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2019年6月28日 (金)

【イギリス-ロック名所めぐり】vol.35~The Beatles was here! <前編>


ま、生来こういうことをするのがとても好きなものだから、ずいぶん長いことこの『名所めぐり』ってやらせてもらっている。
訪れたのはいいけど、時間が経ってしまって「コレのどこが『名所』なんだっけ?」なんてのもいくつかあったり、もう名所自体がきれいサッパリ無くなっちゃったモノもある。
で、このフィールドワークをする時、現地に行くのは造作ないことなのね。
ロンドンの場合、住所さえわかればいとも簡単に目的地に行くことができる。
大変なのは情報収集なんですわ。
その手の本がいくつか出ていて、もちろんそういう本に出ている情報を元に行動しているんだけど、コレも付焼刃的にパラパラっと本に目を通して「レッツゴー!」なんてやっても大していい記事にはならない。
かといって、そうした本をまるごと持って行くのは重くてシンドイからと、かなり前から入念に調べて「建物の名前と住所を一覧表にして…」なんてやってると、今度はイザ行った時にそれが何の名所か忘れちゃったりなんかして…。
 
今回3週間ほどイギリスに行って来た。
仕事ですよ…。
当然、Marshall Blogのために「ロックの名所」をめぐる時間もタップリ設けたんだけど、下調べをする時間が全くなく、ホントに国内外の情報を簡単にツラツラっとかき集めて旅に臨んだワケ。
「ってやんでェ!こっちはもうイギリスには20回以上行ってるんでェ、べらぼうめ!ロンドンなんかナァ、浅草みたいなもんよ!」とは言わなかったけど、ま、ちょっとナメていた格好になったナ。
やっぱりキチンと下調べをしておかないとダメだわ。
それでもそれなりのネタは集めて来たので今後の展開に乞うご期待。

今日の記事はその反対の例。
何の下調べもして行かなかったのに偶然「名所」に出くわしたケースをます最初に…。
下は私の情報源のひとつ…と言っても熱心に目を通したことはほとんどないんだけど、ビートルズにゆかりのあるロンドンの場所や設備を紹介する『ビートルズを歩こう!(プロデュース・センター出版局刊)』という本。
ビートルズがあったころのロンドンったって一番最近でももう49年も前のことだからね~。
それでもビートルズがキッカケで音楽の世界に入った私なんかは、大のロンドン好きも手伝ってパラパラ読んでいるとすこぶるオモシロイ。
10そして、チョット他の記事とダブって申し訳ないんだけど、今回のロンドンで滞在した場所のひとつが大英博物館にほど近いラッセル・スクエア。

20コレがそのラッセル・スクエア。

30ロンドンで「パーク」というと、「ハイド・パーク」や「リージェンツ・パーク」や「ヴィクトリア・パーク」のような広大な緑地を指すが、他にも我々の感覚で「パーク」と思っているいわゆる「公園」のようなモノがいたるところに存在する。
それらは「スクエア」と名付けられていて、都会の息苦しさを大いに和らげてくれる。
コレも大分前に書いたことがあるけど、元Manfred Mann's Earth BandのJohn Lingwoodというドラマーが東京に初めて来た時、私にこう訊いた…「シゲ、東京には公園っていうものがあるのかい?」
私は「あるよ!」とその時答えたが、私の答えが間違っていたことを知ったのは初めてロンドンに行った時のことだった。
ロンドンを知った後は「東京に公園がある」だなんて恥ずかしくてとても言えない。

40宿泊したホテルのすぐ近くの「Southampton Row(サウザンプトン通り)」。
ココは今回初めて来た。

50…ということでオモシロいモノは何かないかしら?と注意深く歩く。

56ん…発見。
柱に何か額がかかっている。

60ナニナニ…「1917年9月24日、ロンドンが受けた初の夜間空爆において、ドイツの重爆撃機GOTHA(ゴータ)がこの地点のすぐそばの旧ベッドフォード・ホテルの階段に112ポンドの爆弾を落とし13名の命を奪い、22人に怪我を負わせた」
スゴイ…こんなことを街中にいまだに貼り出しているなんて。
戦争を風化させない努力をしているということか?
戦争自慢の常勝国ですらこうだからね。
イギリスでは学校でチャンと戦争について学ぶそうだ。310万人もの戦死者を出した日本はどうなってるのかしらん?

70お!ブルー・プラーク見っけ!

80vイギリスを代表する指揮者、サー・ジョン・バルビローリの生家。
マーラー作品を得意とし、マンチェスターに拠点を置くイギリスで最も伝統あるオーケストラ、ハレ管弦楽団の常任指揮者を務めた。90ホテルのすぐそばの歩道に埋め込まれていた敷石。
「ターキッシュ・バスズ・アーケード」…気になる。
それは「トルコ風呂」だからではなくて、アーケードだから。
イギリスで「アーケード」というと大抵見事な装飾を凝らしてあったり、気品のある老舗が集う見応えのある伝統的な商店街を普通指すから。
ところがいくら周辺を探し歩いてもそんなところが見当たらない。
そこで、ホテルのコンシェルジュに尋ねたところもう1960年代になくなったそうなのだが、とても豪壮で美しい風呂があったらしい。

55コレはサウザンプトン通りからチョット入ったところにある馬の病院。
「馬の病院」?…なんてものはなく、チョットしたアート展示スペースのようだ。

95これもオブジェの一種なのだろうか?
壁に埋め込まれていた。
「場所を選んでビザを挿入してください。そしてボタンを押せは数分のうちに瞬間移動できます」…アホか!

