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2014年8月27日 (水)

【イギリス - ロック名所めぐり vol.13】 Newcastle(ニューキャッスル)はよいところ

今日の名所めぐりはイングランド北東部最大の都市、ニューキャッスルから。
もうすでにこの街の紹介はShige Blogでしているので、未読の方にはそちらからご覧いただくとうれしい。

Shige Blog : イギリス紀行2012 その10~ニューキャッスル
Shige Blog :  イギリス紀行2012 その11~ニューキャッスル2

チョット重複してしまうパートもあるかもしれないが、コチラでは「ロック名所」魂でお送りするのでお楽しみいただけば幸いである。
今回は結構マニアックだよ。
  
スタートはニューキャッスル駅。

10_2ニューキャッスルはイギリスで7番目に人口の多い街でその数28万人。
正式な名称はニューキャッスル・アポン・タイン(Newcastle Upon Tyne)。
この「アポン・ナントカ」の「ナントカ」以後は川の名前を指す。
シェイクスピアの出身地で有名な、観光地にもなっているストラットフォード・アポン・エイヴォン(Stratford Upon Avon)も同じ。エイヴォン川のほとりの村だ。

「名所めぐり」Shige BlogのSouth Shieldsの回でも紹介したように、タイン川流域は、今は猛烈にさびしくなっちゃったけど、昔は炭鉱や造船、鉄鋼で栄えた一大工業地帯で、北海に面したその河口までこのエリア全域の住民まで加えると、今でもその人口は165万人にもなる。なかなかの大都市なのだ。

20_2「イギリス紀行」で紹介したが、タイン川にかけられたこの街の橋はどれも魅力的だ。

30_2そのタイン川べりにある「Riverside」という名のクラブ。
週末になればライブ演奏をしている。

40v_2これもタイン川べり。
この向かって左の真ん中の三角屋根の建物、「The Cooperage」というライブハウスなんだけど、何と15世紀、つまり1430年に建てられたモノなのだそうだ。
案内してくれたスティーヴはほとんど来たことはないというが、そこそこのバンドが出ることもあるらしい。
内部は外観よりはるかに狭いらしく、キャパの関係でさすがに有名なバンドが出演することはできない。
有名なアーティストのサイド・プロジェクトなどが出たりすることが普通なのだが、その際にはデカデカと看板を出すのだそうだ。
そうすることによって、この建物が現役で役に立っていることを示すことができ、取り壊し対象の指定から逃れることができる。
東京なんかどんどん古い建物を壊しちゃうもんね。つい最近も銀座一丁目の「ホテル西洋銀座」という建物の解体が決まったらしい。
私はむしろその前にそこ建っていた「テアトル東京」や「テアトル銀座」の方になじみがあったので、コレに関しては惜しい気にはならないが、古い建造物はやはり大切にするべきだと思っている。
建造物には文物と同じく、時代の文化や空気が詰まっている。それを平気で壊すのは文化的民度の低さを露呈しているように感じるね。
まったく地震がないイギリスと土俵を同じにすることはできないが、日本だって優秀な建築家が揃っているのだから、古いモノを保存しながら地域を開発する技術を惜しみなく発揮するがいい。50街中に入る。

60v_2何しろ天気が悪くて色が出ないのが残念。
この建物、実物はオレンジと白とピンクでもっと色鮮やかなのね。
90_2
こんな建物がドカンと居座っていてもちっともおかしくない。

70その一階に楽器屋さんを発見。

80これはShige Blogで紹介したThe Thetre Royal Newcastle。

100_2浅草寺の本堂にも似た天井。

110_2このアーケイドも紹介したね。
左はクラシック系の楽器屋さんだ。

120目抜き通りのGrey Street。
130
実はニューキャッスルは、偉大なミュージシャンを何人も輩出している。
Hank Marvin、The AnimalsすなわちEric BurdonとChas Chandller(この関係でJimi Hendrixもしばらくこの街に滞在していた)、Bruce Welch(The Shadowsのメンバー)、Bryan Ferry、Sting、Brian Johnson、Mark Knopflerなどなど。Mr. Beanもそう。

