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2020年10月13日 (火)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.55~変わりゆくロンドン <その7:最終回>絶滅に瀕するロック名所

 
デンマーク・ストリートのことをイザ本格的に調べ始めたらやたらとオモシロくなっちゃって、予想をはるかに上回る長編になってしまった。
「ロンドンもドンドン変わっていくな~」と約20年にわたる定点観測の結果をテーマに据えたが内容がボケてしまった感もあるけど、ま、それも仕方がない。
わかる人、あるいは興味のある人には結構お楽しみ頂けたことと信じている。
そして、今日は「変わりゆくロンドン」の最終回。
 
昨年ロンドンに行った時、長きにわたってMarshall Blogで案内してきたチョットした「ロック名所」も次々と姿を消して行きそうなヤバイ雰囲気を感じましてね。
最終回はそんな絶滅の危機に瀕しているかもしれない「名所」をチェックしてみたいと思う。
同時に「名所」に限らず、一般的な街の変化についても感じたことを書き記しておきたい。
 
例えばこの風景。
コレは5年前にタワー・ブリッジの上の渡り廊下から撮った写真。
右下のお城みたいな建物は有名な「Tower of London(ロンドン塔)」。
ゴメンなさいね…「ロンドン塔」はリック・ウェイクマンの『ヘンリー八世と六人の妻』で詳しくやろうと思っていたんだけど、なかなか筆が進まん!
そのウチに再開するつもり。
で、この風景。
東京に比べれば笑っちゃうぐらい高層ビルが少ないけど、私が初めてロンドンに来た時にはこんな建物はほとんどなかった。
10撮影した場所は違うけど、去年のようすがコレ。
ジャンジャン高層ビルが増えて景観を壊し続けている。
東京みたいになるな!
でも、ロンドンは何百年経っても東京ほど殺風景には決してならないでしょう。
それは街中の緑の量が圧倒的に違うから。
220ロンドンの「忠犬ハチ公」、ピカデリー・サーカスの「エロスの像」。
ここは変わっていない感じがするけど、昔はこの像の後ろ側は車が走っていたような気がする。
イードゥンのベーシスト、おひとり様写っています。

20「ハチ公」といえば…Marshall?!
「V犬ハチ公」だって。
田川ヒロアキさんが送ってくれた写真。
渋谷の109に飾ってあるそうな。
S8kさっきの反対側から見たようす。
「TDK」に「SANYO」…私の中ではコレがピカデリー・サーカスのデフォルトの光景。

30SANYOは1984年、TDKは1990年からこの場所に広告を出し始めた。
かつては、パナソニック、富士フィルム、キャノンなんかも掲出していたとか。
ところがSANYOは2011年に、そしてTDKは2015年にそれぞれ撤退してしまった。
ま、SANYOは会社モロともなくなっちゃったんだから仕方ない。
TDKはカセット・テープの需要がなくなり、もはや一般大衆に向けて看板を掲出する意味がなくなったので撤退を決めたのだとか。Srimg0214TDKはカセット・テープ以外にフロッピー・ディスクも作っていたけど、最近フロッピーなんて見たことないもんね。
昔はワープロひとつ立ち上げるのに何枚もパソコンに突っ込んで読み込ませていたものだったけどね~。
そういえば、今は「ワープロ」なんて言葉も聞かなくなった。
「モノ」がなくなったから「言葉」がなくなったんだよ。
英語圏の人たちは日常の生活で20,000語を使っているといわれている。
多分、この数はドンドン増えているでしょう。
一方、日本人は50,000語使っているといわれていたが、コレはかなり減っていると思う。
そもそもこの5万語の中には擬態語とか擬音語も含まれているので、そうした表現が豊富な日本はどうしても語彙数が増えてしまう。
スゴイと思わない?…お年寄りのことを「ヨボヨボ」と表現するなんて…英語で言えないよ。
歩く表現ひとつ取っても「テクテク」、「スタスタ」、「ぴょこぴょこ」、「トコトコ」、きっとまだあるでしょう。
雨や雪や風の表現とかね。
本当に日本語は素晴らしい言葉なんだよ。
でも、そうした言葉は日常的に使われているので無くなる心配はない。
圧倒的にヤバイのは名詞。
例えば生地や和装のスタイルの名前。
色の名前なんか悲惨だよ。
落語を聞いていると、登場人物が身に着けている服装をすごく詳しく描写するでしょ?
もちろんアレは情景を描くためなんだけど、それだけではなくて、着ているものを詳しく描写することによって、着ている人の身分や家柄や性格を説明しているんだね。
素晴らしい芸当だと思う。
だからコレがわからないと本当に噺をわかったことにはならない。
 
日本人は衣食住からたくさんの「和」のアイテムを切り捨ててしまったため、膨大な数の語彙を失っていることに気付くべきだ。
着物の色を表現するのに、信じられないぐらいたくさんの言葉があるのね。
それらがゴッソリなくなってしまった。

