【姉妹ブログ】
【Marshall Official Web Site】
Marshall Blogに掲載されている写真並びに記事の転載・転用はご遠慮ください。

« NAMM 2018 MISCELLANEOUS ~ つれづれNAMMままに <その1> | メイン | NAMM 2018 MISCELLANEOUS ~ つれづれNAMMままに <その3> »

2018年2月 2日 (金)

NAMM 2018 MISCELLANEOUS ~ つれづれNAMMままに <その2>

     
昨日の記事の最後に「NAMMの初日のはじまり~」なんて書いたけど、日を追ってレポートをするということはしません。
気になったことや面白いと思ったことを書きながらランダムに進めるので、ほとんど時系列を気にしないで読んでね。
…ってんで今回はチョット別の入り口を使って会場に入ることにするよ。

05この立派なパームツリーの並木道を通って北側の入り口からお邪魔しようというワケ。

06通路の右側には会場のコンヴェンション・センターの歴史を記したパネルが展示されている。
こういうのは好きですよ。
チョット見てみようか?まずは60年代の出来事。
ナニナニ…1955年に開園してバカあたりしたディズニーランドを目の当たりにして、「春と冬だけでなく、一年中観光客でホテルの部屋がイッパイになるような設備を作るべ!」と自ら「Anaheim Visitor and Convention Bureau(アナハイム・ビジター・アンド・コンヴェンション・ビューロー)」と名乗るアナハイムの61人が集まった。
コンヴェンションの施設は大きなビジネスだったが、アナハイムにそんなモノを作ることに関しては懐疑的な意見が多かった。
ナゼなら、それまでコンヴェンションの設備のロケーションといえば、ニューヨークやシカゴやラスヴェガスが当たり前だった。
理由は、コンヴェンション設備の場所は、中年のオッサンが少しの間家を離れ、ウップンを晴らすことができるような場所でならなくてはならず、家族連れを狙ってコンヴェンション設備を作るのはウマくいかないと考えるのが当たり前だったのだ。
大分ハショるけど、大きな賭けではあったが、アナハイムの街を上げて建設に踏み切り、コンヴェンション・センターが1967年の7月にオープンした。
そのオープニング・セレモニーは、それはそれは盛大なもので、ディズニー・ランドとの相乗効果を発揮し、コンヴェンション・センターはその華麗なスタートに見合った大きな成功を収めたのたのだそうですよ。

330vオープ二ング・セレモニーや告知の写真。

340こけら落としに出演したアーティストの1人はボストン・ポップス・オーケストラの常任指揮者、アーサー・フィードラーだった。
フィードラーはアメリカでは超有名な指揮者。
ボストン・ポップス・オーケストラのこの人の次の次の常任指揮者が『ジョーズ』や『インディアナ・ジョーンズ』や『E.T.』の音楽でよく知られるジョン・ウィリアムス。
ココにあるようにこの時、フィードラーはオレンジ郡(Orange County)の市民オーケストラを指揮したんだね。
Zappaファンなら「Orange County」の名前はおなじみであろう。

