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2016年12月20日 (火)

LED ZEPAGAIN ロックショー・リバイバル「狂熱のライブ1973」~4th Night of M.S.G.~ <後編>

「オマエなんかにマジソン・スクエア・ガーデンのナニがわかるんだ!?」なんて言われてもイヤなので一応書いておくが、私はMSGに行ったことがあるのだ。
もっとも中には入ったことはないのだが…。
MSGは33丁目の7番街と8番街の間を占めている巨大な建物だ。

M_m1今から21年前。
アメリカに行ったのはこの時が初めてではなかったが、ニューヨークは初体験だったのでエラク興奮した。
ジャズとミュージカルと美術館の旅だった。
宿泊したのがMSGの7番街側の対面の『Hotel Pennsylvania』。
皆さんはGlen Millerの「Pennsylvania 65000」という曲をご存知か?
映画『グレン・ミラー物語』の中で、「新しい曲ができた」とジェイムス・スチュアート扮するグレン・ミラーがジューン・アリソン扮する奥さんにその曲を聴かせるシーンがある。
愛らしいメロディを持った曲で、コーラスの終わりのブレイクで楽団員が「♪Pennsylvania six-five-thousand」と声を発する。
すると、グレン・ミラーが奥さんに尋ねる「わかるかい?ボクらが新婚旅行で泊まったホテルの電話番号だよ」…奥さん感激!
もう長いこと観ていないので「新婚旅行」だったか「楽旅」だったかどうかは定かではないが、初めてのニューヨークで泊まった私のホテルこそグレン・ミラーが泊まったホテルだった。
もちろん、この話を予め知っていてこのホテルを選んだ。
実際、電話番号はその時も「65000」だった。
ところがですね~、部屋は狭いし汚いし…グレン・ミラーどころか『真夜中のカウボーイ』の二人になった気分だった。
それだけ歴史のあるホテルだけあって、設備にも年季が入っていて、ベッドがひどく小便クサイのには閉口した。きっと何万人分もの汗を吸っていたんだろう。
人生初の時差ボケも手伝って夜はまったく寝付けず、整髪料をベッドに撒いてそのニオイをゴマかした。
今ならクレームを申し入れるところだが、当時はまったく英語ができなかったので文字通り泣き寝入りをした。
ホテルがそんな状態でもまだ若かったし、アメリカにあこがれていた時分だ。見るもの聞くものすべてが刺激的で本当におもしろかった。
もう最近はアメリカが苦手で…もちろんアメリカ人の友達ひとりひとりは大好きなんだど、日本人としてあの国を見た時には本当にウンザリしてくる。
今は断然ロンドンの方がおもしろいし、性に合っていると思うけど…デヘヘ、ニューヨークならまたいつ行ってもいいな…。

M_m2コレが7番街側のMSG。
ね、ホテルの対面。
電光掲示板にはプロレスの告知がしてあるが、Eric Claptonのコンサートのサインも出ていたように記憶している。

