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2019年3月8日

2019年3月 8日 (金)

我が青春の数十ページに会ってきた!<下巻>~ウドー音楽事務所『海外アーティスト招聘の軌跡』

1978年、私は高校1年生。
ますます私はロックにノメリ込んでいってた時期。

450Genesisは新宿の厚生年金だった。
確か中間試験の最中だったんだよね。
友達は誰も行かないので私1人で行った…というか、私は1人だけでコンサートに行くことが多かった。
でもこの時は試験期間中にコンサートに行ったことが親にバレで怒られちゃった。
Phil Collinsがタンバリンのソロを演ってね、メチャクチャかっこよかった。
この時のドラマーはChester Thompsonで、数年前にNAMMでお見かけした時、このコンサートに行ったことを話すと、「あ、そう。サンキュー」って答えてスタスタ向こうへ歩いて行っちゃった。
写真は撮らせてもらったけどね。

455Ted Nugentは面白かったな~。
ナニが面白かったかって、アリーナで警備員と外人のお客さんが取っ組み合いのケンカをしちゃってね。
加勢が入ってケンカがドンドン大きくなっちゃった。
当時は保安にうるさくて、上演中にイスから立ち上がることすら禁止されていた。
それを不満に思った外人の客とうるさく注意する警備員が激突しちゃったワケ。
「Hammerdown」だとか「Cat Scratch Fever」とか演ってたけどケンカの方が面白かった。
ところでこの人、スゴイ人種差別主義者なんだってね。
「ジャップの作ったギターなんかでブルースが弾けるかよ!」とかおっしゃったそうで。

456コレはヨカッタよ~。
The Bandなんて全く聴いていなかったんだけど、ナゼか行ったね。
学校では誰もRick Dankoなんて知らなかった。
友達から「誰のコンサートに行くの?」と訊かれ「リック・ダンコっていう人」と答えると「え、肉だんご?」ってな調子だった。

460vこの時は、Jay Fergusonというアメリカのミュージシャンが前座で出演したんだけど、それが滅法よくて、「前座がこんなに良くて果たして肉だんごは大丈夫なんだろうか?」と心配したのは大きなお世話で、ナント素晴らしいコンサートだったか!
曲なんて全く知らなかったんじゃないかしら?
でも、とにかくヨカッタ。
「音楽の力」というのはスゴイもんだ。
Rock Dankoも死んじゃったもんね。
最近Spotifyで大好きなギタリストのLenny BreauがRick DankoとLevon Helmのリズム隊と吹き込んでいるアルバムを発見してビックリ仰天。
なかなかヨカッタ。

465Littel Featはサンプラザの2階席の1列目で観た。

470v『Waiting for Columbus』のレコ発ツアーだった。
このライブアルバムが好きで聴き込んでコンサートに臨んだ私は、テッキリ「Fat Man in the Bathtub」を一番最初に演るのかと思ったらゼンゼン違うのでビックリしちゃった。
Lowell Georgeももういない。
観ておいてよかったコンサートのひとつ。
数年前、Neon Parkの「Sailin' Shoes」の元ネタをロンドンの博物館で発見して大よろこびしたことは以前『名所めぐり』で書いた。

475コレは友達大勢で行った珍しいコンサートのひとつ。
『Front Page News』をリリースした後で、サンプラザの前から7列目を陣取って大騒ぎして楽しかったな。
コレって『Argus』の曲をたくさん演るみたいな触れ込みだったんだっけかナァ。
何せその一緒に行った友達とWishbone Ashのコピーをやっていたもんだから、「The King Will Come」のイントロを弾き始めただけでみんな大興奮だった。

480vこの後、Wishbone Ashはお家騒動があってAndy Powell派とMartin Turner派に分かれちゃうんだっけ?
私、ナゼから両方観てるんだ~。
だから、ホンモノのWishbone Ashを1+0.5+0.5で丸々2回観た計算になる…ならないか!
Laurie WisefieldはロンドンでロングランになったQueenのミュージカル『We Will Rock You』でギターを弾いていたよ。

485アルバム全曲をシレっと演奏してアッという間に終わっちゃったVan Halenの初来日公演。
上演時間が短いので、この頃にしては珍しく前座が付いた。
東京はRed Shockというバンドだった。

