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2014年3月11日 (火)

フィル・ウェルズ・インタビュー~その7

AC/DC

P:ウェンブリーのステージにAC/DCを観に行った時はスゴかったですよ。コンサートの後、マネージャーに連れられてバンドのメンバーにあいさつに行ったのですが、廊下がマーシャルだらけになっ

Pw_img_7793_2ていました。アソコの廊下は狭いんですよ。

S:そうそう、やたらと細くて長いんですよね!アソコにマーシャルが並んだら相当狭い! 
P:その通り。バンドの連中は話してみるとすごく親切な人達でした。
S:実はAC/DCのバック・ステージを数年前に東京で見せてもらいました。すごくラッキーだったと思います。バック・ステージを見ることができた数少ない日本人のひとりだったかもしれない。ゲストは完全にシャットアウトされていたので。
「マーシャルの方ですか? それではどうぞ!」と快くバック・ステージに招き入れてくれ、ツアー・マネージャーが付きっきり案内してくれました。
P:それは素晴らしい!
S:ちなみに、ステージの真下は見られました? あそこには1959のタワーがいくつかありましたでしょ?
P:はい、そうですね。
S:マルコムのピックもお土産にいただきました。アンガスのはもらえませんでしたが…(笑)。
P:1枚だって何もないよりずっといいですよ!

Wembley Arenaの狭い廊下はコチラ⇒【50 YEARS OF LOUD LIVE】当日リハーサル~その1

プログレッシブ・ロック

S:ハハハ!ところで、あなたはロック・ファンですか?
P:ロックといっても、私はオールド・スクールです。
S:エルヴィスとか?
P:いえいえ。エマーソン、レイク&パーマー、ジェスロ・タル…プログレッシヴ・ロックが好きです。
S:私と同じですね!
P::私はそういった音楽を聴いて育ちました。ヘンドリックスも同様です。でも、モダン・ロックはマァ良いのですが、音が大き過ぎます。
私のCDのコレクションには、ザ・ナイスに関連するものしべてが網羅されています。結局はキース・エマーソンということなのですね。ザ・ナイスから始まり、すべての時代のLPを持っています。(注:イギリスにはELPファンが想像以上に多い)
後は、あまり有名ではないバンド…。

Pw_img_7777S:例えば?
P:トゥモロウという名前のバンドがいました。
S:スティーヴ・ハウの?
P:そうです。そういう感じのバンドたちです。
現代のバンドも悪くなないのですが、私の好みではないんです。アイアン・メイデンは紹介されて聴きました。一緒に仕事をしたので、バンド・メンバーのサインが入った腕時計ももらいました。しかし、彼らのCDは持っていません。AC/DCは1枚しか持ってないな…。でも、彼らを観に行くのは楽しい。ライヴというのは素晴らしいものです。
初めて姪を連れて…38歳になるので若いとはいえませんが…ジェスロ・タルのコンサートに行きました。彼女はクラシック音楽が好きで、タルを一度も見たことはなく、学校でフルートやピアノの先生をしていました。ロックというジャンルには馴染みがなかったんです。
そこで彼女を連れてジェスロ・タルのコンサートに行きましたが、彼らの演奏に圧倒されて「素晴らしかった!」と言っていました。他のことはさておき、イアン・アンダーソンはフルートを吹きますでしょ? S:1本足で。
P:そうそう。最近の話では、彼の頭はハゲ上がってしまったということでした。昔は金髪だったのですが…。
S:髪のことは私の前で言わないでください!
P:ハハハ!イエイエ、そういうことじゃないですよ!とにかく、そういうスタイルが私の好きな音楽です。その他にはそんなに好きなバンドはいません。年のせいだと思います。プログレで育ったんだと思います。
S:プログレは英国人の間では大きな存在ですね?
P:はい。

ゲイリー・ムーア

S:今回50周年のコンサートがありますが、出演するすべててのギタリストがアメリカの出身です。もしゲイリー・ムーアが生きていたら、出演してくれたと思いますか?
P:もちろんです。彼とは2~3度話をしたことがあります。私の経験からして気難しそうでした。しかし、彼はマーシャルが大好きでした。それは純粋かつ単純なことで、彼の欲しいものをマーシャルが提供してくれるから、マーシャルが好きだった。最後までずっと、それだけでした。彼に関する面白い話がありますよ。
S:何ですか?
P:バーミンガムでゲイリーがプレイしていた時のことなんですが、その時、私の息子が大学に通っていました。そこで息子は「ゲイリーを観に行きたいんだけど、チケットが手に入らないかな?」と言いました。
そこで私は2枚…実際は3枚ですが…のチケットを手に入れました。一緒に観に行ったのですが、その時ゲイリーはブルースだけをプレイしていました。素晴らしかったです。コンサートは最高でした。
ところが、アンコールの2曲目では“DSL”の調子が悪くなってしまいました。
しかし、あんなに素晴らしいプレイはこれまでの人生の中で観たことがありませんでしたよ。