1_20r4a4629フィードラーの3日後に開催された「ティーンのためのイベント」。
出演はJefferson AirplaneとThe Doors。
このアー写にあるように、Jeffersonはこの年、『Surrealistic Pillow』と『After Bathing at Baxter's』をリリースしている。
このこけら落としのイベントの3か月前にリリースした「Somebody to Love」が特大のヒットとなり、スーパー・スター・バンドになった頃だったんだろうね。
この曲、今でもよく耳にするけど、この世に出てからもう50年!
こういう長年の風雪に耐え得る曲なんてもうチョットやソットじゃ出て来ないだろうね。
一方、Jim Morrisonのところは、1月にファースト・アルバムをリリースして、この2か月後に『Strange Days』を発表するというタイミング。
The Doorsも衝撃的だったんだろうな~。
Morrisonのカリズマティックな魅力もさることながら、クルト・ワイルの「Alabama Song」なんかをカバーするオリジナリティが当時非常に新鮮だったと思う。
ちなみに同じくファースト・アルバムの冒頭に収録されている「Break On Through (to the Other Side)」は私のテーマ・ソングだ。
だって途中でMorrisonが何度も叫ぶでしょ?
「シゲ!」って。
いいよナァ…普段アメリカン・ロックは聴かないと言っている私だけど、こういうのは観てみたかった。
ちなみに1967年というのは、ロック界が大激動した年。
その起爆剤はその年の3月にビートルズが発表した『Sgt. Pepper's Lonly Hearts Club Band』だった。
「この年、ロックの何もかもが変わってしまった」…と、リアルタイムでこのムーブメントを体験された岡井大二さんがおっしゃっていた。
私、この頃は極東の島国で5歳児をやってました。

380これスゴイよ。
1968年の2月のThe Animals。4,851人の観客の前での演奏。
チケット代は5.5~3.5ドルだって。高くない?
この時の前座はナント、JimiHendrix。
Jimiはこの2年後、死ぬ前日もEric Burdonと一緒だった。
ロンドンのジャズ・クラブRonnie Scott'sに出演していたEric Burdon & Warのステージに飛び入り参加して「Tobacco Road」と「Mother Earth」を一緒に演奏した。
コレが生前のJimiの最後の演奏。
翌日、EricはJimiのガールフレンド、モニカから「Jimiが死にそう!」という連絡を受け顔色を失った。

1_0r4a4631リチャード・ミルハウス・ニクソン…懐かしいね。
この人はオレンジ郡の出身。
1969年の大統領選に勝利して凱旋した時のもよう。
私なんかは「大統領」といえば「ニクソン」、「総理大臣」といえば「佐藤栄作」…というイメージがいまだにあるよ。
彼のテーマ・ソングは何と言ってもZappaの「Dickie's Such an Asshole」だ。
Chester Thompsonのドラムスが無限大にカッコいい変形ブルース。
タイトルは「ディッキー(リチャードの愛称)はそんなクソ野郎」という意味ね。
日本でも誰かこういう曲を演ったら?

1_0r4a463270年代に入るとアナハイム・コンヴェンション・センターの需要は増していき、拡張工事を敢行する。
そして、1974年1月に再オープンを果たし、展示会などの用途の他に、エンタテインメントの重要な拠点として積極的に利用されることになった。
この頃、コンヴェンション・センターのアリーナでショウを開催した面々がパネルに記されている。
ジョニー・カーソン(ジェイ・レノの前に30年間にわたって『ザ・トゥナイト・ショウ』の司会を務めた大人気コメディアン&俳優)、レッド・スケルトン(俳優)、ビル・コスビー(黒人コメディアン。長者番付のレギュラー)、ディオンヌ・ワーウィック、エンゲルベルト・フンパーディンク、そしてボブ・ホープ。
要するにアメリカのお茶の間の人気者がガンガンここを使っていたということ。
その中にディオンヌ・ワーウィックの名前が入っているのが意外だな?
この人ってアメリカではそういうポジションだったの?

390vロック・コンサートも盛んに開催された。
その辺りも名前が列記してあって、Elvis、Elton John、Neil Diamond、James Taylor、David Bowie、KISS、Rod Stewart、Deep Purple、Joni Mitchell、Donovan、Jackson Browne、Cat StevensJ、ethro Tull、Jimmy Buffett等々。
結構イギリス勢が名前を連ねているところがうれしいね。
1973年3月のNeil Youngのコンサートは8,508人を集め、完全ソールド・アウトを達成した。
人気あるんだね~、Neil Youngって。
1_0r4a4642_2Elvisは73年と76年にコンサートを開き、ともに約9,000人を集めファンを酔わせた。
そして1977年、Elvisはビルから立ち去った。
「Elvis has just left the building!」ね。

1_0r4a4641 コチラはThe Beach Boys。
1973年11月のコンサートには8,483人を動員した。
一番高いチケットは$6.50。当時のレートだと2,340円。1ドルは360円の固定相場制だったからね。このチケットは高いのか?
1973年の日本の大卒の初任給は62,300円だったんだって。
直近では206,100円だっていうから1973年の3.3倍になった。
それをこのチケット代に当てはめると7,722円。
安いんじゃん?

