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2018年11月19日 (月)

九人の乙女~中間英明 Plays Marshall

  
久しぶりの高円寺。
煮干しダシのスープがタップリでうれしい、大好きな「太陽」のラーメンを食べた後は、いつもだったら近くのライブハウスなんだけど、今日は違う。
環七にほど近い「座・高円寺」という劇場。

10前から一度入ってみたいと思っていたんだよね。
いよいよチャンス到来。

20この「座」はニュートリノの観測でノーベル物理学賞をゲットした小柴昌俊博士の揮毫なのだそうだ。
「揮毫(きごう)」というのは「筆をふるう」ということね。
この観測には「カミオカンデ」という岐阜県神岡町にある三井金属鉱業の神岡鉱山に設置された装置が使われて話題になった。
私、カミオカンデができる前、以前の仕事で30年前に富山に赴任していた時に一度だけ仕事でこの神岡鉱山へ行ったことがあってね。
この「三井金属神岡鉱山」っていうのは「イタイイタイ病」を出したところ。
鉱山が未処理で神通川に垂れ流した排水にカドミウムが含まれていて、その水を摂取した鮎や鮭を人間が食べることによって、あるいは農業用水に使用したことによってイタイイタイ病に罹患してしまった。
私はそのことを予てから知っていたので、富山に着任して「神通川」という名前を聞いた時は少しビビったよね。
このイタイイタイ病を発見して、原因が鉱毒であることを突き止めたのは地元の開業医だったっていうんだよね~。まるで手塚治虫の『きりひと讃歌』みたいだ。
世間の風当たりもあって、それはそれは大変な経緯があったらしい。
世の中、ヒドイ話ってのはいくらでもある。

9img_7555 ところでコレ、杉並区でやってたのか~。スゲエ設備だナァ。
立派なホールが3つも入ってる。30今日ココで拝見するのは札幌の愛宕劇団による『九人の乙女~氷雪の門』というお芝居。
北海道で重ねた公演が好評で、1度だけ東京で上演されることになったのだ。
Marshall Blogで北海道が話題になることは決してそう多くはないが、実はですね…初めていうけど…私の父方の家系のオリジンは群馬なんだけど、北海道に縁がないワケではない。
私の父のイトコ、すなわち私の父方のおジイちゃんのお兄さんの息子が、北海道大学の名誉教授だったんだよね。
もちろん北海道帝国大学のご出身。
ウチの父は中学もロクに行けなかった大工さん。
私はその大工さんから映画の愉しみをドップリと教えてもらって、後に音楽の世界に入った。
40会場のロビーには記念グッズがズラリ。

50DVDも制作されている。

60話のベースになっているのは1972年に講談社から上梓された、樺太における終戦史をまとめた金子俊男の『樺太一九四五年夏 ー樺太終戦記録ー』。
著者の金子さんは、札幌市を中心として道内で発行されていた(1998年廃刊)地方紙「北海タイムス」の元記者だった人。

70読みたい本が山ほどあっても、時間がなくて思うようにいかないのが私の悩みのひとつなのだが、興味を持った戦争に関する文物にはなるべく目を通すように努めている。
一応自主的に日本の歴史の一部を「勉強している」つもり。
日本人は310万人もの犠牲者を出した未曾有の惨禍を新しい世代に伝えてなさすぎると思うから。
あの戦争が大スキなイギリスですら、BBCが昼間から脳ミソ飛び散る映像をテレビで放映して戦争の悲惨さを伝える努力をしているのに…。
日本は最近ますますそうした負の伝承作業から遠ざかっているように感じる。
本当はもっと学校の授業としてミッチリやるべきだと思うんだけどね。
それにしても、あまりにもヒドイ話が山ほどある…ありすぎる。
浅学の身とはいえ一応記しておくと、日本の敗戦が決定的となっていた太平洋戦争終結間近、ソ連(当時)は日ソ中立条約の延長を拒否し、終戦の7日前の1945年8月8日に宣戦を布告して翌9日、ソ連は南樺太・千島列島および満州国・朝鮮半島北部等へ侵攻を開始した。
日本がポツダム宣言の無条件降伏を受託して「参りました!」と白旗を掲げていたにも関わらずである。
樺太にあった真岡の郵便電信局を舞台にしたこのお芝居のストーリーはそれがバックグラウンドだ。
コレが舞台。
室内劇ゆえ舞台の転換はない。 160その傍らにはMarshall。
アコースティック・ギターアンプのAS100DとおなじみASTORIA CUSTOM。

