【姉妹ブログ】
【Marshall Official Web Site】
Marshall Blogに掲載されている写真並びに記事の転載・転用はご遠慮ください。

« misai Plays NATAL | メイン | スピンオフ四人囃子 #3 <前編>:The BECK's と∞Z~私の有松 »

2018年7月 7日 (土)

私のフランクフルト <vol.1:2003~2006年>

 
一応説明しておくと、よくMarshall Blogに掲載している「私の〇〇」っていうのは下の写真の本から拝借している。
1973年から雑誌『暮らしの手帳』に連載された、女優沢村貞子のエッセイ『私の浅草』の単行本。
沢村貞子は黒澤明の『七人の侍』の「七郎次」や『用心棒』の「新田の亥之吉」を演じた加東大介のお姉さんね。長門裕之や津川雅彦の叔母さんに当たる人。
生年は1908年(明治41年)。
歌舞伎系の家柄ゆえ、浅草は観音裏の猿若町に生まれている。
猿若町は「江戸三座」と呼ばれる舞台小屋があった江戸後期屈指の繁華街。それこそ『私のディープ浅草』で解説しているのでゼヒご覧頂きたい⇒コチラ
で、この『私の浅草』には、アメリカの文化に毒される前の日本人がまだチャンとしていた頃の暮らし向きがごく自然に記してある名エッセイなのね。
若い頃はチョコっと読んでほっぽり出してしまったけど、こうして歳を取って読んでみると、興味深いことが実にたくさん書いてある良著なのだ。
従前よりMarshall Blogでは、国内外を問わずどこかへ出張した際の紀行文やエッセイを掲載してきた。
自分で言うのもナンだけどコレが存外に好評でしてね。
それに気を良くして、とても沢村さんには及ばないものの、『私の浅草』に倣って自分のエッセイのタイトルに「私の〇〇」と勝手につけさせて頂いている次第。
それで今日から何回かにわたって、『私のフランクフルト』と題して『Frankfurut Musik Messe』、要するに「ヨーロッパのNAMMショウ」の思い出をつづらせて頂く。
ナンだって「いきなりフランクフルト?」ということになるが、先日掲載したドイツ大使館のレポートを書いていたらすごく懐かしくなっちゃってサ。
…と言うのも、9回ほど訪れたフランクフルトは、私の今のポジションの原点のひとつでもありましてね。
楽しい思い出ばかりでなく、Marshallや海外の文化に関する沢山のことをフランクフルトで学んだのです。

108_0r4a7635初めてフランクフルトの地に降りたのは2003年の春のことだから、さほど昔のことではない。
フランクフルトって、もちろんソーセージでおなじみのドイツの地名だけど、正式には「フランクフルト・アム・マイン(Frankfurt am Main)」っていうんだよね。
だから機内のアナウンスなんかでは「当機はあと1時間でフランクフルト・マイン空港に到着します」とか言ってるね。
「マイン」というのは川の名前。
だからイギリスでいう「ニューキャッスル・アポン・タイン(タイン川沿いのニューキャッスル)」とか「ストラッドフォード・アポン・エイヴォン(エイヴォン川沿いのストラッドフォード)」とかと同じなんでしょうな。
世界4大文明も示すように、人間が川のそばで文明を築いてきたことのひとつの証ですよ。

10フランクフルト空港は世界最大級のハブ空港でルフトハンザ航空のホームだ。
ヒースローに初めて行った時もそうだったんだけど、初めてこの空港に来て、飛行機の発着の掲示板を見た時はブッたまげたよ。
知らない地名やパッと見ではピンと来ないような地名がズラズラと並んでる。
成田では考えられない。
アフリカとか東ヨーロッパとか、成田から直行便が飛んでいないような国々なんだね。
こういうのを見ると「Far East」っていう言葉の意味を理解した気になる。
アッチからみると日本という国のロケーションは中途半端ではなく、「東のハズレ」なのよ。20入国審査のスタンプ。
飛行機のイラストが入ってるの。
ココの入国審査がかつては信じられないぐらいユルかった。
もう一切何も訊かないで、次から次へとスイスイだった。ヒースローとはエライ違いなの。
ところが、テロの予告だか、ヨソでテロが起こったかなんかの時に丁度出くわしたことがあった。
すると一変して、今度は入国の審査が「蟻の子一匹通させん!」みたいに不必要なまでに厳しくなっちゃって、「オマエら!今までは何だったんだよ?!」なんてこともあった。

