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2026年5月

2026年5月14日 (木)

Marshall×ジミ・ヘンドリックス=60周年

各種SNSを通じてすでにご存知の方も多くいらっしゃるだろうが、Marshallが新しいジミ・ヘンドリックスの記念モデルを発表した。
普通であればココでチョコっと背景と商品の仕様を説明して終わるところであろうが、Marshall Blogとなると当然そうはいかない。
歴史からスタートしないと気が収まらない…と言いたいところだが、過去にロンドンのジミの家に遊びに行った時のレポートなども詳しく書いているので、今日のところは歴史部門には深く入り込まず、「一体ナンの記念なのか?」という流れだけをつかんでおきたいと思う。10v6週間前に知り合ったチャス・チャンドラーに連れられて、1966年にニューヨークからロンドンにやって来た時、ジミ・ヘンドリックスは23歳だった。
どこのレコード会社とも契約していないダイヤモンドの原石を発見したチャスはウハウハでさっそくオーディションを開きバンドを結成させた。
ドラム・パートに関しては後にザッパやジェフ・ベックのバンド、ジャーニーなどでスゴ腕を揮ったエインズリー・ダンバーにコイントスで勝ったミッチ・ミッチェルがその座を獲得。
生前のジム・マーシャルが「サタデイ・ボーイ」という言葉を使って私に説明してくれたことがあったが、当時ミッチは西ロンドンのアクスブリッジにあったジムの楽器店(第2号店)でアルバイトをしていた。
下はかつてその店があった場所。
そのツテで自分と名前の2/3が同じジムと顔を合わせ、ヨソでその存在を知ってブッ飛んだMarshallのギター・アンプを手に入れることになった。
フル・スタックを3セット購入したそうだ。
ジミ・ヘンドリックスのことをジムに尋ねると、細身で背が高く、とても礼儀正しかったと私に教えてくれた。40この時、すなわち1966年から今年で60年。
このことを記念して企画されたのが今回発表されたモデルなのだ。190sチャスは何とかしてこの天才ギタリストの名前を早いところ世間に知らしめようとショウ・ケース・ライブを企画する。
1966年9月25日、場所はロンドンの若者のたまり場だった「カーナビ―・ストリート」の1本となりの「キングスリー・ロード」というところにあった「バッグ・オネイルズ(Back O'Nails)」というクラブ。
そのランチ・タイムにジミが姿を現して演奏を披露した。
事前にウワサを聞きつけて客席にはジョンやポールの他、何人もの人気ミュージシャンの顔があった。20入り口に取り付けられている2枚のプラーク。
ココはその翌年にポールとリンダ・イーストマンが出会った場所としても知られている。30それが今では…違う店になってしまった!
でもまだ上のプラークは残っている。Img_9734その後、チャスの思惑通りジミはロンドンで名声を高め、1968年に下のブルック・ストリートのフラット(アパート)に住むようになった。Img_9928フラットの壁に掲げられたプラーク。80v2_2昔は外からこのプラークを眺めるのが関の山だったが、現在は内部を見学できるようになっている。200vこの辺りのことは『イギリスーロック名所めぐり』で詳しくレポートしているのでお好きな方はゼヒご覧あれ。  ↓   ↓   ↓
【イギリス-ロック名所めぐり】vol. 57 ~ジミ・ヘンドリックスのロンドン <vol.1>(全6回シリーズ)190さて、ジミ・ヘンドリックスのMarshall。
下は実際にジミが使っていたMarshall。50Marshallの工場にいた時、「ちょうど到着した」とかで見せてもらったスウェーデンのコレクターの所有物。60チョット前に「1億円」の値段が付けられてビックリ仰天!Srimg0185Marshallのジミ・ヘンドリックス関連の製品といえば…。
私が認識している限りではコレが一番最初だと思う。
1994年に世界200セット限定で発売された「1959LTD」と「1982ALTD」並びに「1982BLTD」。
アメリカの子供向けテレビ番組に登場する恐竜の名前から「Barney(バーニー)」とアダ名されたモデル。
コレは「ジミ・ヘンドリックスのシグネチャー・モデル」とされていたワケでは全くないが、Bキャビのサイズから「The Hendrix Stack」と云われていた。70vそして2004年…すなわちジミがMarshallと出会って40年を記念して発表したのが「SUPER100JH」と「1982AJH」並びに「1982BJH」。
日本では25セット限定で発売された。80vゲイトフォールドのレコード・ジャケットを模した解説書が付属していたのも懐かしい!90sそして、その20年後の60周年を記念して発表したのが今回のモデル。
2006年の時と同様、EXPERIENCE HENDRIXとのコラボレーションだ。
やっぱり紫だよね~。
黒と紫のコーディネーションというのはカッコいいもんだ。100sヘッドは「1959HW」。110おなじみのコントロール。
特に説明は不要でしょう。120左上にはプラークが取り付けられている。130今回はスピーカー・キャビネットが「A」のみのハーフ・スタック。
CELSTIONの「G12H-30」というスピーカーを4台搭載。
だから入力は120W。中域が気持ちいいヤツ。135sそれとう同じスタイルの「JMH-1」という「FUZZ FACE」がついて来るのだ!
コレ、オモシロイのがコントロール。
「VOLUME」が「LOUD」で目盛りが「JIM MARSHALL」、「FUZZ」は「FOXEY」で目盛りが「JIMI HENDRIX」になっているの。140s同時に発売されるBluetoothスピーカーが「ACTONIII」。160カバリングがベルベットでモフモフ。
いいナァ、コレ。触りたい!170しかし考えてみると、ジミは1970年の9月に亡くなってしまったのでMarshallとの付き合いはたったの4年間だったんだよね。
それにも関わらずこの結びつきの強さはナンだ?
それだけジミ・ヘンドリックスの音楽がMarshallが出すサウンドを必要としていたということなのだろう。
 