40コレは2012年の同じ場所の夜景。Simg_7974夜でもこうした大道芸人が出て来てたくさんの人だかりができる。
コレ、渋谷のスクランブル交差点か、浅草の雷門の前みたいなもんだからね。
こんなの日本じゃ絶対に許されない。Simg_7967そして、例の広告はSANYOが撤退してTDKだけになった。
SANYOが広告を出していた場所に韓国の「HYUNDAI」が入り込んだ。
 
写真の右半分を見て。
街並みがすごく暗いでしょう?
コレってまだ宵の口ですからね。
Simg_7847コレは2015年。
とうとうTDKも撤退してしまった後。
「HYUNDAI」だけでなく、左には「SAMSUNG」のロゴも登場し出した。50そして、2019年のようす。
HYUNDAIがコカ・コーラを押しのけて最上階に移動して、横のSAMSUNGのスペースが大きくなった。

数年前にファンキー末吉さんがご自身のブログに記していたことを思いだす。
ご存じのようにファンキーさんはドラムスの普及活動で長きにわたって日本と中国との間を行き来している…というより、もう中国人にお成りになられたと言っても過言ではないぐらい中国に入り込んでいらっしゃる。
今はカンボジアに滞在してクメール語を熱心に学んでいらっしゃるようだ。
相変わらずのスゴいチャレンジ精神だ。
英語圏の人たちが日本語を学ぶように、アルファベットも漢字も使用しない言語をゼロから習得するのは並大抵のことではないであろう。
さて、ファンキーさんがブログでおっしゃっていたのは「かつては中国のどこへ行っても『日本人、日本人』と親切にしてくれたが、最近は全くそういう傾向が見られなくなった。その原因は『経済』である。かつて繁栄を極めた日本の経済が斜陽化し、国際経済力が鈍った途端、誰も日本人に興味を示さなくなり、態度が冷たくなった」
正確ではないが、大意に誤謬はないであろう。
私はこういうことこそ、つまりファンキーさんが肌や空気でお感じになったことこそが日本の「景気」や「世界の中の日本の地位」を正確に示しているのではないかと考えるのだ。
もちろんピカデリー・サーカスから日本企業の広告が消え失せたからといって現地の人にイジめられるなどということは全くないが、これらの韓国企業の広告を見るたびにこのファンキーさんのブログを思い出すのだ。60このリージェント・ストリートに沿って思いっきり湾曲しているビルね、何ていう名前だか知らないけど、初めて見たときは感動したナァ。
「ヨーロッパに来た~!」って感じ。

70夕方になるとこんな感じ。
何やらゴージャスな雰囲気でしょ?

Simg_7972もっと暗くなるとこんな感じ。
照明が当たっている部分は明るいけど、街全体が暗いと思わない?

Simg_7849_2チョット脱線。
ロンドンの街って街灯が少なくて、夜間の明かりといえば建物に当てた照明がメイン。

Img_7807ココはレスター・スクエア。

Img_7848銀座4丁目とか、新宿歌舞伎町とかいう一番の繁華街でコレだからね。
ネオンサインがないの。

Img_7812どこでも明るい東京の夜とは大違い。
マンハッタンだってあんなにネオンがギランギランなのはせいぜいタイムズ・スクエアぐらいなものだ。
東京は異常だよ。
アレで電力不足がどうのなんて…狂っているとしか言いようがない。

Img_7822さて、コチラはかなり前の写真。
1階のウインドウを見て…黄色い看板が出てるでしょう?
コレ、TOWER RECORDSの看板なの。
こんな街のど真ん中にまだレコード屋があったんですよ。

80『上流社会』、『回転木馬』、『アニーよ銃をとれ』…見たことがなかった廉価版のCDがあったのでこのTOWER RECORDSで買ってみた。
この頃はまだオックスフォードストリートにVirgin Mega StoreやHMVがあった。
当時日本では売っていなかった『This is Spinal Tap』をVirginで手に入れてうれしかったのを覚えている。
バーウィック・ストリートに行けば今でもまだ少し小さいレコード屋が残っているけど、大きい店は絶滅した。
変わりゆくな~。
90ちょっとコロナがらみで変わってしまったことを…。
もう1回ピカデリー・サーカスに戻りますよ。
 