30初めて行った時、ドイツに住む家内の友人の家族がお出迎えに来てくれた。
到着して早々、おいしいドイツ・ビールをしこたまごちそうになってしまって顔が真っ赤だわ。
ご主人のクラウスは音楽が好きで、以前日本に住んでいた時、Marshallのイベントを観に来てくれたことがあった。
音楽の話をすると面白いよ。やっぱりドイツ人なワケ。
ドイツの人は重厚な伝統を守り抜く精神とそれをガンガンぶっ壊す精神が同居していると聞く。
だからベートーベンやワーグナーを崇め奉る一方ではフリージャズが大人気だったりする。
だから、クラウスの口から出てくるバンドの名前となると、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンとか、アシュ・ラ・テンペルとかそんなんばっかりで、どんなに間違えてもスコーピオンズなんて名前は出て来ない。
ちなみに他のドイツの知り合いの口からも「スコーピオンズ」という名前が出て来るのを聞いたことがない。そのウチの1人は「ふ、古すぎる!」ってビックリした感じだった。
私はジャーマン・プログレが苦手なので、クラウスとの音楽の話はいつもすぐに終わっちゃうんだけどね。
Es tut mir Leid、Claus!
コレが15年前か…。
クラウスが捕まえている小さな女の子はお嬢ちゃんのYukoちゃん。

_2cmコレがクラウスの現在の日本の住まいで去年撮った写真。
一番左が家内の親友で、その隣が上の写真のYukoちゃん。
15年経つとこんなに大きくなる。
クラウスも大きくなってる?イヤ、私が縮んでるのか?
ドイツ人って男性も女性もすごく大きいんだよね。骨の頑丈さが日本人と全く違う感じがする。
それなのに…Yukoちゃんの後に少し見えてるオジちゃん。
この時、飲み過ぎて完全に正体を失っちゃって、みんなで担いで駅まで運んだ。
それが尋常ではない重さで、ドイツ人の体躯の良さを実感したわ。

2_2img_6829さて、フランクフルト。
私が知っている唯一のドイツ。
下はこないだのドイツ大使館の時にもチョット触れた「frankfurt Hauptbahnhof」、つまり「フランクフルト中央駅」の正面玄関。
空港から地下鉄ですぐ着いちゃう。
こっちの地下鉄って改札がないのよ。さりとて昇降している乗客を監視している駅員も見当たらない。
つまり、切符を買わずにいくらでもタダで乗れちゃう。
でも、「不正乗車を見つけたら、テメェ、タダじゃおかねーからな!」というお触れが駅や車内に掲げてある。
「タダよりコワいモノはない」とばかりに、コレにビビって不正な乗車をしている輩がいないようだ。
コレを日本でやったらどうなるかね~?
でも結局地下鉄で空港から市内に入ったのは1回だけだったな。いつもタクシーかホテルの送迎バスだった。
このタクシーがね~…コレはまた別の回で。

40フランクフルト中央駅前のようす。
「ヨーロッパ~!」って印象が強かったな。
ロンドンとはまたゼンゼン違う。

50初めて行った時に泊まったホテル。
Marshallの連中は「Park Hotel」と呼んでいたけど、正式な名称は「ル・メリディアン・パーク・ホテル(Le Meridien Frankfurt)」。
Marshallの定宿だった。
その後、何度も泊まっているウチにボーイさんとも顔見知りになった。
1階に(ヨーロッパ風に言えばG階)に「カサブランカ」というバーがあって、「King of Casablanca」というピアノの弾き語りのおジイさんがいてね。
よくジムはその人のピアノに合わせてジャズのスタンダードを歌っていた。
最近、その「King of Casablanca」の近況を耳にする機会があったのだが、もう引退したかと思ったら、何かが当たって今ではテレビに出てるっていうんだよね。
大したもんだわ。

605つ星ホテルなんだけど、部屋はお世辞にも広いとは言えない。
寝るだけなので何ら問題ない。

65v_2部屋からの眺めもこんな感じで面白くも何ともない。
ま、寝るだけだからね。

65駅前の惣菜屋で買ったドイツ式ホットドッグ。
カイザーとかいう丸いパンに長いウインナ・ソーセージを挟んで食べる。
ニューヨークのホットドッグのようなコッペパンは使わない。
頑固に丸いパン。
正式な食べ方をドイツの友人に訪ねたが、特に決まりはなく、大抵ははみ出しているウインナの部分をかじってから、パンの部分を残ったウインナと一緒にカジっているようだ。
ま、当然か…。
味はというと、ウインナが極端にしょっぱいんだよね~。
ホットドッグはマンハッタンの$1のホットドッグが一番おいしい。

