日本で初めてのマーシャル本、『Marshall Chronicle』ついに出来!~メイキング・オブ・マーボン
今日は12年12月12日全部12!めでたい~!そんな日に日本ではじめてのマーシャルに関する本、『Marshall Chronicle~50th Anniversary Edition』がついに出来した!
マーシャルの本、だから「マーボン」だ。今日のマーブロはマーボンができるまでを振り返ってみたい。
よく本屋さんで「まるごと一冊XXXXXX」とか「△△△△の本」とかいう楽器関連の本を見かけるでしょう?昔から「いいナァ~。マーシャルもやりたいな~」って思ってた。もちろん、過去何回か「マーシャルの本をつくりませんか?」なんて企画を頂戴したことは何回かはあった。
しかし、経済的な理由や、「まるごと」ではなかったりして、結果として1冊すべてのページをマーシャルに割いた本というのは実現しなかった。
そりゃいいよ、ギターは何て言ったってギターなんだから、主役なのは認める。どうせアンプは脇役よ。いいよ。でもさ、一体誰がギターの音を大きくしてあげてるのかな~?
まぁね、確かにアンプがなくてもギターは弾けるけど、ギターのないアンプこそ困っちゃうもんね~。眺めて楽しむという使い方もなくはないけど、使わないマーシャルほどデカくてジャマなものはないもんナァ~。
実際、大学生の時、1959と1960AXを6畳の自分の部屋に置いていたけど、ライブハウスに出て使うなんてのは月に1回か2回で後はもう部屋に置きっぱなし。ジャマだぜ~。アレはステージやスタジオに置いてある分には問題ないけど、普通の家の部屋に入れた日にはデカいのなんのって!それに、眺めて楽しむにも限界があるからね。
ところがだ、マーシャルがなかったらハード・ロックが生まれなかったかもしれないよ~。祭典の日も来なかったかもしれないし、紫の炎も燃え上がらなかったかもしれないよ~。
みなさんは自分のレコードやCD、もしくはiPODから「マーシャルが使われていないものを取り除け」と言われたらかなりコレクションが縮小してしまうのではないですか?
え?ビートルズが残るから別にかまわない?ダメダメ、マーブロの読者たるもの、ハード・ロックやメタルが聴けなくなったら困るでしょう?
でもね、こんなことを偶然昨日発見した。たまたま写真の整理をしながら、ポール・マッカートニーの『Venus and Mars』を聴いていた。「これからすごいロックが聴けるよ~」という『サージェント・ペパーズ』の焼き直しとも言えそうな、いかにもポールらしいコンセプト・アルバム。ジャケットはヒプノシス。2曲目に「Rock Show」という曲が入ってるでしょ?ご存知の通り、この曲はロック・コンサートに臨む時のあの高揚感を歌ったものだよね。そこにこんな一節がある;
♪The lights go down - they're back in town OK. Behind the stacks you glimpse an axe.
これが「やがてライトも消えて-ほらショーの始まりさ 積み重ねた乾草の裏にこっそり隠した斧」と訳されている。
これは、どう考えても「stacks」っていうのはマーシャルを表しているんでしょう?それから「斧」っていうのはギターのことでしょう?向こうの人は楽器のことをスラングで「Axe」って呼ぶからね。サックスもアックスだ。
つまり、ポールはステージにズラリと並べられたマーシャルの壁に見え隠れする楽器の目にすると、コンサートへの期待が高まり興奮してしまう…ということを歌っているじゃないのかしらん?…なんのこっちゃ、「乾草」って?「斧」って?
ポールはジムが亡くなった時に正式に弔辞を送っているからね。ステージではマーシャルを使わなかったポールだけど、ちゃんとマーシャルのことを認めている…という話し。
だからやっぱりマーシャルは大切な音楽の素材なのですわ。それなのにマーシャルの本がなかった!
しかし、時は来た…のであった!
『Marshall Chronicle』はシンコー・ミュージックのYOUNG GUITARの別冊として上梓された。シンコーさんの担当の方、亀戸(仮名)さんから連絡を受けた時はうれしくもちろんふたつ返事で引き受けさせていただいた。
ところが、それから実際の作業となると骨折りの連続でしてね~。でもとても勉強になったし、楽しかった。ちょっとそのあたり、私が担当させていただいたパートを振り返ってみたい。
■50 YEARS OF LOUD LIVE レポート
マーブロでもリハーサルのレポートを連載して、これから本番のレポートに移るところだが、とにかくここに掲載されているライブ写真を撮るのはシンドかった~。そのあたりはまたマーブロに詳しく書きたいと思っている。「日本人唯一のスタッフとしての視点からレポートを書いて欲しい」という亀戸さんのリクエストに応えてテキストを書いた。紙幅が限られているので、ほんのチョットでも詳しく書こうものなら字数がオーバーしてしまうあたりに苦労した。思い入れが深いのでつい書きすぎちゃうからね。詳しくはマーブロで!
