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2021年1月29日 (金)

SHOW-YA 35th Anniversary Live『組曲』~SHOW 2 <後編>

 
さて、『組曲』のソワレのレポートの<後編>。
せっかくの機会なので、今日は「組曲(suite=スウィート)」について少し書かせて頂く。
「組曲」とはナンぞや?
もちろん元はクラシック。
冒頭に「序曲」があって、その後にガヴォットやメヌエット等の古くからヨーロッパに伝わる「舞曲」をいくつか組み合わせてひとつにまとめた曲の形式を指す。
土台、音楽は宗教か舞踏のための付属品だからね。
そして、時代が下り、その形式にこだわらずいくつかの曲を続けて演奏する曲が「組曲」と呼ばれるようになっていったそうだ。
じゃ、通常4つの楽章を続けて演奏する「交響曲」は「組曲」なんじゃないの?ってなことになるわね。
誰でもそう思うのが普通でしょう。協奏曲や弦楽四重奏曲も同じ。
本当は交響曲は4つの楽章が、第1楽章はソナタ形式だの、第3楽章は第1楽章と同じ調でなければならないとか、定められたスタイルに収まっていなくてはならないんだけど、ストラヴィンスキーなんかは3つ楽章からなる交響曲を作っているし、マーラーあたりは5楽章の曲やら歌入りやらやりたい放題だかんね。
そうやって交響曲の本来の形式を無視すれば「交響曲は組曲」であるということがいえる。
このあたりの結論としては、いくつかの曲を組み合わせてできている曲を、作った本人が「へへへ、また交響曲作っちゃった!」と言えば交響曲だし、「あ、コレ?形式は交響曲なんスけど、組曲なんスよ!」と言えば「組曲」になるそうです。
 
さて、組曲がどんなモノかがわかったところで…じゃ、ロックで「組曲」って言ったらどうだろう?
もう私は断然、Crosby, Stills & Nashの「Suite: Judy Blue Eys(組曲:青い目のジュディ)」なのね。
中学2年生の時、映画『ウッドストック』で初めて観て(&聴いて)、「ウワ~、いい曲だにゃ~」と感動したワケよ。
「永遠の14歳」はナニもsun-go☆さんだけじゃないのだ。
それから何年かしてファースト・アルバムのバック・バンド入りの音源を聴いてズルッとなったっけ。
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イヤイヤ、ロックの世界にはいくつもの曲が連なって出来ている、もっと組曲らしい組曲のような作品が他にたくさんある。
たとえばJethro Tullの『Thick as a Brick』やY『A Passion Play』…

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Yesの『Close to the Edge』や『Tales of Topographic Ocean』などなど。
でも、これらは「組曲」とは呼ばれていない。
なぜなら本人たちが「組曲」と言っていないから。
『組曲:とんま(thick as a brickとは'バカ'とか'とんま'という意味)』、『組曲;海洋地形学の物語』なんて聞いたことがないもんね。
あ~、こういう重箱の隅をつつくようなことはホントに楽しいな~。

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歌劇やバレエといった物語を音楽で表現することに長けているクラシック音楽はやっぱり「組曲」が盛んだけれど、実はジャズ界にも「組曲の大巨匠」がいる。
それはデューク・エリントン。
ジャズを聴かない人でも「デューク・エリントン」の名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう?
時代が大幅に違うにもかかわらず、マイケル・ジャクソンもエリントンがいなかったら存在していなかったと言われるぐらい、今でもアメリカのポピュラー音楽に影響を与え続けている偉大な音楽家ね。
そのデューク・エリントンがやたらと力を注いだのが「組曲」なのだ。
ざっと調べただけでコレだけある。
 
Perfume Suite(香水組曲、1944)、Deep South Suite(深南部組曲、1946)、Liberian Suite(ベリア組曲、1947)、Controversial Suite(コントロヴァーシャル組曲、1951)、Newport Jazz Festival Suiteニューポート・ジャズ・フェスティヴァル組曲(Newpot Jazz Festival Suite、1956)、Toot Suite(トゥート組曲、1958)、The Queen Suite(女王組曲、1959)、
Turcaret Suite(チュルカレ組曲、1961)、Autumnal Suite(秋組曲、1961)、The Girls Suite(女性組曲、1961)、Far East Suite(極東組曲、1966)、Latin American Suite(ラテン・アメリカ組曲、1968)、New Orleans Suite(ニュー・オーリンズ組曲、1970)、他未発表曲が4つ。
  