66『Frankfurt Musik MESSE』の会場へはホテルから歩いて20分ぐらい。
コレは途中にある古いビル。
夜になると若い人がウジャウジャ集まってくる。
1階がディスコになってるの。

70市内を走る路面電車のレール。
葉っぱかなんか生やしちゃって…こんな大都市なのにノンビリした感じでしょ?

80こんなヤツが走ってる。
かなりスリムな3両編成。

2_car MESSEの会場はもうすぐ。

90コレが国際展示場のシンボルのオブジェ。
「働くオジサン」というタイトルかどうかは知らない。

100vコレが入り口。

110vパスはこの名刺みたいなヤツ。
「O」とか「A」とかのアルファベットで「業者」や「ビジター」等の所属を表す。
ランヤードは無料。
で、このパス。
私が最後にMESSEに行ったのは2011年なんだけど、その時までこのパスで上の路面電車に乗れることを知らなかった。
Marshallの連中もそれを知らなくて、路面電車に乗らずにホテルから会場まで、毎年毎日エッチラオッチラ歩いて通ったんよ。
私も人から聞いて知ったんだけど、Marshallの連中に教えてやったところ、みんな遠慮なく路面電車を使うようになった。

95会場に入る。
「Musik Messe」が開催されるのはいつも3月末から4月の上旬の間で、そう寒くもなく、暑くもなく、日本の同時期と同じ気候。

120vやっぱり目に付くのはこのメッセ・タワー。
1997年までヨーロッパで一番高い建造物で、今でも2番目なんだって。63階建。

130vこの教会のような建物はホールになっていて、Musik Messeの期間中、数々のイベントが開催される。
一度だけドラムのイベントを観るために中に入ったけど、もんのスゴく広いの。

140v会場の中庭のようす。
四方を囲んでいる建物がすべて楽器の展示場として使用される。

150よくみんな「メッセ、メッセ」と言っているけど、「Messe」というのはドイツ語で「Fair」の意味ね。
日本の楽器業界で「メッセ」と言うと、自動的にこの「Musik Messe」を指すけど、ココでいろんな「メッセ」があるワケ。
コレは楽器の展示会だから「Musik Messe」ね。「Musik」はドイツ語で「音楽」という意味。
でもMarshallの連中は「Messe」なんてひとことも言わず、みんな「Frankfurt」と呼んでいた。
175v会場はクラシック関連の楽器と軽音楽関連の楽器で展示棟が分かれていて、その他にも照明だけの展示の棟、PA機器だけを展示している棟など、はるか向こうまでMusik Messeの会場になってる。

170「ナム、ナム」と仏壇屋のコマーシャルみたいなことを言ってるけど、この「Frankfurt Musik Messe」こそ世界最大の楽器の展示会だ…ったんですよ。
「だった」というのは、グローバル化が進む中、ビジネスの中心が中国にシフトして、多くの楽器メーカーが「上海メッセ」に重点を置くようになり、フランクフルトは急速に縮小しちゃったのです。
私が行っていた時は、毎回「過去最高の展示社数」を更新していて、その最もにぎやかだった時を体験させてもらった。 
NAMMなんかでもやってるけど、中庭には大きなテントが張られて一日中にぎやかな音楽が会場に鳴り響いていた。

160一応NAMMは「Traders Only」ということになっているけど、Musik Messeは初めから一般に開放している。
 
この左側の4階立てのビルが我がギター関連のブランドの展示場。
初めに行った頃、4階は結構ガラガラだったけど、2011年になると、その4階の展示場も結構パンパンになっていた。
それが今や…トホホらしい。

180ああ~、なつかしい~!2003年のMarshallのブース。
開始前日の様子。
ギターもしくは軽音楽関係の楽器の展示が集まる建物に入ってすぐの所にあったMarshallのブース。
となりは「Fダー」さん。
その2つはロック関係の展示で最大のブースだった。
どれぐらいの費用がかかるのかMarshallの仲良しに尋ねたことがあったが、「かるく家が1軒買えるほど」だとか…。