製品の詳しい情報はコチラ⇒Marshall公式ウェブサイト(日本語版)10v_2 

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2026年5月11日 (月)

マーシャル・ブログ博物館  第7回:マーシャル・タイムマシン<その1>

これまで『マーシャル・ブログ博物館』はイギリスのMarshallの工場のミュージアムに展示してあるアイテムを紹介してきたが、前回予告した通り、今回からは趣向を変えて「マーシャル・タイム・マシン」と題して私の手元にあるMarshall関連の昔の資料を紹介していく。
ツマらなさそうでしょ~?ゾっとするでしょ~?
私もはじめはどうしようかな?…と思ったんだけど、手をつけてみるとコレがオモシロイことこの上ない!
誰も乗った経験はないであろうが、タイム・マシンに乗ったつもりで昔のMarshallや当時のロック界の雰囲気に浸って頂ければ幸いである…という企画。
そこで手始めに今回は古~い写真をサラリと紹介したい。
もう大分前の話になってしまうが、2012年にMarshall Blogを再開した直後、ウェンブリー・アリーナで「50周年記念コンサート」が開催され、その時にユックリと工場に寄る機会があった。
その時に「Marshall Blogのネタのひとつにしたいので古い写真があればゼヒ見せて欲しい」とリクエストして書庫から出して来てもらった写真たちだ。
それらを1枚1枚撮影して来たというワケ。
時折ヨソで見かける写真も含まれているので、それらをただ載せるだけではMarshall Blogの名がすたると思ってひと工夫してみた。
巻末でもう一度触れるが、実はこの企画でやりたいと騒いでいたのは今回お見せする写真についてではない。
ただその写真がキッカケでその本当に「やりたいこと」につながったので、順序立てて今回はそのビンテージ写真たちでお楽しみ頂きたい。 Fact2 まずは現在のMarshallの工場の姿…と言ってもこの写真を撮ったのはもう14年前のこと。
でもマァ、変わりようがないのでご安心あれ。
ここは以前建物の真ん中あたりの場所に道が通っていて、Marshallがその道路の土地を買い上げ、両側の地所をつなげて一区画に統合した。20Marshallがこの「ブレッチリー」に引っ越して来たのは1966年のこと。
下は昔の社屋。
看板には「MARSHALL AMPLIFICATION」と掲げてあって、その下には「JIM MARSHALL PRODUCTS」という掲示が入っている。
何年ぐらいに撮った写真だろう?と思ってナニか手がかりを探すと…入り口のドアにステッカーが貼ってあるのが見える。10拡大してみると、ステッカーは下のお姉さんが着ているTシャツの柄と同じように見える。
しからば、今度はこのTシャツがいつ頃販売されていたのかを調べると…1974年のカタログに商品として登場している。
一方、1972年のカタログには出ていないので、少なくとも1974年以降に撮った写真ではないかと思われる。30vs_2ウワ~、忙しそう~!
電気部門のようす。
皆さん、ハンダごてを手にして一心不乱に基板にパーツをくっつけている。
Marshallがハンド・ワイアードからPCB基板に移行したのは1974年あたりなので、それより少し前ぐらいに撮った写真ではなかろうか?
比較的若い人が多いようだ。
それにしてもギッチギチだな~。
40同じような作業をしているセクションの現在はこの通り。50ハンダごてを使っていた時代とは異なり、パーツを基盤に乗せて…60v「Solder Bath(ソルダー・バス)」と呼ばれている自動ハンダ付けの機械に乗せる。
すると自動的にパーツが基板にハンダで固定される仕組み。70ココで思い出すのが2004年にスタートした「ハンドワイアード・シリーズ」。
下は発売に先駆けてMarshallが制作したブロシュア(カタログ)。
こんなの見たことがある人は日本では少ないんじゃないかしらん?
いいネェ~紙は!
今の動画なんかとは異なり、昔やっていたことはナニもかも格式が高かった。
80このシリーズははじめ1x12"コンボの「1974X」と20Wのヘッド「2061X」とそのスピーカー・キャビネット「2061CX」の3種類でスタートした。
確か2004年のフランクフルトで初めて関係者に披露したハズ。
90「シゲも試してみろよ!」と仲良しだった当時のR&Dのスタッフがしきりに勧めてくれたんだけど、その時は上司が横にいたので恥ずかしくて弾かなかったことを覚えている。100せっかくの「タイム・マシン」だから表4も載せておこう。110日本では発売に際し、土方隆行さんと北島健二さんのお2人に加えて東京ではFuzzy Controlに、そして大阪ではThe Savoy Truffleの皆さんにお願いしてデモンストレーション・ショウを開催した。
22年前の話。120vpナゼこの「ハンドワイアード・シリーズ」を思い出すのか?と言うと…。