SANYOとTDKの看板のビルと向かいのロンドン・パヴィリオンの間を走る道が「シャフツベリー・アヴェニュー」。
「street」、「road」、「avenue」、「boulevard」、「lane」、「alley」、「path」、「crescent」…全部「道路」関係のtン後。
も~、ホントにややこしいよね。
イギリスでは「avenue」ってのを見ないナァ。
パッと思いつくのはこの「Shuftesbury avenue」ぐらいか?
Simg_0225ロンドンで「boulevard」ってのは見たことがない。
でも、Marshallの本社があるミルトン・キーンズの駅前にいくつかあるのを知ってる。Simg_0615このまっすぐに伸びた広い通りの名前を「Midsummer Boulevard(ミッドサマー・ブールヴァード)」という。
青春映画のタイトルみたいでしょう?
やっぱりブールヴァードはロサンゼルスだよね。
ミルトン・キーンズは1960年代に人工的に作られたイギリスで一番新しい町(city)なのでアメリカのマネをしたのだろうか?(元々は「ミルトン・キーンズ村」だった)
そういうことは厳に慎んで頂きたいものである。Simg_0614 イギリスの「ブロードウェイ」、シャフツベリー・アヴェニュー。
たくさんの劇場が立ち並び、演劇やミュージカルで夜毎華やかな賑わいを見せるエリア。
この標識にあるように「Theatreland(シアターランド)」というニックネームが付けられている。
そんな世界に冠たる劇場街もブロードウェイ同様、年末までの公演をすべてキャンセルした。
100Marshall Recordsのヘッドで生粋のロンドンっ子のタネさんがロックダウンの時、電話で「シャフツベリーに誰もいない!」とショックを受けていたのがすごく印象に残っている。
こんな感じだったのであろうか?
コレはただ朝早いから(…といっても9時半ぐらい)人がいないだけなんだけどね。
イギリスでは約3割のミュージシャンが、もうこんな状況に凝りて職業を変えようとしているとか…。
ロンドンはロック・コンサートだけでなく、ミュージカル、芝居、バレエ、オペラを含むクラシック音楽等々…東京なんか足元にも及ばない程ショウビジネスが盛んで、それだけそうした現場で働くミュージシャンを抱えているワケ。
何せそうしたエンターテイメントがほぼ365日、ほぼ毎日上演されているんだからスゴイ。
今、それがいとも簡単にスッポ~ンとなくなっちゃったんだから大ゴトなワケよ。
コワいよね。
グレードを選びさえしなければそれだけチャンスがある反面、こうしたことが起こった時の競争も世界一なんだから。
 
…と思っていたら、2、3日前にブロードウェイは来年の5月末まで閉鎖するというニュースを目にした。
本当に大変なことになった。
尚、悪い状況が続くイギリスだからして、ウエスト・エンドも同じようなことになる可能性が非常に高いだろう。

110コヴェント・ガーデンにほど近い「St. Martin's Theatre(セント・マーティンズ劇場)」。

190ココではアガサ・クリスティ原作の『The Mousetrap(ねずみとり)』という芝居がかかっていた。
1952年から!
私は観たことないんだけど、オフブロードウェイの『Fantastics!』も有名だよね。
あっちは1960年に始まって2002年まで続いた。
確か定休日以外に上演を休んだのは、ケネディ大統領が暗殺された時と、ニューヨークの大停電の時、それと多分、同時多発テロの時だけ…みたいなタフなミュージカルだった。
でも『Mousetrap』は期間で言えば『Fantastics!』を寄せ付けない実績があった。
何せ68年間だからね。
200ところが!
その公演も今年止まってしまった。
コレもコロナにより大きな変化と言えるのはなかろうか?

210それと、チャーチル。
こっちはコロナではなくて、アメリカから端を発した人種差別排斥運動。
この国会議事堂のそばに立っている象がブッ壊されてしまうかもしれないからナニかで覆って保護しよう…という動きがあった。
結局、対応したのかどうかは知らないけど、マァ、ナント短絡的なことよ。
リバプールの「ペニー・レーン」の話もそう。
今更ナンダ?と
私はイギリスが大好きだけど、過去にナニをしでかしたかの勉強をなるべくするようにしている。
要するに大英帝国の悪事を。
産業革命が後押しした大西洋の「奴隷」とアジアの「麻薬」を主商品とした2つの三角貿易、中東の三枚舌外交、原子爆弾の開発、最近ではBREXIT、現在も続いている世界の紛争のほとんどの火種がイギリス・スタートだもんね。
それでいてアータ、イギリスへ行った人ならわかると思うけど、世界中荒らし回ったクセに自分の国の中は緑だらけであんなに美しくしちゃって…。
色々な問題はあるにしても、今のイギリスの人たちはその恩恵を受けて豊かな生活をしているワケでしょう。
奴隷貿易によって得た富が「美田」とはとても言い難いけど、ブリストルのエドワード・コルストンという17世紀の奴隷商人の銅像を破壊したりするような手の平を返したような態度もやりすぎではないか…と思うワケ。
でも、コレが連中の正義の表し方なんだろうな…日本人だったらどうしていただろう。