スゴくね?
コレだけ作ってるといかにも粗製乱造なのでは?と思ってしまうけどさにあらず。
私も全部聞いたわけではないけど、「極東組曲」とか「女王組曲」とかすこぶるカッコいい。
やっぱりエリントンは偉大なのです。

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ちなみに、あの人気俳優のジョージ・クルーニーのお母さんは歌手のローズマリー・クルーニー。
ニックネームは「ロージー」。
ちょっと鼻にかかった歌声がなんとも魅力的で、「料理はすべてチン」みたいないかにも白人丸出しな雰囲気がメチャクチャかっこいいの。

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そのロージーがデューク・エリントンと組んで1956年にリリースしたアルバムのタイトルが『Blue Rose』。
ん~、SHOW-YAとエリントンの縁を感じるでしょ?(ウソこけ!)
今日も「青いバラのブルース」が出るかな?10_12_2それではソワレの『組曲』いってみましょう!
 
もう一度書くけど、演奏はマチネーと寸分違わない完璧なモノ。
プロフェッショナルの定義のひとつは「同じことを同じように何回でもできる」ことだからね。
SHOW-YAはプロ中のプロ。
マチネーと同じ『組曲』をソワレでも聴かせてくれた。
よってマチネーのレポートをすでにMarshall Blogに掲載している今、私がヅラヅラと文章にして書くことはほとんどない。
ないのよ。
このことは本番の時からわかりきっていたので、マチネーとソワレでなるべく違う写真を撮るように心掛けた…つもり。
なので、お召し替えした出で立ちの5人の写真集をご覧になるつもりで読み進めて頂きたい。
 
まずは恵子さんのMCから…
「さぁ~、お待たせしました!今日のメイン・イベント!
タイトルにもなっている『組曲』です。
アラ還バンドにはとっては怒涛のように'老い'が襲って来るワケですよ。
でも、昨日食べたゴハンは忘れても音楽は忘れない…SHOW-YAの35年の歴史を組曲にして35年の思いをみんなに届けたいと思います。
飲んでいい?」10_3…とお客さんに断ってジュースを口にする恵子さん。
コーヒーかな?
それを見て拍手するお客さん。
「水飲むのに拍手されるんだよ~!
ハイ、私がペットボトルで水分を摂る姿を見てください!」
もう「日暮里の師匠」の域でですな。
「日暮里」と言えばもちろん五代目古今亭志ん生。129 志ん生が来ている浴衣の柄を「廓つなぎ」とか「吉原つなぎ」という。
要するに、吉原のシンボル・デザイン。
で、下。
1964年に来日した時のビートルズの法被姿。
このJALの法被の柄が「吉原つなぎ」だった。
ビートルズは日本一の遊郭のシンボルを着てくれたというワケ。
コレは誰かが知っていて着せたのかな?
コレがずっと気になっている。Bh 「黒門町の師匠」は文楽、「稲荷町の師匠」は彦六、「矢来町の師匠」は志ん朝、そして「日暮里の師匠」は志ん生…昔はこうやって親しみを込めて師匠の住む町名をつけて大看板たちを別称した。
今だったら個人情報でどうにもなりませんよ。
五代目の志ん生はナゼか冒頭で「エ~」と言っただけで客席は大爆笑。
すると「まだアタシャ何も言ってないん…」
コレでまた大爆笑。
有名な話では、噺の途中、志ん生が高座で居眠りをしてしまった。
本番中ですよ。
それに気づいてビックリしたお弟子さんが舞台ソデから出て来て師匠を起こそうとしたら、お客さんが「いいから、起こすな!寝ている志ん生を見たいんだ!」と弟子を止めたという。
もちろん恵子さんは居眠りなんかするワケないけど、ペットボトルを手にした恵子さんの姿を見てこの話を思い出してしまった。20v_2「聴いてください…SHOW-YAの35年の歴史を。
SHOW-YAの35年の軌跡を」30「水の中の逃亡者」

40_2「BATTLE EXPRESS」

50_be恵子さんは真っ黒なロング・ジャケットにお召し替え。

S41a0934 演奏は一気にフルスロットル!

70_2sun-go☆さんは青の入った衣装に替えて登場。

0r4a0575 「Outsider」70_osパワーが衰えないどころか、ますます元気なmittanドラミング!

100v最近作から「兵士の肖像」。90_hsキャプテンもお召し替え。
ゴシック・テイストがバッチリだ。

120_2欲しいものは~「奪いとれ」!