チョットここでHank Marvinについて触れておきたいと思う。
赤いストラトキャスターがシンボルのこのThe Shadowsのギタリストは、Bruce Welch(上掲)によると「1958年から1964年までギターの神様」だったという。ナゼ1964年までかというと…Eric Claptonの登場である。64年はYardbirdsでClaptonが頭角を現してきた時分なのだ。

あまりの影響の大きさゆえ、イギリスのロックの歴史は何でもビートルズづくしだが、その前にはCliff Richardの存在が大きく、The Shadowsを従えて飛ばしたヒットの数々はブリティッシュ・ロックの礎を作ったとされている。
そんな功績で、CliffはSir.(一代限りの貴族)の称号を拝受し、2012年のエリザベス女王在位60周年記念(Diamond Jubilee)コンサートにも出演し、「Congratulations」を歌い、テレビのインタビューに元気に受け答えしていた。郷ひろみに似てると思った。

1958年、「Move It」でCliffはデビュー。
この曲のイントロはシーナ&ロケッツのファンにはおなじみのハズだ。
その時のCliffのバック・バンドはDriftersといったが、プロデューサーがギタリストに不満を感じもっと強力なギタリストに差し替えることを画策する。

一方、ある日飛び入りでステージに上がったことがキッカケでHankとBruce Welchはロンドン、ソーホーの「2i's Coffee Bar」専属のミュージシャンとして演奏していた。
そのHankの演奏を見たCliffのプロデューサーが白羽の矢を立て、Bruceもメンバーに加えて改編したバンドがThe Shadowsになったというワケ。
その後、Cliff RichardとThe Shadowsは快進撃を続け、ビートルズ以前にBritish Rockを強力にけん引したのだ。

ハイ、ここでコレを見てください⇒【イギリス-ロック名所めぐり】Vol.5~ソーホー周辺 その1

この中で紹介している「2i's」のプラークに刻まれた「Birthplace of British rock 'n roll and the popular music industry」という文句の大きな意味のひとつはこのCliffとHankのことだったのだ。
何しろ、歴史上イギリスのヒット・チャートにもっとも多くの曲をブチ込んだのは、一位がElvis。二位がCliff Richard、そして三位がThe Shadowsというのだから驚きだ…イヤ、自分の勉強不足だ。
ま、それだけライバルも少ない時代だったんだろうけどね。
この2i's Coffee Barがなかったらブリティッシュ・ロックの歴史は変わっていたのかもしれない。
話しはニューキャッスルにもどって…

Nc_img_6900 ちなみにAC/DCのBrian Johnsonが以前やっていたバンドはGeordieという。GeordieとはNewcastleからタイン川流域に住む人たちが使う方言の名前、並びにこの辺り出身の人がのことを意味する。
イギリスではかなり有名な方言らしい。
South ShieldsにB&Bに泊まった時、おっそろしく早口の女性が面倒をみてくれた。スティーヴが彼女に「そんなに早くジョーディ弁でまくしたてたらシゲは理解できないぞ!」なんて言ってくれたが、スティーヴと長い時間いっしょにいたせいか、はたまた彼女の言っている内容がホテルの決まりきったルールだったからか、英語力がアップしたのか(←コレはない)、スンナリ聞き取れたな

そこからちょいとウラに入る。

140vゼンゼン風情もナニもないビルディング。この地下にあるのが…

150_2ロック・パブ(というらしい)の「Trillions」がある「The Jubilee」とか「The Man in the Moon」だとか、何回か名前が変わってはいるものの、創業開始は30年前だというからなかなかの老舗だ。
休憩がてらスティーヴとエールを頂く。

160_2これがステージ。
出演するのは地元のバンドか中級知名度のバンドが多いらしい。やはり基本的にはパブなのでギンギンにライブ事業を展開しているワケではないようだ。
やはりスティーヴも頻繁に訪れるワケではないが、ミュージック・パブとしてはすごく居心地がいいとか…。
Marshallのインターナショナル・デモンストレーターを務めるChris GeorgeはWaystedというバンドでここに出演したことがあるとのこと。

170_2街のど真ん中にあるThe Gateというショッピング・ビル。2002年にオープンした。
このビルができる前はThe Mayfair Ballroomという有名なダンス・ホール兼コンサート・ホールだった。
イギリスにもドアホがおったわ。こんなツマランものに作り変えてしまったのだ。
180_2
このThe Mayfair Ballroom、スティーヴと前を歩いた時は「ここにも有名なホールがあったんだよ」、「あっそう」ぐらいにしか話をしなかったが後で調べてみて驚いた!

