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2019年9月17日 (火)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.40 ~ V&A『Theatre & Performance』の最新展示

  

今回の旅では何度もサウス・ケンジントンに行ったナァ~、と思ったけど2日続けて2回行っただけだったわ。
Shige Blogで細かくやったし、今日のMarshall Blogもそうだから何回も行ったような錯覚をしているんだな。

06博物館エリアに向かうサウス・ケンジントン駅のコンコース。
アンドリュー・ロイド・ウェバーの旧作のリバイバルの告知ポスター。
デザインは好き。

Img_9403コレもアンドリュー・ロイド・ウェバー。
残念ながら、何度音源を聴いても両方ともピンと来ない。
『Cats』とか『Sunset Boulevard』はあんなにいいのにナァ。
『Evita』も『Phantom』も『Jesus』だっていい。
しかし、この2つはどうも馴染めないんだよナァ。

Img_9406 そこへ行くとコレだよ、コレ。
チケットはもう9月まで売り切れだっていうんだけど、何とか観て来たんだ!
メチャクチャおもしろかった。
こういう類のモノでは人生で一番オモシロかったかも。
Marshallとはさすがに何の関係もないので、詳しくは後日Shige Blogでレポートする…イヤ、させてください!
10本立てぐらいになるかナァ…それはサスガにオーバーだけど、それぐらいジックリ鑑賞してきた。
で、日本に帰ってきてすぐに『オレンジ』をまた観てしまった!

07vまたV&A…ヴィクトリア&アルバート博物館。
V&AについてはShige Blogに書いておいたのでコチラでは詳しくやらない。
Marshall Blogでは、キープしてあったロック・ネタを披露する。
あ、ロックとクラシックと映画ネタか。10あと写真ネタ…。
というのは、ココへ来るのは6年ぶりになるのかな?
知らない間にこんなのが出来ていた。

20「Photography Centre」という写真関連アイテムの展示コーナー。
入り口にはゾロリと写真機が展示してある。

30v レアなヤツなのかな?
毎日のように写真を撮っているけど、私はカメラ自体には見事に何の興味もない。
カメラの知識がないために「アレが欲しい」とか「グレードアップしたい」とかいう欲望も湧いてこない。
使い慣れたデジタル一眼レフがあれば、もうそれだけで十分。

30でも写真には興味津々。
早速中に入る。

35ホ~ラあった。
大好きなセシル・ビートンの「memento mori」という作品。
「メメント・モリ」というのは犬神サアカス團の曲にもあるけど、「自分が必ず死ぬことを忘れないように!」、「死を忘れちゃダメよ!」という意味のラテン語の警句。
忘れなくなるね~、この年になってくると…というか、結構何ごとも「あと何年ぐらいか…」と意識するようになって来た。
人生でどうしてもやらなくてはならない大業がまだナニも進んでいないからね。
また、そういう時に思うのは「とにかく生きている間に少しでもいい音楽やオモシロい本を読んでおかなきゃ!」というチョットした焦りだ。
特にプライベートで聴く音楽は、もっともっと勉強したいと思ってる。
私のような欲張りなリスナーは、最後はやっぱりクラシックしかなさそうなことがわかってきた。
クラシックにはまだまだ知らないメロディやリズムやハーモニーがいくらでも詰まってるからね。
今、近代クラシック音楽と民族音楽が聴いていて一番オモシロい。
とにかく新鮮なのだ。
でもジッ~と集中して聴いていないと耳に入って来ない。
コレがツライ。疲れる。
そういう時には昔のロックを聴く。1975年までのロックね。
「やっぱり、いいな~」と感動するんだけどすぐ飽きる。
そしてジャズを経由してまたクラシックに戻る。
ナンカこれで最後まで行きそうだ。
そしてやっぱり死ぬまで聴き続けるのはビートルズとザッパか。キンクスもかな?
 
ちなみにクラシックって、そうやってチャンと聴いていないとヘビメタよりノイジーなんですよ。
ジャズやロックはそんなことない。
でも聴かないクラシックはベラボウにうるさい。
生来、クラシックを聴く素養が自分にないからか?

