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2015年11月20日 (金)

冥土への手紙~寺山修司と犬神サアカス團

小学校の頃、「作文」というとみんなイヤがっていたけど、私は文章自体書くことに関してはほとんど苦痛に感じたことがなかったな。書初めなんかより全然マシだった。
もちろん、文章を書くのが得意だとか、野球より読書がスキだった(今では読書の方が断然スキ)とかいうワケでもないんだけどね。
でも、湯川秀樹の伝記の感想文を書いてナンカの作文コンクールで選出されたことが一度あった。結果、賞をもらったワケでもなんでもない。だって、最後まで書いてないんだもん。
途中から書くのが面倒になってしまって尻切れトンボになっちゃったのね。子供の頃から堪え性がないんよ。それでもナゼか選ばれた。
卒業の時の文集を書いた時も「他の生徒たちとは違う」と、先生がとても面白がっていたのを覚えている。
卒業文集といえば、みんな「10年後のわたし」とか、「楽しかった6年間」みたいなこと書くじゃない?
私は小さい頃からスイミング・スクールに通っていたので(そんな時代だ)、水泳が得意で代表選手として学校対抗の水泳大会に時折出場していた。
卒業文集ではその時のことを題材に据えたのだが、普通に書いてはつまらないので実況中継の体にしてみたのだ。
ところが、そんなもの本当は面白くも何ともなくて、スゴイものを書いた女の子が他にいた。
低学年の頃はアオッパナを垂らしてゼンゼンいけてなかったけど、長い黒髪がすごくきれいな娘だった。そういえば最近はアオッパナを垂らしている子を見かけなくなったな。昔はみんなズルズル垂らしていたもんだ。食べ物が変わったからかね?知らず知らずのうちに有毒な化学物質ばかり摂取しているのでアオッパナすら出て来ないのか?
さて、彼女には恐らく年上の兄弟がいたのだろう、もうそのころからロックを聴いていたような記憶があって、高学年になるとどこか大人っぽい雰囲気が漂っていた。
あの頃、すなわち1974年ぐらいの小学六年生がロックを聴いているなんてことはまずあり得なかった。「花の中三トリオ」が関の山よ。
私も結構マセていて、父に感化され洋画を観まくっていた。アメリカの有名な俳優の名前を山ほどど知っていたが、この子にはかなわなかったと思う。
その彼女…卒業文集に散文詩を載せたのだ。
今にして思えば担任の先生もよく許したと思うのだが、そこには文章が一切なく、彼女の好きなもの、あるいは頭に浮かんだモノがただただ並べてあったのだ。つまり、句読点で句切ったただの単語または句の羅列。
ちょっとやってみると…
「大粒の涙。海。月の影。しずくの音。まっすぐな道。くぼみ。雲。雨の後。インクの香り…」
ああ、もうできん!コレが延々と続く。
言ってみれば「よこはま・たそがれ」なんだけど、アレが本当に小学生の彼女がひとりで考えて創作したものであったのであればスゴイと思うんだけど…。
私もその時点で彼女のように文芸に興味を持っていれば今頃『鼻毛』なる作品で芥川賞ぐらい獲れていたかもな…。
それは冗談にしても、もっと若い頃から日本の詩歌や戯曲、演劇に興味を持っていればよかったな…と後悔することがある。
寺山修司のことである。
残念ながらまったく通ってこなかったを悔やんでいる。

その後悔を埋めようというワケではないが、『冥土への手紙』という寺山修司生誕80年を祝うイベントにお邪魔して来た。
犬神サアカス團が出演したのである。
呼びかけは寺山作品の音楽を担当していたJ・A・シーザーさん。
会場は恵比寿のガーデン・ホール。二日とも超満員となり、寺山修司の人気と業績の偉大さを物語った。

10会場のロビーには芝居のポスターがズラリと並べられた。コレも見ものだった。

20どれも最高にカッコいいのよ。

30目を惹く横尾作品。
もう20年ぐらい前の話しだけど、ニューヨークのMOMA(近代美術館)に行った時、パッと気が付いた日本人作品の展示は横尾さんのものだけだったな。

50

横尾さんの作品は1967年からMOMAで展示され、その後個展も開催しているからね。
その関係だろうが、ニューヨークでCreamを観たと何かのインタビューで読んだことがある。あまりの爆音で気持ち悪くなってしまったとか…。
確かジミヘンもご覧になってるんじゃないかな?調べておくね。

40さて、犬神サアカス團の出番は二日目。この日のコンセプトは、『田園に死す』。
そもそも犬神サアカス團(犬神サーカス団)というバンド名は寺山さんの映画『田園に死す』に登場するサーカスの名前なのね。バンドのビジュアルも映画の世界をそのまま模倣したものなのだそうだ。
いつかMarshall Blogで犬神サアカス團の曲の世界を黒岩重吾の小説にナゾったことがあったが、出自はこっちだ。ゴメン。
だって、先述したように通ってないんだもん。
私になんざ知らないことの方が多いし、知らなかったらすぐ「知らない」と正直に言う。そして、興味があればその時点で教えてもらって勉強するだよ。
残りの人生はコレを貫徹してひとつでもいいもの、いいことを体験して死んでいくのだ!
バンド名を名乗る時には寺山未亡人から許可も取りつけたそうだ。

