真夏のJAZZ葉山2026<前編>:杉本篤彦ビッグバンド&いわし~私の葉山3
毎年8月の第1日曜日はココ…葉山。
今年も来たゼイ!
『真夏のJAZZ葉山』のお手伝いをするために2014年に初めて訪れて以来、コロナの時を除いて毎年お邪魔して今回でちょうど10回目!
我が家の唯一の「夏の遠出」。
8時前に到着してまずは葉山港名物の朝市を覗く。
もちろんこの朝市のためにこんなに早く来ているワケではなく、海水浴客の交通渋滞に巻き込まれないように余裕を持って家を出てきているのだ。
そしてココで簡単な朝食を済ませる。
以前は朝市の会場のすぐ近くに「あぶずり食堂」という飲食店があって、ココで定食を食べるのが朝の葉山へ来る楽しみのひとつだった。
「アブズリ」…初めてこの名前を耳にした時は「カストリ」の仲間かと思って少々驚いた。
「あぶずり」というのは「鐙摺」と書く。
源頼朝がこの辺りの狭く急な坂道を馬で通過した際、「鐙(あぶみ)」が岩や地面に「摺(す)」れてしまったことよりこの地名が付いた。
コレがその「朝定食」。
旅館の朝食のようなナンてことのない献立なのだが、海の傍らで食べると味は格別だった。
それが今ではこんな喫茶店になってしまい、朝定食を食べることができなくなってしまったのは残念至極。
さて、安全を見てそれだけ早く到着したところすることはない。
そこで「時間つぶし」に知恵を絞る。
まさか御用邸にお邪魔するワケにもいかないので、何度か来ているウチに史跡や文学に関する名所を探して訪れるのが常となっていった。
その中で大ヒットしたのが「日影茶屋事件」。
コレで大杉栄、伊藤野枝、辻潤、神近市子、平塚らいてう、そして甘粕正彦と、多くの人について学んで過去のレポートに記した。
とてもオモシロかった…葉山に大感謝。
そして数年前に訪れてココも比較的詳しく紹介した。
葉山郷総鎮守「森戸大明神」。
神社の裏の磯部の岩上に切り立つ「千貫松」の他、見どころの多い神社だ。
そのひとつは社殿の裏に並ぶ碑の数々。
そのほとんどは以前の記事で紹介してしまったが、その後数年の間に関連する知識をいくらか蓄えたので今回は「ゲスの後知恵」的に少し書き足してみたいと思う。
まず…コレは明治初期のお雇い外国人「エルヴィン・フォン・ベルツ」を称える碑。
この昭和11年に建てられたこの碑文を書いたのは東京帝国大学名誉教授を務めた「入沢達吉」。
ベルツ先生の教え子だった人だ。
コレが驚いたことに…というか忘れていたんだけど、この入沢先生、明治神宮や築地本願寺を造った「伊東忠太」という建築家に依頼して「萩外荘(てきがいそう)」という邸宅を建てて荻窪に住んだ。
下がその萩外荘。
そして入沢先生の後、この邸宅は「近衛文麿」の手に渡った。
ちなみに入沢先生の奥方は「常子」さんといって、「中島歌子」が主宰する小石川にあった「萩の舎(はぎのや)」に最年少で入塾し、「樋口一葉」の指導を受けたという。
歌子は水戸の人で、旦那さんは「天狗党」の重要な党員だった。
さて、1940年の「荻窪会談」、1941年の「萩外荘会談」と呼ばれる会合が萩外荘の下の部屋で開かれた。
出席者は近衛文麿、東条英機、松岡洋右、吉田善悟。
ココで太平洋戦争に突き進むための政策を決定する話し合いがなされたという。
そして敗戦を迎え、A級戦犯として巣鴨刑務所に収監される直前に近衛文麿は下の部屋で青酸カリを服用して自決した。
話は替わって…下は東大の医学部のキャンパスに立っているベルツ先生の胸像。
ベルツ先生は草津を優良な湯治場として世界に紹介しただけでなく、葉山に御用邸を建てることを提案した人。
赤ちゃんの青いお尻を意味する「蒙古斑(Mongolian spots)」はベルツ先生が作った言葉だよ。
下は日本を代表する塑像家の「朝倉文夫」が製作した早稲田大学にある「大隈重信」像。
1889年、乗っていた馬車に爆弾が投げ込まれて足元で爆発し、大隈は暗殺されかった。