490vしばらく新しいギター・ヒーローがいないところに颯爽と現れたEdward Van Halenは一発でギター・キッズの心を捉えて離さなっかったね。
私は違ったけど。
ところで今、「ギター・キッズ」という言葉はあるのかしら?
新宿厚生年金でのコンサートが終わった後、一緒に行った友達が「次に来た時は間違いなく武道館だな」と言ったのを覚えている。
そして、本当にそうなった。
Van Halenのデビュー・アルバムが石丸電気のレコード館に並んだ時のことを覚えているが、ナンカもう最初からスターだったよ。

495Frank Marinoの東京公演の会場のひとつは後楽園ホールだった。
後楽園ホールへ行ったのは、後にも先にもFrank MarinoとRoy Buchananと「底抜け脱線ゲーム」だけだ。
確かFrankのSGの調子が悪くなったとかで、開演が40分ぐらい押したんだよね。
ステージにはズラ~とエフェクターが並んでいて、ギター・キッズがヨダレを垂らしながら熱心に見入っていた。
私はというと、紙テープを投げたところFrankの右肩に当たってしまい、ギロっとニラまれてしまった。
客席でアタマを下げたところ、許してくれた感じだった。

4961979年、これがその2回目の来日を果たしたVan Halen。
会場は「武道館大ホール」。
Earthなんかもスゴイ話題になってたな~。

500でも、私は相変わらずコッチだった。
このUFOでもMichael Schenkerが来なくて、あるいは脱退した直後とかだったのかな?元Lone StarのPaul Chapmanがやって来た。
前から2列目の席で、目の前で「Natural Thing」のリフを弾いて見せてくれたよ…って、別に私に向かって弾いたワケじゃないけど。
どうでもいい話なんだけど、この「Chapman」という名字(surname)は、アメリカ人からすると、ものすごくイギリスっぽい名前なんだって。
同じように「Muller」という名前はものすごくドイツっぽいのだそうだ。

506コレよ、コレコレ。
Blue Oyster Cultもヨカッタな~。

510ファイブ・リード・ギターなんていってね。
「Godzilla」ではやっぱり盛り上がったけど、このバンド「(Don't Fear) the Reaper」とか「Astronomy」とか、いい曲がたくさんあるんだよね。
MC5の「Kick Out the Jams」とかThe Animalsの「We Gotta Get Out of This Place」のカバーもヨカッタ。
またギスギスに痩せたEric Bloomがカッコよくてね、あのロゴのカギ十字の形をしたギターを銃に見立ててポーズを取ると、それに合わせてストロボがたかれたりして、視覚的にもとても優れたコンサートだった。

515そして、Nazareth。
コレはプログラムを作らなかったのかな?私も持ってないんだよね。
『No Mean City』のレコ発ツアーで、元The Sensational Alex Harvey BandのCrazy 'Zal' Cleminsonが参加した。
全盛期のDan McCaffertyの生声を聴けたことはラッキーだったね。
「Hair of the Dog」の「♪Son of a bitch」のところをお客さんに歌わせたりしてね。こっちも若かったので恥ずかしげもなく大声を張り上げましたわ。
ちなみに「Hair of the Dog」は「迎え酒」という意味だよ。

520Utpiaの2回目の来日公演。
『Ra』のレコ発だったのかな?
コレは私の人生のベスト3に入るコンサートだった。
Toddがサービス超満点で、サックスを吹いたりドラムを叩いたり、マイクを鼻から出すトリックを見せてみたり…サックスはヘタだったけど。
ま、「Hiroshima」問題はあるにしてもとにかく素晴らしいコンサートだった。

505私は中学2年生の頃、といっても『viva! Roxy Music』がリリースされた時だったので、もう最後の方だったんだけど、Roxy Musicが大好きだった。
で、その『Viva!』で活動を休止してしまい残念に思っていたところ、しばらくして『Manifesto』という新作を発表して来日までするという。
その前にBryan Ferryが、Chris Spedding、John Wetton、Mel Collins、RoxyサイドからはPhil Manzanera、Paul Thompsonというメンバーでソロで来日したことがあったのは、調べてみると1977年か。
中野サンプラザだったかな?
それがすごく良くて、Roxyの再結成来日公演にも大きな期待を寄せつつ武道館に観に行った。
私はゼンゼンがっかりだったな。
上演時間もものすごく短かったような記憶がある。
私にとってのRoxy Musicは『For Your Pleasure』であり、『Country Life』であり、『Siren』であって、いずれにしても再結成後のヘンにオシャレっぽいサウンドは私の好みではなかった。
コレで私のRoxyは終った。