■The History of the "Father of LOUD"
これは苦労しましたよ。約23,000字。これまでにも「マーシャルの歴史」関連については専門学校で講義をさせていただいたりもしているし、記事も書かせていただいているが、講義は別として、記事はいつも厳格な字数制限があり、なかなかすべてを書き記すことができないでいた。それが今回は亀戸さんからとりあえず好きなだけ書いていいといううれしい指示を頂戴して取り組んだ。
色々な文献をひっくり返したり、工場の友人に事実を確認しながら書き進めていると、知らなかったこともゾロゾロ出てきて面白くてしょうがない!それにすでに認識している事象に若干の誤謬を発見したりもした。
マーシャルの歴史で何といっても面白いのは、1962年にJTM45を開発するあたりで、その前後については特に紙幅を割かせていただいた。
せっかくのマーボンなので、今まで見たことのない写真の発掘にも尽力した。9月に工場に行った時に、PR担当のSteve Greenwoodと過去の写真データをひとつひとつチェックさせてもらった。
率直に言って、50年もの歴史を持っていながら、残された写真の類が存外に少なく、収集に苦労した。
それで、フト思いついたのが、かつての社長室。つまりジムが生前に使っていた部屋。「確か、部屋の片隅に何やら資料っぽいものが積み上げてあったナ…」と。で、社長の奥方にお願いしてみた。「ナ~ニ、アレが見たいの?どうぞ好きなようにしていいわよ!」と快く了解してくれたので、その資料の山をひっくり返してみた。 すると、下のような見たことのない写真が少し出てきた。
それらをかき集めて「The History of the "Father of LOUD"」のコーナーに掲載させてもらった…というワケ。よく使われている古い写真もあるし、もしかしたら過去に公開されたものも含まれているかもしれないが、本邦初公開の写真もかなりあるはずだ。
■コラム
亀戸さんにお願いして、エッセイ的に3つのコラムを書かせていただいた。
①マーシャルの故郷を訪ねて
これは楽しかった!元来ロンドンの街を歩き回るのを無上のよろこびとしているだけに、ジムの生家やお店の跡を見て回るなんてことが楽しくないワケがない!これもマーブロで新装再スタートしようと思っている「イギリス・ロック名所めぐり(仮称)」で詳しく再録しようと思っている。
もしね、私がロンドンのロック名所めぐりのガイドなんかを頼まれたら、絶対にここコースに組み入れるよ。
②シリアル#1アンプの物語
考えてみるとこの話しに詳しく触れたことがないことに気づき、挿話させていただいた。いつか実際に弾いてみたいと思ってるの。
③"Father of LOUD "ジム・マーシャルが英国で愛される理由
誰だ?このタイトルつけたのは?私ではござらんよ。私はロックと同じぐらいジャズが好きで、いつかこのジムのCDについて何か書きたいと予てから思っていた。チャンス到来。もっとスペースがあれば1曲ずつ解説を書いちゃうところなんだけど…。ジムがパーティで歌っている写真を探したんだけどなかったナ。ドラムを叩いている写真はいくつか見つけたんだけど…。やっぱり写真は面倒がらないでバンバン撮っておくべきだナ。
■Marshall Products Gallery
山口県柳井市のマーシャル・ミュージアム・ジャパンが所蔵しているアイテムに足りないモデルを足して構成した。製造年度は私が調べたものを亀戸氏が精査した。これは時間がない中で亀戸氏は大変な労苦を強いられたハズだ。
写真はすべて私が撮影した。ミュージアムのアイテムは、オープン前に5日ほど泊り込んで撮りまくった。これは泣きたいぐらい大変だった。何が大変かって?とにかく重いでしょ、マーシャルって。向きがちょっとズレたりしていても、ちょちょいと直すことなんてできませんからね。いちいち「おりゃ!」と掛け声とともに動かさなければダメ。ま、実際には竹谷館長にそっちの重労働はお願いしたんだけどね。もしひとりでやったら腰が大爆発よ!