1_0r4a4640_2この1973年の演奏の3日後にも彼らはアナハイムでコンサートを開いており、その演奏が『The Beach Boys in Concert』の一部になっているらしい。
「らしい」というのは、このアルバムは1972~73年の間に4回行われた北米ツアーの音源で構成されていて、アルバムには詳しいレコーディング・データが掲載されていないのよ。
もう当時はレコーディング・バンドとしての人気は下降していたが、ライブ・バンドとしての人気はギンギンだったらしい。
私も好きでこのアルバムを時々聴くんだけど、「Sail on Sailor」~「Sloop John B.」から始まるヒット・パレードは楽しいことこの上ない。
それと「You Still Believe in me」、「Caroline No」、「Wouldn't it be Nice」等の『Pet Sounds』からの選曲もうれしい。
え?The Beach Boysなんかホントに聴いてるのかって?
イヤ、私も人間ですから…『Pet Sounds』は「人類の宝」だと思っています。

1_2bbおお~!
コレ、ここでやってたのかよ~!
知ってる、「ローラー・ゲーム」?
コレすごい人気だったんだよ。
コレが大流行した時、私は小学校5年生だった。
日光へ行った移動教室の時、宿舎で「ローラー・ゲームごっこ」をやったのでよく覚えている。
「東京ボンバーズ」とか言ってサ。
一番人気のあった「なんとかヨーコ」さんという女性の選手の伝記マンガまであったよ。
…と興奮気味に書いている私はというと、実はコレ、あんまり好きではなかった。
ナニがおもしろいのかがサッパリわからなかった。
そういう人が多かったせいか、アッという間に跡形もなく消え失せた感があるな。
これをモチーフにした『ローラー・ボール』という映画もあった。
アイデアはヨカッタんだけど、ノーマン・ジュイソンにしてはおもしろくなかった。
試合のシーンはメッチャかっこいいんだけど、それ以外のシーンが相当退屈だった記憶がある

1_0r4a4644_2需要度を増すアナハイム・コンベンション・センターは80年に入ると西海岸で最も大きなコンヴェンション設備となった。
その規模においては当時、ニューヨークと全米3位の地位を競っていた。
どうしても抜かせなかったのが、シカゴとラスヴェガスの施設。
そういえばNAMMって昔シカゴでやっていたんじゃなかったっけ?

440vコンサート会場としての人気も衰えず、Lionel Richie、Rush、Barry Manilow、Elton Johnらが大きなショウを開いた。
そして、1984年にはロサンゼルス・オリンピックのレスリング会場として使用された。
このロス五輪はリアルタイムで見たけど、「さすがアメリカ!」と思ったよね~。
オリンピックの後に就職活動を始めたんだけど、面接の時に「最近一番感動したことは?」と質問されると、「ロサンゼルス・オリンピックです」と答えていたのは私だけではないようだ…無難だからね。

1_0r4a464790年代に入っても展示会や会議の場としての需要は衰えず、アナハイム・コンヴェンション・センターはさらなる大拡張を計画し、1997年より現在の建物の建設に着手した。
そう、私が90年代の終わりに初めてNAMMに行った時、現在の会場は工事中で、アナハイムではなくロサンゼルスのダウンタウンにある「ロサンゼルス・コンヴェンション・センター」というところで開催していた。
その前年に東京で撮った写真をジム・マーシャルに届けたのを覚えている。
ちなみにこの会場はエディ・マーフィとジャッキー・チェンの『ラッシュアワー』という映画のロケ地に使われている。
映画を観てビックリしたんだもん。「あ!ココ行ったことある!」って。