M_m3こちらは33丁目に沿って8番街側を見たところ。
例の丸い建物が見えてMSGっぽく見える。
え?何で8番街側から撮らなかったのかって?
コワかったから。
現地の人に「ハーレムは言うに及ばず、8番街から西へは危険だからひとりでは行かないように。それとアルファベット・アベニューには絶対に行かないでください」と言われていたのだ。
実際に8番街を車で通ると、街の雰囲気がガラリと変わって、黒人ばっかりになったのには驚いた。
今は知らない。
また、今は全然変わってしまったようだが、当時は南東部にある低所得者層が集まるアルファベット・アベニューがマンハッタンで最も危険と言われていた。
この時はまだ前の前の会社に勤めていた頃で、そのニューヨーク事務所を訪れた時に駐在員に聞いたのだが、私が行ったつい数日前にも「1番街で銃を持った追剥ぎが出た」ということだった。
その人はどんなに短距離でもタクシーを使うと言っていたな…理由は「飛び道具からは逃げられない」だって。メッチャ実感がこもっていたよ。
チョット長くなっちゃって申し訳ないんだけど、もうひとつタクシーのことで。
マンハッタンで一番安全な乗り物はタクシーということだったが、それとは関係なしに現地在住のアメリカ人の友達もやたらとタクシーを使っていた。
日本と違って初乗りが安いということもある。
それでも、呼べば聞こえるような距離でも乗っちゃうんだよね。
「すくソコじゃん!歩こうよ!」と行っても、その友人は「いいから、いいから!」とタクシーを使いまくる。
理由を訊くと、「オレも移民の子だからさ…彼らの生活が少しでも楽になるようにと思ってるんだ」と言っていた。
ご存知の通り、タクシーの運転手はニューヨークで移民が一番最初に就く職業と言われている…
彼は東欧からの移民二世だった。
この話を聞いて翌日から遠慮なく屋台のホットドッグを食べるようにした…ホットドッグ屋はギリシャ系移民が多いんだよね。
…というのはウソで、移民は関係なく、とにかくホットドッグがウマいだけの話。
あんまりおいしくて食べていると鼻歌が出ちゃう。もちろん「Immigrant Song」。
マンハッタンのホットドッグがナゼ故あれほどおいしいのかと調べてみると、牛肉だけのソーセージで作っているかららしい。
私は全部ノッケのマスタード多めが好き!
そういえば「ホットドッグ早食い選手権」で有名なNathan'sが一時原宿に出店していたけど、定着しなかったね~。

M_m4しか~し!
我々世代は「マジソン」といえば問答無用で「バッグ」を意味する。
小学校5~6年だったかな?「マジソン・バッグ」旋風が吹き荒れたのは…。
アレはどうしてあんなに流行ったんだろう?
人気俳優とか歌手が持っていたから?テレビや映画で使われたとか?
何しろスゴイ人気だったよね~。
紺が主流で、みんなと同じモノがイヤだった私は白が欲しかったんだけど、まったく手に入らなかった。、仕方なしに黒を買ってずいぶん使ったけど、最後は富津の海に行った時にビチョビチョのなってしまって、捨てて来ちゃった。

Mb_2さて、マジソン・スクエア・ガーデンの第四夜も中盤に差し掛かる。

10_nqベースのJim Wootenがキーボードの前に座り、曲は「No Quarter」。
いよいよ苦手なLPのC面!

20v…なのだが、こうして聴くといい曲だね~。
何でも「プログレッシブ・ロックっぽい」という評価の仕方があるようだが、ゼンゼン的ハズレだろう。

40_2
ワウを使ったリフがとても印象的。
ところで、「No Quarter」というのは「無慈悲」という意味なんだってネェ。
普通、「慈悲」は「mercy」という言葉を使うでしょ。「ハバマーシー」の「マーシー」。
この「quarter」は戦で敗れた者に対する「慈悲」を特別に指して使う言葉のようだ。
冒頭に書いたように、21年前にニューヨークへ行った時のこと、朝早くに五番街のセント・パトリック教会に行ってみると、出勤前のスーツを着たサラリーマンが祈りを捧げていて、去り際に教会の中のベンチで寝ているホームレスの枕元にそっと5ドル札を置いていくのを見た。アレにはチョット感動しちゃった。
この場合は「quarter」ではなくて「mercy」だ。
で、この「quarter」という言葉は、この曲の題名のように否定の中で使われることが普通の残酷な単語で、ヘタをすると「負けた相手を容赦しない」ということで「no quarter」で「皆殺し」という意訳もできるようだ。
で、ナゼ、「no quarter」でそういう意味になるかというと、「qaurter」には「兵舎」という意味もあって、「捕虜に兵舎を与えない」すなわち「情けをかけない」ということらしいよ。
昔、25セント硬貨もない文無しの歌かとばっかり思っていた。
だって、Boz Scaggsに「Loan me a dime」ってあるでしょ?アレのイメージ。