230vチャーチルついでに…。
コレはウインストン・チャーチルの生家、オックスフォード郊外のウッドストックというところにある「ブレナム宮殿」。
実家が「宮殿」で「世界遺産」ってどんなよ。
広大な庭園ではロック・フェスティバルが開催されるという。
でもね、駅からかなり遠いよ。
オックスフォード駅までバスで小一時間。
近くにコンビニもありません。
トイレの水が詰まってもすぐにはクラシアンが来てくれないようなところ。
もっとも公道からトイレまで歩けば何十分もかかるし。
不便なところだ。240そのブレナム宮殿で2015年に開催された『Grand Prix Ball』というイベントに出展したMarshall。
デッカ~!
仲良しのスティーヴ・ヒルが製作した。Gpb イヤイヤ、書きたかったのはデカいMarshallのことではない。
チャーチルのこと。
ご存じの通り、サー・ウインストン・チャーチルは「Never give in!(負けるもんか!)」のスローガンの下、名演説でイギリス国民を結束し、頭脳的な戦略と情報戦で第二次世界大戦で連合軍を勝利に導いた名宰相のひとりでしょう?
例のブレッチリーの暗号解読もチャーチルがいなかったら間違いなく実現しなかった。
もし、そうだったとしたら第二次世界大戦はまだ2年は続いていたであろう…と言われている。
他にもロンドンのはずれのコックフォスターズというところに「トレイシー」という極秘設備を作って話術で捕虜に自白させる技術の研究をしていたんだよ。
 
イギリス人と話をしていると、あたかも現役の総理大臣であるかのようにマーガレット・サッチャーの悪口を聞くことが今でもできるけど、サッチャーより時代が古いせいもあってか、今のところチャーチルの悪口は聞いたことがない。
そのチャーチルは大戦終結直前に首相の座をクレメント・アトレーに譲っている。
1945年7月に行われた総選挙でチャーチル率いる保守党が、福祉の充実を訴えるアトレーの労働党に敗れたのだ。
コレ、スゴいと思わない?
イギリスを戦争に勝たせた英雄をいとも簡単に退かせたんだから。
もっとヒドいのは一説によると、保守党の時代がしばらく続いたため、国民がそれに飽きてしまっただけ…っていうんだよね。
チャーチルの評判が悪くなったというワケではゼンゼンなかった。
ま、戦争も2か月ほど前に終わったことだし、国民が求めた変化の矛先が「これからは福祉」ということなんだろうけど、イギリス人のチャメっ気を象徴するような話だと思う。
こんなこと日本だったら絶対にあり得ないでしょう。
こういうところでイギリスの民主主義の成熟を感じるんだよね。
大人と子供だよ。
ま、歴史が違うということもあるけど、国民の政治への関心度合いが比べ物にならないぐらい違う。
日本の今の内閣の支持率はどうなったかな?
 
はい、マーブロには政治の話は持ち込まないようにしているのでチャーチルの話しは終わり。
ロンドンに行く機会があれば、ウェストミンスターにある『チャーチル博物館・内閣戦時執務室(Churchill Museum and Cabinet War Rooms)』に行くことをおススメします。
もうやってないかも知れないけど、入り口で案内をしているおジイさんの古式ゆかしい呼び込みの英語をお聞き逃しなく!
「Roll up, roll up!」とか「Say, say, say!」とかいう類のヤツね。
250シャフツベリー・アヴェニューからチョット入ったところが「Gerrard Street(ジェラード・ストリート)」。
いわゆる「チャイナタウン」。
ココはあんまり変わっている感じがしない。

Simg_0242ゲートをくぐってすぐ左のパン屋(だったかな?)もずっと同じ。
何しろココの地下でレッド・ツェッペリンの4人が初めてリハーサルをしたっていうんだからね。
「ホンマかいな?」感が拭えないのは周囲の中華環境ゆえか?

270v先回、楽器屋街の「デンマーク・ストリート」をご案内したでしょ?
Andy'sという楽器店の親分がこういうことを提案したことがあったそうだ。
「シャフツベリー・アヴェニューの劇場街が『Theatreland』、ジェラード・ストリートの中華街が『China Town』。
それなら楽器屋がズラリと並ぶ我がデンマーク・ストリートに『Music Land』というアダ名を付けて定着させようじゃないか!」
見事失敗。
誰かがデンマーク・ストリートのことを「ミュージックランド」と読んでいるのを聞いたことはただの一度もない。
日本の楽器屋さんならおなじみの名前だけど…。
 
ジェラード通りをずっと行くと…

Simg_0243「Gerrard Place(ジェラード・プレイス)」。S0r4a0163ちょっとした広場になっていて、ココにもローリング・ストーンズが初めてリハーサルをしたパブってのがあった…というか、今でもあるんだろうけど、お店が変わってしまってどこがそれかわからなくなってしまった。
かつては「Ku」というお店だったんだけど…。
やっぱり、街って変わっちゃうとわからないんだよね。
自慢じゃないけど、高校から大学の頃にあんなに通った新宿ロフトの場所が正確にわからなかったんだから。260ピカデリー・サーカス近くの「Savile Row(サヴィル・ロウ)」。
ビスポークの紳士服店がズラリと並ぶ「背広」の語源となった通り。
コレはまた数回後の「The Kinks特集」の時にやるので今日は軽く…。280サヴィル・ロウにあるビートルズの元Apple本社。
コレは2015年のようす。
今は洋服屋になってる。

290vこっちは2019年。
変わったでしょう?
「一体ナニ変わったの?」って感じ?