460vアナハイム最大の公共の工事となった5回目の拡張工事を経て現在の姿になったアナハイム・コンヴェンション・センター。
ココの人たちは「The Anaheim Way(アナハイム流)」という思想を大切にしているのだそうだ。
それは、自分が人からしてもらいたいことを人にしてあげなさい…というモノ。
業者でも、ゲストでも、アーティストでも、相手を問わず人には優しく…ということなんだけど、あの会場に入る際にパスポートをチェックする係員の対応はどうしても「アナハイム流」には見えないけどねェ。
でもね、コレはもちろんアナハイムの人に限ったことではないし、しかもアメリカだけの話でもないんだけど、向こうの人たちって、ゼンゼン知らない通りがかりの人やエレベーターで、一緒になった人に朝なら「Morning.  Have a good day!」って声をかけるでしょ?
夜ならエレベーターを降り際に「Good night」とか「Have a nice evening!」って言う。
そして、どんな場所でも目と目が合えば、大抵ニコッと微笑みかけてくる。
コレは歴史的に戦争ばっかりやってきた連中が育んだ「私は平和です」ということをアッピールするための習慣なのだろう…と勝手に解釈しているんだけど、こういうことこそ日本人はマネするべきだと思うんだよね。
日本で若い女の子にワケもなく微笑みかけたら絶対イヤがられるか気持ち悪がられるもんね。

480vでは、移動します。
会場の正面を右に折れて進む。
コレはどうも北へ向かうことになるらしい。

07コンヴェンション・センターを北に向かって突き抜けて当たった通りがWest Katella Avenue。

20_2立派なパームツリーのグリーンベルト。

60_2West Katella Avenueを挟んだ向かいはディズニー・ランド。
32年前に新婚旅行で来た時は楽しかったナ。

70_2公の駐車場は1日停めて$14.0。
安い!

30_2一応駐車場の案内はしているけど、そういう公の駐車場はすぐにイッパイになってしまうそうだ。
バスはガンガン走っていても、公共の交通機関なんか無いのも同然。
いくら海外からの観光客が多いといっても基本的には車だのみだからね。
膨大な数の人間が集まる機会となれば、駐車場なんかあふれちゃうにキマってる。
1_0r4a4672するとこうなっちゃう。
コチラはホテルの駐車場。
$40.0~$50.0だって。
東京のど真ん中に一日停めて5,000円だったらまだわかるけど、こんなところまで来て駐車代に$50.0も出すのは癪だろうな~。

40_2コレが北側の入り口。

50_2「The Music Being Here(音楽ココにありき)」がNAMM SHOWのコピー。

80_2そう、これはビジネス専門のイベントで一般人は入れないのよ。
でもね、以前はどう見ても10代としか思えない子供たちが大勢来ていたけど、今回は明らかに減っていたと思う。
コレも若者の楽器離れの表れなのかな?

90_2コレが今回新たにオープンしした新設備。
ズッと工事をしていたって言うんだけど、ゼンゼン記憶にないな~。

100_2敷地内に入ったところに設置されている小型の屋外ステージ。
ジャズを演っていたよ。

110_2コレ何を売っていたんだろう?
余りにも派手な車のフィニッシュに見とれてチェックするのを忘れた。

130_2コレはホットドッグ屋。
グエッ!
1個$11.0だって!ホットドッグ1個で1,300円!