5222回目のScorpionsの来日公演。
ホラ、例のSchenkerが来なかったヤツ。
UFOでもSchenkerは観れなかった。
今ではしょっちゅう来日しているけど、私はMichael Schenkerを見ずして人生を終わるな、コリャ。
この時のScorpionsは『Love Drive』のレコ発で、Uliの後任のMatthias Jabsが加入して間もない頃の来日だった。
何かの雑誌にMatthiasがScorpionsのローディをやっていて、メンバーに大抜擢された…という記事が載っていて、「イヤ~、Matthiasがあんなにスゴいギターを弾くとは知らなかったよ~」とRudolfだかKlausが感心していた…ということまで書いてあった。
このことを先日亡くなったZeno Rothに話すと、「そんな失礼な!MatthiasがScorpionsのローディだったことは断じてない!」みたいになっちゃって…。
「イヤイヤ、私が言ったワケじゃないから!何もそんなに不機嫌にならなくても!」と説明しても「」Matthiasがローディだなんて…」とすごく納得がいかないようだった。
格は違えど私もそんな経験があったからいい意味で言ったんだけどね。
雑誌の言うことはアテにならんと思ったよ。
Zenoにも驚いた。
残念なことをした。

525しかし、こうしてみると私のロック熱のピークってのは1978年と79年だったんだな~。
行ったコンサートで観ると1976から1979年。
よくもこんな短期間にロックを詰め込んだもんだ。
1980年になると急ピッチでジャズに傾倒し出しちゃったのです。
 
さあ、その80年代に入るよ~。

530…と言ってもFrank Zappaはズッと聴き続けていたし…

540この『TOTO IV』のレコ発来日の時は今の家内と2人で武道館へ観に行った。
「St.George」やら「Elenore」やら「Georgy Porgy」やらの大ヒットパレードでスゴくいいコンサートだった。
Jeff Porcaroも元気だったし。
Lukatherがステージの前ッ面に腰をかけてギター・ソロを演ったのもとても印象的だった。

55080年代はチョット飛ばしますよ。
会場で確認してください。
1985年…もうこの辺りはわかりません。

560しかし、スゴイよね、この業績!

570

580そして、平成。

59090年代になってもウドーさんの猛進は続く!

610そして21世紀。

620この辺になってくるとですね、Marshallのお仕事でお手伝いさせて頂いているんですわ。
特にJeff Beckは2000年ぐらいの来日(Jeniffer Battenと来た時)から1度だけを除いてズッとサポートをさせてもらっている。
Marshallに帰って来てくれてからはPaulも同様。

640Gary Mooreの1959の修理をして、お駄賃でピックをもらったのも今となってはとてもいい思い出だ。

630この時のJeffは途中でモデルが変わって、テンヤワンヤの騒ぎになった。

650このYngwieの時はちょうど彼のシグネチャー・モデルのプロトタイプが出来上がって、Marshallのエンジニアと2人でそれを本人に見せに行った。
そんな関係で日がな1日イングヴェイと一緒にいたんだけど、この時も面白かった。

660The Whoはウドーさんの『Rock Odyssey』で初めて観たというか、アレが初来日だったからね。
1曲目が「Can't Explain」でサ…ワタシはちょっとウルルと来てしまったよ。
コレは2回目の来日の時。
Marqueeのポスターを使っている所がいいね。
The Whoはその昔、毎週木曜日にロンドンのMarqueeに出ていたんだよ。
この来日公演の時はRogerとPeteが使うアコースティックギター・アンプでサポートさせて頂いた。
友人にチケットを渡すためだったんだろうけど、関係者入り口にベースのPino Palladinoがいてビックリした。身長203cmだって。

670他の皆さんも熱心にひとつひとつご覧になっていらっしゃる。

680とにかくスゴイ実績だ!