190展示してあるアイテムは全てホンモノなので重いのなんの。
1個や2個運んで終わりというワケにはとてもいかないので、腰にはとにかく要注意。
ま、Marshallの展示の設営が大変なのは百も承知済。
ところが思わぬ伏兵が潜んでいてね…それがコレ。
下のポスターとカタログを入れるためのビニールのバッグ。
コレがシンドイ。
まず、ポスターの束が信じられないぐらい重い。

440vそして、このビニールのバッグ。
中にはイギリスの工場で人海戦術で詰めたカタログとステッカーが入っている。
下の写真の段ボール箱の中に入っているのは全部このバッグ。
いくつあったんだか知らないけど、この倉庫がその段ボール箱でイッパイになっちゃう。
箱ひとつが結構な重量で、運び入れるのが地獄の苦しみだった。

450vコレは控室。
冷蔵庫や水道が完備されていて、お昼の前になるとMarshallの女子社員がサンドイッチを作ってみんなに配る。
先日来日した現社長夫人のエリーもよく作っていたっけ。
驚いたことに、当時は会場内は喫煙OKどころかタバコ売りの婆さんが「シガレッテン~」とか言って、会場を歩いて回っていた。
そんなだから、この控室も喫煙OK。
というのも、ジムが葉巻を吸っていたからね。
当時は私も吸っていました。
何でもない写真だけど、撮っておくもんだね~。こんなの忘れてた。

415この時MODE FOURを発表したんだよね。

200v皆さんもなつかしいでしょう?…AVT。
ザックが50Wのコンボを愛用していたように、いいアンプだったよね。

230この年の前年の2002年はMarshallの創立40周年記念だった。
だからこんな歴史っぽいディスプレイが取り付けられた。
F_2ff1JCM800 2203も40周年を記念して前年に復刻されてリバイバル・ヒットとなった。

240vで、私はココで何をしていたのかというと、搬入と撤収の手伝いに始って、ポスターを巻き巻きしたり、カタログの補充、サイン会の列の整理、ブースに立ってお客さんに案内をしたり…要するにMarshallのスタッフと丸っきり同じことをさせてもらった。
お客さんはMarshallのブースにスタッフとして東洋人が突っ立っているもんだから、少しギョッとしてたけど、ほとんどは何も気にしないで平気で私に声をかけて来てた。
でも、ドイツ語なのよ。
よくドイツ人は英語がウマいと言うでしょ?もちろん日本人とは比べ物にならないぐらい上手な人が多いんだけど、できないヤツもかなり多いよ。
そういう時どうするか…。
「English please!」…コレだけでいい。コレを言うと英語ができないヤツは「おお、ダンケ」とか言って立ち去って行く。こっちはホッとする。
だけど、中には「English please!」と言った途端、急にベラベラと英語で喋り出すヤツもいるんだよね。
まぁ、毎回いい経験になりましたよ。
私の体験で言うと、同じゲルマン語系民族ということもあって、オランダ人が一番英語がウマい感じがするな。
で、毎年行ってると、顔見知りのお客さんができるんだよね。
今でも顔を覚えているけど、何かがキッカケでそのお客さんとイングヴェイの話になってね。
どうも私が大の「イングヴェイ・マルムスティーン・ファン」だと思い込んじゃったんだろうね。
それ以来、その彼はMarshallのブースに来て私を見つけては「ヘイヘイ!イングヴェイ聴いてる?」とか「イングヴェイどうしてるかな?」とか近寄って来るワケ。
「あのね、私は特段イングヴェイ・ファンじゃないのよ!」とも言えなくていつも困っていた。

F_2ff3多くはなかったけど、ブースを訪ねて来るヨーロッパのミュージシャンに合うのも楽しみだった。
写真がもう色トビしちゃってるけど、コレはジョン・ポール・ジョーンズ。
ジムに挨拶に来たの。
実は、私はコレの前年に彼に東京で会っていたので、「私のこと覚えていらっしゃいますか?」と尋ねると「もちろん!扇子の彼だろ!」と即座に答えてくれた。