それと、デカいアイテムはなかなか光が回り込まなくて、4灯ものストロボを使用した。
実はコレクションを撮影するのは2回目。以前のマーブロで「T氏のコレクション」を作った時にもこの作業をしたが、あの時は光だの色だの、ほとんどおかまいなしに撮ったけど、今回は1台ずつキチンと撮らなければならないので膨大な時間がかかった。
厄介だったのはミュージアムには案外スタンダードな1959やJCM800がなくて、それを補完しなければならないことだった。そして亀戸氏の調査の元、都内の中古楽器店に撮影道具一式を携えてロケを敢行。アホみたいに暑い日でね~。ホント、この本はみなさんのご協力の結集やね。
そして、#1のJTM45 。いつもは下の写真の壁側のロゴの真下の白い展示台にガッチリと収められていて、そう簡単に触ることすらできない。でもね、よ~くこの写真を見ると別の場所に#1が置いてある。ど~こだ?
答えは左下のコンボの前にタテになってるヤツです。この日、コンサートを翌々日に控えて、BBCやら地元のテレビ局やらが入れ替わり立ち代わりやってきてエラくバタバタしていて、ついしまうの忘れちゃった。マーシャルも案外ユルイ。よっしゃ!ということで、自由きままに撮影してしまったというワケ。
マァ実際には「チョット写真とらせてチョ」とフィル(後出)に頼めば、何の制限もなく撮影できるんだけどね…。
■Details of Marshall Products
ここはシンドかった。元来私はトレイン・スポッターではないので、至福を埋めるのに苦労した部分もある。それでも、やればやっただけの成果というものは得られるワケで、改めてとても勉強になった。むしろ、ここは色々と内容の正誤性や関連性を精査した亀戸氏のPoop Cleaner的な重労働に感謝!
■Marshall-men talk...
①Jonathan Ellery
エラリー社長のインタビューはメールを介して行われた。50周年のコンサートにあたり、さまざまな媒体でエラリー社長のインタビューが取り扱われたが、このマーボンのインタビューはコンサート後に行われた珍しいもの。一大イベント直後の高揚感と安堵感と寂寥感が表れたいいインタビューになったと思う。それに過去のインタビューを少々混ぜて再構成されている。私は翻訳と写真を担当させてもらった。ちなみに右ページの写真はBBC1のインタビュー時のもの。翌朝、このBBCのインタビューは「Breakfast」という日本でいえば「朝ズバ!」とか「めざましテレビ」みたいな朝のワイドショウ番組でOAされていた。
②Phil Wells
実は、この本の企画を相談された時、真っ先に思いついたのがこのインタビューだった。フィルは工場の技術畑ではもっともキャリアの長い人で、おもしろい話しがたくさん聞けるとニラんだのだ。
「今回の滞在中にインタビューの時間を作って欲しい」とお願いしたところ、「シゲのためならいつでも、どこでもよろこんで対応するよ!」と気持ちよく引き受けてくれた。実はフィルとはマーシャルと関わり出した最初の頃からの知り合いで、思い返してみると最初に工場を案内してくれたのはフィルだった。
案の定、インタビューはもうメチャクチャおもしろくて、ファンにはタマらない内容になったと思う。フィルから話しを聞いていて、「ああ、ここに三宅さんがいればよろこんだろうにナァ…」と何回思ったことか!紙幅が限られているので、マーボンには2ページ分しか掲載されていないが、実際のインタビューは3時間半近くにも及んでしまった。
このフィルの話しは、もし誰かがフィルの頭の中に残っている内容を活字にしておかなければ、永久に聴くことができなくなる可能性が高いと思った。誰も語ることのなかった貴重なマーシャルの歴史だ。実際にインタビューをする私の後ろにはマイルス・ホートンという若いエンジニアがいて、聞こえてくるフィルの話しに何度もも「へ~」と感心していた。
そこで、亀戸氏にお願いして、マーボンに掲載できなかった部分をマーシャル・ブログで公開させてもらうようお願いした。全文に目を通した亀戸氏もその希少性を高く評価し、後日マーブロに掲載することを許してくれた。ファンのみなさん、お楽しみに!