当時、工場にはハンドワイアリングの技術を持っている工員がほとんど残っておらず、製造が思ったようにはかどらなかった。
PCB基板に移行して30年も経っていたからね。
その状況を打破するために昔Marshallに勤めていた経験者を呼び戻し、若い工員に手取り足取りハンドワイアリングの方法を伝授したのだ。
その部隊のリーダーが「キャシー」といって、ナゼか私ととても仲良くしてくれた。
キャシーも随分若かったが、高校を出たばかりぐらいの若い男女の工員をテキパキと指導している姿を思い出す。
この頃、私は知らなくてもMarshall社内の多くの人が私のことを知っていて、工場の中を歩くとアチコチから「ハイ、シゲ!」と声をかけてもらったものだった。
ずいぶん足繁く工場に行ったからナァ。130「ん?クソッ、うまくいかんな」と悪戦苦闘しているのは2x10"バージョンの「1974」かな?
だとするとコレは1968年頃のかなり古い写真ということになる。45sコレはR&Dチームかな?
何かはわからないが左の人の前にはモノモノしい試作機のようなモノが置いてある。140この時に見せてもらった写真はキャビネットの製造工程を写したモノが多かった。155木工の工程。
サンダーをかけているところ。200現在はこう。
しかし、服装がゼンゼン違うな~。205大分ユッタリとした空間。
1960年代の後半ぐらいかな?
皆さんネクタイを締めて作業に勤しんでいらっしゃる。160現在はコレ。
昔に比べると大分ゴチャゴチャしているか?Img_8273昔の人は将来こんな風にベルトコンベアで作業をするようになるなんて夢にも思わなかったであろう。Img_8274カバリングの貼り方の指導を受けている女性。
170コレ、不思議なのはキャビネットの両側をはじめに貼っているんだよね~。
今とは作業の進め方が異なるのだ。180現在はまずグルっと筐体全体にカバリングを巻き付けておいて、それから余分な部分を切り落としてキレイに貼り合わせて仕上げている。Img_8249アレ?…たった今気がついたんだけど、昔は下地に黒い塗装を施していなかったんだね。
下は筐体を黒く塗る現在の一工程。
コレはステージで強い照明が当たった時に下地の白い木材が透けて見えてしまうのを防ぐためだ。
だからもしかしたらフレット・クロスと同じように昔のカバリングには現在とは異なる素材が使用されていたのかも知れない。Img_8258カバリングを切ったり貼ったりする作業。
コレが全工程の中で最も技術を要するパートなのだそうだ。
真剣な面持ちで作業に取り組んでいるでしょ?210カバリングの仕上げが最も専門性を要する作業であることは現在も変わらない。
接着剤が乾かないウチにチャッチャとカバリングを貼り付けていかなければならないので、作業が速いこと速いこと!
この手さばきを見ているとホレボレする。220この人、名前は存じ上げないが顔見知りではあるので、作業中にお願いしてカバリング作業における「三種の神器」を問うてみた。
それはハサミ、カッターナイフ、そして今彼が手にしているモノ。
この動物の骨みたいな小さめの棒でガシガシと内側の角を突っついてカバリングを密着させていく。
当然コレの名前が気になるので尋ねてみると…
「エエッ?コレかぁ?コレの名前?そうだなァ『ボーン』かな?」
だそうです。
やっぱり「骨」だった。
モノの両側に付いているモノを「耳(ear)」、下に付いているモノを「足(feet)」、洋の東西は変わっても物事の感覚に大きな違いはないものだ。
この手で一番驚いたのは、展示会などでシリーズ別に場所を離して陳列しているそれぞれのグループを「島(island)」と呼んでいたことだな。230カバリングを貼り終わってこれからシャシやスピーカーを搭載するってところか?
一番手前で「1987」かなんかをイジっている人が若き日の「ケン・ブラン」に見えて仕方ないんだけどどうだろう?
昔はジムも工場に入ってカバリングの貼り付け作業なんかを手伝っていたからね。
だから時々キャビネットの内部に製作担当者として「Jim Marshall」のサインが発見されることがある。
それにしてもスゴイ人数だ。
185今はこんな感じ。
コーナー・ガード他のパーツを取り付けているところ。Img_8271下はリア・パネルを閉じる最終工程。
この段階になるとスピーカーを載せ終わったキャビネットは爆発的に重量を増して取り回しが一気に大変になる。
しかも最終の工程だけに商品にキズを付けたりすることのないように取り扱いには細心の注意を払わなければならない。
若い人にこの工程の担当させるとあまりのシンドさにすぐ辞めちゃうんだって。190そうして精魂込めて作った商品を積み出しているところ。
コレはあんまり変わりようがないね。240v …と、昔と今の工場の写真を対比させて記事を構成してみたのだがいかがだったであろう。
場内の様子と従業員の服装の違いには目を見張るものがあるが、とにかく50年前と変わらない手作業の工程が多いことに驚かされる。
 