F_2jpj1その前年、JPJから要請を受けて、彼が出演するイベントにDSL100を貸し出した。
こっちもね、Led Zeppelinとお近づきになれるチャンスなんてそう滅多にあるもんじゃないので、挨拶に行った。
私は実際に4人のメンバーの中ではJPJが一番好きなのだ。大きさも手頃だし。
その時に手土産に持って行ったのが当時の販促品の「Marshall扇子」。
コレをプレゼントしたら大層よろこんでくれてね~。
それで私が「扇子の彼」なワケ。
この写真真っ暗だけど、昔の赤坂ブリッツ。まだ丘の上にあった頃。
そういえば、ココにタクシーでArch Enemyに4100を配達したこともあったっけな~。

F_2jpj2Focusのタイスなんかも来てたな。
下の女性はミュージシャンでもなんでもない。
ステファニーといって、現地で雇う通訳さん。
とても感じのいい人でね。
ドイツ語、英語、フランス語、スペイン語、そして少しだけイタリア語ができるって言っていた。
そして、こんなことを言っていた。
「私はこうして色んな会社に雇われて、ブースの通訳をしてきたの。今回初めてMarshallにお世話になるけど、今までこれほど家庭的な会社はなかったわ。
どこの会社も大抵すごく威張っている人がいて、みんなその人のご機嫌を窺って働いていたけど、ここはそういう人もいなくて、みんなすごく仲がいいわ!一緒に仕事をしていてとても楽しいの!」って。
ま、この頃はまだ「ジム・マーシャル」って大ボスがいたんですけどネェ。

_rimg0107右側はデモ・ルーム。
基本的には防音の環境が整ってないところで音を出してはいけないルールになっている。
昔、「爆音を出した、出さない」で主催者とモメたことがあったらしい。
Marshallが「じゃ、いいや。もう来年から出展しないわ」と切り出した途端、「チョチョチョチョチョチョ、それは困ります」ということで一気に主催者側が折れて解決した…という話を聞いたことがある。
Marshallはそれほど重要な出展者だった。

410中はこんな感じ。
この頃は現プロコル・ハルムのジェフ・ホワイトホーンとMarshall専属のプレイヤーがデモを担当していた。
で、ある時、ベース&ボーカルズのジャズ・ロウクリーがノドを潰してしまって声が全く出なくなってしまったことがあった。
そこでどうしたかというと、社員にものスゴク歌のウマいヤツがいて、その彼が代理で歌ったんだけど、ナント、上のステファニーもメッチャ歌が上手で、「Smoke on the Water」とか歌ってた。
「誰、誰、誰が歌ってんの?」
「ステファニーだよ!」
スタッフ全員でステファニーを応援して、クラスメイトみたいで本当に楽しかった。
「このままMarshallの社員になれたらいいのにな~」と思ったよ。

420朝はジムを囲んで…イヤ、特に囲んでいるワケではいないんだけど、スタッフ全員でホテルで食事をするのね。
夜は夜で予定のない人が集まってみんなで街に食事に出かける。
コレがまた楽しかった。

2_img_6908よく行ったのがマイン川を渡ったザクセンハウゼンというエリアにある「アドルフ・ヴァグナー」というドイツ料理店。

260かなり有名なお店。

270店内はこんな感じ。
とにかくいつでもギュウギュウに混んでる。

2_resこのレストラン、ドイツなのにビールを全く置いてないの。
ナニを飲むとかというと「Apfelwine」…ザクセンハウゼン名物のリンゴのお酒。
コレばっかり。
家庭で作った梅酒みたいに、手作り感が中途半端ではない。
写真にあるピッチャーに入っているアプフェルヴァインをコップに入れて、好みに応じてスパークリング・ウォーターで薄める。
炭酸水で薄めるのは、グイグイいっちゃって知らぬ間にベロンベロンになっちゃうのを防ぐためだとか。
でもアルコール度数がゼンゼン高くないので、そんな心配は無用。
それより酸っぱくて、酸っぱくて!でもおいしい。

280料理は完全にドイツ料理のオンパレード。
下は日本でもおなじみにシュニッツェルね。猛烈においしい。

290後はとにかく肉、肉、肉。
ステーキのような牛肉ものもあるけど、豚肉料理が多く、実際その肉の味が実によろしい。
ただし味付けはトコトン濃くて油っこい。
だからあの酸っぱくてサッパリしたアプフェルヴァインが合うのかもね。
サラダのドレッシングなんかも、「罰ゲーム」かと思うぐらい酢がキツい。
酢が苦手な私はとてもじゃないけど食べることができなかった。