40この展示室の名前を見てビックリ!
「サー・エルトン・ジョン&デヴィッド・ファー二ッシュ・ギャラリー」という。
エルトン・ジョンとはあのエルトン・ジョン…レジナルド・ケネス・ドワイトね。
もうちょっと言うと「Elton John」ってのは、Soft MachineのElton DeanとSteampacketのLong John Baldryから取って付けた名前 。
Steampacketはロッド・スチュアート、ブライアン・オーガー、ジュリー・ドリスコルなんかがいたことでも有名だけど、ドラムスがミッキー・ウォーラー(ジェフ・ベックの『Truth』のドラマー)だった。
ミッキーがジム・マーシャルのお弟子さんだということに興味を持っているのは私だけで、もはやイギリスのMarshallにも誰もいるまい。
デヴィッド・ファー二ッシュというのは、どっちが「ネコ」でどっちが「タチ」だかは知らないが、エルトン・ジョンのご主人か奥さん。つまりパートナー。
しかし、「猫ひろし」という芸名を考えた人はスゴイ。

502018年10月にオープンしたそうだ。
道理でしらないワケだ。前回来たのは6年前だからね。
2人はスゴイ寄付をしたみたい。
世界に冠たるV&Aの中に自分の名前を冠したこんな立派な展示室を作るとあらば、生半可な額の寄付では実現できないだろう。

60ところが、コレ2022年にはまた拡張されるんだって。
残しておいたって仕方ないもんね、レジはエライ。
こうして自分の資産を文化のためにつぎ込むというのも一種の「ノブレス・オブリージュ」なんだろうね。
この精神が日本にも根付くといいんだけどね。
この辺りが世界の一等国と極東の五等国の違いだろう。
ヘンテコりんな絵を何億円で買ったり、月へ行こうとしたり…情けない。

70コレを皆さんにお見せしたかった。
大した内容ではないんだけど、存在がスゴい。
「ハイライツ・フロム・ザ・マッカートニー・コレクション」…もちろんこの「マッカートニー」とは、1967年5月15日、カーナビ―・ストリートの「Bag O'Nails」というライブハウスに出ていたジミ・ヘンドリックを観にやって来たポール・マッカートニーとソコで出会ったアメリカ人女性カメラマン、リンダ・イーストマンのこと。
その後、ポールと結婚したリンダはWingsに加入してヘタなコーラスと誰にでもすぐに弾けそうなキーボーズで観客の耳を苦しめた。
ウソウソ!
ゴメンナサイ!実はリンダ好きです。
カメラマンだっていうから、私はリンダってズッとイーストマン=コダックのお嬢さんかと思っていたけど全然関係ないんだってね。
中学生の時、ミュージック・ライフの夏の号にリンダがプールで水着になっている写真が載っててね、今でいう「お巨乳さん」で、ロック好きの男子生徒の間で大変な話題になったんだ~…といっても男子校だったんで男しかいなかったけど。
それが一番のリンダの思い出かな?
 
フーン、リンダってローリングストーン誌の表紙になった写真を撮った最初の女性なのか…1968年、被写体はクラプトンだって。

80こんな感じで展示してあった。
あんまりたくさんではない。

90まずは、八村塁選手。
あの2人、顔が似てるって言われているけど、それよりも声がソックリでしょう。
それは頭蓋骨の形が似ているからなんだよ。
レゾナンスが同じなの。
今回の取材では、以前は見ることの出来なかった八村選手の家の中までお邪魔したのです。
後日、例によって詳細なレポートを掲載するのでお楽しみに!

100ノエル・レディングとミッチ・ミッチェルも一応撮ってある。

110vいいよな~、ビートルズを撮れちゃうんだから!

130コレはポールのプライベート・ショット。

140コレはYardbirdsの最後の方か…。
でも、リンダの写真って私はいいと思わないんだよな~。
正直、まったく惹かれない。
だって、同じジミやジャニスでもジム・マーシャルの写真と比べてみてよ!
写真のストーリー性がゼンゼン違う。
撮っているのは普通の人間で、ミュージシャンであることが伝わって来ない。
ま、テメエの写真をタナに上げて言っておりますが…。

120v館内にはチラリチラリとロックに絡んだ展示を見かける。

150ただの飾りが多いけどね。

160でもココは違う。
V&Aで一番好きな場所。
「Theatre and Performance」というエンタテインメントのアイテムをフィーチュアしたコーナー。
6年ぶりでガラリと様子が変わっていて期待大!
さっそく入ってみよう!