1961年に開業したこのホールは1500人を収容することができ、1999年に閉鎖するまでの約40年間、ヨーロッパで最大のロックのライブハウスだったという。(みなさん「live house」は日本語ですからね!イギリスではそういう生演奏をする施設をひっくるめて「club」といいます)

どんな連中が出演していたかといえば…AC/DC, The Who, Pink Floyd, Queen, The Police, U2, The Clash, Iron Maiden, Judas Priest、Nirvana等々。ようするに「みんな」だ。

スティーヴは1980~1981年の間にここに出演していたこともあったし、アルコールが出される年になった1976年から、ロンドンに引っ越した1983年までここでずいぶん色々なバンドを観たそうだ。最後に観たのは1982年のGary Mooreだって。

で、ですね、ここに関するクロニクル的なウェブサイトってのがあって、これが滅法おもしろい!
記録がナニも残っていなくて、みんなで情報を持ち寄ってページを作ったとか。
出演者が何しろエグイ。
Juicy Lucy、Edgar Broughton、Graham Bond、Jon Hiseman、Quientessence、If(Terry Smith見たい!)、Chicken Shack、Van Dar Graaf Generator、Pretty Things、Derek & Dominos、Deep Purple、Humble Pie、Mottthe Hoople、Fleetwood Mac、Black Sabbath、T-Rex、Ten Years After、Faces、Curved Air…あ~もうキリがない。コレで1970年の一部。
一体、何だコレ?天国か?パラダイスか?それとも冗談か?
60年代もスゴイ。The MoveだのThe NiceだのFamilyだのTrafficだの…。

コレ、今だったら毎晩行っちゃうね、カメラ持って…。
Marhall Blogも毎日Alvin Leeだの、Russ Ballardだの、KossoffだののMarshallの紹介よ。

それにしてもスゲエな、コレ。止まらんわ。IsotopeとかOsibisaまで出てる。
1973年にはCurved AirとGary Moore Bandなんてブッキングもあるね。このGary Moore Band、Nazarethとも対バンしてるわ。

Led Zeppelinがイギリスで最初にライブをしたのがこのThe Mayfair Ballroomだったという。
スカンジナビア・ツアーから戻った末期Yardbirdsが、既にブッキングしてあった1968年10月4日のThe Mayfairのステージを契約消化のために出演した。
ステージに上がったのは例の4人。この晩からバンド名をLed Zeppelinに変えた。セットリストはすでにLed Zeppelinのモノだったという。
これを見た人がニューキャッスルに1,500人ほどいたいたワケだ。ため息が出る。

写真を勝手に使うことを控えているので、内部の様子をここでお見せできないのが大変残念だが、規模の違いはあれどこのゴージャスさは、日本でいえば東京キネマ倶楽部のようだ…とだけ言っておこう。そう東京キネマ倶楽部もかつてはBallroomだった。

The Mayfair Ballroomに興味のある人はコチラをチェックして欲しい。令文さんなんか大喜びするんじゃないかな?ああ。一緒に見て語り合いたい。
Quireboysが「Mayfair」という曲を演っていることも記しておこう。このビデオ・クリップではバックがMarqueeになってるけど…。

そして1999年、The Mayfair最後に日には5,000人ものファンがここに集ったという。だから残しときゃよかったんだよ!Nc_img_6863 O2 Academyはホールのチェーン店。ニューキャッスルのO2 Academyは2005年にオープンした比較的新しいモノ。Uriah HeepやY&Tなどいまだに活動を続けている70~80年代のバンドが比較的多く出演している。