Pw_img_77841960の上にDSLの50W、つまりDSL50を置いて、となりにフェンダーのTwinもつないであったのですが、ステージの反対側にはDSL 50がもう1台設置してあり、使ってはいませんでしたが、照明が当たっていました。つまりステージの両側にDSL 50が置いてあったのです。
そして、ゲイリーは調子の悪くなったDSL50の電源をオフにして、反対側のアンプの電源を入れ、プラグ・インしました。
それからたった15秒かそこらで、元通りノリノリでプレイし始めました。アンコールの最後で2~3曲が止まってしまったんですが、みんな拍手喝采でした。
ギグの後、片づけをしているステージの上でギター・テクのグラハム・リリーと話をしていた時、若者2~3人が我々のところに近寄ってきて「ゲイリーのピックはありますか?」と訊いてきました。
グラハムはその若者にゲイリーのピックを1枚渡しながら、「明日このピックがebayに載っているのを見たくないよ!」と言っていました。
若者は「やった!すごい!」と大喜びで立ち去りました。
そして、私はその壊れたアンプを持って帰って修理して、次のギグの時までに送っておくことをグラハムに約束し、「Gary Moore」とフロント・パネルに書かれたDSL50を肩に担いで…50Wヘッドは軽いですから…グラハムと別れました。
すると、さっきピックを手に入れた若者がホールの外にいて大きな声でもらったピックを友達に自慢していました。
そして、ゲイリーのアンプを肩に担いでいる私の姿が目に入った途端、彼は絶句してしまったのです。その時の彼らの顔ときたら!すごく面白かったです。
S:まさかさっきのオジサンがマーシャルの人だったとは?!…みたいな?

マノウォー

P:ハハハ!
アメリカのヘヴィ・メタル・バンドのマノウォーが、今は何と呼ばれているか知りませんがハマースミス・オデオンでライヴを行なっていました(今はHMV Hammersmith Apollo)。3000席はある開場です。そこに行ったのですが、リーダーのベーシストがステージ上で1600Wの電力を消費していました。
S:(笑)
P:キャビネットが32台。18インチが16台…ベースですからね。4×10インチが16台。それで1600Wを使っていたんです。
リード・ギタリストはスタックが3台。3300WのPAがありました。私達は耳をちゃんと保護してはいましたが、もう痛くて大変でした。ですから長居はできませんでした。スラッシュ・メタルでもあるので…ベーシストはたくさんペダルを持っていて、ゲイン・ペダルを踏むんですが、通常の爆音がさらに爆音になり、もうバカげているとしか思えない音量でした。もっとゲインを上げるとどんどんラウドになっていきます。人生最大の爆音ライヴでした。全く存在感がなかった。音楽の存在感はありましたよ。ただただうるさかったんです。
でも、ケータリングは最高でした。ツアー時には大抵会場内に飲食出来る場所が用意されていますが、本当においしかったです。
S:そっち?!(笑) 

ジム・マーシャル

S:ジムの思い出を話していただいていいですか? 何か印象的なお話はありませんか?
P:もちろんありますよ。
たとえば…1977年に私がマーシャルで働き始めた日から一週間が経ったぐらいの時のことです。工場内にスピーカーや抵抗などが保管されている倉庫がありました。その頃の工場の従業員の平均年齢は22~23歳ぐらいで若い戦力が中心だったと思います。最初にその倉庫の管理を担当したんです