170入り口に展示されているのはMadnessグッズ。
私は今でも全くの門外漢だけど、カムデンから出て来たMadnessも今年でデビュー40周年だって!
ホンダCityのコマーシャルは印象的ではあった。
スカなんてのがロンドンから出て来るところがオモシロい。
レゲエもそうだね。
いかに人と違ったことが尊重されるのかがわかる思いがする。
展示品はすべてMadnessから寄贈されたモノだそうだ。

180余計なお世話だけど、私の「Madness」はコッチ。
ジャズつながりで…

Nf1937年、映画『踊らん哉(Shall We Dance?)』のフレッド・アステアの衣装。
この映画の挿入歌「誰も奪えぬこの思い(They Can't Take That Away From Me)」はアカデミー主題歌賞を獲得し、後にジャズの大スタンダード曲になった。
アステアはサヴィル・ロウにあった「Anderson & Shepperd」という仕立て屋の熱心なファンでもちろんこの衣装も100%ビスポーク。
ダンスの時に自由に動ける服に仕上がるようにテイラーさんたちの仕事を注意深く監督したという。
そして服が出来上がると、その衣装の縫い目を確認するために、全身が映る鏡の前で実際に踊ってテストをするのが好きだったという。
こういう話は大好きだ。
また、色は黒に見えるが、実際は濃紺なのだそうだ。
それは、モノクロで撮影する時、黒よりも濃紺の方がキレイに撮れるから。

190vこの衣装を身にまとっている実際のシーンがコレ。
ボタンは付け替えているようだ。
Princeのクツ。
この写真だとわかりにくいんだけど、奥の横になっている方の靴底を見て。
Princeの激しいステージ・アクションに耐えられるようにヒールを金具で固定していたんだって。
コレもわかりにくいけど、ジッパーの金具(Zip puller)がPrinceのロゴになっている。

200さて、チョットここでツマらないことを書かせて頂くけどガマンしてチョーダイ。
「懐かしい!」と思う読者は過ぎ去りし若き日々を懐かしんでチョーダイ。
 
中学の時に比較的ナヨっとしたヤツがいて、クラスの不良がソイツのことを「パイソン、パイソン」って呼んでいた。
それにつられてクラスのみんなも自然に「パイソン」と呼んでいたが、なぜソイツが「パイソン」と呼ばれているのかその理由を知る者がいなかった。
私なんかは小学生の時にモデルガンが流行していたので、「パイソン」と聞いた時、すぐにコルト・パイソンを連想した。
それも6インチだ。

Cpナゼ6インチかというと、『ワイルド7』のオヤブンがコルト・パイソンの6インチを愛用していたからだ。
もう夢中になって読んだね、『ワイルド7』は。連載していた少年キングは1回も買ったことなかったけど。
飛葉がコルト・ウッズマンで、世界ってのがモーゼルだった。ルガーとか南部のヤツもいたな。
今、ワイルド7がいたら「あおり運転」なんて一発で撲滅できるだろうにナァ。
ちなみ私は「緑の墓」が好きで、飛葉が「オレは手錠がキライなんだ!」というセリフがとても印象的に残っている。
『秘密探偵JA』もすごく好きだった。

8_obで、そのナヨっとしているようなヤツのアダ名がピストルのような男性的なモノに由来しているワケはないでしょ?
しからばヘビのパイソンか?
まったくヘビっぽくない。
しかし、スゴいガラのデザインだな、パイソンって。
それで、どうしても気になるのである時、そのクラスの不良に「パイソン」の由来を尋ねてみた。

8_11181すると、ソイツは「だって、モンティ・パイソンは『オカマの恐竜』じゃん」と答えた。
理由はそれだけだった。
こっちはあまりにも内容のない理由にビックリしてしまって「あ、そう…。それだけ…?」以外に反応のしようがなかった。
そう、それだけみんな見てたのが「モンティ・パイソン」。
ナニ曜日だったかな?東京12チャンネルで夜10時から放映していた。
あんなにクダらないことをやっているのがイギリスの一流大学を出た人たちで、制作・放送しているのが国営テレビ局だって知ってビックリしたね。
まだ13、14歳の時だからね。
そでがサ、まさかエリック・アイドルの地元を訪ねることができるなんてあの時は夢にも思わなかったりなんかしちゃったりして!(もちろん広川太一郎風に)
まったくAlways look on the bright side of lifeなのです。
 