工場の事務所で上に掲載した写真を夢中になって撮影していると、後ろから誰かが「シゲ、こんなのもあるぞ」とドバっと持って来てくれたモノが下の写真。
コレらは様々な歴史的な「マーシャル新聞」の数々で、一番古くて1971年に刊行されたモノ。
結構な量で、その時はとりあえず写真だけは撮っておいたものの、長い間ほったらかしにしていた。
それで今回の『マーシャル・ブログ博物館』を開始する当たってコレらの新聞のことを思い出し、いくつか目を通してみた。
冒頭に書いたようにコレがベラボーにオモシロイではないのッ!
Marshallの歴史や古いロックが好きな人にはきっとタマらない内容であるハズ。
だって1970年代、すなわちロックが最もクリエイティブだった時代のリアルタイムの情報が掲載されているんだから!
しかもブリティッシュ・ロックの地元からの情報だから!
でも「さすがMarshall!」なのは、イギリスだけではなくて世界中のロックの情報を取り扱っているということだ。
チラリと斜め読みをしただけでも、日本のMarshallに関して驚くべき発見をすることもできた。
恐らくこれまで日本で紹介されたことのない事実ではなかろうか。
そこで貴重な「Marshallの遺産」としてこれらの新聞を誰かが残しておくべきだろうと考え、次回からオモシロそうな箇所を抜粋して皆さんにご覧頂く予定。
コレが本当に私がやりたかったこと。
すなわち「タイム・マシンMarshall号」なのだ!250<つづく>

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2026年5月 8日 (金)

