激突 vol.7 RYOGOKU GRAPPING 両国でロックがっぷり四つ~ROSE HIP GARDEN
NERVOUS BREAKDOWNのOZMAさんが企画するイベント『激突』。
その第7弾のレポートの2回目。
冒頭のOZMAさんの前説の出演者紹介のシーンに戻る。
「2番手に登場致しますのはROSE HIP GARDEN。
『ROSE HIP GARDEN』で検索するとどこかの中華料理屋が出てきます。
1番に出て来るんですよ。
『アレ?アイツら中華料理屋始めやったんかな?』と思ってしまいました」
試しに私もやってみた。
「ローズヒップ」とタイプすると確かに「薔薇果(バラカ)」という都立大学にある中華料理店が出て来る。
もうすぐ「BARAKA」もまたMarshall Blogに登場して頂きます。
「ROSE HIP GARDENはベテランのバンドです。
ボクは15年ぐらい前から知っているんですが、相変わらずのバンドです。
3年前に1度共演していて、齢を取るごとに良いバンドになってるコトが確認できるので、今日また共演してどのように進化してるのかを見るのがとても楽しみです。
ゼヒみなさんもその辺を期待してくださればと思います」
OZMAさんがそのように紹介した『ROSE HIP GARDEN(以下「RHG」)』がステージに上がった。
Marshall Blogへは初めてのご登場だ。
NAKANO
YOSHINAGA
NAGUMO
まずメンバーの名前の表記がいい。
いつの頃からか下の名前をアルファベット表記して芸名にするスタイルが当たり前となった。
それを今時、芸名を名字だけにするなんてカッコいいじゃん?
チョット聞くと鉄道の駅みたいじゃないか。
「次は中野、中野……中野の次は吉永。南雲方面へお越しの方はお乗り換えです」なんてね。
結成は1990年なので、35年の歴史を誇り2001年から現在のラインナップで活動している。
寡聞にして私は存じ上げなかった。
本当にこの日の本番で初めてRHGの音楽に接したのだが…かなりビックリしてしまった。
言い直せば…感動してしまった。
47年前の渋谷の「屋根裏」にいるような感覚に陥ってしまったのだ。
いきなりの脱線で恐縮だが、どうしても「渋谷屋根裏」で気にかかることがあるので書かせて頂く。
というのは、最近ではお店が「西武のデパートの裏のビルの2階にあった」と言う人もいて、いかにも人間の記憶というものが簡単に風化することに驚いたから。
古くからロックの世界に足を踏みいれている人間としては、キチンとその歴史を記録しておきたいと思うのだ。
私が足繁く屋根裏に通っていたのは1970年代の後半。
あのビルの2階はキャバレーだった。
そして屋根裏はそのキャバレーの入り口の前を通って右に曲がる階段を上がって行った4階にあった。
エレベーターはなし。
当然機材の搬入出時には凄惨を極めたが、昔は「1960」を両手に1台ずつ持って4階まで駆け上がる猛者もいた。
着席するとテーブルの上には半分に折って名刺大の下の写真のような月替わりの予定表が置いてあった。
あのビルって「屋根裏ビル」という名前だったのか!?
この予定表には左のページに「昼の部」、右に「夜の部」の出演者が表記されていた。
そう、「昼の部」というのがあったんですよ。
もっとも六本木のピットインなんて「朝の部」ってあったからね。
もちろん夜の部の出演者の方が格が上だったことは言うまでもない。
そして昼夜、土日を問わずほぼフル・ブッキングになっていた。
ココで考えちゃうのは、まず、お茶を引く日が少なくないライブハウスが散見される昨今、このブッキングの詰まり具合は一体ナンなんだ?
「ロック」という音楽がまだマニアのモノだった時代だからして、今よりバンドが多かったということは考えにくいので、単にライブハウスの数が少なかったということなのだろう。
だから当時はライブハウスに出演できるだけでももはや成功の一端だった…ように高校生の私には見えた。
それだけに群雄割拠にして百花繚乱…自分たちの音楽をアッピールしようとオリジナリティに溢れたバンドが日替わりで出演していた。
今みたいにコピー・バンドが出演できる可能性はまずなかった。
それでフト思ったのだが、この昼の部って一体誰が行っていたのであろうか?