140_2そういえば会場の地下にあるハンバーガーも1個$13.0だったとか言っていたな~。1,500円だよ!
20年ぐらい前は$7.0だった。
そんなだから、いつも昼食は会場の売店で買い食いしないことにしている。
どうするかというと…ココだけの話だよ。
ホテルの朝のビュッフェで菓子パンを数個失敬して来ちゃうのさ!
セコいと思うなかれ。
どうせ体内時計がメチャクチャになっていて、お昼時になっても大してお腹が空かないんだもん。
こんなんで十分。
240_2そして、空いたペットボトルにホテルの水道水を入れて水筒代わりに持参する。
コレまたセコいと思うなかれ。
ま、会場内で売っている水のペット・ボトルが高いということもあるんだけど、まだ水があればいい。炭酸のジュースしかないと困ってしまう…絶対にアレを飲みたくないのだ。
Marshallのスタンドでミーティングをする時に水をもらおうと思ったら切らしていて、残念ながら「ダイエットXXX」しかなかった。XXXはブランド名。コーラね。
その手の人工甘味料を盛大に使った清涼飲料水を何年かぶりに口にしたワケ。
メッチャ喉が渇いていたが、ふた口は飲めなかった。
もう舌に妙に苦いような変な味が残ってしまって…よくこんなモノを以前は飲んでいたナ…とビックリしてしまった。
以前にも書いたけど、こういう化学調味料って慣れてしまうと、全くわからなくなっちゃうんだよね。
コールド・ターキー(意味が分からない人はこの前の回の記事を見てね!)してしばらくするとその不健康感が如実にわかる。
でも、またそういうモノを摂り出すと、すぐにマヒして平気になっちゃうんだよ。
だからコワいの。
ホラ、コレは近所のコンビニ(イギリスで言うところの「コーナー・ショップ」で買った水のペット・ボトル。
スーパー・ボールが近いせいか、NFLのロゴが入ってる!

3_img_5602 左の丸い建物から館内に入るよ。

150_2中はこんな感じ。
ココでは以前は舞台照明の機材なんかを展示していたけど、今はほとんど空。

160_2本館に移る。

165照明機材の展示はこっちへ移って来たんだね。
スモークですぐにわかる。

175ココまで来てスモークか…。
ま、ライトの効果をデモするために仕方ないんだよね。
でもすぐ隣に照明機材屋さんではないブースがあって、関係ないのにモクモクで気の毒だったな。

180_2以前と比べて勢いが尚一層強く感じられたのはDJ関係の機材。

190_2ナニがおもしろいんだか、「キュッキュキュッキュ」とアチコチでやってる。

200_2このあたりもそれに付随する機材だね。

210_2こういうのも仲間だろう。

230_2チョット話は戻るけど、コレはさっき紹介した新しい建物の中の展示。
コンピューター・ミュージック関係のブースが並んでいる。

250こっちも盛況だったナァ。
以前と比べて今回のNAMMは「楽器の形をしていない楽器」の人気が高まっているように感じた。

260_2チョット外を覗いてみようか?
広~!
地平線までバッチリ見通せる。
こんな所でやってんだぜ!

270_2もちろん従来型の商売も健在だ。
例えば音楽出版。
Hal Leonardはディズニーとビートルズの北米での出版権を保有する大音楽出版社で、以前ずいぶん仕事でご一緒させて頂いた。

280_2「シゲ~!」と私を見つけるなりスッ飛んで来てくれたのはティナ。
彼女はいつも私のことを「人気者」と持ち上げてくれる。
考えてみると実際には一度も一緒に仕事をしたことはないんだけど、とても仲良しなのが不思議。
ココの会社の人はみんないい人でね~。

290_2エ~、今OMNIBOOKSってこんなに種類があるの?
Charlie Parkerだけかと思っていた。
OMNIはアドリブ・ソロの採譜本。
CannonballからColtranemGetzからJoe Passまであるんじゃんよ!
ジミヘンまで出てる!
持っていてもどうせやらないから買わないけど。

