藤イサオさんもお越し頂いております。
コロナ禍の間はお会い出来なかったんですが、『ミュージカル界の母親』の木の実ナナさんとお会いしました。
ナナさんとは毎日メールでやりとりしているんです。
いまだにボクのこと『ティム』って呼ぶの。
まるで母親のように『今日は寒いから気を付けて』とか『地震大丈夫だった?』そういうメールを送ってくださるんです。
そうして本当に様々な縁に触れることが出来たからこそ今こうやって楽しく歌が歌えているということを痛感致します。
それでは、次はそんな色んな場面を思い浮かべながらコノ曲を歌ってみたいと思います」
460vその前に…またしても「我々世代ばなし」になりますが、尾藤さんといえば『あしたのジョー』だよね~。
「♪サンド~」の声にシビれた。
私は尾藤さんのあの声がすごく好きで、1978年、高校1年生の時に尾藤さんが『悲しき願い』の再録音のシングル盤を出した時にすぐ買った。
尾藤さんって子供の頃はプロのジャグラーだったんだよね。
実はウチの子たちの中学校の先輩なの。Img_0244 さて、中盤のハイライト。
感動のコーナー。
476バラードの「ALBUM」をタイトル通りヤッチンの芸能生活の歴史を物語るスライドを投影しながら歌ったのだ。480次々と投影されるヤッチンにとってとても懐かしいスライド。490vギター・ソロもはさんで…
540感動的に歌い上げるヤッチン。510vチビッ子だった写真は曲が進行するに連れてやがて今のヤッチンに。
私が撮影した写真もご採用頂いた。
520ヤッチン史の一部に加わることができて光栄でございます。530そして「Dear Firend」。555_dfこの曲も普段のライブで取り上げられる1曲。
しかし、『Thank You Dear Friend』と銘打った芸能活動の50周年を記念するこの場での歌唱はひときわ心を込めたことであろう。560vそしてこの後にはエキサイティングな展開が待っていた!

曾我泰久の詳しい情報はコチラ⇒soga21.com570<最終回につづく>
 

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200 (一部敬称略 2024年3月3日 日本橋三井ホールにて撮影)