当時、毎月レギュラーで夜の部に出演していた「三文役者」のちぇり~さんに尋ねてみると、昼の部は2時の開演ではなかったか?…と。
平日の2時にライブ!?
一体、コレに誰が行っていたのであろうか?
私は高校生だったので一度も行ったことがない。
サラリーマンが仕事をサボるにはやかましすぎるだろうし、横丁のご隠居さんに爆音は危険だし…となると大学生ぐらいしか考えられない。
聞くところによると土日を除いては客足が良いことはほとんどなく、お客さんがゼロということも珍しくなかったようだ。
みんなそういう環境でロックをやってきたんよ。
私は幸運にもその三文役者で何度か「夜の部」に出させてもらったが、自分の中ではそれが大きな勲章になっております。
両国に戻る。
NAKANOさんの履いているジーンズだって、ホラ。
思いっきりベルボトム。
上でチラリと名前を出した「BARAKA」の「高見一生」さんとか、「DEALS」の「GOKI」さんとか、ベルボトムがお似合いの皆さんは痩身で背が高いと相場がキマっている。
だからNAKANOさんはバッチリだ。
そんなNAKANOさんのギター・アンプは当然Marshall。
これまで色々なMarshallをお使い頂いて来たそうだが、この日は「JCM2000 DSL100」と「1960A」を使用。
「♪殺人者と俳優 見分けがつかない」とNAKANOさんが歌う1曲目のタイトルはドンズバで「殺人者と俳優」。
しつこうようだけど、まさに私が高校生の時に屋根裏や新宿ロフトで体験したピュアな「日本のロック」なのだ。
コレ…「日本の」というところがミソ。
すなわち「日本語で演るのは是か非か」なんてやっていた時代のロックということだ。
それが時空を超えて今目の前に突然現れてしまい、私は高校生に戻ったような感覚になってしまった。
バンド名の由来はお訊きしていないが、「ハーブ・ティー」は好きです。
2曲目はハードなバンド・アンサンブルでスタートする「TIMES」。
NAGUMOさんのシャープなドラミングと…
コーラスでも大活躍のYOSHINAGAさんのベースのコンビネーションが実に力強い。
そんなリズムにNAKANOさんが伸びやかな歌声を乗せる。
コレが本当にいい声なんだ。
どういう風にいいのかというと、まさに「ロックの声」と「歌い回し」なのだ。
加えてNAKANOさんが弾くギターもまたとびっきりいい声だ。
最近、MarshallとFirebirdの組み合わせってついぞ目にしていない気がするな。
犬神サアカス團のONOCHINぐらいか?
Firebirdってすごく似合う人とそうでない人とにハッキリ別れるギターだよね。
ギター全体のサイズが大きいのでNAKANOさんみたいに長身であることが最低条件なのではなかろうか?
だから、私も人生で30本以上のギターを買ったが、Firebirdを所有したことは一度もない。
私がブラ提げてみたところで不格好なのが目に見えているからよ。
「改めまして、両国SUNRIZEにようこそお越し頂きました。
今日は『激突』ですからね…そして『スポーツの日』なんだって。知ってた?
『体育の日』改め『スポーツの日』ということだそうです。
今日はチョット早めの起床が必要だったんですけども、テレビをつけたら『スポーツの日』だっていうから、なんじゃソレって?」
「今『スポーツの日』にやる運動会は紅組と白組ってやらないんですってね。
勝敗も付けないんですって。
でも今日は『激突』ですから!…つながって良かった。
最後までよろしくお願いします」
レゲエ調でミディアム・テンポのメジャー・ナンバー「夜の片隅で」。
このサビ!
もうね、NAKANOさんの声があまりにもピッタリなのだ。
もっともこういう声だからこういう曲が作られるんだろうけど。
歌のある音楽はナンてたってすべて歌い手の「声」でキマるからね。
そして声と曲が完璧にマッチした時に名曲が生まれる。
YOSHINAGAさんのベースが色々な表情を見せるところも見逃せない。
曲間のキメのパートなんかはもうプレシジョンベース・サウンドのショウ・ケースのようだ。
ネック・ピックアップの甘い音色を使ったソロもとてもドラマティック!
