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2019年3月 8日 (金)

我が青春の数十ページに会ってきた!<下巻>~ウドー音楽事務所『海外アーティスト招聘の軌跡』

1978年、私は高校1年生。
ますます私はロックにノメリ込んでいってた時期。

450Genesisは新宿の厚生年金だった。
確か中間試験の最中だったんだよね。
友達は誰も行かないので私1人で行った…というか、私は1人だけでコンサートに行くことが多かった。
でもこの時は試験期間中にコンサートに行ったことが親にバレで怒られちゃった。
Phil Collinsがタンバリンのソロを演ってね、メチャクチャかっこよかった。
この時のドラマーはChester Thompsonで、数年前にNAMMでお見かけした時、このコンサートに行ったことを話すと、「あ、そう。サンキュー」って答えてスタスタ向こうへ歩いて行っちゃった。
写真は撮らせてもらったけどね。

455Ted Nugentは面白かったな~。
ナニが面白かったかって、アリーナで警備員と外人のお客さんが取っ組み合いのケンカをしちゃってね。
加勢が入ってケンカがドンドン大きくなっちゃった。
当時は保安にうるさくて、上演中にイスから立ち上がることすら禁止されていた。
それを不満に思った外人の客とうるさく注意する警備員が激突しちゃったワケ。
「Hammerdown」だとか「Cat Scratch Fever」とか演ってたけどケンカの方が面白かった。
ところでこの人、スゴイ人種差別主義者なんだってね。
「ジャップの作ったギターなんかでブルースが弾けるかよ!」とかおっしゃったそうで。

456コレはヨカッタよ~。
The Bandなんて全く聴いていなかったんだけど、ナゼか行ったね。
学校では誰もRick Dankoなんて知らなかった。
友達から「誰のコンサートに行くの?」と訊かれ「リック・ダンコっていう人」と答えると「え、肉だんご?」ってな調子だった。

460vこの時は、Jay Fergusonというアメリカのミュージシャンが前座で出演したんだけど、それが滅法よくて、「前座がこんなに良くて果たして肉だんごは大丈夫なんだろうか?」と心配したのは大きなお世話で、ナント素晴らしいコンサートだったか!
曲なんて全く知らなかったんじゃないかしら?
でも、とにかくヨカッタ。
「音楽の力」というのはスゴイもんだ。
Rock Dankoも死んじゃったもんね。
最近Spotifyで大好きなギタリストのLenny BreauがRick DankoとLevon Helmのリズム隊と吹き込んでいるアルバムを発見してビックリ仰天。
なかなかヨカッタ。

465Littel Featはサンプラザの2階席の1列目で観た。

470v『Waiting for Columbus』のレコ発ツアーだった。
このライブアルバムが好きで聴き込んでコンサートに臨んだ私は、テッキリ「Fat Man in the Bathtub」を一番最初に演るのかと思ったらゼンゼン違うのでビックリしちゃった。
Lowell Georgeももういない。
観ておいてよかったコンサートのひとつ。
数年前、Neon Parkの「Sailin' Shoes」の元ネタをロンドンの博物館で発見して大よろこびしたことは以前『名所めぐり』で書いた。

475コレは友達大勢で行った珍しいコンサートのひとつ。
『Front Page News』をリリースした後で、サンプラザの前から7列目を陣取って大騒ぎして楽しかったな。
コレって『Argus』の曲をたくさん演るみたいな触れ込みだったんだっけかナァ。
何せその一緒に行った友達とWishbone Ashのコピーをやっていたもんだから、「The King Will Come」のイントロを弾き始めただけでみんな大興奮だった。

480vこの後、Wishbone Ashはお家騒動があってAndy Powell派とMartin Turner派に分かれちゃうんだっけ?
私、ナゼから両方観てるんだ~。
だから、ホンモノのWishbone Ashを1+0.5+0.5で丸々2回観た計算になる…ならないか!
Laurie WisefieldはロンドンでロングランになったQueenのミュージカル『We Will Rock You』でギターを弾いていたよ。

485アルバム全曲をシレっと演奏してアッという間に終わっちゃったVan Halenの初来日公演。
上演時間が短いので、この頃にしては珍しく前座が付いた。
東京はRed Shockというバンドだった。

490vしばらく新しいギター・ヒーローがいないところに颯爽と現れたEdward Van Halenは一発でギター・キッズの心を捉えて離さなっかったね。
私は違ったけど。
ところで今、「ギター・キッズ」という言葉はあるのかしら?
新宿厚生年金でのコンサートが終わった後、一緒に行った友達が「次に来た時は間違いなく武道館だな」と言ったのを覚えている。
そして、本当にそうなった。
Van Halenのデビュー・アルバムが石丸電気のレコード館に並んだ時のことを覚えているが、ナンカもう最初からスターだったよ。