300ああ~、この人にも会いたかったんだ~!
Rob Wallis。
Drummers Collective InstituteやDCIビデオの創設者。そして今はHUDSON MUSICのオーナー。
Robも昔のことをよ~く覚えていてくれて、ずいぶん盛り上がった。
ナンダカンダで20年の付き合いだ。
それに、自分で言うのもナンだけど、オレ、一生懸命やったからナァ。
向こうも私の音楽の知識をとても尊重してくれたし、私もずいぶん色々なことを教わった。

310_2Warner Brothers Publicationsを合併して、今では全米で一番大きい音楽出版社となったAlfredのクリスティーナとはホテルのレストランでバッタリ!
クリスティーナも知り合ってからカレコレ20年になる。
最初は独身だったんだけど、今では5人の子供のお母さん。
6年ぐらい前に有楽町でイッパイやって以来のおしゃべり。
浅草の天丼屋でカードが使えずにヘコンでしまったのは彼女。このことをブログに書いたと言ったら大笑いしていた。
  
昔の中間っていいナァ。
でも不思議なんだよね~。
何年も会わなくても、こうして昨日会っていたかのように接することができる仲良しがいる一方、同じく緊密に仕事をしていた仲間でも、シレ~っと付き合いが無くなっちゃう人がいる。
この他にもそういう仲良しがいるんだけど、なかなか会えなくてね。
NAMMに来ていることはわかっていてもブースを留守にしていたり、接客中だったり、ミーティング中だったり…。
ま、また会えるでしょう、仲良しなら。

1_cp1コレは静かでいいな。

320_2こういう楽器を見るとホッとするよ。

330バス・クラリネット…音は不気味だけどカッコいい。

340vサキソフォン・カルテットによるデモンストレーションには黒山の人だかりができていた。

350黒人で、アルトサックスで、ガタイがいい、というだけでもうJulian Cannonball Adderleyに見えて来る。
バップ・フレーズをバリバリ吹いていた。音が太くてヨカッタ! 

360_2それと、ディストリビューション会社、つまり楽器商社のブースが増えたように感じたナァ。
メーカーが自分のブランド名でブースを出すのではなく、販売店の一角に自分の商品を展示してもらうというやり方。
それとebayのような通販会社のブース。
コレも昔はなかった。
そのウチ、全部amazonになっちゃうんじゃないの?

370Marshallは単独のブースを設けたが、NATALに関してはアメリカのディストリビューターに展示を任せるやり方をしたことはレポートした。

380_2打楽器ゾーン。
このSABIANのディスプレイは見事だったね。
コレ、基礎の処理が大変だと思うよ。

385何と言ってもノイズ量最大。
もちろん耳栓を持って行ったよ。

390特にシンバルがスゴイんだよね。
ドシャメシャ、ドシャメシャ、一日中やってる。
それにしてこのエリアも知らないブランドが増えたね~。

400さて、この日は会食の予定がないので、近くのスーパーへ買い出しに出かけた。
前日にこの通りを歩いていたら、バス停のベンチにパンやハム等の新品の食材が置いてあるのに気がついた。
ベンチの場所を取っているならそれらを袋に入れておくのが普通だろうから、とても不思議に思っていた。

410この日、その答えがわかった。
バス停のベンチで生活をしている人たちがいるのだ。
こんな悲惨な生活なのに、愛想がとてもいいの。

420_2朝晩は結構冷えるからね~。
気の毒である。

430目指したのはココ。
あ、いきなり暗くなったワケではござらんよ。
この写真は別の日の夜に撮ったもの。
ちなみに10年近く前にはココにこんなモノはなかった。
CVS/pharmacyという薬屋さんなんだけど、食材も取り扱っているスーパー。
アメリカで最大の薬局のチェーン店で、41州で6,800店舗もあるんだって!