120何のためのMarshallかというと、お芝居の前に中間英明が前奏曲的にギターを弾いてくれたのだ。

80まずはア・カペラでアコースティック・ギターをプレイ。

90vAS100Dから繰り出される美しいトーン。

100もの悲しくも温かみに溢れた、芝居の内容をイメージした「中間ミュージック」が会場に響き渡る。

110vそして、今度はストリングスのバッキングトラックを用いて愛用のストラトキャスターをプレイ。
150vもちろんアンプはASTORIA CUSTOMだ。
まるで「感情」そのものが弾いているようなギターは聴く者の心を揺さぶる。

130vこの直後に演じられる、戦争がもたらした悲劇と犠牲になった方々への美しい鎮魂歌となった。

140v劇はそのままスタート。
ストーリーは「真岡郵便電信局事件」、あるいは「真岡郵便局事件」と呼ばれる実話だ。

170時は太平洋戦争末期も末期、まさに終戦の直前。
樺太南部の真岡の郵便電信局で働く12人の少女たち…。
生まれた時から携帯電話があるような若い方々は、そもそも「逓信」なんて仕事ががあったことも知らないでしょう。
昔、電話は相手に直接かけることができず、「電信局」の「交換手」にお願いして取り次いでもらっていた。
さすがに私はコレの経験はないが、このあたりの事情がわからないと、お芝居のストーリーが成り立たない。
そういえば昔は各戸に電話がなくて、「呼出」といって近所の電話を持っている家の電話番号を借りていた時代があった。
名刺の電話番号の上(昔の名刺はほとんどすべてがタテ書きだった)に「(呼)」というサインが入っていると、その人は電話を持っておらず、近所の人の家の電話を借りる…ということを意味した。
その時代は「電話加入権」というのがひとつのステイタスで、お金がない人は電話を家に引くことができなかったのだ。
事実ウチの実家は、2階の3部屋を人に貸していたが、誰も電話を持っていなかった。全員(呼)だったので、2階の人に電話がかかってくると、私はよく2階に使いに行かされた。「〇〇さん、お電話ですよ~!」と。
ノンビリした時代だったよね~。50年以上前の話だからね。
でも携帯電話やパソコンなんかなくても不便なことなんて一切なかった。
だからあの「OK、〇〇。電気消して」なんてのは本当に異常に見える。
ところで、ものスゴく古い東京の商店の看板の写真なんかを見ると、時折電話番号の市内局番が2ケタになっていることがあるでしょう?
私が生まれた時には東京の市内局番は3ケタになっていたが、どうもその1年前の昭和36年までが2ケだったらしい。
 
下はお昼休みに仲良しが集まって楽しくおしゃべりをしているシーン。175敗戦間近に本当にそんなことをしていられたのか…というと、モノの本によれば離島の住民は空襲もなく、灯火管制などは厳しかったが、内地に比べればかなり平穏な雰囲気だったらしい。
もちろん物資に余裕があったワケではないので、若い女性が集まってするおしゃべりの内容は、食べ物やオシャレの話になる…この頃はまだよかった。

180彼女たちの仕事は上に記した「逓信」だ。
簡単に言うと「電話交換手」で彼女たちがいなくなると付近の電話での通信が全くできなくなってしまう。
平時でも大きな責務を抱えていたが、戦時下にあってはとても重要な業務だった。

190地元北海道での度重なる公演を経たこともあるのかも知れないが、みんな演技がウマいこと、ウマいこと。
主役のひとりを演じたNaNa☆ちゃんはMarshall Blogへは2回目の登場。