190O2 Academyのすぐそばのギター・ショップ、McKay。
1977年、スティーヴが17歳の時、一大決心をし、大枚はたいてフェンダー・ストラトキャスターとMarshallの三段積みを買うことにした。
今でも使っているメイプル指板のナチュラルのストラトキャスター(私も何度か弾いたことがある)は今はもうない「Rock City」というお店で278ポンドでゲット。当時のレートで13万円ぐらい。

Marshallは1959のフル・スタック、いわゆるUNIT3が希望だった。価格は510ポンド(≒24 万円)。しかし、このMcKayでは現金なら472ポンド(≒9万4千円)で買えた。かくしてスティーヴは人生初のMarshallスタックをここでゲットしたのであった。
しかし、その1959はまったく歪まず、スティーヴはTonebenderのペダルをつながらなければならなかった…とさ。
この話、洋の東西を問いませんな~。

その後、スティーヴはその1959と使わなくなったBキャビを売り払い1973年製の100Wサイズの1987と1972年製の1959を手に入れ、今までも使っている。
Aキャビを売らなかったのは内部にJim Marshallのサインが入っていたからである。事業が成功した後もJimは工場に入り、キャビネットの製造を手伝っていた。ま、一種の趣味だ。

店の中は滅法せまく、商品も少ししか置いてない。

210v一方こちらは「Guitar Guitar」というモダンなお店。Marshshallウォールがうれしいね。

220裏通りにはこんなサルサ・バーも。
200_2
さて、今日のメイン・パート。Newcastle City Hallだ。

230_2落成は1928年。キャパ2135席のイングランド北東部屈指の名ホール。

240堂々たる威容。
この建物ですら解体の危機に迫られている。13000人の反対署名運動が行われたほか、facebookの「North East Music History Group」という団体がこの地方のロック文化の伝承・保護を目的に解体反対運動を推進している。スティーヴはもちろんのこと、私も知らない間にメンバーになっ ちゃってんだよね。でも、時折ポストされるコメントはコアなブリティッシュ・ロック・ファンには貴重な情報ばかりで存外に面白い。
270_2
ロビーはこんな感じ。やはり荘厳な雰囲気だ。

250これは2年前に撮影したものだが、今でも普通にコンサート・ホールとして使用されている。
The Osmomds、Elvis Costelo、Billy Oceanなんて名前が見えるが、私的興味をそそられるのは何と言ってもIan Andersonだ。

260もう挙げ出したらキリがないのでやらないが、まず大御所は全部出てる。
ここのウェブサイトには「みんなで思い出を語ろう!」みたいなコミュニティがあって、開業時の1920年代から思い出を語り合ってもらおうというイキな計らいをしているのだが、悲しいぐらい情報が集まっていない。
そもそも1920年代なんて大正時代だからね。ジャンジャン情報が寄せられることを期待する方に無理があるだろう。でもね、60年代の情報もないのよ…。
やっぱもう壊しちゃおうか…。

で、70年代。やっぱり少ないんだけど、オモシロい書き込みを見つけた。
それはSladeに関すること。
曰く「1974年にSladeを観ました。素晴らしい夜でした。前座はBeckettというバンドでリード・シンガーはTerry Slesserでした。
この人はFreeが解散した後Paul Kossoffが結成したBack Street Crawlerというバンドのリード・シンガーでもありました。
大分後になってライブハウスに出ていたTerryに会った時、このことを話すとうれしそうにこの晩のことを語っていました」
オイオイ、Sladeのことが書いてないじゃないの!

ちなみにBack Street CrawlerはKossff亡き後、Crawlerと名前を変え、Geoff Whitehornをギタリストに迎え活動を続けた。
そして、Terry Slesserは今、スティーヴとバンドを組んでいる。

もうひとつ…
「14歳の時に初めて観たナマのバンドがSladeでした。前座はThin LizzyとSuzi Quatroでした。素晴らしい夜でした」…そりゃ素晴らしいにキマってる!
うらやましいよね~!