DEALS~SOUL OF ROCK vol.158

超久しぶりの『SOUL OF ROCK』。
調べてみると、前回の記事は2022年6月25日に開催された「vol.78」のことで、奇しくも会場は今回と同じ東高円寺の「Los Angels Club」だった。
スゲエ偶然!
今回もDEALSが出演するということで4年ぶりにお邪魔してきた。10vDEALSの出番はトリ。20雨宮敬義30v吉永'GOKI'訓春40v横山壮五50vshu-yaS41a0200 今回のオープニングは「Bad Temptation」。
DEALSの新しめの硬派なレパートリーでノッケからテンションの高いソロをブチかますGOKIさん。 80もちろんGOKIさんはMarshall。
「JVM210H」と「1960A」を使用。90v続けて「Candy Color Maker」。140「♪カワイイあの娘にサヨナラ」
冒頭のTAKAさんのシャウト一発で「コレぞロック!」という空気が広がる。100v脇目も振らずひたすらストレートにドライブするリズム隊の2人。110DEALS ROCKを創造する要だ。120そしてGOKIさんの「ロック・ギターかくあるべし」のソロ。0r4a0054 アクションもバッチリとキマって「ロックンロールの神様」が降りて来た!70v_2GOKIさんがスライド・バーを手にしてアーシーな雰囲気を醸し出すのは…130v「Dance with the Devil」!150全員でシャウトするコーラスは実にエキサイティング!160TAKAさんがドラゴン柄のエクスプローラー・モデルを鳴らしているのは…0r4a0184もちろんMarshall。 
GOKIさんと同じ「JVM210H」にお気に入りの2x12"キャビネット「1936」だ。180vソロにバッキングにTAKAさんの背中でもMarshallは今日も大活躍だ。170v「どうも、こんばんは。
雨の中をありがとう!
いっぱい演ろうかと思ったんだけど…ナニ気に曲も間違えるけど、曲順も間違えるからサ。
ロックン・ロールなんて適当でいいんだよ!」
…と言い切るところがカッコいい。
そうそう、この日は夜遅くまでスゴい雨だった。190MCに続いては「Rescue me」。0r4a0113 ポップ度が高めの楽しい1曲。
DEALSの曲はこの「ポップ度」と「ロック度」のサジ加減が大変に巧みだ。
その結果、ポップさを大いに感じたとしても、どの曲も間違いようのない「ロック」に仕上がっているところが素晴らしい。S41a0016 随所に登場する横山さんのコーラスがサウンドを分厚く演出する。S41a0046 魅惑のギター・アンサンブル!230それをshu-yaさんが力強くバックアップする。
60v「シン・リジー・スタイル」というかナンというか、この手のツインリード・サウンドを出すバンドもメッキリ見なくなった。
でもDEALSのライブに来ればまだそのツイン・リード・ギターの魅力を味わうことが出来るゾ。0r4a0024 そういえばここのところ「ウィッシュボーン・アッシュ」なんて名前はついぞ耳にしないナァ。
余計な話だけど、私は東京とロンドンでナゼか全てのパターンのウィッシュボーン・アッシュを見ているんだよね。
でも一番ヨカッタのは1978年、高校1年生の時に中野サンプラザで観た、後にライブ盤になったコンサート。240v「♪会いに行くよ~」
TAKAさんが自らのギターで歌い始める「サヨナラ」。0r4a0064この曲も実に耳馴染みのよい優れたロックンロール・ナンバーだ。0r4a0074 GOKIさんのソロ・パートのメロディが最高!280vDEALSはインスト・パートも実にいいんだよね~。290チョイとファンキー風味の「Wasted」。300vTAKAさんの歌声があまりにも素晴らしい!S41a0153 横山さんが入れる合いの手がまた実にクール。320短いながらもグイグイとハードに攻め入って来るGOKIさんのソロ。330他の曲とは違った魅力を持つ人気の1曲だ。350TAKAさん特有のMC。
