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2020年10月 7日 (水)

【追悼】エドワード・ヴァン・ヘイレンのこと

 
我々はよく「三大XXXX」というヤツをよくやるでしょ?
「三大秘湯」とか「三大珍味」とか。
そして、「三大ギタリスト」というと、必ず「クラプトン、ベック、ペイジ」。
誰が言い出したのかは知らないが、その昔「イヤイヤ、どうも本場のイギリスではクリス・スぺディングを入れるらしいゼ」…なんてことを聞いたことがある。
確かにクリス・スぺディングはオッソロしく腕の立つギタリストなので私は異論を唱えないが、少なくともイギリス人がそんなことを言っていたとは信じがたい。
ナゼならあの「三大」は日本人独特のモノで、海外で「Three biggest XXXX」なんてやっているのを聞いたことがないし、ココ20年以上の間にMarshallに勤めているイギリス人が「The three biggest British guitarists are…」なんてことを口にしている現場に立ち会った記憶がない。
ところが、普通の「三大」だけでは飽き足らず、ギター関連の「三大」にはまだネタあって、それは「三大ギター・イノベーター」というヤツ。
「ギター演奏を革新した3人の偉大なギタリストは誰か?」という意味。
もちろん日本人の誰かが考えたんだろうけど、模範解答はこういうことになっていた。
「ザッパ、ホールズワース、ヴァン・ヘイレン」…ホンマかいな?
  
今朝、エドワード・ヴァン・ヘイレンがガンで亡くなったと聞いて驚いた。
一時期、健康を害ていたものの、数年前に復活を成し遂げていたという認識だったので尚更のこと。
65歳はあまりにも若い。
 
Van Halenが出てきた時のことはとてもよく覚えている。
中学校3年の時で、その前年ぐらいからギターを始めていた私は「誰かすごいギタリストはいないかな?」と手当たり次第にロックを聴いていた時分だった。
私だって80年代に入る前は、乾ききったスポンジが猛烈に水を吸収するようにロックを聴き漁っていた。
も~、来る日も来る日も、起きている間中、ロックのことしか考えていない時期がワタシにだってあったのですよ。
そんなある日、石丸電気のレコード・センターの2階のロック売り場が「Van Halen」一色になった(下の写真は現在の姿。石丸電気3号館レコード・センターは2010年に閉店…どころか、石丸電気は2012年にエディオンに吸収されて商標は消滅した)。

Id 「ヴァン・ヘイレン、ヴァン・ヘイレン」……「ココアみたいだな?」とは思ったけど、とてもいい響きだと思った。
その時、東南アジア系の色の浅黒い、自分よりおそらくは3歳ぐらいは幼い男の子が、レジで壁にかかっているVan Halenのデビュー・アルバムを指さして注文をし、ポケットに手を突っ込んで千円札を取り出してカウンターに置いた。
その何枚かの千円札は、伊藤博文か、高杉晋作か、久坂玄端かの見分けがつかないぐらいクシャクシャだった。
イメージとしては『真夜中のカウボーイ』でラッツォ(ダスティン・ホフマン)がタバコの吸い殻と一緒に小銭をポケットから取り出すシーンだ。
どう見ても自分よりはお小遣いをもらっていなさそうだった。
その様子を見て瞬間的にこう思った。
「こんな子が好きな駄菓子を買うのをガマンして貯めたお小遣いで買うレコードなんだから、バンヘーレンというのは相当スゴイに違いない」

でも、私はその後も含めてvan Halenのアルバムを買うことはなかった。
ナゼか?
人気が出たから。 
エドワード・ヴァン・ヘイレンがかけ幕も畏き新しギター・ヒーローとして崇め奉られるまではとにかくアッという間だった印象がある。
その人気者を避ける私のアマノジャク精神とは別にプログレッシブ・ロックへの興味の方が大きかったこともあったかな。
 
でも、1978年の初来日公演には行った。10まだアルバムが1枚しかリリースされておらず、上演時間が短いことから、その頃でもう珍しくなっていた前座が付くことになった。
私が行った東京公演では「レッドショック」というバンドが登場した。
日本もこの「前座制度」を復活させればいいのにナァ。
Marshall Blogに出ているような、ホントにちゃんとしたロックを演っているバンドを出して知らない人たちに紹介してやればいいんだよ。
最もいまや日本のリスナーに対する外タレの影響力がドン底にまで落ちてしまったので、やるとすると日本の人気バンドの前座を欧米のバンドが務めるスタイルの方が自然か…。