で、そのモンティ・パイソン、いくつもオモシロいエピソードがあったワケだけど、学校で特に話題になったのは「Sam Peckinpa's Salad Days(サム・ペキンパーのサラダ・デイズ)」というヤツ。
最近、ナニかの折りにMarshall Blogで「サム・ペキンパー」なんて名前を出したことがあったけど、今の若い人はサム・ペキンパーなんて名前を聞いてもピンとこないだろうナァ。
やたらと乱暴な描写が多い、男臭いダイナミックな作風で人気を呼んだアメリカの映画監督。
『ワイルドバンチ』、『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』 、『ゲッタウェイ』、 『ガルシアの首』…どれもヨカッタ。
ロバート・ライアン、アーネスト・ボーグナイン、エドモンド・オブライエン、ベン・ジョンソン、スティーヴ・マックイーン、そしてもちろんウォーレン・オーツ…出ている役者もよくてね~。
今のアメリカ映画、こういう役者さんはどこへ行ってしまったのかしら?
そして、『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』はボブ・ディランが音楽を担当したんじゃなかったっけ?
私はとりわけ『わらの犬(Straw Dogs)』という作品が好きだった。
ダスティン・ホフマンが気弱な数学の大学教授かなんかの役で、セクシーな奥さんがスーザン・ジョージ。
研究に没頭するダンナに欲求不満を覚え、奥さんが家の修繕に来ていた荒くれの大工を奥さんが誘惑しちゃう。
するとそれに味を占めた大工たちが奥さんを襲いにくる。
それをダスティン・ホフマン扮する気弱な大学の先生があの手この手で1人でその大工たちを退治するんだな。
その暴力描写がすごくてね、家には武器がないので沸騰させた油をブっかけたりね。
時折使うスロー・モーションがトレードマークでね。
コレは黒澤明が『用心棒』で見せた手法を取り入れたと言われているんじゃなかったかな?
とにかく迫力ある暴力シーンがウリの監督だった。
そのペキンパーの作風をパロディにしたのがこの「Sam Peckinpa's Salad Days(サム・ペキンパーのサラダ・デイズ)」。
さわりだけYouTubeで見ることができる。


コレは次の日の学校で大きな話題になった。
では、このタイトルにある「Salad Days(サラダ・デイズ)」というのはナニか?
「Salad Days」というのはミュージカルの作品のタイトルだ。
1954年にブリストルで始まったこのクリスマス向けのミュージカルは大きな評判となり、すぐにロンドンのウエストエンドに移って来て、2,283回という記録的上演数を誇った。
最近までやっていたようだ。
この作品は1950年代、小難しくなったブロードウェイのミュージカルに対抗し、「清く明るく楽しく正しいミュージカル」を標榜した。
考えてみれば、ロンドン・パンクと同じよ。
確かにオリジナル・ロンドン・キャストの音源を聴くと、ピアノをバックに、毒のない、古式ゆかしい、やたらとまじめそうな曲がズラリと並んでいる。
ま、私なんかにはちっとも面白くない。
つまり、さっきのモンティ・パイソンはそんな「清く正しい」ミュージカルをサム・ペキンパーの名を借りて正反対の「血みどろのSalad Days」にしちゃったところがオモシロいわけ。
イギリス人なら誰でも「Salad Days」を知っているからそこをオモシロがるんだけど、我々はそんなミュージカルを知らないのが普通だから、血がドバ―っという大げさでスラップスティックなところを笑うしかない。
このコントの本当の狙いはそうではなかったのだ。
ブラックです。
そのロンドンでの超ロングラン公演で使われていたピアノがコレ。

210ココまで初めて見るものばかりだが、コレも初めて見た。
コレはブロニスラヴァ・ニジンスカという女性バレエ・ダンサーの衣装。
元々は他の男性バレエ・ダンサーが来ていたもので、スカートを足して女性用の衣装に仕立て直した。
ナゼか…劇団の経費節減のため。
その「他の男性バレエ・ダンサー」とはヴァスラフ・ニジンスキーのこと。
ブロニスラヴァはヴァスラフの4歳年下の妹なのだ。

220vその衣装を身につけたブロニスラヴァの1921年の写真。

230コレをニジンスキーが着ていたとはね~。
ホンモノですからね。

240もうイッチョ、ニジンスキー。
1898~1907年にニジンスキーが学んだ「帝国ロシア・バレエ学校(現ワガノワ・バレエ・アカデミー)」の卒業証書。
この証書がバレエ団への推薦状になった。
コレはニジンスキーの母エレノアが1921年にロシアを離れるときに秘密で持ち出したもの。