195vそして1945年8月15日終戦。
「日本が戦争に負けるなんて!」と少女たちは動揺を大きくするが、何しろ新聞なんかはラジオに負けまいと、あることないこと、日本が優勢であるかのようなメチャクチャ報道をしたからね。
新聞やテレビの報道機関がやっていることは、実は今も変わっていない部分が多いようだけど。
しかし、その7日前に日本への宣戦を布告したソビエト軍が真岡に侵攻して来たのだ。
215多くの一般市民は内地(北海道)へと脱出するが、真岡郵便電信局の少女たちは残留して、職務を最後まで全うする決意を固める。

200そしてとうとうソビエト軍が真岡に現れてしまう。210「みなさん、これが最後です。さようなら…さようなら」…郵便局に残った少女たちは、ソ連軍に接する前に青酸カリを服用し自決を図る。
こうして12人のうち、9人が若き命を絶ち職に殉じた。
コレが「真岡郵便電信局事件」。
戦争さえなければ…全くもって気の毒な話である。

220この悲劇は「北のひめゆり事件」とも呼ばれ、1974年に映画化もされたのだそうだ。
稚内市の稚内公園には『氷雪の門』として、ソ連の侵攻により樺太で亡くなった方々の慰霊碑が立っている。

Hm この事件の9人の少女の慰霊碑も立てられている。

Mnお芝居の後は主宰の中間真永が舞台に上がり主題歌「命火」を熱唱。

240v平岡健一さんのアコースティック・ギターとエレクトリック・ギターによる伴奏。
280エレクトリックを担当したのはMedias Zoneの金子聡志。

250v金子さんはASTORIA CLASSICを使用しての演奏だ。

2609人の少女たちに届けるかのような情感豊かな声はお芝居の感動を倍増させた。

270最後は出演者全員が舞台に上がってのごあいさつ。

290まずは真永さんからごあいさつ…

300「このお芝居は3年かけた後、2017年の8月15日(終戦記念日)に初めて上演しました…

310命の尊さ…

320平和の大切さを伝えたかった…

3309人の乙女の命は2度と戻ってきません。この舞台を演ることによってもう一度よみがえらせたいと思いました」

340東京公演に際しては手塚治虫さんのご息女、るみ子さんのご協力があったことに触れた。

306_2皆さん、本当に大熱演で、その演技と無駄のない脚本にグイグイと引き込まれ、アッという間に2時間が過ぎてしまった。
一度限りの東京公演、ご盛会おめでとうございました。
 
愛宕劇団の詳しい情報はコチラ⇒Akashic Records LLC

305vチョット蛇足的にソ連との戦争に関することを…。
飢餓や病気に苦しむ南方戦線同様に、極寒のシベリアに抑留された方々の塗炭の苦しみも耳を疑うほどに悲惨なものだ。
テレビでたまたま見て驚いたのが、「香月泰男」という満州からシベリアに抑留させれた経験を持つ画家のドキュメンタリー。
立花隆が大粒の涙をボロボロ流しながら香月さんの経験を語る姿に驚いて、翌日『シベリア鎮魂歌』という氏の著作を買いに行った。(この本、不思議なことに表題には「シベリア」と綴っているのに対し、中身の表記はすべて「シベリヤ」になっている)。
上に書いたようにソ連軍は終戦直前に日本に宣戦を布告して勝手に攻め込んで来、武装解除して無力だった日本兵58万人をシベリアに護送した。
そして、過酷な環境の中で重労働を課し、6万人近くの命を奪った。
当時、ソ連は大戦の影響で深刻な労働力不足に困っていたため、なりふり構わず日本に侵攻して兵士を捕らえ、シベリア開発の労働力に充てたんだね。捕虜というより奴隷ですよ。
その中のひとりが香月さんで、この本はその極寒の地獄での経験と「シベリヤ・シリーズ」という抑留時代をテーマにした絵画作品の図録が掲載されている。
その絵は香月さんが独自に編み出した炭を使った黒ベースの息苦しいまでに重く悲しい絵で、私はどうしても実物が見たくて、タイムリーに開催された展示を東京駅のステーション・ギャラリーまで足を運んで観てきた。
イヤ~、スゴかった。
どの作品も抑留された人たちのうめき声が聞こえて来そうな、眉をひそめて鑑賞せざるを得ない力作だった。
「どんな作品か」…軽々しくインターネットから拝借した画像をココに貼り付けるとバチが当たりそうな作品だ。
しかし、音楽もそうだけど、何事にも実物には絶対にかなわないね。
やっぱり真空管アンプの音は真空管アンプにしか出せないんだって。
ニセモノで「似てる、似てる」とよろこんでちゃイカン。
絵を観に行くといつもコレを思ってしまう。

