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2020年11月25日 (水)

ごちゃまぜでハッピネス~『ホッチポッチミュージックフェスティバル』の田川ヒロアキ

 

今日はまた横浜。
横浜スタジアムがある「横浜公園」。10ココで過日開催されたのが『ホッチポッチミュージックフェスティバル』。
音楽のスタイル、国籍、世代、性別、障害の有無等の垣根を取っ払い、とにかくみんなで音楽を楽しむための「音楽のお祭り」。
このイベントに田川ヒロアキが出演した。20「ホッチポッチ(Hotchpotchi)」は「ゴチャマゼ」という意味ね。
この言葉を聴いて真っ先に『Hodge Podge』というアルバムを思い出すのはジャズを聴き込んでいる人。
コレはデューク・エリントン楽団のリード・アルトを長年務めたJohnny Hodges(ジョニー・ホッジス)のリーダー作。
かなり古いジャズね。
その名前をもじって「Hodge Podge(ホッジ・ポッジ)」というタイトルが付けられているが、コレは「ホッチポッチ」と同じで「ゴチャマゼ」という意味。30cdデューク・エリントン楽団のメンバーのことは「Ellingtonian(エリント二アン)」と呼ばれ、アメリカのショウビジネス界では誰からも尊敬された。
そのエリントニアン中のエリントニアンがジョニー・ホッジスだった。
何しろ1956年のライブ・アルバム『Ellington at New Port』で、ジョニー・ホッジスを紹介する時にエリントンはこう言っている。
 
If you heard of the saxophone, you heard of Johnny Hodges.
 
「もしアナタがサキソフォンというモノを聴いたとするならば、それはジョニー・ホッジスの演奏を聴いたということだ」…カッコいいな~。
 
If you heard of the Marshall. you heard of Tagawa.
ヒロアキくんはそんな演奏をこの日も聴かせてくれたんよ。

40cdさて、ホッチポッチ…失礼ながら、今回のこの機会まで存じ上げなかったが、ナント今回が12回目!
10月18日、新しくなった横浜市役所と11月8日のこの横浜公園の2回の開催となった。
もちろん双方参加無料。
60こんな露店も出ていてお祭り気分も満点。
50お店の種類もホッチポッチ!

70もちろん、場内にはいくつもステージがセットされていて…

80あちこちで絶えず音楽が鳴り響いている。

Img_3953 そんな会場からチョット離れた場所にある「彼我庭園」と名付けられた日本庭園。
こんなのあったのね?
ウチは母と家内が横浜の出身ということもあり、関内、伊勢佐木町、中華街、山下公園、元町等々、この辺りには幼い時分から馴染んでいるんだけど、考えてみれば、横浜公園の中を見て歩いたことなんかなかったからな。

90
フーム…明治9年(1876)に開園した横浜公園は日本最古の洋式公園とされているのか…。
日比谷公園が最古かと思っていたけど、なるほど、日比谷は1903年か。
ん?上野公園が1873年となっているぞ!
上野恩賜公園は「洋式」じゃないということか?
ま、いいか、両親の出身地である上野と横浜を競わせる必要もあるまい。
で、この横浜公園は、外国人=「彼(ひ)」と日本人=「我(が)」の双方が利用できたことから「彼我公園」と呼ばれていた。
平成29年というから、つい最近この日本庭園部分を「彼我庭園」と定めたのだそうだ。
110「友好と平和の灯篭」は昭和29年頃に当時の横浜市長が友好の証に米オレゴンのポートランドに寄贈した雪見灯篭のレプリカ。

100この公園のある場所は、かつて横浜に居留する外国人のために開設した「港埼(みよさき)」という遊郭だった。
時は幕末、資金がない幕府はこの大事業を民間に委託する。
そこで名乗りを上げたのが品川宿で飯盛旅籠(めしもりはたご)を営んでいた岩槻屋佐吉。
飯盛旅籠というのは女郎がいる宿屋のことね。
宿場での女郎は「飯盛女」と呼ばれた。
大変な事業で、共同事業主がひとり、またひとりと減る中で佐吉は資材を投げうち、最後までやり遂げた。
何でも吉原のつくりをマネて、大門から堀から衣紋坂のコピーまであったらしい。
当然、佐吉もこの新しい遊郭で「岩亀楼(がんきろう)」という名前の見世を出す。
「岩亀」というのは自分の屋号の「岩槻」に引っ掛けてある。
この岩亀楼がとんでもなく絢爛豪華だった。
そこにあった灯篭がコレ。120v…なんだけど、この灯篭は明治初期に作られたもので、オリジナルの岩亀楼に置いてあったものではないのだそうだ。
吉原もそうなんだけど、江戸時代の遊郭のアイテムってホントに何も残っていないんだよね。