300中庭もあって、夜空の下でワイワイやることもできる。

2_awo 下はその時のようす。
つまり、私が初めてドイツに行った時のこと。
ほとんどの人の顔にモザイクがかかってるでしょう?
そういう人たちはもうMarshallにいないということ。
モザイクがかかっていないのはIT関係の仕事をしているゲイリーと私だけ。
もうスッカリ古株なんですわ。
で、この時、この中の誰かが私にこう訊いた。
「シゲ、この『アドルフ』っていうドイツの名前を知ってるかい?」って。
私は「もちろん!コレでよく知られているからね!」と、まっすぐ伸ばした右手を斜め前に上げた。「ハイル・ヒトラー」のポーズだ。
すると、それまでワイワイ楽しそうにやっていた全員が私の仕草を見て、瞬時にして凍りつき、「Nooooo!!!!!!, Shigeeeee!!!!Don't do tha~t!!!!!!!!」と一斉に私に飛びかかって来た!
まぁ、ビックリしたよ。
ドイツで公衆の面前でこのジェスチャーをすることは法律で厳に禁じられていたのだ。
そりゃ私だって少しは歴史を知ってるから、人前でワザワザそんなことをしたりはしないよ。
訊かれたからやっただけなんだけど、まさか法律で定めてあるとは知らなんだ。
このことは、よっぽど連中にとっても驚きだったようで、翌年、ほぼ同じメンバーでこのレストランに来た時、その中の誰かが真っ先に「シゲ、去年ココでナニをやったか覚えてる?」と言われたよ。
それほど衝撃的だったというワケ。
でもね、コレは地球の裏側で暮らしている我々には計り知れないことでね。
ある会社のドイツの駐在員が、空港でお母さんを出迎えた時、ゲートから出て来た彼女にむかって「こっち!こっち!」と右手を斜めに上げて手招きした。こんなの誰でもするでしょ?
ところが、コレだけで周りの人からガンガン注意を受けたらしい。

F_2ff6ある日、みんなと会食に行かずに、夕方ひとりで地下鉄に乗って街に出てみた。
ともすれば、フランクフルトで見た景色がMarshallのブースとホテルの天井だけになりそうだったらね。
なんか殺風景なんだよ、街が。
何となくサメザメ~としてる感じがするの。シラけているというか…ロンドンなんかとは全く雰囲気が違う。
ココも大戦中、連合軍の空襲によって市街地の70%が破壊されたというからね。
新しい建物が多い。

310ドイツ人の友達が言っていた。
「シゲ、ドイツはとても美しい国なんだ。フランクフルトを見て、コレがドイツだなんて間違えても思わないでくれよ!」って。
その彼のお父さんは東ドイツのスパイで、西側に拘束された時の拷問が原因で発狂してしまった…とか言っていた。
そんな話をごく普通の友人から聞いてごらんよ。スゴいショックだよ。
我々、今の日本で暮らしていている限り、そんなこと考えたり、想像したりすることなんて絶対ないからね。

320vよって、好きな古い建物がもなくてツマらん!
デヘヘ、ウソ。
ココがツマらない理由は中古レコードが見つからなかったからだよ。
私にとっての「いい街」は「いい中古レコード屋」がある街なのさ。
翌朝、ブースで「昨日、シゲは1人で何をしてたの?」なんて訊かれて、「地下鉄に乗ってひとりで街を見に行ってきた」と伝えると、それを横で聞いていたジムの運転手を務めるジョンが怒り出した。
「シゲ!夕方に1人で街になんか出かけては絶対にダメだ!ココは世界で一番たくさんの人種が集まっているところで危険極まりない街なんだ!Marshallの連中も外では3人以上で活動するルールになっているんだぞ!」
私をからかっているのかと思ったら、ジョンは真剣に怒ってた。
でもそれを聞いてマジでビビったわ。

330最後のザッパのバンドのサポート・ギタリスト、マイク・ケネリーと1枚。
ベースのブライアン・ベラーと2人きりで「Inca Roads」とか「What's New in Baltimore」を演奏していて大感動。まさに超絶!
「Carolina Hardcore Ecstacy」の弾き方を教わっちゃったしてうれしかった。
マイクとはホテルが一緒で、朝食の時にマネージャーとザッパ談義をしたのがすごく楽しかった。
ふたりとも一番のお気に入りのアルバムが『One Size Fits All』ということで朝から盛り上がった。