TAKAさんのMCは少々アクロバティックで文字に起こすことがムズかしいのだが、コレもDEALSのライブの味わいのひとつだ。360v「次は激しい曲なんだからガンバっていこう!」
とそのTAKAさんのMCを横山さんがまとめてくれた。390vその横山さんのベースからスタートするのが「Flash Back」。380非の打ちどころがない鉄壁のハード・ドライビング・チューン。
DEALSのレパートリーにあってはどちらかというと珍しいブリティッシュ・スタイルの1曲だ。370そんなテイストにTAKAさんの力みを効かせたシャウトがベストマッチする!
400レスポールに持ち替えたGOKIさんのソロが大爆発。410shu-yaさんが遠慮なくパワフルにバンドをプッシュする。Vvv 続けて「Hard Working Man」。430v横山さんが上手に移動してきてサオ・チーム合体。440「♪エヴィデ~ハ~ドウォ~キメ~ン(Everyday hard workin' man)」。
もうこのメロディが完全に頭にコビりついてしまって、私は普段ナンでもない時に無意識にコレを口ずさんでしまう。
特に健康のためのウォーキングをしている時。
家内に「ナンでいつもそればっかり歌ってるの?」と不思議がられたこともあるぐらいなのです。S41a0123「ハイ、みんなで~!」
「♪エヴィデ~ハ~ドウォ~キメ~ン」
450さぁ、早くも最後の曲!
今日は「Are You Ready」をもってきた!460vメンバーもノリノリ!
何せ「親しみやすい、覚えやい、歌いやすい」の3拍子が揃ったDEALSミュージックの真骨頂なのだから!470だからコレもみんなで一緒に歌うぞ~!
「♪ア~ア~アア~ア~ユ~レディ!」
ハイッ!480「♪ア~ア~アア~ア~ユ~レディ!」
shu-yaさんも立ち上がって客席をアオる!490そして締めくくりには曲の途中で再びサングラスをかけたTAKAさんが猛シャウト!500今回も「ロックってのはこういうもんだ!」を伝道するかのような楽しいパフォーマンスで本編を締めくくった!0r4a0310 ところで…上の「Hard Working Man」のコーラスについて故意に「♪…ワ~キメン…」ではなくて「♪…ウォ~キメン…」と書いた。
DEALSの皆さんがそうやって歌っているから。
もちろん「workin'」の発音をカタカナで表記すれば「ウォーキン」ではなく「ワーキン」になる。
この辺りのことを一度TAKAさんに伝えたことがあったんだけど「いいんスよ、ウォーキンで!さーせん!」とお答えになっていた。
ココがまたDEALSらしくていいサね。
そこで思い出した。
この「Walkin'」と「Workin'」の両方をバッチリと押さえていたアーティストがいる…それはマイルス・デイヴィス。
1954年録音の『Walkin'』と1956年の『Workin'』がソレ。
双方1950年代のジャズを代表する名盤だ。12_ww本編を終えるとすぐさまアンコールの声が上がった。
まずは人気のバラード「傷と裏切り恋焦がれ」をプレイ。520TAKAさんは曲の途中でギターをハズして…530v精魂を込めて歌に専念した。550vその歌に応えるかのような情感タップリのGOKIさんのソロ。S41a0164そしてもう1曲…「Please」を演奏。
4人の熱演で158回目の『SOUL OF ROCK』は、こうしてDEALSの激演で賑やかに締めくくられた!560v 570v 0r4a0363 600v今日も問答無用で「ロックって楽しいな!」と感じさせてくれるDEALSらしいステージだった!