③Steve Dawson
大の仲良しのスティーヴからは、日本に伝わってこなかったたくさんのブリティッシュ・ロックの情報をもらってきた。この人とのおしゃべりはいつも楽しい。図々しくもイングランド最北部のスティーヴの家まで遊びにも行ってしまった。このあたりのことはシゲ・ブログでレポートしているのでチラリとご覧いただきたいと思う。
そして、思いついたのがスティーヴのインタビュー。70年代の若き日をニューキャッスルを中心としたイングランド北東部で過ごした彼に当時のロック事情+マーシャル事情を語ってもらおうと思ったのだ。
■Marshall Factory Tour
亀戸氏は以前に工場を訪れているため、ここはスムースに事が運んだ。ここは写真と最新情報を提供した。さすがにもう何回も見学しているし、写真も多数撮ってきたので、今回は職人さんが写るように撮ってみた。
もうみんな顔見知りなので実に愛想よく対応してくれる。
今回ひとつ初めて知ったことがあった。カバリングを貼り付ける際、細かい部分をピタリと接着させるために使う白い棒状の器具がある。それを何と呼ぶか知りたくて、知りたくて…訊いてみた。「え?コレか?これはボーンって言うんだよ、ボーン」。は~、「骨」か…。
日本語と英語は文法的に真反対に位置するといわれるけど、発想は案外同じなんだよね。ラックのアンプをラックにくっつけるために前面に付いている「耳」とか呼ぶ部分あるでしょ?あれ、英語で「ear」っていうんだよね。アンプの底面についてる「足」は「feet」だし。それと、よく展示のひとつのかたまりを「島」って呼んだりするじゃない?あれも「island」って呼んでたな。
■Promitional Literature Gallery
これは亀戸氏が困った。「カタログ、チラシ等の販促物を全部ひっくるめて英語で何というんですかね?」…こんな質問が彼から寄せられた。さっそく英語の達人、つまりイギリスの方々に訊いてみると、「Promotional Literature」でいいのでは?という回答を得、こう題された。ほとんどがミュージアムからの提供品。
最後のThe Marshall Worldは例の元ジムの部屋の片隅に積み上げられていた書類の山から発掘したもの。事務所の中で光の具合がいいところを選び、一枚一枚写真に収めた。これがまた腰が痛くなる過酷な撮影でござんしてね…。その作業を見た事務所の連中が「またシゲが変なことやってるゾ!」なんて騒いでるし…。つまり、彼らにはこれの希少性がツユも感じられないのね。ところが、全部70年代のロックの一番おいしい時期のアーティスト・ニュースじゃない?こちとら読みだしたらとまらなくなっちゃって…。
■Marshall Museum探訪
扉の写真がヤケに暗めに刷られちゃったねぇ。実際の写真はもっと明るいんだけどナァ。
■マーシャル座談会
これも楽しかった。座談会の聞き手は亀戸氏。
これは本当は元のアイデアがあったの。それはその道のプロにマーシャルが使われた名盤を語ってもらうという企画。例えばノンちゃんにパープルの『Who Do We Think We Are』の聴きどころを説明してもらう…とか、三宅さんにジミヘンの『Winter Land』を語ってもらう…とかね。
それがなかなかまとまらなくて、「それじゃ、マーシャル・プレイヤーに集まっていただいて座談会をやろう!」と提案した。普段お忙しい方々なので、スケジュールを調整するのが心配だったんだけど、こういう時は恐ろしいもんで、みなさん、一発で電話にお出になってくれて、しかもすぐに、そして、見事に全員が空いている日が見つかった。天国のジムが操作したとしか思えない手際のよさ!こんなこと滅多にない!
そして、東京キネマ倶楽部さんも快く場所を提供してくださった。
みんなよくしゃべる!すべてマーシャルの話題。ありがたいことです。座談会の後の打ち上げでもまた同じ話題。でもおもしろかったな~!
みなさんありがとうございました。この場をお借りしまして改めましてご協力に感謝申し上げます。
■Marshall Album Selection
これにはまったく絡んでない。亀戸氏は思ったに違いない。私に任せたら恐ろしく偏ったセレクションになってしまう…と。結果、ヤンギらしいセレクションになってよかったと思う。
ちょうど同時進行で広規さんのCDのライナーを書いたり、写真の整理が山になったりと、実に多忙な日々であったが、やりがいのある楽しい仕事であった。今、こうしてイザ上梓されてしまうとうれしいような、さびしいような…。
みなさん、書店&楽器店に是非お手に取ってみてください。
『Marshall Chronicle』の詳しい情報はコチラ⇒シンコーミュージック公式ウェブサイト
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