_2mk_2翌2004年にはMarshallからご指名を受けた。
うれしかった。
一生懸命やったからね。見てくれている人は見ているもんです。
ブースの設営や解体はもちろん、ポスター巻き、会場の整理、お客さんへの応対等、「オレが、オレが」と何でもすすんでやった。
ナゼならそれがメチャクチャ楽しかったし、面白かったから。
でも一番彼らが感心していたのは…ゴミ拾いだったのではなかろうか?
朝、ブースに行くと、前日の来訪者のゴミが落ちているワケ。
掃除の業者が入ってそれらを片付けるんだけど、こっちはそんなこと知らないから、ゴミを拾って歩いたんだよね。
その私の姿を見て驚かれちゃったワケ。
「おい見ろよ、シゲがゴミを拾って歩いてるぞ」という声も聞こえてきた。
こないだのサッカーの日本チームの控室じゃないけど、我々ってそういうの何かイヤじゃない?
自分のゴミでなくてもつい片付けたくなっちゃう。
向こうの連中は格差社会の影響があるのか、そういうことをするのが信じられないみたいなんだよね。
それと、もうひとつみんなが感心して面白がってくれたのが英語の学習。
英語に浸かって過ごすなんて、こっちにしてみると生のイギリス英語を勉強する千載一遇のチャンスじゃない?
そんなチャンスを逃すまいと一計を案じたのは、小さなメモ長をいつも首からブラ提げておいて、知らない英語表現に出くわすたびに「今の英語ナニ?教えて!教えて!」と頼んで、都度そのメモ帳に記していった。
これが連中にも面白かったらしくて、しばらくすると、「シゲ、コレ知ってる?」と向こうから教えて来てくれるようになった。
今でも同じようなことをやってるんだけどね。しかし一向にウマくならん(I don't get any better)
 
替わって2005年。
どういうワケか、2004年の写真が出てこなかった。
Marshallのブースの模様替えは2年に1回。つまり、2回連続でブースが全く同じ造作になる。だから2003年と同じデザインだった2004年は写真を撮らなかったのかも知れない。

340ズラリと並んだ歴代のスタックのディスプレイ。

3502005年は100Wモデルの生誕40周年を記念してMarshall初の100WモデルJTM45/100が復刻された。
この8x12"のキャビネット、本当にスピーカーが入っていて、オッソロシク重かったの。
いくら屈強な白人でも、コイツを取り扱う時だけは、「おーい!」と仲間を呼んで数名で動かしていた。
そんなんだもん、ピート・タウンゼンドも諦めざるを得なかったワケよ。
このキャビネットは現在でも工場のミュージアムに飾ってある。

400コレはこの復刻モデルの取扱説明書。
「Go over big with Marshall」というのは当時使っていたキャッチ・コピー。
「go over big」というのは「成功する」という意味。
ま、「Marshallでひと山当てよう!」ってところ。
8x12"にしてしまうと、上に書いたようにデカいわ、重いわでニッチもサッチもいかなくなってしまうので初めから4x12"を2台重ねて8x12"に見える仕様にした。
日本に6台入れて、そのウチの1台は誰もがご存知の大人気ミュージシャンが即決で買ってくれた。

2_2jtm100 何回も書いてるけど、また自慢しちゃお。
このモデルを復刻するにあたって、1ヶ所回路に不明な点が見つかった。
実機を観れば一目瞭然なのだが、その時はリファレンス機が工場になかった。
それで、Marshallは実機が日本にあることを突き止め、オーナーに頼んでその不明な部分を写真に撮って送るように頼んでくれ…と言って来た。
そのオーナーこそ現Marshall Museum Japanの館長の竹谷和彦さんで、当時はまだ面識がなかったが、連絡を取ってこの作業をお願いした。
竹谷さんは快諾してくれて、すぐに対応してくださり、このモデルが完成したというワケ。
それで、Marshallはこの取扱説明書のスペシャル・サンクスに竹谷さんのお名前を掲載し謝意を示した。
ケン・ブラン、マイク・ドイル(マーシャル本の著者)、ジョン・エントウィッスル、ピート・タウンゼンドらの名前に並んで私の名前も入れてくれちゃったのだ。