495Frank Marinoの東京公演の会場のひとつは後楽園ホールだった。
後楽園ホールへ行ったのは、後にも先にもFrank MarinoとRoy Buchananと「底抜け脱線ゲーム」だけだ。
確かFrankのSGの調子が悪くなったとかで、開演が40分ぐらい押したんだよね。
ステージにはズラ~とエフェクターが並んでいて、ギター・キッズがヨダレを垂らしながら熱心に見入っていた。
私はというと、紙テープを投げたところFrankの右肩に当たってしまい、ギロっとニラまれてしまった。
客席でアタマを下げたところ、許してくれた感じだった。

4961979年、これがその2回目の来日を果たしたVan Halen。
会場は「武道館大ホール」。
Earthなんかもスゴイ話題になってたな~。

500でも、私は相変わらずコッチだった。
このUFOでもMichael Schenkerが来なくて、あるいは脱退した直後とかだったのかな?元Lone StarのPaul Chapmanがやって来た。
前から2列目の席で、目の前で「Natural Thing」のリフを弾いて見せてくれたよ…って、別に私に向かって弾いたワケじゃないけど。
どうでもいい話なんだけど、この「Chapman」という名字(surname)は、アメリカ人からすると、ものすごくイギリスっぽい名前なんだって。
同じように「Muller」という名前はものすごくドイツっぽいのだそうだ。

506コレよ、コレコレ。
Blue Oyster Cultもヨカッタな~。

510ファイブ・リード・ギターなんていってね。
「Godzilla」ではやっぱり盛り上がったけど、このバンド「(Don't Fear) the Reaper」とか「Astronomy」とか、いい曲がたくさんあるんだよね。
MC5の「Kick Out the Jams」とかThe Animalsの「We Gotta Get Out of This Place」のカバーもヨカッタ。
またギスギスに痩せたEric Bloomがカッコよくてね、あのロゴのカギ十字の形をしたギターを銃に見立ててポーズを取ると、それに合わせてストロボがたかれたりして、視覚的にもとても優れたコンサートだった。

515そして、Nazareth。
コレはプログラムを作らなかったのかな?私も持ってないんだよね。
『No Mean City』のレコ発ツアーで、元The Sensational Alex Harvey BandのCrazy 'Zal' Cleminsonが参加した。
全盛期のDan McCaffertyの生声を聴けたことはラッキーだったね。
「Hair of the Dog」の「♪Son of a bitch」のところをお客さんに歌わせたりしてね。こっちも若かったので恥ずかしげもなく大声を張り上げましたわ。
ちなみに「Hair of the Dog」は「迎え酒」という意味だよ。

520Utpiaの2回目の来日公演。
『Ra』のレコ発だったのかな?
コレは私の人生のベスト3に入るコンサートだった。
Toddがサービス超満点で、サックスを吹いたりドラムを叩いたり、マイクを鼻から出すトリックを見せてみたり…サックスはヘタだったけど。
ま、「Hiroshima」問題はあるにしてもとにかく素晴らしいコンサートだった。

505私は中学2年生の頃、といっても『viva! Roxy Music』がリリースされた時だったので、もう最後の方だったんだけど、Roxy Musicが大好きだった。
で、その『Viva!』で活動を休止してしまい残念に思っていたところ、しばらくして『Manifesto』という新作を発表して来日までするという。
その前にBryan Ferryが、Chris Spedding、John Wetton、Mel Collins、RoxyサイドからはPhil Manzanera、Paul Thompsonというメンバーでソロで来日したことがあったのは、調べてみると1977年か。
中野サンプラザだったかな?
それがすごく良くて、Roxyの再結成来日公演にも大きな期待を寄せつつ武道館に観に行った。
私はゼンゼンがっかりだったな。
上演時間もものすごく短かったような記憶がある。
私にとってのRoxy Musicは『For Your Pleasure』であり、『Country Life』であり、『Siren』であって、いずれにしても再結成後のヘンにオシャレっぽいサウンドは私の好みではなかった。
コレで私のRoxyは終った。

5222回目のScorpionsの来日公演。
ホラ、例のSchenkerが来なかったヤツ。
UFOでもSchenkerは観れなかった。
今ではしょっちゅう来日しているけど、私はMichael Schenkerを見ずして人生を終わるな、コリャ。
この時のScorpionsは『Love Drive』のレコ発で、Uliの後任のMatthias Jabsが加入して間もない頃の来日だった。
何かの雑誌にMatthiasがScorpionsのローディをやっていて、メンバーに大抜擢された…という記事が載っていて、「イヤ~、Matthiasがあんなにスゴいギターを弾くとは知らなかったよ~」とRudolfだかKlausが感心していた…ということまで書いてあった。
このことを先日亡くなったZeno Rothに話すと、「そんな失礼な!MatthiasがScorpionsのローディだったことは断じてない!」みたいになっちゃって…。
「イヤイヤ、私が言ったワケじゃないから!何もそんなに不機嫌にならなくても!」と説明しても「」Matthiasがローディだなんて…」とすごく納得がいかないようだった。
格は違えど私もそんな経験があったからいい意味で言ったんだけどね。
雑誌の言うことはアテにならんと思ったよ。
Zenoにも驚いた。
残念なことをした。