201978年…まだ「ロック」が従来の「ロック」の体をなしていたいい時代だった。

30プログラム内に出ている別公演の広告。

Little Featは行った。
人生で印象に残るコンサートのひとつだった。
 
The Bay City Rollersも人気があったネェ。
あんな時代がウソみたいだ…Queen、KISS、The Bay City Rollersが毎日テレビに出ていたんだから。
もちろん私は全く興味がなかったけど。
先日イアン・ミッチェルという元メンバーが亡くなったね。
 
スージー・クアトロは去年、NAMMでのイベントでご一緒させて頂いた。
まさかこのプログラムに出ていた人と同じ現場で仕事をさせてもらえるとは!
まさにWild One!!

50私が行ったのは初日か2日目の新宿厚生年金会館大ホール。
厚生年金もなくなっちゃった。
行かなかったけど、2回目の来日公演は日本武道館だった。
40もう時効だと思うし、門外不出のモノなので書いちゃうけど、当日の公演を録音した。(以前にも書いたか?)
このレーベル。
スコッチのカセットテープの販促品だな。60演奏曲目まで記録してる。
バカが…「Atomic」の「o」が抜けてら!
12曲、しかもVan Halenの曲は短いし、特にインプロヴィゼーションのコーナーもなかったので、相当短い上演時間だった。
「Eruption」で今でいう「ライトハンド」…いや、今は「タッピング」っていうのか。
とにかくあのピロピロのパートで大きな歓声が上がって感動したのをよく覚えている。
おおよそロックなんかに興味のないハズの一緒に行った不良の飯塚くんもそのシーンでは「アレってやり方がが違うんでしょ?やり方が違うんでしょ?」と知性のカケラも感じられない騒ぎ方をしていた。
「やり方」と言ったのをハッキリ覚えている。
そんなことよりナゼ飯塚くんが一緒にコンサートに行ったのかが不思議でならない。
70落語の音源をデジタル化するために買ったラジカセを引っ張り出してきて聴いてみた。
ちょっとヒヤヒヤだったけど何の問題もなく聴くことができた。
どうだったか…まず、メッチャ演奏がうまい!
楽器の演奏は何をかいわんや。
デヴィッド・リー・ロスの歌も完璧だし、マイケル・アンソニーのコーラスは一体どこからあんな声を出してるんだ?
そしてエディ。
もうね、こんな音源でもギターの音が素晴らしいのがよくわかる。
真空管アンプだけが出すことができる音色だ。
パッと聴くと、高崎さんが弾くMarshallの音に共通点があるようなイメージかな?
とにかくカッコいい音。
ちゃんとした真空管のアンプが出すこんなギターの音を聴くことができる時代に生まれたことに感謝する。

80そういえば、大分前の話になるけど、Marshallの世界のディストリビューターが集う会議にまだオランダが出席していた時のこと。
休憩時間にそのオランダの担当者が意気揚々と、そして自慢げに「Eruption」を弾いていた。
その姿を見て、オランダの人にとってエディは国民的なヒーローなんだろうな…と思った。
ジャン・アッカーマンとエドワード・ヴァン・ヘイレンはオランダのギタリストたちにとっては美空ひばりと春日八郎以上の存在に違いない。
それとあのトレード・マークのガラもスゴかったね…白黒のと赤いのと。
「あの白いストラト・モデルに付いている黒い模様はビニール・テープなんだってよ!」と当時のギター小僧の間では話題になったし、ヘッドの「Gibson」のロゴも衝撃だった。
でも、べっ甲アメみたいな仕上げの大きなシグネチャー・モデルは評判が悪かったナァ。
 
こうしてみると、上に書いたように私は他の人が騒いでいるモノに同調することが苦手なので、Van Halenの音楽はファースト・アルバムだけの思い出しかないが、バンド周辺の思い出が残っているのはその影響力によるところだろう。
 
最初に出てきた「三大ギター・イノベーター」ね。
スタイルは異なれど、確固たる共通点がある。
それは音を聞いただけで瞬時にしてその人とわかる独自のギター・トーンを持っているということ。
例えば、ザッパ。
後半はそうでもなかったけど『Hot Rats』だとか『Chunga's Revenge』の頃って誰にもマネできない弾き方で、誰にもマネできないサウンドをクリエイトした。
その結果誰にもマネできない音楽を作った。
「Tarasylvania Boogie」なんてとてもいい例ではなかろうか?