寺山さんの話しになるとよくROLLYさんがATG(日本アートシアターギルド)のことを引き合いに出されるのだが、どうもアレがイケなかったのかもしれない。
昔、まだ有楽町に日劇があった頃、地下に「丸の内東宝」という映画館があった。それとは別の入り口でもうひとつ地下にあった映画館を「日劇文化」といった。私は中学一年の時にココで生まれて初めてビートルズの映画を三本立てで観た。
この日劇文化はATG作品を特化して上映する映画館で、その頃洋画に夢中だった私にはATGの作品が「何やら怪しげな日本映画」にしか見えず作品に寄り付きもしなかった。
それこそ『田園に死す』とか『本陣殺人事件』とか…。
もし、あの時、ROLLYさんのように寺山さんの作品でも観ていればまた状況は違っていたかもしれない。でも、ムリだったな~、あの頃は。
日劇がなくなってもう34年も経つのか…私も年を取るワケだ。でも、あの朝日新聞社のインクの匂いと東宝のカレーライスの味はまだ覚えているな。

とにかくそんなバンドのルーツともいえる寺山さんのイベントに出演するとだけあって、メンバーの皆さんもおおよろこび。
楽屋も個室!
安心してください。「隔離」ではないですよ。

60v 出番は最初と最後の出演者大集合による合唱のパートとバンドでの演奏だ。

70 犬神凶子

80犬神情次2号

90犬神ジン

100犬神明

110凶子さんも復帰後は絶好調。
活動休止前と変わらぬ素晴らしい歌声を披露してくれた。ルックスだけでなく、声といい巻き舌唱法といい、日本の女性シンガーの大きな個性のひとつだ。
天井桟敷のメンバーの方からも「ステキな声ね~」と絶賛されていた。
実際ステキなのだ。

115v 二日間にわたる出演は、PANTA、大槻ケンヂ、カルメン・マキ、SUGIZO、瀬間千恵、山崎ハコ、近藤等則、 ROLLY、未唯、渚ようこ、元ちとせ、蘭妖子、新高けい子、そしてもちろんJ・A・シーザー等…と寺山さんを敬愛する大勢の表現者の方々。
よってドラムの交換等、舞台の大きな転換はほとんど不可能。

120そこで今回は情次兄さんのMarshallだけが持ち込まれた。
ヘッドは愛用のJCM800 2203。

130キャビは1960B。
それでも置き場所がないのでステージの造作の下に組み込まれた。

140さて、去る10月21日、犬神サアカス團は『ここから何かが始まる』と題した新譜を発表した。
コレがまたいいんだ~。
詳しいことは他の機会に譲ることにするが犬神ワールド全開の快作だ。

150cd コレはそのスリーブの一部。
安心してください。クレジットされてますよ!
こうしてMarshll、NATAL、EDENの三役ロゴが並ぶと壮観だね。うれしいです。
ありがとうごう、犬神さま!

160残念ながら持ち時間が短く演奏されたのは二曲。

170vまずは「地獄の子守歌」。
こっちは日野日出志ダァッ!

180vミディアム・テンポのヘヴィ・チューン。

190vこの場の雰囲気にピッタリのチョイスだ。

200v 二曲目は明兄さんのアイデアで、先頃お亡くなりになった天井桟敷の昭和精吾さんとのコラボレーションを実現させた。

Img_0033 曲は新作『ここから何かが始まる』のタイトル・チューン。
そこに収録された昭和さんの声だけをマスター・テープから抜き出し、その声に合わせてバンドが演奏したのだ。

220v 凶子姉さんが遺影に話しかけると、昭和さんの肉声が流れ、演奏とともに背後にスライドが映し出されるという趣向。

230これが曲の良さも相まって実に感動的だった!

240そして、昭和さんと共演したメンバーたちの満足げな表情も印象に残った。

250ちなみにここで昭和さんが語った言葉はすべて寺山修司さんのものだ。

260しかし、明兄さんの変わらぬクリエイティビティには脱帽だね~。

犬神サアカス團の詳しい情報はコチラ⇒公式家頁

270豪華絢爛、二日間にわたる長尺のイベントは大成功の内に緞帳を下ろした。

それにしても、高度成長期に青春時代を過ごした人たちは幸せだ。
音楽、芸術、文芸、出て来るものすべてが新鮮でカッコよかった。
今は何かをやろうとしても、その「何か」は何らかの形で既に過去に出てしまったものばかりで本質的に新しいものや面白いものが何もない。
過去のものの順列組み合わせか単なる異種混合ばっかりだ。
それを売り手やマスコミが美辞麗句を並べ立て、若者相手に半ば強引に「面白い」と思い込ませようとするところがコワイ。
IT技術により情報は増えたけど選択肢は極端に減ってしまった。
素直に「温故知新」すればいいと思うんだけどナァ。「温故知新」しない方が得をする連中が上の方にいるんだろうな。
文芸や美術に口を出すつもりはないが、ひとつ質したい。
日本のロックの「明日はどっちだ?」

280v (一部敬称略 2015年10月12日 恵比寿ガーデンホールにて撮影)