30_2イケイケドンドンのロックンロール・タイプ以外のこうしたバラードでも抜群のギター・プレイを披露してくれる桜井さん。

50vダブル・ネックに持ち替えて臨むのは「The Song Remains the Same」。

60v_srsアルバムではあんなに初めの方に出て来るのに、実際のステージではこんな真ん中で演奏されていたんだね。

70しかし、コレもカッコいい曲だよね。
そのカッコよさを最大限に引き出してくれるのがKED ZEPAGAINのパフォーマンスだ。

80_rsLPのB面すべてを費やして収録された「Dazed and Confused」。
Jake Holmsのこととかあるけど、ま、いいじゃない。やっぱりLed Zeppelinはカッコいいよ。「改作」ってヤツね。
実際、コレに比べれば「Stairway to Heaven」なんて可愛いもんだけど。
90_dc
当然、この曲のトレードマークのボウイングがフィーチュアされる。

90ココはね~、照明がいつも真っ暗なんだよ…というのを知っているのでシッカリと明るいレンズに付け替えてと…。

100vコレもずいぶんとカッコいいことを考えたもんだよね。

110_2桜井さんのボウが宙を指すたびに大きな歓声が上がった!

120vリフというかテーマというか、考え抜かれたおいしいメロディがたくさん出てきてコロコロと変わる場面をつなげて物語を作っていくサマは、「No Quarter」なんかよりよっぽどプログレっぽい。
「♪プイシ、プイシ、プイシ、プイシ」…Swanとボウイングの絡みもバッチリ。

130そして、この曲の最大の見せ場、ギター・ソロへと続く。
それこそ「狂熱」の桜井さんのソロ!

140_2そういえば先日来日したThe Yardbirdsもこの曲を演っていたよ。
このThe Yardbirdsのライブ・レポートもMarshall Blogに掲載するのでお楽しみに!
そして、この曲の最後の喜び、エンディングのテンポの速いパートへ!

150_2そして皆さんお待ちかねの「階段」。

160_2この名曲の一音も聴き逃すまいと、客席からがコワイぐらい真剣な雰囲気が漂ってくる!

170ロック史に燦然と輝く名曲か…。
チョット前に日本でも大いに話題になった「CLASSIC ROCK」誌の「偉大なブリティッシュ・ロック・アルバム100選」に『IV』が選ばれたのもこの曲が収録されていたという理由が多分にあるんだろうね。

180もちろん桜井さんは隅から隅までまんまJimmy Pageを演ずる。
すなわちあのギター・ソロだ!

170v_2

割れんばかりの大喝采!
そして、ここからショウは一気に後半を駆け抜けていく。

190v_2

ここで「Moby Dick」だ!

200_mbドラムはDerek Smith。

220
アクリルのキットからティンパニーまでドラム機材もJohn Bonhamに倣ったもの。
John Bonhamって60年代にMarshallの広告に出てたの知ってる?

210_2もちろん「手打ち」も!うどんみたいでゴメン!なんていうの、コレ?

230v_2ティンパニーも派手に鳴り響く華麗なるドラム・ソロ!

240v_2いよいよ最終セクションに入る。

250_hbまずは「Heratbreaker」。
またこういう曲を作ってカッコよく演奏するバンドが出てこないかな~。

260_2本編最後を飾ったのは「Whole Lotta Love」。
コレも「胸いっぱいの愛を」としたのは名邦題だろう。
ね、私は何でもかんでも文句をつけているワケじゃないのよ。いいものは「いい」と言う。
こうして見ると、Led Zeppelinの曲はなかなかいい邦題が付けられていたと思うよね。
気の毒だったのは何といってもAerosmithだった…「お説教」とか「やりたい気持ち」とか。

270_wll「♪You need coolin'」…ロックの名曲数あれど、これまた最も有名な歌い出しではなかろうか?

280v_2そして、この曲のハイライトは当然テルミン。

290_2エコー(ディレイ)を効果的に使ったトリッキーなサウンドがすこぶる気持ちイイ!

300_2完全にJimmy Pageになり切ってプレイする桜井さんがまたいいんだ~!

310v_2このアイデアこそワン・アンド・オンリーだよね。誰もマネしないし、できない。フォロワーも生まれない「やったもの勝ち」の極致。
やっぱりJimmy Pageはスゴイよ。

320ステージ後方でマグネシウムが炸裂!

330このスペクタキュラーな演出に演る方も観る方も大興奮のうちに本編を終了した。

350熱演に次ぐ熱演!
大喝采に笑顔で応える桜井さん!