Cr ホールズワースのギター・サウンドについては何も言うことないでしょう。
私も高校の頃、まだ有名になる前は参加している作品を探して、買い漁ってよく聴いた。
時々、このJohn Stevensのアルバムを引っ張り出して聴くんだけど、コレって国内盤が出ていたのね?
私のレコードはオリジナル盤なんだけどね…全く大した自慢ではないが。
やっぱりホールズワースはジャズのフォーマットの方がいいな。
最近気づいたんだけど、例えばこのアルバムのホールズワースのソロを切り取って、ロック系のアルバム、『Bundles』でも『Expresso II』でもなんでもいい…何なら『Tempest』でもいいや、そのソロをボコっとそれらに被せてみたらどうだろう。
まったく何の変化もなく音楽が機能するのではないか?
同じことをインパルス時代のコルトレーンのアルバムでやってもオモシロイだろう。
つまり、この人のギターはロックでもジャズでもなく「100%純粋なホールズワースの音楽」をたまたまギターという楽器を使って表現していたということに他ならない。
恐らくオーネット・コールマンあたりの音楽に注ぎ込んでもオモシロいのではないか?
日本には最後までこういう人は出てこなかったネェ。
Js そして、エドワード・ヴァン・ヘイレン。
まずは稀代の名作に『炎の導火線』などというマヌケな邦題がつけられたことをとても気の毒に思う。
「悪魔のハイウェイ」?「暗闇の爆撃」?「叶わぬ賭け」?
なんじゃらホイ?
レコード会社の担当の方もラジオのこと等、何がしかのバックグラウンドがあって仕方なくそんな曲名を付けたんだろうけど、アンマリではなかろうか。
 
高校1年の時、いくつか年上の人が早速コピーバンドをやっていたけど、その人、このアルバムが出て初めて聴いた時、あまりの衝撃にB面に行く前にA面だけを連続して5回聴いたっていうんだよね。
もうあまりに良すぎてB面に進むことができなかったんだって…そんなバカな。
でもうらやましい。
 
「イノベーターとしてのエドワード・ヴァン・ヘイレン」…当時の様子を実際に体験して思うことは、「エディの前にエディなし。そして、エディの後にエディなし」。
ホントにギターの世界を変えてしまったことは論を俟たないでしょう。
結局、何をしたのかというと永六輔でしょう。
ギターの「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」やって見せてくれたのではなかろうか?
それを実現する極めてクォリティの高い曲があったということも忘れてならない。
コレを考えた時、今のロックって「どうでもいいことを難しく、難しいことを浅く、浅いことをツマらなく」やっているように思えてならない。
ゴメンね、悪口ばかり言って…でも作る方も聴く方もそれに気づいて欲しいんだもん。
 
エドワード・ヴァン・ヘイレンに功罪の「罪」があるとすれば、ロック・ギターの可能性を頂点まで極めたことにより、ロック・ギターが将来的にやるべきことを一気にやり尽くしてしまったことぐらいか?
チャーリー・パーカーやビートルズのようなもんだね。
そのあまりにも魅力的なプレイが凡庸なフォロワーを激増させてしまった結果、ギター・ソロが「金太郎アメ」状態となり、最終的に飽きられてしまい、一般的なロックからギター・ソロを抹殺してしまったことか?
コレは結果論であって、もちろんエディのせいではないんだけどね。
でも、あの「カッコよさをマネするな」という方が無理だろう。
Vhこの3人、みんなMarshallを使っていたんだよね。
改造していようがいまいがそんなことは関係ない。
Marshallという楽器が彼ら「創造へのインスピレーション」を与えていたことが重要なのだ。
そして、みんないなくなっちゃった…。
エディの音楽とMarshallは生き続けます。
 
偉大なるギター・イノベーターのご逝去を悼み心からお悔やみ申し上げます

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