300vそう、プラークが付けられたのだ!
「1969年1月30日にビートルズがこの建物の屋上で最後の演奏をしました」
いわゆる「ルーフトップ・コンサート」ね。
50年前のロンドンの1月末…映画を観ていると、それほどでもないように見えるけど、寒かったろうナァ~。310v_3場所は替わってソーホーの「Old Compton Street(オールド・コンプトン・ストリート)」。

320vあ、店の看板に「BOULEVARD」って書いてある!
ココ「ブールヴァード・バー&ダイニング・ルーム」っていう名前だったのか!
今、気がついたわ。
でも、ココがどんな場所だったかは知ってる。330その昔、「2i's Coffee Bar」というバーというか、日本風に言えば「ライブハウス」で、ロンドンの、すなわちイギリスのスキッフルやロックロール・ブームのメッカだった。
言い換えれば「ブリティッシュ・ロック発祥の地」みたいなモノ。
この店で発掘されたアーティストがゴマンといるんだから…クリフ・リチャード、ハンク・マーヴィン、スクリーミング・ロード・サッチ、トニー・シェリダン、アルヴィン・リー、リッチー・ブラックモア、ミッキー・モスト、ビッグ・ジム・サリヴァン等々がそれとされている。
レッド・ツエッペリンのマネージャーとして知られるピーター・グラントは、それ以前にこの店で警備員をしていたという。340vそれが今コレ…去年のようす。
Poppies'sというフィッシュ&チップスのチェーン店になっちゃった。
2016年からだって。
前々回ロンドンに行ったのは2015年だったから知る由もなし。
プラークはそのままだけど…ナンカね~。
列に並んでいる若い人たちは上に挙げたアーティストの名前なんてひとりも知らないだろう。
イギリス人なら「クリフ・リチャード」ぐらいは知ってるか?
でもハンク・マーヴィンはムリだろうナァ。350カムデンで出くわしたPoppiesの宣伝カー。
この時はコレがフィッシュ&チップス屋だとは知らなかった。

S0r4a0016ソーホーに移動しました。
「Soho Sqare(ソーホー・スクエア)」という公園のとなり。
写真右の白い建物は「Dolby(ドルビー)」のイギリス支社。
ドルビーはアメリカ人のレイ・ドルビーがノイズ・リダクションの研究所をロンドンに設立したことから始まった。
だからかどうかは知らないが、世界で最初のドルビー技術を採用して撮られた映画がスタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』なんだよ。
関係ないけど、この映画に何度も出てくるロッシーニの「どろぼうかささぎ 序曲」っていい曲だな。
最近、コレのパクリというのか、変奏曲とでもいうのか、ソックリな曲をTVCMかなんかで耳にした。
で、その手前の茶色っぽいビル。
360v「mpl」という看板が付いている。
370_2「mpl」は「McCartney Productions Ltd.」の略。
つまり、ポール・マッカートニーの会社。
1階は何にもないけど、外から2階を覗くとゴールドディスクの額が壁に並べて飾ってあるのが見えて、ポールがいやしないかと何度も行ってみたけど人の姿は一切見たことがない。
「mpl」は1969年に設立され、ビートルズ脱退後のポール自身の作品やバディ・ホリー、カール・パーキンス、フランク・レッサー、ハロルド・アーレンなどの作品の出版権を保有しており、また、数多くの同業者を傘下に収めていることで世界最大の非公開の音楽出版社とされていた。
「Mull of Kintyre」だけで一体いくら稼いだのかね?
この曲ってビートルズの「She Loves You」を抜いてイギリスでのシングル盤の売り上げ最多記録を打ち立てたとかいうんだよね。

380_2他にもアル・ジョルスンが取り上げてヒットした「Rock-a-Bye Your Baby (with a Dixie Melody)」の出版権もmplが持っているというのだから驚きだ。
私はサミー・デイヴィスJr.のレーザー・ディスクでこの名曲を知ったんだけど、ナンだってイギリスの会社が出版権を持ってるんだ?という感じ。
ま、フランク・レッサーやハロルド・アーレンの曲も同じことだけど。
「Blue Suede Shoes」や「That'll Be the Day」もそうなんだって。

Sdj上に「されていた」と書いたのは、もうココ何年かの間、いつ行ってもこうしてカーテンが閉められていて、どうも営業をしている雰囲気ではないのだ。
引っ越したのかな?
それとも廃業したのかな?
変わりゆくな~。385vmplをはさんでドルビーの反対側は『時計じかけのオレンジ』を制作したワーナーのライバル、20世紀フォックス社のロンドン事務所がある。Simg_0687 ところ変わってかつてのモッズのメッカ、カーナビ―・ストリート。
マリー・クアントもココからね。385ココは変わらないな…。

390と思ったらペットショップになっちゃった?!…ナンチャッテ。

400壁に取り付けられたプラーク。

インプレサリオ(興行師)/ドン・アーデンとモッド・バンド "Small Faces(スティーヴ・マリオット、ロニー・レーン、ケニー・ジョーンズ、イアン・マクレガン、そしてジミー・ウィンストン)"らがココで働いていた。
1965-1967年
 