355vそして、アンコール。
「もう4回も演ったよ」とJohn BonhamのセリフをなぞるDerekカウントから「The Ocean」。
ホントだ…このリフは15/8拍子なんだね。
この曲好きだったな~。
ところで『Houses of the Holly』のジャケットはHipgnosisなのは皆さんもよくご存知の通り。
で、このロケ地は北アイルランドにある「Giant's Causeway」というところなんだけど、一度行ってみたいと思ってるんだよね~。
そしたら、Marshallの女性社員が去年ダンナさんとそこを訪れた写真をfacebookに載せていてすごくうらやましかった!
いいな~、イギリス。

360_oc今回、このコンサートのオフィシャル・フォトグラファーに任命して頂きましてね…とても光栄だった。
そんなもんで本番の時は撮影に無我夢中になっていて気が付かなかったんだけど、桜井さん、最初の方で着替えているんだよね。
1973年のマジソン・スクエア・ガーデンでは、映画でのライブのシーンを一回のコンサートで構成されているように見せるため、全公演カメラを回し、後で編集する予定だった。
そのため、3日間とも同じ衣装でステージに上がる段取りだったらしい。
衣装が変わっちゃうと後で編集できなくなっちゃうからね。
ところが、Jimmy PageとJohn Paul Jonesはある時に違う衣装を着てしまったらしい。
映画を観ると、なるほど、Jimmy Pageははじめは星のアップリケのついたスーツを着ているのだが、「Since I've Been Loving You」のシーンから向かって右の前見頃に赤い花のアップリケがついた黒い衣装に変わっている。
そう、桜井さんはそこも再現しているんだよね。
驚いたわ。
コレぐらいやってくれればまさに「Tribute Band」の名にふさわしいのではなかろうか?
桜井さん、のやっていることを「コピー」と呼ぶのは相応しくないだろう。
恐るべしJimy SAKURAI!

370v最後は総立ちの観客の前で四人は「Communication Breakdown」をパワフルに披露した。

380v_2

390_2

400v

410v前々回5時間20分、前回4時間30分、今回は1973年の公演をそのまま再現するということで3時間30分といつもよりは短かった。
しかし、時間の長短などまったく気にならない充実の内容で観客の心を揺さぶった!

420最後は桜井さんからお礼のご挨拶。

440v桜井さん、ますますのご活躍をお祈り申し上げております!
  
Jimmy SAKURAIの詳しい情報はコチラ⇒MR.JIMMY OFFICIAl WEBSITE

450<オマケ>
開演前に楽屋で桜井さんと…。

460vコレは2004年のフランクルとで撮った一枚。
とても大切にしている写真なんだけど、もう色が褪せてきちゃった。
John Paul Jonesと。
この前の年の8月に(前の)赤坂ブリッツで開催された『Guitar Wars』というイベントにJPJが出演した時、JCM2000 DSL100を貸し出した。
その時ちょうどMarshallの扇子を販促物で作っていて、JPJにプレゼントした。
暑い盛りだったのと、Marshallロゴが入っていたので彼はものすごくよろこんでくれた。
そして翌年、すなわちこの写真の時、ジムに挨拶するためにMarshallのブースに寄ってくれたJPJと再会した。
「私のことわかりますか?」と尋ねると、JPJは即座に「ああ、もちろん!扇子のキミだろ!」って答えてくれた。団扇だろうが、扇子だろうが、天下のJohn Paul Jonesが自分のことを覚えていてくれてすごくうれしかった。
写真の向かって左は営業のマーク。
向かって右はキース。強いバーミンガム訛りに悩まされたが、キースとは自分と同じ年ということもあって私とはとても仲良しだった。
Marshallを退社した後も付き合いは続き、来日した際にはウチにも遊びに来てくれたが、数年前、肺を患い亡くなってしまった。
気が優しくて、マジメで、本当にいいヤツだった。キースのことは今でもしょっちゅう思い出している。
    
さて、Jimmy Pageには2010年にロンドンで会った。
あとはRobert Plantか!

9_jpj※明日はMarshall Blogの更新はありません。代わりにShige Blogを更新します。

(一部敬称略 2016年10月21日 EX THEATER ROPPONGIにて撮影)