その治療にあたったのが海軍軍医総監で脚気から多くの海軍兵の命を救った「高木兼寛」やベルツ先生だったがその努力もむなしく、大隈は片足を失ってしまった。
その暗殺事件を実行したのは「来島恒喜(くるしまつねき)」 という反政府活動家だった。
下は谷中霊園にある来島のお墓。
写真ではわかりにくいけど、かなり大きくて立派な墓石が立っている。
大隈は暗殺未遂事件後、「爆弾を放ったヤツが頭がおかしいとも、憎いとも思わない。華厳の滝に飛び込む弱虫よりはよっぽどエライ者と思っている」みたいなことを言っている。
だからこんなに立派な墓なのか?…そんなことはないでしょう。
ところで、この「華厳の滝に飛び込む弱虫」とは一体誰のことを指しているのか…私は知っている。
それは「藤村操」という明治36年に「厳頭之感」という遺書を残して日光の華厳の滝から投身自殺をした一高生(今の東大)のことだ。
理由は不明とされているが、当時夏目漱石は一高で英語の先生をしていて、操に「キミの英文学の考え方は間違えている」と指摘したことがあった。
漱石はそのことが原因で操が自殺を図ったのではないかと心底ビビってしまい、それが漱石を神経衰弱にしてしまった一因ではないか?と言われている。
でも『吾輩は猫である』でチャッカリこのネタを使っているんだけどね。
漱石の小説の題材の多くは自分の周りで実際に起こった出来事だから。
森戸大明神に戻って…。
「花はいろ 人はこゝろ」
コレも句碑っていうのかしらん?
読み手は詩人の「堀口大学」。
ココは葉山町立図書館。
いよいよ時間つぶしのネタがなくなるとよくココへ来て涼みながら本を読むのね。
館内には「堀口大学文庫」という展示室が設置されている。
こんな感じ。
著名な詩人だった「堀口大学」は葉山の名誉市民なんだね。
「頭脳警察」の「まるでランボー」という曲の歌詞じゃないけど、私は詩を全く読まないので堀口大学について知っていることはナニもないのが残念。
代表作の初版本などがゾロリと展示されている。
そして今回<後編>の冒頭で主役に据える人の歌碑が森戸大明神に立っている。
詳しくは次回。
さて、今回葉山に来たのはもちろん『真夏のJAZZ葉山』をお手伝いするため。
下は葉山の隣の逗子で見かけたラーメン屋さん。
ホラ、『真夏のJAZZ葉山』のポスターが貼ってある。
こういうのはチョット山田洋次の『同胞(はらから)』を思い出させるね。
地域を挙げてのイベント…いいもんです。
今年も会場は「葉山町福祉文化会館ホール」。
もう10回目だからね、ホーム感満点!
「帰って来たよ~!」って感じ。
まずお届けするレポートは「いわし」。
ピアノ・トリオなのでMarshallを使う場面はないのだが、アチコチでご一緒する和佐田さんの出番とあっては放ってはおけまい。
今回も3人の楽しいトークでスタート。
いつもの「1(い)」、「8(わ)」、「4(し)」コールから、アルバム『あだルと』のキメ・ポーズ「トォ~!」が冒頭から炸裂した。
コレがそのいわしのCD『あだルと』。
恥ずかしながら、今回初めて「あ・だ・ル・と~」の最後が「10」を表していることに気がついた。
確かに3人とも手の平を開いて「10」を表しているんだよね。
もう何年もこのポーズに接して来たのに今頃気づくとは何とも情けない。
先週、別の現場でご一緒した和佐田さんにこのことを話すと、「そうなんですよ。それと仮面ライダーの『トォ~!』というポーズに引っ掛けているです」と教えてくださった。
今年は間に合わなかったので、来年はそれを心して「あ・だ・ル・と~!」を味わいます。
演奏のコーナーに入る。
スネア・ロールから。
和佐田さんから「ウルサイ!」と突っ込みが入る。
井上さんはそのロールで葉山の波を表現。
進藤さんが奏でるテーマ・メロディが美しいポップめの1曲。
そこへ和佐田さんがハードなソロを放り込んだ!