DEALSの詳しい情報はコチラ⇒DEALS Official X620 

200_2(一部敬称略 2026年4月4日 東高円寺Los Angels Clubにて撮影)

2026年5月 1日 (金)

激突vol.9 Hot Melty Hard Rock~SUPERBLOOD

さて、OZMAさんが前説で「5バンド耐久」と謳った『激突vol.9』も早くも最後のバンドの登場となる。
10vその前に…4番目にステージに上がった「RAILROAD」について個人的に触れておきたいことがある。
前から書きたくてその機会を窺っていたのだが、いよいよチャンス到来。
それはリーダーでギタリストの鬼塚健次さんのこと。
カレコレ30年近いお付き合いをさせてもらっている。
氏は以前大手楽器店にお勤めで、その職場に「Marshall Land」という名称で恐らくは日本で最初にMarshall専門の展示コーナーを設置してくださった方なのだ。
そして鬼塚さんにはどうしても忘れられないことがある。
コレこそが以前から書きたいと思っていたことなのだが…アレは2008年か2009年のことだったと思う。
有名な音楽専門学校を卒業して音楽に関する業界に就職する大勢の生徒たちを前に「楽器業界の先輩がアドバイスする」というような講演会が催された時のことだ。
S41a0696その時私は楽器輸入商社でMarshallの担当をしていてそれなりの経験を積んではいたが、アドバイスなどできるような身分ではないと考え、エラそうなことを口にすることを厳に慎み「音楽に関する仕事で生計を立ていく以上、ロックやポピュラーな音楽に限らず世界の様々な音楽を徹底的にお聴きすることをおススメします」ぐらいのことを述べたように記憶している。
そうして何人かの楽器業界の方が1人ずつしゃべった後、鬼塚さんの番になり、その中で氏はこうおっしゃった。
「皆さん、マーシャル・ブログを読んでいますか?
もし読んでいなかったら必ず読んでくださいね。
あの人が書いているんですが、これから音楽の業界に進もうとしている皆さんにとって絶対にタメになります」
…と、何の前触れもなしに私を指してそうおっしゃってくださったのだ。
アタしゃビックリ仰天してしまってネェ。
うれしいやら恥ずかしいやら…イヤ、メチャクチャうれしかったナ。
鬼塚さんにはそんな恩義があるのだが、自身のご商売の関係もあって現在はMarshallのアンプをお使い頂いていない。
それゆえ残念ながらMarshall BlogでRAILROADをお取り扱いできないのだが、この日も『激突』の主旨にふさわしい魅力的なハードロックのステージを展開していたことを申し添えておく。
そして鬼塚さんにはこの場をお借りして改めてあの時のことについて御礼申し上げる次第である。13vさて、いよいよ『激突 vol.9』のトリ、SUPERBLOODの登場!20坂本英三0r4a0685 OKAHIRO40vAXL50vMAD大内60vオープニングは「Enter a New Phase」。
既存曲「Runaway Train #14」がバリバリのメタル・テイストを蓄えて戻って来た!
70初っ端から飛び出したOKAHIROちゃんのハードにしてメロディアスなソロ。80vもちろんOKAHIROちゃんはMarshall。
「JMP2203」と「1960A」。90v「2203」というと、「はっぴゃく、はっぴゃく」と1981年にスタートした「JCM800シリーズ」のイメージが固定しているが、「2203」はMarshall初のマスター・ボリューム搭載モデルとして1975年から生産されており、OKAHIROちゃんの「2203」は今ではレアな1976年製の初期型だ。100この「2203」が海を渡って日本に入って来たのは1976~1977年のことになろうか。
リア・パネルを見ると、この頃には既に日本国内総輸入販売元になっていた「日本楽器製造株式会社=現ヤマハ株式会社」の消費電力表示のステッカーが貼ってある。
最近この辺りの歴史でオモシロいことを発見したので、連載中の『マーシャル・ブログ博物館』で近くそのことを書こうと思っている。
「日本で最初にMarshallを輸入販売したのはダレか?」ということね。Img_6472Rescue me~!!!!!!!!!
英三さんの気合が入りまくった絶叫に続いて…110vOKAHIROちゃんのギターでスタートした2曲目はその絶叫通り「Rescue Me」。
Marshall Blogではこの曲のビデオ撮影の様子を以前レポートした。120vコレも既存の曲だが、AXLさんと…130vMADさんがクリエイトするストレートなロックビートに一段と磨きがかかってよみがえった!
140vマイナーのパートでのOKAHIROちゃんのソロも実にシャープ。150昔から思っていたんだけど、コレってとてもいい曲だよね。
英三さんの激烈なシャウトがあまりにも素晴らしい。0r4a0690 「楽屋でOZMAさんに『我々の前に前説はないんですか?』と訊きましたら『カンベンしてくださいよ!』って言われました。
長時間にわたる中、残ってくれたお客さん、イベントを盛り上げてくれた我々の前に出てくれたバンドの皆さん、ステキな音を作ってくれたハコの皆さん、ありがとうございます!
今夜は短い時間ですが我々の魅力を皆さんにお伝えできるようガンバっていきたいと思いますのでよろしくお願いします!」S41a0976「今日はボクが入ってから12本目のライブなんですが、昨日はワンマン・ライブだったんですよ。
18曲、すべての曲を演ったんですが、体調が良かったので3回ぐらいハイキックをしたんです。
自分としては田原俊彦ぐらい足を上げていたつもりだったんですが、お客さんにはサザエさんのエンディングにしか見えなかった…というね。
今朝は今日に備えて朝からウォーキングをしようと思ったんですが…歩けないんですよ!
なのでハイキックはできませんが最後までよろしくお願いします!