690クロニクルの他にもスタッフのジャンパーや…

700ピック…

710バックステージパスなども展示されている。

715こんなモノが手に入るのはやっぱり招聘元さんがゴミに出した時のクズ屋さんぐらいだからね。

720コレはさっきの2度目の来日でRogerが武道館で使ったマイク。

730半券ももちろん。
私もイッパイ持っていたけど、引っ越しの時に父が捨てちゃった。
悔しかったけど諦めた。

740こんな幻のポスターも。
他にサイン入りの色紙なんかもドッサリ展示しているよ。

0r4a0257こういう展示に服飾関連のメモラビリアは欠かせないよね。

750ウドーさんの社史。
読みたい!
昔は毎朝新聞で来日ミュージシャンの情報をチェックしてね、チケットの発売日にはウドーさんの青山の事務所に朝から並んだものですよ。
もちろん学校がない時ね。
ところで、「ウドー」というのは「有働」と書くのを知ったのはかなり後になってからだった。

760そして、今回の展覧会のハイライトはナント言ってもこれでしょう!

7701959のフルスタックをバックに並んだギターの数々。

780例えば…
Rotchie Blackmoreから寄贈されたストラトキャスターや…

790vEric Claptonが薬物治療設備の「クロスロード・センター」の運営のためにクリスティーズで競売にかけた1956年のストラトキャスター。
ウドーさんがEricの主旨に賛同し競り落としたのだそうだ。
来日の回数も突出して多いせいかClapton関連の展示物が豊富だ。

800v他にもウドーさんと日本の洋楽の歴史が詰まったアイテムがズラリ。

810展示会場の向かいには特設ミュージアム・ショップも設置されている。

830コチラにも貴重なアイテムが展示されているのでお見逃しなく!

840

850そしてウドー音楽事務所は前進を続ける!

860vおもしろかった~!なつかしかった~!
会期は今日3月8日から3月31日まで。
音楽好きの方はゼヒ足をお運びください。
 
詳しい情報はコチラ⇒特設ウェブサイト

870

200 

(一部敬称略 2019年3月7日 有楽町丸井8階特設会場にて撮影)

我が青春の数十ページに会ってきた!<上巻>~ウドー音楽事務所『海外アーティスト招聘の軌跡』

 
雨の夜の有楽町。
駅を背中にして見るこの光景が跡形もなく昔と変わってしまったことは以前に書いた。
今は改札を出ると丸井がドーン。
そういえば以前、上野で中国から来た観光客に「Zero One Zero Oneにはどうやって行けばよいですか?」と訊かれ、一瞬わからなかったことがあった。
今日は私もそのZero One Zero Oneにやって来たのだ。

10それはこの展示を見るため。

20入り口のロビーには看板が出ていて、その傍らには…

30Steve Lukatherのギター。
好きな人にはもうタマらない。

40 会場がある8階へ上がる。

50コレが入り口。

60ウドー音楽事務所の海外アーティスト招聘の50年の歴史を振り返る展覧会。
すごく楽しみにしていたのだ!

70ナントならばウドーさんが招聘した海外のバンドの思い出は私の青春のかなりページを占めているからね。

80開催は本日、3月8日からだが、Marshallとして少しばかりお手伝いをさせて頂いた関係で、前日の内覧会にご招待頂いた。

85あの頃は本当にロックを聴くのがうれしくて、楽しくてね~。
すべてのお小遣いと時間をロックに注いだよ。

90会場は関係者の方々でかなりの賑わいを見せていた。

110その50年の招聘の歴史に照らし合わせ、新聞を使って当時ナニが世の中で起こっていたのかを掲示していたのも面白かった。
 
ウドーさんの設立は1967年。
いつかやった「三億円事件」は1968年、アポロ11号の月面着陸は1969年。
私は小学校2、3年生だったけど、とにかく両方ともエライ騒ぎだったのを覚えている。
今では「あの月面着陸の映像はキューブリックが撮った」なんて話の方がゼンゼン興味があるけどね。アレは絶対にキューブリックだよ。

120年毎にウドーさんが招聘したアーティトのチラシやプログラムでクロニクルが綴られる。
130ボードの下部には、誰が、いつ、どこでコンサートを開催したかという詳しい情報が表示されている。
コレは貴重な情報だからして、後の調べごとに使えるように全部写真を撮ってきた。