130v_ubtさとみさんもパープルの衣装に身をくるんだ。140v「I Gotta Your Love」

150_igyl

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160sun-go☆さんの轟音が鳴り響く!180vその轟音を出しているのはもちろんMarshallね。

100

110 「ギャンブリング」190_gbl

200この辺りが1回目のクライマックス。

210場面はガラっと変わって「Blue Rose Blues」。220_brb

230「愛さずにいられない」

240_asiココから後半に突入!
まだまだ行くよ~!

250v「その後で殺したい」

260v_sak

270_2「叫び」

280v_skb

12s41a0977「限りなくはるかな自由へ」

310_2「Always on Your Side」
このあたりは『Progress』ゾーン。

320_aoys

12s41a1170待ってましたの「私は嵐」!

340_wa

350v「Fairy」!

360_fry

0r4a0678

375私の思い出の「流星少女」。

380_rs

S41a0744 19曲目の「祈り」。
 
あと1曲で「組曲」も終わり。
こうして2回の「組曲」をMarshall Blogに残すことができてヨカッタ。
そう、結果的に見てMarshall Blogの大きな役割のひとつは、登場するバンドやミュージシャンがその時に取り組んでいたことを具に記録するということ。
脱線のことも含めて考えてみると、多分…多分ですよ、Marshall Blogって世界でも唯一の存在なんじゃないかしら?と思うことがあるのです。
YouTube全盛の世の中だけど、ショウのビデオを全部見るって時間がかかって大変だからね。
その点、マーブロならツラっとスクロールするだけOK。チョー便利。
ま、音は出ないけどね。
Marshall Blogは、Marshallが存在して、私の足腰が立って、家内が字を書けるウチは続くし、記事は半永久的に残ることでしょう。
SHOW-YAの35周年や「組曲」のことが頭に浮かんだらいつでもMarshall Blogに見に来てください。

410『組曲』を締めくくったのは「限界LOVERS」!

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450v_2ソワレの「組曲」も無事に完走~!
やったね~!

460_2「どうもありがとう!
スゴイ、スゴイ!クラシックのコンサートみたい!
この組曲を作ってくれたのはSHOW-YAの大切な人です。
笹路正徳さんです!」470v大きな拍手に応える笹路さん!480私ごとながら…コレは1981年に上梓されたチック・コリアのスコア集。
この本の監修をされているのが笹路さん。
持っているだけで弾いたことがない…だってムズカシイんだもん。
でも、長年大事にしている一冊。

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120r4a0095_3 「35年前、デビューした時、女性のバンドを『レディース・バンド』って言ったんです。
今は『ギャルバン』。
昔は『レディース・バンド』。
ウチらレディース・バンドだったんですよ~!
『女だけでハードロックを演ろうなんてもっての他』って言われてた。
でも皆がいてくれて、何とかして地位を作らないと!と思ってやってきた。
私たちだけの力ではできなかった。
私たちの熱い思いは変わりません。
また一緒にお祝いできる時に騒ごうよ!…と言いながら」と恵子さんは言いながら明日のコンサートの告知に入った。490vそれは、30年前に第1期SHOW-YA最後のツアー『HARD WAY TOUR 1991』を再現したライブ。
題して『SHOW-YA 35th Anniversary Live 「HARD WAY TOUR 1991 in武道館 AGAIN」』。
場所はメルパルクホール(東京郵便貯金ホール)。
いよいよ明日!
 
「最後の曲はSHOW-YAのターニングポイントとなった曲。
笹路さんがアレンジしてくれた曲です。
いくぞ~!」500_gl「♪激しさを胸に秘めて」
「限界LOVERS」で締めくくった!

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530v

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550vソワレのサオ回し。560_2

570_2もちろんバッチリとキマってフィナーレへ。

590_2ソワレの♪ジャンジャンももちろん35回。S41a0878 お疲れさまでした!
書いてる私もくたびれたよ~!(←コレは五代目古今亭志ん生の『黄金餅』という噺に出て来る有名なくすぐり)

600ありがとう!

610こんな時だからお客さんと握手はできないの。

620ありがとうございました~!

630v「みんな、愛してるよ~!」

640v明日、芝でお会いしましょう!
 
SHOW-YAの詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YAオフィシャルサイト

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(一部敬称略 2020年12月13日 SHIBUYA PLEASURE PLEASUREにて撮影)