440ココでね、驚くべきことが起こったんですよ。
向こうのスーパーってよく1列に並んで「何番のレジにどうぞ」なんてやるでしょ?
ご存知の通り、こういう所の店員は黒人やヒスパニック系の人が多く、不愛想なこと、この上ない。
フト、いくつか並んでいるレジに目をやると、実にニコニコと明るく、愛想よくお客さんに接している若いカワイコちゃんがいるじゃんよ。
「ああ、この人のレジに当たるといいナァ」と思っていたらラッキー到来!
そのカワイコちゃんのところで精算することになった。
早速彼女が明るい口調で何やら話しかけて来る。
ところが…。
ナニを言っているのかわからないのだ。
イヤ、全部は聞き取れない、なんて生易しいモノではない。そんなことは慣れっこだ。
ナニを言っているのか皆目見当がつかないし、そもそも単語がひとつも聞き取れないのだ。
進歩はないにせよ、私も長いこと英語を勉強しているつもり。
彼女の英語(だったと思う)は私の英語学習史の中で恐らくダントツで歯が立たなかったリスニングのひとつだったのではなかろうか?
どうも「ビニール袋は要りますか?」ということを言っていたようなのだが、その質問に使用されるであろう英単語はひとつも聞こえて来なかった!
別にショックは受けないけどね。ただ彼女に悪いことしたと思ってさ。

450_2この日の夕食。
野菜が好物ではない私でも2、3日海外にいると無性に生野菜が食べたくなる。
それとおかず代わりのポテチはハズせないナァ。

460ナントならば、この「Lays」というポテト・チップス、アミノ酸(グルタミン酸)を使用していないからだ。
チョット塩気が強いんだけどね。

470イギリスではコレがクリスプスという食べ物の名称に替わってブランドが「Walkers」になる。
もちろんアミノ酸抜き。

1_index 原材料を見てみようか?
ジャガイモ、植物油(ひまわり油、コーン油と/またはキャノーラ油)、食塩…以上。
ポテトチップの原材料は基本的にジャガイモと塩で十分なワケ。

490_2私にとってポテチはが最も好きな食べ物のひとつ。
でもアミノ酸は摂りたくない。
これ以上バカになったら困るから!
そこで、日本ではアミノ酸が入っていないポテチをワザワザ時々取り寄せて食べている。「Lays」もドンキなんかで売ってるけどね。
下のポテチはできたてを工場から直送するというヤツ。
味がやや薄くてとてもおいしいんだけど、届いて早く食べないとドンドンおいしくなくなっていっちゃう。
コレはたまたま「のり塩」なので原材料に青のりが含まれているが、やはり使っている材料はジャガイモ、植物油、食塩だけ。

510コレは成城石井に売っているヤツ。
これも同様にジャガイモと植物油と食塩だけで作られている。
チョット高いけど、ジャガイモの味が濃くてとてもおいしい。

520大手企業が作っているポテチはどうか?
「うす塩」味なのに、こんぶエキスパウダーなんてのが使われていて、デキストリンとアミノ酸をガッチリと含有している。
ポテトチップスというモノはジャガイモと食塩だけで作られるハズなのに…。
困っちゃうのはコレがまたおいしいんだよね。
マァ、今の時代、いくら気を付けていても化学調味料を完全に絶つことなんかできないのはよくわかっている。
だからこそ自主的に防衛できることはやっておこうかと思ってね。
ナゼ、このアミノ酸(グルタミン酸)絶ちをしているのかというと、コレは「MSG」といって、欧米ではかなり危険視している成分であることを知ったから。
だからポテチに入っていないというより、法律で使用が禁止されているんだって。
摂りすぎるとアタマおかしくなって狂暴になっちゃうらしい。
アメリカ人って黒色人種を中心に極度に肥満している人が多いでしょ?
アレも相当身体に良くないにキマっているけど、それよりMSGの方が危険っていうことなんだよ。
長いことアメリカに住んでいた人に聞いた話なんだけど、あの肥満にはまたそれなりの原因があるんだって。
その話はまたいつか…。

<つづく>

(2018年1月24&25日 アナハイム他にて撮影)