150さて、この岩亀楼に「喜遊(きゆう)」という女郎がいた。
あ、ひとつ言っておきますが、「女郎」というは蔑称ではありませんからね。
喜遊は安政年間に深川の医者に家に生まれたが、幼い頃に両親を失い、新吉原の江戸町二丁目の「甲子屋(きのえねや)」という妓楼に禿(かむろ)に出された。
「禿」は「ハゲ」ではありませんからね。
当時は貧しい農家や家の娘がこうした苦界(くがい)に身を沈めるのが一般的なパターンであったが、喜遊のように肉親を失い、行き場が無くなった娘を親戚が引き取り、遊郭に売り飛ばしてしまうということも往々にしてあったらしい。
禿というのは五歳ぐらいで吉原に入り、ミッチリ教育をされる女郎の見習いのこと。
読み書きはもちろん、お茶、お花、書道、和歌、俳句、囲碁、将棋に至るまで、ありとあらゆる教養を身につけさせられた。
一流の妓楼の花魁は並みの武家の娘よりはるかに教養があったらしい。
ところが、家の中のことは幼いころからまったく関わらないので、炊事、洗濯、針仕事はからっきしダメ。
遊郭から外に出たことがないので、お金の使い方も知らなかったという。
その喜遊が流れ流れて岩亀楼に来ることになる。
あのね、吉原って野球でいえば大リーグ、サッカーでいえばプレミア・リーグ、アメフトでいえばNFLみたいなもので、イヤ、多分それ以上だと思うんだけど、とにかく女郎屋界の最高峰中の最高峰なワケ。
その吉原の花魁が、新しくできた横浜くんだりの廓に転籍してくるなんてこはまずあり得ない。
この辺りは色々な事情や廓の仕組みがあるので詳しくは書かないが、とにかく横綱から序の口まで格下げになっちゃう。
当時、外人を相手にしていた女郎屋があったのは長崎ぐらいのものだった。
横浜はそのためにできた遊郭だからして、必然的に外人の相手をする女郎が必要だ。
今と違って、当時、外人はもうどうしようもなくコワいワケ。
誰も好き好んで外人の相手をしたがる女郎はいないから、どうしても格下の女郎がお相手をすることになる。
そういう女郎を「羅紗緬(らしゃめん)」と呼んだ。
そして、喜遊はあるアメリカ人に見初められて身請けをされることになるんだな。
これから先は書かない。
興味のある人は有吉佐和子の「喜遊の死」という短編を読んでみてください。
有吉の短編集『三婆(新潮文庫)』に収録されている36ページの短い作品なのですぐに読める。
港埼遊郭が出来るいきさつまで記してある。
ただ、「廓用語」っていうのかな?
遊郭の仕組みを知らないとチョットわかりにくいかも知れない。
この作品は昭和37年に発表されているんだけど、その頃はまだ女郎屋のことが普通に理解される世の中だったことがこういうことでわかる。
落語もそう。
例えば「明烏」とか「お直し」等の廓話を私なんかは何の気なしに聞いて笑っているけど、若い人には噺の中で使われている単語自体がわからないだろうね。
私も若い頃はよくわからなかったわ。130vbそして、この「喜遊の死」はお園という喜遊の親友が語ることによって物語が進行するが、後に有吉自身の手によって『ふるあめりかに袖はぬらさじ』という戯曲に改作されている。
初演では杉村春子がお園の役を演じた。
となれば、観てみたかったナァ。
2007年には玉三郎で歌舞伎化。その2012年バージョンでは壇れいちゃんが喜遊役を演った。
と来れば、観てみたかったナァ。
最近では去年、大地真央がお園を演じたようだ。
 
140vb「露をだに いとふやまとの女郎花 ふるあめりかに袖はぬらさじ」
 
コレはネタバレになってしまうが、大橋訥庵という儒学者が読んだ歌。
この人は「安政の大獄」で処刑され、ほったらかしになっていた頼三樹三郎の亡骸を棺に収めに小塚原まで行ったというバリッバリの尊王攘夷派。
確か悪名高い水戸藩の「天狗党」の決起にも関係したんじゃなかったっけか?
もう私の頭の中の「幕末コーナー」は完全にホッチポッチです。
 
この歌がナゼ、戯曲のタイトルになっているかは「喜遊の死」を読んでのお楽しみ。
本は紙で読みましょうね。
紙でできているモノを「本」と呼びます。160vさて、ヒロアキくんが出演する「ブラントン・ステージ」というところ。
このステージにはパントマイマーやミュージシャン等、8組のパフォーマーが登場した。