ココにSmall Facesの事務所があったんだね。
モッズの代表的存在なのでプラークが付けられたんでしょう。
410ドン・アーデンのアダ名は「Mr. Big」。
このプラークを見るたびにいつもFreeの曲と関係があるのかどうかが気になるんだけど、どうなんだろう…と、億劫がらずに歌詞を読んでみる。

「降っても晴れても仕事に精を出してんだ。

俺の女をどうこう言うんじゃネェ。
彼女はオレに首ったけ。
だからミスター・ビッグ、気をつけな。
デッカイ落とし穴掘っちゃうぞ。
アンタが誰だか知らねえし、聞きたくもネェ。
トットと消え失せて戻ってくるな。
アンタからは何も欲しくねぇし、何もやらネェ。
オレがキレる前に消え失せろ」

みたいな内容。
クレジットが4人になっているので誰の作詞か、また、浅学にしてアーデンとFreeの間に何がしかの関係があったのかどうかは知らないけど、アーデンがメンバーの彼女にチョッカイ出して起こっている歌だったのかしらん?
 
何しろアーデンは別のアダ名を「Yiddish Godfather(ユダヤのゴッドファザー)」とか「Meyer Lansky of Pop(ポップス界のメイヤー・ランスキー)」って呼ばれていたというんだから物騒な話だ。
ランスキーはかのラッキー・ルチアーノと親交が深かったニューヨークのユダヤ系のギャング。
アーデンのお嬢さんのシャロンは、皆さんもよくご存じの通り、オジー・オズボーンの奥さんだった人。
ジェリー・リー・ルイスもリトル・リチャードも、The MoveもBlack SabbathもELOもそんなコワいオッサンと仕事をしていたんだからスゴイ。
普通のことをしていてはスターになれないってことよ。
ドン・アーデンはバーミンガムの出身だからThe MoveやBlack Sabbathなんだね。FawThe Small Facesといえば『Ogden's Nut Gone Flake』。
そう来りゃ「Lazy Sunday Afternoon」。
スティーヴ・マリオットが思いっきりコックニー訛りで歌っちゃう。
あの「♪アフタヌーン、ナッ」の「ナッ」がタマらん!
歌や音楽を通じてアメリカの英語こそが「英語」だと思っている人が聞いたら「なんじゃコレ?」となること間違いなしの美しい(?)ロンドン英語。
コレが絶対にマネできない。
で、私、この曲で英単語をひとつ覚えました。
「lanbago」というのがそれ。
スティーヴがこう歌う。
 
Go blimey hello Mrs. Jones
How's old Bert's lumago?
(He musun't grumble)
 
いいね~。
「blimey」は「ブライミー」と読んで「ウワ!」とか「スゲエ!」みたいな意味。
ウチの社長が驚いた時、必ずコレを口にする。
ココでは挨拶のリズムみたいなもので多分意味はないでしょう。

 
「おやおや、こんにちはジョーンズさん
バートじいさんの腰の調子はいかが?
(彼は文句ばっかりよ)」
 
ぐらいの意味かな?
この「lumbago」、「ランベイゴウ」と読む。
「ルンベオゴウ」の方が近いかな?
医学用語はラテン語が元になっているモノが多くてすごく難しいよね。
意味は「腰痛」。
私は椎間板ヘルニア持ちなので、一発で覚えた。
ま、普通は「backache」で十分通じるけどね。
コレでイギリスで腰が痛くなっても安心、安心。
でも、どうか海外でこの単語を使うことがありませんように…。
あああああ、ロンドン行きたいな~!
 
名盤の誉れ高い『Ogden's Nut Gone Flake』、正直この「Lazy Sunday Afternoon」ぐらいしか聞かないんだけど、どうしてもこの缶カラの入れ物が欲しくて大分年か前にCDを買い直した。S0r4a0080また脱線。
facebookを眺めていたけど、レッド・ツェッペリンは「天国への階段」の裁判で勝訴したんですってね。
Spiritファンのお気持ちはいかがなモノか?
一方、「胸いっぱいの愛を」で知られる「Whole Lotta Love」。
こっちは負けていたんだね?
なんでココで出てくるのかというと、もちろんThe Small Faces。
デビュー・アルバムに収録されている「You Need Loving」。
もうロバート・プラントがマリオットのモノマネがいかに上手だったかがよくわかる…ほとんど完コピ!
実際によくThe Small Facesをよく観に行っていたとか…。
でもこの曲の元はブルースのヒットメイカー、ウィリー・ディクソンの「You Need Love」。
そしたら最近は「Whole Lotta Love」のクレジットに「Willie Dixon」の名前が入ってるのね!
不勉強ですみません。
 
この3つを聴き比べてみるに…。
①ディクソン⇒The Small Faces ②The Small Faces⇒Led Zeppelin
①の料理の仕方はもちろん最高なんだけど、②の方がスゴイのではないか?なんて思っちゃうのは私が現代っ子だから?
不思議なのは、②みたいなことができるんだったら、パクリではなくてゼロからスゴイものを作ることができそうなもんだけどネェ。
コレをしなかったからアタマがヨカッタんだよね。
人間って、丸っきり新しいモノを受け入れるのがスゴく苦手で、「どこか聞いたことがある」というパクリ・トリックを入れておかないとウケないもんね。