96その奥には「Handel Stereet(ハンデル通り)」。
97「ハンデル」とは音楽家の「ヘンデル」のこと。
またしばらくしたら「名所めぐり」でヘンデルを取り上げます。

98コレが今回ロンドン滞在中に宿泊した「President Hotel(プレジデント・ホテル)」。
Marshallのスタッフがブックしてくれた。

100古いね、このホテルは。
調べてみると、中核の隣接するImperial Hotelの創業が1837年。
グループで7つのホテルを経営し3,251部屋を稼働させているのだそうだ。

110地下鉄の駅は近いし、すぐ近くに「Bruwnswick(ブラウンズウィック)」という大きなショッピングセンターがあるし、ホテルのスタッフも親切でとても快適な滞在だった。
そして見て、お値段。
このロケーションと設備にしてシングルで£105は安い。ま、古いからね。
ロンドンでこういう「ホテルの形をしているホテル」に泊まるのは本当にお金のかかることだからして。

120エレベーター・ホールもややゴージャス。

130すぐに目についたのがコレ。

140vそして、コレ…ビートルズのポートレイト。

150v1階(Ground Floor)のレストランの入り口脇には…

155コレ。
一瞬、『Live at the BBC』のジャケ写かと思ったが、すぐに違うことがわかった。

160実はこの写真はココ…すなわちこのプレジデント・ホテルの前のチョット手前で撮られたモノなの。
通りの名前は「Guilford Street(ギルフォード通り)」。
上の写真はさっきの『ビートルズを歩こう!』で見た記憶があった。
ホテルを見ただけではわからなかったが、上の写真を見て頭の中で結びついた。
ビートルズは1963年の春から秋までロンドンの住居が定まる前、ココに部屋を借りてホテル住まいをしていたのだ。

240早速コンシェルジュに訊いてみると「さようでございます。コチラをご覧ください」とその時のことを記した文章を見せてくれた。
フフフ…つまりビートルズと同じホテルに泊まったということよ。
グレン・ミラー楽団に「Pensylvania 65000」という代表曲がある。
かつてニューヨークに行った時、西34丁目のペンシルヴァニア駅の前にあるグレン・ミラーと同じホテルに泊まり、「電話番号が65000だ!」なんて喜んでいたまではよいが、あまりに古いホテルで、ベッドのマットレスが小便臭くて眠れない…なんてことがあったんだけどね…。
ココはゼンゼン大丈夫だった。
で、早速滞在した部屋を見に行くことに。
階は2階。ヨーロッパ式に言えば「First Floor」。地上から上がった最初の階だから「first」。いまだにコレに慣れない。

170廊下をズンズン進む。

180一番奥の左側が…

190v115号室。
1963年の春~秋といえば、4月にファースト・アルバム『Please Pleaase Me』を発表。コレが発売4日目に15万枚のセールスを記録。
ドンドン人気が高まって、8月に「She Loves You」を発表。予約だけでミリオン・セラーになった。
ココに滞在してロンドン中でライブを演っていたのだろう。
「行って来ま~す!」とか言ってアビィロード・スタジオやライブ会場へ向かったのかと想像すると楽しい。

200その向かい側が116号室。
 
ジョン・レノンがエリザベス女王やロイヤル・ファミリーを前にしてピカデリーの「The Prince of Wales Theatre(ザ・プリンス・オフ・ウェールズ(=イギリス皇太子のこと)・シアター)」で言った有名なセリフ;
「Would those of you in the cheaper seats clap your hands? And the rest of you, if you'll just rattle your jewelry.(安い席の人は手を叩いてくれませんか?その他の方は宝石をジャラジャラいわせてください)」
コレをやったのも1963年の11月のこと。
わかるんだよね~、コレ。
格差社会のイギリスのこと、ロンドンの劇場はチケットの値段によって席の場所の良し悪しにすさまじい差が生じるんですわ。
チョット出し渋ると遠慮なく思いっきり後ろの方の席になっちゃう。
ヘタをすると入り口も違うんだから!
ロンドンの劇場はブロードウェイと違ってバカでかいので、そうんるともう完全に見えないわね。
でも、どうせナニ言ってんだかほとんどわからねーし、「記念」として行く分には大いに価値があります。
立派な劇場の内部を体験するだけでも楽しいよ。
 
下がその「ザ・プリンス・オフ・ウェールズ・シアター」。
私はココで『Let It Be』というショウを観て感激したが、今は『The Book of Mormon』というブロードウェイ・ミュージカルがかかっていた。

5_0r4a0061 どっちの部屋にどのメンバーが滞在していたかという記録は残っていないそうだ。

210いずれにしても相部屋だったのね?