140設立して間もない頃はサッチモや… 

150サラ等のジャズ・ミュージシャンを呼んでいたのね。
Quincy Jonesと組んだSarahの『You're Mine You』は1962年のアルバム。
ゴージャスなQuincyのオーケストレーションとまだ若き日のSarahの図太い声が絡んだ佳作ですよ…あ、そんなことはどうでもいい。
隣りはGlen Campbellですな?
この人、カントリーの歌手や俳優でよく知られているけど、アホほどギターがウマくて、Ovationからシグネチャー・モデルが出てたんだよね。

1601972年にもなると堰を切ったようにロックのビッグ・ネームが押し寄せて来る。
ロックの一番ヨカッタ時代。
私ももう10年、イヤ、5年でいいや、早く生まれていたらナァ…と今でも思わされるのがこのあたりの来日ミュージシャン。
全部ウドーさんが呼んでくれていたんだね。
 
後楽園球場のEmerson, Lake & Palmer。
ELPは2010年にロンドンで観る機会があって本当に救われた。
160v_21972年のTen Years Afterはprocol Harumとのダブル・ヘッドライナーだったんだね。
当時は「ツーマン」なんてみっともない言葉は当然使われていなかった。
この次に来日した時のことだと思うんだけど、Alvin Leeに向かって紙テープがわりにトイレットペーパーを投げつけた客がいたという記事を読んだ記憶がある。
そんなことをしては絶対にイケません。
Alvin Leeも死んじゃったもんな~。
まだ始まったばかりだけど、この2バンドのメンバー合計4人のウチ3人がもうこの世にいないんだからイヤになっちゃう。

165v_21972年のLed Zeppelin。

170v_22回目の来日だね。
大阪のフェスティバルホールのS席で2,600円だって。

180v_2観ることができず、私の人生の中で最も悔しい思いをしているのがコレ。
Jethro Tull初来日時の新宿厚生年金。
まだ、私は小学校4年生だったからね~、行かないわナァ。
岡井大二さんをはじめ、このコンサートを観た人は口をそろえて「本当に素晴らしかった」とおっしゃる。
『Thick as a Brick』を出したところで、Tullの一番いい時だもんな~。
後年、渋谷公会堂で『Aqualung』を全曲演奏するコンサートを観たけど、ま、それはそれでいいんだけど、やっぱり若くてピチピチしたIan Andersonを観てみたかった!
そういえば、会場で小川銀次さんにバッタリお会いしたんだっけ。
もう渋谷公会堂もなければ銀次さんも天国へ行ってしまった。

150v_2河合楽器の軽井沢の保養所に押し入った過激派が警察と銃撃戦を交えた「あさま山荘事件」は1972年2月のこと。
私はまだ小学校3年生だったかな?
父がテレビにかじりついて観ていた記憶がある。
その後、「総括」という言葉と共に、世にも凄惨な連合赤軍のリンチ事件が明るみに出てみんなビックリした。
私は高校の時…だから、この事件の7年後ぐらいか…頭脳警察の音楽を聴いて、当時の学生運動に興味を持った。
イヤ、「興味を持った」と言っても「思想がどうの」じゃありませんよ。アリャ難しくてナニを言っているんだか今でもサッパリわからん。
どうして、同世代の若者がそういうことをやったのか…ということがすごく不思議になって、角間隆の『赤い雪』だとか高木彬光の『神曲地獄篇』なんてのを読んだりした…とにかく「時代」ということなんでしょうナァ。
私は、学生運動盛んなりし頃にキャンパス内で殺人事件が発生した「某治大学」へ通っていたんだけど、まだあの独特な文字で書かれた檄文のパネルがそこら中に掲げられていた。

3001973~74年にかけてもタメ息が出るようなラインナップ。

190Three Dog Nightに夢中になったことは一度もないけど、今こそ観てみたい。

200v_2Mahavishunu Orchestraもウドーさんが呼んでいたのか…。
1973年は『Birds of Fire』をリリースした年。
McLaughlinはMarshallで演ったのかな?
ちなみに「マクラフリン」と呼んでいるけど、英語圏では「マクラッグリン」のように発音します。