絶対にガチャガチャ、ピロピロと演らない。
曲調に合わせたトラディショナルなプレイだ。
コレでいいのだ。
「『激突』に呼んでくれたOZMAオズマさん、本当にありがとうございます!
先輩たちの胸を借りていつまでもすくすくと育っていきたいと思っています。
そしてロックが好きな皆さんにお伝えします。
オレたちを信じて目を閉じて音を聴いてください。
目を閉じて、腰で感じて…今から演る曲はバンドマンを愛して愛して破れていった女の歌です。
心当たりがある人はホントに目を閉じて…。
グルーヴだけでノッてもらって、タマに目を開けたらコノ人が歌っていてビックリするから!
それはご愛敬!」
ハハハ、そんな。
ま、確かにNAKANOさんはどちらかというとコワモテではいらっしゃるが…(失敬!)。
その差ががまたいいんですよ。
「『煙草に火をつけて』って言う曲を演ります」
ムードタップリのギター・ソロで曲はスタート。
上で「47年前の渋谷屋根裏にいるよう」と書いたが、あの頃のミュージシャンが吸うタバコはキマって「ハイライト」だったよね。
そもそも昔はみんなよくタバコを吸っていた。
ちなみに屋根裏はホールの上の5階の事務所が楽屋になっていて、確か禁煙だったように思う。
イヤ、そんなことないか?…みんなベランダに出て西武デパートに向かって煙を吐き出していたような気がする。
他の曲とはチョット異なる大人の雰囲気の1曲。
NAGUMOさんのセンシティヴなスティックさばきが冴えて…
ココでもYOSINAGAさんの濃厚なプレイでプレシジョン・ベースの音が効果的に活かされる。
目を閉じて聴こうが聴くまいが、とにかくNAKANOさんの歌いっぷりには男の私でもウットリしてしまう。
マサやんの時にもこういう感覚になったことを思い出した。
そして、やはり曲調にピッタリとマッチした色っぽいギター・ソロを添えてくれた。
「こんなに秋を感じる『スポーツの日』に両国SUNRIZEにお集まり頂きましてありがとうございます。
そして、今日呼んで頂いたOZMAさん…オレは中学、高校と四国の丸亀ってところに住んでいたんですが、その頃擦り切れるまで友達と『X-RAY』のテープを聴いていました。
そのX-RAYのOZMAさんにお呼び頂いてライブができる日が55歳のオレにやってくるとは!
実は以前にも何回か演らせて頂いたことはあるんですが、やっぱりその度に感無量になります」
NAKANOさん、丸亀のご出身なのか…。
ココで本格脱線。
5年前、「GO TO トラベル」を利用して高松へうどんを食べに行った時に丸亀に足を延ばした。
下は地上から見上げた「丸亀城」。
スゴイ石垣だ。
ナゼ丸亀を訪れたのか…。
「二宮忠八」という愛媛の八幡浜出身でライト兄弟よりも先に飛行機(当時は飛行器)の原理を考えつき、実際に飛ばすことに成功した人がいた。
この人は元々凧づくりの名人で、徴兵されて丸亀の歩兵隊に入隊。
予てよりタマムシの羽の仕組みに興味を持っていた忠八は、軍の野外演習の休憩中に空を滑空しているカラスを見てその飛行原理の着想を得たという。
言うなれば丸亀は「世界の飛行機の発祥地」なのだ。
そんなことが書いてある吉村昭先生の『虹の翼』という忠八に関する小説に感銘を受けて行ってみたワケ。
まんまとプロトタイプの飛行器を飛ばすことに成功した忠八は、大きな原動機を積めば本格的な空飛ぶ機械が作れると考え軍の上層部に話を持ち掛けたが、上官の長岡外史は「戦争中で忙しい!」と言って取り合わなかった。
日清戦争のさなかだったのだ。
下がその長岡大佐。
皮肉なことに彼のヒゲは「プロペラヒゲ」といった。
すごく自慢にしていたが無断で触ると激怒したらしい。
もし、忠八の提案が受け入れられ、実際に軍用の飛行機をその時開発していれば、日本は世界を征服できていたかも知れない…と言われているそうだ。
惜しかったね。イヤ、作らなくてヨカッタよ。
でも、長岡大佐もなかなか立派な人で、事後に自分の過ちをキチンと認めて「ワシが間違っていた。だがあの時は戦争でとても手が回らなかった」と正直に謝罪したそうだ。
丸亀城は小ぶりながら姫路城や松本城と並ぶ「現存天守12城」のひとつ。
この日、何度も断っているのにボランティアのオジさんが「説明させろ」としつこくまとわりついてきて困っちゃったっけ。
城からの丸亀市内の遠望。
この時とにかく一番驚いたのは…どうも丸亀には「丸亀製麺」がないらしい。
「四国で『ロッキンf』の後ろの方のページを見ながら、OZMAさんが履いていたビニパンが欲しいと思っていたオレに『いつか対バンが出来るから大丈夫!』って教えてあげたいです。
OZMAさん、ありがとうございました。
今日はこの後も最後まで絶対に『スポーツの日』というコトだけは忘れずに!アハハハハ!