220この写真は1963年7月2日に、当時のビートルズのお付きのカメラマン、デゾ・ホフマンがタマタマたった1枚だけ撮った写真なのだそうだ。
得てしてそうなんですよ。
ところが私なんかだと、そうしてとてもいい瞬間をとらえたのにピントが甘い!なんてことになりがちなんだよね。
 
そして私はこんなのがあるとは知らなかったんだけど、こうして『Live at the BBC Volume2』のジャケ写になったとサ。

230cdビートルズの連中もホテルの部屋からコレに似た景色を見たのだろうか(コレは6階からの眺め)。

250そして、ビートルズは上の写真と同じ日にラッセル・スクエアでも撮影を行った。

251デゾ・ホフマンは噴水の周りで6回シャッターを切ったそうだ。
しかし、ラッセル・スクエアは2000年に大幅な改装工事を実施し、当時の形を残していないそうだ…残念!

252夜のサウザンプトン通り。

Img_4843ホテルの裏にあるカジノ。
中が見たかったんだけど、入り口にドデカイ黒人のガードマンがいたのでビビッて止めた。

Img_4844カジノの前のホテルの中庭的なスペース。
なかなかの雰囲気だ。

Img_4845『ビートルズを歩く!』によると、このプレジデント・ホテルは1961年から1962年にかけて建設されたそうだ。
さっきから「古い、古い」と書いてきたけど、ナンのことはない、Marshallや私と同じ年齢やんけ!
当時は最新式のホテルだった。
何しろ各部屋にバスルームとテレビが装備されていたのだから!…ビックリ。
でも、いまだにエアコンと冷蔵庫はありませんから。
そんなホテルだったからして、ホテルの支配人が朝食を摂る4人にネクタイをするように注意をしたことがあったそうだ。
するとホテルのスタッフが「支配人、ダメですよ、注意なんかしちゃ!アレはザ・ビートルズなんですよ!」
もうその時「神」扱いされていたのだ。
もっとも滅多に早起きなどしない4人はほとんど朝食をルームサービスで済ませていたそうだ。
上掲の本ではビートルズが滞在したのは114号室となっているが、4人も入れるワケがなく、ホテルの記録に残っている通り、115と116号室の2部屋に滞在していたというのが正しいと私は思う。
だってホテルが自分で言ってるんだから!

255ちなみにコチラは『Live at BBC』の1作目。
チョット似てるでしょ?
コレはリージェント・ストリートのハズ。
あ、ビートルズは好きだけど、マニアでは決してありません。

260cdハイ、移動してピカデリー・サーカスに近いリージェント・ストリートをチョット入ったところ。
通りの名前は「Savile Row(サヴィル・ロウ」」。
ちなみにサウザンプトン・ロウって上にあったけど。「row」も通りという意味。
ロンドンはストリート、ロード、ロウ、クレッセント等を使って通りの名前を表す。
アヴェニューってのはないかな?
絶対にないのは「ブールヴァ―ド(Boulevard)」…メッチャLA的ですな。
で、このセヴィル・ロウ、前にもやったけど、様子が変わっていたのでもう1回。

270サヴィル・ロウの入り口にある有名な洋服店「Gieves & Hawkes(ギーヴス&ホークス)」。
この店にスポットを当てたドキュメンタリーをたまたまテレビで見たことがあった。
老舗だけあって「ビスポーク(Bespoke)」しか取り扱わずに来たが、時代の趨勢に押され、既製品も取り扱うことになってしまったが、伝統を重んじるイギリス紳士はチャンとこの店でビスポークのスーツを仕立てる…みたいな内容だった。
「ビスポーク」というのはイギリス英語ですな?結構街中の看板で見かけるんだけど、「オーダーメイド」という意味。
イギリスに興味のある人は覚えておこう!

280この通りはこうした仕立服屋さんが軒を連ねていることで有名。
いわゆる「テーラー」街ね。
1階が店舗で…

290地下が作業室になっている。

300どの店も同じスタイル。
みんな紳士服を作っている。
ご存知の人も多いと思うけど、この「サヴィル・ロウ」を早く読んでみると不思議な現象が起きる。
サヴィル・ロウ⇒サヴィロウ⇒セヴィロー⇒セビロ⇒背広…ね、日本語の「背広」の語源になった通りの名前なのです。

310そのサヴィル・ロウに入って数軒先の右のこのビル。
ココにビートルズのApple本社が入っていた。
ま、前にもやったけどね。

330vナンでまた引っ張り出して来たのかというと…このブループラークがついたからなの。
以前はなかった。
「1969年2月30日、ザ・ビートルズはこのビルの屋上で最後のライブ・パフォーマンスをしました」って。

340D_Driveの3人も入ってパチリ!

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(2019年6月 ロンドンにて撮影)