「人生は旅つづき…どんなにつらいことがあっても楽しくやっていきましょう」という気持ちを込めての2曲目はシットリとしたワルツ。
進藤さんのピアノを大フィーチュア。
2回目の「いわしコール」から暑さについてのトーク。
ココで和佐田さんから写真撮影に関してひと言。
「コッチ側から撮って欲しい」というスタン・ゲッツのようなリクエスト。
それと変顔や半目の写真を投稿するのはヤメて欲しいというお願い。
平気で投稿しちゃう人がいるもんね。
誰かも言っていたっけな…「考えればわかるでしょ!」って。
続いては和佐田さんの作品。
コーヒーを飲みながら作ったファンキーな1曲。
熟慮してつけたタイトルが「ファンキー・コーヒー」。
そのままだ~!
和佐田さんのスラップ・ベースが暴れまくる!
進藤さんのピアノソロを経て…
和佐田さんのソロをタップリと!
猛烈な熱演に客席から大きな歓声が上がった!
今日は指弾きでジックリとソロを弾こうと考えていたが、始まった途端にそのことを忘れて盛大にスラップしてしまったとか。
それでいいのだ!カッコよかった~!
今度はブラシを手にした井上さん。
前にも書いたことがあったかな?
オスカー・ピーターソン・トリオで長年ドラムスを担当したのがブラシの名手「エド・シグペン」。
私、NAMMショウの時にこの人からウインクされたことがあるんですよ。
その時、周囲の人は誰も彼のことに気づかなかったが、私はすぐにその人がエド・シグペンであることがわかり、「あ、エド・シグペンだ!」と小声で言ったのが聞こえたワケではないであろうが、私が気づいたことを見つけて「パチリ」とウインクしてくれたのだ。
仕上がりが半目でもいいから一緒に写真を撮っておけばヨカッタと今でも後悔している。
エドは2010年に永眠された。
そういえば私、富山のホテルで「アート・ブレイキー」にバッタリ出くわしたことがあって、この時はガッチリと握手をしてもらいました。
下は私の愛聴盤、エド・シグペンの『Mr. Taste』。
曲は進藤さんのルパートのソロから始まり…
ラテンのテイストをほんの少し匂わせながらスウィング。
和佐田さんのソロを経ていよいよブラシを使ったドラム・ソロ。
スネアのヘッドをこすりながらブラシの奏法を解説する井上さん。
「コレは『やきそば奏法』と言いますが『大阪のオバちゃん奏法』とも言います。
大阪のオバちゃんは声がデカいでしょ?でも大事なことを言う時には小声になる。
このブラシのピアニシモの説得力は大阪のオバちゃんから学んだんですわ」
ハハハ!なるほど!
そして、その妙技をタップリと披露してくれた。
物販のPRコーナー。
もちろん今年も新色の「いわしTシャツ」が販売された。
客席にもホラ!
実際、このデザインはホントにステキですからね。
最後は井上さん作の7/8拍子の「Odd Time Story」で締めくくった。
そしてもちろん最後は…
「1」、「8」、「4」…「あだル10~!」
あ~今年もオモシロかった!
そして和佐田さんは物販コーナーへ直行!
今回も3,000万円のTシャツが大好評だった!
続いてはMarshall Blogには2回目の登場となる「杉本篤彦ビッグバンド」。
1曲目は今回もカウント・ベイシーの「Jumpin' at the Woddside」。
杉本篤彦
ギターだけでなくアレンジも杉本さんが手がけている。
オリジナルではベイシーがオクターヴで弾くピアノのイントロをギターとピアノのユニゾンで奏でる。
曲が始まればもう後はスウィングするだけ!
華麗にピアノ・ソロを奏でるのは過去の葉山の「杉本篤彦バンド」のレポートでMarshall Blogに何度もご登場頂いているMAKO-T。
そして早速ギター・ソロ。
杉本さんはMarshall。
去年のこのステージで試してあまりにも音が良かったバックラインを今年も用意した。
ヘッドは「JVM210H」、スピーカー・キャビネットはその両側にセットされた「1912」が2台。
もっと詳しくは<後編>で。
とにかくこのバックラインが杉本さんの演奏スタイルにオモシロいほどマッチして最高のギター・サウンドを送り出してくれるのだ。
ソロが続いていく。
鍬田修一
松木理三郎
大野裕太
小野塚豊
…と熱気あふれるソロが続き、まるで『Basie in London』のような景気のよい幕開けとなった!
今日も良いモノを観ることができそうだぞ!
長い間構想を練って実現した自分のビッグ・バンド。
杉本さん、今日もとても楽しそう!
杉本篤彦の詳しい情報はコチラ⇒杉本篤彦公式ウェブサイト
<後編>につづく