残された力を全部使って楽しんで帰ってください。
そして明日、家庭なり職場でチョット後悔してください」
「ロッキンf」なんてもはやなつかしいね。
この「f」って何だか知ってる?
確か「フォーク」という意味だったと思う。
でもね、私が毎月買っていた1976年の頃のロッキンfには日本のバンドはほぼ出て来なかった。
取り上げられたとしてもせいぜい1つか2つ。
あの頃はそれほど「洋楽オリエンテッド」の雑誌だったのよ。
さぁ、RHGのステージもあと3曲。
タップリとしたインスト・パートでスタートする「月に咲いた花」。
日本語の曲名が多いのももうれしい。
YOSHINAGAさんのワイルドなソロが乗っかって来た。
このお方、もう開場前の顔合わせの時から「愉快な人」ってことがわかったよ。
落語で言うと「フラがある」。つまり、何もしなくてもオモシロイ雰囲気が身体から出てきちゃう。
時々そういう人がいるけど、本当にうらやましい。
終演後、少しおしゃべりをさせてもらったが、私の推測通り初対面にもかかわらずとても楽しかった!
ストレートなロック・ビートが爽快!
こうした曲でのNAGUMOさんのドラミングはまるで竹を割ったように気風がいい。
そしてNAKANOさんのノドを搾るようにした歌声がお客さんに突き刺さる。
後半でYOSHINAGAさんと掛け合いで歌うパートがこの曲のハイライトだ。
問答無用のドライビング・チューン「STAND FOR ALL」が続く。
NAKANOさんの激唱と…
鉄壁のリズム隊が絶妙なアンサンブルを生み出して濃密な演奏を繰り広げる。
トリオ編成とは思えないスケールの大きなサウンドだ。
ウ~ム、やはりギターの音もまったく申し分ない。
太くて、ヌケがよくて、NAKANOさんの弾くギターの音には色気を感じるね。
でもコレは真空管のアンプで弾かないとこういう音にはならないだろう。
「ロック」という音楽が一番クリエイティヴだった時代のギターの音だ。
そして、YOSHINAGAさんのハーモニクスから最後の曲は始まった。
意外にも曲はミディアム・スロー・テンポの「ありふれた朝に」。
同じ方向を向いている3人の個性と力量が緻密に組み合わさったかのような熱気あふれる演奏だった。
昔はみんなそうだったんだよね。
バンドの掛け持ちなんかしないで、メンバーが同じベクトルを共有して自分たちだけの音楽を創っていた。
そんなことまで感じさせてくれる3人のパフォーマンスだった。
結果!…楽しみが増えた~!
問答無用でカッコよかった。
終演後、NAKANOさんにMarshall Blogの主旨を説明してご登場をお願いしたところ「今までMarshallを信じて来てよかった!」とおっしゃってくれたんだよ。
コレ、本当にMarshall冥利、Marshall Blog冥利に尽きるうれしいお言葉です。
私としては、ドームなんかで演らなくてもいい、海外なんか行かなくてもいい、Marshallを使って真に自分たちだけの音楽をクリエイトしている皆さんのお力になりたいといつも思っているから。
この日のRHGの屋台村のようす。
ROSE HIP GARDENの詳しい情報はコチラ⇒ROSE HIP GARDEN WEB SITE
<つづく>
(一部敬称略 2025年10月13日 両国SUNRIZEにて撮影)