Sf あまり人の口には上らないけど、The Small FacesはThe Whoと並ぶ揺籃期のMarshallを発展させた功労者なんですよ。
下はノッティンガムの「The Dungeon Club」の時のようす。
スティーヴの向こうにAキャビが2つ積み上げられている。
右のロニー・レーンの後ろに見えるのは1965年当時出来立ての100Wモデル、JTM100か?
何しろThe Small FacesとThe Whoは、当時ジム・マーシャルが新しく作ったアンプの取り合いをしていたという。
だから、製品に付いているシリアル・ナンバーが交互に行ったり来たりしていたんだって。
そういう記録がハッキリ残っていればオモシロかったのにね。
それにしても1960年代中頃の出来立ての100WのMarshallと若かりしスティーヴ・マリオットの声のステージってどんなんだったろうか?
  
ちなみにノッティンガムというのはロビン・フッドの故郷。
ココの英語もかなりキツい。
「エイアプミ、ドック!」なんて言われてもモチロン全然わからなかった。
コレは「Ay up mi, duck!」と言っていて、意味は「こんにちは私のアヒルさん」。
要するにただの挨拶。
「duck」というのは親しい相手に愛情を込めて使う表現なのだそうだ。
そもそもコレを聞いた時、「dog」かと思ったからね。
「何でオレは犬なのよ?」と思ったよ。
だからイギリス英語はオモシロい!…苦労続きだけどよ。

Ssf1_2

Ss2f3_2
カーナビー・ストリートの一本裏の通りの「Kingly Street(キングリー・ストリート)」にあったのがコレ。
有名な「Bag O'Nails」というクラブ。4201. ポール・マッカートニーとリンダが出会った店。
2. 1966年11月25日にJimi Hendrix Experienceとして初めて演奏した場所。
そんなスゲエところ。
430v_2コレは2015年のようす。

440vそして、コレは去年に寄った時のようす。
イギリスは藤の花をよく飾るんだよね。

450イヤイヤ、藤なんてどうでもいい。
「Bag O'Nails」なくなっちゃったんだよ!

460この人たち「What a beautiful wisteria!」かなんか言ってるんだろうな…ナニも知らずによ。
藤が見たけりゃ亀戸天神にでも行ってくれ!

470去年のロンドンで一番ショックで悲しかったのがコレ。
そして、「ロック名所」絶滅の危機を一番感じさせられたのもコレ。
2009年はこんな状態だった。
12img_01952014年にはこんなにおめかしをしていた。Simg_02072015年はコレ。

480宿の窓から見えていたのによ~。

Simg_0007 そして、2019年はコレ。
「Earl's Court Exhibition Centre(アールズ・コート・エキシビジョン・センター)」が更地になっちゃった。
初めて見た時はあんなに感動したっていうのによ~!
変わりすぎだろ~。

490アールズ・コート駅からの眺め。

500v今はコレ。
おいおい、丸っきり景色が変わっちまったじゃないの~!
ドンドン変わりゆくな~、ロンドン。

510v変わらないモノもある。
この街中に常備されているレンタル自転車。
向こうの人は「Bris Bike(ボリス・バイク)」って呼んでいる。
この「ボリス」は「ボリス・ジョンソン」のこと。
ボリスがロンドン市長時代に設置した自転車。
そのボリスが今では総理大臣に!
やっぱり変わりゆくわ~。Simg_0329コレは変わらない。
イギリスの朝ごはん。
そろそろ食べたくなってきたゾ。95それと変わらないのはウチの紅茶。
Sainsbury'sのレッド・ラベル。
要するに庶民が飲むスーパーの紅茶。
コレで十分。
おいしいのに信じられないぐらい安い。
なくなるとMarshallの友達にお願いして240個入りのヤツをいくつか送ってもらう。
イギリスの水で飲むと尚一層おいしいんだけどね。 

St_2

さて、いよいよ「変わりゆく」シリーズも終わりに近づいてきた。
ヨカッタね~。
最後はヒースロー空港の第2ターミナル。5152014年に大改装をしてこうなった。

520昔は、最初のセキュリティ・ゲイトでやたらと待たされてイライラすることがよくあったけれど、新しくなって2回、まったく行列がなかった。
コレはありがたい。
しかし、20年近く前はまだ若かったんだね。
日本に帰る便はたいてい夜の7時ぐらいだから、早めに空港に行って、一時預かり所にお金を払って荷物を預けて、またロンドンの中心に戻って、5時頃また空港に戻って来る…なんてことをしていた。
いつもそれほどロンドンが名残り惜しかった。
今も楽にそれができればやってもいいんだけど、もはや空港の様子がスッカリ変わってしまって、荷物の預かり所すらわからなくなっちゃった。
このWH Smithで超大好きなWalkersのポテチを買うのをルーティンとしていたけど、今年に入ってポテチを止めた。
ポテチだけでなく、イモ類の類は全部食べないようにしているの。
ナゼ?
イモ類を食べていると絶対に痩せないんだって。