90r4a9872今、ちょうど北方領土2島返還なんてやってるでしょ?
あのプーチンの顔を見るといつも思うんだけど、ロシア(ソ連)というのはとても不思議な国だ。
一般の旅客機を平気で撃ち落としたりするクセに、音楽やバレエといった芸術となると信じられないぐらい素晴らしい偉業を残しているでしょ?
特に音楽はスゴイ。
チャイコフスキーから始まって、ポロっと思いうかべただけでもショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキーといった私の現在のアイドルを経て、ラフマニノフ、プロコフィエフ、ムソルグスキー、ボロディン、ハチャトゥリアン(大スキ)、スクリャービン、シュニトケ(最近時々聴いてる)、グリンカ、グラズノフ、キュイ、カリンニコフ、リムスキー=コルサコフ…すごいでしょ?
当然演奏家もスゴイのがゴロゴロしてる。
でも、ガツンと音楽を変えるようなイノヴェーターっていないんだよね。
トルストイとかドストエフスキーとかツルゲーネフとか、文学もスゴイ。イギリス同様、寒いところは文学が発達するんだよ。日本の方がスゴイけどね。文学は日本が世界一だ。
一方、知識がないだけかもしれないが、「ロシアの美術の巨人」ってのは聞いたことがないな…絵具が凍っちゃうのかな?
でも確かに零下40度のところではゴーギャンみたいなことはできないからね~。
ロシアって国土が広いでしょ?
オッソロしいほどの芸術的才能を持っていて、まだ陽の目を見ないヤツがたくさんいるんだって。
『大黒屋光太夫』のこともあってモスクワやエルミタージには行ってみたいとは思う。

20 そして、しつこく、またしても吉村昭で恐縮だが、吉村先生は樺太からの引き揚げをテーマにした短編を編んでいる。
ひとつは『総員起シ』収録の、引き揚げ船「小笠原丸」の沈没を扱った『烏の浜』。
コレもヒドい話で、終戦の5日後、北海道に引き揚げ、さらに本州に回送する樺太からの難民約600人と乗組員約100人を乗せた小笠丸が謎の潜水艦からの雷撃を受け、638人の命が奪われた話。
犯人は明らかにされていないが、アメリカとイギリスはポツダム宣言に従い、日本に対し完全に武装解除していた頃なので、ソ連の仕業とされている。
魚雷を当てた後、機銃掃射までしたそうだ。
もうひとつも南樺太からの脱出をひとつの少年の目を通じてドキュメンタリー・タッチで描いた『脱出』だ。
90r4a9876得意の吉村先生が出たところで、樺太関連でもうひとつ。
以前から何度か紹介しているが、「間宮海峡」を発見した間宮林蔵の伝記でタイトルはそのまま『間宮林蔵』。
世界7不思議のひとつだった、「樺太は島か、それとも中国大陸と地続きか」を現地まで踏破して確認した江戸末期の探検家。
測量技術に関しては伊能忠敬のお弟子さんだった。
「ギリヤーク人」なんて民族聞いたことないでしょ?
樺太に関することがたくさん書いてある。
またしてもオススメしようと思ったけど止めておく。読まない方がいいよ。
こんな面白い小説は自分だけのものしておくわ。

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(一部敬称略 2018年10月3日 高円寺 座・高円寺にて撮影)