2_2jtm100r MGとギターを組み合わせた「Rock Kit」という初心者向けの商品を発売したのもこの頃だった。
この商品には教則DVDが入っていて、日がな一日、ブースのディスプレイでそのDVDを流していた。
そのDVDのオープニングに使われていた音楽が「♪ビヨ~ン、ビヨ~ン」とかなりミョウチクリンなモノで、4日間、朝から晩までズ~っとそれを聞いていたもんだから耳にこびり付いてしまって、日本に帰ってからもそれがアタマから抜けるまで不快な思いをした。
それでもこのコーナーは若い子で大賑わいだった。

360Static Xのウェイン・スタティックがMGのイメージ・キャラクターだったんだよね。
この人も亡くなってしまった。
渋谷のO-EASTで生前の彼の演奏を観たんだけど、本当にMG100を使っていて、それまで聴いたことのないような、他に類を見ない独特のサウンドだった。
ホントに向こうの人は「人と違ってナンボ」が第一だからね。
そして、アンプが自分のサウンドを作る重要な楽器であることをよく認識していると感じた。
アンプに対する感覚や意識が根本的に日本人とは異なっているような気がする。

370ラック…なつかしいな。

380vAVTの島がこんなに小さくなっちゃった。
こういうの日本語で「島」って言うじゃない?コレ、英語でも「island」って言うんだよ。
ついでに…上の写真なんかで、アンプをラックに固定するために横に飛び出してる黒い部分があるでしょ?
我々はこういうの「耳」っていうよね?コレ、英語でなんて言うか知ってる?
「ear」っていうんよ。簡単じゃんね。

390グッズの販売コーナーは年々拡大して行ったな~。

430セット完了。
開場前のようす。
左下に写っているのはジム・マーシャル。
ジムの仕事は何といってもサイン会。
毎回、呆れるほどの長い行列ができた。
ジムはサイン会の時以外でも、コマゴマと色々な作業をしていたナァ。

500Messeの期間中、大抵2日目ぐらいの夜にMarshallの関係者が集まるパーティが催された。
いわゆる「Marshall Party」。
世界中から集まったディストリビューター、関係業者、ミュージシャン、ジムの友人等々、参加者が200人を優に超える大パーティだった。
興が乗ってくるとジムの出番となる。
よく「S'wonderful」とか「Somebody Loves Me」とかジャズのスタンダードをア・カペラで歌ったりしていた。
この時はまだジムもピンピンしていて、ドラムスを叩いたんだね。
左手の甲に黒いバンドしてるでしょう。
神経痛だったんだろうね、私にも「左手が痛くてネェ」なんてよくコボしていた。

510演奏しているのはもちろんジャズ。
ジーン・クルーパがジムのヒーローだから。
若い頃のジムのドラミングなんて見てみたかったナァ。

520最終日。
恐怖の撤収作業。
この作業は「空き箱との勝負」となる。
期間中、ココから少し離れたところにある倉庫に空き箱が保管してあって、まずそれを取りに行って来ないと作業が進まない。
これだけの量だから空き箱も中途半端な量ではないんよ。
それらをいかに早く取って来るかで明暗が分かれる。
いつか、5時かなんかにシヨウが終わって、空き箱が到着したのが9時ぐらいだったことがあったからね。
それから大急ぎで作業をしてアッと言う間に終わらせて帰ったんだけど、お隣さんは我々が現場を離れる時になってもまだ空き箱が到着していなかった。
皆さん、さぞかし怒り心頭かと思うと、車座になってみんなでギターを手にして(ギター屋さんだから)楽しそうに歌を歌ってんだよ。さすがアメリカ人!
もうひとつこの作業で厄介なのは、商品と空き箱に付いているシリアル・ナンバーを合致させて箱に入れなきゃならないのね。
誰かが空き箱のシリアル・ナンバーを読み上げるんだけど、当然ブッ速い英語でしょ?
コレを聴き取るのが結構大変なのよ。
ま、今なら何でもなく聞き取れると思うけど、今度は体力が追いつかん。
だって、この頃は今より最大15歳も若かったんだから!

_rimg01082006年。
ね、2005年とほぼ造作は同じ。

540違いといえばこんなのが登場したぐらいか?

108_rimg0002この年もとても楽しかったな~。
もちろん一生懸命働いた。

560<不定期につづく>

※Instagramのフォローもよろしくね!Marshall Blogに未掲載の写真もチラホラ!⇒marshallamps_shige 

200

(一部敬称略 2003~2006年 Frankfurt Musik Messeにて撮影)