その後、Sladeは1981年にココでのパフォーマンスをライブ録音し『Slade on Stage』というアルバムにしてリリースした。元々他の会場で録音した音源と混ぜて2枚組にする計画だったが、他の会場では、アンビエンスで録った音源に、あまりにもたくさんの観客のお下劣な騒ぎ声が入ってしまい使い物にならなくなってしまった。
仕方なくCity Hallだけの音源でシングル・アルバムとして制作されたのだそうだ。

この頃のSladeはもうかなり下火になっていたが、ナンノナンノ、このアルバムを聴く限りでは観客の盛り上がりは異様なまでに激しく、その人気を知ることができる。

Sos
City Hallで録音されたもっとも有名なアルバムはコレだろう。Emerson Lake & Palmer。

Keith Emersonが弾く冒頭のパイプ・オルガンはダーラム(ダーラム大聖堂が有名。ニューキャッスルからそう遠くない)で1861年に開業したHarrison & Harrisonというパイプ・オルガンの老舗の製品で1928年にこのCity Hallに備え付けられた。
当時のレコード会社はロックとして長大なクラシック曲の作品をリリースすることに消極的で、自分たちのクラシックのレーベルからリリースしたが案の定セールスは惨憺たるもので、ELPはこの作品をオクラ入りさせることを希望したらしい。
ところが『Tarkus』がヒットし、レコード会社も元の計画でこのアルバムを世に出すことに同意し、我々が普通に耳にすることになった。
今ではDVDで映像でも鑑賞できるようになったが、あの映像は1970年12月にロンドンのLeyceum Theatreのもので、ここのパフォーマンスではない。

正直、私はちょっとコレ苦手。
曲名を告げるMCへのお客さんの歓声が大きく、エラク受けているが、本当にみんな楽しんだのかしらん?静かなパートではお客さんが飽きちゃってるんだか、結構ギャーギャー騒いじゃってるんだよね。
もちろん「Nutrocker」はいつ聴いてもいいよね!

PeMotorheadの1981年のライブ盤『No Sleep 'til Hammersmith』の一部もCity Hallで録音された。

Index 建物の脇に回ってみる。

280_2これがステージ・ドア。
ここから数えきれない偉大なミュージシャンたちが会場に入り素晴らしいパフォーマンスを繰り広げたワケだ。

290v_2こちらはボックス・オフィス。どこかの工場の中にある売店みたいだ。

300vこれは見ての通りバー。ホールの中のお客さんも中に入らない外の人もここでイッパイできる。
以上Newcastle City Hall。

310v近くのパブ。
週末にはバンドが入る。

320vイギリスにもほら!I AM MAIDENだって!

330vスティーヴに連れられてさらに裏道を行く。こんな行き止まりの細い路地の奥には…

340vギター・ショップ。店の名前は何と「The Guitar Shop」。安直すぎない?

350狭いながらもすごくコージー。
スキン・ヘッドのオッサンはオーナーのBrian Younger。
またすごくいい人でさ。
入った瞬間、店内にはMiles Davisの『Kind of Blue』が流れていて、曲名とパーソネルを全部言い当てたらいっぺんに仲良くなっちゃった!(ジャズを聴いていればこんなのへのカッパ←コレ最近聞かなくなったね)

360リペアの仕事もこなしている。
このテリー、弾かしてもらったらエラク具合がいい。
「これはいいギターですね~」なんて言ってたら、上からジャンジャン在庫のビンテージ・ギターを持って来ちゃって「コレを弾いてみろ」、「次はコレだ!」なんて留まる気配なし。
とても感じのいい人だったな。

370最後にSteve Dawsonと一枚。
ああ、こんなことはもう二度とないだろうな…最高に楽しい一日だった。

Thank you very much for taking your time on that day, Steve.  And I apprecite not only your hospitality but also your cooperation for the addtitional iformation.  I couldn't make it without your generous support.
I wish I was born as a Gerodie so that I could experience the golden age of the great British rock!!
380スッカリ長くなっちゃった!

つづく

参考文献 : ロックの歴史(中山康樹著 岩波新書 2014年)