250次…1921年にロンドンで撮られた写真。
向かって左から2人目が「Ballet Russes(バレエ・リュス)」の主宰者にしてディレクターの、天災興行師セルゲイ・ディアギレフ。
ディアギレフは同性愛者で、ニジンスキーと恋仲であったが、心変わりをしてしまい、ニジンスキーは発狂してしまう…というシーンがハーバード・ロス監督の映画『ニジンスキー』に出て来る。
その映画でディアギレフを演じたのがアラン・ベイツというイギリスの俳優でやはり同性愛者だったらしい。映画の中ではスゴイ存在感でとてもいい演技をしていた。
そのディアレフの左隣の小柄な男性はイゴール・ストラヴィンスキー。
ストラヴィンスキーはバイセクシャルだった。
そして向かって一番右の男性はセルゲイ・プロコフィエフ。
ディアギレフはストラヴィンスキーやプロコフィエフを「自分の息子」と称していたという。
プロコフィエフもそっち系の人だったのかな。
写真は初めて上演されたプロコフィエフのバレエ作品である『道化師(Le Chout)』公開時に撮影された。260vん~、観たことがないアイテムに入れ替わっていてうれしいな。
ココは本当にオモシロい。
でもね、真っ暗で照明に色が付いているため実に写真が撮りにくい!

270演劇のポスター色々。
お芝居に興味はないが、こういうもののデザインを見るのは楽しい。

280『We Will Rock You』の5周年を記念して2000部限定で発行されたプログラム。
しかし、Queenはこないだの『ボヘラ』といい実にウマいことやったよな。
やはり残した作品のクォリティがベラボウに高かったことと、それを平気で商売に使ってしまう大胆さや厚かましさのバランスが取れていたんだろうな。
別に放っておけばいいんだけど、やっぱりリアル・タイムでQueenを経験している私の周囲の人たちは、「アレはおかしい」と言う人が多いね。
私はQueenファンであったことは一度もないのでどうでもいいのだが、反対に映画の面白さとしては全くピンと来なかった。
それより私はこのミュージカルの方がヨカッタな。
Queenの曲が使われているけどQueenとは関係ない筋立て。

290『We Will Rock You』は2002年5月、トッテナムコートロードのドミニオン劇場で初演された。2005年8月には、それまでドミニオン劇場で上演されたミュージカルの中で最ロングランを誇った『Greese』を抜いて歴代1位になった…って、どれも短かかったんだな~。
この劇場のキャパは2,163席。
ウエスト・エンドでもかなり大きな劇場の1つなので、この記録は立派なモノらしい。
何年か前まではフレディのこの景色が当たり前だったんだけどね。
2014年5月に4600回に及ぶロングランで幕を閉じた。

8_img_0334私がこのドミニオン劇場に観に行った時のプログラム。
200回記念とか言っていたように記憶しているが、それを記念して、アンコールの『Bohemian Rhapsody』ではホンモノのブライアン・メイがステージに登場してギター・ソロを披露した。
そして、終演後はホールの出口に立ってお客さんを見送っていた。
この時のバンドは、Wishbone Ashのローリー・ワイズフィールド、もしくは(バンドの様子は客席から見えない)一時期Marshallのデモンストレーターをしていたフィル・ヒルボーンがギターを弾き、ニール・マレイがベースを弾いていた。
しかしね、客席の後の方はガラガラでカーテンで仕切ってスペースを縮小していたな。
あの日は特別に空いていたのかな~。
2004年とかそんなもんだっと思うんだけど、アソコから10年もロングランしたとは信じられないんだよね。
途中で客が増えたとしか考えられない。
2wwrp当然、今はもうフレディの姿はない。
『BIG』がかかっていた。
コレも何回目かのリバイバルだろう。
と言うのは、私はこのミュージカルが始まってすぐぐらいにブロードウェイで観たの。
それがもう20年以上前のことだもん。

8_0r4a0648コレがその時の「PLAY BILL」。
ブロードウェイでは作品解説や出演者の紹介、劇場の説明を載せたこうした簡単なプログラムを無料で配布している。席の上に置いてあるのね。
ま、ほとんど広告よ。
劇場が「Shubert Theatre(シュバート・シアター)」となってるでしょ?「Theatre」とイギリス綴りになってる。
ブロードウェイからチョット西に入った「シュバート・アレイ」にある。
ココへ入れたのがすごくうれしかったのを覚えている。

8_2big…というのは、メル・トーメがミュージカル・ナンバーを歌った『Mel Torme Swings Shubert Alley(メル・トーメ・スウィングス・シュバート・アレイ))』が私の愛聴盤だったから。
このアルバムでジャズのスタンダードになったミュージカル曲をたくさん覚えた。

Mtsa コレ、上の写真の5日後に撮った者なんだけど、『BIG』の看板が隠されてるの。
ナンでだろう?
もう終わっちゃったのかな?

8_img_9548<つづく>
 

200_2 
(一部敬称略 2019年6月7日 Victoria and Albert Museumにて撮影)