530いつのまにかWH Smithも自動レジになっちゃった。

540コレは昔のヒースロー空港の待合スペース。
慣れていたせいもあるけど、やっぱりこっちの方がヨカッタな~。
スーザンというハロッズの店員さんを顔見知りになってね。
毎回会うのを楽しみにしていた。

545「ブリティッシュ・エールが飲める最終ポイント!」といううたい文句に誘われて1パイント頂くのも常だった。
実は今もそういう店があるんだけど、Fuller'sの直営店になってしまった。
しかも、Fuller'sはアサヒビールになっちゃったから。
今、一体どうなってるんだろう?
「イングランドで飲む最後のスーパードライ」なんて勘弁してくれよ!550空港にあった自動販売機。
コレも変わらないね~…「はらぺこあおむしくん」。
ナゼか今回の旅で2回お目にかかった。
もう1回はストックポートの図書館だった。

560v最後の最後…実はコレをやりたくてこの最終回を編んだのです。
 
新しくなった待合室へのアプローチ。

570ムービング・ウォークを歩いて行くと右側の壁にこの国の歳時記としていろんな写真が飾ってある。
 
1950年代。
フランク・シナトラ…ナゼかいきなりアメリカ人。
初めてロンドンに来た時かなんかの写真であろうか。
ロックが出てくる前、大衆音楽の王者はジャズだったからね。
シナトラやビング・クロスビーがアイドルだった。
580
調べてみると、やっぱりシナトラが初めてロンドンでコンサートを開いたのは今から70年前の1950年のこと。
会場はウエスト・エンドの「London Palladium(ロンドン・パラディウム)」。
ロンドン・パラディウムはロンドンでも最も重要とされている劇場。
下は2009年の写真。
ウーピーの『Sister Act』のミュージカルがかかっていた。
『天使にラブソングを』なんて題名は恥ずかしいね。
Simg_05061960年になるとスウィンギン・ロンドンに…590ブリティッシュ・インヴェイジョン。
当然ビートルズということになる。
「アメリカ制覇して来ます!」みたいな。

60070年代はデヴィッド・ボウイ。
ね~、デヴィッド・ボウイのイギリスでの威光はスゴイのよ。
日本にいる我々にはコレがわからない。
上っ面しか楽しめないのは仕方のないこと。
61080年代は「Live Aid」だって。
これはボブ・ゲルドフって人だっけ?620チャールズとダイアナが結婚して…

630チョット飛んで2000年代は景色。

6402010年代はオリンピックと…

6502012年のエリザベス女王の在位60周年を祝ったダイアモンド・ジュビリー。
 
ね、時代のシンボリックな出来事としてもう「音楽」は出てこないんだよ。
考えすぎかもしれないけど、世界中で音楽が斜陽化している気がしてならないんですよね。
アッという間に音楽は他の娯楽に駆逐されてしまった。
コレらの壁の写真を見て寂しく思ったね~。
やっぱり音楽をタダ同然にしたのはマズかった。
コロナ禍の今だって、CDやLPが売れていれば、音楽家たちはセッセと曲を作って録音して、そうした商品を販売していればライブハウスが営業できなくてもミュージシャンの生活はビクともしなかったかも知れない。
「イヤイヤ、音楽がタダになったおかげで色んなバンドが出てこれるようになった」…という指摘もあるかも知れない。
でもね、そんな簡単に出て来れるようなバンドが音楽をツマらなくしてしまったのではありませんか?
とにかく「売れているモノが良いモノ」という考えを捨てた上でリスナーがチト勉強しない限り音楽は斜陽の一途をたどるだろう…というのが45年間にわたって結構な時間とお金を費やしてきた私の音楽ビジネスに対する考え。
660しかし、スッカリ様変わりしちゃったな~。
ガラガラだわ。
あ、コレ、去年の写真ですから。
コロナは関係ありません。

670When a man is tired of London, he is tired of life; for there is in London all that life can afford. ー Samuel Johnson
(ロンドンに飽きた時は人生に飽きた時だ。ロンドンには人生が与えるすべてのモノがある ー サミュエルジョンソン=イギリスの文学者)


どんなに変わりゆこうと、まだまだ行きたいロンドン。
またまた感染が広がってしまったもんね。
ボリスの支持率もガクンと下がってしまった。
ココ2、3日のニュースではウエスト・エンドのショウ・ビジネスの復活も先送りせざるを得ないとか。
たまたま上に出てきたノッティンガムの夜の様子がテレビで放映されているのを見たけど、若い連中がワイワイガヤガヤ、マスクもせずに肩を組んで…バカ者!
マスクぐらいしろ!
オマエらがちゃんとしないと、いつまでたってもイギリスに行けないじゃないか!
 
次回からはジミヘン特集。

680<おしまい> 

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