525しかし、こうしてみると私のロック熱のピークってのは1978年と79年だったんだな~。
行ったコンサートで観ると1976から1979年。
よくもこんな短期間にロックを詰め込んだもんだ。
1980年になると急ピッチでジャズに傾倒し出しちゃったのです。
 
さあ、その80年代に入るよ~。

530…と言ってもFrank Zappaはズッと聴き続けていたし…

540この『TOTO IV』のレコ発来日の時は今の家内と2人で武道館へ観に行った。
「St.George」やら「Elenore」やら「Georgy Porgy」やらの大ヒットパレードでスゴくいいコンサートだった。
Jeff Porcaroも元気だったし。
Lukatherがステージの前ッ面に腰をかけてギター・ソロを演ったのもとても印象的だった。

55080年代はチョット飛ばしますよ。
会場で確認してください。
1985年…もうこの辺りはわかりません。

560しかし、スゴイよね、この業績!

570

580そして、平成。

59090年代になってもウドーさんの猛進は続く!

610そして21世紀。

620この辺になってくるとですね、Marshallのお仕事でお手伝いさせて頂いているんですわ。
特にJeff Beckは2000年ぐらいの来日(Jeniffer Battenと来た時)から1度だけを除いてズッとサポートをさせてもらっている。
Marshallに帰って来てくれてからはPaulも同様。

640Gary Mooreの1959の修理をして、お駄賃でピックをもらったのも今となってはとてもいい思い出だ。

630この時のJeffは途中でモデルが変わって、テンヤワンヤの騒ぎになった。

650このYngwieの時はちょうど彼のシグネチャー・モデルのプロトタイプが出来上がって、Marshallのエンジニアと2人でそれを本人に見せに行った。
そんな関係で日がな1日イングヴェイと一緒にいたんだけど、この時も面白かった。

660The Whoはウドーさんの『Rock Odyssey』で初めて観たというか、アレが初来日だったからね。
1曲目が「Can't Explain」でサ…ワタシはちょっとウルルと来てしまったよ。
コレは2回目の来日の時。
Marqueeのポスターを使っている所がいいね。
The Whoはその昔、毎週木曜日にロンドンのMarqueeに出ていたんだよ。
この来日公演の時はRogerとPeteが使うアコースティックギター・アンプでサポートさせて頂いた。
友人にチケットを渡すためだったんだろうけど、関係者入り口にベースのPino Palladinoがいてビックリした。身長203cmだって。

670他の皆さんも熱心にひとつひとつご覧になっていらっしゃる。

680とにかくスゴイ実績だ!

690クロニクルの他にもスタッフのジャンパーや…

700ピック…

710バックステージパスなども展示されている。

715こんなモノが手に入るのはやっぱり招聘元さんがゴミに出した時のクズ屋さんぐらいだからね。

720コレはさっきの2度目の来日でRogerが武道館で使ったマイク。

730半券ももちろん。
私もイッパイ持っていたけど、引っ越しの時に父が捨てちゃった。
悔しかったけど諦めた。

740こんな幻のポスターも。
他にサイン入りの色紙なんかもドッサリ展示しているよ。

0r4a0257こういう展示に服飾関連のメモラビリアは欠かせないよね。

750ウドーさんの社史。
読みたい!
昔は毎朝新聞で来日ミュージシャンの情報をチェックしてね、チケットの発売日にはウドーさんの青山の事務所に朝から並んだものですよ。
もちろん学校がない時ね。
ところで、「ウドー」というのは「有働」と書くのを知ったのはかなり後になってからだった。

760そして、今回の展覧会のハイライトはナント言ってもこれでしょう!

7701959のフルスタックをバックに並んだギターの数々。

780例えば…
Rotchie Blackmoreから寄贈されたストラトキャスターや…

790vEric Claptonが薬物治療設備の「クロスロード・センター」の運営のためにクリスティーズで競売にかけた1956年のストラトキャスター。
ウドーさんがEricの主旨に賛同し競り落としたのだそうだ。
来日の回数も突出して多いせいかClapton関連の展示物が豊富だ。

800v他にもウドーさんと日本の洋楽の歴史が詰まったアイテムがズラリ。

810展示会場の向かいには特設ミュージアム・ショップも設置されている。

830コチラにも貴重なアイテムが展示されているのでお見逃しなく!

840

850そしてウドー音楽事務所は前進を続ける!

860vおもしろかった~!なつかしかった~!
会期は今日3月8日から3月31日まで。
音楽好きの方はゼヒ足をお運びください。
 
詳しい情報はコチラ⇒特設ウェブサイト

870

200 

(一部敬称略 2019年3月7日 有楽町丸井8階特設会場にて撮影)