180vヒロアキくんの前にステージに上がったのが「サファリパークDuo」という姉弟デュオ。
コレがすごかったんよ。
弟の弾くピアノをバックにお姉さんがフリューゲルホーンを吹くジャズ・デュエット。
「ジャズ」ったって、若い人がそこらへんでカッコをつけて「ジャズ」と銘打って演っている演奏とはワケが違う。
弟くんが左手でベースラインを弾いて右手でコンピング、時にカズーでメロディも奏でちゃう。
お姉さんも流麗なアドリブソロをバンバン繰り出してくる完全にストレートアヘッドなジャズ。
また、曲が「It's Alright with me」だの、「On a Slow Boat to China」だのちゃんとしてるの。
デンジル・ベストの「Move」が出て来た時には驚いた~!
盛り上がってきたぞ~!190そして、田川ヒロアキ登場!200お供はMarshall JVM210Hと1936。
ヒロアキくん愛用のコンビネーション。

210vまずはギター・ソロで小手調べ。

220v♪ギュイーン、ギュイーンと横浜の空にTagger& Marshallサウンドが鳴り響く!

230続けて「My Eternal Dream」。
ヒロアキくん、ブラントンさん、Marshallの共演だ!

240ブラントンさんとは後ろの胸像の人。
横浜公園を設計した人だ。
安心してください、イギリス人です。
やっぱり日本の近代文化の師匠はイギリスなんだネェ。
地下鉄はアルゼンチンだけど。250vスピード感あふれる田川ヒロアキのテーマ・ソング。

265v野外の開放的な雰囲気につられてハードにソロをブっ込んでくる~!

280ハイ、いっちょ上がり!

290v「みなさんこんにちは!
ホッチポッチミュージックフェスティバルに初めて参加させて頂きます!
ステキなイベントですよね。
全国的にも珍しいイベントだと思っています。
個人的には点字の地図…触れる地図には感激しました。
点字の地図って作るのにすごくお金がかかるんですよ。
そういう1つ1つのことがホッチポッチミュージックフェスティバルのよさだと思うんですよね」300vコレがヒロアキくんが感激したという「触る地図」。

305ヒロアキくんのギターの音を聞きつけて続々と人が集まってくる。
その音、Marshallが出してま~す。310_kn続いては「MAZDAファン・フェスタ」のCMソング「キミを乗せて」でノドを披露。

320vギター・ソロもガッツリとキメ込んだ。

330最近よくやるアクションを取り入れての大熱演!
380コレはすごくウケてたね!

340v「横浜を中心にマツダのロードスターにヤキイモを焼く機械を載せて売っている人がいるんですけど、『ロド芋兄ちゃん』と言います。
そのお兄ちゃんのテーマ・ソングを作りました」

350こういう方だそうです。

S1ハハハ!
すごいな…チョット間違えばとなりにドクを乗せて過去にも未来にも行けそうだ!
コレらの写真はヒロアキくんファンの横浜在住の家内の友人が、どうしてもロド芋を食べてみたくて情報をキャッチしてロド芋兄ちゃんに会いに行った時に撮影したモノです。

S2「キミを乗せて」のマツダのイベントの関係者の方から「ロド芋兄ちゃん」のことを聞き、かつテーマソング作曲の依頼を受けてこの曲が誕生した。
楽しい曲だ!
でも私としてはタイトルは「イモを乗せて」にして欲しかったナァ。360_riとにかく色んなことをする人ですわ。370「ロド芋くださ~い!!!」

400_rkds毎度あり!
コレがその「ロド焼き芋」。
ヤキイモのお味はバツグンだそうです。S3

「今日は本当にありがとうございました。
オリンピック/パラリンピックの応援ソングとして作りました」

410v_skと紹介したのはおなじみ「Sky」。420vコレもお客さんがジ~っと聞き入ってくれた。430美しいMarahallのトーンで心を込めて弾いたギター・ソロに観客は耳をそばだてていた。

440v「どうもありがとうございました!
また会いましょう!」
「I heard of Tagawa, I heard of Marshall」だった!

470v拍手喝采!
 
ホッチポッチミュージックフェスティバルの詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト

460先日Marshall Blogで紹介した東京都の『アートにエールを!』の参加作品「ニジノート」のCDが出来した!
ヒロアキくんが一人百役ぐらいやっているヤツね。
これもいい曲だからね。
ゼヒ、お買い逃しなく!
 
田川ヒロアキの詳しい情報はコチラ⇒FretPiano480_nn 

200_2 
(一部敬称略 2020年11月8日 横浜公園にて撮影)