Pw_img_7820私はトランスをその倉庫に取りに行ったんですね。場内では色んな従業員に出くわしますから当然挨拶をして歩きます。
そしてカヴァリング作業の場所を通りがかりました。倉庫へは、カヴァリングの工程のところを通らなければ行かれなかったんです。その時、私はそこにいる若い人に「あのカヴァリングで働いてるジジイは誰?」と尋ねました。すると「え?あれがこの会社のオーナーだよ!」という返事が帰ってきました。
S:(笑)
P: おかしなことに、私の面接はその1週間前、当時のマネージング・ディレクターのマイク・ヒルによって行なわれたのですが、場所はジムのオフィスでした。ジムはデスクの端っこで何かの作業をしており、私はマイクと共にジムとは反対の方を向いて座っていたのです。私は就職の面接だったのでとても緊張して周りがあまり目に入らなかったんですね。
とにかく、ハッキリと見た最初のジムの姿は彼がカヴァリングの作業をしている時だったのです。
S:ウワ!私も見たかったな!ジムが社長室で帳簿をチェックしている姿は何回か拝見したことはあります。
P:はい。おそらく5~6年はその倉庫の仕事をしていました。ある時、ジムの秘書から電話をもらいました。「12時にオフィスに来てもらえませんか」と言うので、「アレ? 何かしでかしちゃったかな?」と思って行ってみたところ、ジムに来客があって、技術的な質問を受けることになっていました。そこで助っ人が欲しいということだったのです。
ジムの部屋に行くと秘書が「間もなくリムジンが到着します」と言うのです。どういう事だろう?と思っていると、ジムと昼食を一緒にすることになったのでした。それからレストランに出かけ、席について、お客さんから技術的な質問をされるたびに私が返答しました。ジムはワインを注文しました。ご存知かもしれませんが、ジムは赤ワインが好きでした。「すみません、胃もたれするのでワインは飲めないんですが…」と言いましたが「そうかい、じゃあグラス1杯ぐらいなら」するとボトルが1本運ばれて来ました。「私のおごりなんだから、飲んでもらうよ」と言われました。
S:ハハハ、ジムはすすめ上手でしたもんね。
P:結局、仕事に戻る頃にはもうヘベレケ…。
S:(笑)私も同じような経験があります!
P:私はもう寝る事しか頭にありませんでしたよ!
まあ本当に…彼は素晴らしい人だなと思いました。そして1ヵ月後、また同じオファーが来ました。3度ぐらいやっていると、段々ジムがボスだということが実感できるようになってきました。「ミスター・マーシャル」です。
ある日「よければ『マーシャルさん』じゃなくて『ジム』と呼んでくれ。君次第だが…」とジムに言われました。
そこでまたレストランに行った時から、彼を『ジム』と呼ぶことになりました。その方が適切だと思ったので…。
しばらくすると友達と呼べるような関係になりました。ジムはそれまでの自分のことについて話をしてくれたりしました。
他の人にも話していることですが、アンプに関する話や物事がどうして起こったか、そしてヘンドリックスみたいな人達との会話なども教えてくれました。話していてとても楽しかったです。トラブルに巻き込まれた人がいると…例えば忠誠心に関わるようなことがあると、ちょっと気まずい…気まずいというか、緊張して話しづらくなりますが、彼はそういうことはありませんでした。
私に対して怒っていたことがあったかどうかは知りませんが、彼とは一度も問題を起こしたことはありませんでした。私は尊敬するに値する人として扱われたんだと思います。私もジムのことをいつも良い人だなと思っていました。私もとても良くしてもらいました。
S:本当の「親分」だったんですね?
P:その通り。彼は常に私を酔っぱらわせようとしていました。最後に会った時でさえも!3年前に容態が深刻になる前のことですが…あ、2年前ですね。レストランにいて…毎年もらうウィスキーがあるのですが、これまでに1本も開けたことがありませんでした。初めてもらった1994年から、フル・セットでずっととってあります。それで私は94年と95年のウィスキーをジムのところに持って行きました。ジムはその両方にサインをしてくれました。
それからランチに行ったのですが、そのウィスキーの話しになり、「あのウィスキー、本当には飲んだことがないの?」とジムに訊かれて「本当にないんですよ」と答えました。すると他の誰かが「開けて飲めばいいじゃん!」と言ったのです。
するとジムが私の方に振り返り、「イヤイヤ、フィル、開けないで取って置いておきなさい。私がさっきサインをしておいたんだから!値段がついて高く売れるぞ!」と言うんです。
「そういう理由でもらったんじゃないですよ?」と大盛り上がりになりました。
結局、そのウィスキーを出してきて、チョコっと口にしましたが、なかなか良かったです。ジムにはそういうユーモアのセンスがありました。

つづく

(一部敬称略 2012年9月 英Marshall社にて撮影・収録 ※協力:ヤングギター編集部、平井毅さん&蔵重友紀さん)