210v_2「Mountainを観た」という人に不思議と会ったことないな。
コレは再結成のMountainだね。

230v_21974年のレジは2回目の来日。
前年に『Goodbye Yellow Brick Road』を出したところに『Caribou』のレパートリーが混ざったショウだったのかしら?
いずれにしてもElton Johnも才気が溢れる一番いい時でしょ。
でも、私もイギリスでDavey JohnstonやNigel OlssonにTwo Cellosが加わったコンサートを観たけんね。
ナニせ1曲目が「Funeral for a Friend/Love Lies Bleeding」だったもんでナミダが出たわ。

240コレも「観た」っていう人に会ったことがない。
来日メンバーのギターがBill Connorsのところを見ると、『Hymn of the Seventh Galaxy』の曲をタップリ演ったんだろうな~。
いいな~。
ジャズ評論家の故中山康樹さんが「最近はChick Coreaの劣化が問題になっている」みたいなことを書いた文章があったが、この頃のChickはスゴかっただろうね。
うやりたい放題やった結果が最もクリエイティブだった時期だからね。

250vロンドンでは軽くEarl's Courtを2万人でイッパイにするSladeも日本では厚生年金とサンプラか…。
Noddy Holderの声ってのもホンモノで一度聴いてみたかった。

260vアラ、Tullって1973年に引退表明をしたのか…知らなかった。
「日本のために」甦って来日したのがこの1974年の公演だったようだ。
「引退」もウソだったんじゃないの?
それにダマされる方が「Thick as a brick」ということだった…とか?

270v「ギッタ~」なんて、このコンサートは楽しかったんだろね~。
メンバーの皆さん、飲む酒の量が尋常ではなかったとか。
私はヘソ曲がりなもんだから、例によって人気者のRodを好きになったことがないんだけど、The Facesあたり、今聴くと問答無用でカッコいいわな。Steampacketもいい。280v1975年。
まだまだロックが「ロック、ロック」していた時代だよ。

2901975年のFocusの2度目の来日の大阪公演の宣材物。
この頃ってミュージックライフ誌のリーダーズ・ポールでFocusってベスト10圏内にいたんだよね。
1位がELPだったりする頃。
いい時代だ。
Focusはベルギーのジャズ・ギタリストPhilp CatherineやJourneyのSteve Smithをメンバーに加えて来日したこともあるハズ。
だからこの頃3回来日したのか…。
Focusも8年前にロンドンで観た。タイスしかいなかった。
Janとはフランクフルトで写真を一緒に撮らせてもらって今も大切に保管してあるよ。
ちなみに…Jan Akkermanは向こうの人は「ジャナッカーマン」みたいに発音します。

310vGrand Funk Railroadの2回目の来日公演。
前座がカルメン・マキ&OZだって!

330vそうか、コレもウドーさんだったんだ。
スゴイよな~、大二さん、コレに出てるんだもんな~。
Jeff Beck Group、New York Dolls、Phelix Pappalardi、内田裕也クリエイション、四人囃子、マキOZが出て2,800円!

340vStatus Quoの初来日。
Quoは今でもイギリスではドーム級の人気だからね。
死ぬまでに一度観てみたいバンドだ…♪ザッカザッカって。

360v1975年にはPFMも来日して4公演を開催した。
『Chocolate Kings』の頃だね。

370vWishbone Ashの初来日。
当時「世界で一番美しい音を出すロック・バンド」なんて言われていたんだよね。
Ashはこの翌年にも来日している。

380vそうか…Bad Companyの来日公演は武道館で1回だけだったのか…。
アルバムを1枚だけしかリリースしていなかったにもかかわらず、武道館は満員になったそう。
やはり「Freeの再来」という期待が大きかったのだそうだ。
しかし1時間ぐらいしか演らなかったんだって。
390v1975年は3度目の来日。
MKIII?
昔のDeep Purpleって2回しか来日していないのかと思ってた。
…思ったら友人から助け船。
Tommy BolinのMK IVだよね。
酔っ払って腕を下にして寝てしまいギターが弾けなくなってしまったとかいう。
あのライブ盤って聴いたことは聴いたけど、何も覚えていないな。
でも『Come Taste the Band』はライザ・ミネリもビックリのすごくいいアルバムだよね。