ところでゴキゲンですねアニキ!」S41a1145「超うれしいよ!
昨日も今日もライブができてゴキゲンだよ!
毎日ライブをやったらみんな付いて来てくれるかい!」
「イエ~!」
S41a0997英三さんが加入してから約1年。
水面下で既存曲の歌詞を書き直したり、個人的にレコーディングをしたりして「スパブラ度」を自主的にアップしてきたそうだ。
そしてこの日、ついに新曲をお披露目した!320タイトルは「The Last Man Standing」。330SUPERBLOODのレパートリーらしい混じり気のないロックの魅力に満ち溢れた1曲。
しかし、やっぱり真空管のギター・アンプが出す音ってのはいいナァ。340vこの時に初めて聴いたファンも多かったろうが、大ウケだった。350OKAHIROちゃんが弾くリフから「Have a Blast」。290vこの曲も「Ride the Tide」という既存曲が元になってはいるが、お色直しを経て完全に現在のSUPERBLOODの自家薬籠中のモノになっている。300わかっちゃいるけど、楽しいね~。
聴いた途端にすぐノレる…やっぱり「ロック」という音楽はこうであって欲しいわ。0r4a0642_2 「今日初めてSUPERBLOODを観る方はいらっしゃいますか…今日のこの出会いを忘れないようにね、一緒に生きて行きましょう!
去年の4月にオファーをもらって、OKAHIROがどうしても年内にライブをやりたいというので11月に2本演った後、香港やタイでも演りました」170v「で、アマチュア・バンドみたいにココでメンバー紹介してもいいですかね?
まずはマッド~!」190v「イェェェェェェイッ!ただ今ご紹介にあずかりました坂本英三の親友、MAD大内です。
みんな最高だ!
これからもっともっと楽しむゼ~!」
英三さんとは41年のお付き合いで、その間一度もいさかいがなかったというほどの大の仲良しなのだそうだ。200v「これからはメタルだゼ~!
メタル道を…メタル道をエ~メタル道をまっしぐらに…。
とにかくズッとメタルが演りたかった時にこの人が来てくれたんだよ!
バッチリだよ!」S41a1002 ちょうど英三さんもメタルを演りたいと思っていたところにオファーしたのがAXLさん。
「英三さんをクドいてしまいました…ファンの皆さん、ゴメンなさい!
こんなSUPERBLOODでいいですかッ?
SUPERBLOODで世界を目指すぜ~!」220vアルバムの紹介の他、今後の予定を発表した。
エキサイティングな企画が目白押しだ!230楽しい時間は過ぎるのが早いものでございまして…SUPERBLOODのステージも最終セクションに突入する。
英三さんがコールした曲名は「Innocent Killer」。240ハードな中の耳馴染みの良さが際立つコレもSUPERBLOODの魅力あふれる1曲。250v勇ましい「♪ウォウォウォウォ」の合いの手がとても気持ちよい!260vワウワウ・ペダルを踏んでロックのギター・ソロのお手本のようなプレイを聴かせてくれたOKAHIROちゃん。270vMADさんのブッ放すロック・グルーヴも特Aランクだ!280v続けて「RUNNING WILD」。
OKAHIROちゃんがMarshallの出す分厚いディストーション・サウンドでリフをキメた!360vリズム隊の2人が鉄壁のコンビネーションで猛然と疾駆する。370vまさに極上のドライビング・ナンバー!380v「running wild」とは「自由奔放に振る舞う」とか「制御がきかない」という意味。
まさにソレ!
昔、『お熱いのがお好き(Some Like it Hot)』という映画でマリリン・モンローが同名の曲を歌っていたが、そっちも激烈にスウィングするドライビング・チューンだった。400vそして4人が一丸となって本編を締めくくったのは「Blazing Love Storm」。
まさに盛り上がりの頂点!410v 420v 430v 390v大きな大きな歓声を浴びて本編を締めくくった!440SUPERBLOODの屋台村はこんな様子。15そしてアンコール。
「アンコールありがとうございます。
縁があって、こうやって7曲だろうが、18曲だろうが終わりまでたどり着くことができるんだろうか?というぐらい自分を出し切るライブができるバンドに巡り合えたことをうれしく思っています。
ブッ倒れるぐらいまでやり続けて行こうと思います。
皆さんも身体に気を付けて、オレたちと一緒に令和という時代、昔話で終わるミュージシャンではなくて  常に夢を語り合えるバンドとファンとしてつながっていければと思いますのでこれからもよろしくお願い致します!」450vそして「このバンドの要、精神的な柱、そして地雷」とOKAHIROちゃんを紹介すると…。
OZMAさんがケーキを手にして登場!4603日前がOKAHIROちゃんの誕生日だったのだ。
みんなで「♪ハッピーバースディトゥユ―」を歌って…470フウ~。480うれしそうなOKAHIROちゃん。490v「ありがとうございます!
昨日だけだと思っていたのでビックリ!
この2日間のことは一生忘れません。
みんなも一生忘れないでくださいよ、ボクのこと!」S41a1101 そしてMADさんがアル・ジョルソンの名セリフ「お楽しみはこれからだ~!(You ain't heard nothin' yet!)」と叫んでアンコールに応えた。510v取り上げた曲は「You Mean So Much To Me」。520v演っている方も観ている方も最高に楽しそうなゴキゲン極まりないなステージだった。530vそう、ロックはこうあるべきなのだ!540v「ありがうございました!」
こうして『激突 vol.9』がにぎやかに幕を下ろした。
あ~、楽しかった!
  
SUPERBLOODの詳しい情報はコチラ⇒SUPERBLOOD Official Web Site
560 <おしまい>
 200(一部敬称略 2026年3月29日 上野音横丁にて撮影)