400vQuoがまた来たよ~!75、76年と連チャンだったんだ。

410vハイ~、待ってました!
ようやく来ました、私の時代が!
コレが生まれて初めて言った外タレのコンサ―ト!
コンサートで日本武道館へ行ったのは「ケロヨン」以来だぜ!
前座は安全バンド。
もう、とにかく音がデカいのにビックリしたよ。
それまで人生であれほどデカい音って聞いたことがなかったんじゃないかな?
それが今ではMarshallの仕事をしているんだもんな~。

420v会場では「あ、コレ行った!」、「コレも行った!」、「なつかしいな~!」なんて声がアチコチ飛び交っている。
ま、私もその内の1人なんだけど。
Rainbowを皮切りにAerosmith、KISSと行ったよ。
武道館のテッペンから見下ろすSteven Tylerは小豆より小さかった。
私はKISSに夢中になったことは一度もなくて、その証拠にウチのレコード&CD棚にはKISSのアルバムが1枚もないどころか、1回も入ったことがない。
要するに、KISSのレコードやCDを人生で買ったことが一度もないのだ。
キライなワケではないんですよ。
でもね、この初来日のコンサートは本当に素晴らしかったし、美しかったし、何より楽しかった。
前座で登場したBOW WOWの恭司さんがまた最高にカッコよかった。
このコンサート・プログラムも現場では「ウワ!高い!」と思っちゃうけど、買っておいてヨカッタと思っている。
私はウエストエンドやブロードウェイでミュージカルなんかを観ると、例え高価でも必ずプログラムを買うようにしている。
その始まりはこのRainbowだったのです。

425ロッキードね~。
コレ当時はよくわからなかったけど、前の総理大臣が逮捕されたんだからスゴイ…と言いたいところだけど、今だったらナニが起こってもそうおかしくない世の中になっちゃったところがコワイわ。
下の新聞。
そういえば毎週金曜日の夕刊にはこうして翌日から封切られる映画の広告がドカドカ出てたよね。
コレは忘れていた。なつかしいな~。

430vRobin Trowerは行っておけばヨカッタと後悔しているコンサートのひとつ。
Robinは今でも熱心なMarshallプレイヤーで、15年以上前にMarshallに頼んでこっちのイベントに呼ぼうとしたことがあった。
ギャラが折り合わず諦めたが、その時のMarshallから寄せられた代案はMick TaylorとAlvin Leeだった。
実現はしなかったけどね。

435v私、もしかしたらFrank Zappaの次に好きなロック系のアーティストって10ccかも知れないんだけど(ただし『Deceptive Bends』まで)、コレ行ってないんだよね。
コレは15ccになってからの初来日。
そして、この何年後かにも来日が決まって、それは中野サンプラザの前から2列目の席をゲットした。
ところが、直前になってEric Stewartが事故を起こして急遽来日は中止!そ、そんな~!
それから何年経ったかな…最近だよ?
今はなき原宿のアストロホールでとうとう10ccを観た。
Graham GouldmanにRick FennとPaul Bergessがいたから7.5ccか?
メチャクチャ楽しかったな。
後にも先にも全演奏曲目を完全に知り尽くしていたコンサートってこの10ccとZappa Plays Zappaぐらいだよ。

440v1977年はこんなのにも行った。
Santanaは『Moonflower』のレコ発ツアー。
この時のドラムスはGino VannelliのところにいたGraham Learで、ドラム・ソロが途轍もなくスゴかった。
私が人生で観てきたドラム・ソロのベスト3に入る。他は順不同でJack DeJohnetteとUKで来日した時のTerry Bozzio。
Ian Gillan Bandはナンで行ったんだろうね?
とにかく「My Woman from Tokyo」を演ったことしか覚えていない。
このバンドはスター・ギタリストがいればもっと人気が出ていたと思うんだよね。
Ray Fenwickったってね~。
もったいないバンドだった。
だって、今聴くと滅法カッコいいんだもん!

445プログラムの中に挟んであった会場でもらったチラシ。
こういうのこそもっと保管しておけばヨカッタよ。
スコーピオンズね。
「マイケル・シェンカーがやって来る!」って書いてあるんだけど…スッカリやって来なかった。
憂歌団…「生聞」ですよ。コレ観たかったな。
アータ、前売り1,200円だって!

446<下巻>につづく
 
(一部敬称略 2019年3月7日 有楽町丸井8階特設会場にて撮影)

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